(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-20
(45)【発行日】2024-08-28
(54)【発明の名称】超硬合金及びその加工方法、金型及び工具
(51)【国際特許分類】
C22C 29/08 20060101AFI20240821BHJP
B23H 7/02 20060101ALI20240821BHJP
B23H 9/00 20060101ALI20240821BHJP
C22C 1/051 20230101ALN20240821BHJP
【FI】
C22C29/08
B23H7/02 A
B23H9/00
C22C1/051 G
(21)【出願番号】P 2023565135
(86)(22)【出願日】2023-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2023038059
【審査請求日】2023-10-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000238016
【氏名又は名称】冨士ダイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】青柳 翔太
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-186624(JP,A)
【文献】特開2013-170315(JP,A)
【文献】特開平10-298699(JP,A)
【文献】特開平03-173739(JP,A)
【文献】特開2015-108162(JP,A)
【文献】特開2001-294968(JP,A)
【文献】国際公開第2015/092528(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/08
C22C 1/05-1/051
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC
からなる平均粒径Xμmの硬質相と、Coを主成分と
して70質量%以上含む総量Y質量%の結合相とを有し、前記結合相の総量Yに対するCr
3C
2及びMo
2Cの添加量がZ質量%(Cr
3C
2の添加量をZ
1質量%とし、Mo
2Cの添加量をZ
2質量%としたとき、Z= Z
1+5/9 Z
2、Z
1>0かつZ
2≧0)であり、前記X,Y及びZは下記式(1),(2),(3),(4)及び(5):
X≦6 ・・・(1)
4≦Y
<20 ・・・(2)
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・(3)
Z≦10X-9 ・・・(4)
2≦Z≦11 ・・・(5)
を満たすことを特徴とする超硬合金。
【請求項2】
WCからなる平均粒径Xμmの硬質相と、Coからなる総量Y質量%の結合相とを有し、前記結合相の総量Yに対するCr
3
C
2
及びMo
2
Cの添加量がZ質量%(Cr
3
C
2
の添加量をZ
1
質量%とし、Mo
2
Cの添加量をZ
2
質量%としたとき、Z= Z
1
+5/9 Z
2
、Z
1
>0かつZ
2
≧0)であり、前記X,Y及びZは下記式(1),(2),(3),(4)及び(5):
X≦6 ・・・
(1)
4≦Y<20 ・・・
(2)
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・
(3)
Z≦10X-9 ・・・
(4)
Z≦11 ・・・
(5)
を満たすことを特徴とする超硬合金。
【請求項3】
前記硬質相は、周期律表第4~6族の金属の炭化物、窒化物及び炭窒化物の少なくとも一種が固溶する固溶相を10質量%以下含むことを特徴とする請求項1に記載の超硬合金。
【請求項4】
前記硬質相は、周期律表第4~6族の金属の炭化物、窒化物及び炭窒化物の少なくとも一種が固溶する固溶相を10質量%以下含むことを特徴とする請求項2に記載の超硬合金。
【請求項5】
前記硬質相の平均粒径Xは下記式(6):
3<X ・・・(6)
を満たすことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項6】
前記硬質相の平均粒径Xは下記式(7):
X<6 ・・・(7)
を満たすことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項7】
前記結合相の総量Yは下記式(8):
5<Y<20 ・・・(8)
を満たすことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項8】
前記硬質相の平均粒径Xと結合相の総量Yは下記式(9):
Y≦19-2X ・・・(9)
を満たすことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項9】
前記結合相の総量Yに対してCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zは下記式(10):
0.3≦Z≦11 ・・・(10)
を満たすことを特徴とする請求項
2又は4に記載の超硬合金。
【請求項10】
前記結合相に占める割合30質量%以下のNiを含むことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項11】
