(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-20
(45)【発行日】2024-08-28
(54)【発明の名称】セルロースナノファイバー分散液の濃縮又は乾燥方法
(51)【国際特許分類】
F26B 17/28 20060101AFI20240821BHJP
C08J 3/02 20060101ALI20240821BHJP
B01D 43/00 20060101ALI20240821BHJP
F26B 25/00 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
F26B17/28 A
C08J3/02 C CEP
B01D43/00 Z
F26B25/00 A
(21)【出願番号】P 2023193874
(22)【出願日】2023-11-14
【審査請求日】2023-11-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500439548
【氏名又は名称】株式会社成光工業
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松尾 光祐
【審査官】加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-186018(JP,A)
【文献】特開2017-78145(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F26B 17/28
C08J 3/02
B01D 43/00
F26B 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースナノファイバー分散液の濃縮又は乾燥方法であって、
前記セルロースナノファイバー分散液に、以下を添加する前処理を行う工程A:
(1
)エチレングリコール、
(2)高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドと、イソプロピルアルコールとの混合物;及び
前記前処理の後、前記セルロースナノファイバー分散液を2本ロールミルに供給して、前記2本ロールミルを回転させることにより、前記セルロースナノファイバー分散液を濃縮又は乾燥する工程B
を含む方法。
【請求項2】
前記工程Bにおいて、前記2本ロールミルの表面温度を170℃以上に加熱することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドは、炭素数が18~25である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程Bにおいて、前記2本ロールミルの前ロールと後ロールの回転比が1~3rpmである、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセルロースナノファイバー分散液の濃縮又は乾燥方法に関する。とりわけ、本発明は、セルロースナノファイバーの凝集を抑制した状態で、セルロースナノファイバー分散液を濃縮又は乾燥し、濃縮又は乾燥前のセルロースナノファイバー分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能なセルロースナノファイバー濃縮品又は乾燥品を得るための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースナノファイバー(「Cellulose Nano Fiber」としても知られている。以下、単に「CNF」と称することもある。)は、植物由来の次世代素材であり、鋼鉄の5分の1の重量でその5倍の強度が得られると言われている。セルロースナノファイバーを自動車や家電等に活用することで、軽量化の効果が得られ、エネルギー効率が向上し、地球温暖化対策に多大なる貢献が期待できる。CNFの社会実装にむけて、経済産業省・農林水産省は連携事業として、自動車、家電、住宅・建材等の各分野においてモデル事業を実施し、CO2削減効果の評価・検証、関連する課題の解決策について実証を推進している。
【0003】
セルロースナノファイバーの応用例の1つとして、特許文献1(特開2022-044861号公報)には、70℃から160℃の範囲内で溶融する樹脂と、セルロースナノファイバーの繊維の粉体と、を備えたセルロースナノファイバーの繊維を含有するホットメルト接着剤が開示されている。このようなホットメルト接着剤は、瞬時に接着部分を固化させることができるとともに、低温下でも接着性に優れ、また、接着面を強固に保持できると開示されている。
【0004】
さらに、近年、セルロースナノファイバーは水性塗料などにも多く使われ始めており、また保湿性などの特性を取り入れた化粧品、食品にも利用され始めている。ほかにも、セルロースナノファイバーがガラス、金属、カーボンよりも比重が軽く、ナノサイズの繊維長は樹脂の強度アップ等の機能改善が期待できることから、補強材料として樹脂材料に添加する理想的な素材になり得る。
