IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ TDK株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図1
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図2
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図3A
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図3B
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図4
  • 特許-誘電体磁器組成物および電子部品 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】誘電体磁器組成物および電子部品
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/49 20060101AFI20240827BHJP
   H01G 4/12 20060101ALI20240827BHJP
   H01G 4/30 20060101ALI20240827BHJP
   H01B 3/12 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
C04B35/49
H01G4/12 450
H01G4/30 515
H01G4/30 201L
H01B3/12 326
H01B3/12 335
H01B3/12 338
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020211754
(22)【出願日】2020-12-21
(65)【公開番号】P2022098294
(43)【公開日】2022-07-01
【審査請求日】2023-07-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 弾
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 康裕
(72)【発明者】
【氏名】森ケ▲崎▼ 信人
(72)【発明者】
【氏名】兼子 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】井口 俊宏
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-223863(JP,A)
【文献】特開2006-151766(JP,A)
【文献】特開2017-108032(JP,A)
【文献】特開2013-129560(JP,A)
【文献】特開2014-070015(JP,A)
【文献】特開2014-076938(JP,A)
【文献】特開2004-107202(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/48-35/49
H01G 4/12
H01G 4/30
H01B 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式(Ba1-x-ySrxCaym(Ti1-zZrz)O3で表される化合物を主成分とする誘電体粒子と、前記誘電体粒子間に存在する粒界と、を有し、
前記組成式のm,x,y,zが、いずれもモル比であり、
前記組成式が、0.9≦m≦1.4,0≦x<1.0,0<y≦1.0,0.9≦(x+y)≦1.0,0.9≦z≦1.0、を満たし、
前記誘電体粒子は、所定の粒内組織を有する特定構造粒子を含み、前記特定構造粒子の粒内には、互いにCa濃度が異なる第1領域および第2領域が存在し、
前記第2領域は、前記特定構造粒子の粒子中心を含んでおり、
前記第1領域は、前記第2領域の周りを囲んでおり、
前記第1領域におけるCa濃度の平均値をC1とし、前記第2領域におけるCa濃度の平均値をC2として、
C2/C1が、0.8未満である誘電体磁器組成物。
【請求項2】
C2/C1が、0.7未満である請求項1に記載の誘電体磁器組成物。
【請求項3】
C2/C1が、0.5未満である請求項1に記載の誘電体磁器組成物。
【請求項4】
前記誘電体磁器組成物の断面において、前記第1領域が占める面積をA1とし、前記第2領域が占める面積をA2とし、A1とA2の合計をA0として、
A2/A0が、0.05を超過し、0.6未満である請求項1~3のいずれかに記載の誘電体磁器組成物。
【請求項5】
A2/A0が、0.4未満である請求項4に記載の誘電体磁器組成物。
【請求項6】
A2/A0が、0.1を超過し、0.4未満である請求項4に記載の誘電体磁器組成物。
【請求項7】
前記誘電体粒子に占める前記特定構造粒子の個数割合が、50%以上である請求項1~6のいずれかに記載の誘電体磁器組成物。
【請求項8】
前記誘電体粒子に占める前記特定構造粒子の個数割合が、80%以上である請求項1~6のいずれかに記載の誘電体磁器組成物。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の誘電体磁器組成物を含む電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体磁器組成物、および、当該誘電体磁器組成物を含む電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
温度補償用や高周波回路用の電子部品(セラミックコンデンサやフィルタなど)では、誘電体磁器組成物として、チタン酸バリウムなどの強誘電体材料よりも、静電容量の温度変化が少ない常誘電体材料を用いることが一般的である。この常誘電体材料については、従来、温度特性を向上させるために、主成分組成や、添加する副成分の配合比を最適化する試みがなされてきた。
【0003】
例えば、特許文献1では、ジルコン酸カルシウムストロンチウム系((Ca,Sr)ZrO)の常誘電体材料に関する発明を開示している。具体的に、特許文献1の発明では、Bサイト(Zr)の一部をMnに置換したうえで、主成分組成を調製し、さらに、副成分としてAlとSiOとを所定量添加することで、上記常誘電体材料の焼結性を向上させている。これにより、特許文献1の常誘電体材料は、薄層化した積層セラミックコンデンサに適用した場合においても、優れた温度特性が得られる。
