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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】金属焼結体の製造方法および金属焼結体
(51)【国際特許分類】
   B22F 3/10 20060101AFI20240820BHJP
   B22F 3/02 20060101ALI20240820BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240820BHJP
【FI】
B22F3/10 B
B22F3/02 S
B22F3/10 C
C22C38/00 304
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020210759
(22)【出願日】2020-12-18
(65)【公開番号】P2022097275
(43)【公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】秀嶋 保利
(72)【発明者】
【氏名】前田 郁也
(72)【発明者】
【氏名】高橋 慶貴
(72)【発明者】
【氏名】内薗 駿介
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-054201(JP,A)
【文献】特開昭62-182201(JP,A)
【文献】特開平03-039403(JP,A)
【文献】特開平05-222482(JP,A)
【文献】特開平07-097604(JP,A)
【文献】特開平08-020848(JP,A)
【文献】特開平09-013104(JP,A)
【文献】特開2010-222662(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 3/02,3/10,3/105,3/16,10/20
B33Y 10/00
C22C 14/00,38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液を供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有し、
前記脱脂体の表面積に対する前記炭素粉末の供給量は、0.1[g/m ]以上1000[g/m ]以下であることを特徴とする金属焼結体の製造方法。
【請求項2】
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液を供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有し、
前記炭素粉末は、カーボンブラックであることを特徴とする金属焼結体の製造方法。
【請求項3】
浸漬法、滴下法またはインクジェット法により前記表面改質液を供給する請求項1または2に記載の金属焼結体の製造方法。
【請求項4】
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液をインクジェット法により供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有することを特徴とする金属焼結体の製造方法。
【請求項5】
前記成形体は、射出成形体である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の金属焼結体の製造方法。
【請求項6】
金属材料で構成されている高密度部と、前記高密度部よりも密度が低い低密度部と、を含み、
表面からの厚さが700μm以上の緻密層を有し、
前記緻密層は、断面における前記低密度部の面積率が0.50%以下であり、かつ、前記低密度部の平均径が2.5μm以下であることを特徴とする金属焼結体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属焼結体の製造方法および金属焼結体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、オーステナイト系ステンレス鋼粉末を成形し、得られた成形体を脱脂、焼結させることにより、所望の形状の焼結体を得る方法が開示されている。オーステナイト系ステンレス鋼は、焼結性が低く、焼結体の緻密化が不十分になりやすいことが知られている。焼結体の緻密化が不十分になると、焼結体中に気孔が残り、表面の鏡面性が損なわれる。
【0003】
一方、フェライト系ステンレス鋼粉末は、焼結速度が速いという特徴を有する。このため、フェライト系ステンレス鋼粉末で構成された成形体を焼結させると、成形体の内部と表層とで焼結に至るまでの時間差が大きくなりやすい。その結果、焼結時に温度が上がりやすい表層が先に焼結し、表層に存在していた気孔が閉塞する。そうすると、内部には残留ガスが閉じ込められ、最終的に、焼結体の内部に気孔が発生する。
【0004】
この場合、気孔が閉塞した表層、すなわち緻密層の厚さは、50μm程度であり、非常に薄い。このため、焼結体の表面に研磨を施した場合には、緻密層が容易に除去され、内部に発生していた気孔が表面に露出する。その結果、研磨したにもかかわらず、研磨面において十分な鏡面性が得られないという課題がある。
【0005】
特許文献2には、ステンレス粉末をバインダーと混練し、射出成形を行った後、脱脂、焼結して焼結体を得る焼結体の製造方法において、混練時にバインダーとともに黒鉛等のC粉末を加えることが開示されている。これにより、焼結の過程でCとOとが反応し、ガスとして除去される。その結果、粉末の表面および内部に含まれるOが除去されて焼結密度が向上し、介在物の少ない焼結部品が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-222662号公報
