(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-16
(45)【発行日】2024-08-26
(54)【発明の名称】セルロースビーズの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 3/14 20060101AFI20240819BHJP
B01J 2/06 20060101ALI20240819BHJP
【FI】
C08J3/14 CEP
B01J2/06
(21)【出願番号】P 2020559089
(86)(22)【出願日】2019-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2019046243
(87)【国際公開番号】W WO2020121805
(87)【国際公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2018232337
(32)【優先日】2018-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(72)【発明者】
【氏名】柴田 徹
(72)【発明者】
【氏名】大倉 裕道
【審査官】河内 浩志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/031695(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/038686(WO,A1)
【文献】特開2013-133355(JP,A)
【文献】特開2011-231152(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 3/00- 3/28
99/00
C08B15/00-15/10
16/00
B01J 2/00- 2/30
B01J20/00-20/28
20/30-20/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有する凝固浴を準備する工程1と、
前記凝固浴の前記第1液状媒体相にセルロース溶液を供給して、前記第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を形成する工程2と、
前記第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給し、
前記粒子状のセルロース溶液を凝固させる工程3と、
を備え、
前記凝固浴において、前記第1液状媒体相と前記第2液状媒体相とが接触して
おり、
前記第2液状媒体相を構成する液状媒体のpHが5.0以下であり、
前記工程2において、前記セルロース溶液は、ノズルの先端から前記第1液状媒体相に供給される(但し、ノズルの噴霧口から静電噴霧することを除く。)、セルロースビーズの製造方法。
【請求項2】
前記工程2と前記工程3を同時並行して行う、請求項1に記載のセルロースビーズの製造方法。
【請求項3】
前記ノズルの先端は、前記第1液状媒体相中に存在している、請求項
1又は2に記載のセルロースビーズの製造方法。
【請求項4】
前記凝固浴において、前記第1液状媒体相が上層であり、前記第2液状媒体相が下層であり、
前記工程3において、重力によって、前記第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給する、請求項1~
3のいずれか1項に記載のセルロースビーズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースビーズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースを代表とする多糖およびその誘導体は、さまざまな用途に利用されている。例えば、これらの微多孔質体は、それ自体が吸着剤となりうるし、またその表面に何らかの化学修飾を行うことにより、吸着や分離、触媒などの機能が付与できる。
【0003】
近年、酵素利用の普及、バイオ医薬の開発などにより、タンパク質を始めとする生体高分子の分離精製は、重要な技術的課題の一つとなっている。これを解決するための重要な手段がクロマトグラフィーである。クロマトグラフィーでは、目的物あるいは除去対象となる不純物と相互作用する何らかの原子団(しばしばこれをリガンドと呼ぶ)をマトリクスと呼ばれる固体に結合した分離剤が用いられる。
【0004】
タンパク質の非特異吸着がないことは、生体高分子を分離するための材料として極めて重要な特性であり、そのために多糖類がマトリクスとして重用されている。また、多糖類は分子内に水酸基を多く持つため、これを足場としてエーテル結合やエステル結合を介して容易にリガンドを結合することが出来、これも多糖類が重用される大きな要因となっている。
