(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ及びその設計方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20240822BHJP
G02C 7/02 20060101ALI20240822BHJP
G02B 5/18 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
G02C7/06
G02C7/02
G02B5/18
(21)【出願番号】P 2020157037
(22)【出願日】2020-09-18
【審査請求日】2023-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祥平
【審査官】小西 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2020-500328(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0131567(US,A1)
【文献】特表2020-527735(JP,A)
【文献】国際公開第2020/138127(WO,A1)
【文献】特開2020-106712(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 1/00 - 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させる作用
を担うベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、網膜よりも手前側又は奥側に収束させる作用
を担う複数のデフォーカス領域と、
を備え、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をw
(単位:μm)とし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}
2+{s(λ)}
2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上反転
し、
該反転とは、符号が正から負、負から正に反転することである、眼鏡レンズ。
【請求項2】
式1において、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに式1を満たす、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
{f(λa×1.01)-f(λa)}×{f(λb×1.01)-f(λb)}<0 ・・・(式1)
【請求項3】
式1において、λa=0.50μm、λb=0.60μmと設定したときに式1を満たす、請求項2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲内において、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00である、請求項1~3のいずれか一つに記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
複数のデフォーカス領域のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置される、請求項1~4のいずれか一つに記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
複数のデフォーカス領域のうち半分以上の個数は六方配置である、請求項5に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
眼鏡レンズは近視進行抑制レンズ又は遠視進行抑制レンズである、請求項1~6のいずれか一つに記載の眼鏡レンズ。
【請求項8】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させる作用
を担うベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、網膜よりも手前側又は奥側に収束させる作用
を担う複数のデフォーカス領域と、
を備える眼鏡レンズの設計方法であって、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をw
(単位:μm)とし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}
2+{s(λ)}
2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させたとき、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号を1回以上反転させ
、
該反転とは、符号が正から負、負から正に反転することである、眼鏡レンズの設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ及びその設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近視等の屈折異常の進行を抑制する眼鏡レンズとして、レンズ上複数の処方屈折力よりプラスの屈折力を持つ島状領域が形成されたものがある(例えば、特許文献1参照)。以下、この島状領域をデフォーカス領域と呼ぶ。
【0003】
この構成の眼鏡レンズによれば、物体側の面から入射し眼球側の面から出射する光束のうち、デフォーカス領域以外を通過した光束では装用者の網膜上に焦点を結ぶが、デフォーカス領域の部分を通過した光束は網膜上よりも手前の位置で焦点を結ぶようになっており、これにより近視の進行が抑制されることになる。
【0004】
本明細書において、光軸方向において視認すべき物体が存在する前方方向のことを手前側と称し、手前側の逆方向であって、光軸方向において後方すなわち眼鏡レンズから眼球に向かう奥行き方向のことを奥側と称する。
【0005】
特許文献1では、第2の屈折領域(デフォーカス領域)と第1の屈折領域(処方屈折力を実現するベース領域)が混在して形成された領域において、第2の屈折領域及び第1の屈折領域の面積の合計に対して、第2の屈折領域の面積の合計が占める割合が20~60%となるようにすることが記載されている。これにより、近視の進行を抑制する機能を確保しつつ、十分な視認性を維持して良好な装用感を得ることを可能にすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、近視進行抑制機能はデフォーカス領域に担わせ、視認性に関してはベース領域に担わせるという技術的思想を基に、両機能を実現すべく、デフォーカス領域とベース領域との面積比を設定することが示唆されている。すなわち、“網膜上に形成されるスポット強度”と“デフォーカス領域の焦点に形成されるスポット強度の総和”の比は、ベース領域の面積とデフォーカス領域の面積の比に相当するという思想の元に設定されている。
