(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】波浪監視システムおよび波浪監視方法
(51)【国際特許分類】
B63B 79/15 20200101AFI20240822BHJP
B63B 22/00 20060101ALN20240822BHJP
B63B 35/00 20200101ALN20240822BHJP
【FI】
B63B79/15
B63B22/00 Z
B63B35/00 B
(21)【出願番号】P 2020030301
(22)【出願日】2020-02-26
【審査請求日】2022-11-16
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000219406
【氏名又は名称】東亜建設工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】岡山 健次
(72)【発明者】
【氏名】西方 舟
【審査官】中島 昭浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-120490(JP,A)
【文献】特開2015-004608(JP,A)
【文献】特開2007-171146(JP,A)
【文献】特開平10-148524(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 79/10 - 79/15
B63B 22/00
B63B 35/00
B63B 43/02 - 43/20
G01C 13/00
G01V 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
作業用浮体の周辺水域に配置された動揺センサと、前記動揺センサによる動揺データが逐次入力される演算装置と、前記演算装置が前記動揺データから演算した波浪状況に基づいて前記作業用浮体上の作業者に対して警告を発する警告手段とを備えた波浪監視システムにおいて、
前記演算装置は、前記動揺センサから逐次入力される前記動揺データを時系列解析して前記周辺水域の定常波による前記動揺センサの定常動揺予測データを作成する定常動揺予測データ作成部と、前記動揺センサにより計測された直近の前記動揺データと、前記直近の動揺データが入力された時点で蓄積されている前記動揺データ
および前記直近の動揺データのみに基づいて前記定常動揺予測データ作成部によって作成された、前記直近の動揺データが計測された所定時刻に対応する前記定常動揺予測データとの特性差に基づいて、
前記所定時刻での前記周辺水域における非定常波の到来の有無を判定する判定部と、前記判定部が前記周辺水域に非定常波が到来したと判定した場合に、前記警告手段に対して警告を発信させる指示を出す指示部とを有することを特徴とする波浪監視システム。
【請求項2】
前記動揺データとして、平面視での一方向を示すX軸方向の加速度と、平面視での前記X軸方向と直交するY軸方向の加速度とを合成した
XY軸の合成加速度データ、または、前記
X軸方向の加速度と前記Y軸方向の加速度と前記X軸および前記Y軸に直交するZ方向の加速度とを合成した3軸の合成加速度データ、または、前記X軸回りの角速度と前記Y軸回りの角速度とを合成したXY軸の合成角速度データのいずれかの一つが用いられる請求項1に記載の波浪監視システム。
【請求項3】
前記判定部が、前記特性差が予め設定した閾値を超えた場合に、前記周辺水域に非定常波が到来したと判定する構成である請求項1または2に記載の波浪監視システム。
【請求項4】
作業用浮体の周辺水域に動揺センサを配置し、前記動揺センサによる動揺データを演算装置に逐次入力し、前記演算装置が前記動揺データから演算した波浪状況に基づいて前記作業用浮体上の作業者に対して警告を発する波浪監視方法において、
前記演算装置により、前記動揺センサから逐次入力される前記動揺データを時系列解析して前記周辺水域の定常波による前記動揺センサの定常動揺予測データを作成し、前記動揺センサによって計測した直近の前記動揺データと、前記直近の動揺データが入力された時点で蓄積されている前記動揺データ
および前記直近の動揺データのみに基づいて作成した、前記直近の動揺データを計測した所定時刻に対応する前記定常動揺予測データとの特性差に基づいて、
