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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-27
(45)【発行日】2024-09-04
(54)【発明の名称】ハース
(51)【国際特許分類】
   F27B 3/10 20060101AFI20240828BHJP
   C22B 9/22 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/01 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/05 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/10 20060101ALI20240828BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20240828BHJP
【FI】
F27B3/10
C22B9/22
C22C9/01
C22C9/02
C22C9/04
C22C9/05
C22C9/06
C22C9/10
C22C9/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020134168
(22)【出願日】2020-08-06
(65)【公開番号】P2022030284
(43)【公開日】2022-02-18
【審査請求日】2023-04-05
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松本 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋介
【審査官】齋藤 健児
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-508636(JP,A)
【文献】国際公開第2018/190419(WO,A1)
【文献】特開2015-152213(JP,A)
【文献】特開2019-070169(JP,A)
【文献】特開2019-203197(JP,A)
【文献】特開2002-053921(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F27B 3/10
C22B 9/22
C22C 9/01
C22C 9/02
C22C 9/04
C22C 9/05
C22C 9/06
C22C 9/10
C22C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはチタン合金である金属インゴットを製造する電子ビーム式溶解炉のハースであって、
浴槽と、
前記浴槽に設けられる注湯口とを備え、
前記注湯口の外表面については、引張強度が300MPa以上であり且つ熱伝導率が240~400W/m・kである銅合金からなる、ハース。
【請求項2】
前記銅合金は、銅を94.6質量%以上含む、請求項1に記載のハース。
【請求項3】
前記銅合金は、合金元素としてベリリウム、ホウ素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、チタン、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、銀、スズ、アンチモン、白金、及び金から選ばれる1種以上を含み、該合金元素の合計含有量は0.5質量%以上5.4質量%以下である、請求項1又は2に記載のハース。
【請求項4】
前記銅合金は、合金元素としてベリリウム、クロム、ニッケル、及びジルコニウムから選ばれる1種以上を含み、該合金元素の合計含有量は0.5質量%以上5.4質量%以下である、請求項1又は2に記載のハース。
【請求項5】
当該ハース全体の組成は、前記注湯口の外表面を構成する銅合金からなる、請求項1~4のいずれか一項に記載のハース。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のハースを備える電子ビーム式溶解炉を使用し、チタンまたはチタン合金である金属インゴットを製造する工程を含む、金属インゴットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハースに関する。該ハースは電子ビーム式溶解炉に用いられることがある。