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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】ウェットショットピーニング方法
(51)【国際特許分類】
   B24C 11/00 20060101AFI20240826BHJP
   B24C 1/10 20060101ALI20240826BHJP
   B24C 5/04 20060101ALI20240826BHJP
   B24C 5/02 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
B24C11/00 D
B24C11/00 G
B24C1/10 A
B24C5/04 A
B24C5/02 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023214876
(22)【出願日】2023-12-20
【審査請求日】2024-01-18
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591205732
【氏名又は名称】マコー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000958
【氏名又は名称】弁理士法人インテクト国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100120237
【弁理士】
【氏名又は名称】石橋 良規
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 勇雄
【審査官】マキロイ 寛済
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-111828(JP,A)
【文献】特開2010-036272(JP,A)
【文献】特開2001-198828(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 11/00
B24C 1/10
B24C 5/04
B24C 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウェットショットピーニング方法であって、
ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含み、
前記投射材として、イットリア安定化ジルコニアを使用し、
前記スラリの総体積に対する前記液体の体積が、50体積%より大きく、
前記スラリの総質量に対する前記イットリア安定化ジルコニアの質量が、10質量%以上70質量%以下であり、
前記ウェットショットピーニング工程には、第1ウェットショットピーニング工程と、前記第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程が含まれ、
前記第2ウェットショットピーニング工程で使用する前記イットリア安定化ジルコニアの粒子径を、前記第1ウェットショットピーニング工程で使用する前記イットリア安定化ジルコニアの粒子径よりも小さくする、
ウェットショットピーニング方法。
【請求項2】
ウェットショットピーニング方法であって、
ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含み、
前記投射材として、イットリア安定化ジルコニアを使用し、
前記スラリの総体積に対する前記液体の体積が、50体積%より大きく、
前記スラリの総質量に対する前記イットリア安定化ジルコニアの質量が、10質量%以上70質量%以下であり、
前記ウェットショットピーニング工程には、第1ウェットショットピーニング工程と、前記第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程が含まれ、
前記第2ウェットショットピーニング工程における前記スラリの投射圧力を、前記第1ウェットショットピーニング工程における前記スラリの投射圧力よりも小さくする、
ウェットショットピーニング方法。
【請求項3】
前記被加工材の硬度が、ビッカース硬度で600HV以上であり、且つ前記イットリア安定化ジルコニアのビッカース硬度未満である、
請求項1又は2に記載のウェットショットピーニング方法。
【請求項4】
前記ノズルが、スリット状のノズル開口部を有する幅広ノズルである、
請求項1又は2に記載のウェットショットピーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウェットショットピーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被加工材に圧縮残留応力を付与できるピーニング処理は、強度や、耐久性が求められる機械加工部品等の被加工材(ワークと称してもよい)を強化させる処理として広く利用されている。ピーニング処理としては、例えば、被加工材の表面に投射材を衝突させるショットピーニング処理(特許文献1参照)、被加工材の表面にパルスレーザを照射するレーザーピーニング処理(特許文献2参照)、液中で液体を高圧噴射し、キャビテーションを利用し被加工材表面にエネルギーを与えるウォータージェットピーニング処理(特許文献3参照)等が知られている。
【0003】
