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特許7545206広帯域パルス光源ユニット、広帯域パルス光における時間と波長との対応付け方法、及び分光測定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-27
(45)【発行日】2024-09-04
(54)【発明の名称】広帯域パルス光源ユニット、広帯域パルス光における時間と波長との対応付け方法、及び分光測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01J 3/10 20060101AFI20240828BHJP
   G01J 3/45 20060101ALI20240828BHJP
【FI】
G01J3/10
G01J3/45
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019236935
(22)【出願日】2019-12-26
(62)【分割の表示】P 2019523952の分割
【原出願日】2018-06-06
(65)【公開番号】P2020115125
(43)【公開日】2020-07-30
【審査請求日】2021-03-19
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2017113823
(32)【優先日】2017-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097548
【弁理士】
【氏名又は名称】保立 浩一
(72)【発明者】
【氏名】太田 彩
(72)【発明者】
【氏名】横田 利夫
【合議体】
【審判長】三崎 仁
【審判官】樋口 宗彦
【審判官】萩田 裕介
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-145270(JP,A)
【文献】特開2013-205390(JP,A)
【文献】特開昭63-45515(JP,A)
【文献】APPLIED PHYSICS LETTERS Vol.98 (2011) p.253706
【文献】Proceedings of SPIE Vol.10089 (2017年02月22日 発行) p.100890A-1~100890A-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 3/00- 3/51
G01J 1/00- 1/04
G01J 9/00- 9/04
G01J 11/00
G01M 11/00
G01N 21/00-21/01
G01N 21/17-21/74
G02F 1/35- 1/39
H01S 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットであって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内の既知の特定波長の光の強度を選択的に減衰させて当該特定波長がパルス内で存在する時間を基準にして当該特定波長以外の他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うための目印を提供するマーカー素子を備えており、
マーカー素子は、前記既知の特定波長以外については選択的な減衰は行わない素子であることを特徴とする広帯域パルス光源ユニット。
【請求項2】
前記マーカー素子は、二以上の既知の異なる特定波長の光の強度を選択的に減衰させて目印とすることを可能にする素子であることを特徴とする請求項1記載の広帯域パルス光源ユニット。
【請求項3】
前記マーカー素子は、ノッチフィルタ、ファイバーブラッググレーティング又は標準試料ユニットであることを特徴とする請求項1又は2記載の広帯域パルス光源ユニット。
【請求項4】
パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットについて、出射された広帯域パルス光における時間と波長との対応付けを行う時間波長対応付け方法であって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内のうち既知の特定波長の光の強度をマーカー素子により選択的に減衰させて目印とし、当該既知の特定波長の光を検出したパルス内の時間を基準にして他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うことを特徴とする広帯域パルス光における時間と波長との対応付け方法。
【請求項5】
前記他の波長についてのパルス内の時間との対応付けは、前記既知の特定波長と前記他の波長との間の既知である群速度分散に従って計算により行うことを特徴とする請求項4記載の広帯域パルス光における時間と波長との対応付け方法。
【請求項6】
前記広帯域パルス光源ユニットは、群速度分散によりパルス伸長を行うパルス伸長素子を備えていてパルス伸長させた状態で前記広帯域パルス光を出射するユニットであり、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内のうち既知の二以上の特定波長の光の強度を前記マーカー素子により選択的に減衰させて目印とし、この目印により前記パルス伸長素子における群速度分散を測定し、測定された群速度分散により校正された状態で前記対応付けを行うことを特徴とする請求項4又は5記載の広帯域パルス光における時間と波長との対応付け方法。
【請求項7】
パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットを備えており、
広帯域パルス光源ユニットからの広帯域パルス光が照射された試料の透過光、反射光又は散乱光を捉えて試料の分析を行う分光測定装置であって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内の既知の特定波長の光の強度を選択的に減衰させて当該特定波長がパルス内で存在する間を基準にして当該特定波長以外の他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うための目印を提供するマーカー素子を備えており、
