(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】生物由来顔料
(51)【国際特許分類】
C09B 67/20 20060101AFI20240826BHJP
C09B 61/00 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
C09B67/20 A
C09B61/00 Z
(21)【出願番号】P 2023071476
(22)【出願日】2023-04-25
【審査請求日】2023-04-28
(73)【特許権者】
【識別番号】523147244
【氏名又は名称】吉田 信子
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】吉田 信子
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-330637(JP,A)
【文献】国際公開第2001/055262(WO,A1)
【文献】特開平07-023736(JP,A)
【文献】特表2016-540069(JP,A)
【文献】特開昭61-254161(JP,A)
【文献】特開平05-331384(JP,A)
【文献】特開2011-127051(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 61/、65/、67/、69/
A23L 5/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物由来顔料の製造方法であって、
(1)前記生物由来の染液を用意する工程と、
(2)前記染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程と、
(3)前記アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程と、
(4)工程(3)で得られたアルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程と、
(5)前記酸性溶液において沈殿物を生成するのに十分な時間、前記酸性溶液をインキュベートする工程と、
(6)前記沈殿物
を顔料
とする工程と
を含む、方法。
【請求項2】
前記アルカリ溶液のpHが9以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルカリ溶液のpHが10以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記酸性溶液のpHが5以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記酸性溶液のpHが4以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記アルカリ溶液のpHと前記酸性溶液のpHとの間の差が、5以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記アルカリ溶液のpHと前記酸性溶液のpHとの間の差が、6以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
工程(5)が、40℃以上でインキュベートすることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
工程(5)が、70℃以下でインキュベートすることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記媒染剤がミョウバンである、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
工程(3)が、前記媒染剤を、前記アルカリ溶液1Lあたり約1~10gの量で添加することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記アルカリ剤が、炭酸カリウム水溶液、灰汁、ソーダ灰、および重曹からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記酸性剤が、酢酸、クエン酸、乳酸、およびリン酸からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記媒染剤が、木酢酸鉄液又は酢酸銅を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記生物が、アカネ、アカメガシワ、アケビ、アラカシ、アンズ、イタドリ、イタヤカエデ、イチイ、ウコン、ウメ、ウワミズザクラ、エビズル、エンジュ、オウレン、オオバヒルギ、オオマツヨイグサ、オニグルミ、オヒルギ、カシワ、カツラ、カナムグラ、ガマズミ、カマツカ、カリヤス、カリン、ガンビール、ギシギシ、キショウブ、グイマツ、チョウセンゴヨウマツ、アカエゾマツ、クルミ、キハダ、キブシ、クチナシ、クズ、クヌギ、クマシデ、クマノミズキ、クララ、クリ、クワ、ケヤキ、ゲンノショウコ、コゴメウツ
