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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】誘導結合プラズマ質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/10 20060101AFI20240820BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20240820BHJP
   H01J 49/06 20060101ALI20240820BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240820BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240820BHJP
【FI】
H01J49/10 500
H01J49/04 500
H01J49/06 100
H01J49/42 150
G01N27/62 E
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023562114
(86)(22)【出願日】2022-06-02
(86)【国際出願番号】 JP2022022452
(87)【国際公開番号】W WO2023089852
(87)【国際公開日】2023-05-25
【審査請求日】2023-12-19
(31)【優先権主張番号】P 2021186854
(32)【優先日】2021-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 知義
(72)【発明者】
【氏名】藤田 遼
(72)【発明者】
【氏名】谷口 純一
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-526027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分を誘導結合プラズマイオン化法によりイオン化するイオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンが導入される真空室と、
前記真空室の内部に配置され、前記イオン源で生成されたイオンを所定のガスに接触させるためのセルと、
前記真空室の後段に配置され、前記セルを通過したイオン又は該イオンに由来する他のイオンを質量分析する質量分析部と、
前記セルの内部に所定のガスを導入する第1ガス導入部と、
前記真空室の内部で且つ前記セルの外側に所定のガスを導入する第2ガス導入部と、
前記セル内でイオンにガスを接触させつつ分析を行う際に前記第1ガス導入部により所定のガスを導入する一方、前記セル内でイオンにガスを接触させずに分析を行う際には前記第2ガス導入部により所定のガスを導入するように、前記第1及び第2ガス導入部によるガス導入を制御する制御部と、
を備える誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項2】
さらに、前記セルと前記質量分析部との間に軸ずらしイオン光学系を備える、請求項1に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項3】
前記質量分析部は四重極マスフィルターである、請求項1に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項4】
前記質量分析部は四重極マスフィルターである、請求項2に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導結合プラズマ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン源として誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:以下「ICP」と称す)イオン源を用いた誘導結合プラズマ質量分析装置(以下「ICP-MS」と称す)は、試料に含まれる複数の微量な金属を一斉に分析する用途でしばしば用いられる。
【0003】
ICP-MSには、ICPイオン源においてプラズマの生成に用いられるアルゴンやプラズマで発生するカーボン等に起因する干渉イオンの影響を軽減するために、コリジョンセルを利用したものが知られている。例えば特許文献1に記載のICP-MSでは、サンプリングコーンを通してイオンが導入される中間真空室内にコリジョンセルが設けられ、分析時、コリジョンセル内にHeガスが導入される。
