(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-20
(45)【発行日】2024-08-28
(54)【発明の名称】対立遺伝子の区分性を高めるPCR方法及びPCRキット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20240821BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALI20240821BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
C12Q1/6876 Z
(21)【出願番号】P 2022560843
(86)(22)【出願日】2020-12-11
(86)【国際出願番号】 KR2020018147
(87)【国際公開番号】W WO2021118288
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】10-2019-0164776
(32)【優先日】2019-12-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】510020538
【氏名又は名称】ジェノテック コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】110003579
【氏名又は名称】弁理士法人山崎国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100173978
【氏名又は名称】朴 志恩
(74)【代理人】
【識別番号】100118647
【氏名又は名称】赤松 利昭
(74)【代理人】
【識別番号】100123892
【氏名又は名称】内藤 忠雄
(74)【代理人】
【識別番号】100169993
【氏名又は名称】今井 千裕
(72)【発明者】
【氏名】キム、ジェ ジョン
(72)【発明者】
【氏名】リム、シ-キュ
(72)【発明者】
【氏名】パク、イン キュン
(72)【発明者】
【氏名】キュン、アヨン
(72)【発明者】
【氏名】イ、ボ ミ
(72)【発明者】
【氏名】リュ、ジョンヒュン
(72)【発明者】
【氏名】チャ、スン ホ
(72)【発明者】
【氏名】ペク、スンウ
【審査官】松村 真里
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-504018(JP,A)
【文献】特表2014-501497(JP,A)
【文献】特開2013-063070(JP,A)
【文献】BioTechniques,2000年,Vol.28, No.2,p.278-282
【文献】Scientific Reports,2021年,Vol.11,Article number: 19098
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(イ)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む一つ以上の鋳型に対する正方向プライマー及び逆方向プライマー;
(ロ)前記鋳型に結合する前記正方向プライマー及び逆方向プライマーからDNAを重合するDNA重合酵素;及び
(ハ)前記鋳型、正方向プライマー及び逆方向プライマーと相補的でなく、前記DNA重合酵素と可逆的な結合が可能であり、部分的に又は全体的に二本鎖を形成する区分性増進オリゴヌクレオチド;を含み、
前記正方向プライマーは、3'末端の第1の塩基が標的DNA配列の潜在的な突然変異位置に対応し、
前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、Tm値がPCR反応のアニーリング温度以上であり、
前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、前記正方向プライマー3'末端の第1の塩基が鋳型と相補的であるとき、PCR増幅が進行し、前記正方向プライマー3'末端の第1の塩基が鋳型と非相補的であるとき、増幅が抑制される、対立遺伝子間の区分性を高めるデオキシリボオリゴヌクレオチドであり、
前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、
(i)DNA二本鎖、
(ii)部分的に又は全体的に二本鎖オリゴヌクレオチドを形成可能な部分的に又は全体的に相補的なデオキシリボオリゴヌクレオチド一本鎖、及び
(iii)部分的に又は完全にヘアピン二本鎖を形成可能なデオキシリボオリゴヌクレオチド
から選ばれる一つ以上である、標的DNA配列の突然変異検出用PCRキット。
【請求項2】
(二)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む一つ以上の鋳型をさらに含む、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項3】
前記正方向プライマーは、AS(allele specific)プライマー又はARMS(amplification refractory mutation system)プライマーである、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項4】
前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、任意の配列である、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項5】
前記標的DNA配列の突然変異は、一塩基多型である、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項6】
前記DNA重合酵素は、耐熱性DNA重合酵素である、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項7】
前記DNA重合酵素は、野生型又は変異型DNA重合酵素である、請求項
6に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項8】
前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、10塩基以上100塩基以下であるか、または15塩基以上50塩基以下である、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項9】
蛍光共鳴エネルギー転移が可能な、レポーターとクエンチャーで修飾されたプローブをさらに含む、請求項1に記載の突然変異検出用PCRキット。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の突然変異検出用PCRキットを用いて遺伝子突然変異を検出する方法であって、
イ)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む鋳型、前記鋳型に結合する正方向プライマー及び逆方向プライマー、前記正方向プライマーと逆方向プライマーからDNAを重合するDNA重合酵素、及び前記鋳型、正方向プライマー及び逆方向プライマーと相補的でなく、前記DNA重合酵素と可逆的な結合が可能であり、部分的に又は全体的に二本鎖を形成する区分性増進オリゴヌクレオチドを提供する段階;及び
ロ)前記区分性増進オリゴヌクレオチドの存在下に前記DNA重合酵素を用いて重合酵素連鎖反応を行う段階;及び
ハ)前記ロ)の反応から増幅曲線を得る段階
を含み、対立遺伝子間の区別性を高めたことを特徴とする、遺伝子突然変異を検出する方法。
【請求項11】
二)前記ハ)から得た増幅曲線から、前記標的DNA配列が突然変異を含むか否かを判別する段階:をさらに含む、請求項10に記載の遺伝子突然変異を検出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一塩基多型(single nucleotide polymorphism)又は体細胞突然変異(somatic mutation)のようなマイナー対立遺伝子を検出するために多く用いられる重合酵素連鎖反応(DNA polymerase chain reaction,PCR)の特異度及び敏感度を高めた対立遺伝子検出方法に関する。より詳細には、本発明は、部分的に又は全体的に二本鎖を形成する区分性増進オリゴヌクレオチド(discrimination boosting oligonucleotide;以下、本発明の説明及び図面において“dbOligo”とも表記する。)を、対立遺伝子を選別的に増幅しようとするPCR溶液に添加することによって、プライマー3’末端の塩基が鋳型と相補的(3’-matched)である時にはPCR増幅への影響がわずかである或いはないが、非相補的(3’-mismatched)である時にはPCR増幅が強く抑制される、PCRベースの単一塩基変異遺伝子型分析(SNP genotyping)及び/又は体細胞突然変異検出(somatic mutation detection)技術に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝病と癌などの疾患に関与する遺伝的変異、すなわち、一塩基多型、付加-欠失などの遺伝的変異を確認することは、治療の予測、治療方法の決定、治療予後及び再発の観察などにおいて非常に重要である。また、このような遺伝的変異の確認又は区別は、農・食品分野において種の育種及び選別、原産地及び品種の判別などにおいて非常に有用である。
