(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-22
(45)【発行日】2024-08-30
(54)【発明の名称】金属粉末分散体
(51)【国際特許分類】
B22F 9/00 20060101AFI20240823BHJP
B22F 1/052 20220101ALI20240823BHJP
B22F 1/102 20220101ALI20240823BHJP
B22F 9/28 20060101ALN20240823BHJP
【FI】
B22F9/00 B
B22F1/052
B22F1/102
B22F9/28 Z
(21)【出願番号】P 2020163534
(22)【出願日】2020-09-29
【審査請求日】2023-06-19
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】小林 諒太
(72)【発明者】
【氏名】原園 隼人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 貢
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-070255(JP,A)
【文献】特開2012-092376(JP,A)
【文献】特開2016-109550(JP,A)
【文献】特開2007-177103(JP,A)
【文献】特開2012-158824(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属粉末と、
リン酸エステルまたはその塩、スルホン酸またはその塩、および硫酸エステルまたはその塩からなる群より選択されるいずれか1種または2種以上である分散剤を含む分散剤水溶液とを含み、
前記分散剤水溶液のpHは2以上8以下であ
り、
前記金属粉末の平均粒子径D
50
は、0.1μm以上0.4μm以下、かつ、スパンSは、0.5以上1.0以下である、金属粉末分散体。
【請求項2】
前記金属粉末の総重量に対して、前記分散剤水溶液を、0.1重量%以上2.0重量%以下で含む、請求項1に記載の金属粉末分散体。
【請求項3】
前記金属粉末は、銅粉末である、請求項1に記載の金属粉末分散体。
【請求項4】
溶媒をさらに含む、請求項1に記載の金属粉末分散体。
【請求項5】
前記溶媒は、水、アルコール、ケトン、エーテル、および炭酸エステルからなる群より選択されるいずれか1種または2種以上である、請求項
4に記載の金属粉末分散体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、金属粉末の分散体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細な金属粒子の集合体である金属粉末は、インク、塗料、電子部品の配線や電極の原料など、様々な分野で利用されている。金属粉末は、通常、溶媒中に分散した状態で使用される。溶媒中において金属粉末を均一に分散させるため、例えば特許文献1から4には、カルボキシル基を有する分散剤を使用することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-99876号公報
【文献】特開2005-42174号公報
【文献】特開2018-118244号公報
【文献】国際公開第2019/009136号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態の一つは、金属粉末の分散体を提供することを課題の一つとする。例えば、本発明の実施形態の一つは、分散性と塗膜性の高い金属粉末分散体を提供すること、およびその製造方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る実施形態の一つは、金属粉末の分散体である。この分散体は、金属粉末と分散剤水溶液を含む。分散剤水溶液は、リン酸エステルまたはその塩、スルホン酸またはその塩、および硫酸エステルまたはその塩からなる群より選択されるいずれか1種または2種以上である分散剤を含む。分散剤水溶液のpHは2以上8以下である。
【0006】
本発明に係る実施形態の一つは、金属粉末の分散体を製造する方法である。この方法は、金属粉末と溶媒を含むスラリーに対し、リン酸エステル塩、スルホン酸塩、および硫酸エステル塩からなる群より選択されるいずれか1種または2種以上である分散剤を含む分散剤水溶液を添加することを含む。分散剤水溶液のpHは2以上8以下である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の実施形態の一つに係る金属粉末分散体の製造方法を示すフロー。
【
図3】実施例1-4で得られた金属粉末分散体を用いて作製された塗膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像。
【
図5】比較例1で得られた金属粉末分散体を用いて作製された塗膜のSEM像。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態の一つに係る、金属粉末の分散体とその製造方法について説明する。以下、当該金属粉末の分散体を金属粉末分散体または分散体と呼ぶことがある。また、金属粉末の分散体の製造方法を分散体製造方法または単に製造方法と呼ぶことがある。
【0009】
1.フロー
金属粉末分散体の製造方法のフローを
図1に示す。
図1に示すように、この製造方法は、金属粉末を製造するステージと金属粉末を分散するステージに分けられる。金属粉末を製造するステージには、金属塩化物を生成するステップと金属塩化物を還元して金属粉末を生成するステップが含まれる。金属粉末を製造するステージにはさらに、金属粉末に含まれる塩素や酸素の含有量を低減するためのステップや、防錆処理、乾燥、分級、篩別などのステップが含まれてもよい。金属粉末を分散するステージには、金属粉末に対する分散処理が含まれる。
【0010】
この分散体製造方法が適用できる金属に限定はないが、ニッケルや銅、銀、パラジウム、金などが挙げられる。なかでも、高い導電性を有し、導電性の高い配線や電極を与えることができる銅が好ましい。後述するように、本製造方法で用いる分散剤は効果的に銅粉末を分散することができるため、銅を用いることで、均一性の高い高導電性金属薄膜を提供することができる。
【0011】
2.金属粉末の製造
2-1.金属塩化物の生成
