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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/17 20060101AFI20240827BHJP
【FI】
B60T8/17 B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020145521
(22)【出願日】2020-08-31
(65)【公開番号】P2022040694
(43)【公開日】2022-03-11
【審査請求日】2023-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】幽谷 真一郎
【審査官】久慈 純平
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-034244(JP,A)
【文献】特開2003-312463(JP,A)
【文献】特開2015-067233(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/17
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
調圧シリンダ内に挿入された調圧ピストンを電気モータによって移動して、ホイールシリンダ内の制動液の圧力である制動液圧を調整する調圧ユニットと、
前記調圧ピストンの変位に相当する変位相当量を検出する変位センサと、
前記変位相当量に基づいて前記電気モータを制御するコントローラと、
を備えた、車両の制動制御装置において、
前記コントローラは、
前記制動液圧を増加する増圧指示時には前記調圧ピストンを第1方向に移動し、前記制動液圧を保持する保持指示時には前記調圧ピストンを移動せず、前記制動液圧を減少する減圧指示時には前記調圧ピストンを前記第1方向とは反対の第2方向に移動するとともに、
前記増圧指示時、及び、前記保持指示時のうちの少なくとも1つにおいて、前記電気モータへの通電開始から通電終了に至るまでの期間である一制動作動中に前記変位相当量が所定変位以上になる特定状態が生じた場合に前記調圧ピストンを前記第2方向へ移動する一方、
前記制動制御装置から外に制動液が漏れ出すことがあると判定した場合に、前記特定状態が生じていることに伴う前記調圧ピストンの前記第2方向への移動を禁止する、車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制動制御装置であって、
前記調圧シリンダと前記ホイールシリンダとの間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常開型のインレット弁を備え、
前記コントローラは、
前記特定状態が発生した場合に前記インレット弁を前記閉位置にする、車両の制動制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の車両の制動制御装置であって、
前記調圧シリンダと前記ホイールシリンダとの間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常閉型の連絡弁を備え、
前記コントローラは、
前記特定状態が発生した場合に前記連絡弁を前記閉位置にする、車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
出願人は、「電気モータによって駆動される加圧機構と、排出型の調圧手段(液圧モジュレータ)とを備えた車両の制動制御装置において、アンチスキッド制御を比較的長い時間に亘って実行しても、加圧機構のピストンのボトミングが発生する可能性を低くすること」を目的に、特許文献1に記載されるような制動制御装置を開発している。該制動制御装置は、以下のように構成される。即ち、「加圧機構KAKには、ピストンKPSと、シール部材とが設けられる。ピストンは、調圧手段MJRに通ずる流体経路に接続された第1流体室と、リザーバRSVに通ずる流体経路に接続された第2流体室とを区画する。シール部材は、ピストンが第1流体室側(第1方向)に移動するときには第1流体室から第2流体室への制動液の移動を許容せず、ピストンが第2流体室側(第2方向)に移動するときには第2流体室から第1流体室への制動液の移動を許容する。アンチスキッド制御の実行中において減圧モードが選択されている間に、ピストンが第2方向へ移動される。」
【0003】
ところで、上記ボトミングは、アンチスキッド制御の実行中に発生するだけではなく、摩擦部材が急速に摩耗した場合にも生じ得る。このような摩擦部材の急速摩耗は、例えば、摩擦部材において、フェード現象が発生し、その素材(特に、母材であり、例えば、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂)が分解されることで生じ易い。摩擦部材の急速摩耗が生じた場合にも、ピストンのボトミングが回避されることが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-68883号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、車両の制動制御装置において、摩擦部材の急速摩耗が生じた場合にピストンのボトミングが回避され得るものを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る制動制御装置は、「調圧シリンダ(CC)内に挿入された調圧ピストン(PC)を電気モータ(MT)によって移動して、ホイールシリンダ(CW)内の制動液(BF)の圧力である制動液圧(Pw)を調整する調圧ユニット(YC)」と、「前記調圧ピストン(PC)の変位(Hc、Hm)に相当する変位相当量(Hs)を検出する変位センサ(KC、KA)」と、「前記変位相当量(Hs)に基づいて前記電気モータ(MT)を制御するコントローラ(ECU)」と、を備える。
【0007】
本発明に係る制動制御装置では、前記コントローラ(ECU)は、前記制動液圧(Pw)を増加する増圧指示時には前記調圧ピストン(PC)を第1方向(Ha)に移動し、前記制動液圧(Pw)を保持する保持指示時には前記調圧ピストン(PC)を移動せず、前記制動液圧(Pw)を減少する減圧指示時には前記調圧ピストン(PC)を前記第1方向(Ha)とは反対の第2方向(Hb)に移動する。そして、前記コントローラ(ECU)は、前記増圧指示時、及び、前記保持指示時のうちの少なくとも1つにおいて、前記電気モータ(MT)への通電開始から通電終了に至るまでの期間である一制動作動中に前記変位相当量(Hs)が所定変位(hx)以上になる特定状態が生じた場合に前記調整ピストン(PC)を前記第2方向(Hb)へ移動する。
【0008】
摩擦部材MSに急速摩耗が生じると、この急速摩耗に起因して調圧ピストンPCが第1方向Haに移動される。そして、摩耗が過大になると、調圧ピストンPCが、ボトミング状態に至る蓋然性が高まる。上記構成によれば、変位相当量Hsが所定変位hx以上になると、調圧ピストンPCが第2方向Hbに引き戻されるため、調圧ピストンPCのボトミングは回避される。
【0009】
本発明に係る制動制御装置には、前記調圧シリンダ(CC)と前記ホイールシリンダ(CW)との間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常開型のインレット弁(VI)が備えられる。そして、前記コントローラ(ECU)は、前記特定状態が発生した場合に前記インレット弁(VI)を前記閉位置にする。また、前記調圧シリンダ(CC)と前記ホイールシリンダ(CW)との間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常閉型の連絡弁(VR)が備えられてもよい。この場合、前記コントローラ(ECU)は、前記特定状態が発生した場合に前記連絡弁(VR)を前記閉位置にする。
【0010】
