IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日産自動車株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-27
(45)【発行日】2024-09-04
(54)【発明の名称】浸炭焼入部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/32 20060101AFI20240828BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240828BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240828BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20240828BHJP
【FI】
C21D9/32 A
C21D1/06 A
C23C8/22
C22C38/00 301N
C22C38/44
C22C38/00 302Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020000260
(22)【出願日】2020-01-06
(65)【公開番号】P2021109982
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102141
【弁理士】
【氏名又は名称】的場 基憲
(74)【代理人】
【識別番号】100137316
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 宏
(72)【発明者】
【氏名】杉本 剛
(72)【発明者】
【氏名】藤井 翔平
(72)【発明者】
【氏名】片瀬 博昭
(72)【発明者】
【氏名】小出 将克
(72)【発明者】
【氏名】秋江 直人
(72)【発明者】
【氏名】山口 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】荒木 新一
(72)【発明者】
【氏名】村田 大河
(72)【発明者】
【氏名】瀧澤 拓也
(72)【発明者】
【氏名】大島 哲男
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-003629(JP,A)
【文献】特開2005-068453(JP,A)
【文献】特開2019-026899(JP,A)
【文献】特開2012-197471(JP,A)
【文献】特開2014-218703(JP,A)
【文献】特開2008-001943(JP,A)
【文献】特開2006-176863(JP,A)
【文献】特開2002-212642(JP,A)
【文献】特開2011-094169(JP,A)
【文献】特開2010-001527(JP,A)
【文献】特開2008-231563(JP,A)
【文献】特開2018-199838(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/32
C21D 1/06
C23C 8/22
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肌焼鋼の表面に焼入層を有する浸炭焼入部品を製造する方法であって、
上記焼入層を形成する工程が、上記肌焼鋼に炭素を含浸させる1次浸炭焼入れ工程と、2次浸炭析出焼入れ工程とを備え、
上記1次浸炭焼入れ工程が、2000Pa以下の減圧下で炭素を含浸させる処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が20~50℃/secである1次冷却処理を含み、
上記2次浸炭析出焼入れ工程が、850~900℃でセメンタイトを析出させる熱処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が15℃/sec以上である2次冷却処理とを含むことを特徴とする浸炭焼入部品の製造方法。
【請求項2】
上記焼入層が、マルテンサイトの基地組織中にセメンタイトが析出した高濃度浸炭組織を有し、