【0005】
セルロースナノファイバーは一般的に、固形分1~10重量%程度で水などの分散媒に分散させた分散液(スラリーやゾルなど)の状態で販売提供されて、通常は製造された所定濃度のセルロースナノファイバー分散液のまま工業材料あるいは食品や化粧品の添加物材料として各種用途に使用されている。一方、疎水性の樹脂やゴムなどの材料への複合化には、水分除去が必要となる。現在、セルロースナノファイバーを水で分散させた分散液から水を取り除く方法はいくつかあり、典型的には沈殿法、遠心分離法、濾過法、噴霧乾燥法、凍結乾燥法などが挙げられる。
【0006】
例えば、特許文献2(特開2022-028316号公報)には、セルロースナノファイバーを凍結乾燥するための容器として、内部にブライン液を貯留する本体部と、前記本体部の外周を覆い、熱媒体が供給されるジャケットとを備え、前記本体部は、熱媒体が前記ジャケットに供給されることで前記ブライン液を冷却可能なものであることを特徴とする容器が開示されている。特許文献2によれば、セルロースナノファイバーの凝集を抑えながらセルロースナノファイバー分散液を凍結させることができる容器を提供することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2022-044861号公報
【文献】特開2022-028316号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
既存の濃縮又は乾燥方法の問題点の1つは、必要とされる時間が長く、生産性が低い点である。例えば、セルロースナノファイバーの2%水分散液を500ml乾燥させる場合、100℃前後の恒温槽で数時間、凍結乾燥法では数十時間、噴霧乾燥法では噴霧の状態が良好であっても1時間以上は必要としている。遠心分離法でも30分以上は必要となる。乾燥時間が長いと、セルロースナノファイバー内部の分子構造も変化するので、強度が低下する傾向がある。そのため、濃縮又は乾燥するための時間はできる限り短いほうが良い。
【0009】
また、水分が気化または凍結するとき、セルロースナノファイバーの大きな比表面積に起因して、高い分子間引力により、強固な凝集を引き起こし、次工程で分散ができなくなる現象がしばしば発生する。そのため、再分散性の優れたセルロースナノファイバーを得るための濃縮又は乾燥方法が必要とされている。
【0010】
本発明は上記問題点に鑑み完成されたものであり、一実施形態において、濃縮又は乾燥前のセルロースナノファイバー分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能なセルロースナノファイバー濃縮品又は乾燥品を得るための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者が鋭意検討した結果、従来技術と異なる手法により上記課題を解決できることを発見した。すなわち、セルロースナノファイバー分散液に対して所定の前処理を行った後、2本ロールミルで処理することにより、セルロースナノファイバー分散液を短時間で濃縮又は乾燥することができ、得られたセルロースナノファイバーは、再分散性が優れており、濃縮又は乾燥前のセルロースナノファイバー分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能である。本発明は当該知見に基づき完成されたものであり、以下に例示される。
【0012】
[1]
セルロースナノファイバー分散液の濃縮又は乾燥方法であって、
前記セルロースナノファイバー分散液に、以下を添加する前処理を行う工程A:
(1)以下の(1-1)及び/又は(1-2):
(1-1)アルキルアンモニウム塩と両性界面活性剤、
(1-2)エチレングリコール、
(2)高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドと、イソプロピルアルコールとの混合物;及び
前記前処理の後、前記セルロースナノファイバー分散液を2本ロールミルに供給して、前記2本ロールミルを回転させることにより、前記セルロースナノファイバー分散液を濃縮又は乾燥する工程B
を含む方法。
[2]
前記工程Bにおいて、前記2本ロールミルの表面温度を170℃以上に加熱することを含む、[1]に記載の方法。
[3]
前記高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドは、炭素数が18~25である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
