(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】圧力変動吸収構造体
(51)【国際特許分類】
G10K 11/172 20060101AFI20240827BHJP
G10K 11/16 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
G10K11/172
G10K11/16 100
G10K11/16 130
(21)【出願番号】P 2022558874
(86)(22)【出願日】2021-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2021031195
(87)【国際公開番号】W WO2022091542
(87)【国際公開日】2022-05-05
【審査請求日】2022-11-18
(31)【優先権主張番号】P 2020182259
(32)【優先日】2020-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石井 達哉
(72)【発明者】
【氏名】生沼 秀司
(72)【発明者】
【氏名】長井 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】榎本 俊治
(72)【発明者】
【氏名】大木 純一
【審査官】堀 洋介
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2002/0047070(US,A1)
【文献】特開2020-091324(JP,A)
【文献】特開2019-138977(JP,A)
【文献】特開2019-158942(JP,A)
【文献】特開2018-066914(JP,A)
【文献】米国特許第04318453(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 11/16-11/172
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力変動吸収用の複数の孔が表面に設けられた有孔部材と、
前記有孔部材の裏面に設けられ、前記複数の孔の少なくとも1つとそれぞれ連通する複数のセルと、を有する吸音パネル本体と、
前記有孔部材の表面に配置され
、前記複数の孔を1以上の所定数ごとに区画する隔壁と、前記隔壁により構成され前記1以上の所定数の孔
および1以上の前記セルに対応する空間部と、を有する仕切り部材と、
前記有孔部材から離間して前記空間部を覆うように前記仕切り部材
の表面に配置され、少なくとも前記空間部に対応する領域に複数の小孔が穿孔された薄膜と、
を具備し、
前記空間部に対応する領域に設けられた前記薄膜の前記複数の小孔の総開口面積は、前記空間部に対応する前記有孔部材の前記1以上の所定数の孔の総開口面積より大き
く、
前記空間部の深さは、前記有孔部材の前記孔の長さの0.5倍以上4倍以下である
圧力変動吸収構造体。
【請求項2】
請求項1に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部の深さは、前記有孔部材の前記孔の直径より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項3】
請求項2に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部の前記深さは、前記有孔部材の前記孔の前記直径の2倍より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記孔は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向に対して、少なくとも、前記空間部の中央から上流側に存在する
圧力変動吸収構造体。
【請求項5】
請求項1に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する領域に設けられた前記薄膜の前記複数の小孔の総開口面積は、前記空間部に対応する前記有孔部材の前記1以上の所定数の孔の総開口面積の2倍より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項6】
請求項5に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する領域に設けられた前記薄膜の前記複数の小孔の前記総開口面積は、前記空間部に対応する前記有孔部材の前記1以上の所定数の孔の前記総開口面積の4倍より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜の前記小孔の直径は、前記有孔部材の前記孔の直径の1/20より大きく、1/5より小さい
圧力変動吸収構造体。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、10%以上である
圧力変動吸収構造体。
【請求項9】
請求項8に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の前記開口率は、30%以上である
圧力変動吸収構造体。
【請求項10】
請求項1乃至9の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、前記空間部に対応する前記1以上の所定数の孔による前記有孔部材の開口率の2倍より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項11】
請求項10に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、前記空間部に対応する前記1以上の所定数の孔による前記有孔部材の開口率の4倍より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項12】
請求項1乃至11の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜は、
前記仕切り部材の表面に配置された第1の薄膜と、
前記仕切り部材の前記隔壁の側面に配置された第2の薄膜と、を含み、
前記空間部に対応する領域に設けられた前記第2の薄膜に穿孔された複数の小孔による前記第2の薄膜の開口率は、前記第1の薄膜に穿孔された複数の小孔による前記第1の薄膜の開口率より大きい
圧力変動吸収構造体。
【請求項13】
請求項1乃至
12の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記有孔部材は、前記薄膜に対して傾斜した表面を有する
圧力変動吸収構造体。
【請求項14】
請求項1乃至
13に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記有孔部材の表面と前記薄膜との前記空間部の深さ方向の距離は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向の上流側と下流側とで異なる
圧力変動吸収構造体。
【請求項15】
請求項1乃至
14の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向に対して、傾斜した表面を有する
圧力変動吸収構造体。
【請求項16】
請求項1乃至
15の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜の厚さは、前記有孔部材の前記孔の直径の1/10以上である
圧力変動吸収構造体。
【請求項17】
請求項1乃至
16の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜の前記小孔は、圧力変動を透過させる孔径である
圧力変動吸収構造体。
【請求項18】
請求項1乃至
17の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記薄膜は、エッチング処理した薄膜材料の積層により形成される
圧力変動吸収構造体。
【請求項19】
請求項1乃至
18の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記小孔の断面形状は、長方形状、平行四辺形状又は台形状である
圧力変動吸収構造体。
【請求項20】
請求項1乃至
19の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記圧力変動吸収構造体の表面の流体は、主流速度を有する
圧力変動吸収構造体。
【請求項21】
請求項
20に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記主流速度は、超音速である
圧力変動吸収構造体。
【請求項22】
請求項
1乃至21の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記仕切り部材の前記空間部は、複数の前記セルにより共有される
圧力変動吸収構造体。
【請求項23】
請求項1乃至
21の何れか一項に記載の圧力変動吸収構造体であって、
前記有孔部材は、多孔質材又は繊維材などのバルク型吸音材の表面板である
圧力変動吸収構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばジェットエンジンのファン騒音、燃焼器騒音、タービン騒音、ダクテットプロペラの騒音を騒音の伝播経路で減衰させるためのダクト内壁に設置される圧力変動吸収構造体に関する。本発明は、航空機、航空機エンジン、発電装置、原動機、空調冷凍機、など空気流中を騒音が伝播する系の騒音低減能力の改善、自動車、鉄道、航空機など輸送用機器器全般であって、その表面に気流と騒音が混在する状態を有するものの吸音性能の改善、騒音低減装置の構造強度改善、騒音低減装置による本体装置の性能改善等に適用できる吸音パネルに関する。
【背景技術】
【0002】
吸音パネルは、その表面に入射又はその表面を伝播する音のエネルギーを吸収し、音の振幅(音圧)を低減する効果を有する。航空エンジンの場合、吸音パネルはエンジンを取り囲むダクト(ナセル)の内面に設置され、吸入或いは排気の流れ場中で試用される。音を減衰することのできる周波数は、吸音パネルの形状に依存するが、ナセルの場合、通常数百Hz~数kHzに及ぶ。