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム式溶解炉は、溶解原料である金属材料を高温かつ高真空条件にて溶解することができるので、近年、要求される高純度の金属インゴットの製造等に好適であり、広く利用されている。この電子ビーム式溶解炉における金属インゴットの製造の概略は、以下の通りである。溶解原料の金属材料は、電子ビーム式溶解炉のハースに供給される。そして、そのハースの浴槽内では、その上方に位置する電子ビーム銃から金属材料に電子ビームを照射して金属材料を溶解する。電子ビームの照射により溶解した金属材料の溶解金属(以下、「溶湯」と称する。)は、ハースから鋳型に注ぎ込まれた後、凝固させられる。凝固した部分を鋳型の下方に連続的に引き抜くことによって、金属インゴットが製造される。
【0003】
電子ビーム式溶解炉のハースとしては、ハースの浴槽の表面上にスカルと呼ばれる金属の固形層を形成させるために、水等の冷媒が流通する路を内部に形成した、いわゆる水冷銅で構成されたものが知られている(例えば、特許文献1)。当該ハースにおいては、溶解時にスカルが存在することで、金属インゴットの不純物含有量の増大を抑制することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2003-508636号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鋳型付近のハースの周壁には、浴槽から該鋳型に溶湯を注ぐために注湯口が設けられている。電子ビーム式溶解炉の操業においては、ハースの注湯口から鋳型に溶湯を流し込む場合、溶湯が鋳型に流れ込む間に冷され、注湯口やその周囲に固着することがある。その固着物により溶湯が鋳型外に流れ込むことを未然に防止するため、注湯口やその周囲は電子ビームを直接的に照射される頻度が高い。この注湯口やその周囲は、電子ビームを照射される度に非常に高温になることから膨張と収縮を繰り返すと考えられ、クラックが比較的生じやすい傾向にあった。このようなクラックが発生した場合、いわゆる水冷銅の流路から水分が真空状態の電子ビーム式溶解炉内に曝され蒸気となり、その結果、電子ビーム式溶解炉内の圧力が上昇する。また、それに伴い真空度が低下し、電子ビームの照射が不安定となる。なお、電子ビーム式溶解炉内に水蒸気が発生すると結果として溶湯が汚染されることもある。したがって、当該ハースをそのまま使用できなくなる。たとえば、注湯口やその周囲にクラックが確認された場合、電子ビーム式溶解炉の操業を停止し、ハースを修復又は交換することを要することもある。
【0006】
そこで、本発明は、一実施形態において、電子ビーム式溶解炉の操業における注湯口の外表面のクラック発生を抑制することが可能なハースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
即ち、本発明は一側面において、電子ビーム式溶解炉のハースであって、浴槽と、前記浴槽に設けられる注湯口とを備え、前記注湯口の外表面については、引張強度が300MPa以上であり且つ熱伝導率が240~400W/m・kである銅合金からなる、ハースである。
【0008】
本発明に係るハースの一実施形態において、前記銅合金は、銅を94.6質量%以上含む。
【0009】
本発明に係るハースの一実施形態において、前記銅合金は、合金元素としてベリリウム、ホウ素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、チタン、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、銀、スズ、アンチモン、白金、及び金から選ばれる1種以上を含み、該合金元素の合計含有量は0.5質量%以上5.4質量%以下である。
【0010】
本発明に係るハースの一実施形態において、前記銅合金は、合金元素としてベリリウム、クロム、ニッケル、及びジルコニウムから選ばれる1種以上を含み、該合金元素の合計含有量は0.5質量%以上5.4質量%以下である。
【0011】
本発明に係るハースの一実施形態において、当該ハース全体の組成は、前記注湯口の外表面を構成する銅合金からなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電子ビーム式溶解炉の操業における注湯口の外表面のクラック発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係るハースの一実施形態を説明するための模式的な平面側斜視図である。
図2】注湯口に用いられる銅合金の評価方法を説明するため模式的な平面図である。
図3】本発明に係るハースの別の実施形態を説明するための模式的な平面側斜視図である。
