(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】遊離ヘモグロビン測定試薬、遊離ヘモグロビン測定方法および抗ヘモグロビン抗体
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240826BHJP
G01N 33/72 20060101ALI20240826BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
G01N33/53 D
G01N33/72 A
G01N33/543 581A
(21)【出願番号】P 2023571225
(86)(22)【出願日】2023-09-01
(86)【国際出願番号】 JP2023032151
(87)【国際公開番号】W WO2024053586
(87)【国際公開日】2024-03-14
【審査請求日】2023-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2022140537
(32)【優先日】2022-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】油井 恵
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-209879(JP,A)
【文献】特開平03-024458(JP,A)
【文献】特開平11-201969(JP,A)
【文献】特開昭59-182367(JP,A)
【文献】特表2017-517753(JP,A)
【文献】特開平10-132824(JP,A)
【文献】特表2010-518386(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C07K 16/18
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離ヘモグロビンを測定する方法であって、
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い、前記遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応を行
い、
前記遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応を、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行う、
遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項2】
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対するが
当該複合体と等モルの遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、前記遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応を行う、請求項1に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項3】
前記2種以上の抗ヘモグロビン抗体の少なくとも1種が不溶性担体に担持されている、請求項1に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項4】
前記不溶性担体が不溶性粒子である、請求項
3に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項5】
免疫凝集法である、請求項
4に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項6】
遊離ヘモグロビンを測定する方法であって、
2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が
当該複合体と等モルの遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、前記遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応を行
い、
前記遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応を、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行う、
遊離ヘモグロビン測定方法。
【請求項7】
遊離ヘモグロビンを測定するための試薬であって、
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含
み、
遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応が、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われる、
遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項8】
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が
当該複合体と等モルの遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下
となる条件で、遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応が行われる、請求項
7に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項9】
前記2種以上の抗ヘモグロビン抗体の少なくとも1種が不溶性担体に担持されている、請求項
7に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項10】
前記不溶性担体が不溶性粒子である、請求項
9に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項11】
免疫凝集法の試薬である、請求項
10に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項12】
遊離ヘモグロビンを測定するための試薬であって、
2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含み、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が
当該複合体と等モルの遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下
となる条件で、遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応が行われ、
遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応が、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われる、
遊離ヘモグロビン測定試薬。
【請求項13】