まず、金属塩化物をガスとして生成する。金属塩化物ガスを発生する方法としては、金属塩化物の加熱、および金属と塩素(Cl2)を反応させる塩化が挙げられる。前者の方法では、固体の金属塩化物を加熱炉において高温で加熱することで、金属塩化物が溶融・気化し、金属塩化物ガスを得ることができる。しかしながら、この方法では、金属塩化物ガスの生成量の制御が比較的難しく、引き続く還元における金属塩化物ガスの供給量が不安定となりやすい。その結果、得られる金属粉末の粒径や粒径分布の制御が困難となる。また、一度溶融した金属塩化物が加熱炉などの装置内に残留すると、冷却の際の収縮によって加熱炉が破壊されることがあるため、金属塩化物のほぼすべてを完全に気化する必要がある。
【0012】
このため、本発明の実施形態に係る分散体製造方法では、後者の方法、すなわち、金属塩化物ガスを金属(すなわち0価の金属)の塩化によって生成することが好ましい。この方法により、金属塩化物よりも安価に入手可能な金属を用いることができるだけでなく、装置の破壊を防ぐことができ、また、金属塩化物ガスの生成量を安定化することができる。具体的には、塩化炉内で金属をその融点以下(例えば金属が銅であれば800℃以上1000℃以下、ニッケルであれば1200℃以上1400℃以下)で塩素含有ガスと反応させることによって金属塩化物ガスを生成する。塩素含有ガスは実質的に塩素のみを含んでもよく、あるいは塩素と希釈用の不活性ガス(以下、希釈ガス)の混合ガスであってもよい。希釈ガスを用いることで、塩素の量を容易に、かつ精密に制御することが可能となる。
【0013】
2-2.金属塩化物ガスの還元
次に、生成した金属塩化物ガスを還元炉において還元性ガスで処理する。還元性ガスとしては、例えば水素やヒドラジン、アンモニア、メタンなどを用いることができる。還元性ガスは、金属塩化物ガスに対して化学量論量以上用いられ、例えば一価の金属の塩化物を水素で還元する場合、還元性ガスの導入量は金属塩化物ガスに対して50モル%以上10000モル%以下、500モル%以上10000モル%以下、あるいは1000モル%以上10000モル%以下とすればよい。この処理によって金属塩化物は金属に還元され、生成する金属元素は金属粒子へ成長して金属粉末を与える。
【0014】
金属として銅を用いる場合には、任意のステップとして、塩化銅ガスの還元前に塩化銅ガスに塩素を添加してもよい。これは、気体の塩化銅と固体の銅は平衡状態にあり、この平衡に起因して生成する塩化銅の一部が銅へ戻るからである。この平衡によって銅が析出・液化すると、還元炉やそれに接続される配管などの閉塞や詰まりが生じ、装置の破壊が誘発される。さらに、この平衡によって塩化銅ガスの濃度が低下すると、還元に供する塩化銅ガスの量が変動する。しかしながら塩化銅ガスに塩素を加えることで、この平衡を塩化銅側へシフトさせることができ、上述した不具合の発生を抑制することができる。この時に用いられる塩素含有ガスも実質的に塩素のみを含んでもよく、希釈ガスと塩素を含んでもよい。
【0015】
金属塩化物ガスの生成と引き続く塩化物ガスの還元によって金属粉末が生成するため、これらの金属塩化物ガスの生成ステップと還元ステップの条件により、金属粉末の粒径や粒径分布が主に左右される。平均粒子径D50とスパンSを用いて金属粉末の粒径と粒径分布をそれぞれ評価する場合、金属粉末の平均粒子径D50が0.1μm以上0.4μm以下、スパンSが0.5以上1.0以下、好ましくは0.5以上0.8以下、より好ましくは、0.6以上0.8以下となるよう、金属塩化物ガス生成ステップと還元ステップの条件を選択することが好ましい。例えば、金属に対する塩素ガスの供給量や供給速度、金属塩化物ガスの供給速度、塩素含有ガスに含まれる塩素の濃度、還元によって生成する金属粉末の冷却速度などを適宜制御すればよい。
【0016】
この範囲の平均粒子径D50を有する金属粉末を用いて調整される分散体を利用することで、厚さの小さい配線や電極を形成することができる。その結果、電子部品の小型化に寄与することができる。また、粒径が極端に小さい金属粉末を含む分散体は均一な分散状態を維持することが難しいが、平均粒子径D50を上記範囲に調整することで、金属粉末の凝集を防ぎ、長時間にわたって分散状態を維持することが可能となる。さらに、上述した範囲のスパンSを有する金属粉末を用いることで、金属粉末の凝集を防ぎ、長時間にわたって分散状態を維持することが可能となり、かつ、均一な厚さの金属膜を与える分散体を得ることができる。
【0017】
なお、平均粒子径D
50とは、金属粉末に含まれる金属粒子の体積基準の粒子径ヒストグラムにおける累積頻度が50%になるときの粒子径である。スパンSとは、金属粉末の粒径分布を表す指標であり、以下の式で表される。
【数1】
ここで、D
90とD
10はそれぞれ、金属粉末に含まれる金属粒子の体積基準の粒子径ヒストグラムにおける累積頻度が90%と10%になるときの粒子径である。
【0018】
金属粉末の結晶子径Dは、0.02μm以上0.24μm以下、好ましくは0.03μm以上0.20μm以下である。上述した範囲を有する金属粉末を用いることで、金属粉末が酸化しにくくなるため、金属粉末の凝集を防ぎ、長時間にわたって分散状態を維持することが可能となる。
【0019】
金属粉末の平均粒子径D50に対する前記結晶子径Dは、0.2以上0.6以下、好ましくは0.3以上0.5以下である。上述した範囲を有する金属粉末を用いることで、金属粉末が酸化しにくくなるため、金属粉末の凝集を防ぎ、長時間にわたって分散状態を維持することが可能となる。
【0020】
2-3.塩素含有量の低減
金属塩化物ガスを水素などの還元剤で還元する場合、金属粉末とともに塩化水素が生成する。また、塩素含有ガス中の未反応の塩素が還元性ガスと反応することでも塩化水素が発生する。得られる金属粉末が塩化水素と反応すると、表面に金属塩化物が形成されることがあり、これは金属粉末の純度低下の一因となる。
【0021】
このため、本分散体製造方法では、任意のステップとして塩素含有量を低下するための処理を行ってもよい。この処理は、例えば、還元によって得られる金属粉末を金属塩化物の沸点以上で加熱することで行ってもよい。あるいは、得られる金属粉末を水で洗浄してもよい。洗浄処理を行うことで、より低コストで塩素含有量を低減することができるとともに、高温での加熱による金属粉末の部分的な焼結を防止することができる。塩化銅のように、金属塩化物の水に対する溶解性が低い場合には、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物に例示される塩基の水溶液または水懸濁液で金属粉末を処理してもよい。
