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特許7542323表面色ムラの少ないオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-22
(45)【発行日】2024-08-30
(54)【発明の名称】表面色ムラの少ないオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240823BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240823BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240823BHJP
   B21B 3/02 20060101ALI20240823BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20240823BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/46
C22C38/60
B21B3/02
B21B1/22 L
C21D9/46 Q
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020035339
(22)【出願日】2020-03-02
(65)【公開番号】P2021138981
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】吉井 睦子
(72)【発明者】
【氏名】松橋 透
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】大山 亮平
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-213589(JP,A)
【文献】特開平10-245659(JP,A)
【文献】特開2006-131956(JP,A)
【文献】国際公開第2016/159011(WO,A1)
【文献】特開平07-258733(JP,A)
【文献】特開2000-288605(JP,A)
【文献】特表2010-509073(JP,A)
【文献】特開平02-173299(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
B21B 3/02
B21B 1/22
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01~0.15%、
Si:0.5~4.0%、
Mn:0.1~1.5%、
P:0.01~0.04%、
S:0.0001~0.0020%、
Ni:8~15%、
Cr:16~25%、
N:0.01~0.35%、
Al:0.01~0.043%、
Cu:0.01~1.8%、
Mo:0.01~1.5%、
V:0.05~0.16%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板であって、
酸洗された冷延焼鈍鋼板における、表面の色差指標L*の最大値と最小値の差ΔL*がΔL*≦0.50であり、
前記オーステナイト系ステンレス鋼板の40mm(長さ)×20mm(幅)×0.6mm(厚さ)の寸法を有するサンプルの端面を#600で湿式研磨した後、700℃で110分間加熱し、室温で20分間冷却し、5%NaCl溶液に20分間全浸漬し、50℃で25分間乾燥することを60サイクル繰り返し、その後、前記サンプル表面に付着した腐食生成物を除去して求めた腐食減量(=試験前のサンプル重量-試験後のサンプル重量)が50mg/cm2以下である
ことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で
Nb:0.15%未満、
Ti:0.011%以下、
B:0.0020%以下、
Ca:0.0100%以下、
W:0.56%以下、
Zr:0.1%以下、
Sn:0.02%以下、
Co:0.30%以下、
Mg:0.0100%以下、
Sb:0.05%以下、
REM:0.042%以下、
Ga:0.003%以下、
Ta:0.02%以下、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