前記結合相において、Coの添加量をY
1質量%とし、Niの添加量をY
2質量%としたとき、下記式(11):
0.2≦Y
2/(Y
1+Y
2)≦0.3 ・・・(11)
を満たすことを特徴とする請求項1
又は3に記載の超硬合金。
【請求項12】
Cr
3C
2の添加量Z
1とMo
2Cの添加量Z
2は下記式(12):
0<5/9 Z
2/(Z
1+5/9 Z
2)<0.8 ・・・(12)
を満たすことを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
【請求項13】
抗折力が2000 MPa以上であり、下記に示すワイヤ放電加工試験条件にてワイヤ放電加工試験を行った後の抗折力の低下率が35%未満であることを特徴とする請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金。
ワイヤ放電加工試験条件
加工液:脱イオン水
ワイヤ材料:黄銅
ワイヤ径:0.3 mm
カット数:11回
加工時間:22時間
加工周長:400 mm
【請求項14】
請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金からなることを特徴とする金型。
【請求項15】
請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなることを特徴とする金型。
【請求項16】
請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金からなることを特徴とする工具。
【請求項17】
請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなることを特徴とする工具。
【請求項18】
請求項1
~4のいずれかに記載の超硬合金に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施すことを特徴とする超硬合金の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金及びその加工方法、金型及び工具に関する。
【背景技術】
【0002】
超硬合金は高硬度で耐摩耗性に優れ、温度変化及び応力による寸法変化が小さいため高い精度が要求される金型用材料として使用されている。超硬合金の加工方法に放電加工(Electrical Discharge Machining:EDM)がある。EDMは被加工材の硬さは関係なく導電性があれば複雑な形状も加工できる。そのため複雑な形状や、大型の超硬合金製金型の製作に使用される。EDMは型彫り放電加工とワイヤ放電加工(Wire Electrical Discharge Machining: WEDM)に分けられる。WEDMは一般的に一度に加工するのではなく、複数回、同じ輪郭上にワイヤを動かし、所定の寸法、表面粗さに仕上げる。
【0003】
EDMで用いる加工液は油と水の2種類に区別される。油加工液を用いたEDMは加工精度が優れ、被加工材の腐食が生じないという長所がある一方、加工速度が遅く、可燃性であるため防火機能が必要という短所がある。これに対し、水加工液を用いたEDMは、加工速度が速く、非可燃性であるため安全で無人運転に向いている一方、油加工液を用いたEDMと比べて、加工精度が劣り、被加工材の腐食が生じやすいなどの短所がある。
【0004】
以上のような理由から、ワイヤを同じ輪郭上で複数回走らせるWEDMでは時間のかかる1stCutの荒加工は水WEDMで、以降の中加工、仕上げ加工を油WEDMとする方法が一般的である。この場合、水WEDM→油WEDMの加工機の切り替えにおける作業効率の低下、再度取り付けを行うことによる加工精度の低下が起きてしまう。
【0005】
水加工液を用いた放電加工における腐食を抑制するため、素材面と加工機面において以下の対策が取られている。素材面では耐食性のある放電加工向けの超硬合金を用いることである。一般的なWC-Co系超硬合金にCrもしくはCr炭化物を添加したり、Coの一部をNiに置換することで、腐食しやすい金属結合相の耐食性を高めるものである。さらにCr添加をすることで結合相の固溶強化によりクラックの進展抵抗である破壊靭性KICが向上することで、EDM時の熱クラックを抑制する効果も期待される。加工機面では、水加工液に防錆剤を添加したり、無電解電源AE(Anti - Electrolysis)を用いることで被加工材の腐食を防ぐといった方法である。
【0006】
水WEDMの加工精度は加工機メーカーの技術開発により、改善が進んでおり、ファインブランキングなど高い寸法精度が求められる金型用途の加工精度にも対応できるようになってきた。
【0007】
特開平8-337837号(特許文献1)は、金属結合相としてのCoおよび/またはNiを5~25重量%含むと共に、(Co+Ni)に対するVおよびCrの重量比を、それぞれ0.6~6.5%および2.6~20%とし、残部が平均粒径:0.7μm超6μm以下のWC相と不可避不純物からなり、前記WC相と金属結合相以外に、V及びCrを含有する炭化物相が析出した金型用超硬合金を開示している。
【0008】