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体とを組み合わせてなる、
遊離ヘモグロビンを特異的に測定するための抗ヘモグロビン抗体の組み合わせ。
【請求項14】
請求項
7~
12のいずれか一項に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬を含む、遊離ヘモグロビン測定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遊離ヘモグロビンを特異的に測定するための試薬および方法、ならびにこれらに用いる抗ヘモグロビン抗体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血中においてヘモグロビンは、生体内のハプトグロビンと結合し、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成する。かかる複合体は、スカベンジャー受容体のCD163を介して、最終的に肝臓のマクロファージに取り込まれることにより、分解代謝される。しかし、熱傷や人工心肺などによる溶血により、ヘモグロビンを生体内のハプトグロビンで処理しきれなくなると、ハプトグロビンとの複合体を形成していないヘモグロビン(遊離ヘモグロビン)の血中濃度が上昇する。
【0003】
遊離ヘモグロビンは、分子量が小さいため、尿中に排出されると腎臓の糸球体を通過し、尿細管上皮細胞に取り込まれてヘムとグロビンに分解される。このうちヘムに含まれるヘム鉄が触媒となって、フリーラジカルを産生させ、近位の尿細管上皮細胞を壊死させ、尿細管障害を引き起こす。遊離ヘモグロビンは、ハプトグロビン製剤により治療が可能であるが、適切な量のハプトグロビン製剤を投与するためには、遊離ヘモグロビン濃度を正確に測定する必要がある。
【0004】
遊離ヘモグロビン濃度を測定する方法として、例えば、ヒトハプトグロビンを固相に結合させた固相化ヒトハプトグロビンに、遊離ヘモグロビン含有検体を接触させて遊離ヘモグロビンを固相上のヒトハプトグロビンと結合させたのち、さらに酵素標識した抗ヒトヘモグロビン抗体を作用させ、固相上に結合した遊離ヘモグロビンを測定する方法が提案されている(特許文献1参照)。
また、抗ハプトグロビン抗体を遊離ヘモグロビン含有検体に添加し、検体中に存在するヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と該抗体を反応せしめた後、遊離ヘモグロビンを酵素免疫測定法により測定する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平2-231565号公報
【文献】特開平7-103978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
遊離ヘモグロビンの測定には、固定化ハプトグロビンに吸着させた後に、洗浄・分離を行い、遊離ヘモグロビンを策定する方法(特許文献1)、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体をあらかじめ除去して遊離ヘモグロビンを測定する方法(特許文献2)等が知られているが、いずれも操作が煩雑であり、迅速性や測定処理能力に限界があるため、特異性の高い迅速な遊離ヘモグロビン免疫測定法が求められていた。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、操作が簡便であり、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することができる試薬および方法、ならびにこれに用いることのできる抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記問題を解決すべく研究を行った結果、特定の抗ヘモグロビン抗体を2種以上用いた遊離ヘモグロビン測定試薬および測定方法、あるいはヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である遊離ヘモグロビン測定試薬および測定方法、ならびにこれらに用いる2種以上の抗ヘモグロビン抗体が、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0009】
〔1〕 遊離ヘモグロビンを測定する方法であって、
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い、前記遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応を行う、
遊離ヘモグロビン測定方法。
〔2〕 ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、前記遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応を行う、〔1〕に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
〔3〕 前記遊離ヘモグロビンを測定するための前記抗原抗体反応を、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行う、〔1〕または〔2〕に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
〔4〕 前記2種以上の抗ヘモグロビン抗体の少なくとも1種が不溶性担体に担持されている、〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
〔5〕 前記不溶性担体が不溶性粒子である、〔4〕に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
〔6〕 免疫凝集法である、〔5〕に記載の遊離ヘモグロビン測定方法。
〔7〕 遊離ヘモグロビンを測定する方法であって、
2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、前記遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応を行う、
遊離ヘモグロビン測定方法。
〔8〕 遊離ヘモグロビンを測定するための試薬であって、
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含む、
遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔9〕 ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である、〔8〕に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔10〕 遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応が、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われる、〔8〕または〔9〕に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔11〕 前記2種以上の抗ヘモグロビン抗体の少なくとも1種が不溶性担体に担持されている、〔8〕~〔10〕のいずれか一項に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔12〕 前記不溶性担体が不溶性粒子である、〔11〕に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔13〕 免疫凝集法の試薬である、〔12〕に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔14〕 遊離ヘモグロビンを測定するための試薬であって、
