IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

<>
  • 特許-拡散層 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】拡散層
(51)【国際特許分類】
   C25B 9/00 20210101AFI20240827BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20240827BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20240827BHJP
   C25B 11/03 20210101ALI20240827BHJP
   C25B 11/073 20210101ALI20240827BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20240827BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240827BHJP
【FI】
C25B9/00 A
C25B1/04
C25B9/23
C25B11/03
C25B11/073
H01M4/86 B
H01M4/86 M
H01M8/10 101
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021005802
(22)【出願日】2021-01-18
(65)【公開番号】P2022110409
(43)【公開日】2022-07-29
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】若山 博昭
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-156798(JP,A)
【文献】特開2020-152999(JP,A)
【文献】特開2020-057551(JP,A)
【文献】国際公開第2014/087957(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
H01M 4/86
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性材料からなる多孔質の基材と、
前記基材の一方の面に形成されたチタン亜酸化物からなる第1被膜と、
前記基材の他方の面に形成された貴金属、2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる第2被膜と
を備えた拡散層。
【請求項2】
前記チタン亜酸化物は、Tix2x-1(x=3~7)で表される組成を有する請求項1に記載の拡散層。
【請求項3】
前記第1被膜の厚さは、30nm以上500nm以下である請求項1又は2に記載の拡散層。
【請求項4】
前記第1被膜は、前記基材の一方の面の全部又は一部を被覆している請求項1から3までのいずれか1項に記載の拡散層。
【請求項5】
前記第2被膜の厚さは、30nm以上500nm以下である請求項1から4までのいずれか1項に記載の拡散層。
【請求項6】
前記第2被膜は、前記基材の他方の面の90%以上を被覆している請求項1から5までのいずれか1項に記載の拡散層。
【請求項7】
前記基材は、チタン又はチタン合金からなる請求項1から6までのいずれか1項に記載の拡散層。
【請求項8】
固体高分子形燃料電池(PEFC)のガス拡散層、又は、固体高分子電解質膜(PEM)形水電解セルのガス拡散層として用いられる請求項1から7までのいずれか1項に記載の拡散層。
【請求項9】
前記第1被膜は、前記基材の一方の面の内、セパレータとの接触面の90%以上を被覆している請求項8に記載の拡散層。
【請求項10】
前記第2被膜は、前記基材の他方の面の内、膜電極接合体との接触面の90%以上を被覆している請求項8又は9に記載の拡散層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散層に関し、さらに詳しくは、固体高分子形燃料電池(PEFC)のガス拡散層、固体高分子電解質膜形(PEM)水電解装置のガス拡散層などに用いられる拡散層に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。MEAの両面にはガス拡散層(Gas Diffusion Layer, GDL)が配置され、さらにその外側にはガス流路を備えたセパレータ(集電体ともいう)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEAと、ガス拡散層と、セパレータからなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。このような燃料電池のアノード及びカソードに、それぞれ、燃料ガス及び酸化剤ガスを供給すると、カソードにおいて水が生成すると同時に、電力を取り出すことができる。
