(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】操舵制御装置及び電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240827BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20240827BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D113:00
(21)【出願番号】P 2021124502
(22)【出願日】2021-07-29
【審査請求日】2023-10-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104765
【氏名又は名称】江上 達夫
(74)【代理人】
【識別番号】100131015
【氏名又は名称】三輪 浩誉
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 凌典
(72)【発明者】
【氏名】桝本 隆介
(72)【発明者】
【氏名】小野 仁章
(72)【発明者】
【氏名】吉野 隼人
【審査官】神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-126244(JP,A)
【文献】特開2021-028203(JP,A)
【文献】特開2021-070393(JP,A)
【文献】特開2016-107810(JP,A)
【文献】国際公開第2019/087864(WO,A1)
【文献】特開2007-125973(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107054448(CN,A)
【文献】特開2020-075577(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2022/0306197(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 - 6/10
B60W 10/00 - 60/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動運転又は運転支援が行われる車両における操舵を制御する操舵制御装置であって、
前記車両の目標舵角及び車速に基づいて、前記車両の基準舵角を演算する基準舵角演算部と、
前記演算された基準舵角及び前記目標舵角間の偏差が所定値以上となるか否かを判定し、前記所定値以上となると判定された場合に、前記演算された基準舵角が前記目標舵角を追従するように前記演算された基準舵角を補償する補償部と
、
前記車速を含む前記車両の状態を示す所定種類のパラメータに基づいて、前記車両のステアリング機構に対して補償すべき摩擦トルク値を演算する摩擦トルク演算部を備え
、
前記基準舵角演算部は、前記車速に代えて若しくは加えて前記演算された摩擦トルク値及び前記目標舵角に基づいて、前記基準舵角を演算し、
前記摩擦トルク演算部は、前記車速が第1の車速値の際に補償すべき摩擦トルク値が、前記車速が前記第1の車速値より小さい第2の車速値の際に補償すべき摩擦トルク値より小さくなるように、前記補償すべき摩擦トルク値を演算することを特徴とする操舵制御装置。
【請求項2】
前記補償部は、前記演算された基準舵角の補償として、前記演算された摩擦トルク値に基づいて設定される偏差上限値に比べて、前記演算された基準舵角及び前記目標舵角間の偏差の絶対値が大きい場合には、前記偏差の絶対値が減少する方向に前記基準舵角を変更し、大きくない場合には、前記基準舵角を変更しないことを特徴とする請求項
1に記載の操舵制御装置。
【請求項3】
前記補償部は、前記演算された基準舵角の補償として、前記演算された基準舵角及び前記目標舵角間の偏差にゲインを乗じることで摩擦補償制御量を算出することを特徴とする請求項
1又は2に記載の操舵制御装置。
【請求項4】
前記算出される摩擦補償制御量に対しローパスフィルタ処理を施すローパスフィルタを更に備えることを特徴とする請求項
3に記載の操舵制御装置。
【請求項5】
前記補償部は、前記演算された基準舵角の補償として、
前記演算された摩擦トルク値を前記ゲインで除することで偏差上限値を設定し、
前記目標舵角から前記演算された基準舵角を引いた偏差が、前記設定された偏差上限値より大きい場合には、前記演算された基準舵角を、前記目標舵角から前記設定された偏差上限値を引いた値に変更し、
前記引いた偏差が、前記設定された偏差上限値の負の値より小さい場合には、前記演算された基準舵角を、前記目標舵角に前記設定された偏差上限値を足した値に変更し、
前記引いた偏差の絶対値が、前記設定された偏差上限値以下の場合には、前記演算された基準舵角を変更せずに維持する
ことを特徴とする請求項
3又は
4に記載の操舵制御装置。
【請求項6】
前記目標舵角に基づいて目標トルクを演算する目標トルク演算部と、前記補償された基準舵角に対応して算出された摩擦補償制御量を前記演算された目標トルクに加算して補償後の目標トルクを、当該車両のステアリング機構に係る電動アクチュエータに対して出力する加算出力部とを更に備えることを特徴とする請求項1から
5の何れか一項に記載の操舵制御装置。
【請求項7】
請求項1から
6の何れか一項に記載の操舵制御装置と、
前記補償された基準舵角に基づいて要求トルクが制御される電動アクチュエータと