【0004】
近年、常誘電体材料を用いる電子部品では、温度特性のみならず、優れた絶縁特性を有することが求められている。ただし、特許文献1に示すように組成比の最適化により温度特性を向上させた場合、絶縁特性が反って低下することがあり、温度特性と絶縁特性とを両立させることが極めて困難であった。したがって、温度特性の向上と絶縁特性の向上とを両立して実現できる誘電体磁器組成物の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4561922号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実情を鑑みてなされ、その目的は、容量温度係数が小さく、かつ、高い絶縁抵抗を示す誘電体磁器組成物、および当該誘電体磁器組成物を含む電子部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明に係る誘電体磁器組成物は、
組成式(Ba1-x-ySrCa(Ti1-zZr)Oで表される化合物を主成分とする誘電体粒子と、前記誘電体粒子間に存在する粒界と、を有し、
前記組成式のm,x,y,zが、いずれもモル比であり、
前記組成式が、0.9≦m≦1.4,0≦x<1.0,0<y≦1.0,0.9≦(x+y)≦1.0,0.9≦z≦1.0、を満たし、
前記誘電体粒子は、所定の粒内組織を有する特定構造粒子を含み、前記特定構造粒子の粒内には、互いにCa濃度が異なる第1領域および第2領域が存在し、
前記第1領域におけるCa濃度の平均値をC1とし、前記第2領域におけるCa濃度の平均値をC2として、
C2/C1が、0.8未満である。
【0008】
本発明に係る誘電体磁器組成物では、上述した特徴を有することで、低い容量温度係数と、高い絶縁抵抗とが得られ、温度特性と絶縁特性とを両立して向上させることができる。
【0009】
上記の誘電体磁器組成物において、好ましくは、前記第2領域が、前記特定構造粒子の粒子中心を含んでおり、前記第1領域は、前記第2領域の周りを囲んでいる。また、C2/C1が、好ましくは0.7未満であり、より好ましくは0.5未満である。第2領域側のCa平均濃度を、第1領域のCa平均濃度に対して小さくするほど、より高い絶縁抵抗が得られる。
【0010】
また、前記誘電体磁器組成物の断面において、前記第1領域が占める面積をA1とし、前記第2領域が占める面積をA2とし、A1とA2の合計をA0とすると、
好ましくは、0.05<A2/A0<0.6であり、より好ましくは0.05<A2/A0<0.4であり、さらに好ましくは0.1<A2/A0<0.4である。誘電体磁器組成物が上記の条件を満たすことで、温度特性および絶縁特性をより向上させることができる。
【0011】
また、前記誘電体粒子に占める前記特定構造粒子の個数割合が、好ましくは50%以上であり、より好ましくは80%以上である。Ca濃度が異なる2つの領域を有する特定構造粒子が、上記の割合で含まれることで、容量温度係数をより小さくすることができると共に、絶縁抵抗をより高くすることができる。
【0012】
上述した本発明に係る誘電体磁器組成物は、セラミックコンデンサ、フィルタ、バリスタなどの電子部品に好適に用いることができ、特に、C0G特性に対応可能な電子部品に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る積層セラミックコンデンサの断面図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係る誘電体磁器組成物を示す概略断面図である。
図3A図3Aは、図2に示す誘電体粒子の解析方法を説明するための概略図である。
図3B図3Bは、図3Aに示す測定線MLに沿ってSTEMによるライン分析を行った結果を示すグラフである。
図4図4は、焼成時の酸素分圧とCa濃度比C2/C1との関係性を示すグラフである。
図5図5は、Ca濃度比C2/C1と絶縁抵抗との関係性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0015】
本実施形態では、本発明に係る電子部品の一例として、図1に示す積層セラミックコンデンサ1について説明する。積層セラミックコンデンサ1は、素子本体10と、当該素子本体10の外面に形成してある一対の外部電極4と、を有する。そして、素子本体10は、誘電体層2と内部電極層3とが、Z軸方向に沿って交互に積層してある構造を有する。なお、素子本体10の形状は任意であるが、通常、直方体状とされる。また、素子本体10のも特に限定されず、用途に応じて適当な寸法とすればよい。
【0016】
誘電体層2は、後述する本実施形態に係る誘電体磁器組成物20により構成してある。誘電体層2の1層あたりの平均厚み(層間厚み)は特に限定されず、所望の特性や用途等に応じて任意に設定することができる。たとえば、誘電体層2の平均厚み(層間厚み)は30μm以下であることが好ましく、より好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは2μm以下である。また、誘電体層2の積層数も特に限定されず、所望の特性や用途に応じて任意に設定できる。たとえば、積層数は、20層以上であることが好ましく、50層以上であることがより好ましい。
【0017】
一方、内部電極層3は、各誘電体層2の間に積層され、その積層数は、誘電体層2の積層数に応じて決定される。また、内部電極層3の厚みは特に制限されず、たとえば、5μm以下とすることが好ましく、2μm以下とすることがより好ましい。
【0018】
さらに、内部電極層3については、各端部が、素子本体10のX軸方向で対向する2つの端面に交互に露出するように積層してある。そして、一対の外部電極4が素子本体10のX軸方向における両端に形成され、交互に配置された内部電極層3の露出端に電気的に接続してある。このように内部電極層3および外部電極4を形成することで、外部電極4と内部電極層3とで、コンデンサ回路が構成される。
【0019】
つまり、内部電極層3は、コンデンサ回路の一部として、各誘電体層2に電圧を印加する機能を果たす。そのため、内部電極層3は、導電材を含んで構成され、当該導電材の材質は、任意である。本実施形態では、誘電体層2の構成材料が耐還元性を有するため、導電材として、卑金属材料を用いることができ、卑金属材料の中でもNiまたはNi系合金を用いることが好ましい。内部電極層3がNi系合金を主成分とする場合、その合金中のNi含有量は、たとえば、95wt%以上であることが好ましく、Mn、Cu、Crなどから選択された1種類以上の元素が含まれることが好ましい。また、内部電極層3には、上記の導電材の他に、誘電体層2に含まれるセラミック成分が共材として含まれていてもよく、SやP等の非金属成分が0.1wt%以下程度に含まれていてもよい。