【0008】
本発明者の調べにより、ベース領域に担わせていたはずの視認性は、デフォーカス領域にも影響を受けることが明らかになった。
【0009】
具体的に言うと、ベース領域を通過した光束が装用者の網膜上に焦点を結ぶ際のスポットの光量が、デフォーカス領域の面積、及びデフォーカス領域(特許文献1で言うところの微小凸部)のベース形状に対する高さにより影響を受けることが明らかになった。
【0010】
本明細書の「スポット」とは、物体点の光が眼鏡レンズの一部と眼球光学系を通して網膜にできた光の分布のうちピークから第一暗環までの範囲のことである。また、前記範囲でのエネルギーの総和を「スポット強度」と呼ぶこととする。ただし、「スポット強度」はほとんどの場合において、スポットのピーク強度と比例関係にあることから、一部ではピーク強度をもってスポット強度の代替として論じる。
【0011】
以降、「ベース領域の焦点かつ装用者の網膜上に焦点を結ぶ際のスポット」のことを「ベース面での焦点でのスポット」ともいう。
【0012】
「凸部領域の高さ」のことを「サグ量」ともいう。サグ量は、デフォーカス領域(凸部領域、又は後掲の凹部領域)が無かった場合のベース領域の接平面からのデフォーカス領域の最大距離(例えば該接平面から凸部領域又は凹部領域頂点までの距離)を指す。
【0013】
ベース面での焦点でのスポット強度がサグ量により影響を受けるということは、ベース面での焦点でのスポット強度が光束の入射方向により影響を受けることを意味する。なぜなら、光束が斜め入射したとき(即ち装用者が正面視ではなく周辺視したとき)、光束の通過距離が増加し、波面の進行への寄与が増加するためである。このことを「見かけサグ量」の増加と呼ぶことにする。光束が斜め入射したとき、サグ量を変更させたときと同様の影響を受ける。
【0014】
図1は、光束の入射角θ(横軸:単位[度])と、見かけサグ量/サグ量の比(縦軸)との関係を示すプロットである。
図2は、後掲の実施例1の条件での眼鏡レンズにおける、ベース領域を通過した光束が装用者の網膜上の合焦位置をゼロとしたときの寸法(横軸:単位[mm])と、デフォーカス領域を形成しなかった場合のベース面での焦点でのスポット強度を1としたときの強度比(縦軸)との関係を示すプロットである。
【0015】
図1に示すように、屈折率1の媒質から屈折率Nの媒質へと、光束が斜め入射するとき、見かけサグ量は、実際のサグ量(以降、単に「サグ量」)に対し、(Ncosθ´-cosθ)/(N-1)倍となる。θは光束の入射角、θ´は光束の出射角である。例えば、入射角30度の場合、見かけサグ量はサグ量に比べて1.1倍大きくなる。
【0016】
実際の設計においては、標準的な使用形態における入射角(以下、標準入射角)において見かけサグ量が所望の値になるようにサグ量が設定される。このときの標準的な入射角における見かけサグ量を「標準見かけサグ量」と呼ぶ。たとえば、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量は「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなることになる。
【0017】
図2の点線は凸部領域を設けない場合のプロットであり、凸部領域を設けることにより実線(設計値)へとスポット強度が低下する。
【0018】
図2の点線は、30度で入射した場合のスポット強度分布を示すシミュレーション結果である。
図2の破線は、入射角0度での10%減った場合のスポット強度分布を示すシミュレーション結果である。なお、標準入射角30度にて設計しているため、入射角0度で光束が入射した場合、見かけサグ量は標準見かけサグ量よりも10%小さくなる。両者でスポット強度に差異があることが確認できる。
【0019】
また、凸部領域に対してハードコート層が形成されると凸部領域が均され、その結果、同じくハードコート層が形成されたベース領域からのサグ量が低下する傾向がある。その場合でも、ベース面での焦点でのスポット強度に変化が生じる。
【0020】
いずれにせよ、
図2に示すように、ベース面での焦点でのスポット強度が、デフォーカス領域の実際のサグ量あるいは見かけサグ量により影響を受けることが、本発明者の調べにより明らかになった。
【0021】
デフォーカス領域のサグ量を一定にすることは、光束の入射角度を標準角度のみに制限することや、ハードコート層を形成した後でも設計通りサグ量を精密に維持することを意味する。これは、現実的な方策とは言えない。
【0022】
本発明の一実施例は、ベース面での焦点でのスポット強度が、デフォーカス領域のサグ量の変化の影響を受けにくくする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明の第1の態様は、
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させる作用を主に担うベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、網膜よりも手前側又は奥側に収束させる作用を主に担う複数のデフォーカス領域と、
を備え、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をwとし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上反転する、眼鏡レンズである。
【0024】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
式1において、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに式1を満たす。
{f(λa×1.01)-f(λa)}×{f(λb×1.01)-f(λb)}<0 ・・・(式1)
【0025】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載の態様であって、
式1において、λa=0.50μm、λb=0.60μmと設定したときに式1を満たす。
【0026】