を備えることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の自動運転或いは運転支援の際に、ステアリング機構の摩擦を補償することでトルクが急激に変動しないように操舵制御を行う操舵制御装置、及びそのような操舵制御装置を備える電動パワーステアリング装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の操舵制御装置として、車両の運転支援の際に、ステアリング機構の摩擦を補償するものが提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1によれば、目標横加速度の増減方向が、増加から減少または減少から増加に切り替わるとき、目標横加速度に対する要求トルクがヒステリシスの分だけ急激に変動して操舵感に悪影響を及ぼす可能性が有るという技術的問題点がある。
【0005】
本発明は、例えば上述した技術的問題に鑑みなされたものであり、自動運転或いは運転支援が行われる車両において、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、要求トルクが急激に変動することを抑制可能な操舵制御装置、及びそのような操舵制御装置を備える電動パワーステアリング装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る操舵制御装置の一態様は上記課題を解決するために、自動運転又は運転支援が行われる車両における操舵を制御する操舵制御装置であって、前記車両の目標舵角及び車速に基づいて、前記車両の基準舵角を演算する基準舵角演算部と、前記演算された基準舵角及び前記目標舵角間の偏差が所定値以上となるか否かを判定し、前記所定値以上となると判定された場合に、前記演算された基準舵角が前記目標舵角を追従するように前記演算された基準舵角を補償する補償部とを備える。
【0007】
本発明に係る電動パワーステアリング装置の一態様は上記課題を解決するために、上述した本発明に係る操舵制御装置の一態様と、該操舵制御装置により前記補償された基準舵角に基づいて要求トルクが制御される電動アクチュエータとを備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る操舵制御装置の一態様によれば、車両が自動運転又は運転支援により進行すべき方向に応じた目標舵角及び該車両の車速に基づいて、基準舵角演算部によって、車両の基準舵角が演算される。続いて、補償部によって、先ずは演算された基準舵角(θt)及び目標舵角(θ)間の偏差が所定値(Δ)以上となるか否かが判定され、ここで所定値(Δ)以上となると判定された場合には、演算された基準舵角(θt)は、補償される結果、目標舵角(θ)を追従するものとされる。即ち、この場合には、補償によって、基準舵角は、所定値(Δ)未満だけ離間した形で、目標舵角(θ)を追従することになる。この結果、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、補償された基準舵角(θt)に基づく要求トルクが急激に変動することを抑制可能となる。
【0009】
本発明に係る電動パワーステアリング装置の一態様によれば、上述した本発明に係る操舵制御装置の一態様を備えるので、自動運転中や運転支援中に要求トルクが急激に変動することを抑制可能となる。
【0010】
本発明によるこのような作用効果は、以下に説明する発明の実施形態により、より明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る車両の電動パワーステアリング装置の全体構成を示すブロック図である。
【
図2】
図1に示した電動パワーステアリング装置のうち運転支援制御部の構成を示すブロック図である。
【
図3】
図2に示した運転支援制御部のうち摩擦補償部の構成を示すブロック図である。
【
図4】第1実施形態における、車速Vと摩擦トルクTtとの関係を示す特性図である。
【
図5】第1実施形態における、操舵制御動作の基準舵角演算方法(言い換えれば、基準舵角を目標舵角に適宜追従させる方法)を示すフローチャートである。
【
図6】第1実施形態における、操舵制御動作の中で、基準舵角θtを目標舵角θに追従させる様子を示す特性図である。
【
図7】第1実施形態における、操舵制御動作の中で、目標舵角θに対して設定される摩擦補償制御量Tcを示す特性図である。
【
図8】第1実施形態の比較例として摩擦補償が無しの場合((
図8(A))と、第1実施形態による摩擦補償が有りの場合(
図8(B))とにおける、目標舵角及び操舵角の時間変化を夫々示す特性図である。
【
図9】第1実施形態において、シミュレーション用に、X-Y平面上でカーブして進む車両の軌跡の一例を示す特性図である。
【
図10】
図9の一例を用いたシミュレーション結果としての、第1実施形態による摩擦補償が無しの場合と有りの場合における、操舵角の時間変化を夫々示す特性図(
図10(A))及びその部分拡大図(
図10(B))である。
【
図11】
図9の一例を用いたシミュレーション結果としての、第1実施形態による摩擦補償が有りの場合における、ステアリング機構に発生している摩擦の時間変化を示す特性図(
図11(A))及びこのときの摩擦補償制御量Tcfの時間変化を示す特性図(
図11(B))である。
【
図12】第2実施形態における、
図7と同趣旨の特性図である。
【
図13】第2実施形態における、
図5と同趣旨のフローチャートである。
【
図14】第2実施形態における、摩擦補償制御量Tcの演算処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1実施形態>
【0013】
図1から
図11を参照して、本発明に係る操舵制御装置を有する電動パワーステアリング装置の第1実施形態について説明する。第1実施形態における電動パワーステアリング装置は、自動運転或いは運転支援を前提とする。
【0014】
図1に示すように、電動パワーステアリング装置は、ハンドル11、トルクセンサ15、ステアリング機構20、電動アクチュエータ22、並びに、操安制御部82及び運転支援制御部84を有するECU(Electronic Control Unit)80を備えて構成されている。