調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとが連通されている状態で、調圧ピストンPCが引き戻されると、制動液圧Pwは減少する。上記構成によれば、調圧ピストンPCの引き戻しが行われる場合には、インレット弁VI、連絡弁VRが閉弁されるため、ホイールシリンダCW内の制動液BFは封止される。従って、制動液圧Pwは減少されることなく、一定に維持される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る制動制御装置SCを説明するための全体構成図である。
図2】調圧ユニットYCを説明するための断面図を含む概略図である。
図3】調圧ユニットYCの制御処理(特に、電気モータMTの駆動処理)を説明するための機能ブロック図である。
図4】引き戻し制御の処理を説明するためのフロー図である。
図5】引き戻し制御の動作を説明するための時系列線図である。
【0012】
本発明に係る車両の制動制御装置SCの実施形態について、図面を参照して説明する。
【0013】
<構成部材等の記号、及び、記号末尾の添字・数字>
以下の説明において、「MT」等の如く、同一記号を付された構成部材、要素、信号等は同一機能のものである。2つの制動系統に係る記号の末尾に付された添字「1」、「2」は、それが何れの系統に関するものであるかを示す包括記号であり、「1」は一方の制動系統(「第1制動系統BK1」ともいう)、「2」は他方の制動系統(「第2制動系統BK2」ともいう)を示す。添字「1」、「2」は省略され得る。添字「1」、「2」が省略された場合には、その記号は総称を表す。例えば、「CW1」は、第1制動系統BK1に係るホイールシリンダであり、「CW2」は、第2制動系統BK2に係るホイールシリンダである。そして、「CW」は、ホイールシリンダの総称である。
【0014】
<運動・移動の方向>
電気モータMT、調圧ピストンPCの運動・移動の方向、及び、制動液圧Pwとの関係について説明する。調圧ユニットYCにおいて、摩擦部材MSが回転部材KTに近づく方向に対応する調圧ピストンPCの方向が、「前進方向Ha(「第1方向」ともいう)」と称呼される。前進方向Haは、電気モータMTの駆動において、「正転方向Da」に対応している。従って、電気モータMTが正転方向Daに回転駆動されると、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動され、制動液圧Pwが増加される。これにより、摩擦部材MSが回転部材KTに向けて押圧され、制動力Fxは増加される。逆に、調圧ユニットYCにおいて、摩擦部材MSが回転部材KTから離れる方向に対応する調圧ピストンPCの方向が、「後退方向Hb(前進方向Haとは反対方向であり、「第2方向」ともいう)」と称呼される。後退方向Hbは、電気モータMTの駆動において、「逆転方向Db(正転方向Daとは反対方向)」に対応している。従って、電気モータMTが逆転方向Dbに回転駆動されると、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動され、制動液圧Pwは減少される。これにより、回転部材KTに対する摩擦部材MSの押圧力は減少され、制動力Fxが減少される。
【0015】
<本発明に係る車両の制動制御装置SCの全体構成>
図1の全体構成図を参照して、車両の制動制御装置SCの実施形態について説明する。制動制御装置SCを備える車両には、制動操作部材BP、回転部材KT、ブレーキキャリパCP、摩擦部材MS、ホイールシリンダCW、マスタシリンダCM、及び、マスタリザーバRVが備えられている。
【0016】
制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両を減速するために操作する部材である。制動操作部材BPが操作されることによって、車輪WHの制動トルクが調整され、車輪WHに制動力Fxが発生される。具体的には、車両の車輪WHには、回転部材KT(例えば、ブレーキディスク)が設けられる。回転部材KTは、車輪WHと一体となって回転するよう固定されている。そして、回転部材KTを挟み込むように、ブレーキキャリパCP(単に、「キャリパ」ともいう)が設けられる。ブレーキキャリパCPには、ホイールシリンダCWが設けられ、その内部にはピストンが挿入されている。ホイールシリンダCW内の制動液BFの圧力(制動液圧)Pwが増加されることによって、このピストンが移動される。このピストンの移動によって、2つの(一対の)摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSが、回転部材KTに押し付けられる。このときに生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルク(結果、制動力Fx)が発生される。例えば、キャリパCPとして、浮動型キャリパが採用される。
【0017】
マスタシリンダCMは、制動操作部材BPに、ブレーキロッドRD等を介して、機械的に接続されている。マスタシリンダCMとして、タンデム型のものが採用される。マスタシリンダCMの内部は、2つのマスタピストンPH、PGによって、2つの液圧室(第1、第2液圧室)Rm1、Rm2に区画されている。タンデム型マスタシリンダCMの第1、第2液圧室Rm1、Rm2(=Rm)と、第1、第2ホイールシリンダCW1、CW2(=CW)とは、第1、第2接続路HS1、HS2(=HS)によって接続される。換言すれば、接続路HSにおいて、その一方端部はマスタシリンダCMに接続され、その他方端部は分岐され、ホイールシリンダCWに接続される。
【0018】
マスタシリンダCMに制動液BFを補給するよう、マスタリザーバ(「大気圧リザーバ」ともいう)RVが設けられる。マスタリザーバRVの内部には、制動液BFが、大気圧で貯蔵されている。マスタリザーバRVには、その内部に貯蔵されている制動液BFの液面高さLvを検出するよう、液面センサLVが設けられる。検出された液面高さLvは、コントローラECUに入力される。コントローラECUでは、液面高さLvに基づいて、制動制御装置SCの制動液BFの漏れ(特に、制動制御装置SCの外部への漏れ)の有無が判定される。
【0019】
≪制動制御装置SC≫
制動制御装置SCは、制動操作量センサBA、ストロークシミュレータSS、シミュレータ弁VS、流体ユニットHU、及び、コントローラECUにて構成される。
【0020】
制動操作量センサBAによって、運転者による制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作量Baが検出される。具体的には、制動操作量センサBAとして、マスタシリンダCMの液圧室Rm内の液圧(マスタシリンダ液圧)Pm(=Pm1、Pm2)を検出するマスタシリンダ液圧センサPM(=PM1、PM2)、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP、及び、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFPのうちの少なくとも1つが採用される。検出された操作量Ba(Pm等)は、コントローラECUに入力される。そして、コントローラECUにて、マスタシリンダ液圧Pm、制動操作部材BPの操作力Fp、及び、制動操作部材BPの操作変位Spのうちの少なくとも1つに基づいて、制動操作量Baが演算される。
【0021】
ストロークシミュレータ(単に、「シミュレータ」ともいう)SSによって、制動操作部材BPの操作力Fpが発生される。マスタシリンダCM(例えば、第2液圧室Rm2)とシミュレータSSとの間には、シミュレータ弁VSが設けられる。シミュレータ弁VSは、開位置と閉位置とを有する、常閉型の電磁弁(オン・オフ弁)である。制動制御装置SCが起動されると、シミュレータ弁VSが開弁され、マスタシリンダCMとシミュレータSSとは連通状態にされる。
【0022】
流体ユニットHUによって、制動液圧Pwが調整される。流体ユニットHUは、第1、第2分離弁VM1、VM2、第1、第2マスタシリンダ液圧センサPM1、PM2、調圧ユニットYC、第1、第2連絡弁VR1、VR2、第1、第2制動液圧センサPW1、PW2にて構成される。
【0023】
