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特許7544371膜、防曇膜、ハードコート膜及び膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】膜、防曇膜、ハードコート膜及び膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 177/06 20060101AFI20240827BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20240827BHJP
   C08G 69/26 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
C09D177/06
C09D5/00 Z
C08G69/26
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020089151
(22)【出願日】2020-05-21
(65)【公開番号】P2021183668
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-05-16
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】金子 芳郎
【審査官】水野 明梨
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-092664(JP,A)
【文献】特表2010-530911(JP,A)
【文献】特開2005-062235(JP,A)
【文献】特開2018-030935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する、
膜。
【請求項2】
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する、
防曇膜。
【請求項3】
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する、
ハードコート膜。
【請求項4】
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とを結合させる反応を行う結合ステップと、
前記結合ステップで得られたポリマーを100℃以上に加熱する加熱ステップと、
を含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する、
膜の製造方法。
【請求項5】
前記加熱ステップでは、
前記ポリマーを100℃以上かつ160℃未満に加熱する、
請求項に記載の膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜、防曇膜、ハードコート膜及び膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
曇りとは、ガラス及び鏡等の表面に付いた多数の細かい水滴が光を乱反射させ、光の正常な通過又は反射を妨げている状態のことをいう。曇りを防ぐ防曇技術は、自動車等のウインドウガラス、ショーウインドウ、メガネ、ゴーグル、ヘルメット、食品包装及び医療器具等に広く活用されている。防曇技術には、基板表面を疎水性ポリマー等で疎水性又は撥水性にして水滴自体を付きにくくする方法と、基板表面を親水性にして薄い連続した水膜を形成させる方法とが主に用いられる。
【0003】
疎水性ポリマーによる基板表面のコーティングは、ガラス等の無機基板への接着性が十分でない等の不都合がある。このため、防曇膜材料の主流は、親水性ポリマーによる基板表面のコーティングである。しかし、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)等の親水性ポリマーの多くは柔らかく、引っ掻き傷又は摩耗等により、透明性及び防曇性が次第に低下してしまう。
【0004】
シルセスキオキサン(SQ:silsesquioxane)は、有機トリアルコキシシラン及び有機トリクロロシラン等の3官能性有機シラン化合物の加水分解/縮合反応により得られるRSiO1.5(Rは有機基又はH)を繰り返し構造に持つシロキサン化合物である。SQの構造として、ランダム型、かご型(多面体)、ラダー(はしご)状等の様々な構造が知られている。かご型オリゴSQは、シロキサン結合により3次元に閉環した構造を有する。かご型オリゴSQは多面体の骨格構造をしており、頂点にケイ素原子を、辺にシロキサン結合を配した構造をとる。かご型オリゴSQは、多面体オリゴSQとも言われ、POSS(polyhedral oligomeric silsesquioxane)とも略記される。
【0005】