マーカー素子は、前記既知の特定波長以外については選択的な減衰は行わない素子であることを特徴とする分光測定装置。
【請求項8】
前記マーカー素子は、二以上の既知の異なる特定波長の光の強度を選択的に減衰させて目印とすることを可能にする素子であることを特徴とする請求項7記載の分光測定装置。
【請求項9】
前記マーカー素子は、ノッチフィルタ、ファイバーブラッググレーティング又は標準試料ユニットであることを特徴とする請求項7又は8記載の分光測定装置。
【請求項10】
パルス光源と、パルス光源からのパルス光のパルス幅を伸長させるパルス伸長素子を備えており、
パルス伸長素子における各波長の群速度分散は既知であり、
前記マーカー素子は、パルス伸長素子の既知である群速度分散に従い、パルス内で前記特定波長の光が検出された時間に基づいて他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うことが可能な目印を提供するものであることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の広帯域パルス光源ユニット。
【請求項11】
前記パルス光源ユニットは、パルス光源と、パルス光源からのパルス光のパルス幅を伸長させるパルス伸長素子を備えており、
パルス伸長素子における各波長の群速度分散は既知であり、
前記マーカー素子は、パルス伸長素子の既知である群速度分散に従い、パルス内で前記特定波長の光が検出された時間に基づいて他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うことが可能な目印を提供するものであることを特徴とする請求項7乃至9いずれかに記載の分光測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、分光測定の技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光の波長ごとの強度を測定する分光測定の技術は、材料分析や各種研究において盛んに利用されている。典型的な分光測定装置は、回折格子のような分散素子を使用した装置である。回折格子を使用した分光測定装置では、測定する波長に合わせて回折格子の姿勢を変化させることが必要になる。このため、分光測定装置は、光軸に対して垂直な軸の周りに回折格子を回転させる機構を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-205390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ある種の分光測定では、非常に短い時間内で測定を終了させることが必要である。例えば、非常に発光時間が短い発光物体の分光発光特性を知ることが必要な場合がある。より具体的には、エンジンのスパークプラグの発光現象の分析や、非常に短い時間の爆発における発光現象の分析が例として挙げられる。
【0005】
このような非常に短い発光を分析する場合、分散素子を使用する従来の分光測定装置では、測定が困難になってきている。この理由は、そのような短い時間内で測定を完了することが難しいか、又は不可能だからである。例えば、従来の分光測定装置を使用して100ナノメートル(nm)の帯域幅の光を0.1nmごとに分光測定しようとすると、被測定光が十分な光量である場合でも、0.2秒程度を要する。被測定光が微弱な場合、数十秒を要する。回折格子を使用した分光測定装置では、SN比を向上させるため、積算回数を多くすることが行われる。この場合には、さらに測定に時間を要することになる。
【0006】
他方、干渉計を利用したフーリエ分光法と呼ばれる手法が、高感度且つ高速の分光測定法として知られている。代表的なものが、有機物の成分分析等に用いられるフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)である。
図10は、従来の分光測定装置としてのフーリエ変換赤外分光光度計の概略図である。図10に示すように、FT-IRは、マイケルソン干渉計の構成を用いている。図10の例は、ある試料の分光吸光度を測定する例となっている。ランプのような広帯域の連続(非パルス)光源91からの光は、ハーフミラー92で分割される。分割された一方の光は固定ミラー93で反射され、他方の光は移動ミラー94で反射する。二つの光は、同一の光路に戻され、干渉する。干渉光は、試料S中を透過して、検出器95で検出される。
【0007】
光軸方向に移動ミラー94を移動させながら干渉光の強度を検出器95で検出すると、インターフェログラム(干渉光強度曲線)が得られる。このインターフェログラムをフーリエ変換することで、スペクトル波形が得られる。この場合、スペクトル波形は、試料の分光吸光度分布である。
FT-IRは、回折格子を使用した分光測定装置に比べて計測時間が短く、高感度で高分解能であるというメリットを有する。また、広帯域同時測定も可能である。しかしながら、移動ミラー94の掃引(光軸方向の移動)の周期は、現存機種のうちの速いものでも10Hz程度であり、通常、数十回~数百回積算を行うため、測定には数秒~数十秒を要する。したがって、それより短い時間の発光の分光測定には、この方法は使用することができない。
【0008】
近年、材料合成や燃焼過程等の研究では、非常に短い時間の分光測定が必要になってきている。しかしながら、従来の分光測定技術は、このようなニーズに対応できていない。
このような従来技術において、パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を利用して分光測定することが考えられる。しかしながら、パルス内の時間と波長との対応付けが精度良くできないと、分光測定の精度も向上させることができない。
この出願の発明は、このような従来技術の課題を考慮して為されたものであり、パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を利用して分光測定する場合において、パルス内の時間と波長との対応付けを精度良くできるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、この出願の請求項1記載の発明は、パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットであって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内の既知の特定波長の光の強度を選択的に減衰させて当該特定波長がパルス内で存在する時間を基準にして当該特定波長以外の他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うための目印とするマーカー素子を備えており、