【文献】特開平4-254502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載の製造方法では、Oの除去に用いるC粉末を、バインダーとともに加える。この場合、C粉末がバインダー中に均一に分散している必要がある。仮にC粉末の分散性が低いと、バインダー全体にC粉末を行き渡らせることができない。そうすると、C粉末によるOの除去が不均一になり、部分的に介在物が多く発生する部位が生じる。
【0008】
この部位が焼結体の研磨によって露出すると、研磨面の鏡面性が低下する。その結果、焼結体を研磨したにもかかわらず、研磨面において十分な鏡面性が得られないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の適用例に係る金属焼結体の製造方法は、
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液を供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有し、
前記脱脂体の表面積に対する前記炭素粉末の供給量は、0.1[g/m ]以上1000[g/m ]以下である
本発明の適用例に係る金属焼結体の製造方法は、
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液を供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有し、
前記炭素粉末は、カーボンブラックである。
【0010】
本発明の適用例に係る金属焼結体の製造方法は、
金属粉末とバインダーとを含む成形体を得るステップと、
前記成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得るステップと、
前記脱脂体の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液をインクジェット法により供給するステップと、
前記表面改質液が供給された前記脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得るステップと、
を有する。
本発明の適用例に係る金属焼結体は、
金属材料で構成されている高密度部と、前記高密度部よりも密度が低い低密度部と、を含み、
表面からの厚さが700μm以上の緻密層を有し、
前記緻密層は、断面における前記低密度部の面積率が0.50%以下であり、かつ、前記低密度部の平均径が2.5μm以下である
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施形態に係る金属焼結体の製造方法を示す工程図である。
図2】脱脂ステップにおける脱脂処理および表面改質ステップにおける表面改質処理を示す概略図である。
図3】焼結ステップにおける焼結処理を示す概略図である。
図4】実施形態に係る金属焼結体の表面近傍を模式的に示す部分拡大断面図である。
図5】実施例1、比較例1および比較例2で得られた金属焼結体の切断面の観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の金属焼結体の製造方法および金属焼結体を添付図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、実施形態に係る金属焼結体の製造方法を示す工程図である。
【0013】
1.金属焼結体の製造方法
図1に示す金属焼結体の製造方法は、成形ステップS102と、脱脂ステップS104と、表面改質ステップS106と、焼結ステップS108と、を有する。以下、各工程について順次説明する。なお、以下の説明では、金属粒子の集合体を金属粉末といい、炭素粒子の集合体を炭素粉末という。
【0014】
1.1.成形ステップ
成形ステップS102では、金属粉末とバインダーとを含む組成物を調製した後、組成物を成形して、成形体を得る。
【0015】
1.1.1.組成物の調製
組成物に含まれる金属粉末の構成材料は、特に限定されず、焼結性を有していれば、いかなる材料であってもよい。一例としては、Fe、Ni、Co、Ti、Mg、Cu、Al等の単体、またはこれらを主成分とする合金、金属間化合物等が挙げられる。
【0016】
Fe系合金としては、例えば、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼のようなステンレス鋼、低炭素鋼、炭素鋼、耐熱鋼、ダイス鋼、高速度工具鋼、Fe-Ni合金、Fe-Ni-Co合金等が挙げられる。
【0017】
Ni系合金としては、例えば、Ni-Cr-Fe系合金、Ni-Cr-Mo系合金、Ni-Fe系合金等が挙げられる。
【0018】
Co系合金としては、例えば、Co-Cr系合金、Co-Cr-Mo系合金、Co-Al-W系合金等が挙げられる。
【0019】
Ti系合金としては、例えば、Tiと、Al、V、Nb、Zr、Ta、Mo等の金属元素との合金が挙げられ、具体的には、Ti-6Al-4V、Ti-6Al-7Nb等が挙げられる。
【0020】
金属粉末は、いかなる方法で製造されたものであってもよいが、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、回転水流アトマイズ法のようなアトマイズ法で製造された粉末であるのが好ましい。これらの方法で製造された金属粉末は、微細であるため、高密度の金属焼結体を製造するのに適している。
【0021】
金属粉末の平均粒径は、0.1μm以上50μm以下であるのが好ましく、1.0μm以上30μm以下であるのがより好ましく、3.0μm以上15μm以下であるのがさらに好ましい。このような比較的粒径の小さな金属粉末を用いることにより、高密度の金属焼結体を製造することができる。
【0022】