前記工程Bにおいて、前記2本ロールミルの前ロールと後ロールの回転比が1~3rpmである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一実施形態によれば、濃縮又は乾燥前のセルロースナノファイバー分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能なセルロースナノファイバー濃縮品又は乾燥品を得るための方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態における、2本ロールミルの構造及び動作原理を説明するための模式図である。
【
図2】本発明の実施例による乾燥方法と、従来技術による乾燥方法で得られた乾燥品の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0016】
(1.セルロースナノファイバー分散液)
セルロースナノファイバーは、植物繊維の主成分であるセルロースをナノサイズに細かく粉砕したものであり、主な原材料は木材パルプ(紙の原料)である。樹脂材料を補強するとともに、低温下での樹脂の収縮を防止することを主目的として使用される。本発明において、セルロースナノファイバーの原材料は特に限定されない。
【0017】
セルロースナノファイバーは、通常植物由来の素材であるため、植物から取り出した段階では、水に分散したスラリーの状態にある。固形分は通常1~10重量%である。例えば、セルロースナノファイバーを疎水性の樹脂に分散させて使用する目的の場合、まず水に分散しているセルロースナノファイバー水分散液から水分だけを除去し、セルロースナノファイバー単体を取り出す必要がある。また、セルロースナノファイバー単体を水又は水以外の分散媒に再分散させた再分散液から、再度セルロースナノファイバー単体を取り出す場合も想定される。そのため、本発明において、セルロースナノファイバー分散液における分散媒は水に限定されない。もっとも、好ましくは、セルロースナノファイバー分散液における分散媒は水である。
【0018】
なお、前述のように、セルロースナノファイバー分散液における固形分は通常1~10重量%であるが、さらに1重量%未満に希釈されたものである場合もある。そのため、後述の前処理の前に、セルロースナノファイバー分散液を予備的に乾燥することもできる。予備乾燥の方法は特に限定されず、従来の方法のいずれかを採用することができる。セルロースナノファイバー分散液を、例えば最大固形分12重量%に予備乾燥して、本発明の濃縮又は乾燥方法を実施することができる。
【0019】
セルロースナノファイバー分散液を乾燥すると、セルロースナノファイバーの粉体が得られる。セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さが0.1μm以上であることが好ましい。これにより、補強の効果が期待できる。この観点から、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さが0.2μm以上であることがより好ましく、0.3μm以上であることがさらにより好ましく、0.5μm以上であることがさらにより好ましい。セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さが0.1μm以上であれば、平均繊維径に対して高いアスペクト比を持つ。
【0020】
また、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さが3.0μm以下であることが好ましい。これにより、セルロースナノファイバーが加工で球状に丸まることを抑制できる。この観点から、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さが2.5μm以下であることがより好ましく、1.5μm以下であることがさらにより好ましく、1.0μm以下であることがさらにより好ましい。
【0021】
なお、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維長さとは、セルロースナノファイバーの粉体の繊維について、JIS Z8825:2022のレーザー回折・散乱法に従って測定されるD50(メディアン径)を意味する。
【0022】
セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維径が0.5nm以上であることが好ましい。これにより、補強の効果が期待できる。この観点から、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維径が0.7nm以上であることがより好ましく、1nm以上であることがさらにより好ましく、3nm以上であることがさらにより好ましい。
【0023】
また、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維径が10nm以下であることが好ましい。これにより、セルロースナノファイバーが太くなりすぎてアスペクト比が下がり、溶融樹脂の中で拡散する際の配向性を損なうことを抑制できる。この観点から、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維径が8nm以下であることがより好ましく、7nm以下であることがさらにより好ましく、5nm以下であることがさらにより好ましい。
