(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】電動機駆動装置および電動機駆動方法
(51)【国際特許分類】
H02P 29/028 20160101AFI20240822BHJP
B60L 9/18 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
H02P29/028
B60L9/18 S
(21)【出願番号】P 2023538341
(86)(22)【出願日】2022-06-23
(86)【国際出願番号】 JP2022025067
(87)【国際公開番号】W WO2023008010
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-11-21
(31)【優先権主張番号】P 2021126026
(32)【優先日】2021-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】初瀬 渉
(72)【発明者】
【氏名】國廣 直希
(72)【発明者】
【氏名】金沢 友美
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-201459(JP,A)
【文献】特開2008-167632(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/028
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機を駆動するインバータと、
前記電動機の電流を検出する電流検出回路と、
前記電動機に対するトルク指令値および前記電流検出回路からの電流検出値に基づいて前記インバータを制御する制御装置と
を備え、
前記制御装置は、前記電動機の空転または滑走の発生を検知した空転滑走検知信号と前記トルク指令値の変化率とに基づいて、前記電動機に対するトルク指令引き下げ速度を変化させて前記電動機のトルクを絞り込む
ことを特徴とする電動機駆動装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電動機駆動装置であって、
前記トルク指令引き下げ速度は、所定の上限値以下に設定される
ことを特徴とする電動機駆動装置。
【請求項4】
請求項1または3に記載の電動機駆動装置であって、
前記制御装置は、前記トルク指令引き下げ速度の設定に、前記トルク指令値の変化率と前記トルク指令引き下げ速度との関係を記憶させたテーブルまたは当該関係を表す関数を用いる
ことを特徴とする電動機駆動装置。
【請求項5】
請求項1、3および4のいずれか1項に記載の電動機駆動装置であって、
前記トルク指令値の変化率として、前記トルク指令値の絶対値の変化率を用いる
ことを特徴とする電動機駆動装置。
【請求項7】
電動機を駆動するインバータを、当該電動機に対するトルク指令値および当該電動機の電流検出値に基づいて制御し、
前記電動機に空転または滑走が発生した場合に、
当該空転または滑走の発生検知信号と前記トルク指令値の変化率とに基づいて、前記電動機に対するトルク指令引き下げ速度を変化させて前記電動機のトルクを絞り込む
ことを特徴とする電動機駆動方法。
【請求項9】
請求項7に記載の電動機駆動方法であって、
前記トルク指令引き下げ速度を、所定の上限値以下に設定する
ことを特徴とする電動機駆動方法。
【請求項10】
請求項7または9に記載の電動機駆動方法であって、
前記トルク指令引き下げ速度を、前記トルク指令値の変化率と前記トルク指令引き下げ速度との関係を記憶させたテーブルまたは当該関係を表す関数を用いて設定する
ことを特徴とする電動機駆動方法。
【請求項11】
請求項7、9および10のいずれか1項に記載の電動機駆動方法であって、
前記トルク指令値の変化率として、前記トルク指令値の絶対値の変化率を用いる
ことを特徴とする電動機駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機を駆動するための駆動装置および駆動方法に関し、特に鉄道車両に搭載する電動機を駆動する駆動装置および駆動方法として好適である。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両は、回転電機のトルクによって駆動輪である車輪を回転させ、車輪踏面がレールから受ける反力として、車輪に生じる接線力によって車両を加速させている。
この接線力は、車輪とレール間の粘着状態を表す接線力係数μによって変動し、車輪のトルクが接線力よりも過大となった場合、車両を加速させる力は小さいまま、車輪を回転させる力のみが大きくなる。その結果、車輪の空転または滑走(以下、「空転滑走」と略すことがある)が生じる。特に、雨天時や降雪時には、粘着係数が大きく低下するため、空転滑走が発生し易くなる。
【0003】
