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特許7542389フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板、曲げ加工品、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法及び曲げ加工用のダイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-22
(45)【発行日】2024-08-30
(54)【発明の名称】フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板、曲げ加工品、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法及び曲げ加工用のダイス
(51)【国際特許分類】
   B21D 5/01 20060101AFI20240823BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240823BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
B21D5/01 B
C22C38/00 302H
C22C38/60
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020169498
(22)【出願日】2020-10-07
(65)【公開番号】P2022061536
(43)【公開日】2022-04-19
【審査請求日】2023-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】守本 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】原田 和加大
【審査官】永井 友子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-160491(JP,A)
【文献】特開2008-169423(JP,A)
【文献】国際公開第2016/051437(WO,A1)
【文献】特開2011-073026(JP,A)
【文献】特開2019-143171(JP,A)
【文献】特開2018-159119(JP,A)
【文献】特表2014-531511(JP,A)
【文献】特開平01-142020(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 5/01
C22C 38/00
C22C 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、
前記フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物であり、
鋼板表面にV状の溝が設けられ、
板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立し、
前記溝に沿って曲げ部を形成するために用いられる、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項2】
質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物であり、
0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項3】
Niの含有量が、質量%で、
Ni:1.0~10.0%である、請求項または請求項に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項4】
更に、以下の第1群、第2群および第3群のうちの1群以上から選択される1種以上の元素を含有する、請求項乃至請求項の何れか一項に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
第1群:質量%で、N:0.05~0.8%。
第2群:質量%で、Al:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、及びGa:0.001~0.50%から選択される1種以上。
第3群:質量%で、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0002~0.0050%、Mg:0.0002~0.0050%、及びREM:0.001~0.10%から選択される1種以上。
【請求項5】
0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなる鋼板素材に、曲げ部が設けられ、
前記曲げ部の谷折れ線側における曲げ角度が87~93°の範囲とされ、
前記曲げ部の谷折れ線側に、溝部または切れ込み部が設けられており、
前記フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物である、曲げ加工品。
【請求項6】
更に、以下の第1群、第2群および第3群のうちの1群以上から選択される1種以上の元素を含有する、請求項5に記載の曲げ加工品。
第1群:質量%で、N:0.05~0.8%。
第2群:質量%で、Al:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、及びGa:0.001~0.50%から選択される1種以上。
第3群:質量%で、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0002~0.0050%、Mg:0.0002~0.0050%、及びREM:0.001~0.10%から選択される1種以上。
【請求項7】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を鋼板素材とし、前記鋼板素材に対してポンチ及ダイスを用いた型曲げ加工を行うことにより、前記鋼板素材に曲げ部を形成する曲げ加工方法であって、
前記鋼板素材として、0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、鋼板表面に、V状の溝が設けられ、板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立するものを鋼板素材として用い、
前記ダイスには、ダイス表面に、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、前記傾斜面の幅L(mm)がそれぞれ、前記鋼板素材の板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定され、また、前記傾斜面と前記ダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、前記鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされており、