【0024】
なお、セルロースナノファイバーの粉体の平均繊維径とは、セルロースナノファイバーの粉体の繊維について、JIS Z8828:2019の動的光散乱法に従って測定される平均粒子径を意味する。
【0025】
(2.セルロースナノファイバー分散液の前処理)
本発明の一実施形態において、セルロースナノファイバー分散液を濃縮又は乾燥するために、後述のように、2本ロールミルによる処理が行われる。ここで、2本ロールミルによる処理を行う前に、前処理を行う必要がある。前処理を行う目的は、分散媒(以下、水を例として説明する。)の沸点を下げること、耐熱性、及び親水性又は親油性を付与し、その後の利用を容易にすることである。
【0026】
理論により本発明を拘束する意図はないが、水の沸点を下げることにより、水蒸気の爆発気化が強化され、セルロースナノファイバーが凝集体になりにくくなると考えられる。そして、セルロースナノファイバーに親水性又は親油性(両者をまとめて「湿潤性」という。)を付与することで、濃縮又は乾燥後に目的の水系、溶剤系、熱可塑性樹脂系、熱硬化性樹脂系に合わせて、用途別の濃縮品又は乾燥品を作り出すことが可能である。すなわち、この後からの添加剤がセルロースナノファイバーに吸着しやすくなる。
【0027】
前処理の具体的な内容として、セルロースナノファイバーの分散液に、(1-1)アルキルアンモニウム塩と両性界面活性剤、及び/又は(1-2)エチレングリコール、及び(2)高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドとイソプロピルアルコール(IPA)との混合物を添加する(工程A)。これにより、セルロースナノファイバーの水分散液の媒体である水の沸点を下げるとともに、耐熱性の付与、後添加で用途別の濃縮又は乾燥CNFを作るために湿潤性を向上させることができる。
【0028】
アルキルアンモニウム塩としては、限定的ではないが、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム溶液、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化セチルトリメチルアンモニウム水、塩化ラウリルトリメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウムなどが挙げられる。これらは通常水溶液の状態で添加される。アルキルアンモニウム塩は、水分が減水していく過程で、セルロースナノファイバーの凝集を防ぐ効果がある。
【0029】
アルキルアンモニウム塩の添加量は特に限定されないが、セルロースナノファイバーの分散液の総重量に対して、アルキルアンモニウム塩が0.01~0.50重量%となるように添加されることが好ましい。
【0030】
両性界面活性剤は、乾燥後にセルロースナノファイバーの表層に残存することで、次工程での界面活性剤と良好に結合するという役割を担う。両性界面活性剤として、限定的ではないが、以下のものが挙げられる:アミノ酸グリシン型のココアンホ酢酸Na、ラウロアンホ酢酸Na、ココアンホジ酢酸2Na;ベタイン型として、アミノ酢酸ベタイン型コカミドプロピルベタイン、ラウラミドプロピルベタイン、ミリスタミドプロピルベタイン、パーム核脂肪酸アミドプロピルベタイン、ラウリルベタイン、ココベタイン、スルホベタイン型ラウリルヒドロキシスルタイン、ラウラミドプロピルヒドロキシスルタイン、コカミドプロピルヒドロキシスルタイン;アミンオキシド型として、アミンオキシド型ラウラミンオキシド、アミドアミンオキシド型ラウラミドプロピルアミンオキシドなど。
【0031】
両性界面活性剤の添加量は特に限定されないが、セルロースナノファイバーの分散液の総重量に対して、両性界面活性剤が0.10~0.30重量%となるように添加されることが好ましい。
【0032】
また、上記のアルキルアンモニウム塩と両性界面活性剤の代わりに、又は上記のアルキルアンモニウム塩と両性界面活性剤に加えて、エチレングリコールを添加することも可能である。エチレングリコールとセルロースナノファイバーは化学的な結合は起きないが、エチレングリコールは植物系繊維への吸着性が高く、セルロースナノファイバーへの湿潤効果を持っている。それにより水分気化時の再凝集が起きにくくなり、さらにエチレングリコールは親水と疎水の両面を持ち合わせているため、次工程での界面活性剤と良好に結合するという役割を担う。
【0033】
エチレングリコールの添加量は特に限定されないが、セルロースナノファイバーの分散液の総重量に対して、エチレングリコールが0.02~0.30重量%となるように添加されることが好ましい。なお、エチレングリコールは、通常水溶液の状態で添加するが、単体として添加してもよい。
【0034】