第1、第2分離弁VM1、VM2(=VM)が、第1、第2接続路HS1、HS2(=HS)に設けられる。分離弁VMは、開位置と閉位置とを有する、常開型の電磁弁(オン・オフ弁)である。制動制御装置SCの起動時に、分離弁VMは閉弁され、マスタシリンダCMとホイールシリンダCWとは遮断状態(非連通状態)にされる。
【0024】
分離弁VMに対してマスタシリンダCMの側には、第1、第2液圧室Rm1、Rm2の液圧(マスタシリンダ液圧)Pm1、Pm2(=Pm)を検出するよう、第1、第2マスタシリンダ液圧センサPM1、PM2(=PM)が設けられる。第1、第2マスタシリンダ液圧Pm1、Pm2は、実質的には同一であるため、第1、第2マスタシリンダ液圧センサPM1、PM2のうちの何れか1つは省略することができる。
【0025】
調圧ユニットYCは、電気モータMT、減速機GS、回転・直動変換機構(例えば、ねじ機構)NJ、調圧ピストンPC、調圧シリンダCC、位置センサKC、及び、制動液圧センサPW(=PW1、PW2)にて構成される。
【0026】
調圧ユニットYCでは、電気モータMTによって、ホイールシリンダCWの液圧(制動液圧)Pwが制御される。電気モータMTの回転動力が、減速機GSによって減速されて、ねじ機構NJに伝達される。ねじ機構(回転・直動変換機構)NJによって、減速機GSから出力された電気モータMTの回転動力が、調圧ピストンPCの直線動力に変換される。
【0027】
調圧ピストンPCが、調圧シリンダCCの内孔に挿入され、調圧室Raが形成されている。調圧シリンダCC(特に、調圧室Ra)は、第1、第2連絡路HR1、HR2(=HR)を介して、第1、第2接続路HS1、HS2(=HS)に接続され、最終的には、第1、第2ホイールシリンダCW1、CW2(=CW)に接続される。連絡路HRには、第1、第2連絡弁VR1、VR2(=VR)が設けられる。連絡弁VRは、開位置と閉位置とを有する、常閉型の電磁弁(オン・オフ弁)である。制動制御装置SCの起動時に、分離弁VRは開弁され、連絡路HRは連通状態にされる。
【0028】
電気モータMTが駆動され、調圧ピストンPCが移動されることによって、調圧室Raの体積が変化する。連絡弁VRは開弁され、分離弁VMは閉弁されているため、制動液BFは、液圧室Rmには移動されず、ホイールシリンダCWに対して移動される。従って、調圧室Raの体積変化によって、制動液圧Pwが調整される。具体的には、電気モータMTが正転方向Daに駆動されると、調圧室Raの体積は減少され、調圧シリンダCC(調圧室Ra)からホイールシリンダCWに向けて制動液BFが圧送され、制動液圧Pwが増加される。一方、電気モータMTが逆転方向Dbに駆動されると、調圧室Raの体積は増加され、制動液BFが、ホイールシリンダCWから調圧シリンダCCに戻され、制動液圧Pwが減少される。
【0029】
電気モータMTには、そのロータ位置(回転角)Kaを検出するよう、回転角センサKAが設けられる。調圧ユニットYCには、調圧ピストンPCの位置Kcを検出するよう、調圧ピストンPC用の位置センサKCが設けられる。回転角Kaとピストン位置Kcとの関係は、減速機GSの減速比、ねじ機構NJのリード等の諸元に基づいて定まる。従って、ピストン位置Kcは、回転角Kaに基づいて演算されてもよい。
【0030】
調圧ユニットYCには、マスタリザーバRVから、制動液BFが供給される。調圧ユニットYC(特に、調圧シリンダCC)は、リザーバ路HVを介して、マスタリザーバRVに接続される。電気モータMTへの通電が停止される際に、調圧シリンダCC内で制動液BFの量が不足している場合には、制動液BFがマスタリザーバRVから補充される。
【0031】
第1、第2接続路HS1、HS2には、第1、第2制動液圧Pw1、Pw2を検出するよう、第1、第2制動液圧センサPW1、PW2が設けられる。第1、第2制動液圧Pw1、Pw2は実質的には同じであるため、第1、第2制動液圧センサPW1、PW2のうちの何れか1つは省略されてもよい。
【0032】
アンチロックブレーキ制御、車両安定性制御等において、車輪毎で制動液圧Pwの個別制御が可能なように、流体ユニットHUとホイールシリンダCWとの間には、液圧モジュレータMJが設けられる。液圧モジュレータMJによる各輪毎の液圧制御が、「独立制御」と称呼される。液圧モジュレータMJでは、各々のホイールシリンダCWについて、常開型のインレット弁VIと常閉型のアウトレット弁VOとの組(合計4組)が設けられている。
【0033】
第1、第2接続路HS1、HS2(=HS)の分岐部と第1、第2ホイールシリンダCW1、CW2(=CW)との間には、第1、第2インレット弁VI1、VI2(=VI)が設けられる。即ち、調圧シリンダCC(調圧室Ra)とホイールシリンダCWとの間に、インレット弁VIが設けられる。インレット弁VIとして、常開型のオン・オフ電磁弁が採用される。インレット弁VIとホイールシリンダCWとの間にて、接続路HSは、第1、第2減圧路HG1、HG2(=HG)を介して、リザーバ路HVに接続される。リザーバ路HVは、マスタリザーバRVに接続される。減圧路HG(=HG1、HG2)には、アウトレット弁VO1、VO2(=VO)が設けられる。アウトレット弁VOとして、常閉型のオン・オフ電磁弁が採用される。
【0034】
独立制御(アンチロックブレーキ制御等)において制動液圧Pwを減少する場合には、インレット弁VIが閉弁され、アウトレット弁VOが開弁される。インレット弁VIからの制動液BFの流入が阻止され、ホイールシリンダCW内の制動液BFはマスタリザーバRVに流出し、制動液圧Pwは減少される。また、制動液圧Pwを増加する場合には、インレット弁VIが開弁され、アウトレット弁VOが閉弁される。マスタリザーバRVへの制動液BFの流出が阻止され、調圧ユニットYCによって調整された液圧が、ホイールシリンダCWに導入され、制動液圧Pwが増加される。更に、制動液圧Pwを保持する場合には、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOが、共に閉弁される。つまり、液圧モジュレータMJの電磁弁VI、VOを制御することによって、制動液圧Pwが、各々のホイールシリンダCWで独立に調整可能である。
【0035】
コントローラ(「電子制御ユニット」ともいう)ECUによって、電気モータMT、及び、電磁弁VM、VR、VS、VI、VOが制御される。コントローラECUには、マイクロプロセッサMP等が実装された電気回路基板、及び、スイッチング素子(MOS-FET、IGBT等のパワー半導体デバイス)によって構成された駆動回路DRが含まれている。駆動回路DRのスイッチング素子は、マイクロプロセッサMPにプログラムされた制御アルゴリズムによって制御される。電気モータMT、及び、各種電磁弁(VM等)は、駆動回路DRによって駆動される。コントローラECUは、車載通信バスBSを介して、運転支援コントローラ等の他システムのコントローラ(電子制御ユニット)とネットワーク接続されている。
【0036】
コントローラECU(特に、駆動回路DR)によって、各種信号(操作量Ba等)に基づいて、電気モータMT、及び、電磁弁(VM等)が駆動される。具体的には、マイクロプロセッサMP内の制御アルゴリズムに基づいて、電気モータMTを制御するためのモータ駆動信号Mtが演算される。同様に、電磁弁VM、VR、VS、VI、VOを制御するための電磁弁駆動信号Vm、Vr、Vs、Vi、Voが演算される。そして、これらの駆動信号(Mt等)に基づいて、駆動回路DRが制御される。
【0037】
<調圧ユニットYC>
図2の部分断面図を含む概略図を参照して、調圧ユニットYCについて説明する。調圧ユニットYCによって、ホイールシリンダCWの液圧(制動液圧)Pwが調整される。調圧ユニットYCは、電気モータMT、減速機GS、回転・直動変換機構(ねじ機構)NJ、調圧シリンダCC、調圧ピストンPC、及び、戻しばねBBにて構成される。
【0038】
電気モータMTは、制動液圧Pwを調整(増圧、保持、減圧)するための動力源である。電気モータMTは、コントローラECUによって駆動される。電気モータMTには、モータ回転角Kaを検出するよう、回転角センサKAが設けられる。電気モータMTとして、ブラシレスDCモータが採用され得る。
