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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】精神神経活動推定装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20240829BHJP
   A61B 3/11 20060101ALI20240829BHJP
   G16H 50/20 20180101ALI20240829BHJP
【FI】
A61B10/00 H
A61B3/11
G16H50/20
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020168949
(22)【出願日】2020-10-06
(65)【公開番号】P2022061146
(43)【公開日】2022-04-18
【審査請求日】2023-09-25
(73)【特許権者】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(73)【特許権者】
【識別番号】598163064
【氏名又は名称】学校法人千葉工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】592019213
【氏名又は名称】学校法人昭和大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白間 綾
(72)【発明者】
【氏名】信川 創
(72)【発明者】
【氏名】高橋 哲也
(72)【発明者】
【氏名】戸田 重誠
【審査官】渡戸 正義
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/129834(WO,A1)
【文献】特開2015-132991(JP,A)
【文献】国際公開第2020/193843(WO,A1)
【文献】特表2020-528817(JP,A)
【文献】特開2001-309890(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0165327(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 10/00
A61B 3/11
G16H 50/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者または患者の左右の目の瞳孔径を連続的に計測した左右瞳孔径データから、瞳孔径の平均値を算出する瞳孔径平均演算処理部と、
前記左右瞳孔径データから、瞳孔径の変動パターンの規則性を算出する瞳孔径複雑性演算処理部と、
前記左右瞳孔径データから、左右の瞳孔径の因果性を算出する瞳孔径因果性演算処理部と、
前記瞳孔径平均演算処理部が出力する瞳孔径平均値と、前記瞳孔径因果性演算処理部が出力する瞳孔径因果性と、前記瞳孔径複雑性演算処理部が出力する瞳孔径複雑性に基づいて、前記被験者または患者の複数の精神疾患における重症度を出力する精神疾患推定処理
部と、を具備する、
精神神経活動推定装置。
【請求項2】
前記精神疾患推定処理部は、前記被験者または患者の複数の精神疾患における重症度を出力する回帰器である、
請求項1に記載の精神神経活動推定装置。
【請求項3】
前記瞳孔径複雑性演算処理部は、前記左右瞳孔径データのサンプルエントロピーの平均値を演算する、
請求項1または2に記載の精神神経活動推定装置。
【請求項4】
前記瞳孔径因果性演算処理部は、前記左右瞳孔径データの移動エントロピーの平均値を演算する、
請求項1または2に記載の精神神経活動推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に精神疾患を高精度かつ客観的に推定できる、精神神経活動推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
本件特許出願時点において、精神疾患の生化学的、遺伝学的なバイオマーカー(Biomarker:ある疾病の存在や進行度を客観的に示すもの)は皆無である。
強いて挙げるならば、てんかんにおける脳波上での発作波や、low-γエントロピー、認知症におけるtau-PETくらいであるが、これらはどちらかと言えば、神経内科の疾患である。
【0003】
生理学的には、事象関連電位の各成分と高次機能の関連については、多少解明が進んできているが、精神疾患のバイオマーカーとして確立したものは、本件特許出願時点において存在しない。
すなわち、これまで、精神疾患を診断する手段として、精神科医の主観が全く介在しない、完全に機械的かつ客観的な診断方法、診断装置は存在していない。つまり、ある患者や被験者が所定の精神疾患に罹患しているのか、またその精神疾患の進行度はどの程度であるのかは、診察を行う精神科医の観察に依存しており、そこにはどうしても人間の主観の混入が否定できない。
【0004】
本発明の先行技術文献を特許文献1~3及び非特許文献1~5に示す。
特許文献1には、過去の発達障害の診断データに基づき,機械学習の手法を用いてADHDの診断を行う手法に関する技術が開示されている。
特許文献2には、眼球運動に基づく生物学的指標による精神疾患の診断手法に関する技術が開示されている。
非特許文献1には、ASDマウスの瞳孔径の時系列パターンの学習に、合計で数十から数百時間の学習用の瞳孔径の時系列を使用した技術が開示されている。
非特許文献2には、ADHD患者の、左右の目における瞳孔径の時系列パターンに関する調査報告が開示されている。
非特許文献3には、ADHD患者の、瞳孔径のサイズに関する調査報告が開示されている。
非特許文献4には、サンプルエントロピーに関する技術内容が開示されている。
非特許文献5には、認知症の一種であるアルツハイマー病において、発症前のMCI期から瞳孔径制御の起点である青斑核に異常が現れることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2018-533448号公報