特願2003-155538号(特許文献2)は、6~20重量%のCo及びNiの総量と、Co及びNiの総量に対してCrを炭化クロム換算で6~10重量%含み、かつCo及びNiの総量に対してNiを14~30重量%含み、かつ合金中の炭化タングステンの平均粒径が0.8~3μmであり、残部が炭化タングステンおよび不可避不純物からなる金型用超硬合金を開示している。
【0009】
特開2006-152409号(特許文献3)は、6~20重量%のCo及びNiの総量と、Co及びNiの総量に対してCrを3~15重量%、Vを2.5~5.0重量%、Moを1.0~5.0%含み、かつCo及びNiの総量に対してNiを0~50重量%含み、かつ合金中の硬質相は微細粒子と粗大粒子の炭化タングステンWCで構成され、平均粒径が0.3~0.6μmの微細粒子が硬質相の60~90%、平均粒径が0.8~2.5μmの粗大粒子が硬質相の10~40%であることを特徴とする金型用超硬合金を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平8-337837号公報
【文献】特願2003-155538号公報
【文献】特開2006-152409号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、複雑な形状や大型の金型など加工周長が長く、数十時間を超えるような水WEDMにおいては、上記の放電加工向けの対策を行っても腐食を免れることはできない。素材表面に形成された軽度の腐食(浅い腐食)であればラップなどの後工程で除去できる。しかし、Cr添加した放電加工向け超硬合金において長時間の水WEDMを行うと、素材内に深く進行した腐食(深い腐食)が生じる。この深い腐食は前述の後工程では除去に時間を要する。さらに後工程での除去量が増加することにより、金型の寸法精度が低下する問題がある。また深い腐食が残留すると、工具として使用した際に、短寿命となりやすい。
【0012】
以上のような背景から、長時間の加工を要する複雑形状又は大型寸法の金型に対して、荒加工から仕上げ加工まで水WEDMで行えるような超硬合金が必要である。
【0013】
しかし、特許文献1の実施例の試料は、加工液に浸漬した際に生じる腐食が減量されるような単純な耐食性は改善されるが、水WEDMの加工を長時間行った場合、例えば、長時間の水加工液を用いた放電加工を荒加工から仕上げ加工まで行った際に、深い腐食が生じる。
【0014】
特許文献2の実施例も同様に、加工液に浸漬した際に生じる腐食が減量されるような単純な耐食性は改善されるが、水WEDMの加工を長時間行う場合、例えば、長時間の水加工液を用いた放電加工を荒加工から仕上げ加工まで行う場合には深い腐食が生じる。
【0015】
特許文献3のWC基超硬合金は、EDM時のマイクロクラックを含む変質層を抑制するためWC粒子として微細粒子と粗大粒子を混在させているが、(1) 微細粒子及び粗大粒子のサイズが小さいこと、(2) 微細粒子の割合が多いことが原因で、水WEDMの加工を長時間行った場合、深い腐食が生じる。
【0016】
従って、本発明の目的は、素材表面に形成される軽度の腐食(浅い腐食)を防止しつつ、長時間の水加工液を用いた放電加工を荒加工から仕上げ加工まで行った際に、被加工材内に深く進行する深い腐食を生じないような超硬合金を提供することにある。
【0017】
本発明の別の目的は、かかる超硬合金からなり、耐摩耗性、耐チッピング性に優れた金型及び工具を提供することにある。
【0018】
本発明のさらに別の目的は、かかる超硬合金の加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、WC粒度、結合相量及びCrの添加量を制御することで、浅い腐食を防止しつつ、水加工液を用いた長時間のワイヤ放電加工で生じる深い腐食を抑制することができ、耐摩耗性、耐チッピング性に優れた金型を水WEDMにより得るのに好適な超硬合金が得られることを見出し、本発明に想到した。
【0020】
本発明の最も重要な点は、WC粒度、結合相量及びCrの添加量を、従来の放電加工特性の改善とは異なる方針で制御することにより、超硬合金の長時間の水WEDMで発生する深い腐食を抑制したことである。従来、超硬合金の耐食性の評価には加工液など腐食性の溶液に長時間浸漬した後の腐食減量や表面粗さの変化、電気化学的手法により測定した腐食抵抗値RCorrなどが用いられてきた。しかし、このような方法の評価において、超硬合金の耐食性はWC粒度が小さいほど、結合相量が少ないほど、Cr添加量が多いほど向上する。本発明において長時間の水WEDMで発生する深い腐食を抑制するためには、WC粒度が大きいほど、結合相量が多いほど、Cr添加量が少ないほど良いことが分かった。そのため、浅い腐食を防止するとともに、深い腐食の抑制も可能になるように、WC粒度、結合相量及びCr添加量を制御することが重要となる。また塩素を含む環境ではMoの添加によりさらに深い腐食を抑制できることが分かった。
【0021】
すなわち、本発明の一実施態様による超硬合金は、WCを主成分とする平均粒径Xμmの硬質相と、Coを主成分とする総量Y質量%の結合相とを有し、前記結合相の総量Yに対するCr3C2及びMo2Cの添加量がZ質量%(Cr3C2の添加量をZ1質量%とし、Mo2Cの添加量をZ2質量%としたとき、Z= Z1+5/9 Z2、Z1>0かつZ2≧0)であり、前記X,Y及びZは下記式(1),(2),(3),(4)及び(5):
X≦6 ・・・(1)
4≦Y≦20 ・・・(2)
