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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】光学部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02C 7/00 20060101AFI20240820BHJP
   G02B 1/115 20150101ALI20240820BHJP
   G02C 13/00 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
G02C7/00
G02B1/115
G02C13/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020109830
(22)【出願日】2020-06-25
(65)【公開番号】P2022007102
(43)【公開日】2022-01-13
【審査請求日】2023-05-01
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】大久保 繁樹
【審査官】中村 説志
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-523447(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0258836(US,A1)
【文献】特開2003-156667(JP,A)
【文献】特開2003-084243(JP,A)
【文献】特開2003-270592(JP,A)
【文献】特表2016-536148(JP,A)
【文献】特開2016-113362(JP,A)
【文献】国際公開第2019/003343(WO,A1)
【文献】Paulius Gecys,"ULTRASHORT PULSED LASER PROCESSING OF THIN-FILMS FOR SOLAR CELLS",Doctoral dissertation,VILNIUS UNIVERSITY,2012年01月02日,p.49-51,71-72,https://talpykla.elaba.lt/elaba-fedora/objects/elaba:1923839/datastreams/MAIN/content
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 1/00-13/00
G02B 1/10- 1/18
B23K26/00-26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の光学面を被覆するように形成された、低屈折率層と高屈折率層とが積層された多層構造の反射防止膜に対して、超短パルスレーザの照射による非加熱加工を行って、前記多層構造の最表層の前記低屈折率層を部分的に除去して前記高屈折率層を露出させる除去工程
を備える光学部材の製造方法であって、
前記光学部材は、眼鏡レンズであり、
前記超短パルスレーザは、パルス幅が0.1ピコ秒以上100ピコ秒未満であり、
前記最表層は、前記低屈折率層としてのSiO 層であり、
前記除去工程では、前記最表層の前記低屈折率層の部分的な除去によって前記光学部材の加飾パターンを形成する際、前記低屈折率層の除去によって露出する前記高屈折率層における前記低屈折率層の除去箇所の厚さt1と前記低屈折率層の非除去箇所の厚さt2との比t1/t2が0.90以上1.00以下の範囲内に属する光学部材の製造方法。
【請求項2】
前記超短パルスレーザは、パルス幅が0.1ピコ秒以上30ピコ秒以下である
請求項1に記載の光学部材の製造方法。
【請求項3】
前記除去工程の前に、加工対象となる眼鏡レンズの被加工面における加工エリアの三次元形状を計測し、前記被加工面に対して前記除去工程を行う
請求項1または2に記載の光学部材の製造方法。
【請求項4】
前記超短パルスレーザの波長は、266nm、355nm、532nm、または1064nmである
請求項1から3のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【請求項5】
前記超短パルスレーザのビーム径は10μm以上30μm以下である
請求項1から4のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【請求項6】
前記t1/t2が0.95以上1.00以下の範囲内に属する
請求項1から5のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【請求項7】
フレームカット後のレンズ領域内に位置するように加飾パターンのマーキングを行う
請求項1から6のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【請求項8】
加工対象となる眼鏡レンズの一方の光学面を治具に装着する治具ブロッキングを行い、ブロッキングされた眼鏡レンズに対する玉形加工を行い且つ前記除去工程を行う
請求項1から7のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【請求項9】
前記反射防止膜に対する前記超短パルスレーザの照射をデフォーカス設定で行う
