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特許7542371二相ステンレス鋼の溶接継手および二相ステンレス鋼の溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-22
(45)【発行日】2024-08-30
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼の溶接継手および二相ステンレス鋼の溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20240823BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240823BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240823BHJP
   B23K 9/167 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
B23K9/23 B
C22C38/00 302H
C22C38/58
B23K9/167 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020151779
(22)【出願日】2020-09-10
(65)【公開番号】P2022045983
(43)【公開日】2022-03-23
【審査請求日】2023-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 優馬
(72)【発明者】
【氏名】福元 成雄
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-286676(JP,A)
【文献】特開昭61-165277(JP,A)
【文献】特開2019-042800(JP,A)
【文献】特開2016-191094(JP,A)
【文献】特開2017-179427(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0328724(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/23
C22C 38/00
C22C 38/58
B23K 9/167
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Mn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなる二相ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、
前記溶接金属のN含有量[N]と前記母材のN含有量[N]との関係が、[N]/[N]≧1.50を満足し、
前記溶接金属のフェライト相の体積分率が40体積%以下であることを特徴とする二相ステンレス鋼の溶接継手。
【請求項2】
前記溶接金属は、質量%で、Mn:0.5%以上、Cr:17.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、かつ、前記溶接金属のMn含有量及びCr含有量がそれぞれ、前記母材のMn含有量及びCr含有量よりも少ないことを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
【請求項3】
前記溶接金属のMn含有量及びCr含有量をそれぞれ[Mn]、[Cr]とし、前記母材のMn含有量及びCr含有量をそれぞれ[Mn]、[Cr]とした場合に、下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(1)
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(2)
【請求項4】
前記溶接継手が、なめ付け溶接継手であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
【請求項5】
質量%で、Mn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなる二相ステンレス鋼を母材とし、溶接材料を使用しないTIG溶接法により前記母材を溶接する方法であって、
を95体積%以上含有するシールドガスを使用しつつ、溶接を行うことを特徴とする二相ステンレス鋼の溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼の溶接継手及び二相ステンレス鋼の溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SUS329J3Lなどに代表される二相ステンレス鋼は、Cr、Ni、Mo、Nを主要元素として含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなり、優れた強度、耐食性、靭性を有する。また、二相ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼と比較して少ないNi、Mo含有量で優れた耐食性を実現できるため、合金元素を節約することができ、経済性にも優れている。以上の理由から、二相ステンレス鋼は、河川インフラ設備、化学プラント、食品製造プラント、貯水タンク、海水淡水化装置をはじめとした様々な分野に適用されている。
【0003】