【0003】
遺伝的変異は、生命体に生まれつき存在する或いは成長過程中に環境的な又は内生的な原因により発生し得る。人体などの遺伝的変異形態のうち最も一般的なものは一塩基多型(single nucleotide polymorphism,SNP)である。以下、発明の説明において、様々な遺伝的変異の代表としてSNPを取り上げる。
【0004】
人を含む生命体が持つSNPの判別に用いられる技術方法のうち最も普遍的で経済的で簡便な方法は、重合酵素を活用した遺伝子増幅技術、すなわち、PCR(polymerase chain reaction)技術であり、特に、PCR過程において実時間でその変異量を測定できる技術が定量的実時間PCR(quantitative real time PCR;qPCR又は実時間PCR)である。
【0005】
核酸の定量的な定性及び定量的な検出手法である実時間PCRは、保健、農業、食品、環境などの様々な分野で応用されている。1990年の初めに開発された実時間PCRは、技術的限界点を引き続き改善し、より正確で精密な手法へと発展してきている。
【0006】
特に、実時間PCRを用いた遺伝子判別キットの開発において非特異的信号の発生、そして突然変異と野生型遺伝子配列の低い区分性は、実時間PCRの最も代表的な技術的限界とされる。
【0007】
特に、癌、感染源である病原体検出などの診断技術としての実時間PCR技術の開発には非特異的信号の制御が必須である。非特異的信号によって偽陽性が現れると、検査の信頼度が低下し、特に、極少量の検出が必要な非侵襲性液体生検(liquid biopsy)のような診断技術では、少量の標的変異を正確に診断するために、PCR効率性の増大及び特異性(specificity)を高める技術が非常に必要である。PCRの効率性と特異性を高めるためにPCR溶液に添加する組成物を開発する、特別なプローブ(probes)又はプライマー(primers)を考案する、或いは酵素を改良する、方法が摸索されてきた。
【0008】
PCRの効率性及び特異性を高めるための方法を例示すれば、下記の通りである。
【0009】
イ.PCR溶液添加組成物
【0010】
PCR溶液に添加する組成物としては、主に、PCRの反応性を高めるか、プライマーダイマー(primer dimers)の生成、又は使用するプライマーが非特異的標的に結合して生成される非特異的PCR産物の生成、又は高いGC比率及び特異高次構造形成などによるPCR効率の減少を解消する用途の添加組成物が研究されてきた。このような組成物にはDMSO(dimethylsulfoxide)、ベタイン(betaine)などがある。そして、別名“HotStart PCR”のために、低い温度で進行する反応を遮断し、高温でPCRが進行するようにして非特異的増幅を防ぐ方法が多数報告された。
【0011】
そのうち“HotStart PCR”方法としては、DNA重合酵素(DNA polymerase,DNAP)特異的単一クローン抗体を添加する方法{Biotechniques(1994) 16(6):1134-1137}、DNA重合酵素の活性を抑制する一本鎖オリゴヌクレオチドである別名“アプタマー(aptamer)”を添加する方法{US/005693502A(1997);J.Mol.Biol.271:100-111(1997);Nucleic Acids Research Supplement No.3:309-310(2003)}、又はDNA重合酵素と低い温度で結合能力を有し、DNA重合酵素の活性を抑制するが、特定温度以上のPCR条件では二重螺旋を形成しないためDNA重合酵素活性を抑制しない二本鎖ヌクレオチドを用いて非特異的DNA合成を抑制する方法{J.Mol Biol.264(2):268-278(1996);US8,043,816 B2(2011)}が知られている。
【0012】
ロ.酵素の改良
【0013】
非特異的な信号を抑制する又は対立遺伝子の区分性を高めるPCRに容易に使用するためのDNA重合酵素開発も多数なされている。PCR技術には耐熱性DNA重合酵素を使用するのが一般である。DNA重合酵素は、7つの以上の群(family)に区分されるが、PCR技術に用いられる耐熱性重合酵素は、A群に属するTaq DNA重合酵素をはじめとする耐熱性細菌由来酵素群と、B群に属するPfu DNA重合酵素をはじめとする高細菌由来酵素群から主に選択される。
【0014】
そのうち、Taq DNA重合酵素の属する群には、5’→3’ヌクレアーゼ(エキソヌクレアーゼ及びエンドヌクレアーゼの両方の活性を有する。フラップエンドヌクレアーゼ又はFEN1ともいう。)活性が存在するのが一般であり、この活性は、加水分解プローブ(TaqMan probe)の分解を用いた特異信号(specific signal)の放出に非常に重要である。Taq DNA重合酵素は、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性がないので、3’最終末端が鋳型DNAと非相補的であるプライマーを使用するPCRに非常に適する。3’末端が非相補的であるAS(allele specific)プライマー又はARMS(amplification refractory mutation system)プライマーの場合、プライマー3’塩基(base)のマッチ又はミスマッチによって突然変異と野生型又は両対立遺伝子の増幅効率が決定され、比較的良好な臨床的結果を導出する。しかしながら、多くの場合、3’がミスマッチしたプライマーにおいても一部増幅がなされるため、多数の野生型に混入した突然変異検出のための高感度診断においてしはしば判別誤りの原因となる。
【0015】
したがって、酵素の3’末端マッチとミスマッチの区分は、SNP又は突然変異判別の特異度を高める上で非常に重要である。これにより、対立形質特異プライマーの3’末端配列の一致と不一致を区別する能力が増大した重合酵素が報告された{PLos One.9(5):e96640(2014);KR 10-2017-0088373(2017);US 0034879A1(2013);WO 082449A2(2015);US 9267120B2(2016)}。
【0016】
ハ.特別なプローブとプライマーを使用する方法
【0017】
特別なプローブとプライマーは、増幅された標的産物を特異的に検出するためのものであり、特異度の高いプローブを使用する方法が開発された。SYBR green I又はSYTO9のようなDNA結合蛍光体を実時間PCRに使用すると、増幅された産物全体が検出されるため、非特異的信号がしばしば発生する問題点がある。このような問題を解決するために、標的配列特異的プローブ(target sequence specific probes)が開発された。開発されたプローブは、種類によってTaqManプローブ(dual labelled signaling hydrolysis probe){P Natl Acad Sci USA 88,7276-280(1991)}と分子ビーコン(molecular beacons){Methods.25,463-71(2001)}、スコルピオンプローブ(scorpion probes){Nat Biotechnol.17,804-07(1999)}、LUX(light upon extension)プライマー{Nucleic acids research.30,e137(2002)}、アンプリフルオルプライマー(Amplifluor primers){BioTechniques.26,552-58(1999)}などがある。
【0018】
また、標的変異遺伝子を選択的に増幅するための特異度が高いプライマー又は特殊オリゴヌクレオチドブロッカー(oligonucleotides blocker)を使用する方法などが開発された。
【0019】
特異度の高いプライマーを使用する方法には、3’末端一つの塩基差によって区分されるAS-PCR(allele specific PCR)をはじめとし、3’末端に一つの変異配列の他に追加の人為的な変異配列を添加するARMS-PCR(amplification refractory mutation system PCR)のような方法{Mol Cell Probes.18.349-352(2004);Nucleic Acids Res17.2503-2516(1989);Nat Biotechnol.17.804-807(1999);Cytokine 71,278-282(2015)}があり、最近では、アニーリングの安全性を高めながらもミスマッチ区別を維持するように2つの部分に分離されたプライマーを使用する方法であるSeegene社のDPO(dual-priming oligonucleotide){J.Am.Chem.Soc.126,4550-4556(2004);Biomol.Detect.Quantif.13-7(2014);J.Clin.Microbiol.49.3154-3162(2011)}とSwift BiosciencesのmyTプライマー(http://www.swiftbiosci.com/technology/myt-primers)が開発された。