【文献】特表2017-529891号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Artoni, Pietro, et al. "Deep learning of spontaneous arousal fluctuations detects early cholinergic defects across neurodevelopmental mouse models and patients." Proceedings of the National Academy of Sciences (2019): 201820847, インターネット<https://www.pnas.org/content/early/2019/07/16/1820847116>
【文献】William D. Poynter, "Pupil-size asymmetry is a physiologic trait related to gender, attentional function, and personality" インターネット<https://doi.org/10.1080/1357650X.2016.1268147>
【文献】G. Wainstein, D. Rojas-Libano, N. A. Crossley, X. Carrasco, F. Aboitiz & T. Ossandon, "Pupil Size Tracks Attentional Performance In Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder" インターネット<https://www.nature.com/articles/s41598-017-08246-w>
【文献】Joshua S. Richman, and J. Randall Moorman, "Physiological time-series analysis using approximate entropy and sample entropy" インターネット<https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/ajpheart.2000.278.6.H2039>
【文献】Kelly, S. C., He, B., Perez, S. E., Ginsberg, S. D., Mufson, E. J., & Counts, S. E. (2017). Locus coeruleus cellular and molecular pathology during the progression of Alzheimer’s disease. Acta Neuropathologica Communications, 5(1), 1-14.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1には、精神疾患を診断する手段として、精神科医の主観が全く介在しない、完全に機械的かつ客観的な診断方法、診断装置の可能性に関する技術が開示されている。しかしながら、この技術には、ニューラルネットワークに瞳孔の動画データを投入するという、極めて重い演算処理が必要である。
【0008】
本発明は係る状況に鑑みてなされたものであり、少ない演算量で高速かつ高い精度で、患者または被験者に対する精神疾患等の罹患可能性や重症度を推定することができる、精神神経活動推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の精神神経活動推定装置は、被験者または患者の左右の目の瞳孔径を連続的に計測した左右瞳孔径データから、瞳孔径の平均値を算出する瞳孔径平均演算処理部と、左右瞳孔径データから、瞳孔径の変動パターンの規則性を算出する瞳孔径複雑性演算処理部と、左右瞳孔径データから、左右の瞳孔径の因果性を算出する瞳孔径因果性演算処理部と、瞳孔径平均演算処理部が出力する瞳孔径平均値と、瞳孔径因果性演算処理部が出力する瞳孔径因果性と、瞳孔径複雑性演算処理部が出力する瞳孔径複雑性に基づいて、被験者または患者の複数の精神疾患における重症度を出力する精神疾患推定処理部と、を具備する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、少ない演算量で高速かつ高い精度で、患者または被験者に対する精神疾患等の重症度を推定することが可能な精神神経活動推定装置を提供することができる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る精神疾患推定装置の全体構成を示す概略図である。
図2】精神疾患推定装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
図3】本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置の推定フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
図4】精神疾患推定装置の学習フェーズにおける、ソフトウェア機能を示すブロック図である。
図5】本発明の第二の実施形態に係る精神疾患推定装置の推定フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
図6】本発明の第二の実施形態に係る精神疾患推定装置の学習フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
図7】特徴ベクトル演算処理部の詳細を示すブロック図である。
図8】サンプルエントロピー演算処理部の詳細を示すブロック図である。
図9】左右移動エントロピー演算処理部の詳細を示すブロック図である。
図10】右左移動エントロピー演算処理部の詳細を示すブロック図である。
図11】本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置の、ROC曲線(Receiver Operating Characteristic:受信者操作特性)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[発明の要旨:瞳孔径の時系列変化と精神疾患の関連に関する研究に基づく、精神疾患の客観的推定]
多くの精神疾患は、複数の神経伝達系の異常が想定されることが知られている。例えばADHDはドーパミン系及びノルアドレナリン系等の異常、統合失調症はドーパミン系、グルタミン酸系及びノルアドレナリン系等の異常、うつ病はセロトニン系及びノルアドレナリン系等の異常に起因している。
