(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】空気電池用正極シート、それを製造する方法、および、それを用いた空気電池
(51)【国際特許分類】
H01M 12/08 20060101AFI20240822BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20240822BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20240822BHJP
C01B 32/168 20170101ALI20240822BHJP
【FI】
H01M12/08 K
H01M4/96 B
H01M4/88 C
H01M4/96 M
C01B32/168
(21)【出願番号】P 2022576638
(86)(22)【出願日】2022-01-14
(86)【国際出願番号】 JP2022001021
(87)【国際公開番号】W WO2022158376
(87)【国際公開日】2022-07-28
【審査請求日】2023-07-05
(31)【優先権主張番号】P 2021009492
(32)【優先日】2021-01-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「空気電池統合化技術並びに要素技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】野村 晃敬
(72)【発明者】
【氏名】久保 佳実
(72)【発明者】
【氏名】藤井 恵美子
【審査官】冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-057489(JP,A)
【文献】特開2006-008472(JP,A)
【文献】特開2020-027686(JP,A)
【文献】特開2013-037999(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 12/08
H01M 4/96
H01M 4/88
C01B 32/168
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウェーブを有する繊維状炭素からなり、
BET法比表面積は、300~1200m
2/gの範囲を満たし、
直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m
2/gの範囲を満たし、
直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0cm
3/gより大きく10.0cm
3/g以下の範囲を満たし、
直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm
3/gの範囲を満たし、
シート密度は、0.05~0.23g/cm
3の範囲を満たす、空気電池用正極シート。
【請求項2】
前記直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.5~9.0cm
3/gの範囲を満たす、請求項1に記載の正極シート。
【請求項3】
前記直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.6~8.7cm
3/gの範囲を満たす、請求項2に記載の正極シート。
【請求項4】
前記直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、2.0~4.0cm
3/gの範囲を満たす、請求項1~3のいずれかに記載の正極シート。
【請求項5】
前記直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、2.5~3.5cm
3/gの範囲を満たす、請求項4に記載の正極シート。
【請求項6】
前記ウェーブは、0.002~0.2nm
-1の空間周波数領域にパワースペクトル成分を有する、請求項1~5のいずれかに記載の正極シート。
【請求項7】
前記BET法比表面積は、350~700m
2/gの範囲を満たす、請求項1~6のいずれかに記載の正極シート。
【請求項8】
前記BET法比表面積は、550~690m
2/gの範囲を満たす、請求項7に記載の正極シート。
【請求項9】
前記シート密度は、0.05~0.2g/cm
3の範囲を満たす、請求項1~8のいずれかに記載の正極シート。
【請求項10】
前記シート密度は、0.07~0.19g/cm
3の範囲を満たす、請求項9に記載の正極シート。
【請求項11】
前記繊維状炭素は、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、および、カーボンナノファイバからなる群から選択される、請求項1~10のいずれかに記載の正極シート。
【請求項12】
前記繊維状炭素の一部は、バンドル状である、請求項1~11のいずれかに記載の正極シート。
【請求項13】
空隙率が80~95%の範囲を満たす、請求項1~12のいずれかに記載の正極シート。
【請求項14】
目付が2~3.5mg/cm
2の範囲を満たす、請求項1~13のいずれかに記載の正極シート。
【請求項15】
ウェーブを有する繊維状炭素を溶媒に分散させ、繊維状炭素の予備分散液を得ることと、
前記予備分散液に溶媒をさらに添加し、発振周波数が20~60kHの範囲であり、定格出力が30~95Wの範囲にある超音波で、10~600秒の間処理を行い、分散液を得ることと、
前記分散液をフィルタにて、ろ過することと
を包含する、請求項1~14のいずれかに記載の空気電池用正極シートを製造する方法。
【請求項16】
前記繊維状炭素のBET法比表面積は、500~1200m
2/gの範囲を満たし、
前記繊維状炭素の直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、9.5~15.0cm
3/gの範囲を満たす、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記ウェーブは、0.002~0.2nm
-1の空間周波数領域にパワースペクトル成分を有する、請求項15または16に記載の方法。
【請求項18】
前記分散液中の前記繊維状炭素の濃度は、0.005~0.3質量%の範囲を満たす、請求項15~17に記載の方法。
【請求項19】
正極と、負極と、前記正極および負極の間に充填された、金属イオンを伝導可能な電解液とを備え、
前記正極が、請求項1~14のいずれかに記載の正極シートを備える、空気電池。
【請求項20】
前記負極は、リチウム金属層を備え、
前記金属イオンは、リチウムイオンである、請求項19に記載の空気電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気電池用正極シート、それを製造する方法、および、それを用いた空気電池に関し、詳細には、繊維状炭素を用いた空気電池用正極シート、それを製造する方法、および、それを用いた空気電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生可能エネルギーの普及や自動車の電動化への要請により、軽量かつ大容量、すなわちより高いエネルギー密度をもつ蓄電池の開発が要求されている。実現が想定されうる二次電池の中でも、リチウム空気電池は最も高い理論エネルギー密度を有しており、現在普及しているリチウムイオン電池を大幅に超えるエネルギー密度を達成しうる。
【0003】
リチウム空気電池は負極活物質にリチウム金属、正極活物質に空気中の酸素を用いるものである。放電時は負極からリチウム金属が溶出し(Li→Li++e-)、生成したリチウムイオンが、正極にて空気から吸収された酸素と反応して過酸化リチウムが析出する(2Li++2e-+O2→Li2O2)。充電時はこれと逆の反応が起こり、これらを繰り返して充放電を行うものである。ここで正極は、充放電にあわせて空気中の酸素を吸収・排出するはたらきを有する電極であることから、空気極とも呼ばれる。
【0004】
このような正極としてカーボンナノチューブからなるシート状電極が開発された(例えば、非特許文献1を参照)。非特許文献1は、単層カーボンナノチューブをイソプロパノールに分散したスラリーを、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルタを介して、吸引ろ過することによって、自立したカーボンナノチューブシートが得られることを報告する。このようなカーボンナノチューブシートを空気電池の正極に用いることにより、セルの容量が飛躍的に向上した。しかしながら、高速での放電特性(出力レートを上げた、より大きな電流密度で電流を取り出す場合の放電容量)が十分ではない。また、サイクル特性においても、充放電できる回数に制限がある。
【0005】
また、カーボンナノチューブを用いた不織布状のシートを正極に用いた別の空気電池の報告がある(例えば、非特許文献2を参照)。非特許文献2は、種々の製法によって得られる直線状の単層カーボンナノチューブを溶媒に分散させ、ろ過することによって、カーボンナノチューブが凝集し、束(バンドル)となった不織布状のシートが得られ、セルの容量が向上したことを報告する。非特許文献2では、カーボンナノチューブの製法を選択することにより、高速での放電特性が改善するとされているが、実用化には十分とはいえない。
【0006】