【0020】
【0021】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
1.日本特許公開公報第2011-41572号“核酸合成の感度及び特異性増大のための組成物及び方法”
【0023】
2.米国特許公報第8,043,816号“温度依存的核酸合成組成物及び方法”
【0024】
3.韓国特許公開公報第10-2013-0138700号“切断可能なオリゴヌクレオチド阻害剤によるDNAポリメラーゼの制御された阻害及び再活性化”
【0025】
【非特許文献】
【0026】
1.Kazunori Ikebukuro et al.,Nucleic Acid Research Supplement No.3 309-310 “Screening of DNA Aptamersinhibiting Taq DNA Polymerase using algorithm mimicking evolution”
【0027】
2.Yun Lin et al.,J.Mol.Biol.(1997)271,100-111 “Inhibition of Multiple Thermostable DNA Polymerases by a Heterodimeric Aptamer”
【0028】
3.Nick A.Rejali et al.,Clinical Chemistry 64:5000-000(2018) “The Effect of Single Mismatches on Primer Extension”
【0029】
4.Hao-Ching Wang et al.,Biochemistry 2014,53,2865-2874 “DNA Mimic Proteins:Functions,Structures,and Bioinformatic Analysis”
【0030】
5.BioTechniques 28:278-282(February 2000) “Specificity-Enhanced Hot-Start PCR:Addition of Double-Stranded DNA Fragments Adapted to the Annealing Temperature”
【0031】
【0032】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0033】
癌診断などのための臨床試料のうち、生体組織、血液、糞便、唾液などの検体内変異遺伝子の検出には極少量の変異DNAの他にも多数の野生型DNAが混入しているため、突然変異DNAを特異的に検出する方法は非常に難しい。多数の野生型に混入して1%以下の極微に存在する変異を検出できる特異度(specificity)を保障できる必要があり、臨床的適用のためには高い堅固性(robustness)を備えなければならない。特に、野生型配列に対する低い偽陽性及び突然変異配列に対する高い特異度を示す必要がある。このような理由で、癌診断などの高感度診断に適合するように、PCR効率性と特異性を高めるためにPCR溶液添加組成物を開発する、特別なプローブ及び/又はプライマーを考案する、或いは酵素を改良する、方法が摸索されてきた。
【0034】
DMSO、ベタインなどの増幅効率の増大のための試薬、DNA重合酵素抑制用単一クローン抗体、室温のような低い温度でDNA重合酵素活性を抑制するオリゴ核酸、別名アプタマーの添加は、しばしばDNA増幅効率を増大させ、非特異的PCR産物増幅又はプライマーダイマーの形成を抑制する。しかし、それらを添加すると、対立遺伝子の区分性を増大させ難い。
【0035】
対立遺伝子の変異配列による3’ミスマッチの有無によって対立遺伝子を区分できるようにASプライマー又はARMSプライマーを使用する場合に対立遺伝子の区分性が向上することから、それを多く採択している。一つの塩基がミスマッチするASプライマーを使用する場合、高いPCR効率に比べてしばしば対立遺伝子の区分性が低く、2つ以上の塩基がミスマッチしたARMSプライマーの場合、ASプライマーの使用に比べて対立遺伝子の区分性は良くなるが、PCR増幅効率が低くなるため、検出限界(LOD;limit of detection)が頻繁に低下する。
【0036】
また、3’ミスマッチとマッチの区分性を高めた突然変異DNA重合酵素を用いて突然変異配列の検出特異度を高めることができる。しかし、突然変異DNA重合酵素はしばしば酵素活性が低下し、これによって検出感度も低下する。
【0037】
したがって、効率的に対立遺伝子又は突然変異配列を検出及び診断するために、上記の短所を克服する技術、すなわち、PCR効率が低下しなく、DNA重合酵素の活性の減少が起きない上にも、使用するプライマー3’末端と鋳型DNAとのマッチとミスマッチの区分性を高める技術が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0038】
本発明の目的は、対立遺伝子に対してプライマーの3’ミスマッチ又はマッチによる区分性を増大させることにより、対立遺伝子又は突然変異のような配列検出の区分性及び/又は特異度を増大させることができるPCR緩衝液組成物又は該組成物を用いたPCR方法を提供することである。これを達成するために、本発明者らは、PCR緩衝液に二重螺旋を形成するオリゴヌクレオチド、すなわち、区分性増進オリゴヌクレオチド(discrimination boosting oligonucleotide;“dbOligo”)を含むPCR緩衝液及びこれを用いたPCR方法を提示しようとする。
【0039】
通常のAS-PCR又はARMS-PCRを行う際、プライマーの3’末端にミスマッチがあるにもかかわらずPCR反応が起きる。これは、PCR反応に使用されるDNA重合酵素の3’ミスマッチにもかかわらず、DNA重合酵素による次の段階のdNTP添加が起き、一応合成されたDNAは、その次のPCRサイクルからはプライマーとの不一致が解消してマッチするので、円滑な合成がなされ、ミスマッチの場合にもPCRがしばしば行われる。
【0040】
したがって、PCR反応初期に鋳型に対してプライマー3’末端の塩基がミスマッチした状況でPCR進行が抑制されてこそ、両遺伝子の区分が極大化し得る。3’ミスマッチにもかかわらずにPCRの進行が頻繁である理由は、効率的なPCRのために過量のDNA重合酵素(“DNAP”とも略す。)を初期に投入することによって反応の誤りが頻繁に起きることにある。初期の過量のDNAPの投入により、プライマー(“P”とも略す。)が3’ミスマッチする鋳型(“T2”ともいう。)と結合(hybridization)したDNA(すなわち、P/T2)及びDNAPの基質酵素複合体、すなわち[P/T2・DNAP]の濃度が高くなり、頻繁な3’ミスマッチPCR反応誤りが起きるであろう。初期酵素投入量を減らすことによって頻繁な[DNAP・P/T2]複合体形成を減らすことができるが、この場合には指数的に増加するPCR反応産物の効率的増幅が期待できない。また、汚染防止と自動化のために閉鎖環境(closed system)を維持しなければならないPCRの特性の上、反応進行過程中には持続してDNA重合酵素を注入することが非常に難しい。
【0041】
そこで、本発明者らは、PCR反応溶液内でDNA重合酵素を重合反応に適切に使用可能にする組成物を、PCR溶液、PCRキット又はPCR反応混合物に含める方法に着眼した。
【0042】
PCR溶液、PCRキット又はPCR反応混合物には、DNA重合酵素と可逆的な結合ができる組成物、好ましくは、核酸、タンパク質、その他有機化合物などを加えることができる。より好ましくは、PCR反応中にDNA重合酵素の活性を抑制しない物質が含まれてよい。DNA重合酵素と結合可能なタンパク質は、DNA構造と類似なタンパク質(DNA Mimic Proteins)(Biochemistry 53,2865-2874(2014))であってよく、DNA重合酵素と結合可能な核酸としては、二本鎖を形成するオリゴヌクレオチドを挙げることができ、より好ましくは、DNA重合酵素に結合し易い二本鎖DNAが適切である。
【0043】
これに着眼して本発明者らは、DNA重合酵素と特定温度、好ましくは、PCR反応段階において最も低い温度(アニーリング温度)よりも高いTm(melting temperature)を有する二本鎖オリゴヌクレオチド又は二本鎖オリゴヌクレオチド断片又は二本鎖を形成できるオリゴヌクレオチド、すなわち、区分性増進オリゴヌクレオチドをPCR溶液に含める方法で3’ミスマッチPCR時増幅を抑制し、これによって対立遺伝子又は突然変異遺伝子と正常遺伝子との区分性を高める方法を発明した。
【0044】
本発明は、
【0045】
(イ)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む一つ以上の鋳型に対する正方向プライマー及び逆方向プライマー;
【0046】