【0020】
また、外部電極4についても、導電材を含んでいればよく、その材質や厚みは特に制限されない。たとえば、外部電極4は、導電性ペーストの焼付電極、熱硬化性樹脂などを含む樹脂電極、メッキにより形成した電極、スパッタリングにより形成した電極、もしくは、上記の電極を複数積層した積層電極などとすることができる。また、外部電極4に含まれる導電材としては、電気伝導性を有していればよく特に限定されない。たとえば、Ni、Cu、Sn、Ag、Pd、Pt,Au、あるいは、これらのうち少なくとも1種以上を含む合金などを用いることができる。
【0021】
次に、図2に基づいて、誘電体層2を構成する誘電体磁器組成物20について説明する。
【0022】
図2は、誘電体層2の要部の断面図、すなわち、本実施形態に係る誘電体磁器組成物20の断面図である。図2に示すように、本実施形態に係る誘電体磁器組成物20は、誘電体粒子21と、当該誘電体粒子21の粒子間に存在する界面である粒界23と、を含む。また、誘電体磁器組成物20には、上記の他に、偏析相25や図示しない空隙などが含まれ得る。
【0023】
誘電体粒子21は、焼結粒子であって、その平均粒径は、円相当径換算で、0.05μm~2.0μmであることが好ましく、0.1μm~1.0μmであることが好ましい。なお、誘電体粒子21の粒度分布は、走査型電子顕微鏡(SEM)もしくは走査透過型電子顕微鏡(STEM)などで、誘電体磁器組成物20の断面(誘電体層2の断面)を少なくとも3視野以上観察し、その際に得られる断面写真の画像解析することで測定できる。そして、得られた粒度分布から、円相当径での平均粒径を算出すればよい。
【0024】
誘電体粒子21の主成分は、組成式(Ba1-x-ySrCa(Ti1-zZr)Oで表される常誘電体材料で構成してある。ここで、本実施形態において、誘電体粒子21の主成分とは、誘電体磁器組成物100モル%に対して、50モル%以上を占める成分を意味する。また、上記組成式は、簡略化すると一般式ABOで表すことができ、上記組成式の常誘電体材料は、ペロブスカイト型の結晶構造を有する。なお、上記の組成式において、酸素(O)の量は、上記の化学量論組成から若干偏倚してもよい。また、当該組成式の記号m,x,y,およびzは、いずれも、組成モル比を表しており、以下の条件を満たす。
【0025】
まず、上記組成式中の記号mは、Bサイト(Ti,Zr)に対するAサイト(Ba,Sr,Ca)のモル比を意味しており、本実施形態では、0.9≦m≦1.4であり、0.98≦m≦1.05であることがより好ましい。mが0.9未満となると、静電容量の温度依存が大きくなる傾向となり、mが1.4を超過すると、絶縁抵抗が低下する傾向となる。
【0026】
次に、組成式中の記号xは、AサイトにおけるSrのモル比を意味しており、記号yは、AサイトにおけるCaのモル比を意味している。本実施形態では、Srのモル比とCaのモル比との合計(x+y)が、0.9≦(x+y)≦1.0を満たす。すなわち、Aサイトの主要元素は、SrおよびCaであり、Baは、Aサイトにおける任意の元素である。AサイトにおけるBa比が0.1を超過した場合、比誘電率は増加する傾向となるが、絶縁抵抗が低下する傾向となる。
【0027】
また、Srのモル比xは、0≦x<1.0を満たし、Caのモル比yは、0<y≦1.0を満たす。すなわち、Aサイトにおいて、Caは必須の元素であり、Caに対するSrの比率は特に限定されない。好ましくは、x<yであり、SrよりもCaのモル比を高くすることで、静電容量の温度依存性を低減できる。
【0028】
一方、Bサイトに関しては、記号zが、BサイトにおけるZrのモル比を表しており、本実施形態では、0.9≦z≦1.0を満たす。すなわち、Bサイトにおいて、Zrが必須の元素であり、Tiは任意の元素である。BサイトにおけるTiのモル比は少ないことが好ましく、0.97≦zを満たすことがより好ましい。Bサイトに示すZrの割合を高くするほど、静電容量の温度依存性を低減できる。
【0029】
なお、本実施形態の誘電体磁器組成物20には、上述した主成分の他に、単数または複数の副成分が含まれていてもよい。たとえば、副成分としては、酸化アルミニウム(Al)、酸化ケイ素(SiO)、Mnを含む化合物、酸化バナジウム(V)、希土類元素を少なくとも1種含む酸化物、Nb,Mo,A0,W,およびMgのうち少なくとも1種の元素を含む酸化物などを含むことができる。
【0030】
上記の副成分は、主成分で構成される誘電体粒子21に、固溶する場合がある。もしくは、副成分は、粒界23に存在する場合や、偏析相25として粒界23の一部に部分的に濃縮して存在している場合もある。本実施形態において、副成分の存在形態は、特に限定されない。また、偏析相25については、上記の複数の副成分が複合化したり、主成分を構成する一部の元素と副成分とが複合化したりすることで、複合酸化物の相として存在する場合がある。
【0031】
副成分としてAlを添加する場合、その含有量は、前述した主成分100モル部に対して、0.1~0.5モル部とすることが好ましい。また、副成分としてSiOを添加する場合、その含有量は、主成分100モル部に対して、0.5~5.0モル部とすることが好ましい。上記の範囲でAlまたは/およびSiOが含まれることで、誘電体磁器組成物20の焼結性を向上させることができる。
【0032】
副成分としてMn化合物を添加する場合は、その含有量は、主成分100モル部に対して、MnO換算で0.01~3.0モル部とすることが好ましい。上記の範囲でMn化合物が含まれることで、誘電体磁器組成物20の焼結性を向上させることができる。
【0033】
副成分としてVを添加する場合、その含有量は、主成分100モル部に対して、2.5モル部以下とすることが好ましい。上記の範囲でVが含まれることで、高温負荷寿命を向上させることができる。
【0034】