高級脂肪酸とイソプロピルアルコール(IPA)の混合物は、セルロースナノファイバーの繊維に含浸することで、2本ロールミルによる加熱乾燥温度(170℃以上)でも耐えられるようにする役割を担う。本明細書において、高級脂肪酸とは、炭素数が18~25の脂肪酸をいい、飽和又は不飽和であり得、直鎖状又は分岐状又はそれ以外の形状であり得る。例として、高級脂肪酸の中で、カルボン酸の一般的な化学式はR-COOH(Rはカルボン酸の置換基を表す)、イソプロピルアルコールの化学式はC3H8Oであり、両者の混合物を反応式で表す場合、R-COOH+C3H8O→R-COOC3H7+H2Oになる。すなわち、高級脂肪酸は、イソプロピルアルコールと反応して脂肪酸エステル(R-COOC3H7)と水(H2O)を生成する。
【0035】
好ましくは、混合物には、高級脂肪酸アミドが含まれる。本明細書において、高級脂肪酸アミドは、炭素数が18~25であり、飽和又は不飽和であり得、直鎖状又は分岐状又はそれ以外の形状であり得る。高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドと、IPAとの混合物の反応式は、以下のように表される。
R-CONH2+R’-COOH+C3H8O→R-CONH-R’-COOC3H7+H2O
ここで、「R」は高級脂肪酸の置換基を表し、「R’」は高級脂肪酸アミドの置換基を表す。イソプロピルアルコールと反応してアミドエステル(R-CONH-R’-COOC3H7)と水(H2O)を生成する。アミドエステルは、高級脂肪酸と高級脂肪酸アミドの反応によって形成される化合物であり、270℃以上の耐熱性を保有する。これにより、アミドエステルをセルロースナノファイバーの繊維に含浸することで、ロールによる加熱乾燥温度が170℃以上であっても耐えることができる。
【0036】
上記高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドはまた、後述の2本ロールミルによる処理において溶融し、ワックスのような効果が生まれる。すなわち、濃縮又は乾燥されたセルロースナノファイバーは、ロールメッキ表面、又はロール金属表面からの剥離性が良くなり自然に剥がれる。
【0037】
高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドとイソプロピルアルコール(IPA)との混合物の添加量は特に限定されないが、セルロースナノファイバーの分散液の総重量に対して、高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドが0.20~0.80重量%となり、IPAが2.5~15.0重量%となるように添加されることが好ましい。なお、前述の反応式による反応が十分に行われるように、これらの添加剤は別々にセルロースナノファイバーの水分散液に添加するのではなく、あらかじめ混合して、混合物の形で添加する。
【0038】
上記各添加剤をセルロースナノファイバーの水分散液に添加した後、混合させるために撹拌することが好ましい。前処理の撹拌では、セルロースナノファイバーが液中又はゾル中で配向性を保持しながら、螺旋を描くように混練されることが望ましい。撹拌の方法及び装置は特に限定されないが、スーパーミキサー(株式会社カワタ製)、ヘンシェルミキサー(日本コークス工業株式会社製)、ハイスピードミキサー(株式会社アーステクニカ製)などを好適に用いることができる。
【0039】
(3.2本ロールミルによる処理)
前処理を行った後、セルロースナノファイバー分散液を2本ロールミルに供給して、2本ロールミルを回転させることにより、セルロースナノファイバーの水分散液が除去され、濃縮又は乾燥されたセルロースナノファイバーが得られる(工程B)。前処理により水の沸点が下がると、2本ロールミルの温度をある程度低くしても、原料(セルロースナノファイバー分散液)投入後に十分な濃縮又は乾燥効果が得られる。もっとも、水の気化を促進する観点から、2本ロールミルを一定以上の温度に加熱することが好ましい。
【0040】
セルロースナノファイバーの水分散液を2本ロールミルの中間部に供給することで、セルロースナノファイバーの水分散液がロール間隙部(ニップ)に食い込まれる(
図1)。2本ロールミルの特性として、ニップに入り込む前に原料はロール間隙の上のロールバンクでロールと同一方向に回転する。この時に、セルロースナノファイバーは配向性を保持した状態であり、ニップに入り込む際に同一方向で繊維が並んで入り込む。これにより、セルロースナノファイバーに配向性を持たせたまま、ニップにおいてズリせん断が起きる。ズリせん断による自己発熱及び2本ロールミル加熱温度で、沸点が下がった原料は容易に気化し、濃縮又は乾燥の時間が短くなる。ロール間距離(クリアランス)は特に限定されないが、本実施形態の場合、0.3~1.5mmとすることが好ましい。
【0041】