上記焼入層の表面から深さ10μmまでの領域内のマルテンサイト中の平均炭素濃度が0.65wt%~1.1wt%であり、
上記焼入層中の残留オーステナイトの含有量が0~12area%であることを特徴とする請求項1に記載の浸炭焼入部品の製造方法。
【請求項3】
上記焼入層中のセメンタイトの最大径が3μm以下であり、セメンタイトの含有量が10~12area%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の浸炭焼入部品の製造方法。
【請求項4】
上記浸炭焼入部品が歯車であり、
歯底のRが0.3~4mmであり、
平均炭素濃度が、歯面部で1.4wt%~1.2wt%、歯底部で1.2wt%~1.0wt%であることを特徴とする請求項1~のいずれか1つの項に記載の浸炭焼入部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭焼入部品の製造方法に係り、更に詳細には、経時での寸法精度が高くかつ面疲労強度と曲げ疲労強度とを両立させた浸炭焼入部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
浸炭焼入処理は、肌焼鋼で形成された部品を高温の浸炭雰囲気中に保持し、オーステナイト相にした鋼材表面に炭素を含浸させ、その後、臨界焼入れ速度以上の冷却速度で急冷することでオーステナイトをマルテンサイトに変態させる処理である。
【0003】
浸炭焼入処理により部品表面に形成された焼入層は、マルテンサイトにより部品強度を向上させる。
【0004】
上記浸炭焼入れよりも部品強度をさらに向上させる高濃度浸炭処理(過共析浸炭ともいう)が知られている。
【0005】
高濃度浸炭処理は、多量の炭素を含浸させて過飽和となった炭素を析出させ、上記マルテンサイトよりも硬く、高温でも軟化しないセメンタイトを形成する処理である。
【0006】
上記セメンタイトは、オーステナイト粒界や、既存の析出核の周囲に優先的に析出し易く、オーステナイト粒界に析出したセメンタイトは板状の形状となり、析出核の周囲に析出したセメンタイトは粗大粒子になり易い。
【0007】
このような、セメンタイトは、部品表面の硬さを向上させて摩耗を低減し、また、部品使用時の高温環境下における焼戻軟化抵抗を大きくして面疲労強度を向上させる。
【0008】
しかし、上記セメンタイトは、部品の硬度を向上させる一方で、部品運転時にセメンタイトとマルテンサイトとの界面に応力集中時が発生し、曲げ疲労強度を低下させる原因となる。
【0009】
加えて、セメンタイトを析出させるために炭素を多量に含浸させると、マルテンサイト生成時の変態変形が増大して焼入歪が大きくなり、部品の完成寸法精度を悪化させてしまう。
【0010】
特許文献1の特開2008-115427号公報には、鋼材のSi量を0.40~0.80wt%、Mo量と0.3~0.8wt%、Cr量を1.25~2.0wt%とし、セメンタイトを微細化することで曲げ疲労強度の低下を防止できる旨が記載されている。
【0011】
また、1次浸炭の温度を二次浸炭の温度よりも高くし、1次浸炭の加熱温度に上限を設け、所望の炭素濃度で二次浸炭の温度を2段階に制御することで、寸法精度の悪化を抑止できる旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2008-115427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、Si、Cr、Moなどの鋼材の成分によって焼入れ性を向上させてセメンタイトの分散状態を調節すると、要求される強度に応じて鋼材種を変更する必要があり、他の浸炭焼入部品と鋼材を共用することができず、鋼材調達コストが上昇してしまう。
【0014】
また、Si、Cr、Moは、いずれも鍛造時の変形抵抗、切削時の抵抗を増大させる成分であるため、浸炭焼入れ処理前における部品成形のコストを増大させる。
【0015】
さらに、浸炭条件を精緻に制御する場合は、部品形状や、焼入れ時の部品の積載状態などに応じて浸炭条件を変える必要があり、形成される焼入層の品質を安定させることが困難である。
