(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】水路の植生基盤
(51)【国際特許分類】
E02B 5/02 20060101AFI20240820BHJP
A01G 24/18 20180101ALI20240820BHJP
【FI】
E02B5/02 G
A01G24/18
(21)【出願番号】P 2020156232
(22)【出願日】2020-09-17
【審査請求日】2023-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000166432
【氏名又は名称】戸田建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104927
【氏名又は名称】和泉 久志
(72)【発明者】
【氏名】田中 徹
(72)【発明者】
【氏名】中島 広志
(72)【発明者】
【氏名】冨貴 丈宏
(72)【発明者】
【氏名】三浦 玄太
(72)【発明者】
【氏名】長幡 逸佳
【審査官】荒井 良子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-121723(JP,A)
【文献】特開2001-008563(JP,A)
【文献】特開2003-250335(JP,A)
【文献】特開2002-165518(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 5/02
A01G 24/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水路の壁面に設置され、水路内に向けて突出する山型構造が流れ方向に沿って多数形成された多孔質の植生基盤本体と、前記植生基盤本体の内部に配置された活性炭とからなる
とともに、前記活性炭はシート状に形成され、このシート状の活性炭が、前記植生基盤本体に形成されたスリット部に嵌め込まれることにより取り替え可能に配置されていることを特徴とする水路の植生基盤。
【請求項2】
前記植生基盤本体は、発泡セラミックスからなる請求項
1記載の水路の植生基盤。
【請求項3】
前記山型構造は、水路の両壁面にそれぞれ対向して配置されている請求項1
、2いずれかに記載の水路の植生基盤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水路における生物生息環境の多様化を向上させた山型構造を有する植生基盤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、水田や水路、ため池などには多くの種類の生物が生息し、生物多様性が豊かな場所であることが知られている。しかし、近年その生息環境は、圃場の大規模整備や開発により劣化している。生物多様性を維持するためには、動植物の生息環境に配慮した施工を行うことが重要である。
【0003】
水路における生物生息環境の多様化を向上する技術の一つとして、水路の壁面緑化が挙げられる。水路の壁面緑化は、保水機能を有する発泡セラミックス(例えば、下記特許文献1)や、多孔質のポーラスコンクリート(例えば、下記特許文献2)からなるパネル状の植生基盤材を、水路の壁面に設置することにより、前記発泡セラミックスやポーラスコンクリートからなる植生基盤材の下部を、水路の水位以下に設置することで、毛管現象による吸水等により、水路の水位より高い位置においても安定した植物の生育環境が確保できるようにしたものである。水路の壁面を緑化することによって、自然環境や生態系の保全、景観向上、緑化面積の増大に伴う都市部におけるヒートアイランド現象の緩和等が実現できる他、誤って水路に転落した小動物等が這い上がれる移動経路にもなることが期待されている。
【0004】
一方、例えば、下記特許文献3に開示されるように、水路における魚類の住処を目的とした魚巣ブロックについても種々開発されており、川岸や大型の水路の壁面に採用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-92978号公報
【文献】特開平9-316851号公報
