(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】脳オルガノイドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20240822BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C12N5/079
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2021530619
(86)(22)【出願日】2020-06-30
(86)【国際出願番号】 JP2020025605
(87)【国際公開番号】W WO2021006107
(87)【国際公開日】2021-01-14
【審査請求日】2023-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2019126266
(32)【優先日】2019-07-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】石井 弘子
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-502407(JP,A)
【文献】特表2019-500888(JP,A)
【文献】特表2018-531011(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0334646(US,A1)
【文献】国際公開第2019/023693(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/100481(WO,A1)
【文献】Mol. Psychiatry,2018年,vol.23,p.2363-2374
【文献】Frontiers in Pharmacology,2020年03月31日,vol.11, article 396
【文献】Cell,2016年,vol.165, p.1238-1254
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を100ng/mL未満のFibroblast Growth Factor-2(FGF2)の存在下で培養する工程(a’)と、
前記多能性幹細胞から、
1~3μMのbone morphogenetic protein(BMP)阻害剤及び1~3μMのtransforming growth factor-β (TGF-β)阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、
工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋して
1~5μMのSMAD阻害剤及び
1~5μMのglycogen synthase kinase 3β(GSK3β)阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、
工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して培地中で撹拌培養する工程(c)とを含み、
前記工程(c)の少なくとも一部を
5~50ng/mLのLeukemia Inhibitory Factor (LIF)の存在下で行う、
アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法。
【請求項2】
前記工程(c)の少なくとも一部を20体積%超の酸素の存在下で行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(c)を100日間以上行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記多能性幹細胞の培養をフィーダーフリーで行う、請求項1~
3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記アルツハイマー病関連遺伝子が、Presenilin 1(PS1)遺伝子、Presenilin 2(PS2)遺伝子又はβ-amyloidprecusor protein(APP)遺伝子である、請求項1~
4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、直径が20μmより大きいアミロイド斑を有する
ことを特徴とする脳オルガノイド。
【請求項7】
脳オルガノイドの断面において、当該断面の総面積に対する、前記アミロイド斑1つあたりの面積の割合の平均が0.1%以上である、請求項
6に記載の脳オルガノイド。
【請求項8】
前記アミロイド斑の数が脳オルガノイド1個当たり2個以上である、請求項
6又は
7に記載の脳オルガノイド。
【請求項9】
アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)が0.15以上である、請求項
6~
8のいずれか一項に記載の脳オルガノイド。
【請求項10】
被験物質の存在下で、請求項
6~
9のいずれか一項に記載の脳オルガノイドを培養する工程と、
前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程とを含み、
前記アミロイド斑の大きさが縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の治療薬であることを示す、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項11】
アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を100ng/mL未満のFGF2の存在下で培養する工程(a’)と、
前記多能性幹細胞から、
1~3μMのBMP阻害剤及び1~3μMのTGF-β阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、
工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋して
1~5μMのSMAD阻害剤及び
1~5μMのGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、
工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、
工程(c)を100日間以上行った後に前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程(d)とを含み、
工程(c)の少なくとも一部を5~50ng/mLのLIFの存在下で行い、
工程(d)において、前記アミロイド斑の大きさが対照と比較して縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬のスクリーニング方法。
【請求項12】
アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を100ng/mL未満のFGF2の存在下で培養する工程(a’)と、
前記多能性幹細胞から、
1~3μMのBMP阻害剤及び1~3μMのTGF-β阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、
工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋して
1~5μMのSMAD阻害剤及び
1~5μMのGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、
工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、
工程(c)の前記脳オルガノイドによるアミロイドβ40及びアミロイドβ42の発現量を定量する工程(d’)とを含み、
工程(c)の少なくとも一部を5~50ng/mLのLIFの存在下で行い、
工程(d’)において、アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量の比が対照と比較して低下したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬又は治療薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳オルガノイドの製造方法に関する。より詳細には、本発明は、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法、アミロイド斑を有する脳オルガノイド、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法に関する。本願は、2019年7月5日に、日本に出願された特願2019-126266号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