【0004】
コリジョンセル内に入射した各種イオンはHeガスと繰り返し接触し、イオンが有する運動エネルギーは減少する。一般に干渉イオンは多原子イオンであり、同程度の質量を有する観測目的である元素イオンに比べて衝突断面積が大きい。そのため、干渉イオンは観測目的である元素イオンに比べてHeガスとの接触の回数が多く、運動エネルギーがより小さくなり易い。そこで、運動エネルギーが所定値以上であるイオンのみを通過させる一方、運動エネルギーが所定値未満であるイオンを遮断するような電位障壁をコリジョンセルの出口に形成しておくことで、干渉イオンを観測目的である元素イオンと分離して除去することができる。
以下、こうしたコリジョンセルを備えたICP-MSを単にICP-MSという。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-91988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分析対象の元素が例えばリチウムやベリリウムなどの軽元素である場合、コリジョンセル内でHeガスに少数回接触しただけで運動エネルギーが大きく減じるため、検出感度が大きく低下し実質的に測定ができない。一方、こうした軽元素はアルゴンやカーボン等に由来する干渉イオンの妨害を殆ど受けないため、そもそも干渉イオンを除去する必要がない。そのため、幅広い原子量の様々な元素が含まれる多数の試料を順番に連続的に分析するような場合、コリジョンセルにHeガスを導入するコリジョン測定モードとコリジョンセルにHeガスを導入しない非コリジョン測定モードとを交互に切り替えながら分析を行うことがよくある。
【0007】
しかしながら、本発明者は、ICP-MSの性能改善のための各種実験を行う過程で、コリジョン測定モードから非コリジョン測定モードへと測定モードを切り替えた直後から適宜の時間の間、検出強度が比較的大きくドリフトする現象が観測されることを見出した。この現象のために、コリジョン測定モードにおいて取得したデータと非コリジョン測定モードにおいて取得したデータとの正確な比較が困難な場合がある。また、測定モードを切り替えたあとに検出信号のドリフトが或る程度落ち着くまでデータ取得を待つ必要があり、分析時間が無駄になるという問題もある。
【0008】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、コリジョン測定モードと非コリジョン測定モードとを切り替える際に生じる検出信号のドリフトを軽減することができるICP-MSを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るICP-MSの一態様は、
試料成分を誘導結合プラズマイオン化法によりイオン化するイオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンが導入される真空室と、
前記真空室の内部に配置され、前記イオン源で生成されたイオンを所定のガスに接触させるためのセルと、
前記真空室の後段に配置され、前記セルを通過したイオン又は該イオンに由来する他のイオンを質量分析する質量分析部と、
前記セルの内部に所定のガスを導入する第1ガス導入部と、
前記真空室の内部で且つ前記セルの外側に所定のガスを導入する第2ガス導入部と、
前記セル内でイオンにガスを接触させつつ分析を行う際に前記第1ガス導入部により所定のガスを導入する一方、前記セル内でイオンにガスを接触させずに分析を行う際には前記第2ガス導入部により所定のガスを導入するように、前記第1及び第2ガス導入部によるガス導入を制御する制御部と、
を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るICP-MSの上記態様では、セル内でイオンに所定のガスを接触させつつ分析を行うとき(例えばコリジョン測定モード)だけでなく、セル内でイオンに所定のガスを接触させずに分析を行う際(例えば非コリジョン測定モード)にも、所定のガスが適宜の濃度で真空室内に存在する。真空室内に存在する所定のガスは、試料成分由来のイオンとともにイオン源から大量に真空室内に導入されるプラズマガス等に由来する不要なイオンやラジカル、分子などの粒子の通過を妨げ得る。
【0011】