被加工材に投射材を衝突させるショットピーニング処理としては、エアノズルや、インペラ(羽根車)により、投射材のみを被加工材に衝突させるハードショットピーニング(ドライショットピーニングと称してもよい)処理のほか、液体と投射材を混合したスラリを、圧縮エアとともに噴射して、スラリに含まれる投射材を被加工材に衝突させるショットピーニング処理(特許文献4参照)等が知られている。ショットピーニング処理は、比較的簡便な方法で、被加工材に圧縮残留応力を付与でき、強度を高めることが可能なため、ピーニング処理の分野において、広く使用されている。
【0004】
近時、機械加工部品には、より高い強度や、耐久性が求められており、この求めに応じるべく、ピーニング処理の対象である機械加工部品の硬度も高いものとなっている。ところで、現在までに提案がされているショットピーニング処理では、硬度の高い機械加工部品(被加工材)に対して、十分な圧縮残留応力を付与できるまでには至っておらず、改善の余地が残されている。また、十分な圧縮残留応力を付与するためには、投射材の噴射圧(投射圧)を高くする等して、ショットピーニング処理時における投射材の衝突エネルギーを高くしていく必要がある。しかしながら、衝突エネルギーを高くしていくにともない、投射材は破損しやすくなる。特に、ショットピーニング処理の対象である被加工材の硬度が高くなるほど、ショットピーニング時に投射材はより破損しやすくなる。破砕した投射材は繰り返し使用できないため、投射材の破砕は、ショットピーニング処理におけるコスト高につながる。また、破砕した投射材は鋭利な角を有し、破砕した投射材が被加工材に衝突することにより表面が傷つけられ、付与した圧縮残留応力が解放される。それだけでなく、被加工材に曲げや引張などの応力が作用した際、傷部に応力集中が発生することで被加工材の強度を著しく低下させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-117791号公報
【文献】特開2020-116613号公報
【文献】特開2018-134720号公報
【文献】特許第7107327号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、硬度の高い被加工材に対しても、投射材の破砕を抑えつつ、高い圧縮残留応力を付与できるウェットショットピーニング方法を提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の実施の形態に係るウェットショットピーニング方法は、ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含み、前記投射材が、イットリア安定化ジルコニアであり、前記スラリの総体積に対する前記液体の体積が、50体積%より大きく、前記スラリの総質量に対する前記イットリア安定化ジルコニアの質量が、10質量%以上70質量%以下であり、前記ウェットショットピーニング工程には、第1ウェットショットピーニング工程と、前記第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程が含まれ、前記第2ウェットショットピーニング工程で使用する前記イットリア安定化ジルコニアの粒子径を、前記第1ウェットショットピーニング工程で使用する前記イットリア安定化ジルコニアの粒子径よりも小さくする
本開示の実施の形態に係るウェットショットピーニング方法は、ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含み、前記投射材が、イットリア安定化ジルコニアであり、前記スラリの総体積に対する前記液体の体積が、50体積%より大きく、前記スラリの総質量に対する前記イットリア安定化ジルコニアの質量が、10質量%以上70質量%以下であり、前記ウェットショットピーニング工程には、第1ウェットショットピーニング工程と、前記第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程が含まれ、前記第2ウェットショットピーニング工程における前記スラリの投射圧力を、前記第1ウェットショットピーニング工程における前記スラリの投射圧力よりも小さくする
また、本開示の実施の形態に係るウェットショットピーニング方法は、ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含み、前記投射材が、イットリア安定化ジルコニアである。
上記の方法において、前記被加工材の硬度が、ビッカース硬度で600HV以上であって、且つ前記イットリア安定化ジルコニアのビッカース硬度未満であってもよい。
上記の方法において、前記ノズルが、スリット状のノズル開口部を有する幅広ノズルであってもよい
【発明の効果】
【0008】
本発明のウェットショットピーニング方法によれば、硬度の高い被加工材に対しても、投射材の破砕を抑えつつ、高い圧縮残留応力を付与できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。
図2】被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。
図3】被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。
図4】被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための好適な実施形態について説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0011】