(ロ)前記鋳型に結合する前記正方向プライマー及び逆方向プライマーからDNAを重合するDNA重合酵素;及び
【0047】
(ハ)前記鋳型、正方向プライマー及び逆方向プライマーと相補的でなく、前記DNA重合酵素と可逆的な結合が可能であり、部分的に又は全体的に二本鎖を形成する1種又は2種以上の区分性増進オリゴヌクレオチド;を含む、標的DNA配列の突然変異検出用PCRキットに関する。
【0048】
また、本発明は、(ニ)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む一つ以上の鋳型をさらに含む、突然変異検出用PCRキットに関する。
【0049】
また、本発明は、前記正方向プライマー3’末端の最初の塩基が標的DNA配列の潜在的突然変異位置と対応する突然変異検出用PCRキットに関する。
【0050】
また、本発明は、前記正方向プライマーがAS(allele specific)プライマー又はARMS(amplification refractory mutation system)プライマーである突然変異検出用PCRキットに関する。
【0051】
また、本発明は、前記区分性増進オリゴヌクレオチド(dbOligo)がDNA二本鎖、RNA/DNAハイブリッド二本鎖、二本鎖オリゴヌクレオチド、又は部分的に又は全体的にDNA二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的にDNA/RNAハイブリッド二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的に二本鎖オリゴヌクレオチドを形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、及び部分的に又は完全にヘアピン二本鎖を形成できるオリゴヌクレオチドから選ばれる一つ以上であることを特徴とする突然変異検出用PCRキットに関する。前記区分性増進オリゴヌクレオチドは、PCR反応の際にPCR反応をほとんど阻害しない上に、SNP又は体細胞突然変異のような突然変異間の区分性を増進させる。前記区分性増進オリゴヌクレオチドにおいて部分的に又は全体的に二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖又は一本鎖は、自己相補的(self-complementary)一本鎖であってよく、又は2種以上の部分的又は全体的に相補的な配列を含むオリゴヌクレオチド一本鎖であってよい。
【0052】
また、本発明は、前記区分性増進オリゴヌクレオチドが任意の配列であることを特徴とする突然変異検出用PCRキットに関する。
【0053】
また、本発明は、標的DNA配列の突然変異が一塩基多型であることを特徴とする突然変異検出用PCRキットに関する。
【0054】
また、本発明は、前記DNA重合酵素が耐熱性DNA重合酵素である突然変異検出用PCRキットに関する。
【0055】
また、本発明は、前記DNA重合酵素が野生型又は変異型DNA重合酵素である突然変異検出用PCRキットに関する。
【0056】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドが10塩基以上100塩基以下、又は10塩基以上90塩基以下、又は10塩基以上80塩基以下、又は10塩基以上70塩基以下、又は10塩基以上60塩基以下、好ましくは、15塩基以上50塩基以下、又は15塩基以上40塩基以下、又は15塩基以上30塩基以下である突然変異検出用PCRキットに関する。オリゴヌクレオチドが10塩基未満であるか100塩基を超える場合には、対立遺伝子の区分性向上効果が大きくない。
【0057】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドのTm値がPCR反応のアニーリング温度と同一である又は高い突然変異検出用PCRキットに関する。区分性増進オリゴヌクレオチドのTm値がアニーリング温度よりも低い場合には、対立遺伝子の区分性向上効果が大きくない。
【0058】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドのTm値が50~85℃である突然変異検出用PCRキットに関する。オリゴヌクレオチドのTm値が50~85℃である場合、対立遺伝子の区分性向上効果に優れる。
【0059】
また、本発明は、前記鋳型に対するプローブとして、蛍光共鳴エネルギー転移が可能なプローブを加える方法、又はSYBR Green Iのような増幅核酸に結合する物質を添加する方法、又は一般の電気泳動によって増幅産物を確認する方法のいずれか一つを選ぶPCRキット又は方法に関する。
【0060】
また、本発明は、前記鋳型に対するプローブとして、蛍光共鳴エネルギー転移が可能なプローブ、例えば、蛍光共鳴エネルギー転移が可能な、レポーターとクエンチャーで修飾されたプローブをさらに含む突然変異検出用PCRキットに関する。
【0061】
また、本発明は、SYBR Green Iなどのように増幅産物に結合する物質をさらに含む突然変異検出用PCRキットに関する。
【0062】
また、本発明は、
【0063】
(イ)潜在的突然変異位置を持つ標的DNA配列を含む鋳型と、前記鋳型に結合する正方向プライマー及び逆方向プライマーと、前記正方向プライマーと逆方向プライマーからDNAを重合するDNA重合酵素、及び前記鋳型、正方向プライマー及び逆方向プライマーと相補的でなく、前記DNA重合酵素と可逆的な結合が可能であり、重合酵素連鎖反応中にDNA重合酵素の活性をほとんど抑制しない或いは全く抑制しない区分性増進オリゴヌクレオチド及びDNA重合酵素を提供する段階;及び
【0064】
(ロ)前記鋳型、前記正方向プライマー、前記逆方向プライマー、前記DNA重合酵素及び前記区分性増進オリゴヌクレオチドの存在下に、前記DNA重合酵素を用いて重合酵素連鎖反応を行う段階;及び
【0065】
(ハ)前記(ロ)の反応から増幅曲線を得る段階;を含む遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0066】
また、本発明は、
【0067】
(ニ)前記(ハ)で得た増幅曲線から、前記標的DNA配列が突然変異を含むか否かを判別する段階:をさらに含む遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0068】
また、本発明は、前記(イ)段階又は(ロ)段階で前記鋳型に対するプローブをより提供する、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0069】
また、本発明は、前記(イ)段階又は(ロ)段階でSYBR Green Iのように増幅産物に結合する物質をさらに含む、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0070】
また、本発明は、前記正方向プライマー3’末端の最初の塩基が標的DNA配列の潜在的突然変異位置と対応する、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0071】
また、本発明は、前記正方向プライマーがAS(allele specific)プライマー又はARMS(amplification refractory mutation system)プライマーである、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0072】
また、本発明は、前記区分性増進オリゴヌクレオチドがDNA二本鎖、RNA/DNAハイブリッド二本鎖、二本鎖オリゴヌクレオチド、又は部分的に又は全体的にDNA二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的にDNA/RNAハイブリッド二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的に二本鎖オリゴヌクレオチドを形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、及び部分的に又は完全にヘアピン二本鎖を形成できるオリゴヌクレオチドのうち1種以上であることを特徴とする、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0073】
また、本発明は、前記区分性増進オリゴヌクレオチドが任意の配列であることを特徴とする、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0074】
また、本発明は、前記突然変異が一塩基多型である、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0075】
また、本発明は、前記DNA重合酵素が耐熱性DNA重合酵素である、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0076】
また、本発明は、前記DNA重合酵素が野生型又は変異型DNA重合酵素である、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。PCRを用いて対立遺伝子の区分性を高めるために、DNA重合酵素の一部アミノ酸を置換、欠失及び/又は挿入した変異型DNA重合酵素が開発されている。このような変異型DNA重合酵素を使用する場合にも、本発明の区分性増進オリゴヌクレオチドを加えると、対立遺伝子の区分性がより向上する。