【0015】
ハンドル11は、運転支援又は自動運転の際に運転手により適宜ステアリング操作が行われ或いはハンドフリーの状態でその回動動作が行われ、操舵角及び操舵角速度がECU80へ出力される。トルクセンサ15は、ハンドル11でステアリング操作或いは回動動作が行われた際にハンドル11に与えられるトルクを計測するセンサであり、計測結果であるトルクセンサ値がECU80へ出力される。
【0016】
電動アクチュエータ22は、アシストモータ或いは回動モータを有し、ECU80からのトルク入力に応じて回動する。ステアリング機構20は、ステアリングラックを有し、電動アクチュエータ22及びハンドル11から与えられるトルクにより、自動運転或いは運転支援におけるステアリング動作が行われるように構成されている。
【0017】
ECU80は、コントローラ或いはプロセッサ、各種のメモリ等を有し、その内部に操安制御部82及び運転支援制御部84がハードウエア的或いはソフトウエア的に構築されている。ECU80には、目標舵角θ、車速V、及び車両の各種状況或いは状態を示すその他車両情報(例えば、横加速度、ヨーレートなど)が入力される。ECU80に上述の如く入力される情報に基づいて、操安制御部82は、既存の操安制御を行うように構成されている。運転支援制御部84は、目標舵角θ、車速V及びその他の車両情報を入力として、目標舵角を追従するように補償された基準舵角に基づく補償後の目標トルクを演算出力し、電動アクチュエータ22へのトルク入力(即ち、要求トルクを示す信号)とするように構成されている。ここで、運転支援制御部84について、
図2を参照して詳細に説明する。
【0018】
図2に示すように、運転支援制御部84は、目標トルク演算部86、摩擦補償部88及び加算器90を備える。運転支援制御部84には、自動運転或いは運転支援により逐次設定される道路の中央を走行するのに必要な目標舵角θ、車速センサで計測される車速V、及び、その他の車両情報が入力され、ステアリング機構20のステアリングラックを動かすために必要な目標トルクTが出力される。運転支援制御部84は、既存の目標トルク演算部86に加え、本実施形態に係る摩擦補償部88を備えて構成される。摩擦補償部88には目標舵角θと車速Vとが入力され、摩擦補償制御量Tcf(即ち、後述の如くローパスフィルタ処理済の摩擦補償制御量)が、「加算出力部」の一例としての加算器90にて、目標トルクTに加算され、補償後目標トルクTmとされる。
【0019】
尚、
図2では目標トルク演算部86の後で加算されているが、加算する場所は任意である。また、摩擦補償制御量Tcfに代えて、ローパスフィルタ処理が施されない摩擦補償制御量Tcが、目標トルクTに加算され、補償後目標トルクTmとされてもよい。このように本実施形態では、運転支援制御部84或いはそのうち特に摩擦補償部88が「操作制御装置」の一例を構成している。ここで、摩擦補償部88について、
図3から
図7を参照して更に詳細に説明する。
【0020】
図3において、摩擦補償部88は、車速Vに基づいて摩擦トルクTtを演算する摩擦トルク演算部881、この摩擦トルクTt及び目標舵角θに基づいて基準舵角θtを演算する基準舵角演算部882、この基準舵角θtを目標舵角θから減算する(即ち、-θtと+θとを加算する)減算器883、この減算結果に基づいて摩擦補償制御量Tcを演算する摩擦補償制御量演算部884、並びにこの摩擦補償制御量Tcにローパスフィルタ処理を施して摩擦補償制御量Tcfを出力するローパスフィルタ885を備えて構成される。
【0021】
摩擦補償部88は、先ず、車速センサから入力される車速Vに基づいて、ステアリング機構20(
図1参照)に対して補償されるべき摩擦トルクTtが演算或いは設定される。ここで、摩擦トルクTtの演算方法(或いは設定方法)の好ましい一例について
図4を参照して説明を加える。摩擦補償部88では、好ましくは
図4に示す如きマップを用いて、摩擦トルクTtが算出される。
図4には、横軸を車速Vとし、縦軸を摩擦トルクTtとしたときの摩擦トルクTtの曲線が示されており、このようなマップは、ECU80が有するメモリ内に保持され、適宜更新される。尚、ここで決定する摩擦トルクTtは、正確には大きさだけの物理量であり、その補償方向(即ち、符号)は、後段にて決定される。
【0022】
図4に示すように、当該マップを用いると、車速Vが大きいときの方が、車速Vが小さいときよりも小さな摩擦トルクTtが設定される。これは、安定性向上を図る観点、及び、高速ではステアリング機構20(
図1参照)の逆入力振動により、摩擦が目減りするので、補償する摩擦が少なくて済むからである。また、安定性の観点から、
図4のように車速Vが0のときは摩擦トルクTtを0にしてもよい。
【0023】
尚、摩擦トルク演算には、車速Vに加え、目標舵角θや操舵トルク(例えば、
図1のトルクセンサ15から出力されるトルクセンサ値)を用いてもよい。このとき、目標舵角θが大きいときは、安定性向上を図る観点から、補償するべき摩擦を小さくするとよい。また、操舵感が悪化することを防ぐため、操舵トルクが大きいときは、摩擦トルクTtを少なくするとよい。
【0024】
再び
図3において、摩擦補償部88では、上述の摩擦トルクTtの演算処理に続いて、基準舵角演算部882により基準舵角θtが演算或いは設定される。ここで
図5のフローチャート及び
図6の特性図を参照して、基準舵角演算部882における基準舵角演算方法の好ましい一例を説明する。尚、
図5に示す処理ルーチンは、所定の演算周期(例えば5msec)毎に実行されてよい。また
図6では、基準舵角θtの正負の符号の定義は、説明の便宜上、中立位置(ゼロ点)から左回転方向を正とする。
【0025】
図5において、先ず、基準舵角θtが初期化されているか否か、即ち今回周期が初回周期であるか否かが判定される(ステップS100)。
【0026】