【0039】
減速機GSによって、電気モータMTの回転動力が減速されて、ねじ機構NJに伝達される。減速機GSは、小径ギヤSK、及び、大径ギヤDKにて構成される。例えば、減速機GSにおいて、小径ギヤSKが、電気モータMTの回転軸線Jmに同軸で固定される。そして、電気モータMTからの回転動力が小径ギヤSKに入力され、それが減速されて、大径ギヤDKから、ねじ機構NJに出力される。
【0040】
ねじ機構NJによって、回転動力が、直線動力に変換される。即ち、ねじ機構NJは、回転・直動変換機構である。例えば、ねじ機構NJのボルト部材BTと、大径ギヤDKとが、調圧ピストンPCの中心軸線Jp(ボルト部材BT、大径ギヤDKの回転軸線でもある)に同軸で固定される。ボルト部材BTは、ナット部材NTにかみ合わされる。ナット部材NTは、回り止め機構によって、中心軸線Jpまわりの回転運動が拘束され、中心軸線Jpに沿ってのみ移動可能にされている。例えば、回り止め機構として、キー機構、スプライン機構が採用される。
【0041】
ナット部材NTには、調圧ピストンPCを押圧するよう、押圧部Poが設けられる。ねじ機構NJによって、電気モータMTの回転動力が、ナット部材NTの押圧部Poの直線動力に変換される。押圧部Poによって、調圧ピストンPCが、中心軸線Jpに沿って移動される。
【0042】
調圧シリンダCCは、塞がれた底面Mbと円筒形状孔の内周面Mcとにて形成される有底円筒孔を有する。調圧シリンダCCの有底円筒孔には、調圧ピストンPCが挿入される。調圧ピストンPCの一方端面(「押圧面Mo」という)は、ナット部材NTの押圧部Poによって押される。従って、押圧部Poによって、調圧ピストンPCは、調圧シリンダCCの中心軸線Jp(ナット部材NTの中心軸線でもある)の方向に移動可能にされる。調圧ピストンPCの外周面Mpは円筒形状を有する。
【0043】
有底円筒孔の中心軸線Jpの方向において、調圧ピストンPCの押圧面Moとは反対側にある他方端部には鍔部(フランジ部)が形成される。このフランジ部にはシール溝が形成される。シール溝には、調圧シリンダCCの内周面Mc(内側円筒面)と摺接する先端シールSLaが設けられる。従って、先端シールSLaは、調圧ピストンPCと一体となって移動し、先端シールSLaによって、内周面Mcと調圧ピストンPCとの間が密閉され、液密状態が維持される。例えば、先端シールSLaとして、カップシールが採用され得る。
【0044】
調圧シリンダCCの内周面Mc、調圧シリンダCCの底面Mb、調圧ピストンPCの端面Mt、及び、先端シールSLaにて区画された空間が、「調圧室Ra」と称呼される。調圧シリンダCCの調圧室Ra(「第1流体室」ともいう)には、調圧孔Acが設けられる。調圧孔Acには、連絡路HRが接続される。また、調圧シリンダCCの調圧室Ra(特に、内周面Mc)には、調圧孔Acよりも調圧ピストンPCに近接した側に、調圧孔Acとは別に補充孔Ahが設けられる。換言すれば、中心軸線Jpの方向において、押圧部Poに近い方から、補充孔Ah、調圧孔Acの順に並んでいる。補充孔Ahには、リザーバ路HVが接続される。従って、調圧室Raは、リザーバ路HVを介して、マスタリザーバRVに接続されている。
【0045】
調圧ピストンPCには、先端シールSLaとは別部材である後端シールSLbが設けられる。後端シールSLbは、先端シールSLaに対して押圧部Poに近接した側に配置される。後端シールSLbは、調圧ピストンPCに設けられたシール溝にはめ込まれている。後端シールSLbによって、調圧シリンダCCの内周面(内側面)Mcと調圧ピストンPCの外周面Mp(外側円筒面)とが封止される。例えば、後端シールSLbとして、Oリング、カップシールが採用され得る。
【0046】
2つの異なるシール部材(先端、後端シールSLa、SLb)を介して、調圧シリンダCCの内周面Mcと、調圧ピストンPCの外周面Mpとは摺接する。調圧シリンダCCの内周面Mc、調圧ピストンPCの外周面Mp、先端シールSLa、及び、後端シールSLbにて区画された空間が、「大気室Rb」と称呼される。大気室Rb(「第2流体室」ともいう)は、先端シールSLaに対して、調圧室Raとは反対側に位置する。大気室Rbには、接続孔Asが設けられる。接続孔Asには、リザーバ路HVが接続される。従って、大気室Rbは、リザーバ路HVを介して、マスタリザーバRVに接続される。
【0047】
先端シールSLaのシール性は、調圧ピストンPCの移動方向に依存する。調圧ピストンPCが前進方向Haに移動される場合には、先端シール(カップシール)SLaはシール機能(液体が漏れないようにする機能)を有し、制動液圧Pwが増加される。一方、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動される場合には、大気室Rb(即ち、マスタリザーバRV)から調圧室Raの内部に先端シールSLaのリップ部を介して、制動液BFの移動が許容される。
【0048】
一方、後端シールSLbのシール機能は、調圧ピストンPCの移動方向に依存することなく発揮される。つまり、SLbは、前進方向Ha、及び、後退方向Hbの何れの方向に移動されても、シール機能を有する。従って、制動液BFが、調圧室Ra、及び、大気室Rbから、ねじ機構NJの側に漏れることはない。
【0049】
調圧ユニットYCには、電気モータMTによって、その軸線方向Jpに駆動される調圧ピストンPCが備えられる。調圧ピストンPCによって、「ホイールシリンダCWに接続された第1流体室(調圧室)Ra」と、「制動液BFを貯留するリザーバRVに接続された第2流体室(大気室)Rb」とが区画される。そして、調圧ピストンPCにはシール部材SLaが設けられる。シール部材SLaでは、調圧ピストンPCが、軸線方向Jpにおいて第1流体室Raの側である第1方向(前進方向)Haに移動されるときには第1流体室Raから第2流体室Rbへの制動液BFの移動が許容されないが、調圧ピストンPCが軸線方向Jpにおいて第2流体室Rbの側である第2方向(後退方向)Hbに移動されるときには第2流体室Rbから第1流体室Raへの制動液BFの移動が許容される。
【0050】
調圧室Ra内の底面Mbと、調圧ピストンPCの端面Mtとの間に、戻しばねBBが圧縮されて取り付けられる。制動操作部材BPが操作されていない場合、電気モータMTには通電は行われず、押圧部Poは、調圧ピストンPCを押圧しない。このため、調圧ピストンPCは、戻しばねBBによって、調圧シリンダCCの内部に設けられたストッパ部Psに当接するように押し付けられる。電気モータMTの出力が「0(非通電時)」である場合に、BBによって調圧ピストンPCがストッパ部Psに押し付けられる調圧ピストンPCの位置が、「初期位置」と称呼される。
【0051】
電気モータMTが非作動状態であり、調圧ピストンPCが初期位置にある場合、補充孔Ahと先端シールSLaとの位置関係において、補充孔Ahは調圧室Raと連通状態にされる。従って、調圧室RaとマスタリザーバRVとは連通状態にされる。
【0052】
制動操作部材BPが操作され、制動液圧Pwが増加される場合には、電気モータMTが正転方向Daに駆動される。ナット部材NTの押圧部Poによって、調圧ピストンPCは前進方向Haに押圧される。調圧ピストンPCの外周部(フランジ部等)には先端シール(調圧シリンダCCの内周面Mcと接触して、液圧を保持するためのカップ状のゴムシール)SLaが設けられる。調圧ピストンPCが前進方向Haに移動されると、先端シール(カップシール)SLaは補充孔Ahを通過し、補充孔Ahは塞がれる。調圧室RaとマスタリザーバRVとの連通状態は遮断され、非連通状態となる。そして、補充孔Ahは、大気室Rbの側に位置することになる。
【0053】
更に、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動されると、調圧室Raの体積が減少される。制動液BFは、調圧室Raの調圧孔Acから、連絡路HR、及び、接続路HSを通して、ホイールシリンダCWに排出される。制動液BFの移動(圧送)によって、ホイールシリンダCW内の液圧Pwが上昇し、車輪WHの制動力Fxが増加される。