マーカー素子は、前記既知の特定波長以外については選択的な減衰は行わない素子であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項2記載の発明は、前記請求項1の構成において、前記マーカー素子は、二以上の既知の異なる特定波長の光を選択的に減衰させて目印とすることを可能にする素子であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項3記載の発明は、前記請求項1又は2の構成において、前記マーカー素子は、ノッチフィルタ、ファイバーブラッググレーティング又は標準試料ユニットであるという構成を有する。
【0010】
また、上記課題を解決するため、請求項4記載の発明は、パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットについて、出射された広帯域パルス光における時間と波長との対応付けを行う時間波長対応付け方法であって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内のうち既知の特定波長の光の強度をマーカー素子により選択的に減衰させて目印とし、当該既知の特定波長の光を検出したパルス内の時間を基準にして他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項5記載の発明は、前記請求項4の構成において、前記他の波長についてのパルス内の時間との対応付けは、前記既知の特定波長と前記他の波長との間の既知である群速度分散に従って計算により行うことという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項6記載の発明は、前記請求項4又は5の構成において、前記広帯域パルス光源ユニットは、群速度分散によりパルス伸長を行うパルス伸長素子を備えていてパルス伸長させた状態で前記広帯域パルス光を出射するユニットであり、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内のうち既知の二以上の特定波長の光の強度を前記マーカー素子により選択的に減衰させて目印とし、この目印によりパルス伸長素子における群速度分散を測定し、測定された群速度分散により校正された状態で前記対応付けを行うという構成を有する。
【0011】
また、上記課題を解決するため、請求項7記載の発明は、パルス内で波長が時間的に変化している広帯域パルス光を出射する広帯域パルス光源ユニットを備えており
広帯域パルス光源ユニットからの広帯域パルス光が照射された試料の透過光、反射光又は散乱光を捉えて試料の分析を行う分光測定装置であって、
出射された広帯域パルス光について当該パルス内で時間的に変化している波長の帯域内の既知の特定波長の光の強度を選択的に減衰させて当該特定波長がパルス内で存在する間を基準にして当該特定波長以外の他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うための目印を提供するマーカー素子を備えており、
マーカー素子は、前記既知の特定波長以外については選択的な減衰は行わない素子であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項8記載の発明は、前記請求項7の構成において、前記マーカー素子は、二以上の既知の異なる特定波長の光の強度を選択的に減衰させて目印とすることを可能にする素子であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項9記載の発明は、前記請求項7又は8の構成において、前記マーカー素子は、ノッチフィルタ、ファイバーブラッググレーティング又は標準試料ユニットであるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項10記載の発明は、前記請求項1乃至3いずれかの構成において、パルス光源と、パルス光源からのパルス光のパルス幅を伸長させるパルス伸長素子を備えており、
パルス伸長素子における各波長の群速度分散は既知であり、
前記マーカー素子は、パルス伸長素子の既知である群速度分散に従い、パルス内で前記特定波長の光が検出された時間に基づいて他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うことが可能な目印を提供するものであるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項11記載の発明は、前記請求項7乃至9いずれかの構成において、前記パルス光源ユニットは、パルス光源と、パルス光源からのパルス光のパルス幅を伸長させるパルス伸長素子を備えており、
パルス伸長素子における各波長の群速度分散は既知であり、
前記マーカー素子は、パルス伸長素子の既知である群速度分散に従い、パルス内で前記特定波長の光が検出された時間に基づいて他の波長についてパルス内の時間との対応付けを行うことが可能な目印を提供するものであるという構成を有する。
【発明の効果】
【0012】
以下に説明する通り、この出願の発明によれば、広帯域パルス光においてパルス内の時間と波長との対応付けを精度良く行うことができるようになる。
また、請求項2、6又は8記載の発明によれば、上記効果に加え、パルス伸長素子における分散が変化した場合にも精度良く対応付けを行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】参考例の分光測定方法の概略を示した図である。
図2】実施形態の広帯域パルス光源ユニットにおける広帯域パルス光の生成について示した概略図である。
図3】パルス伸長素子として使用された光ファイバの分散特性を示す図である。
図4】広帯域パルス光と被測定光との干渉現象を利用して分光測定する原理について示した概略図である。
