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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】タイヤの摩耗状態を推定する装置
(51)【国際特許分類】
   G01M 17/02 20060101AFI20240827BHJP
   B60C 19/00 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
G01M17/02
B60C19/00 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021065464
(22)【出願日】2021-04-07
(65)【公開番号】P2022160933
(43)【公開日】2022-10-20
【審査請求日】2024-02-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100210251
【弁理士】
【氏名又は名称】大古場 ゆう子
(72)【発明者】
【氏名】前田 悠輔
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-138702(JP,A)
【文献】特開平11-078442(JP,A)
【文献】特開2001-287518(JP,A)
【文献】特開2001-255140(JP,A)
【文献】特開2005-125812(JP,A)
【文献】特開平8-122352(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0113499(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 17/02
B60C 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する装置であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記車両の外部の温度を取得する温度取得部と、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正する傾き補正部と、
補正された前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する推定部と
を備える、
装置。
【請求項2】
車両が走行する路面の状態を判定する装置であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記車両の外部の温度を取得する温度取得部と、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正する傾き補正部と、
補正された前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定する判定部と
を備える、
装置。
【請求項3】
前記指標は、前記温度と前記傾きとの線形関係を表す傾きである、
請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部
をさらに備え、
前記スリップ比算出部は、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して取得する、
請求項1から3のいずれかに記載の装置。
【請求項5】
前記スリップ比算出部は、前記横方向加速度に応じて、前記車両の右旋回時には前記第1スリップ比を、前記車両の左旋回時には前記第2スリップ比を、前記車両の直進時には前記第3スリップ比を選択する、
請求項4に記載の装置。
【請求項6】
前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す第1関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正する第1補正部と
をさらに備える、
請求項1から5のいずれかに記載の装置。
【請求項7】
前記第1関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である、
請求項6に記載の装置。
【請求項8】
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部と、
前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す第2関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正する第2補正部と
をさらに備える、
請求項1から7のいずれかに記載の装置。
【請求項9】
前記第2関係情報は、前記スリップ比を前記駆動力の一次関数で表し、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを前記横方向加速度の二次関数で表す情報である、
請求項8に記載の装置。
【請求項10】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する方法であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の外部の温度を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正することと、
補正された前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
を含む、
方法。
【請求項11】
車両が走行する路面の状態を判定する方法であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の外部の温度を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正することと、
補正された前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定することと
を含む、
方法。
【請求項12】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定するプログラムであって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の外部の温度を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正することと、
補正された前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
をコンピュータに実行させる、
プログラム。
【請求項13】
車両が走行する路面の状態を判定するプログラムであって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の外部の温度を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正することと、
補正された前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定することと
をコンピュータに実行させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する装置、車両が走行する路面の状態を判定する判定装置、タイヤの摩耗状態を推定する方法、路面の状態を判定する方法、タイヤの摩耗状態を推定するプログラム、及び路面の状態を判定するプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、路面の状態を判定できるとともに、タイヤの摩耗状態を判定する装置を開示する。特許文献1に開示の装置によれば、タイヤの車輪速度から算出されるスリップ比と、車両の加減速度との関係式の傾きを路面の判定値とし、判定値を予め定められた閾値と比較することにより路面の状態を判定する。閾値は、タイヤの無線式IDタグから読み取られたタイヤの種類に応じて、装置に予め記憶された計算式により変更される。変更された閾値と、アスファルト走行時の判定値の平均値とを比較することにより、タイヤの摩耗状態も推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-138702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、タイヤが摩耗すると、トレッドのスティフネスが高くなり、路面の滑り易さを判定するための判定値が小さくなることが記載されている。ここで、スティフネスは温度にも依存して変化する。しかし、特許文献1では路面の滑り易さを判定するための判定値に、温度が与える影響が考慮されていない。このため、特許文献1のように、スティフネスに依存する判定値、特にスリップ比と加減速度(駆動力)との回帰直線の傾きに基づく値を用いる制御において、温度の影響による精度悪化を招く恐れがある。