ギ、コナラ、コバノガマズミ、コブナグサ、ザクロ、サザンカ、サトザクラ、サフラン、サボテン、サワフタギ、サンシュユ、シモツケ、シャリンバイ、シラカバ、シロバナセンダングサ、スオウ、スギ、ススキ、ズミ、セイタカアワダチソウ、センダン、センダングサ、ソヨゴ、ダイオウ、タチバナモドキ、タブノキ、タマネギ、チャノキ、チョウジ、ツバキ、テイカカズラ、テマリバナ、トリノキ、ナツメ、ナンキンハゼ、ナンテン、ニッケイ、ニワウルシ、ヌルデ、ネムノキ、ハゼノキ、ハナカイドウ、ハマナシ、ハンノキ、ヒイラギナンテン、ヒメムカシヨモギ、ビヨウヤナギ、ビルマネム、ビンロウジュ、フジ、フヨウ、ピラカンサス、ペグノキ、ベニノキ、ボケ、マンジュギク、ミカイドウ、ミズキ、ムクノキ、ムツバアカネ、ムラサキ、モッコク、モモ、ヤエヤマアオキ、ヤシャブシ、ヤブデマリ、ヤブマオ、ヤマウルシ、ヤマザクラ、ヤマハギ、ヤマハゼ、ヤマハンノキ、ヤマボウシ、ヤマモモ、ユスラウメ、ヨモギ、リョウブ、レンゲツツジ、ロッグウッド、およびコチニールからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
工程(6)の後にさらに前記顔料を加熱乾燥する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
請求項1~16のいずれか一項に記載の方法により調製された、顔料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生物由来の染液から顔料を得る方法および得られた顔料に関する。
【背景技術】
【0002】
布などの染色において、植物を煮だして得た染液を使用する草木染めの手法が知られている。草木染めは、水に溶解した色素を布などに定着させる方法である。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本発明者らは、草木染めの手法の検討において生じた沈殿が顔料として好適に使用できることを予想外に見出した。この知見に基づき、本開示は、新たな顔料およびその調製方法を提供する。
【0004】
したがって、本発明は以下を提供する。
(項目1)
生物由来顔料の製造方法であって、
(1)前記生物由来の染液を用意する工程と、
(2)前記染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程と、
(3)前記アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程と、
(4)工程(3)で得られたアルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程と、
(5)前記酸性溶液において沈殿物を生成するのに十分な時間、前記酸性溶液をインキュベートする工程と、
(6)前記沈殿物を回収して顔料を調製する工程と
を含む、方法。
(項目2)
前記アルカリ溶液のpHが9以上である、上記項目のいずれかの方法。
(項目3)
前記アルカリ溶液のpHが10以上である、上記項目のいずれかの方法。
(項目4)
前記酸性溶液のpHが5以下である、上記項目のいずれかの方法。
(項目5)
前記酸性溶液のpHが4以下である、上記項目のいずれかの方法。
(項目6)
前記アルカリ溶液のpHと前記酸性溶液のpHとの間の差が、5以上である、上記項目のいずれかの方法。
(項目7)
前記アルカリ溶液のpHと前記酸性溶液のpHとの間の差が、6以上である、上記項目のいずれかの方法。
(項目8)
工程(5)が、40℃以上でインキュベートすることを含む、上記項目のいずれかの方法。
(項目9)
工程(5)が、70℃以下でインキュベートすることを含む、上記項目のいずれかの方法。
(項目10)
前記媒染剤がミョウバンである、上記項目のいずれかの方法。
(項目11)
工程(3)が、前記媒染剤を、前記アルカリ溶液1Lあたり約1~10gの量で添加することを含む、上記項目のいずれかの方法。
(項目12)
前記アルカリ剤が、炭酸カリウム水溶液、灰汁、ソーダ灰、および重曹からなる群から選択される、上記項目のいずれかの方法。
(項目13)
前記酸性剤が、酢酸、クエン酸、乳酸、およびリン酸からなる群から選択される、上記項目のいずれかの方法。
(項目14)
前記媒染剤が、木酢酸鉄液又は酢酸銅を含む、上記項目のいずれかの方法。
(項目15)
前記生物が、アカネ、アカメガシワ、アケビ、アラカシ、アンズ、イタドリ、イタヤカエデ、イチイ、ウコン、ウメ、ウワミズザクラ、エビズル、エンジュ、オウレン、オオバヒルギ、オオマツヨイグサ、オニグルミ、オヒルギ、カシワ、カツラ、カナムグラ、ガマズミ、カマツカ、カリヤス、カリン、ガンビール、ギシギシ、キショウブ、グイマツ、チョウセンゴヨウマツ、アカエゾマツ、クルミ、キハダ、キブシ、クチナシ、クズ、クヌギ、クマシデ、クマノミズキ、クララ、クリ、クワ、ケヤキ、ゲンノショウコ、コゴメウツギ、コナラ、コバノガマズミ、コブナグサ、ザクロ、サザンカ、サトザクラ、サフラン、サボテン、サワフタギ、サンシュユ、シモツケ、シャリンバイ、シラカバ、シロバナセンダングサ、スオウ、スギ、ススキ、ズミ、セイタカアワダチソウ、センダン、センダングサ、ソヨゴ、ダイオウ、タチバナモドキ、タブノキ、タマネギ、チャノキ、チョウジ、ツバキ、テイカカズラ、テマリバナ、トリノキ、ナツメ、ナンキンハゼ、ナンテン、ニッケイ、ニワウルシ、ヌルデ、ネムノキ、ハゼノキ、ハナカイドウ、ハマナシ、ハンノキ、ヒイラギナンテン、ヒメムカシヨモギ、ビヨウヤナギ、ビルマネム、ビンロウジュ、フジ、フヨウ、ピラカンサス、ペグノキ、ベニノキ、ボケ、マンジュギク、ミカイドウ、ミズキ、ムクノキ、ムツバアカネ、ムラサキ、モッコク、モモ、ヤエヤマアオキ、ヤシャブシ、ヤブデマリ、ヤブマオ、ヤマウルシ、ヤマザクラ、ヤマハギ、ヤマハゼ、ヤマハンノキ、ヤマボウシ、ヤマモモ、ユスラウメ、ヨモギ、リョウブ、レンゲツツジ、ロッグウッド、およびコチニールからなる群から選択される、上記項目のいずれかの方法。