前記V状の溝を前記ポンチ側に向けた状態で前記鋼板素材を前記ダイスの前記凹部上に載置し、前記ポンチを前記凹部に押し込んで前記溝に沿って前記曲げ部を形成する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法。
【請求項8】
0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、鋼板表面に、V状の溝が設けられ、板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立するものを鋼板素材とし、前記鋼板素材に対して型曲げ加工を行うことにより、前記鋼板素材に曲げ部を形成する曲げ加工用のダイスであって、
ダイス表面には、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、前記傾斜面の幅L(mm)がそれぞれ、前記鋼板素材の板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定され、また、前記傾斜面と前記ダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、前記鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされている、曲げ加工用のダイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板、曲げ加工品、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法及び曲げ加工用のダイスに関する。
【背景技術】
【0002】
外装建材、内装建材には、SUS304、SUS316などに代表されるオーステナイト系ステンレス鋼板や、SUS430に代表されるフェライト系ステンレス鋼板が多く用いられている。最近では、外装建材、内装建材の素材として、オーステナイト系ステンレス鋼板よりも安価であり、かつ、フェライト系ステンレス鋼板よりも耐食性に優れた二相ステンレス鋼板の利用が拡大している。
【0003】
しかしながら、二相ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼に比べて耐力が高いため、曲げ加工を行った際に、曲げ加工後の寸法精度が低くなる場合がある。寸法精度を高めるために、加工条件を厳しくすると、曲げ部において割れが発生するおそれがある。また、加工条件を厳しくすることで、もらい疵やかじり疵が発生し、意匠性を損ねてしまう場合もある。特に、美観性が重視される建材に適用する場合に問題になる。
【0004】
特許文献1には、曲げ加工によって意匠性に優れたシャープな稜線を形成できる溝付き鋼板素材を提供することを課題とする、曲げ加工性に優れる溝付きオーステナイト系ステンレス鋼板が記載されている。しかし、上述の通り、二相ステンレス鋼板は曲げ加工後の寸法精度が低いため、曲げ加工によってシャープな稜線を形成することは難しい。
【0005】
特許文献2には、曲げ加工性に優れたリーン二相ステンレス鋼が記載されている。しかし、特許文献2に記載された二相ステンレス鋼は、同文献の表2に記載されているように、耐力YSが500MPa未満であるため、強度が比較的低く、外装建材、内装建材の用途としては強度不足のおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-169423号公報
【文献】特表2019-522726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、寸法精度が高い曲げ加工品を安定的に得ることが可能であり、また、曲げ部における割れの発生を防止でき、更に、もらい錆の発生やかじり疵の発生を抑制可能であり、強度にも優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を提供することを課題とする。
また、本発明は、寸法精度が高く、曲げ部における割れの発生がなく、更に、もらい錆の発生やかじり疵の発生が抑制され、強度にも優れた曲げ加工品を提供することを課題とする。
更に、本発明は、寸法精度が高い曲げ加工品を安定的に得ることが可能であり、また、曲げ部における割れの発生を防止でき、もらい錆の発生やかじり疵の発生を抑制可能とする、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法及び曲げ加工用のダイスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1] 0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、
前記フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物であり、
鋼板表面にV状の溝が設けられ、
板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立し、
前記溝に沿って曲げ部を形成するために用いられる、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板
] 質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物であり、
0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
Niの含有量が、質量%で、
Ni:1.0~10.0%である、[]または[]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
] 更に、以下の第1群、第2群および第3群のうちの1群以上から選択される1種以上の元素を含有する、[]乃至[]の何れか一項に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
第1群:質量%で、N:0.05~0.8%。
第2群:質量%で、Al:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、及びGa:0.001~0.50%から選択される1種以上。
第3群:質量%で、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0002~0.0050%、Mg:0.0002~0.0050%、及びREM:0.001~0.10%から選択される1種以上。
【0009】
] 0.2%耐力が500MPa以上、5~15の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなる鋼板素材に、曲げ部が設けられ、