図4】本発明に係るハースの別の実施形態を説明するための模式的な平面側斜視図である。
図5A】本発明に係る電子ビーム式溶解炉の一実施形態を説明するための模式的な側面図である。
図5B】本発明に係る電子ビーム式溶解炉の一実施形態を説明するための模式的な平面図である。
図5C】本発明に係る電子ビーム式溶解炉の別の実施形態を説明するための模式的な平面図である。
図6A】本発明に係る電子ビーム式溶解炉の別の実施形態を説明するための模式的な側面図である。
図6B】本発明に係る電子ビーム式溶解炉の別の実施形態を説明するための模式的な平面図である。
図7A】試験例1-1における電子ビーム照射及び表面研磨処理後の供試材の表面(電子ビーム照射面)の写真である。
図7B】試験例2-1における電子ビーム照射及び表面研磨処理後の供試材の表面(電子ビーム照射面)の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。また、本明細書中において、単に「金属材料」とは、単体金属及び合金を含む概念である。
【0015】
[1.ハース]
図1に示すハース100は、浴槽110と、浴槽110に設けられ、溶湯を流出させる注湯口115とを備えている。当該浴槽110は、高い熱伝導率等の観点から、銅(例えば、無酸素銅)又は銅合金で形成されていればよい。例えば、水等の冷却媒体を流す流路(不図示)は適宜の配置とすればよい。例えば、前記流路をハースの壁内に形成できる。前記流路を浴槽の壁内に設けた場合、浴槽110の内表面上にスカル(不図示)と呼ばれる金属の固形層を形成しやすい。これにより、溶湯への浴槽110の成分の流出が抑制され、不純物の少ない金属インゴットを製造することができる。なお、ハースとしては、図示のような一段のハース100でもよいが、例えば図6A~Bに図示するように複数のハースを使用する多段のハースとすることもできる。多段のハースを使用する場合、鋳型に溶湯を注湯するハースに注湯口が設けられる。多段のハースは、そこに供給される金属材料の不純物含有量の低減等の点で優れており、例えば、溶解ハース、精製ハース、分注ハース等を組み合わせて構成することができる。図示は省略するが、溶解ハース、精製ハース、および分注ハースを備えるのであれば、多段ハースは3つのハースを構成に含む。
【0016】
一般に、電子ビーム式溶解炉においては、スポンジチタン等の溶解原料である金属材料を溶解して精製するため、ハースから鋳型に至るまで、一個又は複数個設けた電子ビーム銃から電子ビームを照射して溶湯を高温に維持する。中でも、ハースの注湯口は、鋳型に注ぎ込む溶湯を高温に維持するため、また注湯口やその周囲への固着物形成抑制のため、電子ビームが照射される。しかしながら、電子ビーム式溶解炉の操業において、水冷銅ハース(例えば、特許文献1)はその注湯口やその近傍においてクラック等が生じやすいという問題があった。そのため、ハース交換なしで長期的に電子ビーム式溶解炉の操業を行うことが難しかった。
【0017】
本発明者らは上記問題について検討を重ねた結果、ハースの注湯口やその近傍は電子ビームの直接照射を繰り返し受けており、これによる熱疲労が注湯口へのクラックの発生の大きな要因であると推察した。この観点から本発明者らは、電子ビーム照射を受ける注湯口やその近傍の材質を種々変更し鋭意検討したところ、少なくともその外表面を所定の特性を備える銅合金で構成すれば電子ビームの繰り返しの照射を受けてもクラックの発生を抑制可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
以下、好適な態様について図面を使用し説明する。
【0018】
(浴槽)
浴槽110は、床壁110aと、その床壁110aから上方に立設された周壁とを有する。当該周壁には、電子ビーム式溶解炉500の供給部200(図5A参照)の付近に位置する上流側の前壁111と、前壁111に対向する下流側の後壁112と、前壁111及び後壁112と連結されている一対の側壁113とが設けられる。ハース100が鋳造部300に隣接して配置される場合、後壁112は、電子ビーム式溶解炉500の鋳造部300(図5A参照)の付近に設置される。
【0019】
(注湯口)
注湯口は通常鋳造部に隣接して設定され、その形状は適宜決定可能である。図1に示すハース100では後壁112の上端の中央部に注湯口115が設けられているが注湯口の設定位置はこれに限定されず、例えば、注湯口は側壁113の上端等に設けてもよい。