例えば、非特許文献1、2及び3に例示されるように、これまで、精神疾患と瞳孔径の時系列変化に有意な関連が認められるとする幾つかの論文が発表されている。すなわち、前述の神経伝達物質の働きの異常が、瞳孔径の時系列変化に現れているという論旨である。
【0013】
精神医療の現場において、被験者または患者から得られるデータ件数を多く取得することは困難である。このため、非特許文献1のようなニューラルネットワークを用いる推定方法は現実的ではない。
そこで発明者らは、複数の過去の論文に基づき、瞳孔径の時系列変化について三つの指標によるスカラ値を算出し、この三つのスカラ値から学習アルゴリズムに基づく推定を行ったところ、極めて良好な結果を得ることに成功した。
【0014】
スカラ値の一つ目は、左右の瞳孔径の平均値である。
スカラ値の二つ目は、左右の瞳孔径の複雑性である。瞳孔径の複雑性とは、瞳孔径の変動パターンの規則性を、確率的あるいは決定論的に算出するものである。
スカラ値の三つ目は、左右の瞳孔径の因果性である。瞳孔径の因果性とは、右目の瞳孔径の変動パターンが、どの程度左目の瞳孔径の変動パターンに依拠しているのか、あるいは、左目の瞳孔径の変動パターンが、どの程度右目の瞳孔径の変動パターンに依拠しているのか、という左右の瞳孔径の依拠の度合い、すなわち因果性を、確率的あるいは決定論的に算出するものである。
【0015】
[精神疾患推定装置101:全体構成]
図1は、本発明の実施形態に係る精神疾患推定装置101の全体構成を示す概略図である。
被験者または患者102は、眼球運動計測装置103(例えばTobii社のTX300)にて瞳孔径の計測を受ける。
眼球運動計測装置103は、例えばサンプリング周波数300Hzにて左右の目の瞳孔径を計測して、左右瞳孔径データを出力する。
被験者または患者102の瞳孔径を正確に撮影するため、左右瞳孔径データ取得の際には顎台104で被験者または患者102の頭部を固定する。
【0016】
被験者または患者102がなるべくリラックスした状態で左右瞳孔径データを取得するため、左右瞳孔径データを取得するための環境は、直射日光が被験者または患者102に照射されない、一般的なオフィスなどの居室でよい。
左右瞳孔径データは、ファイルまたはデータストリームのどちらでもよいが、最終的にはファイル化する方が使い勝手がよい。
【0017】
眼球運動計測装置103が生成する左右瞳孔径データは、精神疾患推定装置101に送出される。
パソコン等の計算機よりなる精神疾患推定装置101は、左右瞳孔径データを読み込んで、所定の演算処理を行い、複数の精神疾患に対する罹患可能性を出力する。
【0018】
[精神疾患推定装置101:ハードウェア構成]
図2は、精神疾患推定装置101のハードウェア構成を示すブロック図である。
精神疾患推定装置101は、バス201に接続された、CPU202、ROM203、RAM204、表示部205、操作部206、不揮発性ストレージ207、NIC(Network Interface Card)208を備える。
【0019】
図2において、精神疾患推定装置101は眼球運動計測装置103から左右瞳孔径データをネットワーク経由で受信しているが、USB等のシリアルポート経由でもよい。また、周知のUSBメモリを経由してもよい。
不揮発性ストレージ207には、パソコンを精神疾患推定装置101として動作させるためのアプリケーションプログラムが格納されている。
【0020】
[第一の実施形態:精神疾患推定装置101:推定フェーズのソフトウェア機能]
図3は、本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置101の推定フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
左右瞳孔径データファイル301は、サンプル数規定処理部302に入力される。
サンプル数規定処理部302は、左右瞳孔径データファイル301に格納される左右瞳孔径データから、当該精神疾患の推定に必要かつ十分なデータサンプル数を取り出す。この時、サンプル数規定処理部302は、左右瞳孔径データを所定のデータサンプル数であるepochに区切り、その上で被験者の瞬き等によって生じるデータの欠損値の区間を線形補完する。epoch内において欠損値の割合が所定の割合、例えば10%を超えた場合、当該epochは使用せず破棄する。そして、必要な数のepochを集める。
【0021】
本発明の第一の実施形態及び後述する第二の実施形態においては、一例として、眼球運動計測装置103のサンプリング周波数が300Hz、epochを2秒間、すなわち600サンプルとする。そして、左右瞳孔径データは140秒、すなわち70epoch、42000サンプルとする。
【0022】
サンプル数規定処理部302から出力される左右瞳孔径データは、ローパスフィルタ(以下「LPF」)303によってノイズ成分が除去される。
LPF303のカットオフ周波数は眼球運動計測装置103のサンプリング周波数の半分以下が望ましい。
本発明の第一の実施形態及び後述する第二の実施形態においては、LPF303のカットオフ周波数を50Hzに設定した。
【0023】
サンプル数規定処理部302によってデータサンプル数が規定された上で、LPF303によってノイズ成分が除去された左右瞳孔径データは、瞳孔径平均演算処理部304、瞳孔径因果性演算処理部305、瞳孔径複雑性演算処理部306に、それぞれ入力される。
瞳孔径平均演算処理部304は、左右瞳孔径データを読み込み、左右の瞳孔径の平均値を出力する。
瞳孔径因果性演算処理部305は、左右瞳孔径データを読み込み、左右の瞳孔径における、相互の移動エントロピー(Transfer Entropy)の平均値を出力する。すなわち、移動エントロピーとは瞳孔径の因果性を算出する手法の一つである。
【0024】
瞳孔径複雑性演算処理部306は、左右瞳孔径データを読み込み、左右の瞳孔径における、時系列のサンプルエントロピー(Sample Entropy)の平均値を出力する。すなわち、サンプルエントロピーとは瞳孔径の複雑性を算出する手法の一つである。
LPF303、瞳孔径平均演算処理部304、瞳孔径因果性演算処理部305及び瞳孔径複雑性演算処理部306は、特徴ベクトル演算処理部307を構成する。
【0025】
瞳孔径平均演算処理部304が出力する瞳孔径平均値と、瞳孔径因果性演算処理部305が出力する瞳孔径因果性と、瞳孔径複雑性演算処理部306が出力する瞳孔径複雑性は、分類器308に入力される。