【0077】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドが10塩基以上100塩基以下、又は10塩基以上90塩基以下、又は10塩基以上80塩基以下、又は10塩基以上70塩基以下、又は10塩基以上60塩基以下、好ましくは15塩基以上50塩基以下、又は15塩基以上40塩基以下、又は15塩基以上30塩基以下である、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0078】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドのTm値が重合酵素連鎖反応のアニーリング温度と同一である又は高い、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0079】
また、本発明は、区分性増進オリゴヌクレオチドのTm値が50~85℃である、遺伝子突然変異を検出する方法に関する。
【0080】
また、本発明は、前記鋳型に対するプローブとして蛍光共鳴エネルギー転移が可能なプロを加える方法、又はSYBR Green Iのような増幅核酸に結合する物質を添加する方法、又は一般の電気泳動によって増幅産物を確認する方法から一つを選ぶPCRキット又は方法に関する。
【0081】
【発明の効果】
【0082】
本発明のキット又は方法によれば、一塩基多型(single nucleotide polymorphism)又は体細胞突然変異(somatic mutation)のようなマイナー対立遺伝子検出に用いられる重合酵素連鎖反応の特異度及び敏感度を顕著に高めることができる。すなわち、区分性増進オリゴヌクレオチドをPCR溶液に添加した場合に、プライマー3’末端の塩基が鋳型と非相補的である時にはPCR増幅が抑制され、相補的である時にはPCR増幅が強化され、区分性増進オリゴヌクレオチドを加えていない時と比較して、特異度及び敏感度が顕著に向上する。
【0083】
本発明の区分性増進オリゴヌクレオチドを付加するPCRキット又は方法は、実時間PCRの他、一般PCRにおいても特異度及び敏感度を顕著に向上させる。
【0084】
本発明の区分性増進オリゴヌクレオチドを付加するPCRキット又は方法は、蛍光信号を出す加水分解プローブの他にも、増幅産物を探知できる物質を用いるなどの手段により、相補的又は非相補的変異位置の存在及び増幅の有無を容易に確認できる。
【0085】
したがって、本発明のキット又は方法を用いると、少量多品種が混合された試料中の対立遺伝子検出が容易である。
【0086】
また、本発明のキット又は方法を用いると、微量の突然変異を含む試料中の突然変異遺伝子検出が容易である。
【0087】
【図面の簡単な説明】
【0088】
【
図1】区分性増進オリゴヌクレオチド(“dbOligo”)添加によるPCR反応の動力学を示す概念図(I)、及びdbOligo添加の有無によって得られたAS-PCRの増幅曲線(II)である。
【0089】
(A),dbOligo無添加区AS-PCR;(B),dbOligo添加区AS-PCR
【0090】
Kcat1、K1及びK-1:dbOligo無添加区(A)の3’末端マッチプライマー使用時に各表示された段階別酵素の反応定数
【0091】
Kcat1d、K1d及びK-1d:dbOligo添加区(B)の3’末端マッチプライマー使用時に各表示された段階別酵素の反応定数
【0092】
Kcat2、K2及びK-2:dbOligo無添加区(A)の3’末端ミスマッチプライマー使用時に各表示された段階別酵素の反応定数
【0093】
Kcat2d,K2d及びK-2d:dbOligo添加区(B)の3’末端ミスマッチプライマー使用時に各表示された段階別酵素の反応定数
【0094】
反応時に添加されたdbOligoは配列番号14と15であり、それぞれ20pmolずつ添加又は無添加(試験番号1)
【0095】
特異増幅比(amplification ratio)は2ΔCtと計算
【0096】
特異増幅比(amplification ratio)=3’マッチDNAの増幅(amplification of 3’ matched DNA)/3’ミスマッチDNAの増幅(amplification of 3’ mismatched DNA)
【0097】
【
図2】dbOligo添加量による対立形質特異的PCRの区分性を示す増幅曲線である。
【0098】
m,突然変異鋳型(mutated template)(プライマーの3’末端とマッチする);
【0099】
w,正常鋳型(wild type template)(プライマーの3’末端とミスマッチする)。
【0100】
添加されたdbOligoは、配列番号13の配列を有し、添加量はそれぞれ、0、10、20、40、60、80pmolである。
【0101】
【
図3】改良型taq DNA重合酵素と野生型taq DNA重合酵素に対するdbOligoの効果を示す増幅曲線である。添加されたdbOligoは配列番号13の配列を示し、添加量はそれぞれ40pmolである。
【0102】
Wt-Taq,野生型Taq DNA重合酵素;Mut-Taq,改良型(R536K突然変異)Taq DNA重合酵素
【0103】
m,突然変異鋳型(mutated template)(プライマーの3’末端とマッチする);
【0104】
w,正常鋳型(wild type template)(プライマーの3’末端とミスマッチする)。
【0105】
【
図4】加水分解プローブを使用しないPCRにおいてdbOligoの添加効果を示す増幅曲線と電気泳動写真である。
【0106】
【発明を実施するための形態】
【0107】
特に断らない限り、本明細書で使われる技術的及び科学的用語はいずれも、本発明の属する技術の分野における熟練した専門家によって通常理解されるのと同じ意味を有する。一般に、本明細書で使われる命名法は、当該技術分野でよく知られており、一般に用いられるものである。
【0108】
本開示内容は、本開示内容の一部を形成する、添付の図面及び実施例と関連してなされた下記の詳細な説明を参照することによってより容易に理解できよう。本明細書、図面及び特許請求の範囲に使われる用語は、単に特定の実施様態を記載しようとする目的のためのもので、制限しようとする意図を有しないものであることを理解すべきである。本明細書及び添付する特許請求の範囲で使われる単数形態は、内容において明示しない限り、複数対象物をも含む。
【0109】
本発明において別に断りのない限り、本発明の実施は、本発明の属する技術分野で通常知られた分子生物学的方法を利用する。
【0110】
本発明において、“塩基(base)”は、プリン、ピリミジン又はそれらの変形された形態を含む天然又は合成塩基、塩基類似体、又は塩基誘導体のことを指し、代表としては、アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル又はチミンなどが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0111】
本発明において“ヌクレオチド”は核酸を構成する単位体分子であり、糖、塩基及びリン酸からなっており、糖は、リボース又はデオキシリボースであり、糖のC-1’炭素に塩基が連結され、糖のC-5’炭素にリン酸が連結された化合物である。本発明において用語“ヌクレオチド”は、ヌクレオチド類似体を含む。糖は、他の構造類似体に置換又は非置換されてよい。このような化合物などで構成された核酸類似体としては、ホスホロチオアートDNA、PNA(peptide nucleic acid)、ホスホロアミダートDNA、モルフォリノ、LNA(Locked nucleic acid)などを含むことができるが、これに限定されるものではない。
【0112】
本発明において“核酸”、“ポリヌクレオチド”、“オリゴヌクレオチド”、“オリゴマー”又はこれと均等な用語は、デオキシリボ核酸、リボ核酸、ホスホロチオアート含有核酸、LNA(Locked nucleic acid)、PNA(peptide nucleic acid)などのような単量体の組合せのようにヌクレオチド塩基に相応する単量体の重合体を含むことができ、種々の単量体の重合体を含むことができ、それらと類似の構造を形成するポリマー(例えば、モルフォリノ)を含むことができる。
【0113】
本発明において“オリゴヌクレオチド”は、短いポリヌクレオチドを意味する。オリゴヌクレオチドは、約250個ヌクレオチド以下、又は約200個ヌクレオチド以下、又は約100個ヌクレオチド以下をいう。
【0114】
本発明において“オリゴヌクレオチド”は、構造が変形(modified)されたオリゴヌクレオチドを含むことができる。変形とは、塩基の変形(例えば、プリンアナログ、ピリミジンアナログ、反転塩基(inverted base)、メチル化(methylated)アナログ、フッ化(fluoro)アナログなど)、ヌクレオシドの結合領域の(リンカー)の変形(例えば、アミノ(NH2)リンカー、カルボキシルリンカー、チオール(SH)リンカーなど)、リン酸基の変形及び/又はオリゴヌクレオチドの5’末端又は3’末端又は内部塩基の変形を含むことができ、或いはこのような変形の組合せを含むことができる。