このような空転滑走が生じた場合には、電動機の発生トルクを引き下げて接線力よりも小さい再粘着状態へ制御する再粘着制御が行われる(例えば、特許文献1、2および3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-358302号公報
【文献】特開2013-188009号公報
【文献】特開2019-201459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2および3には、再粘着制御に係る手法が記載されているが、特許文献1および2に記載の手法は、粘着利用の向上および絞りトルクの設定などの再粘着構成が主目的であり、空転滑走検知後のトルク引き下げの速度について言及をしていない。
【0006】
また、特許文献3に記載の手法では、空転滑走検知後のトルク引き下げの速度を、車輪の加速度を参照して引き下げる構成が示されているが、回転数のノイズの影響を受けやすく、一次遅れフィルタ等を用いるために構造が複雑となる課題が発生する。
【0007】
本発明の目的は、簡易な構成で、空転滑走検知時後のトルク引下げ速度を適切に変化させることを可能にする電動機駆動装置および電動機駆動方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した課題を解決するために、代表的な本発明の電動機駆動装置の一つは、電動機を駆動するインバータと、電動機の電流を検出する電流検出回路と、電動機に対するトルク指令値および電流検出回路からの電流検出値に基づいてインバータを制御する制御装置とを備え、制御装置は、電動機の空転または滑走の発生を検知した空転滑走検知信号とトルク指令値とに基づいて、電動機に対するトルク指令引き下げ速度を変化させて電動機のトルクを絞り込むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、トルク指令値を参照してトルク指令引き下げ速度を変化させるため、ノイズの影響を受けにくく、一次遅れフィルタ等を用いることなく、簡易な構成で再粘着制御を行うことが可能となる。また、適切にトルク引き下げを行うことで、空転滑走時の回転数変動を抑制することができる。
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施をするための形態における説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施例に係る電動機駆動装置の全体構成を示すブロック図である。
【
図2】空転発生時の一般的な空転検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。
【
図3】空転発生時の電動機トルクとロータ周波数との関係を示す図である。
【
図4】トルク引き下げ演算部の構成を示すブロック図である。
【
図5】トルク引き下げ演算部の適用時において、電動機トルクが固定値および増加する場合の空転検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。
【
図6】滑走状態を考慮したトルク引き下げ演算部の構成を示すブロック図である。
【
図7】滑走状態を考慮したトルク引き下げ演算部の適用時において、電動機トルクが負方向に大きくなる場合の滑走検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。
【
図8】本実施例に係る電動機駆動装置を鉄道車両用電動機へ適用した場合の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態として、本発明の実施例について、図面を参照して説明する。なお、この実施例により本発明が限定されるものではない。また、図面の記載において、同一部分には同一の符号を付して示している。
【実施例】
【0012】
本発明の実施例を、
図1から
図8を用いて説明する。本実施例は、鉄道車両に搭載する電動機を本発明に係る駆動装置によって駆動する例である。
【0013】
図1は、本実施例に係る電動機駆動装置の全体構成を示すブロック図である。図示のように、本実施例に係る駆動装置は、制御装置2、インバータ3および電流検出回路4から構成され、電動機1を駆動する。
【0014】
制御装置2は、ベクトル制御部21、PWMパルス生成部22、速度推定器23、トルク指令演算部24および空転滑走検知判定部25から構成され、インバータ3の駆動制御を行う。
【0015】
制御装置2において、ベクトル制御部21は、トルク指令演算部24からのトルク指令および電動機1に流れる電流を検出する電流検出回路4からの電流検出値に基づいて、電圧指令値を演算する。PWMパルス生成部22は、この電圧指令値に基づいてPWMパルス信号を生成し、インバータ3に駆動信号として供給する。インバータ3は、この電圧指令電値に相当する出力電圧を発生し、電動機1に印加する。ここで、ベクトル制御部21は、一般的なベクトル制御を用いることで実現可能であり、制御方式を特定するものではない。