【0022】
2-4.酸素含有量の低減
金属粉末に含まれる金属粒子の表面では、空気中の酸素による自然酸化によって金属酸化物が生成しやすい。金属酸化物の生成は、分散体を利用して得られる配線や電極への金属酸化物の混入や平坦性低下の原因となり、その結果、電子部品における電気抵抗の増大や接触不良を誘発する。また、焼結時における収縮率が増大するため、配線や電極の剥離が生じやすくなる。特に金属が銅の場合には、酸化は金属粒子表面だけでなく内部まで進行しやすく、その結果、金属粒子の表面に凹凸が生じ、金属粉末の平均円形度の低下につながる。
【0023】
このため、本分散体製造方法では、任意のステップとして酸素含有量を低下するための処理を行ってもよい。この処理は、金属粉末をアスコルビン酸やヒドラジン、クエン酸などを含む溶液、または懸濁液(以下、この溶液と懸濁液を洗浄剤と呼ぶ)を用いて行うことができる。具体的には、上述した洗浄液で金属粉末を処理した後、水で洗浄、ろ過、乾燥する。洗浄液中の溶媒は水やエタノールやイソプロピルアルコールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、あるいはこれらの混合溶媒が挙げられる。この操作により金属粒子表面上の金属酸化物を取り除くことができるとともに、金属酸化物の生成に起因する表面の凹凸が緩和され、平均円形度や充填性の高い金属粉末を得ることができる。
【0024】
2-5.防錆処理
得られる一次粉末に対し、さらに防錆処理を行ってもよい。これは、例えば酸素含有量の低減処理を行って表面の金属酸化物を除去した場合でも、金属の種類や金属粉末の保存環境によっては再度金属粒子表面が酸化されることがあるためである。この処理は、金属粒子内部まで酸化しやすい傾向にある銅粉末に対して特に有効である。
【0025】
防錆処理は、ベンゾトリアゾールとその誘導体、トリアゾールとその誘導体、チアゾールとその誘導体、ベンゾチアゾールとその誘導体、イミダゾールとその誘導体、およびベンズイミダゾールとその誘導体などの含窒素ヘテロ芳香族化合物に例示される防錆材料を含む溶液、あるいは懸濁液で金属粉末を処理することによって行うことができる。防錆材料としては上記化合物に限られず、金属と反応して不動態、あるいは錯体を形成する化合物から選択すればよい。防錆材料を含む溶液または懸濁液の溶媒としては、水、エタノールやイソプロピルアルコールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、N,N-ジメチルアセトアミドやN,N-ジメチルホルムアミドなどのアミド類、トルエンやキシレンなどの芳香族化合物などが挙げられる。中でも安価で毒性の低い水が好適である。防錆処理を行うことで、大気下で長期間金属粉末を保存しても表面が酸化されることを抑制することができる。
【0026】
2-6.その他の工程
任意の工程として、得られる金属粉末を乾燥し、さらに分級や解砕、篩別などの工程を行ってもよい。分級は乾式分級でも湿式分級でも良く、乾式分級では、気流分級、重力場分級、慣性力場分級、遠心力場分級など、任意の方式を採用できる。湿式分級においても同様に、重力場分級や遠心力場分級などの方式を採用することができる。
【0027】
3.金属粉末の分散
上述した金属粉末の製造ステージによって金属粉末が製造され、引き続く金属粉末を分散するステージにおいて、金属粉末に対して以下に述べる分散処理が行われる。これにより、比較的長時間にわたって分散状態が維持可能な金属粉末分散体を製造することができる。
【0028】
3-1.スラリーの調製
まず、金属粉末と溶媒とを混合し、金属粉末スラリーを調製する。溶媒としては、水、エタノールやメタノール、イソプロパノールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン、テトラヒドロフランやジオキサンなどの水溶性エーテル、ジエチルカーボネートやエチレンカーボネート、プロピレンカーボネートなどの炭酸エステル、N,N-ジメチルホルムアミドやN,N-ジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒などが挙げられる。この中でも安価で毒性の低い水が好ましい。金属粉末スラリーの調製は、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行ってもよく、あるいは空気下で行ってもよい。不活性ガス雰囲気下で行うことで、金属粉末の酸化をより効果的に抑制することができる。任意のステップとして、スラリーの調製前に溶媒を脱気してもよい。脱気は、フリーズドライまたは不活性ガスのバブリングなどによって行えばよい。脱気を行って溶媒中の酸素濃度を低減することにより、金属粒子の酸化を抑制することができる。
【0029】
金属粉末スラリーの調製では、金属粉末に溶媒を添加してもよく、溶媒に金属粉末を添加してもよい。金属粉末スラリー中の金属粉末の量は、金属粉末スラリー全体に対して1重量%以上30重量%以下、あるいは5重量%以上20重量%以下とすればよい。金属粉末と溶媒との混合は、溶媒中で金属粉末が均一に混合するよう、超音波を照射しながら行ってもよい。
【0030】
3-2.分散剤の添加
引き続き、得られた金属粉末スラリーに対して分散剤を含む分散剤水溶液を加える。具体的には、金属粉末スラリーを攪拌しながら分散剤水溶液を一度に加える、または滴下する。この時、金属粉末スラリーに対して超音波を照射しながら分散剤水溶液を加えてもよい。分散剤水溶液の添加時の温度に制約はなく、0℃以上50℃以下の範囲から適宜選択すればよい。例えば、室温(例えば20℃)で分散剤水溶液を添加すればよい。分散剤水溶液の添加は、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行ってもよく、あるいは空気下で行ってもよい。不活性ガス雰囲気下で行うことで、金属粉末の酸化をより効果的に抑制することができる。
【0031】