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・(3)
Z≦10X-9 ・・・(4)
Z≦11 ・・・(5)
を満たすことを特徴とする。
【0022】
本発明の超硬合金において、前記硬質相の平均粒径Xは下記式(6):
3<X ・・・(6)
を満たすのが好ましく、
下記式(7):
X<6 ・・・(7)
を満たすのがより好ましい。
【0023】
本発明の超硬合金において、前記結合相の総量Yは下記式(8):
5<Y<20 ・・・(8)
を満たすのが好ましく、
前記硬質相の平均粒径Xと前記結合相の総量Yは下記式(9):
Y≦19-2X ・・・(9)
を満たすのがより好ましい。
【0024】
本発明の超硬合金において、前記結合相の総量Yに対するCr3C2及びMo2Cの添加量Zは下記式(10):
0.3≦Z≦11 ・・・(10)
を満たすのが好ましい。
【0025】
本発明の超硬合金において、前記結合相に占める割合30質量%以下のNiを含むのが好ましく、
前記結合相において、Coの添加量をY1質量%とし、Niの添加量をY2質量%としたとき、下記式(11):
0.2≦Y2/(Y1+Y2)≦0.3 ・・・(11)
を満たすのが好ましい。
【0026】
本発明の超硬合金において、Cr3C2の添加量Z1とMo2Cの添加量Z2は下記式(12):
0<5/9 Z2/(Z1+5/9 Z2)<0.8 ・・・(12)
を満たすのが好ましい。
【0027】
本発明の超硬合金において、抗折力が2000 MPa以上であり、下記に示すワイヤ放電加工試験条件にてワイヤ放電加工試験を行った後の抗折力の低下率が35%未満であるのが好ましい。
ワイヤ放電加工試験条件
加工液:脱イオン水
ワイヤ材料:黄銅
ワイヤ径:0.3 mm
カット数:11回
加工時間:22時間
加工周長:400 mm
【0028】
本発明の一実施態様による金型は、上述の超硬合金からなることを特徴とする。
【0029】
本発明の金型は、上述の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなるのが好ましい。
【0030】
本発明の一実施態様による工具は、上述の超硬合金からなることを特徴とする。
【0031】
本発明の工具は、上述の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなるのが好ましい。
【0032】
本発明の一実施態様による超硬合金の加工方法は、上述の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、WC粒度、結合相量及び添加元素の量を制御することにより、浅い腐食を防止しつつ、水加工液を用いた長時間の放電加工で生じていた深い腐食を抑制することができ、複雑で大型の放電加工を要する金型に好適な超硬合金が得られる。本発明の超硬合金を用いて水WEDMにより製造された金型は、浅い腐食に加えて深い腐食も防止しつつ、かつ耐摩耗性、耐チッピング性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】硬質相の平均粒径X、結合相の総量Y及びCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zの関係を示すグラフである。
【
図2】クラックを有するCrを含まない比較品2及びCrを含む比較品6を水加工液(脱イオン水)に浸漬して生じた腐食の断面状態を示す光学顕微鏡写真である。
【
図3】硬質相の平均粒径X、結合相の総量Y及び結合相に対するCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zとの関係における発明品及び比較品の凡その位置を示すグラフである。
【
図4】発明品8及び10、及び比較品2,5,6及び9の長時間の水WEDM試験後の試料の腐食状態を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
[1] 超硬合金
本発明の一実施態様による超硬合金は、WCを主成分とする平均粒径Xμmの硬質相と、Coを主成分とする総量Y質量%の結合相とを有し、前記結合相の総量Yに対するCr
3C
2及びMo
2Cの添加量がZ質量%(Cr
3C
2の添加量をZ
1質量%とし、Mo
2Cの添加量をZ
2質量%としたとき、Z= Z
1+5/9 Z
2、Z
1>0かつZ
2≧0)であり、前記X,Y及びZは下記式(1),(2),(3),(4)及び(5):
X≦6 ・・・(1)
4≦Y≦20 ・・・(2)
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・(3)
Z≦10X-9 ・・・(4)
Z≦11 ・・・(5)
を満たすことを特徴とする。硬質相の平均粒径X、結合相の総量Y及びCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zの関係を
図1に示す。
【0036】
