(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】心筋細胞の富化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20240822BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240822BHJP
C07K 16/28 20060101ALI20240822BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/071
C07K16/28
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2021540957
(86)(22)【出願日】2020-08-19
(86)【国際出願番号】 JP2020031194
(87)【国際公開番号】W WO2021033699
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019150593
(32)【優先日】2019-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020059409
(32)【優先日】2020-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】521442589
【氏名又は名称】オリヅルセラピューティクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(72)【発明者】
【氏名】吉田 善紀
(72)【発明者】
【氏名】三木 健嗣
(72)【発明者】
【氏名】小圷 美聡
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/100548(WO,A1)
【文献】特表2013-531497(JP,A)
【文献】特表2015-527886(JP,A)
【文献】特表2016-518853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C07K 16/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化する方法であって、
前記細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記幹細胞が、人工多能性幹細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
幹細胞から心房筋細胞または心室筋細胞を製造する方法であって、
(A)前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程、および
(B)前記細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程、
を含む製造方法。
【請求項4】
幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための試薬であって、
CD151検出プローブを含む、試薬。
【請求項5】
幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための、CD151検出プローブの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化する方法等に関する。
【0002】
[発明の背景]
人工多能性幹細胞(iPSC)及び胚性幹細胞(ESC)等の幹細胞から心筋細胞を誘導し、心疾患のための再生医療に用いる試みがなされている。
心房筋細胞と心室筋細胞とは異なる機能を有する。幹細胞から誘導される心筋細胞を含む細胞集団には、心房筋細胞および心室筋細胞を含む複数種の心筋細胞が含まれ、未分化細胞等の非心筋細胞も含まれ得る。このため、幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導し再生医療に適用するに際しては、治療の目的に応じて心房筋細胞または心室筋細胞のどちらか一方を細胞集団中において富化することが望ましい。
【0003】
非特許文献1には、マウス胎仔および新生仔の組織から単離した心筋細胞から、Integlin 6をマーカーとして用いて、心室筋細胞と心房筋細胞との分離を行う技術が記載されている。
また、非特許文献2には、iPSCから誘導した心筋細胞を、CD235aおよびRALDH2をマーカーとして用いて、心室筋細胞と心房筋細胞とに分離する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】"Differential Expression Levels of Integrin α6 Enable the Selective Identification and Isolation of Atrial and Ventricular Cardiomyocytes", PLoS One, 2015, 10(11):e0143538.
【文献】"Human Pluripotent Stem Cell-Derived Atrial and Ventricular Cardiomyocytes Develop from Distinct Mesoderm Populations", Cell Stem Cell, 2017, 21(2):179-194.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、幹細胞から誘導した、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題解決のため、本発明は、以下の[1]~[20]を提供する。
[1] 幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化する方法であって、
前記細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程を含む、方法。
[2] 心房筋細胞を富化する、[1]の方法であって、
前記細胞集団からCD151低発現細胞を回収する工程を含む、方法。
[3] 心室筋細胞を富化する、[1]の方法であって、
前記細胞集団からCD151高発現細胞を回収する工程を含む、方法。
[4] 前記幹細胞が、人工多能性幹細胞である、[1]-[3]のいずれか1つに記載の方法。
【0007】
[5] [1]の方法によって得られた、心房筋細胞または心室筋細胞が富化された細胞集団。
[6] [2]の方法によって得られた、心房筋細胞が富化された細胞集団。
[7] [3]の方法によって得られた、心室筋細胞が富化された細胞集団。
[8] [5]-[7]のいずれか1つに記載の細胞集団を含む、医薬。
【0008】
[9] 幹細胞から心房筋細胞または心室筋細胞を製造する方法であって、
(A)前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程、および
(B)前記細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程、
を含む製造方法。
[10] 心房筋細胞を製造する、[9]の方法であって、
(A)心房筋細胞分化条件下で前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程、および
(B)前記細胞集団からCD151低発現細胞を回収する工程を含む、製造方法。
[11] 心室筋細胞を製造する、[9]の方法であって、
(A)心室筋細胞分化条件下で前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程、および
(B)前記細胞集団からCD151高発現細胞を回収する工程を含む、製造方法。
[12] 前記幹細胞が、人工多能性幹細胞である、[9]-[11]のいずれか1つに記載の方法。
【0009】
[13] [9]の製造方法によって得られた、心房筋細胞または心室筋細胞。
[14] [10]の製造方法によって得られた、心房筋細胞。
[15] [11]の製造方法によって得られた、心室筋細胞。