オルガノイドとは、細胞が集積して形成された小型の臓器であり、生体内の臓器と類似した構造及び機能を有している。近年、多能性幹細胞から様々なオルガノイドを作製する研究が盛んに行われており、例えば、脳オルガノイド、腸オルガノイド、肝臓オルガノイド、腎臓オルガノイド等が作製されている。
【0003】
ところで、アルツハイマー病は不可逆的な進行性の脳疾患である。アルツハイマー病患者の脳には、アミロイド斑と呼ばれる特徴的な構造が認められ、アミロイド斑の構成成分はアミロイドβペプチドと呼ばれるペプチドであることが知られている。アミロイドβペプチドは、β-amyloidprecusor protein(APP)と呼ばれる前駆体タンパク質が切断されて生成される、長さ36~43個のアミノ酸からなるペプチドである。
【0004】
アルツハイマー病の治療薬の開発のために、アルツハイマー病モデルマウスが開発されている。しかしながら、ヒトとマウスの脳では構造が異なっており、アルツハイマー病モデルマウスで得られた知見がヒトに適用できない場合がある。そこで、より忠実にアルツハイマー病の病態を再現することができ、インビトロで使用可能なヒト脳オルガノイドが求められている。例えば、非特許文献1には、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞からアミロイド斑を有する脳オルガノイドを作製したことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Gonzalez C., et al., Modeling amyloid beta and tau pathology in human cerebral organoids., Mol Psychiatry, 23 (12), 2363-2374, 2018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載された脳オルガノイドの作製方法には、アミロイド斑の形成効率に改良の余地がある。そこで、本発明は、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを効率よく形成する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞から、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体(Embryoid Body,EB)を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びglycogen synthase kinase 3β(GSK3β)阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して培地中で撹拌培養する工程(c)とを含み、前記工程(c)の少なくとも一部をLeukemia Inhibitory Factor (LIF)の存在下で行う、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法。
[2]前記工程(c)の少なくとも一部を20体積%超の酸素の存在下で行う、[1]に記載の製造方法。
[3]前記工程(c)を100日間以上行う、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記工程(a)の前に、前記多能性幹細胞を100ng/mL未満のFibroblast Growth Factor-2(FGF2)の存在下で培養する工程を更に含む、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記多能性幹細胞の培養をフィーダーフリーで行う、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]前記アルツハイマー病関連遺伝子が、Presenilin 1(PS1)遺伝子、Presenilin 2(PS2)遺伝子又はβ-amyloidprecusor protein(APP)遺伝子である、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]直径が20μmより大きいアミロイド斑を有する脳オルガノイド。
[8]脳オルガノイドの断面において、当該断面の総面積に対する、前記アミロイド斑1つあたりの面積の割合の平均が0.1%以上である、[7]に記載の脳オルガノイド。
[9]前記アミロイド斑の数が脳オルガノイド1個当たり2個以上である、[7]又は[8]に記載の脳オルガノイド。
[10]アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)が0.15以上である、[7]~[9]のいずれかに記載の脳オルガノイド。
[11][1]~[6]のいずれかに記載の製造方法により製造された、[7]~[10]のいずれかに記載の脳オルガノイド。
[12]被験物質の存在下で、[7]~[10]のいずれかに記載の脳オルガノイドを培養する工程と、前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程とを含み、前記アミロイド斑の大きさが縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の治療薬であることを示す、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
[13]アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞から、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、工程(c)を100日間以上行った後に前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程(d)とを含み、工程(d)において、前記アミロイド斑の大きさが対照と比較して縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬のスクリーニング方法。
[14]アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞から、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、工程(c)の前記脳オルガノイドによるアミロイドβ40及びアミロイドβ42の発現量を定量する工程(d’)とを含み、工程(d’)において、アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量の比が対照と比較して低下したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬又は治療薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを効率よく形成する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実験例1における脳オルガノイド作製のスケジュールを示す図である。
【
図2】(a)及び(b)は、実験例2において、ヒト脳オルガノイドにおけるアミロイド斑を検出した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図3】実験例2において、ヒト脳オルガノイドの断面の総面積に対する直径20μm以上のアミロイド斑1つあたりの面積の割合(%)を示すグラフである。
【
図4】(a)~(e)は、実験例3において、ヒト脳組織及びヒト脳オルガノイドにおけるアミロイド斑を検出した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図5】(a)は、実験例4において、脳オルガノイドによるアミロイドβ40(Aβ40)の発現量を定量した結果を示すグラフである。(b)は、実験例4において、脳オルガノイドによるアミロイドβ42(Aβ42)の発現量を定量した結果を示すグラフである。(c)は、(a)及び(b)の結果に基づいて、脳オルガノイドのアミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)を算出した結果を示すグラフである。
【
図6】(a)は、実験例5において、100ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を用いて分化誘導した脳オルガノイドの写真である。(b)は、実験例5において、10ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を用いて分化誘導した脳オルガノイドの写真である。
【
図7】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びβIII tubulinの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図8】(a)及び(b)は、それぞれ、
図7(b)及び(c)の脳オルガノイドの中心部におけるタウタンパク質の染色画像を拡大したものである。
【