2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含み、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である、
遊離ヘモグロビン測定試薬。
〔15〕 ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体とを組み合わせてなる、抗ヘモグロビン抗体の組み合わせ。
〔16〕 〔8〕~〔14〕のいずれか一項に記載の遊離ヘモグロビン測定試薬を含む、遊離ヘモグロビン測定キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明の測定方法および測定試薬によれば、操作が簡便でありながら、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1で得られた抗体の特異性を確認した結果を表す泳動画像である。実施例1で得られた抗体を一次抗体として用いたウエスタンブロットを実施し、バンド画像を取得した。得られたバンド画像を解析し、泳動レーンのバンド輝度を積算値として算出した。
【
図2】ヒトヘモグロビンを電気泳動しCBB染色を行い得られた泳動画像である。得られた泳動画像からα鎖、β鎖のバンド輝度の積算値をそれぞれ算出し、バンド輝度のノーマライズのための係数(α鎖のバンド積算値に係数0.783を乗じる)を算出した。
【
図3】実施例5で作製した免疫凝集反応測定試薬を用い、低濃度域(0~10μg/mL)のヘモグロビンを測定した結果を表すグラフである。
【
図4】実施例5で作製した免疫凝集反応測定試薬を用い、高濃度域(0~100μg/mL)のヘモグロビンを測定した結果を表すグラフである。
【
図5】遊離ヘモグロビン(free-Hb)/ヘモグロビン-ハプトグロビン(Hb-Hp)複合体の各混合液(検体)を、実施例5で作製した免疫凝集反応測定試薬と、市販の比色測定試薬とを用いて測定した結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0013】
〔用語〕
(ヘモグロビン)
ヘモグロビンは、生体内中で赤血球中に含まれるタンパク質であり、酸素分子と結合する性質を持ち、酸素の運搬に関与している。
ヘモグロビンは、141個のアミノ酸からなるα鎖(サブユニット)と、146個のアミノ酸からなるβ鎖(サブユニット)との2種類のサブユニットを二つずつ有する四量体構造[α2β2]となっている。α鎖の分子量は約15,500、β鎖の分子量は約17,000であり、後述するようにこれらは電気泳動等により分離が可能である。なお、ヘモグロビン全体の分子量は、約64,500である。
【0014】
(ハプトグロビン)
ハプトグロビンは、糖タンパク質の1種であり、ヘモグロビンと特異的に結合しヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成する。ヒトハプトグロビンには3種の血清型が存在し、Hp1-1型、Hp2-1型、Hp2-2型がある。ハプトグロビンは、最も単純な構造(Hp1-1型)では、2本のα鎖と2本のβ鎖とから構成され、これらはS-S結合により連結されている。
分子量は、Hp1α鎖が約10000、Hp2α鎖が約18000、β鎖が約39000である。ハプトグロビン全体の分子量は、例えばHp1-1型で約98000である。
【0015】
(ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体)
ヘモグロビンとハプトグロビンとが複合体を形成する際、1分子の四量体ヘモグロビン[α2β2]は、2分子の二量体ヘモグロビン[αβ]へと解離して、それぞれの二量体ヘモグロビンがハプトグロビンと結合する。そして、Hp1-1型ハプトグロビンは、二量体ヘモグロビンとの結合部位を分子内に2か所有する。そのため、Hp1-1型ハプトグロビンと四量体ヘモグロビン[α2β2]とで複合体を形成すると、1分子のHp1-1型ハプトグロビンに、1/2分子の二量体ヘモグロビン[αβ]が2つ結合した複合体となる。
【0016】
四量体の遊離ヘモグロビン[α2β2]を抗原として得られた抗体は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に含まれる二量体ヘモグロビン[αβ]とも反応してしまう。そのため、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と結合しない抗遊離ヘモグロビン抗体を、常法の動物免疫で取得することは、これまで非常に困難であった。
これに対し、本実施形態においては、2種以上の抗ヘモグロビン抗体を選択して用いることで、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と反応せず、遊離ヘモグロビンと反応することを見出したものである。
【0017】
ここで、後述する「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」を評価する際に、抗原として用いるヘモグロビン-ハプトグロビン複合体は、ヘモグロビンとHp1-1型ハプトグロビンとの複合体を意味する。ただし、かかる複合体に対する反応性が、遊離ヘモグロビンに対する反応性に比べて十分に低い場合には、その他のハプトグロビン(Hp2-1型,Hp2-2型)とヘモグロビンとの複合体に対する反応性も、遊離ヘモグロビンに対する反応性に比べて十分に低いものとなる。
【0018】
〔遊離ヘモグロビン測定方法:第一の実施形態〕
本発明の一実施形態に係る、遊離ヘモグロビン測定方法は、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応を行うものである。
なお、以下にここで述べる実施形態を、遊離ヘモグロビン測定方法の第一の実施形態ということがある。
【0019】
(免疫学的手法)
本実施形態の遊離ヘモグロビン測定方法は、抗原抗体反応を利用する方法、すなわち免疫学的手法であれば特に限定されず、例えば、免疫凝集法(例えば、ラテックス凝集法、金コロイド凝集法等)、ELISA法、イムノクロマトグラフ法等が挙げられる。本実施形態の測定方法は、これらの中でも免疫凝集法、より好ましくはラテックス凝集法に好適に用いられる。
【0020】
(抗体)
本実施形態で用いる抗ヘモグロビン抗体は、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体である。
