(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】精神疾患の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20240827BHJP
【FI】
G01N33/50 B
(21)【出願番号】P 2021017479
(22)【出願日】2021-02-05
【審査請求日】2024-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】514244365
【氏名又は名称】医療法人社団行基会
(73)【特許権者】
【識別番号】521057084
【氏名又は名称】株式会社EBM3
(74)【代理人】
【識別番号】100106448
【氏名又は名称】中嶋 伸介
(72)【発明者】
【氏名】川村 則行
(72)【発明者】
【氏名】原田 豪人
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/047677(WO,A1)
【文献】特開2020-054249(JP,A)
【文献】Kawamura Noriyuki et al,Plasma metabolome analysis of patients with major depressive disorder,Psychiatry and Clinical Neurosciences,2018年05月30日,Vol.72 No.5,349-361
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
精神疾患の検出方法であって、以下のステップ:
(1)被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する、
(2)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較する、及び
(3)前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群及び双極性関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する
を含み、前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にあることを特徴とする、前記精神疾患の検出方法。
【請求項2】
さらに以下のステップ:
(4)第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する、
を含む、請求項1に記載の精神疾患の検出方法。
【請求項3】
前記トラウマティック・ストレス関連障害群は、急性ストレス障害及び心的外傷後ストレス障害を含む、請求項1
又は2に記載の精神疾患の検出方法。
【請求項4】
前記双極性関連障害群は、双極性障害群及び統合失調スペクトラム障害群を含む、請求項1
~3のいずれかに記載の精神疾患の検出方法。
【請求項5】
前記ステップ(3)の前又は後に、さらに以下のステップ:
(5)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第二の閾値と比較する、及び
(6)前記被験者が第二の閾値以下のホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者はうつ病を検出する、
を含み、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にあることを特徴とする、請求項1
~4のいずれかに記載の精神疾患の検出方法。
【請求項6】
前記ステップ(2)以降の実行の際に、精神疾患の検出用チャートであって、
縦軸は血中ホスホエタノールアミン濃度であり、そして横軸は複数の精神疾患名により区画され、
前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第一の閾値において水平に境界線が引かれ、
前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にあり、そして
血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である領域の前記精神疾患名に双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群を含む、前記精神疾患の検出用チャート
を用いることを特徴とする、請求項1~5のいずれかに記載の精神疾患の検出方法。
【請求項7】
前記精神疾患の検出用チャートは、前記双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群
がトラウマの既往歴の有無により区画され、トラウマの既往歴がある区画に前記トラウマティック・ストレス関連障害群、そしてトラウマの既往歴が無い区画に前記双極性関連障害群を含むことを特徴とする、請求項6に記載の精神疾患の検出
方法。
【請求項8】
前記精神疾患の検出用チャートは、さらに前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第二の閾値において水平に境界線が引かれ、
前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にあり、そして、
血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下である領域の前記精神疾患名にうつ病を含むことを特徴とする、請求項6
又は7に記載の精神疾患の検出
方法。
【請求項9】
精神疾患を検出するためのバイオマーカーであって、
前記バイオマーカーは、被験者から採取された血液中のホスホエタノールアミン濃度であり、
血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である前記被験者から双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患を検出し、
前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にある、前記精神疾患を検出するためのバイオマーカー。
【請求項10】
第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出することを特徴とする、請求項9に記載の精神疾患を検出するためのバイオマーカー。
【請求項11】