【0016】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、他の浸炭焼入部品と鋼材を共用することができ、経時での寸法精度が高くかつ面疲労強度と曲げ疲労強度とを両立させた浸炭焼入部品を得るための製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、焼入層を形成する工程が、肌焼鋼に炭素を含浸させる1次浸炭焼入れ工程と、2次浸炭析出焼入れ工程とを備え、
1次浸炭焼入れ工程が、肌焼鋼の表面における冷却速度が所定範囲である1次冷却処理を含み、2次浸炭析出焼入れ工程が、所定温度範囲でセメンタイトを析出させる熱処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が所定値以上である2次冷却処理とを含むことにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
即ち、本発明の浸炭焼入部品の製造方法は、上記浸炭焼入部品を製造する方法である。
そして、焼入層を形成する工程が、上記肌焼鋼に炭素を含浸させる1次浸炭焼入れ工程と、2次浸炭析出焼入れ工程とを備え、
上記1次浸炭焼入れ工程が、2000Pa以下の減圧下で炭素を含浸させる処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が20~50℃/secである1次冷却処理を含み、
上記2次浸炭析出焼入れ工程が、850~900℃でセメンタイトを析出させる熱処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が15℃/sec以上である2次冷却処理とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高濃度浸炭組織を有する焼入れ層において、マルテンサイトの炭素濃度及び残留オーステナイト量を所望の範囲にすることしたため、他の浸炭焼入部品と鋼材を共用することができ、経時での寸法精度が高くかつ面疲労強度と曲げ疲労強度とが両立した浸炭焼入部品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<浸炭焼入部品>
本発明の浸炭焼入部品について詳細に説明する。
上記浸炭焼入部品は、肌焼鋼の表面に焼入層を備える。
【0021】
肌焼鋼とは、炭素含有量が低く、浸炭による表面硬化に適した鋼材であり、内部の炭素濃度が低く靭性を有する鋼材である。
【0022】
本発明において肌焼鋼とは、炭素(C)が0.23質量%以下、ケイ素(Si)が0.15~1.2質量%以下、クロム(Cr)が0.85~6.8質量%以下、モリブデン(Mo)が0.15~1.35質量%以下、マンガン(Mn)が0.55~1.4質量%以下、リン(P)が0.035質量%以下、硫黄(S)が0.04質量%以下、ニッケル(Ni)が3.5質量%以下である組成の鋼材をいう。
【0023】
上記肌焼鋼は、Siの含有量が0.35質量%未満、Crの含有量が1.25未満、Moの含有量が0.30質量%未満であることが好ましい。Si、Cr、Moの含有量が、上記範囲であると鋼材の変形抵抗が低くなり、部品の成形が容易になる。
【0024】
上記焼入層は、マルテンサイトの基地組織中にセメンタイトが析出した高濃度浸炭組織を有する。セメンタイトはマルテンサイトよりも硬度が高いため、セメンタイトが析出していることで焼入層の面疲労強度が向上する。
【0025】
上記焼入層中のマルテンサイトは、その炭素濃度が0.65wt%~1.1wt%である。炭素濃度が上記範囲内であることで所望量のセメンタイトが析出して面疲労強度が向上する。また、マルテンサイトは炭素量が増加すると硬度が高くなる性質を有し、マルテンサイト中の炭素濃度が上記範囲内であることで靱性が向上すると共に、多量のセメンタイトが析出せずに曲げ疲労強度が向上する。さらに、マルテンサイト変態時の変形量が低減されて焼入れ時の寸法安定性が向上する。
【0026】
炭素濃度は、波長分散型蛍光X線分析法(WDX:Wavelength dispersive type X-ray fluorescence analysis)により浸炭焼入部品の断面の炭素濃度分布を測定し焼入層の表面から深さ10μmまでの領域内の炭素濃度を平均して求めた。