【0005】
本発明は、温度による影響を考慮し、タイヤの摩耗状態を精度よく推定することが可能な装置、方法及びプログラム、並びに路面の状態を精度よく判定することが可能な装置、方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1観点に係る装置は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する装置であって、回転速度取得部と、駆動力取得部と、温度取得部と、スリップ比算出部と、傾き算出部と、傾き補正部と、推定部とを備える。回転速度取得部は、前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する。駆動力取得部は、前記車両の駆動力を順次取得する。温度取得部は、前記車両の外部の温度を取得する。スリップ比算出部は、順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出する。傾き算出部は、前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する。傾き補正部は、前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正する。推定部は、補正された前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する。
【0007】
本発明の第2観点に係る装置は、車両が走行する路面の状態を判定する装置であって、回転速度取得部と、駆動力取得部と、温度取得部と、スリップ比算出部と、傾き算出部と、傾き補正部と、判定部とを備える。回転速度取得部は、前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する。駆動力取得部は、前記車両の駆動力を順次取得する。温度取得部は、前記車両の外部の温度を取得する。スリップ比算出部は、順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出する。傾き算出部は、前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する。傾き補正部は、前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正する。判定部は、補正された前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定する。
【0008】
本発明の第3観点に係る装置は、第1観点又は第2観点に係る装置であって、前記指標は、前記温度と前記傾きとの線形関係を表す傾きである。
【0009】
本発明の第4観点に係る装置は、第1観点から第3観点のいずれかに係る装置であって、前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部をさらに備える。前記スリップ比算出部は、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して取得する。
【0010】
本発明の第5観点に係る装置は、第4観点に係る装置であって前記スリップ比算出部は、前記横方向加速度に応じて、前記車両の右旋回時には前記第1スリップ比を、前記車両の左旋回時には前記第2スリップ比を、前記車両の直進時には前記第3スリップ比を選択する。
【0011】
本発明の第6観点に係る装置は、第1観点から第5観点のいずれかに係る装置であって、前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す第1関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正する第1補正部とをさらに備える。
【0012】
本発明の第7観点に係る装置は、第6観点に係る装置であって、前記第1関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である。
【0013】
本発明の第8観点に係る装置は、第1観点から第7観点のいずれかに係る装置であって、前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部と、前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す第2関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正する第2補正部とをさらに備える。
【0014】
本発明の第9観点に係る装置は、第8観点に係る装置であって、前記第2関係情報は、前記スリップ比を前記駆動力の一次関数で表し、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを前記横方向加速度の二次関数で表す情報である。
【0015】
本発明の第10観点に係る方法は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する方法であって、以下のことを含む。また、本発明の第12観点に係るプログラムは、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定するプログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。
・前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得すること。
・前記車両の駆動力を順次取得すること。
・前記車両の外部の温度を取得すること。
・順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出すること。
・前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出すること。
・前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正すること。
・補正された前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定すること。
【0016】
本発明の第11観点に係る方法は、車両が走行する路面の状態を判定する方法であって、以下のことを含む。また、本発明の第13観点に係るプログラムは、車両が走行する路面の状態を判定するプログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。
・前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得すること。
・前記車両の駆動力を順次取得すること。
・前記車両の外部の温度を取得すること。
・順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出すること。
・前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出すること。
・前記傾きの温度依存性を表す指標と、補正時の前記温度とに基づいて、算出された前記傾きを補正すること。
・補正された前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定すること。
【発明の効果】
【0017】
