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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】撥水製品、撥水製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A44B 19/34 20060101AFI20240822BHJP
   A44B 19/32 20060101ALI20240822BHJP
   D06M 13/02 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
A44B19/34
A44B19/32
D06M13/02
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020017676
(22)【出願日】2020-02-05
(65)【公開番号】P2021122484
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2022-11-17
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006828
【氏名又は名称】YKK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002712
【氏名又は名称】弁理士法人みなみ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城岸 利行
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 崇
【審査官】横山 綾子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-328624(JP,A)
【文献】国際公開第2016/103426(WO,A1)
【文献】特開2008-194066(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B 19/34
A44B 19/32
D06M 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非フッ素系撥水剤が繊維の生地に付着した撥水生地と、撥水生地にポリエステル接着剤で貼り付けられた樹脂部品とを備える撥水製品において、
撥水製品は一対のファスナーストリンガー(2,2)が対向する側縁部において噛合したファスナーチェーンであり、
前記ファスナーストリンガー(2)は、撥水生地としてのテープ(4)と、前記テープ(4)の対向する側縁部に固定され且つ噛合した状態のエレメント列(5)とを備えるものであり、
非フッ素系撥水剤と前記テープ(4)の繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有しないもので、
架橋剤は架橋反応が進行すると、繊維と樹脂部品との剥離強度を低下させるものであることを特徴とする撥水製品。
【請求項2】
請求項1に記載の撥水製品は、前記テープ(4)の長手方向の端部においてポリエステル接着剤で貼り付けられた前記樹脂部品としての補強フィルム(6)を備えるファスナーチェーンであることを特徴とする撥水製品。
【請求項3】
非フッ素系撥水剤が繊維の生地に付着した撥水生地と、撥水生地にポリエステル接着剤で貼り付けられた樹脂部品とを備える撥水製品を製造する製造方法であって、
前記撥水製品は一対のファスナーストリンガー(2)が対向する側縁部において噛合したファスナーチェーンであり、
前記ファスナーストリンガー(2)は、撥水生地としてのテープ(4)と、前記テープ(4)の対向する側縁部に固定され且つ噛合した状態のエレメント列(5)とを備えるものであり、
非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有させずに撥水処理を行うもので、
前記架橋剤は架橋反応が進行すると、繊維と樹脂部品との剥離強度を低下させるものであることを特徴とする撥水製品の製造方法。
【請求項4】
請求項に記載の撥水製品は、前記テープ(4)の長手方向の端部においてポリエステル接着剤で貼り付けられた前記樹脂部品としての補強フィルム(6)を備えるファスナーチェーンであることを特徴とする撥水製品の製造方法。