請求項1から8のいずれか1項に記載の光学部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学部材の製造方法および光学部材に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズとして、レンズ基材の光学面上がハードコート膜や反射防止膜等の薄膜に被覆されて構成されたものがある。近年では、薄膜に対するレーザ照射によって、薄膜の一部の層を部分的に除去することで、眼鏡レンズにマーキングを行うことが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2019-523447号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のレーザ照射によるマーキングでは、薄膜の一部の層の部分的な除去に伴って当該薄膜の剥がれが生じてしまうおそれがあり、また除去された層の下層部分にダメージを与えてしまうおそれもある。そのため、眼鏡レンズの製品に適用すると、品質の低下が懸念される。
【0005】
本開示は、光学部材の品質の低下を招くことなく当該光学部材にマーキングを行える技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
光学基材の光学面を被覆するように形成された、低屈折率層と高屈折率層とが積層された多層構造の反射防止膜に対して、超短パルスレーザの照射による非加熱加工を行って、前記多層構造の最表層の前記低屈折率層を部分的に除去して前記高屈折率層を露出させる除去工程
を備える光学部材の製造方法である。
【0007】
本発明の第2の態様は、
前記超短パルスレーザは、パルス幅が0.1ピコ秒以上100ピコ秒未満である
第1の態様に記載の光学部材の製造方法である。
【0008】
本発明の第3の態様は、
前記反射防止膜に対する前記超短パルスレーザの照射をデフォーカス設定で行う
第1または第2の対象に記載の光学部材の製造方法である。
【0009】
本発明の第4の態様は、
前記最表層は、前記低屈折率層としてのSiO層であり、
前記低屈折率層の除去によって露出する層は、前記高屈折率層としてのZrO層である
第1から第3のいずれか1態様に記載の光学部材の製造方法である。
【0010】
本発明の第5の態様は、
前記光学部材は、眼鏡レンズである
第1から第4のいずれか1態様に記載の光学部材の製造方法である。
【0011】
本発明の第6の態様は、
前記除去工程では、前記最表層の前記低屈折率層の部分的な除去によって前記光学部材の加飾パターンを形成する
第1から第5のいずれか1態様に記載の光学部材の製造方法である。
【0012】
本発明の第7の態様は、
光学面を有する光学基材と、
前記光学基材の前記光学面を被覆する反射防止膜と、を備え、
前記反射防止膜は、低屈折率層と高屈折率層とが積層された多層構造を有するとともに、前記多層構造の最表層の前記低屈折率層が部分的に除去されて前記高屈折率層が露出するように構成されている
光学部材である。
【0013】
本発明の第8の態様は、
前記低屈折率層の除去によって露出する前記高屈折率層は、前記低屈折率層の除去箇所の厚さt1と前記最表層の非除去箇所の厚さt2との比t1/t2が0.90以上1.00以下の範囲内に属する
請求項7に記載の光学部材である。
【0014】
本発明の第9の態様は、
前記最表層は、前記低屈折率層としてのSiO層であり、
前記低屈折率層の除去によって露出する層は、前記高屈折率層としてのZrO層である
第7または第8の対象に記載の光学部材である。
【0015】
本発明の第10の態様は、
前記光学部材は、眼鏡レンズである
第7から第9のいずれか1態様に記載の光学部材である。
【0016】
本発明の第11の態様は、
前記最表層の前記低屈折率層の除去箇所は、前記光学部材の加飾パターンを構成する
第7から第10のいずれか1態様に記載の光学部材である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、光学部材の品質の低下を招くことなく、当該光学部材にマーキングを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る眼鏡レンズの加工例を示す平面図である。
図2】本発明の一実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法の手順の一例を示すフロー図である。
図3】本発明の一実施形態に係る眼鏡レンズにおける薄膜の積層構造の一例を示す側断面図である。
図4】本発明の一実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法で用いるレーザ加工装置の概略構成例を示す説明図である。
図5】本発明の一実施形態に係る眼鏡レンズの要部構成例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。
【0020】
本実施形態では、光学部材が眼鏡レンズである場合を例に挙げて、以下の説明を行う。
【0021】
眼鏡レンズは、光学面として、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」は、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面である。「眼球側の面」は、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。物体側の面は凸面であり、眼球側の面は凹面であること、つまり眼鏡レンズはメニスカスレンズであることが一般的である。
【0022】
図1は、本実施形態に係る眼鏡レンズの加工例を示す平面図である。