スリップ比と、車両の駆動力(加減速度)との関係式の傾きに基づく値は、タイヤが路面を滑り易いか否かを判定する指標として用いられる。この指標は、タイヤのドライビングスティフネスとも関係し、車両が走行する路面の滑り易さ及びタイヤの摩耗状態の程度に依存して変化する。ドライビングスティフネスは温度によっても影響を受けるため、スリップ比と車両の駆動力(加減速度)との関係式の傾きも同様に温度に依存して変化する。本発明の第1観点によれば、タイヤの摩耗状態の推定のために、温度による影響が補正された傾きに基づく値が用いられる。これにより、タイヤの摩耗状態をより精度よく推定することができる。また、本発明の第2観点によれば、路面の状態の判定のために、温度による影響が補正された傾きに基づく値が用いられる。これにより、車両が走行する路面の状態をより精度よく判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】第1実施形態に係る推定装置としての制御ユニットが車両に搭載された様子を示す模式図。
図2】第1実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
図3】第1実施形態に係る摩耗状態の推定処理の流れを示すフローチャート。
図4A】スリップ比と車両の旋回半径との関係を表すグラフ。
図4B】駆動力に対するスリップ比の傾きと横方向加速度との関係を表すグラフ。
図5】スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図6A】実験により取得された制動力係数及びスリップ比をプロットしたグラフ。
図6B】実験により取得された制動力係数及びスリップ比をプロットしたグラフ。
図7A】実験により取得された駆動力及びスリップ比をプロットしたグラフ。
図7B】実験により取得された駆動力及びスリップ比をプロットしたグラフ。
図8A】傾きの温度依存性を表すグラフ。
図8B】傾きの温度依存性を表すグラフ。
図8C】傾きの温度依存性を表すグラフ。
図8D】傾きの温度依存性を表すグラフ。
図9】第2実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
図10】第2実施形態に係る路面の状態の判定処理の流れを示すフローチャート。
図11】直進時、左旋回時及び右旋回時における様々なスリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図12A】直進時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図12B】左旋回時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図12C】右旋回時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図13A】摩耗度合いに対する傾きの相関の強さを、補正なしと補正ありとの場合で比較するグラフ。
図13B】摩耗度合いに対する傾きの相関の強さを、補正なしと補正ありとの場合で比較するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しつつ、本発明の幾つかの実施形態に係る装置、方法及びプログラムについて説明する。
【0020】
<1.第1実施形態>
<1-1.摩耗状態を推定する装置の構成>
図1は、第1実施形態に係るタイヤの摩耗状態を推定する装置(推定装置)としての制御ユニット2が車両1に搭載された様子を示す模式図である。車両1は、四輪車両であり、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRを備えている。車輪FL,FR,RL,RRには、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRが装着されている。本実施形態に係る車両1は、フロントエンジン・フロントドライブ車(FF車)であり、前輪タイヤTFL,TFRが駆動輪タイヤであり、後輪タイヤTRL,TRRが従動輪タイヤである。
【0021】
制御ユニット2は、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度の情報に基づいて、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRのスリップのし易さを表すスリップ比Sを判定し、車両1の駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きに基づいて、駆動輪タイヤであるタイヤTFL,TFRの平均摩耗状態を推定する。タイヤのトレッド部に形成されている溝は、摩耗するにつれて浅くなる。これにより、タイヤにスリップが発生しやすくなり、ひいては駆動力及び制動力の低下を招く。このような状態が深刻化することを回避するため、一般にはトレッド部の溝の深さが所定の閾値以下となったタイミングでタイヤを交換することが推奨される。制御ユニット2は、タイヤTFL,TFRの摩耗状態としてタイヤTFL,TFRの残り溝の深さの平均を推定し、タイヤ交換が推奨されるタイミングを検知し、これを車両1のドライバーに通知する。
【0022】
タイヤの摩耗状態の情報は、車両1のドライバーに適時にタイヤ交換を促す以外にも、様々な用途に応用することができる。タイヤの摩耗状態の情報は、例えば路面の滑り易さのモニタリング及びブレーキシステムの制御等に応用することができる。
【0023】
車両1のタイヤTFL,TFR,TRL,TRR(より正確には、車輪FL,FR,RL,RR)には、各々、車輪速センサ6が取り付けられており、車輪速センサ6は、自身の取り付けられた車輪に装着されたタイヤの回転速度(すなわち、車輪速)V1~V4を検出する。V1~V4は、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度である。車輪速センサ6としては、走行中の車輪FL,FR,RL,RRの車輪速を検出できるものであれば、どのようなものでも用いることができる。例えば、電磁ピックアップの出力信号から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできるし、ダイナモのように回転を利用して発電を行い、このときの電圧から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできる。車輪速センサ6の取り付け位置も、特に限定されず、車輪速の検出が可能である限り、センサの種類に応じて、適宜、選択することができる。車輪速センサ6は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。車輪速センサ6で検出された回転速度V1~V4の情報は、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0024】
車両1には、車両1のホイールトルクWTを検出するトルクセンサ7が取り付けられている。トルクセンサ7としては、車両1のホイールトルクWTを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。トルクセンサ7は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。トルクセンサ7で検出されたホイールトルクWTの情報は、回転速度V1~V4の情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0025】
また、車両1には、車両1に加わる横方向加速度γを検出する横方向加速度センサ4が取り付けられている。横方向加速度γとは、車両1の旋回時に、旋回外側に向かって車両1に作用する遠心加速度である。横方向加速度センサ4としては、横方向加速度γを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。横方向加速度センサ4は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。横方向加速度センサ4で検出された横方向加速度γの情報は、回転速度V1~V4及び加速度αの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0026】