【0003】
一方、PEM水電解装置は、固体高分子形燃料電池とほぼ同様の構造を備えているが、固体高分子形燃料電池とは逆の反応を起こさせるものである。すなわち、酸素極に水を供給し、電極間に電力を供給すると、水の電気分解が進行し、水素及び酸素を取り出すことができる。
【0004】
なお、PEM水電解装置において、ガス拡散層は、多孔質輸送層(Porous Transport Layer, PTL)とも呼ばれている。
本発明において「拡散層」という時は、これらの総称、すなわち、MEAの用途を問わず、MEAとセパレータとの間に挿入される部材の総称を表す。
【0005】
固体高分子形燃料電池及びPEM水電解装置において、電解質膜には、通常、ポリパーフルオロカーボンスルホン酸膜が用いられている。そのため、拡散層は、使用中に強酸性雰囲気に曝される。使用中に拡散層の表面が酸化され、電極(触媒層)やセパレータとの接触面に高抵抗層が形成されると、電極反応又は電解反応が阻害される。
【0006】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、非特許文献1には、Ptコート多孔質チタンからなるPEM水電解セル用のアノードガス拡散層が開示されている。
同文献には、アノード側は電位が高いため、耐久性向上のために、チタンからなるアノードガス拡散層の表面をPtでコーティングする必要がある点が記載されている。
【0007】
非特許文献1に記載されているように、多孔質チタンの表面をPtでコーティングすると、アノードガス拡散層の耐食性が向上する。しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、高価な貴金属(Pt)を用いているため、高コストとなる。
【0008】
また、アノードガス拡散層のPt被覆には、従来、メッキ法が用いられていた。しかしながら、メッキ法は、
(a)ウェットプロセスであるため、メッキしやすくするための前処理(例えば、表面を荒らす処理)や、洗浄などの後処理を含む多段階なプロセスが必要となる、
(b)高価な貴金属原料の利用率が低いために無駄が多く、高コストなプロセスである、
(c)多孔質Tiからなる基材の全面をPt被膜でくまなく覆い尽くすためには、Pt被膜の膜厚を1μm程度にする必要がある、
等の問題があった。
さらに、貴金属などの高価な材料の使用量を大幅に低減し、かつ、高コストなプロセスを用いることなく製造が可能な拡散層が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】特集SPECIAL REPORTS、東芝レビュー、Vol.73、No.3(2018年5月)9-12、「PEM水電解用省貴金属電極」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、耐食性及び導電性に優れ、しかも、低コストな拡散層を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係る拡散層は、
導電性材料からなる多孔質の基材と、
前記基材の一方の面に形成されたチタン亜酸化物からなる第1被膜と、
前記基材の他方の面に形成された貴金属、2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる第2被膜と
を備えていることを要旨とする。
【発明の効果】
【0012】
基材のセパレータ側の面は強酸性雰囲気に曝されるが、MEAと直接接触しないので、MEA側の面ほどの高い耐酸化性は要求されない。また、チタン亜酸化物は、貴金属に比べて耐酸化性に劣るが、セパレータ側の面を保護するのに十分な耐食性と導電性とを併せ持つ。さらに、チタン亜酸化物からなる被膜は、比較的低コストなスパッタリング法により成膜することができる。