これにより、本発明に係るICP-MSの上記態様によれば、コリジョン測定モード、非コリジョン測定モードのいずれの場合においても、真空室の後段に配置された質量分析部への、プラズマガス等に由来するイオンやラジカルなどの粒子の衝突を軽減することができる。それによって、質量分析部を構成するイオン光学素子のチャージアップの発生を軽減することができ、その影響による検出信号のドリフトを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態であるICP-MSの概略ブロック構成図。
図2】本実施形態のICP-MSにおけるコリジョン測定モードの際のHeガスの挙動の説明図。
図3】本実施形態のICP-MSにおける非コリジョン測定モードの際のHeガスの挙動の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[測定モード切替え時のドリフトの要因]
まず、従来のICP-MSにおいてコリジョン測定モードと非コリジョン測定モードとを切り替える際に発生する検出信号のドリフトの状況と、推定されるドリフトの発生要因について説明する。
【0014】
本発明者は、従来のICP-MSにおいて、コリジョン測定モードでの連続的な分析から非コリジョン測定モードでの連続的な分析に切り替えたときに、その切替えの直後から暫くの間、各種元素の検出信号に比較的大きなドリフトが生じることを実験的に確認した。このドリフトは元素の種類に依存し、全般的に原子量の小さな元素ほどドリフトが大きいことが判明した。
【0015】
本発明者は、実機による実験的な検討及びシミュレーションによる検討によって、上述したドリフトの原因が、主として、コリジョンセルの後段に配置されている質量分離部を構成するイオン光学素子(具体的には、四重極マスフィルターを構成するプレフィルター)の表面電位状態であることを見出した。ここでいう表面電位状態とは、測定対象である目的元素以外の、不要なイオンやラジカルなどが電極に衝突することによって生じ得るチャージアップに起因する表面電位の変化のことである。
【0016】
ICP-MSにおいてコリジョン測定モードでは、コリジョンセル内に供給されたHeガスがコリジョンセル内に充満し、該コリジョンセルからその外側の真空室内に流出する。そのため、コリジョンセルのイオン出口と四重極マスフィルターとの間の空間にはHeガスが比較的多く存在し、コリジョンセルから出た不要なイオンやラジカルはこのHeガスに衝突し、後段のプレフィルターまで到達しにくくなる。その結果、該プレフィルターのチャージアップは生じにくい。一方、従来のICP-MSにおける非コリジョン測定モードでは、コリジョンセルのイオン出口と四重極マスフィルターとの間の空間にHeガスが存在しないため、不要なイオンやラジカルが大量にプレフィルターに衝突する。その結果、非コリジョン測定モードでは該プレフィルターがチャージアップを生じ易く、チャージアップが生じると目的元素由来のイオンの軌道が不安定になるため検出信号が変動し易い。
【0017】
上述したようなプレフィルターのチャージアップ現象は、コリジョン測定モードから非コリジョン測定モードへの切替え直後における信号のドリフトの発生を適切に説明し得る。従って、このドリフトを軽減するには、非コリジョン測定モードにおいても、コリジョン測定モードと同程度に、プレフィルターを含む四重極マスフィルターに不要なイオンやラジカル等が衝突しにくいようにすればよい。本発明に係るIC-MSは、こうした知見に基いてなされたものである。
【0018】
[一実施形態のICP-MSの構成]
以下、本発明の一実施形態であるIC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のICP-MSの概略ブロック構成図である。説明の便宜のために、図1中に示すように、互いに直交するX、Y、Zの3軸を空間内に定義する。
このICP-MSは、略大気圧雰囲気であって電気的に接地されたイオン化室1と、該イオン化室1側から順に真空度が高くなる第1真空室2、第2真空室3、及び第3真空室4という三つの真空室、を備える。図示しないものの、第1真空室2内はロータリーポンプにより真空排気され、第2真空室3及び第3真空室4内はロータリーポンプ及びターボ分子ポンプを組み合わせた真空ポンプによって真空排気される。
【0019】
イオン化室1の内部には、ICPイオン源5が配設されている。ICPイオン源5は、ネブライズガスにより霧化した液体試料が流通する試料管、該試料管の外周に形成されたプラズマガス管、及び該プラズマガス管の外周に形成された冷却ガス管、を有するプラズマトーチ51を含む。プラズマトーチ51の試料管の入口端には、液体試料をプラズマトーチ51に導入するオートサンプラー52が設けられている。図示しないものの、試料管にはネブライズガスを供給するネブライズガス供給源、プラズマガス管にはArガス等であるプラズマガスを供給するプラズマガス供給源、冷却ガス管には冷却ガスを供給する冷却ガス供給源、がそれぞれ接続されている。