また、車両1には、車両1のヨーレートωを検出するヨーレートセンサ8が取り付けられている。ヨーレートωとは、車両1の旋回時の鉛直軸周りの回転角速度である。ヨーレートセンサ8としては、例えば、コリオリ力を利用してヨーレートを検出するタイプのセンサを用いることができるが、ヨーレートωを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。ヨーレートセンサ8は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。ヨーレートセンサ8で検出されたヨーレートωの情報は、回転速度V1~V4、加速度α及び横方向加速度γの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0027】
また、車両1には、車両1の外部の温度を検出する温度センサ9が取り付けられている。温度センサ9としては、車両1の外部の温度を検出できる限り、どのようなものでも用いることができ、例えば、サーミスタを使用するもの、半導体を使用するもの、熱電対を使用するもの等を用いることができる。温度センサ9の取り付け位置は特に限定されないが、車両1のエンジンや排気の熱等による影響を受けにくい場所であることが好ましい。温度センサ9は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。温度センサ9で検出された外部温度の情報は、回転速度V1~V4、ホイールトルクWT、横方向加速度γ及びヨーレートωの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0028】
図2は、制御ユニット2の電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2は、車両1に搭載されるコンピュータであり、図2に示されるとおり、I/Oインターフェース11、CPU12、ROM13、RAM14、及び不揮発性で書き換え可能な記憶装置15を備えている。I/Oインターフェース11は、車輪速センサ6、トルクセンサ7、横方向加速度センサ4、ヨーレートセンサ8、温度センサ9及び表示器3等の外部装置との通信を行うための通信装置である。ROM13には、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム10が格納されている。CPU12は、ROM13からプログラム10を読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、横方向加速度取得部23、旋回半径取得部24、温度取得部25、スリップ比算出部26、関係特定部27、補正部28、傾き算出部29、傾き補正部30及び推定部31として動作する。補正部28は、本発明の第1補正部及び第2補正部の例である。各部21~31の動作の詳細は、後述する。記憶装置15は、ハードディスクやフラッシュメモリ等で構成される。なお、プログラム10の格納場所は、ROM13ではなく、記憶装置15であってもよい。RAM14及び記憶装置15は、CPU12の演算に適宜使用される。
【0029】
表示器3は、ユーザ(主として、ドライバー)に警報を含む各種情報を出力することができ、例えば、液晶表示素子、液晶モニター、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ等、任意の態様で実現することができる。表示器3の取り付け位置は、適宜選択することができるが、例えば、インストルメントパネル上等、ドライバーに分かりやすい位置に設けることが好ましい。制御ユニット2がカーナビゲーションシステムに接続される場合には、カーナビゲーション用のモニターを表示器3として使用することも可能である。表示器3としてモニターが使用される場合、警報はモニター上に表示されるアイコンや文字情報とすることができる。
【0030】
<1-2.摩耗状態の推定処理>
以下、図3を参照しつつ、車両1の駆動力Fとスリップ比Sとの回帰係数を算出し、これに基づきタイヤの摩耗の状態を推定する推定処理について説明する。この推定処理は、車両1の電気系統に電源が投入されている間、繰り返し実行されてもよいし、1日に1回といった所定の頻度で、車両1が走行している間に行われてもよい。
【0031】
ステップS1では、回転速度取得部21が、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度V1~V4を取得する。回転速度取得部21は、所定のサンプリング周期における車輪速センサ6からの出力信号を受信し、これを回転速度V1~V4に換算する。
【0032】
ステップS2では、駆動力取得部22が、車両1のホイールトルクWTを取得する。駆動力取得部22は、所定のサンプリング周期におけるトルクセンサ7からの出力信号を受信し、これをホイールトルクWTに換算する。
【0033】
ここで、ステップS1、S2で取得された回転速度V1~V4及びホイールトルクWTのデータが有効なデータか否かによって、処理がステップS3に移行するかどうかが判定されてもよい。有効なデータとは、後の処理で摩耗状態を精度よく推定することが可能なデータであり、有効でないデータは、摩耗状態の推定に好ましくない影響を及ぼしうるデータである。有効でないデータの例としては、例えば車両1のブレーキ作動中に取得されたデータが挙げられる。本実施形態では、ステップS1、S2で取得された回転速度V1~V4及びホイールトルクWTのデータが有効なデータと判定されるときは、処理はステップS3に移行する。一方、回転速度V1~V4及びホイールトルクWTのデータが有効なデータでないと判定されるときは、当該データが破棄され、処理はステップS1に戻る。
【0034】
ステップS3では、横方向加速度取得部23が、車両1に加わる横方向加速度γを取得する。横方向加速度取得部23は、所定のサンプリング周期における横方向加速度センサ4からの出力信号を受信し、これを横方向加速度γに換算する。
【0035】
ステップS4では、旋回半径取得部24が、車両1のヨーレートωを取得する。旋回半径取得部24は、所定のサンプリング周期におけるヨーレートセンサ8からの出力信号を受信し、これをヨーレートωに換算する。旋回半径取得部24は、車体速度をヨーレートωで除することにより、車両1の旋回半径Rを取得する。車体速度は、従動輪の速度で近似することができるため、例えば、R=(V3+V4)/2ωとして算出することもできる。
【0036】
ステップS5では、温度取得部25が、車両1の外部の温度Tを取得する。温度取得部25は、所定のサンプリング周期における温度センサ9からの出力信号を受信し、これを温度Tに換算する。
【0037】
ステップS6では、駆動力取得部22が、換算されたホイールトルクWTから、車両1の駆動力Fを算出する。駆動力Fは、例えばホイールトルクWTをタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの半径で除することにより算出することができる。
【0038】
ステップS7では、スリップ比算出部26が、回転速度V1~V4に基づいて、スリップ比Sを算出する。本実施形態では、スリップ比Sは、(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度として算出され、車体速度として、従動輪の速度が用いられる。スリップ比Sは、本実施形態では、以下のとおり定義される。
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4)
【0039】
ステップS6及びステップS7が実行された後であって、次の処理が実行される前に、ステップS6で算出された車両1の駆動力Fと、ステップS7で算出されたスリップ比Sに対し、測定誤差を除去するためのフィルタリングが行われてもよい。
【0040】
連続して実行されるステップS1~S7において取得される回転速度V1~V4、ホイールトルクWT、横方向加速度γ、ヨーレートω、旋回半径R、温度T、並びにスリップ比S及び駆動力Fのデータは、同時刻又は概ね同時刻に取得されたデータセットとして取り扱われ、RAM14又は記憶装置15に保存される。図3に示すとおり、ステップS1~S7は、繰り返し実行されるため、以上のデータセットは、順次取得される。ステップS7の後、このようなデータセットがN1個(N1≧2)溜まると、ステップS8及びステップS9に移行する。ステップS8及びステップS9は、一度だけ実行される。ステップS8及びステップS9が一度実行された後は、ステップS1~S7の後、ステップS10に移行する。