【0115】
本発明において“鋳型”は、“鋳型核酸”を意味し、PCR反応において増幅のための鋳型として用いられる核酸をいう。“鋳型”は、天然に存在する或いは天然的に生成されたもの又は合成されたものをいずれも含むことができる。
【0116】
本発明において“標的”は、分析対象となる鋳型の核酸を意味する。
【0117】
一般に、PCR緩衝液には、Mg++、dNTPのような必須要素の他に、DMSO、ベタイン、アプタマー又は抗体のような非必須の添加組成物も含まれてよい。
【0118】
本発明では、3’ミスマッチの有無によって両対立遺伝子を区分するプライマー、好ましくはASプライマー又はARMSプライマーを使用するPCRにDNA二本鎖、RNA/DNAハイブリッド二本鎖、二本鎖オリゴヌクレオチド、又は部分的に又は全体的にDNA二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的にDNA/RNAハイブリッド二本鎖を形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、部分的に又は全体的に二本鎖オリゴヌクレオチドを形成できる部分的に又は全体的に相補的なオリゴヌクレオチド一本鎖、及び部分的に又は完全にヘアピン二本鎖を形成できるオリゴヌクレオチドのうち1種以上のような区分性増進オリゴヌクレオチドをPCR緩衝液組成物に添加する方法により、対立遺伝子の区分性(ΔCt又はΔCp、ΔCq)をより高めることができる。
【0119】
また、本発明において、PCR反応時に添加される区分性増進オリゴヌクレオチドには、例えば、ソラレン(psoralen)又はそれと類似の構造を有する化合物、又は化学的リンカー(例えば、ジスルフィドリンカー、ビスマレイミドリンカーなど)を用いて部分的又は全体的に相補的な配列を有する2種又はそれ以上の一本鎖オリゴヌクレオチドを化学的に結合させる方法又はオリゴヌクレオチドの末端を化学的な方法で連結又は合成してヘアピンループのような構造で一本鎖内に相補的配列を構成する方法などによって二本鎖を形成できるオリゴヌクレオチドを含むことができる。このうち、最も好ましい例は、一本のオリゴヌクレオチド内に相補的配列を構成して二本鎖を容易に形成するものである。部分的に又は全体的に相補的な配列を有する二本の鎖が分離されている場合に比べて、緩衝液内で分散されていない形態の一本のオリゴヌクレオチドが部分的又は全体的に自己相補的配列を有する場合に二本鎖を形成し易いためである。したがって、相補的な2配列が物理的に分離されないように化学的方法又は一本鎖内に相補的配列を存在させる方法によって二本鎖を容易に形成することが、本発明の目的達成においてより有利である。
【0120】
本発明の目的を達成するために、区分性増進オリゴヌクレオチドは、それを構成する塩基の順序、核酸の種類又は長さによって、DNA重合酵素に対する結合力に差異があり得るが、本発明では、特定の塩基配列、特定の核酸種類又は特定範囲のオリゴヌクレオチド長に限定されるものではない。
【0121】
二本鎖を形成する相補配列が長すぎる、又はPCR反応液内の相補オリゴヌクレオチド対が種々ある場合には、PCR過程中に二本鎖形成を相互妨害するか或いは非特異的二本鎖形成を引き起こし、本発明の目的を達成できなくなることがある。例えば、ゲノムDNAは、PCR過程中に変成されると、塩基配列が長すぎるため正確な二本鎖形成が容易でなく、よって、本発明の目的が達成し難い。したがって、本発明の目的を達成するための二本鎖を形成する相補配列の長さは10塩基以上が好ましく、15~50塩基がより好ましいが、相補配列及び核酸の種類は、特定配列や特定核酸に限定されない。
【0122】
本発明の目的を達成するために、PCR反応液組成物に含まれる区分性増進オリゴヌクレオチドは、PCR反応液20ul中に0.01~1,000pnol、又は0.1~500pmol、又は0.1~400pmol、又は0.1~300pmol、又は0.1~200pmol、又は0.1~100pmol、又は1~80pmolであることが好ましい。しかし、区分性増進オリゴヌクレオチド量は、検出対象遺伝子の配列、試料及びPCRの条件によって変化可能であり、特定の濃度に限定されない。
【0123】
本発明は、DNA重合酵素を使用するPCRに適用可能であり、好ましくは、重合酵素A群(E.coli Pol I系列)を利用するPCRに適用可能である。この重合酵素は、耐熱性細菌、好ましくは耐熱性真正細菌(eubacteria)由来のDNA重合酵素から選択されてよく、より好ましくは、サーマス(Thermus)種、サーモトガ(Thermotoga)種、サーモコッカス(Thermococcus)種、デイノコッカス(Deinococcus)種、バチルス(Bacillus)種などに由来のDNA重合酵素から選ばれてよい。
【0124】
本発明では、添加される区分性増進オリゴヌクレオチドのうち二本鎖を形成する部位の融点(Tm)が、一般PCRのアニーリング温度よりも高いことが、本発明の目的達成に容易である。例えば、PCR時のアニーリング温度よりも区分性増進オリゴヌクレオチド二本鎖のTmが低いと、区分性増進オリゴヌクレオチドの二本鎖形成が低下するため、DNA重合酵素の結合能力が阻害され、本発明の目的が達成し難くなる。したがって、本発明に使用される区分性増進オリゴヌクレオチドは、二本鎖領域のTmが一般PCRのアニーリング温度よりも高くなるように塩基配列を構成することが好ましい。
【0125】
本発明の効果は、
図1のような機序によってなされるものと説明されてよい。この機序は、発明をより正確に理解するためのものであり、発明の全部を完壁に説明するものではない。ただし、本発明の機序に関する説明が完全でなくても、それを理由に本発明の効果が否定されてはならない。
【0126】
図1は、プライマーの3’末端が鋳型とマッチする場合(左側、“3’-matched”と表記)とマッチしない場合(右側、“3’-mismatched”と)表記)とに分けて動力学係数を説明する。また、3’-matchedと3’-mismatchedの場合はそれぞれ2通りに分けられるが、(A)は、PCR反応時に区分性増進オリゴヌクレオチド(dbOligo)を加えていないものを示し、(B)は、PCR反応時にdbOligoを加えたものを示す。“DNAP”は、DNA重合酵素を表し、“dbOligo”は、配列が特定されていないオリゴヌクレオチドであって、二本鎖状態で加えるか或いは反応液内で二本鎖を形成するものをいう。“K
1”、“K
-1”はそれぞれ、反応時にdbOligoを加えなく、プライマーの3’末端が鋳型とマッチする状態での正方向及び逆方向動力学係数を表し、“K
1d”、“K
-1d”はそれぞれ、反応時にdbOligoを加え、プライマーの3’末端が鋳型とマッチする状態での正方向及び逆方向動力学係数を表す。“K
2”、“K
-2”はそれぞれ、反応時にdbOligoを加えなく、プライマーの3’末端が鋳型とマッチしない状態での正方向及び逆方向動力学係数を表し、“K
2d”、“K
-2d”はそれぞれ、反応時にdbOligoを加え、プライマーの3’末端が鋳型とマッチしない状態での正方向及び逆方向動力学係数を表す。
【0127】
鋳型とプライマー3’とのミスマッチの有無によってDNA重合酵素(以下、“DNAP”ともいう。)のDNA合成過程は非常に複雑である。基質(substrate)となるプライマー(以下、“P”とも略す。)と鋳型(template)DNA(以下、3’がマッチする鋳型DNAを便宜上“T1”、3’がミスマッチする鋳型DNAを便宜上“T2”という。)の混成体(P/T1又はP/T2)、DNA重合酵素(DNAP)、dNTPs、Mg++、PPiなどの様々な要素が酵素動力学(kinetics)に関与する。
【0128】
DNAP・P/T複合体の形成時に、Kcatは、3’マッチ(DNAP・P/T1)又は3’ミスマッチ(DNAP・P/T2)によって非常に異なって示される。文献報告によれば、PCR反応時にプライマーの3’末端が鋳型とマッチする場合に、3’がミスマッチする場合に比べて重合酵素連鎖反応が非常に速く起きる{Clin Chem.64(5):801-809(2018)}。この報告によれば、プライマーの3’末端がミスマッチする場合に比べて3’がマッチする場合に、Kcat/Kmが略100~1000倍高い。これは、3’ミスマッチの場合にKcatが非常に低くなり(約10倍~約600倍)、Kmが少し増大(最大で約3倍)したためである。
【0129】
前記文献から類推すると、プライマーの3’末端が鋳型とマッチする場合に、DNAP・P/T1複合体の形成後に、高いKcat1に基づいて重合反応が終わるまで、酵素の脱離無しに持続してdNTPsを使用した重合過程が反復して起きるが、プライマーの3’末端が鋳型とミスマッチである場合に、DNAP・P/T2複合体形成は、低いKcat2(Kcat1>>>Kcat2)によってDNA重合酵素の脱離と付着が頻繁になるであろう。
【0130】