POSSを主鎖に含むポリマーは、POSSの硬い無機骨格が直接高分子の剛直性向上に寄与するため、より大きな熱安定と強度を有する材料となる。例えば、特許文献1には、POSSを0.001質量%以上含有する親水性の塗膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-275541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、上記のPOSSを含有する塗膜の防曇性については検討されていない。硬度を備えることで傷つきにくく耐久性に優れ、かつ高い防曇性を有する防曇材料が求められている。
【0008】
本発明は上述の事情に鑑みてなされたものであり、高硬度で、かつ高い防曇性をもたらすことができる膜、防曇膜、ハードコート膜及び膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
POSSはオリゴマーであるため、POSSを単独でフィルム及びバルク材料として利用することは困難である。そこで、POSSを含むポリマーの合成が検討されている。しかし、POSSは側鎖に複数の有機基を有するため、ポリマー化によってネットワーク構造になることが多く、不溶化してしまうことがある。不溶化すると成形加工が困難になる。発明者は、鋭意研究を重ね、POSSを含有する可溶性ポリマーからなる膜が、加熱処理を行うことで高い硬度を有するうえ、高い防曇性を示すことを見いだし、本発明を完成させた。
【0010】
本発明の第1の観点に係る膜は、
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有し、
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する。
【0012】
本発明の第2の観点に係る防曇膜は、
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有し、
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する。
【0013】
本発明の第3の観点に係るハードコート膜は、
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とが結合したポリマーを含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有し、
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する。
【0014】
本発明の第4の観点に係る膜の製造方法は、
第1の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第1の置換基と第2の多面体オリゴシルセスキオキサンが有する第2の置換基とを結合させる反応を行う結合ステップと、
前記結合ステップで得られたポリマーを100℃以上に加熱する加熱ステップと、
を含み、
前記第1の置換基がアンモニウム基を有し、
前記第2の置換基がカルボキシル基を有する。
【0015】
この場合、前記加熱ステップでは、
前記ポリマーを100℃以上かつ160℃未満に加熱する、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高硬度で、かつ高い防曇性をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態に係る結合ステップにおける反応を示す図である。
図2】実施例におけるフーリエ変換赤外分光法(FTIR)の結果を示す図である。
図3】実施例に係る生成物のH NMRスペクトルを示す図である。
図4】実施例に係る生成物の29Si NMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。
【0019】
(実施の形態)
本実施の形態に係る膜は、第1のPOSSが有する置換基A(第1の置換基)と第2のPOSSが有する置換基B(第2の置換基)とが結合したポリマーを含む。第1のPOSS及び第2のPOSSは、多面体の骨格構造であれば特に限定されない。第1のPOSS及び第2のPOSSは、例えば、多面体の頂点に配置されるケイ素原子の個数が6個のT構造、7個のT構造、8個のT構造、10個のT10構造、及び12個のT12構造であってもよい。なお、第1のPOSSの多面体の頂点に配置されるケイ素原子の個数と、第2のPOSSの多面体の頂点に配置されるケイ素原子の個数とが同じであっても異なってもよい。
【0020】
第1のPOSS又は第2のPOSSは、ケイ素原子の個数がすべて同じであってもよいし、異なってもよい。例えば、第1のPOSSとしてT構造のPOSS及びT10構造のPOSSが混在していてもよい。第2のPOSSとしてT構造のPOSS、T10構造のPOSS及びT12構造のPOSSが混在していてもよい。