ここで、基準舵角θtが初期化されていない場合(ステップS100:No)、ステップS102に進み、逆に、今回周期が初回周期でない場合、即ち基準舵角θtが前回周期以前に初期化されている場合(ステップ100:Yes)、そのままステップS104に進む。
【0027】
ステップS102では、基準舵角θtの初期値が、目標舵角θ(今回周期の値、以下同じ)に設定される。即ち、θt=θに設定される。尚、基準舵角θtの初期値はゼロであってもよい。ステップS102を終えると、ステップS104に進む。
【0028】
ステップS104では、本実施形態に係る基準舵角θt及び目標舵角θ間の偏差とで大小判定を行う「所定値」の一例である、偏差上限値Δが演算される。偏差上限値Δは、上述の如く演算された摩擦トルクTt及びゲインKを用いて、Δ=Tt/Kとして演算される。ゲインKは、操舵感と舵角追従性を考慮して決定される任意の固定値で合ってよい。尚、Tt及びKは正の値であるので、偏差上限値Δは正の値である。
【0029】
続いて、ステップS106では、目標舵角θと、上記ステップS104で演算された偏差上限値Δと、現在の基準舵角θtとが、θ>θt+Δなる関係であるか否かが判定される。即ち、θ及びθt間の偏差(θ-θt)が偏差上限値Δより大きいか否か、言い換えれば、偏差上限値Δ以下であるか否かが判定される。この判定の結果、θ>θt+Δである場合(ステップS106;Yes)、ステップS108に進み、逆に、θ≦θt+Δである場合(ステップS106:No)、ステップS110に進む。
【0030】
ステップS108では、基準舵角θtが、目標舵角θと上記ステップS104で演算された偏差上限値Δとを用いて、θt=θ-Δなる式により、新たな値に変更される。即ち、目標舵角θから基準舵角θtを引いた偏差Δθ(=θ-θt)が、Δθ>Δの場合には、基準舵角θtがθt=θ-Δに変更(更新)される。
【0031】
他方、ステップS110では、目標舵角θ(今回周期の値)と、上記ステップS104で演算された偏差上限値Δと、現在の基準舵角θtとが、θ<θt-Δなる関係であるか否かが判定される。即ち、θ及びθt間の偏差(θ-θt)が偏差上限値-Δより小さいか否か、言い換えれば、偏差上限値-Δ以上であるか否かが判定される。この判定の結果、θ<θt-Δである場合(ステップS110:Yes)、ステップS112に進む。
【0032】
ステップS112では、基準舵角θtが、目標舵角θと上記ステップS104で演算された偏差上限値Δとを用いて、θt=θ+Δなる式により、新たな値に変更される。即ち、目標舵角θから基準舵角θtを引いた偏差Δθ(=θ-θt)が、Δθ<-Δの場合には、基準舵角θtが、θt=θ+Δに変更(更新)される。なお、上記のステップS110で、θ≧θt-Δである場合(ステップ110:No)、今回周期の処理はそのまま終了する。従って、この場合には、現在の基準舵角θtが変更されずに維持される。即ち、目標舵角θから基準舵角θtを引いた偏差Δθ(=θ-θt)が、-Δ≦Δθ≦Δの場合には、基準舵角θtが変更されずに維持される。
【0033】
図6は、目標舵角θの変化態様と基準舵角θtの変化態様の関係の一例を時系列で示す図である。
図6の目標舵角θの変化態様では、時刻t1までハンドル11が左に切られ、時刻t1から右に戻されている。これに応じて、基準舵角θtは、時刻t1までは、θ>θt+Δなる関係となり、それ故に、θt=θ-Δの関係で変更される(
図5のステップS108参照)。また、基準舵角θtは、時刻t1から時刻t2までは、θ≦θt+Δ、且つ、θ≧θt-Δなる関係となるので、変更されずに維持される(
図5のステップS110:No参照)。また、基準舵角θtは、時刻t2以降は、θ<θt-Δなる関係となり、それ故に、θt=θ+Δの関係で変更される(
図5のステップS112参照)。
【0034】
再び
図3において、摩擦補償制御量演算部884では、上述の基準舵角θtの演算処理に続いて、この基準舵角θtを目標舵角θから減算した減算器883による減算結果に基づいて、摩擦補償制御量Tcが演算或いは設定される。摩擦補償制御量Tcの正負の定義は、左回りのトルクの方向を正とする。
【0035】
摩擦補償制御量Tcは、目標舵角θと、上述の如く演算された基準舵角θtと、ゲインK(=Tt/Δ)とを用いて、Tc=K・Δθ なる式、即ちTc=K(θ-θt)なる式により演算される。尚、ここで用いられるゲインKは、上述の基準舵角演算で用いられたゲインKと同一である(
図6のステップS104参照)。
【0036】
ここで
図7を参照して、摩擦補償制御量演算部884における摩擦補償制御量Tcの演算方法の好ましい一例について説明を加える。
図7は、上述の如く演算される摩擦補償制御量Tcの特性の説明図である。
図7では、横軸を目標舵角θとし、縦軸を摩擦補償制御量Tcとしている。
図7では、代表として、上述の如く演算される摩擦トルクTtがTt1の場合と、摩擦トルクTtがTt2(<Tt1)の場合とが示されている。即ち、例えば、低速域V1または中速域V2のときの摩擦トルクTt1の場合と、高速域V3のときの摩擦トルクTt2の場合とが示されている。また、
図7では、Tt1及びTt2のいずれの場合も、理解の容易化のため、便宜上、基準舵角θtが同一で、目標舵角θの変化に応じて変化しないものとする。尚、基準舵角θtが変化した場 合には、それに応じてグラフが新たな基準舵角θtを中心として横軸方向に平行移動するだけである。
【0037】
図7に示すように、偏差上限値Δは、Δ=Tt/Kであることから、摩擦トルクTtが大きいほど大きくなる(例えば、Tt1のときの偏差上限値Δ1は、Tt2のときの偏差上限値Δ2よりも大きい)。また、-Δ≦Δθ≦Δの範囲では、基準舵角θtが変更されずに維持され、Tc=K・Δθ、即ちTc=K・(θ-θt)から、摩擦補償制御量Tcの大きさは、Δθに比例して増加する。そして、Δθ>Δ、及び、Δθ<-Δの範囲では、基準舵角θtが上述の如く変更されてΔθの大きさが一定の大きさΔとなるので、Tc=K・Δθ及びΔ=Tt/Kから、摩擦補償制御量Tcの大きさは、摩擦トルクTtの大きさに対応した一定値となる。