金属粉末の平均粒径は、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて取得された質量基準の粒度分布において、小径側からの累積が50%のときの粒径である。
【0023】
組成物に含まれるバインダーとしては、脱脂処理または焼結処理において短時間で分解可能な樹脂が用いられる。かかる樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリエーテル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンまたはこれらの共重合体、各種ワックス、パラフィン、高級脂肪酸、高級アルコール、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド等が挙げられ、これらのうち1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0024】
バインダーの混合比率は、成形体の0.2体積%以上60.0体積%以下程度であるのが好ましく、5.0体積%以上40.0体積%以下程度であるのがより好ましい。バインダーの混合比率が前記範囲内であることにより、成形体の保形性を高め、最終的に寸法精度の高い焼結体を得ることができる。また、過剰なバインダーによって、焼結時、多量の分解ガスが発生するのを抑制し、分解ガスに伴う気孔の発生を抑制することができる。
【0025】
組成物中には、これらの他に、可塑剤、滑剤、酸化防止剤、脱脂促進剤、界面活性剤等の各種添加物が添加されていてもよい。
【0026】
1.1.2.成形方法
成形方法としては、例えば、射出成形法、圧縮成形法、押出成形法、積層造形法等が挙げられる。このうち、積層造形法としては、例えば、材料押出堆積法やバインダージェッティング法が挙げられる。
【0027】
組成物の形態は、これらの成形方法に応じて選択され、例えば、混合粉末、造粒粉末、混練物等の形態が挙げられる。
【0028】
このうち、成形方法は、射出成形法であるのが好ましい。つまり、成形ステップS102で作製する成形体は、射出成形体であるのが好ましい。射出成形体は、ニアネットシェイプの金属焼結体を製造するのに適した成形体である。このため、複雑な形状を有し、かつ、表面の鏡面性といった審美性を求められる金属焼結体を製造する場合には、射出成形体が好ましく用いられる。
【0029】
なお、本実施形態に係る成形ステップS102では、上記のようにして成形体を製造しているが、すでに製造された成形体を用意してもよい。
【0030】
1.2.脱脂ステップ
脱脂ステップS104では、成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得る。
【0031】
図2は、脱脂ステップS104における脱脂処理および表面改質ステップS106における表面改質処理を示す概略図である。なお、図2の概略図では、図2の上面が成形体1または脱脂体4の表面である。そして、図2の概略図は、表面から内部に至るまでの断面のうち、表面近傍を模式的に示したものである。
【0032】
前述した成形ステップS102で得られた成形体1は、金属粉末を構成する複数の金属粒子2と、金属粒子2同士を結着するバインダー3と、を含む。金属粒子2は、基部22と、基部22の表面に生じた酸化膜24と、を有する。酸化膜24は、例えば、金属粒子の表面が酸化して形成された膜である。
【0033】
脱脂処理としては、例えば、成形体1を加熱してバインダーを分解する方法、バインダーを分解するガスに成形体1を曝す方法等が挙げられる。脱脂処理により、成形体1中のバインダー3の全部または一部が除去される。
【0034】
成形体を加熱する方法を用いる場合、成形体の加熱条件は、有機バインダーの組成や配合量によって若干異なるものの、温度が100℃以上750℃以下、時間が0.1時間以上20時間以下であるのが好ましく、温度が150℃以上600℃以下、時間が0.5時間以上15時間以下であるのがより好ましい。
【0035】
成形体を加熱する際の雰囲気は、特に限定されず、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、大気のような酸化性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。
【0036】
バインダーを分解するガスに成形体を曝す方法としては、例えば酸脱脂法が用いられる。酸脱脂法は、酸含有雰囲気下で成形体を加熱することにより、酸の触媒作用を利用して脱脂する方法である。酸脱脂法によれば、低温でも短時間でバインダーを分解することができるので、体積の大きな成形体であっても、効率よく脱脂処理を施すことができる。
【0037】
酸含有雰囲気とは、有機バインダーを分解可能な酸を含む雰囲気のことをいう。かかる酸としては、例えば、硝酸、シュウ酸、オゾン等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。また、これらの酸と他のガスとを混合した混合ガスを用いるようにしてもよい。混合ガスの一例としては、発煙硝酸が挙げられる。なお、雰囲気圧力は、大気圧であっても、減圧下であっても、加圧下であってもよい。
【0038】
以上のような脱脂処理により、図2に示すように、成形体1からバインダー3の分解ガスG1が発生する。成形体1の脱脂が進行することにより、表層から内部に向かってバインダー3が除去され、バインダー3が除去されて形成される隙間を介して分解ガスG1が外部に排出される。そして、脱脂処理が完了すると、図2に示す脱脂体4が得られる。
【0039】
1.3.表面改質ステップ
表面改質ステップS106では、図2に示すように、脱脂体4の表面に表面改質液5を供給する。
【0040】
1.3.1.表面改質液
