(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】アーク溶接装置及びアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/09 20060101AFI20240820BHJP
B23K 9/12 20060101ALI20240820BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
B23K9/09
B23K9/12 305
B23K9/173 C
(21)【出願番号】P 2021077786
(22)【出願日】2021-04-30
【審査請求日】2024-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 友也
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-206941(JP,A)
【文献】特開平5-023850(JP,A)
【文献】特開平10-277740(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/09
B23K 9/12
B23K 9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接装置であって、
溶接ワイヤへ溶接電流を出力する電源回路と、
溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が出力される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が出力される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定する設定回路と、
該設定回路によって設定される前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に応じた送給速度で溶接ワイヤの送給を制御する送給速度制御回路と、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときに前記電源回路から出力される溶接電流を検出する電流検出部と、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、溶接ワイヤの前記送給速度と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に係る設定電圧とを補正する補正部と
を備えるアーク溶接装置。
【請求項2】
前記差分と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを関連付けたテーブル又は関数を備え、
前記補正部は、
前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分を用いて前記テーブル又は関数を参照することにより前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを決定する
請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
前記差分と、前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを関連付けたテーブル又は関数を備え、
前記補正部は、
前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分及び前記中心設定電流を用いて前記テーブル又は関数を参照することにより前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを決定する
請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項4】
前記差分と、前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量とを関連付けた第1テーブル又は第1関数と、
前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量と関連付けた第2テーブル又は第2関数とを備え、
前記補正部は、
前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分及び前記中心設定電流を用いて前記第1テーブル又は第1関数を参照することにより前記送給速度の補正量を決定し、決定した前記送給速度の補正量及び前記中心設定電流を用いて前記第2テーブル又は第2関数を参照することにより前記設定電圧の補正量を決定する
請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項5】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は、
前記中心設定電流が350A以上、電流変動幅が50A以上150A以下とする溶接条件であり、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えられる
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のアーク溶接装置。
【請求項6】
前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件は、
アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアークの発生点が進入する溶接条件である
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のアーク溶接装置。
【請求項7】
溶接電源を用いてアルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接方法であって、
溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が前記溶接電源から出力される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が前記溶接電源から出力される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定し、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときに前記溶接電源から出力される溶接電流を検出し、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、溶接ワイヤの送給速度と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に係る設定電圧とを補正する
アーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式のアーク溶接装置及びアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接において発生する溶接欠陥のひとつにブローホールがある。ブローホールは、溶融金属内に低沸点のガス蒸気が巻き込まれた状態で溶融金属が凝固することにより、溶接金属内に球状の空洞が形成される欠陥である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
GMA(Gas Metal Arc)溶接では,使用するシールドガスや溶接条件によって、溶接欠陥であるブローホールが発生しやすい場合があり、例えば、アルゴンを含有するシールドガスを用いた消耗電極式のアーク溶接方法において、溶接電流を350A~600Aとすると、溶接金属中にアルゴンガスが巻き込まれ、ブローホールが大量発生するという知見が本願発明者等によって得られている。
そこで、本願発明者は、溶接電流を周期的に変動させる電流振幅制御によって、溶融金属を撹拌し、溶融金属に巻き込まれた気泡の排出を促し、ブローホールの発生を抑制する技術を考案した。
【0005】
しかしながら、電流振幅制御を用いる場合、変動中心となる中心設定電流及び中心設定電圧が存在するものの、高電流側の溶接条件と低電流側の溶接条件が交互に繰り返されるのみであり、溶接電源の平均的な出力は、電流振幅制御を行わない場合の出力に必ずしも対応しない。電流振幅制御を行う場合も、溶接電源の平均出力が、電流振幅制御を行わない場合の出力と同程度になるような制御が望まれている。
【0006】
本発明の目的は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接であって、電流振幅制御を行いてブローホールの発生を抑制することができ、更に平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長(埋もれアーク溶接の場合は埋もれ深さ)を一定に維持することができるアーク溶接装置及びアーク溶接方法を提供することにある。
【0007】
なお、特許文献1には、電流振幅制御を用いない場合において、設定電流に出力電流を合致させ、かつ、アーク長(埋もれアーク溶接の場合は埋もれ深さ)を一定に維持する技術が開示されている。しかし、上記電流振幅制御は、中心設定電流に基づき、高電流側条件及び低電流側条件を設定し、これらの条件を繰り返し切り替える制御であり、電流振幅制御を行っているときの実際の中心の出力電流は、高電流側条件及び低電流側条件の各期間における平均出力電流を、更に平均した値としてあらわれる。このため、中心設定電流そのものを対象として特許文献1に係る技術を適用することができない。
特許文献3に係る技術を適用する場合は高電流側条件及び低電流側条件それぞれにおいて独立して適用することになる。電流振幅制御においては、例えば0.5Hz~3Hzの周波数で高電流側条件及び低電流側条件を繰り返し変動させるため、それぞれの条件の継続期間は概ね1秒程度以下と短い。従って各条件の期間ごとに、都度、出力電流を設定電流に十分追従させるためには、出力電流を高速で変化させる必要があるが、その場合アークの挙動が不自然に変化し溶接性が悪化する。また平均出力は、高電流側条件及び低電流側条件を切り替える途中の過渡的な応答を含んだ出力の結果として表れるため、仮に高電流側及び低電流側の各条件期間に都度出力電流を設定電流に追従させられたとしても、平均出力が中心設定電流に必ずしも合致するとは限らない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
アーク溶接装置は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接装置であって、溶接ワイヤへ溶接電流を出力する電源回路と、溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が出力される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が出力される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定する設定回路と、該設定回路によって設定される前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に応じた送給速度で溶接ワイヤの送給を制御する送給速度制御回路と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときに前記電源回路から出力される溶接電流を検出する電流検出部と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、溶接ワイヤの前記送給速度と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に係る設定電圧とを補正する補正部とを備える。
【0009】
アーク溶接方法は、溶接電源を用いてアルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接方法であって、溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が前記溶接電源から出力される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が前記溶接電源から出力される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定し、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときに前記溶接電源から出力される溶接電流を検出し、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、溶接ワイヤの送給速度と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件に係る設定電圧とを補正する。
【0010】
本態様にあっては、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接において、第1溶接条件と、第2溶接条件とを周期的に変動させることにより、溶融金属を撹拌し、溶融金属に巻き込まれた気泡の排出を促し、ブローホールの発生を抑制する。特に、溶融金属に振動を与えるためには溶接電流をこのように変動させることが効果的である(
図10参照)。
また、電流振幅制御における平均出力電流と、中心設定電流との差分に基づいて、第1溶接条件及び第2溶接条件に係る溶接ワイヤの送給速度及び設定電圧を補正することによって、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長を一定に維持することができる。
溶接ワイヤの送給速度を補正することにより平均出力電流を中心設定電流に合致させることができる。更に設定電圧を補正することによって、アーク長を一定に維持することができる。後述の埋もれアーク溶接の場合は、設定電圧を補正することによって、埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0011】