【0021】
第1のPOSS及び第2のPOSSは、それぞれ側鎖として置換基A及び置換基Bを有する。置換基Aが有する官能基と置換基Bが有する官能基とが反応して結合することで、第1のPOSSと第2のPOSSとが連結されている。置換基Aの官能基と置換基Bの官能基との反応は、縮合反応であってもよいし、付加反応であってもよい。官能基としては、例えば、アミノ基、アンモニウム基、メルカプト基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、アルデヒド基、ケトン基、エポキシ基、ビニル基、アクリレート基及びメタクリレート基等が挙げられる。
【0022】
置換基A及び置換基Bの少なくとも一方は、親水性の官能基を有する。好適には、置換基A及び置換基Bの両方が親水性の官能基を有する。親水性の官能基は、例えば、水中で電離してイオンになる官能基、及び水素結合によって水和する官能基である。親水性の官能基としては、ヒドロキシ基、カルボキシル基及びアミノ基等が例示される。例えば、置換基Aがヒドロキシ基を有する場合、置換基Bはヒドロキシ基と脱水縮合してエステル結合を生成するカルボキシル基を有する。また、置換基Aがアミノ基を有する場合、置換基Bはアミノ基と脱水縮合してアミド結合を生成するカルボキシル基を有する。置換基Aがアミノ基を有する場合、置換基Bがアルデヒド基を有してもよい。好ましくは、置換基Aがアンモニウム基を有し、置換基Bがカルボキシル基を有する。
【0023】
なお、置換基A及び置換基Bの一方又は双方が、複数の種類の官能基を有してもよい。この場合、例えば置換基Aがアミノ基とメルカプト基とを有し、置換基Bがカルボキシル基を有する。また、置換基Aはアンモニウム基を2個有してもよいし、置換基Bはカルボキシル基を2個有してもよい。
【0024】
本実施の形態に係るポリマーにおける第1のPOSS及び第2のPOSSのmolユニット比は、特に限定されないが、例えば、9:1、7:3、4:1、3:2、1:1、2:3、1:4、3:7又は1:9である。好ましくは第1のPOSS及び第2のPOSSのmolユニット比は、1.5~1:1、1.3~1:1、1.2~1:1、1:1.5~1、1:1.3~1、又は1:1.2~1である。好適には、第1のPOSS及び第2のPOSSのmolユニット比は、1:1である。当該ポリマーにおける第1のPOSS及び第2のPOSSのmolユニット比は、公知の構造解析法、例えばH及び29Si等のNMRスペクトルを測定することで決定できる。
【0025】
次に、本実施の形態に係る膜の製造方法について説明する。当該膜の製造方法は、結合ステップと、加熱ステップと、を含む。結合ステップでは、第1のPOSSが有する置換基Aと第2のPOSSが有する置換基Bとを結合させる反応を行う。
【0026】
置換基Aと置換基Bとを縮合反応によって結合させる場合、結合ステップは、第1のPOSS、第2のPOSS及び縮合剤を混合し、撹拌すればよい。結合ステップにおいて、アミノ基とカルボキシル基とを縮合させてアミド結合を形成させる場合、縮合剤としては、例えば、EDC(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)、DCC(N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド)、1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-3-エチルカルボジイミド及びN,N’-ジイソプロピルカルボジイミド等のカルボジイミド系縮合剤、N,N’-カルボニルジイミダゾール及び1,1’-カルボニルジ(1,2,4-トリアゾール)等のイミダゾール系縮合剤、ジフェニルリン酸アジド(DPPA)、並びに2-クロロ-4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン(CDMT)等のトリアゾール系縮合剤、トリアジン系縮合剤、ホスホニウム系縮合剤、ウロニウム系縮合剤、ハロウロニウム系縮合剤、並びにN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等が挙げられる。結合ステップには、促進剤を使用してもよい。縮合剤が促進剤を兼ねてもよい。結合ステップに用いる溶媒としては、任意の有機溶媒を使用することができる。例えば、溶媒は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、特には脱水DMSOが好ましい。
【0027】