さらに、血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下である前記被験者からうつ病を検出し、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にある、請求項9
又は10に記載の精神疾患を検出するためのバイオマーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神疾患の検出方法に関し、より詳細には血中ホスホエタノールアミン濃度に基づいた精神疾患の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病をはじめとする精神疾患は、薬という物質で治るため、脳という身体の疾患といえる。身体疾患は、(1)他の病気にはない、その病気だけの特徴があること、及び(2)病気の成り立ちに関わる物質や細胞に特定の一つのまとまりがあることの二要件を充足する必要がある。精神医学の分野のみが、要件(1)に基づいて臨床診断され、要件(2)を省いている。
【0003】
精神疾患は、具体的には世界保健機関による疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related
Health Problems:ICD)や、アメリカ精神医学会によって出版された精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)に記載された精神疾患の症状へ当てはめることによって診断される。ICDやDSMの診断基準には、各精神疾患間で重複する症状が存在する。うつ病の中核症状である「抑うつ状態」は、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、双極性障害、統合失調症、統合失調感情障害等の患者にも見られる。精神疾患の症状を特定の疾患名に結びつけることは、精神疾患の専門医でも難しい。例えば、統合失調症の患者は、幻覚、妄想等の陽性状態の存在を医師に正確に伝えていないと、重いうつ病と診断されてしまうことがある。双極性障害の患者もまた、軽躁状態や躁状態の時期が見逃されると、単極性障害(うつ病)と判断されてしまう。
【0004】
現在、うつ病や双極性障害といった病名が特定されないまま、「抑うつ状態」という診断名をカルテに記載することが保険診療で認められている。抑うつ状態と診断された患者へは、担当医の経験と好みに基づいて治療薬の処方が行われている。精神疾患は、表2に示すように、疾患に応じて治療薬が異なる。抑うつ状態という診断名で治療を始めたけれど、実は他に本当の病気が存在したことが後でわかることがよくある。典型的な例は、抑うつ状態を呈する患者に双極性障害のうつ病相にあるとは知らずに、患者へ抗うつ薬を投与され、うつから躁へ病相変化する躁転によって疾患が悪化する場合である。躁病相が現れた時点で、患者の病名が双極性障害に変えられ、抗うつ薬から抗精神病薬に変更される。抗うつ薬を投与し続けると、躁状態とうつ状態を頻繁に(うつ又は躁のエピソードを年に4回以上)繰り返すラピッドサイクラーへ移行する恐れがある。患者の具体的病名を特定せずに現在の症状を緩和するような治療を長期にわたって行うことは、具体的な疾患の根本治療を遅らせるだけでなく、上記したような過誤医療にもつながる。
【0005】
現在、様々な精神疾患の患者数が増大している状況にあって、ホームドクターやプライマリ・ケア医に精神疾患の診断や治療に精通してもらうことが望ましい。精神疾患を早期、正確、そして簡便に検出するためには客観的な指標を用いた方法の開発が重要であり、そのような試みがすでにいくつかなされている。非特許文献1は、うつ病、統合失調症及び双極性障害の患者は、脳血液量が相互に異なることを用いて精神疾患を見分けることを提案する。ここでは、大うつ病、双極性障害及び統合失調症の人たちに言語流暢性課題(Verbal fluency task: VFT)を課した時の脳の活動を、光トポグラフィー検査(NIRS)で測定する。NIRSは、脳内ヘモグロビンの酸素化状態の変化を近赤外線で測定し、脳の血液量変化を基に脳機能を間接的に計測する手法である。
【0006】
本発明者は、うつ病のバイオマーカーとなり得る物質を探索した結果、ホスホエタノールアミンを発見した(特許文献1及び非特許文献2)。さらに、血中ホスホエタノールアミン濃度の低下によって示されるうつ病患者に対するうつ病治療薬の選択肢を予測する方法(特許文献2)も提案した。このバイオマーカーは、うつ病という精神疾患を客観的な予測及び診断に近づけるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2011/019072(うつ病のバイオマーカー、うつ病のバイオマーカーの測定法、コンピュータプログラム、及び記憶媒体)
【文献】WO2016/04767(うつ病治療薬の選択肢を予測する方法)
【非特許文献】
【0008】
【文献】Ryu Takizawa et.al., ''Functional neuroimaging as a laboratory test and thefirst Advanced Medical Technology in Psychiatry'', MEDIX, Vol.53,p.30-35
【文献】Kawamura N. et.al.,''Plasma metabolome analysis of patients with majordepressive disorder.'',PsychiatryClin Neurosci. 2018 May;72(5):349-361
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、客観的な指標を用いて精神疾患を検出する方法を提供することにある。特に、抑うつ状態が中核症状でない双極性障害や統合失調症のような精神疾患を簡便に検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、うつ病バイオマーカーであるホスホエタノールアミン(エタノールアミンリン酸、PEAともいう)がうつ病以外の精神疾患と相関関係を有するか否かを検討したところ、意外にも、脳が極度に興奮するような精神疾患の被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度が、健常者のレベルよりも上昇する時があることを発見し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、精神疾患の検出方法であって、以下のステップ:
(1)被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する、
(2)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較する、及び
(3)前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群及び双極性関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する
を含み、前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にあることを特徴とする、前記精神疾患の検出方法を提供する。
【0011】
前記トラウマティック・ストレス関連障害群(Traumatic Stress Related Disorder)」という用語は、本明細書において、DSM-5のVII群に規定する「心的外傷及びストレス因関連障害群(Trauma and Stressor-Related Disorders)」のうち、心的外傷体験によるトラウマ反応を伴う疾患を含む意味で使用される。心的外傷体験とは、地震や戦争被害、災害、事故、性的被害等のように人の生命や存在に強い衝撃をもたらす体験であり、トラウマ反応はその心的外傷体験による精神的な変調(長い間それにとらわれてしまう状態、否定的な影響や苦痛)を意味する。前記双極性関連障害群(Bipolar and Related Disorders)という用語は、本明細書において、DSM-5のIII群に規定する双極性及び関連障害群(Bipolar and Related Disorders)、並びにDSM-5のII群に規定する統合失調症スペクトラム障害群(Schizophrenia Spectrum Disorders)を含む意味で使用される。
【0012】
特許文献1や2の発明は、血中ホスホエタノールアミン濃度が健常者のレベルよりも低下することに基づいてうつ病を検出する方法である。それに対して、本発明は、血中ホスホエタノールアミン濃度が健常者のレベルよりも増大することに基づいて双極性関連障害及びトラウマティック・ストレス関連障害という特定の精神疾患群を検出する方法である。特許文献1や2は、血中ホスホエタノールアミン濃度の増大によって上記特定の精神疾患を検出する方法を教示も示唆もしていない。
【0013】
前記精神疾患の検出方法は、好ましくは、さらに以下のステップ:
(4)第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出することを含む。
【0014】
前記トラウマティック・ストレス関連障害群の疾患は、特に急性ストレス障害及び心的外傷後ストレス障害を含む。
【0015】
前記双極性関連障害群の疾患は、特に双極性障害群及び統合失調スペクトラム障害群を含む。
【0016】
前記精神疾患の検出方法は、好ましくは前記ステップ(3)の前又は後に、さらに以下のステップ:
(5)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第二の閾値と比較する、及び
(6)前記被験者が第二の閾値以下のホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からうつ病を検出する、
を含み、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にあることを特徴とする。
【0017】
本発明は、また、精神疾患の検出用チャートであって、
縦軸は血中ホスホエタノールアミン濃度であり、そして横軸は複数の精神疾患名により区画され、
前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第一の閾値において水平に境界線が引かれ、
前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にあり、
血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である領域の前記精神疾患名に双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群を含む、前記精神疾患の検出用チャートを提供する。
【0018】
前記双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群は、好ましくはトラウマの既往歴の有無により区画され、トラウマの既往歴がある区画に前記トラウマティック・ストレス関連障害群、そしてトラウマの既往歴が無い区画に前記双極性関連障害群を含む。
【0019】
前記検出チャートは、好ましくは、さらに前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第二の閾値において水平に境界線が引かれ、
前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にあり、そして、
血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下である領域の前記精神疾患名にうつ病を含む。
【0020】
本発明は、また、精神疾患を検出するためのバイオマーカーであって、
前記バイオマーカーは、被験者から採取された血液中のホスホエタノールアミン濃度であり、
血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である前記被験者から双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患を検出し、前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にある、前記精神疾患を検出するためのバイオマーカーを提供する。
【0021】
前記精神疾患を検出するためのバイオマーカーは、好ましくは、第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する。
【0022】
前記精神疾患を検出するためのバイオマーカーは、好ましくは、さらに血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下である前記被験者からうつ病を検出し、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にある。
【発明の効果】