【0005】
また、生体高分子を分離精製するためには、一般的に、マトリクスに目的とする分子と何らかの親和性をもつリガンドを結合し、目的分子を吸着させた後に、何らかの方法で吸着させた目的分子を遊離させて回収する方法を用いる。多量の目的分子を得るためには、多量のリガンドを結合することができることが求められる。さらに、そのリガンドと分子量の大きい生体高分子を効率よく相互作用させるために、マトリクスが、目的分子が自由に出入りできるような多孔質構造を備えていることが求められる。言い換えれば、該マトリクスをカラムに充填してサイズ排除クロマトグラフィーを行ったときに、精製したい分子とリガンドを併せたサイズよりも大きい排除限界を示すことが必要である。
【0006】
このようなマトリクスは、多くの場合、粒子としてカラムと呼ばれる管の中に充填して用いられる。
【0007】
このようなマトリクスの使いやすさの要因として、分離対象に対する選択性に加えて、その物理強度の高さが挙げられる。すなわち、弾性率の低いマトリクスは、クロマトグラフィーやろ過において液体や気体を流したときに、圧縮変形や破断を被り、その結果クロマトグラフィーカラム内の液の流れが不均一になり、さらには閉塞することにより、カラムの分離効率を著しく低下させる。物理的強度の高さは重要な特性であり、この点において、セルロースは、多糖類の中でも優れた材料となっている。
【0008】
他にも、セルロースは、多糖の一般的な特徴としてその表面にアルコール性水酸基を持つため、化学反応によって多様な原子団を結合することが可能であること、純度の高い素材が多量に、比較的安価に入手できることなどの利点がある。
【0009】
以上の理由から、生体高分子の分離精製を主目的とする多孔質セルロース媒体が開発されている。これを製造するための方法としては、セルロースを何らかの方法で溶かした後、再生する方法が知られている。一方、有機酸エステルを出発原料にする方法もいくつか見られる。これは、セルロースそのものを直接溶解することは、特殊な溶媒を必要としたり、溶液の粘度が非常に高いなどの難しさがあるのに対し、有機酸エステルは多くの溶媒に溶かすことができること、セルロースの有機酸エステルが、さまざまな有機酸とのさまざまな結合率、また重合度で、安定した品質の下、工業的に供給されること、また容易にエステル結合を分解し、セルロースを再生できることなどの利点を利用したものである。
【0010】
多孔質セルロースビーズの製造方法として、例えば特許文献1には、低温のアルカリ水溶液と原料セルロース粉末とを混合して作製したセルロース分散液を、凝固溶媒に接触させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開第2014/038686号
【文献】特開2013-133355号公報
【文献】特開2011-231152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
例えば特許文献1に記載されたセルロースビーズの製造方法によれば、アルカリ水溶液を含むセルロース分散液のエマルション中に、メタノールなどの凝固溶媒を添加することで、セルロース分散液のエマルションを凝固させてセルロースビーズを生成させる必要がある。このため、特許文献1に開示された製造方法によれば、いびつな形状を有するセルロースビーズが数多く生成され、球状のセルロースビーズを生成することは困難であるという問題がある。また、特許文献1の実施例でも見られるように、一般にセルロース溶液を液状媒体に分散させる際に分散状態を安定にするために、該液状媒体は粘度の高いもの、比重がセルロース溶液に近いものを選び、またソルビタンエステルなどの分散安定剤を添加する必要があった。その結果、媒体として含ハロゲン液体媒体を用いる必要があったり、該媒体や分散安定剤の洗浄除去の負荷が大きくなるなどの問題があった。
【0013】
また、例えば特許文献2に記載されたセルロースビーズの製造方法によれば、セルロースをアルカリと尿素あるいはチオ尿素の混合水溶液に溶解した液を噴霧し、凝固液に供給する方法が開示されているが、このようなアルカリ液のスプレーによる噴霧は周辺に飛散する、粒径に大きい分布が生じる、スプレーと凝固液の距離が近いと生成する粒子の形状がいびつになるなどの問題がある。
【0014】