図5】第一の参考例の分光測定装置の概略図である。
図6】第二の参考例の分光測定装置の概略図である。
図7】マーカー素子としてのノッチフィルタの特性及び作用を示した概略図である。
図8】第三の参考例の分光測定装置の概略図である。
図9】標準ガスセルの吸収スペクトルの一例を示す図である。
図10】従来の分光測定装置としてのフーリエ変換赤外分光光度計の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、この出願発明を実施するための形態(以下、実施形態)について説明する。図1は、参考例の分光測定方法の概略を示した図である。
この参考例の分光測定方法は、広帯域パルス光L1を利用する方法であり、実施形態の広帯域パルス光源ユニットを利用する方法である。広帯域パルス光L1とは、パルス光ではあるものの、ある程度の帯域幅で波長が分布している光という意味である。特に、この実施形態では、広帯域パルス光L1は波長が時間的に変化する光となっている。
【0015】
具体的に説明すると、この実施形態では、図1に示すように、広帯域パルス光L1は波長が時間的に連続して変化する光となっている。この実施形態では、パルス内において時刻が早いほど長波長の光であり、後の時刻ほど短波長の光となっている。即ち、波長が短いほど遅くなる分布となっており、パルス内の時刻と波長とが1対1で対応している。したがって、パルス内の時刻が特定できれば、波長とその波長における強度とが同時に判ることになる。この広帯域パルス光L1の強度を経時的に検出器で測定した場合、時間経過とともに出力に強弱が現れるが、その強弱は、値が得られた時刻に対応した波長における光強度を意味する。つまり、検出器5からの出力値の時間的変化がスペクトル(分光強度)に相当するということである。
【0016】
このように波長が時間的に連続して変化している光は、チャープな光と呼ばれる。参考例の方法は、チャープな広帯域パルス光L1を利用して分光測定を行う方法である。
広帯域パルス光L1の生成について、図2を参照してより具体的に説明する。図2は、実施形態の広帯域パルス光源ユニットにおける広帯域パルス光L1の生成について示した概略図である。
【0017】
図2に示すように、実施形態において、広帯域パルス光L1は、レーザー光源1からの光を元にして生成される。パルス光は、しばしばレーザー光源からの光であり、図2に示すようにレーザー光L2は単一波長(狭帯域)の光である。この実施形態では、レーザー光源1からの光L2を自己位相変調等の非線形光学効果により広帯域化させている。即ち、自己位相変調等の非線形光学効果により新たな波長が生成され、光が広帯域化する。非線形光学効果により超短パルス光L2を広帯域化させた光L3は、スーパーコンティニウム光として知られている。参考例の方法は、このスーパーコンティニウム光(以下、SC光と略称する)L3を利用する。
【0018】
具体的には、参考例の方法では、SC光L3を得るための非線形光学素子2として光ファイバが使用される。光ファイバの場合、微小な領域に光を閉じ込めた状態で光を長い距離伝送することができる。このため、バルク型に比べて、非線形光学効果を得やすいという優位性を有する。
【0019】
そして、この実施形態では、分光測定という目的のためにさらに最適化させるべく、このSC光L3をパルス伸長している。即ち、図2に示すようにパルス伸長素子3によりパルスの時間幅を伸長させ、広帯域パルス光L1としている。
パルス伸長素子3としては、この実施形態では分散素子が使用される。分散素子としては同様に扱いの容易さ等から光ファイバが使用されており、負の分散スロープを有する光ファイバがパルス伸長素子3として使用される。図3は、パルス伸長素子として使用された光ファイバの分散特性を示す図である。
【0020】
この実施形態では、1100~1600nm程度の近赤外域の分光測定を行うことが想定されている。図3では1300nm未満が省略されているが、パルス伸長素子3としての光ファイバは、1100~1600nm程度の範囲において群速度分散が負(正常分散)であり、波長が長くなるほど分散が大きくなる特性(負の分散スロープ)を有している。このため、図2に示すように、SC光L3におけるパルスの時間幅が長くなる。SC光L3のブロードな波長幅は、そのまま保存され、変化しない。
【0021】
例えば、図2に示すように、中心波長1064nmで波長幅0.3nmのレーザー光L2がレーザー光源1から発せられ、そのレーザー光L2のパルス幅は9ピコ秒程度である。このレーザー光L2は、非線形光学素子2により、600~2000nm程度の広帯域のSC光L3に変換させられ、そのパルス幅は約200ピコ秒に伸長させられる。そして、SC光L3のパルス幅は、パルス伸長素子3により100ナノ秒(ns)以上に伸長させられ、広帯域パルス光L1が得られる。
【0022】
尚、図3に示すような分散特性を有する光ファイバとしては、通信用の分散補償ファイバを転用することができる。通信用としては、正の分散スロープを持つシングルモードファイバが伝送用にしばしば使用されるが、波形の歪みを補償するべく負の分散スロープを有するファイバが分散補償ファイバモジュール(DCM)として市販されており、それを使用することができる。
また、非線形光学素子2としての光ファイバについては、一般的なシングルモードファイバで足りるが、測定波長域において正常分散特性を示すものを使用することがチャープなSC光L3を生成する観点から好ましい。そして、SC光L3は、線形チャープな光であることがより好ましい。
【0023】
このようにして生成された広帯域パルス光L1は、図1に示すように、被測定光L0と干渉させられる。広帯域パルス光L1を使用し且つ干渉現象を利用して分光測定をすることが、参考例の方法の原理であり、大きな特徴点となっている。この点について、図4を参照して説明する。図4は、広帯域パルス光L1と被測定光L0との干渉現象を利用して分光測定する原理について示した概略図である。
【0024】
図4には、被測定光L0及び広帯域パルス光L1のそれぞれについて、時間をパラメータとした強度分布及び波長をパラメータとした強度分布が示されている。図4に示すように、被測定光L0については広帯域パルス光L1の一つのパルスの時間帯よりも十分に長い時間一定の強度で存在しており、その間においてスペクトルは変わらないものとする。また、広帯域パルス光L1の帯域幅は、測定しようとしている被測定光L0の帯域幅と同じか又はそれより広いものとなっている。