【文献】特開平10-8436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本来の河川は、石や堆積物などにより自然に緩流域が形成され、この緩流域が遊泳力の弱い魚類の住処となり、このような魚類の保全に寄与している。
【0007】
ところが、前記発泡セラミックスやポーラスコンクリートからなるパネル状の植生基盤材を、平面状に整備された水路の壁面に設置して人工的に壁面緑化を施した水路では、水路内の流速がほぼ一定になり、水路内の流速に変化がないため、水路における生物多様性の向上という観点からすると、水路の壁面にパネル状の植生基盤材を配置しただけでは大きな効果が期待できない。
【0008】
一方、上記特許文献3に開示されるように、前記魚巣ブロックを設置することにより、遊泳力の弱い魚類の住処が提供できるが、魚巣ブロックを設置するには、護岸にある程度の奥行きが必要であり、幅の狭い水路では採用しにくい。
【0009】
また、多孔質の発泡セラミックスやポーラスコンクリートでは、無数の微細な開孔内を水が通過することにより無機物等の吸着による水質浄化効果が期待できるが、有機物の吸着効果はほとんどなく、水質悪化の懸念があった。
【0010】
そこで本発明の主たる課題は、流速の変化による多様な生物の住処が確保でき、有機物等の吸着による水質浄化効果に優れた水路の植生基盤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、水路の壁面に設置され、水路内に向けて突出する山型構造が流れ方向に沿って多数形成された多孔質の植生基盤本体と、前記植生基盤本体の内部に配置された活性炭とからなるとともに、前記活性炭はシート状に形成され、このシート状の活性炭が、前記植生基盤本体に形成されたスリット部に嵌め込まれることにより取り替え可能に配置されていることを特徴とする水路の植生基盤が提供される。
【0012】
上記請求項1記載の発明では、水路の壁面に設置する植生基盤の形状を、水路内に突出する山型構造が流れ方向に沿って多数形成された形状とすることにより、山型構造の凸部分では急流域となり、流れ方向に隣り合う山型構造間の凹部分では緩流域となる。このため、緩流域の凹部分が、遊泳力の弱い魚類の住処となり、流速の変化による多様な生物の住処が確保できる。
【0013】
また、植生基盤の形状を山型構造が多数形成された形状とすることで、パネル状の平面形状と比較して表面積が増加するため、緑化面積が増大し、植物の吸水・蒸散による冷却効果の向上が図れる。
【0014】
更に、本発明に係る植生基盤では、多孔質の植生基盤本体に水が浸透することで、物質の吸着による浄化効果が得られるとともに、植生基盤本体の内部に配置された活性炭により、前記植生基盤本体では吸着しきれない有機物等の吸着効果が発揮される。このため、有機物等の吸着による水質浄化効果の向上が図れる。また、前記活性炭は、気相の浄化にも効果的であり、悪臭の防止にも貢献する。なお、前記活性炭とは、吸着効率を高めるために化学的または物理的な処理を施した炭素を主な成分とする多孔質の物質であり、水中の有害物質や臭気物質等を吸着・除去する効果を有し、水道水の浄化等にも採用されている。
【0015】
前記活性炭はシート状に形成され、このシート状の活性炭が、前記植生基盤本体に形成されたスリット部に嵌め込まれることにより、取り替え可能に配置されている。
【0016】
従って、水の汚れ具合や経年数に応じて、シート状活性炭を簡単に交換でき、活性炭による吸着効果を長期に亘って持続させることができる。
【0017】
請求項2に係る本発明として、前記植生基盤本体は、発泡セラミックスからなる請求項1記載の水路の植生基盤が提供される。
【0018】
上記請求項2記載の発明では、多孔質の植生基盤本体を構成する素材として、発泡セラミックスを用いている。この発泡セラミックスは、軽量で、かつ高い含水率を有する無機質材料であるため、植生基盤として、安定した植物の育成環境が提供できるようになる。
【0019】
請求項3に係る本発明として、前記山型構造は、水路の両壁面にそれぞれ対向して配置されている請求項1、2いずれかに記載の水路の植生基盤が提供される。
【0020】
上記請求項3記載の発明では、植生基盤本体の前記山型構造を、水路の両壁面にそれぞれ対向して配置することによって、両側に山型構造の凸部分が配置された水域では急流域が形成され、両側に凹部分が配置された水域では緩流域が形成されやすくなり、水路の流速の変化をより確実に作り出すことができるようになる。