分類器308は、特徴ベクトル演算処理部307から入力されたこれらデータを特徴ベクトルとし、周知の学習アルゴリズムに基づく推定演算処理を実行し、複数の精神疾患における罹患率をそれぞれ出力する。分類器308には、図4にて後述する近似関数パラメータ309が内包されている。
【0026】
分類器308に用いる学習アルゴリズムとしては、SVM(Support Vector Machine)、Naive Bayes、ガウス過程、決定木(分類木(classification tree))、ランダムフォレスト、Convolutional Neural Network等、これら周知の学習アルゴリズムが適用可能である。
図11にて後述する検証では、SVMを採用した。学習データのサンプル数を多数確保することが困難な医療分野において、過学習に強いSVMの採用は好ましいものと思われる。
【0027】
分類器308から出力される複数種類の精神疾患罹患率は、入出力制御部310に入力される。
入出力制御部310は、複数の精神疾患罹患率を、所定の閾値と比較して、被験者または患者102がどのような精神疾患に罹患しているのか、あるいは精神面における健康体であるのかを推定し、表示部205にてそれら情報を表示する。それと共に入出力制御部310は、複数の精神疾患罹患率を不揮発性ストレージ207にてファイル化する。
【0028】
[第一の実施形態:精神疾患推定装置101:学習フェーズのソフトウェア機能]
図4は、本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置101の学習フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
精神疾患推定装置101は、学習器401に学習用データを提供する被験者または患者102から、推定用の左右瞳孔径データファイル301とは異なる、学習用の左右瞳孔径データファイル402を取得する。
【0029】
また、予め所定の診断によって得られた、当該被験者または患者102が所定の精神疾患に罹患しているか否かを示すフラグ情報の群を教師データ403として用意する。左右瞳孔径データファイル402と教師データ403は、被験者または患者102を一意に識別するID情報によって紐付けられているものとする。
【0030】
特徴ベクトル演算処理部307は、図3と同様の演算処理を行い、左右瞳孔径データファイル402から瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性を出力する。
学習器401は、特徴ベクトル演算処理部307から入力される瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性を特徴ベクトルとし、当該被験者または患者102が所定の精神疾患に罹患しているか否かを示すフラグ情報の群を教師データ403として、学習処理を実施する。そして、近似関数パラメータ309を生成し、更新する。
学習アルゴリズムを実施する推定演算器と近似関数パラメータ309を組み合わせることで、図3の分類器308が実現される。
【0031】
[第二の実施形態:精神疾患推定装置501:推定フェーズのソフトウェア機能]
図5は、本発明の第二の実施形態に係る精神疾患推定装置501の推定フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
図5に示す精神疾患推定装置501と図3に示す精神疾患推定装置101との相違点は、図5の精神疾患推定装置501では、被験者または患者102の精神疾患の重症度を推定する回帰器502が用いられている点である。
【0032】
特徴ベクトル演算処理部307は、図3と同様の演算処理を行い、左右瞳孔径データファイル402から瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性を出力する。
瞳孔径平均演算処理部304が出力する瞳孔径平均値と、瞳孔径因果性演算処理部305が出力する瞳孔径因果性と、瞳孔径複雑性演算処理部306が出力する瞳孔径複雑性は、回帰器502に入力される。
【0033】
回帰器502は、特徴ベクトル演算処理部307から入力されたこれらデータを特徴ベクトルとし、周知の学習アルゴリズムに基づく推定演算処理を実行し、複数の精神疾患における重症度の推定値をそれぞれ出力する。回帰器502には、図6にて後述する近似関数パラメータ503が内包されている。
【0034】
回帰器502に用いる学習アルゴリズムにも、前述の第一の実施形態における分類器308と同様、SVM(Support Vector Machine)、ガウス過程、決定木(回帰木(regression tree))、ランダムフォレスト、Convolutional Neural Network等、これら周知の学習アルゴリズムが適用可能である。
【0035】
複数種類の精神疾患重度推定値は、入出力制御部310に入力される。
入出力制御部310は、複数の精神疾患重度推定値を表示部205にて表示する。それと共に入出力制御部310は、複数の精神疾患重度推定値を不揮発性ストレージ207にてファイル化する。
【0036】
[第二の実施形態:精神疾患推定装置501:学習フェーズのソフトウェア機能]
図6は、本発明の第二の実施形態に係る精神疾患推定装置501の学習フェーズにおける、ソフトウェア機能の全体を示すブロック図である。
学習器601は、特徴ベクトル演算処理部307から入力される瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性を特徴ベクトルとし、当該被験者または患者102が罹患している所定の精神疾患における重度情報の群を教師データ602として、学習処理を実施する。そして、近似関数パラメータ503を生成し、更新する。
学習アルゴリズムを実施する推定演算器と近似関数パラメータ503を組み合わせることで、図5の回帰器502が実現される。
【0037】
[精神疾患推定装置101:特徴ベクトル演算処理部307]
図3から図6までの、LPF303、瞳孔径平均演算処理部304、瞳孔径因果性演算処理部305、瞳孔径複雑性演算処理部306を含む、点線枠内に示す特徴ベクトル演算処理部307は、処理の内容が共通する。これより、この特徴ベクトル演算処理部307の詳細を説明する。
【0038】
図7は、特徴ベクトル演算処理部307の詳細を示すブロック図である。