<<ウェットショットピーニング方法>>
本発明の実施の形態に係るウェットショットピーニング方法(以下、一実施形態のウェットショットピーニング方法という)について一例を挙げて説明する。
【0012】
本願明細書でいうウェットショットピーニング方法とは、ウェットブラストを使用したショットピーニング処理を意味する。ウェットブラストとは、液体と投射材とを混合したスラリを、圧縮エアとともに被加工材に噴射し、スラリに含まれる投射材を被加工材に衝突させる加工(処理)法を意味する。ウェットブラストで使用するスラリは、液体を主成分としている。ここでいう主成分とは、スラリの総体積に対する液体の合計体積が50体積%より大きいことを意味する。このことは、一実施形態のウェットショットピーニング方法で使用するスラリについても同様である。
【0013】
一実施形態のウェットショットピーニング方法は、ウェットブラストを使用して、スラリに含まれる投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含む。
一実施形態のウェットショットピーニング方法は、ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、スラリに含まれる投射材を被加工材に衝突させるウェットショットピーニング工程を含む。
一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、被加工材に圧縮残留応力を付与でき、また、被加工材の表面を改質できる。被加工材の表面改質としては、被加工材表層を塑性変形させる表面改質、及び被加工材表層の結晶構造を変化させる表面改質等を例示できる。被加工材の表面改質を行うことで、被加工材の疲労強度や、被加工材の硬度を高くできる。
【0014】
また、一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、表面が凹凸を有する被加工材や、表面が曲率を有する被加工材に対しても、均一に被加工材の表面を改質できる。また、スラリに含まれる液体の存在により、投射材を被加工材に衝突させたときの投射材の飛散を抑制できる。
【0015】
ところで、近時、硬度の高い被加工材(高い硬度を有する被加工材)に、より高い圧縮残留応力を付与したいとの要求が高まりつつある。被加工材に高い圧縮残留応力を付与するためには、被加工材にスラリに含まれる投射材を衝突させたときの衝突エネルギーを高くし、被加工材表層に十分な塑性変形や組成変化をもたらすエネルギーを付与することが必要である。しかしながら、被加工材の硬度が高くなるにともない、被加工材にスラリに含まれる投射材を衝突させたときの衝突エネルギーにエネルギーロスが生じやすく、このエネルギーロスにより、被加工材に十分な圧縮残留応力を付与できないといった問題が生じうる。換言すれば、衝突エネルギーが上記の塑性変形や組成変化に作用せず、投射材の変形や破壊に消費されてしまい、被加工材に十分な圧縮残留応力を付与できないといった問題が生じうる。また、衝突エネルギーを高くするべく、スラリの投射圧力(噴射圧力)を高くし、投射材が衝突する速度を上げていった場合には、投射材が破砕しやすくなるといった問題が生じうる。
【0016】
そこで、一実施形態のウェットショットピーニング方法では、投射材として、イットリア安定化ジルコニアを使用する。換言すれば、一実施形態のウェットショットピーニング方法では、液体とイットリア安定化ジルコニアを混合したスラリを使用する。本願明細書でいうイットリア安定化ジルコニアとは、イットリアによって結晶構造が安定化されたジルコニアを意味する。
【0017】
イットリア安定化ジルコニアは、従来の投射材と比較して硬度や比重が高いといった性質を有している。被加工材にスラリを噴射して、このような性質を有するイットリア安定化ジルコニアを被加工材に衝突させることで、被加工材に高い衝突エネルギーを付与できる。また、イットリア安定化ジルコニアは、その高い硬度により、衝突エネルギーのロスを抑えて、被加工材に効率よく衝突エネルギーを付与できる。また、イットリア安定化ジルコニアは、被加工材に衝突したときの弾性変形が小さいため、弾性変形による衝突エネルギーのロスを抑えることができる。イットリア安定化ジルコニアを使用して、衝突エネルギーのロスを抑えることを可能とした一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、硬度の高い被加工材に対しても、高い圧縮残留応力を付与できる。
【0018】
イットリア安定化ジルコニアは上述の通り、被加工材に高い衝突エネルギーを付与できるものの、被加工材に衝突したときに生ずる熱の蓄積によりダメージを受け、破砕が進行しやすくなる傾向にある。特に、衝突エネルギーが高くなるにつれ、イットリア安定化ジルコニアに蓄積される熱は高くなる。したがって、イットリア安定化ジルコニアの破砕を十分に抑制するためには、この熱の蓄積を抑えることが重要であるといえる。一実施形態のウェットショットピーニング方法では、スラリに含まれる液体の作用により、イットリア安定化ジルコニアへの熱の蓄積を抑制でき、結果、イットリア安定化ジルコニアの破砕を効果的に抑えることができる。具体的には、液体とイットリア安定化ジルコニアを混合したスラリを使用し、このスラリを被加工材に投射する一実施形態のウェットショットピーニング方法は、液体を主成分とするスラリを使用せずに、圧縮エアやインペラで、被加工材にイットリア安定化ジルコニアを投射するショットピーニング処理(以下、ハードショットピーニング処理という)よりも、イットリア安定化ジルコニアの破砕の抑制効果を高くできる。一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、トレードオフの関係にある被加工材に高い衝突エネルギーを付与することと、投射材の破砕を抑制することの双方を実現できる。