このような状況下、本発明は、球状のセルロースビーズを好適に製造することができる、新規なセルロースビーズの製造方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、少なくとも、第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有する凝固浴を準備する工程1と、前記凝固浴の前記第1液状媒体相にセルロース溶液を供給して、前記第1液状媒体相中に粒子状(球状)のセルロース溶液を形成する工程2と、前記第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給し、前記粒子状のセルロース溶液を凝固させる工程3とを備えるセルロースビーズの製造方法によれば、球状のセルロースビーズが好適に製造されることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0016】
項1. 第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有する凝固浴を準備する工程1と、
前記凝固浴の前記第1液状媒体相にセルロース溶液を供給して、前記第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を形成する工程2と、
前記第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給し、前記粒子状のセルロース溶液を凝固させる工程3と、
を備える、セルロースビーズの製造方法。
項2. 前記凝固浴において、前記第1液状媒体相と前記第2液状媒体相とが接触している、項1に記載のセルロースビーズの製造方法。
項3. 前記工程2と前記工程3を同時並行して行う、項1又は2に記載のセルロースビーズの製造方法。
項4. 前記工程2において、前記セルロース溶液は、ノズルの先端から前記第1液状媒体相に供給される、項1~3のいずれか1項に記載のセルロースビーズの製造方法。
項5. 前記ノズルの先端は、前記第1液状媒体相中に存在している、項4に記載のセルロースビーズの製造方法。
項6. 前記凝固浴において、前記第1液状媒体相が上層であり、前記第2液状媒体相が下層であり、
前記工程3において、重力によって、前記第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給する、項1~5のいずれか1項に記載のセルロースビーズの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、球状のセルロースビーズを好適に製造することができる、新規なセルロースビーズの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例1で得られたセルロースビーズの電子顕微鏡写真の画像である。
【
図2】比較例1で得られたセルロースビーズの電子顕微鏡写真の画像である。
【
図3】本発明のセルロースビーズの製造方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のセルロースビーズの製造方法は、少なくとも、第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有する凝固浴を準備する工程1と、凝固浴の前記第1液状媒体相にセルロース溶液を供給して、前記第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を形成する工程2と、第1液状媒体相の前記粒子状のセルロース溶液を、前記第2液状媒体相に供給し、前記粒子状のセルロース溶液を凝固させる工程3とを備えることを特徴としている。本発明のセルロースビーズの製造方法は、これらの構成を充足することにより、球状のセルロースビーズを好適に製造することができる。以下、本発明のセルロースビーズの製造方法について詳述する。
【0020】
(工程1)
本発明のセルロースビーズの製造方法の工程1においては、第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有する凝固浴を準備する。後述の通り、本発明において、凝固浴は、少なくとも第1液状媒体相及び第2液状媒体相を有していればよく、第1液状媒体相及び第2液状媒体相とは異なる他の液状媒体相を設けてもよい。
【0021】
凝固浴において、第1液状媒体相は、後述するセルロース溶液と相溶性の低い液状媒体により構成されている。後述の工程2において、第1液状媒体相にセルロース溶液が供給されると、粒子状のセルロース溶液が形成される。すなわち、第1液状媒体相を構成する液状媒体は、セルロース溶液の分散媒を構成する。また、第2液状媒体相は、セルロース溶液に含まれるセルロースを凝固させる液状媒体により構成されている。第1液状媒体相中の粒子状のセルロース溶液が、第2液状媒体相に供給されると、セルロース溶液が第2液状媒体相を構成する液状媒体に接触して、セルロースが凝固し、セルロースビーズが生成する。すなわち、第2液状媒体相を構成する液状媒体は、凝固溶媒として機能する。本発明の製造方法によって製造されるセルロースビーズは、セルロース溶液、第1液状媒体相、及び第2液状媒体相の構成によっても異なるが、通常、多孔質セルロースビーズである。