図2に示す表面改質液5は、炭素粒子52と、分散媒54と、を含む液体である。炭素粒子52は、還元剤として作用する。このため、表面改質液5を脱脂体4に供給することにより、後述する焼結処理の際、金属粒子2が含む酸化膜24を還元して、酸化膜24の少なくとも一部を除去することができる。これにより、焼結体中で酸化膜24に由来する介在物が発生するのを抑制することができる。
【0041】
炭素粒子52は、主成分として炭素を含む材料で構成された粒子であり、例えば、黒鉛粒子、グラファイト粒子、カーボンブラック、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ等が挙げられる。なお、主成分とは、50.0質量%以上を占める成分のことをいう。炭素粒子52は、90.0質量%以上が炭素で構成された粒子であるのが好ましい。
【0042】
特に炭素粉末は、カーボンブラックであるのが好ましい。カーボンブラックは、工業的に製造された炭素粉末であり、粒子表面に各種官能基が存在する等、表面性状が均一化されている。このため、炭素粉末としてカーボンブラックを含む表面改質液5は、安定性に優れ、炭素粒子52を均等に分布させるように供給することを可能にする。その結果、良好でかつ均一な鏡面性を有する金属焼結体の製造が可能になる。
【0043】
炭素粒子52の平均粒径は、金属粒子2の平均粒径の0.05%以上50.0%以下であるのが好ましく、0.1%以上20.0%以下であるのがより好ましく、0.5%以上10.0%以下であるのがさらに好ましい。これにより、脱脂体4に表面改質液5が供給されたとき、金属粒子2の表面に沿って炭素粒子52を分布させやすくなる。その結果、酸化膜24と炭素粒子52との接触機会を多く確保することができ、酸素と炭素との反応に伴う酸化膜24の除去反応を促進することができる。
【0044】
炭素粒子52の平均粒径は、具体的には、10nm以上10μm以下であるのが好ましく、10nm以上5μm以下であるのがより好ましい。なお、炭素粒子52の平均粒径とは、レーザー回折式粒度分布測定装置を用い、質量基準に基づく累積の質量が50%のときの粒径のことをいう。
【0045】
また、炭素粒子52同士が凝集して二次粒子になっていてもよい。その場合、二次粒子の粒径を、炭素粒子52の粒径とする。
【0046】
分散媒54としては、例えば、水、有機溶剤、水と有機溶剤の混合物等が挙げられる。このうち、水としては、例えば、イオン交換水、限外ろ過水、逆浸透水、蒸留水、純水、超純水等が挙げられる。
有機溶剤としては、例えば、水溶性溶剤、非水溶性溶剤が挙げられる。
【0047】
水溶性溶剤としては、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコールのようなアルコール類;ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドのようなアミド類;アセトン、メチルエチルケトンのようなケトン類;テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールメチルエーテル、エチレングリコールエチルエーテル、ジエチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテルのようなエーテル類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6-へキサントリオール、チオジグリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリンのような多価アルコール類;N-メチルピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0048】
非水溶性溶剤としては、例えば、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートのようなプロピレングリコール誘導体;3 メトキシブチルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテートのようなカルボン酸モノエステル;コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、メチルグルタル酸ジメチル、エチルコハク酸ジメチル、アジピン酸ジメチルのようなカルボン酸ジエステル;カプリル酸メチル、カプリン酸メチル、カプリル酸エチル、カプリン酸エチルのような脂肪酸エステル;シクロヘキサン、シクロオクタンのような無極性溶剤;シクロペンタノン、シクロヘキサノンのような環状ケトン等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0049】
表面改質液5における炭素粒子52の含有率は、表面改質液5の供給方法によって適宜設定されるが、0.1質量%以上50.0質量%以下であるのが好ましく、1.0質量%以上30.0質量%以下であるのがより好ましく、2.0質量%以上20.0質量%以下であるのがさらに好ましく、5.0質量%以上20.0質量%以下であるのが特に好ましい。表面改質液5における炭素粒子52の含有率を前記範囲内に設定することにより、表面改質液5の取り扱いやすさと、炭素粒子52の供給効率と、を両立させることができる。表面改質液5における炭素粒子52の含有率が前記下限値を下回ると、供給効率が低下し、脱脂体4に多量の表面改質液5を供給する必要が出てくるので、脱脂体4の形状や大きさ等によっては、脱脂体4の機械的強度が低下するおそれがある。表面改質液5における炭素粒子52の含有率が前記上限値を上回ると、表面改質液5の粘性が高くなりすぎるので、供給方法によっては、表面改質液5の取り扱い性が低下するおそれがある。
【0050】
表面改質液5には、上記成分以外の添加物が添加されていてもよい。添加物としては、例えば、分散剤、界面活性剤、湿潤剤(乾燥防止剤)、酸化防止剤、紫外線吸収剤、浸透促進剤、防腐剤、防黴剤、pH調整剤、粘度調整剤、キレート剤等が挙げられる。