別の炭素骨格および空隙を備えた多孔質炭素材料を含む金属空気電池用電極材料が知られている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1は、炭化可能樹脂10~90重量%と消失樹脂90~10重量%とを相溶させて樹脂混合物を得、相溶した状態の樹脂混合物を相分離させ、固定化し、これを加熱焼成により炭化することによって、炭素からなる骨格と空隙とが共連続構造を形成する共連続構造部分を有し、共連続構造部分の、X線散乱法またはX線CT法から算出される構造周期が0.002~10μmである多孔質炭素材料が得られることを報告する。しかしながら、高速での放電特性は十分とは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Akihiro Nomuraら,Scientific Reports 7, Article number:45596,2017
【文献】野村 晃敬,「リチウム空気電池の開発」,太陽エネルギー,Vol.46,No.3(通巻257号),第23頁~28頁,2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上から、本発明の課題は、優れた高速での放電特性を発揮し得る空気電池用正極シート、その製造方法、および、それを用いた空気電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による空気電池用正極シートは、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、BET法比表面積は、300~1200m2/gの範囲を満たし、直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m2/gの範囲を満たし、直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0cm3/gより大きく10.0cm3/g以下の範囲を満たし、直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm3/gの範囲を満たし、シート密度は、0.05~0.23g/cm3の範囲を満たす。本発明による空気電池用正極シートは、これにより上記課題を解決する。
前記直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.5~9.0cm3/gの範囲を満たしてもよい。
前記直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.6~8.7cm3/gの範囲を満たしてもよい。
前記直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、2.0~4.0cm3/gの範囲を満たしてもよい。
前記直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、2.5~3.5cm3/gの範囲を満たしてもよい。
前記ウェーブは、0.002~0.2nm-1の空間周波数領域にパワースペクトル成分を有してもよい。
前記BET法比表面積は、350~700m2/gの範囲を満たしてもよい。
前記BET法比表面積は、550~690m2/gの範囲を満たしてもよい。
前記シート密度は、0.05~0.2g/cm3の範囲を満たしてもよい。
前記シート密度は、0.07~0.19g/cm3の範囲を満たしてもよい。
前記繊維状炭素は、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、および、カーボンナノファイバからなる群から選択されてもよい。
前記繊維状炭素の一部は、バンドル状であってもよい。
前記正極シートの空隙率は、80~95%の範囲を満たしてもよい。
前記正極シートの目付は、2~3.5mg/cm2の範囲を満たしてもよい。
本発明による上記空気電池用正極シートを製造する方法は、ウェーブを有する繊維状炭素を溶媒に分散させ、繊維状炭素の予備分散液を得ることと、前記予備分散液に溶媒をさらに添加し、発振周波数が20~60kHの範囲であり、定格出力が30~95Wの範囲にある超音波で、10~600秒の間処理を行い、分散液を得ることと、前記分散液をフィルタにてろ過することとを包含する。本発明による上記空気電池用正極シートを製造する方法は、これにより上記課題を達成する。
前記繊維状炭素のBET法比表面積は、500~1200m2/gの範囲を満たし、前記繊維状炭素の直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、9.5~15.0cm3/gの範囲を満たしてもよい。
前記ウェーブは、0.002~0.2nm-1の空間周波数領域にパワースペクトル成分を有してもよい。
前記分散液中の前記繊維状炭素の濃度は、0.005~0.3質量%の範囲を満たしてもよい。
本発明による空気電池は、正極と、負極と、前記正極および負極の間に充填された、金属イオンを伝導可能な電解液とを備え、前記正極が、上記正極シートを備える。本発明による空気電池は、これにより上記課題を解決する。
前記負極は、リチウム金属層を備え、前記金属イオンは、リチウムイオンであってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の空気電池用正極シートは、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、BET法比表面積は、300~1200m2/gの範囲を満たし、直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m2/gの範囲を満たし、直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0cm3/gより大きく10.0cm3/g以下の範囲を満たし、直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm3/gの範囲を満たし、シート密度は、0.05~0.23g/cm3の範囲を満たす。このような特定の条件を満たすよう調整することにより、酸素、およびリチウムイオン等の金属イオンが十分に拡散し、電解液との親和性が高くなるので、優れた高速での放電特性を有し、優れたサイクル特性を有する空気電池を提供できる。
【0012】
本発明の正極シートの製造方法は、ウェーブを有する繊維状炭素を溶媒に分散させ、繊維状炭素の予備分散液を得た後に、溶媒をさらに添加し、上述の所定条件で超音波処理した分散液を得る。このような分散液をフィルタにてろ過することによって、上述の正極シートが得られる。特別な技術や高価な装置を要しないため、本発明の方法は汎用性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の空気電池用正極シートを製造する工程を示すフローチャート
【
図2】本発明の実施形態に係る空気電池の模式的な断面図
【
図3】本発明の空気電池の他の実施形態である積層型金属電池の模式的な断面図
【
図4】原料に用いた単層CNT1(a)および単層CNT2(b)のTEM像を示す図
【
図6】
図5のフーリエ変換像に対するパワースペクトルの動径方向分布を示す図
【
図7】比較例1、実施例2および比較例5のシートのSEM像およびフーリエ変換像を示す図
【
図8】
図7のフーリエ変換像に対するパワースペクトルの動径方向分布を示す図
【
図9】比較例1、実施例2および比較例5のシートの窒素吸着測定による空孔分布(a)、水銀圧入測定による空孔分布(b)、および、窒素吸着測定による表面積空孔サイズ分布(c)を示す図
【
図10】比較例1および実施例2のシートを用いた空気電池の放電曲線(a)および放電電流-放電容量の関係(b)を示す図
【
図11】比較例1および実施例2のシートを用いた空気電池の充放電カーブを示す図
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
以下に記載する構成要素の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0015】
(実施の形態1)
実施の形態1では、本発明の空気電池用正極シートおよびその製造方法について説明する。
【0016】
空気電池(例えば、リチウム空気電池)の出力および容量を向上させるには、正極である空気極が電極として十分な導電性を有すると同時に、電池反応が起きる電気化学活性面を有すること、および、電気化学活性面に電池反応物である酸素とリチウムイオンとを供給可能とする拡散経路を有することが必要である。この拡散経路は、放電反応により析出する固体生成物(リチウム空気電池の場合、主には過酸化リチウム(Li2O2))の成長を阻害せず多量に蓄積する空間を提供する役割も兼ねる。すなわち正極は、その電極内部に物質拡散が容易な連続した空孔構造を有することに加え、大きな細孔容積と表面積とを有することが必要である。
【0017】
このような観点から、本願発明者は、ナノスケールのウェーブ状パターンを有する繊維状炭素を用いた自立可能なシートを作製し、その細孔容積および表面積を、空気電池の正極用に制御することを試みた。以降では、主としてリチウム空気電池の正極に本発明のシートを用いた場合について説明するが、空気電池は、充放電時に外部と空気(酸素)のやり取りをするものであればよく、リチウム空気電池以外にナトリウム空気電池、空気亜鉛電池、空気鉄電池、空気アルミニウム電池、空気マグネシウム電池等を含む。