【0019】
一実施形態のウェットショットピーニング方法が、ハードショットピーニング処理と比較して、イットリア安定化ジルコニアの破砕の抑制効果を高くできるメカニズムは現時点では必ずしも明らかとはなっていないが、スラリに含まれる液体による冷却効果により、イットリア安定化ジルコニアの破砕の抑制効果を高くできるものと推察される。具体的には、スラリに含まれる液体は、投射時の圧縮エアの膨張(体積増加)によるエア温度の低下によって冷却される。被加工材には、この冷却された液体とイットリア安定化ジルコニアを混合したスラリが投射されることから、スラリに含まれる液体による冷却効果で、投射時(衝突時)にイットリア安定化ジルコニアが受ける熱ダメージを抑制でき、この熱ダメージの抑制がイットリア安定化ジルコニアの破砕の抑制に作用しているものと推察される。より具体的には、スラリに含まれる液体が、投射時に生じうるイットリア安定化ジルコニアと被加工材表面との摩擦熱や、被加工材表面の塑性変形により発生する熱を冷却する役割を果たし、これにより、イットリア安定化ジルコニアが受ける熱ダメージを抑制できるものと推察される。一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、イットリア安定化ジルコニアの寿命を長くでき、イットリア安定化ジルコニアを繰り返し使用できる。一実施形態のウェットショットピーニング方法は、イットリア安定化ジルコニアの破砕を抑制でき、低コストでのピーニング処理が可能なショットピーニング方法であるといえる。
【0020】
イットリア安定化ジルコニアの粒子径に限定はないが30μm以上300μm以下が好ましい。本願明細書でいうイットリア安定化ジルコニアの粒子径は、粒度分布測定装置で測定して得られる粒度分布において、ピーク部分の粒子径(モード径:最も頻度が高い径)を意味する。なお、被加工材の深さ方向における圧縮残留応力のピーク位置は、イットリア安定化ジルコニアの粒子径によって変化する。具体的は、イットリア安定化ジルコニアの粒子径が小さいほど、被加工材の表面に圧縮残留応力のピークが移動し、一方で、粒子径が大きいほど、被加工材の内部(深さ方向)に圧縮残留応力のピークが移動していく傾向にある。また、ウェットショットピーニングは、ハードショットピーニング(ドライショットピーニング)よりも、被加工材の表層における圧縮残留応力を高くできる。これは、ウェットショットピーニングは、液体を主体とするスラリを使用しており、この液体の存在により、熱による応力解放を低くできることによるものと推察できる。
【0021】
イットリア安定化ジルコニアの形状に限定はなく、球状、不定形状、及び多角形状等を例示できる。中でも、球状のイットリア安定化ジルコニアは、被加工材により効率よく衝突エネルギーを与えることができ、且つ、イットリア安定化ジルコニアの破砕の抑制効果をより高くでき好ましい。
【0022】
スラリは、液体、及びイットリア安定化ジルコニアとともに、他の成分を含んでもよい。他の成分としては、防錆剤、及び分散剤等を例示できる。防錆剤を含むスラリは、被加工材の腐食を効果的に抑制できる。防錆剤としてはアルカリ系防錆剤が好適である。スラリは、イットリア安定化ジルコニア以外の他の投射材を含んでもよい。
【0023】
スラリ中のイットリア安定化ジルコニアの濃度に限定はなく、イットリア安定化ジルコニアを含むスラリの投射圧力、ウェットショットピーニングに要する処理時間や、生産効率等を考慮して決定すればよい。例えば、スラリ中の投射材の濃度を低くした場合には、スラリの見かけ密度を小さくできることから、スラリの投射圧力が同じであると仮定した場合、スラリ中の投射材の濃度を低くすることで投射材の投射速度を速くできる。つまり、同じ投射圧力条件においては、スラリ中の投射材の濃度が低いほど、高いピーニング作用を得ることができる。これ以外にも、スラリ中の投射材の濃度を低くすることで、同等のピーニング作用を得るために必要な圧縮エアの量を低減できる。一方で、スラリ中の投射材の濃度を低くしていくと、単位時間当たりに投射される投射材の粒子量が減少していき、任意のピーニング作用を得るための処理時間が増加していくこととなる。この点を考慮すると、スラリの総質量に対するイットリア安定化ジルコニアの質量は10質量%以上70質量%以下が好ましい。また、スラリの総体積に対するイットリア安定化ジルコニアの体積は3体積%以上50体積%未満が好ましい。このような濃度のスラリを使用することで、圧縮エアによってスラリを十分に高速化でき、ピーニング作用をより良好なものとできる。また、ウェットショットピーニングに要する処理時間を短くでき、生産性を良好なものとできる。本願明細書おいて、ピーニング作用が良好であるという場合、被加工材に高い圧縮残留応力を付与できることを意味する。被加工材に高い圧縮残留応力を付与することで、被加工材の疲労強度を高くでき、高いピーニング効果を得ることができる。
【0024】