図9】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドをMC1抗体で免疫染色した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図10】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるMAP2及びGFAPの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図11】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドをBTA-1で染色した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図12】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びリン酸化タウタンパク質をウエスタンブロッティングにより検出した結果を示す写真である。(d)は、(b)及び(c)に基づいて、全タウタンパク質に対するリン酸化タウタンパク質の割合を算出した結果を示すグラフである。
【
図13】(a)及び(b)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びHuC/Dの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図14】(a)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びCTIP2の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(b)は、(a)の染色画像を拡大したものである。
【
図15】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びSynaptophysinの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図16】(a)~(c)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びgammaH2A.Xの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図17】(a)及び(b)は、実験例6において、脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びBNIP3の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図18】(a)~(c)は、実験例7において、脳オルガノイドにおけるリン酸化タウタンパク質、HuC/D及びGFAPの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図19】(a)~(c)は、実験例8において、脳オルガノイドをMC1抗体、抗HuC/D抗体及び抗GFAP抗体で免疫染色した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法]
1実施形態において、本発明は、アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びglycogen synthase kinase 3β(GSK3β)阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して培地中で撹拌培養する工程(c)とを含み、前記工程(c)の少なくとも一部をLeukemia Inhibitory Factor (LIF)の存在下で行う、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法を提供する。
【0011】
実施例において後述するように、本実施形態の製造方法により、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを効率よく形成することができる。
【0012】
本明細書において、多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。多能性幹細胞はヒトの細胞であることが好ましい。また、アルツハイマー病関連遺伝子としては、Presenilin 1(PS1)遺伝子、Presenilin 2(PS2)遺伝子、β-amyloidprecusor protein(APP)遺伝子等が挙げられる。
【0013】
ヒトPS1遺伝子のゲノムDNAのNCBIアクセッション番号はNC_000014.9である。ヒトPS2遺伝子のゲノムDNAのNCBIアクセッション番号はNC_000001.11である。ヒトAPP遺伝子のゲノムDNAのNCBIアクセッション番号はNC_000021.9である。
【0014】
アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞としては、これらのアルツハイマー病関連遺伝子に、アルツハイマー病の発症につながる変異を有した多能性幹細胞が挙げられる。
【0015】
アルツハイマー病の発症につながる変異としては、例えば、PS1遺伝子において、PS1タンパク質の第246番目のアミノ酸に、アラニンからグルタミン酸へのアミノ酸変異(A246E)を生じる遺伝子変異、PS2遺伝子において、PS2タンパク質の第141番目のアミノ酸に、アスパラギンからイソロイシンへのアミノ酸変異(N141I)を生じる遺伝子変異、APP遺伝子の重複等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0016】
アルツハイマー病の発症につながる変異は、ゲノム編集等により、人工的に導入した変異であってもよい。あるいは、アルツハイマー病患者由来の細胞から作製した多能性幹細胞を、アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞として用いてもよい。
【0017】
以下、本実施形態の製造方法の各工程について説明する。まず、工程(a)において、多能性幹細胞をSMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する。工程(a)は約7日間行うことが好ましい。本工程により、多能性幹細胞を神経系細胞に分化誘導させることができる。SMAD阻害剤としては、BMP阻害剤及びTGF-β阻害剤を併用することが好ましい。
【0018】
BMP阻害剤としては、Dorsomorphin(CAS番号:866405-64-3)、DMH1(CAS番号:1206711-16-1)、LDN-193189(CAS番号:1062368-24-4)等を使用することができる。これらは1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。BMP阻害剤の培地への添加量は、例えば、1~3μM程度が挙げられる。
【0019】
また、TGF-β阻害剤としては、A83-01(CAS番号:909910-43-6)、SB-431542(CAS番号:301836-41-9)、RepSox(CAS番号:446859-33-2)等を使用することができる。これらは1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。TGF-β阻害剤の培地への添加量は、例えば、1~3μM程度が挙げられる。
【0020】
本実施形態の製造方法では、全工程を、フィーダー細胞を使用せず、フィーダーフリーで行うことが好ましい。すなわち、アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞はフィーダーフリーで培養されたものであることが好ましく、工程(a)~(c)もフィーダーフリーで行うことが好ましい。これにより、培養操作が簡便になり、また、フィーダー細胞が脳オルガノイドに混入することを防止することができる。
【0021】
工程(a)の前に、多能性幹細胞を100ng/mL未満のFibroblast Growth Factor-2(FGF2)の存在下で培養する工程を更に行ってもよい。FGF2の培地への添加量は、100ng/mL未満が好ましく、例えば50ng/mLであってもよく、例えば10ng/mLであってもよい。
【0022】
FGF2はヒト由来であってもよく、マウス由来であってもよいが、ヒト由来であることが好ましい。
【0023】
多能性幹細胞をフィーダーフリーで培養する場合、培地にFGF2を100ng/mL添加することが通常である。これに対し、発明者らは、FGF2の培地への添加量を減少させることにより、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造効率が上昇することを明らかにした。
【0024】
FGF2の添加量が低すぎると、多能性幹細胞が分化してしまう場合がある。また、FGF2の添加量が多すぎると、神経上皮様構造が得られにくくなる傾向にある。
【0025】
また、例えば、FGF2の培地への添加量を10ng/mLとした場合、3週間程度以上培養を続けると多能性幹細胞の維持が困難になる。このため、多能性幹細胞をフィーダーフリー且つ10ng/mLのFGF2の存在下で培養する場合、培養時間は4週間以下とすることが好ましい。