好ましい分散剤は、リン酸エステルまたはその塩、スルホン酸またはその塩、および硫酸エステルまたはその塩からなる群より選択されるいずれか1種または2種以上である。これらの分散剤は、分子内にリン酸エステルまたはその塩の構造、スルホン酸またはその塩の構造、または硫酸エステルまたはその塩の構造を少なくとも一つ有する。したがって、多官能性のリン酸エステルまたはその塩、スルホン酸またはその塩、または硫酸エステルまたはその塩を用いてもよい。リン酸エステル塩構造、スルホン酸塩構造、および硫酸エステル塩構造のそれぞれのカウンターカチオン(A+)としては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属イオン、マグネシウムやカルシウムなどの第2族元素のイオン、アンモニウムイオン、および4級アンモニウムイオンなどが挙げられる。
【0032】
リン酸エステル塩の一例は以下の一般式(1)で表され、水中で電離してリン酸エステルイオンを与える。ここで、A
+はカウンターカチオンであり、Rは有機残基である。有機残基の構造に制約はなく、置換または無置換のアルキル基、置換または無置換のアリール基などが挙げられる。アルキル基は直鎖アルキル基でもよく、分岐アルキル基でも良い。置換アルキル基や置換アリール基の置換基にも制約はない。例えば、置換アルキル基の場合、片末端にアルキル基またはアリール基を有するポリオキシエチレン基やオリゴオキシエチレン基を有機残基として有するリン酸エステル塩を用いてもよい。
【化1】
【0033】
スルホン酸塩の一例は以下の一般式(2)で表され、水中で電離してスルホン酸イオンを与える。ここで、A
+はカウンターカチオンであり、Rは有機残基である。有機残基の構造に制約はなく、リン酸エステル塩における有機残基と同様の範囲から選択すればよい。
【化2】
【0034】
硫酸エステル塩の一例は、以下の一般式(3)で表され、水中で電離して硫酸エステルイオンを与える。ここで、A
+はカウンターカチオンであり、Rは有機残基である。有機残基の構造に制約はなく、リン酸エステル塩における有機残基と同様の範囲から選択すればよい。
【化3】
【0035】
分散剤水溶液は、溶媒として水を含むが、さらに水溶性の有機溶媒が含まれていてもよい。水溶性の有機溶媒としては、エタノールやメタノール、イソプロパノールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン、テトラヒドロフランやジオキサンなどの水溶性エーテル、ジエチルカーボネートやエチレンカーボネート、プロピレンカーボネートなどの炭酸エステル、N,N-ジメチルホルムアミドやN,N-ジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒などが挙げられる。有機溶媒が含まれる場合、水に対する有機溶媒の割合が30体積%以上90体積%以下、または40体積%以上85体積%以下となるよう、分散剤水溶液が調整される。スラリーの調製と同様、水や有機溶媒をあらかじめ脱気してもよい。脱気を行って水または有機溶媒中の酸素濃度を低減することにより、金属粒子の酸化を抑制することができる。
【0036】
分散剤水溶液はさらに、室温(例えば20℃)におけるpHが2以上8以下となるよう、分散剤を選択し、水と有機溶媒の量を調整する。実施例において実験的に示すように、上述した範囲のpHを有する分散剤水溶液を用いることで、分散体の高い分散性と良好な塗膜性を実現することができる。
【0037】
分散剤水溶液の濃度や量は、金属の種類や金属粉末の量、有機溶媒の種類や量などに応じて決定することができる。例えば金属粉末スラリー中の金属粉末総重量に対し、分散剤水溶液が0.1重量%以上2.0重量%以下、0.3重量%以上1.5重量%以下、または0.5重量%以上1.0重量%以下を含むよう、分散剤水溶液の分散剤の量を調整すればよい。金属粉末に対する分散剤水溶液の量を上述した範囲内に設定することにより、十分な分散効果が得られ、長時間にわたって分散体が分散状態を維持することができる。同時に、分散体から得られる膜中の不純物、例えば分散剤に起因する炭素やリン、硫黄元素の濃度を抑制することができるため、金属粉末の焼結開始温度に対して大きな影響を与えない。さらに、分散体の塗膜を焼成して得られる金属薄膜中の不純物濃度の増大を防止することができる。
【0038】
3-3.分散性の評価
金属粉末分散体の分散性とは、分散体における金属粉末の分散状態を表す指標であり、分散性が高いほど金属粉末は凝集しにくくなり、均一性の高い分散体を与える。その結果、分散性が長時間にわたって維持される。これに対し、分散性が低い場合には、金属粉末は分散しない、あるいは分散しても金属粉末の凝集が生じ、短時間で金属粉末の沈殿が生じる。
【0039】
金属粉末分散体の分散性の評価方法に制約はない。簡便な評価方法としては、沈降法が挙げられる。すなわち、金属粉末分散体の調整した後、攪拌を停止し、一定時間(例えば数時間から数十時間)の経過後、分散体を目視で観察する。金属粉末の沈殿の有無の確認、沈殿が生じるまでの時間、または沈殿が形成する層の厚さなどを用いることで、定性的な評価を行うことができる。
【0040】
定量的な評価方法としては、重量法が挙げられる。具体的には、金属粉末分散体の各試料を同一の形状と体積を有する容器内で調製する。この際、金属粉末分散体の体積が同一となるように各試料を調製する。攪拌の停止から一定時間(例えば数分から数十時間)の経過後、金属粉末分散体の液面から一定の個所(例えば3cm)で一定量(例えば1cm3)の試料を採取する。採取した試料から水を蒸発させることで得られる残渣の重量を測定する。あるいは、採取した試料をろ過し、濾物を乾燥させてその重量を測定する。これらの測定値からスラリー濃度が得られる。分散性が高いほど残渣の重量、すなわちスラリー濃度が高い。逆に、分散性が低く沈殿が大量に発生した場合には、残渣の重量(スラリー濃度)は低い。よって、残渣の重量を用いることで、定量的な評価を行うことができる。
【0041】
他の定量的な評価方法としては、濁度法が挙げられる。具体的には、金属粉末分散体の各試料を同一の形状と体積を有する容器内で調製する。この際、金属粉末分散体の体積が一定となるように各試料を調製する。攪拌の停止から一定時間(例えば数時間から数十時間)の経過後、液面から一定の個所の濁度を濁度計で測定する。得られる濁度が高いほど金属粉末の沈降が遅いことを意味しているため、この方法によっても分散性を定量的に評価することができる。
【0042】
3-4.塗膜性の評価
分散体を基板などに塗布し、溶媒を留去することにより、金属粉末の薄膜を形成することができる。分散体の塗膜性とは、金属粉末の薄膜の均一性を表す指標であり、分散体が高い塗膜性を有するほど、薄膜中に突起やピンホール、クラックなどの欠陥が少なく、薄膜の厚さが均一となる。
【0043】