(項目16)
工程(6)の後にさらに前記顔料を加熱乾燥する工程を含む、上記項目のいずれかの方法。
(項目17)
上記項目のいずれかの方法により調製された、顔料。
【0005】
本発明において、上記の1つまたは複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供され得ることが意図される。本発明のなおさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【発明の効果】
【0006】
本開示は、新たな生物由来の顔料を提供することで、生物資源の利用および天然成分の顔料の提供を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は耐光試験の結果を示す。(1)茜、(2)椿(黄色)、(3)サザンカ・鉄、または(4)車輪梅から取得した顔料をそれぞれの綿布片に適用して調製した試験片について、露光処理の有無を比較した結果である。
【
図2】
図2は摩擦堅牢度試験の結果を示す。車輪梅から取得した顔料を綿布片に適用して調製した試験片について、乾燥状態および湿潤状態で摩擦による顔料の脱落を試験した結果である。
【
図3】
図3は水堅牢度試験の結果を示す。車輪梅から取得した顔料を綿布片に適用して調製した試験片について、水による顔料の滲みを試験した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を最良の形態を示しながら説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0009】
(定義)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義および/または基本的技術内容を適宜説明する。
【0010】
本明細書において、「染液」とは、少なくとも一部の色素が溶解している液体を指す。本開示において、染液は、通常植物または昆虫から得られたものであり、例えば、色素を含む植物(または根、葉、茎、幹などその部分)または昆虫を水(必要に応じてpH調整剤を含む)で煮出すことで調製され得る。
【0011】
本明細書において、「色素」とは、特定の光波長の吸収スペクトルを有する化合物を指す。キレート物質との複合体形成時など、特定の状態において光波長を吸収するまたは吸収する光波長が変化する色素も存在する。
【0012】
本明細書において、「顔料」とは、色素を含み、水および油(例えば、キャノーラオイルなどの植物油、シリコーンオイルおよび石油)に不溶性(例えば、1Lの溶媒に10mg以下の溶解性)である物質、またはそのような物質が溶媒に分散した液体を指す。顔料は、一般に物品の着色に用いられる。
【0013】
本明細書において、「媒染剤」とは、色素を布などの染色対象に固定するために通常使用される物質を指し、多くの場合、鉄、アルミニウム、クロム、スズおよび/または銅の原子を含む塩(例えば、硫酸、硝酸、酢酸との塩)である。
【0014】
本明細書において、「酸性剤」とは、飽和濃度で水に溶かした場合に常温(25℃)において酸性(pH5以下)の液体をもたらす物質または常温(25℃)において酸性(pH5以下)の液体を指す。または、カル
【0015】
本明細書において、「アルカリ剤」とは、飽和濃度で水に溶かした場合に常温(25℃)においてアルカリ性(pH9以上)の液体をもたらす物質または常温(25℃)においてアルカリ性(pH9以上)の液体を指す。
【0016】
本明細書において、「沈殿物」とは、溶媒中に存在する視認可能な不溶性物質を指す。溶媒の透明度が失われるかまたは溶媒の透明度が失われた部分(例えば、溶媒の底の部分)が存在することで沈殿物の生成が確認され得る。
【0017】
用語「約」は、示された値プラスまたはマイナス10%を指し、温度について使用する場合は、示された値プラスまたはマイナス5℃を指す。
【0018】
(生物由来顔料の製造法)
一つの態様において、本開示は、生物由来顔料の製造方法を提供し、この方法は、(1)生物由来の染液を用意する工程と、(2)染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程と、(3)アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程と、(4)工程(3)で得られたアルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程と、(5)酸性溶液において沈殿物を生成するのに十分な時間、酸性溶液をインキュベートする工程と、(6)沈殿物を回収して顔料を調製する工程とを含む。発明者は、生物由来の染液に対して特定の処理を施して沈殿物を生成させると、この沈殿物が顔料として好適に使用できることを予想外に見出した。本開示の方法は、特に、沈殿物生成のための手順を特徴とする。
【0019】