【0026】
続いて、工程(b)において、工程(a)の後の胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びglycogen synthase kinase 3β(GSK3β)阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する。ここで、胚葉体は分散せずに細胞外マトリックスに包埋することが好ましい。胚葉体の分散方法は特に限定されず、物理的方法、酵素処理法等が挙げられるが、細胞を傷つけない観点から酵素処理法が好ましい。酵素処理法に用いられる酵素としては、TrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、TrypLE Select(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼI等を用いることができる。工程(b)は約7日間行うことが好ましい。
【0027】
細胞外マトリックスとしては、例えば、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン等が挙げられる。細胞外マトリックスとして、例えば、マトリゲル(コーニング社製)等の市販のものを利用してもよい。
【0028】
SMAD阻害剤としては、上述したTGF-β阻害剤を用いることが好ましい。SMAD阻害剤は工程(b)では1種類を単独で用いてもよく、工程(a)では2種類以上を組み合わせて用いる。SMAD阻害剤の培地への添加量は、例えば、1~5μM程度が挙げられる。なかでも、工程(b)ではSB-431542を用いることが好ましい。
【0029】
GSK3β阻害剤としては、例えば、CHIR99021(CAS番号:252917-06-9)、Kenpaullone(CAS番号:142273-20-9)、6-Bromoindirubin-3’-oxime(CAS番号:029-16241)等が挙げられる。GSK3β阻害剤の培地への添加量は、例えば、1~5μM程度が挙げられる。なかでも、CHIR99021を用いることが好ましい。
【0030】
続いて、工程(c)において、工程(b)の後のオルガノイドを細胞外マトリックスから取り出して培地中で撹拌培養する。撹拌培養は、バイオリアクターを用いて行うことが好ましい。バイオリアクターとしては、市販のものを使用することができる。
【0031】
工程(c)は100日間以上行うことが好ましい。実施例において後述するように、工程(c)を開始してから70日目の脳オルガノイドを解析した結果、アミロイド斑の形成が認められなかったのに対し、工程(c)を100日間以上行った脳オルガノイドを解析したところ、多数のアミロイド斑の形成が確認された。
【0032】
工程(c)の少なくとも一部において、培地にLeukemia Inhibitory Factor (LIF)を添加することが好ましい。LIFの添加量は、例えば、5~50ng/mL程度が挙げられる。培地へのLIFの添加は、工程(c)の一部のみで行ってもよいし、工程(c)の全部で行ってもよい。LIFはヒト由来であってもよく、マウス由来であってもよいが、ヒト由来であることが好ましい。発明者らは、撹拌培養をLIFの存在下で行うことにより、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造効率が上昇することを明らかにした。
【0033】
工程(c)の少なくとも一部を20体積%超の酸素の存在下で行うことが好ましい。20体積%超の酸素とは、通常の空気中の酸素濃度(約20体積%)よりも高い酸素濃度である。工程(c)における酸素の濃度は、20体積%超であることが好ましく、例えば30体積%であってもよく、例えば40体積%であってもよく、例えば50体積%であってもよい。発明者らは、撹拌培養を通常より高い酸素濃度下で行うことにより、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造効率が上昇することを明らかにした。
【0034】
酸素濃度を高くする期間は、例えば、工程(c)の開始後約7日目から培養終了までの期間であってもよく、工程(c)の開始後約14日目から培養終了までの期間であってもよく、工程(c)の開始後約21日目から培養終了までの期間であってもよい。
【0035】
[アミロイド斑を有する脳オルガノイド]
1実施形態において、本発明は、直径が20μm以上のアミロイド斑を有する脳オルガノイドを提供する。本実施形態の脳オルガノイドにおいて、アミロイド斑の直径は20μm超であってもよく、25μm以上であってもよく、30μm以上であってもよく、35μm以上であってもよく、40μm以上であってもよい。アミロイド斑の直径は、組織切片を抗アミロイドβ抗体で免疫染色し、アミロイド斑の断面形状を顕微鏡観察することにより測定することができる。アミロイド斑の断面形状が真円でない場合には、アミロイド斑の断面形状と同面積の真円を想定し、その直径をアミロイド班の直径としてもよい。
【0036】
本実施形態の脳オルガノイドはヒト由来であることが好ましい。従来、アミロイド斑を有するヒト脳オルガノイドを効率よく作製することは困難であった。これに対し、本実施形態の脳オルガノイドは、効率よく作製することができるため、アルツハイマー病の発症機序を研究したり、予防方法・治療方法を研究するためのモデルとして有用である。本実施形態の脳オルガノイドは、上述した製造方法により製造することができる。
【0037】
本実施形態の脳オルガノイドは、脳オルガノイドの断面において、当該断面の総面積に対する、直径20μm以上のアミロイド斑1つあたりの面積が占める割合の平均が0.1%以上であることが好ましい。
【0038】
本実施形態の脳オルガノイドにおいて、直径20μm以上のアミロイド斑の数は脳オルガノイド1個当たり2個以上であることが好ましい。
【0039】
また、本実施形態の脳オルガノイドは、アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)が0.15以上であることが好ましい。アミロイドβ40のアミノ酸配列を配列番号1に示し、アミロイドβ42のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0040】
アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比は、0.16以上であることがより好ましく、0.18以上であることが更に好ましく、0.2以上であることが特に好ましい。
【0041】
上述したいずれかの特徴を有する脳オルガノイドは、アルツハイマー病の病態を反映していると考えられるため、アルツハイマー病のモデルとして有用である。
【0042】
後述するように、本実施形態の脳オルガノイドは、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニングに用いることができる。したがって、一実施形態において、本発明は、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを含む、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング用キットを提供する。アミロイド斑を有する脳オルガノイドについては、上述したものと同様である。
【0043】
[アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、被験物質の存在下で、上述した、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを培養する工程と、前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程とを含み、前記アミロイド斑の大きさが縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の治療薬であることを示す、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0044】
被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0045】
アミロイド斑の大きさの測定は、例えば、脳オルガノイドを、抗アミロイドβ抗体を用いた免疫染色に供し、得られた染色画像に基づいて行うことができる。あるいは、脳オルガノイドを、2-(4’-メチルアミノフェニル)ベンゾチアゾール(BTA-1)等のアミロイド斑を染色することができる試薬で染色し、得られた染色画像に基づいて行うことができる。
【0046】
被験物質の存在下において、脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさが縮小した場合、当該被験物質は、アルツハイマー病の治療薬であるということができる。
【0047】