【請求項5】
請求項3乃至のいずれかの一項に記載の撥水製品の製造方法であって、溶質として少なくとも非フッ素系撥水剤を用いた水溶液中に生地を浸漬させるに際し、当該水溶液の架橋剤濃度は、架橋剤を実質的に含有しない濃度であることを特徴とする撥水製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非フッ素系撥水剤を繊維の生地に付着させた撥水生地と、撥水生地に貼り付けられた樹脂部品とを備える撥水製品、及び撥水製品の製造方法に関する。また撥水製品の一例は、一対のファスナーストリンガーが噛合した状態のファスナーチェーンである。
【背景技術】
【0002】
スライドファスナーは、一対のファスナーストリンガーと、一対のファスナーストリンガーを開閉するスライダーとを基本的構成として備える。またファスナーストリンガーの一例としては、繊維からなるテープと、テープの一方の側縁部に固定されたエレメント列とを備える他、ファスナー開き製品の場合にはさらに、テープの長手方向の端部に貼り付けられた樹脂製の補強フィルムとを備えるものが存在する(特許文献1)。
【0003】
衣類の生地に撥水加工を行うにあたり、色々な撥水剤が使用されている。またスライドファスナー分野において、撥水性を付与するためにもっとも効果がある撥水剤として、フッ素系撥水剤が広く使われている。
しかしながら、近年、社会全体の環境保護意識の高まりから、環境の汚染をできる限り防ぐことが求められており、アパレル業界においても、環境に悪影響を与える化学物質を規制して製品を製造することが求められている。そして、その規制すべき化学物質の一つとしてフッ素化合物があげられている。その観点からファスナーチェーンに使用する撥水剤についても用途に応じて、フッ素系のものと非フッ素系のものとを使い分けることが求められている。非フッ素系撥水剤を付着させたファスナーチェーンの一例が特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実公昭63-37845号公報
【文献】特開2006-328624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところでファスナーチェーンの撥水性能がどの程度なのかを調べる試験(以後、「撥水性評価試験」と称する。)がある。ファスナーチェーンに洗濯をする前と設定回数の洗濯をした後に撥水性評価試験を行って、洗濯後にも高い撥水性を得られることが望ましい。
【0006】
また撥水性評価試験とは別の試験として、補強フィルムとテープとの密着強度を調べる試験がある。密着強度が高いということは、補強フィルムがテープから剥離し難い(剥離強度が高い)ということである。そこで密着強度を調べる試験は、補強フィルムとテープとを強制的に剥離させ、剥離時点での強度を測定する剥離強度試験によって行うことにする。剥離強度試験を採用するに至った原因は、非フッ素系撥水剤を付着させたファスナーチェーンはフッ素系撥水剤を付着させたファスナーチェーンに比べて、補強フィルムがテープから剥離し易いという実情が存在するためである。ちなみに補強フィルムが透明な場合には、剥離してくると、補強フィルムが白濁して、見栄えが悪くなる。
【0007】
本発明は上記実情を考慮して創作されたものであり、その目的は非フッ素系撥水剤が付着したテープ(撥水生地)と補強フィルム(樹脂部品)との剥離強度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の撥水製品は、非フッ素系撥水剤が繊維の生地に付着した撥水生地と、撥水生地にポリエステル接着剤で貼り付けられた樹脂部品とを備えることを前提とする。その上で本発明の撥水製品は、非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有しないことを特徴とする。
【0009】
また本発明の撥水製品の製造方法は、非フッ素系撥水剤が繊維の生地に付着した撥水生地と、撥水生地にポリエステル接着剤で貼り付けられた樹脂部品とを備える撥水製品を製造する製造方法であって、非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有させずに撥水処理を行うことを特徴とする。