[16] [9]-[11]のいずれか1つに記載の製造方法によって得られた、心房筋細胞または心室筋細胞を含む、医薬。
【0010】
[17] 幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための試薬であって、
CD151検出プローブを含む、試薬。
[18] CD151検出プローブが、抗CD151抗体である、[17]の試薬。
[19] 幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための、CD151検出プローブの使用。
[20] 幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するためのマーカーとしての、CD151の使用。
【0011】
[定義]
本発明において、「細胞集団(cell population)」とは、異なる種類の2以上の細胞の集合を意味する。「細胞亜集団(cell subpopulation)」は、細胞集団を構成する、同一または異なる細胞の集合であって、共通する性状を少なくとも1つ有する細胞の一群を意味する。
【0012】
「富化する(enrich)」及び「富化すること(enrichment)」とは、細胞の組成物などの組成物中の特定の構成成分の量を増加させることを指す。「富化された(enriched)」とは、細胞の組成物、例えば、細胞集団を説明するために使用される場合、特定の構成成分の量が、富化される前の細胞集団におけるかかる構成成分の割合と比較して増加したことを指す。例えば、細胞集団などの組成物を、標的細胞型に関して富化することができ、したがって、標的細胞型の割合は、富化される前の細胞集団内に存在する標的細胞の割合と比較して増加する。細胞集団は、当技術分野で公知の細胞の選択および選別方法によって、標的細胞型について富化することもできる。細胞集団は、本明細書に記載した特定の選択又は選別プロセスによって富化することもできる。本発明の特定の実施形態では、富化された後の細胞集団は、富化される前の細胞集団に対して、標的細胞集団に関し、少なくとも1%、2%、3%、4%、5%、6%、7%、8%、9%、10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、85%、90%、95%、97%、98%又は99%富化される。また、本発明の特定の実施形態では、富化された後の細胞集団は、標的細胞集団を少なくとも1%、2%、3%、4%、5%、6%、7%、8%、9%、10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、85%、90%、95%、97%、98%、99%又は100%含むことになる。
【0013】
「CD151」は、膜4回貫通型タンパクであり、テトラスパニンファミリーに属するタンパク質である。CD151は、細胞の分化、増殖および運動に関するシグナル伝達に重要な役割を果たす。また、CD151は、インテグリンと複合体を形成して細胞の接着および融合などの機能に関与することが知られている。
本発明においては、CD151は、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するためのマーカーとして使用される。
【0014】
「マーカー」とは、「マーカータンパク質」または「マーカー遺伝子」であって、所定の細胞型において細胞表面、細胞質内および/または核内等に特異的に発現するタンパク質またはその遺伝子を意味する。マーカーは、陽性選択マーカーあるいは陰性選択マーカーであり得る。好ましくは、マーカーは細胞表面マーカーであり、細胞表面選択マーカーによれば、生存細胞の濃縮、単離、および/または検出が実施可能となる。
マーカータンパク質の検出は、当該マーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーなどを利用して行うことができる。マーカータンパク質に特異的な抗体としては、マーカータンパク質における特定のアミノ酸配列またはマーカータンパク質に結合した特定の糖鎖等に結合する抗体を用いることができる。また、細胞内に発現し、細胞表面には現れないマーカータンパク質(例えば転写因子またはそのサブユニットなど)の場合は、当該マーカータンパク質とともにレポータータンパク質を発現させ、当該レポータータンパク質を検出することによって対象とするマーカータンパク質を検出できる。この方法は、適当な細胞表面マーカーが認められない場合に好ましく用いられ得る。マーカー遺伝子の検出は、当該分野で公知の核酸増幅方法および/または核酸検出方法、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップおよびRNAseq等を利用して行うことができる。
【0015】
「発現(expression)」とは、プロモーターにより駆動される特定のヌクレオチド配列の転写および/または転写産物の翻訳として定義される。
「陽性(positive)」または「発現する」とは、タンパク質またはmRNAが当該分野で公知の手法による検出可能量で発現していることを意味する。タンパク質の検出は、抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーを利用して行うことができる。また、細胞内に発現し、細胞表面には現れないタンパク質(例えば転写因子またはそのサブユニットなど)の場合は、当該タンパク質とともにレポータータンパク質を発現させ、当該レポータータンパク質を検出することによって対象とするタンパク質を検出できる。mRNAの検出は、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップおよびRNAseq等の核酸増幅方法および/または核酸検出方法を利用して行うことができる。
「陰性(negative)」または「発現しない」とは、タンパク質または遺伝子の発現量が、上記のような公知手法の全てあるいはいずれかによる検出下限値未満であることを意味する。タンパク質または遺伝子の発現の検出下限値は、各手法により異なり得る。
【0016】
「多能性(pluripotency)」とは、種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、3胚葉のどの系統の細胞にも分化し得る能力を意味する。「多能性(pluripotency)」は、胚盤には分化できず、したがって個体を形成する能力はないという点で、胚盤を含めて、生体のあらゆる組織に分化しうる「全能性(totipotency)」とは区別される。
「多能性(multipotency)」とは、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を意味する。例えば、間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞はmultipotentだが、pluripotentではない。
【0017】
「培養」とは、細胞をインビトロ環境において維持し、増殖させ(成長させ)、かつ/または分化させることを指す。「培養する」とは、組織外または体外で、例えば、細胞培養ディッシュ、プレート、フラスコまたは培養槽(タンク)中で細胞を維持し、増殖させ(成長させ)、かつ/または分化させることを意味する。
「維持培養(Sustain)」とは、所望の細胞集団をそれらの数を維持しながら培養することを意味する。細胞数の維持は、細胞が増殖することなく生存することにより達せられるものであっても、細胞の増殖による増数と死滅による減数とが拮抗することによって達せされるものであってもよい。細胞数の維持は、細胞の数が完全に同一に維持される必要はなく、本発明の目的に照らして細胞の数が実質的に同一に維持されればよい。
「拡大培養(Expand)」とは、所望の細胞集団を増殖させ、細胞数を増加させることを目的として培養することを意味する。細胞数の増加は、細胞の増殖による増数が死滅による減数を超えることによって達成されるものであればよく、細胞集団の全ての細胞が増殖することを要さない。細胞数の増加は、拡大培養の開始前に比して1.1倍、1.2倍、1.5倍、2倍、3倍、4倍、5倍、6倍、7倍、8倍、9倍、10倍、15倍、20倍、30倍、40倍、50倍、100倍、300倍、500倍、1000倍、3000倍、5000倍、10000倍、100000倍、1000000倍以上でありうる。