例えば、被験物質の存在下における脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさが、被験物質の非存在下における脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさと比較して縮小した場合、当該被験物質は、アルツハイマー病の治療薬であるということができる。
【0048】
あるいは、被験物質の投与後における脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさが、被験物質の投与前における脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさと比較して縮小した場合、当該被験物質は、アルツハイマー病の治療薬であるということができる。
【0049】
本実施形態のスクリーニング方法により、アルツハイマー病の治療薬をスクリーニングすることができる。本実施形態のスクリーニングにより得られるアルツハイマー病の治療薬は、形成されたアミロイド斑を縮小又は消失させる薬物であるということができる。
【0050】
[アルツハイマー病の予防薬のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞から、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、工程(c)を100日間以上行った後に前記脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する工程(d)と、を含み、工程(d)において、前記アミロイド斑の大きさが対照と比較して縮小したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬のスクリーニング方法を提供する。
【0051】
本実施形態のスクリーニング方法において、工程(a)及び(b)は、上述した、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法における工程(a)及び(b)と同様である。本実施形態のスクリーニング方法において、工程(c)は、上述した、アミロイド斑を有する脳オルガノイドの製造方法における工程(c)と同様であるが、工程(c)の少なくとも一部を被験物質の存在下で行う点において、上述した製造方法と異なっている。
【0052】
被験物質としては、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法において上述したものと同様である。
【0053】
本実施形態のスクリーニング方法においては、工程(d)で脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさを測定する。アミロイド斑の大きさは、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法において上述したものと同様にして測定することができる。
【0054】
工程(d)において、被験物質の存在下で培養した脳オルガノイドのアミロイド斑の大きさが対照と比較して縮小した場合、当該被験物質がアルツハイマー病の予防薬であるということができる。ここで、対照としては、被験物質の非存在下で培養した脳オルガノイド等が挙げられる。
【0055】
本実施形態のスクリーニング方法により、アルツハイマー病の予防薬をスクリーニングすることができる。本実施形態のスクリーニングにより得られるアルツハイマー病の予防薬は、アミロイド斑の形成前に投与することにより、アミロイド斑の形成を抑制又は防止する薬物であるということができる。
【0056】
[アルツハイマー病の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、アルツハイマー病関連遺伝子に変異を有する多能性幹細胞から、SMAD阻害剤の存在下で胚葉体を形成する工程(a)と、工程(a)の後の前記胚葉体を細胞外マトリックスに包埋してSMAD阻害剤及びGSK3β阻害剤の存在下で三次元培養し、オルガノイドを形成する工程(b)と、工程(b)の後の前記オルガノイドを前記細胞外マトリックスから取り出して、培地中で撹拌培養し、脳オルガノイドを得る工程であって、少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程(c)と、工程(c)の前記脳オルガノイドによるアミロイドβ40及びアミロイドβ42の発現量を定量する工程(d’)とを含み、工程(d’)において、アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量の比が対照と比較して低下したことが、前記被験物質がアルツハイマー病の予防薬又は治療薬であることを示す、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0057】
本実施形態のスクリーニング方法において、工程(a)~(c)は、上述した、アルツハイマー病の予防薬のスクリーニング方法における工程(a)~(c)と同様である。また、被験物質としては、アルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法において上述したものと同様である。
【0058】
本実施形態のスクリーニング方法においては、工程(d’)で脳オルガノイドによるアミロイドβ40及びアミロイドβ42の発現量を定量する。アミロイドβ40及びアミロイドβ42の発現量は、例えば、実施例において後述するものと同様のELISA法等により定量すればよい。具体的には、測定対象となる脳オルガノイドを、チューブやマイクロプレートのウェル等に移して、24~48時間程度培養し、培地中に分泌されたアミロイドβ40及びアミロイドβ42を測定してもよい。
【0059】
工程(d’)において、被験物質の存在下で培養した脳オルガノイドによるアミロイドβ40の発現量とアミロイドβ42の発現量の比が、対照と比較して低下した場合、当該被験物質はアルツハイマー病の予防薬又は治療薬であるということができる。ここで、対照としては、被験物質の非存在下で培養した脳オルガノイド等が挙げられる。
【0060】
工程(d’)において、アミロイドβ40の発現量とアミロイドβ42の発現量の比は、例えばモル比であってもよい。例えば、被験物質の投与により、モル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)が0.2未満、例えば0.15未満に低下した場合、当該被験物質は、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬であるということができる。すなわち、本実施形態のスクリーニング方法により、アルツハイマー病の予防薬又は治療薬をスクリーニングすることができる。
【実施例】
【0061】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
[実験例1]
(脳オルガノイドの作製1)
多能性幹細胞を培養し、脳オルガノイドを作製した。多能性幹細胞としては、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2、201B7、RPC771、野生型のヒトES細胞株であるKhES1、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2、PS2-2を使用した。
【0063】
PS1-2細胞は、PS1遺伝子が、PS1タンパク質の第246番目のアミノ酸に、アラニンからグルタミン酸へのアミノ酸変異(A246E)を生じる遺伝子変異を有することが明らかにされている。また、PS2-2細胞は、PS2遺伝子が、PS2タンパク質の第141番目のアミノ酸に、アスパラギンからイソロイシンへのアミノ酸変異(N141I)を生じる遺伝子変異を有することが明らかにされている。
【0064】
図1は、脳オルガノイド作製のスケジュールを示す図である。各多能性幹細胞の培養は、フィーダー細胞を使用しないフィーダーフリーで行った。まず、各細胞を、10ng/mLのFGF2を含む培地中で1~3週間培養した。
【0065】
続いて、培養0日目(Day0)において、単一細胞に解離させた各細胞を、2μM Dorsomorphin(シグマ社)及び2μM A83-01(トクリス社)、10μM Y27632(ナカライテスク社)を含み、FGF2を含まないiPS培地(iPS Medium)で懸濁し、96ウェルプレートに播種した。培養1日目(Day1)に、上記の培地からY27632を除いた培地を同量追加した。培養3日目(Day3)に半量の培地を交換した。
図1中、「Dorso」はDorsomorphinを示し、「A83」はA83-01を示す。
【0066】
続いて、培養5~6日目(Day5~6)に、培地の半量を誘導培地(Induction Medium)に交換した。誘導培地の組成は、DMEM/F12、GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1μM CHIR99021(セラジェンテクノロジー社)、1μM SB-431542(セラジェンテクノロジー社)、1×N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×NEAA(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×ペニシリン・ストレプトマイシンであった。