【0023】
健常者よりも高い血中ホスホエタノールアミン濃度、及び適宜、トラウマの既往歴の有無を用いることを特徴とする本発明の精神疾患の検出方法によれば、一定の精神疾患が従来よりも高い特異度で検出可能になる。本発明は、精神疾患の早期発見及び早期治癒に加えて、適切な精神疾患治療薬の選択肢を提供することで医療過誤を防止することに貢献することが期待される。また、本発明の精神神疾患の検出チャートは、精神疾患専門医や一般医が精神疾患を診断する際の支援ツールとして役立つことが大いに期待される。
【0024】
特許文献1や2の発明は、血中ホスホエタノールアミン濃度の低下で示されるうつ病を予測する。低い血中ホスホエタノールアミン濃度によって、うつ病と紛らわしい不安障害をうつ病と区別可能である。一方、本発明は、血中ホスホエタノールアミン濃度の増大を示した被験者に双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群のいずれか検出する。本発明は、ホスホエタノールアミンを従来のうつ病バイオマーカーから、その他の精神疾患を含むバイオマーカーへと拡張する点で、ホスホエタノールアミンを用いたバイオマーカーの利用性を拡大するものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明に従う精神疾患の検出方法の実行結果を記録するツールの一例を示す。この検出チャートは、縦軸は血中ホスホエタノールアミン濃度であり、そして横軸は複数の精神疾患名により区画される。前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第一の閾値(
図1では3.1μM)及び第二の閾値(
図1では1.5μM)に、それぞれ水平の境界線が引かれている。前記第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有する領域は、双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群であって脳が過活動期にあるものを含む。第一閾値と第二閾値とに挟まれた領域は、不安障害群、並びに双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群であって脳が非過活動期(すなわち、活動期又は抑制期)にあるものを含む。前記第二の閾値以下の血中ホスホエタノールアミン濃度を有する領域は、うつ病を含む。
図1に示すように、うつ病は不安障害を併存することがあり得る。この検出チャートは、血中ホスホエタノールアミン濃度のレベル及びトラウマの既往歴に有無に基づいて、抑うつ状態を示す様々な精神疾患の区別が容易になる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の精神疾患の検出方法の一実施の形態を以下に説明する。ステップ(1)では、被験者から採取された血液中のホスホエタノールアミン濃度(以下、血中ホスホエタノール濃度という)が測定される。上記被験者は、抑うつ状態の発症によって精神疾患が疑われる患者である。上記血液は、血液自体、血液から分離された血清及び血漿であり得る。好ましくは血清又は血漿である。血液から血清又は血漿を分離する方法は、特に限定されず、例えば静置法、遠心分離法等である。
【0027】
血中ホスホエタノールアミン濃度は、公知の汎用方法。例えばイオンクロマトグラフィー-蛍光検出(IC-FLD)法、高速液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS)法、ガスクロマトグラフィー-質量分析計(GC-MS)法、キャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)法、NMR分析、酸アルカリ中和滴定、アミノ酸分析、酵素法、核酸アプタマー/ペプチドアプタマーもしくは抗体を利用する方法、比色定量法、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、質量分析法等で測定することができる。血中ホスホエタノールアミンが微量であることから、高い測定精度の得られるIC-FLD法、CE-MS法、LC-MS法、GC-MS法、高速液体クロマトグラフィー、酵素法又は抗体法が好ましい。
【0028】
本発明の精神疾患の検出方法で規定する血中ホスホエタノールアミン濃度は、絶対濃度(単位:μM)である。絶対濃度と相関して各個体の絶対濃度の比較できる値を測定した後、絶対濃度との相関係数を用いて絶対濃度に換算してもよい。そのような例には、相対濃度、単位体積辺りの重量、絶対濃度を知るために測定した生データ(例えば、CE-MS法を用いた測定で得られるグラフのピーク面積を標準化した値)等が挙げられる。
【0029】
ステップ(2)では、被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値と比較される。前記第一の閾値は、2.7μM~3.5μMの範囲内、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMに設定される。該閾値が2.7μM未満であると、感度が上がるものの特異度が下がる、すなわち、双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群以外の疾患、例えば、全般性不安障害、パニック障害、適応障害、強迫性障害のような不安障害であってこれらの障害の強度のものを含む恐れがある。逆に、3.5μMを超えると、特異度が上がるものの感度が下がる、すなわち、双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群の検出を見逃す恐れがある。
【0030】
ステップ(3)では、前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群又は双極性関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する。トラウマティック・ストレス関連障害群及び双極性関連障害群に共通する特徴は、脳の過活動、より具体的には中枢神経系の過剰又は病的な活動が周期的又は不定期に突発的に現れることである。脳の過活動は、躁状態、妄想、幻聴、幻視、幻覚、覚醒、緊張等によって表面化する。
【0031】
