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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】低熱膨張鋳物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240822BHJP
   C22C 38/10 20060101ALI20240822BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20240822BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240822BHJP
   C22C 37/04 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C22C38/00 302R
C22C38/10
C22C30/00
C21D6/00 101H
C21D6/00 101A
C22C37/04 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020016337
(22)【出願日】2020-02-03
(65)【公開番号】P2021123736
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】591274299
【氏名又は名称】新報国マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】大野 晴康
(72)【発明者】
【氏名】松村 信吾
(72)【発明者】
【氏名】小奈 浩太郎
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-345278(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00-38/60
C22C 30/00-30/06
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :1.00~2.50%、
Si:1.14~2.50%、
Mn:1.00%以下、
Ni:28.00~40.00%、
Co:0~10.00%、
Mg:0~0.090%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、
固溶C量が0.08質量%以下
であることを特徴とする低熱膨張鋳物。
【請求項2】
質量%で、Mg:0.040~0.090%を含有することを特徴とする請求項1に記載の低熱膨張鋳物。
【請求項3】
25~100℃の平均熱膨張係数が5.0×10-6/℃以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の低熱膨張鋳物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の低熱膨張鋳物を製造する方法であって、
質量%で、
C :1.00~2.50%、
Si:1.14~2.50%、
Mn:1.00%以下、
Ni:28.00~40.00%、
Co:0~10.00%、
Mg:0~0.090%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である凝固後の鋳片に、500~700℃で30~60時間保持する熱処理を施す工程を含む
ことを特徴とする低熱膨張鋳物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低熱膨張合金鋳物に関し、特に、経時寸法変化(以下「経年変化」という)が小さく、かつ被削性に優れた低熱膨張鋳物に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロニクスや半導体関連機器、レーザ加工機、超精密加工機器の部品材料として、熱的に安定なインバー合金が広く使用されている。一方、精密機器の構成部品に使用される低熱膨張合金においては、長期間にわたる経年変化の問題が指摘されている。
【0003】
特許文献1は、この課題を解決する手段として、γ膨張の原因と考えられるCに加えて、B、Nの含有量を適切な範囲に設定することにより得られる、経年変化が±0.5ppm/年以内の低熱膨張鋳鋼及び鍛鋼品を開示している。
【0004】
一方、従来インバー合金は被削性が低いため、実用化されているのはかなり狭い分野に限定されるという問題があった。
【0005】
特許文献2は、この課題を解決する手段として、鋳造過程において黒鉛が合金組織内に晶出できる成分を有する低熱膨張鋳鉄を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-178151号公報
【文献】特開平6-172919号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
精密機器の構成部品に使用する合金には、加工の容易性の観点から、優れた被削性が求められる。
【0008】
特許文献1のような経年変化が小さい低熱膨張鋳鋼の被削性を向上させるためには、特許文献2のようにC含有量を増やし、黒鉛を晶出させることが考えられる。しかしながら、C量の増加に伴い固溶C量が増加すると、経年変化は大きくなる。これは、鋼中に固溶したCが、時間の経過とともに拡散したり析出したりすることによって、鋼の構造がわずかに変化するためと考えられる。
【0009】
本発明は、上記の事情に鑑み、経年変化が小さく、さらに被削性に優れた低熱膨張鋳物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、経年変化が小さく、さらに被削性に優れた低熱膨張鋳物を得る方法を鋭意検討した。その結果、C含有量を増やし黒鉛を晶出させ被削性を高めた場合であっても、適切な熱処理を施すことにより固溶C量を減少させることができ、γ経年変化が小さく、かつ、被削性に優れた低熱膨張鋳物が得られることを知見した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
(1)質量%で、C:1.00~2.50%、Si:2.50%以下、Mn:1.00%以下、Ni:28.00~40.00%、Co:0~10.00%、Mg:0~0.090%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、固溶C量が0.08質量%以下であることを特徴とする低熱膨張鋳物。
【0013】
(2)質量%で、Mg:0.040~0.090%を含有することを特徴とする前記(1)の低熱膨張鋳物。
【0014】
(3)25~100℃の平均熱膨張係数が5.0×10-6/℃以下であることを特徴とする前記(1)又は(2)の低熱膨張鋳物。
【0015】