そのため、基材のセパレータ側の面にチタン亜酸化物からなる第1被膜を形成し、MEA側の面に貴金属、貴金属合金、又は貴金属酸化物からなる第2被膜を形成すれば、耐食性及び導電性に優れ、しかも低コストな拡散層を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1、及び比較例1~3で得られたPEM水電解セルの電流密度とセル電圧との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 拡散層]
本発明に係る拡散層は、
導電性材料からなる多孔質の基材と、
前記基材の一方の面に形成されたチタン亜酸化物からなる第1被膜と、
前記基材の他方の面に形成された貴金属、2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる第2被膜と
を備えている。
【0015】
[1.1. 基材]
基材は、導電性材料からなる多孔質の部材からなる。上述したように、拡散層は、MEAとセパレータとの間に挿入される。そのため、基材は、
(a)MEAとセパレータとの間で電子の授受を行うことが可能な程度の導電性と、
(b)セパレータからMEAへ原料や燃料を供給し、かつ、MEAからセパレータへ反応生成物を排出することが可能な程度の多孔性と
を有している必要がある。
【0016】
基材の材料は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。基材の材料としては、例えば、
(a)チタン若しくはチタン合金、ステンレス鋼、アルミニウム若しくはアルミニウム合金などの各種金属からなる金属メッシュ、発泡金属又は焼結金属、
(b)カーボンペーパー、カーボン不織布などの多孔質カーボンシート、
などがある。
【0017】
これらの中でも、チタン又はチタン合金は、酸化条件下で表面にTiO2を主成分とする不動態膜を形成する。そのため、基板の表面の一部が露出している場合であっても、チタンイオン等が溶出しにくいという利点がある。
ステンレス鋼は、安価であり、加工性に優れているという利点がある。
アルミニウム又はアルミニウム合金や高分子材料は、安価、軽量であり、加工性にも優れているという利点がある。
【0018】
[1.2. 第1被膜]
[1.2.1. 材料]
第1被膜は、チタン亜酸化物からなる。本発明において、「チタン亜酸化物」とは、次の式(1)で表される組成を有する化合物をいう。
Tix2x-1 …(1)
但し、xは、1以上の整数。
【0019】
式(1)で表されるチタン亜酸化物は、いずれも、高い耐食性と、高い導電性とを示す。特に、Ti47は、高い導電性を示すことが知られている。但し、xが大きくなりすぎると、導電性が低下する。従って、xは、1以上10以下が好ましく、さらに好ましくは、3以上7以下である。
【0020】
所定の組成を有するチタン亜酸化物は、いずれも、燃料電池環境下又は水電解装置環境下における耐食性が高く、かつ、導電性も高いので、第1被膜の材料として好適である。第1被膜は、これらのいずれか1種のチタン亜酸化物を含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
【0021】
第1被膜は、実質的にチタン亜酸化物のみからなるものが好ましいが、高耐食性及び高導電性を阻害しない限りにおいて、他の相が含まれていても良い。
他の相としては、例えば、
(a)不可避的不純物、
(b)チタン亜酸化物以外の高耐食性物質、
などがある。
【0022】
[1.2.2. 厚さ]
第1被膜の厚さは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な厚さを選択することができる。一般に、第1被膜の厚さが薄くなりすぎると、十分な耐食性が得られない。従って、第1被膜の厚さは、30nm以上が好ましい。第1被膜の厚さは、好ましくは、40nm以上、さらに好ましくは、50nm以上である。
一方、第1被膜の厚さが厚くなりすぎると、基材との密着性が低下し、剥離や割れが生じるおそれがある。従って、第1被膜の厚さは、500μm以下が好ましい。第1被膜の厚さは、好ましくは、300nm以下、さらに好ましくは、200nm以下である。
【0023】
[1.2.3. 第1被膜の形成位置]
第1被膜は、基材の一方の面に形成される。本発明において、「一方の面」とは、固体高分子形燃料電池又はPEM水電解装置のセパレータ側の面をいう。第1被膜は、基材の一方の面の全部に形成されていても良く、あるいは、一部に形成されていても良い。
【0024】