【0010】
「架橋剤を実質的に含有しない」及び「架橋剤を実質的に含有させずに」とは、仮に撥水製品に架橋剤が含有していても、その架橋剤の含有量は、非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させることを意図したものとは想定できない程の微量であり、数値で示せば、撥水製品に含まれる当該架橋剤を、撥水製品の質量に対して0.1%未満にする程度の架橋剤濃度の水溶液で撥水処理することを意味するものである。
【0011】
また撥水製品の質量とは、撥水処理を行った部分の全体(言い方を変えれば、撥水剤を用いた水溶液に浸漬させる処理を実際に行った部分の全体)の質量である。したがって、例えば製品としては撥水生地と樹脂部品の他に金属部品等が取り付けられている場合には、技術常識的には金属部品等の取付前に撥水処理が行われるので、その金属部品等を除いた部分が本発明でいう撥水製品であり、その金属部品等を除いた部分での質量が、撥水製品の質量である。
【0012】
本発明の撥水製品は以下のものである。
すなわち撥水製品は一対のファスナーストリンガーが対向する側縁部において噛合したファスナーチェーンであるものとする。そしてファスナーストリンガーは、撥水生地としてのテープと、テープの対向する側縁部に固定され且つ噛合した状態のエレメント列とを備えるものである。
【0013】
撥水製品が、エレメント列としてコイル状の樹脂製モノフィラメントを用いたファスナーチェーンの場合、撥水製品の質量とは、ファスナーチェーンの質量のことである。またファスナーチェーンの質量とは一対のファスナーストリンガーの質量である。そしてファスナーストリンガーはテープにエレメント列が縫い付けられた状態で撥水処理されて製造されるので、ファスナーストリンガーの質量とは、テープの質量と、エレメント列の質量(エレメント列内の芯紐の質量も含む)と、テープにエレメント列を縫い付けた縫製糸の質量とを合計した質量になる。したがって撥水処理の後にファスナーストリンガーに取り付けるスライダーや止具や開具の質量は、撥水製品(ファスナーチェーン)の質量には含まれない。
【0014】
また撥水製品は、ファスナーチェーンの場合にはテープとエレメント列とを備える他に他の樹脂部品として何を備えるのかは問わないが、一例としては次のものがある。
すなわち撥水製品は、テープとエレメント列の他に、テープの長手方向の端部において貼り付けられた樹脂部品としての補強フィルムを備えるファスナーチェーンである。
【0015】
また本発明の撥水製品の製造方法は、撥水処理の詳細を問わないが、一例としては次のものがある。
すなわち撥水製品の製造方法は、溶質として少なくとも非フッ素系撥水剤を用いた水溶液中に生地を浸漬させるに際し、当該水溶液の架橋剤濃度は、架橋剤を実質的に含有しない濃度にすることである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の撥水製品および撥水製品の製造方法によれば、撥水生地と樹脂部品との剥離強度が架橋剤の影響を受けないので、繊維と樹脂部品との剥離強度を向上させられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】補強フィルムの剥離強度と撥水剤の濃度との関連性を示すグラフである。
図2】補強フィルムの剥離強度と架橋剤の濃度との関連性を示すグラフである。
図3】補強フィルムの剥離強度と、撥水剤および架橋剤の濃度等との関連性を示すグラフである。
図4】補強フィルムの剥離強度と架橋反応の進行度合いとの関連性を示すグラフである。
図5】スライドファスナーの一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の第一実施形態の撥水製品として、以下ではファスナーチェーンについて説明するが、その前提となるスライドファスナーから説明する。
【0019】