冷間圧延、焼鈍、酸洗をn回実施する鋼鈑の製造方法(ただし、nは2以上の自然数)において、(n-1)回目までの各冷間圧延の仕上げ冷延に使用するロール粗度をRa≦0.5μmとすることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、中間冷延後焼鈍前((n-1)回目までの各冷延後焼鈍前)の鋼板表面の油付着量が400cm2あたり130mg以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の溶接構造体である排気部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱部品用素材の中でも高Si含有であるオーステナイト系ステンレス鋼板に関するものであり、特に、自動車のフレキシブルチューブ、耐熱ばね、ガスケット、温水器等の熱交換機能を有する部品に適用されるものである。またそれらの中でも溶接を必要とする部品に適する材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の各種排気部品には高温の排気ガスを安定的に通気させるために、耐酸化性、高温強度、熱疲労特性等の耐熱性に優れた材料が使用される。また、車体の振動に起因して繰り返し荷重が作用するため、高サイクル疲労特性も重要となる。このような疲労劣化を緩和する目的として自動車にはフレキシブルチューブが多く搭載されている。更に、凝縮水腐食環境および路上の融雪塩からの高温塩害腐食環境でもあることから耐食性に優れることも要求される。排気ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化等の観点からもこれらの部品にはステンレス鋼が多く使用されている。
【0003】
高温塩害腐食環境での耐食性に優れたステンレス鋼は特許文献1~4に開示されている。いずれも高温塩害腐食の耐食性(以下、高温塩害腐食の耐食性を「耐高温塩害性」ともいう。)の向上に有効な高Si、高Mo含有オーステナイト系ステンレス鋼である。特に特許文献2および4は溶接高温割れ感受性を考慮した成分範囲を規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平2-54741号公報
【文献】特開平3-191039号公報
【文献】特開昭63-213643号公報
【文献】特開2006-131956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高Si含有ステンレス鋼は、焼鈍によってSiの酸化スケールが形成されるため、低Si含有ステンレス鋼と比較して酸洗性が悪く、酸洗液の高濃度化や酸洗時間の延長化等の対策が必要であり、これらは製造コストの増加につながる。また、酸洗条件によっては表面が白色化して見える色ムラ(以下、「表面色ムラ」ともいう。)が生じ溶接する際に溶接金属の溶け落ちを引き起こす場合がある。これは白色部に存在するSi酸化物が溶接中に溶融池の酸素濃度上昇を引き起こして対流が変化するためと考えられるが、詳細は不明である。
【0006】
特許文献1には2~10%Si、特許文献2には1~4%Si、特許文献3には2%超~6%Si、特許文献4には2~4%Siの成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、いずれにも溶接溶け落ち性についての記載は無く、その製造方法については不明である。
【0007】
薄い鋼板を製造するためには、通常、冷間圧延-焼鈍・酸洗が複数回実施される。表面色ムラを低減する製造方法として、(n-1)回目までの各冷間圧延(以下、中間冷延ともいう。)-焼鈍・酸洗後に表面研削/研磨(以下、この表面研削/研磨を「中間研磨」ともいう。)し、最終冷延-焼鈍・酸洗する方法が適用されている。中間研磨を施すと研磨ムラが生じることがあり、研磨ムラは表面凹凸起因で加熱時の酸化が促進されて耐高温塩害性を劣化させる。また、工業的な生産をする場合は生産効率向上を狙い工程数を減らすことが望ましい。
【0008】
本願の発明が解決しようする課題は、中間冷延-焼鈍・酸洗後の中間研磨工程を省略した場合であっても、表面色ムラを低減できる高Si含有オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法を提供することと、その製造方法により製造される、表面色ムラに関連する溶接金属の溶け落ちが抑制され、耐高温塩害性の劣化が抑制される高Si含有オーステナイト系ステンレス鋼板を提供することと、その鋼板を溶接した構造を有する部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高Si含有鋼において中間冷延-焼鈍・酸洗後の中間研磨工程を省略した場合に表面色ムラが発生するという問題を解決するために、製造方法に関して、特に冷延ロール(本願明細書において、「ロール」は、特に断りがない限り「ワークロール」を意味する。)および焼鈍スケール形成の見地から詳細な研究を行った。その結果、低粗度の中間冷延ロールを使用して得る高平滑な冷延鋼板は、相対的に表面積が小さいため、中間研磨により除去していたSi酸化スケールの形成が少なくなり、表面色ムラが低減し、溶接金属の溶け落ちが抑制され、耐高温塩害性の劣化が抑制され、また、焼鈍前の油付着量が少なくなり、酸洗性が向上し、油由来の着色ムラも低減することを知見した。