塗膜性は、分散体を用いて作製される薄膜のSEM像を観察することによって評価することができる。具体的には、比較的低倍率(例えば200倍から2000倍)のSEM像を取得し、薄膜中の一定範囲(例えば縦幅450μm×横幅600μm)における突起(凸部)やクラック、ピンホールの有無やその数若しくは総面積などを指標とすることで、比較的簡便に塗膜性を評価することができる。
【0044】
あるいは、得られる薄膜を光干渉顕微鏡や原子間力顕微鏡、あるいは接触式表面粗さ計などを用いて評価し、その結果に基づいて塗膜性を定量的に評価してもよい。評価で用いるパラメータとしては、例えば算術平均粗さRaを用いればよい。この場合、例えばガラス基板やシリコン基板などの基板上に形成された塗膜上の任意の測定領域を複数選択し、各領域において任意の二点を設定する。この二点間の算術平均粗さRaを測定し、複数の測定領域で得られる算術平均粗さRaの平均を塗膜性の指標として採用すればよい。算術平均粗さRaが小さいほど塗膜性が高く、低いほど塗膜性が低い。
【0045】
上述したように、本発明の実施形態の一つに係る金属粉末分散体の製造方法では、分散剤水溶液は、リン酸エステルまたはその塩、スルホン酸またはその塩、および硫酸エステルまたはその塩からなる群より選択されるいずれか1種または2種以上の分散剤を含み、かつ、分散剤水溶液のpHは2以上8以下になるように調整される。これに対し、汎用されている分散剤は、主にカルボン酸または金属カルボン酸塩を分子内に含む。このような汎用性分散剤はニッケル粉末の分散には有効であり、比較的高い分散性と塗膜性を有する金属粉末分散体が得られることが知られている。しかしながら、実施例に示すように、カルボン酸または金属カルボン酸塩を含む分散剤は、一部の金属粉末、特に銅粉末の分散には必ずしも効果的ではなく、高い分散性と塗膜性を同時に実現することが難しい。これに対し、本発明の実施形態の一つに係る金属粉末分散体の製造方法は、銅粉末の分散に対しても有効である。このことは、本製造方法により、広範囲の金属粉末から高い分散性と塗膜性を有する分散体が得られることを示唆しており、金属粉末の工業的実用性の向上に大きく寄与するものである。
【0046】
また、上述した分散体は、分散性と塗膜性とに優れているため、積層セラミックコンデンサ(MLCC)用の内部電極に適した金属粉ペーストとして用いることができる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の実施形態の一つに係る金属粉末分散体の製造方法、およびこの製造方法で得られた分散体を評価した結果について述べる。以下の実施例では、金属として銅を選択した。
【0048】
1.銅粉末の調製
加熱炉が接続された塩化炉内に石英製の気化補助材を配置し、その上に金属銅のペレットを20kg配置した。塩化炉と加熱炉をそれぞれ900℃、1150℃に加熱し、それぞれに対して塩素と窒素を含む塩素含有ガスを導入して塩化を開始した。塩化炉と加熱炉に導入された塩素含有ガス中における塩素濃度は、それぞれ29体積%、2体積%であった。塩化炉と加熱炉に導入された塩素含有ガスの流量比は、前者が1に対して後者が0.17であった。
【0049】
加熱炉に接続された還元炉を1150℃に加熱し、塩化によって生成した塩化銅ガスを還元炉に導入した。さらに、塩化銅ガスに対して水素を4600モル%、窒素を24600モル%の割合で還元炉に導入した。還元炉で生成する銅粒子を窒素ガスを用いて冷却して銅粉末を得、比較例5を除いて以下の実施例と比較例で用いた。銅粉末の平均粒子径D50は0.25μm、D10は0.15μm、D90は0.3μm、結晶子径Dは0.1μm、D/D50は0.4、スパンSは0.6であった。
【0050】
2.実施例
2-1.実施例1
本実施例では、リン酸エステルを分散剤として含む分散剤水溶液を用いて銅粉末分散体を調製、評価した結果について述べる。
【0051】
(1)分散体の調製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに加えて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルリン酸エステルとポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルとの混合物である分散剤を98.5%と水を1.5%とを含むpHが2.4(20℃)の分散剤水溶液(第一工業製薬株式会社製、プライサーフ(登録商標)AL)を加え、超音波ホモジナイザー(SONICS社製、VCX-750、以下同じ)を用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して0.1重量%、0.5重量%、0.8重量%、1.0重量%、2.0重量%となるように調整し、実施例1-1から1-5の銅粉末分散体を調製した。
【0052】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで塗膜を形成した。
【0053】
(2)分散性の評価
得られた銅粉末分散体を5mLメスシリンダーに計り取り、攪拌終了後25℃において15分、1時間、2時間静置し、銅粉末の沈降状態と分散体の上澄みの濁りを目視で観察し、以下の基準にて分散性を評価した。評価結果を表1に示す。表1における分散性を表す記号の意味は以下の通りであり、以下の実施例と比較例でも同様である。
〇(分散性良好):複数の分散体の試料を25℃で2時間静置し、全ての試料において沈殿が無い、あるいは沈殿の量が少ない
△(分散性可):複数の分散体の試料を、25℃で1時間静置し、一部の試料において沈殿が無い、あるいは沈殿の量が少ない
×(分散性不良):複数の分散体の試料を、25℃で15分間静置し、全ての試料において多量の沈殿が発生する
【0054】
また、一部の実施例(実施例1-4)について、重量法を用いてさらに分散性を評価した。以下に、重量法を用いた分散性の評価方法を具体的に説明する。
【0055】
最初に、調整直後の300mLのビーカーに入った銅粉末分散体と、20分間静置した300mLのビーカーに入った銅粉末分散体とを準備した。次いで、各々の銅粉末分散体において、150mL、200mL、250mLの目盛り位置の中央点で、試料を1g抜き取った。最後に、抜き取った各々の試料のスラリー濃度を、水分計(ケツト科学研究所社製、赤外線水分計 FD-600)を用い、乾燥温度100℃、乾燥時間20分間の加熱条件で銅粉末分散体のスラリー濃度を測定した。なお、乾燥時間を20分間と設定した理由は、乾燥開始20分から25分におけるスラリー濃度の変化率が0.1%以下であったため、溶媒の除去が完了したと判断したからである。測定結果を表2に示す。