前記所定時刻での前記周辺水域における非定常波の到来の有無を判定し、前記周辺水域に非定常波が到来したと判定した場合に、前記作業者に対して警告を発することを特徴とする波浪監視方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波浪監視システムおよび波浪監視方法に関し、さらに詳しくは、作業用浮体上の作業者に対して航跡波などの非定常波の到来をより確実に認識させることができる波浪監視システムおよび波浪監視方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
船舶や台船等の作業用浮体の上で水上作業を行っている作業者は、概ね一定の周期で到来する定常波による作業用浮体の動揺に対しては、動揺する方向やタイミングを経験的に予測できる。そのため、定常波の波高がある程度高くとも作業者は体勢を大きく崩すことなく水上作業を継続できる。一方で、作業用浮体の周辺水域を他船が通過する際には航跡波が発生するが、航跡波のような非定常波が作業用浮体に到来する場合には、作業用浮体が作業者の予測していない挙動で動揺する。そのため、波高が比較的低い場合であっても作業者が体勢を崩しやすく、水上作業をそのまま継続すると危険が伴う。それ故、作業者は、非定常波が到来する前に水上作業を中断して、危険回避行動をとることが望ましい。一般的には、作業用浮体の周辺水域の波浪を監視する監視員を配置しているが、人による監視では非定常波の見落としなどが生じ、特に夜間では実質的に監視できない。
【0003】
従来、水面に設置した浮遊型観測機器により、所定時間間隔毎に水位データを観測し、その水位データに基づいて浮遊側観測機器の設置場所の波高を演算し、その演算した波高に基づいて、波浪状況または警告を通知する波浪観測通知システムが提案されている(特許文献1参照)。このシステムでは、単純に波高が高い波が到来することを検知するだけなので、作業者に対して航跡波などの非定常波の到来を認識させることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、作業用浮体上の作業者に対して航跡波などの非定常波の到来をより確実に認識させることができる波浪監視システムおよび波浪監視方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため本発明の波浪監視システムは、作業用浮体の周辺水域に配置された動揺センサと、前記動揺センサによる動揺データが逐次入力される演算装置と、前記演算装置が前記動揺データから演算した波浪状況に基づいて前記作業用浮体上の作業者に対して警告を発する警告手段とを備えた波浪監視システムにおいて、前記演算装置は、前記動揺センサから逐次入力される前記動揺データを時系列解析して前記周辺水域の定常波による前記動揺センサの定常動揺予測データを作成する定常動揺予測データ作成部と、前記動揺センサにより計測された直近の前記動揺データと、前記直近の動揺データが入力された時点で蓄積されている前記動揺データおよび前記直近の動揺データのみに基づいて前記定常動揺予測データ作成部によって作成された、前記直近の動揺データが計測された所定時刻に対応する前記定常動揺予測データとの特性差に基づいて、前記所定時刻での前記周辺水域における非定常波の到来の有無を判定する判定部と、前記判定部が前記周辺水域に非定常波が到来したと判定した場合に、前記警告手段に対して警告を発信させる指示を出す指示部とを有することを特徴とする。
【0007】
上記目的を達成するため本発明の波浪監視方法は、作業用浮体の周辺水域に動揺センサを配置し、前記動揺センサによる動揺データを演算装置に逐次入力し、前記演算装置が前記動揺データから演算した波浪状況に基づいて前記作業用浮体上の作業者に対して警告を発する波浪監視方法において、前記演算装置により、前記動揺センサから逐次入力される前記動揺データを時系列解析して前記周辺水域の定常波による前記動揺センサの定常動揺予測データを作成し、前記動揺センサによって計測した直近の前記動揺データと、前記直近の動揺データが入力された時点で蓄積されている前記動揺データおよび前記直近の動揺データのみに基づいて作成した、前記直近の動揺データを計測した所定時刻に対応する前記定常動揺予測データとの特性差に基づいて、前記所定時刻での前記周辺水域における非定常波の到来の有無を判定し、前記周辺水域に非定常波が到来したと判定した場合に、前記作業者に対して警告を発することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、作業用浮体の周辺水域に配置した動揺センサによる動揺データを演算装置に逐次入力し、演算装置によりその逐次入力される動揺データを時系列解析して周辺水域の定常波による動揺センサの定常動揺予測データを作成する。そして、動揺センサによって計測した直近の動揺データとその直近の動揺データを計測した所定時刻に対応する定常動揺予測データとの特性差から、直近の動揺データに非定常波が含まれているか否かを把握できる。