【0020】
第1真空室2は、略円錐形状であるサンプリングコーン6と、同じく略円錐形状であるスキマー7との間に形成されている。サンプリングコーン6及びスキマー7は、いずれもその頂部にイオン通過口を有する。第1真空室2は、ICPイオン源5から供給されるイオンを後段へと送るとともに溶媒ガス等を排出するためのインターフェイスとして機能する。
【0021】
第2真空室3内には、スキマー7側から、つまりはイオンが入射する側から順に、引込電極8、イオンを収束させるためのイオンレンズ9、コリジョンセル10、及びエネルギー障壁形成用電極14、が配置されている。引込電極8、イオンレンズ9を構成する複数の電極、エネルギー障壁形成用電極14を構成する複数の電極はいずれも、イオンを通過させるための略円形状の開口が形成された円盤状の電極である。なお、このICP-MSでは、コリジョンセル10の出口においてZ軸方向に延伸するイオン光軸C1と、次段の四重極マスフィルター16の入口においてZ軸方向に延伸するイオン光軸C2とが、X軸方向にずれた軸ずらし光学系の構成が採用されている。エネルギー障壁形成用電極14はエネルギー障壁電場を形成するとともに、図1中に示すようにイオン光軸を屈曲させる軸ずらしのための偏向電場を形成する機能も兼ね備えている。
【0022】
コリジョンセル10の入口側には、イオン通過開口11aが形成された入口電極11、コリジョンセル10の出口側には同様にイオン通過開口12aが形成された出口電極12が配置されている。コリジョンセル10の内部には、Z軸(イオン光軸C1)に平行に配置された複数本のロッド電極を含む、多重極(例えば八重極)型のイオンガイド13が配設されている。
【0023】
イオン通過開口15を通して第2真空室3と連通する第3真空室4内には、プレフィルター16Aとメインフィルター16Bとを含む四重極マスフィルター16、及び、イオン検出器17、が配置されている。
【0024】
ガス供給部22は、第1ガス供給管23を通してコリジョンセル10と接続され、第2ガス供給管24を通して第2真空室3内(コリジョンセル10の外側)と連通している。ガス供給部22は、制御部20の制御に応じて、コリジョンセル10の内部又は第2真空室3の内部でコリジョンセル10の外側のいずれかに、選択的に所定流量のコリジョンガスを供給可能である。コリジョンガスは一般的にはHeガスであるが、他の不活性ガスでもよい。また、コリジョンセルはリアクションセルとして使用することも可能であり、その場合、ガス供給部22は、リアクションガスとして水素、アンモニア等の反応性ガスを供給する。
【0025】
電圧発生部21は、制御部20の制御の下で、各部に印加する所定の電圧を発生するものである。制御部20は、電圧発生部21やガス供給部22などの各部を統括的に制御することで分析を実行するものであり、入力部26や表示部27などを介したユーザーインターフェイスの機能も有する。データ処理部25は、イオン検出器17で得られた検出信号をデジタル化するアナログデジタル(AD)変換器を含み、収集されたデータを処理してマススペクトルを作成する等の処理を実行するものである。
【0026】
なお、制御部20及びデータ処理部25の実体はCPU、RAM、外部記憶装置などを含むパーソナルコンピューター(PC)であり、該PCに予めインストールされた所定のコンピュータープログラムをPCで実行することにより、それぞれの機能が具現化される構成とすることができる。
【0027】
[一実施形態のICP-MSの具体的な動作]
本実施形態のICP-MSにおける特徴的な分析動作を、図2及び図3を参照して説明する。このICP-MSは、制御部20による制御の下で、干渉イオンを除去するためにコリジョンセル10内でイオンとコリジョンガスを接触させるコリジョン測定モード、又はそうした干渉イオンの除去を行わない非コリジョン測定モード、を選択的に実施可能である。
図2は、コリジョン測定モードにおけるコリジョンガスの挙動の説明図である。図3は、非コリジョン測定モードにおけるコリジョンガスの挙動の説明図である。
【0028】
コリジョン測定モードの実行時、制御部20の制御に応じてガス供給部22は、第1ガス供給管23を通してHeガスをコリジョンセル10内に連続的に又は間欠的に供給する。電圧発生部21は、引込電極8、イオンレンズ9、イオンガイド1、エネルギー障壁形成用電極14を含む各電極(イオン光学素子)にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0029】