図1中、「CHIR」はCHIR99021を示し、「SB」はSB-431542を示す。
【0067】
続いて、培養7日目(Day7)に、各細胞をマトリゲル(BDバイオサイエンス社)に包埋し、誘導培地中で更に6日間培養した。培地は1日置きに半量を交換した。
【0068】
続いて、培養14日目(Day14)に、5mLピペットを用いてピペッティングすることにより、マトリゲルを機械的に解離して形成されたオルガノイドを取り出した。続いて、オルガノイドを分化培地(Differentiation medium)に懸濁し、バイオリアクター(エイブル社)に入れて撹拌培養した。分化培地の組成は、DMEM/F12、GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、2.5μg/mLインスリン(シグマ社)、0.1mM 2-メルカプトエタノール、1×NEAA(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×ペニシリン・ストレプトマイシン、10ng/mL LIF(メルクミリポア社)であった。培地は2~3日置きに交換した。
図1中、「N2」はN2サプリメントを示し、「B27」はB27サプリメントを示す。
【0069】
培養28日目(Day28)から、インキュベーター内の酸素濃度を40体積%に設定した。
【0070】
培養71日目(Day71)から、分化培地を成熟培地(Maturation medium)に交換し、撹拌培養を続けた。成熟培地の組成は、Neurobasal Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、20ng/mL BDNF(ペプロテック社)、20ng/mL GDNF(ペプロテック社)、0.5mM cAMP(シグマ社)、1×GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、0.2mMアスコルビン酸(シグマ社)、1×Antibiotic-Antimycotic(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、10ng/mL LIF(メルクミリポア社)であった。培地は2~3日置きに交換した。
【0071】
[実験例2]
(アミロイド斑の検出1)
実験例1で作製した脳オルガノイドにおけるアミロイド斑を検出した。培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)に、各脳オルガノイドを取り出し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。続いて、固定したオルガノイドを樹脂に包埋し、凍結切片を作製した。
【0072】
続いて、各凍結切片を抗アミロイドβ抗体(クローン6E10、バイオレジェンド社)で免疫染色し、アミロイド斑を検出した。
図2(a)は、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図2(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。
図2(b)中、矢印は直径20μm以上のアミロイド斑を示す。
【0073】
その結果、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞から作製した脳オルガノイドでは、再現性よくアミロイド斑が検出されたことが明らかとなった。
【0074】
図3は、各多能性幹細胞から作製した培養120日目の脳オルガノイドの切片(断面)において、当該断面の総面積に対する、直径20μm以上のアミロイド斑1つあたりの面積の割合(%)を示すグラフである。414C2、KhES1、PS1-2、PS2-2由来の脳オルガノイドについては3個のオルガノイドを解析した。また、201B7、RPC771由来の脳オルガノイドについては2個のオルガノイドを解析した。
図3中、「Control」は対照のiPS細胞又はES細胞由来の脳オルガノイドであることを示し、「AD」はアルツハイマー病患者由来のiPS細胞由来の脳オルガノイドであることを示す。また、「*」は、マン・ホイットニーの検定の結果、p<0.05で有意差が存在したことを示す。
【0075】
その結果、PS1-2、PS2-2由来の脳オルガノイドの断面において、当該断面の総面積に対する、直径20μm以上のアミロイド斑1つあたりの面積の割合の平均は0.1%以上であった。
【0076】
なお、培養84日目(Day84、撹拌培養を開始してから70日目)に、同様の検討を行った結果、いずれの細胞由来の脳オルガノイドにおいてもアミロイド斑は検出されなかった。したがって、アミロイド斑を形成させるためには、撹拌培養を開始してから100日間程度以上の培養が必要であることが明らかとなった。
【0077】
[実験例3]
(アミロイド斑の検出2)
抗アミロイドβ抗体の代わりに2-(4’-メチルアミノフェニル)ベンゾチアゾール(BTA-1、シグマ社)を用いて、実験例1で作製した脳オルガノイドにおけるアミロイド斑を検出した。BTA-1は、チオフラビン-Tの誘導体であり、アミロイドβペプチドの沈着物に対して、チオフラビン-Tの約50倍の高い親和性を示す化合物である。
【0078】
培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)に、各脳オルガノイドを取り出し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。続いて、固定したオルガノイドを樹脂に包埋し、凍結切片を作製した。
【0079】
続いて、各凍結切片をBTA-1で染色し、アミロイド斑を検出した。また、比較のために、対照のヒト脳組織切片(26歳)及びアルツハイマー病患者の脳組織切片(73歳)についても同様にBTA-1で染色した。
【0080】
図4(a)は対照(26歳)のヒト脳組織の結果を示す代表的な写真である。
図4(b)はアルツハイマー病患者(73歳)の脳組織の結果を示す代表的な写真である。
図4(c)は、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。
図4(d)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。
図4(e)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。
【0081】
その結果、対照(26歳)のヒト脳組織、414C2由来の脳オルガノイドには、アミロイド斑は検出されなかった。これに対し、アルツハイマー病患者(73歳)の脳組織、PS1-2から作製した培養120日目の脳オルガノイド、PS2-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドには、アミロイド斑が検出された。
【0082】
[実験例4]
(アミロイドβ40、アミロイドβ42の発現量の定量)
実験例1と同様にして作製した脳オルガノイドの培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)の培養上清中に分泌されたアミロイドβ40ペプチド及びアミロイドβ42ペプチドを、それぞれ市販のキット(富士フィルム和光純薬)を使用して、ELISA法により定量した。
【0083】
具体的には、培養118日目(Day118、撹拌培養を開始してから104日目)の脳オルガノイドを48ウェルプレートの1ウェルに1個ずつ移し、更に2日間培養した。脳オルガノイドとしては、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2、野生型のヒトES細胞株であるKhES1、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2、PS2-2から作製した脳オルガノイドを使用した。
【0084】
続いて、培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)の培養上清中に分泌されたアミロイドβ40ペプチド及びアミロイドβ42ペプチドを、それぞれ定量した。
【0085】
図5(a)はアミロイドβ40(Aβ40)の定量結果を示すグラフである。また、
図5(b)はアミロイドβ42(Aβ42)の定量結果を示すグラフである。また、
図5(c)は
図5(a)及び(b)の結果に基づいて、各脳オルガノイドのアミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)を算出した結果を示すグラフである。
図5(c)中、「*」は、対応のないStudent’s t検定の結果、p<0.05で有意差が存在したことを示す。
【0086】
