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特許7539682組成物および非変異原性染料を用いて炭化水素組成物をマーキングする方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-16
(45)【発行日】2024-08-26
(54)【発明の名称】組成物および非変異原性染料を用いて炭化水素組成物をマーキングする方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 245/10 20060101AFI20240819BHJP
   C09B 31/20 20060101ALI20240819BHJP
   C09B 67/44 20060101ALI20240819BHJP
【FI】
C07C245/10 CSP
C09B31/20
C09B67/44 A
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019522624
(86)(22)【出願日】2017-07-14
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-08-15
(86)【国際出願番号】 US2017042096
(87)【国際公開番号】W WO2018013904
(87)【国際公開日】2018-01-18
【審査請求日】2020-06-24
【審判番号】
【審判請求日】2023-01-31
(31)【優先権主張番号】62/362,975
(32)【優先日】2016-07-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】519014040
【氏名又は名称】ユナイテッド カラー マニュファクチャリング,インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100115048
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】ドーシ ハリシュ
(72)【発明者】
【氏名】フリスウェル マイケル
(72)【発明者】
【氏名】ノヴァコフスキ トーマス イー.
【合議体】
【審判長】瀬良 聡機
【審判官】阪野 誠司
【審判官】野田 定文
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第05676708(US,A)
【文献】特表2008-501823(JP,A)
【文献】特開昭53-128637(JP,A)
【文献】特表2005-502760(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1211611(CN,A)
【文献】特開昭50-094029(JP,A)
【文献】REGISTRY(STN)[Online],2014.8.4,CAS登録No.1619917-05-3,ヘプチル-1-[2-[3-メチル-4-[2-(3-メチルフェニル)ジアゼニル]フェニル]ジアゼニル]-2-ナフタレノール
【文献】REGISTRY(STN)[Online],2010.9.1,CAS登録No.1239648-53-3,1-[2-[3-メチル-4-[2-(3-メチルフェニル)ジアゼニル]フェニル]ジアゼニル]-6-(1,1,3,4-テトラメチルブチル)-2-ナフタレノール
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C, C09B
CAPLUS(STN),REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素流体をマーキングするための組成物であって、
以下の式を有する化合物を重量にして0.1%~70%含有し、
【化1】
前記式中、Rは、メチル基であり、Rはメチル基であり、Rはヘプチル基であり、nは1であり、
さらに重量にして30%~99.9%の溶媒を含有
前記化合物のエームズ試験における結果は陰性である、組成物。
【請求項2】
マーキングされた炭化水素組成物であって、
炭化水素流体と、
以下の式を有する化合物を0.1ppm~500ppmの量で含有し、
【化2】