ICPイオン源5のプラズマトーチ51において形成されるプラズマ中にオートサンプラー52から液体試料が噴霧されると、該液体試料に含まれる元素はイオン化される。ICPイオン源5において生成された試料成分由来のイオンは、プラズマガス等に由来する不所望のイオンとともに、サンプリングコーン6及びスキマー7のイオン通過口を経て第2真空室3に導入される。これらイオンはイオンレンズ9で収束され、コリジョンガスが充満されているコリジョンセル10内に導入される。
【0030】
それらイオンはコリジョンセル10においてコリジョンガスと繰り返し衝突し、イオンが有する運動エネルギーは減衰する。衝突断面積が大きなイオンほどコリジョンガスとの衝突の機会が多く、運動エネルギーの減衰が大きい。通常、プラズマガス等に由来するイオンの衝突断面積は試料成分由来のイオンの衝突断面積よりも大きいため、プラズマガス等に由来する不要なイオンのほうが試料成分由来のイオンに比べて運動エネルギーが大きく減少する。そのため、試料成分由来のイオンはコリジョンセル10の出口外側に形成されている電位障壁を容易に乗り越えるのに対し、不要なイオンは電位障壁を乗り越えにくい。こうした運動エネルギー弁別法によって不要なイオンを除去し、主として試料成分由来のイオンをイオン通過開口15に通過させて第3真空室4まで導くことができる。また、プラズマガス等に由来するラジカルや分子など、電荷を有さない粒子もコリジョンセル10を通過し得るが、こうした粒子は電場の影響を受けないため直進し、軸ずらしの作用によって排除される。
【0031】
但し、実際には、プラズマガス等に由来する不要なイオン、ラジカル、或いは分子などの粒子(以下、これらをまとめて「不要な粒子」という)の量は試料成分由来のイオンに比べて格段に多い。そのため、上述したような運動エネルギー弁別法や軸ずらし光学系などによっても不要な粒子を完全に除去できるわけではなく、多くの不要な粒子がコリジョンセル10を通過したあとイオン通過開口15へ向かって進行する。一方、コリジョンセル10はほぼ密閉されているため、コリジョンセル10内に供給されたHeガスは、図2中に矢印で示すように、イオン通過開口11a、12aを経てコリジョンセル10の外側に流出する。このHeガスの多くは真空ポンプによって排出されてしまうが、第2真空室3よりも第3真空室4のほうが真空度が高いため、一部のHeガスはイオン通過開口15へと向かう。そのため、図2に示すように、コリジョンセル10の出口とイオン通過開口15との間には、Heガスが比較的多く存在するガス存在領域Aが形成される。
【0032】
上述したように、イオン通過開口15へ向かって進行する不要な粒子はガス存在領域Aを通過するため、Heガスに衝突し易い。ガス存在領域Aを通過する不要な粒子の運動エネルギーはコリジョンセル10に導入される前に比べてかなり低いため、質量が小さなHeガスに接触しても軌道を容易に変え、真空排気によって排出される。このように、コリジョンセル10の出口とイオン通過開口15との間にガス存在領域Aが存在することによって、不要な粒子は第3真空室4に入りにくく、プレフィルター16Aに衝突する機会も減少する。
【0033】
プレフィルター16Aを構成する電極はステンレス等の金属製であるが、その表面には薄い酸化膜が形成されているため、電荷を有する粒子が衝突するとチャージアップを生じる。プレフィルター16Aがチャージアップすると、四重極マスフィルター16の入口付近の電場が乱れ、そこに入射しようとする試料成分由来のイオンの軌道が不安定になる。これに対し、上述したように、不要な粒子がプレフィルター16Aに衝突する機会が減少することで、プレフィルター16Aのチャージアップが軽減され、試料成分由来のイオンが四重極マスフィルター16に入射しにくくなることを回避することができる。
【0034】
従来のICP-MSでは、運動エネルギー弁別法による干渉イオンの除去を行わない非コリジョン測定モードの実行時に、コリジョンガスの供給を一切停止する。それに対し、本実施形態のICP-MSでは、非コリジョン測定モードの際に、制御部20の制御に応じてガス供給部22は、第2ガス供給管24を通してHeガスを第2真空室3内に連続的に又は間欠的に供給する。このときのHeガスの供給量は、第2真空室3の内容積、真空ポンプの排気能力、第2真空室3内に配置されるイオン光学素子の形状等、によって適宜に設定することが望ましいが、例えば、コリジョン測定モードのときと同程度とすることができる。一例としては、ガス流量を3~10sccmとすることができる。電圧発生部21は、コリジョン測定モードと全く同様に、引込電極8、イオンレンズ9、イオンガイド13、エネルギー障壁形成用電極14を含む各電極にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0035】