【0003】
吸音パネルは、音も流れも透過しない背後板、壁で仕切られた小空間群(セル構造)、多数の孔を有する表面板から構成される。セル構造は背後板、表面板で挟まれた所謂サンドイッチ構造となっており、表面板の孔径、板厚、開口率、セル寸法から決まる共鳴周波数を決定する。航空エンジンの場合に見られるように、吸音パネルの表面に気流が存在する条件をグレージング(Grazing)条件という。かかる共鳴を利用したものに限らず、多孔質材からなるものも含む、吸音パネルは、グレージング条件で静止場中とは異なる吸音特性を示すことが知られている。
【0004】
従来から、共鳴型吸音パネルに関していくつかの技術が開示されている(特許文献1~10参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2007-309326号公報
【文献】特表2013-522511号公報
【文献】特表2011-530675号公報
【文献】特開2006-2869号公報
【文献】特開2002-337094号公報
【文献】特開2010-84768号公報
【文献】特開2013-140248号公報
【文献】特開2019-138977号公報
【文献】特開2020-016694号公報
【文献】特開2020-091324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
航空機用エンジンに用いられる吸音パネルは、低マッハ数(0.2~0.6程度)の気流がある条件(Grazing条件)で使われる場合が多い。吸音パネルは、形状から決定される共鳴周波数で最大の吸音率を示すものの、Grazing条件では共鳴周波数の最大吸音率を低下させる点が従来技術の問題点である。最大吸音率の低下、つまり設計点の音響性能劣化を補うべく吸音面積を増加させることは、却って重量増加及び気流の圧力損失増加という音響以外の致命的な欠点に繋がる。反対の見方をすれば、Grazing条件で吸音率を向上させた吸音パネルを実現できると、同一面積で異なる共鳴周波数の吸音パネルを併置することが可能となり、広い周波数帯域で吸音性能を向上させる効果が見込まれる。
【0007】
吸音パネルには、構造強度上の問題点も存在する。異物吸入時に衝突による表面板の損傷は、軽量化のために樹脂等で成形された吸音パネルでは致命的な問題である。耐衝撃性を増すために表面板厚さを増やすことは重量増の問題に繋がる。
【0008】
特許文献10は、「圧力変動吸収用の孔が表面に設けられた有孔部材と、有孔部材の表面に配置され、少なくとも孔に対応する領域に複数の小孔が穿孔された薄膜とを具備する圧力変動吸収構造体」を開示する。
【0009】
薄膜を有孔部材の表面に直接的に配置する構成によれば、有孔部材の孔の表面側には気流の流入が残存するおそれがあるため、前縁及び後縁では音響粒子速度が不十分となったり、エネルギー損失が減少したり、吸音性能が劣化したりするおそれがある。また、薄膜の厚さが薄い場合又は気流速度が遅い場合に、薄膜の小孔からの気流の巻き込みの影響が大きくなるおそれがあるため、有孔部材の孔のエッジ(角部)でエネルギー散逸が不十分となり、吸音率が減少するおそれがある。
【0010】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、表面の気流による圧力変動吸収性能の低下及び共鳴周波数の乖離を抑制することができる圧力変動吸収構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る圧力変動吸収構造体は、
圧力変動吸収用の複数の孔が表面に設けられた有孔部材と、
前記有孔部材の表面に配置され、前記複数の孔を1以上の所定数ごとに区画する隔壁と、前記隔壁により構成され前記1以上の所定数の孔に対応する空間部と、を有する仕切り部材と、
を具備する。
【0012】
本発明の一形態に係る圧力変動吸収構造体では、有孔部材の表面に、空間部を有する仕切り部材配置することで、典型的には表面に気流(Grazing流)が存在する場合に吸音率の低下や共鳴周波数の推移を抑制でき、音響性能が従来技術に比べて改善される。
【0013】
前記空間部の深さは、前記有孔部材の前記孔の直径より大きいことが好ましい形態である。空間部の深さが有孔部材の孔の直径より大きいことにより、孔への気流の影響が減る。
【0014】
前記空間部の前記深さは、前記有孔部材の前記孔の前記直径の2倍より大きいことがさらに好ましい形態である。空間部の深さが有孔部材の孔の直径の2倍より大きいことにより、孔への気流の影響が更に減る。
【0015】
前記孔は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向に対して、少なくとも、前記空間部の中央から上流側に存在することが好ましい形態である。孔が上流側に位置することにより、吸音率が高くなる。
【0016】
圧力変動吸収構造体は、前記有孔部材から離間して前記空間部を覆うように前記仕切り部材に配置され、少なくとも前記空間部に対応する領域に複数の小孔が穿孔された薄膜をさらに具備することが好ましい形態である。
【0017】
本発明の一形態に係る圧力変動吸収構造体では、有孔部材の表面に、空間部を介して、当該孔に対応する領域に複数の小孔が穿孔された薄膜を配置することで、典型的には表面に気流(Grazing流)が存在する場合に吸音率の低下や共鳴周波数の推移を抑制でき、音響性能が従来技術に比べて改善される。
【0018】
前記空間部に対応する領域に設けられた前記薄膜の前記複数の小孔の総開口面積は、前記空間部に対応する前記有孔部材の前記1以上の所定数の孔の総開口面積よりも大きく、好ましい形態は2倍より大きいことである。これにより、Grazing流による吸音性能の低下を防ぐことを図れる。
【0019】
前記空間部に対応する領域に設けられた前記薄膜の前記複数の小孔の前記総開口面積は、前記空間部に対応する前記有孔部材の前記1以上の所定数の孔の前記総開口面積の4倍より大きいことがさらに好ましい形態である。これにより、Grazing流による吸音性能の低下をさらに防ぐことを図れる。
【0020】
前記薄膜の前記小孔の直径は、前記有孔部材の前記孔の直径の1/20より大きく、1/5より小さいことが好ましい形態である。
【0021】
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、10%以上であることが好ましい形態である。薄膜の開口率を10%以上とすることで、吸音率の改善効果が見られる。
【0022】
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の前記開口率は、30%以上であることがさらに好ましい形態である。薄膜の開口率を出来るだけ大きくすることで、吸音率の改善効果が見られる。
【0023】
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、前記空間部に対応する前記1以上の所定数の孔による前記有孔部材の開口率よりも大きく、2倍より大きいことが好ましい形態である。
【0024】
前記空間部に対応する前記複数の小孔による前記薄膜の開口率は、前記空間部に対応する前記1以上の所定数の孔による前記有孔部材の開口率の4倍より大きいことがさらに好ましい形態である。
【0025】
前記薄膜は、前記仕切り部材の表面に配置され、又は前記仕切り部材の前記隔壁の側面に配置される。このように、有孔部材の表面と薄膜との間に空間部を設けることが出来れば、薄膜の位置は限定されず自由度が高い。
【0026】
前記薄膜は、
前記仕切り部材の表面に配置された第1の薄膜と、
前記仕切り部材の前記隔壁の側面に配置された第2の薄膜と、を含み、
前記空間部に対応する領域に設けられた前記第2の薄膜に穿孔された複数の小孔による前記第2の薄膜の開口率は、前記第1の薄膜に穿孔された複数の小孔による前記第1の薄膜の開口率より大きくてもよい。第1の薄膜及び第2の薄膜を配置することで、第1の薄膜及び第2の薄膜の間での吸音性能の向上を図る。
【0027】
前記有孔部材は、前記薄膜に対して傾斜した表面を有してもよい。
【0028】
前記有孔部材の表面と前記薄膜との前記空間部の深さ方向の距離は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向の上流側と下流側の方とで異なってもよい。空間部の深さが主流方向の上流側と下流側とで異なることで、音圧や粒子速度の分布を制御し、吸音性能を高めることが可能となる。
【0029】
前記薄膜は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向に対して、傾斜した表面を有してもよい。
【0030】
前記薄膜の厚さは、前記小孔の直径の1/10以上であってもよい。同じオーダでない即ちアスペクト比(本件では小孔直径に対する薄膜厚さの比)が1以上と大きいと、薄膜での流れ抵抗が急増する結果、吸音率改善効果が見込めなくなるおそれがある。
【0031】
前記薄膜の前記小孔は、圧力変動を透過させる孔径であってもよい。かつ、前記薄膜の前記小孔は、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体の主流方向の透過を阻害する効果を有する孔径であってもよい。これにより、薄膜は、Grazing流による流れをセル構造内への導入を規制する流体非透過性で、かつ、流路(表面)を伝播する音波による圧力をセル構造内に導入することを許す音響透過性を有することとなる。
【0032】
前記薄膜は、エッチング処理した薄膜材料の積層により形成されてもよい。
【0033】
前記小孔の断面形状は、長方形状、平行四辺形状又は台形状でもよい。
【0034】
前記圧力変動吸収構造体の表面の流体は、主流速度を有してもよい。言い換えれば、前記圧力変動吸収構造体の表面の流体に一方向の速度があってもよい。これにより、圧力変動吸収構造体を、航空機の各部位に吸音パネルとして適用することが有効である。
【0035】