【0016】
空転滑走検知判定部25は、速度推定器23から電動機1の回転数情報を受け取り、空転または滑走状態を検知し、トルク指令演算部24へ空転滑走検知信号を出力する。
ここで、速度推定器23および空転滑走検知判定部25は、一般的な速度推定方式および検知方式で実現可能であり、推定方式や検知方式を特定するものではない。
【0017】
また、トルク指令演算部24は、空転滑走検知信号に基づいて空転または滑走状態を検知した場合には、トルク引き下げを含む再粘着制御を行う。
【0018】
図2は、空転発生時の一般的な空転検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。
電動機がトルクを出力し、ロータ周波数が増加している場合に、粘着係数が低下すると、ロータ周波数が増大していく空転状態が発生する。
【0019】
空転滑走検知判定部25は、例えば、車両速度の周波数換算値とロータ周波数との偏差が一定の閾値を超えた場合に、空転滑走検知信号をトルク指令演算部24に対して出力する。このため、空転滑走検知判定部25は、
図1に点線で示すように、外部から車両速度を取り込むようにしてもよい。
【0020】
図1に示すトルク指令演算部24は、空転滑走検知信号を受けて、トルク引き下げを含む再粘着制御を行う(
図2に示す、トルク絞込み開始からトルク引下げ終了までの期間)。
以上のような動作態様により、空転状態の拡大を抑制し、回転数変動並びに車両への振動を低減する。
【0021】
図3は、空転発生時の電動機トルクとロータ周波数との関係を示す図である。
図3では、電動機1のロータ周波数ω
r、電動機トルクτ
mおよび慣性モーメントJそれぞれの特性を示している。
【0022】
ここで、Pmは、電動機1の極対数とし、慣性モーメントJは、説明の簡略化のため、車両質量や接線力係数μによる粘着までを合成した等価的な慣性モーメントとして扱う。
【0023】
また、車輪とレール間が粘着している状態では慣性モーメントJは大きく、車輪とレール間で空転滑走が発生した場合には、慣性モーメントJが小さくなったように見えるものとして扱う。
【0024】
電動機1のロータ周波数ω
rは、次式(数1)で表される。
【数1】
【0025】
図3の上側に示す特性は、電動機トルクτ
mが固定値の場合である。例えば、ノッチ上げを伴わない定速走行時が該当する。
電動機トルクτ
mが固定値で、慣性モーメントJが小さな値を維持している状態で空転が発生した場合、ロータ周波数は、次式(数2)に示すように一次成分を含み、
図3の上側に示すように、一定の傾きで増加していく。言い換えると、ロータ周波数は、加速度一定で増加していくことになる。
【数2】
【0026】
一方、
図3の下側に示す特性は、電動機トルクτ
mが一定の傾きで増加する場合である。例えば、ノッチ上げによる加速時、初期起動時および再起動時が該当する。
電動機トルクτ
mが一定の傾きで増加し、慣性モーメントJが小さな値を維持している状態で空転が発生した場合、ロータ周波数は、次式(数3)に示すように、空転が開始した時点の固定トルク値τ
m-constの一次成分とトルクの傾きdτ
m/dtの二次成分を含むことになり、
図3の下側に示すように、二次的に増加していく。
【数3】
【0027】
(数3)に示すように、雨天や降雪により、慣性モーメントJが小さな値となり、空転が発生した場合、電動機トルクが変化していると、ロータ周波数が二次的に増加する。言い換えると、電動機トルクが固定値の場合よりロータ周波数の増加が急となり、空転時の回転数変動が増加する結果となる。
【0028】
また、空転が開始した時点の固定トルク値τm-constが大きい場合も、一次成分の傾きが大きくなりロータ周波数の増加が急となる。
【0029】
以上のように、電動機トルクが変化している場合、(数3)に示すように、空転滑走検知が発生した時点での電動機トルクの大きさによるロータ回転数の一次成分と、電動機トルクの変化によるロータ回転数の二次成分とを合わせて考慮しないと、ロータ周波数の変化を適切に評価できない結果となる。
【0030】
また、ロータ周波数の変化を適切に評価するために、ロータ回転数の二次成分を検知しようとすると、微分構成を2段接続するなどによりノイズの影響を受けやすく、構成が複雑化することになる。
【0031】
これに対して、本発明では、空転滑走検知の時点での電動機トルク指令が大きい場合、または電動機トルク指令の変化が大きい場合に、ロータ周波数の増加が急になると判断し、トルク指令引き下げ速度を大きくする構成を提案する。
【0032】
具体的な構成として、トルク引き下げ演算部を採用する。
図4は、トルク引き下げ演算部26の構成を示すブロック図である。
トルク引き下げ演算部26は、