また、副成分として希土類元素を少なくとも1種含む酸化物を添加する場合、その含有量は、主成分100モル部に対して、0.02~1.5モル部とすることが好ましい。なお、希土類元素には、Sc,Y,およびランタノイド元素の合計17元素が含まれる。また、副成分として、Nb,Mo,A0,W,およびMgのうち少なくとも1種を含む酸化物を添加する場合、その含有量は、主成分100モル部に対して、0.02~1.5モル部とすることが好ましい。なお、希土類元素を含む酸化物と上記のNbなどを含む酸化物とを組み合わせて添加する場合、その合計含有量は、主成分100モル部に対して、0.02~1.5モル部とすることが好ましい。これらの酸化物(希土類元素や、Nbなど)を上述した範囲で添加することにより、静電容量の温度係数および誘電正接(tanδ)の周波数依存性を抑制することができる。
【0035】
なお、誘電体磁器組成物20の組成は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)、蛍光X線分析(XRF)、または、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)などの分析手法により成分分析することで、同定することができる。また、本実施形態において、EPMAで成分分析等を行う場合、X線分光器として、EDS(エネルギー分散型分光器)、もしくはWDS(波長分散型分光器)を使用することができる。
【0036】
上述のとおり、本実施形態では、誘電体磁器組成物20が、所定の組成を満足する常誘電体材料で構成してある。そのうえで、本実施形態では、誘電体磁器組成物20の誘電体粒子21が特定の粒内組織を有していることを特徴とする。すなわち、図2に示すように、誘電体粒子21には、粒内にCa濃度が異なる2つの領域を有する特定構造粒子21Aが含まれている。
【0037】
より具体的に、特定構造粒子21Aの粒内には、第1領域211と、当該第1領域に比べてCa濃度が低い第2領域212とが含まれており、第1領域211と第2領域212との間には、Ca濃度が急激に変動する濃度変化域210が存在する。換言すると、特定構造粒子21Aは、Caの濃度変化に基づくコア-シェル構造を有している。なお、誘電体粒子21には、上記の特定構造粒子21A以外に、粒内でCaが均質に固溶している均質固溶粒子21Bが含まれ得る。
【0038】
本実施形態において、第1領域211は、特定構造粒子21Aの表層側に位置しており、第2領域212の外側を囲っている。各特定構造粒子21Aにおいて、第1領域211は、第2領域212の全体を覆っていることが好ましく、第2領域212は、粒界23と接していないことが好ましい。ただし、特定構造粒子21Aの短軸(SA)方向では、第1領域211が部分的に第2領域212を覆っていない箇所が存在していてもよい。この場合、特定構造粒子21Aの断面において、第1領域211が第2領域212を覆っている割合(被覆率)は、95%以上であることが好ましい。
【0039】
一方、第2領域212は、特定構造粒子21Aの粒子中心PCを含んでおり、特定構造粒子21Aの粒内中央側に位置している。なお、本実施形態において、粒子中心PCとは、粒子(21A)の長軸LAと短軸SAとの交点を意味する。
【0040】
上記の第1領域211と第2領域212とを粒内に有する特定構造粒子21Aでは、領域間のCa濃度比が所定の条件を満足することを特徴とする。すなわち、第1領域211におけるCaの平均濃度をC1とし、第2領域212におけるCaの平均濃度をC2とすると、C2/C1が、0.8未満であり、0.7未満であることが好ましく、0.5未満であることがより好ましい。
【0041】
なお、本実施形態において、Caの平均濃度C1およびC2は、EPMAを用いたライン分析を実施することにより算出する。ライン分析では、図3Aに示すような特定構造粒子21Aの断面において、特定構造粒子21Aの長軸LAに沿って、少なくとも粒界23から粒子中心PCまでの範囲を含むように測定線MLを引く。そして、この測定線ML上において、一定間隔で成分分析を行い、成分濃度の変動を表す連続データを取得する。当該ライン分析における測定間隔は、20nm以下とすることが好ましい。
【0042】
図3Bは、上述したようなライン分析結果の一例を示すグラフであり、グラフの縦軸がCa濃度(at%)、グラフの横軸が粒界からの距離(nm)である。図3Bに示すように、特定構造粒子21Aの粒内における濃度変化域210では、第1領域211側から第2領域212側に向かってCa濃度が連続的に低下するようにCa濃度勾配が発生している。
【0043】
そして、図3Bのグラフでは、粒界23から地点P1までの領域が、第1領域211に該当し、この領域内におけるCa濃度の連続データから平均濃度C1を算出する。地点P1は、Ca濃度勾配の始点であって、粒界23から粒子中心PCに向かう方向において、粒内でCa濃度が連続的に低下し始める箇所を地点P1と定める。なお、粒界23については、SEMやSTEMなどの断面観察において、視認可能である。
【0044】
一方、図3Bのグラフにおいて、地点P2から粒子中心PCまでの領域が、第2領域212に該当し、この領域内におけるCa濃度の連続データから平均濃度C2を算出すればよい。地点P2は、Ca濃度勾配の終点であって、粒子中心PCから粒子表層側に向かう方向において、Ca濃度が連続的に増加し始める箇所を地点P2と定める。
【0045】
なお、長軸方向(LA)において、第1領域211の幅Dは、少なくとも50nm以上であり、100nm以上であることがより好ましい。換言すると、幅Dは、粒界23から濃度変化域210までの距離である。つまり、濃度変化域210は、特定構造粒子21Aの長軸LA上において、粒界23から少なくとも50nm以上離れた粒内に存在している。また、長軸方向(LA)における濃度変化域210の幅Wは、50nm~400nmであることが好ましく、200nm~400nmであることがより好ましい。
【0046】
なお、Ca濃度は、図3Bに示すように、濃度変化域210の外縁部で最大となる場合がある。Caは、粒界23側から粒子中心PCに向かって固溶していき、一定の深さに達するとCaが侵入(固溶)し難くなると考えられる。そして、Caの侵入が困難となった地点からCa濃度勾配が発生し(すなわちCa濃度が低下し始める)、濃度変化域210の外縁部では、粒子中心側に侵入できないCa元素が蓄積されやすいと考えられる。その結果、濃度変化域210における粒界23側の端部で、Ca濃度が最大となる傾向が表れると考えられる。
【0047】
本実施形態では、誘電体磁器組成物20の断面において、第2領域212の存在比率が所定の条件を満たすことが好ましい。