【0022】
第1液状媒体相を構成する液状媒体としては、後述するセルロース溶液と相溶性の低いものであれば特に制限されず、例えばセルロース溶液のエマルションを形成する分散媒として公知のものなどを使用することができる。後述のように、セルロース溶液の液滴を、撹拌によらず、重量による落下により第2液状媒体相に送達する場合、またノズルを第1液状媒体相中に浸漬する場合には、一般的に用いられる高粘度、高比重液体ではなく、むしろ低粘度、低比重の液体がより好ましい。このような液体を例示するなら、炭素数10以下からなる炭化水素、より好ましくは飽和炭化水素である。扱いやすさや安全性の観点から炭素数は5以上であるペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカンが好ましい。またジエチルエーテル、メチルターシャリブチルエーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチルも同様に好ましい。ただし、後述のように、第2液状媒体相との組み合わせが2相になることが必要である。
【0023】
また、従来のセルロースビーズの製造方法において、液状媒体には、ソルビタンラウレート、ソルビタンステアレート、ソルビタンオレエート、ソルビタントリオレエートなどのソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルなどの分散安定剤(界面活性剤)が添加されている。例えば特許文献3に開示されるように、一旦油中水型エマルジョンを形成し、これを凝固液に接触させる従来一般的に用いられる方法においては、好ましくはこれらを添加してもよいと記載されている場合であっても、実質的には液滴の再凝集を抑制するために添加が不可欠である。しかしながら、本発明において、セルロース溶液の液滴が第1液状媒体相に供給されると並行して、当該液滴の第2液状媒体相への移行を行うことができ、この場合、第1液状媒体相内における液滴の密度は低く保たれ、液滴同士の接触による変形や衝突融合の確率は低くなる。このため分散安定剤を添加することは必ずしも必要でなくなり、その結果、分散安定剤のコストが不要となるだけでなく、生成したビーズの分離、洗浄をはるかに容易にすることができる。従って、本発明においては、後述する工程2と工程3を同時並行して行うことが好ましい。また、第1液状媒体相には、分散安定剤(界面活性剤)を添加しなくてもよい。
【0024】
第2液状媒体を構成する液状媒体としては、第1液状媒体と接触した場合には2相を形成し、かつ後述するセルロース溶液と接触すると、セルロース溶液中のセルロースを凝固させるものであれば、特に制限されず、例えばセルロース溶液の凝固溶媒として公知のものなどを使用することができる。
【0025】
第2液状媒体相を構成する液状媒体の具体例としては、水、アルコールが挙げられ、特にアルコールを用いることにより、水を用いた場合に比べて、生成されるセルロースビーズの孔を小さくできる。またアルコールを用いると真球性が向上するため好ましい。また水とアルコールの混合溶媒を用いると、混合比によってセルロースビーズの孔の大きさを任意に調整できる。第2液状媒体相を構成する液状媒体は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0026】
アルコールとしては特に制限されないが、炭素数6以下のアルコールが好ましく、炭素数4以下のアルコールがより好ましく、最も好ましいのはメタノールである。また、第2液状媒体相を構成する液状媒体は、アルコール水溶液であってもよい。
【0027】
第2液状媒体相を構成する液状媒体は、酸性であることも好ましい。当該液状媒体が水を主とする場合には、酸性にすることにより、後述のセルロース溶液のアルカリ性を中和し、速やかな凝固を惹き起こすため、好ましい。当該液状媒体を酸性とする成分については、特に制限されず、硫酸、塩酸などの無機酸や、酢酸、クエン酸、酒石酸などの有機酸や、リン酸、炭酸などの緩衝効果を持つものなど、幅広く用いることができる。なお、第2液状媒体相を構成する液状媒体が酸性であるとは、当該液状媒体のpHが7.0未満であることをいう。当該pHとしては、5.0以下が好ましく、4.0以下がより好ましく、3.0以下がさらに好ましく、2.0以下が特に好ましい。なお、当該pHの下限は特に制限されないが、0.0以上であることが好ましい。また、おなじく当該液状媒体が水を主とする場合には、塩を添加することも速やかな凝固を惹き起こすため、望ましい。このような塩を例示するなら、食塩、硫酸ナトリウム、酸性硫酸ナトリウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウムなどがある。