セパレータには、通常、発電用燃料、酸化剤、電解用原料、あるいは反応生成物を流通させるための流路が設けられている。拡散層は、通常、一方の面の全部がセパレータと接触することはなく、流路を形成するための突起部分のみと接触する。基材の一方の面の内、セパレータとの非接触面に高抵抗層が形成されたとしても電子の授受に大きな支障はない。そのため、第1被膜は、一方の面の内、セパレータとの接触面にのみ形成されていても良い。
【0025】
高抵抗層の形成による接触抵抗の増加を抑制するためには、第1被膜は、基材の一方の面の内、セパレータとの接触面の90%以上を被覆しているものが好ましい。第1被膜は、好ましくは、セパレータとの接触面の95%以上、さらに好ましくは、99%以上を被覆しているものが好ましい。第1被膜は、セパレータとの接触面を完全に被覆しているものが好ましい。
【0026】
[1.3. 第2被膜]
[1.3.1. 材料]
第2被膜は、貴金属、2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる。第2被膜は、基材の表面の内、MEA側の面に形成される。第2被膜の材料として、貴金属、貴金属合金、又は貴金属酸化物を用いるのは、第2被膜には第1被膜よりも高い耐食性が求められるためである。
【0027】
第2被膜の材料としては、具体的には、
(a)Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、又は、Osからなる貴金属、
(b)Pt-Pd合金、Pt-Rh合金、Pt-Ir合金、Pd-Ir合金、Pt-Au合金などの2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、
(c)酸化白金、酸化ロジウム、酸化イリジウム、酸化パラジウムなどの導電性を有する貴金属酸化物
などがある。
第2被膜は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上の混合物からなるものでも良い。
【0028】
[1.3.2. 厚さ]
第2被膜の厚さは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な厚さを選択することができる。一般に、第2被膜の厚さが薄くなりすぎると、十分な耐食性が得られない。従って、第2被膜の厚さは、30nm以上が好ましい。第2被膜の厚さは、好ましくは、40nm以上、さらに好ましくは、50nm以上である。
一方、第2被膜の厚さが厚くなりすぎると、基材との密着性が低下し、剥離や割れが生じるおそれがある。また、第2被膜の厚さが厚くなりすぎると、高コスト化する。従って、第2被膜の厚さは、500μm以下が好ましい。第2被膜の厚さは、好ましくは、300nm以下、さらに好ましくは、200nm以下である。
【0029】
[1.3.3. 第2被膜の形成位置]
第2被膜は、基材の他方の面に形成される。本発明において、「他方の面」とは、固体高分子形燃料電池又はPEM水電解装置のMEA側の面をいう。拡散層は、通常、MEAの触媒層と同等、又は、それ以上の大きさを有している。また、MEAと拡散層との間には、通常、意図的に隙間が形成されることはない。そのため、第2被膜は、基材の他方の面の90%以上に形成されているのが好ましい。第2被膜は、他方の面の全面を被覆しているのが好ましい。
【0030】
高抵抗層の形成による接触抵抗の増加を抑制するためには、第2被膜は、基材の他方の面の内、MEAとの接触面の90%以上を被覆しているものが好ましい。第2被膜は、好ましくは、MEAとの接触面の95%以上、さらに好ましくは、99%以上を被覆しているものが好ましい。第2被膜は、MEAとの接触面を完全に被覆しているものが好ましい。
【0031】
[1.4. 用途]
本発明に係る拡散層は、
(a)固体高分子形燃料電池用のアノード側ガス拡散層、又はカソード側ガス拡散層
(b)PEM水電解装置用の酸素極側ガス拡散層、又は水素極側ガス拡散層
などに用いることができる。
本発明に係る拡散層は、特に、PEM水電解装置の酸素極側ガス拡散層として好適である。酸素極側ガス拡散層は高電位に曝されるので、酸素極側ガス拡散層に本発明に係る拡散層を適用すると、PEM水電解装置の耐久性を向上させることができる。
【0032】
[2. 拡散層の製造方法]
本発明に係る拡散層の製造方法は、
ドライ成膜法(A)を用いて基材の一方の面にチタン亜酸化物からなる第1被膜を形成する第1工程と、
ドライ成膜法(B)を用いて基材の他方の面に、貴金属、2種以上の貴金属元素を含む、貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる第2被膜を形成する第2工程と