前記式中、RとRはメチル基であり、Rはヘプチル基であnは1であり、
前記化合物のエームズ試験における結果は陰性である、炭化水素組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の参照]
本出願は、2016年7月15日に出願され、発明の名称を「組成物および非変異原性染料を用いて液状炭化水素組成物をマーキングする方法」とする米国仮出願番号第62/362,975に対する優先権を主張し、ここに、該出願明細書の内容をあらゆる目的のために参考として援用する。
【0002】
[連邦政府による資金提供を受けた研究の記載]
該当しない。
【0003】
本発明の技術分野は、炭化水素組成物のマーキングに用いる染料である。より詳しくは、本発明は、炭化水素組成物のマーキングに用いる非変異原性染料に関する。
【背景技術】
【0004】
従来、ディーゼル燃料、ガソリン、潤滑油、グリース、自動変速機用流体、プラスチック製品等の石油製品の着色に、染料が多く用いられてきた。様々な用途で、石油用染料の色として赤色が特に重用されている。例えば、米国国税庁の規定では、オフロード用のディーゼル燃料の識別には赤色染料を用いることが定められている。しかし、当該産業分野で現在用いられている赤色染料、特に、アミノアゾベンゼン由来の赤色染料の中には、変異原性または発癌性が疑われ、潜在的な健康上のリスクを伴うものがあり、懸念されている。さらに、こうした材料の製造では、変異原・発癌性材料や中間物を取り扱う必要がある。上述のような染料やこうした染料を含有する製品を取り扱う場合、染料に変異原性があり得ることにより、健康被害が及ぶ可能性がある。
【0005】
長年にわたって、石油製品の着色用の赤色アゾ染料が市販されている。例えば、米国特許第3,690,809号と3,704,106号には液体染料が記載されており、その一部は石油製品の着色や、いくつかの事例では、プラスチック製品の着色に役立っている。こうした染料は、着色剤として有効である場合もあるが、その製造過程で用いる原料や中間製品は、適切な処理を怠れば、健康上のリスクを伴うこともある。広く用いられている化合物の中には、赤色のC.I.ソルベントレッド24および164等のように、その全体または一部が、ヒトに対して発癌性があると考えられる2-メチルアニリン由来のものがある。特に、上記赤色染料を生成するには、2-メチルアニリンの全体または一部を、同様に発癌物質として知られる1-アミノ2,2’ジメチル-4-アゾベンゼンに変換する。アゾベンゼン化合物は、単離される場合もあるが、その後、2-ナフタレノールにアゾ結合されたジアゾニウム化合物、または、そのアルキル誘導体に変換されて、赤色染料が生成される。赤色染料は、主に原液として販売されているが、非溶媒和固体として調製・使用する場合もある。こうした従来の赤色アゾ染料は、最終染料生成物や前駆体に伴う潜在的な健康上の懸念に加えて、過度の加熱やプロトン生成酸または化学還元剤との接触条件下で分解・劣化することから、使用にはいささか不適切である。例えば、ソルベントレッド24と164は、分解の過程で、1-アミノ-2,2’-ジメチル-4-アゾベンゼン、および/または、その同族体を生成するが、これらの物質も発癌活性を有する疑いがある。
【0006】
米国特許第5,676,708号(以降、「’708特許」)には、予測が極めて難しい変異原性を有するジアゾ染料が、開示されている。例えば、実施例1で生成した2,2’-ジメチルアミノアゾベンゼン誘導体は、「エームズ試験」において、強い変異原性反応を示している。一方、実施例1と同じ方法を用いて生成した実施例2の2,2’-ジエチルアミノアゾベンゼン誘導体、および、実施例6の2,2’-ジ(1-メチルエチル)アミノアゾベンゼン誘導体は、同じエームズ試験でも、変異原性の陽性反応を示すことはなかった。この結果からわかることは、単に2つのR基をメチルからエチルまたはイソプロピルに変換するだけで、’708特許の染料における強い変異原性は完全に排除されている。
【0007】