前記差分と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを関連付けたテーブル又は関数を備え、前記補正部は、前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分を用いて前記テーブル又は関数を参照することにより前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを決定する構成が好ましい。
【0012】
本態様にあっては、簡単な構成のテーブルを用いて、溶接ワイヤの送給速度の補正量及び設定電圧の補正量を決定することができる。
【0013】
前記差分と、前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを関連付けたテーブル又は関数を備え、前記補正部は、前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分及び前記中心設定電流を用いて前記テーブル又は関数を参照することにより前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量とを決定する構成が好ましい。
【0014】
前記差分と、前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量とを関連付けた第1テーブル又は第1関数と、前記中心設定電流と、前記送給速度の補正量と、前記設定電圧の補正量と関連付けた第2テーブル又は第2関数とを備え、前記補正部は、前記電流検出部にて検出された溶接電流に基づく前記差分及び前記中心設定電流を用いて前記第1テーブル又は第1関数を参照することにより前記送給速度の補正量を決定し、決定した前記送給速度の補正量及び前記中心設定電流を用いて前記第2テーブル又は第2関数を参照することにより前記設定電圧の補正量を決定する構成が好ましい。
【0015】
本態様にあっては、上記態様に比べて、アーク長をより精度良く維持することができる。
【0016】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は、前記中心設定電流が350A以上、電流変動幅が50A以上150A以下とする溶接条件であり、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えられる構成が好ましい。
【0017】
本態様にあっては、中心設定電流が350A以上のブローホールが発生しやすい溶接プロセスにおいて、電流変動幅を50A以上150A以下、変動周期を1Hz以上5Hz以下とすることにより、効果的にブローホールの発生を抑制することができる。
【0018】
前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件は、アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部(溶融した領域を含む。以降の同様の表現では割愛する。)、又は該先端部に形成された液柱におけるアークの発生点が進入する溶接条件である構成が好ましい。
【0019】
本態様にあっては、母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアークの発生点が進入する(
図5B及び
図5C参照)。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアークの発生点と、母材又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。また埋もれアークにて行う溶接を埋もれアーク溶接と呼ぶ。埋もれアーク溶接は、例えば、溶接ワイヤを約5~100m/分で送給し、300A以上の高電流を供給することによって、実現される。
一方、凹状の溶融部分が形成されないアーク、又は凹状の溶融部分に溶接ワイヤ先端部及びアーク発光点が侵入しない通常のアークを、非埋もれアークと呼ぶ。
埋もれアーク溶接においては、深い溶融池が形成されるため、シールドガス中のアルゴンが溶融金属に残留し、ブローホールが発生しやすい。本態様に係るアーク溶接方法にあっては、埋もれアーク溶接により深溶込みが得られると共に、ブローホールの発生を抑制することができる。
また、溶接ワイヤの送給速度及び設定電圧を補正することによって、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、埋もれ深さを一定に制御することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接において、電流振幅制御を行いてブローホールの発生を抑制することができ、更に平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長(埋もれアーク溶接の場合は埋もれ深さ)を一定に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本実施形態1に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】本実施形態1に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャートである。
【
図4】電流振幅制御の処理手順を示すフローチャートである。
【
図6】実施形態1に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
【
図7】第2出力補正の処理手順を示すフローチャートである。
【
図9】本実施形態1に係る電流振幅制御を行わなかったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
【
図10】本実施形態1に係る電流振幅制御を行ったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
【
図11】本実施形態2に係るテーブルを示す概念図である。
【
図12】本実施形態3に係るテーブルを示す概念図である。
【
図13】本実施形態4に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0023】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
(実施形態1)
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係るアーク溶接装置は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のガスシールドアーク溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給部3を備える。本実施形態に係るアーク溶接装置は、埋もれアーク溶接及び非埋もれアーク溶接のいずれの溶接も行うことができる。
【0024】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アーク7a、7b(