本発明の第4の態様は、第1~3の態様のいずれか一つに記載の態様であって、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲内において、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00である。
【0027】
本発明の第5の態様は、第1~4の態様のいずれか一つに記載の態様であって、
複数のデフォーカス領域のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置される。
【0028】
本発明の第6の態様は、第5の態様に記載の態様であって、
複数のデフォーカス領域のうち半分以上の個数は六方配置である。
【0029】
本発明の第7の態様は、第1~6の態様のいずれか一つに記載の態様であって、
眼鏡レンズは近視進行抑制レンズ又は遠視進行抑制レンズである。
【0030】
本発明の第8の態様は、
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させる作用を主に担うベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、網膜よりも手前側又は奥側に収束させる作用を主に担う複数のデフォーカス領域と、
を備える眼鏡レンズの設計方法であって、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をwとし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させたとき、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号を1回以上反転させる、眼鏡レンズの設計方法である。
【0031】
上記の態様に対して組み合わせ可能な本発明の他の態様は以下の通りである。
【0032】
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させたとき、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号を1回以上変化(正又は負がゼロになることを含む)させてもよい。
【0033】
波長が0.45μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が負であり、波長が0.65μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が正に反転するのが好ましい。
【0034】
w/λの絶対値の最大値が2未満(より確実には1.5未満)であってもよい。
【0035】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させるベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、デフォーカス領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として網膜に入射する性質を持つ複数のデフォーカス領域と、
を備え、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をwとし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上変化する、眼鏡レンズであってもよい。
【0036】
また、以下の各条件の少なくともいずれかを満たす、眼鏡レンズであってもよい。
[条件1]0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上反転する。
[条件2]0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲内において、{f(λ×1.01)-f(λ)}=0となる波長範囲を含み、且つ、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00である。
【0037】
デフォーカス領域同士の間隔は1.0~2.0mmであってもよい。また、デフォーカス領域の個数は100~100000であってもよい。
【0038】
デフォーカス領域の平面視での直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。デフォーカス領域のサグ量(突出高さ、突出量)は、0.1~10μm程度、好ましくは0.4~2.0μmである。凸部領域の曲率半径は、50~250mm程度、好ましくは86mm程度の球面状である。
【0039】
各デフォーカス領域におけるデフォーカスパワーの具体的な数値に限定は無いが、例えば、眼鏡レンズ上のデフォーカス領域がもたらすデフォーカスパワーの最小値は0.5~4.5Dの範囲内、最大値は3.0~10.0Dの範囲内であるのが好ましい。最大値と最小値の差は1.0~5.0Dの範囲内であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0040】
本発明の一実施例によれば、ベース面での焦点でのスポット強度が、デフォーカス領域のサグ量の変化の影響を受けにくくなる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】
図1は、光束の入射角θ(横軸:単位[度])と、見かけサグ量/サグ量の比(縦軸)との関係を示すプロットである。
【
図2】
図2は、実施例1の条件での眼鏡レンズにおける、ベース領域を通過した光束が装用者の網膜上の合焦位置をゼロとしたときの寸法(横軸:単位[mm])と、デフォーカス領域を形成しなかった場合のベース面での焦点でのスポット強度を1としたときの強度比(縦軸)との関係を示すプロットである。
【
図3】
図3は、比較例1の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化)の変化を示すプロットである。
【
図4】
図4は、比較例2の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化)の変化を示すプロットである。
【
図5】
図5は、実施例1の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化)の変化を示すプロットである。
【
図6】
図6は、実施例2の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化)の変化を示すプロットである。
【
図7】
図7は、比較例1の眼鏡レンズにおける、デフォーカス領域(図中黒色)が形成された平面視での眼鏡レンズの部分の概略図である。
【
図8】