図5に示すようにスライドファスナー1は、帯状をなすと共に帯状の幅方向に対向する一対のファスナーストリンガー2,2と、一対のファスナーストリンガー2,2をその対向する側縁部において開閉自在なスライダー(図示略)と、一対のファスナーストリンガー2,2が閉じる方向の端部においてスライダーの移動を止める止具(図示略)と、一対のファスナーストリンガー2,2が開く方向の端部において一対のファスナーストリンガー2,2を連結および連結解除可能な開具3とを備えるものである。スライドファスナー1が開いた状態とは、一対のファスナーストリンガー2,2が対向する側縁部において分離した状態であり、スライドファスナー1が閉じた状態とは、一対のファスナーストリンガー2,2が対向する側縁部において噛合した状態である。このように一対のファスナーストリンガー2,2が噛合した状態のものが、ファスナーチェーンと称される。
【0020】
ファスナーストリンガー2は、一直線に延びる帯状のテープ4と、テープ4の一方の側縁部に沿って固定されたエレメント列5と、各テープ4の長手方向(一対のファスナーストリンガー2,2が閉じる方向)の端部において貼り付けられた補強フィルム6とを備えている。このようにファスナーストリンガー2は、エレメント列5が固定された帯状のものなので、細長いものである。従って前記した「長手方向」とはファスナーストリンガー2の長い方向のことであり、「幅方向」とはファスナーストリンガー2の細い方向(短い方向)のことである。
【0021】
テープ4は帯状であり、繊維を集合して形成される。従ってテープ4は繊維を材料とする。またテープ4の具体的な一例は織物又は編物である
【0022】
補強フィルム6はテープ4よりも厚みの薄いものであり、テープ4の表面と裏面のうち少なくとも一面に貼り付けられる。なお補強フィルム6とテープ4を挟む形で開具3が固定される。また補強フィルム6は樹脂部品であって、具体的な材料としては熱可塑性樹脂、より詳しい材料の一例としてはナイロンが挙げられる。補強フィルム6は、例えば熱溶着、或いは接着等でテープ4に対し貼り付けられる。接着剤の一例としてはポリエステルが挙げられる。
【0023】
エレメント列5は、例えばテープ4の対向する側縁部に沿って長手方向に連続するエレメントからなるモノフィラメントによって形成される。モノフィラメントは例えばコイル状に湾曲したもので、樹脂製である。ちなみにモノフィラメントの内部には芯紐が挿入される。そしてモノフィラメントはテープ4の厚み方向の一面に対し縫製糸によって固定される。ファスナーチェーンの状態では、一対のテープ4,4は幅方向に隙間のある状態で対向し、一対のエレメント列5,5は一対のテープ4,4に対して厚み方向の一面において噛合した状態となる。噛合した状態とは、一方のエレメント列5のエレメントと他方のエレメント列5のエレメントとが噛合した状態である。
【0024】
上記した糸や芯紐や縫製糸は、例えば化学繊維、天然繊維、又はこれらを組み合わせたものである。より詳しく言えば、化学繊維の一例の合成繊維としては、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリアミド、アクリル、ビニロン、アラミド、アセテート、トリアセテート等の疎水性合成繊維が挙げられる。また天然繊維としては、綿、羊毛、絹等が挙げられる。
【0025】
ファスナーストリンガー2を製造する場合は、テープ4に対してエレメント列5を縫製糸で固定する固定工程、テープ4に対して非フッ素系撥水剤を付着させる撥水処理工程、テープ4に対して補強フィルム6を貼付ける貼付工程が順次行われる。撥水処理工程の前は、一対のファスナーストリンガー2,2がエレメント列5によって噛合した状態になりながらも、補強フィルム6が貼られていないので、このような一対のファスナーストリンガー2,2を「未完成ファスナーチェーン」と称する。
【0026】
撥水処理工程は、例えば撥水剤を溶質とする液体(例えば溶媒を水とする水溶液)の中に、未完成ファスナーチェーンを通過させ、その後に乾燥、熱処理を行うものである。この撥水処理工程によって、未完成ファスナーチェーンの繊維に撥水剤が付着する。
撥水剤は、非フッ素系、より詳しくは炭化水素系(炭化水素基を有する化合物であって、例えばパラフィン系)又はシリコーン系の化合物である。また炭化水素系の撥水剤の一例としては、主鎖をポリウレタン基とし、側鎖を炭化水素基としたものが挙げられる。
そして撥水剤には、非フッ素系撥水剤と繊維(テープ4)を化学結合させるための架橋剤が入っていない。架橋剤の一例としては、メチロールメラミン、イソシアネート基又はブロックドイソシアネート基を1個以上有する化合物が挙げられる。
【0027】