2本ロールミルにおける前ロールと後ロールの回転比(すなわち、回転速度rpmの差)が大きいほど、ニップに食い込まれる速度は早い。一方、前ロールと後ロールの回転比が大きすぎると、回転比により生じるズリせん断は小さくなり、また、水が気化する時間が短くなるので、回転比は1~3とすることが好ましい。また、回転比がない場合、セルロースナノファイバーの水分散液をニップに食い込ませることができず、ロールバンク上で滞留する傾向がある。
【0042】
ニップでの自己発熱、及び加熱された2本ロールミルからの伝熱により、水の分子間の引力と熱エネルギーの作用で、水は液体の状態で分子同士が引き合い、近くにある他の分子と相互作用が起きる。急激な高温下で水の分子は十分なエネルギーを得て、繊維との分子間引力を克服し、水とアルコールは瞬時に液体から気体へと転移する。急速に運動する分子は液体から気体へと変化するときに、水蒸気爆発の現象が発生する。ここで、前処理の添加剤であるアルキルアンモニウム塩、両性界面活性剤は200℃までの高温に対応でき、高級脂肪酸は270℃まで耐えることができるので、水蒸気爆発のエネルギーに耐えることができ、高級脂肪酸で湿潤されたセルロースナノファイバーはニップを通過する時に、水分がなくても焦げ付くことなく、薄膜のパウダーに変わる。前述のように、セルロースナノファイバーは配向性を保持した状態でニップに入り込むため、同一方向で水蒸気爆発による気化を迎え、セルロースナノファイバーにランダムな応力は少なく、元の形態(二重螺旋構造がほぼほぐれていない状態)に近い状態で濃縮又は乾燥が可能となる。
【0043】
ここで、2本ロールミル以外の混練機として、加圧ニーダー、バンバリー、押出機が考えられるが、これらはランダムな混練になるため、水が瞬時に気化してもセルロースナノファイバー同士が絡み合い、ダマになりやすい。また、従来技術の凍結乾燥や、乾燥オーブン、噴霧乾燥などでは、セルロースナノファイバーに配向性を与える手段はなく、また時間をかけて乾燥させるため、二重螺旋構造がほぐれ、ダマも発生しやすい。したがって、2本ロールミルによる処理には、従来技術では得られない利点がある。なお、2本ロールミルは装置として2本のロール間で原料を混練できるものであればよく、3本目以降のロールを有するものであってもよい。
【0044】
そして、水の気化を促進するために、2本ロールミルの表面温度は170℃以上に加熱することが好ましい。2本ロールミルの表面温度は170℃以上に加熱することにより、水を急速に沸騰気化させることができ、短時間で処理を終了することができる。典型的には、2本ロールミルの周回数が3回転以内で(時間としては30秒内で)濃縮品又は乾燥品が得られ、濃縮品又は乾燥品の水分量は1000質量ppm以下となり得る。この観点から、2本ロールミルの表面温度は173℃以上であることがより好ましく、175℃以上であることがさらに好ましい。
【0045】
一方、2本ロールミルの表面温度が高すぎるとセルロースナノファイバーが変質してしまう恐れがあるので、190℃以下とすることが好ましく、180℃以下とすることがより好ましい。したがって、本発明の一実施形態において、2本ロールミルの表面温度は170℃~180℃である。
【0046】
上記2本ロールミルによる処理の結果、セルロースナノファイバーの濃縮品又は乾燥品が得られる。乾燥物を得る場合、典型的には以下の外観及び性質が得られる。
・形状:大きさは1mm~5mm、厚みが0.5mm以下の板状フレーク。
・色調:乳白色で透明感がある。
・硬さはあるものの、指先で簡単に微粉末になる。特段の粉砕処理は不要である。
・焼けや、部分変色はない。
・計量包装時にも空気中への飛散はほぼ起きない。
【0047】
そして、水分がなくなったセルロースナノファイバーの表面には脂肪酸及び両性界面活性剤が付着しているため、焼け焦げることになりにくい。特に高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドの付着により、耐熱性が高い。さらに、2本ロールミルでは、原料の供給と、濃縮品又は乾燥品の回収を連続的に行えるので、生産性が高いという利点が得られる。
【実施例】
【0048】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0049】
試験1:配合の違いによる乾燥品の性能の比較
固形分2重量%のセルロースナノファイバー分散液に、表1に示される種類及び量の添加剤を添加し、日本コークス工業株式会社製ヘンシェルミキサー(ハイスピードタイプ)で撹拌して混合した。添加後のセルロースナノファイバー分散液を、株式会社安田精機製作所製の2本ロールミル(ロール径:8インチ。表面処理:光沢メッキ処理。ニップクリアランス:0.5mm。)に投入した。投入量は300gであった。ロールの表面温度は170℃となるように加熱した。次に、前ロールの回転速度が7rpm、後ロールの回転速度が6rpmとなるように2本ロールミルを稼働させ、前ロールの3回転後に乾燥品のサンプルを採取した。乾燥に要した時間は30秒以内であった。
【0050】
【0051】
なお、表1において示される各化合物の詳細は以下の通りである。