ここで、「ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体」とは、ヘモグロビンα鎖に対する反応が、β鎖に対する反応より十分に高い、抗ヘモグロビン抗体を意味する。なお、本明細書において、抗ヘモグロビン抗体が有するこのような性質を、抗ヘモグロビン抗体の特異性ということがある。
【0021】
抗ヘモグロビン抗体の特異性は、例えば、ヘモグロビンα鎖に対する反応とβ鎖に対する反応との合計に対し、ヘモグロビンα鎖に対する反応が75%以上、さらには80%以上である性質とすることができる。「ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体」も同様である。
ヘモグロビンα鎖に対する特異性は、後述する実施例にて示すように:ヘモグロビンに対し、評価しようとする抗ヘモグロビン抗体を一次抗体として用いてウエスタンブロットを実施し;メンブレン上のα鎖が存在する領域のバンド輝度と、β鎖が存在する領域のバンド輝度とをそれぞれ積算し;両積算値の合計量に対するα鎖積算値の割合を算出する;ことで評価することができる。ヘモグロビンβ鎖に対する特異性も同様である。
【0022】
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせにより、遊離ヘモグロビンを特異的に測定できる作用機序について、本発明者らは以下のように考えている。
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体のヘモグロビン部分、すなわち、ハプトグロビンと複合体を形成した、αβの二量体構造のヘモグロビンに対しては、立体障害等により、α鎖特異的抗体とβ鎖特異的抗体とが同時に結合できないものと考えられる。
これに対し、遊離ヘモグロビンは、α2β2の四量体構造のヘモグロビンであり、かつハプトグロビンと複合体を形成していないため、α鎖特異的抗体とβ鎖特異的抗体とが同時に結合できるものと考えられる。
ただし、α鎖特異的抗体とβ鎖特異的抗体との組み合わせにより遊離ヘモグロビンを特異的に測定できる作用機序は、必ずしも上記の作用機序に限定されない。
【0023】
本実施形態で使用し得る抗ヘモグロビン抗体の種類は、前述した特異性を満たすものであれば特に限定されない。例えば、抗体が由来する動物種は特に限定されず、例えば、ウサギ、ヤギ、マウス、ラット、ウマ、ヒツジ等の動物に由来する抗体が挙げられ、公知の方法により、測定対象物を免疫した動物の血清から得られるポリクローナル、測定対象物を免疫した動物の脾臓をミエローマ細胞と細胞融合して得られるモノクローナル抗体のいずれを用いてもよい。また、それらの断片[例えば、F(ab’)2、Fab、Fab’、またはFv]を用いてもよい。
【0024】
(不溶性担体)
本実施形態で用いる上記2種以上の抗ヘモグロビン抗体は、それらの少なくとも1種が不溶性担体に担持されていてもよく、2種以上が不溶性担体に担持されていてもよい。
かかる不溶性担体は、抗体を担持できるものであれば特に限定されず、前述した免疫学的手法の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、不溶性担体としては、例えば、免疫学的手法に使用できる不溶性粒子が挙げられ、不溶性粒子としては、一般的に使用される金コロイド粒子等の金属コロイド粒子、ラテックス粒子、シリカ粒子、磁性粒子、蛍光粒子、赤血球等が挙げられる。不溶性粒子としては、ラテックス粒子が好ましく、ポリスチレン系ラテックス粒子がさらに好ましい。不溶性担体は、好ましくは粒子状であり、その平均粒子径としては5~1,000nmが好ましく、30~500nmがより好ましく、75~350nmがさらに好ましいが、特にこの範囲に捉われることなく、使用することが可能である。
【0025】
抗体を担持しているとは、抗体が不溶性担体の表面に物理吸着または化学結合していることによって固定化されることをいう。担持方法(固定化方法)としては、例えば、公知の技術である、抗体と不溶性担体粒子とを混合して、不溶性担体粒子の表面に抗体を物理的に吸着させることにより不溶性担体粒子への抗体の固定化が可能である。また、表面にアミノ基やカルボキシル基を導入した不溶性担体粒子を用いる場合には、グルタルアルデヒドやカルボキシイミド試薬を用いた化学結合によって不溶性担体粒子の表面への抗体の固定化が可能である。
抗体の担持量は、特に限定されないが、0.5~2,000μg/mgラテックスであればよく、1~1,000μg/mgラテックス、または2~500μg/mgラテックスであってもよい。抗体の担持量は、不溶性担体に固定化する前の抗体量から固定化した後の抗体量を引いた量で算出することができる。
【0026】
また、不溶性担体に2種以上の抗ヘモグロビン抗体が担持されている場合、ともに同じ不溶性担体に担持されてもよい。また、1種の不溶性担体に1種の抗ヘモグロビン抗体を担持させた不溶性担体を複数種混合して用いてもよい。この場合において、異なる種の抗ヘモグロビン抗体を担持するために用いられる不溶性担体は、同種の不溶性担体であってもよく、材質または粒径等が異なる異種の不溶性担体であってもよい。
【0027】
(反応性)
本実施形態においては、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応を行うことが好ましい。
「遊離ヘモグロビンに対する反応性」とは、抗原として遊離ヘモグロビンを単独で添加した場合の反応性をいう。「反応性」は、上記免疫学的手法において抗原を定量するための指標により評価される。例えば、免疫凝集法であれば、所定時間における濁度変化量、ELISA法であれば標識化抗体の標識に起因して生じる発色・吸光量等が挙げられる。遊離ヘモグロビンに対する反応性は、例えば、抗原抗体反応の反応液において遊離ヘモグロビンが2.7pmol/mL(1μg/mL)、27pmol/mL(10μg/mL)、270pmol/mL(100μg/mL)となる条件にて評価することができる。
【0028】
また、「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」は、抗原としてヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を添加した場合の反応性をいう。ここで、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を添加するとは、あらかじめヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成させたものを添加する態様のほか、遊離ヘモグロビンと、それと等モルのハプトグロビンとをそれぞれ添加し、混合液中でヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成させる態様を包含する。
【0029】
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性は、抗原を等モルのヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に変更する以外は、前述した遊離ヘモグロビンに対する反応性と同一の反応条件にて評価される。例えば、遊離ヘモグロビンに対する反応性を遊離ヘモグロビンが2.7pmol/mLとなる条件にて評価する場合には、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性は、当該複合体が2.7pmol/mLとなる条件にて評価される。