それ故、前述した特性差に基づいて、作業用浮体の周辺水域における非定常波の到来の有無を判定することが可能である。そして、演算装置により周辺水域に非定常波が到来したと判定した場合に、作業用浮体上の作業者に対して警告を発することで、監視員の見落としなどの人為的な要因を排除して、作業者に対して非定常波が到来することをより確実に認識させることができる。夜間においても作業者に対して非定常波の到来を認識させることができるので、当業者にとって非常に有益である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の波浪監視システムの実施形態を正面視で例示する説明図である。
【
図2】
図1の波浪監視システムを平面視で例示する説明図である。
【
図3】
図1の動揺センサが設置されている計測用浮体を例示する説明図である。
【
図4】動揺センサが計測した動揺データを例示するグラフ図である。
【
図5】動揺センサが計測した動揺データと定常動揺予測データ作成部が作成した定常動揺予測データとの特性差と、非定常波の到来の有無の判定に用いる閾値とを例示するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の波浪監視システムおよび波浪監視方法を図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0011】
本発明は、
図1、2に例示する作業用浮体20上で水上作業を行う作業者に対して、航跡波などの非定常波が到来することを認識させることで、作業者の安全性を向上させる。定常波とは、対象となる水域において定常的に到来する波である。定常波は、潮汐や天候などの影響により周期や振幅などにある程度の変動はあるが、概ね一定の規則的な特性を有している。一方、非定常波は、航跡波や津波などの対象となる水域において不定期に一時的に到来する波である。したがって、非定常波は定常波に重なった状態で到来する。定常波と非定常波とでは周期や振幅などの波の特性が異なるため、非定常波が到来した際の波は、定常波とは異なる特性を示す。
【0012】
図1~
図3に例示する本発明の波浪監視システム1は、作業用浮体20の周辺水域SWに配置された動揺センサ2と、動揺センサ2による動揺データが逐次入力される演算装置3と、演算装置3が動揺データから演算した波浪状況に基づいて作業用浮体20上の作業者に対して警告を発する警告手段4とを備えている。演算装置3は、動揺センサ2と警告手段4とにそれぞれ通信可能に接続されている。この実施形態では、動揺センサ2および演算装置3が搭載された計測用浮体5を周辺水域SWに浮かべている。
【0013】
作業用浮体20としては、船舶や台船、筏などが例示できる。この実施形態では、計測用浮体5としてブイ(浮標)を用いているが、その他に例えば、船舶や台船、筏などを用いることもできる。
【0014】
作業用浮体20の周囲には工区を示す工事用ブイ21が配置されている。
図2では、工区の境界を破線で示している。水底Bには工事用ブイ21の係留に使用するシンカー22が設置されており、工事用ブイ21とシンカー22とが係留索23によって接続されている。この実施形態では、計測用浮体5と工事用ブイ21とを紐状体24によって接続することで、計測用浮体5を周辺水域SWに遊動可能に係留している。
【0015】
図3に例示するように、この実施形態の計測用浮体5は、水上に浮かぶフロート6を備えていて、フロート6の内部に動揺センサ2と演算装置3とが収容されている。フロート6の側部には連結具7が設けられていて、連結具7に紐状体24の一端部が連結されている。フロート6の上側と下側にはそれぞれ上下方向に延在する上側棒状部8と下側棒状部9とが連結されている。
【0016】
上側棒状部8の上部には演算装置3と警告手段4との間の無線通信に使用される無線通信機器10と、夜間などに点灯する点滅灯11が設けられている。下側棒状部9の内部には電源ユニット12が設けられていて、電源ユニット12から動揺センサ2、演算装置3、無線通信機器10、および点滅灯11にそれぞれ電気が供給される構成になっている。下側棒状部9の下端部には、係留具13が設けられている。この実施形態では、係留具13を使用していないが、係留具13とシンカー22とを係留索23によって接続することで計測用浮体5を単独で係留することも可能である。
【0017】