【0018】
「~を含む(comprise(s)またはcomprising)」とは、その語句に続く要素の包含を示すがこれに限定されないことを意味する。したがって、その語句に続く要素の包含は示唆するが、他の任意の要素の除外は示唆しない。
【0019】
「約」または「およそ」とは、基準値に対してプラスまたはマイナスそれぞれ30%、25%、20%、15%、10%、8%、6%、5%、4%、3%、2%または1%まで変動する値を示す。好ましくは、「約」または「およそ」という用語は、基準値に対してプラスまたはマイナスそれぞれ15%、10%、5%、または1%の範囲を示す。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、幹細胞から誘導した、心筋細胞を含む細胞集団において、心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】心室筋細胞および心房筋細胞が示す代表的な活動電位波形を示す図である。
【
図2】心室筋細胞誘導条件でiPSCから誘導した、心筋細胞を含む細胞集団におけるCD151の発現をフローサイトメーターで解析した結果を示す図である。横軸はEmGFPの蛍光強度、縦軸はAlexa(登録商標)647の蛍光強度を示す。図中「Q2」が「CD151-high」の細胞亜集団、「Q4」が「CD151-low」の細胞亜集団を示す。
【
図3】心房筋細胞誘導条件でiPSCから誘導した、心筋細胞を含む細胞集団におけるCD151の発現をフローサイトメーターで解析した結果を示す図である。横軸はEmGFPの蛍光強度、縦軸はAlexa(登録商標)647の蛍光強度を示す。図中「Q2」が「CD151-high」の細胞亜集団、「Q4」が「CD151-low」の細胞亜集団を示す。
【
図4】心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」および心房筋細胞分化条件で得られた「CD151-low」における、心房筋細胞のマーカー遺伝子(KCNA5, KCNJ3, NPPA, NR2F1, NR2F2, TBX5)および心室筋細胞のマーカー遺伝子(HEY2, MYL2)の発現量を示すグラフである。心房筋細胞のマーカー遺伝子の発現量は、心房筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」における発現量を1とした相対値(平均値±標準誤差)により示す。心室筋細胞のマーカー遺伝子の発現量は、心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」における発現量を1とした相対値(平均値±標準誤差)により示す。
【
図5】心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」および心房筋細胞分化条件で得られた「CD151-low」の心房筋特異的チャネルの阻害剤および活性化剤に対する応答を示すグラフである。(A)は阻害剤(4-アミノピリジン)に対する応答、(B)は活性化剤(カルバコール)に対する応答を示す。
【0022】
[発明の詳細な説明]
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0023】
1.幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団における心房筋細胞または心室筋細胞の富化方法
本発明に係る心房筋細胞または心室筋細胞の富化方法は以下の工程を含む。
(1)心筋細胞を含む細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程。
【0024】
本発明に係る方法において心房筋細胞を富化する場合、工程(1)は具体的には以下の工程(1-1)である。
(1-1)心筋細胞を含む細胞集団からCD151低発現細胞を回収する工程。
幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、CD151高発現によって特定される細胞亜集団には、CD151低発現によって特定される細胞亜集団に比して、より高い比率で心室筋細胞が含まれる。したがって、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団からCD151高発現によって特定される細胞亜集団を除去すること、あるいは心筋細胞を含む細胞集団からCD151低発現によって特定される細胞亜集団を回収することで、細胞集団において心房筋細胞を富化することができる。
【0025】
一方、本発明に係る方法において心室筋細胞を富化する場合、工程(1)は具体的には以下の工程(1-2)である。
(1-2)心筋細胞を含む細胞集団からCD151高発現細胞を回収する工程。
幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において、CD151高発現によって特定される細胞亜集団には、CD151低発現によって特定される細胞亜集団に比して、より高い比率で心室筋細胞が含まれる。したがって、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団からCD151低発現によって特定される細胞亜集団を除去すること、あるいは心筋細胞を含む細胞集団からCD151高発現によって特定される細胞亜集団を回収することで、細胞集団において心室筋細胞を富化することができる。
【0026】
[CD151検出プローブ]
細胞におけるCD151の発現レベルは、CD151に結合性を有するCD151検出プローブ(以下、単に「プローブ」とも称する)を用いて決定することができる。
プローブは、例えば、抗体および核酸(アプタマーなど)等であってよく、抗体であることが好ましい。
プローブは、光学的、電気的あるいは磁気的に検出可能な標識がなされていることが好ましい。この場合、細胞とプローブとを接触させ、CD151に結合したプローブの標識からの信号を光学的、電気的あるいは磁気的に検出することで、その信号強度に基づいて細胞におけるCD151の発現レベルを決定できる。
また、例えばプローブが抗体である場合には、該抗体に結合する標識2次抗体を用いて細胞におけるCD151の発現レベルを決定することもできる。
本発明は、上記プローブを含む、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む細胞集団において心房筋細胞または心室筋細胞を富化するための試薬をも提供する。
【0027】
細胞におけるCD151の発現レベルは、細胞集団における発現レベルの分布に基づいて一定の基準値を設定し、該基準値以上の発現レベルを示す細胞を高発現、該基準値未満の発現レベルを示す細胞を低発現と決定することができる。この場合の基準値としては、例えば各細胞の発現レベルの最大値、平均値、中央値または最頻値であってよく、好ましくは最大値である。基準値は、目的とする細胞富化率に応じて適宜設定され得るものであり、例えば、各細胞の発現レベルの最大値、平均値、中央値または最頻値(好ましくは最大値)よりも1%、2%、3%、4%、5%、10%、15%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、100%あるいはそれ以上大きいまたは小さい値も設定し得る。
また、細胞におけるCD151の発現レベルは、幹細胞における発現レベルを基準値として設定し、該基準値以上の発現レベルを示す細胞を高発現、該基準値未満の発現レベルを示す細胞を低発現と決定することもできる。この場合の基準値としては、例えば幹細胞における発現レベルの最大値、平均値、中央値または最頻値であってよく、好ましくは最大値である。基準値は、目的とする細胞富化率に応じて適宜設定され得るものであり、例えば、幹細胞における発現レベルの最大値、平均値、中央値または最頻値(好ましくは最大値)よりも1%、2%、3%、4%、5%、10%、15%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、100%あるいはそれ以上大きいまたは小さい値も設定し得る。