その結果、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株(PS1-2、PS2-2)から作製した脳オルガノイドにおける、アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比(アミロイドβ42の発現量/アミロイドβ40の発現量)は、対照の脳オルガノイド(414C2、KhES1)と比較して有意に高いことが明らかとなった。アミロイドβ40の発現量に対するアミロイドβ42の発現量のモル比が高いと、アミロイド斑を形成しやすいといわれており、本実験例の結果はこれを支持するものである。
【0087】
[実験例5]
(脳オルガノイドの作製2)
アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2、PS2-2から脳オルガノイドを作製した。培養1日目(Day1)の前に、各細胞を100ng/mLのFGF2の存在下で1~3週間培養した点以外は実験例1と同様にして脳オルガノイドを作製した。
【0088】
その結果、100ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を分化誘導すると、10ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を分化誘導した場合と比較して、マトリゲル包埋した後の神経上皮様構造の形成効率が低くなることが明らかとなった。
図6(a)は100ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を用いて分化誘導を行った、培養14日目(Day14)の脳オルガノイドの写真である。
図6(b)は、10ng/mLのFGF2の存在下で培養したiPS細胞を用いて分化誘導を行なった、培養14日目(Day14)の脳オルガノイドの写真である。その結果、
図6(a)と比較して、
図6(b)において、より明瞭な神経上皮様構造が確認された。
【0089】
[実験例6]
(タウタンパク質の表現型の検討)
アルツハイマー病の特徴的な病理変化として、老人斑の沈着と神経原線維変化(Neurofibrillary tangle、NFT)、脳萎縮が知られている。NFTはタウの不溶性凝集体が細胞内に蓄積したものであるため、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株から作製した脳オルガノイド(PS1-2、PS2-2)におけるタウのタンパク質の表現型を免疫染色により解析した。
【0090】
《タウタンパク質及びβIII tubulinの免疫染色》
実験例1と同様にして作製した脳オルガノイドを、培養84日目(Day84、撹拌培養を開始してから70日目)に、4%パラホルムアルデヒドで固定した。続いて、固定したオルガノイドをO.C.T.コンパウンド(ケニス社)に包埋し、凍結切片を作製した。
【0091】
続いて、各凍結切片を抗タウ抗体(富士フィルム和光純薬工業株式会社、DAKO社)で免疫染色した。また、幼若神経細胞のマーカーであるβIII tubulinの免疫染色も行った。また、Hoechst33342で核の染色も行った。
【0092】
図7(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図7(a)は、対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図7(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図7(c)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。スケールバーは100μmである。また、
図7(a)~(c)中、「inner」はオルガノイドの中心部を示し、「outer」はオルガノイドの外縁部を示す。
【0093】
また、
図8(a)及び(b)は、
図7(b)及び(c)において、オルガノイドの中心部におけるタウタンパク質の染色画像を拡大したものである。スケールバーは20μmである。
図8(a)はPS1-2から作製した脳オルガノイドの結果であり、
図8(b)はPS2-2から作製した脳オルガノイドの結果である。
【0094】
その結果、Day84の脳オルガノイドにおいて、対照(414C2)から作製した脳オルガノイドではオルガノイド全体で一様にタウタンパク質の発現が観察されたのに対し、PS1-2、PS2-2から作製した脳オルガノイドでは、脳オルガノイドの内部でタウタンパク質が細胞体に蓄積していることが明らかとなった。
【0095】
《MC1抗体による免疫染色》
続いて、アルツハイマー病で観察されるタウタンパク質の早期の立体構造変化を認識するMC1抗体(Dr. Peter Daviesより供与頂いた。)で免疫染色を行った。また、Hoechst33342で核の染色も行った。
図9(a)~(c)は、オルガノイドの中心部の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図9(a)は、対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図9(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図9(c)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。スケールバーは20μmである。
【0096】
その結果、PS1-2、PS2-2から作製した脳オルガノイドの内部でタウタンパク質の蓄積が観察された細胞は、MC1抗体により染色されることが明らかとなった。この結果は、これらの細胞では蓄積したタウタンパク質の立体構造変化が起こっていることを示す。
【0097】
《MAP2及びGFAPの免疫染色》
続いて、成熟した神経細胞のマーカーであるMAP2の免疫染色を行った。また、アストロサイトのマーカーであるGFAPの免疫染色も行った。また、Hoechst33342で核の染色も行った。
【0098】
図10(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図10(a)は、対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図10(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図10(c)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。スケールバーは20μmである。
【0099】
その結果、脳オルガノイド内部の神経細胞では、成熟した神経細胞のマーカーであるMAP2が細胞体に蓄積していることが明らかとなった。
【0100】
《BTA-1による染色》
続いて、チオフラビン-Tの誘導体であるBTA-1(シグマ社)を用いて、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの凍結切片を染色した。また、比較のために、健常者の脳の組織切片及びアルツハイマー病患者の脳の組織切片もBTA-1で染色した。
【0101】
図11(a)~(c)は、染色結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは50μmである。
図11(a)は健常者の脳の代表的な結果であり、
図11(b)はアルツハイマー病患者の脳の代表的な結果であり、
図11(c)はPS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの代表的な結果である。
【0102】
その結果、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドは、アルツハイマー病患者の脳と同様にBTA-1で染色されることが明らかとなった。
【0103】
《タウタンパク質及びリン酸化タウタンパク質のウエスタンブロッティング》
続いて、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの抽出物をウエスタンブロッティングにより解析し、タウタンパク質及びリン酸化タウタンパク質を検出した。また、対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養84日目の脳オルガノイドの抽出物を同様にして解析した。
【0104】
図12(a)~(c)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図12(a)は、
図12(b)及び(c)をマージした結果である。
図12(b)は全タウタンパク質を検出した結果である。
図12(c)はリン酸化タウタンパク質を検出した結果である。また、
図12(d)は、
図12(b)及び(c)に基づいて、全タウタンパク質に対するリン酸化タウタンパク質の割合を算出した結果を示すグラフである。
【0105】
その結果、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドでは、対照と比較して、全タウタンパク質中のリン酸化タウタンパク質の割合が高いことが明らかとなった。
【0106】
《HuC/D及びCTIP2の免疫染色》
続いて、培養84日目の脳オルガノイドの中心部で見られる、タウタンパク質が細胞質に蓄積している細胞について、神経細胞マーカーであるHuC/Dと、神経細胞の層マーカーであるCTIP2を免疫染色した。