溶湯と接する注湯口115の外表面は、電子ビーム照射による熱疲労を効率的に軽減することでクラックの発生を抑制するという観点から、特定の要件を満足する銅合金からなる。本明細書において、注湯口の外表面とは、鋳型に注湯される溶湯が接触するハース外側の表面を意味する。よって、溶湯が後壁112の外側にも触れる場合は、「注湯口の外表面」には注湯口の表面と周壁の溶湯が接触する表面とが含まれる。特定の要件を満足する銅合金の使用により、注湯口やその近傍に電子ビームが繰り返し照射されたとしても溶湯と接する表面はクラックの発生が抑制され、操業の長期化を図ることができる。
注湯口は、浴槽110内の溶湯が鋳造部の鋳型に流出しやすいように、たとえば、後壁112の上端縁の中央部から床壁110a側(下方側)にU字状やV字状等に切り欠いたもの等とすることができる。
なお、銅に対し熱疲労特性が優れる観点から、注湯口の外表面を構成する銅合金をハース100全体に採用してよい。つまり、注湯口の外表面を含むハース100の全体の組成を、その注湯口の外表面と同じ銅合金製とすることができる。このようなハースであれば電子ビーム銃の運用について自由度が大きい。
【0020】
(引張強度)
注湯口の外表面を構成する銅合金の引張強度は、電子ビーム照射によるクラックの発生を抑制するために十分な熱疲労特性を確保するという観点から、300MPa以上である。電子ビーム式溶解炉の操業時、ハースの注湯口の外表面は電子ビームの照射による加熱と水等の冷却媒体による急冷とにより、膨張と収縮が繰り返される。その影響により、注湯口の外表面はクラックが比較的生じやすい。そこで、一実施形態においては、注湯口の外表面を構成する銅合金の引張強度を上記範囲としたことで、溶湯と接触する部位においてクラックの発生抑制に寄与している。
上記引張強度は、下限側として330MPa以上が好ましい。また、上記引張強度は、上限側として700MPa以下が好ましく、500MPa以下がより好ましい。
次に、上記引張強度の測定方法の一例を下記に説明する。
注湯口の外表面を構成する銅合金と同一成分の試験片(JIS Z2241:2011規格 13B号試験片)を準備する。JIS Z2241:2011に規定された条件に準拠して、その試験片の引張強度を測定する。なお、試験条件を下記に示す。
<試験条件>
試験片の幅:12.5mm
引張速度:1mm/min
引張方向:圧延方向に平行
【0021】
(熱伝導率)
電子ビームの照射による注湯口の外表面のクラックの発生をより確実に抑制するという観点から、注湯口の外表面を構成する銅合金の熱伝導率は240~400W/m・Kである。上記熱伝導率は下限側として250W/m・K以上が好ましく、300W/m・K以上がより好ましい。また、上記熱伝導率は、上限側として380W/m・K以下が好ましく、360W/m・K以下がより好ましい。
次に、上記熱伝導率の測定方法の一例を下記に説明する。
<熱伝導率>
熱伝導率λは、下記式(1)により算出する。
λ=α×Cp×ρ・・・式(1)
λ:熱伝導率(W/m・K)
α:熱拡散率(m2/s)
Cp:比熱(J/(kg・K))
ρ:密度(kg/m3
ただし、熱拡散率α、比熱Cp、密度ρについては下記に従って求める。
<熱拡散率>
注湯口の外表面を構成する銅合金と同一成分の試験片(径10mmφ×高さ1mm)を準備する。次に、その試験片の高さ方向の60℃、100℃における熱拡散率を、レーザーフラッシュ法で求める。試験片における測定点として任意の5点を選択し、これらの5点の平均値を熱拡散率とする。
<比熱>
注湯口の外表面を構成する銅合金と同一成分の試験片(径5mmφ×高さ1mm)を準備する。次に、その試料片について示差走査熱量測定(Differential scanning calorimetry:DSC)法で比熱を求める。このとき、サファイアを標準物質とする。
<密度>
注湯口の外表面を構成する銅合金と同一成分の試験片(径10mmφ×高さ1mm)を準備する。次に、その試料片についてアルキメデス法で密度を求める。
【0022】
(銅合金)
上記の銅合金は銅を主成分とするものであり、十分な冷却能力の確保の観点から、銅を94.6質量%以上含有することが好ましく、97.0質量%以上含有することがより好ましい。
また、電子ビーム照射に起因する注湯口の外表面のクラックの発生抑制の観点から、この銅合金は、合金元素としてベリリウム、ホウ素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、チタン、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、銀、スズ、アンチモン、白金、及び金から選ばれる1種以上を含み、該合金元素の合計含有量は0.5質量%以上5.4質量%以下であることが好ましい。上記の銅合金は、合金元素としてベリリウム、クロム、ニッケル、及びジルコニウムから選ばれる1種以上を含むこととしてよい。上記合金元素の合計含有量は、下限側として0.5質量%以上が好ましく、0.6質量%以上がより好ましい。また、上記合金元素の合計含有量は、上限側として5.4質量%以下が好ましく、3.0質量%以下がより好ましい。