【0010】
本発明の要旨は、次のとおりである。
(1)
質量%で、Si:0.5~4.0%含有するオーステナイト系ステンレス鋼であって、
酸洗された冷延焼鈍鋼板における表面の色差指標L*の最大値と最小値の差ΔL*がΔL*≦0.50であり、耐高温塩害性の劣化が抑制されることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
(2)
質量%で、
C:0.002~0.3%、
Si:0.5~4.0%、
Mn:0.05~10.0%、
P:0.001~0.05%、
S:0.0001~0.01%、
Ni:2~25%、
Cr:15~30%、
N:0.002~0.5%、
Al:0.001~1.0%、
Cu:0.1~4.0%、
Mo:0.01~3.0%、
V:0.01~1.0%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる前記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(3)
さらに、質量%で
Nb:0.3%以下、
Ti:0.3%以下、
B:0.0060%以下、
Ca:0.01%以下、
W:3.0%以下、
Zr:0.3%以下、
Sn:0.5%以下、
Co:0.3%以下、
Mg:0.01%以下、
Sb:0.5%以下、
REM:0.2%以下、
Ga:0.3%以下、
Ta:1.0%以下、
Hf:1.0%以下、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(4)
冷間圧延、焼鈍、酸洗をn回実施する鋼鈑の製造方法(ただし、nは2以上の自然数)において、(n-1)回目までの各冷間圧延の仕上げ冷延に使用するロール粗度をRa≦0.5μmとすることを特徴とする、前記(1)~(3)のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
(5)
前記(4)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、中間冷延後焼鈍前((n-1)回目までの各冷延後焼鈍前)の鋼板表面の油付着量が400cm 2 あたり150mg以下であることを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
(6)
前記(1)~(3)のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の溶接構造体である排気部品。
ここで、色差指標L*の最大値と最小値の差ΔL*は、L*が色空間の明度に相当するから、その差ΔL*が一定値以下と特定することは、明度の差が一定の範囲内にあること、すなわち、着目する表面色ムラが一定値以下と少ないことを意味する。また、「耐高温塩害性の劣化が抑制される」とは、40mm(長さ)×20mm(幅)×0.6mm(厚さ)の寸法を有するサンプルの端面を#600で湿式研磨した後、700℃で110分間加熱し、室温で20分間冷却し、5%NaCl溶液に20分間全浸漬し、50℃で25分間乾燥することを60サイクル繰り返し、その後、そのサンプル表面に付着した腐食生成物を除去して、腐食減量(=試験前のサンプル重量―試験後のサンプル重量)を求めたときに、腐食減量が50mg/cm2以下であることを意味する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、低粗度の中間冷延ロールを使用することにより、中間研磨工程を省略した場合であっても、高Si含有鋼において冷延鋼板表面を平滑にすることで焼鈍前の油付着量を少なくして焼鈍スケールの厚さおよびSi濃度を低減し表面色ムラを低減したオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することが出来る。また、この冷延鋼板は、表面色ムラが低減されるのみならず、溶接金属の溶け落ちが抑制され、耐高温塩害性の劣化が抑制される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[成分]
次に、成分範囲について説明する。成分含有量に関する%は、特に断りの無い限り質量%を示す。
【0013】
Cはオーステナイト組織形成および高温強度確保のために0.002%を下限とする。一方、過度な含有は加工硬化が過大に大きくなる他、Cr炭化物形成により耐食性、特に溶接部の粒界腐食性が劣化するため上限を0.3%とする。更に、熱間加工性を考慮するとCの含有量の下限は0.005%、上限は0.25%であることが望ましい。更に精錬コスト、耐酸化性を考慮すると下限は0.01%,上限は0.15%であることが望ましい。
【0014】