結合ステップの反応条件は、適宜設定される。例えば、反応温度は、40~120℃、60~100℃又は70~90℃である。反応時間は、反応速度に応じて調整され、例えば1~24時間、3~20時間、6~18時間、8~16時間又は10~14時間である。
【0028】
好ましくは、結合ステップで得られたポリマーは、公知の方法で単離、精製及び濃縮してもよい。例えば、再沈殿、デカンテーション、濾過、洗浄、濃縮等の操作を経て、ポリマーを得てもよい。
【0029】
図1は、結合ステップにおける反応の具体例を示す。上述の第1のPOSS及び第2のPOSSをそれぞれPOSS-A及びPOSS-Cとする。POSS-Aは、置換基Rに官能基としてアンモニウム基を有するT構造のPOSS及びT10構造のPOSSである。POSS-Aは、トリフルオロメタンスルホン酸(HOTf)の塩である。POSS-Cは、置換基Rに官能基としてカルボキシル基を有するT構造のPOSS、T10構造のPOSS及びT12構造のPOSSである。POSS-Aのアンモニウム基とPOSS-Cのカルボキシル基とを、縮合剤を用いて重縮合させることで、POSS-AとPOSS-Cとがアミド結合を介して連結された可溶性のポリマー(POSSポリアミド)が合成される。
【0030】
加熱ステップでは、結合ステップで得られたポリマーを100℃以上に加熱する。加熱温度は、得られたポリマーの特性等に応じて設定される。加熱温度は、例えば、100~200℃、100~180℃、100~160℃、100~150℃又は100~140℃に加熱する。膜の防曇性及び硬度を考慮すると、加熱温度は、好ましくは100℃以上かつ160℃未満である。加熱時間は、例えば、5~60分間、10~50分間又は20~40分間である。
【0031】
好ましくは、加熱ステップでは、膜を形成させる基材上でポリマーが加熱される。この場合、ポリマー溶液が表面に塗布された基材が加熱される。ポリマー溶液の溶媒は、特に限定されない。置換基A及び置換基Bの少なくとも一方が親水性の官能基を有するため、当該ポリマーは、水等に可溶である。溶媒としては、水以外に、メタノール、エタノール及びイソプロピルアルコール等のアルコール、DMSO、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はこれらの混合物を使用してもよい。
【0032】
ポリマー溶液のポリマーの濃度は、適宜調整されるが、例えば、10~1000g/L、50~800g/L、100~600g/L、150~400g/L又は200~300g/Lである。
【0033】
基材は、ポリマーが膜、好ましくは薄膜を形成することができる限り、特に制限されない。基材の材料としては、例えば無機材料及び有機材料が挙げられる。無機材料には非金属無機材料及び金属無機材料が包含される。非金属無機材料としては、例えば、ガラス及びセラミック材料等が挙げられる。金属無機材料としては、例えば、鋳鉄、鋼材、鉄、鉄合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、ニッケル合金及び亜鉛ダイキャスト等が挙げられる。また、金属無機材料は、非金属無機材料又は有機材料の表面に施された金属メッキ皮膜であってもよい。
【0034】
有機材料としては、例えば、塩化ビニル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂ポリアセタール、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)、アクリロニトリル-ブタジエンゴム(NBR)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリビニルブチラール(PVB)、エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリイミド、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルエーテルイミド(PEEI)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、メラミン樹脂、及びアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン(ABS)樹脂等の合成樹脂材料並びに繊維材料等が挙げられる。
【0035】
ポリマー溶液を基材に塗布するには、公知の方法を用いることができる。具体的には、溶液キャスト法、ディップコーティング法、スピンコーティング法、スプレーコーティング法、印毛塗り法、含浸法、ロール法、ワイヤーバー法、ダイコーティング法、グラビア印刷法及びインクジェット法等を利用してポリマー溶液を基材上に塗布できる。膜の膜厚は、特に限定されないが、例えば1nm~1mm、10nm~500μm又は100nm~50μmである。
【0036】