一例としてのイットリア安定化ジルコニアの比重は真比重で5.8以上であり、好ましくは6以上である。
【0025】
一例としてのイットリア安定化ジルコニアの硬度はビッカース硬度で900HV以上であり、好ましくは1000HV以上で、より好ましくは1200HV以上である。
【0026】
(ウェットブラスト装置)
一実施形態のウェットショットピーニング方法で使用するウェットブラスト装置に限定はなく、ノズル(ガンと称してもよい)を備え、このノズルから液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射できるものであればよい。
【0027】
一例としてのウェットブラスト装置のノズルは、スラリを導入するスラリ導入口、圧縮エアを導入する圧縮エア導入口、及びスラリを被加工材に対して噴射する開口部(噴射口と称してもよい)を備える。一例としてのウェットブラスト装置は、ノズルに加え、被加工材を保持する保持機構や、ノズル回転機構や、ノズル移動機構等を備えている。
【0028】
好ましい形態のウェットブラスト装置は、スリット状のノズル開口部を有する幅広ノズル(幅広ガンと称してもよい)を備える。この形態のウェットブラスト装置を使用することで、一回のウェットショットピーニング工程で、広範囲を均一に処理することが可能となる。さらに、投射材としてイットリア安定化ジルコニアを使用する一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、幅広ノズルと、イットリア安定化ジルコニアの相乗効果により、一回のウェットショットピーニング工程で、広範囲をより均一に処理することが可能となる。
【0029】
(投射条件)
スラリの投射条件について限定はなく、スラリの投射圧力、ノズルから被加工材までの投射距離、エリアカバレージ、スラリの投射角度等適宜決定できる。
一例としてのスラリの投射圧力は、0.2MPa以上0.5MPa以下である。
一例としての投射距離は、50mm以上400mm以下である。
被加工材として、S45CやSS400等の一般的な鉄鋼部材を使用する場合のエリアカバレージは100%以上600%以下が好ましい。
被加工材として浸炭処理及び窒化処理の何れか一方、又は双方の処理がされた被加工材を使用する場合のエリアカバレージは100%以上2000%以下が好ましい。本願明細書でいうエリアカバレージは、被加工材の加工面全体の面積に対して、投射材の衝突痕の総面積を比率で表した値を意味する。
一例としての投射角度は、30度以上90度以下であり、好ましくは60度以上90度以下、より好ましくは80度以上90度以下である。
【0030】
一実施形態のウェットショットピーニング方法において、ウェットショットピーニング工程を複数回行ってもよい。一例としてのウェットショットピーニング工程は、第1ウェットショットピーニング工程、及び第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う、第2ウェットショットピーニング工程を含む。
【0031】
第1ウェットショットピーニング工程と、第2ウェットショットピーニング工程で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径は、同じでもよく、異なっていてもよい。好ましい形態のウェットショットピーニング工程は、第2ウェットショットピーニングで使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径を、第1ウェットショットピーニング工程で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径よりも小さくする。好ましい形態のウェットショットピーニング工程によれば、被加工材に十分な圧縮残留応力を付与しつつも、被加工材の面粗度を小さくできる。換言すれば、被加工材表面の平滑性を高くできる。さらに、第1ウェットショットピーニング工程で被加工材に付与される圧縮残留応力に、第2ウェットショットピーニング工程で被加工材に付与される圧縮残留応力を累積でき、被加工材により高い圧縮残留応力を付与できる。第1ウェットショットピーニング工程で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径を、第1ウェットショットピーニング工程におけるスラリの投射圧力と読み替え、第2ウェットショットピーニング工程で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径を、第2ウェットショットピーニング工程におけるスラリの投射圧力と読み替えてもよい。第1ウェットショットピーニング工程と、第2ウェットピーニング工程の間に、別のウェットショットピーニング工程を行ってもよい。
【0032】
一実施形態のウェットショットピーニング方法において、ウェットショットピーニング工程を複数回行ってもよい。
一実施形態のウェットショットピーニング方法は、ウェットショットピーニング工程を複数回(1、2、3・・・n-1、n回)行うとともに、当該複数回のうち最後に行うウェットショットピーニング工程(n回目のウェットショットピーニング工程)で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径を、この直前に行うウェットショットピーニング工程(n-1回目のウェットショットピーニング工程)で使用するイットリア安定化ジルコニアの粒子径よりも小さくする。イットリア安定化ジルコニアの粒子径を、スラリの投射圧力と読み替えてもよい。