’708特許のアゾ染料は「オルト-オルト」構成(すなわち、’708特許の式Iに対する各R基はオルト位にある)として構成されている。一般的に、「メタ-メタ」構成(すなわち、’708特許の式Iに対する各R基がメタ位にある場合)のジアゾ染料は、そのオルト-オルト同等物と同様に変異原性である、および/または、そのオルト-オルト同等物よりもその色値が低いことが想定される。言い換えれば、メタ-メタジアゾ染料は、そのオルト-オルト同等物に比べて劣っていると考えられる。こうしたことから、この染料の開発は、これまで殆ど注目されてこなかった。’708特許のオルト-オルトジアゾ染料は1997年に交付された特許に記載されているものの、当該特許の発明者は、メタ-メタジアゾ染料の探求については何ら認識していない。これは、当業者が、’708特許のオルト-オルトジアゾ染料と同様の置換基を有するメタ-メタジアゾ染料は、同様の変異原性または低色値、あるいはその両方を有すると考えた結果であろうと推察される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
健康被害のリスクを下げることができる低発癌性染料および組成物を製造することが、染料メーカーや消費者にとって望ましい。既知の変異原性ソルベントレッド164とは異なり、ここに開示する分子および/または染料成分および/または組成物のエームズ試験における結果は陰性となり、該染料が変異原性ソルベントレッド164に匹敵する特性(色濃度、色合い、安定性等)を有しながら、非変異原性であることを示している。また、本発明の開始材料、中間物、および分解生成物も、変異原性リスクが低減している。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、上述した問題点を解消する分子、および/または、染料、および/または、染料組成物を提供する。本開示の分子、および/または、染料、および/または、染料組成物は、炭化水素組成物の着色とマーキングの一方または両方に有用な低変異原特性を実現する一方、未添加および加温・冷蔵での貯蔵安定性を向上させる。本開示の染料および/または化合物により、想定していなかった意外な特性の向上も得られる。本明細書に開示されている染料組成物は、既知の染料組成物に代わる、より安全性の高い染料組成物である。
【0010】
本開示の一態様では、組成物、および/または、染料成分、および/または、以下の式を満たす化合物が提供される。
【0011】
【化1】
【0012】
上記式中、Rは、メチル基、エチル基、またはイソプロピル基であり、Rはメチル基、エチル基、またはイソプロピル基であり、Rは炭素原子数3~12のアルキル基であり、nは1~3の整数である。
【0013】
本開示の別の態様では、炭化水素組成物をマーキングするための組成物が提供される。上記組成物は、式(I)の化合物と溶媒を含むことができる。上記化合物の含有量は、重量にして0.1%~70%とすることができる。上記溶媒の含有量は、重量にして30%~99.9%とすることができる。
【0014】
本開示のさらに別の態様では、マーキングされた炭化水素組組成物が提供される。該マーキングされた炭化水素組組成物は、炭化水素流体と式(I)の化合物を含むことができる。式(I)の化合物の含有量は、0.1ppm~500ppmとすることができる。
【0015】
本発明の上述の、および別の態様および利点は、以下の説明から明らかになるであろう。以下の説明では、その一部を構成し、本発明の好ましい一実施形態が例示されている添付図面を参照する。しかし、該実施形態は、必ずしも本発明の全貌を示すものではなく、故に、本明細書において、本発明の範囲は、特許請求の範囲を参照して解釈される。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の詳述に入る前に当然理解されるべき点として、本発明は以降説明する特定の実施形態に何ら限定されるものではない。また、本明細書に記載する技術用語は、特定の実施形態を説明するためにのみ用いられており、限定を目的としたものではないことも理解されたい。本発明の範囲は、特許請求の範囲によってのみ限定される。本明細書において、単数を表す冠詞は、別段の指示が文脈で明記されない限り、複数の形態を含む。
【0017】