前記主流速度は、超音速でもよい。これにより、圧力変動吸収構造体を、航空機の各部位に吸音パネルとして適用することが有効である。
【0036】
前記有孔部材の裏面には、1以上の前記孔を連通するセルを設けることが可能であり、
前記仕切り部材の前記空間部は、1以上の前記セルに対応してもよい。これにより、各セルの音響的な共鳴周波数の下で、吸音性能を高める働きを期待できる。
【0037】
前記仕切り部材の前記空間部は、複数の前記セルにより共有されてもよい。これにより、セルの断面積が小さい場合でも、吸音性能の低下を防ぐことができる。
【0038】
前記有孔部材は、多孔質材又は繊維材などのバルク型吸音材の表面板であってもよい。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、表面の気流による圧力変動吸収性能の低下及び共鳴周波数の乖離を抑制することができる。
【0040】
なお、ここに記載された効果は必ずしも限定されるものではなく、本開示中に記載されたいずれかの効果であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】本発明の一実施形態に係る圧力変動吸収構造体としての吸音パネル1を示す分解斜視図である。
【
図2】仕切り部材(スペースアダプタ)の変形例を示す。
【
図7】一般的な吸音パネルの作用を説明するための断面図である。
【
図8】薄膜が貼られていない吸音パネルのGrazing流による吸音率の変化を測定した結果を示すグラフである。
【
図9】本実施形態の吸音パネルに期待される作用を模式的に示す。
【
図26】吸音パネルを適用可能なジェットエンジン示す。
【
図28】吸音パネルの一部の孔付近の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0043】
・吸音パネルの概略構造
【0044】
図1は、本発明の一実施形態に係る圧力変動吸収構造体としての吸音パネル1を示す分解斜視図である。
図27はその吸音パネル1の一部の拡大縦断面図である。
図28はその孔14付近の拡大図である。
【0045】
図1、
図27及び
図28に示すように、吸音パネル1は、吸音パネル本体10の表面に仕切り部材30(スペースアダプタ)を例えば接着剤(図示を省略)を使って貼付し、仕切り部材30の表面に薄膜20を例えば接着剤(図示を省略)を使って貼付して構成される。あるいは、薄膜20は、接着剤に限らず、ネジなど機械的な固定法、溶着等により仕切り部材30の表面に設置される。
【0046】
吸音パネル本体10(圧力変動吸収構造体)は、表面に圧力変動吸収用の孔としての吸音用の孔14が設けられている。
【0047】
仕切り部材30は、複数の孔14を1以上の所定数ごとに区画する隔壁31と、隔壁により構成され1以上の所定数の孔14に対応する空間部32と、を有する。
【0048】
薄膜20は、多数の小孔21が穿孔され、少なくとも上記の空間部32に対応する領域には複数の小孔21が穿孔されている。
【0049】
・吸音パネル本体の構造
【0050】
吸音パネル本体10は、従来からある共鳴型の吸音パネルであり、その表面に気流がない場合では表面を通過する音波のエネルギーを吸収する機能を有している。吸音パネル本体10の表面は、音波が入射する空間側から見れば、平面のみならず、曲面、任意の形状を有していてもよい。
【0051】
共鳴型吸音パネル本体10は、パネル表面から三層の構造で成り立つ。これらは、有孔部材11、セル(cell)12、背後壁13として認識される。有孔部材11には吸音用の孔14が穿孔されており、孔14を介して有孔部材11に接する空気とセル12とを連通する。有孔部材11は、共鳴型吸音パネル本体10の表面板である。
【0052】
セル12は、有孔部材11、背後壁13及びセルを区画する隔壁15に囲まれた小空間である。すなわち、吸音パネル本体10は、複数のセル12を有する。なお、吸音パネル本体10の用途によっては、セルを区画する隔壁15の一部にセル内に浸入した水を抜くための小孔(図示せず)を設けてもよい。背後壁13に小孔(図示せず)を設けてその背後にセルと背後層を設ける多層吸音パネル、所謂マルチレイヤー吸音パネルという構造も存在する。セル12が有孔部材11と背後壁13によって挟まれていることから、「サンドイッチ構造」と呼ばれることもある。セル12の断面形状は任意であって、三角形、四角形、多角形でも円形でもよい。六角形のものを特に「ハニカム(honeycomb)」構造と呼ぶ。セル12は、基本的には有孔部材11に設けた孔14を介して外部と連通する。背後壁13は空気の振動に対して十分剛性を有するものと仮定する。また、通常の扱いでは、セル12を取り囲む隔壁15はすべて、内部の空気に比べて十分剛性があるものとして扱われる。
【0053】
本実施形態に係る吸音パネル本体10は、共鳴型であり、上記構造から定まる音響的な共鳴周波数の下で、吸音性能を高める働きを有する。一般に、空気中を伝播する音は、周波数によって時間的に再現性のある波を形成する。音には複数の周波数とそれに伴う振幅や位相を有する音が含まれていることが通常である。共鳴型の吸音パネル本体10は、特定の周波数を中心とする周波数帯域で吸音性能を高める。
【0054】
ここで、共鳴型の吸音パネル本体10の共鳴周波数fは、セル12の体積V、セルに対応する有孔部材11の孔14の面積の合計s、孔14の長さ(言い換えれば有孔部材11厚さに相当)lによって、次のように概算できる。ここで、l'はlに対して開口端補正量を加えたものである。
【0055】
f=c/2π√(s/Vl')
【0056】
吸音パネル本体10の有孔部材11に音波、即ち微小な圧力変動が到達すると有孔部材11の孔14の内部の空気が変位する。孔14の内部の空気がセル12側に押されるとセル12の内部の空気が圧縮され、セル12の内部の空気が孔14の内部に引っ張られてセル12の内部の空気が膨張する。
【0057】
ただし、孔14の体積は、セル12の体積に比べて十分小さいので、上記圧縮と膨張による体積変化量はセル12の体積に比べて十分小さい。孔14への入射音は周期(或いは周波数)で変動するため、孔14の内部の空気も入射音波の周波数で変位し、結果としてセル12の内部の微小圧力も入射音波の周波数で変動することとなる。
【0058】
・仕切り部材の構造
【0059】
仕切り部材30は、有孔部材11の複数の孔14を1以上の所定数ごとに区画する隔壁31と、隔壁31により構成され1以上の所定数の孔14に対応する空間部32と、を有する。
【0060】
空間部32の深さH(即ち、隔壁31の高さ)は、有孔部材11の孔14の直径Dより大きい(H>D)。好ましくは、空間部32の深さHは、有孔部材11の孔14の直径Dの2倍より大きい(H>2D)。さらに好ましくは、空間部32の深さHは、有孔部材11の孔14の直径Dの4倍より大きい(H>4D)。有孔部材11の孔14は、吸音パネル1の表面(即ち、薄膜20の表面)の流体の主流F方向に対して、少なくとも、空間部32の中央から上流側(図中左側)に対応する位置に設けられる。なお
図28において、主流Fを示す矢印記号は、矢印の先端側が主流Fの下流側を表し、先端の対向端側が主流Fの上流側を表わす。
【0061】
【0062】
有孔部材11の裏面には、1以上の孔14を連通するセル12が設けられる。仕切り部材30の空間部32は、1以上のセル12に対応する。
図1の例では、1個のセル12は7個の孔14を連通し、1個の空間部32は1個のセル12に対応する。一方、仕切り部材30の空間部32は、複数のセル12により共有されてもよい。
図2の例では、1個の空間部32は、4個のセル12に対応する、言い換えれば、4個のセル12を共有する。
【0063】
・薄膜の構造
【0064】
薄膜20は、FPF(Fine-Perforated-Film)である。薄膜20は、有孔部材11から離間して空間部32を覆うように仕切り部材30に配置され、少なくとも空間部32に対応する領域に、表裏を貫通する多数の小孔21が穿孔される。
図1、
図27及び
図28に記載の例では、薄膜20は、仕切り部材30の表面に配置される。
【0065】
本実施形態では、薄膜20は、仕切り部材30の1つの空間部32に対応する領域に2個以上の小孔21を有する。基本的には、小孔21の孔径dは、有孔部材11の孔14の孔径Dによって定まる。小孔21の孔径dは、有孔部材11の孔14の孔径の1/10程度である。例えば、小孔21の孔径dと有孔部材11の孔14の孔径Dとの比は、1/20<d/D<1/5である。一般的な吸音パネルの孔径Dは、1~2mmである。D=1mmの場合、0.05mm<d<0.2mmであり、例えば、d=0.1mm程度である。D=2mmの場合、0.1mm<d<0.4mmであり、例えば、d=0.2mm程度である。
【0066】
薄膜20の開口率σfは、できるだけ大きいことが望ましい。薄膜20に均一に小孔21が穿孔されているとした場合に、有孔部材11の開口率σaと薄膜20の開口率σfの積が実質開口率(孔14に対応する領域の面積に対する小孔21の面積)となることから、薄膜20の開口率σfはできるだけ大きい方が好ましい。具体的には、薄膜20に均一に小孔21が穿孔されているとした場合に、空間部32に対応する複数の小孔21による薄膜20の開口率σfは、好ましくは10%以上、さらに好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上である。なお、小孔21の開口率を維持するためには、孔径を小さくするほど、孔数を増やさなければならない。
【0067】
空間部32に対応する複数の小孔21による薄膜20の開口率σfは、空間部32に対応する孔14(1以上の所定数)による有孔部材11の開口率σaよりも大きく、好ましくは2倍より大きく(σf>2σa)、さらに好ましくは4倍より大きい(σf>4σa)。このように、薄膜20の開口率σfの最適値は、組み合わせられる有孔部材11の開口率σaによって変化する。言い換えれば、空間部32に対応する薄膜20の総開口面積Sfは、空間部32に対応する有孔部材11の総開口面積Saよりも大きく、好ましくは2倍より大きく(Sf>2Sa)、さらに好ましくは4倍より大きい(Sf>4Sa)。
【0068】