あるいは、細胞におけるCD151の発現レベルは、プローブと接触していない細胞(陰性コントロール)について、プローブと接触させた細胞と同様にして検出された信号強度を基準値として設定し、該基準値以上の信号強度を示す細胞を高発現、該基準値未満の信号強度を示す細胞を低発現と決定することもできる。基準値は、目的とする細胞富化率に応じて適宜設定され得るものであり、例えば、陰性コントロールの発現レベルの最大値、平均値、中央値または最頻値(好ましくは最大値)よりも1%、2%、3%、4%、5%、10%、15%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、100%あるいはそれ以上大きいまたは小さい値も設定し得る。
【0028】
目的とする細胞亜集団の回収あるいは目的としない細胞亜集団の除去は、従来公知の条件を適用でき、例えばフローサイトメーターによる細胞分取を好適に適用できる。一例として、まず細胞に抗CD151一次抗体を反応させる。細胞を洗浄して細胞に結合していない抗CD151一次抗体を除去した後、細胞に蛍光標識2次抗体を反応させる。さらに細胞を洗浄して一次抗体に結合していない蛍光標識2次抗体を除去した後、フローサイトメーターで細胞の蛍光強度を測定し、上述した基準値以上の発現レベルを示す細胞をCD151高発現細胞亜集団(CD151-high)、基準値未満の発現レベルを示す細胞をCD151低発現細胞亜集団(CD151-low)としてソーティングする。
【0029】
2.心房筋細胞または心室筋細胞が富化された心筋細胞集団
本発明は、上記富化方法によって得られた、心房筋細胞が富化された細胞集団および心室筋細胞が富化された細胞集団をも提供する。
【0030】
細胞集団に占める心房筋細胞あるいは心室筋細胞の割合は、特に限定はされないが、幹細胞から誘導された、心筋細胞を含む当初細胞集団における割合に比して、回収された目的とする細胞亜集団における割合が例えば5%、10%、20%、30%、40%、50%、好ましくは60%、70%、80%、90%、より好ましくは100%、150%、200%、300%、400%、さらに好ましくは500%以上高い。心房筋細胞が富化された細胞集団あるいは心室筋細胞が富化された細胞集団に占める心房筋細胞あるいは心室筋細胞の割合は、例えば、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、好ましくは60以上、70%以上、80%以上、90%以上、より好ましくは99.5%以上、99.9%以上である。
【0031】
細胞が心房筋細胞あるいは心室筋細胞であることの特定は、従来公知の手法によって行うことができ、例えば以下のような電気生理学的解析、マーカー発現解析および薬剤反応解析による特定を採用できる。
【0032】
電気生理学的解析による特定には例えば、パッチクランプ法による以下の(1)-(7)のいずれかを採用できる。心室筋細胞および心房筋細胞の代表的な活動電位波形を
図1に示す。
(1)30%再分極時の活動電位持続時間(APD30)と90%再分極時の活動電位持続時間(APD90)の比(APD30/90)が0.3以上であり、かつ、波形立ち上がりの最大速度(dv/dt
max)が10以上である活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞と定義する。一方、APD30/90が0.3未満であり、かつ、dv/dt
maxが10以上である活動電位波形を示す細胞は心房筋細胞と定義する。この場合、dv/dt
maxが10未満、かつ自発活動電位周期が1s以上の活動電位波形を示す細胞は心室筋細胞および心房筋細胞のどちらにも分類されない未成熟な心筋細胞と定義される(Cell Stem Cell, 2017, 21, 179-194)。
(2)50%再分極時の活動電位持続時間(APD50)またはAPD90の値が有意に長い活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞、有意に短い活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞と定義する(JCI Insight, 2018;3(12):e99941、Eur. Heart J. 2017, 38, 292-301)。
(3)20%再分極時の活動電位持続時間(APD20)またはAPD50またはAPD90の値が有意に長く、活動電位プラトー相の振幅(APA
Plat)が有意に大きな活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞、APD20またはAPD50またはAPD90の値が有意に短く、APA
Platが有意に小さな活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞と定義する(Stem Cell Reports. 2017 Dec 12; 9(6): 1765-1779)。
(4)APD20と80%再分極時の活動電位持続時間(APD80)の比(APD20/80)の値が有意に大きな活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞、有意に小さな活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞と定義する(JCI Insight, 2018;3(12):e99941)。
(5)APD90とAPD50の比(APD90/50)の値が有意に小さな活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞、有意に大きな活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞と定義する(Eur. Heart J., 2017, 38, 292-301、Eur. Heart J., 2011, 32, 952-962)。
(6)APD90/50が1.4未満となる活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞と定義し、APD90/50が1.7よりも大きな活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞と定義する。この場合、APD90/50が1.4以上1.7以下となる活動電位波形を示す細胞はペースメーカー細胞と定義される(Eur. Heart J., 2011, 32, 952-962)。
(7)20mV以内の膜電位変化を伴うプラトー相が50ms以上であり、dv/dt
maxが50よりも大きく、活動電位振幅(APA)が85 mVよりも大きく、かつAPD90/50が2.3未満である活動電位波形を示す細胞を心室筋細胞と定義する。同活動電位波形に対して、プラトー相を欠く点でのみ異なる活動電位波形を示す細胞を心房筋細胞、プラトー相を欠くのに加えてAPD90/50が2.3を超える点で異なる活動電位波形を示す細胞をペースメーカー細胞と定義する
(PNAS, 2017, E8372-E8381)。
【0033】
マーカー発現解析による特定は、マーカータンパク質やマーカー遺伝子の発現を測定し、細胞が心房筋細胞マーカーを発現し、好ましくはさらに心室筋細胞マーカーを発現していなければ、その細胞が心房筋細胞であると判断できる。反対に、細胞が心室筋細胞マーカーを発現し、好ましくはさらに心房筋細胞マーカーを発現していなければ、その細胞が心室筋細胞であると判断できる。心房筋細胞のマーカー遺伝子としてはKCNA5(Potassium voltage-gated channel subfamily A member 5), KCNJ3(Potassium voltage-gated channel subfamily J member 3), NPPA(Natriuretic peptide A), NR2F1(Nuclear receptor subfamily 2 group F member 1), NR2F2(Nuclear receptor subfamily 2 group F member 2), TBX5(T-Box 5)、心室筋細胞のマーカー遺伝子としてはHEY2(Hes related family BHLH transcription factor with YRPW motif 2), MYL2(Myosin light chain2)が公知である。