当業者には明らかであるが、すでに記載したもの以外の数多くの変態が、発明の概念を逸脱することなく可能である。本開示内容の解釈において、記載される用語はすべて、文脈と整合する範囲内で可能な限り、広義解釈されるべきである。また、「備える」、「含む」、「有する」等の各種表現は、成分、構成要素、または工程を非排他的に述べており、これら成分、構成要素、または工程は、明記されていない他の成分、構成要素、または工程と組み合わせることが可能である、と解釈されるべきである。また、特定の成分を「備える」、「含む」、「有する」と述べている実施形態では、別段の指示が文脈で明記されない限り、該成分「を主成分とする」、該成分「から構成される」ことを、意図したものである。システムに関して記載された本開示の態様は、別段の指示が文脈で明記されない限り、方法に適用可能であり、またその逆も可能であることも理解されたい。
【0018】
本明細書に記載された数値範囲は、その終点を含む。例えば、1~10の数値範囲は、1の値と10の値を含む。本開示において、所定の値に対して一連の数値範囲が記載されている場合、該数値範囲の上限値および下限値の組合せをすべて含む範囲であることを、明確に意図したものである。例えば、1~10または2~9の数値範囲は、1~9と2~10の各数値範囲を含むものとする。
【0019】
本明細書では、「アルキル基」は単体水素をもたないアルカンを指し、直鎖アルキル基と分岐アルキル基を含む。明確化を図るため、本明細書では、別段の指示が文脈で明記されない限り、プロピル基は各イソプロピル基を含み、他のアルキル基も同様である。
【0020】
本開示の一態様では、組成物、および/または、染料成分、物および/または、以下の式を満たす化合物が提供される。
【0021】
【化2】
【0022】
上記式中、Rは、メチル基、エチル基、またはイソプロピル基であり、Rはメチル基、エチル基、またはイソプロピル基であり、Rは炭素原子数3~12のアルキル基であり、nは1~3の整数である。
【0023】
いくつかの特定の態様では、Rはメチル基であり、Rはメチル基である。
【0024】
いくつかの特定の態様では、Rはエチル基またはイソプロピル基であり、Rはエチル基またはイソプロピル基である。
【0025】
いくつかの特定の態様では、Rは、ヘプチル基、オクチル基、またはノニル基である。
【0026】
本開示の一態様では、式(I)の化合物が提供され、上記式中、Rはメチル、Rはメチル、Rはヘプチル、オクチル、またノニルであり、nは1~3の整数である。一態様では、Rはメチル、Rはメチル、Rはヘプチルであり、nは1である。一態様では、Rはメチル、Rはメチル、Rはオクチルであり、nは1である。一態様では、Rはメチル、Rはメチル、Rはノニルであり、nは1である。’708特許のメチル-メチル置換オルト-オルト染料が強い変異原性反応を示したことを考えれば、この態様の非変異原性は、当然ながら、非常に驚くべきことである。
【0027】
本開示の別の態様では、式(I)の化合物が提供され、上記式中、Rはエチルまたはイソプロピル、Rはエチルまたはイソプロピル、Rはヘプチル、オクチル、またノニルであり、nは1~3の整数である。
【0028】
ここに開示される染料は、1cmのパス長に対して、40mg/Lのキシレン濃度で計測した場合、少なくとも0.5吸光度単位、少なくとも0.55吸光度単位、少なくとも0.6吸光度単位、または約0.608吸光度単位で、520~540nmの範囲のピーク吸光度を実現するよう、構成されている。吸光度単位は、次の方程式:A=log10/Iで測定され、この式中、Aは吸光度、Iは照射ビームの強度、Iは透過ビームの強度である。
【0029】
純度に関して、キシレンの非溶解度は、既知の化合物と同等、または、いくつかの実施形態では、既知の化合物を上回っている。
【0030】
本開示の染料は、液状と固体状(タール状または乾燥粉末)のいずれの形態でも生成可能である。消費者は簡単かつ便利な操作性を要望しており、通常、特に米国内では、濃縮液が望ましい。原液を用いる場合、通常、染料の成分は該原液を約30~70%含む。しかし、以下に説明するように、上記以外の希釈度であってもよい。染料に含まれる原液の他の成分は、以下に記載するものを含めて、最終用途に応じて、各種アルキルベンゼン、キシレン、アルキルナフタレンまたは他の炭化水素、エステル、ケトン、長鎖脂肪酸等の各溶媒である。
【0031】