前記曲げ部の谷折れ線側における曲げ角度が87~93°の範囲とされ、
前記曲げ部の谷折れ線側に、溝部または切れ込み部が設けられており、
前記フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:0.01~5.0%、
Mn:0.01~8.0%、
P:0.100%以下、
S:0.050%以下、
Ni:0.5~30.0%、
Cr:20.00~30.00%、
Mo:0.01~8.0%、
Cu:0.01~5.0%を含有し、
残部がFeおよび不純物である、曲げ加工品。
[6] 更に、以下の第1群、第2群および第3群のうちの1群以上から選択される1種以上の元素を含有する、請求項5に記載の曲げ加工品。
第1群:質量%で、N:0.05~0.8%。
第2群:質量%で、Al:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、及びGa:0.001~0.50%から選択される1種以上。
第3群:質量%で、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0002~0.0050%、Mg:0.0002~0.0050%、及びREM:0.001~0.10%から選択される1種以上。
【0010】
[7] フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を鋼板素材とし、前記鋼板素材に対してポンチ及ダイスを用いた型曲げ加工を行うことにより、前記鋼板素材に曲げ部を形成する曲げ加工方法であって、
前記鋼板素材として、0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、鋼板表面に、V状の溝が設けられ、板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立するものを鋼板素材として用い、
前記ダイスには、ダイス表面に、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、前記傾斜面の幅L(mm)がそれぞれ、前記鋼板素材の板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定され、また、前記傾斜面と前記ダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、前記鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされており、
前記V状の溝を前記ポンチ側に向けた状態で前記鋼板素材を前記ダイスの前記凹部上に載置し、前記ポンチを前記凹部に押し込んで前記溝に沿って前記曲げ部を形成する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法。
【0011】
[8] 0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなり、鋼板表面に、V状の溝が設けられ、板厚をt(mm)とし、前記鋼板表面における前記溝の幅をw(mm)とし、前記溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立するものを鋼板素材とし、前記鋼板素材に対して型曲げ加工を行うことにより、前記鋼板素材に曲げ部を形成する曲げ加工用のダイスであって、
ダイス表面には、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、前記傾斜面の幅L(mm)がそれぞれ、前記鋼板素材の板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定され、また、前記傾斜面と前記ダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、前記鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされている、曲げ加工用のダイス。
【発明の効果】
【0012】
本発明のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板(以下、鋼板という)によれば、耐力、加工硬化指数及びランクフォード値が所定の範囲であり、かつ、所定の形状の溝が設けられているため、曲げ加工品の素材として用いられた際に、曲げ部の外側に、シャープな稜線を有し、かつ、強度に優れた曲げ加工品を安定的に得ることができる。
すなわち、鋼板の加工硬化指数が0.25未満と小さいため、スプリングバックが小さくなり、また、平均ランクフォード値が1以下であるため、曲げ加工後の反りの発生が抑制される。更に、所定の形状の溝を有するため、曲げ加工後の曲げ内側におけるしわ発生が抑制される。これにより、曲げ加工後の曲げ部における曲げ角度のばらつきが±3°以内となり、曲げ加工後の寸法精度に優れたものとなり、更に、曲げ部の稜線をシャープな形状にすることができ、また、曲げ部における割れの発生を防止できる。
更に、本発明に係る鋼板が曲げ加工品の素材として用いられることで、耐力が500MPa以上と高いにもかかわらず、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、鋼板に加わる荷重を小さくしてもシャープな稜線を有する曲げ加工品を製造できるので、ダイスに鋼板が接触した際に、ダイスを構成する鋼材からの鉄分の付着が少なくなり、いわゆるもらい錆の発生が抑制され、また、かじり疵の発生も抑制されるようになる。
【0013】
また、本発明に係る鋼板は、所定の化学成分を有するので、耐食性に優れる。このような鋼板を曲げ加工品の素材とすることで、耐食性及び意匠性に優れた曲げ加工品を得ることができる。得られた曲げ加工品は、外観及び耐候性が重視される建材用の部品として好適に用いることができる。
【0014】
次に、本発明に係る曲げ加工品によれば、曲げ部における曲げ角度のばらつきが±3°以内となり、成形後の寸法精度に優れたものとなる。
また、曲げ加工品は、素材となる鋼板の加工硬化指数が0.25未満であるため、スプリングバックが小さくなり、曲げ部の稜線をシャープな形状にすることができ、また、曲げ部における割れの発生を防止できる。
更に、素材の耐力が500MPa以上と高いにもかかわらず、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、鋼板に加わる荷重を小さくしてもシャープな稜線を有する曲げ加工品を製造できるので、ダイスに鋼板が接触した際に、ダイスを構成する鋼材からの鉄分の付着が少なくなり、いわゆるもらい錆の発生が抑制され、また、かじり疵の発生も抑制されるので、外観及び耐候性が重視される建材用の部品として好適に用いることができる。
【0015】