小孔21は、典型的には円形であるが、円形以外の形状であってもよい。例えば、小孔21は、主流F方向に長い矩形としてもよい。
【0069】
小孔21は、薄膜20の全面に対して穿孔してもよいが、仕切り部材30の空間部32に対応する領域に穿孔し、それ以外の領域には穿孔しなくてもよい。例えば、薄膜20の小孔21は、仕切り部材30の空間部32に対応する領域とその周辺のみに分布するようにしてもよい。これによって、小孔21が存在しない領域での小孔21による擾乱を抑制し、マクロ的に抵抗軽減を見込むことができる。
【0070】
薄膜20の厚さtは、小孔21の孔径と同じオーダであることが好ましい。具体的には、薄膜20の厚さtは、小孔21の直径の1/10以上である。すなわち、薄膜20の厚さtと小孔21の孔径dとの比(アスペクト比=厚さt/孔径d)が2より小さいことが好ましい。一般的なナセル内壁の吸音パネルに適用する場合には、薄膜20の厚さtは、0.1~0.25mmでよい。但し、薄膜20の厚さt、小孔21の孔径は、対象とする周波数やGrazing流速度によっては変わりうる。
【0071】
なお、本実施形態は、流路(3次元又は2次元の流路)に空気の流れがあって、流路の壁面が吸音壁になっている条件を扱う。吸音壁は、その表面が孔空表面をなす(薄膜20が付いている場合は薄膜20が表面をなす)ものである。流路に流れる空気の流れを主流と呼ぶ。主流は一方向の流れであり、逆方向に流れる複数の流れや、交差する流れ、二次的に励起される流れやバイパス(分岐)流れではない。
主流速度は、非粘性流れであれば流路断面で一様である。粘性の効果で壁面近傍に減速する領域(境界層)ができると、流路中央と壁面近傍とでは速度差ができる。境界層が薄ければ、流路中央部でほぼフラットで壁面近傍のみで急激に減速する速度分布となる。その程度は境界層厚さに依存する。
GrazingやGrazing流という用語は、慣用的に、表面(特に吸音壁表面)に沿う流れを意味する。
【0072】
薄膜20の材質は、金属、プラスチックスを含めた硬質材料を用いることが好ましい。小孔21を有する薄膜20は、機械加工で作成してもよいし、機械加工以外の処理で作製してもよい。小孔21を有する薄膜20は、典型的には、エッチング処理した薄膜材料の積層過程を経て形成される場合を含む。エッチング処理した薄膜材料の積層過程を経て形成することで、機械加工の限界とされる直径0.2mm程度以下の小孔21を形成することができ、また円形以外の形状の小孔21を容易に形成できる。
【0073】
少なくとも以上の構成の薄膜20は、Grazing流による流れをセル12内への導入を阻害する流体非透過性で、かつ、流路(表面)を伝播する音波による圧力をセル12内に導入することを許す音響透過性を有することとなる。言い換えれば、小孔21は、圧力変動を透過させ、かつ、吸音パネル1の表面の流体の主流F方向の透過を阻害する孔径dを有する。
【0074】
Grazing流は仕切り部材30の隔壁31の主流F方向の前縁(空間部32との境界)から剥離するものの、すぐには空間部32に流れ込まないため、有孔部材11の孔部14での音響粒子速度の一様性は維持される。
【0075】
【0076】
図28の例では、薄膜20は、仕切り部材30の表面に配置されるが、これに限定されない。複数の小孔23を有する薄膜22は、有孔部材11から離間して空間部32を覆うように仕切り部材30に配置されればよい。例えば、薄膜22は、仕切り部材30の隔壁31の側面33(空間部32に対向する内面)に配置されてもよい。要するに、有孔部材11の表面と薄膜20との間に空間部32を設けることが出来れば、薄膜20の位置は限定されず自由度が高い。
【0077】
Grazing流に直接接する面(隔壁31の表面と面一の面)に薄膜20を貼付せず、その面と有孔部材11の表面との途中(隔壁31の側面33)にのみ薄膜22を設置する。仕切り部材30の隔壁31の主流F方向の前縁(空間部32との境界)でGrazing流は剥離して直接薄膜22との干渉は軽減されるので、隔壁31の側面33にのみ設けた薄膜22は、効果的に音を透過することが期待される。
【0078】
【0079】
複数の薄膜が設けられてもよい。複数の薄膜は、第1の薄膜20及び第2の薄膜22を含む。第1の薄膜20及び第2の薄膜22は、それぞれ、有孔部材11から離間して空間部32を覆うように仕切り部材30に配置される。第1の薄膜20は、仕切り部材30の表面に配置される。第2の薄膜22は、仕切り部材30の隔壁31の側面33に配置される。言い換えれば、第1の薄膜20は表面側(外側)、第2の薄膜22は内側に位置する。典型的には、第1の薄膜20及び第2の薄膜22は、有孔部材11の表面と平行に配置される。平行に配置することで、吸音性能の向上を図る。第1の薄膜20及び第2の薄膜22は、有孔部材11の表面に対して傾斜して配置してもよい。第2の薄膜22に穿孔された複数の小孔23による第2の薄膜22の開口率は、第1の薄膜20に穿孔された複数の小孔21による第1の薄膜20の開口率より大きい。
【0080】
【0081】
薄膜20は、吸音パネル1の表面の流体の主流F方向に対して、傾斜した表面を有してもよい。例えば、薄膜20の表面は、主流F方向に対して段差を有してもよい。薄膜20の表面は、主流F方向に交差する方向に対して段差を有してもよい。薄膜20の表面は、主流F方向と、主流F方向に交差する方向と、の両方に対して段差を有してもよい。薄膜20の厚さ方向の形状は一様でなくともよく、山形(ピラミッド型)や波形でもよい。複数の小孔21は、ゴルフボールのディンプル状に配置されてもよい。
【0082】
薄膜20を表面から見たときの小孔21の形状は、典型的には円形だが、限定されず、矩形や多角形等でもよい。薄膜20は、エッチング加工した薄膜材料の積層構造とすることができる。薄膜20を表面(即ち、小孔21の流路軸)に直交する方向から見たときの、小孔21の断面形状は、長方形状(ストレート穿孔)、平行四辺形状(斜め穿孔)、台形状(テーパ穿孔)でもよい。小孔21の断面形状が台形状(テーパ穿孔)の場合、上底及び下底の何れが長辺でもよい。
【0083】
図示は省略するが、有孔部材11は、薄膜20に対して傾斜した表面を有してもよい。この場合、有孔部材11の表面と薄膜20との空間部32の深さ方向の距離は、吸音パネル1の表面の流体の主流F方向の上流側若しくは下流側のいずれかに偏って大きくてよい。空間部32の深さが主流F方向の上流側と下流側とで異なることで、音圧や粒子速度の分布を制御し、吸音性能を高めることが可能となる。例えば、空間部32の深さが主流F方向の上流側より下流側の方が大きくなるように、有孔部材11の表面が傾斜してよい。この場合、空間部32の深さが主流F方向の上流側より下流側の方が大きくなることで、音圧や粒子速度が高い下流側で、音圧や粒子速度の分散を図れる。
【0084】
【0085】
別の実施形態に係る吸音パネル1は、有孔部材11と、有孔部材11の表面に配置された仕切り部材30とを有する。言い換えれば、吸音パネル1は、薄膜20を有さなくてもよい。
【0086】
・吸音パネルの作用
【0087】
図7は、一般的な吸音パネルの作用を説明するための断面図である。
【0088】
吸音パネル1'(薄膜20及び空間部32を有する仕切り部材30が無い)の表面に気流(Grazing流)が存在する場合、この主流Fは吸音パネル1'の表面近くで境界層を形成し、表面で速度ゼロという条件を有する。また、主流Fと同方向に伝播する音波SW1及び逆方向に伝播する音波SW2が存在する。音波SW1、SW2の波長は吸音パネル1'のセル12の寸法に比べて大きいものと仮定し、その音波SW1、SW2を吸音対象とする。音波SW1、SW2が吸音パネル1'の孔14の空部を通過すると、孔14からセル12の内部に圧力が伝わると共に、孔14の空気層が変動する結果、音波SW1、SW2の吸収が起こる。音波の吸収メカニズムには音圧によって類型があるという報告もある。
【0089】
図8は薄膜20が貼られていない吸音パネル本体(薄膜20及び空間部32を有する仕切り部材30が無い)(60mm幅×280mm長でダクト(断面60mm×80mm)の一面に設置)のGrazing流(ダクト内の速度Uを音速cで割ったマッハ数(M=U/c)を示す)による吸音率の変化を測定した結果である。
【0090】
左図は主流と同一方向の吸音率、右図は主流と反対方向の吸音率である。主流に反して伝播する方が、音が伝わりにくい感覚的な傾向にも沿っている。Grazing流がない場合は、伝播方向の有意な差はない(白抜きの丸)。以上の結果からGrazing流による特徴は以下のとおり3つあることが分かる。
(1)Grazing流速が増加すると、主流に沿った方向では共鳴周波数(吸音率がピークとなる周波数)が増加する。
(2)Grazing流速が増加すると、吸音率の極大値(以下「ピーク吸音率」とも表記)はGrazing流がない場合に比べて低下する。主流に沿った方向だと、目視で0.96から0.6まで、約40%も低下する。この例は、ジェットエンジンのバイパス排気ダクトに吸音パネルを設置するケースに相当する。
(3)Grazing流速が増加すると、広帯域の吸音率が増加する傾向を示す。しかし、これは本来の設計値に沿わない上、主流方向ではこのブロードバンド化の効果は限定的である。
【0091】
図9は、本実施形態の吸音パネルに期待される作用を模式的に示す。
【0092】
上段の(A)の左図は、有孔部材11の表面に直接薄膜20を配置した比較例に係る吸音パネル1Aを示す。上段の(A)の右図は孔14付近(円で囲んだ部分)の拡大図である。下段の(B)の左図は、有孔部材11と薄膜20との間に、空間部32を有する仕切り部材30が配置される、本実施形態に係る吸音パネル1を示す。下段の(B)の右図は孔14付近(楕円で囲んだ部分)の拡大図である。実線の矢印は気流を示し、破線の矢印は音響粒子速度の運動を示す。
【0093】