本実施形態においては、平面視円形状(例えば、外径φ60~80mm)の眼鏡レンズ1に対して、装用者が装用する眼鏡フレームのフレーム形状2に合わせてレンズ外形を削る玉形加工(フレームカット加工)を行うとともに、フレームカット後のレンズ領域内に位置するようにロゴやハウスマーク等を表す加飾パターン3の光学面上へのマーキングを行うものとする。
【0023】
加飾パターン3のマーキングは、例えば、デジタルデータに基づいて照射位置を精緻に制御可能なレーザ照射加工を利用して行うことが考えられるが、マーキングに起因してレンズ品質の低下を招いてしまうことは好ましくない。そこで、本実施形態においては、加飾パターン3のマーキングを、以下に説明する加工手順によって行う。
【0024】
(1)眼鏡レンズの製造方法
ここで、加飾パターンのマーキングを含む眼鏡レンズの加工手順、すなわち本実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法の手順について、具体的に説明する。
図2は、本実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法の手順の一例を示すフロー図である。
【0025】
眼鏡レンズの製造にあたっては、まず、光学基材であるレンズ基材を用意し、そのレンズ基材に対して眼鏡装用者の処方情報に応じた研磨処理を行うとともに、必要に応じて染色処理を行う(ステップ101、以下ステップを「S」と略す。)。
レンズ基材としては、例えば、屈折率(nD)1.50~1.74程度の樹脂材料が用いられる。具体的には、樹脂材料として、例えば、アリルジグリコールカーボネート、ウレタン系樹脂、ポリカーボネート、チオウレタン系樹脂およびエピスルフィド樹脂が例示される。ただし、これらの樹脂材料ではなく、所望の屈折度が得られる他の樹脂材料によって構成してもよいし、また無機ガラスによって構成したものであってもよい。また、レンズ基材は、所定のレンズ形状を構成するための光学面を、物体側の面と眼球側の面とのそれぞれに有する。所定のレンズ形状は、単焦点レンズ、多焦点レンズ、累進屈折力レンズ等のいずれを構成するものであってもよいが、いずれの場合も各光学面が眼鏡装用者の処方情報を基に特定される曲面によって構成される。光学面は、例えば研磨処理によって形成されるが、研磨処理を要さないキャスト(成形)品であってもよい。
なお、レンズ基材に対する研磨処理および染色処理については、公知技術を利用して行えばよく、ここではその詳細な説明を省略する。
【0026】
その後は、レンズ基材の少なくとも一方の光学面上、好ましくは両方の光学面上に、ハードコート膜(HC膜)を成膜する(S102)。
HC膜は、例えば、ケイ素化合物を含む硬化性材料を用いて構成されたもので、3μm~4μm程度の厚さで形成された膜である。HC膜の屈折率(nD)は、上述したレンズ基材の材料の屈折率に近く、例えば1.49~1.74程度であり、レンズ基材の材料に応じて膜構成が選択される。このようなHC膜の被覆によって、眼鏡レンズの耐久性向上が図れるようになる。
HC膜の成膜は、例えば、ケイ素化合物を含む硬化性材料を溶解させた溶液を用いた浸漬法(Dipping method)によって行えばよい。
【0027】
HC膜の成膜後は、続いて、そのHC膜に重ねるように、反射防止膜(AR膜)を成膜する(S103)。
AR膜は、屈折率の異なる膜を積層させた多層構造を有し、干渉作用によって光の反射を防止する膜である。具体的には、AR膜は、低屈折率層と高屈折率層とが積層された多層構造を有して構成されている。低屈折率層は、例えば、屈折率1.43~1.47程度の二酸化珪素(SiO)からなる。また、高屈折率層は、低屈折率層よりも高い屈折率を有する材料からなり、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化錫(SnO)、酸化ニオブ(Nb)、酸化タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO)、酸化イットリウム(Y)、酸化アルミニウム(Al)、これらの混合物(例えば酸化インジウムスズ(ITO))等を用いて構成される。ただし、多層構造のAR膜の最表層は、必ず低屈折率層(例えば、SiO層)となるように構成されているものとする。このようなAR膜の被覆によって、眼鏡レンズを透した像の視認性向上が図れるようになる。
AR膜の成膜は、例えば、イオンアシスト蒸着を適用して行えばよい。
【0028】
AR膜の最表層である低屈折率層上には、撥水膜を製膜するようにしてもよい。
撥水膜は、表面に撥水性を与える膜で、例えばメタキシレンヘキサフロライド等のフッ素系化合物溶液を塗布することによって構成することができる。
撥水膜の成膜は、AR膜の場合と同様に、例えば、イオンアシスト蒸着を適用して行えばよい。
【0029】
以上のような成膜処理を経ることで、レンズ基材の光学面上には、図3に示すような積層構造の薄膜が形成される。
図3は、本実施形態に係る薄膜の積層構造の一例を示す側断面図である。
図例の積層構造は、レンズ基材11の光学面上に、HC膜12、AR膜13、撥水膜14が順に積層されて構成されている。そして、AR膜13は、低屈折率層であるSiO層13aと高屈折率層であるSnO層13bおよびZrO層13cとが積層された多層構造を有しており、最表層(すなわち撥水膜14の側の表層)がSiO層13aとなるように構成されている。
【0030】