本発明の染料は、当業者によく知られている数種の合成的技法のいずれを用いても、生成可能である。出願人の染料を含有する石油可溶性原液を作成するには、通常、以下に挙げる3つの主要工程で行う。1)芳香族アミン類を所定のアミノ-アゾ化合物に結合させて「赤色基材」を調製する。2)アルキルベータナフトールを調製する。3)ジアゾ化した赤色基材をアルキルベータナフトールに結合させて赤色アゾ染料を作成する。本発明の染料の製造方法は、米国特許第3,690,809号と3,704,106号に開示されており、ここに、該米国特許の全開示内容を参考として援用する。また、種々の異なる製造方法を、利用可能な製造設備の性能に応じて採用することができる。
【0032】
式Iの化合物の生成に有用な赤色基材の作成過程では、3,3’ジメチル-、3,3’-ジエチル-、3,3’-ジ-(1-メチルエチル)-、3-メチル-3’-エチル-3-メチル-3’-(1-メチルエチル)-、3-エチル-3’-メチル-、3-エチル-3’-(1-メチルエチル)-、3-(1-メチルエチル)-3’-メチル-、または、3-(1-メチルエチル)-3’-エチル-アミノアゾベンゼン、または、その各種組合せをジアゾ化し、続いて、これをアルキル置換2-ナフタレノールとアゾ結合させる。アミノアゾベンゼン誘導体は、例えば、米国特許第2,538,431号、または、FIAT Report 1313、第2巻、p.376に開示の方法で合成可能であり、ここに、該文献の全開示内容を参考として援用する。赤色基材の調製についての他の態様は、Zollinger著「Color Chemistry (1987年)」、米国特許第4,000,985号、Groggins著「Unit Processes In Organic Synthesis(1938年)」、米国特許第3,793,305号に開示されており、ここに、該文献の全開示内容を参考として援用する。
【0033】
アルキルナフタレノール類は、例えば、米国特許第2,090,938号、英国特許第688,000号、米国特許出願第468,551号(1965年6月6日出願)で提案されている方法にしたがって、一般的なフリーデル・クラフツアルキル化反応によって合成可能であり、該文献の全開示内容もまた、ここに参考として援用する。未精製のアルキルベータナフトール中間体は、一般的に、塩化亜鉛や三フッ化ホウ素等の触媒、または、適切なイオン交換樹脂の存在下、任意で塩化水素酸や臭化水素酸等の酸も用いて、ベータナフトールをアルケン類でアルキル化することで調製可能である。ナフトール成分のアルキル化に用いるアルケン類は、プロペン、ヘプテン、オクテン、ノネンを含み、これらは市販されており、通常、異性体の合剤から成る。または、アルキルナフトールを、フリーデル・クラフツ触媒の存在下、アルコールとナフトールとの縮合により、調製してもよい。
【0034】
赤色基材とアルキルベータナフトールは、上述の文献で言及または開示されている手法で結合が行われる。赤色基材とアルキルベータナフトールの結合は、塩基の存在下、または、酸の存在下で行ってもよい(逆結合と呼ばれることがある)。逆結合は、例えば米国特許第921,546号、1,947,029号、および2,016,495号に示されており、ここに、該米国特許の全開示内容を参考として援用する。例えば、液状の石油可溶性染料組成物を得るためには、上記結合は、キシレン等の所望の溶媒の存在下で行ってもよい。
【0035】
本開示の方法では、アルキル化2-ナフタレノール組成物、および、そのアルキル誘導体は、約15重量%未満、好ましくは、約10重量%未満の遊離している未アルキル化2ーナフタレノールを含んでいる。これにより、ナフタレン核の水素原子の少なくとも1つが、アルキル基と置換された染料が生成される。この点は、未アルキル化2ーナフタレノールと誘導同族体は弱変異原性であるため、重要である。しかし、染料に起因する変異原性リスクをさらに低減するには、この同族体の存在を可能な限り抑えることが望ましい。
【0036】