図8は、比較例2の眼鏡レンズにおける、デフォーカス領域(図中黒色)が形成された平面視での眼鏡レンズの部分の概略図である。
【
図9】
図9は、実施例1の眼鏡レンズにおける、デフォーカス領域(図中黒色)が形成された平面視での眼鏡レンズの部分の概略図である。
【
図10】
図10は、実施例2の眼鏡レンズにおける、デフォーカス領域(図中黒色)が形成された平面視での眼鏡レンズの部分の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、本発明の実施形態について述べる。以下における図面に基づく説明は例示であって、本発明は例示された態様に限定されるものではない。本明細書に記載の無い内容は、特許文献1の記載が全て記載されているものとし、特許文献1に記載の無い内容(特に製造方法に関する内容)はWO2020/004551号公報の記載が全て記載されているものとする。特許文献1の記載内容と該公報の記載内容に齟齬がある場合は該公報の記載を優先する。
【0043】
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。この関係は、眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、レンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0044】
本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。
【0045】
<眼鏡レンズ>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させる作用を主に担うベース領域と、ベース領域と接するデフォーカス領域であって、網膜よりも手前又は奥に収束させる作用を主に担う複数のデフォーカス領域と、を備える。ここで「主に」と記載した理由は、本発明の一態様に係る眼鏡レンズだと、例えば回折現象を利用する関係上、ベース領域とデフォーカス領域とで機能が完全に独立しているわけではないためである。
【0046】
ベース領域とは、幾何光学的な観点において装用者の処方屈折力を実現可能な形状の部分であり、特許文献1の第1の屈折領域に対応する部分である。
【0047】
デフォーカス領域とは、幾何光学的な観点においてその領域の中の少なくとも一部がベース領域による集光位置には集光させない領域である。デフォーカス領域とは、特許文献1の微小凸部に該当する部分である。本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、特許文献1に記載の眼鏡レンズと同様、近視進行抑制レンズである。特許文献1の微小凸部と同様、本発明の一態様に係る複数のデフォーカス領域は、眼鏡レンズの物体側の面及び眼球側の面の少なくともいずれかに形成されればよい。本明細書においては、眼鏡レンズの物体側の面のみに複数のデフォーカス領域を設けた場合を主に例示する。以降、特記無い限り、デフォーカス領域は凸部領域である場合を例示する。
【0048】
特許文献1の
図10に記載のように、眼鏡レンズの中央部にデフォーカス領域を形成してもよいし、特許文献1の
図1に記載のように、眼鏡レンズの中央部にデフォーカス領域を形成しなくてもよい。本発明の一態様では、眼鏡レンズの中央部にデフォーカス領域を形成しない場合を例示する。
【0049】
「眼鏡レンズの中央部」とは、眼鏡レンズの幾何中心、光学中心又は芯取り中心及びその近傍を指す。本明細書では、芯取り中心及びその近傍の場合を例示する。該芯取り中心をレンズ中心ともいう。本明細書では、装用者が正面視した際にレンズ中心を通過する場合を例示する。
【0050】
そのうえで、本発明の一態様は、以下の条件を満たす。
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をwとし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2としたとき、
式1において、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに式1を満たす。
{f(λa×1.01)-f(λa)}×{f(λb×1.01)-f(λb)}<0 ・・・(式1)
【0051】
比rの分母は、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積である。該全体面積は、レンズ中心から最も近い箇所のデフォーカス領域までの距離を半径r1の円と、レンズ中心から最も離れた箇所のデフォーカス領域までの距離を半径r2としたときの円とで挟まれた円環状部分の面積である。なお、レンズ中心にデフォーカス領域が形成される場合、該全体面積は円状部分の面積である。
【0052】
眼鏡レンズの中央部の周囲に周方向及び軸方向に等間隔に、略円形状のデフォーカス領域が島状に(すなわち、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されてもよい。デフォーカス領域の平面視での配置の一例としては、各デフォーカス領域の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各デフォーカス領域の中心が配置)する例が挙げられる。この配置を「六方配置」ともいう。
【0053】
この場合、簡易的に比rを得るべく、六方配置された合計七個(中心に一個、その周囲に六個)のデフォーカス領域が正円に最密で収まった状態(例えば後掲の
図9の点線内)での正円の面積を該全体面積とみなし、デフォーカス領域の総面積を七個分のデフォーカス領域の面積とみなしてもよい。
【0054】
なお、六方配置以外の配置を採用する場合、複数のデフォーカス領域のうち正円に最密で収まるデフォーカス領域の数が最大となるものを選択し、そのときの正円の面積を該全体面積とみなし、正円に収まったデフォーカス領域の総面積をデフォーカス領域の面積とみなしてもよい。
【0055】
本明細書における「波面」とは、眼鏡レンズを透過し瞳で径が規定される光束の波面のことをいう。ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量wの特定は、その手法が特に限定されることはなく、例えば波動光学的な計算を利用したシミュレーション処理によって行うことができる。
【0056】
上記式1の条件を満たすことにより、ベース面での焦点でのスポット強度が、デフォーカス領域のサグ量の変化の影響を受けにくくなる。つまり、デフォーカス領域のサグ量が変化しても、ベース面での焦点でのスポット強度の変化が小さくなる(この性質を「ロバスト」ともいう)。この発想に至るまでの知見について、以下、説明する。