【0018】
[空気電池用正極シート]
本発明の空気電池用正極シート(以降では単に正極シートと称する)は、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、BET法比表面積は、300~1200m2/gの範囲を満たし、直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m2/gの範囲を満たし、直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0cm3/gより大きく10.0cm3/g以下の範囲を満たし、直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm3/gの範囲を満たす。このような特定のBET法比表面積およびnmオーダの小さい細孔において特定の表面積を有し、2つの細孔領域(すなわち、直径0.1~10μmの細孔と直径2~1000nmの細孔)で細孔容積を上記範囲となるよう設計することにより、高速放電時の特性(レート特性)を向上できる。さらに、本発明の正極シートのシート密度は、0.05~0.23g/cm3の範囲を満たすので、自立可能な強度を維持しつつ、酸素の透過拡散を促進できる。以上より、本発明の正極シートを用いると、自立したシートを維持しつつ、優れた高速での放電特性(レート特性)を有し、優れたサイクル特性を有する空気電池を提供できる。
【0019】
正極シートの厚さに制限はないが、好ましくは、50~400μmの範囲を有する。これにより、空気電池の正極として好適に機能し得る。空気電池の小型化や優れた放電特性、サイクル特性の観点から、より好ましくは、100~200μmの範囲の厚さを有する。
【0020】
(繊維状炭素)
本明細書において、繊維状炭素は、sp2混成軌道により結合された単原子層のシート状炭素から構成され、平均直径0.1~50nm、平均長さ1~100μm程度の繊維状形態を有する炭素を意味する。繊維状炭素の平均アスペクト比(繊維状炭素の直径に対する長さの比の平均値;長さ/直径)は、一般に100以上が好ましく、500以上がより好ましい。上限は特に制限されないが、100000以下が好ましい。一般的に直径が小さく、アスペクト比が高い繊維状炭素ほど、互いに強い凝集力がはたらき、繊維状炭素が太い束状(バンドル)に連なった不織布状の集合体を形成しやすい。このときのバンドルの幅としては、後述する0.1~10μm程度が例示される。
【0021】
例えば、特許文献1における炭化可能樹脂と消失樹脂(バインダ)とを用いた場合には、樹脂から繊維状炭素を生成するが、この場合にはsp2混成軌道により結合された単原子層のシート状炭素とはならない。
【0022】
なお、本明細書において、平均アスペクト比は、走査型電子顕微鏡により観察した、100本の繊維状炭素の繊維長と繊維直径から、繊維長/繊維直径の平均値として算出される値を意味する。
【0023】
本発明の正極シートにおける繊維状炭素は、ウェーブを有する。ウェーブとは、例えば、電子顕微鏡により正極シートを観察した際に、繊維状炭素がうねりを有するものを意味する。簡易的には、電子顕微鏡等により正極シートを構成する繊維状炭素を観察し、間隔5~500nmの大きさの周期的な形状パターンが確認されれば、ウェーブを有するといえる。より正確には、電子顕微鏡等による正極シートの構成成分の実空間像のフーリエ変換解析から、0.002~0.2nm-1の空間周波数の範囲にパワースペクトル成分を有していれば、ウェーブを有するといえる。これを満たすことにより、上述の2つの細孔領域が形成され、細孔容積を所定のものとすることができる。
【0024】
本発明の正極シートにおけるウェーブを有する繊維状炭素は、より好ましくは、上記形状パターンの周期範囲内または上記空間周波数の範囲内において、原料に用いた繊維状炭素と比較して、より小さなウェーブの周期パターンを有し、より大きな空間周波数領域にパワースペクトル成分を有する。これにより、原料の繊維状炭素のウェーブを生かしつつ、上述の2つの細孔領域が形成され、細孔容積を所定のものとすることができる。なお、原料の繊維状炭素については、後述する空気電池用正極シートの製造方法にて詳細に説明する。
【0025】
繊維状炭素は、好ましくは、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、および、カーボンナノファイバからなる群から選択される。これらの繊維状炭素はいずれも市販品を入手可能である。中でも、カーボンナノチューブは、円筒状であり、上述の細孔容積およびBET法比表面積を達成しやすいため、好ましい。
【0026】
繊維状炭素としてカーボンナノチューブを用いた際には、平均アスペクト比の下限値は、好ましくは2000以上、より好ましくは2500以上、さらに好ましくは3000以上である。カーボンナノチューブの平均アスペクト比が上記の下限値以上であると、カーボンナノチューブ同士の絡み合いがより強くなり、優れた強度を有する正極シートが得られる。
【0027】
カーボンナノチューブの平均アスペクト比の上限値は、好ましくは100000以下、より好ましくは50000以下である。平均アスペクト比が上記の上限値以下であると、カーボンナノチューブはより優れた分散性を有するため、正極シートを歩留まりよく製造できる。
【0028】
カーボンナノチューブとしては、特に制限されず、単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube;シングルウォールカーボンナノチューブ)であってもよく、多層カーボンナノチューブ(MWNT:multi-walled carbon nanotube)であってもよい。なお、本明細書において、二層カーボンナノチューブ(DWNT)は、多層カーボンナノチューブに含まれるものとする。なかでも、リチウム空気電池の正極に適用したとき、より優れた電池特性を有する点で、SWNTが好ましい。
【0029】
繊維状炭素は、上述したように、その一部がバンドル状であってよい。これにより、強度が増すため自立シートとなり得、上述の細孔容積を達成しやすい。このとき、バンドルの幅は、好ましくは、0.1μm~10μの範囲を有する。
【0030】
(BET法比表面積)
本発明の正極シートのBET(Brunauer Emett Teller)法比表面積は、300~1200m2/gの範囲を満たす。BET法比表面積が300m2/g以上であると、イオン輸送の効率が良く、例えば、リチウムイオンと酸素とが反応して過酸化リチウムを生成する場合、正極から供給される電子を酸素が受け取るのに必要な反応場が確保され、大きな放電容量が得られる。一方、BET法比表面積が1200m2/g以下であると、正極表面における電池副反応の寄与を抑制することができ、好ましい充放電特性を得ることができる。なお、BET法比表面積は、小数第1位を四捨五入して求めるものとする。
【0031】
BET法比表面積の下限値は、大きな放電容量が得られる点で、好ましくは350m2/g以上、より好ましくは550m2/g以上であり、さらに好ましくは620m2/g以上である。また、副反応を抑えて好ましい充放電特性が得られる点で、上記の上限値は、好ましくは700m2/g以下、より好ましくは、690m2/g以下である。BET法比表面積は、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、正極シートのBET法比表面積の範囲は、例えば、350~700m2/g、550~690m2/g、620~690m2/gの範囲を満たしてよい。
【0032】
(直径5~1000nmの細孔の細孔表面積)
本発明の正極シートの直径5~1000nmの細孔の細孔表面積は、200~600m2/gの範囲を満たす。この細孔表面積は、窒素吸着測定により得られた吸着等温線からBJH(Barrett-Joyner-Hallenda)法によって算出され、小数第1位を四捨五入して求めるものとする。
【0033】
直径5~1000nmの細孔は、電池反応表面(反応場)として機能する。この範囲の直径を有する細孔では、放電反応において、リチウムイオンと酸素とが迅速に供給されて過酸化リチウムが生成可能である。このため、前記直径を有する細孔は、優れた高速での放電特性に寄与する。また、前記直径を有する細孔では、充電反応において、過酸化リチウムが正極に電子を渡して、リチウムイオンと酸素とになるための反応場が多くなり、より多くの電子の受け渡しが可能となる。この結果、より優れた充放電特性を有する電池を提供できる。
【0034】
このように反応場を確保し、優れた充放電特性を得る観点から、上記の細孔の細孔表面積の下限値は200m2/g以上である。一方、正極シートの強度を十分なものとして自立性を維持する観点から、上限値は600m2/g以下である。
【0035】
上記の細孔の細孔表面積の下限値は、より優れた充放電特性を得る点で、好ましくは300m2/g以上、より好ましくは340m2/g以上である。一方、上記の細孔の細孔表面積の上限値は、正極シートの自立性を、より優れたものとする点で、好ましくは500m2/g以下、より好ましくは、400m2/g未満である。細孔表面積は、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、正極シートの細孔表面積の範囲は、例えば、300~500m2/g、340m2/g以上400m2/g未満の範囲を満たしてよい。