【0023】
(耐久性試験)
電子ビーム式溶解炉の操業において電子ビームの照射に起因する熱疲労に基づくクラックの発生抑制を確認するという観点から、後述する電子ビーム照射試験後の銅合金の電子ビーム照射面の最大高さRzを測定することが好ましい。クラック数が多い場合、最大高さRzの値が大きくなる。本発明者の知見によれば、熱疲労に起因すると思われるクラックはハースの外表面に多数形成される。クラックの発生数が増えれば、水等の冷媒が流れる流路から冷媒が電子ビーム式溶解炉内に混入するおそれが高くなる。
なお、電子ビーム照射面の最大高さRzの具体的な算出方法を以下に説明する。
図2に示すように、銅合金からなる供試材T1(200mm×50mm×50mm)の側面と銅からなる供試材T2(200mm×50mm×50mm)の側面とを当接して載置する。次に、各供試材T1、T2にφ15mmの冷却水路600をそれぞれ形成する。
下記条件にて電子ビームを照射する。電子ビームは、供試材T1と供試材T2との当接箇所上で、冷却水路600に沿って長手方向に移動させて往復させながら、その当接箇所に照射する。図2に示す矢印は冷却水が流れる方向を表している。
<試験条件>
電子ビーム出力:15kW
電子ビーム照射時間:20時間
電子ビーム往復回数:4000往復
電子ビームの移動方向:冷却水の流れに同方向と反対方向
電子ビームの照射サイズ(電子ビーム径):φ60mm
次に、供試材T1、T2の表面(電子ビーム照射面)を表面研磨処理する。より具体的には、供試材T1、T2の表面をそれぞれJIS R6252:2006に規定される#1000の研磨紙で粗研磨することで蒸着物を除去する。更に、研磨後の供試材T1、T2の表面をそれぞれJIS R6252:2006に規定される#2000の研磨紙で仕上げ研磨することで適度に蒸着物の層が目視で確認できなくなるまで、それを除去する。
次に、付着物を除去した供試材T1、T2の表面の最大高さRzをJIS B0601:2001に準拠して、測定長さ5mmで3点測定し、それらの平均値を算出する。測定箇所について、クラックを確認できる場合は該クラック部位を測定対象とする。該最大高さRzの平均値が10μm以下である場合、熱疲労に起因すると思われるクラックの発生数が適切に抑制されていると判断できる。
【0024】
(別の実施形態)
図3に示すハース120の浴槽130の周壁は、電子ビーム式溶解炉500(図5A参照)の供給部200(図5A参照)付近に位置する上流側の前壁131と、前壁131に対向する下流側の後壁132と、前壁131及び後壁132と連結されている一対の側壁133とが設けられる。後壁132は前壁131および側壁133より厚く構成されている。この後壁132の上端の中央部に注湯口135が設けられている。注湯口135は比較的長いため、後壁132内に水などの冷却媒体を流しやすい。
【0025】
また、図4に示すハース140の浴槽150の周壁は、電子ビーム式溶解炉500(図5A参照)の供給部200(図5A参照)付近に位置する上流側の前壁151と、前壁151に対向する下流側の後壁152と、前壁151及び後壁152と連結されている一対の側壁153とが設けられる。この後壁152の上端で中央部を隔てた両側に2個の注湯口155が設けられている。
以上の説明では注湯口155が後壁152に設置されていたが、注湯口は側壁153に設置されてもよい。例えば、注湯口155が側壁153に設けられる場合、注湯口155は後壁152に近い位置に設置することもできる。
【0026】
[2.電子ビーム式溶解炉]
図5Aに示す電子ビーム式溶解炉500は、供給部200と、先述したハース100と、鋳造部300と、照射部400とを備える。なお、先述した構成についての再度の説明は省略する。
【0027】
(供給部)
図5A及び図5Bに示すように、供給部200は、電子ビーム式溶解炉500のハース100内に金属材料STを供給するものであり、例えばスポンジチタン等のスポンジ状金属やブリケット状の金属材料STをハース100に投入する際に用いられる。供給部200は、前壁側の上方に設けられる。なお、供給部200は公知のものを使用すればよい。また、図5Cに示すように、供給部250は、両方の側壁側の上方にそれぞれ設けられてもよいし、一方の側壁側の上方に設けられてもよい。