ここで、同一の反応条件であるとは、抗原抗体反応に用いる抗ヘモグロビン抗体、当該抗体の濃度、抗原抗体反応の反応液の組成(pH緩衝剤,塩,添加剤の種類・濃度)およびpH、抗原抗体反応の反応時間および温度が同一であることをいう。なお、抗ヘモグロビン抗体が後述するように不溶性担体に担持されている場合は、同種の抗体担持担体を用いるものとする。
【0030】
「遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応」は、遊離ヘモグロビンを測定しようとする測定対象(例えば、検体等)を添加して行われる抗原抗体反応であり、前述した反応性を評価するための抗原抗体反応とは区別される。上記測定対象には、遊離ヘモグロビンの他に、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体が存在する場合が多い。換言すると、遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われることが多い。
【0031】
本実施形態において、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で行われることが好ましい。かかる反応性の比率は、10%以下であってよく、さらには5%以下であってもよい。
遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応が当該条件で行われるとは、前述した「遊離ヘモグロビンに対する反応性」および「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」を評価したのと同一の反応条件によって行われることを意味する。同一の反応条件の定義は前述したとおりである。
【0032】
(測定)
本実施形態においては、遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応を行った後、公知の方法により測定される。測定する対象は、採用した免疫学的手法に応じて適宜設定することができ、例えば、免疫凝集法であれば、所定時間における濁度変化量、ELISA法であれば標識化抗体の標識に起因して生じる発色・吸光量等が挙げられる。そのため、これらを測定する方法も、公知の方法、例えば光学的手法を採用することができ、汎用の光学的測定装置を用いることができる。
【0033】
〔遊離ヘモグロビン測定方法:第二の実施形態〕
本発明の遊離ヘモグロビン測定方法は、第二の実施形態として:2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用い;ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応を行う;ものとすることができる。
【0034】
「遊離ヘモグロビンに対する反応性」、「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」の定義は、第一の実施形態で説明したとおりである。
【0035】
本実施形態で用いる2種以上の抗ヘモグロビン抗体は、上記反応性を満たす組み合わせであれば、特に限定されない。例えば、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせ;ヘモグロビンα鎖とβ鎖との境界近傍に特異的な抗体の組み合わせ;等を用いることができる。
これらの中でも、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせが特に好ましい。
【0036】
本実施形態においては、2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用いるため、上記抗原抗体反応は、同一の抗原(本実施形態においては、ヘモグロビン)中の2以上の異なるエピトープに対する抗原抗体反応であることが好ましい。換言すると、本実施形態の免疫学的手法は、当該2以上の抗原抗体反応を利用する方法であることが好ましい。
【0037】
本実施形態に係るその他の構成(不溶性担体等)は、第一の実施形態と同様である。
【0038】
上記実施形態に係る測定方法は、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応を:
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を用いて行う;または、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下となる条件で行う。
これにより、例えばヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われる場合であっても、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の量に左右されず、遊離ヘモグロビンの量を測定することができる。
本実施形態の測定方法によれば、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応の前に、あらかじめヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を除去する等の工程を必要としない。そのため、操作が簡便でありながら、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することができる。
【0039】
〔遊離ヘモグロビン測定試薬:第一の実施形態〕
本発明の一実施形態に係る遊離ヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含むものである。
なお、以下にここで述べる実施形態を、遊離ヘモグロビン測定試薬の第一の実施形態ということがある。
【0040】
本実施形態の試薬で用いる抗ヘモグロビン抗体は、前述した遊離ヘモグロビン測定方法の第一の実施形態において説明した抗体を用いることができる。
【0041】
本実施形態の試薬で用いる上記2種以上の抗ヘモグロビン抗体は、それらの少なくとも1種が不溶性担体に担持されていてもよく、2種以上が不溶性担体に担持されていてもよい。かかる不溶性担体は、不溶性粒子であってよい。不溶性担体や不溶性粒子の種類、抗体の担持方法等については、前述した測定方法で説明したとおりである。
【0042】
本実施形態の試薬は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下であることが好ましい。「遊離ヘモグロビンに対する反応性」、「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」は、前述した測定方法で説明したとおりである。
【0043】
本実施形態に係る測定試薬は、後述する試薬の構成(反応液の組成等)のほか、通常、取扱説明書等の添付文書を備えており、遊離ヘモグロビンを測定するための反応条件が、試薬の構成および添付文書により特定される。より具体的には、測定試薬の添付文書には、2種以上の抗ヘモグロビン抗体(これらが不溶性担体に担持されている態様を含む)の添加量、反応液の合計液量、添加手順、反応時間および反応温度などが特定されており、これらに沿って本実施形態の測定試薬を使用することにより、遊離ヘモグロビンを測定するための反応条件が特定されることとなる。