Siは脱酸元素として含有される場合がある他、Siの酸化によりスケール剥離性、高温強度および耐高温塩害性の向上に寄与する元素である。そのため下限を0.5%とする。一方、加工硬化による過度な硬質化を避けるため上限を4.0%とした。更に、加工硬化特性や溶接性を考慮し、更に、耐高温塩害性や高温強度、耐酸化性を考慮すると、Siの下限は1.0%、更には1.5%にすることが望ましく、Siの上限は3.5%、更に熱間加工性を考慮すると3.0%にすることが望ましい。
【0015】
Mnは脱酸元素として利用する他、オーステナイト組織形成およびスケール密着性を確保するために0.05%以上含有する。一方、10.0%超の含有によりMnS等の生成によって介在物清浄度が悪くなり、疲労強度と耐食性が著しく低下するため上限を10.0%とする。更に、製造コストを考慮するとMn含有量の下限は0.1%が望ましい。更にスケール密着性、加工硬化性を考慮するとMn含有量の上限は5.0%が望ましい。更に、下限は0.5%、上限は1.5%が望ましい。
【0016】
Pは製造時の熱間加工性や凝固割れを助長する元素である。また、P化合物が生成すると疲労起点となり疲労強度が低下するため、上限を0.05%とする。一方、過度な低減は精錬コストの増加を招くため下限を0.001%とすることができる。さらに製造コストを考慮すると、P含有量の上限は0.04%、下限は0.01%とすることが望ましい。
【0017】
Sは製造時の熱間加工を低下させるほか、耐食性を劣化させる元素である。また、粗大な硫化物(MnS)が形成されると介在物清浄度が著しく悪化するため、上限を0.01とする。一方、過度な低減は精錬コストの増加に繋がることから、下限を0.0001%とすることができる。更に、製造コストや耐酸化性を考慮すると、S含有量の上限は0.0050%、下限は0.0003%にすることが望ましい。更に上限は0.0020%、下限は0.0005%にすることが望ましい。
【0018】
Niはオーステナイト組織形成元素であるとともに、耐食性や耐酸化性を確保する元素である。また、2%未満ではオーステナイト組織の安定度が低下して高温強度が低下する他、結晶粒の粗大化が顕著に生じてしまうため、2%以上含有する。一方、過度な含有はコスト上昇と硬質化を招くことから上限を25%とする。更に、製造性、高温強度および耐食性を考慮すると、Ni含有量の下限は5%、上限は15%にすることが望ましい。更に、下限は8%、上限は12%にすることが望ましい。
【0019】
Crは耐食性、耐酸化性を向上させる必須元素である。15%未満の含有では排気ガスによる異常酸化やスケール剥離が生じて高温強度が著しく低下するため15%以上の含有が必要である。一方、過度な含有は、硬質となる他、コストアップに繋がることから上限を30%とする。更に製造コスト、鋼板製造性、加工性を考慮すると、Cr含有量の下限は16%、上限は25%にすることが望ましい。更に、下限は17%、上限は24%にすることが望ましい。
【0020】
NはCと同様にオーステナイト組織形成、高温強度の確保に有効な元素である。そのため下限を0.002%とする。一方、0.5%超の含有により常温材質が著しく硬質化し、鋼板製造段階の冷間加工性が悪くなる他、パイプなどの部品製造性が悪くなるため上限を0.5%とする。更に、精錬コスト、溶接時のピンホール抑制、溶接部の粒界腐食抑制の観点から、N含有量の下限は0.01%、上限は0.35%にすることが望ましい。更に、下限は0.04%、上限は0.23%にすることが望ましい。
【0021】
Alは、脱酸元素として含有し、介在物清浄度を良くするため0.001%以上含有する。一方、過度の含有は熱間加工性の悪化、酸洗性の低下による表面疵の発生を起こりやすくするためAl含有量の上限は1.0%に規定する。また、製造性やスケール密着性の観点から、下限は0.01%、上限は0.2%が望ましい。更に、上限は0.20%が望ましい。
【0022】
Cuはオーステナイト組織安定化や耐酸化性向上および耐SCC性向上に有効な元素であるため、0.01%以上含有する。一方、過度な含有は耐酸化性の劣化や製造性の悪化に繋がるため上限を4.0%とする。更に、耐食性や製造性を考慮すると、Cu含有量の下限は0.15%、上限は2.0%にすることが望ましい。更に、下限は0.2%、上限は1.8%にすることが望ましい。
【0023】
Moは耐高温塩害性を向上させる元素であるとともに、高温強度の向上に寄与する元素である。そのため下限を0.01%とする。一方、Moは高価な元素であるとともに過度な含有は耐酸化性や製造性を劣化させるため、上限を3.0%とする。また、高温強度や熱疲労特性を考慮すると下限は0.5%、製造性やコストを考慮すると上限は1.8%が望ましい。更に、耐高温塩害性や耐食性、熱間加工性を考慮すると0.6~1.5%が望ましい。
【0024】