【0025】
被測定光L0が広帯域パルス光L1と同一光路を進むと、被測定光L0中の波長と広帯域パルス光L1の波長とが近い場合に干渉が生じ、一致する波長において特に干渉振幅が大きくなる。被測定光L0と広帯域パルス光L1とは、一緒になって検出器5に達して強度が測定される。この際、被測定光L0については、時間によって波長成分が変化することはないが、広帯域パルス光L1は、上述したように波長が時間的に連続して変化する。即ち、パルスにおいて一番最初は最も長い波長であり、時間経過に伴い順次短い波長となる。したがって、干渉が生じた場合、被測定光L0に含まれる波長の光が検出器5に入射するタイミングで特に検出器5の干渉振幅が大きくなる。つまり、検出器5から出力値の時間的変化(一つのパルス内での変化)を調べることで、どの波長でどの程度の大きさの干渉が生じているか判ることになる。
【0026】
干渉光の強度は、広帯域パルス光L1のスペクトルにも依存するが、広帯域パルス光L1のスペクトルが既知であれば、後は被測定光L0のスペクトルのみである。したがって、検出器5の出力から干渉光の強度を調べ、既知である広帯域パルス光L1のスペクトルで規格化することで、被測定光L0のスペクトルを求めることができる。
【0027】
ここで、検出器5に入射する光の状態は、フーリエ変換分光測定法において移動ミラーを移動させて波長掃引を行った場合と等価と考えることができる。FT-IRにおいて、移動ミラーを移動させると、広帯域連続光(ここでの連続光とはパルス光ではないという意味)のすべての波長の位相差がゼロになる位置において干渉振幅が最大となり、移動ミラーの位置の関数としてインターフェログラムを得ることができる。そして、これをフーリエ変換することにより全波長域のスペクトルを一括して同時検出することができる。一方、実施形態のように波長が時間的に変化する広帯域パルス光L1を用いると、時間の関数としてインターフェログラムIが得られることになる。参考例の場合にはスペクトル情報は一括同時検出では得られないが、FT-IRにおけるミラー掃引速度は掃引の周波数(頻度)で示すと10Hz程度であるのに対し、参考例における1パルスのパルス幅はμ秒オーダーにすることができる。即ち、参考例での1スキャンの測定時間はFT-IRに比べて100000倍速い。複数回の積算回数を必要とする場合や多点測定が必要な場合には、トータルの時間としてこの差は大きな差となる。
【0028】
このように、参考例において、検出器で得られる干渉光の時間的変化は、FT-IRと同様のインターフェログラムIであり、FT-IRの場合と同様のフーリエ変換を行うことでスペクトルが求められる。そして、上述したように、このスペクトルを、既知である広帯域パルス光L1のスペクトルで規格化(波長ごとの割り算)をすることで、被測定光L0のスペクトルPが求められる。参考例の分光測定方法は、このような原理に基づいている。
【0029】
次に、上記のような分光測定方法を実施する参考例の分光測定装置について説明する。図5は、第一の参考例の分光測定装置の概略図である。
図5に示すように、参考例の分光測定装置は、広帯域パルス光L1を発する広帯域パルス光源ユニット10と、広帯域パルス光L1と被測定光L0とを干渉させる干渉光学系40と、広帯域パルス光L1と被測定光L0との干渉光を検出する検出器5と、検出器5からの出力信号を処理する演算処理ユニット6とを備えている。
【0030】
広帯域パルス光源ユニット10は、前述したように、レーザー光源1と、レーザー光源1からのレーザー光を非線形光学効果によりSC光とする非線形光学素子2と、SC光のパルスを伸長するパルス伸長素子3とを備えている。
レーザー光源1としては、高いピークパワーを得るため、フェムト秒レーザー光源又はピコ秒レーザー光源が好適に使用される。例えば、チタンサファイアレーザーやファイバレーザー等が使用できる。非線形光学素子2は、例えば10メートル程度のシングルモードファイバであり、パルス伸長素子3は市販のDCMである。
【0031】
干渉光学系40は、ハーフミラー4を含んでいる。被測定光L0が光ファイバで導かれてハーフミラー4に達したり、スリットを経てハーフミラー4に達したりする構成が採用されることもあり得る。
検出器5としては、近赤外域ではInGaAsのようなフォトダイオードを使用したものが採用され得る。検出器5としては応答性の高いものが好ましく、例えばALPHALAS社のUPD-30-VSG-Pが使用できる。
【0032】
演算処理ユニット6は、フーリエ変換を含む信号処理を行う信号処理プログラム61を記憶した記憶部62と、信号処理プログラムを実行するプロセッサ63とを含む。演算処理ユニット6としては、パソコンのような汎用コンピュータを使用し得る。尚、インターフェログラムは信号処理プログラムによりフーリエ変換される。尚、実際には、デジタル処理であるので、離散フーリエ変換が行われる。
【0033】
この参考例では、演算処理ユニット6と検出器5との間には、取り込みユニット70が設けられている。取り込みユニット70は、この参考例ではオシロスコープ7となっている。オシロスコープ7に代え、高速ADコンバータによりサンプリングを行うユニットが取り込みユニットとして設けられることもある。
尚、検出器5と取り込みユニット70の間又は取り込みユニット70内には、不図示の増幅器が設けられている。さらに、取り込みユニット70と演算処理ユニット6との間又は演算処理ユニット6内には、不図示のAD変換器が設けられている。
また、取り込みユニット70は、検出器5に対して演算処理ユニット6とパラレルに設けられることもある。この場合には、検出器5からの出力信号は、取り込みユニット70を経ずに演算処理ユニット6に直接送られる。
【0034】
被測定光L0は、広帯域パルス光源ユニット10からの広帯域パルス光L1と干渉し、干渉光の強度が検出器5で検出される。検出器5からの出力の時間的変化であるインターフェログラムIは、取り込みユニット70としてのオシロスコープ7に取り込まれ、オシロスコープ7を介して演算処理ユニット6に入力される。そして、演算処理ユニット6でフーリエ変換を含む所定の信号処理が行われ、その結果、被測定光L0のスペクトルPが求められる。