【0041】
ステップS8では、関係特定部27が、ステップS4で算出された旋回半径Rと、ステップS7で算出されたスリップ比Sとの多数のデータセットに基づいて、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す第1関係情報を特定する。第1関係情報は、以後のスリップ比Sの補正(ステップS10)に用いられる。本実施形態では、摩耗状態は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係に基づいて推定される。しかし、車両1の旋回中は、車両1が同じ状態の路面を走行している場合でも、直進時と比べてスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、摩耗状態を正しく推定できなくなり得る。旋回中は、左右のタイヤに軌道差(経路差)が生じ、この軌道差の影響により、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右の軌道差により生じる影響がキャンセルされる。
【0042】
旋回中の左右の軌道差は、旋回半径Rに依存し、旋回半径Rとスリップ比Sとの間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、スリップ比Sは、図4Aに示すように、概ね旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。ステップS8では、関係特定部27が、このような旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す第1関係情報として、下式の係数a1、b1及びc1を特定する。
S=a1(1/R)2+b1(1/R)+c1
【0043】
係数a1、b1及びc1は、RAM14又は記憶装置15に保存されているスリップ比S及び旋回半径Rの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。
【0044】
なお、旋回半径Rの逆数とスリップ比Sとの関係を表す放物線の頂点は、直進時に対応し、図4に示すとおり、概ねスリップ比Sを表す縦軸に重なる。言い換えると、b1は概ね0である。よって、ここでは、下式に従って、第1関係情報として、係数a1及びc1のみを特定することもできる。
S=a1(1/R)2+c1
【0045】
ステップS9では、関係特定部27が、ステップS23で取得された横方向加速度γと、スリップ比S及び駆動力Fとの多数のデータセットに基づいて、横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す第2関係情報を特定する。第2関係情報も、以後のスリップ比Sの補正(ステップS11)に用いられる。上記のとおり、車両1の旋回中は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、摩耗状態を正しく推定できなくなり得る。そして、旋回中、この線形関係は、左右の軌道差のみならず、車体の左右方向の荷重移動の影響によっても、直進時から変化する。このような荷重移動の影響によっても、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右方向の荷重移動により生じる影響がキャンセルされる。
【0046】
旋回中の左右方向の荷重移動は、横方向加速度γに依存し、横方向加速度γと、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1との間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、傾きf1は、図4Bに示すように、概ね横方向加速度γの二次関数で表される。ステップS9では、関係特定部27が、このような横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す第2関係情報として、下式の係数a2、b2、c2及びf2を特定する。なお、f2は、駆動力Fに対するスリップ比Sの切片である。
S=f1F+f2=(a2γ2+b2γ+c2)F+f2
【0047】
係数a2、b2、c2及びf2は、スリップ比S、駆動力F及び横方向加速度γの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。また、横方向加速度γの範囲を任意の範囲に区切り、各範囲でスリップ比Sと駆動力Fとの一次回帰を行い、回帰係数f1及びf2を算出した後、各範囲で横方向加速度γの平均値及び傾きf1の平均値を算出し、これらの平均値に基づき、ガウスの消去法により、係数a2、b2及びc2を特定することもできる。
【0048】
ステップS9が終了すると、ステップS1に戻り、再度ステップS1~S7が繰り返される。図3に示すとおり、ステップS8及びS9が一度実行され、旋回半径Rとスリップ比Sとの第1関係情報a1、b1及びc1、並びに横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの第2関係情報a2、b2及びc2が特定された後は、ステップS1~S7が1回ずつ実行される度に、これに続いてステップS10~S13が繰り返し実行される。
【0049】
ステップS10では、補正部28が、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す第1関係情報a1、b1及びc1と、最新のステップS4で取得された旋回半径Rとに基づいて、最新のステップS7で取得されたスリップ比Sを補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。よって、補正部28は、下式に従って、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数を二乗した値に係数a1を乗じた値を減算することにより、スリップ比Sを補正する。
S=S-a1(1/R)2
なお、下式によって、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数に係数b1を乗じた値をさらに減算することにより、スリップ比Sを補正してもよい。
S=S-a1(1/R)2-b1(1/R)
【0050】
以上の補正式によれば、図4Aに示すとおり、実質的に(1/R)=0のときに、すなわち、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による軌道差の影響がキャンセルされる。
【0051】
次のステップS11では、補正部28が、横方向加速度γとスリップ比Sとの関係を表す第2関係情報a2、b2及びc2と、最新のステップS3で取得された横方向加速度γと、最新のステップS6で取得された駆動力Fとに基づいて、ステップS10で取得されたスリップ比Sをさらに補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、傾きをf1とする駆動力Fの一次関数で表され、傾きf1は、横方向加速度γの二次関数で表される。よって、補正部28は、下式に従って、補正時の横方向加速度γを二乗した値に係数a2を乗じた値と、補正時の横方向加速度γに係数b2を乗じた値と、c2との和を算出し、当該和と補正時の駆動力Fとの積を算出し、当該積をステップS10で取得されたスリップ比Sから減算することにより、スリップ比Sをさらに補正する。
S=S-f1F=S-(a2γ2+b2γ+c2)F
【0052】
なお、b2も概ね0となるため、下式に従ってスリップ比Sを補正してもよい。
S=S-(a2γ2+c2)F
【0053】
以上の補正式によれば、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による左右方向の荷重移動の影響がキャンセルされる。
【0054】
ステップS12では、傾き算出部29が、駆動力F及び補正されたスリップ比Sの多数のデータセットに基づいて、駆動力Fとスリップ比Sとの線形関係を表す回帰係数として、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1及び切片f2を算出する。傾きf1及び切片f2は、例えば最小二乗法等により算出することができる。傾きf1及び切片f2は、駆動力F及びスリップ比Sの多数のデータセットに基づいて、逐次的に算出されてもよいし、バッチ処理により算出されてもよい。本実施形態では、好ましい例として、逐次最小二乗法が用いられる。