次に、本発明に係る成形方法によれば、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、傾斜面の幅Lと板厚tとの関係がL≧10tとなっており、傾斜面の幅が板厚の10倍以上になるので、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、鋼板からダイスに加わる荷重が分散され、ダイスを構成する鋼材からの鉄分の付着が少なくなり、いわゆるもらい錆の発生が抑制され、また、かじり疵の発生も抑制されるので、外観が重視される建材用の部品を容易に製造できる。
また、傾斜面とダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされているので、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、この角部に、鋼板が接触したとしても、かじり疵の発生が抑制され、外観が重視される建材用の部品を容易に製造できる。
【0016】
次に、本発明に係る曲げ加工用のダイスによれば、2つの傾斜面からなるV状の凹部が設けられており、傾斜面の幅Lと板厚tとの関係がL≧10tとなっており、傾斜面の幅が板厚の10倍以上になるので、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、鋼板からダイスに加わる荷重が分散され、ダイスを構成する鋼材からの鉄分の付着が少なくなり、いわゆるもらい錆の発生が抑制され、また、かじり疵の発生も抑制されるので、外観が重視される建材用の部品を容易に製造できる。
また、傾斜面とダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)が、鋼板素材の板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされているので、ポンチ及びダイスによる曲げ加工時に、この角部に、鋼板が接触したとしても、かじり疵の発生が抑制され、外観が重視される建材用の部品を容易に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態であるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を示す斜視図。
図2】本発明の実施形態である曲げ加工品を示す断面模式図。
図3】本発明の実施形態である曲げ加工用のダイス及びフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法を説明する断面模式図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態であるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板(以下、鋼板という場合がある)、曲げ加工品、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の曲げ加工方法及び曲げ加工用のダイスについて説明する。
【0019】
(鋼板)
本実施形態に係る鋼板は、0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足し、鋼板表面にV状の溝が設けられ、板厚をt(mm)とし、鋼板表面における溝の幅をw(mm)とし、溝の最深部の深さをD(mm)とした場合に、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立し、溝に沿って曲げ部を形成するために用いられる鋼板である。
この鋼板は、化学成分が質量%で、C:0.10%以下、Si:0.01~5.0%、Mn:0.01~8.0%、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Ni:0.5~30.0%、Cr:15.00~30.00%、Mo:0.01~8.0%、Cu:0.01~5.0%を含有し、残部がFeおよび不純物である鋼板であってもよい。
【0020】
また、本実施形態に係る鋼板は、質量%で、C:0.10%以下、Si:0.01~5.0%、Mn:0.01~8.0%、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Ni:0.5~30.0%、Cr:15.00~30.00%、Mo:0.01~8.0%、Cu:0.01~5.0%を含有し、残部がFeおよび不純物であり、0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、JIS Z 2254に規定されるランクフォード値が1以下、を満足する鋼板であってもよい。
以下、本実施形態の鋼板の限定理由を述べる。
【0021】
<0.2%耐力>
本実施形態に係る鋼板の0.2%耐力は500MPa以上とする。これにより、本実施形態の鋼板を外装建材や内装建材の素材として用いた場合に、十分な強度を確保できる。0.2%耐力が500MPa未満では、強度が不足してしまう。
【0022】
<5~15%の伸び範囲における加工硬化指数>
加工硬化指数(n値)は、材料の加工硬化の程度を示す特性値であり、この値が大きくなるほど、導入した歪み量に対する加工硬化が増大し、曲げ加工時に変形させるために必要な荷重が大きくなる。これにより、曲げ加工の際に発生する曲げモーメントが大きくなり、残留応力によって生じるスプリングバックの駆動力が大きくなる。本実施形態では、曲げ加工後のスプリングバックを小さくする必要があり、そのためには素材である鋼板の加工硬化指数は小さい方がよい。そこで、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数を0.25未満とする。伸び範囲を5~15%に限定したのは、本実施形態に係る曲げ加工を行う場合の曲げ部における材料の伸び範囲が概ね5~15%の範囲になるためであり、この伸び範囲における加工硬化指数を0.25未満にすることで、曲げ加工後のスプリングバックを著しく少なくすることができる。これにより、曲げ加工の際に用いる金型(ダイス)の形状通りのシャープな形状に成形することが可能になる。
【0023】
<ランクフォード値>
ランクフォード値(以下、r値という場合がある)は、変形時の幅方向と板厚方向の変形量の比であり、この値が大きいほど加工時の幅縮みが大きく板厚減少が小さくなる。鋼板を曲げる際に、r値が大きいと曲げの外側と内側でひずみ量に差が生じ、曲げの外側では、ひずみ量に対応して曲げの内側よりも幅縮みが大きくなり、これにより、曲げ加工後の形状において反りが発生し、加工不良となる。このため、鋼板のr値は小さい方がよく、具体的にはr値を1以下とする。r値を1以下とすることで、加工不良の発生を抑制可能になり、狙い通りの曲げ加工が可能になる。
【0024】
ランクフォード値は、JIS Z 2254:2013(薄板金属材料の塑性ひずみ比試験方法)に準拠して測定する。
【0025】