上述した赤色染料を含む化学薬品の変異原特性は、「エームズ試験」として従来認知されている試験を用いて、評価する。この試験は、L.J.Watkinsら著「Molecular Biology of the Gene」、第4版、第1巻(1987年)、p.355-357、および、Ames,B著「Identifying Environmental Chemicals Causing Mutations and Cancer(1979年)」、Science 204、p.587-593に概要が記載されており、ここに、該文献の全開示内容を参考として援用する。エームズ試験の結果が陽性の場合、その化合物は変異原性を有する。そのため、エームズ試験の陽性結果は、試験対象化合物が発癌活性を有する可能性があることも示唆している。このように、化合物の発癌性の可能性は、エームズ試験結果に基づいて予測可能である。
【0037】
一般的に、エームズ試験は、ネズミチフス菌の復帰突然変異試験である。通常、必須アミノ酸であるヒスチジンの生成に必要な遺伝子の突然変異により増殖が止まっているネズミチフス菌のヒスチジン栄養要求株を選択する。外部からヒスチジンの供給がない場合、ヒスチジンの産生再開を可能にする突然変異の復帰が起こらない限り、細胞は増殖できず、コロニーは形成されない。菌株の各々に自然発生的な復帰が起こる可能性もあるが、通常は、その復帰の程度は低い(TA100として知られる菌株は例外である)。しかし、化学薬品は変異原性反応を引き起こすことが可能であり、この場合、復帰突然変異体のコロニー数は、背景の自然発生的復帰レベルと比較すると、かなり多くなる。本試験には、試験用化学薬品を用いる場合と用いない場合両方で、各菌株に得られた復帰突然変異体のコロニー数の分析が含まれる。調剤の変異原性反応は濃度により変わることがあるため、試験用材料は、適当な濃度範囲で規定通りに添加する。標準化したプロトコルでは、陽性対照と陰性対照の完全なマトリックスがアッセイに含まれ、すべての試験用菌株とプレートに2重配列する。Aroclor(商標)1254誘導によるラットの肝ミクロソームを用いて、いくつかの前駆型変異原を変異原性へと活性化する際の肝臓酵素のインビボ活性を模倣する。エームズ試験実施のプロトコルは確立されており、Eurofins BioPharma Product Testing Munich, GmbH(ドイツ、ミュンヘン市)等、数多くの検査機構によって実施されている。
【0038】
サンプルに変異原性があるか否かを判定する基準は一般に以下の通りである。
1.エームズ試験の結果を陰性判定(変異原性なし)する基準は、いずれの濃度、また、いずれの菌株においても、復帰突然変異体の総数が、代謝的活性化・非活性化の如何にかかわらず、背景の3倍以上にならない。2.エームズ試験の結果を陽性判定(変異原性あり)する基準は、代謝的活性化・非活性化の如何にかかわらず、連続する2つ以上の点が、同じ菌株において背景の2倍以上でなければならない。いずれの濃度でも背景の3倍を超える場合、該サンプルが変異原性を有することを明確に示している。3.背景が低く抑えられ(例えば、コロニー数6以下)、かつ、陽性対照で良好な反応が得られる場合、該サンプルを変異原性ありと判定するには、復帰突然変異体の数として、1プレート当たりのコロニー数が20を超えることが必要である。
【0039】
また、本発明は、炭化水素流体をマーキングするための組成物を提供する。炭化水素流体をマーキングするための組成物は、上述の態様のいずれかまたはすべてを含み、かつ、上述の置換のいずれかまたはすべてを含む式(I)の化合物と、溶媒を含有することができる。上記化合物の含有量は、重量にして0.1%~70%とすることができる。上記溶媒の含有量は、重量にして30%~99.9%とすることができる。
【0040】
上記化合物と溶媒に加えて、該組成物は、本開示内容を逸脱することなく、種々の添加物を含有することができる。添加物の含有量は、重量にして10%未満、5%未満、または1%未満とすることができる。添加物は、例えば、「Dowanols」の商標名で市販されている種々のグリコールエーテル類、ベンジルアルコール等のアルコール類、滑性向上剤、腐食抑制剤、静電気の放散用添加物等であるが、これに限定されない。
【0041】
好適な溶媒は、例えば、芳香族溶媒、非プロトン性溶媒等であるが、これに限定されない。好適な芳香族溶媒は、例えば、トルエンやキシレン等のアルキルベンゼン類、アルキルナフタレン類、ナフテン系オイル、鉱油等の炭化水素油、ベンジルアルコールやフェノールグリコールエーテル等の芳香族アルコール類であるが、これに限定されない。好適な非プロトン性溶媒は、例えば、フォルムアミド、N,N-ジメチルフォルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、1-アルキル-2-ピロリドン等であるが、これに限定されない。上記以外の好適な溶媒の例として、アセトンやエチルメチルケトン等のケトン類、酢酸エチル等のエチル類、大豆油脂肪酸メチル、コーン油エステル等の長鎖脂肪酸のエステル類を用いることもできる。さらに、以下に列挙する炭化水素流体自体も溶媒として機能することができる。