【0057】
まず、ベース面での焦点でのスポット強度について検討する。スポット強度の取得方法には限定は無く、光線追跡法を利用し、PSF(Point spread function)にてスポット強度を評価してもよい。
【0058】
ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をw、瞳を通過する光線座標(x,y)の取り得る範囲をPとすると、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)は以下のように表される。
【数1】
【0059】
ベース領域上ではw=0である。その場合、cos(2πw/λ)は1であり、sin(2πw/λ)は0である。そして、ベース領域とデフォーカス領域とを分解し(上記Pのうちデフォーカス領域をPsとする)、式を作成すると、以下のように表される。下記数式の右辺の前者の括弧がベース領域の積分値を示し、右辺の後者の括弧がデフォーカス領域の積分値を示す。
【数2】
【0060】
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)と定義し、一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)と定義する。
【0061】
一つのデフォーカス領域(凸部領域)の微小な局所によって異なるcos(2πw/λ)及びsin(2πw/λ)の積分値の単位面積あたりの量と等価な量として、一つのデフォーカス領域(凸部領域)でのcos(2πw/λ)の平均値及びsin(2πw/λ)の平均値を取得する。そして、該デフォーカス領域(凸部領域)以外のデフォーカス領域においてもこれら2種類の平均値を取得する。
【0062】
そして、cos(2πw/λ)の複数の平均値の総平均を算出することにより、複数のデフォーカス領域におけるcos(2πw/λ)の積分値の単位面積あたりの量と等価であるc(λ)が得られる。sin(2πw/λ)の複数の平均値の総平均を算出することにより、複数のデフォーカス領域におけるcos(2πw/λ)の積分値の単位面積あたりの量と等価であるs(λ)が得られる。そして、f(λ)は以下のように表される。
f(λ)={1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2 ・・・(式4)
本発明の一態様では、説明の便宜上、一つのデフォーカス領域(凸部領域)のcos(2πw/λ)の平均値と全てのデフォーカス領域のcos(2πw/λ)の総平均とが等しく、且つ、一つのデフォーカス領域(凸部領域)のsin(2πw/λ)の平均値と全てのデフォーカス領域のsin(2πw/λ)の総平均とが等しい場合を例示する。
【0063】
ここで、仮にλを1.01倍すると、上記式3は以下のように表される。
【数3】
【0064】
上記式5の積分内の表現は、w(x,y)が1/1.01倍の状態と等価である(以下の式6参照)。
【数4】
【0065】
ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量wの絶対値は、サグ量が増加すればデフォーカス領域内を光束が通過する距離が大きくなるため増加し、サグ量が減少すれば減少する。
【0066】
つまり、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量w(即ちデフォーカス領域のサグ量)の変化に応じたベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の傾向は、波長λの変化に対応したベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の傾向と類似する。本発明の一態様ではこの傾向の類似に着目し、波長λの変化に対応した該スポット強度f(λ)の変化の傾向を把握することにより、デフォーカス領域のサグ量の変化に対応した該スポット強度f(λ)の変化の傾向を把握している。
【0067】
その結果、波長λの変化に応じた、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化が小さい眼鏡レンズならば、デフォーカス領域のサグ量が、光束の斜め入射なりハードコート層の形成なりにより変化しても、ベース面での焦点でのスポット強度の変化が小さくなる。
【0068】
後掲の実施例の項目でも言及するが、波長λの変化に応じた、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化を小さくするには、波長λに対し、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)を単調増加又は単調減少させないようにする、という知見が本発明者により得られた。この知見に基づき創出されたのが上記式1である(以下再掲)。
{f(λa×1.01)-f(λa)}×{f(λb×1.01)-f(λb)}<0 ・・・(式1)
上記式1は、波長λaから波長を増加させるときのベース面での焦点でのスポット強度f(λa)の勾配と、波長λbから波長を増加させるときのベース面での焦点でのスポット強度f(λb)の勾配との符号が逆であることを意味する。
【0069】
図3~
図6は、順に比較例1、比較例2、実施例1、実施例2の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポットのピーク強度を1として正規化)の変化を示すプロットである。
【0070】
図3~
図6の実線は設計値のプロットである。
図3~
図6の破線は、
図2の破線と同様、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量が「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態を想定したプロットである。
【0071】
また、凸部領域に対してハードコート層が形成されると凸部領域が均され、その結果、同じくハードコート層が形成されたベース領域からのサグ量が低下する傾向がある。その場合でも、ベース面での焦点でのスポット強度に変化が生じる。
【0072】
上記式1の{f(λa×1.01)-f(λa)}が正ならば、
図3~
図6の縦軸及び横軸のプロットにおいて波長が増加するとプロットの勾配が正となることを示す。逆に、{f(λa×1.01)-f(λa)}が負ならば、
図3~
図6の縦軸及び横軸のプロットにおいて波長が増加するとプロットの勾配が負となることを示す。
【0073】