薄膜形成後は、続いて、図2に示すように、その薄膜が形成された眼鏡レンズに対して、フレームカット加工および加飾パターンのマーキングを行う。例えば、フレームカット後に加飾加工を行う場合であれば(S104:カット後)、まず、加工対象となる眼鏡レンズの一方の光学面(具体的には、後述する加飾加工が施されない光学面)を専用治具に装着する治具ブロッキングを行う(S105)。そして、ブロッキングされた眼鏡レンズを玉形加工機にセットして、その眼鏡レンズに対する玉形加工(フレームカット加工)を行い、その眼鏡レンズの外形をフレーム形状にカットする(S106)。治具ブロッキングおよびフレームカット加工については、公知技術を利用して行えばよいため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0031】
フレームカット加工後は、次いで、加飾加工(すなわち、加飾パターンのマーキング)を行う。加飾加工にあたっては、まず、ブロッキングされた状態のまま、加工対象となる眼鏡レンズの被加工面(具体的には、ブロッキングされていない側の光学面)について、その加工エリアのレンズ高さ(すなわち、被加工面における加工エリアの三次元形状)を計測する(S107)。計測手法は特に限定されないが、例えば非接触タイプの三次元測定機を用いて行うことが考えられる。
【0032】
加工エリアのレンズ高さの計測後は、続いて、加工エリアにレーザ光を照射するレーザ加工を行うとともに、レーザ光の照射位置を予め用意されたパターンデータに基づいて移動させるラスタースキャンを行う(S108)。ラスタースキャンではなく、ベクタースキャンであってもよい。これにより、眼鏡レンズの被加工面の加工エリアには、加飾パターンのマーキングがされることになる。なお、加飾パターンのマーキングのためのレーザ加工の詳細については後述する。
【0033】
加飾パターンのマーキング後は、専用治具から眼鏡レンズを取り外す治具デブロッキングを行い(S109)、取り外した眼鏡レンズについてマーキングの際の残存物や付着物(異物)等を除去するためのレンズ洗浄を行う(S110)。そして、最終的なレンズ外観検査(S111)を経て、眼鏡レンズの製造が完了する。
【0034】
一方、例えば、加飾加工後にフレームカットを行う場合であれば(S104:カット前)、まず、加工対象となる眼鏡レンズの被加工面について、その加工エリアのレンズ高さ(すなわち、被加工面における加工エリアの三次元形状)を計測する(S112)。計測手法は、上述したフレームカット後に加飾加工を行う場合と同様である。
【0035】
加工エリアのレンズ高さの計測後は、続いて、加工エリアにレーザ光を照射するレーザ加工を行うとともに、レーザ光の照射位置を予め用意されたパターンデータに基づいて移動させるラスタースキャンを行う(S113)。ラスタースキャンではなく、ベクタースキャンであってもよい。これにより、眼鏡レンズの被加工面の加工エリアには、加飾パターンのマーキングがされることになる。なお、加飾パターンのマーキングのためのレーザ加工の詳細については後述する。
【0036】
加飾パターンのマーキング後は、そのマーキング後の眼鏡レンズに対してフレームカット加工を行う。フレームカット加工にあたっては、まず、加工対象となる眼鏡レンズの一方の光学面を専用治具に装着する治具ブロッキングを行った上で(S114)、ブロッキングされた眼鏡レンズを玉形加工機にセットして、その眼鏡レンズに対する玉形加工(フレームカット加工)を行い、その眼鏡レンズの外形をフレーム形状にカットする(S115)。フレームカット加工後は、専用治具から眼鏡レンズを取り外す治具デブロッキングを行い(S116)、取り外した眼鏡レンズについて加工の際の残存物や付着物(異物)等を除去するためのレンズ洗浄を行う(S117)。そして、最終的なレンズ外観検査(S118)を経て、眼鏡レンズの製造が完了する。
【0037】
(2)レーザ加工の詳細
次に、加飾パターンをマーキングする際のレーザ加工について、さらに詳しく説明する。
【0038】
本実施形態においては、レンズ基材11の光学面を被覆するAR膜13に対してレーザ光を照射し、これによりAR膜13の最表層であるSiO層13aを部分的に除去することで、加飾パターンのマーキングを行う。つまり、レーザ光を照射するレーザ加工によって最表層のSiO層13aを部分的に除去して、その下層側の高屈折率層を露出させる除去工程を経て、加飾パターンのマーキングがされるようになっている。露出させる高屈折率層は、例えば、ZrO層13cである。高屈折率層としてのZrO層13cが露出していれば、その上層側の高屈折率層であるSnO層13bについては、最表層のSiO層13aと共に除去されていてもよい。SnO層13bの除去が許容されれば、そのSnO層13bについては、薄厚(例えば、5nm程度)に形成することが可能となる。
【0039】
ここで、レーザ加工に用いるレーザ加工装置について簡単に説明する。
図4は、本実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法で用いるレーザ加工装置の概略構成例を示す説明図である。
【0040】
本実施形態において用いるレーザ加工装置は、図4(a)に示すように、レーザ光源部21と、AOM(Acousto Optics Modulator)システム部22と、ビームシェイパー部23と、ガルバノスキャナ部24と、光学系25とを備え、これらの各部21~25を経てレーザ光をAR膜13に対して照射するように構成されている。
【0041】
レーザ光源部21は、レーザ加工に用いるレーザ光を出射するものであり、超短パルスレーザを出射するように構成されている。
本実施形態において、超短パルスレーザは、例えば、パルス幅が0.1ピコ秒以上100ピコ秒未満であるもの、好ましくはパルス幅が0.1ピコ秒以上30ピコ秒以下であるもの、より好ましくはパルス幅が0.1ピコ秒以上15ピコ秒以下であるものをいう。パルス幅の下限値については、特に限定されるものではなく0フェムト秒を超えるものであればよいが、上述のように例えば0.1ピコ秒以上のもの(1ピコ秒以上のものを含む。)を好適に用いることができる。