二相ステンレス鋼を溶接構造物として使用する場合、溶接継手においても母材と同等レベルの強度が要求される。特許文献1には、二相ステンレス鋼を溶接する際に使用される溶接材料であって、高強度の溶接金属を得るために、強度指数SEW=14Cr+5Mn+10Mo+60Cu+50(C+N)+20Wを485以上にした溶接材料が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-39953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、例えば、板厚が3mm以下の鋼板等の薄肉部材を母材とする場合、溶接材料を使用せずに溶接する場合がある。特許文献1に示すような溶接材料を使用した場合の溶接金属には余盛りが形成されるため、溶接金属が母材よりも肉厚となり、溶接部の強度不足の問題は生じにくい。しかし、溶接材料を使用せずに溶接したことによって得られる溶接金属は、母材とほぼ同等の板厚になり、かつ、二相ステンレス鋼においては溶接金属の強度が母材より低くなるため、溶接部の強度低下の課題があった。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、溶接材料を使用しない場合であっても、溶接部の強度に優れた二相ステンレス鋼の溶接継手を提供することを課題とする。また、本発明は、溶接部の強度に優れた二相ステンレス鋼の溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記の課題を解決するために、溶接材料を使用しない場合の二相ステンレス鋼のTIG溶接金属における強度低下の現象について詳細に調査した。その結果、下記に示す(a)~(c)の事項を明らかにした。
【0008】
(a)溶接金属における引張強度の低下は、溶接時のN放出量が増加するにつれて大きくなる。
(b)溶接時のN放出量が増加するにつれて、溶接金属のフェライト量が増加する。
(c)母材と溶接金属のフェライト量が同じ場合、溶接金属の引張強度の方が低くなる。
【0009】
上記(a)~(c)から、本発明者らは次のように結論した。すなわち、Nは侵入型元素であって、オーステナイト相の変形抵抗を固溶強化によって高める作用を有するが、溶接時のNの放出により、溶接金属におけるN含有量が低下すると、オーステナイト相の変形抵抗が低下して引張強度が低下する。また、溶接金属においてオーステナイト形成元素であるN含有量が低下すると、変形抵抗の小さいフェライト相が増加し、これにより、溶接金属全体の引張強度が低下する。更に、溶接金属は母材に比べてミクロ組織が粗大であるため、仮に、溶接金属と母材のフェライト相が同量であったとしても、溶接金属の引張強度の方が小さくなる。以上のことから、溶接金属の引張強度の低下を抑制するためには、溶接金属において変形抵抗の小さいフェライト相を少なくとも母材(約50体積%)以下に制御し、更に、オーステナイト相の固溶強化を図る必要がある。
【0010】
そこで、本発明者らは溶接金属のフェライト相を低減させる方法を検討した。本発明では、溶接材料を使用せずに溶接することで形成された溶接継手を対象とするため、溶接金属のフェライト量を低下させるために、オーステナイト形成元素であるMn、Ni、Cuなどを溶接材料から供給することは困難である。一方、オーステナイト形成元素であるNは、溶接時に使用するシールドガスから溶接金属に供給することが可能であるが、一般的に市販されている、2~5体積%のNと残部Arからなる混合ガスは、Nの混合率が低いため、十分な量の窒素を溶接金属に供給できずに、十分な引張強度が得られなかった。
【0011】
そこで、TIG溶接では一般的には使用されていない窒素ガスをシールドガスとして活用することで、溶接金属のN含有量を高めると共に、オーステナイト相を増加させることでフェライト相を相対的に低減させることが重要であると知見した。本発明はこれらの知見をもとになされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0012】
[1] 質量%で、Mn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなる二相ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、
前記溶接金属のN含有量[N]と前記母材のN含有量[N]との関係が、[N]/[N]≧1.50を満足し、
前記溶接金属のフェライト相の体積分率が40体積%以下であることを特徴とする二相ステンレス鋼の溶接継手。
[2] 前記溶接金属は、質量%で、Mn:0.5%以上、Cr:17.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、かつ、前記溶接金属のMn含有量及びCr含有量がそれぞれ、前記母材のMn含有量及びCr含有量よりも少ないことを特徴とする[1]に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
[3] 前記溶接金属のMn含有量及びCr含有量をそれぞれ[Mn]、[Cr]とし、前記母材のMn含有量及びCr含有量をそれぞれ[Mn]、[Cr]とした場合に、下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とする[1]または[2]に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(1)
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(2)