つまり、上記式1は、波長λa近傍でのプロットの勾配と、波長λb近傍でのプロットの勾配とで、正負が反転すること、又は、少なくともいずれかの勾配がゼロになることを示す。
【0074】
後掲の比較例1、2の眼鏡レンズにおける、波長λ(横軸:単位[μm])に対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)(縦軸:デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化)の変化は単調増加又は単調減少であるため、変化の度合いが大きい。
【0075】
その一方、本発明の一態様を適用した後掲の実施例1、2の眼鏡レンズにおける、波長λに対する、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化は、波長の増加につれて増加後減少又は減少後増加している。そのため、比較例1、2に比べ、変化の度合いが小さい。
【0076】
後掲の実施例1、2では、式1において、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに式1を満たす。更に好適には、式1において、λa=0.50μm、λb=0.60μmと設定したときに式1を満たす。実際、この好適な設定を満たす実施例1だと、波長が変化してもベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化が極めて小さい。
【0077】
λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したのは、可視光波長の中でも網膜の感度が高い波長域だからである。特に、λa=0.50μm、λb=0.60μmだと、最も感度が高い波長域(0.55μm)を間に挟んでいる。この状況でプロットの勾配の正負が反転すれば、λa=0.45μm、λb=0.65μmでプロットの勾配が反転する場合よりも、単調増加又は単調減少している波長範囲が狭くて済む。その結果、本発明の一態様ならば、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の度合いが、上記波長範囲内にて単調増加又は単調減少し続ける場合に比べ、小さくなる。
【0078】
<眼鏡レンズの好適例及び変形例>
本発明の一態様における眼鏡レンズの好適例及び変形例について、以下に述べる。
【0079】
複数のデフォーカス領域(全デフォーカス領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましい。同じ周期であるパターンの一例としては上記六方配置が挙げられる。上記六方配置ならば回折現象を好適に利用でき、上記式1を満たし得る。周期の方向は周方向及び/又は径方向であればよい。好適には80%以上、より好適には90%以上、更に好適には95%以上である。以降、「全デフォーカス領域の半分以上の数」の好適例は、上記と同様に好適な順に80%以上、90%以上、95%以上とし、繰り返しの記載を省略する。
【0080】
デフォーカス領域は球面形状、非球面形状、トーリック面形状又はそれらが混在した形状(例えば各デフォーカス領域の中央部が球面形状、中央部の外側の周辺部が非球面形状)であってもよい。但し、複数のデフォーカス領域(全デフォーカス領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましいことに伴い、デフォーカス領域は球面の凸部領域であるのが好ましい。
【0081】
ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)は、波長が0.45~0.65μmの範囲内において、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00であるのが好ましい。ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)は、デフォーカス領域が無いと仮定した時のベース面での焦点でのスポット強度を1として正規化した値である。なお、本発明の一態様は、この規定のみでも成立し得る。
【0082】
なお、w/λの絶対値の最大値が2未満(より確実には1.5未満)であれば、スポット強度f(λ)の極値は1個のみとなる。この状態だと、回折次数が1次の状態となり、基準波長のみで極値となる。その状態で、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00であってもよい。
【0083】
入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量は「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態(
図3~
図6の破線)と設定したときにおいても最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70以上であるのが好ましい。
【0084】
上記式1は不等号(即ち“<”)としたが、別の態様として等号を含む態様(即ち“≦”)であってもよい。つまり、この別の態様では、波長が0.45~0.65μmの範囲内において、{f(λa×1.01)-f(λa)}、{f(λb×1.01)-f(λb)}のいずれかが0であってもよい。これは、
図3~
図6の縦軸及び横軸のプロットにおいて、波長が増加してもベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が一定であることを意味する。つまり、0.45~0.65μmの波長範囲においてf(λ)が一定である範囲がある程度存在すれば、後掲の比較例1、2に示すような単調増加又は単調減少し続ける場合に比べ、f(λ)の変化の度合いは小さくなる。
【0085】
図3~
図6の縦軸及び横軸のプロットにおいて、
図5(実施例1)、
図6(実施例2)に示すように、波長が0.45μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が負であり、波長が0.65μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が正に反転するのが好ましい。その一方、波長が0.45μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が正であり、波長が0.65μmのときは波長が増加するとプロットの勾配が負に反転することは排除しない。
【0086】