超短パルスレーザの波長は、例えば、355nmのTHG(Third Harmonic Generation)または532nmのSHG(Second Harmonic Generation)である。ただし、これに限らず、例えば、1064nmの基本波長または266nmのFHG(Forth Harmonic Generation)であってもよい。超短パルスレーザのパルスエネルギーは、例えば、50kHzで0.1μJ以上30μJ以下(最大60μJ程度)である。超短パルスレーザのビーム径は、例えば、10μm以上30μm以下である。
このような超短パルスレーザを出射可能であれば、レーザ光源部21の具体的な構成については、特に限定されるものではない。
【0042】
AOMシステム部22は、ガルバノスキャナ部24の動作開始直後および動作終了間際におけるレーザ光のビーム出力をキャンセルすることで、レーザ加工の際の加工ムラの原因となるレーザ光の過大照射を抑制するものである。
【0043】
ビームシェイパー部23は、レーザ光源部21からのレーザ光について、ガウシアン型のエネルギー分布からトップハット型のエネルギー分布に変換することで、均一なエネルギー分布のレーザ光によるレーザ加工を実現可能にするものである。
【0044】
ガルバノスキャナ部24は、レーザ光源部21からのレーザ光の照射位置を二次元または三次元で移動させることで、そのレーザ光による走査を実現可能にし、これにより所望パターンのマーキングをレーザ加工によって行えるようにするものである。なお、ガルバノスキャナ部24によるレーザ光の走査可能範囲(すなわち、レーザ最大加工エリア)4は、加工対象となる眼鏡レンズの外形を完全に包含し得る大きさおよび形状に設定されているものとする(図1参照)。
【0045】
光学系25は、テレセントリックレンズ等の光学レンズやミラーを組み合わせて構成されたもので、レーザ光源部21からのレーザ光が眼鏡レンズの被加工箇所に到達するように、そのレーザ光を導くものである。
【0046】
また、本実施形態において用いるレーザ加工装置は、図4(b)に示すように、光学系25等を経て行うAR膜13へのレーザ光(すなわち、超短パルスレーザ)の照射を、デフォーカス設定で行い得るように構成されている。デフォーカス設定とは、照射するレーザ光の焦点位置Fが、当該レーザ光による被加工箇所であるAR膜13の表面から所定のデフォーカス距離の分だけ離れて設定されていることをいう。このようなデフォーカス設定でレーザ光の照射を行えば、当該レーザ光が照射されるAR膜13の表面ではビームエネルギーを分散させることができ、これにより均一な膜除去加工を行うことが実現可能となる。このことは、特に、AR膜13の表面形状の影響で被照射箇所の高さに変動が生じ得る場合に非常に有用である。ただし、必ずしもデフォーカス設定に限定されることはなく、例えば、焦点位置FがAR膜13の表面に合致するフォーカス設定、またはデフォーカス設定とは逆方向に焦点位置Fが離れるインフォーカス設定で、レーザ光の照射を行うようにしても構わない。
【0047】
続いて、以上のような構成のレーザ加工装置を用いて行うレーザ加工の手順について説明する。
【0048】
レーザ加工にあたっては、まず、加工対象となる眼鏡レンズをレーザ加工装置にセットする。このとき、眼鏡レンズの光学面、さらに詳しくは当該光学面におけるAR膜13の表面が被加工面となるように、当該眼鏡レンズのセットを行う。被加工面となる光学面は物体側の面と眼球側の面とのいずれであってもよいが、ここでは例えば眼球側の面を被加工面とする。
【0049】
眼鏡レンズのセット後は、予め用意されたパターンデータ(すなわち、加飾パターンを特定するパターンデータ)に基づいて、レーザ光源部21およびガルバノスキャナ部24を動作させる。これにより、眼鏡レンズの被加工面の加工エリアには、加飾パターンに対応するパターン形状で、超短パルスレーザが照射される。
【0050】
超短パルスレーザが照射されると、その超短パルスレーザは、眼鏡レンズの被加工面における撥水膜14を透過し、その被加工面におけるAR膜13に到達する。超短パルスレーザが到達すると、AR膜13では、超短パルスレーザであるが故の非加熱加工が行われることになる。
【0051】
非加熱加工とは、例えばアブレーション加工とも呼ばれ、超短パルスレーザの多光子吸収現象により非加熱で加工を行う技術である。さらに詳しくは、非加熱加工は、加工箇所周辺の熱の影響を極力抑え、大気圧下でかなりの高温でしか溶融しない材料でもレーザ光の照射箇所が瞬時に溶融し、蒸発、飛散することで行われる除去加工である。このような非加熱加工によれば、溶融された箇所が瞬時に蒸発、飛散し除去されるため、加工箇所周辺への熱影響が少なく、熱損傷(熱による変形等)を抑えた加工を行うことができる。
【0052】
超短パルスレーザの照射による非加熱加工が行われると、AR膜13では、そのAR膜13を構成する多層構造のうちの最表層であるSiO層13aが、加飾パターンに対応するパターン形状で部分的に除去される。また、これに伴って、撥水膜14の対応部分についても除去される。さらに、SiO層13aの除去に伴って、そのSiO層13aの下層側に位置するSnO層13bも部分的に除去される。これにより、SiO層13aの除去箇所では、SnO層13bの下層側に位置するZrO層13cが露出することになる。このとき、高屈折率層としてのZrO層13cが露出していれば、その上層側の高屈折率層であるSnO層13bについては、最表層のSiO層13aと共に除去されていてもよい。SnO層13bの除去が許容されれば、そのSnO層13bについては、薄厚(例えば、5nm程度)に形成することが可能となる。