【0028】
図3の模式図に示すように、例えば凝固浴3において、第1液状媒体相1が上層であり、第2液状媒体相2が下層であることが好ましい。このように構成することにより、後述の工程3において、重力によって、第1液状媒体相1の粒子状のセルロース溶液10を、第2液状媒体相2に好適に供給することが可能となる。具体的には、比重が大きい順に、セルロース溶液10、第2液状媒体相2、第1液状媒体相1とすることにより、第1液状媒体相1に供給されたセルロース溶液10は、重力によって自由落下し、第1液状媒体相1から第2液状媒体相2に移動して、セルロースビーズ20が生成される。
【0029】
図3の模式図に示すように、凝固浴3において、第1液状媒体相1と第2液状媒体相2とは接触していることが好ましい。第1液状媒体相1と第2液状媒体相2とが接触していることにより、第1液状媒体相1中で形成された粒子状のセルロース溶液10を迅速に第2液状媒体相2に供給することができる。なお、第1液状媒体相1と第2液状媒体相2との間に、他の液状媒体相を設けてもよい。
【0030】
第1液状媒体相1と第2液状媒体相2とを接触させる場合、第1液状媒体相1と第2液状媒体相2とを構成する液状媒体としては、それぞれ、相溶性の低いものを用いる。溶性の低い液状媒体は、それぞれ、前述のものから適宜選択することができる。また、第1液状媒体相1を上層とし、第2液状媒体相2を下層とする場合、第1液状媒体相1を構成する液状媒体として、第2液状媒体相2を構成する液状媒体よりも比重の小さいものを選択することが好ましい。このような液状媒体についても、それぞれ、前述のものから適宜選択することができる。なお、第1液状媒体相と第2液状媒体相とは、多くの場合に相互に部分的に混和する。この混和の程度は粒子の形状や微細構造に何らかの影響を及ぼす可能性があるが、それぞれの相を混合液にしたり、塩類などを添加することによって相互の混和の程度を調節すること、ひいては粒子の形状や微細構造を調節することが可能である。また水と酢酸メチルのように、本来は完全に混和する組み合わせでも塩を添加することによって2相とすることもできる。
【0031】
(工程2)
本発明のセルロースビーズの製造方法の工程2においては、前述した凝固浴の第1液状媒体相にセルロース溶液を供給して、第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を形成する。第1液状媒体相を構成する液状媒体は、前述の通りである。
【0032】
また、第1液状媒体相に供給するセルロース溶液としては、第1液状媒体相を構成する液状媒体と相溶性が低く、かつ、前述の第2液状媒体相を構成する液状媒体と接触すると凝固してセルロースが形成されるものであれば特に制限されない。例を挙げるならセルロースを以下の溶媒に溶解したものである。塩化リチウムを含むジメチルアセタミド、水酸化銅アンモニア水溶液、イオン液体、水酸化四級アンモニウム水溶液、尿素あるいはチオ尿素を含む水酸化アルカリ水溶液、または水酸化アルカリ水溶液など、公知のセルロース溶媒から選ばれるものである。コストの低さ、多種の第1液状媒体相を選択できるなどの点から尿素あるいはチオ尿素を含む水酸化アルカリ水溶液、または尿素あるいはチオ尿素を含まない水酸化アルカリ水溶液に溶かしたものが好ましい。なお、ここで溶液と称するものは、セルロースを一定量含み、流動性を示し、凝固液(第2液状媒体)に触れたときに固体化するものを指し、それが分子分散しているか、一部会合物を残しているか、微細な繊維状物が単に分散しているに過ぎないもの(分散液と呼ばれることがある。)かは問わない。
【0033】
以下、尿素-水酸化アルカリ水溶液を溶媒とする場合を例にとってセルロース溶液の調製を具体的に説明する。
【0034】
水酸化アルカリ水溶液に含まれるアルカリは、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化四級アンモニウムが好ましく、製品安全性、価格、溶解あるいは分散の良さの面から水酸化ナトリウムが最も好ましい。
【0035】
前記アルカリ水溶液のアルカリ濃度に特に限定は無いが、3~20質量%であることが好ましい。アルカリの濃度がこの範囲であれば、セルロースのアルカリ水溶液への分散性・膨潤性、溶解性が高くなるため好ましい。より好ましいアルカリの濃度は5~15質量%であり、さらに好ましくは7~10質量%、最も好ましくは8~10質量%である。
【0036】
上記アルカリ水溶液にさらに尿素あるいはチオ尿素を加えるが、この場合の尿素あるいはチオ尿素の濃度は10~15%が好ましい。水に三成分(セルロース、水酸化アルカリ、尿素あるいはチオ尿素)を加えるが、添加順序はセルロースの溶解状態を最適化するために、適切に選ぶ。こうして得られたスラリーを後に述べる条件で冷却することにより、透明なセルロース溶液が得られる。