(A)の比較例に係る吸音パネル1Aによれば、気流(Grazing流)が、薄膜20の小孔21から有孔部材11の孔14内に流入する。有孔部材11の孔14内の薄膜20側に、薄膜20の小孔21から流入した気流の巻き込みが残存する。気流の巻き込みが残存するため、有孔部材11の孔14内の薄膜20側のエッジ201、202(特に下流のエッジ201)で、エネルギーの散逸が不十分になり、音響粒子速度が不十分であり、吸音率が減少する。一方、有孔部材11の板厚が大きい場合には、有孔部材11の孔14内の下部のエッジ203、204では、エネルギーが十分に散逸する。しかしながら、有孔部材11の板厚が小さい場合や、気流の速度が遅い場合には、薄膜20の小孔21から流入した気流の巻き込みが孔14内に残存するため、エッジ203、204でも、エネルギーの散逸が不十分になり、吸音率が減少する。
【0094】
これに対して、(B)の本実施形態に係る吸音パネル1によれば、気流(Grazing流)が、薄膜20の小孔21から空間部32に流入する。言い換えれば、気流は、薄膜20の小孔21から有孔部材11の孔14内に直接流入しない。気流は、空間部32から有孔部材11の孔14内に流入する、その結果、孔14内の音響粒子速度が一次元性を維持し、孔14内の粒子速度運動が促進され、セル12の内圧が高い状態が維持される。有孔部材11の板厚が小さい場合でも、薄膜20の小孔21から流入した気流の巻き込みが孔14内に残存しにくいため、孔14内のエッジ201、202、203、204で、エネルギーの散逸が十分であり、Grazing流の条件によっては吸音効果が維持される。Grazing流が存在しても、静止場と同等の吸音率が得られる。
【0095】
本実施形態に係る吸音パネル1は、有孔部材11と薄膜20との間に、空間部32を有する仕切り部材30が配置されることで、表面に気流(Grazing流)が存在する場合に吸音率の低下や共鳴周波数の推移を抑制でき、音響性能が比較例に比べて改善される。本発明らは、このような効果を確認するため、以下の実験を行った。なお、一部の実験例では、空間部32を有する仕切り部材30及び薄膜20を有さない吸音パネル1'を本実施形態に係る吸音パネル1との比較のために用いた。
【0096】
・実験例
【0097】
【0098】
本実施形態の供試体として、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm及び孔長4mm、仕切り部材30の空間部32の深さ2mm、薄膜20の小孔21の孔径0.19mm、膜厚0.19mm、開口率30%の、吸音パネル1を作製した。比較例として、空間部32を有する仕切り部材30及び薄膜20を有さない、同パラメータの吸音パネル(即ち、吸音パネル本体10のみ)を作成した。別の比較例として、空間部32を有する仕切り部材30を有さず有孔部材11の表面に直接薄膜20を貼り付けた、同パラメータの吸音パネルを作成した。いずれの場合も、吸音パネルの表面上の流路高さは80mmである。Grazing流は、平均マッハ数0.3(~100m/s~360km/h)、主流方向は図中左から右への方向である。セル12との共鳴周波数948Hz、音圧110dBの音が図中左から右に伝播する。
【0099】
各比較例(吸音パネル本体10のみ、空間部32を有する仕切り部材30無し)では、有孔部材11の孔14の開口部の粒子速度が一様ではなく(図中A1)、セル12の内圧が上昇しない(図中A2)。これに対して、空間部32があることで、Grazing流の巻き込みが空間部32の下流端に移動し(図中A3)、有孔部材11の孔14の開口部の粒子速度が一様化し、セル12の内圧が上昇する(図中A4)。以上より、空間部32があることで、有孔部材11の孔14の粒子速度の振幅を増加させ、エネルギー散逸を増加させ、吸音率が増加すると考えられる。
【0100】
【0101】
本実施形態の供試体として、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm及び孔長4mm、仕切り部材30の空間部32の深さ4mm、薄膜20の小孔21の孔径0.19mm、膜厚0.19mm、開口率30%の、吸音パネル1を作製した。いずれの場合も、吸音パネルの表面上の流路高さは80mmである。Grazing流は、平均マッハ数0.3(~100m/s~360km/h)、主流方向は図中左から右への方向である。
【0102】
周波数を855Hz、948Hz(共鳴周波数)、1050Hzと変化させた。948Hz(共鳴周波数)でセル12の内圧が最大であり(図中B1)、空間部32によってGrazing流の周り込みが抑制された。係る吸音パネル1(仕切り部材30あり)によれば、Grazing流で失われた本来の孔14及びセル12の機能を回復する効果を示す。
【0103】
【0104】
本実施形態の供試体として、仕切り部材30の空間部32の深さ(2mm、4mm及び8mm)が異なる3種類の係る吸音パネル1を作製した。3種類の吸音パネル1のその他の条件は等しく、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm及び孔長4mm薄膜20の小孔21の孔径0.19mm、膜厚0.19mm、開口率30%である。いずれの場合も、吸音パネルの表面上の流路高さは80mmである。Grazing流は、平均マッハ数0.3(~100m/s~360km/h)、主流方向は図中左から右への方向である。セル12との共鳴周波数948Hz、音圧110dBの音が図中左から右に伝播する。
【0105】
薄膜20と有孔部材11の間の空間部32の深さが小さいと、Grazing流の影響が有孔部材11の孔14の開口部に及び、セル12の内圧が低下する(図中C1)。このことは、吸音率を高める空間部32の深さの下限には閾値がありうることを示唆する。
【0106】
【0107】
本実施形態の供試体として、仕切り部材30の空間部32の深さ(0.5mm、1mm、2mm及び4mm)が異なる4種類の係る吸音パネル1を作製した。4種類の吸音パネル1のその他の条件は等しく、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm及び孔長4mm、薄膜20の小孔21の孔径0.26mm、膜厚0.15mm、開口率30%である。いずれの場合も、吸音パネルの表面上の流路高さは80mmである。Grazing流は、平均マッハ数0.3(~100m/s~360km/h)、主流方向は図中左から右への方向である。セル12との共鳴周波数812Hzの音が図中左から右に伝播する。気流速度の分布を三次元的に解析する。
【0108】
有孔部材11の孔14の半径r、空間部32の深さHとすると、孔14の断面積はπr2、孔14の上端から空間部32に仮想的に伸びる円筒面の表面積は2πrHである。
【0109】
空間部32の深さ0.5mm及び1mmの場合、薄膜20の表面の気流速度が高い領域が、有孔部材11の孔14から下流方向に大きく広がる(図中D1)。一方、空間部32の深さ2mmの場合、薄膜20の表面の気流速度が高い領域が大幅に狭く、有孔部材11の孔14から離れ(図中D2)、即ち孔14の開口部への気流の影響が減る。空間部32の深さ4mmの場合、薄膜20の表面の気流速度が高い領域がさらに狭く、有孔部材11の孔14からさらに離れる(図中D3)、即ち孔14の開口部への気流の影響がさらに減る。以上より、空間部32の深さは、好ましくは有孔部材11の孔14の直径より大きく、さらに好ましくは孔14の直径の2倍より大きい。
【0110】
【0111】
本実施形態の供試体として、右図に示すように、仕切り部材30の空間部32の深さ(H=2mm、H=4mm)が異なる2種類の係る吸音パネル1を作製した。2種類の吸音パネル1のその他の条件は等しく、有孔部材11の孔14の孔径1mm、5孔/セル、有孔部材11の厚さ1mm、開口率~3%とした。セル12のサイズ12mm×16mm×30mm(w1×w2×h)である。比較例として、左図に示すように、空間部32を有する仕切り部材30を有さず(H=0mm)有孔部材11の表面に直接薄膜20を貼り付けた、同パラメータの吸音パネルを作成した。別の比較例として、空間部32を有する仕切り部材30を有さず、薄膜20を有さない吸音パネル(吸音パネル本体10のみ)を作成した(Baseline)。Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)の音波の吸音率(図中表記ではEnergy Dissipation)を測定した。
【0112】
吸音率(Energy Dissipation)の定義式を以下に説明する。Energy Dissipation(α)は主流と同一方向に伝播する音を+、逆方向に伝播する音を-と識別して、それぞれの方向の散逸率を求める。
【数1】
【0113】
数1において、Mは、"主流"マッハ数である。rは、吸音壁部分に音波が入射した時の複素振幅の反射率であり、上述の通り方向が定義される。tは、吸音壁部分に音波が入射した時の複素振幅の透過率であり、上述の通り方向が定義される。なお、α,r,tは全て複素数であって、周波数の関数である。
α=α(f)
rとtは以下の線形方程式から算出する。
【数2】
【0114】
数2において、pu、pdはそれぞれ吸音壁部分の上流及び下流の進行波又は反射波である。puとpdは全て周波数の関数でかつ複素数である。吸音壁の上流と下流にあるマイクロフォン群(特殊な位置にある複数、例えば7個ずつ)の受信信号と音源の入力信号を使って連立方程式から複素振幅を算出する。
【0115】
左図に示すように、空間部32及び薄膜20が無いとき(Baseline)の吸音率のピークは0.22、空間部32が無いとき(H=0mm)の吸音率のピークは0.3、供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは0.45であった。右図に示すように、供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは、空間部32及び薄膜20が無いとき(Baseline)に比べて、2倍以上増加し、3dB以上低減した(10*log(0.45/0.22)=3.10)。供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは、空間部32が無いとき(H=0mm)に比べて、50%程度増加した。以上より、空間部32及び薄膜20を設けることで、空間部32及び薄膜20が無い場合(Baseline)、空間部32が無い場合(H=0mm)に比べて、Grazing流と同方向の音波の吸音率が増加する。