【発明の効果】
【0021】
以上詳説のとおり本発明によれば、流速の変化による多様な生物の住処が形成できるとともに、有機物等の吸着による水質浄化効果に優れるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係る植生基盤1を適用した水路の平面図である。
【
図4】変形例に係る植生基盤1を適用した水路の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0024】
本発明に係る水路の植生基盤は、水路における自然的景観の保全や生物多様性の向上を目的として、水路の壁面における植物の育成を可能にするとともに、水路内の流速に変化をつけ、かつ水路の水質浄化効果を向上させたものである。本発明における前記水路とは、人工的な水路の他、河川や湖沼等を含む概念である。
【0025】
図1に示されるように、前記植生基盤1は、水路2の壁面3に設置され、水路2内に向けて突出する山型構造4、4…が流れ方向に沿って多数形成された多孔質の植生基盤本体5と、前記植生基盤本体5の内部に配置された活性炭6とからなるものである。本発明に係る植生基盤1は、底版部と該底版部の両側に立設された側壁部とからなるコンクリート製の水路において、前記両側壁部の内面(前記壁面3)に取り付けられるものである。
【0026】
前記植生基盤本体5としては、発泡セラミックスやポーラスコンクリートなどの多孔質性の素材が用いられ、特に吸水性の高い発泡セラミックスを用いるのが好ましい。前記発泡セラミックスとは、二酸化珪素(SiO2)及び酸化カルシウム(CaO)を主成分とする鋳鉄スラグと粘土を配合して練り混ぜた材料を、所定の形状に成形し、約1000℃で燃焼した材料である。高温で燃焼することで、連続空隙を有する無機質の植生基盤本体が製造できる。植生基盤本体5として前記発泡セラミックスを用いることにより、植生基盤材として軽量(密度0.3~0.9g/cm3)、かつ、高い含水率(乾燥重量比で約50%)を有した無機質材料となり、安定した植物の育成環境が形成できるようになる。
【0027】
また、前記植生基盤本体5は、練り混ぜた材料を独立した球状の粒(団子状)にし、これを型枠内に詰めてプレス成形した後、燃焼することによって、球状の粒と粒の間にも空隙が形成され、表面が平滑な場合に比べて、より多くの水分を吸水・保持することができるようになる。また、球状の粒によって植生基盤本体5の表面に凹凸と隙間が形成されるため、表面が平滑なコンクリート面等と比較して、自然飛来した種子や胞子が付着しやすく、播種等の工程を省略できる。また、その後の根の育成も、粒と粒の空隙に入り込むように伸長できるため、平滑面と比較して良好な環境が維持できる。また、水中においては、藻類が繁茂し、水生生物の餌となる。
【0028】
多孔質の前記植生基盤本体5は、下部を水路の水位以下に設置することで、毛管現象による吸上げ効果等によって、水路の水位より高い位置においても、植物の育成に最も重要な要素である水分を常時、吸水・保持することができるようになっている。この結果、従来、困難とされてきた垂直面においても、給水装置等の補助設備無しで、安定した植物の育成環境を創造することができる。水路の水面からの吸水高さは、概ね300mm程度であり、植物が水面から300mmの間に根を張ることで、より広い面積の緑化が可能となる。したがって、植生基盤本体5の高さ方向の設置位置は、下端が水路の最低水位から50mm以上下方とするのが好ましく、上端が水路の最高水位から300mm以上上方とするのが好ましい。
【0029】
前記植生基盤本体5は、両側壁部の壁面3に対して、モルタル、アンカー、接着剤からなる群から選択される少なくとも1種以上の接合手段により接合されている。
【0030】
前記植生基盤本体5は、水路内に向けて突出する山型構造4…を、水路の長手方向に沿って多数形成している。前記山型構造4は、
図1に示される平面視で、滑らかな曲線からなる、なだらかな凸部を形成しており、流れ方向に隣り合う山型構造4、4間には、滑らかな曲線からなる、なだらかな凹部が形成されている。前記山型構造4は、植生基盤本体5の高さ方向の全長に亘って形成されている。これによって、前記植生基盤本体5の水路2側の表面は、流れ方向に沿って波状に形成されている。