Vは耐食性を向上させる元素であるとともに、V炭化物を形成し高温強度を向上させるため0.01%以上含有する。一方、過度な含有は合金コストの増加や異常酸化限界温度の低下を招くことから、上限を1.0%とする。更に、製造性や介在物清浄度を考慮するとV含有量の下限は0.05%、上限は0.8%にすることが望ましい。更に下限は0.09%、上限は0.5%にすることが好ましい。
【0025】
以上が、主要元素であるが、その他Feの一部の代替として以下の元素の1種または2種以上を含有することができる。
【0026】
Nbは、C、Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させる他、高温強度向上させる元素である。C、N固定作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%とした。また、0.3%超の含有は、鋼板製造段階での熱間加工性が著しく劣化することから、上限を0.3%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Nb含有量の下限は0.01%、上限は0.15%未満にすることが望ましい。加えて、Nbは再結晶を鈍化させる元素である。十分な高温疲労強度を得るとともに結晶粒径の調整を短時間で完了させる必要があるため、Nb含有量の上限は0.05%未満にすることが望ましい。
【0027】
Tiは、Nbと同様にC、Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させるために含有する元素である。C、N固定作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%とした。また、0.3%超の含有は鋳造段階でのノズル詰まりが生じ易くなり、製造性を著しく劣化させることから、上限を0.3%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Ti含有量の下限は0.01%、上限は0.1%にすることが望ましい。
【0028】
Bは、鋼板製造段階での熱間加工性を向上させる元素であるとともに、常温での加工硬化を抑制する効果があるため、0.0002%以上とする。0.0006%以上でより効果的である。但し、過度な含有はホウ炭化物の形成により清浄度の低下、粒界腐食性の劣化をもたらすため、上限を0.0060%とした。更に、精錬コストや延性低下を考慮すると、B含有量の下限は0.0016%、上限は0.0020%にすることが望ましい。
【0029】
Caは、脱硫のために必要に応じて含有される他、介在物の清浄度を向上させて疲労強度が向上する。この作用は0.0005%未満では発現しないため、下限を0.0005%とする。また、0.01%超含有すると水溶性の介在物CaSが生成して清浄度の低下および耐食性の著しい低下を招くため、上限を0.01%とする。更に、製造性、表面品質の観点から、Ca含有量の下限は0.0040%、上限は0.0030%にすることが望ましい。
【0030】
Wは、耐食性と高温強度の向上に寄与する他、Moと同様に疲労強度向上に寄与するため、必要に応じて0.03%以上含有する。3%超の含有により硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため、上限を3%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、W含有量の下限は0.05%、上限は2%にすることが望ましい。
【0031】
Zrは、CやNと結合して溶接部の粒界腐食性や耐酸化性を向上させるため、必要に応じて0.002%以上含有する。但し、0.3%超の含有によりコスト増になる他、製造性を著しく劣化させるため、上限を0.3%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Zr含有量の下限は0.05%、上限は0.1%にすることが望ましい。
【0032】
Snは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.008以上含有する。0.01%以上で効果が顕著になる。0.05%以上としても良い。0.5%超の含有により鋼板製造時のスラブ割れが生じる場合があるため上限を0.5%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、上限は0.3%にすることが望ましい。0.2%以下としても良い。
【0033】
Coは、高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.03%以上含有する。0.3%超の含有により、硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため、上限を0.3%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Co含有量の下限は0.05%、上限は0.1%にすることが望ましい。
【0034】