【0053】
一般に、薄膜の部分除去を行うためのレーザ加工としては、上述した非加熱加工ではなく、パルス幅がナノ秒以上のオーダーのレーザ光を用いた加熱加工が広く用いられている。加熱加工では、レーザ光と薄膜の透過(吸収)性の関係で当該レーザ光のエネルギーを薄膜の被加工箇所に吸収させ、これにより薄膜の除去を行うようになっている。ところが、このような加熱加工をAR膜13に対して適用した場合には、そのAR膜13を構成する多層構造の各層がレーザ光の吸収性を有するため、多層構造の最表層のみならず、最表層を含む複数層が除去されることになる。しかも、除去された加工箇所周辺には熱損傷が生じてしまうおそれがある。特に、除去後に露出することになる下層の表面には、熱損傷によるダメージが残ってしまうことが懸念される。
【0054】
これに対して、上述したような非加熱加工によれば、レーザ光の吸収エネルギー効果よりもパルス幅の効果によって除去加工を行うため、AR膜13を構成する多層構造のうちの最表層であるSiO層13aを除去することが可能となる。しかも、非加熱加工であるが故に、加工箇所周辺への熱影響が少なく、熱損傷が生じてしまうのを抑えることができる。具体的には、例えば、AR膜13の最表層であるSiO層13aを除去すると、これに伴いSiO層13aの直下の層であるSnO層13bも除去され、これにより高屈折率層としてのZrO層13cが露出することになるが、そのZrO層13cの露出表面にダメージが生じるのを抑制することができる。
【0055】
以上のようなレーザ加工を行うことで、AR膜13の最表層であるSiO層13aが部分的に除去されて、高屈折率層としてのZrO層13cが露出するので、これにより眼鏡レンズの被加工面に対して加飾パターンのマーキングがされることになる。
【0056】
(3)眼鏡レンズの構成
次に、以上の説明した手順の製造方法によって得られる眼鏡レンズの構成、すなわち本実施形態に係る眼鏡レンズの構成について、具体的に説明する。
図5は、本実施形態に係る眼鏡レンズの要部構成例を示す説明図である
【0057】
図5(a)に示すように、本実施形態に係る眼鏡レンズは、レンズ基材11の光学面上に、HC膜12、AR膜13、撥水膜14が順に積層されて構成されている。そして、AR膜13は、低屈折率層であるSiO層13aと高屈折率層であるSnO層13bおよびZrO層13cとが積層された多層構造を有しており、その多層構造の最表層であるSiO層13aが部分的に除去されて、高屈折率層であるZrO層13cが露出するように構成されている。これに伴い、AR膜13を被覆する撥水膜14およびSiO層13aの直下の層であるSnO層13bについても、最表層であるSiO層13aと同様に、部分的に除去されている。つまり、本実施形態に係る眼鏡レンズは、レンズ基材11の光学面がHC膜12、AR膜13および撥水膜14によって被覆されている非加工領域15と、AR膜13における最表層のSiO層13a、その直下の層であるSnO層13bおよび撥水膜14が部分的に除去されて、高屈折率層であるZrO層13cbが露出することになるレーザスキャン領域(パターン化領域)16と、を備えて構成されている。
【0058】
非加工領域15とレーザスキャン領域16とは、一方はSiO層13aで覆われ他方はZrO層13cが露出しているので、SiO層13aの有無により、それぞれにおける光の反射率が相違する。そのため、眼鏡レンズを外観視したときに、レーザスキャン領域16が形成するパターン形状を視認し得るようになる。つまり、加飾パターンに対応するパターン形状でレーザスキャン領域16が形成されていれば、その加飾パターンを視認することができる。このように、AR膜13の最表層であるSiO層13aの除去箇所は、加飾パターンを構成するものとして利用することが可能となる。加飾パターンとして視認可能にするためには、SiO層13aを除去したレーザスキャン領域16について、高屈折率層が露出していればよい。したがって、レーザスキャン領域16において、高屈折率層としてのZrO層13cが露出していれば、その上層側の高屈折率層であるSnO層13bについては、最表層のSiO層13aと共に除去されていてもよい。
【0059】
加飾パターンを構成するレーザスキャン領域16は、AR膜13の最表層であるSiO層13aと、その直下の層であるSnO層13bとが除去されて形成されている。つまり、除去対象が、SiO層13aを含む最低限の層に止められている。そのため、AR膜13を構成する多層構造の各層について、レーザスキャン領域16の形成に起因して剥がれが生じてしまうのを抑制することができる。例えば、レーザ光の吸収性を利用したレーザ加工を行う場合、多層構造の最表層のみならず当該最表層を含む複数層が除去されることになるが、当該複数層の層数が増えるほど、すなわち除去箇所の溝深さが深くなるほど、これに伴って膜の剥がれが生じてしまうリスクが高くなる。これに対して、本実施形態におけるレーザスキャン領域16のように、除去箇所を最表層のSiO層13aを含む最低限に止めておけば、その下層側には何ら影響が及ばないので、除去箇所の形成に伴う膜の剥がれが生じてしまうのを抑制することができる。
【0060】
