(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】冷媒異常判定装置、電力変換装置及び冷媒異常判定方法
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20240820BHJP
【FI】
H02M7/48 Z
H02M7/48 M
(21)【出願番号】P 2023099724
(22)【出願日】2023-06-19
【審査請求日】2024-06-17
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】黒田 群
【審査官】安食 泰秀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/198184(WO,A1)
【文献】特開2022-183064(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スイッチング素子を冷媒により冷却し、当該スイッチング素子の温度保護用のサーミスタを備える電力変換装置の冷媒異常判定装置であって、
前記電力変換装置の電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブルに基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出するフィルタ前サーミスタ推定温度算出部と、
前記フィルタ前サーミスタ推定温度が入力されるフィルタと、
このフィルタから出力された値に冷媒温度センサからの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する加算部と、
前記サーミスタからのサーミスタ検出温度の傾きと前記加算部からの前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する異常判定部と、
を備えたことを特徴とする冷媒異常判定装置。
【請求項2】
前記サーミスタは前記スイッチング素子のモジュールに設けられることを特徴とする請求項1に記載の冷媒異常判定装置。
【請求項3】
前記スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数とモータ回転数指令値若しくはモータ回転数検出値を前記サーミスタ温度テーブルのパラメータとすることを特徴とする請求項1に記載の冷媒異常判定装置。
【請求項4】
前記サーミスタ温度テーブルは、予め所定の前記電流指令値若しくは前記電流検出値、前記スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数、モータ回転数指令値若しくはモータ回転数検出値及び前記冷媒の基準流量のもとで前記電力変換装置が動作した際の前記サーミスタの温度の実測値に基づき得られた当該電流指令値若しくは当該電流検出値、当該キャリア周波数、当該モータ回転数指令値若しくは当該モータ回転数検出値及び当該基準流量と当該サーミスタの温度との関係を示すことを特徴する請求項3に記載の冷媒異常判定装置。
【請求項5】
請求項1に記載の冷媒異常判定装置を備えたことを特徴とする電力変換装置。
【請求項6】
スイッチング素子を冷媒により冷却し、温度保護用のサーミスタを備える電力変換装置の冷媒異常判定装置が実行する冷媒異常判定方法であって、
電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブルに基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出する過程と、
前記フィルタ前サーミスタ推定温度をフィルタに入力する過程と、
前記フィルタから出力された値に冷媒温度センサからの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する過程と、
前記サーミスタからのサーミスタ検出温度の傾きと算出された前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する過程と、
を有することを特徴とする冷媒異常判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換装置におけるIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)の温度保護技術に関する。
【背景技術】
【0002】
スイッチング素子を備える電力変換装置(モータ駆動用インバータ等)には、スイッチング素子を搭載するIGBTモジュールにサーミスタを備えたものがある。このサーミスタの検出温度に基づきスイッチング素子のチップの温度保護が行われる。
【0003】
また、スイッチング素子の冷却技術としてIGBTモジュールに接触させた水冷ケースに冷媒として冷却水を流通させて熱交換により当該モジュールの冷却が行われる。スイッチング素子の冷却効果は冷却水の流量が大きいほど高まる。
【0004】
水冷式インバータのIGBTチップの温度検出手段としてサーミスタ方式を用いる場合、当該チップを間接的のみでしか測定できないので、動作条件に応じて出力を制限するか若しくはチップ温度を推定して定格温度を守ってチップの熱破損から保護する必要がある。つまり、サーミスタの測定部の温度とチップ温度には、その間の熱抵抗値に基づく温度差がある。
【0005】
水冷式インバータの水冷ケースは、通常、基準流量以上の冷却水が供されるので、サーミスタ温度での保護値は基準値以上の冷却水流量があることを前提に設定される。
【0006】
上述のように前記サーミスタ温度に基づく保護は温度センサダイオード方式のように直接チップ温度を測定しているわけではない。このため、冷却水の異常(例えば冷却ホースの脱離)による温度上昇を検知できず、スイッチング素子を破損させるおそれがある。特に、冷却水ポンプ等の動作異常エラー検出では間に合わずIGBTを破損させるおそれがある。また、サーミスタは、IGBTチップの熱時定数よりも大きな時定数を有するので、冷却水の流量が減る等により生じる過渡での当該チップの温度保護ができない。
【0007】
冷却水の流量センサを備えれば冷却異常を検知できるが、装置のコストアップや大型化につながる。
【0008】