Mgは、脱酸元素として含有させる場合がある他、スラブの組織を酸化物の微細化分散化により介在物清浄度の向上や組織微細化に寄与する元素である。これは、0.0002%以上から発現するため、下限を0.0002%とした。但し、過度な含有は、溶接性や耐食性の劣化、粗大介在物による部品加工性の低下につながるため、上限を0.01%とした。精錬コストを考慮すると、Mg含有量の下限は0.0003%、上限は0.005%にすることが望ましい。
【0035】
Sbは、粒界に偏析して高温強度を上げる作用をなす元素である。含有効果を得るため、0.002%以上とする。但し、0.5%を超えると、Sb偏析が生じて、溶接時に割れが生じるので、上限を0.5%とする。高温特性と製造コスト及び靭性を考慮すると、Sb含有量の下限は0.03%、上限は0.3%にすることが望ましい。更に望ましくはSb含有量の下限は0.05%、上限は0.2%にすることが望ましい。
【0036】
REM(希土類元素)は、耐酸化性の向上に有効であり、必要に応じて0.001%以上含有する。また、0.2%を超えて含有してもその効果は飽和し、REMの硫化物による耐食性低下を生じるため、0.001~0.2%で含有する。製造コストを考慮すると、下限を0.002%とし、上限を0.10%とすることが望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従う。スカンジウム (Sc)、イットリウム (Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu) までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で含有しても良いし、混合物であっても良い。
【0037】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.3%以下で含有しても良いが、0.3%超の含有により粗大硫化物が生成しr値が劣化する。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とする。更に、製造性やコストの観点から0.002%以上が更に好ましい。
【0038】
Ta、Hfは高温強度向上のために各0.001~1.0%含有しても良い。0.001%以上で効果があり、0.01%以上でさらに高強度が得られる。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが望ましい。
【0039】
[冷延焼鈍酸洗板のΔL*(L*の最大値―最小値)がΔL*≦0.50]
本発明では製品板において観察される表面色ムラについて色差指標L*で評価した。表1に17%Cr-13%Ni-3%Si-1.4%Mo成分のオーステナイト系ステンレス薄鋼板(後記[表2]の鋼No.A1)の中間冷延ロール粗度Ra、中間焼鈍前油付着量、製品板ΔL*、溶接溶け落ち有無について示す。油付着量は100mm(長さ)×200mm(幅)×0.6mm(厚さ)サイズのサンプルを用いた。冷間圧延サンプルをビーカー内でノルマルヘキサン中に浸漬させて10min超音波洗浄にかけた後、回収したノルマルヘキサンを乾燥機にて完全に揮発させた乾燥後のビーカー重量と初期のビーカー重量の差を表面油付着量とした。製品板ΔL*は500mm(長さ)×1000mm(幅)×0.20mm(厚さ)のサンプル表裏面を色差計を用いて最低50点以上測定したときのL*の最大値と最小値の差とした。溶接溶け落ち性の評価はビードオンプレートTIG溶接試験にて行った。溶接試験条件は、電流100A、溶接速度5000cm/min、シールドガスAr、アーク長1mmとした。溶接試験後にビード部を目視で観察して溶け落ちのあったものを「×」、溶け落ちの無かったものを「〇」とした。また、高温塩害試験には40mm(長さ)×20mm(幅)×0.6mm(厚さ)サイズのサンプルの端面を#600湿式研磨して用いた。試験条件は加熱:700℃×110min→冷却:室温×20min→全浸漬:5%NaCl溶液×20min→乾燥:50℃×25minを60サイクル繰り返した。試験後のサンプル表面に付着した腐食生成物を除去後、腐食減量(=試験前のサンプル重量―試験後のサンプル重量)を求め、腐食減量が50mg/cm以下のものを「〇」、50mg/cmより大きいものと「×」とした。中間冷延焼鈍酸洗後に研磨工程がある場合、中間冷延ロール粗度および中間焼鈍前油付着量に関係なくΔL*が小さく、溶接溶け落ちの無い良好な溶接ビードが得られるが、研磨ムラに起因して耐高温塩害性が悪化する。中間冷延焼鈍酸洗後に研磨工程がない場合、中間冷延ロール粗度がRa=1.00μmでは油付着量が多く、ΔL*が大きいため溶接溶け落ちが発生するが、中間冷延ロール粗度をRa=0.03μmにすると、油付着量が少なくなり、ΔL*が小さく溶接溶け落ちが発生しない良好な溶接ビードが得られ、耐高温塩害性と溶接性を両立できる。