本開示の方法において出発材料とする生物由来の染液は、通常布などの染色に使用される任意の染液であり得る。生物由来の染液は、公知の方法で取得することができ、例えば、植物もしくは昆虫またはその部分を水(必要に応じてpH調整されていてもよい)などの水性溶媒中で煮て色素を抽出した液体であり得る。水性溶媒には、アルコールやエーテルなどのその他の溶媒が含まれていてもよい。一つの実施形態において、本開示の方法において使用する生物由来の染液は、沈殿物を含まず、例えば、1Lの染液を濾紙に通した場合に濾紙上に残る物質が100mg(乾燥重量)以下である。生物由来の染液には、植物の破片などの沈殿物が含まれ得るが、このような沈殿物は、凝析反応の際の核となり、本開示が目的とする沈殿物とは異なる沈殿物を生じ得るため、均質な顔料の作製のためにろ過など任意の好適な手段で除去することができる。
【0020】
染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程において、最終的なアルカリ溶液のpHは、約9以上、約10以上、または約11以上であり得る。
【0021】
染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程は、例えば、約20℃以上、約25℃以上、約30℃以上、約35℃以上、または約40℃以上などの温度で実施することができる。アルカリ剤のアルカリ性成分が完全に溶解することが好ましい。また、染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程は、例えば、約80℃以下、約75℃以下、約70℃以下、約65℃以下、約60℃以下、または約55℃以上などの温度で実施することができる。高温条件では、安定な操作が困難になり得る。
【0022】
添加するアルカリ剤は、カリウム、ナトリウム、カルシウム、アンモニアまたはその弱酸(炭酸、酢酸など)との塩を含み得る。アルカリ剤として、灰または灰をろ過した液などの天然物、灰汁、ソーダ灰、重曹、炭酸カリウムや炭酸ナトリウムなどの食品添加物として使用される物質を使用でき、このようなアルカリ剤を使用して作製した顔料は、食品容器、化粧品などヒトに摂取され得るまたはヒトに接触し得る物品に好適に使用され得る。
【0023】
アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程において使用できる媒染剤として、鉄、アルミニウム、クロム、スズおよび/または銅の原子を含む塩(例えば、硫酸、硝酸、酢酸との塩)が挙げられ、例えば、ミョウバン、酢酸アルミニウム、木酢酸鉄液および酢酸銅が挙げられる。特に、ミョウバンは食品において使用されることもあるため、ミョウバンを使用して作製した顔料は、食品容器、化粧品などヒトに摂取され得るまたはヒトに接触し得る物品に好適に使用され得る。ミョウバンとしては、カリミョウバン[AlK(SO4)2・12H2O]、焼きミョウバン[AlK(SO4)2]、ソーダミョウバン[NaAl(SO4)2・12H2O]、アンモニウムミョウバン[(NH4)Al(SO4)2・12H2O]を含むものが代表的であるが、鉄ミョウバン[MFe(SO4)2・12H2O;例えば、M=K、Na、NH4]など別の化学式のものを含んでもよい。
【0024】
アルカリ溶液に添加する媒染剤の量は、例えば、ミョウバンの場合、アルカリ溶液1Lに対して約0.5~20g、約1~20g、約1.5~20g、約2~20g、約5~20g、約0.5~15g、約1~15g、約1.5~15g、約2~15g、約5~15g、約0.5~10g、約1~10g、約1.5~10g、約2~10g、約5~10g、約0.5~7g、約1~7g、約1.5~7g、約2~7g、約0.5~5g、約1~5g、約1.5~5g、約2~5gなどであり得る。媒染剤に含まれる鉄、アルミニウムおよび銅などの金属原子に基づいて媒染剤の量を決定してもよく、例えば、約1~10gのミョウバンに基づき約0.05~0.5molのアルミニウムとなるような量を選択してもよい。添加すべき媒染剤の量は、抽出された色素の種類および量に依存して変動し得るので、沈殿物の生成を確認しながら媒染剤の添加量を増大させていってもよい。好適な媒染剤の量を達成するために、酸性溶液を得た後に媒染剤をさらに添加してもよい。
【0025】
アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程は、例えば、約20℃以上、約25℃以上、約30℃以上、約35℃以上、または約40℃以上などの温度で実施することができる。添加する媒染剤は、均一な溶液であることが好ましく、成分が完全に溶解されるように加温してもよい。また、アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程は、例えば、約80℃以下、約75℃以下、約70℃以下、約65℃以下、約60℃以下、または約55℃以上などの温度で実施することができる。高温条件では、安定な操作が困難になり得る。
【0026】
アルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程において、最終的なアルカリ溶液のpHは、約5.5以下、約5以下、約4.5以下、または約4以下であり得る。一つの実施形態において、アルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程は、アルカリ溶液のpHと酸性溶液のpHとの間の差によって特徴付けられ、例えば、この差は、5以上、6以上、または7以上であり得る。本開示の方法においてアルカリ溶液に添加することができるミョウバンなどの媒染剤は、同時に酸性剤としての性質も有し得るため、アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程と、アルカリ溶液に酸性剤を添加する工程とは、同じ1つの操作として実施することもできる。