【0038】
再び
図3において、ローパスフィルタ885では、上述の摩擦補償制御量Tcの演算処理に続いて、好ましくは摩擦補償制御量Tcがローパスフィルタによりフィルタ処理される。ここでは、フィルタ処理後の摩擦補償制御量を、記号Tcfで表す。ローパスフィルタは、例えば、以下のような一次のローパスフィルタであってもよいし、他の形式であってもよい(例えば次数を上げてもよい)。
【0039】
Tcf=1/(fc・s+1)・Tc
ここで、fcはカットオフ周波数であり、操舵感や舵角振動を考慮できるよう、可変値であることが望ましい。
【0040】
このようにして、摩擦補償部88から出力されるフィルタ後摩擦補償制御量Tcfは、
図2に示した如く、目標トルク演算部86 から出力された目標トルクTに、加算器90により加算される。そして、運転支援制御部84から出力される補償後目標トルクTmは、電動アクチュエータ22が有するアシストモータにより、ステアリング機構20のステアリングラックに付与される。
【0041】
以上
図1から
図7を参照して詳細に説明したように第1実施形態によれば、摩擦補償部88の中で、車速Vや目標舵角θに応じて最適な大きさ・方向の摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を生成し、ステアリング機構20(
図1参照)に発生する摩擦を補償することができる。これにより、微小な変化を伴うあらゆる目標舵角θに対し、操舵角の追従性を向上させることができる。特に、
図5に示した如く目標舵角θと基準舵角θt との偏差に応じて適切に基準舵角θtを変化させること(言い換えれば、基準舵角θtを目標舵角θに適宜追従させること)で、スムーズで違和感(振動)が無く、実際の摩擦特性に近い摩擦補償制御量を生成することができる。また、
図5に示した如く目標舵角θと基準舵角θtとの偏差に応じて適切に基準舵角θtを変化させることで、中立位置(目標舵角θ=0)に限らず任意の操舵位置で摩擦を補償することができる。
【0042】
次に
図8から
図11を参照して、第1実施形態における上記効果の例を示す2つのシミュレーション結果について説明する。以下、摩擦補償あり(本実施形態)、摩擦補償なし(比較例)とは、摩擦補償部88(
図2参照)の有無を述べたものである。
【0043】
図8は、第1のシミュレーションを示す。
図8において、第1のシミュレーションは、摩擦補償あり(
図8(B):本実施形態)の場合と摩擦補償なし(
図8(A):比較例)の場合とで、舵角追従性を比較したものであり、どちらも車速は40km/h、目標舵角として同じ波形を入力したものである。車両は運転支援制御部84を有しており、目標舵角に対し、目標トルクを計算し、アクチュエータがステアリングラックを動かすことで舵角制御する。本来であれば、車両挙動が変わることで目標舵角も刻々と変化するものであるが、ここでは舵角追従性単体を評価するために目標舵角を固定する。破線が目標舵角の時系列波形、実線が操舵角の時系列波形を示したものである。この結果から、摩擦補償ありは摩擦補償なしよりも舵角追従性が向上していることがわかる。
【0044】
次に、
図9から
図11に、第2のシミュレーションを示す。
図9において、第2のシミュレーションでは前述の第1のシミュレーション1と異なり、目標舵角は車両の状態によって、車線に追従するための最適な値になるよう、刻々と変化するものとする。
【0045】
図9は第2のシミュレーションで走行するコース座標を示す図(即ち、地上の道路地図に見立てた平面図)であり、車速80km/hで直線からカーブに進入するタスクを表している。車両は運転支援制御部84を有しており、ドライバの操舵無しでコースを自動で追従する。
【0046】
図10(A)は操舵角の変化を示す時系列であり、
図10(B)は旋回定常時の挙動を分かりやすく示すため、
図10(A)の 時間5秒から20秒までを拡大して表示したものである。破線が摩擦補償なし、実線が摩擦補償ありの結果を示す。摩擦補償ありの波形は摩擦補償なしと比べ、舵角の変動(即ち、走行すべき道路の中央に対して左右へ細かくふらつくこと)が少ないことが分かる。これは、摩擦補償を入れることで、ステアリング機構の摩擦を補償することができ、微小な舵角制御が可能になるため、直進安定性が向上するからだと考えられる。
【0047】
図11(A)は摩擦補償ありのとき、実際にステアリング機構に発生している摩擦を、詳細な摩擦モデルで計算したものであり、
図11(B)はこのときの摩擦補償制御量Tcfの変化を示す時系列である。この結果から、摩擦補償制御量Tcfは実際の摩擦と似た波形を生成することができていることが分かる。即ち、第1実施形態によれば、目標舵角θに対し、最適な大きさ・方向の摩擦補償制御量Tcfを生成することができていることが分かる。
<第2実施形態>
【0048】
図12から
図14を参照して、本発明に係る操舵制御装置の第2実施形態について説明する。第2実施形態では、ハードウエア構成に関しては
図1等に示した第1実施形態と同様であり、主に基準舵角θtの演算及び摩擦補償制御量Tcの演算が第1実施形態と異なる。このため、第2実施形態については以下、当該異なる点について説明し、第1実施形態と同様の構成及び動作処理については同一の参照符号を付し(
図5及び
図13参照)、それらの説明は適宜省略する。
【0049】
第2実施形態では、偏差上限値Δが固定値であり、代わりにゲインKを可変値にする。
図12は、第2実施形態により実現される摩擦補償制御量Tcの特性を示す図であり、第1実施形態の
図7に相当する図である。第2実施形態では、