【0037】
なお、特許文献1においては尿素を含まないアルカリ水溶液にセルロースを分散した白濁液を「セルロース分散液」と定義し、これもビーズの原料となりうることが開示されているが、こうした系も適度な流動性があれば本発明を適用する対象になりうることはいまでもない。以下、セルロース溶液という用語は、10質量%以下のセルロースを含み、流動が可能で、適切な条件では凝固するものを指し、液中のセルロースが分子分散か、会合状態かなどは問わない。すなわち、本発明のセルロースビーズの製造方法において、セルロース溶液とは、セルロースを含む液体であることを意味し、セルロースが液体中に分散している分散液と、セルロースが液体中に溶解している溶液とを包含する概念である。本発明のセルロースビーズの製造方法においては、セルロース溶液にセルロースが含まれていればよく、その形態については、分散・溶解、又はこれらの混合状態のいずれであってもよい。
【0038】
セルロースは、その溶液が液滴を形成し、また凝固によって固体に戻ることができるものであれば、いかなるものであってもよいが、溶解性に優れる、溶液の粘度が低く扱い易いなどの観点などから、軽度の酸加水分解を加えた、いわゆる微結晶セルロースや、酢酸セルロースから脱アセチル化により再生したもの、レーヨン繊維などが好ましい。
【0039】
セルロースの分子量は特に制限されないが、重合度としては1000以下であることが好ましい。重合度が1000以下であれば、アルカリ水溶液への分散性・膨潤性が高くなり、好ましい。また重合度が10以上であれば、得られるセルロースビーズの機械的強度が大きくなるため好ましい。より好ましい重合度の範囲は50以上500以下、さらに好ましくは100以上400以下、特に好ましくは150以上300以下である。
【0040】
その他、溶解性が向上されたセルロースの例としては、溶解パルプも挙げられる。
【0041】
アルカリ水溶液とセルロースとの混合条件は、セルロース溶液が得られれば特に制限されない。例えば、アルカリ水溶液にセルロースを加えてもよいし、セルロースにアルカリ水溶液を加えてもよい。
【0042】
セルロースは、アルカリ水溶液と混合する前に、水に懸濁させておいてもよい。
【0043】
また、セルロース溶液中のセルロースの濃度は、1~10質量%であることが好ましい。1質量%以上であれば、得られるビーズの機械的強度が大きくなるため好ましく、10質量%以下であれば、セルロース溶液の粘度が低く、第1液状媒体相への供給が容易になるため好ましい。セルロースの濃度としては、より好ましくは2~6質量%、さらに好ましくは3~5質量%が挙げられる。なお、このセルロース溶液中のセルロース濃度には、溶解・分散・膨潤しきれず均一にならなかった分を含めない。
【0044】
セルロース溶液を調製する際の温度としては、特に制限されないが、例えば、セルロースと尿素あるいはチオ尿素を含むアルカリ水溶液とを室温で混合し、撹拌しながら低温に冷却し、その後扱いやすい温度に戻すことによりセルロース溶液が好適に形成される。低温に冷却する際の温度としては、例えば0℃ないし-30℃、好ましくは-5℃ないし-15℃程度が挙げられる。なお、セルロース溶液を第1液状媒体相に供給する際には、セルロース溶液の粘度を低下させて第1液状媒体相に供給しやすくする観点から、セルロース溶液の温度としては、例えば-10~40℃程度、好ましくは10~30℃程度が挙げられる。また、この時の第1液状媒体相の温度は、セルロース溶液の温度と同様とすることができるし、微細構造を最適にするために-10℃~50℃の範囲、且つ第1液状媒体相の凝固点と沸点の間の異なる温度にしてもよい。
【0045】
第1液状媒体相に供給するセルロース溶液の直径としては、目的とするセルロースビーズのサイズに応じて適宜調整することができ、例えば10~1000μm、好ましくは20~200μmが挙げられる。
【0046】
第1液状媒体相にセルロース溶液を供給する方法としては、特に制限されないが、第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を好適に形成する観点から、ノズルの先端からセルロース溶液を第1液状媒体相に供給することが好ましい。吐出孔径や形状については、セルロース溶液が吐出されて、第1液状媒体相中にセルロース溶液の液滴が形成されれば制限されない。ノズルの先端形状については、先端の開口部が円径であることが好ましい。また、吐出孔径については、目的とするセルロースビーズのサイズによって適宜調整すればよく、例えば10~500μm、好ましくは50~200μmが挙げられる。
【0047】