【0116】
【0117】
実験例5との違いは、Grazing流(マッハ数M=0.3)と逆方向(α-)の音波の吸音率を測定した点である。
【0118】
空間部32及び薄膜20が無いとき(Baseline)の吸音率のピークは0.5、空間部32が無いとき(H=0mm)の吸音率のピークは0.63、供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは0.75以上であった。供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは、空間部32及び薄膜20が無いとき(Baseline)に比べて50%程度増加した。供試体(H=2mm、H=4mm)の吸音率のピークは、空間部32が無いとき(H=0mm)に比べて、20%程度増加した。以上より、空間部32及び薄膜20を設けることで、空間部32及び薄膜20が無い場合(Baseline)、空間部32が無い場合(H=0mm)に比べて、Grazing流と逆方向の音波の吸音率が増加する。
【0119】
【0120】
本実施形態の供試体として、有孔部材11の孔14の位置(主流F方向の中央c、上流u、下流d)が異なる3種類の係る吸音パネル1を作製した。3種類の吸音パネル1のその他の条件は等しく、有孔部材11の孔14の孔径1mm、5孔/セル、有孔部材11の厚さ1mm、開口率~3%、仕切り部材30の空間部32の深さH=4mmとした。セル12のサイズ12mm×16mm×30mm(w1×w2×h)である。Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)の音波の吸音率を測定した。
【0121】
空間部32の範囲において、有孔部材11の孔14が主流F方向の中央cに存在する場合に、吸音率は最も高い。一方、有孔部材11の孔14が主流F方向の上流u又は下流dに存在すると、吸音率は相対的に低い。この傾向は、音波がGrazing流と逆方向(α-)に伝播する場合も同様である。
【0122】
【0123】
本実施形態の供試体として、有孔部材11の孔14の位置(主流F方向の中央A、上流寄りB、最上流C)が異なる3種類の係る吸音パネル1を作製した。3種類の吸音パネル1のその他の条件は等しい。
【0124】
数値解析では、孔14の位置を変えた時のセル12の内圧を比較して、吸音率の大小を評価した。内圧と音響粒子速度振幅(散逸量と相関)には相関があるためである。孔14の位置が空間部32の最上流側に偏らない方が吸音率が高いと検証された。
【0125】
【0126】
本実施形態の供試体として、薄膜20の小孔21の孔径及び薄膜20の開口率が異なる(0.15mm・17%、0.17mm・40%、0.23mm・40%、0.25mm・30%)4種類の吸音パネル1を作製した。比較例として、空間部32を有する仕切り部材30及び薄膜20を有さない吸音パネル(吸音パネル本体10のみ)を作成した。5種類の供試体その他の条件は等しく、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm、1孔/セル、有孔部材11の厚さ4mm、開口率1.5%、仕切り部材30の空間部32の深さH=4mmとした。セル12のサイズ12mm×16mm×11mm(w1×w2×h)である。Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)及び逆方向(α-)の音波の吸音率を測定した。
【0127】
薄膜20の小孔21の孔径(0.15mm~0.25mm)及び薄膜20の開口率(17%~40%)の違いにより、吸音率に顕著な差はみられない。一方、吸音パネル本体10のみの吸音率に比べて、空間部32を有する吸音パネル1の吸音率は大幅に高い。このため、支配パラメータは、空間部32の厚さである。一方、有孔部材11の孔14の孔径、有孔部材11の厚さ(薄さ)、空間部32の深さによっては、薄膜20の形状効果がありうる。
【0128】
【0129】
本実施形態の供試体として、有孔部材11の孔14の孔径1.9mm、1孔/セル、有孔部材11の厚さ4mm、開口率1.5%、有孔部材11の有効吸音面60mm幅×93mm長とした。セル12のサイズ12mm×16mm×11mm(w1×w2×h)である。本実施形態の供試体は、空間部32を有する仕切り部材30及び薄膜20を設けず、吸音パネル本体10のみである。Grazing流(マッハ数M=0.3)がある場合と、Grazing流が無い静止場(マッハ数M=0)の、同方向(α+)及び逆方向(α-)の音波の吸音率を測定した。
【0130】
左図に示すように、Grazing流が無い静止場(マッハ数M=0)の共鳴周波数の吸音率は、0.45である。一方、Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率は、0.20以下である。以上より、Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)に伝播する音波の、静止場と同等の吸音量を得るには、有孔部材11の面積が約2倍である必要がある。右図に示すように、Grazing流(マッハ数M=0.3)と逆方向(α-)に伝播する音の広帯域の吸音率は増加するが、共鳴周波数の吸音率は減少する。
【0131】
【0132】
本実施形態の供試体として、空間部32(深さ2mm)を有する仕切り部材30を有する吸音パネルを作製した。吸音パネルのその他の条件は実験例10の試供体と同様である。本実施形態の供試体は、薄膜20を設けず、有孔部材11に空間部32を有する仕切り部材30を設置した吸音パネルである。比較例として、実験例10の試供体(吸音パネル本体10のみ)を使用した。Grazing流(マッハ数M=0.3)がある場合と、Grazing流が無い静止場(マッハ数M=0)の、同方向(α+)及び逆方向(α-)の音波の吸音率を測定した。
【0133】
左図に示すように、Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、0.23であった。吸音率のピーク時の周波数850Hzでは、比較例の吸音率は0.16であった。このためピーク時の吸音率が0.16から0.23まで上昇した。
【0134】
右図に示すように、Grazing流(マッハ数M=0.3)と逆方向(α-)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、0.57であった。吸音率のピーク時の周波数850Hzでは、比較例の吸音率は0.48であった。このためピーク時の吸音率が0.48から0.57まで上昇した。
【0135】
以上より、薄膜20を設けなくても、有孔部材11に空間部32を有する仕切り部材30を設置した吸音パネルにより、吸音率が上昇することがわかる。
【0136】
【0137】
本実施形態の供試体として、空間部32の深さが異なる(4mm、2mm、0mm)の試供体を比較した。吸音パネルのその他の条件は実験例11の試供体と同様である。本実施形態の供試体は、薄膜20を設けず、有孔部材11に空間部32を有する仕切り部材30(空間部32の深さ4mm、2mm)を設置した吸音パネルである。空間部32の深さが0mmとは、吸音パネル本体10のみである。
【0138】
Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)及び逆方向(α-)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、空間部32の深さが4mmの吸音パネル1で最大である。一方、空間部32の深さを2mmから4mmに2倍に変更しても、吸音率の増加は限定的である。
【0139】
【0140】
本実施形態の供試体として、空間部32の深さ2mmで薄膜20を設置した試供体を作製した。比較例として、実験例12の試供体(空間部32の深さ2mm、薄膜20無し)を使用した。薄膜20の小孔21の孔径0.15mm、開口率17%、膜厚0.1mmである。吸音パネルのその他の条件は実験例11の試供体と同様である。
【0141】
左図に示すように、Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、0.29であった。吸音率のピーク時の周波数850Hzでは、比較例(空間部32の深さ2mm、薄膜20無し)の吸音率は0.23であった。このためピーク時の吸音率が0.23から0.29まで上昇した。さらに、実験例11の試供体(空間部32無し、薄膜20無し)の周波数850Hzでの吸音率0.16と比較すると、1.8倍程上昇した。
【0142】
右図に示すように、Grazing流(マッハ数M=0.3)と逆方向(α-)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、0.64であった。吸音率のピーク時の周波数850Hzでは、比較例(空間部32の深さ2mm、薄膜20無し)の吸音率は0.57であった。このためピーク時の吸音率が0.57から0.64まで上昇した。さらに、実験例11の試供体(空間部32無し、薄膜20無し)の周波数850Hzでの吸音率0.48と比較すると、30%程度上昇した。
【0143】
【0144】
空間部32の深さが異なる(8mm、4mm、2mm、0mm)4種類の試供体を作製した。吸音パネル1のその他の条件は実験例13の試供体と同様である。本実施形態の供試体は、有孔部材11に空間部32を有する仕切り部材30(空間部32の深さ8mm、4mm、2mm)を設置し、仕切り部材30の表面に薄膜20を設けた吸音パネルである。空間部32の深さが0mmとは、有孔部材11の表面に直接薄膜20を設けた吸音パネルである。
【0145】
Grazing流(マッハ数M=0.3)と同方向(α+)及び逆方向(α-)に伝播する音波の共鳴周波数の吸音率のピークは、空間部32を有さない吸音パネルに比べて、空間部32を有する吸音パネル1の方が大きい。空間部32の深さを2mmから4mmに2倍に変更しても、吸音率の増加は限定的である。特に、空間部32の深さが4mm(有孔部材11の孔14の孔径1.9mmの2倍)以上では、吸音率は飽和する傾向にあることがわかる。