を備えている。
【0033】
[2.1. 第1工程]
まず、ドライ成膜法(A)を用いて基材の一方の面にチタン亜酸化物からなる第1被膜を形成する(第1工程)。本発明において、ドライ成膜法(A)の種類は、ピンホールがなく、厚さが薄く、かつ、厚さが均一な第1被膜を形成可能なものである限りにおいて、特に限定されない。ドライ成膜法(A)としては、例えば、スパッタリング法、PVD法、イオンプレーティング法、蒸着法などがある。
特に、スパッタリング法は、薄く、かつ、均一な第1被膜を低コストで形成することができ、大面積の成膜も容易であるので、第1被膜の形成方法として好適である。
【0034】
[2.2. 第2工程]
次に、ドライ成膜法(B)を用いて基材の他方の面に、貴金属、2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、又は導電性を有する貴金属酸化物からなる第2被膜を形成する(第2工程)。本発明において、ドライ成膜法(B)の種類は、ピンホールがなく、厚さが薄く、かつ、厚さが均一な第2被膜を形成可能なものである限りにおいて、特に限定されない。ドライ成膜法(B)としては、例えば、スパッタリング法、PVD法、イオンプレーティング法、蒸着法などがある。ドライ成膜法(B)は、ドライ成膜法(A)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
特に、スパッタリング法は、薄く、かつ、均一な第2被膜を低コストで形成することができ、大面積の成膜も容易であるので、第2被膜の形成方法として好適である。
【0035】
[2.3. 第3工程]
本発明に係る拡散層の製造方法は、第1工程の後、第2工程の前に、
前記第1被膜を、不活性雰囲気下又は還元雰囲気下において500℃以上800℃以下の温度で熱処理し、前記チタン亜酸化物の結晶性を向上させる第3工程
をさらに備えていても良い。
【0036】
ドライ成膜法(A)を用いて第1被膜を形成した場合、第1被膜の結晶性が低下し、導電性が低下する場合がある。一方、第1被膜を形成した後、熱処理を行うと、第1被膜の結晶性が向上する場合がある。また、熱処理によりチタン亜酸化物の結晶性が向上することによって、第1被膜の導電性がさらに向上する場合がある。そのため、必要に応じて、第1被膜の熱処理を行っても良い。
【0037】
熱処理温度は、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。一般に、熱処理温度が低すぎると、実用的な時間内に熱処理を完了させることができない。また、チタン亜酸化物の結晶性を向上させることができない場合がある。従って、熱処理温度は、500℃以上が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、600℃以上、さらに好ましくは、650℃以上である。
一方、熱処理温度が高すぎると、基材がダメージを受ける場合がある。従って、熱処理温度は、800℃以下が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、780℃以下、さらに好ましくは、740℃以下である。
【0038】
熱処理時間は、熱処理温度に応じて最適な時間を選択する。一般に、熱処理温度が高くなるほど、短時間でチタン亜酸化物の結晶性向上処理を完了させることができる。好適な熱処理時間は、熱処理温度にもよるが、通常、2時間~10時間程度である。
【0039】
[3. 作用]
固体高分子形燃料電池及びPEM水電解装置に用いられる拡散層は、使用中に強酸性雰囲気に曝されるために、高い耐食性が求められる。従来、この問題を解決するために、拡散層基材の両面に、メッキ法を用いてPt被膜を形成することが行われていた。しかしながら、メッキ法を用いてピンホールのない被膜を形成するためには、Pt被膜の厚さを1μm程度にする必要があった。そのため、従来の拡散層は、高コストであった。
【0040】
これに対し、基材のセパレータ側の面は強酸性雰囲気に曝されるが、MEAと直接接触しないので、MEA側の面ほどの高い耐酸化性は要求されない。また、チタン亜酸化物は、貴金属に比べて耐酸化性に劣るが、セパレータ側の面を保護するのに十分な耐食性と導電性とを併せ持つ。さらに、チタン亜酸化物からなる被膜は、比較的低コストなスパッタリング法により成膜することができる。