なお撥水処理工程の後に未完成ファスナーチェーンに対して補強フィルム6が貼り付けられたり、所望の長さに切断したり、さらに開具3、スライダー等が取り付けられたりして、スライドファスナー1が完成する。
【0028】
開具3は俗に開離嵌挿具と称されるもので、一方のファスナーストリンガー2の対向する側縁部に固定された蝶棒31と、他方のファスナーストリンガー2の対向する側縁部に固定された箱棒32と、他方のファスナーストリンガー2の対向する側縁部において箱棒32と連続する形で固定されると共に蝶棒31に対して連結および連結解除可能な箱33とを備える。
【0029】
蝶棒31は、エレメント列5から離れるように長手方向に延びるもので、表裏に補強フィルム6が固定された一方のテープ4を、その表裏及び他方のテープ4側から覆う形で固定されている。
箱棒32も蝶棒31と同様に、エレメント列5から離れるように長手方向に延びるもので、表裏に補強フィルム6が固定された他方のテープ4を、その表裏及び一方のテープ4側から覆う形で固定されている。
箱33は、他方のテープ4をその表裏及び長手方向の端から覆う形であると共に、一方のテープ4に向かって張り出している。また箱33は、箱棒32に対してはその長手方向の端に連続する状態である(箱棒32とは一体物である)と共に、蝶棒31に対してはその長手方向の端部を出し入れ可能な穴33aを備え、一方のテープ4に対してはその長手方向の端部を出し入れ可能なスリット33bを備えるものである。スリット33bは穴33aに対して通じる状態となっている。
【0030】
本発明者らが本発明に想到した経緯は以下の通りである。非フッ素系撥水剤はフッ素系撥水剤に比べると、撥水性が低いこと、並びにファスナーストリンガーの生地(繊維)に付着し難い(密着性が悪い)ことが知られている。そして非フッ素系撥水剤を付着させた繊維製品に対して洗濯を繰り返した後の撥水性の低下をできる限り抑える対策として、繊維と非フッ素系撥水剤との密着性を向上させ、それによって洗濯後に非フッ素系撥水剤が繊維から脱落しないようにしている。具体的な対策としては、特許文献2にも開示されているように、非フッ素系撥水剤と繊維との密着性を向上させるために(化学結合を強固にするため)に架橋剤を用いることが、常識となっている。より詳しく言えば、特許文献2には非フッ素系撥水剤を繊維に付着させるために撥水処理工程では、非フッ素系撥水剤と架橋剤とを溶質とする水溶液を用いることに関して記載されている。
【0031】
そこで本発明者らは、特許文献2と同様の撥水処理工程を適用して(非フッ素系撥水剤と架橋剤とを溶質とする水溶液を用いて)スライドファスナーを製造し、そのファスナーチェーン対して洗濯を繰り返した後に撥水試験を行った。そうすると、発明が解決しようとする課題の欄で記載したように、非フッ素系撥水剤を付着させたファスナーチェーンはフッ素系撥水剤を付着させたファスナーチェーンに比べて、補強フィルムがテープから剥離し易いことが分かった。
【0032】
そして本発明者らは、非フッ素系撥水剤と架橋剤のうち何れかが剥離強度に影響を与えているのではないかと推測した。そこで二種類の水溶液を準備し、各水溶液を用いて作成された評価サンプルについて溶質の濃度と剥離強度との関連性を剥離強度試験で評価した。一種類目の水溶液は、非フッ素系撥水剤が影響を与えているか否かを評価するための試験用の水溶液であり、溶質として非フッ素系撥水剤を含むが、架橋剤を含まない水溶液(以下、「架橋剤非含有水溶液」と称する。)である。二種類目の水溶液は、架橋剤が影響を与えているか否かを評価するための試験用の水溶液であり、溶質として非フッ素系撥水剤を含まないが、架橋剤を含む水溶液(以下,「架橋剤含有水溶液」と称する。)である。二種類の水溶液は、溶質の濃度を1.0~10.0質量%の範囲で異ならせたものを準備する。そしてこれらの水溶液中にファスナーストリンガーを浸漬させ、乾燥によって溶質をファスナーストリンガーに付着させ、その後にファスナーストリンガーのテープに補強フィルムを貼り付けた評価サンプルを作成した。
【0033】
この評価サンプルを使って、洗濯前に剥離強度試験を行い、その試験結果から図1,2のグラフを作成した。図1,2のグラフは縦軸のパラメータに剥離強度(単位:N/cm)を用い、横軸のパラメータに溶質の濃度(単位:質量%)を用いてある。なお水溶液は、撥水剤又は架橋剤以外を水としてある。溶質の濃度は、水溶液の質量を100%とした場合である。