図12に示すように、偏差上限値Δが所定の固定値であり、ゲインKが可変される。尚、第2実施形態では、第1実施形態と同様、ゲインKと偏差上限値Δとの関係は、Δ=Tt/Kである。従って、第2実施形態では、ゲインKは、摩擦トルクTtが大きくなるにつれて大きくなる。このため、-Δ≦Δθ≦Δの範囲では、摩擦トルクTtが大きくなるにつれて、同一のΔθに対する摩擦補償制御量Tcの変化量が大きくなる。尚、Δθ>Δ、及び、Δθ<-Δの範囲では、摩擦補償制御量Tcの大きさは、摩擦トルクTtの大きさとなり一定となるのは、第1実施形態と同様である。但し、偏差上限値Δは固定であることから、摩擦トルクTtの如何に関らず、Δθ>Δ、及び、Δθ<-Δの範囲は固定され、この範囲で、摩擦補償制御量Tcの大きさが、摩擦トルクTtの大きさで一定となる。
【0050】
尚、第2実施形態では、基準舵角θtの演算方法及び摩擦補償制御量Tcの演算方法のみが第1実施形態と異なることになり、 摩擦トルクTtの演算方法やローパスフィルタの処理は同様であってよい。以下、第2実施形態における基準舵角θtの演算方法及び摩擦補償制御量Tcの演算方法のみについて説明する。
【0051】
図13は、第2実施形態における基準舵角演算方法の好ましい一例を示すフローチャートである。この基準舵角演算方法 は、
図5で示した第1実施形態における基準舵角演算方法に対して、ステップS104の処理が無い点のみが異なる。即ち、第2実施形態では、偏差上限値Δが所定の固定値であるので、偏差上限値Δを摩擦トルクTtに応じて演算する必要が無く、当該固定値がステップS106以降でそのまま用いられる。
【0052】
図14は、第2実施形態における摩擦補償制御量Tcの演算処理の一例を示すフローチャートである。ステップS200では、ゲインKが演算(設定)される。ゲインKは、上述の如く演算された摩擦トルクTtと、偏差上限値Δ(固定値)を用いて、K=Tt/Δとして演算される。
【0053】
ステップS202では、目標舵角θと、基準舵角θtと、上記ステップ200で設定したゲインKとを用いて、Tc=K・Δθなる式、即ちTc=K(θ-θt)なる式により演算される。
【0054】
以上説明した第2実施形態によれば、上述の第1実施形態と略同様の効果が得られる。但し、第2実施形態では、ゲインKが大きすぎると振動し易くなるので、かかる振動が発生しないように、偏差上限値Δを適切に決定することが望ましい。
<変形形態>
【0055】
第1実施形態では、運転支援制御部84に、車線を追従するために必要な目標舵角θが入力されているが、目標値として、横加速度、ヨーレートなどを用いてもよい。その際、摩擦補償部88も目標舵角θを別の目標値に置き換え、それに対応して基準舵角を別の目標値に対する基準値に置き換えることで、同じロジックで使用することができ、その効果も第1実施形態と同様である。
【0056】
操舵感向上のため、摩擦トルクTtを、ハンドル11(
図1参照)を介して入力されるドライバ操舵トルクによって可変にしてもよい。
【0057】
ステアリング機構20(
図1参照)の特性として、ステアリングラックへの負荷が増えることで摩擦が大きくなるので、摩擦トルクTtは操舵角や、横加速度、ラック軸力に応じて可変にする。また、コラムEPSの場合だとモータが出しているトルクによって摩擦が上がるので、アシスト量(
図1のトルク入力)に応じて可変にしてもよい。
【0058】
第1実施形態で十分実際の摩擦特性に近い摩擦波形が出ているが、さらに静摩擦を考慮するために、目標舵角速度に応じて摩擦トルクTtを可変にしてもよい。これにより、静摩擦、動摩擦、弾性摩擦勾配を考慮した摩擦補償制御量Tcを生成することが可能となる。
【0059】
以上詳細に説明したように実施形態によれば、目標舵角θ、車速V等に基づいて、適切な方向や大きさの摩擦補償制御量Tc或いはTcfを出力する摩擦補償部88を設けることで、自動運転或いは運転支援中、ステアリング機構20に発生する摩擦を補償し、舵角追従性を向上させる。これにより、直線時のふらつき低減や、外乱応答性の向上を図る。
【0060】
更に、瞬間的なトルク変動によって車が必要以上の横加速度を出した場合、指示される目標横加速度自体が変わって、目標横加速度の増減方向が何度も入れ替わり、振動を増幅させるといった不都合の発生も抑制し得る。目標横加速度の増減方向が切り替わるときに、要求トルクが滑らかに減少、または増加するようになっているので、目標横加速度の微小な変動に対して、摩擦補償制御量Tc或いはTcfも微小に変動するようになっており、トルクの変動幅も小さくて済む。
【0061】
付記
以上説明した実施形態に関して、更に以下の付記を開示する。
[付記1]
【0062】
本発明に係る付記1記載の操舵制御装置は、自動運転又は運転支援が行われる車両における操舵を制御する操舵制御装置であって、前記車両の目標舵角(θ)及び車速(V)に基づいて、前記車両の基準舵角(θt)を演算する基準舵角演算部と、前記演算された基準舵角(θt)及び前記目標舵角(θ)間の偏差が所定値(Δ)以上となるか否かを判定し、前記所定値(Δ)以上となると判定された場合に、前記演算された基準舵角(θt)が前記目標舵角(θ)を追従するように前記演算された基準舵角(θt)を補償する補償部とを備えることを特徴とする。
【0063】
付記1記載の操舵制御装置によれば、車両が自動運転又は運転支援により進行すべき方向に応じた目標舵角(θ)及び該車両の車速(V)に基づいて、基準舵角演算部によって、車両の基準舵角(θt)が演算される。続いて、補償部によって、先ず演算された基準舵角(θt)及び目標舵角(θ)間の偏差が所定値(Δ)以上となるか否かが判定され、ここで所定値(Δ)以上となると判定された場合には、演算された基準舵角(θt)は、補償される結果、演算された基準舵角(θt)が目標舵角(θ)を追従するものとされる。即ち、この場合には、補償によって、演算された基準舵角(θt)は、所定値(Δ)未満だけ離間した形で、目標舵角(θ)を追従する(言い換えれば、目標舵角(θ)から所定値(Δ)以上離間しないで変動する)ことになる。他方、前記偏差が所定値(Δ)以上とならない場合には、演算された基準舵角(θt)が補償されることはないが、この場合には、補償がないままでも、演算された基準舵角(θt)は、所定値(Δ)未満だけ離間した形で目標舵角(θ)を追従することとされる。