【0146】
【0147】
図中左から順に、実験例10(
図18)の試供体(吸音パネル本体10のみ)、実験例12(
図20)の2種類の試供体(薄膜20無し、空間部32の深さ2mm、4mm)、実験例14(
図20)の3種類の試供体(薄膜20あり、開口率17%、空間部32の深さ0mm、2mm、4mm)の6種類の圧力損失を比較した。
【0148】
実験例10(
図18)の試供体(吸音パネル本体10のみ)に対し、実験例12(
図20)の2種類の試供体(薄膜20無し、空間部32の深さ2mm、4mm)は10%程度の圧力損失が発生した。一方、空間部32を薄膜20(開口率17%)で覆うと、吸音パネル本体10のみの場合と同程度の値まで圧力損失が低減する。
【0149】
・変形例
【0150】
【0151】
薄膜20を貼ることで吸音性能が低下しないためには、「薄膜20の総開口面積>(1~4)×有孔部材11の孔14の面積」の条件を満たすことが好ましい(A)。なお、「薄膜20の総開口面積=薄膜20の面積×薄膜20の開口率」である。ところが、セル12の断面積が小さい吸音パネル1の場合、この条件を満たすことが難しい場合がある(B)。その場合、空間部32に異なる種類の共鳴器を組み合わせると、吸音率の広帯域化が実現する可能性がある(C)。共鳴周波数の異なる二種の共鳴器は同時には働かないので、一つの薄膜20を共有できると考えられる。
【0152】
・本実施形態の用途
【0153】
図26は、吸音パネルを適用可能なジェットエンジン示す。
【0154】
本実施形態に係る吸音パネル1は、典型的には、航空機のジェットエンジン40に適用可能である。例えば、吸音パネル1を、ジェットエンジン40を覆うダクト(ナセル41)の内壁に設置して、ファン騒音、圧縮機騒音の放射を妨げることを図れる。ナセル41は、ファンを覆う円形ダクト内壁(凹壁)及びコア外壁(凸壁)を有し、常温である。ファン上流は気流(Grazing流)(周波数:数kHz、最大マッハ数0.3~0.5)と反対方向に音波が伝播する。ファン下流ではその逆である。
【0155】
吸音パネル1を、ジェットエンジン40のコア部42の排気流路内壁(高温)に設置して、燃焼騒音、タービン騒音の放射を妨げることを図れる。排気流路は、円形管、矩形管、曲がり管である。吸入側は気流(周波数:原動機の周波数に依存。気流速度:亜音速範囲)と反対方向に音波が伝播し、排気側はその逆である。吸音パネル1を、吸音材(バルク吸音材)と併用してもよい。
【0156】
吸音パネル1を、ジェットエンジン40の燃焼器43の内壁(1000℃以上)に設置して、燃焼(不安定燃焼)に伴う高振幅(周波数:数百Hz~数kHz。気流速度:亜音速範囲)の圧力変動を抑制することを図れる。冷却空気導入孔の内側に共鳴器を設け、空間部を設けて燃焼室に連通するように構成してもよい。耐熱の薄膜20を貼付してもよい。
【0157】
吸音パネル1を、ジェットエンジン40の補助動力装置の吸排気流路に適用して、同装置の騒音放射を妨げることを図れる。吸音パネル1を、ジェットエンジン40の高速推進システムのインテーク44(吸気口)に適用して、圧力変動及びエンジン騒音を抑制することを図れる。
【0158】
吸音パネル1を、ドローンやコミュータ機のダクテットプロペラのダクト内壁に適用して、同装置からの騒音を妨げることを図れる。
【0159】
・結語
【0160】
ダクト等に使う従来の吸音パネルについては、以下の技術課題があった。
(1)気流中に置かれた条件(Grazing条件)での吸音性能の低下
(2)孔空表面板の存在による流体機械や吸音パネルの性能低下(圧損、入口乱れ、吸音率)
(3)金属製以外の表面板を使うことへの衝撃強度不足
(4)吸音パネルのメンテナンス性能、寿命
(5)既存吸音パネルに対しても適用可能な付加性、簡便性
【0161】
すなわち、例えば伝播経路の壁面に吸音パネルを設置して騒音の伝播を妨げる場合には、通常、吸音パネルの表面に気流が存在する。気流中を音波が伝わり、吸音パネルと反応して音圧を低減するのに加えて、気流の存在によって吸音性能が変化する。共鳴周波数を定義された吸音パネルが静止場で示す吸音率は、気流速度の増大によってそのレベルを低下させ、時に共鳴周波数を変化させる傾向がある。
【0162】
図8を用いて、Grazing流による吸音性能と共鳴周波数の変化を説明する。一般に、Grazing流が増加すると吸音率のピークが低下する一方で吸音する周波数帯域が増加する傾向を示す。吸音率のピークに相当する周波数(共鳴周波数)もGrazing流速の増加と共に変化する。これらの傾向は設計点からの吸音性能のずれを示しており、せっかく共鳴周波数にて最適化された吸音性能をGrazing流の存在によって劣化させることは、吸音パネルの適用においてマイナス効果となる。
図8に示した例では、主流マッハ数0.3ではエネルギー吸音率が30~40%低下しており、音の対数スケールの単位であるデシベル(dB)換算すると2dBの損失となる。
【0163】
表面パネルの孔14(複数の孔)では、Grazing流が増加すると、孔14の存在による後流が流体力学的な散逸に繋がるほか、下流の孔14と干渉してパネルの音響性能の劣化にも繋がる。巨視的には、気流を生じさせる流体機械、例えばジェットエンジンのファンへの流入乱れを増加させてファン効率や作動に影響を及ぼす恐れがある。
【0164】
Grazing流のある流路には、異物が流入して吸音パネルに衝突することが考えられる。衝突の結果、パネルが損傷することは音響性能の劣化に直結するし、破損したパネル片は新たな機器故障の原因となる。一般に孔空表面板は衝撃に対して脆弱であって、特に金属など硬質材料以外の樹脂などを用いると破断の可能性を有している。破断せずとも表面摩耗はパネルの性能を劣化させ、その交換時期を早めるという問題がある。また、ダクトに装着した吸音パネルを維持管理する観点では、1~数mmの孔径を有する吸音パネルの表面板の汚れやダスト混入も課題となる。
【0165】
既存の吸音パネルの性能を向上させたい場合、既存の吸音パネルを取り外すとか別の形状の吸音パネルを新たに製作すると、費用や所要時間の点で不利である。既存パネルを装着した状態で付加的な措置を講じることができるかが実用上の課題の一つである。付加的な措置には簡便な手法であることも望ましい。
【0166】
これに対して、本実施形態に係る吸音パネル1は、表面に吸音用の孔14が設けられ吸音パネル本体10、つまり例えば既存の吸音パネルの表面に、空間部32を有する仕切り部材30と、多数の小孔21が穿孔され、少なくとも上記の空間部32に対応する領域には複数の小孔21が穿孔された薄膜20を例えば接着剤(図示を省略)を使って貼って構成される。これにより、本実施形態に係る吸音パネル1は、以下の効果を奏する。
【0167】
(1)本実施形態に係る吸音パネル1は、Grazing流がある条件でピーク吸音率を改善する。通常は、Grazing流が増加するにつれて、吸音率のピークが低下し、かつ共鳴周波数が変化するため、当所のパネル設計性能が予測しづらい課題を解決する。上記の実験例5(
図13)では、流れ場中で吸音率を測定する特殊な装置を用いて吸音パネルの計測を行った。Grazing流の条件として主流中心マッハ数を0.3まで増加させた例を示した。主流と同じ方向では、主流マッハ数0.3にて、吸音パネル本体10のみに対して3dB、空間部32を有する仕切り部材30が無く薄膜20を有孔部材11に直接八付けた場合に対して1.8dBの改善効果が得られている。
【0168】
(2)本実施形態に係る吸音パネル1は、吸音パネル本体10の孔14によってその表面に生じる流れの乱れを抑制する。流れの乱れはその下流に存在する吸音パネル本体10の孔14とそのセル12の音響特性に影響を与える(流れの干渉)。薄膜20は乱れを抑制する結果、流れの干渉による吸音性能の低下を抑制すると予想される。乱れの抑制は、その下流にある流体機械、例えばファンの作動を安定させてシステム全体の効率改善に寄与する。
【0169】
(3)本実施形態に係る吸音パネル1によれば、吸音パネル本体10に貼られる薄膜20は、吸音パネル本体10への衝撃を緩和し、飛散物による裂傷を避ける効果がある。薄膜20は、その小孔21のために流体力学的に不透過性が強く、塵などのセル12への混入を抑制する。薄膜20の交換をもって吸音パネル1の清掃を済ますことができ、吸音パネル本体10の取り外し更にはダクトを含むエンジン等のオーバーホールを伴わないことが期待され、吸音パネル1の長寿命化に貢献する。
【0170】
(4)本実施形態に係る吸音パネル1は、吸音パネル本体10に空間部32を有する仕切り部材30を配置し、仕切り部材30に小孔21を有する薄膜20を貼ることを基本的な構成とする。本実施形態は、既存の吸音パネル(吸音パネル本体)に付加的に適用することができ、その方法は簡易である。
【0171】
(5)本実施形態に係る吸音パネル1は、薄膜20の表面の水滴がセル12の内部に浸透することを防ぐ効果がある。水滴の表面張力を考慮して、小孔21の径を選定することで、水滴の進入を防ぐことも可能である。
【0172】
・吸音パネルの設置の類型
【0173】
本実施形態に係る吸音パネル1は、以下の類型が考えられる。
【0174】
(類型1)
伝播経路の壁面に吸音パネル1を設置して、騒音の伝播を妨げる。
伝播経路は通常、ダクトのような流路である。本類型では、伝播経路の壁面に有孔部材11が設置され、その背後にセル12と背後壁13が存在する。伝播経路内部に気流が存在してもよく、気流には経路断面方向に速度分布や温度分布が存在してもよい。騒音は気流と同じ方向に伝播する場合と反対方向に伝播する場合がある。また、騒音に経路断面形状に応じた音響モード(音圧の腹と節が存在する音圧分布であって、同一の周波数に複数の音圧分布が存在することや、音圧分布の空間的位置が時間変化することを含む)が存在することがある。具体例として、
・航空機用ジェットエンジンの吸入ダクトや排気ダクト内壁に吸音パネル1を設置することで、ファンで発生する騒音をエンジンの外部に放出される前にその音圧を軽減すること
・既存の吸音パネルの表面に本件発明の薄膜を設置することで、ファン騒音の軽減効果を増加させること