本発明において、実時間PCR反応時に二本鎖オリゴヌクレオチドを添加したとき、3’マッチの場合と3’ミスマッチの場合に実時間PCR反応に顕著な差異が見られる(
図1のII、増幅曲線)。
【0131】
3’マッチの場合、dbOligoを添加又は無添加したいずれの場合にも類似のCt値を示し、これに照らして、dbOligoを添加した場合と無添加した場合に反応速度が類似し(Kcat1≒Kcat1d)、DNA重合酵素の鋳型DNAに対する脱離及び付着比(K-1/K1≒K-1d/K1d)が類似するので、dbOligoの添加がPCR反応に大きい影響を与えなかったと推論できる。すなわち、プライマー3’末端が鋳型とマッチする場合には、dbOligo添加時にも無添加対照区と類似に高い反応性を示し、これはdbOligoによるDNA重合酵素活性の変化がほとんどない或いは非常に少ないことを示す。
【0132】
本発明者らは、プライマー3’末端が鋳型とミスマッチする場合に、dbOligo添加の有無に関係なく、3’マッチの場合のようにたとえその値がK
cat1やK
cat1dより低くても、K
cat2とK
cat2dが互いにほとんど類似(K
cat2≒K
cat2d<<<K
cat1≒K
cat1d)すると予測した。しかし、予想とは違い、3’ミスマッチの場合、dbOligoを添加したとき(
図1の3’-mismatched(B))、重合反応が顕著に減少した。その理由は、DNAP・P/T
2を形成する際に、dbOligoを加えていない場合に比べてdbOligoを加えた場合に、DNA重合酵素の付着反応定数(K
2d)が減少するか、或いは脱離反応定数(K
-2d)の増加が起きたためと推論できる。すなわち、PCR反応液にdbOligoを加えることによって鋳型DNA又は産物DNAに対するDNA重合酵素の脱離及び付着比が大きく変わった(K
-2/K
2<<<K
-2d/K
2d)と推定される。このような反応係数の差異により、dbOligoを添加したPCR反応において3’マッチと3’ミスマッチ間の区分性が高くなるものと推論される。
【0133】
その結果、本発明が達成しようとする目的、すなわち、対立遺伝子又は変異遺伝子間の3’マッチの有無によって実時間PCR反応において増幅曲線の明確な区分が可能になる。
【0134】
また、3’マッチした鋳型DNAにおいて実時間PCRが効率的に進行し、指数的な増幅がなされると、合成されたDNA増幅産物が新しい鋳型になるので、酵素の基質が急激に増加する。すなわち、PCR反応初期には[P/T1]≒[P/T2]<<<[dbOligo]であるが、PCR増幅過程が反復して起きると[P/T1]が指数的に増加するため、相対的に[dbOligo]の[P/T1]に対する競争優位効果がなくなり、PCR進行がより円滑になるであろう。一方、プライマーの3’末端とミスマッチするDNA鋳型の場合、[dbOligo]の[P/T2]に対する優位効果が維持され、PCR反応が持続して抑制されるので、増幅曲線においてより区分性が高くなる効果が得られる。
【0135】
発明の実施のための形態
【0136】
以下、具体的な実施例を挙げて発明の構成をより詳細に説明する。ただし、本発明の範囲が実施例の記載に限定されないことは、本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者に自明である。
【0137】
上記の説明のように、区分性増進オリゴヌクレオチド(discrimination boosting oligonucleotide;dbOligo)を添加して対立遺伝子又は変異遺伝子の区分性を高めるPCRを、本発明者らは“STexS(SNP Typing with excellent specificity)”PCRと命名した。
【0138】
以下では具体的な例を挙げて本発明の“STexS”PCRをより詳細に説明する。
【0139】
<PCRの条件>
【0140】
下記の実施例に特に言及がない限り、本発明の実施例に使用したPCR組成物及び条件は、下記の通りである。
【0141】
PCRに使用した正常標的鋳型DNA又は突然変異標的鋳型DNA、正方向プライマー、逆方向プライマー、信号検出用加水分解プローブ(hydrolysis probe)は、表1の通りである。
【0142】
このとき、正方向プライマーは、各標的遺伝子EGFR c.2369C>T(p.T790M);EGFR c.2573T>G(p.L858R)とBRAF c.1799rc.A>T(p.V600E)突然変異の変異検出のために、正方向プライマー3’末端塩基が変異遺伝子とマッチし、正方向プライマー3’末端の1塩基が正常遺伝子とミスマッチするように設計したASプライマーである。
【0143】
酵素は、Taq DNA重合酵素(GenoTech)を2単位(0.05~0.08uM)使用し、緩衝溶液(10mM Tris、pH 9.0、1.5mM MgCl2、60mM KCl、10mM (NH4)2SO4)を全体積20ulとなるようにして行い、ABI 7500 Real-Time PCR Systemを用いて、95℃、5分反応後に、95℃で30秒、55℃で40秒、を45回反復して反応を行った。全ての試験は3回反復した平均値を摘示した。
【0144】
PCR時に、区分性増進を確認するために様々なタイプのdbOligo、すなわち、一本鎖DNA(single stranded DNA;SD)、相補的な配列の二本鎖DNA(double stranded DNA;DD)、相補的な配列を持つ一本鎖DNA(hairpin DNA;HD)を、試験によって1~80pmol添加した(表2、3、4)。
【0145】
鋳型DNAは、配列番号44、45、46、47、48、49配列を人工合成してpTOP Blunt V2(Enzynomics,Korea)に挿入して作製して大腸菌に形質転換後に、培養して適切な制限酵素に切断した後、精製されたプラスミドDNAを定量して使用した。
【0146】
【0147】
<実施例1>dbOligoの添加による3’-ミスマッチ区分性増大
【0148】
EGFR T790Mの区分のためのASプライマー(正方向プライマー:配列番号1、逆方向プライマー:配列番号7)を用いたPCRによる区分性ΔCt1(ΔCt1=突然変異遺伝子のCt-正常遺伝子のCt)は、1.48~2.16と非常に低かった(表2の試験番号1~6)。
【0149】
PCR反応時に、dbOligoとして、任意の配列で合成した相補的配列の二本鎖DNA(DD)を20pmolとなるように添加したとき(試験番号1(配列番号14/15)、試験番号2(配列番号17/18、19/20、14/15、21/22、23/24、25/26))、ΔCt2(ΔCt2=dbOligo添加時の突然変異遺伝子のCt-dbOligo添加時の正常遺伝子のCt)が3.04~6.79、ΔΔCt(ΔΔCt=ΔCt2-ΔCt1)が1.56~4.56と、区分性が大きく向上した(表2の試験番号1、2、
図1のII;試験番号1)。
【0150】
これに対し、前記DD型の一本の鎖と配列が同一である一本鎖DNA(SD)を20~40pmol添加した試験区の場合(試験番号4(配列番号25、配列番号26))、ΔCt2が2.28~2.82、ΔΔCtが0.20~0.74であって、相補的な二本鎖DNA(DD)添加区[試験番号4(配列番号25/26)]のΔCt2=5.66、ΔΔCt=3.58に比べて、区分性向上効果がわずかであった(表2)。これは、区分性増進オリゴヌクレオチド(dbOligo)が区分性増大に非常に重要であることを示す結果である。
【0151】
また、一本の鎖内に相補的塩基配列を持って二本鎖を形成するヘアピンDNA(HD)を添加した試験はいずれも、2.46~5.99のΔCt2と0.30~3.51のΔΔCtが確認され、DDと同様に高い区分性向上効果を示した(試験番号1(配列番号16)、試験番号5(配列番号16、27、13、28、29、30、31))(表2)。
【0152】
【0153】
*dbOligo type:SD,一本鎖DNA;DD,二本鎖DNA;HD,ヘアピン構造DNA、**Duplex no:二本鎖を形成する塩基数、***Tm:二本鎖オリゴヌクレオチドの融点、
【0154】
# ΔCt1:dbOligoを加えていない場合のΔCt値、
【0155】
## ΔCt2:dbOligoを加えた場合のΔCt値
【0156】
<実施例2>dbOligoの濃度別添加による3’-ミスマッチ区分性
【0157】
区分性増進オリゴヌクレオチド(dbOligo)の添加量による区分性を試験した(表2(試験番号3、試験番号6))。dbOligo添加時に、HD型がDD型に比べて反復的な試験による偏差が少ないので、PCR区分性が安定していることが見られ、両方の場合とも10~80pmolであって、PCR溶液に添加した時、添加量が多いほど区分性が向上したし、ΔCt2は最大で15.07、ΔΔCtは13.5と示された(表2;試験番号3(配列番号25/26)と試験番号6(配列番号13))(
図2)。
【0158】
<実施例3>dbOligoの二本鎖長さ又はTmによる3’-ミスマッチ区分性
【0159】
二本鎖を形成するdbOligoの二本鎖長さ又は融点(Tm)と3’-ミスマッチ区分性増大との連関性を確認した(表2(試験番号2、試験番号5))。
【0160】