本発明の精神疾患の検出方法は、さらに以下に示すステップ(4)を含むことが好ましい。ステップ(4)では、被験者のトラウマの既往歴の有無に基づいて、トラウマティック・ストレス関連障害群又は双極性関連障害群が区別される。トラウマの既往歴は、本発明の検出方法に先立って被験者のアンケートによって取得される。本発明によって、第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からはトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者からは双極性関連障害群を検出する。
【0032】
前記トラウマティック・ストレス関連障害群は、DSM-5のVII群に規定する心的外傷及びストレス関連障害のうち、トラウマに起因するものを含む。トラウマとは、暴力、性被害、レイプ等の事件、事故、地震等の災害、テロ、戦争、拷問のような、自分や身近な人の命が脅かされるような出来事が非常に強い精神的ショックとなり、後にそれが苦痛をもって思いだされ、その苦しみに苛まれることである。トラウマは、自分の意志やその場の状況と関係なく、当時の出来事が突如として頭の中に蘇り、体験時に感じたのと同じ恐怖やショックをリアルに追体験する。
【0033】
過去の辛い体験がフラッシュバックすると、患者はトラウマに対して自然に防御しようとするマヒ状態、又はトラウマに関連するものに対して過度に警戒心や恐怖心を抱き、攻撃的な行動をとる過覚醒状態を呈する。フラッシュバック時や過覚醒状態では、脳の中で記憶の内容に即して、神経細胞が活発に働き、いわば記憶の暴走によって、神経細胞が強制的に働かされている。
【0034】
前記トラウマティック・ストレス関連障害群は、特に急性ストレス障害(ASD)及び心的外傷後ストレス障害(PTSD)である。ASDはトラウマの生じた急性期をいい、PTSDはその症状が1か月以上続く場合をいう。
【0035】
前記双極性関連障害群は、DSM-5のIII群に規定する双極性及び関連障害群、並びにII群に規定する統合失調症スペクトラム障害群を含む。双極性関連障害群は、特に双極性障害群及び統合失調スペクトラム障害群である。
【0036】
前記双極性関連障害群の中核症状である双極性障害は、抑うつ状態のうつ病相期と躁状態の躁病相期を交互に繰り返す病気である。躁状態では、多弁、睡眠時間減少、観念奔逸、無計画な行動(消費、投資、人的トラブル等)といった脳の過活動が見られる。抑うつ状態はうつ病の症状と基本的に変わらない。
【0037】
前記双極性及び関連障害群の具体例には、社会生活の障害を招くような重い躁状態を伴う双極性I型障害、特に生活に支障はない程度の軽藻状態を伴う双極性II型障害、物質・医薬品誘発性双極性障害及び関連障害(例えば混合性うつ病)、他の医学的疾患による双極性障害及び関連障害、他の特定される双極性障害及び関連障害(例えば混合性うつ病)、特定不能の双極性障害及び関連障害(例えば、後にパーソナリティ障害と診断されることがある疾患)等が挙げられる。
【0038】
前記統合失調症スペクトラム障害群の中核症状である統合失調症は、思考、行動、感情を統合する能力が低下し、その経過中にある種の幻覚、妄想、極めてまとまりのない行動が見られる病態である。統合失調症には、前兆期、急性期、休息期、回復期のという4つのステージを経過し、それぞれに陽性状態、陰性状態又は認知機能障害からなる異なる症状を示す。陽性状態では、幻覚や妄想、解体症状、緊張病症状が生じる等、脳が活発に活動している。陰性状態では、感情が乏しくなる、意欲が低下する等、脳の活動が抑制される。4つのステージは、一方方向ではない。例えば、休息期や回復期に病気を誘発するようなストレスがかかると、再び急性期の症状へ戻り(再発する)、休息期、回復期という経過をたどる。再発が繰り返されると、休息期や回復期が長くなるといわれている。
【0039】
統合失調症スペクトラム障害群の具体例には、統合失調症、統合失調感情障害、妄想性障害、物質・医薬品誘発性精神病性障害、他の特定される統合失調症スペクトラム障害、特定不能の統合失調症スペクトラム障害(例えば、後にパーソナリティ障害と診断されることがある疾患)等が挙げられる。
【0040】
統合失調感情障害は、統合失調症と感情障害の両方が同時、あるいは数日以上のずれがなく起きる障害である。DSM-5で統合失調感情障害と判断されるためには、統合失調症の活動期と残遺期を合わせた期間のうち半分以上に気分障害を伴う必要がある。統合失調症の約1/3が統合失調感情障害であるとの報告もある。統合失調感情障害には、統合失調症と躁病の症状が現れる躁病型、統合失調症とうつ病の症状が現れるうつ病型、そして統合失調症と混合型双極性感情障害の症状が現れる混合型に類別される。統合失調症の3類型に共通する症状に、幻覚や妄想、解体症状、緊張病症状が生じる等の脳が活発に活動している陽性状態を含む。
【0041】
本発明者は、2014年12月~2018年11月に血中ホスホエタノールアミン濃度を測定した全患者のうち、第一の閾値として3.1μMを超えた全46名を抽出した。表1に、46名の患者の血中PEA濃度、トラウマ既往歴、初期診断名と長期にわたる診断に基づく最終診断の結果をまとめている。両診断ともにDSM-5の診断基準に基づく。
【0042】
【0043】
AD:Adjustment Disorder(適応障害)、ADHD:Attention-Deficit Hyperactivity Disorder(注意欠陥・多動性障害)、ASD:Acute Stress Disorder(急性ストレス障害)、BD:Bipolar
Disorder(双極性障害)、ED:Eating disorder(摂食障害)、GAD:Generalized Anxiety Disorder(全般性不安障害)、MDD:Major
Depressive Disorder(大うつ病性障害)、PD:Panic Disorder(パニック障害)、PDD:Pervasive Developmental Disorder(広汎性発達障害)、PTSD:Post-Traumatic Stress Disorder(外傷後ストレス障害)、SD:Schizoaffective Disorder(統合失調感情障害)、Fatigue:疲労、Healthy:健常、Insomnia:不眠症、Mild Intellectual Disability:軽度知的障害
【0044】