【0051】
このうち、分散剤の含有比率は、炭素粒子52の含有量100質量部に対して、3質量部以上300質量部以下であるのが好ましく、20質量部以上200質量部以下であるのがより好ましい。
【0052】
その他の添加剤の含有比率は、特に限定されないが、それぞれ、表面改質液5の0.1質量%以上10.0質量%以下であるのが好ましく、0.5質量%以上5.0質量%以下であるのがより好ましい。
【0053】
1.3.2.供給方法
表面改質液5の供給方法としては、例えば、浸漬法、滴下法、インクジェット法、ディスペンサー法、噴霧法、スクリーン印刷法、コーター塗布法、スピンコート法等が挙げられる。
【0054】
このうち、表面改質液5は、浸漬法、滴下法またはインクジェット法により供給されるのが好ましい。これらの方法は、脱脂体4の表面に対して、表面改質液5を効率よく、かつ、ムラなく供給することができる。
【0055】
浸漬法は、表面改質液5を貯留した貯留槽に脱脂体4を浸漬させる方法である。滴下法は、脱脂体4の表面に向けて表面改質液5の液滴を落下させる方法である。インクジェット法は、インクジェットヘッドから表面改質液5の微小な液滴を吐出する方法である。
【0056】
特にインクジェット法では、脱脂体4の表面の目的とした領域に対して選択的に精度よく表面改質液5を供給することができる。これにより、表面改質液5を供給する供給領域と、供給しない非供給領域と、を形成することができる。その結果、炭素粒子52による効果を発現させる領域と、発現させない領域と、を形成することができる。また、表面改質液5の無駄を抑えることができるため、製造方法の低コスト化に寄与することができる。
【0057】
表面改質液5の粘度は、供給方法によって適宜調整されるが、一例として、1mPa・s以上50mPa・s以下であるのが好ましく、2mPa・s以上30mPa・s以下であるのがより好ましく、3mPa・s以上10mPa・s以下であるのがさらに好ましい。これにより、表面改質液5を目的とする領域に対して的確に供給することができる。その結果、炭素粒子52による効果を発現させる領域と、発現させない領域と、を形成する場合に、その位置精度を高めることができる。また、表面改質液5の供給量の均一化を図ることができるので、効果についても均一に発現させることができる。さらに、表面改質液5の粘度が最適化されることにより、脱脂体4が含む隙間を表面改質液5が埋めてしまうことが抑制されるので、隙間を介した生成ガスG2の排出を効率よく行うことができる。
【0058】
なお、表面改質液5の粘度には、例えば、Pysica社製、粘弾性試験機MCR-300を用いて、20℃の環境下で測定した値を採用することができる。具体的には、粘弾性試験機のせん断速度を10[1/s]から1000[1/s]に上げていき、せん断速度が200[1/s]のときの粘度を採用する。
【0059】
表面改質液5の20℃における表面張力は、10mN/m以上50mN/m以下であることが好ましく、25mN/m以上40mN/m以下であることがより好ましい。これにより、脱脂体4に対して適度な浸透性を有する表面改質液5を実現することができる。また、表面改質液5の表面張力が最適化されることにより、脱脂体4が含む隙間を表面改質液5が埋めてしまうことが抑制されるので、隙間を介した生成ガスG2の排出を効率よく行うことができる。
【0060】
なお、表面張力が前記下限値を下回る場合、表面改質液5が浸透しすぎてしまい、脱脂体4の表面近傍に表面改質液5が留まりにくくなるおそれがある。一方、表面張力が前記上限値を上回る場合、表面改質液5が脱脂体4に浸透しにくくなったり、生成ガスG2の排出効率が低下したりするおそれがある。
【0061】
表面改質液5の表面張力の測定は、例えば、20℃の環境下で白金プレートを表面改質液5で濡らし、協和界面科学株式会社製、自動表面張力計CBVP-Zを用いて表面張力を確認する方法で行うことができる。
【0062】
脱脂体4の表面積に対する炭素粒子52の供給量は、特に限定されないが、0.1[g/m]以上1000[g/m]以下であるのが好ましく、1[g/m]以上100[g/m]以下であるのがより好ましい。炭素粒子52の供給量を前記範囲内に設定することにより、酸化膜24の還元反応に必要かつ十分な量の炭素粒子52を脱脂体4に供給することができる。これにより、酸化膜24を十分に除去しきれないこと、および、炭素粒子52が過剰に供給されて最終的に金属焼結体中に残存してしまうこと、の双方を抑制することができる。
【0063】
供給された表面改質液5は、図2に示すように、脱脂体4の表面から内部に向かって浸透する。脱脂体4には、前述したように、バインダー3の分解、除去によって形成された隙間が含まれている。脱脂体4では、この隙間に対して、毛細管現象を利用し、表面改質液5を効率よく浸透させることができる。そして、表面改質液5は、金属粒子2の表面が持つ濡れ性によって金属粒子2に付着する。したがって、表面改質処理が施された脱脂体4は、金属粒子2同士の隙間を維持した状態で、炭素粒子52が均等に分散したものとなる。
【0064】
その後、分散媒54の一部または全部を自然に揮発、あるいは、焼結ステップの加熱段階で揮発させるか、分散媒54を除去することにより、金属粒子2の表面に炭素粒子52を配置することができる。本明細書では、脱脂体4の内部に炭素粒子52を配置した状態を「表面改質状態」といい、そのような状態を得る処理を「表面改質処理」という。
【0065】
1.4.焼結ステップ
焼結ステップS108では、表面改質処理が施された脱脂体4に焼結処理を行う。
【0066】
図3は、焼結ステップS108における焼結処理を示す概略図である。なお、図3の概略図では、図3の上面が脱脂体4または金属焼結体8の表面である。そして、図3の概略図は、表面から内部に至るまでの断面のうち、表面近傍を模式的に示したものである。
【0067】