BYK-9076:BYK社製湿潤分散剤。高分子量共重合物のアルキルアンモニウム塩50~60質量%の溶液。
BYK-185:BYK社製湿潤分散剤。アルキルアンモニウム塩60~70質量%の溶液。
ソフタゾリン(登録商標)LPB-R:川研ファインケミカル株式会社製アミドベタイン型両性界面活性剤。ラウリン酸アミドプロピルベタイン液。
ニュートロン:日本精化株式会社製オレイン酸アミド。化学式C17H33CONH2。
【0052】
(性能評価)
得られた乾燥品について、カールフィッシャー測定法に従い、水分量を測定した。具体的には、京都電子工業製のカールフィッシャー水分計(型番:MKH-710)を用いて、二酸化硫黄、塩基を主成分としたカールフィッシャー試薬で乾燥品サンプルを滴定し、試薬の消費した容量から乾燥品サンプルの水分を求めた(容量滴定法)。結果を表1に示す。
【0053】
また、前ロールの3回転後に、乾燥品が2本ロールミルのロールから容易に剥離したかどうかを目視で確認した。結果を表1に示す。
【0054】
また、それぞれの試験例について、乾燥品を採取して、ポリプロピレン樹脂と乾燥品が重量比100:1となるように、195℃に加熱した熱ミキシング2ロールミル(2ロール)に投入して、クリアランス1mmで5分間混練を行い、膜厚25μmの樹脂フィルムを成形した。この樹脂フィルムをA4サイズにカットし、ピンホールの有無を目視で確認した。結果を表1に示す。
【0055】
表1からわかるように、高級脂肪酸アミドを添加しなかった試験例1-3及びIPAを添加しなかった試験例1-4では、水の気化が十分ではなく、水分が多く残った。また、乾燥品はロールから剥離せず、部分的には癒着して焦げ目も確認された。そして、前処理に必要な化合物のいずれかを欠いた場合、製膜した樹脂のピンホール数が多く、再分散性が不良であることが確認された。
【0056】
試験2:ロール温度の違いによる乾燥品の水分量の比較
固形分2重量%のセルロースナノファイバー分散液に、上記試験例1-1と同様の種類及び量の添加剤を添加し、日本コークス製ヘンシェルミキサー(ハイスピードタイプ)で撹拌して混合した。添加後のセルロースナノファイバー分散液を、株式会社安田精機製作所製の2本ロールミル(ロール径:8インチ。表面処理:光沢メッキ処理。ニップクリアランス:0.5mm。)に投入した。投入量は300gであった。ロールの表面温度は表2に示されるように加熱した。次に、前ロールの回転速度が7rpm、後ロールの回転速度が6rpmとなるように2本ロールミルを稼働させ、前ロールの3回転後に乾燥品のサンプルを採取した。採取したサンプルについて、前述の方法に従って水分量を評価した。結果を表2に示す。
【0057】
【0058】
表2からわかるように、ロールの表面温度が170℃以上であれば、得られた乾燥品の水分量は検出不可な程度に低下した。また、固形分2重量%のセルロースナノファイバー分散液に、上記試験例2-1と同様の種類及び量の添加剤を添加して試験したところ、上記表2とほぼ同じ結果が得られた。
【0059】
試験3:乾燥方法の違いによる乾燥品の性状の比較
固形分2重量%のセルロースナノファイバー分散液に、上記試験例1-1と同様の種類及び量の添加剤を添加し、日本コークス製ヘンシェルミキサー(ハイスピードタイプ)で撹拌して混合した。添加後のセルロースナノファイバー分散液を5L取り、三庄インダストリー株式会社製の真空凍結乾燥装置SF-5に投入し、-37℃で連続運転して、8時間真空凍結乾燥した。乾燥品を3g採取し、株式会社日立ハイテク製の電界放出型走査電子顕微鏡S-4800を用いて観察し、8000倍の写真を得た(
図2B)。写真を参照すると、凝集体や、CNFの破片が確認できる。
【0060】
一方、試験例1-1の乾燥品について、同様の条件で電子顕微鏡写真を得た(
図2A)。試験例1-1の乾燥品はセルロースナノファイバーと分散剤が共に良好に分散していることが確認できる。すなわち、2本ロールミルによる処理で得られた乾燥品は、乾燥前のCNFの分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能である。
【要約】
【課題】濃縮又は乾燥前のセルロースナノファイバー分散液と同等程度の分散性を有する再分散液を生成することが可能なセルロースナノファイバー濃縮品又は乾燥品を得るための方法を提供すること。
【解決手段】セルロースナノファイバー分散液の濃縮又は乾燥方法であって、前記セルロースナノファイバー分散液に、以下を添加する前処理を行う工程A:(1)以下の(1-1)及び/又は(1-2):(1-1)アルキルアンモニウム塩と両性界面活性剤、(1-2)エチレングリコール、(2)高級脂肪酸又は高級脂肪酸アミドと、イソプロピルアルコールとの混合物;及び前記前処理の後、前記セルロースナノファイバー分散液を2本ロールミルに供給して、前記2本ロールミルを回転させることにより、前記セルロースナノファイバー分散液を濃縮又は乾燥する工程Bを含む方法。
【選択図】
図1