・ガスタービンの燃焼室内壁や排気流路内壁の一部に吸音パネル1を設置することで、燃焼器やタービンで発生する音をエンジンの外部に放出する前にその音圧を軽減すること
・ジェットエンジンの地上運転設備にて、冷却後の高速排気ジェットを導入して外部に排気するダクト内壁に吸音パネル1を設置することで、ジェット騒音による高音圧騒音を軽減すること
・発電設備にて、同じく空気吸入側ダクト内壁に吸音パネル1を設置して、ブロア、圧縮機などから発生する騒音を外部に放出する前に減衰させること
などが挙げられる。
【0175】
(類型2)
騒音が入射する壁面に設置して、騒音の反射を妨げる。
本類型は、開放空間に置かれた壁や塀、構造物の表面に吸音パネル1を設置するものである。パネル表面に気流があってもよい。入射騒音の進行方向は、パネル表面板と垂直方向でなくともよい。具体例として、
・静粛性を要求する部屋の壁面に吸音パネル1を設置し、室内の反響を抑制すること
・車両が通行する路線に設けた塀の表面に吸音パネル1を設置して、車両や路面から発生して塀に入射する騒音の反射を弱めて、周囲への騒音暴露量を減らすこと
・航空機の機体(胴体表面、フラップなどの高揚力装置、脚や格納ドアなどの着陸装置)表面に吸音パネル1を設置して、空力騒音の発生、境界層騒音の減衰、エンジンなど他の部位からの音の反射を抑制して、機体遠方への騒音放射を抑制すること
・前記機体は航空機に限定せず、自動車、鉄道車両も想定する。自動車であれば、吸音パネル1を車体の一部に設置することで、ドアミラーからの剥離音、ボデイ後部の剥離音、車体表面の境界層音の発生抑制と吸音を抑制し、車外及び車内への騒音を軽減すること
・鉄道車両であれば、その表面に吸音パネル1を設置することで、高速走行時にパンタグラフ、車体隙間や段差から発生する空力音の発生を抑制し、かつ表面反射を抑制し、車内車外への騒音を抑制すること
・前記吸音パネル1は本件発明にかかる薄膜の背後を共鳴型の吸音パネルとすることに限定しない。これ以外にも多孔質材や繊維状の吸音性素材を設置すること
などが挙げられる。この場合、有孔部材11は、多孔質材又は繊維材などのバルク型吸音材の表面板である。「有孔部材11が多孔質材又は繊維材などのバルク型吸音材の表面板である」とは、(A)有孔部材11として表面板を使用することと、(B)有孔部材11として表面板を含むバルク型吸音材を使用することと、の両方を意味する。
【0176】
(類型3)
閉空間を覆う境界面の全部または一部に吸音パネル1を設置して、内部の騒音を低減する。
閉空間であって、騒音源を含むゆえに騒音場が形成される場合と、騒音源を含まないが、外部騒音源から振動を通じて導入された騒音場が形成される場合を想定する。閉空間の全部または一部に吸音パネル1を設置することで、閉空間内を伝播する騒音の振幅をパネル表面で減衰させることで、閉空間内の騒音をパネルがない場合に比べて低減させることを想定する。具体例として、
・ボイラや燃焼器の内壁に耐熱性の吸音パネル1を設置して、燃焼室内部で発生する不安定燃焼振動や燃焼騒音を吸音することで、不安定振動の抑制や外部に伝播する燃焼騒音低減を図ること
・ロケットフェアリング内壁に吸音パネル1を設置することで、ロケット打上時に発生する外部音響がフェアリングの振動を介してフェアリング内部に励起する音場を軽減すること
・航空機の機内壁に吸音パネル1を設置して、外部から伝搬するエンジン騒音、機体騒音、境界層騒音を機内で軽減すること
・自動車、鉄道の車内壁に吸音パネル1を設置して、車内に吸音壁を意識させることなく、外部から伝搬する音を車内で軽減すること
・居住並びに労働空間において壁面に吸音パネル1を設置すること。これらには、音楽スタジオ、コンサートホール、街中の建造物壁面も含まれる。本件発明の吸音パネル1の表面の微細孔故に、吸音壁という印象を与えずに静粛性を得ることができる他、壁面の塗装などが自然に行えて、壁面の吸音効果とデザイン効果を得ることができる。
などが挙げられる。
【0177】
・本発明に係る吸音パネルの適用例
【0178】
本実施形態に係る吸音パネル1は、航空機のジェットエンジン40(
図25)以外の用途にも適用可能である。
【0179】
本発明に係る吸音パネルは、航空機、航空機エンジン、発電装置、原動機、空調冷凍機、など空気流中を騒音が伝播する系の騒音低減能力の改善、自動車、鉄道、航空機など輸送用機器器全般であって、その表面に気流と騒音が混在する状態を有するものの吸音性能の改善、騒音低減装置の構造強度改善、騒音低減装置による本体装置の性能改善等に適用できる。以下にその適用例を示す。
【0180】
(適用例1) 航空機用ジェットエンジン吸入及び排気ダクト
ダクト内壁面の吸音パネル表面に薄膜を設置する。薄膜に空ける小孔は0.25mm程度以下であって、パネル孔に複数個存在するように開口率はパネル孔のそれよりも大きくする。パネル孔の存在する部分にのみ小孔群がくるように薄膜への穿孔位置を変えても良い。薄膜はパネル表面板との間に隙間なく設置しても良く、隙間を設けても良い。
【0181】
(適用例2) 発電機器、原動機などの吸入・排気ダクト
蒸気・ガス発電装置、車両等エンジン、航空機の補助動力装置など、原動機では外気を導入し、熱機関等で用いた後で排気している。外気を吸入する流路(ダクト)或いは排出する流路(ダクト)の内壁に吸音パネルを設置する場合があり、これの表面で気流と接する面に本発明に係る薄膜を設置する。
【0182】
(適用例3) 高温排気ダクト
ガスタービン、エンジンなどの高温部分から排出される音が伝播する流路に、金属製ハニカム構造や耐熱性吸音材が用いられる場合に、耐熱性を有する本発明に係る小孔付薄膜を設けることで、Grazing流が増加しても、吸音性能の改善、吸音部材の熱保護、損失軽減を図ることが期待される。
【0183】
(適用例4) 燃焼器
地上用、航空用ガスタービン及びロケットエンジンなどの燃焼器内部では高温ガスの燃焼に伴う中~低周波数の高振幅の圧力変動が生じる。これを軽減するために、レゾネータと呼ばれる共鳴室を燃焼器壁面に設けることがある。燃焼器内部も気流が存在することから、レゾネータの開口部に本発明に係る薄膜で耐熱性を有するものを設置することで、レゾネータを通過する圧力変動の緩和を促進することができる。
【0184】
さらに、以下の波及的な適用方法が考えられる。気流に沿った壁面で生じる圧力変動を吸収して、壁面上の音源強さの軽減に適用する。気流のある壁面で生じる剥離の発生を遅延させ、剥離音の軽減に適用する。気流の無い静止場において、吸音壁の効率を向上させる又は広帯域の騒音低減に適用する。ポラス材などバルク型吸音材について、剥離防止や広帯域音低減を目的とするデバイスに適用する。騒音抑制のみならず、剥離防止や抵抗低減をもたらすデバイスに適用する。以下により具体的な適用例を挙げる。
【0185】
例えば、吸音パネル1は、気流に沿った壁面で生じる圧力変動を吸収し、壁面上の音源強さを軽減可能である。吸音パネル1は、気流のある壁面で生じる剥離の発生を遅延させ、剥離音を軽減可能である。吸音パネル1は、気流の無い静止場において、吸音壁の効率を向上させたり、広帯域の騒音を低減可能である。吸音パネル1は、バルク型吸音材を対象として、剥離防止や広帯域音低減を目的とするデバイスに適用可能である。吸音パネル1は、騒音抑制のみならず、剥離防止や抵抗低減をもたらすデバイスに適用可能である。これらの具体例は以下の通りである。
【0186】
例えば、吸音パネル1は航空機の各部位に適用可能である。吸音パネル1を胴体表面に適用し、境界層の騒音の低減を図る。吸音パネル1を翼に適用し、剥離の抑制、空力騒音の低減を図る。翼、降着装置等の表面に気流(周波数:ストローハル数St=周波数×代表寸法/周波数で定義。気流速度:亜音速範囲)が存在する場合、流体関連騒音が発生する。
吸音パネル1を高揚力装置に適用し、音源の抑制を図る。吸音パネル1を降着装置(格納部を含む)に適用し、音源の抑制を図る。吸音パネル1を補助動力装置に適用し、エンジン騒音の低減を図る。
【0187】
例えば、吸音パネル1は鉄道関係の各部位に適用可能である。吸音パネル1を鉄道車両の胴体に適用し、剥離の低減及び境界層の騒音の低減を図る。吸音パネル1を集電装置に適用し、剥離の低減及び境界層の騒音の低減を図る。吸音パネル1を高速鉄道のトンネル内壁に適用し、突入圧力波の低減を図る。トンネル内壁面は、突入圧力波、高振幅の圧力波や音波、高速ジェット、衝撃波(周波数:単一波、広帯域周波数、など。気流速度:亜音速~超音速。温度:高温もありうる)に曝される。この様な環境で、圧力変動、気流、高振幅音を抑制する。高速鉄道トンネルだけでなく、この様な環境の、宇宙機射場、滑走路、高速推進機関空気取入口等にも吸音パネル1を適用可能である
【0188】
例えば、吸音パネル1は車両の各部位に適用可能である。吸音パネル1を車両の車体に適用し、風切り音源の軽減を図る。吸音パネル1をドアミラーに適用し、剥離の抑制及び音源の抑制を図る。吸音パネル1を排気パイプに適用し、エンジン音の抑制を図る。
【0189】
例えば、吸音パネル1は風力発電風車の各部位に適用可能である。吸音パネル1を翼に適用し、風切り音の軽減を図る。吸音パネル1を支柱に適用し、干渉音源の抑制を図る。吸音パネル1を発電機室に適用し、ギア音等の吸音を図る。
【0190】
例えば、吸音パネル1は舶用機関、発電設備の各部位に適用可能である。吸音パネル1を吸気排気流路やエンクロージャに適用し、吸音を図る。例えば、吸音パネル1は宇宙機フェアリング内部、空調機器、地上構造物等に適用し、吸音を図る。プラント等原動機配置エンクロージャや宇宙機搭載室内壁は、高振幅の圧力、音圧に曝露され、その圧力等が機器の破損に繋がるおそれのある閉空間の壁面である。この様な環境に吸音パネル1を適用することで、圧力変動、高振幅音の低減を図れる。
【0191】
本技術の各実施形態及び各変形例について上に説明したが、本技術は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、本技術の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0192】
1 :吸音パネル
10 :吸音パネル本体
11 :有孔部材
12 :セル
14 :孔
20 :薄膜
21 :小孔
30 :仕切り部材
31 :隔壁
32 :空間部