【0035】
装置構成のより具体的な一例を示すと、1000~1600nm程度の範囲を測定波長域とする場合、レーザー光源1としては発振波長1064nmのパルスレーザーが使用される。パルスの発振周期(繰り返し周期)は1.3MHzで、パルス幅は5ピコ秒である。
非線形光学素子2としては、コーニング社製のSMF28のようなシングルモードファイバが使用され、パルス伸長素子3としては、(株)フジクラ製のDCM-G.652のようなDCMが使用される。
得られる広帯域パルス光L1のスペクトル幅は600nm(1000~1600nmの帯域)であり、パルス幅(時間幅)は700ナノ秒程度となる。この広帯域パルス光L1を利用することで、1000~16000nm程度の波長域において被測定光L0を分光測定が行える。
【0036】
参考例の分光測定方法及び分光測定装置によれば、パルス内の時刻(経過時間)に応じて波長が変化する広帯域パルス光L1を被測定光L0と干渉させてそのインターフェログラムのフーリエ変換により被測定光L0のスペクトルを求めるので、FT-IRのように移動ミラーを移動させることは不要である。
【0037】
このような参考例の分光測定方法及び分光測定装置によれば、爆発やエンジンの燃焼のような非常に短い時間しか存在しない光のスペクトルを測定する場合であっても、広帯域パルス光L1のパルス幅をその時間以下としておくことで、分光測定が行える。上記の例では、広帯域パルス光L1のパルス幅は700nsであるので、700ns以上の時間で生じている発光であれば、分光測定が行える。
【0038】
広帯域パルス光L1のスペクトル帯域は、想定される被測定光L0のスペクトル帯域をカバーするもの、即ち被測定光L0のスペクトル帯域と同じかそれより広いものであることが好ましい。被測定光L0のスペクトル帯域よりも狭いと、その部分では測定結果が得られなくなるからである。広帯域パルス光L1の中心波長は、被測定光L0に応じて選定されるが、帯域幅は少なくともその前後で50nm以上あることが好ましく、全体として100nm以上の帯域幅であることが好ましい。
【0039】
尚、SN比の高い測定を行うため、広帯域パルス光L1の繰り返しにおいて値を積分することが好ましい。即ち、広帯域パルス光L1と被測定光L0との干渉光が広帯域パルス光L1のパルスの繰り返しにおいて検出器5に複数回入射するようにし、各波長について積分した値を測定結果とする。
【0040】
広帯域パルス光L1のパルス幅は、パルス伸長素子3の性能に依存するが、検出器5の立ち上がりに要する時間を考慮して選定されることが好ましい。検出器5は、光が入射してから光電変換により出力が現れるまで、ピコ秒オーダーではあるものの、ある程度の時間(立ち上がり時間)を要する。この時間に比べて広帯域パルス光L1のパルス幅が十分にないと、必要な波長幅での分光測定ができなくなる。フォトダイオードのような一般的な光電変換素子を検出器5として使用する場合、広帯域パルス光L1のパルス幅は、100ns以上であることが好ましい。即ち、広帯域パルス光L1のパルス幅を100ns以上としておけば、高速応答の特殊な検出器を使用する必要がないという効果が得られる。
【0041】
広帯域パルス光L1の周期(繰り返し周期)は、伸長された広帯域パルス光L1のパルス幅を目安に、隣り合うパルスが重ならないように設定することが好ましい。例えばパルス幅が前述の700nsと1μ秒よりやや小さい程度なら、繰り返し周波数は1MHz程度に設定することができる。また、検出器5と取り込みユニット70における立ち上がり応答速度も考慮して選定されることが好ましい。例えば、検出器5として帯域5GHzのフォトダイオードを用い、取り込みユニット70として帯域2GHzのオシロスコープを用いた場合、立ち上がり応答時間は188psとなる。したがって、隣り合うパルスの間隔は188ps以上必要となる。
【0042】
次に、第二の参考例の分光測定方法及び分光測定装置について説明する。図6は、第二の参考例の分光測定装置の概略図である。
上述した第一の参考例の説明において、広帯域パルス光L1のスペクトルは既知であるとした。これは、広帯域パルス光L1のスペクトルを予め測定し、演算処理ユニット6において定数として設定しておくということである。これでも良いのであるが、被測定光L0を測定している際のリアルタイムのスペクトルではない。広帯域パルス光L1のスペクトルが安定していて変化がないのであれば問題はないが、変化があり得るのであれば、リアルタイムのスペクトルで規格化すべきである。
【0043】
第二の参考例態は、上記の点を考慮して最適化している。即ち、図6に示すように、第二の参考例では、参照用光学系400が設けられている。具体的には、広帯域パルス光源ユニット10からの広帯域パルス光L1を分割するビームスプリッタ41が配置されている。ビームスプリッタ41で分割された広帯域パルス光L1の一方は、干渉光学系40内のハーフミラー4に達して被測定光L0と干渉し、その強度が検出器(第一の検出器)5で検出される。広帯域パルス光L1の他方は、干渉光を捉える検出器5とは別の第二の検出器51に入射し、第二の検出器51からの出力信号は、不図示の増幅器で増幅され、第一の検出器5とは別に演算処理ユニット6に入力される。尚、第二の検出器51の出力をオシロスコープで観察する場合もある。
【0044】
第二の検出器51からの出力も、その時間的な変化が広帯域パルス光L1のスペクトルを意味しているから、演算処理ユニット6は、不図示のAD変換器でデジタル信号とした上で参照用のスペクトルとする。そして、第一の検出器5からの出力(インターフェログラム)から被測定光L0のスペクトルを算出する際の規格化用の値として利用する。
【0045】
第二の参考例によれば、規格化用の広帯域パルス光L1のスペクトルをリアルタイムで得て被測定光L0のスペクトルを算出するので、その点で測定精度の信頼性が高くなる。第二の検出器51は、第一の検出器5と同じものが使用されるが、特性にバラツキのないものが使用されることが好ましい。
【0046】
また、第二の参考例では、広帯域パルス光L1における波長帯域内の既知の特定波長の光の強度を選択的に変動させて目印とすることを可能にするマーカー素子が設けられている。マーカー素子としては、この実施形態では、既知の特定波長の光の強度を選択的に減衰させるノッチフィルタ(バンドカットフィルタ)81,82が採用されている。尚、マーカー素子における「減衰」は、相当量を遮断して検出器に到達させないという意味であり、吸収による場合の他、反射させたり又は散乱させたりする場合を含む。