図5参照)の発生に必要な溶接電流Iを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、アーク7a、7bによって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の過度な酸化を防止するためのものである。シールドガスは、例えば炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、酸素及びアルゴンガスの混合ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0025】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0026】
ワイヤ送給部3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給部3は、送給ローラを回転させることによって、ペールパック又はワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ所定速度で供給する。埋もれアーク溶接の場合、溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約5~100m/分である。非埋もれアーク溶接の場合、溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約1~22m/分である。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0027】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御回路12を別体で構成しても良い。電源部11は、定電圧特性の電源であり、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、制御回路11b、設定回路11c、電圧検出部11d、電流検出部11e、補正部11f及びテーブル13を備える。
【0028】
設定回路11cは、中心設定電流を基準にして、埋もれアーク溶接に係る低電流(第1の溶接電流)の第1溶接条件と、高電流(第2の溶接電流)の第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定する回路である。中心設定電流はオペレータによって設定される電流値であり、溶接電源1は、図示しない操作部にて中心設定電流を受け付ける。
第1溶接条件及び第2溶接条件は、少なくとも溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする溶接条件である。溶接電流Iの中心設定電流は、400A以上がより好ましい。
例えば、第1溶接条件は溶接電流Iが350A、第2溶接条件は溶接電流Iが450Aとなる条件である(400A±50A)。
また、第1溶接条件は溶接電流Iが300A、第2溶接条件は溶接電流Iが500Aとなる条件としてもよい(400A±100A)。
更に、第1溶接条件は溶接電流Iが250A、第2溶接条件は溶接電流Iが550Aとなる条件としてもよい(400A±150A)。
設定回路11cは、第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換える。より好ましくは、第1溶接条件及び第2溶接条件を2Hz以上3Hz以下の周期で切り換えるように設定回路11cを構成するとよい。
【0029】
設定回路11cは、第1溶接条件が設定された場合、中心設定電流よりも低い低電流値を示す電流設定信号Irを、制御回路11bへ出力し、当該低電流値に応じた溶接ワイヤ5の送給速度を示す送給速度信号Fを、送給速度制御回路12へ出力する。
また、設定回路11cは、設定電流に対して、推奨環境における定常溶接状態において推奨される設定電圧(一元電圧とも称される)を記憶しており、設定回路11cは、設定電流に基づいて推奨の設定電圧を決定する。具体的には、設定回路11cは、第1溶接条件が設定された場合、第1溶接条件の設定電流に基づいて、設定電圧(一元電圧)を決定し、決定された設定電圧を示した出力電圧設定信号Vrを制御回路11bへ出力する。ただし、第1溶接条件における溶接ワイヤ5の送給速度及び設定電圧は、後述の補正部11fによって適宜補正される。
【0030】
同様にして、第2溶接条件が設定された場合、設定回路11cは、中心設定電流よりも高い高電流値を示す電流設定信号Irを、制御回路11bへ出力し、当該高電流値に応じた溶接ワイヤ5の送給速度を示す送給速度信号Fを、送給速度制御回路12へ出力する。また、設定回路11cは、第2溶接条件が設定された場合、第2溶接条件の設定電流に基づいて、設定電圧(一元電圧)を決定し、決定された設定電圧を示した出力電圧設定信号Vrを制御回路11bへ出力する。ただし、第2溶接条件における溶接ワイヤ5の送給速度及び設定電圧は、後述の補正部11fによって適宜補正される。
【0031】
送給速度制御回路12は、設定回路11cから出力される送給速度信号Fを取得し、取得した送給速度信号Fに基づいて、ワイヤ送給部3による溶接ワイヤ5の送給を制御する。送給速度制御回路12は、第1溶接条件に係る送給速度信号Fを取得した場合、低速の送給速度値を示す送給指示信号をワイヤ送給部3に出力して、送給ローラを回転させ、第2溶接条件に係る送給速度信号Fを取得した場合、高送の送給速度値を示す送給指示信号をワイヤ送給部3に出力して、送給ローラを回転させる。
【0032】
電圧検出部11dは、アーク電圧Vを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを制御回路11bへ出力する。
【0033】
電流検出部11eは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アーク7a、7bを流れる溶接電流Iを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを制御回路11b及び補正部11fへ出力する。
【0034】
本実施形態1に係る溶接電源1は定電圧特性を有する電源として振る舞う。例えば、溶接電源1は、100Aの溶接電流Iの増加に対するアーク電圧Vの低下が2V以上20V以下となる外部特性を記憶している。なお、外部特性は、設定電流及び設定電圧の組合せ毎に異なるものであってもよいし、共通であってもよい。
【0035】
制御回路11bは、定電圧特性で動作し、電流設定信号Ir及び出力電圧設定信号Vrに応じた電圧が電源回路11aから出力されるように、電源回路11aの動作を制御する回路である。制御回路11bは、溶接電源1の通電経路に存在する電気抵抗R及びリアクトルLを電子的に制御し、定電圧特性を実現する。
制御回路11bは、電圧検出部11dから出力された電圧値信号Vdと、電流検出部11eから出力された電流値信号Idと、設定回路11cから出力された電流設定信号Ir及び出力電圧設定信号Vrとに基づいて、差分信号Eiを算出し、算出した差分信号Eiを電源回路11aへ出力する。差分信号Eiは、検出された電流値と、電源回路11aから出力されるべき電流値との差分を示す信号である。