表面改質処理が施された脱脂体4に焼結処理を行うと、CO反応が生じる。CO反応とは、酸化膜24中に含まれる酸化物を、炭素粒子52と化合させ、COガスとして除去する反応のことをいう。
【0068】
例えば、酸化物が酸化クロムである場合、CO反応は、Cr+3C→2Cr+3COで表される。また、この反応で発生したCOの一部は、SiO+CO→SiO+COで表される酸化ケイ素の還元反応に利用される。このような反応で発生したCOやSiO等の生成ガスG2は、脱脂体4が含む隙間を介して外部に排出される。これにより、生成ガスに由来する介在物が金属焼結体中に残存するのを抑制することができる。CO反応が生じる温度は、金属粒子2の構成材料によって若干異なるが、一例として、850~900℃程度である。
【0069】
CO反応は、通常、脱脂体4の表面から内部に向かって進行する。このため、脱脂体4の表面では、内部よりも先にCO反応が完了し、金属粒子2同士の間でネックNの形成が始まる。ネックNの形成が始まる温度は、金属粒子2の構成材料によって若干異なるが、一例として、850~1100℃程度である。脱脂体4の表面近傍でネックNが形成されると、表面近傍が閉塞され、徐々に生成ガスG2が排出されにくくなる。ただし、本実施形態に係る金属焼結体の製造方法では、前述したように、表面改質処理が施された脱脂体4において十分な隙間を維持しているので、例えばバインダー中に炭素粉末を混ぜ込む従来の方法に比べて、生成ガスG2が排出されやすい。このため、脱脂体4の表面から十分に深い位置で発生した生成ガスG2まで、脱脂体4の外部に排出することができる。その結果、最終的に得られる金属焼結体では、表面から十分に深い位置でも、生成ガスG2に由来する介在物の発生が抑制される。また、従来の方法として、金属粉末に過剰の炭素を固溶させ、その炭素によってCO反応を生じさせる方法もある。しかしながら、この方法では、基部22の表面に位置する酸化膜24と基部22に固溶している炭素との接触機会が限られるため、十分な効果が見込めない。
【0070】
ネックNの形成が進行すると、焼結に至る。この焼結は、脱脂体4の表面から内部に向かって進行する。焼結では、金属粒子2に由来する結晶粒26が成長する。そして、脱脂体4の表面近傍では、結晶粒26が成長し、金属粒子2同士の隙間が消失する。その結果、焼結の完了時には、金属焼結体8の表面近傍において、介在物の少ない緻密層CLが形成される。したがって、本実施形態では、従来よりも厚い緻密層CLを形成することができる。一方、生成ガスG2はさらに排出されにくくなり、内部に残留する。これにより、緻密層CLよりも内部では、主に生成ガスG2に由来する介在物28が残留する。したがって、介在物28としては、例えば前述した生成ガスG2が含むSiOに由来する酸化ケイ素を主成分とするものが挙げられる。
【0071】
なお、成形体1として射出成形体を用いた場合、成形体1中のバインダー3の混合比率は前述した範囲内でも比較的高く設定され、好ましくは20.0体積%以上60.0体積%以下、より好ましくは30.0体積%以上50.0体積%以下に設定される。バインダー3の混合比率をこの範囲に設定すると、成形体1から除去されるバインダー3の量も多くなるため、脱脂体4に形成される隙間も大きくなる。その結果、分解ガスG1や生成ガスG2がより排出されやすくなり、金属焼結体8に形成される緻密層CLの厚さtもより厚くなる。したがって、射出成形体を用いることにより、ニアネットシェイプでありながら、研磨面の鏡面性に優れた金属焼結体8を得ることができる。
【0072】
焼結処理の温度は、金属粒子2の焼結温度以上であれば、特に限定されないが、850℃以上1350℃以下であるのが好ましく、900℃以上1300℃以下であるのがより好ましい。また、焼結処理において、前記温度で保持する時間は、1.0時間以上であるのが好ましく、1.5時間以上10.0時間以下であるのがより好ましく、2.0時間以上5.0時間以下であるのがさらに好ましい。
【0073】
なお、焼結処理では、温度を段階的に昇温するようにしてもよい。例えば、CO反応が生じる850~900℃付近で一定時間維持した後、ネックNの形成が始まる850~1000℃付近でさらに一定時間維持し、その後、焼結が進みやすい1200~1350℃付近でさらに一定時間維持するようにしてもよい。
【0074】
焼結処理の雰囲気は、例えば、水素等の還元雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。このような雰囲気下で焼結処理を行うことにより、金属粒子2の酸化を抑制することができる。また、減圧雰囲気を用いることにより、脱脂体4中に残留する生成ガスG2を効率よく排出することができ、緻密層CLのさらなる厚膜化を図ることができる。減圧雰囲気の圧力は、常圧(100kPa)未満であれば、特に限定されないが、10kPa以下であるのが好ましく、1kPa以下であるのがより好ましい。
【0075】
なお、焼結処理の雰囲気は、処理の途中で変更されてもよい。例えば、焼結処理の前半を減圧雰囲気下で行い、後半を不活性雰囲気下で行うようにしてもよい。これにより、前半では、生成ガスG2の排出を促進して、介在物28の生成を抑制するとともに、後半では、減圧に伴う脱脂体4の変形や金属粒子2の酸化を抑制しつつ、金属焼結体8を得ることができる。
【0076】
以上のように、本実施形態に係る金属焼結体の製造方法は、成形ステップS102と、脱脂ステップS104と、表面改質ステップS106と、焼結ステップS108と、を有する。成形ステップS102では、金属粉末とバインダーとを含む成形体1を得る。脱脂ステップS104では、成形体1に脱脂処理を行い、脱脂体4を得る。表面改質ステップS106では、脱脂体4の表面に、炭素粉末を含有する表面改質液5を供給する。焼結ステップS108では、表面改質液5が供給された脱脂体4に焼結処理を行い、金属焼結体8を得る。
【0077】