【0056】
(3)塗膜性の評価
得られた塗膜の200倍のSEM(像の横幅600μm×縦幅450μmの視野中に観察された外接円の直径が10μm以上50μm以下の突起の数を用いて、以下の基準にて塗膜性を評価した。評価結果を表1に示す。表1における塗膜性を表す記号の意味は以下の通りであり、以下の実施例と比較例でも同様である。
〇:突起の数が1以下である。
△:突起の数が1超18以下である。
×:突起の数が18超である。
【0057】
(4)結果と考察
実施例1の結果を表1に、実施例1-4の銅粉末分散体の写真を
図2に、実施例1-4の塗膜の写真を
図3に示す。
図2において、上段と中段と下段の写真は、それぞれ攪拌終了15分後、1時間後、2時間後の写真である。
【0058】
【0059】
【0060】
表1に示すように、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.1重量%(実施例1-1)の場合には、攪拌終了1時間後には銅粉末の沈殿が観察された。これに対し、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.5重量%以上2.0重量%以下の範囲の場合(実施例1-2から1-5)、高い分散性が得られた。例えば、攪拌終了2時間後では、実施例1-2から1-5のいずれの試料においても、
図1に示すように、銅粉末の沈殿は明確に観察されず、銅粉末がほぼ均一に分散していることが観察された。
【0061】
また、実施例1-4の重量法による分散性の評価(表2)では、銅粉体分散体の作製直後のスラリー濃度と20分静置後のスラリー濃度とを比較すると、20分静置後のスラリー濃度は、いずれの採取位置においても、作製直後のスラリー濃度からわずか0.9%しか減少していなかった。以上の結果から、分散体において銅粉末がほぼ均一に分散しており、この均一な分散状態が維持されていることを示唆している。
【0062】
良好な分散性が確認された実施例1-4の分散体を用いて作製した塗膜のSEM像を
図3に示す。
図3は塗膜の200倍のSEM像である。
図3に示されるように、実施例1-4の塗膜では、600μm×450μmの視野中、突起の数は0であり、、高い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。また、図示しないが、実施例1-2および1-3の塗膜においても、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり少なく、それぞれ1であり、高い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0063】
以上のことから、リン酸エステルを分散剤として用い、分散剤水溶液のpHを2から8の間に調整することで、分散性と塗膜性の高い銅粉末分散体が得られることが分かった。
【0064】
2-2.実施例2
本実施例では、スルホン酸ナトリウムを分散剤として含む分散剤水溶液を用いて銅粉末分散体を調製した結果について述べる。
【0065】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに、直鎖ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムである分散剤を20%と水を80%とを含むpHが8(20℃)の分散剤水溶液(第一工業製薬株式会社製、ネオゲン(登録商標)S-20F)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して0.1重量%、0.5重量%、1.0重量%となるように調整し、実施例2-1から2-3の分散体を得た。
【0066】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0067】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。実施例2の結果を表3に示す。
【0068】
【0069】
表3に示すように、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.1重量%(実施例2-1)の場合には、攪拌終了1時間後には銅粉末の沈殿が観察された。これに対し、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.5重量%以上1.0重量%以下の範囲の場合(実施例2-2と2-3)、高い分散性が得られた。例えば、攪拌終了2時間後では、実施例2-2と2-3のいずれの試料においても、実施例1-4と同様(
図1参照)、銅粉末の沈殿は明確に観察されず、銅粉末がほぼ均一に分散していることが観察された。以上の結果は、実施例2-2と2-3の分散体では、銅粉末がほぼ均一に分散していることを示唆している。実施例2-2および2-3の塗膜においては、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり少なく、それぞれ1であり、高い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0070】
以上のことから、スルホン酸ナトリウムを分散剤として用い、分散剤水溶液のpHを8に調整することで、分散性と塗膜性の高い銅粉末分散体が得られることが分かった。
【0071】
2-3.実施例3
本実施例では、硫酸エステルアンモニウムを分散剤として含む分散剤水溶液を用いて銅粉末分散体を調製した結果について述べる。
【0072】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテル硫酸アンモニウム塩とポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルとの混合物である分散剤を95%、メタノールを4%、水と2-アミノエタノールとアンモニアをそれぞれ1%とを含むpHが7.5(20℃)の分散剤水溶液(第一工業製薬株式会社製、ハイテノール(登録商標)NF-08)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して0.1重量%、0.5重量%、1.0重量%となるように調整し、実施例3-1から3-3の分散体を得た。