図1に示すトルク指令演算部24に含まれ、トルク指令変化率演算器261およびトルク指令引き下げ速度演算器262から構成される。トルク指令変化率演算器261は、空転滑走検知信号により空転または滑走を検知した場合のトルク指令値の大きさおよび傾きを判定し、トルク指令変化率を演算し出力する。トルク指令引き下げ速度演算器262が、このトルク指令変化率に基づいてトルク指令引き下げ速度を演算し出力する。
【0033】
ここで、トルク指令値の大きさおよび傾きは、トルク指令作成時の値を参照することで簡易に得ることが可能である。
また、トルク指令引き下げ速度演算器262では、トルク指令値の大きさまたは傾きの少なくとも一方を参照値として、トルク指令引き下げ速度を出力とするテーブルや関数を用いることで、トルク指令引き下げ速度を設定することも可能である。
【0034】
トルク引き下げ演算部26の適用時において、
図5は、電動機トルクが固定値の場合(
図5の上側)および増加する場合(
図5の下側)の空転検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。ここで、トルクの絞り込みを行わなければ、ロータ周波数は
図5の点線で示す変動を発生することになる。
トルク引き下げ演算部26を適用することにより、電動機トルクが固定値の場合および増加する場合共に、ロータ周波数の変動を抑制することができる。
【0035】
さらに、
図5の上側に示す、電動機トルクが固定値の場合のトルク指令引き下げ速度dτ
m1/dtより、
図5の下側に示す、電動機トルクが増加する場合のトルク指令引き下げ速度dτ
m2/dtを大きくすることで、電動機トルクが増加する場合のより大きなロータ周波数の変動も抑制することが可能となる。
【0036】
ただし、トルク指令引き下げ速度が過度に大きくなると、ロータの逆方向への変動を引き起こすことも想定されるので、トルク指令引き下げ速度に対して所定の上限値を設けてもよい。
【0037】
以上のように、
図4に示すトルク引き下げ演算部26を採用することにより、
図5に示すように、空転または滑走発生時の回転数変動を抑制し、スムーズな再粘着制御を行うことが可能となる。
【0038】
一方で、滑走状態では電動機トルクが負方向に増大する動作時に、回転数も負方向に拡大していくことになる。このため、トルク指令値の変化率が負の値で出力される。
【0039】
図6は、滑走状態を考慮したトルク引き下げ演算部26’の構成を示すブロック図である。トルク引き下げ演算部26’も、
図1に示すトルク指令演算部24に含まれ、トルク指令変化率演算器261Aおよびトルク指令引き下げ速度演算器262から構成される。
図6に示すトルク指令変化率演算器261Aは、空転または滑走のどちらでも同じ論理構成を利用するために、入力されるトルク指令値を絶対値化する点が、
図4に示すトルク指令変化率演算器261の構成と異なる。トルク指令値を絶対値化することで、トルク指令引き下げ速度演算器262を変更することなく利用することが可能となる。
【0040】
トルク引き下げ演算部26’の適用時において、
図7は、電動機トルクが負方向に大きくなる場合の滑走検知および再粘着制御時における動作波形の概略を示す図である。
【0041】
図7に示すとおり、電動機トルクを絶対値化した1点破線で示すトルク指令値を利用することで、滑走検知時のトルク指令の傾き(トルク指令変化率)を演算し、トルク指令引き下げ速度演算器262により、トルク指令引き下げ速度dτ
m3/dtを出力する。
これにより、ロータ周波数の変動(トルク絞り込みを行わない場合、
図7の点線で示す変動)を抑制することができる。
【0042】
以上のように、
図6に示す構成を採用することで、空転または滑走におけるトルク指令引き下げ速度の演算を簡易な構成で構築することが可能となる。
【0043】
図8は、本実施例に係る電動機駆動装置を鉄道車両用電動機へ適用した場合の概略構成を示す図である。
本実施例に係る電動機駆動装置(制御装置2、インバータ3および電流検出回路4)を搭載した鉄道車両100は、架線101から直流電力の供給を受け、電動機(例えば、誘導電動機1a~1d)により駆動される車輪によりレール102上を走行する。
【0044】
本実施例に係る電動機駆動装置を適用することにより、鉄道車両用電動機の空転または滑走発生時の回転数変動を抑制し、スムーズな再粘着制御を行うことが可能となる。
【0045】
以上、本発明の実施例について説明したが、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0046】
1、1a~1d … 電動機
2 … 制御装置
3 … インバータ
4 … 電流検出回路
21 … ベクトル制御部
22 … PWMパルス生成部
23 … 速度推定器
24 … トルク指令演算部
25 … 空転滑走検知判定部
26、26’ … トルク引き下げ演算部
100 … 鉄道車両
101 … 架線
102 … レール
261、261A … トルク指令変化率演算器
262 … トルク指令引き下げ速度演算器