このような構成によれば、バインダー3が除去されることによって形成された隙間を含む脱脂体4に対して、表面改質液5を浸透させることで、脱脂体4の表面から十分に深い位置に炭素粒子52を配置することができる。そして、その状態で焼結処理を行うことにより、炭素粒子52と金属粒子2の酸化膜24とを反応させ、酸化膜24を除去することができる。これにより、十分な厚さの緻密層CLを有する金属焼結体8を製造することができる。
【0078】
そして、このような緻密層CLを有する金属焼結体8は、表面を研磨しても緻密層CLが十分に残るため、研磨面において介在物28に起因した光の散乱が抑制される。つまり、研磨によって良好な鏡面を得ることができる。このため、美的外観に優れた金属製品が得られる。
【0079】
2.金属焼結体
次に、実施形態に係る金属焼結体について説明する。
図4は、実施形態に係る金属焼結体の表面近傍を模式的に示す部分拡大断面図である。
【0080】
図4に示す金属焼結体8は、表面SFから内部に至る緻密層CLを有している。緻密層CLとは、研磨されたとき、良好な鏡面を得ることができる程度に介在物28が少ない領域のことをいう。そして、図4に示す金属焼結体8では、表面SFからの厚さtが700μm以上という十分な厚さを持つ緻密層CLを有している。なお、図4では、図3に示す結晶粒26の図示を省略している。
【0081】
このような構成によれば、緻密層CLが十分な厚さを有しているため、金属焼結体8の表面SFを研磨したとしても、研磨によって緻密層CLを全て除去してしまう確率が少なくなる。つまり、金属焼結体8では、研磨によって、介在物28の少ない緻密層CLの研磨面を露出させることができる。これにより、介在物28による光の散乱といった、鏡面性を低下させる要素を減らすことができ、良好な鏡面を得ることができる。その結果、美的外観に優れた金属製品を実現することができる。したがって、緻密層CLの厚さtが前記下限値を下回ると、研磨によって緻密層CLが全て除去されてしまうおそれがある。
【0082】
緻密層CLは、前述したように、介在物28が少ない領域、すなわち、図4に示す高密度部11を主とする領域である。より具体的には、図4に示すように金属焼結体8の断面を観察したとき、断面には、金属材料で構成されている高密度部11と、高密度部11よりも密度が低い低密度部としての介在物28と、が含まれる。高密度部11は、金属材料、すなわち金属粒子2の基部22を構成する組織(基地)が占める部位である。介在物28は、前述した酸化ケイ素の他、酸化ケイ素以外の酸化物、窒化物、炭化物、空孔といったような、基地とは異なる組成を有する低密度の部位である。
【0083】
緻密層CLは、高密度部11のみで構成されていることが望ましいが、研磨されても良好な鏡面を得られる範囲内で、介在物28が存在していてもよい。そこで、金属焼結体8の断面において、緻密層CLとは、以下の条件を満たす範囲と定義する。
【0084】
・介在物28の面積率が0.50%以下である
・介在物28の平均径が2.5μm以下である
【0085】
このような条件を満たすことにより、緻密層CLは、多少の介在物28を含んでいても介在物28による研磨面への光学的な影響が抑え得る層となる。その結果、緻密層CLが研磨されたとき、研磨面は良好な鏡面となる。上述した介在物28の面積率および平均径は、以下の手順で測定、算出される。
【0086】
まず、金属焼結体8の断面を電子顕微鏡で観察し、観察像上で100μm×100μmの範囲Mを選択する。次に、範囲Mに対して2値化の画像処理を行い、密度や組成の違いによって濃度が異なることを利用し、高密度部11および介在物28を特定する。次に、高密度部11および介在物28について、面積率および平均径を算出する。なお、面積率は、範囲Mの面積に対する、範囲Mに映っている介在物28の全面積の比率である。また、平均径は、範囲Mに映っている介在物28を無作為に10個選択し、それらの直径を計測した後、10個の計測値を平均した値である。なお、範囲Mに映っている介在物28の数が10個未満の場合には、介在物28の全数についての計測値を平均した値である。また、介在物28の直径は、介在物28の像と同じ面積を持つ真円の直径として算出される。
【0087】
介在物28の面積率は、好ましくは0.30%以下とされ、より好ましくは0.20%以下とされる。また、介在物28の平均径は、好ましくは5.0μm以下とされ、より好ましくは2.0μm以下とされる。
【0088】
なお、介在物28の面積率が前記上限値を上回ったり、介在物28の平均径が前記上限値を上回ったりした場合、金属焼結体8の研磨面に対して介在物28が光学的に影響を及ぼし、鏡面が損なわれ、美的外観が悪化するおそれがある。
【0089】
また、範囲Mを、表面SFから金属焼結体8の内部に向かって移動させつつ、上記の測定、算出を行う。これにより、緻密層CLの厚さtを求めることができる。
【0090】
緻密層CLの厚さtは、好ましくは1000μm以上とされ、より好ましくは2000μm以上とされる。
【0091】
以上のような金属焼結体8は、例えば、自動車用部品、自転車用部品、鉄道車両用部品、船舶用部品、航空機用部品、宇宙輸送機用部品のような輸送機器用部品、パソコン用部品、携帯電話端末用部品、タブレット端末用部品、ウェアラブル端末用部品のような電子機器用部品、冷蔵庫、洗濯機、冷暖房機のような電気機器用部品、工作機械、半導体製造装置のような機械用部品、原子力発電所、火力発電所、水力発電所、製油所、化学コンビナートのようなプラント用部品、時計用部品、金属食器、宝飾品、眼鏡フレームのような装飾品の全体または一部を構成する材料として用いることができる。
【0092】
以上、本発明の金属焼結体の製造方法および金属焼結体について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。例えば、本発明の金属焼結体の製造方法は、前記実施形態に任意の目的の工程が追加されたものであってもよい。