【0048】
すなわち、図2に示すような誘電体磁器組成物20の断面において、第1領域211が占める面積をA1とし、第2領域が占める面積をA2とし、面積A1と面積A2との合計をA0とすると、A0に対するA2の比が、0.05<A2/A0<0.6であることが好ましく、0.05<A2/A0<0.4であることがより好ましく、0.1<A2/A0<0.4であることがさらに好ましい。
【0049】
また、誘電体磁器組成物20では、特定構造粒子21Aが所定の比率で含まれていることが好ましい。具体的に、誘電体磁器組成物20において、誘電体粒子21に占める特定構造粒子21Aの個数割合は、すくなくとも20%以上であり、50%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましい。当該個数割合の上限値は、特に限定されないが、実現可能な個数割合の最大値は、95%程度である。
【0050】
なお、特定構造粒子21Aの個数割合は、図3A,3Bに示すようなライン分析により、所定の断面に含まれる特定構造粒子21Aを特定することにより算出する。具体的に、誘電体磁器組成物20の断面をSEMまたはSTEMで観察し、当該断面に含まれる全て誘電体粒子21に対して、上述したライン分析を実施する。そして、C2/C1<0.8を満たす粒子を、特定構造粒子21Aとして特定し、特定した特定構造粒子21Aの存在割合を個数換算で算出する。
【0051】
一方、面積比A2/A0は、たとえば、EPMA、およびSTEMを用いた面分析により測定することができる。具体的に、上述したライン分析と同様に、断面観察を行い、その際にEPMA、およびSTEMにより面分析を実施することで、Caのマッピングデータを取得する。このCaのマッピングデータにおいて、第2領域212は、Ca濃度の低い領域として認識でき、当該領域の面積を画像解析により測定することで、第2領域212の面積A2が得られる。
【0052】
第1領域211の面積A1は、観測断面に含まれる特定構造粒子21Aを特定し、当該特定構造粒子21Aの面積A0を画像解析により測定したうえで、面積A0から第2領域212の面積A2を差し引くことで算出できる。したがって、面積比A2/A0は、特定構造粒子21Aの面積に占める第2領域の面積割合を表している。
【0053】
なお、個数割合や面積比A2/A0の測定において、観察視野の面積は、1視野あたり2μm四方~20μm四方に相当する大きさとすることが好ましい。また、個数割合や面積比A2/A0の測定は、少なくとも3視野以上で実施し、個数割合および面積比A2/A0を、各視野における測定結果の平均値として算出することが好ましい。
【0054】
次に、図1に示す積層セラミックコンデンサ1の製造方法の一例を説明する。本実施形態の積層セラミックコンデンサ1は、ペーストを用いた印刷法やシート法によりグリーンチップを作製し、これを焼成した後、得られた素子本体10に一対の外部電極4を形成することで製造できる。
【0055】
まず、誘電体磁器組成物20を構成する主成分の出発原料を準備し、焼成後に所望の組成比となるように、出発原料を秤量する。この際に使用する出発原料は、主成分を構成する元素を含む酸化物の粉末、もしくは、焼成後に酸化物となる化合物粉末(たとえば炭酸塩、硝酸塩、シュウ酸塩、水酸化物、有機金属化合物など)を用いることができる。たとえば、主成分を構成する各元素の出発原料として、BaCO粉末、SrCO粉末、CaCO粉末、TiO粉末、ZrO粉末を用いることができる。また、主成分の出発原料は、いずれも、微粒子であることが好ましく、その平均粒径は、0.01~1.0μmであることが好ましい。
【0056】
次に、上記で秤量した出発原料を、ボールミルなどの混合器を用いて湿式混合し、得られた混合粉末を、乾燥後、所定の条件で仮焼きする。本実施形態では、この混合/仮焼き工程において、Ca以外の出発原料は、秤量した全量を混ぜ合わせるが、Caの出発原料については、上記で秤量した粉末の一部のみを混ぜ合わせる。つまり、Caに関しては、所望の組成に合わせて秤量した出発原料のうち、一部は、他の主成分の出発原料とともに混合し仮焼きするが、他の一部については、主成分原料の仮焼き後に後添加する。そのため、当該工程で得られる仮焼き粉末の組成は、所望の主成分組成や、最終的に焼成後に得られる主成分組成から外れた組成となる。後添加するCa出発原料の割合は、秤量したCa出発原料100重量%のうち、10~50重量%程度とすることが好ましい。
【0057】
なお、仮焼きの熱処理条件は、保持温度を1100℃~1300℃とすることが好ましく、保持時間を1~4時間とすることが好ましい。また、仮焼き処理中の雰囲気は、特に限定されず、大気雰囲気であってもよく、窒素などの不活性ガス雰囲気や、減圧もしくは真空状態の雰囲気としてもよい。上記の条件で加熱処理することで、主成分の仮焼き粉末が得られる。なお、仮焼き粉末については、適宜、解砕、粉砕、分級などの処理を行い、仮焼き粉末の平均粒径を、0.1μm~1.0μm程度に調製しておくことが好ましい。
【0058】
次に、上記で得られた仮焼き粉末に、未添加分のCa出発原料と、必要に応じて副成分の出発原料とを加え、混合することで、誘電体原料粉末を得る。なお、副成分の出発原料としては、主成分の出発原料と同様に、酸化物粉末や、焼成後に酸化物となる化合物粉末を用いればよい。
【0059】
そして、上記の誘電体原料粉末を、有機ビヒクル、もしくは、水性ビヒクルに加えて混錬することで塗料化し、誘電体ペーストを得る。ここで、有機ビヒクルとは、バインダを有機溶剤中に溶解した塗料である。有機ビヒクルに用いられるバインダは、特に限定されず、たとえば、エチルセルロース、ポリビニルブチラールなどの各種バインダを用いることができる。また、有機ビヒクルに用いられる有機溶剤も、特に限定されず、たとえば、テルピネオール、ブチルカルビトール、アセトン、トルエンなどの各種有機溶媒を用いることができる。一方、水性ビヒクルとは、水溶性のバインダを水に溶解させた塗料である。この場合、水溶性バインダとしては、特に限定されず、たとえば、ポリビニルアルコール、セルロース、水溶性アクリル樹脂などを用いることができる。なお、誘電体ペーストには、上記のバインダや溶媒の他に、可塑剤や分散剤などのその他の添加物が含まれていてもよい。
【0060】