(4)前記(1)~(3)のいずれかの低熱膨張鋳物を製造する方法であって、質量%で、C:1.00~2.50%、Si:2.50%以下、Mn:1.00%以下、Ni:28.00~40.00%、Co:0~10.00%、Mg:0~0.090%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である凝固後の鋳片に、500~700℃で30~60時間保持する熱処理を施す工程を含むことを特徴とする低熱膨張鋳物の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、経年変化が小さく、さらに被削性に優れた低熱膨張鋳物が得られるので、長期間にわたるわずかな寸法変化が問題となるような精密機器の構成部品等に適用でき、さらに精密機器の構成部品への加工を容易に行えるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。以下、成分組成に関する「%」は特に断りのない限り「質量%」を表すものとする。はじめに、本発明の鋳物の成分組成について説明する。
【0018】
[C:1.00~2.50%]
Cは、鋳物中に黒鉛として晶出し被削性を高める元素である。この効果を得るために、C量を1.00以上、好ましくは1.50%以上とする。C量が多すぎると、機械的強度が低下し、鋳造性が低下することがあるので、C量は2.50%以下、好ましくは2.40%以下とする。なお、Cは黒鉛として晶出するCと、鋳物中に固溶するCに分かれる。ここで規定されるC量は、黒鉛として晶出するC、鋳物中に固溶するCを含む、全C量である。固溶C量については後述する。
【0019】
[Si:2.50%以下]
Siは、脱酸材として添加される。また、黒鉛の晶出を促進させる元素でもある。本発明の低熱膨張鋳物は黒鉛化促進元素であるNiを30%程度含有するので、Siは必須ではなく含有量は0でもよいが、2.50%以下の範囲で含有させてもよい。Si量が多すぎると熱膨張係数が増加するので、Si量は2.50%以下、好ましくは2.10%以下とする。
【0020】
[Mn:1.00%以下]
Mnは、脱酸材として添加される。また、固溶強化による強度向上にも寄与する。この効果を得るためには、Mn量を0.10%以上とするのが好ましい。Mnの含有量が1.00%を超えると熱膨張係数が増加するので、Mn量は1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。Mnは必須の元素ではなく、含有量は0でもよい。
【0021】
[Ni:28.00~40.00]
Niは、熱膨張係数を低下させる、必須の元素である。本発明の低熱膨張鋳物は、25~100℃の平均熱膨張係数が5.0×10-6/℃以下である。この熱膨張係数は、主として、Ni及びCoの含有量を適切な範囲とすることで得られる。Ni量は多すぎても少なすぎても熱膨張係数が十分に小さくならない。熱膨張係数を十分に小さくするために、Ni量は28.00~40.00%、好ましくは30.00~37.00%の範囲とする。
【0022】
[Co:0~10.00%]
Coは、Niとの組み合わせにより熱膨張係数の低下に寄与する。Coの含有量は0であってもよい。所望の熱膨張係数を得るため、Coの範囲は0~10.00%、好ましくは0~9.00%とする。
【0023】
[Mg:0~0.090%]
Mgは黒鉛を球状化して晶出させる元素であり、必要に応じて含有させることができる。この効果を得るためには、Mgの含有量を0.040%以上とすることが好ましい。Mgは必須の元素ではなく、含有量は0でもよい。
【0024】
[固溶C:0.08%以下]
固溶Cは粒界、又は粒内に固溶し、時間の経過とともに拡散したり炭化物として析出したりする。その結果、わずかに鋳物の寸法を変化させる。本発明の低熱膨張鋳物では、経年変化を極力小さくするために、固溶C量を0.08%以下とする。固溶C量を0.08%以下とする方法については後述する。ここで、固溶C量は、鋳物の化学組成のC含有量から、鋳物中の黒鉛及び炭化物の量を引いた値として求められる。鋳物中の黒鉛及び炭化物の量は、鋳物に対して抽出残渣分析を実施する公知の方法から得ることができる。
【0025】
成分組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物とは、本発明で規定する成分組成を有する鋳物を工業的に製造する際に、原料や製造環境等から不可避的に混入するものをいう。
【0026】
次に、本発明の低熱膨張鋳物を得るための製造方法について説明する。
【0027】
はじめに、上記の化学成分を有する鋳片を製造する。鋳片の製造に用いる鋳型や、鋳型への溶鋼の注入装置、注入方法は特に限定されるものではなく、公知の装置、方法を用いればよい。
【0028】
続いて、凝固後の鋳片を500~700℃で30~60時間保持する熱処理を施す。この処理により、鋳物中に固溶したCの黒鉛としての析出をさらに促進させ、鋳物中の固溶C量を減少させる。これにより、経年変化が小さく、さらに被削性に優れた低熱膨張鋳物が得ることができる。
【0029】
さらに必要に応じて、冷却後の鋳物を300~350℃に加熱し、1~5時間保持する応力除去焼きなまし処理を施してもよい。これにより、凝固、冷却の過程で生じた残留応力を除去することができる。
【実施例
【0030】
[実施例1]
表1に示す成分組成となるように調整した溶湯を鋳型に注湯し鋳片を製造した。その後、表1に記載の熱処理を施し鋳物を得た。
【0031】
得られた各鋳物から、φ5×20Lの試験片を加工して、熱膨張測定装置により、25℃から100℃の平均熱膨張係数を求めた。
【0032】
また、No.2、3、7、8、12、13について、9mm×35mm×200mmの直方体の試料を作製し、9×35端面間の長さを測定することで24か月の経年変化を調査した。試料の長さ方向の平行度は0.01、9×200面と200×35面の直角度は0.1であった。測定面平面度交差はJIS B7506のK級とした。
【0033】
結果を表1に示す。
【0034】
本発明の低熱膨張鋳物は固溶C量が少なく、経年変化が小さいことが確認できた。これに対して、比較例では固溶C量が多く、経年変化が大きくなった。なお、No.13は、従来の経年変化が小さい低熱膨張鋳鋼を使用した参考例である。本発明の低熱膨張鋳物は、従来知られている経年変化が小さい低熱膨張鋳鋼と同等の経年変化であることが確認できた。
【表1】
【0035】
[実施例2]
表1に示したNo.2、3、7、12、13の成分組成を有する鋳物について、ドリル(コバルトハイス、ドリル径2.6mm)を用いて、切削油を使用し、切削速度:45m/min、1回転あたりの送り量:0.013mm/revで、深さ13mmの穴あけ加工を行ったときの切削抵抗で被削性を評価した。評価は、切削時に測定したスラストとトルクの平均値で行った。
【0036】
C量の多いNo.2,3,7,12は、No.13と比べてスラスト及びトルクともに低い値となり切削抵抗が小さく、高い被削性を示すことが確認できた。実施例1とあわせて、本発明例のNo.2,3,7については、経年変化が少なく、かつ、被削性に優れた低熱膨張鋳物が得られたことが確認できた。
【0037】
【表2】