【0027】
マルテンサイト中の炭素濃度は、走査型電子顕微鏡(SEM)でマルテンサイト、セメンタイト、及び、オーステナイトを同定し、同一視野の炭素濃度分布から、焼入層の表面から深さ10μmまでの領域内のマルテンサイト中の炭素濃度を平均して求めた。
【0028】
上記焼入層中の残留オーステナイト量は、0~12area%である。
オーステナイトは、時間の経過と共に相変態を起こし、作製後の完成部品に寸法や形状に変化を生じさせる。残留オーステナイト量が上記範囲内であることで、浸炭焼入部品の経時での寸法精度(以下、「形状凍結性」ということがある)が向上する。
【0029】
上記焼入層は、セメンタイトの最大径が3μm以下であることが好ましい。
セメンタイトは硬質であるため、高濃度浸炭組織中のセメンタイトが粗大であると、マルテンサイトの基地との界面に応力が集中して曲げ疲労強度が低下するが、最大径が3μm以下であることで曲げ疲労強度の低下が防止される。
【0030】
上記焼入層中のセメンタイトの含有量は、10~12area%であることが好ましい。
粒径が3μm以下のセメンタイトの含有量が上記範囲であることで、セメンタイトが微分散し面疲労強度と曲げ疲労強度とを両立できる。
【0031】
セメンタイトの粒径は、焼入層の断面をピクラル3%溶液(ピクリン酸+アルコール)で腐食させた後、SEMを用いて写真撮影して1mm中に存在する炭化物の粒径から測定できる。
【0032】
上記焼入層は、旧オーステナイト粒径、すなわち、焼入れ加熱時のオーステナイト粒径が#8~#6の大きさであることが好ましい。
旧オーステナイト粒径が#8以上であることで鋼材の焼入れ性が向上し、Cr,Mo、Si等の焼入れ性を向上させる元素の含有量が少ない肌焼鋼であっても、鋼材内部まで焼入層を形成できる。また、#6以下であることで浸炭焼入部品の靱性低下が抑止され、曲げ疲労強度が向上する。
【0033】
旧オーステナイト粒径は、焼入層の断面をピクリン酸で腐食させて旧オーステナイト粒界を現出させて光学顕微鏡で撮影し、画像中の任意の位置に、表面に対して垂直で表面から内部に向けて直線を引き、その直線と旧オーステナイト粒界との交点間の長さ(直線による旧オーステナイト粒の切片長)を複数測定し、それらの切片長の平均値を算出して測定した。
【0034】
上記浸炭焼入部品は、形状凍結性が高く、高い面疲労強度と高い曲げ疲労強度とを有するため、歯車に好ましく適用できる。
【0035】
歯車の焼入層は、歯面部の平均炭素濃度が1.4wt%~1.2Ct%、歯底部の平均炭素濃度が1.2wt%~1.0wt%であることが好ましい。
平均炭素濃度が上記範囲であることで、歯面部の面疲労強度と歯底部の曲げ疲労強度とを両立できる。
【0036】
<浸炭焼入部品の製造>
上記浸炭焼入部品は、肌焼鋼の表面に上記焼入層を形成することで形成でき、上記焼入層を形成する工程は、肌焼鋼に炭素を含浸させる1次浸炭焼入れ工程と、2次浸炭析出焼入れ工程とを備える。
【0037】
(1次浸炭焼入れ工程)
1次浸炭焼入れでは、1次焼入層の炭素濃度(本明細書では、1次焼入層の表面から深さ10μmまでの領域の炭素濃度。以下、表面炭素濃度と記す場合がある)が1.2wt%~1.4wt%になるように浸炭雰囲気を調節することが好ましい。表面炭素濃度が高すぎると粗大なセメンタイトが析出し、表面炭素濃度が低すぎるとセメンタイトが析出し難くなる。
【0038】
1次浸炭焼入れで析出するセメンタイトは、浸炭雰囲気から供給される炭素を供給源として成長する。そして、炭素は、結晶粒界を経由して粒内に導入されるため、セメンタイトが粒界で成長して粗大化する。
【0039】
これに対し、2次浸炭析出焼入れで生成するセメンタイトは、粒内の固溶炭素から成長に必要な炭素が供給されるため、1次浸炭焼入れのように粒界で成長して粗大化することはない。そして、粒内におけるセメンタイトの生成は、粒内の各欠陥部位を基点とし、析出核がない部分で成長するため、2次浸炭析出焼入れでは微細なセメンタイトが多数生成する。
【0040】
また、表面炭素濃度が高くなると、マルテンサイト変態開始温度が低下する一方でベイナイト変態開始温度が高くなるため、マルテンサイト変態させる臨界冷却速度が速くなって焼入れ性が低下する。