【0064】
ここで「所低値(Δ)」の設定については、実験的若しくは経験的に、シミュレーションにより、又は機械学習により、要求トルクの変動が操舵感或いは乗り心地に悪影響を及ぼさない限界値を求め、これに多少のマージンを加味して設定すればよい。この値は、事前に所定値として設定してもよいし、機械学習によって所定値を自動運転中や運転支援中に適宜に更新してもよい。いずれの方式においても、基準舵角(θt)を目標舵角(θ)に向けて変動させる際の要求トルクの変動が急激に変動しない許容範囲内に収まる程度に小さい値に所定値を設定する。また、補償部による「追従」に関しては、目標舵角(θ)に対応する目標トルク(T)に対して、補償部で目標舵角及び車速に基づき適切な方向及び大きさを有するものとして演算される摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を加算する方式等で行えばよい。これにより、操舵反力である摩擦トルクを補償することができ、目標舵角(θ)に対する実舵角の追従性を上げることができる。このように車両のステアリング機構に発生する摩擦を補償し、舵角追従性を向上させることで、直線時のふらつき低減や、外乱応答性の向上を図ることも可能となる。
【0065】
以上の結果、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、基準舵角に対して適宜に補償が行われるので、ステアリング機構の回動或いは回動支援を行う電動アクチュエータにおける、該補償された基準舵角に基づく要求トルクが急激に変動することを抑制可能となる。
[付記2]
【0066】
付記2記載の操舵制御装置は、前記車速(V)を含む前記車両の状態を示す所定種類のパラメータに基づいて、前記車両のステアリング機構に対して補償すべき摩擦トルク値(Tt)を演算する摩擦トルク演算部を更に備え、前記基準舵角演算部は、前記車速(V)に代えて若しくは加えて前記演算された摩擦トルク値(Tt)及び前記目標舵角(θ)に基づいて、前記基準舵角(θt)を演算することを特徴とする付記1に記載の操舵制御装置である。
【0067】
付記2記載の操舵制御装置によれば、先ず、摩擦トルク演算部では、車速(V)を含む所定種類のパラメータ(例えば、車速(V)の他、横加速度、ヨーレート、ドライバ操舵トルクなど)に基づいて、ステアリング機構に対して補償すべき摩擦トルク値(Tt)が演算される。次いで、基準舵角演算部では、車速(V)に代えて若しくは加えて、このように演算された摩擦トルク値(Tt)及び目標舵角(θ)に基づいて、基準舵角(θt)が演算される。従って、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、車速(V)を含む所定種類のパラメータで示される車両の状態を反映した形で補償が行われ、要求トルクが滑らかに減少または増加するようにできる。更に目標横加速度の微小な変動に対して摩擦補償制御量も微小に変動するようにできるので、要求トルクの変動幅も小さくできる。このように要求トルクが急激に変動することを、より効果的に抑制可能となる。
[付記3]
【0068】
付記3記載の操舵制御装置は、前記摩擦トルク演算部は、前記車速(V)が第1の車速値の際に補償すべき摩擦トルク値(Tt)が、前記車速が前記第1の車速より小さい第2の車速値の際に補償すべき摩擦トルク値より小さくなるように、前記補償すべき摩擦トルク値(Tt)を演算することを特徴とする付記2に記載の操舵制御装置である。
【0069】
付記3記載の操舵制御装置によれば、車速(V)によって実際のステアリング摩擦特性は異なるものの、車速(V)に応じてより適切な摩擦トルクを補償可能となる。例えば、高速では、ステアリング機構の逆入力振動により摩擦が目減りするので、摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を減少させるなどの、実際のステアリング機構に応じた個別具体的な対応が可能となる。
[付記4]
【0070】
付記4記載の操舵制御装置は、前記補償部は、前記演算された基準舵角の補償として、前記演算された摩擦トルク値(Tt)に基づいて設定される偏差上限値に比べて、前記演算された基準舵角(θt)及び前記目標舵角(θ)間の偏差の絶対値が大きい場合には、前記偏差の絶対値が減少する方向に前記基準舵角(θt)を変更し、大きくない場合には、前記基準舵角(θt)を変更しないことを特徴とする付記2又は3に記載の操舵制御装置である。
【0071】
付記4記載の操舵制御装置によれば、演算された摩擦トルク値(Tt)に基づいて設定される偏差上限値に比べて、演算された基準舵角(θt)及び前記目標舵角(θ)間の偏差の絶対値が大きい場合には、補償部によって、偏差の絶対値が減少する方向に基準舵角(θt)が変更される。逆に、偏差上限値に比べて、前記偏差の絶対値が大きくない場合には、基準舵角(θt)は変更されない、即ち維持される。従って、弾性摩擦勾配を考慮した、実際の摩擦特性に近い摩擦トルク(Tt)を補償可能となる。即ち、ステアリング機構の実際の可動状況に応じて、補償する摩擦トルク(Tt)が過剰であったり不足することを回避可能となる。
[付記5]
【0072】
付記5記載の操舵制御装置は、前記補償部は、前記演算された基準舵角(θt)の補償として、前記演算された基準舵角(θt)及び前記目標舵角(θ)間の偏差にゲインを乗じることで摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を算出することを特徴とする付記2から4の何れか一項に記載の操舵制御装置である。