硬質相の平均粒径Xは6μm以下である。硬質相の平均粒径Xは、超硬合金の任意の断面の組織を基にしてフルマンの式により求められる。硬質相の平均粒径Xが6μm超であると、結合相の厚い部分の数が増加し、また硬度が低下し、耐摩耗性及び耐チッピング性が悪くなるとともに、抗折力が極めて低下し、素材表面に形成された浅い腐食(表面腐食)に加えて、素材内に深く進行した深い腐食(すき間腐食)も顕著になる。浅い腐食は、超硬合金を水加工液に浸漬した際に生じる浅い腐食である。一方、深い腐食は、水WEDMの加工を長時間行った場合に生じる腐食であり、水WEDMで発生したクラックに起因して、複数回ワイヤを走らせる長時間の加工中に、クラックがすき間となってすき間腐食が生じたことによって生成されるものと考えられる。硬質相の平均粒径Xは、浅い腐食の軽減、耐摩耗性及び耐チッピング性のさらなる向上の観点から、6μm未満であるのが好ましく、5.5μm未満であるのがより好ましく、4.5μm以下であるのがさらに好ましく、3.8μm以下であるのがさらに好ましく、3.5μm以下であるのがさらに好ましい。また硬質相の平均粒径Xは、浅い腐食の軽減と深い腐食の抑制の観点から、3μm超であるのが好ましい。
【0037】
硬質相には主成分であるWC相(WC粒子)に加え、周期律表第4~6族の金属の炭化物、窒化物及び炭窒化物の少なくとも一種が固溶する相があっても良く、例えば(Ta,Nb)C,(W,Ti)C,(W,Cr,Ti)C,(W,Ti)CN,(W,Ti,Nb)C等が挙げられる。前記固溶相の平均粒径は0.5~2μmが好ましい。前記固溶相は前記硬質相の10質量%以下であるのが好ましい。
【0038】
結合相の総量Yは4質量%以上20質量%以下の範囲内に含まれる。ここで、結合相の総量Yは、結合相における結合相成分として添加した成分の総和を意味し、それ以外の成分として添加した後に固溶している成分は結合相の総量Yには含めない。結合相の総量Yが4質量%未満であると、焼結性が悪化するとともに、超硬合金の硬さが高くなりすぎ、抗折力が極めて低下し、深い腐食が生じやすくなる。また結合相の総量Yが20質量%超であると、工具として用いたとき耐摩耗性に劣る。結合相の総量Yは5質量%超であるのが好ましく、20質量%未満であるのが好ましい。
【0039】
結合相は主成分であるCoに加え、結合相の総量に対してNiが30質量%含まれても良く、20質量%であればさらに特性を低下させずに長所を引き出すことができる。結合相において、Coの添加量をY1質量%とし、Niの添加量をY2質量%としたとき、下記式(6):
0.2≦Y2/(Y1+Y2)≦0.3 ・・・(6)
を満たすのが好ましい。またFe,Al,Cu等の結合相として用いうる成分を含んでも良い。これらの成分が上述の結合相成分として添加した成分に該当する。また超硬合金の結合相には硬質相を構成する金属元素が固溶しうる。上述のようにCo以外の成分が結合相成分として含まれている場合、結合相の総量に対してCoは70質量%以上含まれているのが好ましく、80質量%以上含まれているのがより好ましい。
【0040】
本発明の超硬合金では、Cr3C2が必須要素として添加しており、その添加量Z1は0質量%超11質量%以下である。Cr3C2を添加すると、焼結時におけるWCの粒成長が抑制されるとともに、耐食性が向上する。Cr3C2の添加量Z1が11質量%超であると、第3相の複合炭化物を析出しやすくなり、また水WEDM後の抗折力の低下率が増大し、深い腐食が生じやすくなる。Cr3C2の添加量Z1は0.3質量%以上であるのが好ましく、0.7質量%以上であるのがより好ましく、1質量%以上であるのがさらに好ましく、2質量%以上であるのがさらに好ましい。
【0041】
Cr3C2に加えて、Mo2Cをさらに添加しても良い。Mo2Cは耐食性の改善効果の点でCr3C2よりも劣るが、特に塩素又は塩素系化合物に曝される環境下におかれる場合で優れた耐食性改善効果を示す。Cr3C2の添加量をZ1質量%とし、Mo2Cの添加量をZ2質量%としたとき、Cr3C2及びMo2Cの添加量Z= Z1+5/9 Z2は0質量%超11質量%以下である。Cr3C2及びMo2Cの添加量Zが11質量%超であると、第3相の複合炭化物が析出しやすくなり、また水WEDM後の抗折力の低下率が増大し、深い腐食が生じやすくなる。Cr3C2及びMo2Cの添加量Zは0.3質量%以上であるのが好ましく、0.7質量%以上であるのがより好ましく、1質量%以上であるのがさらに好ましく、2質量%以上であるのがさらに好ましい。
【0042】
Cr3C2の添加量Z1とMo2Cの添加量Z2は下記式(7):
0<5/9 Z2/(Z1+5/9 Z2)<0.8 ・・・(7)
を満たすのが好ましい。5/9 Z2/(Z1+5/9 Z2)が0.8未満であると、Cr3C2の耐食性改善効果が十分に発揮されつつ、塩素又は塩素系化合物に曝される環境下においても長寿命の超硬合金が得られる。Cr3C2の添加量Z1とMo2Cの添加量Z2は、5/9 Z2/(Z1+5/9 Z2)<0.7を満たすのがより好ましい。
【0043】
結合相の総量に対して5質量%以下のVCさらに添加しても良い。Cr3C2、VC及びMo2Cは、一部又は全部に等量の金属元素を含むCr、V及びMoの金属粉末や、等量の金属元素を含む他の化合物を用いて添加しても良く、その場合は炭化物に換算して添加量を求める。
【0044】
結合相の相量Yが6≦Y≦20であるとき、硬質相の平均粒径XとCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zは下記式(4):
Z≦10X-9 ・・・(4)