【0036】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。電源回路11aは、制御回路11bから出力された差分信号Eiに従って、差分信号Eiが小さくなるようにインバータをPWM制御し、溶接電流及び電圧を溶接ワイヤ5へ出力する。その結果、母材4及び溶接ワイヤ5間に、所定のアーク電圧Vが印加され、溶接電流Iが通電する。
なお、溶接電源1には、図示しない制御通信線を介して外部から出力指示信号が入力されるように構成されており、電源部11は、出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電流Iの供給を開始させる。出力指示信号は、例えば、トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された際にトーチ2側から溶接電源1へ出力される信号である。
【0037】
更に設定回路11cは、補正部11f及びテーブル13を備える。テーブル13は、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長(埋もれアーク溶接の場合は埋もれ深さ)を一定に維持するために必要な情報を記憶している。具体的には、テーブル13は、溶接電源1ないし電源回路11aから出力される平均出力電流と、中心設定電流との差分ΔIと、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFと、設定電圧の補正量ΔVとを対応付けて記憶している。
補正部11fは、電流振幅制御を行ったときに溶接電源1から出力される平均出力電流と、中心設定電流との差分ΔIをキーにしてテーブル13を参照することにより、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFと、設定電圧の補正量ΔVとを決定する。補正量ΔFは、平均出力電流を中心設定電流に合致させるための、送給速度の補正量である。補正量ΔVは、非埋もれアーク溶接時のアーク長又は埋もれアーク溶接時の埋もれ深さを一定に維持するための、送給速度及び設定電圧の補正量である。
設定回路11cは、補正部11fによって適宜補正された電流設定信号Ir及び送給速度信号Fを制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。
【0038】
なお、ここでは、平均出力電流と、中心設定電流との差分ΔIと、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFと、設定電圧の補正量ΔVとを関連付けた情報の一例として、テーブル13を例示したが、差分ΔI、補正量ΔF及び補正量ΔVを関連付けた関数であってもよい。また、差分ΔI、補正量ΔF及び補正量ΔVを対応付けた一つのテーブル13を説明したが、テーブル13を複数のテーブル又は複数の関数で構成してもよい。例えば、差分ΔIと、補正量ΔFとを対応付けた一つのテーブル又は関数と、差分ΔIと、補正量ΔVとを対応付けた一つのテーブル又は関数とを備えてもよい。
更に、埋もれアーク溶接時の補正用のテーブル13と、非埋もれアーク溶接時の補正用のテーブル13とを別テーブルで構成するようにしてもよい。非埋もれアーク溶接の場合、より精度良く、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、アーク長を一定に維持することができ、非埋もれアークの場合、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0039】
図2は、本実施形態に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャート、
図3は、溶接対象の母材4を示す側断面図である。まず、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接モード、電流振幅制御を利用するか否か等、各種設定を行う(ステップS111)。具体的には、
図3に示すように板状の第1母材41及び第2母材42を用意し、被溶接部である端面41a、42aを突き合わせて、所定の溶接作業位置に配する。第1母材41及び第2母材42は、例えばステンレス鋼である。なお、必要に応じて、第1母材41及び第2母材42にY形、レ形等の任意形状の開先を設けても良い。また第1及び第2母材41、42は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板であってもよい。なお上記は突合せ溶接継手の例の説明であるが、すみ肉溶接継手やT継手などを含め、溶接継手の種類によって制限されるものではない。
【0040】
各種設定が行われた後、溶接電源1は、溶接電流Iの出力開始条件を満たすか否かを判定する(ステップS112)。具体的には、溶接電源1は、溶接の出力指示信号が入力されたか否かを判定する。出力指示信号が入力されておらず、溶接電流Iの出力開始条件を満たさないと判定した場合(ステップS112:NO)、溶接電源1は、出力指示信号の入力待ち状態で待機する。
【0041】
溶接電流Iの出力開始条件を満たすと判定した場合(ステップS112:YES)、
溶接電源1は、電流振幅制御を実行するか否かを判定する(ステップS113)。オペレータは電流振幅制御の利用の有無を選択することができ、溶接電源1は、図示しない操作部にて電流振幅制御の有無の設定を受け付ける。
【0042】
電流振幅制御を実行しないと判定した場合(ステップS113:NO)、溶接電源1は、電流振幅制御を用いない溶接制御を実行する(ステップS114)。また、溶接電源1は、出力電流を設定電流に合致させ、かつアーク長又は埋もれ深さを一定に維持するために必要な溶接ワイヤ5の送給速度及び設定電圧を補正する(ステップS115)。以下、ステップS115における補正を第1出力補正と呼ぶ。第1出力補正においては、補正部11fは、電流検出部11eにて検出された溶接電流Iが、設定された電流値より小さくなった場合、検出された溶接電流Iと、設定された電流値との差分に応じて、溶接ワイヤ5の送給速度を増加させる補正を行う。また補正部11fは、溶接ワイヤ5の送給速度だけでなく設定電圧を同時に上昇させる補正を行う。
補正部11fは、電流検出部11eにて検出された溶接電流Iが、設定された電流値より大きくなった場合、検出された溶接電流Iと、設定された電流値との差分に応じて、溶接ワイヤ5の送給速度を減少させる補正を行う。また補正部11fは、溶接ワイヤ5の送給速度だけでなく設定電圧を同時に減少させる補正を行う。
【0043】
このように、電流振幅制御を行わない場合の送給速度Fsetと設定電圧Vsetに上記補正量を反映し、送給速度をFset+ΔF、設定電圧をVset+ΔVとすることで、設定通りの出力を得つつ、アーク長あるいは埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0044】