ICPイオン源5ではコリジョン測定モードのときと同様に、試料成分由来のイオンが生成され、プラズマガス等に由来する不所望のイオンとともに、第1真空室2を経て第2真空室3に導入される。このときには、コリジョンセル10内にはコリジョンガスが存在しないものの、各種イオンはイオンガイド13により形成される電場に捕捉される際にその運動エネルギーを減少させ、コリジョンセル10を通過する。
【0036】
一方、図3に示すように、Heガスは第2真空室3の内部に供給され、その多くは真空ポンプによる真空排気に伴って排出されるものの、上述したように、第2真空室3よりも第3真空室4のほうが真空度が高いため、一部のHeガスはイオン通過開口15へと向かう。そのため、コリジョン測定モードのときと同様に、コリジョンセル10の出口とイオン通過開口15との間に、Heガスが比較的多く存在するガス存在領域Aが形成される。
【0037】
コリジョンセル10を通過したあとイオン通過開口15へ向かって進行する不要な粒子はガス存在領域Aを通過するため、Heガスに衝突し易い。この場合にも、ガス存在領域Aに到達する不要な粒子の運動エネルギーはコリジョンセル10に導入される前に比べれば低いため、質量が小さなHeガスに接触しても軌道を変え、真空排気によって排出される。このように本実施形態のICP-MSでは、コリジョン測定モードと非コリジョン測定モードとのいずれの測定モードにおいても、コリジョンセル10の出口と四重極マスフィルター16との間に、Heガスが多く存在するガス存在領域Aが形成されるため、不要な粒子がプレフィルター16Aに衝突しにくい。それによって、いずれの測定モードにおいてもプレフィルター16Aのチャージアップが軽減され、試料成分由来のイオンが四重極マスフィルター16に入射しにくくなることを回避することができる。
【0038】
従来のICP-MSでは、コリジョン測定モードではガス存在領域Aが形成されるものの、非コリジョン測定モードではガス存在領域Aが形成されないため、不要な粒子がプレフィルター16Aに衝突し易く、プレフィルター16Aのチャージアップが生じ易かった。それに対し、本実施形態のICP-MSでは、コリジョン測定モードと非コリジョン測定モードとのいずれの測定モードにおいてもガス存在領域Aが形成されるため、プレフィルター16Aのチャージアップを軽減することができる。また、測定モードによるプレフィルター16Aのチャージアップの状態の差異を小さくすることができる。それにより、測定モードを切り替えた直後に発生する検出信号のドリフトを軽減することができるとともに、その測定モードの違いによる検出信号の時間的な変動の違いも軽減することができる。
【0039】
なお、非コリジョン測定モードにおいてガス存在領域Aを形成することで、測定対象である元素(特に軽元素)由来のイオンの通過効率が下がることも懸念されるが、本発明者の実験によれば、上述した程度のガス流量であれば、目的元素由来のイオンの感度低下は数%程度以下に抑えることが可能である。この感度低下の影響を小さくするためにも、非コリジョン測定モードにおいて第2真空室3内に供給するガス流量は適宜に設定することが望ましい。
【0040】
上記実施形態のICP-MSはいわゆるシングルタイプの四重極型質量分析装置であるが、質量分析部の構成は適宜に変更可能である。本発明に係るICP-MSは例えば、ICPイオン源を備えたトリプル四重極型質量分析装置、ICPイオン源を備えた四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置などとすることができる。
【0041】
また、上記実施形態のICP-MSにおける各構成要素は、適宜、既知である別の態様の同様の機能を有する構成要素に置き換え可能であることも当然である。
【0042】
また、上記実施形態のICP-MSでは、コリジョンセル10の後段で軸ずらし光学系を用いているが、これは必須ではない。但し、通常、軸ずらしを行う場合、軸ずらし光学系又はそれよりも前のイオン光学系においてイオン等の粒子の運動エネルギー(速度)を低下させるようにするため、軸ずらし光学系ではガス存在領域Aによって不要な粒子の通過を阻止する効果が得られ易いという利点がある。