サンプル数規定処理部302によってデータサンプル数が規定された上で、LPF303によってノイズ成分が除去された右瞳孔径データ701及び左瞳孔径データ702は、第一平均値演算処理部703と、データ細分化処理部704に供給される。
第一平均値演算処理部703は、左右瞳孔径データ全体の平均値である瞳孔径平均値を演算して出力する。この第一平均値演算処理部703が、瞳孔径平均演算処理部304の実体である。
【0039】
データ細分化処理部704は、入出力制御部310の制御に基づいて、右瞳孔径データ701から右epoch705を、左瞳孔径データ702から左epoch706を出力する。
入出力制御部310は、各種ループ処理及びシーケンス制御、すなわち各機能ブロックに対する実行の順番の管理を行う。
【0040】
右epoch705と左epoch706は、切り替えスイッチ707を介してサンプルエントロピー演算処理部708に入力される。
サンプルエントロピー演算処理部708が出力するサンプルエントロピー値は、第二平均値演算処理部709に入力される。
【0041】
第二平均値演算処理部709は、全epochのサンプルエントロピー値の平均を演算し、瞳孔径複雑性を出力する。
切り替えスイッチ707とサンプルエントロピー演算処理部708と第二平均値演算処理部709が、瞳孔径複雑性演算処理部306の実体である。
【0042】
右epoch705と左epoch706は、左右(左から右)移動エントロピー演算処理部710と、右左(右から左)移動エントロピー演算処理部711に、それぞれ入力される。
左右移動エントロピー演算処理部710は、左右瞳孔径因果性を演算し、第三平均値演算処理部712に出力する。
右左移動エントロピー演算処理部711は、右左瞳孔径因果性を演算し、第三平均値演算処理部712に出力する。
【0043】
第三平均値演算処理部712は、全epochの左右瞳孔径因果性及び右左瞳孔径因果性の平均としての瞳孔径因果性を演算し、出力する。
左右移動エントロピー演算処理部710と右左移動エントロピー演算処理部711と第三平均値演算処理部712が、瞳孔径因果性演算処理部305の実体である。
【0044】
人の目には手足と同様の、「利き目」が存在する。故に、上述の瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性は、左右の目毎に出力される値に偏りが生じる。左右の偏りが現れている値をそのまま学習アルゴリズムの推定演算処理に投入すると、学習データを供する人の利き目の偏りが、推定結果に反映されてしまう。この偏りを打ち消すため、特徴ベクトル演算処理部307では左右の目毎に出力される値の平均値を演算している。このため、特徴ベクトル演算処理部307には第一平均値演算処理部703、第二平均値演算処理部709、第三平均値演算処理部712が設けられている。
【0045】
[精神疾患推定装置101:サンプルエントロピー演算処理部708]
図8は、サンプルエントロピー演算処理部708の詳細を示すブロック図である。
サンプルエントロピーは、以下の式にて求められる。サンプルエントロピー演算処理部708は、非特許文献4に開示される以下の式(1)の演算を実行する。
【0046】
【数1】
【0047】
切り替えスイッチ707を介して出力される右epoch705または左epoch706は、Zスコア化処理部801に入力される。
Zスコア化処理部801は、入力される右epoch705または左epoch706に対して、周知のZスコア化処理(Z得点)を行う。具体的には、入力される変数から平均を減算した値を、入力変数の標準偏差で除算する。この演算処理によって、入力されるepochは、平均値が0、標準偏差が1に正規化され、正規化epoch802となる。
正規化epoch802は、m次元ベクトル生成処理部803とm+1次元ベクトル生成処理部804に、それぞれ入力される。
【0048】
m次元ベクトル生成処理部803は、正規化epoch802のうち、時系列において隣接するm個の要素よりなる、m次元のベクトルxm iとxm jの2つを作成する。
なお、これ以降、xm iと表記している場合、上付き文字がベクトルの次元を、下付き文字がベクトルの番号を指すものとする。xm iは「xにおけるm次元のi番目のベクトル」を意味する。また、xiと表記している場合、下付き文字がスカラ値の番号を指すものとする。xiは「xにおけるi番目のスカラ値」を意味する。
【0049】
今、m次元ベクトル生成処理部803が生成する一方のベクトルxm i={xi,xi+1,…,xi+m-1}であるとき、他方のベクトルxm j={xj,xj+1,…,xj+m-1}である。そして、iとjには以下の条件が課せられる。
(i != j, i= 1,m+1,m+2,m+3,…N-m, j=m+1,m+2,m+3,…,N-m+1)
【0050】
m次元ベクトル生成処理部803から出力される2つのベクトルは、ノルム演算処理部805aに入力される。
ノルム演算処理部805aは、ベクトルxm iとxm jを減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を出力する。
ノルム演算処理部805aが出力するノルムの絶対値はコンパレータ806aによって閾値r807と比較され、閾値r807未満であった場合、コンパレータ806aは論理の「真」を出力する。
確率演算処理部808aは、ノルム演算処理部805aが出力するベクトルの組毎にコンパレータ806aの論理出力を計数して、ノルムの絶対値が閾値r807未満である確率Cm(r)を出力する。
【0051】
m次元ベクトル生成処理部803の演算処理について、実例を挙げて説明する。
本発明の実施形態において、epochが2秒、サンプリング周波数が300Hzであるので、サンプル数Nは600である。mは2である。
右epoch705であるデータ列Xは、X={x1, x2, …, xt, …, xN}={x1, x2, …, xt, …, x600}
左epoch706であるデータ列Yは、Y={y1, y2, …, yt, …, yN}={y1, y2, …, yt, …, y600}
ベクトルxm i ={xi,xi+1},i=1,m+1,m+2,m+3…N-m ということなので、i=1,3,4,…598となる。ベクトルxm iは、x2 1={x1,x2}, x2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5}, …, x2 598={x598,x599} となる。
【0052】