動揺センサ2としては加速度センサや変位センサなどを用いることができる。動揺センサ2は周辺水域SWの波浪に伴って動揺し、周辺水域SWにおける動揺データを所定の周期で逐次計測する。この所定の周期は、例えば1秒間に数回以上にして、定常波や非定常波の周期よりも短くする。動揺センサ2によって計測された動揺データは演算装置3に逐次入力される。
図4に例示するように、動揺データは、動揺センサ2の時々刻々の動揺の特性を示すデータである。この実施形態では、動揺データとして、平面視での一方向を示すX軸方向の加速度と、平面視でのX軸方向と直交するY軸方向の加速度とを合成したXY軸の合成加速度データを用いている。X軸方向は平面視の任意の方向に設定できる。
【0018】
動揺データとして、X軸方向の加速度とY軸方向の加速度とX軸およびY軸に直交するZ軸方向(上下方向)の加速度とを合成した3軸の合成加速度データや、X軸回りの角速度とY軸回りの角速度とを合成したXY軸の合成角速度データなどの、動揺センサ2により得られる他のパラメータを用いることもできる。動揺センサ2が計測した各軸方向の加速度や各軸回りの角速度を合成する演算処理は、動揺センサ2が行う構成にすることもできるし、演算装置3が行う構成にすることもできる。
【0019】
演算装置3としては、コンピュータ等を用いればよい。演算装置3は、定常動揺予測データ作成部と判定部と指示部とを有する。定常動揺予測データ作成部は、動揺センサ2から逐次入力される動揺データを時系列解析して、周辺水域SWの定常波による動揺センサ2の定常動揺予測データを作成する。判定部は、動揺センサ2により計測された直近の動揺データとその直近の動揺データが計測された所定時刻に対応する定常動揺予測データとの特性差に基づいて周辺水域SWにおける非定常波の到来の有無を判定する。指示部は、判定部が周辺水域SWに非定常波が到来したと判定した場合に、警告手段4に対して警告を発信させる指示を出す。
【0020】
警告手段4としては、例えば、作業用浮体20や周辺水域SWにおいて警告音を発生させるスピーカーや、警告灯、警告表示機器、作業者に対して振動や警告音で警告を認識させる携帯用端末などが例示できる。携帯用端末としては、振動機能や文字表示機能を備えた腕時計や携帯電話、携帯タブレット等が例示できる。警告手段4は、作業用浮体20上の作業員に警告を伝える様々な機器を単独または複数組み合わせて用いる。
【0021】
次に、波浪監視システム1を使用した波浪監視方法を説明する。
【0022】
図1、
図2に例示するように、作業用浮体20の周辺水域SWに動揺センサ2を配置する。動揺センサ2は、作業用浮体20から例えば、十数m~数十m程度離間した位置に配置する。通常、一般航行船舶が通行する航路は決められているので、前述した航路と作業用浮体20との間の位置に動揺センサ2を配置するとよい。作業用浮体20の周辺を囲うように動揺センサ2を複数ヶ所(好ましくは3か所以上)に配置するとより好ましい。
図2に例示するように、この実施形態では、動揺センサ2および演算装置3を搭載した計測用浮体5を周辺水域SWの4カ所に遊動可能に係留している。
【0023】
周辺水域SWの波浪に伴って動揺する動揺センサ2は動揺データを所定の周期で逐次計測し、その計測した動揺データを演算装置3に逐次入力する。この実施形態では、同じ計測用浮体5に搭載されている動揺センサ2から演算装置3に、動揺データとして時々刻々のXY軸の合成加速度データが逐次入力される。
【0024】
演算装置3の定常動揺予測データ作成部は、動揺センサ2から逐次入力される動揺データを時系列解析して周辺水域SWの定常波による動揺センサ2の定常動揺予測データを作成する。周辺水域SWに航跡波などの非定常波が到来していない平常時では、動揺センサ2は定常波によって概ね一定の規則的な挙動を示す。そして、
図4に例示するように、動揺センサ2による動揺データはある程度規則性を有した状態で推移する。それ故、蓄積されている動揺データを時系列解析することで、周辺水域SWの定常波において動揺センサ2が次の計測時にどのような動揺データを示すかを予測する定常動揺予測データを作成することが可能である。
【0025】
以下に定常動揺予測データを作成するプロセスの一例をより具体的に説明する。以下では、動揺センサ2から演算装置3に入力された直近の動揺データをN番目の動揺データとする。
【0026】
定常動揺予測データ作成部は動揺センサ2からN番目の動揺データが入力されると、そのN番目の動揺データをN番目以前の動揺データが格納されている生データ配列に格納する。次いで、動揺センサ2の設置時のオフセット及び計測用浮体5の初期傾斜の影響を取り除くために、生データ配列におけるN番目までの動揺データのデータ平均を算出し、そのデータ平均をN番目の動揺データから引いたN番目の補正動揺データを算出する。そして、そのN番目の補正動揺データを補正データ配列に格納する。これにより、補正データ配列には、N番目までの補正動揺データが格納された状態となる。