また、ノズルの先端は空気あるいは不活性な気体の中において、噴出した液柱を気相中で自発的に液滴としたのち、第1液状媒体相に落下させてもよいし、より好ましくは第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を好適に形成する観点から、ノズルの先端を第1液状媒体相中に存在させた状態で、セルロース溶液をノズルから吐出させることが好ましい。なお、ノズルからのセルロース溶液の吐出は、圧力を加えたセルロース溶液をノズルに供給することで行うことができる。必要に応じて、二重管ノズルを用い、内管からセルロース溶液を、外管から第1液状媒体相あるいはそれと混合する液体を流すことによって、液滴形成をより容易にすることもできる。
【0048】
また、第1液状媒体相中に粒子状のセルロース溶液を好適に形成する観点から、ノズルからセルロース溶液を吐出させる際に、ガスがノズルから吐出しない(ガス流による補助を用いない)ことが望ましい。すなわち、ガスをノズルから吐出させると、ガス流や第1液状媒体相中に乱流(攪拌)が生じて、セルロース粒子の形状や粒子径の均一さに悪影響をもたらす。
【0049】
ガスを用いずにノズルからセルロース溶液の液滴を吐出させるには、単に加圧により液柱を噴出させ、界面張力による自発的な分裂を惹き起こす以外に、ノズル中のセルロース溶液にらせん運動を与え、遠心力により液滴化させる一般的な噴霧器の手法を採用すること、インクジェットノズルの原理で間歇的に液を噴出させること、ノズルに超音波振動を与え、液柱の分裂を容易にすることもできる。
【0050】
本発明のセルロースビーズの製造方法において、ノズルからセルロース溶液の液滴を吐出させることにより、セルロース溶液の液滴化にガス供給系を用いる必要がない。このため、ミストの発生がなく、また、形成されるセルロース溶液の粒子径分布を小さくすることができる。また、排気処理系も不要なため、装置を簡略化することも容易である。さらに、気流噴霧による乱流の発生もないため、均一性の高いセルロースビーズを生成することが可能となる。
【0051】
前述の通り、セルロース溶液、第1液状媒体相、及び第2液状媒体相の比重を調整し、凝固浴3において、第1液状媒体相1を上層とし、第2液状媒体相2を下層とし、第1液状媒体相に供給されたセルロース溶液10を重力によって自由落下させて、第1液状媒体相中で粒子状とし、第2液状媒体相へ移動させることができる。
【0052】
(工程3)
本発明のセルロースビーズの製造方法の工程3においては、第1液状媒体相の粒子状のセルロース溶液を、第2液状媒体相に供給し、粒子状のセルロース溶液を凝固させる。第2液状媒体相を構成する液状媒体は、前述の通りである。
【0053】
工程2において形成された粒子状のセルロース溶液が、第2液状媒体相に供給されると、粒子状のセルロース溶液が第2液状媒体相の液状媒体に接触し、セルロースが凝固してセルロースビーズが形成される。前述の通り、このようにして形成されるセルロースビーズは、通常、多孔質である。
【0054】
前述の通り、セルロース溶液、第1液状媒体相、及び第2液状媒体相の比重を調整し、凝固浴3において、第1液状媒体相1を上層とし、第2液状媒体相2を下層とすると、第1液状媒体相中に形成された粒子状のセルロース溶液10を重力によって自由落下させて、第2液状媒体相に供給し、凝固させてセルロースビーズを生成することができる。
【0055】
セルロース溶液を第2液状媒体相に供給する際には、セルロース溶液の凍結や変性の可能性が少ない-10~50℃の範囲、且つ第1液状媒体相、第2液状媒体相の凝固点と沸点の範囲の中で、目的とする品質に最適な温度を選べばよい。また、第1液状媒体相と第2液状媒体相の温度は同じにすることがもっとも容易であるが、あえて可能な範囲で温度勾配を設けてもよい。
【0056】
本発明のセルロースビーズの製造方法においては、球状のセルロースビーズを好適に製造する観点から、工程2及び工程3において、第1液状媒体相及び第2液状媒体相は、静置した状態とすることが好ましいが、セルロース溶液を添加することによる媒体組成や固形物含量の変化を緩和するために1rpm以下の弱い撹拌を加えることもできる。第1液状媒体相及び第2液状媒体相が強く攪拌されると、セルロース溶液の形状が変形して、いびつなセルロースビーズが生成しやすくなる。
【0057】
本発明の製造方法によって得られるセルロースビーズの直径としては、目的に応じて適宜調整されるが、例えば10~5000μm、好ましくは20~1000μmが挙げられる。
【0058】
本発明の製造方法においては、第1液状媒体相、第2液状媒体相にセルロース溶液を連続的に供給することにより、球状のセルロースビーズを連続的に製造することができる。
【0059】