また、上記の誘電体ペーストの他に、焼成後に内部電極層3を構成する内部電極用ペーストも準備する。内部電極用ペーストは、上記したNiやNi合金からなる導電材、あるいは、焼成後に上記したNiやNi合金となる各種酸化物、有機金属化合物、レジネートなどを、上述したような有機ビヒクルと共に混錬して調製すればよい。この際、内部電極用ペーストには、誘電体用ペーストに含まれるセラミック成分(好ましくは主成分と同じ組成)を共材として添加してもよい。
【0061】
なお、上記の各ペースト(誘電体ペーストおよび内部電極用ペースト)において、添加するビヒクルの配合比は、特に限定されず、公知の配合比を採用すればよい。例えば、誘電体原料粉末100重量部に対して、バインダ成分の含有量は1~10重量部程度、溶媒の含有量は10~100重量部程度とすることができる。
【0062】
次に、上記の各ペーストを用いて、焼成後に素子本体10となるグリーンチップを製造する。グリーンチップは、各種印刷法や各種シート法により製造できる。
【0063】
たとえば、シート法でグリーンチップを製造する場合、まず、PET等のキャリアフィルム上に誘電体ペーストを塗布してシート化し、適宜乾燥することでグリーンシートを得る。そして、当該グリーンシートの上に、スクリーン印刷等の各種印刷法により、内部電極用ペーストを所定のパターンで塗布する。これを複数層に渡って積層した後、積層方向にプレスすることでマザー積層体を得る。なお、この際、マザー積層体の積層方向の上面および下面には、誘電体層のみが位置するように、グリーンシートを積層する。そして、上記工程により得られたマザー積層体を、ダイシングや押切りによりカッティングし、複数のグリーンチップを得る。
【0064】
次に、グリーンチップに対して、脱バインダ処理を施す。脱バインダ処理の条件は、昇温速度を好ましくは5~300℃/時間とし、保持温度を好ましくは180℃~900℃とし、温度保持時間を好ましくは0.5~48時間とする。また、脱バインダ処理の雰囲気は、大気雰囲気、もしくは、還元性雰囲気とする。
【0065】
脱バインダ処理後、グリーンチップの焼成(本焼成)を行う。本実施形態では、誘電体粒子21の粒内組織を所望の状態に制御するために、前述したようにCa出発原料の一部を後添加するとともに、焼成時の酸素分圧、および、昇温速度を適正な範囲に制御する。
【0066】
具体的に、焼成時の雰囲気は、還元雰囲気とし、雰囲気ガスとしては、たとえば、窒素(N)と水素(H)の混合ガスを加湿して用いることが好ましい。そして、焼成時の酸素分圧は、1.0×10-12MPa以上とし、2.0×10-12MPa以上とすることが好ましく、1.0×10-11MPa以上とすることがより好ましく、2.0×10-10MPa以上とすることがさらに好ましい。焼成時の酸素分圧を高くするほど、第1領域211と第2領域212との間におけるCa濃度比が大きくなり、C2/C1が減少する傾向となる。なお、酸素分圧の上限値は、1.0×10-9MPa以下とすることが好ましい。
【0067】
また、焼成時の昇温速度は、100℃/h以下と遅く設定することが好ましく、5℃/h~50℃/hの範囲内とすることがより好ましい。昇温速度を遅くすることで、後添加したCaが誘電体粒子21の粒内に固溶しやすくなり、第2領域212の面積A2の比率(A2/A0)が減少する傾向となる。また、昇温速度を遅くするほど、特定構造粒子21Aの個数割合が増える傾向となる。
【0068】
その他にも、昇温速度を遅くした場合には、特定構造粒子21Aの粒内において、Ca濃度勾配(濃度変化域210)がより粒界23から離れた位置に形成されやすくなる(すなわち図3Bに示すDが大きくなる)。なお、焼成時の保持温度は、1100℃~1300℃とすることが好ましく、1150℃~1200℃とすることがより好ましい。また、焼成時の保持時間は、0.2時間~3時間とすることが好ましく、0.5時間~2時間とすることがより好ましい。さらに、温度保持後の冷却過程では、冷却速度を50℃/時間~300℃/時間とすることが好ましい。
【0069】
上記のような条件で焼成することで素子本体10が得られる。なお、本実施形態では、焼成後の素子本体10に対してアニール処理(誘電体層の酸化処理)を施すことが好ましい。酸化処理では、保持温度を1150℃以下とすることが好ましく500℃~1100℃とすることがより好ましい。酸化処理における温度保持時間は、0~20時間とすることができ、6~10時間とすることが好ましい。また、酸化処理時の雰囲気は、窒素雰囲気、もしくは、加湿した窒素雰囲気として、酸素分圧は、1.0×10-9~1.0×10-5MPaとすることが好ましい。
【0070】
なお、脱バインダ処理、焼成、および酸化処理は、連続して行ってもよく、独立に行ってもよい。また、これらの熱処理工程(脱バインダ処理、焼成、および酸化処理)は、切断前のマザー積層体に対して実施し、熱処理工程後にマザー積層体を切断して、複数の素子本体10を得てもよい。また、得られた素子本体10に対しては、適宜、研磨やブラスト処理などの端面処理を施してもよい。
【0071】
最後に、上記の製法で得られた素子本体10の端部に、一対の外部電極4を形成する。外部電極4の形成方法は、特に限定されない。たとえば、ガラスフリットなどを含む導電性ペーストを焼き付けることで形成してもよい。もしくは、熱硬化性樹脂をふくむ導電性ペーストを塗布して、加熱により樹脂を硬化させることで、樹脂電極として外部電極4を形成してもよい。その他、メッキやスパッタリングなどの成膜法によっても外部電極4を形成することができる。なお、外部電極4は、焼結電極もしくは樹脂電極の表面に、単数または複数のメッキ層を形成し、積層電極としてもよい。たとえば、外部電極4は、Cuの焼結電極/Ag-Pdの樹脂電極/Niメッキ/Snメッキの積層構造とすることができ、この場合、素子本体10と接している下地電極はCuの焼結電極である。
【0072】
上記の方法で製造された本実施形態の積層セラミックコンデンサ1は、ハンダや導電性接着剤により回路基板などの基板上に実装され、各種電子機器等に使用される。
【0073】
(実施形態のまとめ)
本実施形態の誘電体磁器組成物20では、誘電体粒子21の主成分が、組成式(Ba1-x-ySrCa(Ti1-zZr)Oで表される常誘電体材料で構成してあり、当該組成式が0.9≦m≦1.4,0≦x<1.0,0<y≦1.0,0.9≦(x+y)≦1.0,0.9≦z≦1.0を満たす。そして、誘電体粒子21は、Ca濃度の異なる2つの領域(第1領域211、第2領域212)を有する特定構造粒子21Aを含み、当該特定構造粒子21Aにおける領域間のCa濃度比:C2/C1が、0.8未満である。