電流振幅制御を実行すると判定した場合(ステップS113:YES)、溶接電源1は、電流振幅制御を用いた溶接制御を実行する(ステップS116)。また、溶接電源1は、電流振幅制御を行ったときの平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長又は埋もれ深さを一定に維持するために必要な、第1溶接条件及び第2溶接条件における溶接ワイヤ5の送給速度及び設定電圧を補正する(ステップS117)。以下、ステップS117における補正を第2出力補正と呼ぶ。ステップS116及びステップS117の処理の詳細は後述する。
【0045】
ステップS115又はステップS117の処理を終えた場合、溶接電源1の電源部11は、溶接電流Iの出力を停止するか否かを判定する(ステップS118)。具体的には、溶接電源1は、出力指示信号の入力が継続しているか否かを判定する。出力指示信号の入力が継続しており、溶接電流Iの出力を停止しないと判定した場合(ステップS118:NO)、電源部11は、処理をステップS113へ戻し、溶接電流Iの出力を続ける。溶接電流Iの出力を停止すると判定した場合(ステップS118:YES)、電源部11は、処理を終える。
【0046】
<電流振幅制御>
図4は電流振幅制御の処理手順を示すフローチャートである。溶接電源1の設定回路11cは、切り換え周期が到来したか否かを判定する(ステップS131)。切り換え周波数は1Hz~5Hzであり、設定回路11cは現在の溶接条件が設定されてから、当該切り換え周波数の周期に相当する時間が経過したか否かを判定する。切り換え周期が到来したと判定した場合(ステップS131:YES)、設定回路11cは、溶接条件を切り換える(ステップS132)。第1溶接条件が設定されている場合、設定回路11cは、第2溶接条件を設定する。第2溶接条件が設定されている場合、設定回路11cは、第1溶接条件を設定する。なお、溶接開始時、初回においては、第1溶接条件を設定するとよい。
【0047】
ステップS132の処理を終えた場合、又は切り換え周期が到来していないと判定した場合(ステップS131:NO)、溶接電源1は、設定回路11cによって設定された溶接条件に基づいて、溶接ワイヤ5の送給、電源部11の出力を制御することによって溶接制御を行う(ステップS133)。具体的には、溶接電源1の送給速度制御回路12は、ワイヤの送給を指示する送給指示信号を、ワイヤ送給部3へ出力し、送給速度信号Fに応じた速度で溶接ワイヤ5を送給させる。また、溶接電源1の電源部11は、電圧検出部11d及び電流検出部11eにてアーク電圧V及び溶接電流Iを検出し、検出された溶接電流I及びアーク電圧Vが、設定電流及び設定電圧に対応する外部特性線上に存在するように、電源部11の出力をPWM制御する。
埋もれアーク状態を取り得る臨界電流は、溶接ワイヤ5やシールドガスの種類によって異なるが、例えば溶接ワイヤ5としてステンレスソリッドワイヤ、シールドガスとして98%アルゴン+2%酸素の混合ガスを用いる場合、平均電流が350A以上となる第1溶接条件及び第2溶接条件が設定されると、埋もれアーク状態となる。なお、第1溶接条件又は第2溶接条件の少なくとも一方が、埋もれアークの条件を満たせば良い。上記溶接ワイヤ5及びシールドガスの場合、低電流条件、特に350A未満では埋もれアークを維持することが困難であるが、高電流条件時に埋もれアークとなっていれば、深溶込みが得られる。また埋もれアークは、後述の完全埋もれアークと、準埋もれアークとの両方を含む。
電源部11は、100Aの溶接電流Iの増加に対するアーク電圧Vの低下が2V以上20V以下となる外部特性を有するように構成するとよい。電源部11の外部特性をこのように設定することにより、埋もれアーク状態を維持することが容易となる。
【0048】
図5は、埋もれアーク状態の説明図である。アルゴンを含有するシールドガスを用いる埋もれアーク溶接であって、平均電流が300A以上の高電流が溶接ワイヤ5に供給され、約5~100m/分で溶接ワイヤ5が送給されている場合、溶接ワイヤ5の先端部5aには溶融したワイヤが細長く伸びた液柱8が形成される。また母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成される。液柱8の比較的下部と凹状の溶融部分6の間には、輝度の強いアーク7aが形成される。一方、液柱8の比較的上部あるいは固体の溶接ワイヤ5と凹状の溶融部分6の間には、比較的輝度の弱いアーク7bが形成される。
図5Aは、溶接ワイヤ5あるいは液柱8側における、アーク7a及び7bの発生点が、凹状の溶融部分6に取り囲まれた埋もれ空間に進入していないアーク状態を示している。
図5Bは、液柱8側におけるアーク7bの発生点のみが埋もれ空間に進入した準埋もれアーク状態、
図5Cは、溶接ワイヤ5あるいは液柱8側におけるアーク7aの発生点まで埋もれ空間に進入した完全埋もれアーク状態を示している。
準埋もれアーク溶接あるいは埋もれアーク溶接では、凹状の溶融部分6の底部61に照射されるアーク7a又は7bによって、深溶込みが得られる。
【0049】
図6は、実施形態1に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。横軸は時間、縦軸は設定電流を示している。ステップS131~ステップS132の処理によって、第1及び第2溶接条件が周期的に切り換えられ、
図6に示すように、第1溶接電流及び第2の溶接電流の設定値が周期的に変動する。
このように、溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えて変動させることによって、溶融金属を振動させ、ブローホールの発生を抑制することができる。
【0050】
<出力補正>
図7は、第2出力補正の処理手順を示すフローチャートである。溶接電源1は、電流検出部11eにて、電流振幅制御を用いて溶接を行っているときの溶接電流を検出する(ステップS151)。そして、溶接電源1の補正部11fは、電流検出部11eによって検出された溶接電流に基づいて、平均出力電流を算出する(ステップS152)。例えば、補正部11fは、溶接電流が変動する1周期分の溶接電流Iの平均値を算出する。また、補正部11fは、複数周期にわたる溶接電流Iの移動平均を平均出力電流として算出してもよい。
【0051】
次いで、補正部11fは、中心設定電流と平均出力電流との差分ΔIを算出し(ステップS153)、差分ΔIをキーにしてテーブル13を参照することにより、送給速度の補正量ΔFを決定し(ステップS154)、また、差分ΔIに基づいて、設定電圧の補正量ΔVを求める(ステップS155)。
【0052】
そして、補正部11fは、求めた補正量ΔF及び補正量ΔVに基づいて、溶接ワイヤWの送給速度及び設定電圧を補正する(ステップS156)。補正のタイミングは特に限定されるものでは無いが、例えば、補正部11fは、第2溶接条件から第1溶接条件に切り替えるタイミングで送給速度及び設定電圧を補正するとよい。また、第1溶接条件及び第2溶接条件を相互に切り替えるタイミングで送給速度及び設定電圧を補正するように構成してもよい。
【0053】