【0036】
(直径0.1~10μmの細孔の細孔容積)
本発明の正極シートの直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0cm3/gより大きく10.0cm3/g以下の範囲を満たす。直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、水銀圧入法により測定した値を用いて得られる。なお、この細孔容積は、小数第2位を四捨五入して求めるものとする。
【0037】
この領域の細孔は、主に、電池外部の酸素が正極シートの内部に侵入するための経路として働く。この領域の細孔容積が上記範囲を満たすことにより、リチウムイオンが酸素と反応して過酸化リチウムを生成するにあたり、十分な量の酸素が侵入でき、しかも高速で侵入できる。これにより、本発明の正極シートを用いれば、高電流密度での放電容量が大きい、すなわち高速での放電特性に優れた電池を提供できる。
【0038】
また、充電においては、過酸化リチウムが電極に電子を渡して、リチウムイオンと酸素になるが、直径0.1~10μm以下の細孔容積がこの範囲にあることで、発生した酸素の正極シートからの抜けがよくなり、高速での充電が可能となる。
【0039】
直径0.1~10μmの細孔の細孔容積の下限値は、より高速での充放電を可能とする点で、好ましくは2.5cm3/g以上、より好ましくは2.6cm3/g以上である。一方、前記細孔容積の上限値は、正極シートの強度を十分なものとして自立性を維持する点で、好ましくは9.0cm3/g以下、より好ましくは、8.7cm3/g以下である。直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、正極シートの直径0.1~10μmの細孔の細孔容積の範囲は、例えば、2.5~9.0m3/g、2.6~8.7m3/gの範囲を満たしてよい。
【0040】
例えば、特許文献1に提示されている、炭素材料を含めた各種炭素材料をバインダ(樹脂成分)と混練することによりシート状に成型する方法では、バインダ成分の充填によって直径0.1~10μmの細孔は潰れてしまうことが分かっている。そのため、酸素の侵入が困難となり、高速での放電特性の改善が見込めない。
【0041】
(直径2~1000nmの細孔の細孔容積)
本発明の空気電池用正極シートの直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm3/gの範囲を満たす。直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、窒素吸着測定より得られた吸着等温線からBJH(Barrett-Joyner-Hallenda)法を用いて得られる。なお、細孔容積は、小数第2位を四捨五入して求めるものとする。
【0042】
この範囲の径を有する細孔は、電池反応表面(反応場)として機能する。このため、この細孔の容積が大きいことで、放電反応において、単位時間あたりに反応できるリチウムイオン、酸素および電子の量が増加する。これにより、優れた高速での放電特性が得られる。また、充電反応においては、過酸化リチウムが正極に電子を渡して、リチウムイオンと酸素とになるための反応場が多くなり、より多くの電子の受け渡しが可能となる。この結果、より優れた充放電特性を有する電池を提供できる。
【0043】
直径2~1000nmの細孔の細孔容積の下限値は、より優れた充放電特性を有する電池を提供する点で、好ましくは2.0cm3/g以上、より好ましくは2.5cm3/g以上である。一方、前記細孔容積の上限値は、正極シートの強度を十分なものとして自立性を維持する点で、好ましくは4.0cm3/g以下、より好ましくは3.5cm3/g以下である。直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、正極シートの直径2~1000nmの細孔の細孔容積の範囲は、例えば、2.0~4.0cm3/g、2.5~3.5cm3/gの範囲を満たしてよい。
【0044】
(D/G)
本発明の正極シートは、ラマン分光より得られる、結晶構造炭素由来のピーク強度Gに対する、乱層構造炭素由来のピーク強度Dの強度比D/Gが、0.1~1.0の範囲を満たすことが好ましい。このように結晶性が比較的低いことにより、シートと電解液との親和性が高まり、サイクル特性に優れた空気電池が得られる。なお、D/Gは、小数第2位を四捨五入して求めるものとする。
【0045】
D/Gの下限値は、サイクル特性により優れた空気電池が得られる点で、より好ましくは0.2以上、さらに好ましくは0.3以上である。一方、D/Gの上限値は、より好ましくは0.8以下、さらに好ましくは0.6以下である。D/Gは、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、正極シートのD/Gの範囲は、例えば、0.2~0.8、0.3~0.6の範囲を満たしてよい。
【0046】
(シート密度)
本発明の正極シートのシート密度(見かけ密度とも称する)は、0.05~0.23g/cm3の範囲を有する。これにより、酸素が透過拡散するのに必要な空孔を十分に有し、優れた強度を有する正極シートとなる。
【0047】
シート密度の下限値は、正極シートをより優れた強度を有するものとする点で、好ましくは0.07g/cm3以上、より好ましくは0.1g/cm3以上である。一方、シート密度の上限値は、空孔を十分に有する正極シートを提供する点で、好ましくは0.2g/cm3以下、より好ましくは0.19g/cm3以下である。シート密度は、上記の範囲内で下限値および上限値を任意に設定してよいが、シート密度の範囲は、例えば、0.05~0.2g/cm3、0.07~0.19g/cm3の範囲を満たしてよい。
【0048】
(空隙率)
本発明の正極シートの空隙率は、好ましくは、80~95%の範囲を満たす。空隙率が85%以上であることにより、正極シートは、放電時に生成する過酸化リチウムを多く蓄えることができると共に、内部に酸素またはこれを含む空気が侵入する際の抵抗が低くなるため、高い放電容量を有し、高速放電可能な電池を提供できる。一方、空隙率が95%以下であることで、正極シートが強度に優れたものとなる。
【0049】
ここで、空隙率は、正極シートの見かけ密度と真密度とから、以下の計算式:[1-(正極シートの見かけ密度/正極シートを構成する材料の真密度)]×100により求められる。
【0050】
空隙率の下限値は、より高い放電容量を有し、より高速放電可能な電池を提供する点で、より好ましくは90%以上である。一方、空隙率の上限値は、正極シートをより優れた強度を有するものとする点で、より好ましくは94%以下である。
【0051】
(目付)
本発明の正極シートは、好ましくは、2~3.5mg/cm2の範囲の目付を有する。これにより、正極シートを用いた空気電池が、高い放電容量を有し、高速放電可能なものとなる。目付は、対象となる正極シートを直径(φ)16mmの円形に打ち抜き、その質量(mg)を測定して円の面積(cm2)で割ることで、面積当たりの質量として求めた。目付は、より好ましくは、2~3.2mg/cm2の範囲を満たす。
【0052】
[空気電池用正極シートの製造方法]
次に、上述の空気電池用正極シートの製造方法について説明する。
図1は、本発明の空気電池用正極シートを製造する工程を示すフローチャートである。
【0053】
ステップS110:ウェーブを有する繊維状炭素を溶媒に分散させ、繊維状炭素の予備分散液を得る。
【0054】
繊維状炭素は、主としてsp2混成軌道により結合された単原子層のシート状炭素を有するものを意味し、上述した繊維状炭素を用いることができる。原料としての繊維状炭素は、500~1200m2/gの範囲を満たすBET法比表面積、および、9.5~15.0cm3/gの範囲を満たす直径2~1000nmの細孔の細孔容積を有することが好ましい。原料としての繊維状炭素のBET法比表面積が上述の範囲を満たすことにより、反応場を維持し、自立性を有する正極シートが得られる。原料としての繊維状炭素の細孔容積が上述の範囲を満たすことにより、充電反応における反応場が多くなり、優れた放電特性を有する電池を提供できる。
【0055】
原料としての繊維状炭素のBET法比表面積は、それぞれ、所定の構造および物性を有する正極シートが得やすい点で、より好ましくは550~650m2/gである。
【0056】
原料としての繊維状炭素の直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、所定の構造および物性を有する正極シートが得やすい点で、より好ましくは9.8~12cm3/gである。
【0057】
原料に用いる繊維状炭素もウェーブを有しているが、その確認は、正極シートを構成する繊維状炭素と同様に、簡易的には、電子顕微鏡等の観察により行い、繊維状炭素が間隔5~500nmの大きさの周期的な形状パターンを有していれば、ウェーブを有するものと判断する。また、より正確には、電子顕微鏡等による繊維状炭素の実空間像のフーリエ変換解析から、0.002~0.2nm-1の空間周波数の範囲にパワースペクトル成分を有することにより確認する。ウェーブを有する繊維状炭素を原料として用いることにより、上述した2つの異なる大きさ(径)の細孔が形成され、所定の細孔容積を有する正極シートを歩留まりよく製造できる。
【0058】