図1に示すように、本実施形態に係る鋼板1の表面には、断面視V状の溝2が設けられていてもよい。この溝2を谷折れ線として鋼板1に曲げ加工が施される。溝2は、直線状に設けられることが好ましい。図1に示すように、鋼板1の板厚をt(mm)とし、鋼板表面における溝2の幅をw(mm)とし、溝2の最深部の深さをD(mm)とした場合に、溝2の形状は、0.5t≦D≦0.6t及び0.8t≦w≦1.0tの関係が成立する形状とする。
【0026】
<0.5t≦D≦0.6t>
溝2の最深部の深さDが0.5t未満(溝が浅い)場合は、曲げ加工の早い段階でV字状の溝2の一対の内壁面2aが密着し、曲げ内側への材料の流れ込みがなくなり、材料が外側へと流れることになり、結果として曲げ外側の角部の曲げ半径rが大きくなり、所望のシャープな稜線を形成できない。また、本実施形態に係る鋼板1は、二相ステンレス鋼であって伸びとn値が小さいため、良好な曲げ加工を可能とするための溝形状が限定される。すなわち、シャープな稜線を得るためには、曲げ加工時の割れを抑制する必要があるが、本実施形態に係る鋼板1において、溝2の深さDが0.5t未満では曲げ加工時に割れが発生するおそれがある。また、溝2が深いほど曲げ外側の角部の曲げ半径を小さくできるが、溝2の最深部の深さDが0.6tを超えるような深い溝を形成する際に、溝付け加工による加工硬化が大きくなり延性が低下するため、曲げ加工に供したときの割れ感受性が増大してしまう。また、溝2の最深部の深さDが0.6tを超えると、溝2における鋼板の肉厚が小さくなり、曲げ加工後の曲げ成形品の強度が低下してしまう。以上のことから、溝の最深部の深さDを、鋼板の板厚tとの関係で、0.5t以上0.6t以下の範囲とする。
【0027】
<0.8t≦w≦1.0t>
鋼板表面における溝2の幅wが板厚tを超えると、曲げ加工後の溝の隙間角が10°を超えて大きくなり、強度不足などの不都合を生じる。一方、溝2の幅wが0.8t未満になると、曲げ加工の早い段階で溝をなす一対の壁面2aが密着し、前述のように材料が外側へと流れ、シャープな稜線を形成できない。このため、鋼板表面における溝2の幅wを、鋼板1の板厚tとの関係で、0.8t以上1.0t以下とする。
【0028】
次に、本実施形態の鋼板の化学成分について説明する。なお、鋼の成分を示す%については、特に断らない限り質量%を意味する。
【0029】
Cは、鋼板の耐食性を確保するため、C量を0.10%以下に制限する。0.10%を超えてCを含有させると、Cr炭化物が生成して、耐食性が劣化する。一方で、Cは、二相組織を構成するオーステナイトを形成する元素である。このため、C量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。C量の上限は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0030】
Siは、脱酸のため0.01%以上の量で含有させる。Si量の下限は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.30%以上である。しかしながら、5.0%を超えてSiを含有させると、σ相の析出が促進される。そのため、Si量の上限を5.0%以下に限定する。Si量の上限は、好ましくは2.0%以下であり、より好ましくは0.60%以下である。
【0031】
Mnは、脱酸材および二相組織にするためのオーステナイト安定化元素として、0.01%以上含有させる。Mn量の下限は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは1.5%以上である。しかしながら、8.0%を超えてMnを含有させると耐食性が劣化する。そのため、Mn量の上限を8.0%以下に限定する。Mn量の上限は、好ましくは5.0%以下であり、より好ましくは4.0%以下である。
【0032】
Pは、熱間加工性および靭性を劣化させるため、P量を0.100%以下に制限する。P量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.035%以下である。一方、過度にP量を低減させると精錬コストが高くなるため、好ましくは0.005%以上が望ましい。
【0033】
Sは、熱間加工性、靭性および耐食性を劣化させるため、S量を0.050%以下に制限する。S量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.001%以下である。一方、過度にS量を低減させると原料コストと精錬コストが高くなるため、好ましくは0.0003%以上が望ましい。
【0034】
Niは、鋼板の皮膜に含有されることで、皮膜のFe濃度が高い場合に孔食発生を抑制する効果と、腐食が生じた際の腐食進展を抑制する効果を有する。Ni量が0.5%未満では、十分な耐食性を得ることが出来ない。Ni量が30.0%を超えると、皮膜のCr濃度が低下しすぎるため十分な耐食性を得ることが出来ない。よって、Ni量を0.5~30.0%の範囲にする必要がある。Ni量の下限は、好ましくは1.0%以上、2.0%以上、または4.0%以上である。Ni量の上限は、好ましくは15.0%以下、10.0%以下、または7.0%以下である。
【0035】
Cr量が15.00%未満の場合、十分な耐食性を得ることが出来ない。Cr量が30.00%を超えると、皮膜中のCr濃度が高くなりステンレス鋼の自然電位が高い環境で十分な耐食性を得ることが出来ない。またσ相の析出が多くなり、耐食性、熱間製造性が劣化する。従ってCr量を15.00~30.00%の範囲にする必要がある。Cr量の下限は、好ましくは18.00%以上であり、より好ましくは20.00%以上であり、更に好ましくは21.00%以上である。Cr量の上限は、好ましくは28.00%以下であり、より好ましくは25.00%以下である。
【0036】
Moは、耐食性を向上させる元素であり、0.01%以上の含有で効果が発揮する。8.0%以下であればMoを含有してもよいが、Mo量が4.0%を超えると、熱間加工時にσ相が析出し易くなる。このため、Mo量の下限は、0.01%以上であり、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは1.0%以上である。Mo量の上限は、8.0%以下であり、好ましくは4.0%以下であり、より好ましくは1.5%以下である。
【0037】
0.01%以上のCuを含有させると、腐食が生じた際の腐食進展を抑制する効果が得られる。5.0%以下の量であればCuを含有してもよい。また、Cu量が3.0%を超えると、鋳造時に割れが発生し易くなる場合がある。このため、Cu量の下限は、0.01%以上であり、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.20%以上である。Cu量の上限は、5.0%以下であり、好ましくは3.0%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