このように、電流振幅制御を使用する場合は、溶接条件が低電流側条件(第1溶接条件)と高電流側条件(第2溶接条件)とに分かれるため、補正量ΔF及びΔVを各期間にそれぞれ適用する。すなわち、高電流側条件においては、高電流側の送給速度Fset_highと設定電圧Vset_highを用いて、送給速度をFset_high+ΔF、設定電圧をVset_high+ΔVとする。同様に、低電流側条件においては、低電流側の送給速度Fset_lowと設定電圧Vset_lowを用いて、送給速度をFset_low+ΔF、設定電圧をVset_low+ΔVとする。この制御方法により、高電流条件及び低電流条件の切替に関わらず、送給速度及び設定電圧が連続的かつ中心設定電流を基準として補正され、電流振幅制御の使用時においても平均出力電流を中心設定電流に合致させつつ、アーク長あるいは埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0054】
(実施例)
溶接ワイヤ5としてφ1.6mmのステンレスソリッドワイヤを、シールドガスとして98%アルゴン+2%酸素を用いる、中心設定電流400Aの埋もれアーク溶接で、溶接電流を振幅±100A、2Hzで変動させるとき、上記方法により高電流側条件及び低電流側条件それぞれにおけるワイヤ送給速度と設定電圧を補正することで、平均出力電流を中心設定電流に合致させつつ、埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0055】
<電流振幅制御の作用効果>
図8は、溶接継手を模式的に示す断面図である。
図8Aは非埋もれアーク溶接によって得られる溶接継手の断面図であり、
図8Bは埋もれアーク溶接によって得られる溶接継手の断面図である。埋もれアーク溶接では、
図8Bに示すように、ビード9中央部の溶込みが通常のアーク溶接で得られるビード9よりも深い、いわゆるフィンガー状の溶込みを呈する。この傾向は、シールドガス中のアルゴン含有量が増加するほど顕著であり、最深部にブローホールが残留しやすいことが知られている。またアルゴンは不活性ガスであり、溶融金属内に巻き込まれるとブローホールの一因となる。従って、アルゴンを含有するシールドガスを用いる埋もれアーク溶接では、ブローホールが非常に発生しやすい。
【0056】
図9は、本実施形態1に係る電流振幅制御を行わなかったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。例えばステンレス鋼板SUS304に対して、ステンレスソリッドワイヤを用いて、溶接電流400A、溶接速度30cm/分で埋もれアーク溶接を行うと、
図9の放射線透過試験結果のように多くのブローホールが発生する。
【0057】
そこで本実施形態1では、溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えて変動させることによって、ブローホールの発生を抑制する。
【0058】
図10は、本実施形態1に係る電流振幅制御を行ったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
図10中、「A(優)」は、ブローホールが発生していないことを示し、「B(良)」は、ブローホールの発生量が減少していることを示し、「C(可)」は、ブローホールの発生量がやや減少していることを示す。
図10中段に示すように、例えば、中心設定電流400A、アーク電圧31.5V、ワイヤ突出し長さ20mm、溶接速度30cm/分の条件で、母材4としてステンレス鋼板SUS304、溶接ワイヤ5としてステンレスソリッドワイヤを用いて溶接を行うとき、溶接電流Iを300Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを500Aとする第2溶接条件とを、周波数2Hz又は3Hzで変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生を抑制することができる。なお、上記第1溶接条件と、第2溶接条件とを、周波数1Hzで変動させた場合、周波数2Hz以上の場合と比べて効果は劣るものの、ブローホールの発生量を低減させることはできる。
また、
図10上段に示すように、上記と同様の条件で、溶接電流Iを350Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを450Aとする第2溶接条件とを、周波数1Hz以上で変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生量をやや低減させることができる。
更に、
図10下段に示すように、上記と同様の条件で、溶接電流Iを250Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを550Aとする第2溶接条件とを、周波数1Hzで変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生を抑制することができる。
以上の放射線透過試験の結果から、電流変動幅を50A以上、より好ましくは100A以上とすることで、ブローホールを効果的に抑制することができることが分かる。また変動周波数を1Hz以上、より好ましくは2Hz以上とすることで、ブローホールを効果的に抑制することができることが分かる。
【0059】
以上の通り、本実施形態1に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法によれば、アルゴンを含有するシールドガスを用いた、中心設定電流が350A以上の消耗電極式のアーク溶接において、ブローホールの発生を抑制することができ、しかも電流振幅制御を行う場合の平均出力を、電流振幅制御を行わない場合の出力と同定に制御することができる。
【0060】
また、上記の通り電流振幅制御を行いてブローホールの発生を抑制することができ、更に溶接ワイヤ5の送給速度及び設定電圧を補正することにより、平均出力電流を中心設定電流に合致させ、かつアーク長又は埋もれアーク溶接の場合は埋もれ深さを一定に維持することができる。
【0061】
更に、テーブル13は、平均出力電流と中心設定電流との差分ΔIと、補正量ΔF、補正量ΔVとを関連付けたものであり、テーブル13の作成、パラメータの設定が用意である。
【0062】
更に、本実施形態1によれば、埋もれアーク溶接により深溶込みが得られると共に、ブローホールの発生を抑制することができる。
【0063】
更にまた、本実施形態1によれば、ステンレス鋼の埋もれアーク溶接において、ブローホールの発生を効果的に抑制することができる。
【0064】
なお、本実施形態1では、第1溶接条件と、第2溶接条件の2条件を周期的に変動させる例を説明したが、3つ以上の溶接条件を周期的に切り換えるように構成してもよい。
【0065】
また、本実施形態1では主に埋もれアーク溶接におけるブローホールの発生を抑制する例を説明したが、非埋もれアーク溶接に本発明を適用してもよい。
【0066】
更に、本実施形態1では、定常的に溶接電流を補正する例を説明したが、補正タイミングは特に限定されるものではない。設定電流の切り換えタイミングで補正処理を実行しても良いし、半周期、2周期毎等、適宜のタイミングで補正処理を実行すればよい。
【0067】
(実施形態2)