【0073】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0074】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。実施例3の結果を表4に示す。
【0075】
【0076】
表4に示すように、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.1重量%(実施例3-1)の場合には、攪拌終了1時間後には銅粉末の沈殿が観察された。これに対し、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.5重量%以上1.0重量%以下の範囲の場合(実施例3-2と3-3)、高い分散性が得られた。例えば、攪拌終了2時間後では、実施例3-2と3-3のいずれの試料においても、実施例1-4と同様(
図1参照)、銅粉末の沈殿は明確に観察されず、銅粉末がほぼ均一に分散していることが観察された(表3)。以上の結果は、実施例3-2と3-3の分散体では、銅粉末がほぼ均一に分散していることを示唆している。実施例3-2および3-3の塗膜においては、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり少なく、それぞれ1であり、高い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0077】
以上のことから、硫酸エステルアンモニウムを分散剤として用い、分散剤水溶液のpHを2から8の間に調整することで、分散性と塗膜性の高い銅粉末分散体が得られることが分かった。
【0078】
2-4.実施例4
本実施例では、実施例2で使用したスルホン酸ナトリウムとは異なるスルホン酸ナトリウムを分散剤として含む分散剤水溶液を用いて銅粉末分散体を調製した結果について述べる。
【0079】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウムである分散剤を71%、イソプロピルアルコールを12%、水を17%含むpHが5(20℃)の分散剤水溶液(三洋化成工業株式会社製、カラボン(登録商標)DA-72)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して0.1重量%、0.5重量%、1.0重量%となるように調整し、実施例4-1から4-3の分散体を得た。
【0080】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0081】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。実施例4の結果を表5に示す。
【0082】
【0083】
表5に示すように、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.1重量%(実施例4-1)の場合には、攪拌終了1時間後には銅粉末の沈殿が観察された。これに対し、分散剤水溶液の添加量が銅粉末に対して0.5重量%以上1.0重量%以下の範囲の場合(実施例4-2と4-3)、高い分散性が得られた。例えば、攪拌終了2時間後では、実施例4-2と4-3のいずれの試料においても、実施例1-4と同様(
図1参照)、銅粉末の沈殿は明確に観察されず、銅粉末がほぼ均一に分散していることが観察された(表4)。以上の結果は、実施例4-2と4-3の分散体では、銅粉末がほぼ均一に分散していることを示唆している。実施例4-2および4-3の塗膜においては、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり少なく、それぞれ1であり、高い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0084】
以上のことから、実施例2と同様、スルホン酸ナトリウムを分散剤として用い、分散剤水溶液のpHを2から8の間に調整することで、分散性と塗膜性の高い銅粉末分散体が得られることが分かった。
【0085】
2-5.比較例1
本比較例では、分散剤として硫酸エステルナトリウムを用いるものの、pHが10.8(20℃)である分散剤水溶液を使用した結果について述べる。
【0086】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、2-エチルヘキシル硫酸エステルナトリウム塩である分散剤を40%、水を60%含むpHが10.8(20℃)の分散剤水溶液(三洋化成工業株式会社製、サンデット(登録商標)ONA-72)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して、0.5重量%となるように調整し、比較例1の分散体を得た。
【0087】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0088】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。比較例1の結果を表6に示す。実施例1と同様に、重量法を用いてさらに分散性を評価した。測定結果を表7に示す。また、比較例1の銅粉末分散体の写真を
図4、比較例1の塗膜の写真を
図5に示す。
【0089】
【0090】
【0091】
表6および表7に示すように、比較例1では高い分散性を得ることができず、
図4に示すように、攪拌終了15分後の分散体であっても大量の銅粉末が沈殿していることが確認された。また、上澄みの透明度も高かった。
図5は比較例1の200倍のSEM像であり、
図5に示されるように、比較例1の塗膜では、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり多く、19であり、低い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0092】
以上の結果は、硫酸エステルナトリウムを分散剤として用いる場合でも、分散剤水溶液のpHが8を超える場合には高い分散性と塗膜性が得られないことを示唆している。
【0093】
2-6.比較例2
本比較例では、カルボン酸ナトリウムを含む分散剤を使用して分散体を調製した例について述べる。