これに対し、ベクトルxm j ={xj,xj+1},j=m+1,m+2,m+3,…N-m+1 ということなので、 j=3,4,5,…599となる。したがって、ベクトルxm jは、x2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5}, x2 5={x5,x6}, …, x2 599={x599,x600} となる。
m次元ベクトル生成処理部803は、先ず、i=1のベクトルx2 1={x1,x2}に対して、j=3,4,5,…599とするベクトルx2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5}, x2 5={x5,x6},…, x2 599={x599,x600}を、ノルム演算処理部805aへ出力する。ノルム演算処理部805aは、m次元ベクトル生成処理部803から入力される、ベクトルx2 1={x1,x2}からベクトルx2 3={x3,x4}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算する。
【0053】
m+1次元ベクトル生成処理部804は、正規化epoch802のうち、時系列において隣接する(m+1)個の要素よりなる、(m+1)次元のベクトルを2つ作成する。
以下、ノルム演算処理部805bはノルム演算処理部805aと同様の演算処理を行う。コンパレータ806bはコンパレータ806aと同様の、閾値r807との比較を行い、論理値を出力する。
確率演算処理部808bは、ノルム演算処理部805bが出力するベクトルの組毎にコンパレータ806bの論理出力を計数して、ノルムの絶対値が閾値r807未満である確率Cm+1(r)を出力する。
【0054】
除算器809は確率Cm+1(r)を被除数とし、確率Cm(r)を除数として除算する。
対数演算処理部810は、除算器809の出力の自然対数を演算し、出力する。
乗算器811は、対数演算処理部810の出力値に「-1」である負値812を乗算することで対数演算処理部810の出力値の符号を反転し、サンプルエントロピーh(r,m)を出力する。
【0055】
[精神疾患推定装置101:左右移動エントロピー演算処理部710]
図9は、左右移動エントロピー演算処理部710の詳細を示すブロック図である。
移動エントロピーは、以下の式にて求められる。左右移動エントロピー演算処理部710、及び次の図10にて説明する右左移動エントロピー演算処理部711は、以下の式(2)の演算を実行する。
【0056】
【数2】
【0057】
式(2)におけるp(yt|yt-τ dy,xt-τ dx)及びp(yt|yt-τ dy)は、それぞれ条件付き確率であり、以下の式(3)及び式(4)にて求められる。
【0058】
【数3】
【0059】
右epoch705及び左epoch706は、ビン幅調整処理部901に入力される。
ビン幅調整処理部901は、右epoch705及び左epoch706の変数の値域の幅を、所定の数で除算した幅にて入力される値を丸める。
こうして、右epoch705及び左epoch706は、正規化右epoch902及び正規化左epoch903となる。
【0060】
正規化右epoch902及び正規化左epoch903は、それぞれ遅延ベクトル生成処理部904a、904bに入力される。
遅延ベクトル生成処理部904a、904bは、サンプリング間隔τ、次元数dx及びdyよりなる遅延ベクトル設定値905に従って、右遅延ベクトル906(xt-τ dx)及び左遅延ベクトル907(yt-τ dy)を生成する。
【0061】
右遅延ベクトル906(xt-τ dx)及び左遅延ベクトル907(yt-τ dy)は、同時確率演算処理部908aに入力される。
同時確率演算処理部908aは、正規化右epoch902及び正規化左epoch903に含まれる全ての遅延ベクトルの組の中で右遅延ベクトル906(xt-τ dx)及び左遅延ベクトル907(yt-τ dy)と同じ値の組が存在する確率p(yt-τ dy, xt-τ dx)を演算する。
【0062】
同時確率演算処理部908aの演算処理について、実例を挙げて説明する。
本発明の実施形態において、epochが2秒、サンプリング周波数が300Hzであるので、サンプル数Nは600である。τは10、dx及びdyは5である。
右epoch705であるデータ列Xは、X={x1, x2, …, xt, …, xN}={x1, x2, …, xt, …, x600}
左epoch706であるデータ列Yは、Y={y1, y2, …, yt, …, yN}={y1, y2, …, yt, …, y600}
遅延ベクトルxt dxはxt dx={xt, xt-τ, xt-2τ, …, xt-(dx-1)τ}なので、x600 5={x600, x590, x580, x570, x560}, x599 5={x599, x589, x579, x569, x559}, …, x41 5={x41, x31, x21, x11, x1} となる。
【0063】
以上のように、遅延ベクトルxt 5はデータ列Xの最終番要素であるxtから、サンプリング間隔τ=10個毎に要素を取り出して、次元数dx=5個のベクトルを作成する。最後のベクトルx41 5の添え字「41」は、t-(dx-1)τ=1から、tを逆算すると得られる。
同時確率p(yt-τ dy, xt-τ dx)とは、時刻tを600から41+10=51(最後のベクトルの添字の数にサンプリング間隔τを加算した値)まで変化させることで得られる遅延ベクトルの群のうち、所望の時刻tにおける遅延ベクトルと同じ値の遅延ベクトルの組が存在する確率を指す。例えばt=600のとき、遅延ベクトルの組は、
{y590 5,x590 5}={y590,y580,y570,y560,y550,x590,x580,x570,x560,x550}
である。同様にt=51のとき、遅延ベクトルの組は、
{y41 5,x41 5}={y41,y31,y21,y11,y1,x41,x31,x21,x11,x1}
である。
【0064】
同時確率演算処理部908aは、この遅延ベクトルの組と同じ値の遅延ベクトルの組が存在する確率を計算する。例えば、データ列X及びデータ列Yが0.1,0.2,0.3,0.4,0.5,0.6の6つの値のいずれかを採るものとして、遅延ベクトルの組が
{y590 5,x590 5}={0.3,0.4,0.5,0.4,0.3,0.2,0.3,0.4,0.3,0.2}