なお、心房筋細胞心および心室筋細胞を含む心筋細胞は、少なくとも心筋トロポニン(cTNT), αMHC(α myosin heavy chain、MYH6)およびβMHC(MYH7)からなる群から選択される少なくとも一つのマーカーを発現している細胞を意味する。cTNT遺伝子は、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000364が例示され、マウスの場合、NM_001130176が例示される。αMHC遺伝子は、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_002471が例示され、マウスの場合、NM_001164171が例示される。βMHC遺伝子は、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000257が例示され、マウスの場合、NM_080728が例示される。
マーカータンパク質の検出は、当該マーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーなどを利用して行うことができる。マーカー遺伝子の検出は、当該分野で公知の核酸増幅方法および/または核酸検出方法、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップ等を利用して行うことができる。
【0034】
薬剤反応解析による特定としては、心房筋細胞あるいは心室筋細胞に特異的に発現するチャネルを活性化あるいは阻害する薬剤に対する細胞の応答を検出する方法が挙げられる。例えば、カルバコールは心房筋細胞に特異的に発現するムスカリン性Kチャネル(IK,Ach)を活性化する薬剤であり、これを細胞に添加すると、心房筋細胞でのみ活動電位持続時間(APD)の短縮がみられるが、心室筋細胞のAPDには影響しない。また、4-アミノピリジン(4-aminopyridine)は超急速活性化遅延整流Kチャネル(IKur)を阻害する薬剤であり、これを細胞に添加すると、心房筋細胞でのみAPD20の延長がみられるが、心室筋細胞のAPDには影響しない(Stem Cell Reports, 2018;11(6):1378-1390.)。このような薬剤に対する細胞の応答性を検出することによっても心房筋細胞あるいは心室筋細胞の特定を行うことができる。
【0035】
3.幹細胞からの心房筋細胞または心室筋細胞の製造方法
本発明に係る幹細胞からの心房筋細胞または心室筋細胞の製造方法は、以下の工程を含む。
(A)前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程。
(B)前記細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する工程。
本発明に係る製造方法において心房筋細胞を製造する場合、工程(A)(B)は具体的には以下の工程(A-1)(B-1)である。
(A-1)心房筋細胞分化条件下で前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程。
(B-1)前記細胞集団からCD151低発現細胞を回収する工程。
一方、本発明に係る製造方法において心室筋細胞を製造する場合、工程(A)(B)は具体的には以下の工程(A-2)(B-2)である。
(A-2)心室筋細胞分化条件下で前記幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する工程、
(B-2)前記細胞集団からCD151高発現細胞を回収する工程。
【0036】
[誘導工程]
工程(A)(A-1)(A-2)では、幹細胞から心筋細胞を含む細胞集団を誘導する。
【0037】
[幹細胞]
「幹細胞(stem cell)」としては、例えば、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)が挙げられる。
本発明において使用可能な「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、生体の種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、3胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの系統の細胞にも分化し得る能力を有する幹細胞を指す。それには、特に限定されないが、例えば、胚性幹細胞(ESC)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞、精子幹細胞、胚性生殖細胞、人工多能性幹細胞(本明細書中、「iPSC」と称することもある)などが挙げられる。また、本発明において使用可能な「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」とは、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を有する幹細胞を指す。本発明において使用可能な「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」としては、例えば、歯髄幹細胞、口腔粘膜由来幹細胞、毛包幹細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の体性幹細胞などが挙げられる。好ましい多能性幹細胞(pluripotent stemcell)は、ESCおよびiPSCである。
【0038】
「ESC」としては、マウスESCであれば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスESC株が利用可能であり、ヒトESCであれば、ウィスコンシン大学、NIH、理研、京都大学、国立成育医療研究センターおよびCellartis社などが樹立した各種ヒトESC株が利用可能である。たとえば、ヒトESC株としては、ESI Bio社が分譲するCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WiCell Researchが分譲するH1株、H9株等、理研が分譲するKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株等を利用することができる。
【0039】
「人工多能性幹細胞」とは、哺乳動物体細胞または未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞を指す。現在、「人工多能性幹細胞」にはさまざまなものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPSC(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPSC(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPSC(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)等も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。
このほか、公開されているすべての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;、Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。
人工多能性幹細胞株としては、NIH、理研、京都大学等が樹立した各種iPSC株が利用可能である。例えば、ヒトiPSC株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株等、京都大学の253G1株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1231A3株、1390D4株および1390C1株等が挙げられ、1390D4株および1390C1株がより好ましい。あるいは、京都大学やCellular Dynamics International等から提供される臨床グレードの細胞株並びにそれらの細胞株を用いて作製された研究用および臨床用の細胞株等を用いてもよい。