【0055】
ところで、妥当な傾きf1及び切片f2を算出するためには、所定の期間における駆動力Fのデータに一定以上のばらつきがあることが好ましい。しかし、例えば下り坂において車両1が一定速度で走行している期間のように、駆動力Fがあまり変化していない期間においてはデータセットにばらつきがあまり見られない。従って、摩耗状態の推定時である現在において、駆動力Fのばらつきが一定値以上であるか否かを判断し、ばらつきが一定値以上であると判断される場合に、傾き算出部29が傾きf1及び切片f2を算出することとしてもよい。駆動力Fのばらつきは、例えば直近の所定の期間に取得された駆動力Fの幅及び分散で判断することができ、これらがそれぞれ所定の閾値以上である場合には、ばらつきが一定値以上であると判断することができる。
【0056】
以後のステップでは、補正されたスリップ比Sの傾きf1に基づいて、タイヤの摩耗状態が推定される。ただし、以下で説明するように、傾きf1は、周辺温度にも依存する。このため、取得された温度Tと、基準温度T1との差分に対する傾きf1の変化の程度を示す指標が予めシミュレーション又は実験により特定され、特定された指標に基づいて、ステップS13において傾きf1が補正される。まず、スリップ比Sの傾きf1により摩耗状態を推定する原理を説明する。
【0057】
一般に、路面の状態が一定であるとき、スリップ比Sと駆動力Fとの間には、図5のグラフに示すような関係が成り立つことが知られている。ただし、図5のグラフでは、横軸がスリップ比Sであり、縦軸が駆動力Fである。車両1が通常走行する環境下では、スリップ比Sは概ね0~Scの範囲を遷移する。図5から分かるように、スリップ比Sが0~Scである領域では、スリップ比Sと駆動力Fとの間に近似的な線形関係が成り立つと言ってよく、この近似的な線形関係に支配的な因子の1つとして、以下の式(1)で表されるドライビングスティフネスが知られている。
C=wkx2/2 (1)
【0058】
ここで、wはタイヤの接地幅、kxはタイヤのトレッドゴムブロックTB(以下、ブロックTBとも称する)の単位面積当たりのせん断剛性、lはタイヤの接地長である。ブロックTBは、直方体であるとする。
【0059】
式(1)から、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1はブロックTBの単位面積当たりのせん断剛性kxが高いほど小さくなると考えられる。そこで、傾きf1が単位面積当たりのせん断剛性kxに反比例すると仮定する。一方、ブロックTBの単位面積当たりのせん断剛性kxは、摩耗が進むにつれて高くなるとされる。つまり、路面の条件が一定であれば、摩耗が進むにつれて、傾きf1が小さくなると考えられる。
【0060】
発明者は、以上のことを裏付ける実験を行った。図6~7は、それぞれの実験結果を示すグラフである。まず、発明者は、摩耗量Wが0mm(摩耗なし)、2mm、4mm、6mmである同一種類のタイヤを用いて、タイヤのスリップ比Sに対する制動力係数μを測定した。ここで、摩耗量Wは、新品状態のタイヤの溝の深さから現在のタイヤの溝の深さを減算した量である。この測定は、それぞれのタイヤについて同一の乾いたアスファルト路面という条件下で、μ-S特性を測定する専用の実験設備を用いて行われた。その結果が図6A及び図6Bに示すグラフである。図6Bのグラフは、図6Aのグラフのスリップ比Sが0~0.1の範囲を詳細に示している。図6A及び6Bから分かるように、摩耗量Wが増えるにつれ、同じスリップ比Sに対して制動力係数μが増加した。このことにより、摩耗量Wが増えるにつれブロックTBの単位面積当たりのせん断剛性kxが高くなることが確認された。すると、上述したように、傾きf1が単位面積当たりのせん断剛性kxに反比例するため、摩耗量Wが増えるにつれ傾きf1が小さくなると考えられる。
【0061】
そこで、発明者は摩耗量Wが増えると傾きf1が小さくなることを裏付けるべく、更なる実験を行った。図7A及び7Bは、この実験結果を表すグラフである。実験は、車両の4輪に新品状態(W=0)のタイヤを装着して直進走行した場合と、4輪に摩耗状態のタイヤを装着して直進走行した場合とにおける傾きf1をそれぞれ算出することにより行われた。車両は同一の車両を使用し、走行した路面は同一の乾いたアスファルト路面であった。傾きf1は、車両に搭載されているセンサの出力信号を利用して、後述するステップS12と同様の手順で算出された。図7Aのグラフは、新品状態のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比S、並びに同一種類の摩耗状態(W=6mm)のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比Sをプロットしたものである。タイヤの新品状態及び摩耗状態のそれぞれのデータセットについて回帰係数を算出すると、摩耗状態における傾きf1は0.0183となり、新品状態における傾きf1N(=0.0269)より小さくなった。
【0062】
図7Bのグラフは、新品状態のタイヤ(図7Aとは別の種類のタイヤ)で走行した場合の駆動力F及びスリップ比S、並びに同一種類の摩耗状態(W=8mm)のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比Sをプロットしたものである。図7Aの場合と同様に、タイヤの新品状態及び摩耗状態のそれぞれのデータセットについて回帰係数を算出すると、摩耗状態における傾きf1は0.0191となり、新品状態における傾きf1N(=0.0534)より小さくなった。
【0063】
ところで、単位面積当たりのせん断剛性kxは、周辺温度による影響を受けることが分かっている。より具体的には、単位面積当たりのせん断剛性kxは、温度が高い程小さくなり、温度が低い程大きくなる。従って、タイヤが走行する路面の状態及びタイヤの摩耗量が同一である場合であっても、温度が高くなると傾きf1が大きくなり、温度が低くなると傾きf1が小さくなるものと考えられる。
【0064】
発明者は、このことを裏付けるべく、様々な種類のタイヤTY1~TY12について傾きf1の温度依存性を計測する実験を行った。実験は、図7A及び図7Bの実験と同様、車両にタイヤを装着して走行し、車両に搭載されているセンサの出力値から傾きf1を算出することにより行われた。実験の結果を図8A~8Dのグラフに示す。それぞれのグラフの横軸は車両の温度T(℃)、縦軸は算出された傾きf1である。図8A~8Dにおいては、同一種類のタイヤについて、左側に新品状態のグラフ、右側に完全摩耗状態のグラフを示している。なお、ここでいう完全摩耗状態とは、スリップサインが現れた状態であり、溝深さが1.6mmとなった状態である。図8A~8Dから分かるように、いずれのタイヤにおいても、温度Tが低いと傾きf1が小さく、温度Tが高いと傾きf1が大きくなった。これにより、傾きf1の温度依存性は、温度T及び傾きf1のデータセットの線形回帰により良好に表現できることが分かる。
【0065】
以上より、タイヤの摩耗状態の推定や、路面の状態の判定等、スリップ比Sに対する駆動力Fの傾きf1を用いる制御については、傾きf1の算出精度を向上させるために、温度Tによる影響を考慮することが求められる。
【0066】
再び図3を参照して、ステップS13では、傾き補正部30が、ステップS12で算出された傾きf1から温度Tの影響をキャンセルする補正を行う。本実施形態では、基準温度をT1(℃)として、以下の式に基づいて傾きf1が補正される。
f1=f1-a3×(T-T1)
【0067】
係数a3は、傾きf1が温度Tに依存する程度を表す指標であり、本実施形態では、補正時の温度Tと所定の基準温度T1との差分に対し、傾きf1が変化する程度を示す正の定数である。係数a3は、基準温度T1が定まっていれば、温度T及び傾きf1の多数のデータセットに対し、回帰分析を行うことにより特定することができる。係数a3は、タイヤの種類ごとに特定され、ROM13又は記憶装置15に保存されていてもよく、傾き補正部30は、車両1に装着されているタイヤの種類の情報を取得し、当該タイヤに適した係数a3をROM13又は記憶装置15から読み出して傾きf1を補正するように構成されてもよい。あるいは、タイヤの種類に関係なく代表的な係数a3が定められ、ROM13又は記憶装置15に保存されていてもよい。