【0074】
本実施形態の誘電体磁器組成物20では、上記のとおり、主成分組成と粒内組織とを所定の条件に制御しており、これにより、誘電体磁器組成物20の温度特定と絶縁特性とを両立して向上させることができる。
【0075】
従来、常誘電体材料は、成分濃度が均一な全固溶型の粒子で構成することが一般的であり、当該全固溶粒子の組成を調製することにより、温度特性の向上(容量温度係数の低減)を図ってきた(たとえば、前述した特許文献1)。ただし、温度特性と絶縁特性とは、互いに相反する関係にあり、温度特性を向上させると絶縁特性が低下し易い。
【0076】
本実施形態の誘電体磁器組成物20では、粒内において局所的にCa濃度が高い領域(第1領域211)が形成してあり、このCa高濃度領域により、誘電体粒子21間の絶縁性が高められている。その結果、低い容量温度係数と高い絶縁抵抗とを両立して実現することができる。特に、第1領域211および第2領域212に関わる面積比A2/A0を、所定の範囲に設定することで、温度特性および絶縁特性をさらに向上させることができる。また、誘電体粒子21に占める特定構造粒子21Aの個数割合を高めることで(好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上)、温度特性および絶縁特性をさらに向上させることができる。
【0077】
なお、積層セラミックコンデンサでは、通常、誘電体層の厚みを薄くすると温度特性や絶縁特性が低下する傾向となる。本実施形態の積層セラミックコンデンサ1では、上述した所定の特徴を有する誘電体磁器組成物20を使用することにより、誘電体層2の厚みを2μm以下と薄層化した場合であっても、低い容量温度係数と高い絶縁抵抗とを両立して実現することができる。したがって、本実施形態の積層セラミックコンデンサ1は、C0G特性に好適に対応可能であり、温度補償や高周波回路などの用途で好適に用いることができる。
【0078】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何ら限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0079】
たとえば、上述した実施形態では、本発明に係る電子部品が積層セラミックコンデンサである場合について説明したが、本発明に係る電子部品は、誘電体磁器組成物20を有していればよく、積層セラミックコンデンサに限定されない。たとえば、本発明に係る電子部品は、単板型のセラミックコンデンサであってもよく、その他、フィルタ、LC回路素子などの複合素子、バリスタなどであってもよい。
【実施例
【0080】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に限定されない。なお、表2,4において、※印を付した試料は、本発明の範囲外である。
【0081】
(実験1)
実験1では、以下に示す手順で実施例1~20に係る積層セラミックコンデンサ試料を作製した。
【0082】
まず、誘電体原料の仮焼き粉末を作製するために、出発原料として、BaCO粉末、SrCO粉末、CaCO粉末、TiO粉末、ZrO粉末を準備し、所望の組成比となるように秤量した。この際、用意した出発原料の平均粒径は、0.1~1.5μmとした。
【0083】
次に、秤量した出発原料を、ボールミルで20時間、湿式混合し、適宜乾燥させることで、出発原料の混合物を得た。なお、この混合工程において、試料9,13では、秤量したCaCO粉末を全量添加し、その他の試料(1~8,10~12,14~20)では、秤量したCaCO粉末の一部のみを添加し、残りは、後述する仮焼き工程後に、後添加した。
【0084】
次に、上記で得られた出発原料の混合物を、1250℃で2時間、仮焼きして、出発原料の仮焼き粉末を得た。なお、仮焼き粉末は、上記の熱処理後に、ボールミルを用いて湿式粉砕し、その後乾燥させた。
【0085】
次いで、上記の仮焼き粉末に対して、残りのCaCO粉末と、副成分の出発原料とを加えて混合し、誘電体原料粉末を得た。この際、副成分としては、主成分100モル部に対して、Alを0.3モル部、SiOを2.0モル部、MnCOを2.0モル部添加した。また、試料1~8,10~12,14~20において、後添加したCa出発原料(CaCO粉末)の割合は、秤量したCa出発原料(すなわち所望の主成分組成を実現するために必要なCa出発原料)100重量%に対して20重量%とした。そして、乾燥した誘電体原料粉末を、所定の有機ビヒクルとともに混練し、塗料化することで誘電体ペーストを得た。
【0086】
一方、内部電極用ペーストについては、Ni粉末100重量部と、所定の有機ビヒクル40重量部と、ブチルカルビトール10重量部とを3本ロールにより混錬して塗料化することで得た。
【0087】
次に、作製した誘電体ペーストを、PETフィルム上に塗布してシート化することで、グリーンシートを得た。さらに、このグリーンシートの上に、内部電極用ペーストを所定のパターンで印刷し、当該グリーンシートをPETフィルム上から剥離した。そして、内部電極パターンを印刷したグリーンシートを複数枚積層し、加圧接着することでグリーン積層体を得た。なお、グリーン積層体の積層方向の上面および下面には、内部電極層を印刷していない保護層用のグリーンシートを積層した。
【0088】
次に、グリーン積層体を所定のサイズに切断し、グリーンチップを得て、このグリーンチップに対して、脱バインダ処理、焼成、および再酸化処理を施した。なお、これらの各熱処理工程での詳細な条件は、以下のとおりとした。
【0089】
脱バインダ処理の条件は、昇温速度:30℃/時間、保持温度:260℃、温度保持時間:8時間、雰囲気:大気中とした。
【0090】
焼成の条件は、保持温度:1250℃、温度保持時間:2時間、冷却速度:300℃/時間以上、雰囲気ガス:加湿したN+H混合ガスとした。また、焼成時の昇温速度および酸素分圧については、表1に示す値に設定した。
【0091】
アニール処理の条件は、保持温度:750℃、保持時間:2時間、雰囲気ガス:加湿したNガス、酸素分圧:1.0×10-9MPa以上とした。なお、焼成およびアニール処理において、雰囲気ガスの加湿には、ウェッターを用いた。
【0092】