【0038】
本実施形態においては、前述の元素に加えて、鋼板の諸特性を調整する目的で、以下の群より選択される1種以上の合金元素が含有されていてもよい。
【0039】
第1群:質量%で、N:0.05~0.8%。
第2群:質量%で、Al:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、及びGa:0.001~0.50%から選択される1種以上。
第3群:質量%で、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0002~0.0050%、Mg:0.0002~0.0050%、及びREM:0.001~0.10%から選択される1種以上。
【0040】
0.05%以上のNを含有させると、耐食性が向上する。従って、Nは耐食性を高める有効な元素である。0.8%以下であればNを含有してもよい。ただし、0.3%超のNを含有させると、鋳造時に気泡が発生し易くなる場合がある。このため、N量の下限は、0.05%以上であり、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.12%以上である。N量の上限は、0.8%以下であり、好ましくは0.3%以下であり、更に好ましくは0.18%以下である。
【0041】
Alは、脱酸元素として有用であるが、加工性を劣化させるため多量に含有させるべきではない。Al量の上限を1.0%以下に制限するのがよい。Al量の好ましい範囲は、0.5%以下である。Al量の下限は0.01%以上である。
【0042】
Ti,Nb,V,W,Ta,Sn,Sb,Gaは、耐食性を向上する元素であり、以下の範囲で1種または2種以上含有してもよい。
Ti:0.40%以下、Nb:0.01~0.40%、V:0.01~0.50%、W:0.01~1.0%、Ta:0.001~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、Ga:0.001~0.50%。
【0043】
TiおよびNbは、C、Nを炭窒化物として固定して耐食性、特に粒界腐食を抑制する作用を有する。このため、TiとNbの一方又は両方を含有させてもよい。
しかし、過剰に含有させても効果は飽和するため、TiとNbの各々の含有量の上限を0.40%以下とする。ここにおいて、TiとNbの少なくとも一方の含有量が0.001%以上、好ましくは0.01%以上であれば、効果を発揮することができる。なお、Ti、Nbの適正な含有量としては、TiとNbの合計量がCとNの合計含有量の5倍量以上かつ30倍量以下がよい。好ましくは、TiとNbの合計含有量が、CとNの合計含有量の10倍以上、25倍以下とするのがよい。
【0044】
V、Wは、耐食性、特に耐すき間腐食性を改善するため、必要に応じて含有してもよい。ただし、VやWの過度の量の含有は、加工性を低下させ、かつ耐食性を向上させる効果も飽和するため、V、Wのそれぞれの量の下限を0.01%以上とし、V量の上限を0.50%以下とし、W量の上限を1.0%以下とする。V量の下限は、好ましくは0.04%以上であり、V量の上限は、好ましくは0.30%以下である。W量の下限は、好ましくは0.04%以上であり、W量の上限は、好ましくは0.50%以下である。
【0045】
微量のSn又はSbを含有させると、耐食性が向上する。このため、Sn,Sbは、耐食性を向上させるのに有用な元素であり、廉価性を損なわない範囲で含有させる。Sn又はSbの量が0.001%未満では、耐食性を向上させる効果は発現されず、Sn又はSbの量が0.50%を超えると、コスト増が顕在化すると共に加工性も低下するので、Sn、Sbのそれぞれの量の適正範囲を0.001~0.50%とする。Sn、Sbのそれぞれの量の下限は、好ましくは0.01%以上であり、Sn、Sbのそれぞれの量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0046】
Gaは、耐食性および加工性向上に寄与する元素であり、0.001~0.50%の範囲で含有させることができる。Ga量の下限は、好ましくは0.015%以上であり、Ga量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0047】
Taは、介在物の改質により耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有してもよい。0.001%以上のTaの含有によって、効果が発揮されるため、Ta量の下限を0.001%以上とする。Ta量が0.10%超の場合、常温延性の低下や靭性の低下を招くため、Ta量の上限は、好ましくは0.10%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。少量のTa量で効果を発現させる場合には、Ta量を0.020%以下とすることが好ましい。
【0048】
B、Ca、Mg、REMは、熱間加工性を改善する元素であり、その目的で1種または2種以上を含有させてもよい。B、Ca、Mgの効果は0.0002%以上の量で発現することから、B、Ca、Mgのそれぞれの量の下限を0.0002%以上とする。REMの場合は、下限を0.001%以上とする。
【0049】
しかしながら、いずれも過剰な量の含有は、逆に熱間加工性を低下するため、その含有量の上下限を次のように設定することが好ましい。すなわち、B、Ca、Mgのそれぞれの量は0.0002~0.0050%であり、REMの量は0.001~0.10%である。
【0050】
B、Ca、Mgのそれぞれの量の下限は、好ましくは0.0005%以上である。B、Ca、Mgのそれぞれの量の上限は、好ましくは0.0015%以下である。REM量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、REM量の上限は、好ましくは0.030%以下である。
【0051】
ここで、REM(希土類元素)は一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で含有させてもよいし、混合物であってもよい。REM量は、これら元素の合計量である。
【0052】
本実施形態の鋼板は、上述してきた元素以外の残部は、Fe及び不純物であるが、以上説明した各元素の他にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることができる。
【0053】
次に、本実施形態の鋼板の製造方法について説明する。本実施形態の鋼板は、基本的にはステンレス鋼を製造する一般的な工程を適用して製造される。例えば、電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練する。連続鋳造法又は造塊法で鋼片とし、次いで、鋼片に対して熱間圧延を行う。次いで、熱間圧延後の鋼板に対し、熱延板焼鈍及び酸洗を施す。更に、冷間圧延を施し、次いで、連続焼鈍炉によって最終焼鈍を施す。冷間圧延中に中間焼鈍を行ってもよい。最終焼鈍後に酸洗を行ってもよい。このようにして、本実施形態に係る鋼板の原板が製造する。