【0068】
なお、基準温度T1を特に定めない場合であっても、温度T及び傾きf1の多数のデータセットに対して回帰分析を行うことにより、以下に示す回帰直線の傾きa4及び切片b4を予め決定しておき、傾き補正部30による傾き補正に用いてもよい。
f1=a4×T+b4
【0069】
ステップS12で算出され、ステップS13で補正された傾きf1が、乾いたアスファルトを走行中に取得されたデータセットに由来しない場合は、傾きf1は摩耗状態の推定に使用されず、処理はステップS1に戻る。ステップS12で算出された傾きf1が、乾いたアスファルトを走行中に取得されたデータセットに由来する場合は、推定部31が、傾きf1と所定の閾値とを比較する。所定の閾値は、実験又はシミュレーションにより予め特定され、ROM13又は記憶装置15に保存されている閾値である。推定部31は、傾きf1が所定の閾値を超えているとき、タイヤの溝の深さが摩耗と判断される基準値よりも深く、摩耗状態ではないと推定する。その後、処理はステップS1に戻る。
【0070】
一方、推定部31は、傾きf1が所定の閾値以下であるとき、タイヤの溝の深さが摩耗と判断される基準値よりも浅く、摩耗状態であると推定する。その後のステップS14では、推定部31がタイヤの摩耗を通知する信号を生成し、表示器3を介してドライバーに対する通知を表示させる。表示器3に表示される通知の内容は、例えばタイヤが基準値以上に摩耗していること、スリップが起きやすくなっていること、及びタイヤの交換を促すこと等を含んでいてもよい。通知の態様は特に限定されず、文字情報によるメッセージ、アイコンの点灯、グラフィックの表示等、適宜選択できる。また、車両1のスピーカーを介して、同様の内容を含む通知が音声出力されてもよい。
【0071】
<2.第2実施形態>
以下、本発明の第2実施形態に係る装置、方法及びプログラムについて説明する。第2実施形態に係る装置は、車両1が走行する路面の状態を判定する装置(判定装置)として構成される。スリップ比Sに対する駆動力Fの傾きf1は、路面の状態によっても変化するため、摩耗状態の推定と比較して短い期間における傾きf1をモニタリングすることで、車両1が走行する路面の状態を判定することが可能である。上述したように、傾きf1は車両1の外部温度にも依存する。このため、第1実施形態と同様に、傾きf1から温度による影響をキャンセルすることが、路面状態の判定の精度向上のためには重要である。以下では、第1実施形態と相違する構成及び処理手順(ステップ)について主に説明し、第1実施形態と共通する構成及びステップについては同一の符号を付して説明を省略する。
【0072】
<2-1.路面の状態を判定する装置の構成>
図1は、判定装置としての制御ユニット2Aが車両1に搭載された様子を示す模式図であり、車両1、表示器3、横方向加速度センサ4、車輪速センサ6、トルクセンサ7、ヨーレートセンサ8及び温度センサ9の構成は、それぞれ第1実施形態と共通である。
【0073】
図9は、制御ユニット2Aの電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2Aの電気的構成のほとんどは制御ユニット2の電気的構成と共通であるが、ROM13に格納されている、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム10Aがプログラム10と異なっている。これにより、CPU12は、ROM13からプログラム10Aを読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、横方向加速度取得部23、旋回半径取得部24、温度取得部25、スリップ比算出部26、関係特定部27、補正部28、傾き算出部29、傾き補正部30及び判定部31Aとして動作する。各部21~30の動作は、制御ユニット2と共通である。判定部31Aの動作は、後述する。
【0074】
<2-2.路面の状態の推定処理>
図10は、制御ユニット2Aによる路面の状態を判定する判定処理の流れを示すフローチャートである。この判定処理は、車両1の電気系統に電源が投入されている間、繰り返し実行されてもよい。
【0075】
図10から分かるように、制御ユニット2Aによる判定処理は、傾き補正部30がステップS12で算出された傾きf1を補正するまでのステップまで、制御ユニット2による摩耗状態の推定処理と共通である。つまり、図10におけるステップS1~ステップS13は、既に説明した第1実施形態に係る推定処理のステップS1~ステップS13と同様であるため、以下ではステップS13以降の処理について説明する。
【0076】
制御ユニット2Aによる判定処理では、ステップS13の後、ステップS15に進む。ステップS15では、判定部31Aが、補正された傾きf1と路面の判定のための所定の閾値とを比較する。所定の閾値は、実験又はシミュレーションにより予め決定され、ROM13又は記憶装置15に保存されている値であってもよい。判定部31Aは、傾きf1が所定の閾値未満であれば、路面が滑りにくい状態であると判定する。その後、処理はステップS1に戻る。一方、判定部31Aは、傾きf1が所定の閾値以上であれば、ハイドロプレーニング等が起こり易くなっており、路面が滑り易い状態であると判定する。判定部31Aによって、路面が滑り易い状態であると判定されると、処理はステップS16に進む。
【0077】
ステップS16では、判定部31Aが、路面が滑り易い状態であることを警報する信号を生成し、表示器3を介してドライバーに対する警報を表示させる。通知の態様は特に限定されず、文字情報によるメッセージ、アイコンの点灯、グラフィックの表示等、適宜選択できる。また、車両1のスピーカーを介して、同様の内容を含む通知が音声出力されてもよい。さらに、判定部31Aは、傾きf1に応じて滑り易さを示す指標を算出し、これを制御ユニット2A上で実行されている各種制御のプロセスに受け渡す。ここでいう制御の例としては、車両の走行時のブレーキ制御や車間距離の制御等が挙げられる。
【0078】
<3.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。
【0079】
<3-1>
上記実施形態に係るタイヤの摩耗状態の推定及び路面状態の判定は、後輪駆動車にも適用することができるし、四輪駆動車にも適用することもできる。さらに、同機能は、四輪車両に限られず、三輪車両又は六輪車両などにも適宜、適用することができる。上記実施形態に係るタイヤの摩耗状態の推定が後輪駆動車に適用される場合、駆動輪である後輪に装着されたタイヤの平均の摩耗量が推定される。
【0080】
<3-2>
車両1の横方向加速度γの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、ヨーレートセンサ8からのヨーレートω及び回転速度V1~V4の情報からも、横方向加速度γを取得することができる。
【0081】
<3-3>
上記実施形態において、スリップ比Sや旋回半径R等の算出に使用される車体速度の算出方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、車両1に取り付けられている加速度センサにより取得される加速度αを積分した値を車体速度として、スリップ比Sや旋回半径R等を算出してもよい。また、車両1に通信接続されているGPS等の衛星測位システムの測位信号から車体速度を算出し、スリップ比Sや旋回半径R等の算出に用いてもよい。
【0082】
<3-4>
駆動力Fの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限られない。例えば、駆動力Fは、車両1に取り付けられている加速度センサの出力値から導出することもできるし、車両1のエンジンの制御装置から取得されるエンジントルク及びエンジンの回転数から導出することもできるし、タイヤの回転速度V1~V4から導出することもできる。
【0083】
<3-5>