本実施の形態に係る膜は、下記実施例に示すように、優れた透明性を備え、高い防曇性を有する。防曇性は、公知の様々な方法で評価できる。例えば、JIS規格で規定されたように、所定の条件下での曇りの有無を目視で確認する方法がある(JIS K2399、JIS S7027/S7301及びJIS A1514)。EN規格(EN168)のようにレーザー光の透過率に基づいて防曇性を評価できる。また、防曇性の評価には、自然結露法及び加湿噴射法等による市販の防曇性評価装置を用いてもよいし、呼気防曇性試験、蒸気防曇性試験及び低温防曇性試験等の目視による試験並びに画像解析を応用してもよい。
【0037】
本実施の形態に係る膜は、POSSを主鎖とするポリマーを含むのでPOSSの剛直性を備える。よって、当該膜は高い硬度を有する。当該膜の硬度は、公知の方法で評価できる。硬度の評価には、押し込み試験法を用いてもよいし、動的試験法を用いてもよい。硬度は、試験法に基づいて、ロックウェル硬さ、ビッカース硬さ、ブリネル硬さ、ショア硬さ及びヌープ硬さ等で示される。簡便に評価できる硬度として、鉛筆硬度が挙げられる。鉛筆硬度は、鉛筆引っ掻き試験器等の公知の試験器で評価できる。本実施の形態に係る膜の硬度は、鉛筆硬度で、2H以上又は3H以上、好ましくは5H以上又は5Hである。
【0038】
本実施の形態に係る膜は、高い硬度と防曇性を併せもつため、傷つきにくく耐久性に優れる防曇膜として利用できる。また、当該膜は、基材を外的要因から保護するハードコート膜として有用である。
【0039】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例
【0040】
(POSS-Aの合成)
上記のPOSS-Aは、既報(Yoshiro Kaneko、外2名、「Preparation of cage-like octa(3-aminopropyl)silsesquioxane trifluoromethanesulfonate in higher yield with a shorter reaction time」、Journal of Materials Chemistry、2012年、22、14475-14478)に従い、次のように合成した。3-アミノプロピルトリメトキシシラン(APTMS)(33.3mmol、6.225g)に触媒かつ溶媒としてHOTf水溶液(0.50mol/L、100mmol)を200mL加え、室温で2時間撹拌し、開放系(約50℃)での加熱により溶媒を留去させた。その後、100℃のオーブンで2時間加熱した。得られた粉末状粗生成物にアセトン:クロロホルム=1:1(v/v)を約200mL加え、メンブレンフィルター(孔径=0.2μm)を用いて不溶部を吸引濾過により回収し、アセトン:クロロホルム=1:1(v/v)で洗浄(約50mL×3回)し、減圧乾燥することで白色固体生成物(POSS-A)を得た(収率:92%;繰り返しユニットの化学式[SiO1.5(CHNH CFSO 、FW=260.26]を用いて算出した)。
【0041】
(POSS-Cの合成)
上記のPOSS-Cは、既報(Tomoya Kozuma、外1名、「Preparation of carboxyl-functionalized polyhedral oligomeric silsesquioxane by a structural transformation reaction from soluble rod-like polysilsesquioxane」、Journal of Polymer Science Part A:Polymer Chemistry、2019年、57、2511-2518)に従い、次のように合成した。カルボキシル基含有ロッド状ポリシルセスキオキサン(PolySQ-COOH、33.3mmolユニット、4.172g)に、触媒かつ溶媒としてHOTf水溶液(0.50mol/L、50mmol)を100mL加え、約60℃で10分加熱して得られた水溶液を室温で2時間撹拌し、開放系(約50℃)での加熱により溶媒を留去させた。その後、100℃のオーブンで2時間加熱した。得られた液体状粗生成物を室温まで冷却し、アセトン(8.40mL)を加え、得られた溶液をアセトン:クロロホルム=1:9(v/v、416mL)に注ぎ、室温で15時間、1000rpmで撹拌した。
【0042】