【0047】
図7は、マーカー素子としてのノッチフィルタ81,82の特性及び作用を示した概略図である。図7に示すように、この実施形態では、二枚のノッチフィルタ81,82が設けられている。第一のノッチフィルタ81は、図7(A)に示すように、広帯域パルス光L1の帯域のうちの長波長側の特定波長λ1の光を選択的に減衰させるフィルタとなっている。また、図7(B)に示すように、第二のノッチフィルタ82は、広帯域パルス光L1の帯域のうちの短波長側の特定波長λ2の光を選択的に減衰させるフィルタとなっている。これら特定波長λ,λは各ノッチフィルタ81,82の特性であり、いずれも既知である。
【0048】
このような二枚のノッチフィルタ81,82に、例えば図7(C1)のようなスペクトルの広帯域パルス光L1を通すと、図7(C2)に示すように、λ,λにおいて強度が顕著に低下する。このため、パルス内の経過時刻と波長との対応の目印とすることができる。以下の説明は、時間波長対応付け方法の発明の実施形態の説明でもある。
例えば、前述したように波長が短いほど遅い時刻に位置する広帯域パルス光L1の場合であるとすると、第二の検出器51からの出力の時間的変化において、最初に顕著な出力の減衰が見られた時刻をtとし、次に出力の顕著な低下が見られた時刻をtとすると、時刻tはλが検出された時刻であり、tはλが検出された時刻ということになる(λ>λ)。
【0049】
この場合、λとt、λとtの明確な対応付けができるため、これを基準にして各時刻における強度を対応する波長の強度(スペクトル)とすることができる。時間と波長の対応付けは、パルス伸長素子3の分散から計算することで行える。分散は図3に示すように波長による伝搬速度の違いを表している。例えば、波長1500nmにおける分散値は-1.4ns/nmとなっている。これは、例えば波長1499nmと1500nmがパルス伸長素子3を同時に伝搬し始めたとすると、パルス伸長素子3から出射されるときには1500nmが1499nmよりも1ns遅れている、ということを表している。広帯域パルスはパルス伸長素子3を通過すると、この分散の影響を受けてパルス幅が伸長される。よって、マーカー素子81によりλとtの基準が決定されれば、どの波長がどれだけ遅れて伝搬するかを計算することができ、波長と時間の対応付けを行うことができる。
【0050】
この場合、分散はパルス伸長素子3の周囲の温度の影響などで変化する可能性がある。分散が変化すると波長と時間の関係が変化する。ペルチェ素子等を用いて温度安定化を図ることも対策の一つではあるが、コストアップとなる。そこで、例えば別のマーカー素子82を挿入し、λとtの波長と時間の関係を得ることで、λとtを基準にして分散から計算されるtと、マーカー素子82で観察されるtの時間がどれくらい一致しているかを確認し、そのずれ量をデータの確かさの指標にしたり、ズレ量が大きい場合はパルス伸長素子3の分散を再測定して校正したりするなどの対策を取ることができる。
【0051】
マーカー素子が無い場合、広帯域パルス光L1のうちの最も長い波長と最も短い波長とによって上記特定を行うことになる。この方法でも実施可能であるが、図1などに示したように、広帯域パルス光L1の始まりと終わりは信号が微弱なので、どの時刻が始まりでどの時刻が終わりであるか特定することが難しい場合が多く、精度低下の原因になり易い。上記のようにマーカー素子81,82を使用すると、精度の高い分光測定を安定して行うことができる。よって、マーカー素子は、二つ以上設けること(即ち、二つ以上の既知の波長の検出時刻を特定すること)が好ましいが、一つであっても測定精度の向上には寄与する。
【0052】
また、マーカー素子としては、ノッチフィルタの他、ファイバブラッググレーティング(FBG)を使用することも可能である。精度の高い分光測定のためには、ノッチフィルタにおける選択減衰帯域は1nm以下であることが好ましいが、ノッチフィルタは誘電体多層膜で形成されるため、そのような狭帯域の特性を得ようとすると高コストとなり易い。また、狭帯域化すると、それ以外の帯域の透過率も低下してしまい損失が大きくなる。一方、FBGの場合、ファイバ中にその長さ方向に高低の屈折率周期構造が形成されているため、ノッチフィルタに比べると1nm以下といった狭帯域減衰特性を得るのが容易で、他の帯域の光の損失も少ない。また、広帯域パルス光源ユニット10のパルス伸長素子3として光ファイバが使用されている場合、ファイバ同士を融着することも可能であり、ファイバ系の光学構造として親和性が高い。
【0053】
次に、第三の参考例の分光測定方法及び分光測定装置について説明する。図8は、第三の参考例の分光測定装置の概略図である。
図8に示すように、第三の参考例においても、広帯域パルス光L1をビームスプリッタ41で二つに分け、その一方を被測定光L0と干渉させ、他方を規格化用の光として第二の検出器51に入射させている。この第三の参考例では、第二の参考例のノッチフィルタ81,82に代えて標準ガスセル83がマーカー素子として使用されている。
標準ガスセルは、良く知られた吸収スペクトルを持つガスがセルに封入された構造のものである。ガス種固有の鋭い吸収スペクトルを有するため、各種波長校正用に使用されている。図9に、標準ガスセルの吸収スペクトルの一例を示す。この例は、米国のWavelength Reference社のアセチレン標準ガスセル(200Torr、長さ3cm)の例である。セルの入射側と出射側の双方にファイバを接続した構造の標準ガスセルも市販されており、実施形態における広帯域パルス光源ユニット10の出射側に接続するのも容易である。
【0054】
標準ガスセルのような既知の波長において顕著な吸収スペクトルを有する試料中に広帯域パルス光L1を透過させると、その特定の波長の光を捉えた時刻において検出器51からの出力が顕著に低下する。図7に示すように、標準ガスセル83は多数の吸収スペクトルを有するから、精密な波長補正が可能となる。とはいえ、標準ガスセル83の場合も、少なくとも一つの既知の吸収スペクトルがあれば、測定精度の向上が期待できることは言うまでもない。尚、標準となる試料がガスである必要はなく、液体や固体であっても良い。一般的に表現すれば、少なくとも一つの既知の顕著な吸収スペクトルを有する試料を備えた標準試料ユニットがマーカー素子として使用できるということである。