【実施例
【0093】
次に、本発明の実施例について説明する。
3.金属焼結体の作製
(実施例1)
まず、水アトマイズ法により製造された金属粉末と、バインダーと、を含む混練物(組成物)を調製した。なお、金属粉末には、平均粒径8.0μmのFe-21Cr-2.3Mo-0.2Nb合金粉末を使用した。Fe-21Cr-2.3Mo-0.2Nb合金粉末は、Crの含有率が21.0質量%、Moの含有率が2.3質量%、Nbの含有率が0.2質量%、残部がFeおよび不純物という合金で構成された粉末である。表1では、Fe-21Cr-2.3Mo-0.2Nb合金を、Fe-Cr-Mo系合金と省略している。バインダーには、ポリスチレンとワックスと添加物とを含む樹脂材料を使用した。なお、混練物におけるバインダーの混合比率は、10.0質量%(46.2体積%)とした。
【0094】
次に、混練物を射出成形機で成形し、成形体を得た。なお、成形体の形状は、縦15mm、横15mm、高さ3mmの直方体とした。次に、成形体に脱脂処理を行い、脱脂体を得た。脱脂処理は、窒素雰囲気下、450℃で1時間、成形体を加熱する処理である。
【0095】
次に、脱脂体に表面改質処理を行った。表面改質処理では、インクジェット法により脱脂体の表面に表面改質液を供給した。表面改質液には、炭素粉末としてのカーボンブラックと、分散媒としての水と、添加剤と、を含む液体を用いた。炭素粉末の平均粒径は100nmであった。また、表面改質液における炭素粉末の含有率は5.0質量%であった。さらに、表面改質液の20℃における粘度は5mPa・s、表面改質液の20℃における表面張力は30mN/mであった。
【0096】
次に、脱脂体に焼結処理を行い、金属焼結体を得た。焼結処理は、減圧雰囲気下、850℃で3時間、脱脂体を加熱した後、続いて、アルゴン雰囲気下、1250℃で3時間、脱脂体を加熱する処理である。
【0097】
(実施例2、3)
炭素粉末および表面改質液として表1に示すものを使用するように変更した以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。
【0098】
(実施例4、5)
金属粉末の平均粒径を表1に示すように変更した以外は、実施例2、3と同様にして金属焼結体を得た。
【0099】
(実施例6、7)
表面改質液の表面張力を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。
【0100】
(実施例8~11)
脱脂体の表面積に対する炭素粉末の供給量を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。
【0101】
(実施例12~14)
金属粉末の鋼種および平均粒径を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。
【0102】
(比較例1)
脱脂体に表面改質液を供給するのではなく、混練物に炭素粉末を混ぜるようにした以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。以下、実施例1との相違点について説明し、実施例1と同様の事項については説明を省略する。
【0103】
まず、水アトマイズ法により製造された金属粉末と、炭素粉末と、バインダーと、を含む混練物(組成物)を調製した。続いて、この混練物を実施例1と同様にして成形、脱脂、焼結することにより、金属焼結体を得た。炭素粉末の混合量は、実施例1と同じ量になるよう設定した。
【0104】
(比較例2)
表面改質処理を省略した以外は、実施例1と同様にして金属焼結体を得た。
【0105】
4.金属焼結体の評価
4.1.断面の観察
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体を切断した。そして、切断面を研磨し、研磨面を電子顕微鏡で観察した。このうち、実施例1、比較例1および比較例2で得られた金属焼結体の切断面の観察像を図5に示す。
【0106】
次に、観察像について異物の面積率および異物の平均径を算出し、それに基づいて緻密層の厚さを測定した。測定した緻密層の厚さを表1に示す。
【0107】
4.2.鏡面性
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体について、表面に研磨処理を施した。なお、研磨処理では、表面から厚さ500μmの範囲を除去するように研磨した後、最終的には鏡面研磨を施した。次いで、研磨面を目視にて観察した。そして、研磨面の鏡面性を以下の評価基準に照らして評価した。評価結果を表1に示す。
【0108】
<研磨面の鏡面性の評価基準>
A:研磨面の鏡面性が特に高い(美的外観が特に良好)
B:研磨面の鏡面性が高い(美的外観が良好)
C:研磨面の鏡面性がやや高い(美的外観がやや良好)
D:研磨面の鏡面性がやや低い(美的外観がやや不良)
E:研磨面の鏡面性が低い(美的外観が不良)
F:研磨面の鏡面性が特に低い(美的外観が特に不良)
【0109】
【表1】
【0110】
表1に示すように、各実施例で得られた金属焼結体では、各比較例で得られた金属焼結体に比べて、緻密層が厚いことが認められた。
【0111】
また、各実施例で得られた金属焼結体では、各比較例で得られた焼結体に比べて鏡面性が高いことが認められた。
【符号の説明】
【0112】
1…成形体、2…金属粒子、3…バインダー、4…脱脂体、5…表面改質液、8…金属焼結体、11…高密度部、22…基部、24…酸化膜、26…結晶粒、28…介在物、52…炭素粒子、54…分散媒、CL…緻密層、G1…分解ガス、G2…生成ガス、M…範囲、N…ネック、S102…成形ステップ、S104…脱脂ステップ、S106…表面改質ステップ、S108…焼結ステップ、SF…表面、t…厚さ
図1
図2
図3
図4
図5