続いてメンブレンフィルター(孔径=0.2μm)を用いて不溶部を吸引濾過により回収し、アセトニトリルで洗浄(約25mL×5回)、減圧乾燥することで白色固体生成物(POSS-C)を得た(収率:32%;繰り返しユニットの化学式[SiO1.5(CHCOOH、FW=125.15]を用いて算出した)。なお、PolySQ-COOHは、既報(特開2013-170175号公報、及びH.Toyodome、外3名、「Preparation of carboxylate group-containing rod-like polysilsesquioxane with hexagonally stacked structure by sol-gel reaction of 2-cyanoethyltriethoxysilane」、Polymer、2012年、53、Issue 26、6021-6026)に従って、2-シアノエチルトリエトキシシラン(CETES)を原料として2.0mol/L NaOH水溶液中での加水分解/縮合反応によって合成した。
【0043】
(POSSポリアミドの合成)
図1に示す反応によりPOSSポリアミドを次のように合成した。POSS-C(10mmolユニット、1.252g)に脱水DMSO(50mL)を加えて調製した溶液に、POSS-A(10mmolユニット、2.603g)と、EDC(15mmol、2.934g)と、NHS(15mmol、1.817g)に脱水DMSO(150mL)を加えて調製した溶液とを加え、約80℃で12時間撹拌した。その後、反応溶液をアセトン(約2000mL)に添加することで再沈殿を行い、室温で2時間撹拌した。
【0044】
得られた粘性固体粗生成物をデカンテーションによって分離し、メタノール(30mL)を加えて得られた溶液をアセトン(約1000mL)に添加することで再沈殿を行い、得られた粉末状粗生成物を、メンブレンフィルター(孔径=0.2μm)を用いて吸引濾過により回収し、アセトンで洗浄した(約25mL×5回)。続いて、約80℃のDMF(40mL)を粗生成物に投入し約80℃で15分撹拌した後、その可溶部を吸引濾過により回収し、ロータリーエバポレーターで濃縮(約2mL)した。
【0045】
続いて濃縮溶液をアセトン(約60mL)に添加することで再沈殿を行い、得られた粉末状生成物を吸引濾過により回収し、アセトンで洗浄(約25mL×5回)、減圧乾燥することで白色固体生成物(POSSポリアミド)を得た(収率:18%;平均の繰り返しユニットの式量[FW=147.58]から収率を算出した。この平均の繰り返しユニットの式量は、繰り返しユニットの化学式であるアンモニウムユニット[SiO1.5(CHNH Cl、FW=146.65]、カルボキシルユニット[SiO1.5(CHCOOH、FW=125.15]、及びアミドユニット[SiO1.5(CHNHCO(CHSiO1.5、FW=217.33](アンモニウム-カルボキシル-アミドユニットの組成比=40:45:15)の式量から算出した)。
【0046】
(構造分析)
FTIRを測定するサンプルは次のように調製した。スパチュラ2~3杯程度の赤外線吸収測定用KBr(臭化カリウム)と、スパチュラの先端に付着する程度の生成物を、メノウ乳鉢内で十分にすり潰し、錠剤成形器を用いて圧力をかけ、ペレット状にすることで測定サンプルを調製した。
【0047】
FTIRスペクトルはFTIR-4200 spectrometer(JASCO社製)を用いて測定した。分解能は16cm-1、積算回数は16回とした。
【0048】
H NMRを測定するサンプルは次のように調製した。DMSO-d(0.50mL)に、スパチュラ0.4杯程度の生成物を加え撹拌し、溶解させた溶液を測定サンプルとして用いた。シーケンスはsingle pulse(no decoupling)、積算回数は8回で測定した。
【0049】
29Si NMRを測定するサンプルは次のように調製した。DMSO-d(0.50mL)に、生成物(0.120g)及びトリス(2,4-ペンタンジオナト)クロム(III)(Cr(acac))又は塩化クロム(III)六水和物(0.0063g)を加え撹拌し、溶解させた溶液を測定サンプルとして用いた。測定直前にテトラメチルシランを5滴加え、パラフィルムで蓋をして十分に振り混ぜた。測定温度は40℃、シーケンスはsingle pulse(no decoupling)、積算回数は1000回で測定した。
【0050】
H NMR及び29Si NMRスペクトルはECX-400 spectrometer(JEOL RESONANCE社製)を用いて測定した。
【0051】
(結果)
生成物のFTIR測定を行ったところ、図2に示すように、1631cm-1に出発原料では見られなかったアミド結合に由来する吸収ピークが観測された。
【0052】
図3に示すように、生成物のDMSO-d中でのH NMRスペクトルからは、出発原料であるPOSS-A及びPOSS-Cそれぞれの側鎖に由来するシグナルに加えて、アミド結合のN原子に隣接しているメチレンプロトン由来のシグナルiが観測された。このことからもアミド結合の形成が確認された。
【0053】