【0027】
アルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程は、例えば、約20℃以上、約25℃以上、約30℃以上、約35℃以上、または約40℃以上などの温度で実施することができる。固体を含む酸性剤を使用する場合、酸性成分が完全に溶解することが好ましい。また、アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程は、例えば、約80℃以下、約75℃以下、約70℃以下、約65℃以下、約60℃以下、または約55℃以上などの温度で実施することができる。高温条件では、安定な操作が困難になり得る。
【0028】
添加される酸性剤の例としては、酸性媒染剤、酢酸、リンゴ酸、乳酸、クエン酸、イソクエン酸、グルクロン酸、シュウ酸オキサロコハク酸、ギ酸、アコニット酸(cisまたはtrans)、酒石酸(L-酒石酸など)、グルコノデルタラクトン、アスコルビン酸(D体および/またはL体)、リン酸、塩酸、硝酸、硫酸、またはその塩基(カリウム、ナトリウム、アルミニウム、アンモニアなど)との塩が挙げられるがこれらに限定されない。酸性剤として、米酢酸やレモン果汁などの天然物、酢酸やクエン酸などの食品添加物として使用される物質を使用でき、このような酸性剤を使用して作製した顔料は、食品容器、化粧品などヒトに摂取され得るまたはヒトに接触し得る物品に好適に使用され得る。
【0029】
酸性溶液において沈殿物を生成するのに十分な時間、酸性溶液をインキュベートする工程は、例えば、約30℃以上、約35℃以上、約40℃以上、約45℃以上、または約50℃以上などの温度で実施することができる。また、この工程は、例えば、約80℃以下、約75℃以下、約70℃以下、約65℃以下、約60℃以下、または約55℃以上などの温度で実施することができる。一つの実施形態において、所定の温度(例えばある一定の値を超える温度)を、少なくとも1分間、2分間、5分間、10分間、20分間、50分間または100分間維持する。
【0030】
酸性溶液を調製した直後から沈殿物が生成される場合もあれば、時間をおいて沈殿物の生成が開始される場合もある。十分な量の沈殿物を生成するためには、ある程度の時間インキュベートすることが好ましいが、最初の沈殿物が形成された後は、それを核として沈殿物の形成が容易になり得るので、所定の温度が達成された後、または沈殿物の生成が確認された後、放冷してもよい。
【0031】
沈殿物を回収して顔料を調製する工程は、水性液に含まれる顔料物質を回収する際に使用される通常の手段で実施できる。生じた沈殿物は安定であり得、これを回収して顔料を調製することができる。一つの実施形態において、遊離の色素を除去するために溶液部分の無着色溶媒(水など)との交換を繰り返した後に沈殿物を回収してもよい。一つの実施形態において、液からの沈殿物の分離のためにろ過または乾燥工程を実施することができる。
【0032】
自然乾燥の場合、得られた顔料には水分が残留し得るので、加熱乾燥を実施してもよい。本開示の方法により得られた顔料は、100℃程度の温度下で変色しないことが確認されたため、加熱(例えば、約100℃で約2時間)によりさらに乾燥させることができる。加熱乾燥により、水分含量が減り、より細かい粒子の顔料が調製できる。
【0033】
(顔料)
一つの態様において、本開示は、本明細書に記載の方法により調製される生物由来顔料を提供する。染液を取得できることが公知の任意の生物から本開示の方法により顔料を調製することができるが、染液を取得する生物の種類によって得られる顔料の色味は概ね予想できる。染色の際に色の定着のために媒染剤を使用する染液が本開示の方法において好適に使用され得る。
【0034】
本開示の方法により顔料を調製するために使用する染液を取得する生物としては、アカネ、アカメガシワ、アケビ、アラカシ、アンズ、イタドリ、イタヤカエデ、イチイ、ウコン、ウメ、ウワミズザクラ、エビズル、エンジュ、オウレン、オオバヒルギ、オオマツヨイグサ、オニグルミ、オヒルギ、カシワ、カツラ、カナムグラ、ガマズミ、カマツカ、カリヤス、カリン、ガンビール、ギシギシ、キショウブ、グイマツ、チョウセンゴヨウマツ、アカエゾマツ、クルミ、キハダ、キブシ、クチナシ、クズ、クヌギ、クマシデ、クマノミズキ、クララ、クリ、クワ、ケヤキ、ゲンノショウコ、コゴメウツギ、コナラ、コバノガマズミ、コブナグサ、ザクロ、サザンカ、サトザクラ、サフラン、サボテン、サワフタギ、サンシュユ、シモツケ、シャリンバイ、シラカバ、シロバナセンダングサ、スオウ、スギ、ススキ、ズミ、セイタカアワダチソウ、センダン、センダングサ、ソヨゴ、ダイオウ、タチバナモドキ、タブノキ、タマネギ、チャノキ、チョウジ、ツバキ、テイカカズラ、テマリバナ、トリノキ、ナツメ、ナンキンハゼ、ナンテン、ニッケイ、ニワウルシ、ヌルデ、ネムノキ、ハゼノキ、ハナカイドウ、ハマナシ、ハンノキ、ヒイラギナンテン、ヒメムカシヨモギ、ビヨウヤナギ、ビルマネム、ビンロウジュ、フジ、フヨウ、ピラカンサス、ペグノキ、ベニノキ、ボケ、マンジュギク、ミカイドウ、ミズキ、ムクノキ、ムツバアカネ、ムラサキ、モッコク、モモ、ヤエヤマアオキ、ヤシャブシ、ヤブデマリ、ヤブマオ、ヤマウルシ、ヤマザクラ、ヤマハギ、ヤマハゼ、ヤマハンノキ、ヤマボウシ、ヤマモモ、ユスラウメ、ヨモギ、リョウブ、レンゲツツジ、ロッグウッド、コチニールなどが挙げられる。顔料の色味は媒染剤の種類によっても変化し得るが、染液を使用した染色時と同様の色味が得られることが予想される。