[4] 前記溶接継手が、なめ付け溶接継手であることを特徴とする[1]乃至[3]の何れか一項に記載の二相ステンレス鋼の溶接継手。
[5] 質量%で、Mn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなる二相ステンレス鋼を母材とし、溶接材料を使用しないTIG溶接法により前記母材を溶接する方法であって、
を95体積%以上含有するシールドガスを使用しつつ、溶接を行うことを特徴とする二相ステンレス鋼の溶接方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接材料を使用しない場合であっても、溶接部の強度に優れた二相ステンレス鋼の溶接継手及び二相ステンレス鋼の溶接方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明における「%」とは、特に明記しない限り「質量%」を意味する。また、溶接金属のフェライト量及びシールドガス組成については「体積%」と明記する。
【0015】
本実施形態の二相ステンレス鋼の溶接継手は、質量%で、Mn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有し、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなる二相ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、溶接金属のN含有量[N]と母材のN含有量[N]との関係が、[N]/[N]≧1.50を満足し、溶接金属のフェライト相の体積分率が40体積%以下の溶接継手である。
【0016】
また、本実施形態の溶接継手の種類に特に制限はなく、突合せ溶接により形成される突合せ継手、すみ肉溶接により形成される重ね継手、T継手、十字継手、角継手などに適用できる。また、突合せ継手は、鋼板同士を突合せ溶接した溶接継手や、鋼管の端部同士を突合せ溶接した溶接継手などを例示できる。
【0017】
また、二相ステンレス鋼の母材の形状は、板材、管材、棒材、線材など、特に限定されるものではない。
【0018】
本実施形態の母材である二相ステンレス鋼は、金属組織がフェライト相とオーステナイト相の二相組織からなるものである。二相ステンレス鋼の化学組成はMn:1.0%以上、Cr:18.0%以上、Ni:1.0%以上を含有するものである。上記のミクロ組織および化学組成を満足すれば、それ以外の合金元素は特に限定されるものではない。
【0019】
以下、母材である二相ステンレス鋼の化学組成の限定理由について説明する。
【0020】
Mn:1.0%以上
Mnは、オーステナイト形成元素であり、オーステナイト相の析出を促進してフェライト相の割合を低下させる効果がある。加えて、溶融金属におけるNの溶解度を高めて、溶接金属のN含有量の増加を促進する効果もある。これらの効果は、Mn含有量が1.0%未満では十分に得られないため、Mn含有量は1.0%以上とする。より好ましくは1.5%以上である。一方、Mnを過剰に含有させると耐食性が低下するため、Mn含有量は10.0%以下とすることが好ましい。
【0021】
Cr:18.0%以上
Crは、ステンレス鋼において不働態皮膜となるCrを形成して耐食性を向上させるための基本元素であるが、本発明においては溶融金属におけるNの溶解度を高めて、溶接金属のN含有量の増加を促進する効果が期待できる。この効果はCr含有量が18.0%未満では十分に得られないため、Cr含有量は18.0%以上とする。より好ましくは20.0%以上である。Cr含有量の上限は特に規定されるものではないが、合金コストの観点から30.0%以下とすることが望ましい。
【0022】
Ni:1.0%以上
Niは、オーステナイト形成元素であり、オーステナイト相の析出を促進してフェライト相の割合を低下させる効果がある。この効果はNi含有量が1.0%未満では十分に得られないため、Ni含有量は1.0%以上とする。より好ましくは2.0%以上である。Ni含有量の上限は特に規定されるものではないが、合金コストの観点から10.0%以下とすることが望ましい。
【0023】
本実施形態の母材の化学成分は、上記の通り、Mn、Cr、Ni以外の合金元素については特に限定しないが、本実施形態を適用できる二相ステンレス鋼としては、例えばC:0.001~0.050%、Si:0.10~1.50%、Mn:1.0~10.0%、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Cr:18.0~30.0%、Ni:1.0~10.0%、Mo:0.10~5.0%、Cu:0.10~2.00%、N:0.100~0.300%、残部がFe及び不純物といったものが挙げられる。この化学組成はあくまでも例示であり、本実施形態はこれによって限定されるものではない。この化学組成を挙げた理由は次の通りである。
【0024】
C:0.001~0.050%
C含有量が高いと、Cr炭化物が析出してCr欠乏層を形成し、鋭敏化により耐食性が低下することが懸念される。このため、C含有量は0.050%以下にすることが好ましい。好ましくは0.030%以下であり、さらに好ましくは0.020%以下である。一方、C含有量を極端に低減することはコストアップにつながる。このため、C含有量は0.001%以上とする。C含有量は0.010%以上であってもよく、0.015%以上であってもよい。
【0025】
Si:0.10~1.50%