【0054】
逆に、制動液圧Pwが減少される場合には、電気モータMTが逆転方向Dbに駆動される。調圧ピストンPCが、後退方向(前進方向Haとは反対方向)Hbに移動され、初期位置(調圧室RaがリザーバRVと連通される位置)に向けて戻される。調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動されると、調圧室Raの体積は増加される。制動液BFは、ホイールシリンダCWから調圧室Raに戻される。制動液BFの移動によって、ホイールシリンダCW内の液圧Pwが減少し、車輪WHの制動力Fxが減少される。このように、制動制御装置SCでは、調圧室Raからの制動液BFの出し入れによって、制動液圧Pwが調整される。
【0055】
調圧ユニットYCでは、調圧ピストンPCの位置Kcを取得(検出)するよう、ピストン位置センサKCが設けられる。ピストン位置Kcに基づいて、調圧ピストンPCの初期位置からの変位Hcが演算される。
【0056】
電気モータMTには、電気モータMTの回転角Ka(例えば、ロータ位置)を取得(検出)するよう、回転角センサKAが設けられる。回転角Kaとピストン位置Kcとの関係は、減速機GS、ねじ機構NJの諸元(減速比、リード等)にて定まる。従って、回転角Kaにおいて、調圧ピストンPCの初期位置からの変位Hcに相当する変位(回転角における変位)Hmが演算され得る。
【0057】
調圧ピストンPCの初期位置からの変位に相当する状態量(変数)Hc、Hmが、「変位相当量Hs」と称呼される。変位相当量Hsは、動力伝達において、電気モータMTから調圧ピストンPCに至るまでの部材の基準位置からの変位である。ここで、「基準位置」は、調圧ピストンPCの初期位置に相当する、各部材の位置である。例えば、変位相当量Hsは、変位量Hcそのもの、回転角Kaにおける変位量Hmである。変位相当量Hsを取得(検出、又は、演算)するためのセンサが、「変位センサ」と称呼される。例えば、変位センサは、位置センサKC、回転角センサKAである。変位センサによって、動力伝達において、電気モータMTから調圧ピストンPCに至るまでの部材の基準位置(調圧ピストンPCの初期位置に相当する位置)からの変位(即ち、変位相当量Hs)が取得される。
【0058】
<調圧ユニットYCの制御処理>
図3の機能ブロック図を参照して、調圧ユニットYCでの制御処理(特に、電気モータMTの駆動処理)について説明する。電気モータMTを駆動するための制御アルゴリズムが、コントローラECU(電子制御ユニット)のマイクロプロセッサMPにプログラムされている。コントローラECUには、操作量Ba(操作量センサBAの検出値)が入力される。また、通信バスBSを介して、要求減速度Gs(車両減速度の要求値)が他のコントローラ(例えば、運転支援システムのコントローラ)から入力される。
【0059】
調圧ユニットYCの演算処理は、目標液圧演算ブロックPT、指示通電量演算ブロックIS、液圧フィードバック制御ブロックIF、目標通電量演算ブロックIT、及び、駆動回路DRにて構成される。
【0060】
目標液圧演算ブロックPTでは、制動操作量Baに基づいて、目標液圧Ptが演算される。ここで、目標液圧Ptは、制動液圧Pw(結果、回転部材KTに対する摩擦部材MSの押圧力Faに相当)の目標値である。目標液圧Ptは、制動操作量Ba、及び、予め設定された演算マップZptに基づいて演算される。具体的には、演算マップZptに従って、操作量Baが「0」から値boまでの範囲では、目標液圧Ptは「0」に演算される。そして、操作量Baが値boを越えると、操作量Baの増加に従って、目標液圧Ptが単調増加するように演算される。ここで、値boは、制動操作部材BPの「遊び(構成部品間で自由に動ける隙間)」に相当する、予め設定された所定値(定数)である。
【0061】
目標液圧演算ブロックPTでは、要求減速度Gsに基づいて、目標液圧Ptが演算され得る。例えば、要求減速度Gsは、自車両と障害物との衝突を回避するための車両減速度の目標値である。目標液圧Ptは、要求減速度Gs、及び、予め設定された演算マップZptに基づいて演算される。操作量Baの場合と同様に、演算マップZptに従って、「Ba<bo」では、目標液圧Ptは「0」に演算され、「Ba≧bo」では、操作量Baの増加に従って、目標液圧Ptが単調増加するように演算される。ここで、値boは、予め設定された所定値(定数)である。
【0062】
目標液圧演算ブロックPTにおいて、操作量Ba(又は、要求減速度Gs)が増加され、目標液圧Ptが増加される場合が、「増圧指示」と称呼される。また、操作量Ba(又は、要求減速度Gs)が一定に維持され、目標液圧Ptが保持される場合が、「保持指示」と称呼される。更に、操作量Ba(又は、要求減速度Gs)が減少され、目標液圧Ptが減少される場合が、「減圧指示」と称呼される。増圧指示、保持指示、及び、減圧指示が総称して、「調圧指示」と称呼される。換言すれば、調圧指示では、増圧指示、保持指示、及び、減圧指示のうちの何れか1つの指示が選択されて行われる。
【0063】
指示通電量演算ブロックISでは、目標液圧Pt、及び、予め設定された演算マップZisに基づいて、指示通電量Isが演算される。指示通電量Isは、目標液圧Ptが達成されるための、電気モータMTへの通電量の目標値である。「通電量」は、電気モータMTの出力トルクを制御するための状態量(変数)である。電気モータMTは電流に概ね比例するトルクを出力するため、通電量として、電気モータMTの電流値が用いられ得る。また、電気モータMTへの供給電圧を増加すれば、結果として電流値が増加されるため、通電量として印加電圧値が用いられ得る。さらに、パルス幅変調におけるデューティ比によって電圧値が調整されてもよいため、このデューティ比が通電量として用いられてもよい。指示通電量演算ブロックISでは、演算マップZisに従って、目標液圧Ptの増加に応じて、指示通電量Isが増加するように演算される。なお、指示通電量Isの演算マップZisでは、減速機GS、ねじ機構NJ等のヒステリシスが考慮されている。
【0064】
液圧フィードバック制御ブロックIFでは、目標液圧(目標値)Pt、及び、実際の制動液圧(検出値)Pwに基づいて、補償通電量Ifが演算される。指示通電量Isは目標液圧Ptに相当する値として演算されるが、電気モータMT、減速機GS、ねじ機構NJ等の効率変動により誤差が生じる場合がある。補償通電量Ifは、この誤差を減少(補償)するためのものである。具体的には、液圧フィードバック制御ブロックIFでは、先ず、目標液圧Ptと実際の制動液圧Pwとの偏差(液圧偏差)hPが演算される。そして、液圧偏差hPが大きいほど、補償通電量Ifが大きくなるように演算される。補償通電量Ifによって、液圧の実際値Pw(制動液圧センサPwの検出値)が、液圧の目標値Ptに近づき一致するように制御される。
【0065】
目標通電量演算ブロックITでは、電気モータMTへの最終的な目標値である目標通電量Itが演算される。目標通電量演算ブロックITでは、指示通電量Isが補償通電量Ifによって調整され、目標通電量Itが演算される。具体的には、指示通電量Isに対して、補償通電量Ifが加えられて、目標通電量Itが演算される(即ち、「It=Is+If」)。
【0066】
駆動回路DRでは、目標通電量Itに基づいて、電気モータMTへの通電が行われる。駆動回路DRでは、スイッチング素子(MOS-FET、IGBT等のパワー半導体デバイス)によってブリッジ回路が形成されている。ブリッジ回路を介して、電気モータMTへの通電量が制御されることによって、電気モータMTが駆動される。駆動回路DRには、電気モータMTの実際の通電量Iaを検出する通電量センサIAが備えられる。例えば、通電量センサIAとして、電流センサが採用され、電気モータMTへの供給電流Iaが検出される。
【0067】