【0035】
生物由来の色素として、カロチノイド類、ジケトン類、イソキノハン誘導体、アントシアン類、クロロフィル、カルコン誘導体、フラボノイド類、タンニン類、ナフトキノン誘導体、ジヒドロピラン誘導体、アントラキノン誘導体などが挙げられる。染色時の色相としては、インドール誘導体(青色)、カロチノイド(オレンジ色)、ジケトン(黄色)、イソキノリン誘導体(黄色)、アントシアニン(赤色)、クロロフィル(葉緑素)(緑色)、フラボノイド(黄色)、タンニン(茶色)、ナフトキノン(紫色)、ジヒドロピラン(黒色)、アントラキノン誘導体(赤色)等が知られるが、媒染剤の種類やpH条件などによって変化する場合もある。以下、代表的な色素と、染液取得について記載する。
【0036】
カロチノイド類(ζ-カロチンなど)は、ニンジン、クチナシ、サフラン、ベニノキ、オレンジ、トマトなどに含まれ、中性~弱酸性(pH4.5~5.5)の液体として染液を調製することが好適であり得る。
【0037】
ジケトン類は、ウコン、ガジュツ、ショーガなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0038】
イソキノリン誘導体として、ベルベリン、ビオラセイン、プロジギオシンなどが挙げられ、キハダ、黄蓮、大黄、セイタカアワダチソウなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0039】
アントシアニン類としては、3,5,7-トリヒドロキシ-2-フェニルベンゾビリリウム、アントシアニン、アントシアニジン、ペラルゴニジン、シアニジン、ペオニジン、デルフィニジン、ペツニジン、マルビジンなどが挙げられ、リンゴ、サクランボ、ブドウ、カキツバタ、シャクヤク、バラ、ホウズキ、カーネーションなどに含まれ、酸性pHで赤色であり得る。これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0040】
クロロフィルとしては、クロロフィルc、クロロフィルdなどが挙げられ、任意の植物の緑色の葉を水で煮だして染液を調製することができる。
【0041】
フラボノイド類として、アピゲニン、アピイン、ゲンカニン、ルテオリン、バイカレイン、バイカリン、オウゴニン、プランタギニン、ビテキシン、オリエンチン、スウェルチシンなどのフラボン類;ケンフェロール、アストラガリン、アフゼリン、クエルセチン、クエルシトリン、イソクエルシトリン、ルチン、ミリセチン、モリン、イカリイン等のフラボノール類;リクイリチゲニン、リクイリチン、ナリンゲニン、ナリンギン、サクラネチン、サクラニン、ヘスペレチン、ヘスペリジン、ネオヘスペリジン等のフラバノン類;ダイゼイン、ダイジン、プエラリン、ホルモネチン、ゲニスチン、ゲニスチン、ロテノン等のイソフラボン類;フラバン-3-オール、ケンフェロール、ミリセチン、クエルチセンなどが挙げられる。フラボノイド類は、カリヤス、ヤマモモ、エンジュ、フクギ、ハゼ、コガネバナなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0042】
タンニン類として、カテキン、エピカテキン、エピガロカテキン、ガンビルタンニン、没食子酸、エラグ酸、キナ酸、シキミ酸、ゲラニインなどの加水分解型タンニン;シンナムタンニンA1、シンナムタンニンB1などの縮合型タンニンなどが挙げられる。タンニン類は、栗、ケブラコ、矢車附子、ミロバラン、カテキュー、ザクロ、コーヒー、クルミ、梅などに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0043】
ナフトキノン誘導体として、1,2-ナフトキノン、1,4-ナフトキノン、2,6-ナフトキノンなどが挙げられ、紫紺、シタン、紫蘇、スカンポ、マホガニーなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0044】
ジヒドロピラン誘導体として、ジヒドロカルコン、ジヒドロネオプテリンなどが挙げられ、アルカリ性pHにおいて黒色の色相が得られ得る。ジヒドロピラン誘導体は、スオウ、ログウッドなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0045】
アントラキノン誘導体として、9,10-アントラキノン、アリザリン、アントラキノン-2-スルホン酸、2,3-ジブロモアントラキノンなどが挙げられ、アカネ、コチニール、ラック、ケルメスなどに含まれ、これらの生物を水で煮だして染液を調製することができる。
【0046】
(用途)
本開示の顔料は、顔料として優れた特性(耐光性、耐摩擦性、耐水性など)を有し得るので、顔料の一般的な用途で使用できる。例えば、本開示の顔料は、食品容器、化粧品(またはその容器)、被覆剤、塗料(クレヨン、色鉛筆を含む)、紙、接着剤、ラテックス、トナー、布地、繊維、プラスチック、およびインク(印刷用の油性インク、水性インクを含む)などに添加して使用することができるが、これらに限定されない。本開示の顔料は、捺染および/または型染に使用することもでき、手工芸の分野以外に工業分野においても使用できうる。本開示の顔料は、生物および食品または食品添加物を原料として作製することもできるので、食品容器や化粧品に添加することでヒトに摂取されたり、ヒトの皮膚に接触したとしても安全であり得る。