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である試薬、とは、当該試薬について特定された反応条件において、「遊離ヘモグロビンに対する反応性」と「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」とをそれぞれ評価して対比したときに、15%以下であればよい。ここで述べた反応性は、10%以下であってよく、さらには5%以下であってもよい。また、「遊離ヘモグロビンに対する反応性」は、所定濃度の遊離ヘモグロビン(例えば、2.7pmol/mL、27pmol/mL、270pmol/mL)に対する反応性で評価することができ、同様に「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」は遊離ヘモグロビンの所定濃度と等モルのヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性で評価することができる。
【0044】
(測定試薬の形態等)
本実施形態の測定試薬は、前述した構成を備え、免疫学的手法を利用して遊離ヘモグロビンを測定する試薬である。これらの要件を満たすものであれば、測定試薬の形態は特に限定されず、例えば、免疫凝集法(例えば、ラテックス凝集法、金コロイド凝集法等)、ELISA法、イムノクロマトグラフ法等を利用した試薬とすることができる。これらの中でも、免疫凝集法の試薬であることが好ましく、ラテックス凝集法の試薬であることがより好ましい。
【0045】
本実施形態の測定試薬は、例えば、不溶性担体を含有しない試薬(第1試薬)および抗体を担持する不溶性担体(抗体担持不溶性担体)を含有する試薬(第2試薬)の二試薬系で構成されてもよく、抗体担持不溶性担体を含有する試薬のみの一試薬系で構成されるようにしてもよい。
ここで、第1試薬は、反応系における測定対象物や夾雑物の濃度の調整や反応速度の調整等の点から希釈液として用いるなど、測定環境を調整するよう用いることができる。第2試薬は、抗体担持不溶性担体を含有しており、第1試薬および試料と混合されて、免疫凝集反応を生じる。第1試薬および第2試薬は、pH緩衝剤、塩、界面活性剤、凝集促進剤、防腐剤などを、適宜含むことができる。凝集反応時のpHとしては5~9が好ましい。
【0046】
また、測定試薬は試料と混合して反応液を得るが、不溶性担体の反応液中の濃度は、使用する不溶性担体の粒径や測定系全体の設計にあわせ、例えば0.0001mg/mL~10mg/mLの範囲から適宜選択をすることができる。測定試薬における抗ヘモグロビン抗体を担持する不溶性担体の濃度は、0.01~5mg/mL、または0.05~1mg/mLであってよい。なお、不溶性担体の第二試薬中の濃度は、使用時には第一試薬や試料等と混合することにより希釈されるため、その第二試薬中の不溶性担体の濃度は、希釈倍率に応じて適宜選択することができ、例えば、2倍希釈して用いる場合は、0.0002mg/mL~20mg/mL、3倍希釈して用いる場合は、0.0003mg/mL~30mg/mLとなるように適宜調整することができる。
【0047】
〔遊離ヘモグロビン測定試薬:第二の実施形態〕
本発明の遊離ヘモグロビン測定試薬は、第二の実施形態として:2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含み;ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である;ものとしてもよい。
【0048】
本実施形態の測定試薬で用いる抗体は、前述した遊離ヘモグロビン測定方法における第二の実施形態において説明したとおりである。
また、「遊離ヘモグロビンに対する反応性」、「ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性」は、遊離ヘモグロビン測定試薬に係る第一の実施形態で説明したとおりである。本実施形態の測定試薬におけるその他の構成(不溶性担体,試薬の形態等)も、遊離ヘモグロビン測定試薬に係る第一の実施形態で説明したとおりである。
【0049】
以上述べた遊離ヘモグロビン測定試薬は:
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせを含む2種以上の抗ヘモグロビン抗体を含む;または、
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下である。
これにより、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の量に左右されず、遊離ヘモグロビンの量を測定することができる。そのため、遊離ヘモグロビンを測定するための抗原抗体反応が、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の存在し得る環境下で行われる場合であっても、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することができる。これにより、遊離ヘモグロビンを測定するため抗原抗体反応の前に、あらかじめヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を除去する等の工程を必要とせず、操作が簡便でありながら、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することができる。
【0050】
〔そのほかの実施形態〕
本発明は、ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせをさらに提供する。
「ヘモグロビンα鎖に特異的に反応する」、「ヘモグロビンβ鎖に特異的に反応する」の定義は前述したとおりである。
ヘモグロビンα鎖に特異的な抗体と、ヘモグロビンβ鎖に特異的な抗体との組み合わせは、遊離ヘモグロビンを特異的に測定するために特に好適である。
【0051】
また、本発明は、上記の遊離ヘモグロビン測定試薬を含む、遊離ヘモグロビン測定キットをさらに提供する。
当該キットに含まれる測定試薬は、例えば、抗ヘモグロビン抗体担持不溶性担体を含むものとすることができる。また、上記遊離ヘモグロビン測定キットは、測定試薬の他に、キャリブレータ、およびコントロールなどの構成を含んでもよく、また、検体を採取するための器具および容器、検体を保存するための保存溶液などの構成を含んでいてもよい。
【0052】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0053】
以下、製造例、試験例等を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の製造例、試験例等に何ら限定されるものではない。
【0054】
実施例1:抗ヒ卜ヘモグロビンモノクローナル抗体の作製
(1)マウスへの免疫
マウスに対してヘモグロビンで免疫した。各々の免疫後に、マウスの抗体価は、125Iで標識したヘモグロビンを用いた2抗体法のRIA法で測定した。その結果、高い抗血清価が得られたマウスを選択した。