結局のところ、上記式1は、波長λaと波長λbとの間でプロットの勾配の正負が反転することを示唆している。この示唆の内容を拡大すると、波長が0.45μmのときも波長が0.65μmのときも{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が共に正又は共に負であっても、波長λが0.45~0.65μmの範囲内にて増加させたときに{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号の反転が複数回生じていれば本発明の一実施例の効果を満たし得る。つまり、この場合、後掲の比較例1、2に示すような単調増加又は単調減少し続ける場合に比べ、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の度合いは小さくなる。
【0087】
以上の変形例を加味して本発明の一態様を表現すると以下の通りである。
「物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上に収束させるベース領域と、
ベース領域と接するデフォーカス領域であって、デフォーカス領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として網膜に入射する性質を持つ複数のデフォーカス領域と、
を備え、
波長をλ、複数のデフォーカス領域が設けられた平面視での眼鏡レンズの部分の全体面積に対するデフォーカス領域の総面積の比をr、ベース領域に対する各デフォーカス領域での波面の進行量をwとし、
一つのデフォーカス領域でのcos(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をc(λ)とし、
一つのデフォーカス領域でのsin(2πw/λ)の平均値を、複数のデフォーカス領域の各々で得、複数の該平均値の総平均をs(λ)とし、
f(λ)を、{1-r+r・c(λ)}2+{s(λ)}2としたとき、
0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上変化する(好適には符号が反転する)、眼鏡レンズ。」
ここで「符号が変化」とは、符号が正から負、負から正に反転することに加え、正の値からゼロになる(即ち正の符号が無くなる)ことを含む。同様に、負の値からゼロになること、ゼロから正又は負の値になることも含まれる。
【0088】
また、以下の各条件の少なくともいずれかを満たす、眼鏡レンズであってもよい。
[条件1]0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲で波長λを増加させると、{f(λ×1.01)-f(λ)}の符号が1回以上反転する。
[条件2]0.45μm≦λ≦0.65μmの範囲内において、{f(λ×1.01)-f(λ)}=0となる波長範囲を含み、且つ、最小f(λ)/最大f(λ)の比が0.70~1.00である。
【0089】
なお、条件1での「正負の反転」は、波長λを増加させるにつれて勾配が負→ゼロ→正のように間に勾配ゼロの波長範囲を挟む場合も含む。
【0090】
{f(λ×1.01)-f(λ)}の1.01の値は、例えば1.001~1.1の範囲で適宜変更してもよい。但し、該値が大きすぎると勾配の変化の把握が粗くなり、該値が小さすぎると演算に時間を要する。それらを考慮した値が1.01である。
【0091】
先に述べた本発明の一態様の眼鏡レンズ1の技術的思想は遠視進行抑制機能を奏する眼鏡レンズ1にも適用可能である。具体的に言うと、光の進行方向において網膜上の位置Aよりも物体側から離れた(すなわち位置Aよりも奥側の)位置に光束を収束させる作用を持つようにデフォーカス領域を構成する。これまでに説明した本発明の一態様の眼鏡レンズにおいて、「凸」を「凹」に変更し、所定の位置Aよりも奥側の位置に収束するというように変更すれば、遠視進行抑制機能を奏する眼鏡レンズ(略して遠視進行抑制レンズ)となる。
【0092】
<眼鏡レンズの一具体例>
複数のデフォーカス領域の配置の態様は、特に限定されるものではなく、例えば、デフォーカス領域の外部からの視認性、デフォーカス領域によるデザイン性付与、デフォーカス領域による屈折力調整等の観点から決定できる。
【0093】
眼鏡レンズの中央部の周囲に周方向及び径方向に等間隔に、略円形状のデフォーカス領域が島状に(すなわち、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されてもよい。デフォーカス領域の平面視での配置の一例としては、各凸部領域の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各デフォーカス領域の中心が配置:六方配置)する例が挙げられる。その場合、デフォーカス領域同士の間隔は1.0~2.0mmであってもよい。また、デフォーカス領域の個数は100~100000であってもよい。
【0094】
各々のデフォーカス領域は、例えば、以下のように構成される。デフォーカス領域の平面視での直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。デフォーカス領域のサグ量(突出高さ、突出量)は、0.1~10μm程度、好ましくは0.4~2.0μmである。凸部領域の曲率半径は、50~250mm、好ましくは86mm程度の球面状である。
【0095】
各デフォーカス領域におけるデフォーカスパワーの具体的な数値に限定は無いが、例えば、眼鏡レンズ上のデフォーカス領域がもたらすデフォーカスパワーの最小値は0.5~4.5Dの範囲内、最大値は3.0~10.0Dの範囲内であるのが好ましい。最大値と最小値の差は1.0~5.0Dの範囲内であるのが好ましい。
【0096】
「デフォーカスパワー」は、各デフォーカス領域の屈折力と、各デフォーカス領域以外の部分の屈折力との差を指す。別の言い方をすると、「デフォーカスパワー」とは、デフォーカス領域の所定箇所の最小屈折力と最大屈折力の平均値からベース部分の屈折力を差し引いた差分である。本明細書においては、デフォーカス領域が凸部領域である場合を例示する。
【0097】
本明細書における「屈折力」は、屈折力が最小となる方向aの屈折力と、屈折力が最大となる方向b(方向aに対して垂直方向)の屈折力との平均値である平均屈折力を指す。
【0098】
<眼鏡レンズの設計方法>
本発明は、眼鏡レンズの設計方法にも適用可能である。具体的には、上記式1を満たすよう条件設定して眼鏡レンズを設計する。本設計方法の各構成の内容の詳細は、<眼鏡レンズ>と記載内容が重複するため省略する。なお、本設計方法を用いて設計した眼鏡レンズを製造する方法にも本発明の技術的思想が反映されている。
【0099】