【0028】
(鋳造部)
鋳造部300は、鋳型310と、該鋳型310の下方に設けられた引き抜き台座320とを有する。鋳造部300では、ハース100の注湯口115を介して溶湯Mが鋳型310に注ぎ込まれる。鋳型310内の溶湯Mは、鋳型310に設けられた水冷路等の冷却手段により凝固され、引き抜き台座320の移動により下方に引き抜かれる。これにより、金属インゴットが得られる。
電子ビーム式溶解炉500の操業において、ハース100から鋳型310に注ぎ込まれた溶湯をある程度高温に維持するため、鋳型310内の溶湯には電子ビームが照射され得る。溶湯は高温であり上方に向かって溶湯成分の蒸気が移動する。該蒸気の影響で電子ビームは意図せず屈折して鋳型に照射されることがある。そのため、ハース100だけでなく鋳型310も電子ビームの照射により高温になることがある。鋳型310は、熱伝導率の高い金属である銅又は銅合金で形成することができるが、電子ビームの照射によるクラックの発生を抑制するとの観点からは、鋳型310は、先述したハース100の注湯口の外表面を構成する銅合金と同種の銅合金からなることが好ましい。鋳型310は、得られる金属インゴットの形状が例えば円柱状、角柱状、楕円柱状のいずれかとなるように形成されている。前記角柱状には、断面矩形のスラブが含まれる。
なお、その他の引き抜き台座320等の構成は、公知のものとすることができる。
【0029】
(照射部)
また、照射部400は、ハース100及び鋳造部300の上方に設けられており、この照射部400内の電子ビーム銃で電子ビームを照射することによって、供給部200から供給された金属材料STを溶融状態(つまり溶湯M)にする。照射部400の数は特に限定されず、ハースや鋳型の数など電子ビーム式溶解炉の構成に鑑み適宜決定すればよい。
【0030】
(別の実施形態)
図6A及び図6Bに示す電子ビーム式溶解炉550は、供給部200と、ハース100とハース140とが連結される多段ハースと、鋳造部300と、照射部400とを備える。なお、ハース100の注湯口115は鋳造部300への注湯は行わず、ハース140に溶湯Mを送るので、その形状は適宜大型に変更可能である。また、ハース140にはハース100から溶湯Mが流入するので、ハース140の前壁151には流路が備わっている。当該電子ビーム式溶解炉550によれば、ハース100、140を多段にすることで、金属材料中の不純物含有量をより低減することができる。その結果、金属インゴットの純度が向上することができる。なお、先述した構成と重複するものについては説明を割愛する。
【0031】
[3.金属インゴットの製造方法]
本発明に係る金属インゴットの製造方法の一実施形態は、先述した電子ビーム式溶解炉500、550等の電子ビーム式溶解炉を用いて金属インゴットを製造する工程を含む。以下、図5A及び図5Bに示す電子ビーム式溶解炉500を用いて金属インゴットを製造する工程を一例として説明する。
【0032】
一実施形態においては、供給部200からハース100の前壁111付近に金属材料STを供給する工程と、供給した後、所定の条件にて金属材料STを溶解させ、溶湯Mを鋳造部300に流す工程と、鋳造部300に流した溶湯Mを鋳型310内で凝固し、引き抜き台座320にて下方に引き抜くことで金属インゴットを製造する工程とを含む。ここで、先述した所定の条件とは、金属材料の溶融温度(金属材料が融解する温度)よりも100~200℃程度高い温度であることが好ましく、例えば、金属材料がチタンである場合には、チタン溶解物の温度が1710~1820℃であればよい。この溶解時の温度は、照射部400の電子ビーム銃からの電子ビーム照射によって適宜調整することが可能である。さらに、電子ビーム式溶解炉500は真空ないし減圧雰囲気下で操業することが好ましく、例えばゲージ圧で5×10-2Paであればよく、5×10-3Paであれば更によい。
【0033】
得られた金属インゴットは、金属単体又は合金で形成されうる。
金属単体としては、高融点金属であれば特に限定されないが、例えば、Ti、Nb、Mo、W等が挙げられる。
合金としては、Ti合金、Ni基合金等が挙げられる。
Ti合金としては、Tiと、Fe、Sn、Cr、Al、V、Mn、Zr、Mo等の金属(合金金属)との合金であり、具体例としては、Ti-6-4(Ti-6Al-4V)、Ti-5Al-2.5Sn等が挙げられる。なお、上記において、各合金金属の前に付されている数字は、含有量(質量%)を指す。例えば、「Ti-6Al-4V」とは、合金金属としては、6質量%のAlと4質量%のVとを含有するチタン合金を指す。