【0073】
付記5記載の操舵制御装置によれば、補償部では、演算された基準舵角(θt)の補償として、前記偏差にゲインを乗じることで、摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)が算出される。すると、該算出された摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)が目標トルク(T)に対して、そのまま或いは他の処理を経た後に加算されることで、補正後目標トルク(Tm)が設定されることになる。このように比較的簡単な処理として基準舵角の補償を実行可能となる。
[付記6]
【0074】
付記6記載の操舵制御装置は、前記算出される摩擦補償制御量(Tc)に対しローパスフィルタ処理を施すローパスフィルタを更に備えることを特徴とする付記5に記載の操舵制御装置である。
【0075】
付記6記載の操舵制御装置によれば、付記6記載の如くに算出された摩擦補償制御量(Tc)が目標トルク(T)に対して、ローパスフィルタ処理を経た後に(即ち、摩擦補償制御量(Tcf)として)加算されることで、補正後目標トルク(Tm)が設定されることになる。従って、ローパスフィルタに適切な定数を与えるといった比較的簡単な処理により、ハンズオン時の操舵感を向上させることも可能となる。
[付記7]
【0076】
付記7記載の操舵制御装置は、前記補償部は、前記演算された基準舵角の補償として、前記演算された摩擦トルク値(Tt)を前記ゲインで除することで偏差上限値(Δ)を設定し、前記目標舵角(θ)から前記演算された基準舵角(θt)を引いた偏差(θ-θt)が、前記設定された偏差上限値(Δ)より大きい場合には、前記演算された基準舵角(θt)を、前記目標舵角(θ)から前記設定された偏差上限値(Δ)を引いた値(θ-Δ)に変更し、前記引いた偏差(θ-θt)が、前記設定された偏差上限値(Δ)の負の値(-Δ)より小さい場合には、前記演算された基準舵角(θt)を、前記目標舵角(θ)に前記設定された偏差上限値(Δ)を足した値(θ+Δ)に変更し、前記引いた偏差(θ-θt)の絶対値が、前記設定された偏差上限値(Δ)以下の場合には、前記演算された基準舵角(θt)を変更せずに維持することを特徴とする付記5又は6に記載の操舵制御装置である。
【0077】
付記7記載の操舵制御装置によれば、ゲインの値を変更することで、目標舵角(θ)の微小な変化に対してどれだけ摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を増加させるかを任意に設計することができる。例えばゲインを大きくすることで、応答性が上がり、直進走行時のふらつき(或いは湾曲する道路中央に対するふらつき)の低減や、横風などの外乱応答性を向上さることができる。従って、弾性摩擦勾配を考慮した、実際の摩擦特性に近い摩擦トルク(Tt)を補償することができる。即ち、ステアリング機構の実際の可動状況に応じて、補償する摩擦トルク(Tt)が過剰であったり不足することを回避可能となる。
[付記8]
【0078】
付記8記載の操舵制御装置は、前記目標舵角(θ)に基づいて目標トルク(T)を演算する目標トルク演算部と、前記補償された基準舵角(θt)に対応して算出された摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)を前記演算された目標トルク(T)に加算して補償後の目標トルク(Tm)を、当該車両のステアリング機構に係る電動アクチュエータに対して出力する加算出力部とを更に備えることを特徴とする付記1から7の何れか一項に記載の操舵制御装置である。
【0079】
付記8記載の操舵制御装置によれば、目標トルク演算部により、目標舵角(θ)に基づいて或いは目標舵角(θ)及び車速(V)等に基づいて、目標トルク(T)が演算されると、補償された基準舵角(θt)に対応して算出された摩擦補償制御量(Tc或いはTcf)は、加算出力部によって、演算された目標トルク(T)に加算される。これにより、補償後の目標トルク(Tm)が、電動アクチュエータに対して出力される。従って、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、摩擦補償制御量(Tc)がそのまま或いはローパスフィルタ処理等を介して目標トルク(T)に加算されてなる補正後目標トルク(Tm)に従うことで、電動アクチュエータに係る要求トルクが急激に変動することを抑制可能となる。
[付記9]
【0080】
付記9記載の電動パワーステアリング装置は、付記1から8の何れか一項に記載の操舵制御装置と、前記補償された基準舵角に基づいて要求トルクが制御される電動アクチュエータとを備えることを特徴とする電動パワーステアリング装置である。
【0081】
付記9記載の電動パワーステアリング装置によれば、上述した各付記に係る操舵制御装置を備えるので、自動運転中や運転支援中に、目標横加速度の増減方向が増加から減少または減少から増加に切り替わる際にも、電動アクチュエータに係る要求トルクが急激に変動することを抑制可能となる。
【0082】
本発明は、請求の範囲及び明細書全体から読み取るこのできる発明の要旨又は思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う操舵制御装置或いは電動パワーステアリング装置もまた本発明の技術思想に含まれる。
【符号の説明】
【0083】
11…ハンドル
15…トルクセンサ
20…ステアリング機構
22…電動アクチュエータ(アシストモータ)
80…ECU(Electronic Control Unit)
84…運転支援制御部
86…目標トルク演算部
88…摩擦補償部
881…摩擦トルク(Tt)演算部
882…基準舵角(θt)演算部
884…摩擦補償制御量(Tc)演算部
885…ローパスフィルタ