図1のグラフは架橋剤非含有水溶液の評価サンプルの剥離強度試験結果を示している。非フッ素系撥水剤の濃度を1~10質量%の範囲で変化させたが、濃度が濃くなっても剥離強度は15N/cmより若干低い値であり、あまり変化しないことが分かる。
図2のグラフは架橋剤含有水溶液の評価サンプルの剥離強度試験結果を示している。架橋剤の濃度を0.25~5質量%の範囲で変化させたが、濃度が濃くなっても剥離強度は約15N/cm以上あり、あまり低下しないことが分かる。
したがって図1,2のグラフからは、非フッ素系撥水剤単体、架橋剤単体ではその濃度が濃くなっても、剥離強度はあまり低下しないことが分かる。そこで非フッ素系撥水剤と架橋剤を併用することで剥離強度が低下するのはないかと、本発明者らは推測した。
【0034】
そして非フッ素系撥水剤と架橋剤の配合割合が剥離強度に与える影響を調べるために以下の試験を行った。非フッ素系撥水剤の濃度を2.0~4.0質量%の範囲で0.5質量%刻みに変化させ、架橋剤の濃度を0~1.0質量%の範囲で0.25質量%刻みに変化させ、それ以外を水とした水溶液を準備した。また比較例として、フッ素系撥水剤を溶質とする水溶液(架橋剤を含まない水溶液)も準備した。これら水溶液中にファスナーストリンガーを浸漬させ、乾燥によって溶質をファスナーストリンガーに付着させ、その後にファスナーストリンガーのテープに補強フィルムを貼り付けた評価サンプルを作成した。この評価サンプルを使って洗濯前に剥離強度試験を行い、その試験結果から表1と図3を作成した。
【0035】
【表1】
【0036】
表1の評価サンプルの剥離強度の値は10個のサンプルの平均値である。ちなみに表1と図3には非フッ素系撥水剤を用いた場合の評価サンプルの試験結果が示され、フッ素系撥水剤を用いた場合の評価サンプルの試験結果が示されていない。ただしフッ素系撥水剤を用いた場合の評価サンプルの剥離強度が約15(N/cm)だったので、表1の合否判定基準を15(N/cm)とし、図3には破線で15(N/cm)の位置を示してある。
図3のグラフからは、非フッ素系撥水剤の濃度が同じ割合であれば、架橋剤の濃度が増えるにつれて、剥離強度が低下する傾向が分かる。この傾向は非フッ素系撥水剤の濃度に関係なく現れる。またフッ素系撥水剤を用いた場合と同等の剥離強度約15(N/cm)を示すのは、架橋剤の濃度を0質量%にした水溶液を用いた場合であることが分かる。この結果から、非フッ素系撥水剤を用いる場合には架橋剤を併用しない方が良いのではないか、そして架橋反応が進行するにつれて、剥離強度が低下するのではないかと、本発明者ら推測した。
【0037】
そこで架橋剤の反応進行度合いと剥離強度との関連性を剥離強度試験で評価することにした。溶質として架橋剤と非フッ素系撥水剤を用いた水溶液を1種類準備した。そして準備した水溶液中にファスナーストリンガーを浸漬させ、乾燥によって溶質をファスナーストリンガーに付着させた評価サンプルを作成した。また乾燥については乾燥時間と乾燥温度を変えて、反応進行度合いを変化させることにした。評価サンプルの数量は15であり、乾燥時間を5,7,9時間の3種類とし、各種類の乾燥時間について乾燥温度を摂氏110~130℃まで5℃刻みに異ならせた。
【0038】
この評価サンプルを使って洗濯前に剥離強度試験を行った。また剥離強度試験後に溶質としてアセトンを用いた水溶液中に評価サンプルを浸漬し、30分間超音波をかけることによって評価サンプルに含有する架橋剤成分を抽出した。その架橋剤成分は未反応の架橋剤であり、未反応の架橋剤の質量をGC/MS(ガスクロマトフグラフ質量分析計)より求めた。そして架橋剤の反応進行度合いを、評価サンプルから抽出した未反応の架橋剤の質量と評価サンプルの質量に基づいて以下の数式1,2により求めた。
数式1 (未反応架橋剤重量割合 wt%)=(未反応架橋剤重量 mg)/(ファスナー重量 kg)×100
数式2 (反応進行度合い)=1/(未反応架橋剤重量割合 wt%)
この数式を用いた計算結果に基づいて以下の表2、図4のグラフを作成した。
【0039】
【表2】
【0040】