【0047】
本明細書において「または」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値」の「範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。
【0048】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0049】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0050】
(実施例1:染液からの顔料の取得)
発明者らは、植物から得た染液を用いた染色について種々の試行錯誤をしている中で、染液において沈殿物が生じた場合に染色による色の定着が不良となるときがあることを見出した。そして、沈殿物を回収して検討した結果、この沈殿物が顔料として好適に使用できることを予想外に見出した。
【0051】
初期検討を行い、顔料を効果的に取得するための方法として次の手順(以下、「基本手順」と呼ぶ)を見出した。
1)草木染の手法で生物を水で煮だして色素を含む染液を調製する。
2)抽出した染液を濾してなるべく不純物を取り除く。
3)染液を湯煎して30℃ほどに温める。
4)染液1リットルに対して約6.5~7ccアルカリ剤(炭酸カリウム33%水溶液など)を添加してpH11にする。
5)撹拌しながら染液の温度を湯煎で40℃まで上げる(染色のために媒染剤(木酢酸鉄および酢酸銅など)が通常必要な染液の場合、染色のために必要とされる最低限の量の媒染剤をここで添加する)。
6)40℃の染液1リットルに対して約15cc~50ccの10%ミョウバン液(湯煎で加温して溶解を確認したもの)を添加する。
7)染液に53%酢酸水溶液を添加してpH4にする(染液1リットルに対して約15cc~50cc)。
8)45℃まで加温して、沈殿物の形成を確認後、放冷してさらに沈殿させる。
9)1日後、上澄みを捨てて、水を追加する。
10)遊離の色素を除くため15日~30日に一回水を変える。pHが中性になり発泡がなくなり、水の色が透明になるまで繰り返す。
11)上澄みを捨てて、沈殿物を含む水を冷凍庫に入れて凍らせる。
12)2日後、解凍し、濾し布で濾し、沈殿物を水から分離する。
13)濾し布に包んだまま、空気乾燥させる。
14)適宜重量を測り、重量の変化がなくなったものを顔料として得る。
【0052】
(顔料の評価)
山形県工業技術センター置賜試験場にて得られた顔料の評価を行った。
【0053】
・耐光試験
茜、椿(黄色)、サザンカ(媒染剤として鉄剤も併用した)および車輪梅から調製した顔料を蒟蒻糊2%溶液に分散させ、この分散液を綿布片に適用して、試験片を作製した。紫外線カーボンアーク灯光に対する染色堅牢度試験方法(JIS L0842)にてブルースケール4級が標準退色するまで試験片を露光した。その結果、いずれの植物から作製した顔料についても耐光試験にて4級以上の「良」の判定が得られた(
図1)。
【0054】
・摩擦堅牢度試験
車輪梅から作製した顔料をカゼイン含有溶液に分散させた液を綿布片に適用して、試験片を作製した。摩擦試験機II形を使用して試験片に対して摩擦試験(JIS L0849)を行った。その結果、乾燥3-4級以上、湿潤2-3級以上の「良」の判定が得られた(
図2)。
【0055】
・水堅牢度試験
車輪梅から作製した顔料をカゼイン含有溶液に分散させた液を綿布片に適用して、試験片を作製した。この試験片に対して水試験(JIS L0846)を行った。その結果、変退色4級以上、汚染3級以上の「良」の判定が得られた(
図3)。
【0056】
本開示の方法により得られる顔料は、優れた耐光性、耐摩擦性および耐水性を有することが確認された。天然の生物材料からこのような優れた顔料が得られたことは予想外の結果である。
【0057】
鉱物顔料は危険なものもあり環境負荷が高いが、本開示の顔料は人体に安全で、環境負荷もほとんどないものであり得る。本開示は、持続可能な社会を目指す上で重要な技術を提供し得る。現在一般的な顔料は化学的に調製された無機顔料や採掘した宝石・岩石を粉砕して調製された岩石顔料であるが、本開示の顔料は植物などの生物材料から得られるので、農業分野と連携した顔料製造が可能である。本開示の顔料の原料となる植物のいくつかは、漢方薬材料として農業的に各地で栽培されており、このような連携により、「顔料の栽培」が可能になる。染料の原料として使用されている植物が本開示の顔料の原料として使用され得るので、本開示の技術の利用範囲は広く、近年問題となっている気候変動(環境問題)や産業の持続可能性の問題についても有効であり得る。本開示の顔料は、入手容易な材料から、高度な施設・機械を使用せずとも作製可能なので、働き口の創出や、自作した顔料による創作活動(庭の木から作ったクレヨンでお絵描きなど)の活性化に貢献し得るものであり、色に対する考え方に変革をもたらす可能性もある。
【0058】
(実施例2:他の媒染剤を使用した顔料の調製)
基本手順においてミョウバン以外の媒染剤を使用した場合に顔料を取得できるかどうか検討した。
【0059】
ススキ染液50ccを使用し、pH11に調整した染液(30℃)に対して媒染剤(酸性)としてミョウバン水溶液、木酢酸鉄原液または酢酸銅水溶液をpH4になるまで添加し(40℃)、45℃に加温した。