これらの問題を解決するために、インバータの温度変化の傾きに基づき、スイッチング素子の温度保護と冷却系の異常を検出する技術が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のようなインバータの温度変化の傾きに基づく前記異常を検出する技術は、温度変化中にスイッチング素子の発生損失(つまり、インバータ負荷)が一定であることを前提とする。インバータ負荷が変動する条件では冷却系の異常検出は困難となる。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑み、インバータ負荷が変動する条件であっても冷媒の異常を確実に検知してスイッチング素子を温度保護することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、本発明の一態様は、スイッチング素子を冷媒により冷却し、当該スイッチング素子の温度保護用のサーミスタを備える電力変換装置の冷媒異常判定装置であって、前記電力変換装置の電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブルに基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出するフィルタ前サーミスタ推定温度算出部と、前記フィルタ前サーミスタ推定温度が入力されるフィルタと、このフィルタから出力された値に冷媒温度センサからの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する加算部と、前記サーミスタからのサーミスタ検出温度の傾きと前記加算部からの前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する異常判定部と、を備える。
【0013】
本発明の一態様は、前記冷媒異常判定装置において、前記サーミスタは前記スイッチング素子のモジュールに設けられる。
【0014】
本発明の一態様は、前記冷媒異常判定装置において、前記スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数とモータ回転数指令値若しくはモータ回転数検出値を前記サーミスタ温度テーブルのパラメータとする。
【0015】
本発明の一態様は、前記冷媒異常判定装置において、前記サーミスタ温度テーブルは、予め所定の前記電流指令値若しくは前記電流検出値、前記スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数、モータ回転数指令値若しくはモータ回転数検出値及び前記冷媒の基準流量のもとで前記電力変換装置が動作した際の前記サーミスタの温度の実測値に基づき得られた当該電流指令値若しくは当該電流検出値、当該キャリア周波数、当該モータ回転数指令値若しくは当該モータ回転数検出値及び当該基準流量と当該サーミスタの温度との関係を示す。
【0016】
本発明の一態様は、上記の冷媒異常判定装置を備えた電力変換装置である。
【0017】
本発明の一態様は、スイッチング素子を冷媒により冷却し、温度保護用のサーミスタを備える電力変換装置の冷媒異常判定装置が実行する冷媒異常判定方法であって、電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブルに基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出する過程と、前記フィルタ前サーミスタ推定温度をフィルタに入力する過程と、前記フィルタから出力された値に冷媒温度センサからの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する過程と、前記サーミスタからのサーミスタ検出温度の傾きと算出された前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する過程を有する。
【発明の効果】
【0018】
以上の本発明によれば、インバータ負荷が変動する条件であっても冷媒の異常判定とスイッチング素子の温度保護ができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一態様である冷媒異常判定装置のブロック図。
【
図3】
図2のサーミスタ温度の検出値と推定値の傾き。
【
図4】
図3の傾きの値に基づく冷媒異常の判定の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0021】
図1に示された本発明の一態様である冷媒異常判定装置1はサーミスタ温度監視方式の電力変換装置のスイッチング素子(IGBT)を温度保護する冷媒の異常を判定する。
【0022】
前記冷媒としては前記電力変換装置において利用される周知の冷却水、冷却油等が適用される。前記冷媒の異常としては例えば冷媒供給路の破損や脱離等による当該冷媒の抜けが挙げられる。尚、前記スイッチング素子のモジュールは、図示省略の冷媒ケースに接合している。
【0023】
冷媒異常判定装置1は、フィルタ前サーミスタ推定温度算出部2、フィルタ3、冷媒温度センサ4、加算部5、サーミスタ6、傾き算出部7及び異常判定部8を備える。
【0024】
フィルタ前サーミスタ推定温度算出部2は、前記電力変換装置の電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブル21に基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出する。
【0025】
サーミスタ温度テーブル21は、予め所定の前記電流指令値若しくは前記電流検出値、前記スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数、モータ回転数指令値若しくはモータ回転数検出値及び前記冷媒の基準流量のもとで前記電力変換装置が動作した際の前記サーミスタ温度の実測値に基づき得られた当該電流指令値若しくは当該電流検出値、当該キャリア周波数、当該モータ回転数指令値若しくは当該モータ回転数検出値及び当該基準流量と当該サーミスタ温度との関係を示す。
【0026】
フィルタ3は、入力値の時間変化に対してサーミスタ熱時定数に相当する遅延を持たせて出力させる機能を有し(代表例:RCフィルタ)、フィルタ前サーミスタ推定温度算出部2からの前記フィルタ前サーミスタ推定温度が入力される。前記サーミスタ熱時定数は、冷媒ケースの熱時定数と前記スイッチング素子の熱時定数とに基づき決定される。