Siは、脱酸元素であり、その効果を得るためには0.10%以上含有させる必要がある。このため、Si含有量は0.10%以上が好ましい。一方、Si含有量が高くなるとCr炭窒化物の析出が促進され、耐食性が低下する。このため、Si含有量は1.50%以下とする。Si含有量は、0.20~1.00%でもよく、0.30~0.70%でもよく、0.40~0.60%でもよい。
【0026】
P:0.040%以下
Pは不純物元素であり、ステンレス鋼の耐食性を低下させるため可能な限り低減することが好ましい。ただし、極端に低減させることはコストアップにつながるため、P含有量は0.040%以下とする。P含有量は0.030%以下でもよい。
【0027】
S:0.0100%以下
Sは不純物元素であり、Pと同様にステンレス鋼の耐食性を低下させるため可能な限り低減することが好ましい。ただし、極端に低減させることはコストアップにつながるため、S含有量は0.0100%以下とする。好ましくは0.0050%以下であり、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0028】
Mo:0.10~5.0%
Moは、ステンレス鋼の耐食性を高める元素であり、そのためには0.10%以上含有させる必要がある。このため、Mo含有量は0.10%以上が好ましい。一方、Mo含有量が高くなると、σ相という金属間化合物が生成して、靭性が低下してしまう。このため、Mo含有量は5.0%以下が好ましい。Mo含有量は、3.0%以下でもよく、1.0%以下でもよく、0.40%以下でもよい。
【0029】
Cu:0.10~2.00%
Cuは、オーステナイト形成元素であり、溶接金属及び溶接熱影響部(HAZ)におけるオーステナイト相の析出を促進する効果がある。この効果は、Cu含有量が0.10%未満では十分に得られないため、Cu含有量は0.10%以上が好ましい。一方、Cu含有量が過剰になると母材の熱間加工性が低下するため、Cuの上限は2.00%以下が好ましい。Cuは1.50%以下でもよく、1.00%以下でもよく、0.50%以下でもよい。
【0030】
N:0.100~0.300%
Nは、オーステナイト形成元素であり、MnやNiに比べて拡散速度が大きいため、溶接における短時間の冷却過程においてもオーステナイト相の析出を著しく促進する。N含有量が0.100%未満ではこの効果は十分に得られないため、0.100%以上が好ましい。より好ましくは0.130%以上であり、更に好ましくは0.150%以上である。一方、Nを過度に含有させると製造性が著しく低下してコストが増大してしまうため、N含有量の上限は0.300%以下が好ましい。より好ましくは0.250%以下である。
【0031】
また、熱間加工性や耐食性、加工性などを改善するために、必要に応じて、Feの一部に代えて、Al:0.10%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、REM:0.10%以下、B:0.0050%以下、V:2.0%以下、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Ta:0.5%以下、W:4.0%以下、Sn:1.0%以下、Co:1.0%以下などを含有させることができる。なお、REM(Rare earth metal;希土類元素)は、スカンジウム(Sc)とランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。REMとして、上記元素のうちの1種を単独で含有しても良いし、2種以上を含有しても良い。REMとして上記元素のうち2種以上を含有する場合、REM含有量は、それらの元素の合計含有量である。
【0032】
化学組成の残部は、鉄及び不純物である。なお、ここで言う不純物とは、本発明に係る二相ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0033】
次に、溶接金属について説明する。
【0034】
本実施形態の溶接金属は、母材に対して溶接材料を用いずに溶接する、いわゆるなめ付け溶接によって形成される。そのため、溶接金属の化学組成は、母材の化学組成とほぼ同じと考えてよい。ただし、Mn及びCrについては、溶接金属における含有量が、母材におけるMn及びCrの含有量に比べて少なくなる場合がある。溶接金属のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とし、母材のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とした場合、下記式(1)及び(2)を満足することが好ましい。
【0035】
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(1)
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(2)
【0036】
また、Mn及びCrの含有量の減少を考慮すると、溶接金属の化学組成は、Mn:0.5%以上、Cr:17.0%以上、Ni:1.0%以上を含有するものとしてもよい。また、溶接金属の化学組成は、C:0.001~0.050%、Si:0.10~1.50%、Mn:0.5~10.0%、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Cr:17.0~30.0%、Ni:1.0~10.0%、Mo:0.10~5.0%、Cu:0.10~2.00%、N:0.100~0.300%、残部がFe及び不純物からなるものとしてもよい。
【0037】