【0027】
無限時間の平均処理は演算装置3のメモリのオーバーフローを招く可能性があるため、前述したデータ平均としては有限個数の移動平均を採用するとよい。例えば、演算装置3にN番目の動揺データが入力された時刻から50~200秒前、より好ましくは80秒~120秒前までに入力されている有限個数の動揺データを用いてデータ平均(移動平均)を算出するとよい。
【0028】
次いで、補正データ配列の自己相関係数を計算する。そして、ユールウォーカー方程式を解いて自己回帰モデルのパラメータを求める。次いで、(N-1)番目までの補正動揺データに対して前述した自己回帰モデルのパラメータを用いて自己回帰モデルを解き、(N-1)番目までの補正動揺データからN番目の補正定常動揺予測データを算出する。そして、そのN番目の補正定常動揺予測データに、補正データ配列におけるN番目までの補正動揺データのデータ平均(移動平均)を加算して、直近の動揺データが計測された所定時刻に対応するN番目の定常動揺予測データを算出する。以上により、定常動揺予測データを作成するプロセスが完了する。
【0029】
定常動揺予測データ作成部が定常動揺予測データを作成すると、次いで、判定部が、動揺センサ2により計測された直近の動揺データ(N番目の動揺データ)と、その直近の動揺データが計測された所定時刻に対応する定常動揺予測データ(N番目の定常動揺予測データ)との特性差(以下、特性差という)に基づいて、周辺水域SWにおける非定常波の到来の有無を判定する。判定部による判定結果は指示部に逐次入力される。
【0030】
図5のグラフは、特性差の時間推移と、非定常波の到来の有無の判定に用いる閾値THとを示している。
図5のグラフの縦軸は、特性差として動揺データにおけるXY軸の合成加速度と定常動揺予測データにおけるXY軸の合成加速度との差分を示している。
図5の時刻txが実際に動揺センサ2の位置に非定常波が到来した時刻である。時刻txにおける特性差を見てわかるように、非定常波が到来すると非定常波が到来していない他の時刻に比して、特性差が急激に変化する。それ故、特性差の値の大きさや変化量から非定常波の到来の有無を判定することが可能である。
【0031】
この実施形態の判定部は、時刻txのように特性差が予め設定した閾値THを超えた場合に周辺水域SWに非定常波が到来したと判定し、その他の時刻のように特性差が予め設定した閾値THに達していない場合には周辺水域SWに非定常波が到来していないと判定する。
【0032】
定常波における動揺データは概ね一定の規則的な特性を示すが、潮汐や天候の変化の影響を受けて定常波の周期や振幅などはある程度変動する。そのため、
図5に例示するように、実際には周辺水域SWに非定常波が到来していない時刻においても、定常動揺予測データと動揺データとの間にある程度の予測誤差が生じる。そのため、閾値THはその予測誤差を反映した変数として設定することが好ましい。
【0033】
例えば、判定部は自己回帰モデルを用いて、演算装置3に入力された動揺データから、動揺センサ2により所定時刻に計測される直近の動揺データと、その所定時刻に対応する定常動揺予測データとの特性差の予測誤差を算出し、その予測誤差に基づいて閾値THを設定する構成にするとよい。より具体的には例えば、直近の動揺データが計測された所定時刻から所定時間前(例えば、60秒間前)までの定常動揺予測データと動揺データとの特性差の予測誤差の標準偏差を算出し、その算出した標準偏差に所定の係数を掛けた値を閾値THとするとよい。
図5では、前述した標準偏差に係数として10を掛けた値を閾値THとしている。前述した係数は対象となる水域の条件や天候などに応じて適宜設定できる。
【0034】
このように、定常動揺予測データと動揺データとの特性差の予測誤差に基づいて閾値THを設定すると、予測誤差を誤って非定常波の到来と判定する可能性を低くでき、周辺水域SWにおける非定常波の到来の有無の判定精度を高めることができる。なお、閾値THを予め設定した一定の値にすることもできる。
【0035】
次いで、指示部は、判定部から周辺水域SWに非定常波が到来したとの判定結果が入力された場合には、無線通信機器10を介して警告手段4に対して警告を発信させる指示を出す。一方で、指示部に判定部から周辺水域SWに非定常波が到来していないとの判定結果が入力された場合には、指示部は警告手段4に対して警告を発信させる指示を出さない。
【0036】