溶媒としては、水および一般に入手可能な有機溶媒を用いることができる。有機溶媒としては、例えば、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルホルムアミドの他、各種アルコール類(例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール)、エーテル類、エステル類、カーボネート類、芳香族炭化水素をはじめとする炭化水素溶媒などが挙げられるが、これらに限定されない。溶媒は、単一溶媒であってもよく、混合溶媒であってもよい。
【0059】
溶媒は、好ましくは水である。これにより、後述する特定条件の超音波処理で繊維状炭素が分散した分散液が得られやすい。水は、水道水、蒸留水、イオン交換水、純水、超純水であってよい。
【0060】
分散法には特に制限はないが、例えば、ホモジナイザやビーズミルを用いて分散させてよい。
【0061】
予備分散液中の繊維状炭素の濃度は、特に制限はないが、後述するステップS120における濃度より高ければよい。例示的には、濃度は、0.05~5質量%、好ましくは0.1~0.5質量%である。これにより、繊維状炭素がダマ状に固まることを抑制し、均一な分散を促進できる。
【0062】
ステップS120:ステップS110で得られた予備分散液に溶媒をさらに添加し、超音波処理し、分散液を得る。超音波処理の条件は、発振周波数が20~60kHzの範囲であり、定格出力が30~95W以下の範囲にある超音波を、10~600秒の間照射するものである。
【0063】
このような特定条件を満たすように超音波処理することにより、繊維状炭素が、完全にばらばらになることなく、一部バンドルを維持し、なおかつ、繊維状炭素のウェーブが保持された分散液が得られる。本願発明者らは、このような分散液を用いることにより、上述の2つの細孔領域に特定の細孔容積を有し、大きなBET法比表面積を有し、自立した正極シートが得られることを実験から見出した。
【0064】
より好ましくは、発振周波数が30~50kHzの範囲であり、定格出力が30~65Wの範囲にある超音波を、40~70秒の間照射する。これにより、歩留まりよく本発明の正極シートが得られる。
【0065】
超音波処理は、室温で行ってもよく、冷却条件下(例えば、氷浴中)で行ってもよく、加熱条件下で行ってもよい。このような超音波処理は、超音波ホモジナイザを用いて行うことができる。
【0066】
予備分散液に添加する溶媒は、ステップS110で説明した溶媒と同じ溶媒であってもよいし、異なる溶媒であってもよい。好ましくは、同じ溶媒である。また、分散液中の繊維状炭素の濃度が、好ましくは、0.005~0.3質量%の範囲となるように溶媒は添加される。これにより、超音波処理による分散を促進できる。より好ましくは、繊維状炭素の濃度は、0.01~0.1質量%の範囲である。
【0067】
ステップS130:ステップS120で得られた分散液をフィルタにてろ過する。
【0068】
フィルタとしては、例えば、表面が親水化処理されたポリテトラフルオロエチレン(PTFE)メンブレン、表面が親水化処理されたポリフッ化ビニリデン(PVDF)メンブレン、グラスファイバーメンブレン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0069】
ろ過する方法は特に制限されないが、好ましくは、吸引ろ過(減圧ろ過とも呼ぶ)または加圧ろ過である。これにより、自然ろ過の場合と比べて、繊維状炭素同士が絡み合い、自立したシートが得られやすい。フィルタ上のろ物を剥離すれば、上述の正極シートとなる。
【0070】
剥離後のろ物を乾燥し、溶媒を除去してもよい。乾燥は、例えば、真空中、50~150℃の温度範囲で1~24時間行ってもよい。このような乾燥は、剥離に先立って行ってもよい。
【0071】
(実施の形態2)
実施の形態2では、本発明の空気電池用正極シートを用いた空気電池を説明する。
図2は、本発明の実施形態に係る空気電池の模式的な断面図である。
【0072】
空気電池600は、負極構造体610(構造は後述する。)と正極構造体620(構造は後述する。)とがセパレータ660を介して積層された積層体と、上記積層体を拘束する拘束具630とを有する、一般に「コインセル型」と呼ばれる空気電池である。
【0073】
なお、拘束具630と後述する金属メッシュ680との間には、絶縁性のオーリングが配置され(図示なし)、拘束具630と正極構造体620との絶縁性が確保されている。
【0074】
空気電池は、空気中の酸素が正極活物質になるという意味で命名されたことからもわかるように、約21%の酸素を含む空気の供給により放電可能である。しかし、拡散律速の影響を減らすためには、酸素をより高濃度で含む気体を供給することが好ましく、純酸素を供給できれば最高の特性を発揮させることができる。
【0075】
負極構造体610は、負極集電体635と、負極集電体635上に配置された負極活物質層である金属層640と、その両端に配置された柱状のスペーサ650とにより構成され、金属層640と、セパレータ660との間には、空間670が設けられ、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等の金属イオンを伝導可能な電解液が充填されている。
【0076】
金属層640は、アルカリ金属、および/または、アルカリ土類金属を含有する。なかでも、リチウム金属からなる層が好ましい。電解液がリチウムイオンを伝導可能であり、負極構造体610がリチウム金属を備える場合、リチウム空気電池を提供できる。
【0077】
正極構造体620は、正極集電体である金属含有のメッシュ(金属メッシュ)680に機械的にも電気的にも接触した正極シート690を備える。この場合、金属メッシュ680は、正極基材となり、空気または酸素が通る流路の機能も兼ね備える。正極シート690は、実施の形態1で説明した正極シートであるため、説明を省略する。また、
図2では、金属メッシュ680を備えるものとして説明するが、正極シート690は自立性を有するため、金属メッシュ680を有しなくてもよい。これにより、軽量化を可能にする。
【0078】
負極構造体610と正極構造体620との間には、両者を隔てるセパレータ660が配置される。
【0079】
次に、空気電池600の製造方法について説明する。まず、負極構造体610が準備される。円盤状の負極集電体635の上に、負極集電体635と同心状で負極集電体635より径の小さな円盤状のリチウム等による金属層640が積層され、負極集電体635の上に柱状のスペーサ650が押し付けられ、負極構造体610が得られる。
【0080】
スペーサ650は、絶縁体である。素材としては、金属酸化物、金属窒化物、および、金属酸窒化物等であってよい。例えば、Al2O3、Ta2O5、TiO2、ZnO、ZrO2、SiO2、B2O3、P2O5、GeO2、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO、BaO、Si3N4、AlN、および、AlOxN1-x(0<x<1)等であってよい。なかでも、Al2O3、および、SiO2は、入手が容易であり、加工性に優れるため好ましい。
【0081】
スペーサ650は、樹脂であってもよい。樹脂としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリイミド系樹脂、および、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)系樹脂等が挙げられる。ポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン、および、ポリプロピレン等が挙げられる。ポリエステル系樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、および、ポリトリブチレンテレフタレート(PTT)等が挙げられる。これらの樹脂は、入手が容易であり、加工性に優れるため好ましい。
【0082】
次に、セパレータ660が準備され、これがスペーサ650上に押し付けられる。
セパレータ660は、アルカリ金属イオン、および/または、アルカリ土類金属イオンを通過させることが可能な多孔質の絶縁体である。セパレータ660は、金属層640および電解液との反応性を有さない任意の無機材料(金属材料を含む)、または有機材料である。
【0083】
セパレータ660の素材は、ポリエチレン、ポリプロピレン、および、ポリオレフィン等の樹脂、またはガラス等であってよい。セパレータ660は、不織布であってもよい。
金属層640(リチウム金属)とスペーサ650とセパレータ660との間には、空間670が設けられている。
【0084】
その後、セパレータ660内に電解液を充填させる。このとき、併せて空間670も電解液で充填される。
【0085】
電解液としては、アルカリ金属塩、および/または、アルカリ土類金属塩を含有する、水系または非水系の任意の電解液が使用できる。水系電解液がリチウム塩を含む場合、リチウム塩としては、例えば、LiOH、LiCl、LiNO3、および、Li2SO4等が使用できる。なお、溶媒は水、または、水溶性の溶媒を用いることができる。
【0086】
非水系電解液(非水電解液)がリチウム塩を含む場合、リチウム塩としては、例えば、LiNO3、LiPF6、LiBF4、LiSbF6、LiSiF6、LiAsF6、LiN(SO2C2F5)2、Li(FSO2)2N、LiCF3SO3(LiTfO)、Li(CF3SO2)2N(LiTFSI)、LiC4F9SO3、LiClO4、LiAlO2、LiAlCl4、および、LiB(C2O4)2等が使用できる。