【0041】
また、1次浸炭焼入れでの冷却速度は、20~50℃/secであることが好ましく、さらに27~33℃/secであることが好ましい。冷却速度が上記範囲内であることで、粒内にセメンタイトを生成する時間が無くなる為,1次浸炭焼入れ後にセメンタイトが発生しない。その一方、生成するマルテンサイトを少なくすることで、1次浸炭焼入れ後の熱処理変形を抑制できる。
50℃/secを超えると欠陥が多くなって焼入層中のセメンタイトが増大し、20℃/sec未満では、欠陥が少なくなってセメンタイトの含有量が少なくなると共に、残留オーステナイト量が増大する。
【0042】
1次浸炭焼入れの圧力は、特に制限はないが、減圧下で浸炭を行うと高濃度の浸炭が可能であり、浸炭ムラや、表層の酸化を防止できるため、2000Pa以下の減圧下で行うことが好ましい。
【0043】
また、減圧下で浸炭を行うと歯車の歯底のRによって歯面と歯底とで焼入層に導入される炭素量が変わるため、歯底部のセメンタイト量を歯面に比して減少させることができ、歯面部の面疲労強度が高く、歯底部の曲げ疲労強度が高い歯車を製造できる。
【0044】
歯底のRが0.3~4mmである歯車に対して2000Pa以下で浸炭を行うと、歯面部と歯底部とでセメンタイト量を大きく変えることができ、歯面部の面疲労強度と歯底部の曲げ疲労強度とを両立できる。
【0045】
歯底のRが0.3mm未満では歯底部が浸炭され難く、4mmを超えると歯底部と歯面とで同様に浸炭され易くなる。
【0046】
(2次浸炭析出焼入れ工程)
2次浸炭析出焼入れの浸炭ポテンシャルは、0Cwt%であることが好ましい。上記中間体の焼入層に炭素が供給されず、かつ焼入層から炭素が抜けないことで、セメンタイトが結晶粒界に析出せず粒内の欠陥部位に析出してセメンタイトが微細化する。
【0047】
2次浸炭析出焼入れの熱処理温度は、850~900℃であることが好ましい。上記温度範囲で熱処理することで、粒径が#8~#6の大きさのオーステナイトが形成され、粒内の欠陥部位に微細なセメンタイトが析出する。
【0048】
2次浸炭析出焼入れの圧力は、特に制限はないが、例えば2000Pa以下の減圧下で浸炭すると、焼入層表面の粒界酸化を防止できる。
【0049】
また、2次浸炭析出焼入れでの冷却速度は、15℃/sec以上であることが好ましく、100℃/sec~150℃/secであることが好ましい。
冷却速度が15℃/sec以上であることでマルテンサイトが形成されて、浸炭焼入部品強度が向上すると共に、残留オーステナイトが減少して浸炭焼入部品の形状凍結性が向上する。
【実施例
【0050】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0051】
鋼材A~Dを用いて、以下の条件で1次浸炭焼入れと2次浸炭析出焼入れとを行い、浸炭焼入部品を作製した。鋼材A、Bの組成を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
[実施例1]
丸棒形状の鋼材Aを加熱炉に入れ、1次焼入層の炭素濃度が1.2wt%になるようにアセチレンガスを供給しながら、圧力1500Pa、1050℃で43分間維持した後、冷却速度30℃/秒で20℃まで冷却して1次浸炭焼入れを行った。
その後、浸炭ポテンシャルが0質量%になるようにアセチレンガスを加熱炉に供給しながら、圧力1500Pa、850℃で4時間保持し、冷却速度30℃/秒で20℃まで冷却して2次浸炭・析出焼入れを行い実施例1の浸炭焼入れ部品を得た。
【0054】
処理温度は、熱電対ワーク近傍10cmの点での輻射温度を、CA熱電対にて測定した。また、焼入れ冷却速度は、2色温度計測システム(三井フォトニクス製、商品名:Thermera)で鋼材表面を経時的に撮影し、その温度低下速度を測定した。
【0055】
[実施例2]
2次浸炭・析出焼入れの条件を850℃で10時間保持に変える他は、実施例1と同様にして実施例2の浸炭焼入れ部品を得た。
【0056】
[実施例3]
2次浸炭・析出焼入れの条件を900℃で4時間保持に変える他は、実施例1と同様にして実施例3の浸炭焼入れ部品を得た。
【0057】
[実施例4]