表1から、血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上の被験者は、双極性関連障害群又はトラウマティック・ストレス関連障害群のいずれかに非常に高い特異度(表1の46名の母集団では100%の特異度)で当てはまることがわかる。さらに、双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群は、トラウマの既往歴の有無によって区別可能である。被験者にトラウマ歴がある場合、その被験者からはトラウマティック・ストレス関連障害群が検出される。本発明によってトラウマティック・ストレス関連障害群が検出されると、その詳細な鑑別は医師によって容易になされる。例えば、急性ストレス障害とPTSDとの鑑別は、症状が続く期間の長さによって区別可能である。被験者にトラウマ歴がない場合、その被験者からは双極性関連障害群から選ばれる精神疾患が検出される。本発明によって双極性関連障害群が検出されると、その詳細な鑑別は医師によって容易になされる。例えば、精神科医が双極性障害と統合失調感情障害とを鑑別することは容易である。
【0045】
表1の初期診断名と最終診断名を対比して見ると、初期診断と最終診断とが一致するものは統合失調感情障害のみであり、その他の精神疾患は、両診断の結果が大きく異なっている。急性ストレス障害、PTSD、双極性障害のような精神疾患は、DSM-5やICD10のような診断基準のみに頼ると、正確な診断が困難である。一方、高値の血中ホスホエタノールアミン濃度とトラウマの有無との組み合わせを用いることを特徴とする本発明によれば、表1の結果が証明するように、特定の精神疾患を高い特異度で検出可能である。
【0046】
精神疾患患者及び健常者の脳の活動状態、血中PEA濃度、トラウマの有無及び治療薬を表2にまとめる。
【0047】
【0048】
表2に挙げられるような精神疾患を診断時の症状で区別することは、精神疾患の専門医でも難しい。多くの患者が抑うつ状態を呈するために、抗うつ薬を処方されやすい。本発明によれば、血中ホスホエタノールアミン濃度の高低と、適宜のトラウマの既往歴の有無によって、精神疾患の検出とその疾患に適する治療薬の選択肢の予測を可能にする。これは、精神疾患の早期の発見と治癒だけでなく、医療過誤の防止につながる。
【0049】
表2を見ると、双極性障害や統合失調症の患者の血中ホスホエタノールアミン濃度の平均値は健常者と同レベルにあり、これらの患者が常に高い血中ホスホエタノールアミン濃度を示すわけではない。表2に記載していないが、PTSDの患者の全期間の血中ホスホエタノールアミン濃度の平均値は2.86μMに低下した。これらの被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度の全治療期間にわたる平均値が下がる理由は、本発明を限定するものではないが、これらの疾患が脳の非過活動期(例えば陰性状態、陰性気分、うつ病相、回避行動等)を有するために、血中ホスホエタノールアミン濃度の全治療期間の平均値として低下すること、さらにこれらの患者が精神科治療を求める場合、脳の過活動状態よりも抑制状態の時期が多いことが考えられる。本発明で重要なことは、血中ホスホエタノールアミン濃度が健常者のレベルよりも高い被験者の集団を、双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群という狭い領域の精神疾患に当てはめることが可能なことである。
【0050】
双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群の患者の血中ホスホエタノールアミン濃度は、脳の過活動状態に応じて周期的又は不定期に急上昇する。この高値を高い確率で捕捉するために、血中ホスホエタノールアミン濃度の測定を、通常、1~12ヶ月に一回、好ましくは3~9ヶ月に一回、より好ましくは4~6ヶ月に一回行うとよい。測定間隔が1ヶ月より短過ぎると、血中ホスホエタノールアミン濃度が前回の測定と変わらないことがある。逆に、12ヶ月よりも長過ぎると、血中ホスホエタノールアミン濃度が高値となった時期を見逃すことがある。
【0051】
本発明の精神疾患の検出方法は、前記ステップ(3)の前又は後に、さらに以下のステップ:
(5)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第二の閾値と比較する、及び
(6)前記被験者が第二の閾値以下のホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からうつ病を検出する、
を含み、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内にある、
を含んでもよい。前記第二の閾値は、好ましくは1.3μM~2.0μMの範囲内、より好ましくは1.3μM~1.5μMの範囲内、さらに好ましくは1.5μMである。これらのステップを含むことにより、精神疾患の総合的な検出が可能になる。
【0052】
本発明は、また、上記精神疾患の検出方法の実行結果を記録するためのツールとして、精神疾患の検出用チャートを提供する。本発明の検出チャートを、
図1を用いて説明する。
図1に示す精神疾患の検出チャートの縦軸が血中ホスホエタノールアミン濃度であり、そして横軸が複数の精神疾患名により区画されている。前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第一の閾値には、水平に境界線が引かれ、前記第一の閾値は2.7μM以上3.5μM以下の範囲内にある。前記第一の閾値以上のホスホエタノールアミン濃度を有する領域の精神疾患名に双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群を含む。すなわち、被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上であれば、被験者は双極性障害群又はトラウマティック・ストレス関連障害群のいずれかの疾患が極めて高い特異度で検出される。
【0053】
本発明のチャートの血中ホスホエタノールアミン濃度の上限は、特に限定されないが、通常、10μM以下である。また、上記チャートの下限は、特に限定されないが、通常、0.5μM以上である。前記第一の閾値は、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μM(
図1)に設定される。
【0054】
前記第一の閾値以上の区画にある前記双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群は、さらにトラウマの既往歴の有無により区画され、トラウマの既往歴を有する区画に前記トラウマティック・ストレス関連障害群、そしてトラウマの既往歴が無い区画に前記双極性関連障害群を含むことが好ましい。
【0055】