スリップ比Sから車両の旋回中に生じる荷重移動の影響をキャンセル方法するとしては、関係情報a2、b2及びc2と、横方向加速度γと、駆動力Fに基づいてスリップ比Sを補正する方法に代えて、横方向加速度γに応じて、スリップ比Sを以下の式(3)~(5)のいずれかに基づいて算出する方法を用いることもできる。式(3)は、左のタイヤの回転速度のみに基づいてスリップ比Sを算出する式であり、式(4)は、右のタイヤの回転速度のみに基づいてスリップ比Sを算出する式であり、式(5)は、左右のタイヤの回転速度の平均に基づいてスリップ比Sを算出する式である。
S=(V1-V3)/V3 (3)
S=(V2-V4)/V4 (4)
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4) (5)
以下、説明の便宜上、式(3)により算出されたスリップ比Sを第1スリップ比S、式(4)により算出されたスリップ比Sを第2スリップ比S、式(5)により算出されたスリップ比Sを第3スリップ比Sと称する。
【0084】
スリップ比算出部26は、横方向加速度取得部23によって取得された最新の横方向加速度γに応じて、式(3)~(5)のいずれかを選択し、選択した式に基づいて第1~第3スリップ比Sのいずれかを算出することができる。より具体的には、スリップ比算出部26は、車両1の右旋回時には第1スリップ比Sを、車両1の左旋回時には第2スリップ比Sを、車両1の直進時には第3スリップ比Sを、それぞれ算出することができる。このとき、例えばーA≦γ≦Aのとき直進時であり、γ<ーAのとき右旋回時であり、A<γのとき左旋回時であると判断することができる。Aは、予め定められている正の値をとる閾値である。
【0085】
図11は、直進時、より横方向加速度γの大きさが小さい左旋回時、より横方向加速度γの大きさが大きい左旋回時、より横方向加速度γの大きさが小さい右旋回時、及びより横方向加速度γの大きさが大きい右旋回時における、3種類のスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を示すグラフである。また、図12A図12Cは、実際の車両を走行させたときの計測データに基づき、スリップ比Sと駆動力Fとの関係をプロットしたグラフであり、縦軸がスリップ比、横軸が駆動力Fである。図12Aは、直進時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示しており、図12Bは、左旋回時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示しており、図12Cは、右旋回時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示している。いずれのグラフにおいても、右上に駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1の値が示されている。図12A図12Cでは、車両1の車体速度毎にグラフが描画されている。なお、横方向加速度γの大きさは、車体速度の二乗に比例するため、車体速度が大きくなる程、すなわち、各図において下方のグラフ程、横方向加速度γの大きさが大きい。
【0086】
車両1の旋回中、旋回内側においては、遠心力により相対的に荷重が減少し、相対的にタイヤのスリップが増加する一方、旋回外側においては、相対的に荷重が増加するため、相対的にタイヤのスリップが減少する。また、この現象に付随し、図11及び図12A図12Cに示されるように、車両1の駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1は、旋回内側においては横方向加速度γの大きさが大きくなる程大きくなるが、旋回外側においては値が収束し、概ね一定になることが分かる。よって、左旋回時においては、右のタイヤの回転速度に基づく第2スリップ比Sが、最も傾きf1を小さな値に収束させ、右旋回時においては、左のタイヤの回転速度に基づく第1スリップ比Sが、最も傾きf1を小さな値に収束させる。直進時はいずれのスリップ比Sによっても、傾きf1に大きな差異は見られない。このため、直進時のスリップ比として、第3スリップ比ではなく、第1スリップ比又は第2スリップ比のいずれかを選択するようにしてもよい。
【0087】
<3-6>
上述の方法により、横方向加速度γに応じて算出された第1~第3スリップ比Sは、上記実施形態に係る推定処理及び判定処理のステップS10で実行されるスリップ比Sの補正処理によってさらに補正されてもよい。つまり、上述の方法により横方向加速度γに応じて算出された第1~第3スリップ比Sを傾きf1の算出に使用してもよく、第1~第3スリップ比Sをさらに旋回半径Rとの関係情報に基づいて補正したものを傾きf1の算出に使用してもよい。
【0088】
<3-7>
上記実施形態に係る推定処理及び判定処理では、旋回半径Rによるスリップ比Sの補正及び横方向加速度γと駆動力Fとによるスリップ比Sの補正のうち、少なくとも一方が省略されてもよい。つまり、ステップS8及びステップS10ならびにステップS9及びステップS11のうち、少なくとも一方が省略されてもよい。スリップ比Sについて旋回による影響の補正を行わない場合は、車両1の旋回時のデータセットを選別し、推定処理及び判定処理に使用しないようにしてもよい。また、ステップS1~S7を実行する順序は上記実施形態の順序に限られず、適宜変更されてもよい。
【0089】
<3-8>
上記実施形態では、関係情報は、車両の走行時に特定されたが、関係情報を予め導出しておき、スリップ比Sの補正時にこれを参照するようにしてもよい。また、傾きf1を補正するための係数a3は、車両1の走行中に取得された温度Tと傾きf1との多数のデータセットに基づいて、車両1の走行中に特定されてもよい。
【0090】
<3-9>
上記実施形態に係る推定処理では、摩耗状態を判定するための傾きf1の閾値に代えて、摩耗量W(又は溝の残り深さ)と傾きf1との回帰式を特定する係数がROM13又は記憶装置15に保存されていてもよい。回帰式は、例えば直線の式であってもよい。回帰式を特定する係数は、摩耗量W(又は溝の残り深さ)と傾きf1との多数のデータセットに基づいて、予め実験又はシミュレーションにより算出することができる。推定部31は、ROM13又は記憶装置15に保存されている回帰式に基づいて、傾きf1から摩耗量W(又は溝の残り深さ)を推定してもよい。
【0091】
<4.評価>
図8A~8Dのグラフにプロットされた温度T及び傾きf1(温度補正前)のデータセットから、グラフごとに傾きf1を温度Tで補正する係数a3を算出した。算出された係数a3のうち、最大の値と最小の値との平均値を代表的な係数a3と決定した。この係数a3と基準温度T1とを用いて傾きf1を補正した場合と、傾きf1を補正しなかった場合とで、実測されたタイヤの溝の残り深さ(残溝)に対して傾きf1がどのように変化するか、種類の異なるタイヤTY13~TY17ごとに比較した。なお、これに限定されないが、ここでは基準温度T1を20℃とした。結果のグラフを図13A及び13Bに示す。それぞれのグラフの横軸は残溝、縦軸は傾きf1である。
【0092】
図13A及び13Bに示すように、タイヤTY13~TY17において、温度補正を行った場合の方が、温度補正を行わなかった場合と比べて相関係数R2が大きくなり、タイヤの溝の残り深さと傾きf1との線形関係がより強くなる結果となった。これにより、温度の影響が補正されたスリップ比Sに対する傾きf1の方が、路面とタイヤとの滑り易さをより正確に反映することが分かった。この温度補正による傾きf1を路面状態の判定や摩耗状態の推定の制御に活用することにより、路面状態の判定の精度や摩耗状態の推定の精度がより向上することが期待される。
【符号の説明】
【0093】
1 車両
2 制御ユニット(推定装置)
2A 制御ユニット(判定装置)
3 表示器
4 横方向加速度センサ
6 車輪速センサ
7 加速度センサ
8 ヨーレートセンサ
9 温度センサ
10 プログラム
10A プログラム
21 回転速度取得部
22 駆動力取得部
23 横方向加速度取得部
24 旋回半径取得部
25 温度取得部
26 スリップ比算出部
27 関係特定部
28 補正部(第1補正部、第2補正部)
29 傾き算出部
30 傾き補正部
31 推定部
31A 判定部
FL 左前輪
FR 右前輪
RL 左後輪
RR 右後輪
V1~V4 タイヤの回転速度
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図8A
図8B
図8C
図8D
図9
図10
図11
図12A
図12B
図12C
図13A
図13B