1次浸炭焼入れの条件を1次焼入層の炭素濃度が1.1wt%になるようにアセチレンガスを供給に変える他は、実施例3と同様にして実施例4の浸炭焼入れ部品を得た。
【0058】
[実施例5]
1次浸炭焼入れの条件を1次焼入層の炭素濃度が0.8wt%になるようにアセチレンガスを供給に変える他は、実施例3と同様にして実施例5の浸炭焼入れ部品を得た。
【0059】
[比較例1]
2次浸炭・析出焼入れの条件を冷却速度13℃/秒で20℃まで冷却に変える他は、実施例3と同様にして比較例1の浸炭焼入れ部品を得た。
【0060】
[実施例6]
2次浸・炭焼入れの条件を、浸炭ポテンシャルが0.8質量%になるようにアセチレンガスを加熱炉に供給し、圧力を大気圧に変える他は、実施例3と同様にして実施例6の浸炭焼入れ部品を得た。
【0061】
[実施例7]
鋼材Aを鋼材Bに替える他は実施例3と同様にして実施例7の浸炭焼入れ部品を得た。
[実施例8]
【0062】
丸棒形状の鋼材Aを所定の軸長にビレットシャーによって切断し、1150℃に加熱して熱間鍛造により下側に出っ張った凸部を有する円盤状に成形した。
熱間鍛造により円盤状の外周に荒ヘリカル歯と荒沈み溝を形成し、冷間しごき及び冷間コイニング成形によって歯面をストレートに仕上げ、歯端面の稜線部をR面取りして、
歯底部のRが2mmの歯車を得た。
【0063】
丸棒形状の鋼材を上記歯車に替える他は、実施例3と同様にして実施例8の浸炭焼入れ部品を得た。
【0064】
[実施例9]
歯底部のRが8mmの歯車に替える他は、実施例3と同様にして実施例9の浸炭焼入れ部品を得た。
【0065】
1次浸炭焼入れの条件、1次浸炭焼入れ後の中間体の焼入層の組織、及び2次浸炭析出焼入れの条件を表2に示す。
【表2】
【0066】
浸炭焼入部品を以下のようにして評価した。
浸炭焼入部品の焼入層の組織及び評価結果を表3に示す。
【0067】
<評価>
軸触れ量:偏心検査器(大菱計器製作所製、商品名:ユニバーサルベンチセンターMV型)により、作製1週間後の浸炭焼入部品を測定した。
【0068】
面疲労強度:ローラーピッチング試験機(コマツエンジニアリング社製、商品名:RPT401型)により、JIS Z 2275に準拠して行い、繰返し速度毎分2000回にて繰返し数10万回で破断する負荷荷重を測定した。
【0069】
曲げ疲労強度;回転曲げ疲労強度試験機により、JIS Z 2274に準拠して行い、繰返し速度毎分1350回にて繰返し数10万回で破断する負荷荷重を測定した。
【0070】
【表3】
【0071】
表3より、本発明の製造方法によって得られた浸炭焼入部品は、寸法精度が高く、かつ面疲労強度と曲げ疲労強度が優れることがわかる。
実施例1~9は、1次浸炭焼入れ工程が、肌焼鋼の表面における冷却速度が30℃/secである1次冷却処理を含み、2次浸炭析出焼入れ工程が、850~900℃でセメンタイトを析出させる熱処理と、肌焼鋼の表面における冷却速度が30℃/secである2次冷却処理とを含む結果、粒径が#8のオーステナイトが形成され、浸炭焼入部品の曲げ疲労強度が向上すると共に、形状凍結性が向上している。
丸棒での実施例1、2と実施例3~7との対比から、マルテンサイト中の炭素濃度が0.65wt%~1.1wt%であり、焼入層中の残留オーステナイトの含有量が0~12area%であると、Si、Cr、Moなどの焼入れ性向上成分添加(実施例7)により鋼材コストや部品成形コストを増大させることなく、形状凍結性(寸法精度)、疲労強度に優れる浸炭焼入部品を得られることが判る。
また、実施例1は焼入層中のセメンタイトの最大径が1.5μmであり、セメンタイトの含有量が11area%であり、旧オーステナイト粒径が#8である結果、曲げ疲労強度に優れ、面疲労強度とのバランスにも優れている。
一方、歯車での実施例8は、歯底のRが2mmであり、平均炭素濃度が、歯面部で1.3wt%、歯底部で1.1wt%である結果、曲げ疲労強度と面疲労強度とのバランスに優れている。
丸棒での実施例10、11は、一次浸炭焼入れ後の中間体における1次焼入層中のセメンタイトの量が4area%であり、残留オーステナイト量は、30~35area%であるため、寸法精度が向上すると共に、曲げ疲労強度の高い浸炭焼入部品を作製できることがわかる。