という値の組であるなら、同時確率p(y590 5,x590 5)は、全ての遅延ベクトルの組のうち、{y590 5,x590 5}と同じ値の組よりなる遅延ベクトルの組の数を数えて、その数を全ての遅延ベクトルの組の数で除算することで得られる。
【0065】
右遅延ベクトル906(xt-τ dx)及び左遅延ベクトル907(yt-τ dy)と、正規化左epoch903から取り出したスカラ値ytは、付加同時確率演算処理部909aに入力される。
付加同時確率演算処理部909aは、正規化右epoch902と正規化左epoch903及びytに含まれる全ての遅延ベクトルの組の中で、右遅延ベクトル906(xt-τ dx)と左遅延ベクトル907(yt-τ dy)及びytと同じ値の組が存在する確率p(yt∩yt-τ dy, xt-τ dx)を演算する。
【0066】
付加同時確率演算処理部909aの演算処理について、実例を挙げて説明する。前述の同時確率演算処理部908aと同様、N=600、τ=10、dx=dy=5である。
付加同時確率p(yt∩yt-τ dy, xt-τ dx)とは、時刻tを600から41+10=51まで変化させることで得られる、遅延ベクトルの群にスカラ値ytを付加した群のうち、所望の時刻tにおける遅延ベクトル及びスカラ値ytと同じ値の遅延ベクトル及びスカラ値ytの組が存在する確率を指す。例えばt=600のとき、遅延ベクトル及びスカラ値ytの組は、
{y600,y590 5,x590 5}={y600,y590,y580,y570,y560,y550,x590,x580,x570,x560,x550}
である。同様にt=51のとき、遅延ベクトル及びスカラ値ytの組は、
{y51,y41 5,x41 5}={y51,y41,y31,y21,y11,y1,x41,x31,x21,x11,x1}
である。付加同時確率演算処理部909aは、この遅延ベクトルの組及びスカラ値ytと同じ値の遅延ベクトル及びスカラ値ytの組が存在する確率を計算する。
【0067】
第一除算器910は、付加同時確率演算処理部909aが出力する確率p(yt∩yt-τ dy, xt-τ dx)を被除数とし、同時確率演算処理部908aが出力する確率p(yt-τ dy, xt-τ dx)を除数として、除算する。第一除算器910の出力データは条件付確率p(yt|yt-τ dy,xt-τ dx)となる。
【0068】
左遅延ベクトル907(yt-τ dy)は、同時確率演算処理部908bに入力される。
同時確率演算処理部908bは、正規化左epoch903に含まれる全ての遅延ベクトルの組の中で左遅延ベクトル907(yt-τ dy)と同じ値の組が存在する確率p(yt-τ dy)を演算する。
【0069】
前述と同様に、同時確率演算処理部908bの実例を挙げるならば、同時確率p(yt-τ dy)とは、時刻tを600から41+10=51まで変化させることで得られる遅延ベクトルの群のうち、所望の時刻tにおける遅延ベクトルと同じ値の遅延ベクトルの組が存在する確率を指す。例えばt=600のとき、遅延ベクトルの組は、
{y590 5}={y590,y580,y570,y560,y550}
である。同時確率演算処理部908bは、この遅延ベクトルの組と同じ値の遅延ベクトルの組が存在する確率を計算する。
【0070】
左遅延ベクトル907(yt-τ dy)と、正規化左epoch903から取り出したスカラ値ytは、付加同時確率演算処理部909bに入力される。
付加同時確率演算処理部909bは、正規化右epoch902と正規化左epoch903及びスカラ値ytに含まれる全ての遅延ベクトルの組の中で、左遅延ベクトル907(yt-τ dy)及びスカラ値ytと同じ値の組が存在する確率p(yt∩yt-τ dy)を演算する。
【0071】
前述と同様に、付加同時確率演算処理部909bの実例を挙げるならば、付加同時確率p(yt∩yt-τ dy)とは、時刻tを600から41+10=51まで変化させることで得られる遅延ベクトルの群及びytのうち、所望の時刻tにおける遅延ベクトル及びytと同じ値の遅延ベクトル及びytの組が存在する確率を指す。例えばt=600のとき、遅延ベクトル及びytの組は、
{y600,y590 5}={y600,y590,y580,y570,y560,y550}
である。付加同時確率演算処理部909bは、この遅延ベクトルの組及びytと同じ値の遅延ベクトル及びytの組が存在する確率を計算する。
【0072】
第二除算器911は、確率p(yt∩yt-τ dy)を被除数とし、確率p(yt-τ dy)を除数として、除算する。第二除算器911の出力は条件付確率p(yt|yt-τ dy)となる。
【0073】
第三除算器912は、条件付確率p(yt|yt-τ dy,xt-τ dx)を被除数とし、条件付確率p(yt|yt-τ dy)を除数として除算する。第三除算器912の出力は対数演算処理部913に入力される。
対数演算処理部913は第三除算器912から入力された値の自然対数を演算する。
対数演算処理部913の出力データは、乗算器914によって第一除算器910が出力する条件付確率p(yt|yt-τ dy,xt-τ dx)と乗算される。
乗算器914が出力する評価値は、入出力制御部310の制御に従って総和演算処理部915に入力され、全ての遅延ベクトルにおける評価値の総和を演算して、左右移動エントロピーを出力する。
【0074】
[精神疾患推定装置101:右左移動エントロピー演算処理部711]
図10は、右左移動エントロピー演算処理部711の詳細を示すブロック図である。
正規化右epoch902と正規化左epoch903の配置が入れ替わり、これによって右遅延ベクトル906と左遅延ベクトル907の配置も入れ替わった以外は、全ての機能ブロックが図9と同じであるので、詳細は割愛する。
乗算器914が出力する評価値は、入出力制御部310の制御に従って総和演算処理部915に入力され、全ての遅延ベクトルにおける評価値の総和を演算して、右左移動エントロピーを出力する。
【0075】
[精神疾患推定装置101:シミュレーション演算による性能]
図11は、本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置101の、ROC曲線(Receiver Operating Characteristic:受信者操作特性)を示すグラフである。