実施形態2に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置は、テーブル13の構成及び補正部11fの処理が実施形態1と異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、対応する箇所には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0068】
図11は、本実施形態2に係るテーブルを示す概念図である。テーブル13は、例えば、送給速度を補正するための第1テーブル213aと、設定電圧を補正するための第2テーブル213bとを備える。
【0069】
図11Aは第1テーブル213aの概念図である。第1テーブル213aは、溶接電源1ないし電源回路11aから出力される平均出力電流と、中心設定電流との差分ΔIと、中心設定電流と、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFとを対応付けて記憶している。補正量ΔFは、主に平均出力電流を中心設定電流に合致させるための、送給速度の補正量である。
【0070】
図11Bは第2テーブル213bの概念図である。第2テーブル213bは、溶接電源1ないし電源回路11aから出力される平均出力電流と、中心設定電流との差分ΔIと、中心設定電流と、設定電圧の補正量ΔVとを対応付けて記憶している。補正量ΔVは、主にアーク長又は埋もれ深さを一定に維持するための、設定電圧の補正量である。
【0071】
補正部11fは、電流振幅制御を行ったときに溶接電源1から出力される平均出力電流及び中心設定電流の差分ΔIと、中心設定電流とをキーにして第1テーブル213aを参照することにより、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFを決定する。また、補正部11fは、差分ΔIと、中心設定電流とをキーにして第2テーブル213bを参照することにより、設定電圧の補正量ΔVとを決定する。
【0072】
なお、実施形態1同様、第1テーブル213a及び第2テーブル213bを第1関数及び第2関数として構成してもよい。
【0073】
本実施形態2に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法によれば、実施形態1に比べてよりアーク長又は埋もれ深さをより精密に制御することができる。
【0074】
(実施形態3)
実施形態3に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置は、テーブル13の構成及び補正部11fの処理が実施形態1と異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、対応する箇所には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0075】
図12は、本実施形態3に係るテーブルを示す概念図である。テーブル13は、例えば、送給速度を補正するための第1テーブル313aと、設定電圧を補正するための第2テーブル313bとを備える。
【0076】
図12Aは第1テーブル313aの概念図である。第1テーブル313aの構成は、実施形態2に係る第1テーブル213aと同様である。
【0077】
図12Bは第2テーブル313bの概念図である。第2テーブル313bは、溶接ワイヤ5の補正量ΔFと、中心設定電流と、設定電圧の補正量ΔVとを対応付けて記憶している。補正量ΔVは、アーク長又は埋もれ深さを一定に維持するための、設定電圧の補正量である。
【0078】
補正部11fは、電流振幅制御を行ったときに溶接電源1から出力される平均出力電流及び中心設定電流の差分ΔIと、中心設定電流とをキーにして第1テーブル313aを参照することにより、溶接ワイヤ5の送給速度の補正量ΔFを決定する。また、補正部11fは、溶接ワイヤ5の補正量ΔFと、中心設定電流とをキーにして第2テーブル313bを参照することにより、設定電圧の補正量ΔVとを決定する。
【0079】
なお、実施形態1同様、第1テーブル313a及び第2テーブル313bそれぞれを第1関数及び第2関数として構成してもよい。
【0080】
本実施形態3に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法によれば、実施形態1に比べてよりアーク長又は埋もれ深さをより精密に制御することができる。
【0081】
なお、送給速度の補正量ΔFあたりの設定電圧の補正量ΔVは、中心設定電流に対応するパラメータに基づき算出しているが、高電流側条件及び低電流側条件における設定電流に基づいたパラメータとして、それぞれΔV_highとΔV_lowのように個別に算出してもよい。例えば、送給速度の補正量ΔFと、第1溶接条件又は第2溶接条件に係る設定電流と、設定電圧の補正量ΔVとを対応付けたテーブルを備え、補正部11fは、差分ΔIと、第1溶接条件に係る設定電流とをキーにして、第1溶接条件の設定電圧の補正量を決定し、差分ΔIと、第2溶接条件に係る設定電流とをキーにして、第2溶接条件の設定電圧の補正量を決定するように構成するとよい。
あるいは補正量ΔVに基づき、高電流側条件の補正量ΔV_highと低電流条件側の補正量ΔV_lowを、電流値に応じて按分してもよい。
【0082】
(実施形態4)
実施形態4に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置は、更に設定電圧を10Hz以上1000Hz以下で変動させる点が実施形態1と異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。その他の構成及び作用効果は実施形態1~3と同様であるため、対応する箇所には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0083】
図13は本実施形態4に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
図13中、横軸は時間、
図13Aの縦軸は設定電流を示し、
図13Bの縦軸は設定電圧を示している。ただし、
図13Aは、第1及び第2溶接条件に対応する第1溶接電流及び第2溶接電流の設定値を示しており、設定電圧の高周波振動による変動は図示されていない。
【0084】
実施形態4に係る制御回路11bは、電流振幅制御において、更に、設定電圧を10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で設定電圧を周期的に変動させる。設定電圧の変動により、出力される溶接電流Iは例えば電流振幅50A以上で変動する。
【0085】
実施形態4に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法によれば、微振動によって溶融池を安定化させることによってビード9の乱れ及び垂れの発生を防止することができ、かつ1Hz以上5Hzの周波数で溶融池をゆっくりかつ大きく振動させることによって、ブローホールの発生を抑制することができる。
【符号の説明】
【0086】
1溶接電源、2トーチ、3ワイヤ送給部、4母材、5溶接ワイヤ、6溶融部分、11電源部、11a電源回路、11b制御回路、11c設定回路、11f補正部、12送給速度制御回路、13 テーブル