を満たす。Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが増加するほど、硬質相の平均粒径Xを大きくすることにより、水WEDM後の抗折力の低下率を小さくことができ、また深い腐食の発生を抑えることができる。一般的に超硬合金に含まれるCr(Moを含む場合はCr及びMo)が多いほど耐食性が向上するとされるが、上記のような深い腐食に対してはCr添加の効果は十分でないことが本発明者らの研究にて判明した。後述のCrを含まない合金(比較品2)及びCr含有合金(比較品6)に、機械的にクラックを導入した後、水加工液(脱イオン水)に24時間浸漬して生じた腐食部の断面状態を
図2の光学顕微鏡写真に示す。
図2に示すように、比較品6はCrを含有することで比較品2と比べて表面の腐食を完全に抑制していたが、内部ではすき間腐食が発生していた。この知見に基づき発明者らは、
図1の面1に示すように、Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが結合相の総量Yに対して0質量%超11質量%以下の範囲において、Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが0質量%超のときに硬質相の平均粒径Xを0.9μm超とし、硬質相の平均粒径XをZ=10X-9の関係を満たすX以上にすることにより、浅い腐食を防止するとともに、深い腐食を抑制することができることを発見した。Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが10X-9超であると、水WEDM後の抗折力の低下率が著しく増大し、また深い腐食が生じやすくなる。硬質相の平均粒径XとCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zは下記式(8):
Z≦10X-13 ・・・(8)
を満たすのが好ましく、下記式(9):
Z≦10X-16 ・・・(9)
を満たすのがより好ましい。
【0045】
結合相の相量Yが4≦Y≦6であるとき、硬質相の平均粒径X、結合相の総量Y及びCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zは下記式(3):
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・(3)
を満たす。Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが増加するほど硬質相の平均粒径Xを大きくすることに加えて、特に結合相の総量Yが小さい場合、深い腐食の発生を抑えるためには、結合相の総量Yを小さくするほど平均粒径Xをさらに大きくする必要がある。この知見に基づき発明者らは、
図1の面2に示すように、結合相の総量Yが4質量%以上6質量%以下の範囲において、結合相の総量Yが6質量%でCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが0質量%超のときに硬質相の平均粒径Xを0.9μm超とし、硬質相の平均粒径XをZ=10X+5Y-39の関係を満たすX以上にすることにより、浅い腐食を防止するとともに、深い腐食を抑制することができることを発見した。Cr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zが10X+5Y-39超であると、水WEDM後の抗折力の低下率が増大し、また深い腐食が生じやすくなる。平均粒径Xは1.8μm以上であるのがより好ましく、1.9μm以上であるのがさらに好ましい。
【0046】
平均粒径Xが4.5μm以下のとき、硬質相の平均粒径Xと結合相の総量Yは下記式(10):
Y≦19-2X ・・・(10)
を満たすのが好ましい。結合相の総量Yが19-2X以下であると、浅い腐食を防止し、深い腐食の発生を抑えるとともに、高い耐チッピング性を有しながら耐摩耗性を向上させることができる。平均粒径Xが3.5μm以下のとき、硬質相の平均粒径Xと結合相の総量Yは下記式(11):
Y≦17-2X ・・・(11)
を満たすのがより好ましい。
【0047】
本発明の超硬合金の抗折力は2000 MPa以上であるのが好ましい。抗折力はJIS R 1601に基づいて3点曲げ試験により求める。抗折力が2000 MPa未満であると折損及びチッピングが生じやすくなる。超硬合金の抗折力は2700 MPa以上であるのがより好ましい。
【0048】
本発明の超硬合金は、下記に示すワイヤ放電加工試験条件にてワイヤ放電加工(水WEDM)試験を行った後の抗折力の低下率が35%未満であるのが好ましい。
加工液:脱イオン水
ワイヤ材料:黄銅
ワイヤ径:0.3 mm
カット数:11回
加工時間:22時間
加工周長:400 mm
抗折力の低下率が35%未満であると、水WEDMにより生じるクラックが短く、深い腐食の発生を抑えられる。抗折力の低下率は33%以下であるのがより好ましく、30%以下であるのがさらに好ましい。
【0049】
本発明の超硬合金のビッカース硬さは1150~1600 HVであるのが好ましい。ビッカース硬さが1150 HV未満であると耐摩耗性が不十分であり、ビッカース硬さが1600 HV超であると、チッピングしやすくなる。超硬合金のビッカース硬さは1250~1500 HVであるのがより好ましい。
【0050】