AR膜13の最表層であるSiO層13aの除去は、既述のように、超短パルスレーザの照射による非加熱加工によって実現可能である。このような非加熱加工によれば、加工箇所周辺への熱影響が少なく、熱損傷が生じてしまうのを抑えることができる。そのため、加飾パターンを構成するレーザスキャン領域16では、SiO層13aの除去に伴って、そのSiO層13aの直下の層であるSnO層13bも除去され、これにより高屈折率層としてのZrO層13cが露出することになるが、そのZrO層13cの露出表面にダメージが生じるのを抑制することができる。
【0061】
ZrO層13cの露出表面へのダメージを抑制できれば、そのZrO層13cでは、SiO層13aの除去加工に伴う膜厚の減少についても抑制することができる。SiO層13a、SnO層13b、ZrO層13c等の膜厚については、AR膜13の断面の電子顕微鏡画像を取得し、その取得画像を解析することによって特定することが可能である。
【0062】
図5(b)は、AR膜13の断面の電子顕微鏡による観察結果の一具体例を示している。図例は、図5(a)中におけるA部およびB部を拡大表示したものでレーザスキャン領域16および非加工領域15の電子顕微鏡画像を示している。なお、非加工領域15では、SiO層13a、SnO層13bおよびZrO層13cが積層されているが、SnO層13bが薄厚(例えば5nm程度)のため、画像中においては認識し難くなっている。一方、レーザスキャン領域16では、SiO層13aおよびSnO層13bが除去されて、これによりZrO層13cが露出している。
【0063】
図例の電子顕微鏡画像によれば、SiO層13aの除去によって露出することになるZrO層13cにおいて、SiO層13aが除去されたレーザスキャン領域16の部分の厚さt1と、SiO層13aに被覆された非加工領域15の部分の厚さt2とで、それぞれに大きな違いがないことが分かる。さらに具体的には、SiO層13aの除去箇所の厚さt1とSiO層13aの非除去箇所の厚さt2との比t1/t2が、例えば、0.90以上1.00以下の範囲内、好ましくは0.95以上1.00以下の範囲内、より好ましくは0.99以上1.00以下の範囲内に属するようになっている。
【0064】
このように、露出する高屈折率層であるZrO層13cでは、SiO層13aの除去加工に伴う膜厚の減少が生じていないか、または減少が生じていてもその減少量が極めて小さくなるように抑制されている。レーザスキャン領域16が超短パルスレーザの照射による非加熱加工によって形成され、下層であるZrO層13cにダメージが生じないからである。このことは、露出するZrO層13cの厚さの比t1/t2が上述の範囲内に属していれば、そのZrO層13cにダメージが及ぶことなくレーザスキャン領域16が形成されており、そのレーザスキャン領域16の形成が超短パルスレーザによる非加熱加工を利用して行われたものと推定できることを意味する。
【0065】
以上のように構成された眼鏡レンズによれば、加飾パターンがマーキングされていても、多層構造のAR膜13を構成する各層の剥がれが生じてしまうのを抑制でき、また露出するZrO層13cにダメージが生じてしまうこともない。そのため、眼鏡レンズの製品に適用した場合であっても、その製品の品質の低下を招くことなく、眼鏡レンズに対する加飾パターンのマーキングを行うことが実現可能である。
【0066】
(4)本実施形態による効果
本実施形態によれば、以下に示す1つまたは複数の効果が得られる。
【0067】
(a)本実施形態においては、レンズ基材11の光学面を被覆する薄膜の一つであるAR膜13に対して、そのAR膜13の最表層であるSiO層13aを部分的に除去し、これにより高屈折率層であるZrO層13cを露出させることで、眼鏡レンズに加飾パターンのマーキングを行う。このように、AR膜13の最表層であるSiO層13aを含む最低限の層の除去であれば、当該除去に起因してAR膜13を構成する多層構造の各層に剥がれが生じてしまうのを抑制することができる。
【0068】
(b)本実施形態においては、超短パルスレーザの照射による非加熱加工を行って、AR膜13の最表層であるSiO層13aを部分的に除去し、これにより高屈折率層であるZrO層13cを露出させることで、眼鏡レンズに加飾パターンのマーキングを行う。このような非加熱加工によれば、レーザ光の吸収エネルギー効果よりもパルス幅の効果によって除去加工を行うため、AR膜13の最表層であるSiO層13aを含む最低限の層を除去することが可能となる。しかも、非加熱加工であるが故に、加工箇所周辺に熱損傷が生じてしまうのを抑えることができ、これによりSiO層13aの除去によって露出するZrO層13cの露出表面にダメージが生じるのを抑制することができる。
【0069】
(c)以上のように、本実施形態においては、超短パルスレーザを利用しつつAR膜13の最表層であるSiO層13aを除去し、高屈折率層であるZrO層13cを露出させることで、眼鏡レンズに加飾パターンのマーキングを行う。したがって、本実施形態によれば、AR膜13の各層に剥がれが生じてしまうことを抑制でき、また露出するZrO層13cにダメージが生じてしまうこともないので、眼鏡レンズの製品に適用した場合であっても、その製品の品質の低下を招くことなく、眼鏡レンズに対する加飾パターンのマーキングを行うことが実現可能となる。
【0070】
(d)本実施形態においては、超短パルスレーザのパルス幅が0.1ピコ秒以上100ピコ秒未満、好ましくはパルス幅が0.1ピコ秒以上30ピコ秒以下、より好ましくはパルス幅が0.1ピコ秒以上15ピコ秒以下である。このようなパルス幅であれば、確実に非加熱加工を行うことが可能となる。つまり、レーザ光の吸収エネルギー効果よりもパルス幅の効果によってSiO層13aを除去することになり、その結果として上述の効果が確実に得られるようになる。
【0071】