上記の条件で熱処理を行うことで、素子本体10を得た。次に、得られた素子本体10の端面をサンドブラストにて研磨した後、外部電極としてIn-Ga共晶合金を塗布し、図1に示す積層セラミックコンデンサ1と同様の形状のコンデンサ試料を得た。なお、得られたコンデンサ試料のサイズ(素子本体10のサイズ)は、3.2mm×1.6mm×0.6mmであり、誘電体層2の平均厚みが1.5μm、内部電極層3の平均厚みが1.0μm、内部電極層3に挟まれた誘電体層2の数が5層であった。
【0093】
また、各試料1~20のコンデンサ試料について、STEMによる断面観察を行い、特定構造粒子21の個数割合と、領域間の平均濃度比C2/C1とを測定した。なお、当該測定は、STEMを用いたライン分析により実施し、C2/C1は、10個の特定構造粒子21Aを測定した結果の平均値として表す。個数割合については、測定視野の面積を5μmとし、5視野分測定した結果の平均値として示す。測定の詳細な条件は、実施形態で述べたとおりである。各試料における測定結果を表2に示す。なお、表2に示す主成分組成は、ICPにより誘電体層2の成分分析を行った結果である。
【0094】
また、実験1では、上記で得られた各コンデンサ試料に対して、以下の特性評価を実施した。
【0095】
比誘電率ε
まず、コンデンサ試料の比誘電率εを測定した。比誘電率εは、LCRメータ(YHP社製4274A)を用いて静電容量を測定することで算出した。具体的に、静電容量の測定では、測定温度を25℃とし、コンデンサ試料に対して、周波数1kHz、入力信号レベル(測定電圧)1Vrmsの信号を入力した。そして、比誘電率(単位なし)は、誘電体層の厚みと、有効電極面積と、測定した静電容量とに基づき算出した。なお、上記の測定は、各試料につき10個のサンプルに対して実施し、その平均値を算出した。
【0096】
絶縁抵抗LogIR
また、コンデンサ試料の高温環境における絶縁抵抗LogIR(単位:Ω)を測定した。具体的に、125℃において、コンデンサ試料に100V/μmの直流電圧を10分間印加し、10分経過後の絶縁抵抗を、絶縁抵抗計(アドバンテスト社製R8340A)を用いて測定した。当該測定を、各試料につき10個のサンプルに対して実施し、その平均値として各試料の絶縁抵抗を算出した。絶縁抵抗LogIRは、13Ωを合否基準とし、14Ω以上をより良好と判断する。
【0097】
容量温度係数τC
さらに、コンデンサ試料の容量温度係数τC(単位:ppm/℃)を測定した。具体的に、25℃および125℃において、コンデンサ試料に対して、周波数1kHz、入力信号レベル(測定電圧)1Vrmsの信号を入力し、各温度帯における静電容量を測定した。そして、25℃における静電容量C25と、125℃における静電容量C125とから、以下の式により容量温度係数を算出した。
τC={(C125-C25)/C25}×(1/(125-25))
【0098】
なお、上記の測定を、各試料につき10個のサンプルに対して実施し、その平均値として各試料の容量温度係数を算出した。容量温度係数は、±30ppm/℃の範囲内を合格とし、±20ppm/℃の範囲内である場合を特に良好と判断する。
【0099】
実験1の各試料における評価結果を、表2に示す。
【0100】
【表1】
【0101】
【表2】
【0102】
表2に示す結果から、主成分が所定の組成比を満たし、なおかつ、C2/C1<0.8を満たす特定構造粒子21Aが誘電体層2に含まれる場合に、高い絶縁抵抗(13Ω以上)と低い容量温度係数(±30ppm/℃の範囲内)が得られることが確認できた。なお、表2には提示していないが、C2/C1<0.8を満たす試料では、長軸方向における第1領域211の幅Dが、50nm以上であることが確認できた。
【0103】
また、図4および図5は、表1および表2の結果をまとめたグラフである。具体的に、図4のグラフでは、縦軸が領域間の平均濃度比:C2/C1であり、横軸が焼成時の酸素分圧である。図4に示すように、焼成時の酸素分圧を高くするほど、C2/C1が小さくなることがわかった。また、グラフとしては提示していないが、表1および表2の試料19,20の結果から、焼成時の昇温速度を遅くするほど、誘電体粒子21に占める特定構造粒子21Aの個数割合が増加することがわかった。
【0104】
一方、図5のグラフでは、縦軸が絶縁抵抗LogIRであり、横軸がC2/C1である。図5に示すように、領域間の平均濃度比:C2/C1が大きくなるほど、絶縁抵抗が高くなることがわかった。
【0105】
上記のとおり、実験1の結果から、主成分組成と粒内におけるC2/C1とを所定の条件に制御することにより、絶縁特性の向上と温度特性の向上とを両立して実現できることが確認できた。
【0106】
(実験2)
実験2では、表3に示す実験条件により、試料21~28に係るコンデンサ試料(積層セラミックコンデンサ)を製造した。具体的に、実験2では、焼成時の昇温速度の水準を振って実験を行い、これにより面積比A2/A0が異なる試料21~28を得た。実験2において、表3に示す条件以外の実験条件は、実験1と共通しており、実験1と同様の方法で、得られたコンデンサ試料の評価を行った。評価結果を、表4に示す。
【0107】
なお、表4に示す面積比A2/A0は、STEMを用いて誘電体層2の断面を面分析することで測定した。この際、測定視野の面積を5μmとし、5視野分測定を行ったうえで、その測定結果の平均値としてA2/A0を算出した。
【0108】
【表3】
【0109】
【表4】
【0110】
表3および表4に示す結果から、焼成時の昇温速度を遅くするほど、後入れしたCa成分が誘電体粒子内に固溶されやすくなり、面積比A2/A1が小さくなる傾向(すなわち第2領域212の比率が低下する傾向)が確認できた。そして、面積比A2/A0が、0.05<A2/A0<0.6を満たす場合、温度特性と絶縁特性とを両立して向上できることが確認できた。また、A2/A0が0.1を超過する場合、特に容量温度係数が向上し、面積比A2/A0が0.4未満である場合、特に絶縁特性が向上することが確認できた。
【符号の説明】
【0111】
1 … 積層セラミックコンデンサ
10 … 素子本体
2 … 誘電体層
20 … 誘電体磁器組成物
21 … 誘電体粒子
21A … 特定構造粒子
210 … 濃度変化域
211 … 第1領域
212 … 第2領域
21B … 均質固溶粒子
23 … 粒界
25 … 偏析相
3 … 内部電極層
4 … 外部電極
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5