【0040】
[心房筋細胞分化条件]
心房筋細胞分化条件は、従来公知(例えばEMBO Mol Med (2015)7:394-410参照)の条件を適用できる。例えば、iPSCから作成した胚葉体を、BMP4、アクチビンAおよびbFGFを含む基礎培地で2日間培養後、VEGF、Wnt阻害剤、TGF-β阻害剤およびレチノイン酸を含む基礎培地で3日間培養する。さらに、VEGFを含む基礎培地で培養を行うことにより、心房筋細胞を含む細胞集団を得ることができる。
分化誘導期間は、特に限定はされないが、例えば7-40日であり、目的に応じて例えば120日、90日、60日、30日、28日、21日、14日あるいは7日であってよい。
【0041】
[心室筋細胞分化条件]
心室筋細胞分化条件は、従来公知(例えばCell Stem Cell. (2011) 8(2):228-40参照)の条件を適用できる。例えば、iPSCから作成した胚葉体を、BMP4、アクチビンAおよびbFGFを含む基礎培地で2日間培養後、VEGF、Wnt阻害剤、BMP4阻害剤およびTGF-β阻害剤を含む基礎培地で3日間培養する。さらに、VEGFを含む基礎培地で培養を行うことにより、心室筋細胞を含む細胞集団を得ることができる。
分化誘導期間は、特に限定はされないが、例えば7-40日であり、目的に応じて例えば120日、90日、60日、30日、28日、21日、14日あるいは7日であってよい。
【0042】
基礎培地としては、特に限定されないが、例えばStemPro-34 SFM(ThermoFisher)、STEMdiff APEL2培地(STEMCELL Technologies、ST-05275)、TeSR1培地ならびにChemicallyDefined Medium(CDM)培地が好適に用いられる。この他、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM(IMEM)培地、Improved MDM(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(High glucose、Low glucose)、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、およびこれらの混合培地等も用いられ得る。
CDM培地としては、特に限定されないが、例えば、Iscove's modified Dulbecco's medium(GEヘルスケア社製)から調製される培地が使用され得る。
基礎培地には、Ham's F-12 nutrient mixture、ヒト血清アルブミン等のアルブミン、polyvinylalcohol (PVA)、Deionized BSA、リノール酸、リノレン酸、コレステロール、インスリン、アポトランスフェリン、セレン、エタノールアミン、モノチオグリセロール、Protein-free hybridoma mixture II (PFHMII)、アスコルビン酸、L-alanyl-L-glutamineおよび/又は抗生物質等の通常の細胞培養に用いられる物質が添加され得る。
【0043】
Wnt阻害剤(Wntシグナル阻害剤)には、Wntを介したシグナル伝達経路を阻害する物質であって、例えばIWP-2、IWP-3、IWP-4、2-(4-トリフルオロメチルフェニル)-7,8-ジヒドロ-5H-チオピラノ[4,3-d]ピリミジン-4(3H)-オン、IWR1、G-CSF、IGFBP4、Dkk1、Cerberus、抗Wnt抗体、Wntアゴニスト(Wnt受容体阻害剤)、可溶型Wnt受容体タンパク(Frzb-1等)、ドミナントネガティブ体等を用いることができる。これらは、2以上を組み合わせて用いてもよい。
BMP4阻害剤には、例えばDorsomorphin(6-[4-(2-ピペリジン-1-イルエトキシ)フェニル]-3-ピリジン-4-イルピラゾロ[1,5-A]ピリミジン)、Indirubin-3'-oxime、Phenformin HCl、GSK621、WZ4003、HTH-01-015等を用いることができる。これらは、2以上を組み合わせて用いてもよい。
TGF-β阻害剤には、SB431542(4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-benzamide)、A83-01(4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-benzamide)、LDN193189(4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]-quinoline)、GW788388(4-[4-[3-(2-Pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]-2-pyridinyl]-N-(tetrahydro-2H-pyran-4-yl)-benzamide)、SM16(4-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-bicyclo[2.2.2]octane-1-carboxamide)、IN-1130(3-[[5-(6-Methyl-2-pyridinyl)-4-(6-quinoxalinyl)-1H-imidazol-2-yl]methyl]-benzamide)、GW6604(2-Phenyl-4-[3-(pyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]pyridine)およびSB505124(2-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-2-(1,1-dimethylethyl)-1H-imidazol-5-yl]-6-methyl-pyridine)等が挙げられる。これらは、2以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
[分離工程]
工程(B)(B-1)(B-2)では、得られた細胞集団から、CD151の発現量を指標にして、心房筋細胞または心室筋細胞を回収する。
【0045】
本工程は、上述した心房筋細胞または心室筋細胞の富化方法と同様である。
【0046】
4.心房筋細胞および心室筋細胞
本発明は、上記製造方法によって得られた、心房筋細胞および心室筋細胞が富化された細胞集団をも提供する。
【0047】
[医薬]
本発明に係る細胞集団ならびに心房筋細胞および心室筋細胞は、これを含む心疾患治療用の細胞医薬、および該細胞医薬の投与による心疾患の治療方法に適用され得る。また、本発明は、前記細胞医薬の製造のための前記細胞集団ならびに心房筋細胞および心室筋細胞の使用、および心疾患の治療に用いるための前記細胞集団ならびに心房筋細胞および心室筋細胞をも提供する。
細胞医薬は、心筋梗塞、心不全、虚血性心疾患、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症等の心疾患の再生医療に用いられ得る。
【0048】
細胞医薬が含有する細胞は、例えば培養中の細胞を剥離して回収された細胞であっても、凍結保存液中に凍結された細胞であってもよい。拡大培養して得られる同ロットの細胞を小分けして凍結保存したものを使用すると、安定して同様の作用効果が得られる点、取扱い性に優れる点等において好ましい。
【0049】
細胞医薬は、適当な溶媒中に細胞を懸濁してなる懸濁液、細胞凝集塊、および単層又は2以上の層に形成された細胞シート等の任意の形態であってよい。溶媒は、水、生理食塩水あるいは各種の緩衝液や細胞保存液が使用され得る。また、細胞凝集塊及び細胞シートは、細胞のみからなるものであっても、適当な生体適合性の材料と細胞とからなるものであってもよい。生体適合性材料としては、コラーゲン、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸、アルギン酸塩、ポリエチレンオキシド、ポリ乳酸-ポリグリコール酸のコポリマー、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、ヒト真皮、またはそれらの組み合わせが挙げられる。生体適合性材料は、シートなどの膜、スポンジなどの多孔体、あるいは織物、布地および不織布等のメッシュなどであってよい。