そのため、基材のセパレータ側の面にチタン亜酸化物からなる第1被膜を形成し、MEA側の面に貴金属、貴金属合金、又は貴金属酸化物からなる第2被膜を形成すれば、耐食性及び導電性に優れ、しかも低コストな拡散層を得ることができる。
【0041】
本発明に係る拡散層は、高価な貴金属の使用量が従来に比べて少ないにもかかわらず、高耐食性及び高導電性を実現しているため、低コストな燃料電池システム及び水電解システムを提供することができる。
また、高コストなメッキ法ではなく、低コストなドライ成膜法(例えば、スパッタ法)で被膜を形成しているため、材料コストのみならず、プロセスコストも安価である。
【実施例
【0042】
(実施例1、比較例1~3)
[1. 試料の作製]
[1.1. 酸素極側拡散層の作製]
[1.1.1. 実施例1]
基材には、Tiメッシュを用いた。第1被膜及び第2被膜のスパッタ用ターゲットには、それぞれ、Ti47及びPtを用いた。ターゲットをスパッタ用ターゲットフォルダに充填し、スパッタ法によりTiメッシュの一方の面(セパレータ側の面)にTi47被膜を形成し、他方の面(MEA側の面)にPt被膜を形成した。Ti47被膜及びPt被膜の厚さは、それぞれ、100nmとした。
【0043】
[1.1.2. 比較例1]
Tiメッシュの両面に、メッキ法を用いてPt被膜を形成した。Pt被膜の厚さは、1μmとした。
【0044】
[1.1.3. 比較例2]
Tiメッシュの両面に、スパッタ法を用いて、Ti47被膜を形成した。Ti47被膜の形成条件は、実施例1と同一とした。
【0045】
[1.1.4. 比較例3]
無被覆のTiメッシュをそのまま酸素極側拡散層として用いた。
【0046】
[1.2. 水電解セルの作製]
酸素極触媒のIrO2にアイオノマを添加して酸素極触媒シートを作製した。また、水素極触媒の白金/カーボン(Pt/C)にアイオノマを添加して水素極触媒シートを作製した。
次に、熱転写法により電解質膜の両面にそれぞれ酸素極触媒シート及び水素極触媒シートを転写し、膜電極接合体(MEA)を作製した。さらに、MEAの一方の面に、酸素極側拡散層及び酸素極側流路ブロック(セパレータ)を配置し、他方の面に水素極側拡散層及び水素極側流路ブロック(セパレータ)を配置した。
【0047】
酸素極側拡散層には、[1.1.]で作製した拡散層を用いた。なお、実施例1については、Pt被膜がMEAと接するように、拡散層を設置した。酸素極側流路ブロックには、PtメッキしたTi部材を用いた。さらに、水素極側拡散層及び水素極側流路ブロックには、それぞれ、カーボン部材を用いた。
PEM水電解セルを組み立てた後、差圧試験により気密性を検査した。その後、水電解評価試験に供した。
【0048】
[2. 試験方法]
PEM水電解セルの温度を80℃一定に保った状態で、水電解を行った。さらに、電流密度を3.0A/cm2まで増加させた時のセル電圧の変化を測定した。
【0049】
[3. 結果]
図1に、実施例1、及び比較例1~3で得られたPEM水電解セルの電流密度とセル電圧との関係を示す。図1より、以下のことが分かる。
(1)実施例1は、従来技術であるPtメッキ拡散層を用いた比較例1とほぼ同等の低い電圧を示した。実施例1の場合、電流密度3.0A/cm2での電圧は、1.7V程度であり、優れたセル特性を示した。電流密度が増加しても、腐食して抵抗が増大することがなく、導電性・耐食性が維持されることが確かめられた。
【0050】
(2)Pt被膜の形成法をメッキ法からスパッタ法に変更することで、Pt被膜の膜厚を1/10に減らすことができた。さらに、片面のみをPt被膜にすることで、Pt使用量を半減することができた。その結果、Ptの総使用量を1/20に減らすことができた。スパッタ法での被覆面積は、メッキ法の数分の1程度であった。すなわち、実施例1では、比較例1の二桁程度少ないPt使用量で同等の水電解性能を発現させることができた。
【0051】
(3)Ti47を両面にスパッタしたTiメッシュ拡散層を用いた場合(比較例2)には、電流密度3.0A/cm2で2.0V程度まで電圧が上昇した。無被覆のTiメッシュ拡散層(比較例3)では、電流密度の増加とともにセル電圧は急激に増加した。腐食により表面に抵抗の大きい酸化層が形成され、抵抗が増大したためと考えられる。
【0052】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係る拡散層は、固体高分子形燃料電池用のガス拡散層、固体高分子形(PEM)水電解装置用のガス拡散層などに使用することができる。
図1