表2と図4での丸数字は同じ評価サンプルを示し、図4では数値を示す黒丸の付近にサンプル用の丸数字を表記してある。表2での未反応物とは未反応の架橋剤の重量割合のことである。図4のグラフは縦軸に剥離強度(単位:N/cm)、横軸に反応進行度合いをパラメータとしてある。表2からは評価サンプル15を除いて、乾燥時間が長くなるにつれて未反応の架橋物の質量割合が減り、乾燥温度が高くなるにつれて未反応の架橋剤の質量割合が減ることが分かる。乾燥時間が長くなったり、乾燥温度が高くなったりするということは、架橋反応が進行するということである。そして図4のグラフからは、架橋反応が進行するにつれて剥離強度が低下することが分かり、表1と図3に基づく本発明者らの推測が正しかったことが証明された。
【0041】
本発明の第一実施形態のファスナーチェーン(撥水製品)は、その製造過程の撥水処理工程において架橋剤を実質的に含有しない水溶液(非フッ素系撥水剤を溶質とする水溶液)で製造する。言い方を変えれば、非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有させずに撥水処理を行う。
【0042】
「その製造過程の撥水処理工程において架橋剤を実質的に含有しない」及び「非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させるための架橋剤を実質的に含有させずに撥水処理を行う」とは、課題を解決するための手段の欄でも記載したのと同様の趣旨であり、仮にファスナーチェーンに架橋剤が含有していても、その架橋剤の含有量は、非フッ素系撥水剤と繊維を化学結合させることを意図したものとは想定できない程の微量であり、数値で示せば、ファスナーチェーンに含まれる当該架橋剤を、撥水製品の質量に対して0.1%未満にする程度の架橋剤濃度の水溶液で撥水処理することを意味するものである。また、表1の結果から数値で例示するとすれば0.25%未満の架橋剤濃度の水溶液で撥水処理することを意味するものである。言い方を変えれば、「実質的に含有しない」とは、成分分析しても、架橋剤の成分が発見できない場合や、発見したとしても架橋剤は、ファスナーチェーンの質量に対して0.1%未満とするような水溶液中の濃度で撥水処理工程に用いられた結果物であることを意味する。この程度の量であれば、テープと非フッ素系撥水剤との密着強度を架橋反応によって意図的に向上させる量ではない。この数値は、表示桁の次の桁の数字を四捨五入した値とする。
【0043】
またファスナーチェーンの質量とは、課題を解決するための手段の欄でも記載したように、一対のファスナーストリンガーの質量である。そしてファスナーストリンガーの質量とは、テープの質量と、エレメント列の質量(エレメント列内の芯紐の質量も含む)と、テープにエレメント列を縫い付けた縫製糸の質量とを合計した質量であり、スライダーや止具や開具の質量を含まない。
【0044】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【0045】
たとえば撥水製品は上記実施形態では、ファスナーチェーンであったが、本発明ではこれに限るものではない。ファスナーチェーンのテープとは、要は、糸を織りまたは編みにより生地としたものである。ファスナーチェーンのテープについて、本発明の技術思想が適用できていることからすれば、本発明は、布帛やニットのような通常の生地の全般についても適用できることは明らかである。具体的な適用例をあげるとすれば、例えば、非フッ素系撥水剤で撥水処理した生地と、別の生地とを、樹脂部品(接着層や樹脂フィルムなどを含む)を介して貼り合わせるような場合においても、本発明の技術思想を適用することが有効であることは明らかである。すなわち、本発明の技術思想を適用することで、非フッ素系撥水剤で撥水処理した生地と、接着性の樹脂部品(接着層や樹脂フィルムなどを含む)との剥離強度の低下が抑制され、その結果として、非フッ素系撥水剤で撥水処理した生地と、別の生地との接合強度を低下させずに接合できる。
また、非フッ素系撥水剤で撥水処理したファスナーチェーンのテープと、非フッ素系撥水剤で撥水処理したガーメントの生地とを、樹脂部品(接着層や樹脂フィルムなどを含む)を介して貼り合わせるような場合においても、本発明を適用することが有効であることもいうまでもなく明らかである。
【符号の説明】
【0046】
1 スライドファスナー
2 ファスナーストリンガー
3 開具
31 蝶棒
32 箱棒
33 箱
33a 穴
33b スリット
4 テープ
5 エレメント列
6 補強フィルム
図1
図2
図3
図4
図5