【0050】
細胞医薬は、用途や形態に応じて、常法に従って、薬学的に許容される担体や添加物等のその他の成分を含有させてもよい。担体や添加物としては、例えば、等張化剤、増粘剤、糖類、糖アルコール類、防腐剤(保存剤)、殺菌剤又は抗菌剤、pH調節剤、安定化剤、キレート剤、油性基剤、ゲル基剤、界面活性剤、懸濁化剤、流動化剤、分散剤、緩衝剤、抗酸化剤等が挙げられる。
【0051】
細胞医薬により、該細胞医薬の治療有効量を患者に投与することを含む、上記疾患の治療方法が提供される。
治療有効量とは、細胞を患者に投与した場合に、投与していない対照と比較して上記疾患に対して治療効果を得ることができる細胞の量である。具体的な治療有効量としては投与形態、投与方法、使用目的および患者の年齢、体重、症状等によって適宜設定され得る。ヒト(例えば成人)の1回の治療あたりの有効量は、例えば200,000~1,000,000個/kg体重である。
【0052】
細胞医薬の投与方法としては、例えば、腹腔内注射、皮下注射、リンパ節内注射、静脈内注射、胸腔内注射あるいは開腹による局所への直接注射などが挙げられる。
【0053】
[凍結ストック]
本発明は、本工程により得られる細胞集団ならびに/または心房筋細胞および/もしくは心室筋細胞を含む凍結ストックをも提供する。
凍結ストックは、得られた細胞集団ならびに/または心房筋細胞および/もしくは心室筋細胞を遠心分離により培地から分離し、凍結保存液中に懸濁して凍結することにより製造できる。凍結保存液には、従来細胞の凍結保存に用いられている試薬を用いればよい。例えば、Cryostem Freezing Medium(商品名)およびCELLBANKER(登録商標)などが市販されている。
凍結ストックは、例えば、心房筋細胞および心室筋細胞を構成要素とする組織モデル(人工心臓)の作製のために利用され得る。
【実施例】
【0054】
[試験例1:iPSCからの心筋細胞集団の誘導]
心房筋細胞分化条件または心室筋細胞分化条件にて、iPSCから心筋細胞を含む細胞集団を誘導した。
iPSCには、レポータータンパク質としてTNNI1の遺伝子座にEmGFPを、TNNI3の遺伝子座にmCherryを挿入したダブルノックインヒトiPS細胞株(1390D4株)を用いた。
【0055】
iPSCの維持培養は、従来公知の手法("An Efficient Nonviral Method to Generate Integration‐Free Human‐Induced Pluripotent Stem Cells from Cord Blood and Peripheral Blood Cells", Stem Cells, 2012)に従って行った。
iPSCを低接着性の6ウェルプレートに播種し(2×106cells/1.5ml/well)、37℃、5%酸素条件下にて静置培養して、胚様体を形成させた(0日目)。培地には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、Rock阻害剤(Y-27632)10μM、BMP4 2ng/mLおよびMatrigel 0.5%を添加したStemPro-34 SFM (ThermoFisher)を用いた。
【0056】
[心房筋細胞分化条件]
翌日(1日目)、細胞を播種した各ウェルに心房筋細胞誘導培地1を1.5ml/well添加し、37℃、5%酸素条件にてさらに2日間培養した。心房筋細胞誘導培地1には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、BMP4 4ng/ml、アクチビンA 8ng/ml、bFGF 10ng/mlを添加したStemPro-34 SFMを用いた。
続いて(3日目)、培地を心房筋細胞誘導培地2に交換し、37℃、5%酸素条件下で、3日間培養した。心房筋細胞誘導培地2には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、VEGF 10ng/mL、Wnt阻害剤(IWP-3)1μM、TGF-β阻害剤(SB431542)5.4 μMおよびレチノイン酸1μMを添加したStemPro-34 SFMを用いた。
【0057】
[心室筋細胞分化条件]
翌日(1日目)、細胞播種した各ウェルに心室筋細胞誘導培地1を1.5ml/well添加し、37℃、5%酸素条件にてさらに2日間培養した。心室筋細胞誘導培地1には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、BMP4 18ng/ml、アクチビンA 12ng/ml、bFGF 10ng/mlを添加したStemPro-34 SFMを用いた。
続いて(3日目)、培地を心室筋細胞誘導培地2に交換し、37℃、5%酸素条件下で、3日間培養した。心室筋細胞誘導培地2には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、VEGF 10ng/mL、Wnt阻害剤(IWP-3)1μM、BMP4阻害剤(Dorsomorphin)0.6μMおよびTGF-β阻害剤(SB431542)5.4 μMを添加したStemPro-34 SFMを用いた。
【0058】
[共通操作]
心室筋細胞分化条件下または心房筋細胞分化条件下6日目に、心筋細胞誘導培地3に培地を交換し、37℃、5%酸素条件下で14日間培養し(20日目)、心室筋細胞または心房筋細胞を含む細胞集団を得た。心筋細胞誘導培地3には、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4MおよびVEGF 5ng/mLを添加したStemPro-34 SFMを用いた。8、10、13、15、17日目には培地交換を行った。10日目の培地交換以降は通常酸素条件下で培養を行った。
【0059】
[試験例2:CD151発現レベルに基づく心筋細胞集団のソーティング]
培養20日目の、心室筋細胞または心房筋細胞を含む細胞集団を、単一の細胞(singlecell)に分散させ、細胞数を計測した。
細胞懸濁液に抗CD151抗体(BD)を添加し、4℃で30分間静置した。抗体を添加しないサンプルも調製し、ネガティブコントロールとした。
洗浄操作後、細胞懸濁液にAlexa(登録商標)647標識二次抗体を添加し、4℃で30分間静置した。
フローサイトメーター(BD FACSAria Fusionセルソーター)でEmGFP陽性細胞におけるCD151の発現を解析した。ネガティブコントロールの細胞の蛍光強度の最大値未満の蛍光強度を示す細胞亜集団を「CD151-low」、ネガティブコントロールより高い蛍光強度を示す細胞亜集団を「CD151-high」として、それぞれの細胞亜集団をソーティングした。フローサイトメーターのプロットを
図2,3に、細胞亜集団の割合を表1に示す。
【0060】
【0061】
[試験例3:細胞亜集団「CD151-high」および「CD151-low」における心房筋細胞および心室筋細胞の割合の決定]
心室筋細胞分化条件および心房筋細胞分化条件でそれぞれ得られた「CD151-high」および「CD151-low」の細胞亜集団について、心房筋細胞および心室筋細胞の割合を電気生理学的手法を用いて決定した。
【0062】
フィブロネクチンをコートしたカバーガラス上で各細胞亜集団を培養した。培養は、L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、VEGF 5ng/mLを添加したStemPro-34 SFMを用い、3日おきに培地交換を行いながら37℃、通常酸素下で行った。培養後13日目~16日目の細胞を電気生理学的解析に供した。
【0063】
Axopatch 200B amplifier(Molecular Devices)およびpCLAMPソフトウェアを用いてホールセルパッチクランプ法にて解析した。電極はガラスキャピラリー(WPI)を用いてmicropipette pullerにて作製し、細胞内液(130 mM KOH, 130 mM L-Aspartic acid, 20 mM KCl, 5 mM NaCl, 10 mM HEPES, 5 mM Mg-ATP, 10 mM EGTA, 1 mM MgCl2, pH 7.2)を満たした。細胞外液としてGey's balanced salt solution(Sigma)を還流させながら35-37℃で実験を行った。各細胞の自拍の活動電位をCurrent clamp modeにて1分間記録した。APD30、APD90、波形立ち上がりの最大速度(dv/dtmax)を、連続した8-10波形の平均波形から算出した。APD30/90≧0.3かつdv/dtmax≧10となる波形を示す細胞を心室筋細胞、APD30/90<0.3かつdv/dtmax≧10となる波形を示す細胞を心房筋細胞と定義した。dv/dtmax<10の波形を示す細胞はその他細胞に分類した。