【0055】
尚、広帯域パルス光源ユニット10が上述したようなマーカー素子81,82,83を備えていることは、被測定光L0との干渉を利用した分光測定という用途以外でも意義を有する。例えば、広帯域パルス光源ユニット10からの光を試料に直接照射し、その透過光、反射光、散乱光等を捉えて試料の分析を行う分光測定装置が考えられる。この分光測定装置は、本願の分光測定装置の発明の実施形態に相当する。この分光測定装置においても、パルス内の時刻と波長との対応付けを精度良く容易に行うことが重要であり、上記構成は、この点で顕著な意義を有する。
また、マーカー素子81,82,83は、ビームスプリッタ41で分割された他方(被測定光L0と干渉しない方)の広帯域パルス光L1の光路上に設けられていても良い。この場合、既知の特定波長の光やその外側の帯域の光も被測定光L0と干渉するので、その帯域の測定結果も必要な場合には好適な構成となる。
【0056】
また、上記実施形態では、広帯域パルス光L1は波長が時間的に連続して変化する光であるとしたが、本願発明の実施に際しては、時間的に変化していれば足り、必ずしも連続している必要はない。超短パルスレーザー光に非線形光学効果を生じさせてSC光を生成する際、非線形光学素子としての光ファイバの分散特性が異常分散を含む場合、チャープなSC光にはならず時間的に離散した状態になる場合がある。このようなSC光をパルス伸長して得た広帯域パルス光L1の場合でも、パルス内の時刻と波長との対応関係が予め判っていれば波長を特定することができる。但し、波長が連続して変化するチャープなSC光の方が波長の特定が容易であり、また波長の抜け(測定できない波長)が無いので好適である。
【0057】
上記実施形態では、SC光をパルス伸長素子3でパルス伸長させることで広帯域パルス光L1を得たが、他の構成もあり得る。例えば、チタンサファイアレーザーのようなある種のレーザーでは、200nm程度のブロードな帯域幅(中心波長に対して±100nm)で発振できるものがあり、そのようなレーザー光源1からの出力をパルス伸長素子3でパルス伸長させても広帯域パルス光L1を得ることができる。この場合、ピークパワーが小さければ特に非線形光学効果は利用しないということになる。但し、上記実施形態のように非線形光学効果を利用して広帯域の光を得る方がより広い帯域を容易に得ることができる。
【0058】
パルス伸長素子3は、測定波長の全帯域において正常分散特性を有するものであったが、素子の性質として異常分散特性である波長帯域を有していても良い。但し、ゼロ分散波長付近の波長域ではパルスが伸長されないため波長の時間差が得られず分解能が低くなる。また、正常分散と異常分散が混在すると時間と波長の1対1対応が取れなくなる。よって、パルス伸長素子3がパルス伸長素子3へ入射される波長域においてゼロ分散波長を含み、正常分散と異常分散が混在する場合、パルス伸長素子3に入射する前の光路上に正常分散領域又は異常分散領域のみになるよう波長カットフィルタを設けると良い。
【0059】
尚、パルス伸長素子3は、分散作用を有するものであったが、同時に非線形光学効果を奏する素子であっても良い。即ち、非線形光学効果によって新たな波長を生成しつつ(波長帯を広くしつつ)、同時にパルス幅を広くする素子であっても良い。
また、パルス伸長素子3を使用しなくてもSC光のままで十分に長いパルス幅の場合もあり、パルス伸長素子3を使用することは必須ではない。但し、より広いパルス幅にしたり、任意のパルス幅に伸長したりすることができるという点で、パルス伸長素子3の使用には意義がある。
【0060】
上述したように、各参考例の方法及び装置は、爆発やエンジンの燃焼のような非常に短い時間の発光の分析に適している。とはいえ、これらの発明は、波長が時間的に変化する広帯域パルス光L1と被測定光L0との干渉を利用して分光測定する原理に特徴点があり、必ずしもそのような用途には限られない。長い発光現象を分析する用途にも使用できるし、発光現象に限らず、分光吸光度や分光透過率といった材料の分光特性を測定する用途にも使用できる。
【0061】
尚、広帯域パルス光L1の帯域幅は、想定される被測定光L0のスペクトルをカバーするものであることが好ましいと説明したが、そうでない場合にも実施は可能である。この場合、広帯域パルス光L1のスペクトルが存在しない波長では、被測定光L0のスペクトルを知ることはできないので、その部分の値は測定から除外するよう信号処理プログラム61がプログラミングされる。
【0062】
また、マーカー素子としてのノッチフィルタ81,82や標準ガスセル83は、被測定光L0と干渉させる光とは別に規格化用に検出器51で強度を検出する場合でなくとも、効果を奏する場合がある。例えば、被測定光L0が比較的フラットなスペクトル分布を有していれば、被測定光L0と広帯域パルス光L1との干渉光強度の分布において顕著にその強度が低くなっている箇所を目印とすることが可能であり、第一の参考例においてノッチフィルタ81,82を設けたり、又は標準ガスセル83を設けたりしても良い。
【0063】
尚、マーカー素子については、既知の特定の波長を減衰させるものの場合の他、既知の特定の波長の光を減衰させずに他の波長の光を減衰させる特性のものであっても実施は可能である。但し、この場合、光の損失が大きくなるので、既知の特定の波長を減衰させるタイプの方が好ましい。
【符号の説明】
【0064】
L0 被測定光
L1 広帯域パルス光
L2 レーザー光
L3 スーパーコンティニウム光
10 広帯域パルス光源ユニット
1 レーザー光源
2 非線形光学素子
3 パルス伸長素子
40 干渉光学系
400 参照用光学系
4 ハーフミラー
41 ビームスプリッタ
5 検出器
51 検出器
6 演算処理ユニット
61 信号処理プログラム
62 記憶部
63 プロセッサ
70 取り込みユニット
7 オシロスコープ
81 マーカー素子としてのノッチフィルタ
82 マーカー素子としてのノッチフィルタ
83 マーカー素子としての標準ガスセル

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10