前記検出チャートは、さらに前記血中ホスホエタノールアミン濃度の第二の閾値において水平に境界線が引かれることが好ましい。前記第二の閾値以下の血中ホスホエタノールアミン濃度を有する領域の精神疾患名にはうつ病を含む。うつ病にその他の精神疾患(例えば不安障害)が併存していてもよい。被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下であれば、被験者のうつ病が高い感度及び特異度で検出される。第二の閾値は、好ましくは1.3μM~2.0μMの範囲内、より好ましくは1.3μM~1.5μMの範囲内、さらに好ましくは1.5μM(
図1)である。
【0056】
第一閾値と第二閾値とで挟まれる領域は、通常、健常者の血中ホスホエタノールアミン濃度レベルと変わらないところ、
図1に示すように、トラウマティック・ストレス関連障害群や双極性関連障害群のうち、脳の非過活動期を含む。この領域はまた、不安障害群が含まれる。不安障害群には、恐怖性不安障害、広場恐怖、社交不安障害、パニック障害、過敏性腸症候群、全般性不安障害、混合性不安抑うつ障害、強迫性障害、重度ストレス反応、適応障害等が挙げられる。
【0057】
本発明はまた、精神疾患を検出するためのバイオマーカーであって、前記バイオマーカーは、被験者から採取された血液中のホスホエタノールアミン濃度であり、血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である前記被験者から双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患を検出し、前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内にある、前記バイオマーカーを提供する。前記第一の閾値は、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMである、
【0058】
前記バイオマーカーは、好ましくは第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する。
【0059】
前記バイオマーカーは、好ましくは血中ホスホエタノールアミン濃度が第二の閾値以下である前記被験者からうつ病を検出し、前記第二の閾値は1.0μM~2.4μMの範囲内、好ましくは1.3μM~2.0μMの範囲内、より好ましくは1.3μM~1.5μMの範囲内、さらに好ましくは1.5μMである。
【0060】
本発明は、また、精神疾患を検出する設備であって、被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する装置、及び、前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較し、血中ホスホエタノールアミン濃度が第一の閾値以上である被験者から双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する装置を含み、前記第一の閾値が2.7μM~3.5μMの範囲内、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMである、前記設備を提供する。前記検出装置は、好ましくはさらに、第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する。
【0061】
本発明は、また、精神疾患を検出する設備の製造のためのホスホエタノールアミンの用途であって、前記精神疾患を検出する設備は、被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する装置、及び、前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較し、前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者から双極性関連障害群及びトラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する装置を含み、前記第一の閾値が2.7μM~3.5μMの範囲内、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMである、前記用途を提供する。前記検出装置は、好ましくはさらに、第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する。
【0062】
本発明は、また、精神疾患を検出するためのコンピュータプログラムであって、以下のステップ:
(1)被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する、
(2)前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較する、及び
(3)前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群及び双極性関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する
をコンピュータに実行させ、ここで前記第一の閾値が2.7μM~3.5μMの範囲内、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMであることを特徴とする、前記コンピュータプログラムを提供する。前記プログラムは、好ましくはさらに第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する。
【0063】
本発明は、また、精神疾患を検出する上記コンピュータプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供する。
【0064】
本発明は、また、精神疾患の治療方法であって、以下のステップ:
1.被験者から採取された血液のホスホエタノールアミン濃度を測定する、
2.前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第一の閾値と比較する、
3.前記被験者が第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群及び双極性関連障害群から選ばれる精神疾患を検出する、及び
4.上記精神疾患の検出された被験者にその治療薬を投与する、
を含み、前記第一の閾値は2.7μM~3.5μMの範囲内、好ましくは2.9μM~3.3μMの範囲内、さらに好ましくは3.1μMである、前記精神疾患の治療方法を提供する。