【0031】
前記植生基盤本体5の表面に複数の山型構造4、4…が形成されているため、前記山型構造4の凸部分では急流域が形成され、流れ方向に隣り合う山型構造4、4間の凹部分では緩流域が形成される。このため、緩流域の凹部分が、遊泳力の弱い魚類の住処となり、流速の変化による多様な生物の生息環境が提供できるようになる。
【0032】
また、植生基盤本体5の表面形状を山型構造4にすることで、パネル状の平面形状と比較して表面積が増加するため、表面に付着して育成する植物の量が増え、緑化面積の増大に伴う植物の吸水・蒸散による冷却効果の向上が図れるようになる。
【0033】
前記山型構造4の高さH(山型構造4の頂部と、隣り合う山型構造4、4間の凹部の底部との植生基盤本体5の厚み方向の長さ)は、水路の幅や流速などによって異なるが、凹部分において確実に緩流域を生成する観点から、300~600mmとするのが好ましい。
【0034】
また、流れ方向に隣り合う山型構造4、4の間隔Lは、水路の幅や流速などによって異なるが、凹部分において確実に緩流域を生成する観点から、200~2000mmとするのが好ましい。
【0035】
前記山型構造4は、水路2の両壁面にそれぞれ対向して配置されているのが好ましい。すなわち、水路の左側壁面と右側壁面とにそれぞれ配置された山型構造4、4が、水路の幅方向にほぼ一致する位置に設けられ、長手方向に隣り合う山型構造4、4間の凹部分も、水路の幅方向にほぼ一致する位置に設けられるようにするのがよい。これにより、左右の山型構造4、4間の水路幅が狭くなった水域で流速が速くなり、左右の凹部分間の水路幅が広くなった水域で流速が遅くなるというように、流速の変化による多様な生物の住処をより確実に作り出すことができる。
【0036】
前記植生基盤本体5の内部に配置される前記活性炭6は、粉粒状、繊維状、ペレット状等の公知のいずれの形態のものを用いてもよく、植生基盤本体5に対する配置形態も特に問わない。
【0037】
図1及び
図2に示される形態例では、前記活性炭6は、
図3に示されるようなシート状に形成されており、このシート状活性炭6Aが前記植生基盤本体5に形成されたスリット部7に嵌め込まれることにより、前記シート状活性炭6Aが取り替え可能に配置されている。
【0038】
前記シート状活性炭6Aは、
図3に示されるように、表面がメッシュ状のプラスチックなどからなるケース8内に収納され、ケース8を開けてシート状活性炭6Aを取り出すことができるようになっている。前記シート状活性炭6Aは、前記ケース8の形状に合わせて変形できる可撓性を有している。
【0039】
前記シート状活性炭6Aが収納されるケース8は、山型構造4の凸状の曲線に合わせて湾曲しているのが好ましい。表面はメッシュ状に形成され、収納されたシート状活性炭6Aに水が流通できる構造となっている。
【0040】
前記植生基盤本体5に設けられたスリット部7は、
図2に示されるように、各山型構造4の表面から若干内側の位置において、山型構造4の凸形状に合わせて湾曲する平面形状を成し、上部が開口した有底のスリット状に形成され、前記ケース8に収納されたシート状活性炭6Aを、上部の開口から内部に挿入できるようになっている。前記スリット部7は、植物の根が侵入して活性炭の取り替えの妨げとならないように、ケース8との間にはほとんど隙間を設けないようにするのが好ましい。
【0041】
図1に示される形態例では、前記シート状活性炭6Aは、各山型構造4にのみ設けられているが、これに代えて又はこれに加えて、流れ方向に隣り合う山型構造4、4間の凹部分に設けてもよい。
【0042】
前記植生基盤本体5に対する活性炭6の配置の変形例として、
図4に示されるように、前記活性炭6を、前記植生基盤本体5に形成された空隙内に充填してもよい。この場合の活性炭6は、粒状、ブロック状又は空隙の形状に合わせて成型された塊状などの活性炭6Bが用いられている。前記活性炭6Bの交換は、ショベルやスコップなどを用いて前記空隙から活性炭6Bをすくい取ることにより行うことができる。
【符号の説明】
【0043】
1…植生基盤、2…水路、3…壁面、4…山型構造、5…植生基盤本体、6…活性炭、7…スリット部、8…ケース