Ni基合金としては、Niと、Ti、Fe、Sn、Cr、Cu、Al、V、Mn、Zr、Mo等の金属(合金金属)との合金であり、具体例としては、HK40(0.4C-25Cr-20Ni)、HP(0.5C-25Cr-35Ni)等が挙げられる。
【0034】
当該製造方法により得られた金属インゴットがチタンインゴットである場合、当該チタンインゴットは純チタンJIS1種~4種の成分規定を満たしていることが好ましい。チタンインゴットのチタン純度は、ユーザニーズの観点から、例えば99.99質量%以上であり、例えば99.995質量%以上である。上記チタンインゴットは極めて高純度であるので、半導体製造用や医薬品製造の触媒等に利用することが可能である。
なお、金属インゴットの純度の測定方法の一例として、チタン純度については、後述の金属不純物含有量の合計値を差し引いて求める方法を採用可能であり、金属不純物についてはICP-MS分析を利用することが挙げられる。100質量%から上記金属不純物含有量の合計(単位:質量%)を差し引くことで、チタン純度を求めることができる。
【実施例
【0035】
本発明を試験例に基づいて具体的に説明する。以下の試験例の記載は、あくまで本発明の技術的内容の理解を容易とするための具体例であり、本発明の技術的範囲はこれらの具体例によって制限されるものではない。なお、下記表1における「合金元素含有量」は、供試材における銅(Cu)以外の金属元素の含有量を意味する。すなわち、合金元素含有量が「0(ゼロ)」であれば供試材は銅である。
【0036】
まず、下記表1に示す組成の銅合金をそれぞれ準備した。試験例1-1~1-3、2-1~2-2について、先述した方法により引張強度及び熱伝導率をそれぞれ測定した。なお、この結果については、表1に示す。
【0037】
[耐久性試験]
次に、試験例1-1~1-3に示す化学組成からなる銅合金と、試験例2-1~2-2に示す純銅及び銅合金を用いて、先述した方法にて耐久性試験を実施した。図2に示す装置を用いて先述した条件の下、電子ビームを照射し、表面研磨処理した後に、供試材T1の表面(電子ビームの照射面側)の最大高さRzを3点測定し、これらの平均値を算出した。この最大高さRzの平均値から下記判断基準に基づき評価した。なお、この結果について、表1に示す。
<評価基準>
合格:最大高さRzの平均値が10μm以下である場合
不合格:最大高さRzの平均値が10μmを超える場合
【0038】
【表1】
【0039】
(考察)
試験例1-1~1-3において、試験例2-1~2-2と比べ、銅合金の引張強度が300MPa以上及びその熱伝導率が240~400W/m・kであったことで、クラックの発生を抑制できることを確認した。
図7Aは試験例1-1の研磨後、図7Bは試験例2-1の研磨後の写真であり、試験例1-1は試験例2-1に比べ目視においてクラック発生の抑制が確認できた。
耐久性試験結果において、引張強度と熱伝導率が所望の範囲内である場合は最大高さRzの測定値は低くなった。他方、引張強度または熱伝導率が所望の範囲から外れた場合、最大高さRzの測定値は高くなった。なお、一例を挙げると、試験例1-1の最大高さRzは4.1μm、試験例2-1の最大高さRzは17.7μmであった。
以上、目視結果と耐久性試験結果とから、耐久性試験結果が合格の場合は、電子ビーム照射に起因するクラックの発生が抑制されると考えられた。また、銅合金の引張強度が300MPa以上及びその熱伝導率が240~400W/m・kであることで、良好な耐久性試験結果が得られると考えられた。
以上より、引張強度と熱伝導率が所望の範囲内である銅合金は繰り返し電子ビーム照射を受けてもクラックが発生しにくいので、前記銅合金は電子ビーム式溶解炉のハースや鋳型への適用に好適である。したがって、ハースの注湯口の外表面が上記特性を有する銅合金であれば長期的かつ安定して電子ビーム式溶解炉の操業を実施可能であることが推察される。
【符号の説明】
【0040】
100、120、140 ハース
110、130、150 浴槽
110a 床壁
111、131、151 前壁
112、132、152 後壁
113、133、153 側壁
115、135、155 注湯口
200、250 供給部
300 鋳造部
310 鋳型
320 引き抜き台座
400 照射部
500、550 電子ビーム式溶解炉
600 冷却水路
M 溶湯
ST 金属材料
T1、T2 供試材
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図7A
図7B