【0065】
前記精神疾患の治療方法は、好ましくはステップ3とステップ4の間に、以下のステップ:
5.第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのある前記被験者からトラウマティック・ストレス関連障害群を検出し、そして第一の閾値以上の血中ホスホエタノールアミン濃度を有しかつ既往歴にトラウマのない前記被験者から双極性関連障害群を検出する、
を含む。
【0066】
前記精神疾患の治療方法は、好ましくはステップ1~3のいずれかの後に、以下のステップ:
6.前記被験者の血中ホスホエタノールアミン濃度を第二の閾値と比較する、及び
7.前記被験者が第二の閾値以下のホスホエタノールアミン濃度を有することに基づいて、前記被験者からうつ病を検出する、
前記第二の閾値は、1.0μM~2.4μMの範囲内、好ましくは1.3μM~2.0μMの範囲内、より好ましくは1.3μM~1.5μMの範囲内、さらに好ましくは1.5μMである、
を含んでもよい。
【0067】
トラウマティック・ストレス関連障害群の治療薬は、抗精神病薬やSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)であり、そして、双極性関連障害群の治療薬は、気分安定化薬、抗精神病薬や非定型抗精神病薬であり、そしてうつ病の治療薬は抗うつ薬である。本発明の精神疾患の治療方法によれば、抑うつ状態を呈する様々な精神疾患を正しく検出することによって、各精神疾患に適した治療薬を早期かつ誤ることなく投与可能になる。
【0068】
本発明の精神疾患の検出方法及び関連発明には、様々な有用な用途が考えられる。PTSDや急性ストレス障害のようなトラウマティック・ストレス関連障害の患者は、トラウマの原因となる事件の存在が不可欠である。事件が補償や裁判等の法的問題に発展することもある。血中ホスホエタノールアミン濃度の高値の検出は、PTSDを訴える者が実際にトラウマを発症するような事件に遭遇したことの客観的な証拠、例えば法律問題での診断書、意見書、鑑定書の一部となり得る。
【実施例】
【0069】
以下に、本発明の検出方法を、実施例を用いて説明する。しかし、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【0070】
(血中PEA濃度の測定)
本発明者の診療院に来られた患者にインフォームドコンセントを行った上で、採血した。イオンクロマトグラフィー蛍光検出法を用いて、血中PEA濃度を以下の手順で測定した。
1.前処理
血漿50μLとMilli-Q水450μLをエッペンドルフチューブに入れ、ボルテックスで混合した。混合液を限外ろ過フィルター(ミリポア社 Ultrafree-MC-PLHCC 5kDaカットフィルター)に移し、フィルター内の溶液がなくなるまで遠心ろ過(4℃、9,100×g、2時間)を行った。フィルター濾過された溶液(血漿由来のサンプル)をイオンクロマトグラフィー蛍光検出法による測定に供した。
2.イオンクロマトグラフィー蛍光検出法測定装置
イオンクロマトグラフィー(製品名ICS-5000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)
サーモリアクタ―(製品名Nanospace3019 SI-2、資生堂製)
蛍光検出器(製品名UltiMate3000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)
3.測定条件
バッファー:20 mM 水酸化ナトリウム溶液
カラム:強陰イオン交換カラム(製品名IonPac AS20、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)
カラム温度:35℃
蛍光試薬:オルトフタルアルデヒド
誘導体化法:ポストカラム誘導体化
反応温度:35℃
励起波長:340 nm
蛍光波長:450 nm
4.濃度計算
血漿由来のサンプルのホスホエタノールアミンのピーク面積と、ホスホエタノールアミンの標準溶液のピーク面積から導かれる検量線を用いて、血漿中のホスホエタノールアミンの濃度を算出した。
【0071】
〔実施例1〕
男性患者(年齢45才、精神疾患の開始年齢:30才)は、初期診断において大うつ病と診断されていた。患者の血液採取時の精神状態は、大うつ病エピソードが見られた。患者の血中ホスホエタノールアミン濃度は、3.76μMと測定された。患者の診断記録に上司によるパワーハラスメントと失職に基づくトラウマが存在した。上記血中ホスホエタノールアミン濃度の高値、及び既往歴のトラウマの存在から、患者の精神疾患は、トラウマティック・ストレス関連障害群から選ばれる精神疾患であると検出された。この患者は、精神科医によって最終的にPTSDと診断された。
【0072】
〔実施例2〕
女性患者(76才、精神疾患の開始年齢:40才)は、初期診断において双極性障害I型と診断されていた。患者の血液採取時の精神状態は、多弁的であった。患者の血中ホスホエタノールアミン濃度は、7.09μMと測定された。患者の診断記録にトラウマの既往歴はなかった。上記血中ホスホエタノールアミン濃度の高値、及び既往歴にトラウマがないことから、患者から双極性関連障害群に属する精神疾患が検出された。この患者は、精神科医によって最終的に双極性I型障害と診断された。
【0073】
〔実施例3〕
男性患者(40才、精神疾患の開始年齢:30才)は、初期診断において注意欠陥・多動性障害と診断されていた。患者の血液採取時の精神状態に、過活動、多弁、短時間睡眠、躁病的症状が見られた。患者の血中ホスホエタノールアミン濃度は、3.11μMと測定された。患者の診断記録にトラウマの既往歴はなかった。上記血中ホスホエタノールアミン濃度の高値、及び既往歴にトラウマがないことから、患者から双極性関連障害群に属する精神疾患が検出された。この患者は、精神科医によって最終的に双極性I型障害と診断された。
【0074】
〔実施例4〕
男性患者(26才、精神疾患の開始年齢:20才)は、初期診断において統合失調感情障害と診断されていた。患者の血液採取時の精神状態に、被害妄想が見られた。患者の血中ホスホエタノールアミン濃度は、3.99μMと測定された。患者の診断記録にトラウマの既往歴はなかった。上記血中ホスホエタノールアミン濃度の高値、及び既往歴にトラウマがないことから、患者から双極性関連障害群に属する精神疾患が検出された。この患者は、精神科医によって最終的に統合失調感情障害と診断された。