【0042】
また、本開示は、マーキングされた炭化水素組組成物を提供する。該マーキングされた炭化水素組組成物は、炭化水素流体と、上述の態様のいずれかまたはすべてを含み、かつ、上述の置換のいずれかまたはすべてを含む式(I)の化合物を含有することができる。
【0043】
炭化水素流体は、ディーゼル油、ガソリン、ガソホール、ケロシン等の燃料、原油派生物、植物油やオリーブ油等の食用油、ワックス組成物、また、本明細書に開示された染料によるマーキングが望ましい、当業者に知られた上記以外の炭化水素流体を用いることができる。
【0044】
場合によっては、該マーキングされた炭化水素流体は、式(I)の化合物を0.01ppm~500ppmの濃度で含むことができる。
【0045】
染料組成物は、ここに開示された各化合物の混合物を含有することが考えられる。いくつかの実施形態では、上述の染料の混合物を用いることで、ユーザーは染料組成物の色合いを調整することができる。ここに開示された染料は他の着色剤と混合してもよく、その場合の着色剤は、例えば、黄色や青色の染料であるが、これに限定されない。ここに開示された炭化水素類は、例えば、石油製品であってもよいが、これに限定されず、石油製品はワックス類を含むが、これに限定されない。
【0046】
[実施例1]
45.0gの3,3’-ジメチルアミノ-アゾベンゼンを、400gの水を用いて、30°Cでスラリー化する。その後、十分に撹拌した上記アゾベンゼンスラリーに、52.0gの37%塩酸を滴加する。この反応混合物を30分間撹拌し、10°Cまで冷却する。次に、必要であれば氷を加えて、得られた反応混合物の温度を10~15°Cに維持しながら、30.0gの水に15.0gの亜硝酸ナトリウムを溶解した溶液を滴加する。これを短時間撹拌すると、対応する塩化ジアゾニウムの濃茶色の溶液が得られる。スルファミン酸を添加し、余分な亜硝酸塩を除去する。
【0047】
別のフラスコで、0.21モルのX-ヘプチル-2-ナフトールを175.0gのトルエンに溶解し、30gの炭酸ナトリウムを加える。その後、十分に撹拌した2-ナフトールの混合物に、塩化ジアゾニウムを徐々に加える。アゾ結合が急速に起こり、赤色染料の溶液が生成される。その後、この反応混交物を60°Cに加熱して分液漏斗に移し、ここで各相の分離が可能になる。低水性相を廃棄し、染料のトルエン溶液を三角フラスコに移す。該溶液は、無水硫酸ナトリウム上で乾燥可能であり、その後、蒸留フラスコ内に濾過する。このフラスコを、減圧下120°Cまで徐々に加熱し、この条件下で揮発する材料をすべて除去する。この染料のサンプルを「エームズ試験」に供すると、該染料が非変異原性であることを示す陰性の結果が得られた。
【0048】
実施例1で得られる染料は、40mg/lのキシレン濃度、かつ、1cmのパス長で計測すると、521±3nmで、約0.608吸光度単位の吸光度になるよう、構成されている。純度に関しては、キシレンの非溶解度は、既知の化合物と同等、または、いくつかの実施形態では、既知の化合物よりも高い。
【0049】
[仮想例2]
Xーヘプチル-2-ナフトールの代わりにX-オクチル-2-ナフトールを用いて、実施例1の方法を再度行う。その結果得られる染料は同様の特性を有することが想定され、エームズ試験では、染料が非変異原性であることを示す陰性結果を得ると考えられる。
【0050】
[仮想例3]
X-ヘプチル-2-ナフトールの代わりにX-ノニル-2-ナフトールを用いて、実施例1の方法を再度行う。その結果得られる染料は同様の特性を有することが想定され、エームズ試験では、染料が非変異原性であることを示す陰性結果を得ると考えられる。
【0051】
以上、本発明を1つ以上の好ましい実施形態により説明したが、言うまでもなく、本稿に明記した内容以外にも、数多くの同等物、代替物、変形物、各種改変が、本発明の範囲内で可能である。