警告手段4は、指示部から警告を発信させる指示が入力されると、作業用浮体20上の作業者に対して警告を発する。この実施形態では、作業用浮体20の周囲に配置している複数の動揺センサ2および演算装置3のうち、いずれかの演算装置3から警告手段4に警告を発信させる指示が入力された時点で、警告手段4が警告を発する。警告手段4によって警告を発することで、作業用浮体20上の作業者に対して非定常波が到来することを認識させ、作業者に対して水上作業を中断して危険回避行動をとることを促す。
【0037】
警告手段4が警告を発する継続時間は適宜決定できるが、非定常波が作業用浮体20に到達するまで継続して警告を発することが望ましい。非定常波が動揺センサ2の位置から作業用浮体20に到達するまでの所要時間は、作業用浮体20と動揺センサ2との離間距離から概算することが可能である。或いは、警告手段4により非定常波の到来を伝える短い警告を発した後、非定常波が作業用浮体20を確実に通過したと予測した時点で、非定常波が通過したことを伝える危険解除警告を発するようにしてもよい。
【0038】
波浪監視システム1により、上述したプロセスを定期的に繰り返し実行することで、作業用浮体20の周辺水域SWにおける波浪を継続して監視する。
【0039】
このように、本発明によれば、監視員の見落としなど人為的な要因を排除して、作業者に対して非定常波が到来することをより確実に認識させることができる。その結果、作業者は非定常波によって生じる作業用浮体20の動揺によって不意に体勢を崩すなどの危険を回避できるので、作業者の安全性を向上させることができる。監視員が実質的に監視できない夜間や、濃霧などの視界が悪い状況においても作業者に対して非定常波の到来を認識させることができるので、当業者にとって非常に有益である。本発明は例えば、作業用浮体20を桟橋などの下方に配置して、桟橋に対する種々の工事を実施する場合に適用することもできる。
【0040】
波浪監視システム1は、少なくとも一つの動揺センサ2を備えていればよいが、作業用浮体20を囲うように周辺水域SWの複数ヶ所に動揺センサ2を配置すると、作業用浮体20に到来する非定常波を見落とすリスクを低くするには有利になる。また、複数の動揺センサ2を配置することで、ある動揺センサ2に故障や不具合が生じた場合にも、その他の動揺センサ2で補完できる。それ故、周辺水域SWの複数ヶ所に動揺センサ2を配置することで、作業用浮体20上の作業者の安全性を高めるには有利になる。
【0041】
この実施形態では、動揺センサ2による動揺データを同じ計測用浮体5に設置された演算装置3が個々に演算処理する場合を例示したが、例えば、一つの演算装置3に複数の動揺センサ2から動揺データが逐次入力され、演算装置3がそれぞれの動揺センサ2から入力される動揺データを統合的に演算処理する構成にすることもできる。演算装置3の設置位置は計測用浮体5に限らず、例えば、演算装置3を作業用浮体20や監視船、陸上などの他の場所に設置することもできる。
【0042】
定常波における動揺センサ2の動揺は、ロール方向とピッチ方向に周期的な運動となる。そのため、動揺データとして、動揺センサ2の動揺におけるロール方向とピッチ方向の運動量を評価できるXY軸の合成加速度データを用いると、定常波における動揺センサ2の動揺と非定常波における動揺センサ2の動揺との特性差を判別し易くなる。それ故、周辺水域SWにおける非定常波の到来の有無の判定精度を高めるには有利になる。
【0043】
なお、演算装置3による非定常波の到来の有無の判定方法は、動揺センサ2により計測された直近の動揺データとその直近の動揺データが計測された所定時刻に対応する定常動揺予測データとの特性差に基づいた判定方法であれば、閾値THを用いない他の判定基準で判定することもできる。
【0044】
上記の実施形態では、計測用浮体5を工事用ブイ21に接続して係留する場合を例示したが、例えば工事用ブイ21を計測用浮体5として使用して、工事用ブイ21に動揺センサ2を設ける構成にすることもできる。計測用浮体5をブイ以外の船舶や台船、筏などで構成した場合にも、動揺センサ2により船舶や台船、筏などの動揺データを計測することで、同様に波浪の監視を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0045】
1 波浪監視システム
2 動揺センサ
3 演算装置
4 警告手段
5 計測用浮体
6 フロート
7 連結具
8 上側棒状部
9 下側棒状部
10 無線通信機器
11 点滅灯
12 電源ユニット
13 係留具
20 作業用浮体
21 工事用ブイ
22 シンカー
23 係留索
24 紐状体
SW 周辺水域
B 水底
TH 閾値