(2)細胞融合
選択したマウスより脾臓を摘出し、脾細胞を調製した。調製した脾細胞とマウスミエローマ細胞とを電気融合法にて細胞融合を行い、融合細胞選択培地に懸濁して96穴マイクロプレートに播種した。
(3)モノクローナル抗体産生細胞株のスクリーニング
細胞融合の10日後に、125Iで標識したヘモグロビンを用いた2抗体法のRIA法で、抗ヒトヘモグロビンモノクローナル抗体産生細胞をスクリーニングし、10クローンを得た。
【0055】
実施例2:抗体の特異性確認
ヒトO型血液より精製したヒトヘモグロビン(栄研化学社製)を、電気泳動用ポリアクリルアミドプレキャストゲル(ATTO社製)およびAE-6530ラピダス・ミニスラブ電気泳動槽(ATTO社製)を用いて泳動した。泳動したタンパク質を、トランスブロットSDセル(Bio-Rad社製)を用いてPVDF膜へ転写した。
一次抗体として実施例1で得られた抗体(1μg/mL)、二次抗体としてHRPで標識した抗マウスIgG抗体認識抗体(ウサギ由来ポリクローナル抗体,Cappel社製)を用いてウエスタンブロットを実施し、Western Lightning ECL Pro(PerkinElmer社製)を用いてHRPを発光させ、バンド画像を取得した。バンド画像を、CS Analyzer ver.3.0(ATTO社製)を用いて解析し、計測モード:指定領域ゾーンデンシトメトリーにて、泳動レーンのバンド輝度を積算値として算出した(
図1)。
次に、ウエスタンブロットのバンド輝度よりα鎖、β鎖のバンド輝度積算値を求めた。なお、バンド輝度の補正のため、後述する方法により算出した係数0.783をα鎖のバンド積算値に乗じた。
α鎖積算値+β鎖積算値を100%とした場合の各サブユニットのバンド輝度割合を求めた。この結果より、α鎖バンドの積算値割合が75%以上を示した抗体をヘモグロビンα鎖特異的抗体、β鎖バンドの積算値割合が75%以上を示した抗体をヘモグロビンβ鎖特異的抗体と判断した。結果を表1に示す。
【0056】
なお、バンド輝度を補正するため、ヒトヘモグロビンを、電気泳動用ポリアクリルアミドプレキャストゲル(ATTO社製)およびAE-6530ラピダス・ミニスラブ電気泳動槽(ATTO社製)を用いて上記と同様に泳動し、CBB染色を行った。得られた泳動画像のα鎖、β鎖のバンド輝度の積算値を算出し、α鎖積算値+β鎖積算値を100%とした場合の各サブユニットのバンド輝度割合を求めた。この結果より、β鎖とα鎖のバンド輝度は43.9%:56.1%であり、バンド輝度のノーマライズのため、α鎖のバンド積算値に係数0.783をかけることとした(
図2)。
【0057】
【0058】
表1に示すように、実施例1で得られた抗体のうち、No.1、8、12および16は、α鎖積算値とβ鎖積算値との合計に対し、α鎖積算値の割合が75%以上であったことから、α鎖特異的抗体であると認められた。
これらに対し、No.4、11、21、23、24および32は、α鎖積算値とβ鎖積算値との合計に対し、β鎖積算値の割合が75%以上であったことから、β鎖特異的抗体であると認められた。
【0059】
実施例3:モノクローナル抗体の反応性-1
実施例1で得られた抗体を用い、遊離ヘモグロビンに対する反応性と、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性とを評価した。以下に述べる方法により、各々の抗ヒトヘモグロビンモノクローナル抗体をポリスチレンラテックス粒子に固定化し、ヘモグロビンまたはヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を含む試料と反応させたときの凝集の度合いを比較した。
【0060】
(1)モノクローナル抗体のポリスチレンラテックス粒子への固定化
ポリスチレンラテックス粒子への抗体の固定化は、公知の技術を利用して実施した。各抗ヘモグロビンモノクローナル抗体とポリスチレンラテックス粒子(粒径200nm)を混合してそれぞれ固定化し、ポリスチレンラテックス粒子表面に抗ヘモグロビンモノクローナル抗体を担持することにより、抗体担持ポリスチレンラテックス粒子溶液を調製した。
【0061】
(2)試料の調製
ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の試料は、50mM HEPES緩衝液(pH7.4)に32.3pmol/mLのヘモグロビンと、それと等モルの32.3pmol/mLのハプトグロビンを等液量で混和して調製した。ヘモグロビンのみの試料は、50mM HEPES緩衝液(pH7.4)に16.1pmol/mLのヘモグロビンを含むものを使用した。
【0062】
(3)ラテックス凝集の測定方法
96穴平底マイクロプレートのウェルを用いて凝集反応を行なった。具体的な方法は、50mM HEPES緩衝液(pH7.4)をマイクロプレートの各ウェルに100μL分注し、各々の抗体を固定化したポリスチレンラテックス粒子溶液を50μL添加した後に、(2)で調製した試料を30μL添加した。吸光マイクロプレートリーダー(テカンジャパン社)を用いて試料の添加10秒後および5分10秒後に波長660nmで吸光度を測定し、その差を凝集の指標とした。さらに、ヘモグロビンに対する凝集反応性と、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する凝集反応性との比を求めた。
結果を表2に示す。
【0063】
【0064】
表2に示すように、用いた抗体の組み合わせにおいては、遊離ヘモグロビンに対し、特異的反応が認められた。ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性は、遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下であった。
【0065】
実施例4:モノクローナル抗体の反応性-2
実施例1で得られた10種の抗体の全ての組み合わせについて、遊離ヘモグロビンに対する反応性と、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性とを評価した。方法は、実施例3で用いたのと同様の方法で確認した。
【0066】
以下の基準にて、反応性を評価した。
A:ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と反応させたときの凝集の度合い(ΔOD×10,000,以下同様)が、遊離ヘモグロビンと反応させたときの凝集の度合いの15%以下だったもの
B:ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と反応させたときの凝集の度合いが、遊離ヘモグロビンと反応させたときの凝集の度合いの50%以上だったもの(ただし、次の「-」を除く)
-:遊離ヘモグロビン、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の両方で凝集の度合いが著しく低かった(ΔOD×10,000がいずれも500以下)もの
【0067】
上記Bは、遊離ヘモグロビン、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の両方の凝集の度合いが装置の測定限界を超えたもの(ΔOD×10,000がいずれも3000超)となった結果、上記比率になったものを含む。