【0054】
以下、鋼板の0.2%耐力を500MPa以上、加工硬化指数を0.25未満、r値を1以下にするための製造条件を説明する。
まず、冷間圧延の圧下率を80%以下とすることが好ましい。冷間圧延率の下限は30%以上にするとよい。
次に、連続焼鈍炉における最終焼鈍において、900℃以上の在炉時間を20~90秒の範囲とする。このとき、1000℃以上の在炉時間が1秒以上になるように炉温及び鋼板の搬送速度を調整する。また、鋼板に対して、0.60~0.90kgf/mmの張力を付与しつつ、最終焼鈍を行う。
【0055】
以上の製造条件を満たすことにより、鋼板の0.2%耐力を500MPa以上、加工硬化指数を0.25未満、r値を1以下にすることが可能になる。
【0056】
次に、得られた鋼板(原板)に対して、上述した寸法形状を有するV字状の溝を形成する。溝を形成するための加工は、「除去加工」で行うのではなく、塑性変形を伴う「非除去加工」にて行うことが好ましい。除去加工の場合、溝近傍で充分な加工硬化が生じないため、曲げ加工後の曲げ加工品において強度不足になるおそれがある。塑性変形を伴う非除去加工の場合は、加工時に適度な加工硬化が生じるため、強度不足にはならない。好ましい溝付けの加工方法としては、外周に刃をもつ回転ロールを通板中の鋼板表面に押し付ける方法を挙げることができる。
【0057】
以上のようにして、本実施形態に係る鋼板を製造できる。
【0058】
(曲げ加工品)
次に、本実施形態に係る曲げ加工品について説明する。図2に、曲げ加工品の一例を示す。本実施形態に係る曲げ加工品10は、0.2%耐力が500MPa以上、5~15%の伸び範囲における加工硬化指数が0.25未満、ランクフォード値が1以下、を満足するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板からなる鋼板素材1aに、曲げ部11が設けられてなり、曲げ部11の谷折れ線側における曲げ角度θが87~93°の範囲とされ、曲げ部11の谷折れ線側に溝部12または切れ込み部12が設けられている。
【0059】
鋼板素材1aは、上述の本実施形態に係る鋼板である。本実施形態に係る鋼板の溝部2に沿って曲げ加工を施すことにより、本実施形態の曲げ加工品10が得られる。曲げ部11の谷折れ線側における曲げ角度θは、87~93°の範囲内とされている。これは、狙いの曲げ角度θを90°とした場合に曲げ部11における曲げ角度θが±3°の範囲内になることを意味する。曲げ角度θが87~93°の範囲内とされることで、曲げ角度θのばらつきが小さくなり、曲げ部11の全体に渡って、シャープな稜線を有するものとなる。これにより、曲げ加工品10自体の寸法精度を向上できる。より好ましい曲げ角度θは88~92°の範囲であり、更に好ましくは89~91°の範囲である。曲げ角度θは、曲げ部の長手方向1mの範囲内において10cm間隔で10箇所の測定点において曲げ角度θを測定した場合に、各測定点における曲げ角度θが87~93°の範囲内にあればよい。なお、曲げ加工品の形状が、10箇所の測定点を確保できないほどの小型である場合は、確保可能な数の測定点において測定を行えばよい。また、曲げ加工品の形状が小型である場合において、10箇所の測定点を確保可能なように予め所望するサイズよりも大きなサイズの曲げ加工品を製造して10箇所の測定点において曲げ角度を測定し、その後、本来の所望のサイズになるように曲げ加工品を切断してもよい。
【0060】
また、曲げ部11の谷折れ線側における平均曲げ角度についても、87~93°の範囲内であることが、寸法精度が高くなる点で好ましい。平均曲げ角度は、上記の複数の測定点における曲げ角度θの平均値とする。
【0061】
また、曲げ部11の谷折れ線側には、溝部12または切れ込み部12が設けられている。この溝部12または切れ込み部12は、鋼板素材1aである上述の鋼板1の鋼板表面に設けられた溝2が、曲げ加工により変形されて形成されたものである。溝部12または切れ込み部12が設けられることで、シャープな曲げ部11を設けることが可能になる。
【0062】
本実施形態の曲げ加工品10は、本実施形態に係る鋼板1を、曲げ加工することによって形成される。そして、本実施形態に係る曲げ加工品10は、外装建材、内装建材の素材として好適に用いることができる。
【0063】
(曲げ加工用ダイス)
次に、本実施形態の曲げ加工品を製造する際に用いられる、曲げ加工用ダイスについて図3を参照しつつ説明する。
本実施形態に係るダイス20は、いわゆる型曲げ用のダイスであり、金属板に曲げ変形を与える際にポンチと共に用いられる。型曲げによる曲げ加工では、ポンチ及びダイスをプレス機に取り付け、ポンチとダイスの間に金属板を配置し、プレス機を作動させてポンチ及びダイスを相互に接近させることで、金属板に対してV曲げを行って曲げ部を形成する。
以下、ダイスの限定理由について説明する。
【0064】
図3に、ダイス20の断面形状を示す。本実施形態に係るダイス20は、工具鋼等の鋼素材からなり、ダイス表面21に、2つの傾斜面22、22からなるV状の凹部23が設けられて構成されている。2つの傾斜面22の相対角度は、例えば90°としてもよく、曲げ加工後の鋼板素材1aのスプリングバック量を考慮して相対角度を85~90°としてもよい。傾斜面22の幅L(mm)はそれぞれ、鋼板素材1aの板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定されている。また、傾斜面22とダイス表面21とが接する角部24の曲率半径R(mm)が、鋼板素材1aの板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされている。
【0065】
<L≧10t>
本実施形態のダイス20は、凹部23を構成する傾斜面22の幅L(mm)が、鋼板素材1aの板厚t(mm)の10倍以上とされている。型曲げによる曲げ加工の際に、鋼板素材1aに対してダイス20には荷重が加わるが、L≧10tとすることで、ダイス20に加わる荷重が分散されて、ダイス20と鋼板素材1aとの接触面圧が低下し、ダイス20の摩耗により発生する鉄粉が抑制される。これにより、ダイス20を構成する鋼素材から鋼板素材1aに鉄分が付着するおそれが少なくなり、もらい錆の発生が抑制され、また、かじり疵の発生も抑制される。L<10tになると、ダイス20と鋼板素材1aの接触面圧が高まり、もらい錆やかじり疵の抑制が困難になり、曲げ加工品の美観性が低下してしまうため好ましくない。
【0066】
<0.9t≦R≦1.1t>