【0060】
いずれの媒染剤を使用した場合も沈殿物の形成が観察され、顔料が取得できると考えられる。
【0061】
(実施例3:酸性→アルカリ性の手順の検討)
基本手順は、染液を最初にアルカリ性に調整し、その後媒染剤を加えて酸性にするという工程を経る。この手順を逆にして、染液を最初に酸性に調整した後、アルカリ性にすることで顔料が得られるか検討した。
【0062】
ススキ染液100ccを使用し、ミョウバン水溶液2.5ccを添加してpH4にし(30℃)、その後、炭酸カリウム水溶液をpH11になるまで添加して(40℃)、45℃まで加温した。
【0063】
その結果、沈殿物は形成されず、顔料を得ることはできなかった。このことから、アルカリ性→酸性という手順が重要であり得ることが示唆される。
【0064】
(実施例4:pHの影響)
次に、アルカリ性条件および酸性条件におけるpHが顔料の生成に及ぼす影響を検討した。
【0065】
車輪梅2番液200ccを準備し、以下の表に示すpHになるまでアルカリ剤を添加した(30℃)後、40℃まで加温して表に示すpHになるまでミョウバンを添加して、45℃まで加温した。その結果、以下の表に示す通り沈殿物の形成の有無が分かれた。
【表1】
*実験2において、pH5にした5分後または30分後にさらにミョウバンを添加してpH4にしたところ、沈殿物の形成が観察された。
**実験6において、pH5にした30分後にさらにミョウバンを添加してpH3.5にしたところ、沈殿物の形成が観察された。
【0066】
pH約10以上からpH約4以下にpH変化させることが顔料の調製に重要であり得る。
【0067】
(実施例5:温度の影響)
温度が顔料の生成に及ぼす影響を検討した。
【0068】
ススキ染液100cc使用し、基本手順の方法、22℃一定温度および10℃一定温度の条件にて、アルカリ剤として炭酸カリウム水溶液0.5cc、媒染剤としてミョウバン水溶液2.5ccおよび酸性剤として酢酸0.5ccを添加した。その結果、基本手順の方法では、沈殿物が生成されたが、22℃一定温度および10℃一定温度では、沈殿物の生成が観察されなかった。
【0069】
さらに、基本手順とは異なり、45℃の一定温度でも試験を行った。45℃の一定温度下で、車輪梅2番液1LにpH11強までアルカリ剤水溶液を添加し、その後、ミョウバン水溶液35ccおよび酢酸水溶液1ccを添加した。その結果、沈殿物の生成が観察された。
【0070】
全般的に加温条件(約30~45℃)下で良好に顔料が調製できた。特に、酸性溶液において沈殿物を生成させる場合の温度は、約40℃以上が好適であり得る。なお、さらに高温条件で試験を行ったところ、約60℃では問題なく顔料が調製できた。約70℃では必要なアルカリ剤の添加量が不安定になったが、顔料は調製可能であった。しかし、約80℃では顔料の調製に失敗した。
【0071】
(実施例6:アルカリ剤および酸性剤の検討)
基本手順において種々のアルカリ剤および酸性剤を使用して顔料が調性可能であることを確認した。
【0072】
ススキ染液100ccに対して灰汁(灰に熱湯を加え1晩ねかし、濾したもの:pH11.4)40ccを添加してpH11にした(30℃)後、ミョウバン7.5~8.5ccおよび酢酸水溶液0.2ccを添加してpH4にして(40℃)、その後45℃に加温した。その結果、顔料が得られた。
【0073】
ススキ染液50ccに対してソーダ灰(18%溶液)0.75ccを添加してpH11にした(30℃)後、ミョウバン2ccおよび酢酸水溶液0.2ccを添加してpH4にして(40℃)、その後45℃に加温した。その結果、顔料が得られた。
【0074】
ススキ染液100ccに対して灰汁40ccを添加してpH11にした(30℃)後、ミョウバン7.5ccおよび米酢(pH3)1.5ccを添加してpH4にして(40℃)、その後45℃に加温した。その結果、顔料が得られた。
【0075】
また、アルカリ抽出した車輪梅の染液に酢酸アルミニウム(媒染剤)およびクエン酸(酸性剤)を添加した場合に、顔料が得られることも確認された。
【0076】
(実施例7:生物の種類)
上記例の他に、媒染剤としてミョウバンを使用して、サザンカ、ヨモギ(媒染剤として酢酸銅も併用した)、アカネ、タマネギ、ツバキ(木酢酸鉄も併用した場合は黒色の顔料が得られ、ミョウバンのみの場合は黄色の顔料が得られた)、ピラカンサス、グイマツ、チョウセンゴヨウマツ、アカエゾマツ、クルミ、キハダ、コチニールおよびクズから取得した染液についても本開示の方法により顔料が調製できることを確認した。
【0077】
(注記)
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本開示は、生物資源を利用した天然成分顔料を提供する。
【要約】
【課題】生物由来顔料を提供すること。
【解決手段】一つの態様において、本開示は、生物由来顔料の製造方法を提供し、この方法は、(1)生物由来の染液を用意する工程と、(2)染液にアルカリ剤を添加して、アルカリ溶液を得る工程と、(3)アルカリ溶液に媒染剤を添加する工程と、(4)工程(3)で得られたアルカリ溶液に酸性剤を添加して、酸性溶液を得る工程と、(5)酸性溶液において沈殿物を生成するのに十分な時間、酸性溶液をインキュベートする工程と、(6)沈殿物を回収して顔料を調製する工程とを含む。
【選択図】なし