結果を表3に示す。なお、本試験においては、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体と反応させたときの凝集の度合いが、遊離ヘモグロビンと反応させたときの凝集の度合いの15%超50%未満の組み合わせは得られなかった。
【0068】
【0069】
表3に示すように、α鎖特異的抗体とβ鎖特異的抗体を組み合わせることにより、遊離ヘモグロビンに対する特異的な反応が認められた。
【0070】
実施例5:遊離ヘモグロビン測定試薬
実施例1で得られた抗体を用いて免疫凝集反応測定試薬を作製した。
【0071】
(1)試薬の調製
測定試薬として、第1試薬および第2試薬を調製した。第1試薬として、50mM HEPES緩衝液(pH7.4)を用いた。第2試薬として、実施例2の抗ヘモグロビンモノクローナル抗体(抗Hb抗体)のそれぞれを担持する各ポリスチレンラテックスを混合してラテックス濃度1.0mg/mLに調整し、免疫凝集反応測定試薬を作製した。
抗体担持不溶性担体は、各抗ヘモグロビンモノクローナル抗体とポリスチレンラテックス粒子(平均粒径100nm)とを混合して、ポリスチレンラテックス粒子表面に抗ヘモグロビンモノクローナル抗体を担持することにより調製した。本試薬では、α鎖特異的抗ヘモグロビンモノクローナル抗体としてNo.16を用い、β鎖特異的抗ヘモグロビンモノクローナル抗体としてNo.11を用いた。
【0072】
(2)試料調製、測定条件
総ヒトヘモグロビン常用参照標準物質JCCRM912-3(検査医学標準物質機構製)を、Hbキャリブレータ希釈液‘栄研’(栄研化学社製)を用い、表4~表5に示す目的濃度となるように混合し、上記(1)で作成した測定試薬と、生化学自動分析装置JCA-BM6070とを用いて測定した。
低濃度域(0~10μg/mL,FHB_L)と高濃度域(0~100μg/mL,FHB_H)について、直線性試験を行った。
【0073】
=低濃度域(FHB_L)の測定条件=
検体量:5.0μL 第1試薬:50μL 第2試薬:25μL 測定波長:658nm
=高濃度域(FHB_H)の測定条件=
検体量:1.0μL 第1試薬:50μL 第2試薬:50μL 測定波長:658nm
結果を表4~表5および
図3~
図4に示す。
【0074】
(3)遊離ヘモグロビンおよびヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性
総ヒトヘモグロビン常用参照標準物質JCCRM912-3(検査医学標準物質機構製)、およびヒトプール血漿由来ハプトグロビン(SIGMA-ALDRICH社製)を、Hbキャリブレータ希釈液‘栄研’(栄研化学社製)を用いて混合し、遊離ヘモグロビンおよびヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の測定用試料を調製した。
遊離ヘモグロビンの測定用試料は、それぞれ1μg/mL(2.7pmol/mL)、10μg/mL(27pmol/mL)、および100μg/mL(270pmol/mL)となるよう調製した。また、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の測定用試料は、等モルのハプトグロビンを添加することで、測定用試料中で複合体を形成させた。
【0075】
調製した試料を、上記(1)で作成した測定試薬と、生化学自動分析装置JCA-BM6070とを用いて測定した。
結果を表6に示す。
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
表4~表5および
図3~
図4に示すように、本実施例の免疫凝集反応測定試薬によれば、濃度に比例した遊離ヘモグロビンの測定が可能であった。
また、表6に示すように、本実施例の免疫凝集反応測定試薬は、2.7pmol/mL、27pmol/mLおよび270pmol/mL(=遊離ヘモグロビンでそれぞれ1μg/mL、10μg/mLおよび100μg/mL)において、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体に対する反応性が遊離ヘモグロビンに対する反応性の15%以下であった。
【0080】
実施例6:他の測定法との比較
遊離ヘモグロビンとヘモグロビン-ハプトグロビン複合体とを混合した検体で、測定法の比較を実施した。
【0081】
(1)精製遊離ヘモグロビンとヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の作製
総ヒトヘモグロビン常用参照標準物質JCCRM912-3H(検査医学標準物質機構製)を、生理食塩水を用いて2.0mg/mLに希釈した。
また、ヒトプール血漿由来ハプトグロビン(SIGMA-ALDRICH社製)凍結乾燥品1mgを、生理食塩水303μLに溶解し、ハプトグロビン溶液(3.3mg/mL)を調製した。
【0082】
(2)遊離ヘモグロビンとヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の混合
2.0mg/mLに調製した遊離ヘモグロビン(free-Hb)は一定量とし、これに3.3mg/mLに調製したハプトグロビン(Hpt)溶液を表7の容量で混合し、混合比の異なる溶液(検体)を調製した。なお、表7中のfree-Complexは、遊離ヘモグロビンとヘモグロビン-ハプトグロビン複合体とのモル比を表す。
【0083】
【0084】
(3)遊離ヘモグロビン/ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体混合液の測定
市販のヘモグロビン比色測定試薬を使用し、実施例5で作製した免疫凝集反応測定試薬と比較した。
ヘモグロビン比色測定試薬は、ラウリル硫酸ナトリウムで赤血球膜を溶解し、溶出したヘモグロビンを吸光度測定することにより定量する試薬である。ただし本試験では溶血のステップを省略した。上記(2)で調製した遊離ヘモグロビン(free-Hb)/ヘモグロビン-ハプトグロビン(Hb-Hp)複合体の各混合液(検体)を、ヘモグロビン比色測定試薬と混合し、分光光度計(島津社製、UV-1900)を用いて540nmで測定した。
【0085】
一方、実施例5で作製した免疫凝集反応測定試薬(Latex試薬)は、上記(2)で調製した各混合液(検体)を、それぞれ生理食塩水で50倍に希釈し、下記の条件にて、生化学自動分析装置JCA-BM6070を用いて測定した。
検体量:1.0μL,第1試薬:50μL,第2試薬:50μL,測定波長:658nm
結果を表8および
図5に示す。
【0086】
【0087】
市販のヘモグロビン比色定量試薬は、遊離ヘモグロビンとヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の比率が変わっても測定値が変化せず、両者を識別して測定することができなかった。これに対し、本発明の免疫凝集反応測定試薬(ラテックス試薬)は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の量に影響されず、遊離ヘモグロビン濃度に比例した測定値が得られた。
以上の結果から、本発明のラテックス試薬は、遊離ヘモグロビンを特異的に測定することが示された。