本発明の超硬合金の靭性を示す破壊靭性KICは16 MPa・m1/2以上であるのが好ましい。破壊靭性KICはJIS R 1607に基づいてビッカース圧痕隅に生じる亀裂長から算出する。破壊靭性KICが16 MPa・m1/2未満であるとチッピングしやすくなる。破壊靭性KICは18 MPa・m1/2以上であるのがより好ましい。
【0051】
超硬合金の製造方法の一例を以下説明する。原料粉末をボールミル等で湿式混合した後、乾燥し、超硬合金の素材となる成形用粉末を調製する。成形用粉末を、金型成形、冷間静水圧成形(CIP)等の方法で成形する。得られた成形体を液相出現温度以上の温度で真空中又は不活性雰囲気中で焼結する。成形体の液相化開始温度は、焼結の昇温過程で液相化が開始する温度であり、示差熱分析装置を用いて測定する。焼結温度の上限は液相出現温度+100℃であるのが好ましい。得られた焼結体に対して、さらにHIP処理を行っても良い。
【0052】
本発明の超硬合金は、上述したように水WEDMに好適に用いることができるが、水WEDM以外の放電加工(加工液に油を用いたWEDM加工や型彫り放電加工)に用いても、加工後の抗折力の低下率が小さく、腐食やクラックの発生を抑えつつ、高い耐チッピング性及び耐摩耗性を有する被加工材が得られるという効果を発揮し得る。このような被加工材は金型に限らず、放電加工により精密形状を付与するような工具であれば適用でき、ダイス、切削工具、耐摩耗工具、シャーナイフ、各種機械部品等でも良い。また放電加工を施さない部材であっても、深い腐食が生じにくい特性を生かし、すき間腐食が問題となるような部材に用いても良い。
【0053】
[2] 超硬合金の加工方法
上述の超硬合金を加工する本発明の方法は、水加工液を用いたワイヤ放電加工(水WEDM)を施すことを特徴とする。加工液は脱イオン水を用いるのが望ましい。ワイヤ放電加工に用いる装置は、特に限定されず、水加工液を用いたワイヤ放電加工に用いられる一般的な装置であれば適用可能である。本発明の超硬合金の加工方法は、特に、長時間の加工を要する複雑形状又は大型寸法の金型を製造するのに好適に用いられ、長時間の水加工液を用いた放電加工を荒加工から仕上げ加工まで行うのに有用である。
【0054】
[3] 金型
本発明の金型は、上述の超硬合金からなることを特徴とし、特に、上述の超硬合金の少なくとも一部に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなるのが好ましい。本発明の金型としては、複雑な形状や、大型の成形用金型であるのが望ましい。上述の超硬合金に水加工液を用いたワイヤ放電加工を施してなることにより、そのような複雑な形状や、大型の金型であっても、浅い腐食を防止しつつ、深い腐食の発生も抑えられ、かつ耐摩耗性、耐チッピング性に優れた金型が得られる。
【実施例】
【0055】
本発明を発明品によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0056】
実施例1
原料粉末として、粒径の異なるWC粉末、Co粉末(1.4μm)、Ni粉末(2.4μm)、Cr3C2粉末(2.4μm)及びMo2C粉末(3.6μm)を用いた。WC粉末の平均粒径を表1に示す。粉末の平均粒径はFSSS法にて測定した。これらの粉末を用い、表1に示す組成に粉末を配合して湿式混合し、乾燥して混合粉末を得た。この混合粉末を加圧成形した後、1400℃の真空焼結及び1400℃のHIPを行って超硬合金を作製した。
【0057】
【0058】
発明品1~15及び比較品1~11の超硬合金の硬質相(合金中のWC粒子)の平均粒径をフルマンの式により求めた。得られた結果を表2に示す。硬質相の平均粒径X、結合相の総量Y及び結合相に対するCr
3C
2及びMo
2Cの添加量Zとの関係における発明品及び比較品の凡その位置を
図3に示す。
【0059】
【0060】
発明品1~15及び比較品1~11の超硬合金のビッカース硬さ、抗折力及び破壊靭性KICを求めた。ビッカース硬さはビッカース硬度計HV30を用いて計測し、抗折力は水WEDM前の#140平面研削仕上げ面を張力面とし、JISR 1601に基づいて3点曲げ試験により測定し、破壊靭性KICはJIS R 1607に基づいてビッカース圧痕隅に生じる亀裂長から算出した。得られた結果を表3に示す。
【0061】
比較品1の超硬合金は、結合相量が2質量%と非常に少ないため、焼結及びHIPにおいて十分に緻密化せずポアが発生し、通常の抗折力が1320 MPaと著しく低下し、金型としては使用できなかった。比較品8の超硬合金は、合金WC粒子の平均粒径が非常に大きく抗折力が1720 MPaと極めて低く金型としては使用できなかった。比較品11の超硬合金は、結合相量に対するCr3C2の添加量が約14質量%と非常に多いため、Cr炭化物が析出し、金型としては使用できなかった。
【0062】
実施例2
発明品1~15、及び比較品2~7,9及び10の超硬合金に対して水WEDM試験を行った。水WEDM試験は加工液を脱イオン水とした水切りワイヤ放電加工(黄銅性ワイヤ、ワイヤ径0.3 mm、カット数11回、加工時間22時間)により行い、水WEDM後の抗折力、腐食の種類及び量を調べた。水WEDM後の抗折力は水WEDM面を張力面とし、JISR 1601に基づいて3点曲げ試験により測定した。水WEDM試験後の試料の光学顕微鏡観察を行い、浅い腐食のみであれば〇とし、深い腐食が少量含まれていれば△とし、深い腐食が多く含まれていれば×とした。腐食の量は、既存の金型材料に近い材料の一つである比較品5の腐食量と比べて、その種類にかかわらず、少なければ〇とし、同等であれば△とし、大きれば×とした。得られた結果を表3に示す。また発明品8及び10、及び比較品2,5,6及び9の長時間の水WEDM試験後の試料の腐食状態を示す光学顕微鏡写真(倍率:100倍)を