次に、溶接金属のN含有量およびフェライト量の限定理由について説明する。
【0038】
二相ステンレス鋼における溶接金属の強度は、変形抵抗の低いフェライト相の存在割合を少なくすることにより向上できる。二相ステンレス鋼の母材では、優れた特性を引き出すために、熱処理によってフェライト相とオーステナイト相の比率が概ね1:1になるように制御されている。しかしながら、溶接金属では溶融状態からの短時間での冷却によって、フェライト相の存在割合が母材におけるフェライト相の存在割合よりも高くなってしまう。しかしながら、本発明では、溶接材料を使用せずに溶接した場合の溶接継手を対象としているため、溶接金属のフェライト相の存在割合を低下させるために、オーステナイト形成元素であるMn、Ni、Cuなどを外部から供給することは困難である。
【0039】
一方、オーステナイト形成元素であるNは、シールドガスから溶接金属に供給することが可能である。このNを活用して、粗大なミクロ組織を有する溶接金属の強度を十分に高める方法を検討した結果、溶接金属のフェライト相の存在割合を、母材における存在割合(約50体積%)よりもさらに少ない40体積%以下に限定する必要がある。なお、溶接金属の金属組織の残部はオーステナイト相である。すなわち、溶接金属はフェライト相とオーステナイト相からなる二相組織である。なお、溶接金属におけるフェライト相の存在割合の下限は特に限定する必要はないが、0体積%超でもよく、15体積%以上でもよく、20体積%以上でもよい。
【0040】
また、溶接金属におけるフェライト相の存在割合が40体積%以下であっても、溶接金属のN含有量が母材のN含有量の1.50倍未満では十分な強度が得られない。これは、Nの固溶強化によるオーステナイト相の変形抵抗の上昇が十分に得られないためと考えられる。よって、溶接金属のN含有量は母材の1.50倍以上に限定する。すなわち、溶接金属のN含有量[N]と母材の窒素含有量[N]との関係が、[N]/[N]≧1.50を満足する必要がある。[N]/[N]は1.60以上でもよく、[N]/[N]の上限は特に限定する必要はないが、5.0以下でもよく、4.0以下でもよく、3.0以下でもよい。
【0041】
母材および溶接金属のそれぞれのN含有量は、JIS G 1228:1997の附属書4(規定)不活性ガス融解-熱伝導度法(1)に準拠して測定する。また、溶接金属におけるフェライト相の存在割合は、鏡面研磨された溶接金属断面を水酸化ナトリウム水溶液で電解エッチングした後、光学顕微鏡観察によってフェライト相を特定し、画像解析を行うことによってフェライト相の面積率を測定する。1つの条件について400倍で10視野のフェライト相の面積率を算出して、その平均値を最終的なフェライト相の体積分率とする。なお、本実施形態に係る溶接金属においては、フェライト相の体積分率は、面積分率に等しいと考えてよい。
【0042】
次に、本実施形態の二相ステンレス鋼の溶接方法について説明する。
【0043】
本実施形態の二相ステンレス鋼の溶接方法は、溶接材料を使用しないTIG溶接法に限定する。入熱量は、板厚によって変化するため特に限定されるものではないが、例えば300~30000J/cmの範囲において使用できる。なお、入熱量(J/cm)は60×電流値(A)×電圧値(V)÷溶接速度(cm/min)により計算される。
【0044】
また、本実施形態の溶接方法は特に限定されるものではなく、例えば、突合せ溶接またはすみ肉溶接を対象としてもよい。また、突き合せ溶接の場合、鋼板同士を突合せ溶接や、鋼管の端部同士の突合せ溶接を例示できる。また、開先形状はI開先を基本とする。
【0045】
また、母材の形状は、板材、管材、棒材、線材など、特に限定されるものではない。ただし、本実施形態に係る溶接継手は、溶接材料を使用せずに溶接するものであるので、板材の板厚、管材の肉厚、棒材及び線材の径はそれぞれ小さいことが好ましい。例えば板材の場合は板厚が6mm以下の鋼板がよい。また、管材の場合は肉厚が3mm以下の鋼管がよい。棒材または線材の場合、直径が6mm以下のものがよい。
【0046】
本実施形態の溶接方法では、トーチから噴射するシールドガス(以下、トーチシールドガスという場合がある)として、Nを95体積%以上含有するシールドガスを使用する必要がある。
【0047】
シールドガスを95体積%以上のNガスにすると、溶融金属の平衡窒素溶解度に近い、母材より多量のNが導入される。一般的に市販されている2~5体積%のNと残部がArの混合ガスでは、N濃度が低いため溶接金属のN含有量を十分に高めることができない上、この混合ガスはArよりも高価であり経済性も損ねる。このため、本実施形態ではNを95体積%以上含有するシールドガスを用いることが、溶接金属中のN含有量を増加させて、オーステナイト相の変形抵抗を大きくし、かつフェライト相を40体積%以下にできる点で好ましい。
【0048】
なお、シールドガスの残部は、不純物でもよく、アルゴン等のその他のガス及び不純物であってもよい。より好ましいシールドガスは、純窒素ガス(純度99.995%以上(JIS K 1107:2005))がよい。
【0049】
トーチシールドガスとしてNを95体積%以上含有するシールドガスを使用しつつ、TIGなめ付け溶接を行うことにより、溶接金属のN含有量[N]と母材のN含有量[N]との関係が、[N]/[N]≧1.50を満足し、かつ、溶接金属のフェライト相の体積分率が40体積%以下である二相ステンレス鋼の溶接継手を製造することができる。この溶接継手は、なめ付け溶接によって形成されたにも関わらず、優れた引張強度を示すものとなる。