【0033】
(被加工材)
被加工材に限定はないが、一実施形態のウェットショットピーニング方法は、高い硬度を有するものや、高い強度が求められるものに対して好適である。特に、浸炭処理及び窒化処理の何れか一方、又は双方の処理がなされた被加工材に対して好適である。浸炭処理としては、ガス浸炭処理、真空浸炭処理、プラズマ浸炭処理等を例示できる。浸炭処理を、浸炭焼入れ・焼戻しと読み替えてもよい。
【0034】
浸炭処理がされた被加工材は、結晶構造を変化させることで圧縮残留応力が付与される。結晶構造の変化とは、オーステナイトからマルテンサイトへの加工誘起変態(マルテンサイト変態)である。マルテンサイト変態は可逆的であり、結晶構造が元の状態に戻った場合(可逆反応が進行した場合)には、付与された圧縮残留応力は解放される(圧縮残留応力が低下する)。したがって、浸炭処理がされた被加工材に十分な圧縮残留応力を付与するためには、結晶構造が元の状態に戻ることを抑制することが重要であるといえる。結晶構造が元の状態に戻る要因としては、被加工材表面の温度上昇が挙げられる。ところで、浸炭処理がされた被加工材は、高い硬度を有しており、十分なピーニング作用を与えるためには、多くの投射材を被加工材表面に投射する必要がある。このようなピーニング処理においては、投射時における投射材の繰り返しの衝突により被加工材の表面は加熱され、被加工材表面の温度は上昇していく傾向にある。一方で、一実施形態のウェットショットピーニング方法では、スラリに含まれる液体による冷却効果で、被加工材の温度上昇を抑制できる。したがって、一実施形態のウェットショットピーニング方法では、浸炭処理がされた被加工材に対しても、十分な圧縮残留応力を付与できる。
【0035】
また、一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、スラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアにより、被加工材の結晶構造を十分に変形(十分に塑性変形)できる。一実施形態のウェットショットピーニング方法によれば、イットリア安定化ジルコニアが有する性質に基づく上記の作用効果と、スラリに含まれる液体の冷却効果に基づく上記の作用効果との相乗効果で、硬度の高い被加工材、例えば、浸炭処理がされた被加工材に対しても、極めて高い圧縮残留応力を付与できる。
【0036】
一実施形態のウェットショットピーニング方法は、ビッカース硬度が600HV以上の被加工材に対して好適である。上限に限定はないが、イットリア安定化ジルコニアのビッカース硬度未満の被加工材に対して行うことが好適である。
【0037】
以下、被加工材として、一実施形態のウェットショットピーニング方法において好適に使用できるギアの歯車を例に挙げて具体的に説明する。
【0038】
歯面に対しては、ウェットショットピーニング工程において、第1ウェットショットピーニング工程、及び第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程を行い、第1ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を、第2ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径よりも大きくすることが好ましい。特には、第1ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を100μm以上500μm以下とし、第2ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を、第1ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径よりも小さくすることが好ましく、特には、第2ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を30μm以上200μm未満とすることがより好ましい。歯面に対して、このようなウェットショットピーニング工程を行うことで、歯面表面付近の疲労強度や、硬度を良好なものとできる。また、歯面の面粗度を十分に低くでき、結果、耐摩耗性を良好なものとできる。
【0039】
歯元に対しては、ウェットショットピーニング工程において、平均粒子径が100μm以上500μm以下のイットリア安定化ジルコニアと液体を混合したスラリを使用することが好ましい。このようなスラリを使用してウェットショットピーニング工程を行うことで、歯元の表面のみならず、歯元の表面から深くまで十分な圧縮残留応力を与えることができる。
【0040】
また、歯元に対しても、上記歯面と同様に、ウェットショットピーニング工程を複数回行ってもよい。歯元に対するウェットショットピーニング工程は、第1ウェットショットピーニング工程、及び第1ウェットショットピーニング工程よりも後に行う第2ウェットショットピーニング工程を含み、第1ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を100μm以上500μm以下とし、第2ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を、第1ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径よりも小さくすることが好ましく、特には、第2ウェットショットピーニング工程で使用するスラリに含まれるイットリア安定化ジルコニアの平均粒子径を30μm以上200μm以下とすることがより好ましい。この形態では、歯元表層の圧縮残留応力をさらに高めることができ、また、歯元強度をより向上できる。