【0043】
また、上記実施形態やその変形例はいずれも本発明の一例であって、上記記載のもの以外に、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0044】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0045】
(第1項)本発明に係るICP-MSの一態様は、
試料成分を誘導結合プラズマイオン化法によりイオン化するイオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンが導入される真空室と、
前記真空室の内部に配置され、前記イオン源で生成されたイオンを所定のガスに接触させるためのセルと、
前記真空室の後段に配置され、前記セルを通過したイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、
前記セルの内部に所定のガスを導入する第1ガス導入部と、
前記真空室の内部で且つ前記セルの外側に所定のガスを導入する第2ガス導入部と、
前記セル内でイオンにガスを接触させつつ分析を行う際に前記第1ガス導入部により所定のガスを導入する一方、前記セル内でイオンにガスを接触させずに分析を行う際には前記第2ガス導入部により所定のガスを導入するように、前記第1及び第2ガス導入部によるガス導入を制御する制御部と、
を備える。
【0046】
第1項に記載のICP-MSでは、セル内でイオンに所定のガスを接触させつつ分析を行うとき(例えばコリジョン測定モード)だけでなく、セル内でイオンに所定のガスを接触させずに分析を行う際(例えば非コリジョン測定モード)にも、所定のガスが適宜の濃度で真空室内に存在する。真空室内に存在する所定のガスは、試料成分由来のイオンとともにイオン源から大量に真空室内に導入されるアルゴン等に由来するイオンやラジカルなどの不要な粒子の通過を妨げ得る。
【0047】
これにより、第1項に記載のICP-MSによれば、コリジョン測定モード、非コリジョン測定モードのいずれの場合においても、真空室の後段に配置された質量分析部への、プラズマガス等に由来するイオンやラジカルなどの不要な粒子の衝突を軽減することができる。それによって、質量分析部を構成するイオン光学素子のチャージアップの発生を軽減することができ、その影響による検出信号のドリフトを抑えることができる。また、運動エネルギー弁別法による干渉イオンの除去を行う場合と行わない場合とでの検出信号の時間的な変動の差異を軽減することができる。また、測定モードを切り替えたあとに検出信号のドリフトが或る程度落ち着くまでデータ取得を待つ必要がなくなり、分析時間の短縮に繋がるという効果もある。
【0048】
(第2項)第1項に記載のICP-MSは、さらに、前記セルと前記質量分析部との間に軸ずらしイオン光学系を備えるものとすることができる。
【0049】
軸ずらしイオン光学系では、イオンを静電場等によって良好に偏向させるために、その光学系自体又はその前段の光学系でイオンの運動エネルギーを減少させることが多い。そのため、第2項に記載のICP-MSによれば、プラズマガス等に由来する不要なイオンが所定のガスに接触したときに軌道を変え易く、不要なイオンを除去する効果を高めることができる。
【0050】
(第3項)第1項又は第2項に記載のICP-MSでは、前記質量分析部は四重極マスフィルターであるものとすることができる。
【0051】
四重極マスフィルターでは、プレフィルターなどの入口側に位置する電極がチャージアップすると、目的とするイオンの軌道が不安定になり易く、検出信号のドリフトが生じ易い。これに対し、第3項に記載のICP-MSによれば、四重極マスフィルターの入口側に位置する電極のチャージアップを軽減することができるため、検出信号のドリフトを軽減するという効果を十分に得ることができる。
【符号の説明】
【0052】
1…イオン化室
2…第1真空室
3…第2真空室
4…第3真空室
5…ICPイオン源
51…プラズマトーチ
52…オートサンプラー
6…サンプリングコーン
7…スキマー
8…引込電極
9…イオンレンズ
10…コリジョンセル
11…入口電極
12…出口電極
11a、12a…イオン通過開口
13…イオンガイド
14…エネルギー障壁形成用電極
15…イオン通過開口
16…四重極マスフィルター
16A…プレフィルター
16B…メインフィルター
17…イオン検出器
20…制御部
21…電圧発生部
22…ガス供給部
23…第1ガス供給管
24…第2ガス供給管
25…データ処理部
26…入力部
27…表示部
図1
図2
図3