【0094】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ポリアクリル酸ナトリウムである分散剤を44%、水を56%含むpHが8(20℃)の分散剤水溶液(第一工業製薬株式会社製、シャロール(登録商標)AN-103P)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して、0.5重量%となるように調整し、比較例2の分散体を得た。
【0095】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0096】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。比較例2の結果を表8
に示す。
【0097】
【0098】
表8に示すように、比較例2では高い分散性を得ることができず、攪拌終了15分後の分散体であっても大量の銅粉末が沈殿していることが確認された。また、上澄みの透明度も高かった。また、比較例2の塗膜では、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり多く、18超であり、低い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0099】
以上の結果は、カルボン酸塩を含む分散剤として用いる場合、高い分散性と塗膜性を有する分散体を得ることが困難であることを示唆している。
【0100】
2-7.比較例3
本比較例は、ポリカルボン酸型アニオンを含む分散剤を使用して分散体を調製した例について述べる。
【0101】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30gと溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ポリアクリル酸型アニオン界面活性剤である分散剤を43%、水を57%含むpHが7.6(20℃)の分散剤水溶液(三洋化成工業株式会社製、キャリボン(登録商標)L-400)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して、0.5重量%となるように調整し、比較例3の分散体を得た。
【0102】
得られた銅粉末分散体を120℃で2時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0103】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。比較例3の結果を表9
に示す。
【0104】
【0105】
表9に示すように、比較例3では高い分散性を得ることができず、攪拌終了15分後の分散体であっても大量の銅粉末が沈殿していることが確認された。また、上澄みの透明度も高かった。また、比較例3の塗膜では、600μm×450μmの視野中、突起の数はかなり多く、18超であり、低い密度で銅粒子が塗膜中に含まれていることが確認された。
【0106】
以上の結果は、カルボン酸を含む分散剤として用いる場合、高い分散性と塗膜性を有する分散体を得ることが困難であることを示唆している。
【0107】
2-8.実施例5
本実施例では、D90が0.4μm、スパンが1.0である銅粉末を用いた以外は、実施例1と同様の分散剤を使用して分散体を調製した例について述べる。
【0108】
(1)分散体の調製と塗膜の作製
銅粉末30g(平均粒子径D50:0.25μm、D10:0.15μm、D90:0.4μm、結晶子径D:0.1μm、D/D50:0.4、スパンS:1.0)と溶媒である水とを300mLビーカーに入れて混合し、銅粉末スラリーを作製した。作製した銅粉末スラリーに対し、ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルリン酸エステルとポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルとの混合物である分散剤を98.5%、水を1.5%含むpHが2.4(20℃)の分散剤水溶液(第一工業製薬株式会社製、プライサーフ AL)を加え、超音波ホモジナイザーを用いて超音波を照射しながら約10分間攪拌を行い、スラリー濃度が10%である銅粉末分散体を得た。加えた分散剤水溶液の量は、銅粉末に対して、0.1重量%、0.5重量%、0.8重量%、1.0重量%、2.0重量%となるように調整し、実施例5-1から5-5の銅粉末分散体を調製した。
【0109】
得られた銅粉末分散体を120℃で6時間、窒素雰囲気下で乾燥し、乾燥させた銅粉末分散体1gとターピネオールC1gとを室温25℃で混合し、得られた混合物をスライドガラス(26mm×76mm)上に滴下した。ギャップを15μmに調整したフィルムアプリケーターを用いてスライドガラス上に混合物を広げ、80℃で2時間、大気下で乾燥させることで、塗膜を形成した。
【0110】
(2)結果と考察
分散性と塗膜性の評価は、実施例1と同様の手法で行った。実施例5の結果を表10に示す。
【0111】
【0112】
表10に示すように、いずれの実施例でも、塗膜性ややや低下するものの、比較的良い分散性を示すことが分かった。特に、分散剤添加量を0.5重量%から1.0重量%の範囲で調整することで、高い分散性を有する分散体が得られた。
【0113】
以上述べたように、本発明の実施形態を適用することにより、分散性と塗膜性の高い金属粉末分散体を製造できることが分かった。上述した実施例と比較例から、ニッケル粉末の分散体の形成に有効とされているカルボン酸塩を含む分散剤は必ずしも銅粉末の分散体の形成において分散剤として効果的に機能しないことが分かる。これに対し、一定のpHに調整され、リン酸エステル若しくはその塩、硫酸エステル若しくはその塩、またはスルホン酸エステル若しくはその塩を分散剤として含む分散剤水溶液の使用が銅粉末分散体の形成に有効であることが確認された。このことはすなわち、本発明の実施形態によって、ニッケル粉体の分散時には見出されなかった新たな課題を解決するための手段が提供されることを示している。
【0114】
本発明の実施形態として上述した実施形態は、相互に矛盾しない限りにおいて、適宜組み合わせて実施することができる。また、各実施形態を基にして、当業者が適宜構成要素の追加、削除もしくは設計変更を行ったもの、または工程の追加、省略もしくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【0115】
上述した各実施形態の態様によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと解される。