【0041】
上記歯面、及び歯元に対するウェットショットピーニング工程において、複数回を(1、2、3・・・n-1、n回)と読み替え、第1ウェットショットピーニング工程を、n-1回目のウェットショットピーニング工程と読み替え、第2ウェットショットピーニング工程を、n回目のウェットショットピーニング工程と読み替えてもよい。
【0042】
<回収工程>
一実施形態のウェットショットピーニング方法は、ウェットショットピーニング工程後に、投射材を回収する回収工程を含んでもよい。ここでいう投射材は、イットリア安定化ジルコニア、及び任意に使用される他の投射材を含む。回収工程において、破砕した投射材の除去を行ってもよい。破砕した投射材は、遠心分離機等を使用した遠心分離により、破砕していない投射材と分離できる。
【実施例
【0043】
以下、本発明を実施例に基づきさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0044】
水、及び下記投射材をそれぞれ含むスラリ(1)~(4)、(A)~(C)を準備した(括弧内の記号は、下記投射材の括弧内の記号に対応している)。投射材の濃度は、いずれも5体積%とした。投射材(1)~(4)の比重は、6.05であり、ビッカース硬度は、1250HVである。投射材(A)の比重は、約3.9であり、ビッカース硬度は、約1800HVである。投射材(B)、(C)の比重は、3.85であり、ビッカース硬度は、700HVである。
投射材(1)・・・イットリア安定化ジルコニア(粒径:30μm)
投射材(2)・・・イットリア安定化ジルコニア(粒径:50μm)
投射材(3)・・・イットリア安定化ジルコニア(粒径:180μm)
投射材(4)・・・イットリア安定化ジルコニア(粒径:250μm)
投射材(A)・・・アルミナ(粒径:30μm)
投射材(B)・・・ジルコニア(粒径:50μm)
投射材(C)・・・ジルコニア(粒径:180μm)
【0045】
被加工材として、浸炭焼入処理が施されたSCM415(ビッカース硬度約750HV)を使用し、この被加工材に対して、上記で準備した各スラリを使用したウェットショットピーニングを行った。ウェットショットピーニングは、マコー(株)製の幅広ノズルを有するウェットブラスト装置を使用した。ウェットショットピーニングの条件は、スラリの投射圧:0.4MPa、エリアカバレージ:600%で行った。ウェットショットピーニング後、被加工材に付与された圧縮残留応力の測定を行った。圧縮残留応力の測定は、パルステック工業(株)製のX線残留応力測定装置(μ-X360n)を使用した。
【0046】
図1は、粒径が30μmの投射材を含むスラリ(1)、スラリ(A)を使用してウェットショットピーニングを行ったときの、被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。図2は、粒径が50μmの投射材を含むスラリ(2)、スラリ(B)を使用してウェットショットピーニングを行ったときの、被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。図3は、粒径が180μmの投射材を含むスラリ(3)、スラリ(C)を使用してウェットショットピーニングを行ったときの、被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。図1図3に示すように本評価では、粒径ごとに圧縮残留応力の対比を行っているが、これは、図4に示すように、圧縮残留応力は、投射材の粒径ごとに、圧縮残留応力が最大となるときの深さが変動していく傾向にあることから、粒径を同じとする条件(且つ体積%(投射材の数)も同じとする条件)での対比を行うことで、投射材による圧縮残留応力の優位性を評価できることによる。図4は、投射材がイットリア安定化ジルコニアであるスラリ(1)~(4)を使用してウェットショットピーニングを行ったときの、被加工材表層からの深さと圧縮残留応力との関係を示すグラフである。
【0047】
図1図3の結果からも明らかなように、イットリア安定化ジルコニアを使用してウェットショットピーニングを行った場合には、これ以外の投射材を使用した場合と比較して、被加工材に高い圧縮残留応力を付与できることが確認できた。また、図2の評価においては、ウェットショットピーニング後に、投射材の破砕の程度を目視で確認した。イットリア安定化ジルコニア(50μm)は、ジルコニア(50μm)と比較して、投射材の破損が少ないことが確認できた。
【要約】
【課題】硬度の高い被加工材に対しても、投射材の破砕を抑えつつ、高い圧縮残留応力を付与できるウェットショットピーニング方法を提供すること。
【解決手段】ウェットショットピーニング方法であって、ノズルを備えたウェットブラスト装置を使用し、液体と投射材とを混合したスラリを圧縮エアとともに噴射して、前記スラリに含まれる前記投射材を被加工材に衝突させるショットピーニング工程を含み、前記投射材として、イットリア安定化ジルコニアを使用する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4