本発明の技術的範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【実施例】
【0100】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0101】
図7~10は、順に比較例1、比較例2、実施例1、実施例2の眼鏡レンズにおける、デフォーカス領域(図中黒色)が形成された平面視での眼鏡レンズの部分の概略図である。
【0102】
(比較例1)
本例では、以下の条件を満たす眼鏡レンズに対して試験を行った。
曲率半径:131.1mm
凸部領域の直径:0.972mm
サグ量:0.90μm
凸部領域中心間距離
(六方配置のピッチ):1.459mm
波面の進行量w:0.531μm
面積比r:0.40
【0103】
上記以外の条件は以下の通りである。なお、以下の条件は、本例含め以降の例でも同様とした。
・眼鏡レンズの中央部にも凸部領域を形成した。
・凸部領域の形状は球面とし、凸部領域の平面視での配置は六方配置とした。
・面積比rは、六方配置された合計七個(中心に一個、その周囲に六個)のデフォーカス領域が正円に最密で収まった状態での正円の面積を該全体面積とみなし、デフォーカス領域の総面積を七個分のデフォーカス領域の面積とみなした。
・眼鏡レンズのベース領域の処方度数はS(球面度数)は0.00Dとし、C(乱視度数)は0.00Dとした。
・眼鏡レンズの玉型加工前の平面視での直径は100mmとした。
・眼鏡レンズではハードコート層は形成しなかった。
・眼鏡レンズの屈折率は1.589とした。
・ベース領域のベースカーブは3.30Dとした。
・デフォーカス領域を形成した範囲は、レンズ中心から半径17mmの円内とした。
【0104】
(比較例2)
本例では、以下の条件を満たす眼鏡レンズに対して試験を行った。
曲率半径:131.1mm
凸部領域の直径:0.724mm
サグ量:0.50μm
凸部領域中心間距離
(六方配置のピッチ):0.937mm
波面の進行量w:0.295μm
面積比r:0.55
【0105】
(実施例1)
本例では、以下の条件を満たす眼鏡レンズに対して試験を行った。
曲率半径:131.1mm
凸部領域の直径:0.887mm
サグ量:0.75μm
凸部領域中心間距離
(六方配置のピッチ):1.387mm
波面の進行量w:0.443μm
面積比r:0.38
【0106】
(実施例2)
本例では、以下の条件を満たす眼鏡レンズに対して試験を行った。
曲率半径:131.1mm
凸部領域の直径:0.950mm
サグ量:0.86μm
凸部領域中心間距離
(六方配置のピッチ):1.448mm
波面の進行量w:0.507μm
面積比r:0.39
【0107】
比較例1だと、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに上記式1を満たさなかった。
図3に示すように、設計値(
図3の実線)においても、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量が「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態(
図3の破線)においても、波長λが大きくなると、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が単調増加した。そのため、波長λの変化に対し、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の程度は大きい。
【0108】
比較例2だと、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに上記式1を満たさなかった。
図4に示すように、設計値(
図4の実線)においても、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量が「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態(
図4の破線)においても、波長λが大きくなると、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が単調減少した。そのため、波長λの変化に対し、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の程度は大きい。
【0109】
実施例1だと、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに上記式1を満たした。
図5に示すように、設計値(
図5の実線)においても、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量が「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態(
図5の破線)においても、波長λが大きくなると、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が減少後増加した。特に、実施例1では、式1にてλa=0.50μm、λb=0.60μmと設定した場合でも式1を満たした。そのため、実線も破線も、波長λの変化に伴うベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の程度は非常に小さかった。
【0110】
実施例2だと、λa=0.45μm、λb=0.65μmと設定したときに上記式1を満たした。
図6に示すように、設計値(
図6の実線)においても、入射角30度で「標準見かけサグ量」を設定した場合、入射角0度で入射する状況で使用した場合の見かけサグ量が「標準見かけサグ量」よりも10%小さくなった状態(
図6の破線)においても、波長λが大きくなると、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が減少後増加した。そのため、実線も破線も、波長λの変化に伴うベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の程度は小さかった。
【0111】
以上の結果、各実施例ならば、デフォーカス領域において多少サグ量が変化しても、或いはそもそもサグ量の設計値を変更したとしても、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)の変化の程度を小さくできることがわかった。つまり、各実施例ならば、ベース面での焦点でのスポット強度f(λ)が、デフォーカス領域のサグ量の変化の影響を受けにくくなることがわかった。