図4に示す。
【0063】
【0064】
図4に示すように、発明品8及び10は深い腐食が発生しておらず、浅い腐食はほとんど見られなかった。比較品2は浅い腐食が発生しており、少量ではあるが深い腐食も見られた。比較品5,6及び9はいずれも多量の深い腐食が発生しており、比較品6及び9は特に深い腐食が目立った。
【0065】
実施例3
発明品1~15、及び比較品2~7,9,10の超硬合金の金型材料としての実用試験評価を行った。発明品1,2,5,8,10,14,15及び比較品5~7,9の超硬合金を用いて29時間の水WEDMにより金型を作製し、鋼板の打ち抜き試験を行った。発明品3,11及び比較品2,6の超硬合金を用いて29時間の水WEDMにより金型を作製し、アルミの異形引き抜き試験を行った。発明品4,12,13及び比較品3,10の超硬合金を用いて29時間の水WEDMにより金型を作製し、熱間鍛造試験を行った。発明品5~7及び比較品5の超硬合金を用いて29時間の水WEDMにより金型を作製し、塩素系極圧添加剤を含む加工油を用いて絞り加工試験を実施した。発明品9及び比較品4,10の超硬合金を用いて29時間の水WEDMにより金型を作製し、冷間鍛造試験を行った。長時間の水WEDM用工具として優れていれば○、実用が可能であれば△、実用不可能であれば×とした。得られた結果を表4に示す。
【0066】
【0067】
表1~4に示すように発明品1,2,5,14及び15の超硬合金は長時間の水WEDMで腐食量は比較品5と同等であったが、深い腐食は発生しておらず、打ち抜き試験において、金型として実用できることが確認された。発明品8及び10の超硬合金は長時間の水WEDMでも深い腐食は発生しておらず、浅い腐食を含めた腐食量が少なく、打ち抜き試験では優れた耐摩耗性を示した。比較品5~7及び9の超硬合金は深い腐食が発生しており、打ち抜き試験において実用には至らなかった。
【0068】
発明品3及び11の超硬合金は長時間の水WEDMでも深い腐食が発生せず浅い腐食量も少なく、引き抜き試験において優れた耐摩耗性を示した。比較品2の超硬合金は、深い腐食が少量生じており、さらに浅い腐食量が多いため、引き抜き試験において金型の割れを生じた。比較品6の超硬合金は、深い腐食が発生しており、引き抜き試験において金型の割れを生じた。
【0069】
発明品4の超硬合金は長時間の水WEDM後の腐食量は比較品5と同等であったが、深い腐食は発生しておらず、熱間鍛造試験では腐食起因の肌荒れ、摩耗が見られたが実用できることが確認された。発明品12の超硬合金は発明品4と比べて腐食量が少なく、さらにCr3C2の添加量が多いため耐酸化性や肌荒れ性も改善されており、優れた耐摩耗性を示した。発明品13は発明品12と比べてNiが結合相に含まれており、さらに耐酸化性、肌荒れが改善された。比較品3及び10の超硬合金は、深い腐食が少量生じており、さらに浅い腐食量が多いため、そこから破損に至った。
【0070】
発明品5の超硬合金は、金型作製の際の長時間水WEDM後の腐食量は比較品5と同等で深い腐食は発生していなかったが、完成品には、作製最終工程での水WEDM仕上げ加工による微細なクラックが一部に残留しており、絞り加工試験の際に加工油に含まれる塩素成分の影響で腐食が生じ、そこから摩耗したため、他の発明品と比べてやや短寿命となった。発明品6の超硬合金は長時間の水WEDMで腐食量は発明品5及び比較品5と同等であったが、深い腐食は発生しておらず、さらに塩素存在下における使用においても腐食が抑制されており、発明品5と比べても絞り金型として実用できることが確認された。発明品7の超硬合金は長時間の水WEDMでも深い腐食は発生しておらず、浅い腐食を含めた腐食量が少なく、塩素存在下でも絞り金型の実用において優れた寿命を示した。比較品5の超硬合金は深い腐食が発生しており、塩素存在下での使用ではさらにその腐食が進行し摩耗したため短寿命となった。
【0071】
発明品9の超硬合金は長時間の水WEDM後の腐食量は比較品5と同等であったが、深い腐食は発生しておらず、冷間鍛造試験において優れた耐摩耗性を示した。比較品4及び10の超硬合金は、深い腐食が少量生じており、さらに浅い腐食量が多く、WCの脱落摩耗が生じて短寿命となった。
【0072】
以上の通り、本発明によれば、水WEDM前後の抗折力に優れ、長時間の水WEDMを行っても深い腐食を発生しない実用的な耐食性を備えた超硬合金が得られることが分かった。
【要約】
WCを主成分とする平均粒径Xμmの硬質相と、Coを主成分とする総量Y質量%の結合相とを有し、前記結合相の総量Yに対するCr3C2及びMo2Cの添加量がZ質量%(Cr3C2の添加量をZ1質量%とし、Mo2Cの添加量をZ2質量%としたとき、Z= Z1+5/9 Z2、Z1>0かつZ2≧0)であり、前記X,Y及びZは下記式(1),(2),(3),(4)及び(5):
X≦6 ・・・(1)
4≦Y≦20 ・・・(2)
0<Z≦10X+5Y-39 ・・・(3)
Z≦10X-9 ・・・(4)
Z≦11 ・・・(5)
を満たす超硬合金。