更に第1液状媒体相、第2液状媒体相、生成したビーズを適宜抜き取り、補充すればさらに長時間の連続製造も可能となる。また、いったんセルロース溶液を調製した後、これを凝固させる場合に必要となる分散安定剤の添加や分散媒の制限がなくなり、このことは後処理を容易にすることにもつながる。
【0060】
得られたセルロースビーズは、水、メタノールやエタノールなどのアルコールを用いた適当な方法で洗浄し、通常水湿の状態で保存することができる。乾燥させる場合には、糖類、グリセリンなどを適量加える。水湿で長期保存する場合には、腐敗を防ぐためにアルコールやアジ化ナトリウムなどの防腐剤を加える。また、グリセリンや糖類、尿素などを加えた状態で乾燥することもできる。
【0061】
本発明の製造方法により得られたセルロースビーズ(粒子状のセルロース媒体)が多孔質セルロースビーズである場合には、必要に応じて、公知の適当な分級により、粒径(最大径)10μm~300μm程度の略球状~球状の形状を有するものを選別して、例えば、クロマトグラフィー用の充填剤として用いることができる。クロマトグラフィーとしては、サイズ排除クロマトグラフィーを挙げることができる。
【0062】
サイズ排除クロマトグラフィーに利用できることは、とりもなおさず、適当なリガンドを結合することによって、サイズ排除以外のさまざまのモードによるクロマトグラフィー分離にも利用できることを示す。これらには、イオン交換、疎水性、アフィニティーなどのモードが含まれる。
【0063】
一般に、バイオテクノロジーで製造するような有用な分子、例えばホルモン、酵素、抗体などを分離精製するには、それらの物質が十分進入できるような大きさの細孔を持つマトリクスが好ましい。すなわち、多孔質セルロースビーズを充填したカラムを用い、水を移動相としてゲルろ過クロマトグラフィーを行うと、ポリエチレングリコールの分子量に換算して概ね103~107の範囲の何らかの分子量領域で分画が起きることが望ましい。
【0064】
多孔質セルロースビーズの細孔の大きさは、前述のセルロース溶液、第1液状媒体相及び第2液状媒体相を構成する液状媒体の種類や組成、温度条件等によって、調整することができる。
【0065】
本発明においては、前述の製造方法により得られた多孔質セルロースビーズに、アフィニティーリガンドを固定化することにより、吸着体を製造することができる。すなわち、本発明のセルロースビーズを製造する方法において、アフィニティーリガンドを固定化する工程をさらに含ませることで、アフィニティーリガンドが結合した吸着体を製造することができる。この吸着体は、アフィニティークロマトグラフィー用の分離剤としても利用することができる。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は、実施例に限定されない。
【0067】
<セルロース溶液の調製>
水酸化ナトリウム4.45gを水51.5gに溶解した液中に、セルロース粉末(日本製紙製粉末セルロース KCフロック 200G)1.92gを分散させた。さらにこの中に、尿素7.64gを加え、撹拌した。得られたスラリーを撹拌しながら-15℃に冷却すると、粘性のあるスラリーとなった。ふたたび徐々に室温に温めた後、遠心機(20℃、10000rpm、30分)を用いて未溶解繊維を沈降させ、上澄みを傾瀉分離した。この上澄み0.35gをメタノールに滴下し、適量の酢酸で中和、水洗して、9.3mgのセルロースを含むセルロース溶液を回収した(分散中セルロース濃度2.7質量%)。
【0068】
<実施例1:セルロースビーズの製造>
1Lのメスシリンダを凝固浴とし、凝固浴にヘキサン500mL、メタノール400mLを入れると、上層にヘキサン(第1液状媒体相)、下層にメタノール(第2液状媒体相)が位置する二層を形成した。一方、前記で得られたセルロース溶液を、上下に出入り口のある耐圧性コンテナに入れ、上方の口から液体クロマトグラフィー用送液ポンプにより流動パラフィンを注入し、この圧力により下方の口からセルロース溶液を導き出し、ステンレスノズル(先端内径を100μm)からゆっくりと噴出させた。ステンレスノズルの先端は、上層のヘキサン中に存在させた。ステンレスノズルの先端からは、連続的に液滴が形成され、この液滴はヘキサン中を徐々に沈降し、メタノール層に移行し、最終的に粒子として沈殿した。得られた粒子を水洗した後、電子顕微鏡で観察すると、
図1に示すように、生成した粒子はほぼ真円であり、粒子径も比較的揃っていることが確認された。
【0069】
<比較例1:セルロースビーズの製造>
実施例1の方法において、凝固浴中に上層のヘキサン層を設けず、ステンレスノズルの先端からセルロース溶液を噴出させ、約20cm下に位置するメタノール層に滴下した。メタノール層に沈殿した粒子を水洗した後、電子顕微鏡で観察すると、
図2に示すように、生成した粒子のほとんどは、いびつな形状を有していることが確認された。