【0087】
非水電解液において、非水溶媒としては、グライム類(モノグライム、ジグライム、トリグライム、テトラグライム)、メチルブチルエーテル、ジエチルエーテル、エチルブチルエーテル、ジブチルエーテル、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、シクロヘキサノン、ジオキサン、ジメトキシエタン、2-メチルテトラヒドロフラン、2,2-ジメチルテトラヒドロフラン、2,5-ジメチルテトラヒドロフラン、テトラヒドロフラン、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸n-プロピル、酢酸ジメチル、メチルプロピオネート、エチルプロピオネート、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルプロピルカーボネート、エチルプロピルカーボネート、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ポリエチレンカーボネート、γ-ブチロラクトン、デカノリド、バレロラクトン、メバロノラクトン、カプロラクトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ニトロメタン、ニトロベンゼン、トリエチルアミン、トリフェニルアミン、テトラエチレングリコールジアミン、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホン、トリエチルホスフィンオキシド、1,3-ジオキソラン、および、スルホラン等が挙げられる。
【0088】
しかる後、正極シート690上に金属メッシュ680が配置された正極構造体620が準備される。
金属メッシュ680としては、例えば、銅(Cu)、タングステン(W)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、および、パラジウム(Pd)からなる群より選択される少なくとも1種の金属を有するメッシュが使用できる。すなわち、この群から選ばれる金属単体、この群から選ばれる金属を含む合金、およびこの群から選ばれる金属と炭素(C)や窒素(N)などとの化合物からなるメッシュを挙げることができる。メッシュは、例えば、厚さ0.2mm、目開き1mmとすることができる。
【0089】
その後、空間670が電解液で充填された負極構造体610に、正極構造体620が、セパレータ660を介して貼り合わされ、拘束具630で拘束されて空気電池600が得られる。ここで、実装は乾燥空気下、例えば露点温度-50℃以下の乾燥空気下で行うことが好ましい。
以上の工程により、コインセル型の空気電池600が製造される。
【0090】
なお、空気電池600は、正極構造体620として、正極シート690と、金属メッシュ680とを有しているが、本発明の空気電池は、上記に制限されず、正極構造体620として、正極シート690のみを有していてもよい。
【0091】
製造された空気電池600は、正極シート690を使用した正極構造体620が、優れた空気または酸素透過性を有しており、多量の酸素を取り込むことが可能であり、高いイオン輸送効率を有しており、広い反応場を有しているため、小型、軽量でも高速での放電特性に優れ、大きな容量を有する。
【0092】
次に、空気電池の他の実施形態について、積層型金属電池(空気電池)を、図面を参照しながら説明する。
【0093】
図3は、本発明の空気電池の他の実施形態である積層型金属電池である空気電池の模式的な断面図である。
【0094】
本発明の空気電池500は、正極構造体510と負極構造体100とがセパレータ540を介して積層した積層構造を備える。積層数は、正極構造体510と負極構造体100とが各々1からなる1対を単位として、1対以上複数対でよく、対数に特段の上限はない。
【0095】
ここで、負極構造体100は、一対の負極活物質層(金属層)と、それらにより挟まれる負極集電体520とから構成されている。金属層の両端にスペーサが配置され、金属層とセパレータ540との間に空間が設けられている点で、負極構造体100は、上述した空気電池600の負極構造体610と同様の構造である。
【0096】
一方、正極構造体510は、正極シート550およびガス拡散層560からなる一対の積層体と、上記積層体により挟まれる正極集電体525とから構成されている。なお、正極集電体525側から、順に、ガス拡散層560、正極シート550が配置されている。正極シート550は、実施の形態1で説明したものであるため、説明を省略する。
【0097】
この正極集電体525は空気または酸素の流路の機能も有しているため、本空気電池500はより単純な構造でより大きな容量が得られるようになっている。
【0098】
負極集電体520、正極集電体525としては、例えば、銅(Cu)、タングステン(W)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、および、パラジウム(Pd)等の金属、ならびに、これらの合金、および、これらの化合物(例えば、炭素および/または窒素との化合物)が使用できる。なお、空気電池500は、収納容器(図示せず)に収容されてもよい。
【0099】
空気電池500の正極構造体510は、正極シート550と正極集電体525との間に、ガス拡散層560を具備し、空気、酸素、その他のガスは、このガス拡散層を通って、電池外部と正極シート550との間を行き来する。またガス拡散層は、正極シート550と正極集電体525と間での電子の移動路としても働く。ガス拡散層は、上記のガスの移動路として働くため、通気性を有する連通孔を備えることが必要であり、また電子伝導性を有することが必要となる。ガス拡散層としては、例えば、東レのカーボンペーパーTGP-H、クレハのクレカE704等が使用できる。
【0100】
なお、本発明の正極シートは、上記したリチウム空気電池以外にも、ナトリウム空気電池、空気亜鉛電池、空気鉄電池、空気アルミニウム電池、空気マグネシウム電池等の他の金属空気電池にも使用できる。
【0101】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例】
【0102】
[原料]
後述する比較例1、実施例2~4および比較例5のシート(CNT1~CNT5)の製造では、原料となる繊維状炭素として、表1に示すカーボンナノチューブを用いた。単層CNT1は、ゼオンテクノロジー株式会社製の単層カーボンナノチューブ(ZEONANO(登録商標)SG101)であり、単層CNT2は、次のようにして化学気相成長法(CVD法)により製造された。
【0103】
スパッタ蒸着によりFe(2nm)/Al
2O
3(40nm)を蒸着させたシリコン基板を管状炉内に封入し、大気圧下で、He/H
2混合ガス(混合比は1/9)を流速1000sccmで供給しながら、750℃で6分間アニールした。次いで、水150ppmおよびエチレン10%を含むHe/H
2混合ガスを流速1000sccmで10分間供給し、シリコン基板上にカーボンナノチューブ集合体を成長させ、これを単層CNT2とした。単層CNT1と単層CNT2とを透過型電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で観察した。観察結果を
図4に示す。
【0104】
さらに、TEM像のフーリエ変換像およびそれから算出したパワースペクトルを、米国立衛生研究所が配布するImageJ(バージョン 1.53f)を用いて取得した。得られたフーリエ変換像を
図5に、パワースペクトルの動径分布を
図6に、それぞれ示す。なお、パワースペクトルの動径方向分布p(r)は、それぞれのフーリエ変換像の中心からrの距離に存在する微小な環状領域のパワースペクトル値の和として算出されることが知られている。ここでrは空間周波数を示す。
【0105】
以下の表1に、原料のカーボンナノチューブ(CNT)のBET法比表面積およびBJH法による細孔容積を示す。それぞれの測定方法は後述する。
【0106】
【0107】
図4は、原料に用いた単層CNT1(a)および単層CNT2(b)のTEM像を示す図である。
【0108】
図4から、いずれのカーボンナノチューブも直径2~5nmの単層カーボンナノチューブであることを確認した。さらに、単層CNT1は、直線状であったが、単層CNT2は、200nm間隔で明確なうねりを有しており、ウェーブを有するカーボンナノチューブであることが分かった。カーボンナノチューブの平均アスペクト比は、500以上100000以下であった。
【0109】
図5は、
図4のTEM像のフーリエ変換像を示す図である。
【0110】
図5(a)は、
図4(a)(単層CNT1)のフーリエ変換像であり、
図5(b)は、
図4(b)(単層CNT2)のフーリエ変換像である。
図5(a)に見られる異方性パターンは、単層CNT1が直線的にバンドル凝集していることを反映している。一方、
図5(b)に見られる等方性パターンは、単層CNT2が高周波成分まで広く有しており、単層CNT2が直線ではない形態を有していることを示す。
【0111】
図6は、
図5のフーリエ変換像から算出されたパワースペクトルの動径方向分布を示す図である。
【0112】