(e)本実施形態においては、超短パルスレーザの照射による非加熱加工にあたり、AR膜13に対する超短パルスレーザの照射をデフォーカス設定で行う。このようなデフォーカス設定でレーザ光の照射を行えば、当該レーザ光が照射されるAR膜13の表面ではビームエネルギーを分散させることができ、これにより均一な膜除去加工を行うことが実現可能となる。このことは、特に、AR膜13の表面形状の影響で被照射箇所の高さに変動が生じ得る場合に非常に有用である。
【0072】
(f)本実施形態においては、超短パルスレーザの照射による非加熱加工を行うので、SiO層13aの除去によって露出することになる高屈折率層としてのZrO層13cの露出表面のダメージを抑制することができる。そのため、そのZrO層13cでは、SiO層13aの除去加工に伴う膜厚の減少についても抑制することができる。具体的には、SiO層13aを部分的に除去し、これに伴いSnO層13bも除去した場合において、SiO層13a等の除去箇所におけるZrO層13cの厚さt1とSiO層13a等の非除去箇所におけるZrO層13cの厚さt2との比t1/t2が、例えば、0.90以上1.00以下の範囲内、好ましくは0.95以上1.00以下の範囲内、より好ましくは0.99以上1.00以下の範囲内に属するようになる。このように、ZrO層13cでは、SiO層13aの除去加工に伴う膜厚の減少が生じていないか、または減少が生じていてもその減少量が極めて小さくなるように抑制されている。したがって、眼鏡レンズの製品に適用した場合に、その製品の品質の低下を招くことなく、眼鏡レンズに対する加飾パターンのマーキングを行う上で、非常に好ましいものとなる。
【0073】
(5)変形例等
以上に本発明の実施形態を説明したが、上述した開示内容は、本発明の例示的な実施形態を示すものである。すなわち、本発明の技術的範囲は、上述の例示的な実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0074】
上述の実施形態では、光学部材が眼鏡レンズである場合を例に挙げたが、本発明がこれに限定されることはない。つまり、眼鏡レンズ以外の光学部材についても、全く同様に適用することが可能である。
【0075】
上述の実施形態では、超短パルスレーザを用いた非加熱加工によって加飾パターンのマーキングを行う場合を例に挙げたが、本発明がこれに限定されることはない。つまり、超短パルスレーザを用いた非加熱加工は、光学部材の光学面に何らかのパターニングを行うためのものであればよく、加飾パターンのマーキング以外にも全く同様に適用することが可能である。
【0076】
上述の実施形態では、AR膜13の最表層が低屈折率層としてのSiO層13aであり、SiO層13aの下方側の層が高屈折率層としてのSnO層13bおよびZrO層13cであり、SiO層13aを部分的に除去すると、これに伴いSnO層13bも除去され、これにより高屈折率層としてのZrO層13cが露出する場合を例に挙げたが、本発明がこれに限定されることはない。AR膜13は、SiO層13a、SnO層13b、ZrO層13c以外の各層が積層されて構成されたものであってもよい。また、AR膜13の最表層は、低屈折率層であれば、SiO層13a以外の物であってもよい。その下方側の層についても同様に、高屈折率層であれば、SnO層13bまたはZrO層13c以外の物であってもよい。例えば、SiO層13aとともに除去されるSnO層13bについては、該SnO層13bに代わって導電性を有する薄厚のITO層としてもよい。
【0077】
上述の実施形態では、超短パルスレーザを用いた非加熱加工によって、AR膜13の最表層であるSiO層13aと、その直下の層であるSnO層13bとを除去する場合を例に挙げている。これにより、既述のように、膜剥がれを抑制できるという効果を奏する。このように、超短パルスレーザを用いた非加熱加工は、最表層を含む複数層を除去するように行うことが実現可能である。最表層を含む複数層を除去する場合であっても、超短パルスレーザを用いた非加熱加工によれば、除去によって露出することになる層の露出表面へのダメージを抑制できるので、除去加工に伴う膜厚の減少についても抑制することができる。つまり、最表層を含む複数層を除去する場合であっても、除去された層の直下の層について、除去箇所の厚さt1と非除去箇所の厚さt2との比t1/t2が、例えば、0.90以上1.00以下の範囲内、好ましくは0.95以上1.00以下の範囲内、より好ましくは0.99以上1.00以下の範囲内に属するようになる。このことは、本開示が以下のような発明概念を含むことを意味する。
すなわち、本開示によれば、
光学面を有する光学基材と、
前記光学基材の前記光学面を被覆する反射防止膜と、を備え、
前記反射防止膜は、多層構造を有するとともに、前記多層構造を構成する少なくとも一つの層が部分的に除去されて構成されており、
前記少なくとも一つの層の直下の層は、前記少なくとも一つの層の除去箇所の厚さt1と前記少なくとも一つの層の非除去箇所の厚さt2との比t1/t2が0.90以上1.00以下の範囲内に属するように構成されている
光学部材。
【符号の説明】
【0078】
1…眼鏡レンズ(光学部材)、2…フレーム形状、3…加飾パターン、4…走査可能範囲、11…レンズ基材(光学基材)、12…HC膜、13…AR膜、13a…SiO層(低屈折率層)、13b…SnO層(高屈折率層)、13c…ZrO層(高屈折率層)、14…撥水膜、15…非加工領域、16…レーザスキャン領域(パターン化領域)、21…レーザ光源部、22…AOMシステム部、23…ビームシェイパー部、24…ガルバノスキャナ部、25…光学系
図1
図2
図3
図4
図5