本実施形態では、傾斜面22とダイス表面21とが接する角部24の曲率半径R(mm)を、鋼板素材1aの板厚t(mm)の0.9~1.1倍の範囲とする。型曲げによる曲げ加工は、その変形過程の初期段階において、ダイス20上に置かれた鋼板素材1aがダイス20の角部24によって2点支持され、次いでポンチに押し曲げられて純粋曲げ変形を受けるが、ダイス20の角部24に鋼板素材1aが接触した際に、鋼板素材1aの表面にかじり疵が発生するおそれがある。かじり疵の発生を抑制するためには、角部24と鋼板素材1aとの接触長を小さくする必要がある。接触長を小さくするには、角部24の曲率半径R(mm)を小さくすればよく、具体的には鋼板素材1aの板厚t(mm)の1.1倍以下にする。これにより、かじり疵の発生を抑制可能になる。一方、角部24の曲率半径R(mm)が小さすぎると、角部24が鋭利な形状となり、却ってかじり疵が発生しやすくなるため、角部24の曲率半径R(mm)を、鋼板素材1aの板厚t(mm)の0.9倍以上にする。よって、ダイスの角部の曲率半径Rを、鋼板素材1aの板厚tとの関係で、0.9t≦R≦1.1tとする。
【0067】
(曲げ加工方法)
次に、本実施形態の鋼板の曲げ加工方法について説明する。本実施形態の曲げ加工方法は、本実施形態に係るフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を鋼板素材1aとし、この鋼板素材1aに対してポンチ及ダイスを用いた型曲げ加工を行うことにより、鋼板素材1aに曲げ部を形成する。曲げ加工に用いるダイスとしては、本実施形態に係るダイスを用いる。また、曲げ加工に用いるポンチは、特に制限はない。
【0068】
具体的には、鋼板素材1aの表面に設けられたV状の溝2をポンチ側に向けた状態で、鋼板素材1aをダイス20の凹部23上に載置し、ポンチをダイス20の凹部23に押し込むことで、鋼板素材1aの溝2に沿って曲げ部11を形成する。
【0069】
ダイス20は、上述したように、傾斜面22の幅L(mm)が、鋼板素材1aの板厚t(mm)に対してL≧10tの関係が成立するように設定され、また、傾斜面22とダイス表面21とが接する角部24の曲率半径R(mm)が、鋼板素材1aの板厚tに対して0.9t≦R≦1.1tとされている。また、鋼板素材1aは、0.2%耐力が500MPa以上、加工硬化指数が0.25未満、ランクフォード値が1以下を満足し、かつ、所定の形状のV状の溝2が設けられている。これにより、曲げ部11の外側における曲げ半径rが小さく、寸法精度が高く、曲げ部における割れの発生がなく、更に、もらい錆の発生やかじり疵の発生が抑制され、強度にも優れた曲げ加工品を得ることができる。
【実施例
【0070】
表1に示す化学成分を有する鋼を鋳造して鋳片とし、鋳片に対して熱間圧延、熱延板焼鈍及び酸洗、冷間圧延及び中間焼鈍、最終焼鈍を行うことにより、表1に示す板厚を有するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を製造した。表2に、鋼板の製造条件を示す。
【0071】
次いで、外周に刃をもつ回転ロールを通板中の鋼板表面に押し付けることにより、鋼板表面にV状の溝を設けた。溝の最深部深さ及び鋼板表面における溝の幅を表1に示す。V状の溝を設けた鋼板を鋼板素材とした。鋼板素材のサイズは、幅100mm、長さ1000mmとし、長さ方向中央にV状の溝が配置されるようにした。V状の溝は鋼板素材の幅方向に沿って延在するようにした。
【0072】
また、工具鋼からなるダイスを用意した。ダイス表面には、2つの傾斜面からなるV状の凹部を設けた。2つの傾斜面の相対角度は89°とした。傾斜面の幅L(mm)と、傾斜面とダイス表面とが接する角部の曲率半径R(mm)は、それぞれ表3に示す通りとした。また、ポンチとして、先端の角度が88°とされたポンチを用意した。
【0073】
そして、ポンチ及びダイスをプレス機に取り付け、ポンチとダイスの間に鋼板素材を配置した。鋼板素材は、鋼板素材の表面に設けられたV状の溝がポンチ側に向くようにして、ダイスの凹部上に配置した。そして、プレス機を作動させてポンチ及びダイスを相互に接近させ、ポンチをダイスの凹部に押し込むことで、鋼板素材に対してV曲げを行って曲げ部を形成した。このようにして、曲げ部を有する曲げ加工品を製造した。
【0074】
得られた曲げ加工品について、曲げ部における曲げ角度θを測定した。曲げ角度θは、曲げ部の長手方向1mの範囲内において10cm間隔で10箇所の測定点を設定し、各測定点において、曲げ部の谷折れ線側における曲げ角度θを測定した。そして、10箇所の測定点における曲げ角度θの平均値、最大値、最小値を求めた。また、各測定点において、曲げ部外側の曲げ半径rを測定し、その平均値を求めた。これらの結果を表4に示す。
【0075】
更に、曲げ加工品の曲げ部を観察し、割れ、もらい錆及びかじり疵の有無を目視で観察した。割れ、もらい錆、かじり疵がそれぞれ確認されなかった場合を「無」と判定し、確認された場合を「有」と判定した。割れ、もらい錆及びかじり疵が全て「無」である場合を合格とした。結果を表4に示す。
【0076】
試験No.1、2、5、6、9、10、12、15、16及び18は、鋼板及び成形条件が本発明の範囲内にあり、また、曲げ加工品の曲げ部の曲げ角度の範囲が87~93°の範囲内にあって寸法精度が高く、曲げ部の外側にシャープな稜線を有するものとなり、更に、割れ、もらい錆及びかじり疵の発生がなかった。また、所定の化学成分を有しているため、耐食性も良好だった。
【0077】
試験No.3は、0.8t≦wが成立せず、曲げ部における曲げ角度の最大値が95°となり、シャープな稜線を有するものにならなかった。
試験No.4は、0.5t≦Dが成立せず、曲げ部における曲げ角度の最小値が85°となり、曲げ部において割れが生じた。
試験No.7は、D≦0.6t及びw≦1.0tが成立せず、曲げ部における曲げ角度の最小値が84°となり、曲げ部の寸法精度が低くなった。
試験No.8は、w≦1.0t及びL≧10tが成立せず、曲げ部における曲げ角度の最大が96°となり、寸法精度が低下するとともに部分的にシャープな稜線が得られず、更には、もらい錆及びかじり疵が生じた。
試験No.11は、L≧10tが成立せず、もらい錆が生じた。
試験No.13は、0.9t≦Rが成立せず、かじり疵が生じた。
試験No.14は、0.5t≦D及びL≧10tが成立せず、曲げ部における曲げ角度の最大値が97°となり、寸法精度が低下するとともに部分的にシャープな稜線が得られず、更には、もらい錆が生じた。
試験No.17は、L≧10t及びR≦1.1tが成立せず、もらい疵及びかじり疵が生じた。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
【表4】
【符号の説明】
【0082】
1…鋼板(フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板)、1a…鋼板素材、2…溝、10…曲げ加工品、11…曲げ部、12…溝部、20…ダイス、21…ダイス表面、22…傾斜面、23…凹部、24…角部、t…板厚、w…溝の幅、D…溝の最深部の深さ。
図1
図2
図3