電気モータMTの回転方向(正転方向Da、又は、逆転方向Db)は、通電量(即ち、目標通電量It)の符号(値の正負)に基づいてが決定される。電気モータMTの出力(回転動力)の大きさは、通電量の大きさに基づいて制御される。例えば、目標通電量Itの符号が正符号(+)である場合(It>0)には、電気モータMTが正転方向Da(制動液圧Pwの増加方向)に駆動され、目標通電量Itの符号が負符号(-)である場合(It<0)には、電気モータMTが逆転方向Db(制動液圧Pwの減少方向)に駆動される。目標通電量Itの絶対値が大きいほど、電気モータMTの出力トルクが大きくされ、目標通電量Itの絶対値が小さいほど、出力トルクが小さくされる。
【0068】
駆動回路DRでは、目標通電量Itに基づいて、パルス幅変調を行うための指示値(目標値)が演算される。例えば、目標通電量It、及び、予め設定された演算マップに基づいて、パルス幅のデューティ比(周期的なパルス波において、その周期に対するオン状態のパルス幅の割合)が決定される。デューティ比(目標値)に基づいて、ブリッジ回路を構成するスイッチング素子が駆動され、電気モータMTへの通電が行われる。さらに、駆動回路DRでは、所謂、電流フィードバック制御が実行される。通電量センサIAの検出値(例えば、実際の電流値)Iaと、目標通電量Itとの偏差hI(通電量偏差)が演算され、該偏差hIが「0」に近づき一致するように、デューティ比が修正(微調整)される。
【0069】
コントローラECUには、引き戻し制御を実行するよう、引き戻し制御ブロックIHが含まれる。引き戻し制御は、調圧ピストンPCのボトミングを回避するよう、増圧指示、及び、保持指示の少なくとも1つの場合において、調圧ピストンPCを後退方向Hbに移動(後退)させるものである。引き戻し制御ブロックIHでは、変位相当量Hsに基づいて、引き戻し通電量Ih(調圧ピストンPCを後退させるための通電量)が演算される。
【0070】
引き戻し制御が実行されていない場合には、増圧指示時には、制動液圧Pwを増加するよう、調圧ピストンPCは、前進方向Haに移動される。また、保持指示時には、制動液圧Pwが一定に維持されるよう(即ち、保持されるよう)、調圧ピストンPCは移動されず、そのままの位置が維持される。更に、減圧指示時には、制動液圧Pwが減少されるよう、調圧ピストンPCは、後退方向Hbに移動される。
【0071】
「調圧指示が、増圧指示、及び、保持指示の少なくとも1つに該当すること」、且つ、「電気モータMTへの通電開始から通電終了に至るまでの期間である一制動作動中に変位相当量Hs(初期位置からの変位に相当する量)が所定変位hx以上になること(「特定状態」という)」が満足された場合に、引き戻し制御が実行される。引き戻し制御によって、調圧ピストンPCが、後退方向Hbに移動され、初期位置に向けて引き戻されるため、調圧ピストンPCの変位相当量Hsに余裕が生まれ、ボトミングの懸念が解消される。このとき、先端シールSLaは、シール機能において方向性を有するため、制動液BFは、マスタリザーバRVから調圧シリンダCC(調圧室Ra)に供給される。
【0072】
引き戻し制御では、調圧指示が、増圧指示、又は、保持指示であるにもかかわらず、調整ピストンPCが、後退方向Hbに移動される。引き戻し制御の実行時には、制動液圧Pwが減少されないよう、常開型のインレット弁VIに通電が行われ、インレット弁VIが閉弁される。或いは、常閉型の連絡弁VRが非通電にされて、連絡弁VRが閉弁されてもよい。
【0073】
<引き戻し制御の処理>
図4のフロー図を参照して、引き戻し制御の処理について説明する。引き戻し制御によって、調圧ピストンPCのボトミングが回避されるよう、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動される(即ち、引き戻される)。引き戻し制御は、車両の制動時(即ち、制動制御装置SCが作動する場合であって、例えば、制動操作部材BPが操作された場合)に実行される。該処理は、コントローラECUにプログラムされている。
【0074】
ステップS110にて、制動操作量Ba、要求減速度Gs、ピストン位置Kc、回転角Ka、制動液圧Pw、等の各種信号が読み込まれる。
【0075】
ステップS120にて、「制動作動中か、否か(「制動判定」という)」が判定される。例えば、制動判定は、操作量Ba、及び、要求減速度Gsのうちの少なくとも1つに基づいて行われる。非制動時(即ち、操作量Ba、要求減速度Gsが「0」の場合)であって、制動作動が否定される場合には、処理は、ステップS110に戻される。一方、制動時(即ち、演算マップZftにおいて、「Ba、Gs>bo」の場合)であって、制動作動が肯定される場合には、処理は、ステップS130に進められる。
【0076】
ステップS120では、制動作動が肯定される場合には、その指示状態が判定される。ここで、指示状態は、上述した調圧指示の内容である。操作量Ba等が増加され、目標液圧Pt(結果、制動液圧Pw)が増加される場合には、指示状態として、増圧指示が決定される。また、操作量Ba等が一定に維持され、液圧Pt(目標値)、Pw(実際値)が保持される場合には、指示状態として、保持指示が決定される。更に、操作量Ba等が減少され、液圧Pt、Pwが減少される場合には、指示状態として、減圧指示が決定される。
【0077】
ステップS130にて、変位相当量Hsが演算される。変位相当量Hsは、調圧ピストンPCの初期位置からの変位に相当(対応)する状態変数である。ここで、初期位置は、補充孔Ahを通して、調圧シリンダCCの調圧室RaとマスタリザーバRVとが連通され、マスタリザーバRVから調圧室Raに制動液BFの補給が可能とされる調圧ピストンPCの位置であって、例えば、調圧ピストンPCがストッパ部Psに当接する位置である。変位相当量Hsは、初期位置を「0」として演算され得る。つまり、初期位置は、変位相当量Hsの「0点」である。
【0078】
変位相当量Hsは、調圧シリンダCCに設けられた位置センサKCによって直接検出され得る。即ち、位置センサKCの検出結果であるピストン位置Kcが、そのまま、変位相当量Hsとして採用される。また、減速機GS、ねじ機構NJの諸元は既知であるため、変位相当量Hsとして、回転角Kaが採用されてもよい。つまり、変位相当量Hsは、ピストン位置Kc、及び、回転角Kaのうちの少なくとも1つに基づいて演算される。なお、回転角Kaが採用される構成では、位置センサKCは省略されてもよい。
【0079】
ステップS140にて、「引き戻し制御の実行条件が満足されるか、否か(「実行判定」という)」が判定される。実行判定は、変位相当量Hs、及び、調圧指示の状態(上記の指示状態の内容)に基づいて行われる。具体的には、引き戻し制御の実行は、増圧指示時(制動液圧Pwの増加時)、及び、保持指示時(制動液圧Pwの保持時)の少なくとも1つにおいて許可される。従って、減圧指示時(制動液圧Pwの減少時)には、引き戻し制御の実行が禁止される。これは、減圧指示時には、引き戻し制御が実行されなくとも、調圧ピストンPCは、後退方向Hbに移動されることに因る。
【0080】
ステップS140では、引き戻し制御の実行が許可されていることを条件に、一制動作動中において、変位相当量Hsが所定変位hx以上になる場合に引き戻し制御の実行条件(開始条件)が満足される。ここで、「一制動作動中」は、電気モータMTへの通電が開始されてから、その通電が終了されるまでの期間である。所定変位hx(第1所定変位)は、予め設定された所定値(定数)である。また、「Hs≧hx」となる状態が「特定状態」と称呼される。従って、引き戻し制御は、「増圧指示時、及び、保持指示時の少なくとも1つであること」、及び、「電気モータMTへの通電開始から通電終了に至るまでの期間である一制動作動中に変位相当量Hsが所定変位hx以上になる特定状態であること」の2つの条件が共に満足される場合に実行される。ステップS140が満足されると、処理は、ステップS150に進められる。一方、ステップS140が否定されると、処理は、ステップS110に戻される。
【0081】
引き戻し制御が実行されている途中では、ステップS140にて、引き戻し制御の終了が判定される。具体的には、変位相当量Hsが所定変位hz未満となる場合に、終了条件が満足され、引き戻し制御が終了される。ここで、所定変位hz(第2所定変位)は、予め設定された所定値(定数)である。第1所定変位hxと第2所定変位hzとの大小関係においては、第2所定変位hzは第1所定変位hxよりも小さい。「Hs<hz」の状態になると、引き戻し制御は終了される。「Hs<hz」の状態では、調圧ピストンPCのストロークが十分に確保されていることに基づく。換言すれば、引き戻し制御によって、調圧ピストンPCの変位(=Hs)は、第2所定変位hzから、第1所定変位hxまでの範囲に限定されて維持される。