【0107】
図13(a)及び(b)は、タウタンパク質及びHuC/Dの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養84日目の脳オルガノイドについても同様に免疫染色を行った。スケールバーは20μmである。
【0108】
また、
図14(a)は、PS1-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びCTIP2の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図14(a)中、「inner」はオルガノイドの中心部を示し、「outer」はオルガノイドの外縁部を示す。スケールバーは100μmである。また、
図14(b)は、それぞれ、
図14(a)におけるオルガノイドの中心部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは20μmである。
【0109】
その結果、第5層神経細胞のマーカーであるCTIP2陽性の細胞は、脳オルガノイドの中心部で観察され、その一部では細胞質へのタウタンパク質の蓄積が見られた。この結果から、第5層神経細胞の一部において、細胞質へのタウタンパク質の蓄積が見られることが明らかとなった。
【0110】
《タウタンパク質及びSynaptophysinの免疫染色》
続いて、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及びSynaptophysinの免疫染色を行った。
【0111】
図15(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図15(a)中、「inner」はオルガノイドの中心部を示し、「outer」はオルガノイドの外縁部を示す。スケールバーは100μmである。また、
図15(b)は、
図15(a)のオルガノイドの外縁部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは10μmである。また、
図15(c)は、
図15(a)のオルガノイドの中心部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは10μmである。
【0112】
その結果、脳オルガノイドの外縁部と中心部で、Synaptophysinが検出された。顕微鏡写真を拡大すると、外縁部では神経突起に沿って多くのpunctaが観察されたが、中心部では、Synaptophysinが凝集したような染色像が得られた。脳オルガノイドの中心部ではタウタンパク質が神経細胞の細胞質に溜まり、神経突起の形成に異常が生じ、行き場を失ったSynaptophysinが凝集したものと考えられた。
【0113】
《タウタンパク質及びgammaH2A.Xの免疫染色》
続いて、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及び老化マーカーであるgammaH2A.Xの免疫染色を行った。
【0114】
図16(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図16(a)中、「inner」はオルガノイドの中心部を示し、「outer」はオルガノイドの外縁部を示す。スケールバーは100μmである。また、
図16(b)は、
図16(a)のオルガノイドの外縁部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは10μmである。また、
図16(c)は、
図16(a)のオルガノイドの中心部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは10μmである。
【0115】
その結果、脳オルガノイドの中心部でgammaH2A.Xが検出された。顕微鏡写真を拡大すると、外縁部にはgammaH2A.Xがほとんど存在しないが、中心部のタウタンパク質が蓄積した神経細胞でgammaH2A.Xが検出された。この結果は、脳オルガノイドの中心部の細胞で細胞老化現象が起きている可能性を示す。
【0116】
《タウタンパク質及びBNIP3の免疫染色》
続いて、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養84日目の脳オルガノイドにおけるタウタンパク質及び低酸素マーカーであるBNIP3の免疫染色を行った。
【0117】
図17(a)及び(b)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図17(a)中、「inner」はオルガノイドの中心部を示し、「outer」はオルガノイドの外縁部を示す。スケールバーは100μmである。また、
図16(b)は、
図16(a)のオルガノイドの中心部の染色画像を拡大したものである。スケールバーは5μmである。
【0118】
その結果、脳オルガノイドの中心部でBNIP3が検出され、低酸素状態となっていることが示唆された。顕微鏡写真を拡大すると、タウタンパク質が蓄積した細胞の一部で、BNIP3の発現が見られた。BNIP3はミトコンドリア外膜に存在し、ミトコンドリア オートファジー(マイトファジー)への関与が報告されている。したがって、これらの細胞ではミトコンドリアの集積や異常が起きている可能性が示唆された。
【0119】
[実験例7]
(リン酸化タウタンパク質の検出)
実験例1で作製した脳オルガノイドにおけるリン酸化タウタンパク質を検出した。培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)に、各脳オルガノイドを取り出し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。続いて、固定したオルガノイドをO.C.T.コンパウンド(ケニス社)に包埋し、凍結切片を作製した。
【0120】
続いて、各凍結切片を抗リン酸化タウ抗体(クローンAT8、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)で免疫染色し、リン酸化タウタンパク質を検出した。また、神経細胞マーカーであるHuC/D、アストロサイトマーカーであるGFAPの免疫染色も行った。また、Hoechst33342で核の染色も行った。
【0121】
図18(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図18(a)は、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図18(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図18(c)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。スケールバーは50μmである。その結果、各脳オルガノイドにおいてリン酸化タウタンパク質の存在が観察された。
【0122】
[実験例8]
(立体構造が変化したタウタンパク質の存在の検討)
実験例1で作製した脳オルガノイドにおける、立体構造が変化したタウタンパク質を検出した。培養120日目(Day120、撹拌培養を開始してから106日目)に、各脳オルガノイドを取り出し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。続いて、固定したオルガノイドをO.C.T.コンパウンド(ケニス社)に包埋し、凍結切片を作製した。
【0123】
続いて、各凍結切片を立体構造が変化したタウタンパク質を認識することが知られているMC1抗体(Dr. Peter Daviesより供与頂いた。)で免疫染色した。また、神経細胞マーカーであるHuC/D、アストロサイトマーカーであるGFAPの免疫染色も行った。また、Hoechst33342で核の染色も行った。
【0124】
図19(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図19(a)は、対照として、野生型のヒトiPS細胞株である、414C2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図19(b)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。また、
図19(c)は、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS2-2から作製した培養120日目の脳オルガノイドの結果を示す代表的な写真である。スケールバーは50μmである。
【0125】
その結果、アルツハイマー病患者由来のヒトiPS細胞株である、PS1-2、PS2-2由来の脳オルガノイド中のアストロサイトにおいて、立体構造が変化したタウタンパク質の存在を示すMC1陽性細胞が、対照である414C2由来の脳オルガノイドよりも多く観察された。
【産業上の利用可能性】
【0126】
本発明によれば、アミロイド斑を有する脳オルガノイドを効率よく形成する技術を提供することができる。
【配列表】