【0027】
冷媒温度センサ4は、前記冷媒を貯留する図示省略の冷媒ケースの入力部に設けれ、冷媒温度を検出する。
【0028】
加算部5は、フィルタ3から出力された値に冷媒温度センサ4からの冷媒検出温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する。
【0029】
サーミスタ6は、前記スイッチング素子の温度保護用として当該スイッチング素子のモジュールに設けられ、検出した温度をサーミスタ検出温度として出力する。
【0030】
傾き算出部7は、加算部5から受けたサーミスタ推定温度とサーミスタ6から受けたサーミスタ検出温度の傾きを算出する。
【0031】
異常判定部8は、前記サーミスタ検出温度の傾きと前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する。
【0032】
図1-4を参照して冷媒異常判定装置1の動作例について説明する。
【0033】
先ず事前試験により、例えば、前記スイッチング素子の発生損失と関係する所定のインバータ(モータ)の電流指令値、スイッチング素子のゲートオンオフ指令のキャリア周波数、モータ回転数及び基準流量の冷却水(冷媒)で前記電力変換装置を動作した際のサーミスタ温度(飽和時)が実測される。前記冷却水の基準流量は実負荷運転が可能な流量の最小値が設定される。そして、前記サーミスタ温度の実測値に基づき、前記電流指令値、前記キャリア周波数、前記モータ回転数検出値(若しくは前記モータ回転数指令値)及び冷却水の基準流量と前記サーミスタ温度との関係を示すサーミスタ温度テーブル21が作成される。このサーミスタ温度テーブル21はフィルタ前サーミスタ推定温度算出部2に格納される。尚、前記キャリア周波数が常時一定の場合やモータ以外をインバータ負荷とする場合は電流指令値のみを前記パラメータとしてもよい。また、電流指令値の代わりに電流検出値を前記パラメータとしてもよい。
【0034】
次いで、実負荷運転では、フィルタ前サーミスタ推定温度算出部2は、前記電流指令値、前記キャリア周波数、前記モータ回転数検出値若しくは前記モータ回転指令値及び前記冷却水の基準流量からサーミスタ温度テーブル21に基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出する。このフィルタ前サーミスタ推定温度はフィルタ3に入力される。
【0035】
加算部5は、フィルタ3から出力された値に冷媒温度センサ4からの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する。このようにフィルタ前サーミスタ推定温度算出部2にて算出されたフィルタ前サーミスタ推定温度が冷媒ケースの熱時定数を考慮したフィルタ3を介して加算部5に供されることで前記スイッチング素子の発生損失急変時のサーミスタ推定温度の精度が高まる。
【0036】
次いで、傾き算出部7は、加算部5から供されたサーミスタ推定温度の傾きとサーミスタ6から供されたサーミスタ検出温度の傾きを各々算出する。
【0037】
そして、異常判定部8は例えば
図2-4に示した冷媒異常の判定処理を行う。
【0038】
正常動作時のサーミスタ検出温度とサーミスタ推定温度は
図2に示された0から5sのように推移する。前記推定温度が前記検出温度よりも高いのは検出のばらつき等を考慮したワースト値で推定するからである。傾き算出部7により算出された前記検出温度と前記推定温度の傾きは
図3の通りである(処理周期500ms)。同図の0.5sから4sの時点ではインバータの通常動作による温度上昇成分が表れている。ここで、前記インバータの通常動作による温度上昇成分を取り除くために、サーミスタ検出温度の傾きとサーミスタ推定温度の傾きの差分(検出温度の傾き-推定温度の傾き)を計算して
図4に例示した冷媒の異常(例えば冷却水の抜け)による温度上昇成分のみを取り出す。そして、前記傾きの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する。前記閾値及び前記判定時間は前記事前試験に基づき前記スイッチング素子のチップの温度保護ができる値に設定される。
【0039】
前記異常と判定されると、前記スイッチング素子をすべてオフさせることによって前記インバータが停止され、冷却水の抜け発生の故障信号が外部に出力される。これにより、前記スイッチング素子の高温による破損を防止できる。
【0040】
したがって、本実施形態の冷媒異常判定装置1によれば、サーミスタ温度テーブル21及びフィルタ3を用いることでインバータ負荷が変動する場合であっても冷媒異常の判定と前記スイッチング素子の温度保護が行える。また、冷却水の流量センサを要することなく冷却水の抜け等の異常の判定と当該スイッチング素子の保護が可能となり、インバータ装置の低コスト化及び小型化ができる。
【0041】
以上の実施形態は、冷却水抜け時にサーミスタ温度が急上昇する特性を活かしているが、本発明は、サーミスタがIGBTモジュール以外の箇所(例:冷媒ケース表面)に付いている構成にも適用できる。また、冷却水以外の冷媒(例えば冷却油)も適用できる。
【符号の説明】
【0042】
1…冷媒異常判定装置
2…フィルタ前サーミスタ推定温度算出部、21…サーミスタ温度テーブル
3…フィルタ
4…冷媒温度センサ
5…加算部
6…サーミスタ
7…傾き算出部
8…異常判定部
【要約】
【課題】インバータ負荷が変動する場合であっても冷媒の異常を確実に検知してスイッチング素子を温度保護する。
【解決手段】スイッチング素子を冷媒により冷却し、温度保護用のサーミスタ6を備える電力変換装置の冷媒異常判定装置1において、フィルタ前サーミスタ推定温度算出部2は前記電力変換装置の電流指令値若しくは電流検出値をパラメータとするサーミスタ温度テーブル21に基づきフィルタ前サーミスタ推定温度を算出する。フィルタ3には、前記フィルタ前サーミスタ推定温度が入力される。加算部5はフィルタ3から出力された値に冷媒温度センサ4からの冷媒温度の値を加算してサーミスタ推定温度を算出する。異常判定部8は、サーミスタ6からのサーミスタ検出温度の傾きと加算部5からの前記サーミスタ推定温度の傾きとの差分が閾値以上となる連続時間が判定時間以上である場合に前記冷媒が異常であると判定する。
【選択図】
図1