【0064】
結果を表2に示す。
【0065】
【0066】
心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」には、高い比率(94.1%)で心室筋細胞が含まれていた。また、心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-low」には、心室筋細胞が多くを占めるものの(71.4%)、一定数(23.8%)の心房筋細胞が含まれていた。したがって、心室筋細胞分化条件で得られた全細胞集団から細胞亜集団「CD151-low」(心室筋細胞71.4%、心房筋細胞23.8%を含む)を除去する、あるいは細胞亜集団「CD151-high」を回収することにより、心室筋細胞が富化された細胞集団を得られることが明らかである。
【0067】
一方、心房筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-low」には、比較的高い比率(37.5%)で心房筋細胞が含まれていた。また、心房筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」には、心房筋細胞は含まれていないものの、一定数(18.8%)の心室筋細胞が含まれていた。したがって、心房筋細胞分化条件で得られた全細胞集団から細胞亜集団「CD151-high」(心室筋細胞18.8%を含む)を除去する、あるいは細胞亜集団「CD151-low」を回収することにより、心房筋細胞が富化された細胞集団を得られることが明らかである。
【0068】
[試験例4:細胞亜集団「CD151-high」および「CD151-low」における心房筋細胞マーカーおよび心室筋細胞マーカーの発現解析]
試験例2において心室筋細胞分化条件で得られた「CD151-high」および心房筋細胞分化条件で得られた「CD151-low」の細胞亜集団について、心房筋細胞マーカーおよび心室筋細胞マーカーの発現を解析した。
【0069】
定法に従って、各細胞亜集団からトータルRNAを抽出し、心房筋細胞のマーカー遺伝子(KCNA5, KCNJ3, NPPA, NR2F1, NR2F2, TBX5)および心室筋細胞のマーカー遺伝子(HEY2, MYL2)の発現解析を行った。結果を
図4に示す。心房筋細胞のマーカー遺伝子の発現量は、心房筋細胞分化条件で得られた細胞における各マーカーの発現量であり、心房筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」における発現量を1とした相対値(平均値±標準誤差)により示す。心室筋細胞のマーカー遺伝子の発現量は、心室筋細胞分化条件で得られた細胞における各マーカーの発現量であり、心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」における発現量を1とした相対値(平均値±標準誤差)により示す。
【0070】
心房筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-low」では、細胞亜集団「CD151-high」に対して高い心房筋細胞のマーカー遺伝子の発現が確認された。したがって、心房筋細胞分化条件で得られた全細胞集団から細胞亜集団「CD151-high」を除去する、あるいは細胞亜集団「CD151-low」を回収することにより、心房筋細胞が富化された細胞集団を得られることが明らかである。
【0071】
心室筋細胞分化条件で得られた細胞亜集団「CD151-high」では、細胞亜集団「CD151-low」に対して高い心室筋細胞のマーカー遺伝子の発現が確認された。したがって、心室筋細胞分化条件で得られた全細胞集団から細胞亜集団「CD151-low」を除去する、あるいは細胞亜集団「CD151-high」を回収することにより、心室筋細胞が富化された細胞集団を得られることが明らかである。
【0072】
試験例1-4では、ヒトiPS細胞株1390D4にレポータータンパク質としてTNNI1の遺伝子座にEmGFPを、TNNI3の遺伝子座にmCherryを挿入したダブルノックイン細胞株を用いた。ヒトiPS細胞株1390C1を用いて行った試験においても、同様の結果が得られた。
【0073】
[試験例5:細胞亜集団「CD151-high」および「CD151-low」における心房筋特異的チャネルの阻害剤および活性化剤を用いたサブタイプ細胞の同定]
試験例2において心室筋細胞分化条件で得られた「CD151-high」および心房筋細胞分化条件で得られた「CD151-low」の細胞亜集団について、心房特異的チャネルの阻害剤である4-アミノピリジンおよび活性化剤であるカルバコールに対する応答を解析した。
【0074】
フィブロネクチンをコートしたガラスボトムディッシュに各細胞亜集団を5×104 cells/5μLで播種し培養した。L-グルタミン1%、トランスフェリン150μg/mL、アスコルビン酸50μg/mL、モノチオグリセロール4×10-4M、VEGF 5ng/mLを添加したStemPro-34 SFMを用い、37℃、通常酸素下で、3日おきに培地交換を行いながら培養した。培養後6-10日目の細胞を膜電位解析に供した。
【0075】
培地を除去した後、200μLのGey's balanced salt solution(Sigma)あたり0.2 μLの膜電位感受性色素(FluoVolt, Thermofisher scientific, F10488)を添加した溶液を、細胞が播種されているディッシュのガラス部分に滴下し、37℃、通常酸素条件下で15分間インキュベートした。膜電位色素を含む溶液を除去し、1mL Gey's balanced salt solutionをディッシュに添加し、顕微鏡ステージ上のインキュベーター(37℃、通常酸素)にて1時間インキュベートした。「CD151-high」由来の細胞は1Hzペーシング下で、「CD151-low」由来の細胞は3Hzペーシング下で解析した。
【0076】
解析は、AquaCosmos2.6(浜松ホトニクス)を用い、490nmの励起光で5.9ミリ秒ごとに20秒間の蛍光反応を測定することにより行った。測定範囲(ROI)は512×64ピクセルに設定した。
【0077】
4-アミノピリジン添加が活動電位に与える影響を見るため、まず薬剤を添加する前の活動電位波形を取得した。その後、ディッシュに4-アミノピリジン(終濃度50μM、sigma)を添加し、10分間静置した後、同じROIにおける活動電位波形を得た。
【0078】
カルバコール添加による活動電位に与える影響を見るため、まず薬剤を添加する前の活動電位波形を取得した。その後、ディッシュにカルバコール(終濃度10μM、sigma)を添加し、1分間静置した後、同じROIにおける活動電位波形を得た。
【0079】
得られた活動電位波形について、連続した6-10波形を平均化した。4‐アミノピリジンおよびカルバコールの添加前後の波形を
図5に示す。
4‐アミノピリジンの添加により、心房筋分化条件で得られた「CD151-low」の細胞亜集団では活動電位持続時間(APD)の延長が確認された。一方、心室筋分化条件で得られた「CD151-high」の細胞亜集団ではAPDの延長はみられなかった(
図5(A)参照)。
また、カルバコールの添加により、心房筋分化条件で得られた「CD151-low」の細胞亜集団ではAPDの短縮が確認された。一方、心室筋分化条件で得られた「CD151-high」の細胞亜集団ではAPDの変化はみられなかった(
図5(B)参照)。
以上の薬剤応答より、心房筋分化条件で得られた「CD151-low」の細胞亜集団は心房筋細胞であり、心室筋分化条件で得られた「CD151-high」の細胞亜集団は心室筋細胞であることが確認された。