【0082】
また、ステップS140では、調圧指示の状態(例えば、操作量Baに基づいて指示される制動液圧Pwの要求状態)において、増圧指示、又は、保持指示から、減圧指示に遷移した時点で、引き戻し制御が終了される。減圧指示により、調圧ピストンPCは後退方向Hbに移動されるため、引き戻し制御は不要となることに基づく。
【0083】
ステップS150にて、引き戻し制御の実行が必要であると判定されると、引き戻し処理が行われる。ステップS150では、調圧ピストンPCを後退方向Hbに移動させるよう、引き戻し通電量Ihが演算される。具体的には、先ず、負符号の値の引き戻し通電量Ihが演算される。そして、引き戻し通電量Ih(<0)が、指示通電量Isに加算される。結果、引き戻し通電量Ihによって、目標通電量Itが減少されることで、調圧ピストンPCが、初期位置に向けて引き戻される(即ち、後退方向Hbに移動される)。
【0084】
調圧ピストンPCに設けられた先端シール(カップシール)SLaは、シール機能において方向性を有している。詳細には、先端シールSLaでは、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動されるときには、制動液BFの移動が許容されず、シール機能が発揮され、調圧室Raは封止される。逆に、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動されるときには、制動液BFの移動が許容され、制動液BFが、調圧室Raの外部(大気室Rb)から、先端シールSLaのリップ部を介して調圧シリンダCC(調圧室Ra)の内部に吸入され得る。ここで、前進方向Haは、調圧ピストンPCの軸線方向Jpの移動において、調圧室Ra(第1流体室)の側への移動であり、制動液BFが調圧室RaからホイールシリンダCWに向けて排出される方向(第1方向)である。また、後退方向Hbは、調圧ピストンPCの軸線方向Jpの移動において、大気室Rb(第2流体室)の側への移動であり、制動液BFがホイールシリンダCWから調圧室Raに向けて吸引される方向(上記第1方向とは逆方向である第2方向)である。
【0085】
調圧ピストンPCが、後退方向Hbに移動され、調圧室Ra(第1流体室)の体積が増加されると、調圧室Ra内は負圧となる。このため、大気圧の状態にある大気室Rb(第2流体室)から、先端シールSLaのリップ部を通して、制動液BFが流入される。即ち、先端シールSLaのシール性は、調圧ピストンPCの移動方向(前進方向Ha、又は、後退方向Hb)に依存する。そして、制動制御装置SCの制動作動中に、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動されることによって、マスタリザーバRVから調圧シリンダCCの内部(即ち、調圧室Ra)に制動液BFが移動されて、補充される。
【0086】
摩擦部材MSに急速摩耗が生じると、制動制御装置SCでは、液圧フィードバック制御に応じて制動液圧Pwを増加するよう、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動される。そして、摩耗が過大になるにつれて、調圧ピストンPCが、そのボトミング(調圧ピストンPCのストローク限界に達すること)の状態に徐々に近づく。しかしながら、変位相当量Hsが所定変位hx以上になると、引き戻し制御によって、調圧ピストンPCが引き戻されるため、調圧ピストンPCのボトミングは回避される。なお、調圧ピストンPCのボトミングは、調圧シリンダCCの中心軸線Jpの寸法を増大することでも回避可能ではあるが、該解決手段では、制動制御装置SCの大型化が懸念される。従って、引き戻し制御の採用によって、制動制御装置SCが小型化されるということもできる。
【0087】
引き戻し処理では、調圧ピストンPCの引き戻しに加え、インレット弁VI(調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとの間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常開型電磁弁)が開位置にされる。具体的には、引き戻し処理の開始時に、駆動信号Vi(インレット弁VIを駆動するための信号)が、非通電を指示する「0」から、通電を指示する「1」に切り替えられる。そして、引き戻し処理中は、駆動信号Viが「1」に維持される。これにより、引き戻し処理において、常開型のインレット弁VIの閉弁状態が維持される。インレット弁VIが開弁された状態(即ち、調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとが連通されている状態)で、調圧ピストンPCが引き戻されると、制動液圧Pwは減少する。しかしながら、インレット弁VIが閉弁されるため、ホイールシリンダCW内の制動液BFは封止され、制動液圧Pwは一定に維持される。
【0088】
ホイールシリンダCWの制動液BFの封止は、連絡弁VR(調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとの間に設けられ、開位置と閉位置とが切り替え可能な常閉型電磁弁)によって行われてもよい。この場合、引き戻し処理の開始時に、駆動信号Vr(連絡弁VRを駆動するための信号)が、通電を指示する「1」から、非通電を指示する「0」に切り替えられる。そして、引き戻し処理中は、駆動信号Vrが「0」に維持される。これにより、引き戻し処理において、常閉型の連絡弁VRの閉弁状態が維持され、上記のインレット弁VIを閉弁した場合同様の効果を奏する。
【0089】
<引き戻し制御の動作>
図5の時系列線図(時間Tに対する各状態量の遷移図)を参照して、引き戻し制御の動作例について説明する。引き戻し制御では、調圧ピストンPCのボトミングが回避されるよう、増圧指示時、及び、保持指示時の少なくとも1つで、特定状態(一制動作動中に変位相当量Hsが所定変位hx以上になる状態)が発生した場合において、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動される。動作例では、保持指示の途中で急速摩耗が発生し、調圧ピストンPCの引き戻し処理が行われる場合が想定されている。なお、線図では、時点t0にて制動作動が開始され、時点t7にて制動作動が終了される。そして、時点t0~t1が増圧指示時、時点t1~t6が保持指示時、時点t6~t7が減圧指示時である。
【0090】
時点t0にて、制動操作部材BPの操作が開始され、操作量Baが増加される。これに応じて、目標液圧Ptが増加され、電気モータMTへの通電が開始される。時点t0が、一連の制動作動(一制動)の開始時点である。電気モータMTへの通電量It、Iaの増加に伴って、電気モータMTが正転方向Daに駆動され、調圧ピストンPCの変位相当量Hsが初期位置から増加される(例えば、初期位置を「0」とすると、変位相当量Hsは「0」から増加される)。このとき、駆動信号Viは「0(非通電指示)」に指示され、常開型のインレット弁VIは開弁されている。また、駆動信号Vrは「1(通電指示)」に指示され、常閉型の連絡弁VRは開弁されている。従って、調圧ユニットYCの調圧シリンダCCは、ホイールシリンダCWと連通状態にされている。
【0091】
時点t1からは、制動操作部材BPが保持され、操作量Baが値baにて一定に保持される。これに応じて、目標液圧Pt(結果、実際の制動液圧Pw)は、値paにて一定に保たれ、変位相当量Hsは値haに維持される。
【0092】
時点t2にて、ブレーキフェード現象が発生し、摩擦部材MSが急激に摩耗し始める。時点t2からは、制動操作部材BPが保持され、操作量Baが一定に保たれているにもかかわらず、「Ba=ba」に応じた制動液圧Pwが発生されるよう、液圧フィードバック制御によって、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動される。これにより、変位相当量Hsは、値haから増加される。