【0050】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
【実施例
【0051】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0052】
表1に示す3種類の化学成分を有する二相ステンレス鋼を実験室にて溶製し、熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延、固溶化熱処理を経て、板厚0.8mm、幅300mm、長さ200mmの溶接用鋼板(母材)を作製した。なお、母材の金属組織は、フェライト相とオーステナイト相が概ね1:1の体積割合で存在する二相組織であった。
【0053】
溶接用鋼板の幅中央にて、溶接材料を使用せずにTIG溶接法によりビードオンプレート溶接を行った。トーチシールドガスには100体積%のNガスを使用した。比較のため、100体積%のArガスと、2~5体積%のNと残部アルゴンとを含む混合ガスとを使用した場合についても実験した。トーチシールドガス流量は10L/minとした。溶接速度は100cm/minで固定して、裏ビード幅が3mm程度になるように入熱量を500~700J/cmの範囲で電流値を調節した。
【0054】
引張試験はJIS Z2241:2011に準拠して実施した。試験片形状はJIS13号Bとして、平行部の中央に溶接ビードが位置するように試験片を採取した。なお、引張方向と溶接方向が垂直となるように試験片を採取して、溶接ビード部は研削せずに評価した。試験温度は室温とした。溶接継手の引張強度TSが、母材の引張強度TSの95%以上、すなわちTS/TS≧0.95となる場合に、十分な強度があるとして合格と判定した。
【0055】
母材および溶接金属のそれぞれのN含有量は、JIS G 1228:1997の附属書4(規定)不活性ガス融解-熱伝導度法(1)に準拠して測定した。また、溶接金属におけるフェライト相の存在割合は、鏡面研磨された溶接金属断面を水酸化ナトリウム水溶液で電解エッチングした後、光学顕微鏡観察によってフェライト相を特定し、画像解析を行うことによってフェライト相の面積率を測定した。1つの条件について400倍で10視野のフェライト量を算出して、その平均値を最終的なフェライト相の体積分率とした。なお、溶接金属のフェライト相の体積分率は、面積分率に等しいと考えた。また、溶接金属における金属組織の残部はオーステナイト相であり、溶接金属はフェライト相とオーステナイト相からなる二相組織であった。
【0056】
表2に、使用した鋼、溶接条件、トーチシールドガスの種類と各種評価結果を示す。
【0057】
なお、番号1~9の溶接金属はいずれも、N含有量を除くと母材の化学成分とほぼ同じであり、Mn:0.5質量%以上、Cr:17.0質量%以上、Ni:1.0質量%以上を含有していた。また、番号1~9の溶接金属のMn含有量及びCr含有量はそれぞれ、母材のMn含有量及びCr含有量よりも若干少なかった。溶接金属のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とし、母材のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とした場合、番号1~9はいずれも、下記式(1)及び(2)を満足していた。また、溶接金属のMn及びCr以外の元素については、母材における含有量とほぼ同じだった。
【0058】
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(1)
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(2)
【0059】
番号1~3の本発明例では、トーチシールドガスに100体積%Nガスを使用することで溶接金属のN含有量[N]が母材のN含有量[N]の1.50倍以上([N]/[N]≧1.50)で、かつ、溶接金属のフェライト量が40体積%以下をいずれも満足していた。溶接継手の引張強度TSは、母材の引張強度TSの95%以上、すなわちTS/TS≧0.95を満足しており、十分な継手強度を有していることが分かった。
【0060】
一方、番号4~6の比較例では、トーチシールドガスに100体積%Arガスを使用しているため、溶接金属のN含有量[N]が母材のN含有量[N]よりも低くなり、[N]/[N]≧1.50を満足していなかった。加えて、溶接金属のフェライト相の存在割合が非常に高く、40体積%以下を満足しなかった。そのため溶接継手の引張強度TSが母材の引張強度TSの95%以上、すなわちTS/TS≧0.95を満足せず、十分な継手強度を有していなかった。
【0061】
また、番号7~9の比較例では、トーチシールドガスに5体積%Nと残部アルゴンを含有する混合ガスを使用しており、番号7および9では溶接金属のN含有量[N]が母材のN含有量[N]の1.50倍以上を満足しているものの、溶接金属のフェライト相の存在割合が40体積%以下を満足していなかった。そのため、溶接継手の引張強度TSが母材の引張強度TSの95%以上、すなわちTS/TS≧0.95を満足せず、十分な継手強度を有していないことが分かった。
【0062】
以上から、本発明によって、溶接材料を使用しない場合に、溶接部の強度に優れた二相ステンレス鋼の溶接継手を提供できることが判明した。また、溶接部の強度に優れた二相ステンレス鋼の溶接方法を提供することができることが判明した。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】