DD型において二本鎖形成長さを20から30塩基対へと、そしてTmを64℃から74℃へと増大させる場合に、区分性がΔCt2=3.04(ΔΔCt=1.56)からΔCt2=5.70(ΔΔCt=4.22)へと向上した(表2;試験番号2(配列番号、17/18、19/20、14/15、21/22、23/24、25/26))。
【0161】
HD型においても類似に、二本鎖を形成する塩基長さが24塩基から12塩基へと減少するほど(これによって、Tmも68℃から47℃へと低くなる)(表2;試験番号5(配列番号16、27、13、28、29、30、31))区分性が減少して、ΔCt2が2.46、ΔΔCtが0.30と低くなった。これは、PCR時のアニーリング温度である55℃よりも顕著にTm(47℃)が低い二本鎖DNA(配列番号31)において区分性増大効果が急減した。
【0162】
両結果は、Tm値の高い二本鎖オリゴヌクレオチド又は二本鎖を形成する塩基対数が多い二本鎖オリゴヌクレオチドをdbOligoとして添加時に区分性が増大し、その逆の場合に、区分性増大効果が低くなることを示す。
【0163】
<実施例4>ヘアピン構造dbOligoの配列による区分性
【0164】
HD型において非相補的領域、すなわち、二本鎖を形成しない中間配列の配列種類を任意に変化させた場合に、dbOligoのヌクレオチドの種類によってΔCt2=6.12(ΔΔCt=3.85)~ΔCt2=7.42(ΔΔCt=5.15)であって、あまり影響を受けなかった(表3;試験番号7(配列番号13、32、33、34、35))。
【0165】
また、HD型において非相補的領域の数を増加させた場合に、例えば、アデニン塩基を3個から10個に増加させた場合に、非相補的配列の増加によって区分性が部分的に少し減少したが、dbOligoを無添加した対照区に比べて区分性は依然として高かった(表3;試験番号8(配列番号36、37、38、39))。
【0166】
また、dbOligoの相補的配列の種類を変化させた場合に、ΔCt2=4.00(ΔΔCt=1.60)~ΔCt2=6.04(ΔΔCt=3.64)と、差異があった。ポリA/T又はポリG/Cのような極端な重複配列においても、たとえ向上効果は大きくないが、区分性向上効果が見られたし、dbOligoの相補的配列によって区分性の効率が異なり得ることを確認した(表3;試験番号9(配列番号13、40、41、42、43))。
【0167】
【0168】
*dbOligo type:HD,ヘアピン構造DNA、**Duplex no:二本鎖を形成する塩基数、
【0169】
***Tm:二本鎖オリゴヌクレオチドの融点、
【0170】
# ΔCt1:dbOligoを加えていない場合のΔCt値、
【0171】
## ΔCt2:dbOligoを加えた場合のΔCt値
【0172】
<実施例5>dbOligo添加時に鋳型濃度による3’-ミスマッチ区分性
【0173】
EGFR T790M変異検出に、鋳型DNA量を1×104~1×107と異ならせて試験したとき(表4;試験番号10)、dbOligo無添加対照区のΔCt1は1.15~1.50であって、あまり大きくなかったが、添加試験区のΔCt2は7.53~8.83(ΔΔCtは6.38~7.33)と非常に大きく、鋳型DNA量によって区分性程度に大きな差異はなかった。この結果は、様々な濃度の鋳型DNAを使用する試験区においても3’-ミスマッチ区分性を容易に向上させることができることを提示する。
【0174】
<実施例6>ARMS PCRにおけるdbOligoの添加による3’-ミスマッチ区分性
【0175】
ARMS PCRもプライマーの3’-ミスマッチの区分性を高めるように考案された技術である。したがって、ARMSプライマーを用いるPCRに二本鎖オリゴヌクレオチドを添加した時の区分性を確認してみた(表4,試験番号11)。3種類のARMSプライマー(配列番号2、3、4)ともASプライマー(配列番号1)に比べて高いΔCt1(6.50~7.67)を示したが、dbOligo(配列番号13)を添加したとき、ΔCt2が10.06~10.57と確認されたし、反応時に二本鎖オリゴヌクレオチドを添加すると、さらに区分性が向上する効果(ΔΔCtが2.39~3.24)を示した。すなわち、この結果は、AS PCRの他にARMS PCRにおいても、二本鎖オリゴヌクレオチドが3’-ミスマッチの区分性を向上させることができることを示す。
【0176】
<実施例7>dbOligoの添加時に標的遺伝子変異の塩基種類による3’-ミスマッチ区分性
【0177】
生命体内のSNPには多種の塩基のミスマッチがある。上記の実施例1~6は、T790M、すなわちCとT塩基を区分する試験(鋳型DNA配列番号44、45)を対象に、dbOligoの添加による3’-ミスマッチ区分性を確認した。本実施例では、C/T塩基区分の他、さらに、EGFR L858RのTとG塩基区分(鋳型DNA配列番号46、47)とBRAF V600E(rc)のAとT塩基区分(鋳型DNA配列番号48、49)のための実時間PCRにおいて二本鎖オリゴヌクレオチドを付加し、適切なASプライマーを使用して区分性が向上するかを試験した。鋳型DNAの配列又は3’末端塩基の種類によってΔCt1に差異があった(T790M,2.20;L858R,8.14;V600E,6.75)が、二本鎖オリゴヌクレオチドを加えたΔCt2は、T790M,4.48;L858R,10.45;V600E,11.43と、ΔΔCtは、T790M,2.28;L858R,2.31;V600E,4.68と示された。すなわち、対象遺伝子の配列又は3’ミスマッチ塩基の種類によって部分的な区分性程度の差異はあるが、二本鎖オリゴヌクレオチドを添加することによって区分性が向上することは、全ての試験区から確認された(表4、試験番号12)。
【0178】
<実施例8>dbOligo添加時にDNA重合酵素種類による3’-ミスマッチ区分性
【0179】
PCRの3’-ミスマッチ区分性を高めるために、改良された酵素が使用されてよい。本実施例では、3’-ミスマッチ区分性を高めるものと知られた変異(R536K)Taq DNA重合酵素を使用して3’-ミスマッチ区分性向上を試験した(表4、試験番号13;
図3)。突然変異Taq DNA重合酵素(Mut Taq(R536K))を使用した場合に、野生型Taq DNA重合酵素(Wt-Taq)のΔCt1=2.78と比べて少し増加したΔCt1=3.53を示し、また、dbOligo添加時に、ΔCt2=8.21、ΔΔCt=4.68を示した。これは、たとえ突然変異Taq DNA重合酵素によって3’-ミスマッチ区分性が一部増大するが、dbOligoの添加によって3’-ミスマッチ区分がより向上することを示す。特に、改良されていない野生型重合酵素の場合も、dbOligo無添加区のΔCt1=2.78から、添加試験区ΔCt2=7.56(ΔΔCt=4.78)へと、区分性が大きく向上した。これは、酵素の改良無しにもdbOligo添加だけで高いレベルの3’-ミスマッチ区分性を示す結果である(
図3)。また、このような結果は、野生型重合酵素か改良型重合酵素かに関係なく、実時間PCR反応時に二本鎖オリゴヌクレオチドを使用する場合、区分性か高められることを示唆する。
【0180】
【0181】
*dbOligo type:HD,ヘアピン構造DNA、**Duplex no:二本鎖を形成する塩基数、
【0182】
***Tm:二本鎖オリゴヌクレオチドの融点、
【0183】
# ΔCt1:dbOligoを加えていない場合のΔCt値
【0184】
## ΔCt2:dbOligoを加えた場合のΔCt値
【0185】
<実施例9>加水分解プローブを使用しないPCRにdbOligo添加
【0186】
加水分解プローブを使用しない条件でも、二本鎖オリゴヌクレオチドの3’-ミスマッチ区分性向上効果が見られるかを確認しようとした。加水分解プローブを添加しなく、SYBR Green Iを添加して鋳型としてBRAF V600E(rc)の鋳型DNA(配列番号48、49)を使用し、二本鎖オリゴヌクレオチド(配列番号13)20pmolを添加してCFX96
TM Real-Time PCR Detection Systemを用いてPCRを行った。その結果、加水分解プローブを使用しない条件でも、dbOligo添加によって3’-ミスマッチ区分性が向上した(
図4の増幅曲線)。これに加え、SYBR Green Iを添加していない一般PCRを行った後、アガロースゲル電気泳動によってPCR産物を直接確認した結果も、dbOligo添加時に明確に区分性が向上した(
図4の電気泳動写真)。
【0187】
【0188】
【0189】
【産業上の利用可能性】
【0190】
本発明の区分性増進オリゴヌクレオチドを付加するPCRキット又は方法は、実時間PCRの他に一般PCRにおいても、特異度及び敏感度を顕著に向上させ、相補的又は非相補的変異位置の存在及び増幅の有無を容易に確認することができるので、少量多品種が混合された試料中の対立遺伝子検出が容易であり、これによって、微量の突然変異を含む試料中の突然変異遺伝子検出が容易であり、農産物、水産物、畜産物などの遺伝子検査や医学分野の診断などに幅広く利用可能である。
【0191】
【配列目録フリーテキスト】
【0192】
電子ファイルとして添付
【配列表】