【0093】
時点t3にて、変位相当量Hsが所定変位hx以上となり、特定状態であることが判定される。ここで、所定変位hx(第1所定変位)は、予め設定された所定値(定数)であり、引き戻し制御の開始しきい値である。調圧指示の状態は、保持指示であるため、時点t3にて、引き戻し制御の実行が開始され、引き戻し処理(ステップS150の処理)が始められる。時点t3にて、駆動信号Viが「0」から「1」に切り替えられる。これにより、開弁されていたインレット弁VIが閉弁される。また、時点t3にて、駆動信号Vrが「1」から「0」に切り替えられ、開弁されていた連絡弁VRが閉弁されてもよい。つまり、調圧ピストンPCの引き戻しと同時に、インレット弁VI、及び、連絡弁VRのうちの少なくとも1つが閉弁され、調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとの連通状態が遮断される。これにより、調圧ピストンPCが引き戻されても、制動液圧Pwが減少されず、引き戻し制御の実行前の状態で保持される。
【0094】
時点t4にて、変位相当量Hsが所定変位hz未満となり、引き戻し制御が終了される。ここで、所定変位hz(第2所定変位)は、予め設定された所定値(定数)であり、引き戻し制御の終了しきい値である。時点t4にて、制動液圧Pwが目標液圧Ptに一致するように、液圧フィードバック制御等によって、変位相当量Hsが値hzから増加される。時点t4にて、インレット弁VIが閉弁されている場合には、駆動信号Viが「1」から「0」に切り替えられ、インレット弁VIが開弁される。また、連絡弁VRが閉弁されている場合には、駆動信号Vrが「0」から「1」に切り替えられ、連絡弁VRが開弁される。つまり、調圧シリンダCCとホイールシリンダCWとの連通状態が元に戻される(復元される)。時点t5にて、制動液圧Pwが目標液圧Ptに一致し、変位相当量Hsが値hcに維持される。
【0095】
時点t6にて、制動操作部材BPが戻され、操作量Baが「0」に向けて減少される。目標液圧Ptが減少され、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動され、変位相当量Hsが減少される。時点t7にて、操作量Baが「0」にされ、電気モータMTへの通電が停止される。
【0096】
摩擦部材MSの急速摩耗が発生すると、調圧ユニットYCのピストンPCは、摩耗に応じて前進され、そのストローク限界に達すること(所謂、ボトミング)が懸念される。このボトミングを回避するために、引き戻し制御では、増圧指示時、及び、保持指示時の少なくとも1つにおいて、一制動作動中に(即ち、電気モータMTへの通電開始から終了までの期間であって、動作例では時点t0からt7までの期間において)調圧ピストンPCの変位相当量Hsが所定変位hx以上になる特定状態が生じた場合(動作例では、時点t3にて特定状態が発生)に、調整ピストンPCが後退方向Hb(第2方向)へ移動される。調圧ピストンPCが初期位置から所定変位hxの範囲内にある場合(即ち、「0≦Hs<hx」の場合)には、引き戻し制御は実行されない。そして、摩擦部材MSが急速に摩耗し、調圧ピストンPCが初期位置から所定変位hx以上だけ離れると、引き戻し制御の実行が開始される。即ち、変位相当量Hsに基づいて急速摩耗の発生が判定され、ボトミングの蓋然性が高まり、制動液BFの補充が必要となる場合に限って、引き戻し制御が行われる。
【0097】
引き戻し制御では、調圧指示(指示状態の内容)が増圧指示、又は、保持指示であるにもかかわらず、調整ピストンPCが、後退方向Hbに移動される。引き戻し制御によって、摩擦部材MSの急速摩耗に起因してボトミングに近づきつつあった調圧ピストンPCは、初期位置に向けて戻されるため、ボトミングは回避され得る。
【0098】
なお、調圧ピストンPCの先端シールSLaにおいては、調圧ピストンPCが後退方向Hbに移動される際には、先端シールSLaのリップ部を通して、制動液BFが大気室Rbから調圧室Raに流入される。調圧ピストンPCの後退に起因して調圧室Ra内は負圧となるが、先端シールSLaでは、制動液BFの移動が妨げられることがないため、調圧ユニットYCの外部から空気が吸い込まれることがない。
【0099】
引き戻し制御の実行時には、常開型のインレット弁VIに通電が行われ、インレット弁VIが閉弁される。或いは、常閉型の連絡弁VRへの通電が停止されて、連絡弁VRが閉弁されてもよい。これにより、調圧ユニットYCとホイールシリンダCWとの連通状態が遮断され、ホイールシリンダCWが封止されるため、制動液圧Pwが減少されない。
【0100】
<他の実施形態>
ステップS140の引き戻し制御の実行許可条件において、「制動液BFの外部漏れが生じていないこと」が付加される。ここで、「制動液BFの外部漏れ」は、制動制御装置SCから外に制動液BFが漏れ出すことである。制動液BFの外部漏れは、液面センサLVによって検出される液面高さLvに基づいて行われる。制動液BFの外部漏れが発生している場合には、引き戻し制御の実行が禁止され得る。摩擦部材MSの急速摩耗と、制動液BFの外部漏れとは、操作量Baが一定に維持されている状況であっても、調圧ピストンPCが前進方向Haに徐々に移動されるという点では同じである。しかしながら、制動液BFの外部漏れ状態では、引き戻し制御によって、調圧ピストンPCが初期位置に向けて戻されたとしても、調圧ピストンPCが前進方向Haに移動される際に、制動液BFが制動制御装置SCの外部に再度漏れ出し、引き戻し制御の効果は限定的である。このため、液面高さLvに基づいて、「制動液BFの外部漏れが発生していない(即ち、外部漏れ無し)」と判定される場合には引き戻し制御は許可されるが、「制動液BFの外部漏れが発生している(即ち、外部漏れ有り)」と判定される場合には引き戻し制御は禁止される。これにより、外部漏れによって、制動液BFが、制動制御装置SCの内部から、無駄に失われることが抑制される。
【0101】
上記の実施形態では、摩擦部材MSとしてブレーキパッド、回転部材KTとしてブレーキディスクが採用される構成(所謂、ディスク型ブレーキの構成)が例示された。これに代えて、摩擦部材MSとしてブレーキライニング、回転部材KTとしてブレーキドラムが採用される構成(所謂、ドラム型ブレーキの構成)において、引き戻し制御が適用されてもよい。ドラム型ブレーキであっても、ディスク型ブレーキと同様の効果を奏する。
【0102】
上記の実施形態では、液圧モジュレータMJとして、制動液圧Pwが減少される際に、制動液BFが、マスタリザーバRVに流出される、所謂、排出型のものが例示された。これに代えて、制動液圧Pwが減少される際に、制動液BFが、調圧シリンダCC(又は、マスタシリンダCM)に戻される、所謂、還流型のものが採用されてもよい。還流型の液圧モジュレータMJが採用される場合であっても、引き戻し制御が実行される際には、常開型のインレット弁VIは、閉位置にされて、ホイールシリンダCWが液密の状態で封止される。これにより、引き戻し制御の際の制動液圧Pwの減少が回避され得る。
【符号の説明】
【0103】
SC…制動制御装置、MS…摩擦部材、KT…回転部材、RV…マスタリザーバ(大気圧リザーバ)、CM…マスタシリンダ、CW…ホイールシリンダ、BS…通信バス、ECU…コントローラ(電子制御ユニット)、YC…調圧ユニット、MT…電気モータ、GS…減速機、NJ…ねじ機構、BB…戻しばね、PC…調圧ピストン、CC…調圧シリンダ、MJ…液圧モジュレータ、VI…インレット弁、VO…アウトレット弁、VR…連絡弁、Ra…調圧室(第1流体室)、Rb…大気室(第2流体室)、SLa…先端シール、SLb…後端シール、KA…回転角センサ(変位センサ)、KC…位置センサ(変位センサ)、LV…液面センサ、Hs(=Hc、Hm)…変位相当量、Ka…モータ回転角(変位相当量)、Kc…ピストン位置(変位相当量)、Lv…液面高さ。

図1
図2
図3
図4
図5