出発原料であるPOSS-C中のそれぞれのPOSSの存在比(T構造:T10構造:T12構造=15:64:21)及びシグナルd、gの積分比(2.00:5.93)からPOSS-Cに結合しているアミド結合の数を計算したところ、POSS-Cが8量体の場合は平均2個、10量体の場合は平均2.5個、12量体の場合は平均3個のアミド結合を形成していることが示唆された。一方、出発原料であるPOSS-A中のそれぞれのPOSSの存在比(T構造:T10構造=82:18)及びシグナルd、eの積分比(2.00:5.18)からPOSS-Aに結合しているアミド結合の数を計算したところ、POSS-Aが8量体の場合は平均2.2個、10量体の場合は平均2.8個のアミド結合を形成していることが示唆された。以上のことから可溶性ポリマーが得られた理由として、1つのPOSSに対してアミド結合が平均2~3個と比較的少なかったためネットワーク構造を形成せず、ある程度直鎖状にPOSSが連結したためであると推察される。
【0054】
さらに、シグナルg、eの積分比(2.00:1.75)からPOSS-CとPOSS-Aの繰り返しユニット比を計算したところ53:47であり、仕込んだそれぞれの原料としてのPOSSの繰り返しユニット比(1:1)とほぼ同じ値であることが分かった。さらに、このユニット比と出発原料であるPOSS-C及びPOSS-A中のそれぞれのPOSSの存在比から、POSSポリアミド中のPOSS-Cの8、10、12量体ユニット及びPOSS-Aの8、10量体ユニットの組成比は、8.0:33.9:11.1:38.5:8.5と見積もられた。
【0055】
図4に示すように、生成物の29Si NMRスペクトルからは、T領域(CSi(OSi)(OH)3-n、n=2)にはシグナルは見られず、T領域(CSi(OSi)(OH)3-n、n=3)にのみシグナルが観測された。このことから、重縮合後もPOSSの構造が維持されていることが分かった。
【0056】
(自立膜形成能の検討)
生成物をメタノールに溶解し、ポリプロピレン製のディスポトレー上に塗布し、開放系(約50℃)での加熱により溶媒を留去させた。
【0057】
(結果)
POSSポリアミドでは自立膜が形成された。一方、POSS-Aは粉末状の固体となった。POSS-Cは粘着性を有する固体となった。POSS-A及びPOSS-Cでは、自立膜が形成されなかった。
【0058】
(溶解性の検討)
生成物の溶解性を調べた。溶媒は、水、DMSO、DMF、メタノール(MeOH)、アセトン(MeCO)、酢酸エチル(AcOEt)、クロロホルム(CHCl)、トルエン及びヘキサンである。
【0059】
(結果)
溶解性の結果を表1に示す。表1において“+”及び“-”は、室温でそれぞれ可溶及び不溶であることを示す。POSSポリアミドは、水、DMSO、DMF及びMeOH等の極性の高い溶媒に可溶であることが示された。
【0060】
【表1】
【0061】
(POSSポリアミドのキャスト膜の作成)
25mgのPOSSポリアミドを0.10mLの水に溶解させて調製した水溶液を、表面を酸化セリウムで磨いた鉱物ガラスの基板上に塗布した(表面積:約1.76cm)。続いて、開放系での加熱(約50℃)により溶媒を留去させた後、100~200℃のオーブンで30分加熱することで(加熱処理)、POSSポリアミドのキャスト膜を作成した。
【0062】
硬度は、鉛筆引っ掻き試験器(TP技研社製、750g)を使用し、JIS K5600-5-4に準拠して測定した。鉛筆(uni、三菱鉛筆社製)の芯先を平らに削り、キャスト膜に対する鉛筆の角度が45度となるように試験器に鉛筆を取り付けた。鉛筆を0.5~1mm/sの速度で移動させた。傷跡を生じなかった最も固い鉛筆の硬度である鉛筆硬度を硬度として評価した。
【0063】
防曇性の評価は、キャスト膜の面を下に向けて約80℃の熱水の約5cm上に置き、水蒸気を暴露することで行った。
【0064】
(結果)
キャスト膜の硬度及び防曇性の有無を表2に示す。加熱処理前及び加熱処理後のPOSSポリアミドのキャスト膜はいずれも透明であった。100℃以上の加熱処理で、キャスト膜の硬度は2H以上となり、特に150℃以上で加熱処理を行うことで、5H以上となった。POSSの剛直性に加え、加熱処理後はアミド結合が増加し、架橋構造が形成されたため、当該キャストは高い硬度を有すると考えられる。
【0065】
100℃又は150℃の加熱処理で得られたキャスト膜は防曇性を示した。150℃の加熱によって得られたキャスト膜は暴露してから約5秒までは防曇性を示し、約5~35秒で曇り、約35秒以降は再び透明になり防曇性を示した。一方、160~200℃の加熱によって得られたキャスト膜は防曇性を示さなかった。
【0066】
【表2】
【0067】
上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、自動車等のウインドウガラス、ショーウインドウ、メガネ、ゴーグル、ヘルメット、食品包装及び医療器具等への防曇性の付与に好適である。
図1
図2
図3
図4