図6によれば、単層CNT2は0.005nm
-1付近を中心にピークが見られることから、単層CNT2は200nm程度の周期のウェーブ状パターンを有していることが確認できた。
図4~
図6から、原料に用いた単層CNT2は、ウェーブを有する繊維状炭素であり、0.002~0.2nm
-1の空間周波数の範囲にパワースペクトル成分を有することが示された。
【0113】
[性状評価]
後述する比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートの性状を、次のようにして評価した。
(1)目付
シートをそれぞれ直径(φ)16mmに打ち抜いて、その質量(mg)を測定し、打ち抜いたシートの面積当たりの質量を目付(mg/cm2)とした。
【0114】
(2)シート密度
シート密度(ρsheet)は、目付をシート厚さで除することで算出した。
(3)空隙率
空隙率(Porosity)は、シートがカーボンナノチューブのみからなること、およびシートを構成するカーボンナノチューブの真密度が1.3g/cm3であることを仮定し、以下の式に従い算出した。
Porosity(%)={1-(ρsheet/1.3)}×100
【0115】
(4)BET法比表面積
3Flex(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いて、窒素吸着法により得られた吸着等温線から、BET法に従って求めた。
【0116】
(5)直径2~1000nmの細孔の占める細孔容積
3Flex(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いて、窒素吸着法により得られた吸着等温線から、BJH法を用いて求めた。
【0117】
(6)直径0.1~10μmの細孔の占める細孔容積
AutoPoreIV(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いた水銀圧入法により、細孔径10~200000nm(0.01~200μm)の範囲の細孔容積を測定し、細孔直径0.1~10μmの細孔容積の値を用いた。
【0118】
(7)直径5~1000nmの細孔の細孔表面積
3Flex(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いて、窒素吸着法により得られた吸着等温線から、BJH法を用いて求めた。
【0119】
[電池特性評価]
後述する比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートの電池特性として、放電容量およびサイクル特性を評価した。
(1)放電容量(放電レート特性)
シートを直径(φ)16mmに打ち抜き、100℃、12時間以上真空乾燥させ、正極シートとした。負極構造体としてリチウム金属箔(直径(φ)16mm、厚さ0.2mm)、セパレータとしてガラス繊維ペーパ(Whatman(登録商標)、GF/A)を用い、リチウム金属箔/ガラス繊維ペーパ/正極シートの順に重ね、コインセルケース(CR2032型)に実装した。次いで、電解液(LiTFSI(リチウムビストリフルオロメタンスルホンイミド)の1M-テトラエチレングリコールジメチルエーテル溶液)を浸透させ、リチウム空気電池セルを製造した。
【0120】
得られたリチウム空気電池セルについて、電池充放電システム(北斗電工、HJ1001SD8)を用い、純酸素フロー環境下、室温(25℃)、定電流(0.2~3.0mA/cm2の範囲内)条件下で、電圧が2Vに低下するまでの放電容量を測定した。
【0121】
(2)サイクル特性
電解液として、LITFSIに代えて、0.5MのLiTFSI、0.5MのLiNO3(硝酸リチウム)および0.2MのLiBr(臭化リチウム)を含むテトラエチレングリコールジメチルエーテル溶液を用いた以外は、放電レート特性評価用のリチウム空気電池セルと同様にして、リチウム空気電池セルを製造した。
【0122】
得られたリチウム空気電池セルについて、電池充放電システム(北斗電工、HJ1001SD8)を用い、純酸素フロー環境下、室温、定電流(0.4mA/cm2)条件下で、10時間周期で放電・充電を繰り返した。放電時のカットオフ電圧を2V、充電時のカットオフ電圧を4.5Vとし、放電時の電圧がカットオフ電圧である2Vに最初に到達するまでのサイクル回数から1引いた数を充放電サイクル数とした。
【0123】
[比較例1、実施例2~4および比較例5]
比較例1、実施例2~4および比較例5では、表1に示すカーボンナノチューブを用い、表2に示す製造条件で正極シートを製造した。以下、製造方法について詳細に説明する。
【0124】
原料となる単層CNT1または単層CNT2(90mg)を、超純水(30g)を入れた容器に添加し、ホモジナイザ(株式会社エスエムテー製、ハイフレックスホモジナイザーHF93)を用いて分散させ、予備分散液を得た(
図1のステップS110)。分散条件は、9000rpmで3分間であった。
【0125】
次いで、得られた予備分散液に超純水(150g)を添加し、単層CNT濃度が0.05mass%となるように調整した。超音波ホモジナイザ(Branson製、450D、最高出力400W)用いて、表2に示す条件で超音波処理をし、分散液を得た(
図1のステップS120)。分散液中の単層CNTの濃度は0.05質量%であった。
【0126】
得られた分散液を、フィルタとしての親水性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、メルク株式会社製、Omnipore(登録商標)JAWP、穴径1μm)上に流し込み、表2に示す条件でろ過した(
図1のステップS130)。ろ過は、ダイアフラム式真空ポンプ(KNF社製、N820.3FT.18)により吸引しながら行った。得られたろ物をフィルタから剥離し、乾燥させた。乾燥の条件は、真空中60℃で12時間であった。得られた比較例1、実施例2~4および実施例5のシートをそれぞれCNT1~CNT5と称する。
【0127】
【0128】
比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートについて、上述の性状評価を行った。これらの結果を表3に示す。また、比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートが自立膜であるか否かを目視観察し、その細部を走査型電子顕微鏡(SEM、日本電子株式会社製、JSM-7800F)により観察した。そして、得られたSEM像から、原料として用いた単層CNTについて行ったのと同様の方法で、SEM像のフーリエ変換像の取得およびパワースペクトルの算出を行った。比較例1、実施例2および比較例5のシートについて、得られたSEM像およびそのフーリエ変換像を
図7に、パワースペクトルを
図8に、それぞれ示す。さらに、比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートを正極に用いて、上述の電池特性評価を行った。結果を
図9~
図11および表4にそれぞれ示す。
【0129】
結果をまとめて説明する。
比較例1、実施例2~4および比較例5(CNT1~CNT5)のシートの性状評価の結果を表3に示す。
【0130】
【0131】
CNT1~CNT5は、いずれも、自立したシートであった。CNT2~CNT5は、原料として単層CNT2を用いており、超音波処理の出力が小さいほどしなやかなシートであり、出力が大きいほど硬直なシートであった。
【0132】
図7は、比較例1、実施例2および比較例5のシートのSEM像およびフーリエ変換像を示す図である。
【0133】
図7(a)~(c)は、比較例1のCNT1のSEM像およびフーリエ変換像であり、
図7(d)~(f)は、実施例2のCNT2のSEM像およびフーリエ変換像であり、
図7(g)~(i)は、比較例5のCNT5のSEM像およびフーリエ変換像である。
【0134】
いずれもカーボンナノチューブがバンドル(束)となり、不織布状のシートとなっていることを確認した。
図7(d)および(e)によれば、実施例2のCNT2は、0.1~10μmの太いバンドルからなり、バンドル間に0.1~10μmの大きな空隙とともに、バンドルを構成するカーボンナノチューブのウェーブに起因した200nm以下の多数の穿孔を有した。このとき、カーボンナノチューブナノチューブは、20~50nmの周期のうねりを有した。また、
図7(g)および(h)によれば、比較例5のCNT5は、実施例2のCNT2と異なり、バンドル間の空隙がつぶれていた。一方、
図7(a)および(b)によれば、比較例1のCNT1は、実施例2のCNT2と同様に、0.1~10μmの比較的太いバンドルからなり、バンドル間に0.1~10μmの大きな空隙を有したが、カーボンナノチューブがウェーブを有しないため、200nm以下の穿孔が見られなかった。
【0135】
さらに、
図7(c)によれば、比較例1のCNT1のフーリエ変換像は、直線状のカーボンナノチューブがバンドル凝集した形態を反映した異方性パターンを示したが、
図7(f)および(i)によれば、実施例2のCNT2および比較例5のCNT5のフーリエ変換像は、いずれも、ウェーブを有するカーボンナノチューブが凝集した形態を反映した等方性パターンを示し、高周波成分まで広く有していた。
【0136】
図示しないが、実施例3のCNT3および実施例4のCNT4のSEM像およびフーリエ変換像は、実施例2のCNT2のそれと同様であった。