【0040】
【表1】
【0041】
[製造方法]
次に製造方法について説明する。本発明の鋼板の製造方法は、基本的に製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて含有される成分を含有する鋼を、電気炉溶製あるいは転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造など)に従ってスラブとする。スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。熱間圧延後の鋼板は、一般的には熱延板焼鈍と酸洗処理が施されるが、熱延板焼鈍を省略しても構わない。
【0042】
熱間圧延焼鈍板は必要に応じて表面研削を施した後に所定の板厚に冷間圧延され、焼鈍・酸洗が施される。本発明は、複数回の冷間圧延-焼鈍・酸洗を施す場合、上述のように中間の冷間圧延ロール粗度と焼鈍前の油付着量が製品板の表面色ムラおよび溶接溶け落ちに影響を及ぼすこと知見したため、中間の冷間圧延ワークロール粗度を特定し、必要に応じ、中間冷延された後焼鈍前の鋼板表面の油付着量をも特定した。具体的には冷間圧延ワークロール粗度RaがRa≦0.50μm、冷延板焼鈍前の油付着量を400cm 2 あたり150mg以下とする。冷間圧延鋼板の表面には圧延ワークロール目が転写される。そのため粗いワークロールを使用すると鋼板の表面粗度が粗くなり付着した圧延油が浸み込みやすく除去しにくくなる。粗度の小さなワークロールを使用すると平滑な鋼板表面を得ることが出来、表面に付着した油の除去も簡単となる。そのため冷間圧延ワークロール粗度Ra≦0.10μm、冷延板焼鈍前の油付着量を400cm 2 あたり110mg以下とすることもできる。冷間圧延中は圧延油を流した状態となるが冷間圧延終了後は焼鈍前に余分な油を除去する必要がある。油を除去する方法は油切りワイパー、水、温水やアルカリ性の洗浄剤を使用するなど適宜選択すればよい。
【0043】
なお、製造工程における他の条件は適宜選択すれば良い。例えば、スラブ厚さ、熱間圧延板厚などは適宜設計すれば良い。冷間圧延においては、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択すれば良い。冷間圧延の途中に入る中間焼鈍は、バッチ式焼鈍でも連続式焼鈍でも良い。また焼鈍工程の温度、時間、冷却速度等は十分再結晶した冷延焼鈍鋼板が得られる条件を選択すればよい。酸洗工程は、硝酸、硝酸電解酸洗の他、硫酸や塩酸を用いた処理を行っても良い。冷延板の焼鈍・酸洗後にテンションレベラー等により形状および材質調整を行っても良い。加えて、プレス成形を向上させる目的で、潤滑皮膜を製品板に付与することも可能である。
【実施例
【0044】
表2に示す成分組成の鋼を溶製した後、熱延、熱延板焼鈍・酸洗、中間冷延、中間焼鈍・酸洗、最終冷延、最終焼鈍・酸洗を施して0.2mm厚の製品鋼板を得た。ここで、中間および最終冷延板焼鈍前に温水を用いて鋼板表面の洗浄を行った。中間および最終冷延板の焼鈍条件は、再結晶組織が得られる様に、加熱温度1050~1100℃とした。中間冷延板焼鈍前の表面油付着量の測定、製品板の色差ΔL*の測定、溶接溶け落ち性、耐高温塩害性の評価は上述した方法で行った。
【0045】
【表2】
【0046】
表3に本発明例および比較例の中間冷延ロール粗度、中間焼鈍前油付着量、製品板の色差ΔL*、溶接溶け落ちの有無および耐高温塩害性の結果を示す。比較例はA1をロール粗度をRa=1.00μmおよび0.80μmと粗くして製造した。従来例は、鋼成分のSi量が規定範囲外であり、ロール粗度が粗くかつ中間研磨無しで、ΔL*は規定範囲内で溶接溶け落ちは無いが、要求特性のひとつである耐高温塩害性を満足できない。本発明例は、冷延板焼鈍前の表面油付着量が150mg以下であり、製品板のΔL*がΔL*≦0.50μmで表面色ムラが抑制され溶接溶け落ちが無く、耐高温塩害性と溶接性を両立したオーステナイト系ステンレス鋼板が得られた。
【0047】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、自動車のエキゾーストマニホールド、ターボ、エキゾーストパイプ、コンバーター、フレキシブルチューブ、排熱回収機、DPF(Diezel Particulate Filter)、GPF(Gasoline Particulate Filter)、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)、ガスケット、耐熱ばね、マフラー部品等に使用される表面色ムラの少ないオーステナイト系ステンレス薄鋼板を得ることが出来る。特に板厚が0.2mm~0.3mm程度で溶接溶け落ちが抑制されるため溶接構造を有する部品に適用することが可能であり、排気部品に好適であるなど、産業上で有益である。