【0137】
図8は、
図7のフーリエ変換像から算出したパワースペクトルの動径方向分布を示す図である。
【0138】
比較例1のCNT1は、上述したように、200nm以下の穿孔を有しないため、そのパワースペクトルは、指数関数的に減少した。一方、実施例2のCNT2および比較例5のCNT5は、0.025nm-1付近を中心に、なだらかなピークが見られた。このピークの存在は、40nm程度の大きさを中心とする穿孔がCNTバンドルに存在していることを示している。図示しないが、実施例3のCNT3および実施例4のCNT4のパワースペクトルの動径方向分布も、実施例2のCNT2のそれと同様であった。このことから、実施例2~4および比較例5のシートは、0.002~0.2nm-1の空間周波数の範囲にパワースペクトル成分を有しており、正極シートがウェーブを有するカーボンナノチューブからなることが示された。
【0139】
さらに、実施例2~4の正極シートにおけるウェーブを有するCNTは、原料に用いた単層CNT2と比較して、より小さな周期を有し、より大きな空間周波数領域においてパワースペクトル成分を有することも確認した。
【0140】
図9は、比較例1、実施例2および比較例5のシートの窒素吸着測定による空孔分布(a)、水銀圧入測定による空孔分布(b)、および窒素吸着測定による表面積空孔サイズ分布(c)をそれぞれ示す図である。
【0141】
比較例1のCNT1は、空孔サイズ10nm以下の領域に微細孔を有するものの、その細孔容積は2~1000nm領域で1cm
3/gに満たなかった。実施例2のCNT2および比較例5のCNT5は、2~1000nm領域で3cm
3/g以上の細孔容積を有した。これは、
図7および
図8を参照して説明したように、ウェーブを有するCNTのバンドルではCNT同士の凝集が抑制されており、バンドル内に幅広い細孔分布が形成されていることに起因する。
【0142】
比較例1のCNT1および実施例2のCNT2は、0.1~10μm領域で2.0cm3/gより大きい細孔容積を有したが、比較例5のCNT5は、0.1~10μm領域で2.0cm3/g以下の細孔容積を有した。特に、比較例5のCNT5は、1μm以上の領域に空孔をほとんど有しなかった。これは、比較例5のCNT5は、バンドル間の空隙がつぶれていることに起因する。
【0143】
比較例1のCNT1は、空孔サイズ10nm以下の領域の微細孔からなる細孔表面を有するものの、その表面積は、5nm以上の細孔領域に限れば200m2/gに満たなかった。実施例2のCNT2および比較例5のCNT5は、2~1000nm領域に広く分布する細孔からなる細孔表面を有しており、その表面積は、5nm以上の細孔領域において200m2/g以上だった。これはウェーブを有するCNTのバンドルでは、CNTどうしの凝集が抑制されており、バンドル内に幅広い細孔分布が形成されていることに起因する。
【0144】
表3によれば、実施例2~4のCNT2~4は、いずれも、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、BET法比表面積は、300~1200m2/gの範囲を満たし、直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m2/gの範囲を満たし、直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0より大きく10.0cm3/g以下の範囲を満たし、直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm3/gの範囲を満たし、シート密度は、0.05~0.23g/cm3の範囲を満たした。
【0145】
なお、図示しないが、実施例2~4のCNT2~4についてラマン分光測定(ナノフォトン株式会社のラマン分光測定器Touch-VIS-NIRを用い、対物レンズ10倍、励起波長532nm、照射レザーパワー1mWで得られたラマンスペクトルの、結晶構造炭素由来のピーク強度をG、乱層構造炭素由来のピーク強度をD)を行ったところ、D/Gは、0.2~0.8を満たすことを確認した。
【0146】
以上より、ウェーブを有する繊維状炭素を原料に用いて、
図1に示す本発明の方法を実施することにより、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、BET法比表面積は、300~1200m
2/gの範囲を満たし、直径5~1000nmの細孔表面積は、200~600m
2/gの範囲を満たし、直径0.1~10μmの細孔の細孔容積は、2.0より大きく10.0cm
3/g以下の範囲を満たし、直径2~1000nmの細孔の細孔容積は、1.0~5.0cm
3/gの範囲を満たし、シート密度は0.05~0.23g/cm
3の範囲を満たす、自立した不織布状のシートが得られることが示された。
【0147】
図10は、比較例1および実施例2のシートを用いた空気電池の放電曲線(a)および放電電流-放電容量の関係(b)を示す図である。
【0148】
図10において、放電容量および出力レートは、電極面積(φ16mm、2cm
2)で規格化された。
図10(a)によれば、比較例1のCNT1、実施例2のCNT2を用いた空気電池は、いずれも、低レート(0.4mA/cm
2)では15mAh/cm
2を超える放電容量を示した。しかし、比較例1のCNT1を用いた空気電池の放電容量は、出力レートを1.5mA/cm
2に上げると4mAh/cm
2まで急減し、さらに出力レートを2.0mA/cm
2まで上げると2mAh/cm
2まで減少した。一方、実施例2のCNT2の空気電池は、いずれの出力レートにおいても10mAh/cm
2の放電容量を維持した。図示しないが、実施例3のCNT3および実施例4のCNT4を用いた空気電池も、実施例2のCNT2のそれと同様の傾向を示した。
【0149】
図10(b)によれば、実施例2のCNT2の空気電池は、1.5mA/cm
2以上の高レートにおいても、高い放電容量を示した。これに対し、比較例1のCNT1の空気電池は、1.5mA/cm
2の出力レートを超えると、実質的に放電できなかった。図示しないが、実施例3のCNT3および実施例4のCNT4を用いた空気電池も、実施例2のCNT2のそれと同様の傾向を示した。
【0150】
【0151】
表4に比較例1、実施例2、実施例4および比較例5のシートを用いた空気電池の放電容量を示す。放電容量は、電極質量すなわち目付量で規格化された。いずれのシートを用いた空気電池も、低いレート(0.2mA/cm2)では電極質量あたり5000mAh/g以上の容量が得られたが、高いレート(2.5mA/cm2)では、比較例1のCNT1および比較例5のCNT5を用いた空気電池の放電容量は大幅に減少した。これは、比較例1のCNT1は、2~1000nm領域の微細孔をほとんど有さず、比較例5のCNT5は、0.1~10μm領域のバンドル間の空隙をほとんど有さず、いずれも、電池反応場を提供する炭素表面に対する酸素供給が不足するためと考えられる。
【0152】
一方、実施例2のCNT2および実施例4のCNT4を用いた空気電池は、高いレート(2.5mA/cm2)でも2000mAh/gを優に超える放電容量を示した。これは、CNT2およびCNT4が2~1000nmの細孔領域および0.1~10μmの細孔領域のいずれにも十分な細孔容積を有することで、電池反応場への酸素供給能力が向上し、高出力時の容量が大幅に改善したためと考えられる。実施例3のCNT3を用いた空気電池も、高レートにおいて2000mAh/gを超える放電容量を示すことを確認した。
【0153】
図11は、比較例1および実施例2のシートを用いた空気電池の充放電カーブを示す図である。
【0154】
図11(a)によれば、比較例1のCNT1を用いた空気電池は、10回充放電可能だった。一方、
図11(b)によれば、実施例2のCNT2を用いた空気電池は、14回充放電可能となり、充放電サイクル特性が改善した。これは、実施例2のCNT2が、2~1000nmの細孔領域および0.1~10μmの細孔領域のいずれにも十分な細孔容積を有し、酸素供給能力が高いことに起因する。図示しないが、実施例3および実施例4のシートを用いた空気電池も、10回を超える充放電が可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明の空気電池用正極シートは、ウェーブを有する繊維状炭素からなり、これを空気電池の正極に使用することにより、その高い空気または酸素拡散性、高いイオン輸送効率および広い反応場に起因する、高容量で、高速での放電特性に優れ、サイクル特性にも優れる空気電池を提供することができる。また、繊維状炭素からなる正極シートは、金属メッシュ等の集電体用いずに、単独で正極に供用可能な自立性を持っていることで、小型・軽量で大容量化に適した空気電池を提供することができる。このため、本発明は、今後需要が大幅に拡大すると見込まれる空気電池に好適に用いられることが期待される。
【符号の説明】
【0156】
100:負極構造体
500:空気電池
510:正極構造体
520:負極集電体
525:正極集電体
540:セパレータ
550:正極シート
560:ガス拡散層
600:空気電池
610:負極構造体
620:正極構造体
630:拘束具
635:負極集電体
640:金属層(負極活物質層)
650:スペーサ
660:セパレータ
670:空間
680:金属メッシュ(正極集電体)
690:正極シート