図11中、「Baseline」は平均値のみの結果を、「TranEn」は移動エントロピーのみの結果を、「SampEn」はサンプルエントロピーのみの結果を、「All」は平均値、移動エントロピー、サンプルエントロピー全てを用いた結果を示す。
AUC(Area Under the Curve)が0.9と極めて1に近い結果を出力していることから、本発明の第一の実施形態に係る精神疾患推定装置101は精神疾患に対して高い推定精度を備えていると言える。
【0076】
本発明の第一の実施形態及び第二の実施形態に係る精神疾患推定装置が推定可能な精神疾患には、ADHD、ASD、統合失調症、うつ病等の他、認知症も推定が可能であるものと思われる。特に、認知症の一種であるアルツハイマー病では、発症前のMCI期から瞳孔径制御の起点である青斑核に異常が現れることが非特許文献5にて報告されている。このような早期の青斑核の機能不全を示す指標として瞳孔反応利用できる可能性が考えられる。
【0077】
以上説明した実施形態には、以下に示す変形例を採用し得る。
(1)図8にて説明したm次元ベクトル生成処理部803及びm+1次元ベクトル生成処理部804は、以下に示す処理手順も可能である。
m次元ベクトル生成処理部803は、正規化epoch802のうち、時系列において隣接するm個の要素よりなる、m次元のベクトルを2つ、作成する。
今、xm i ={xi,xi+1,…,xi+m-1}であるとき、xm j ={xj,xj+1,…xj+m-1}である。そして、iとjには以下の条件が課せられる。
(i != j, i= 1,2,3,…,N-m-1, j=i+1,i+2,i+3,…,N-m)
【0078】
m次元ベクトル生成処理部803から出力される2つのベクトルは、ノルム演算処理部805aに入力される。
ノルム演算処理部805aは、ベクトルxm iとxm jを減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を出力する。
ノルムの絶対値はコンパレータ806aによって閾値r807と比較され、閾値r807未満であった場合、コンパレータ806aは論理の「真」を出力する。
確率演算処理部808aは、ノルム演算処理部805aが出力するベクトルの組毎にコンパレータ806aの論理出力を計数して、ノルムの絶対値が閾値r807未満である確率Cm(r)を出力する。
【0079】
m次元ベクトル生成処理部803の演算処理について、実例を挙げて説明する。
本発明の実施形態において、epochが2秒、サンプリング周波数が300Hzであるので、サンプル数Nは600である。mは2である。
右epoch705であるデータ列Xは、X={x1, x2, …, xt, …, xN}={x1, x2, …, xt, …, x600}
左epoch706であるデータ列Yは、Y={y1, y2, …, yt, …, yN}={y1, y2, …, yt, …, y600}
ベクトルxm i={xi,xi+1},i=1,2,3,…N-m-1 ということなので、i=1,2,3,…,597となる。ベクトルxm iは、x2 1={x1,x2}, x2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5},…, x2 597={x597,x598} となる。
これに対し、ベクトルxm j ={xj,xj+1},j=m+1,m+2,m+3,…N-m+1 ということなので、 j=3,4,5,…599となる。ベクトルxm jは、x2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5}, x2 5={x5,x6}, …, x2 599={x599,x600}となる。
【0080】
m次元ベクトル生成処理部803は、先ず、i=1のベクトルx2 1={x1,x2}に対して、j=2,3,4,…599とするベクトルx2 2={x2,x3}, x2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5},…, x2 599={x599,x600}を、順次、ノルム演算処理部805aへ出力する。
ノルム演算処理部805aは、m次元ベクトル生成処理部803から入力される、ベクトルx2 1={x1,x2}からベクトルx2 2={x2,x3}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算する。
【0081】
次にノルム演算処理部805aは、m次元ベクトル生成処理部803から順次入力される、ベクトルx2 1={x1,x2}からベクトルx2 3={x3,x4}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算、ベクトルx2 1={x1,x2}からベクトルx2 4={x4,x5}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算、…、ベクトルx2 1={x1,x2}からベクトルx2 599={x599,x600}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算する。
【0082】
次にm次元ベクトル生成処理部803は、iを1インクリメントする。そして、i=2のベクトルx2 2={x2,x3}に対し、j=3,4,5,…599とするベクトルx2 3={x3,x4}, x2 4={x4,x5}, x2 5={x5,x6},…, x2 599={x599,x600}を、順次、ノルム演算処理部805aへ出力する。
ノルム演算処理部805aは、m次元ベクトル生成処理部803から入力される、ベクトルx2 2={x2,x3}から、ベクトルx2 3={x3,x4}を減算した合成ベクトルのノルムの絶対値を演算する。以下同様に、ノルム演算処理部805aはm次元ベクトル生成処理部803から順次入力されるベクトルの差のノルムの絶対値を演算する。
【0083】
m+1次元ベクトル生成処理部804は、正規化epoch802のうち、時系列において隣接する(m+1)個の要素よりなる、(m+1)次元のベクトルを2つ作成する。
以下、m+1次元ベクトル生成処理部804はm次元ベクトル生成処理部803と同様の演算処理を行う。
【0084】
(2)瞳孔径複雑性演算処理部306は、瞳孔径データ列の複雑性を数値化するため、サンプルエントロピーを演算した。瞳孔径データ列の複雑性の指標を演算する方法はサンプルエントロピーに限られない。サンプルエントロピーの他にも、瞳孔径データ列の複雑性の指標を演算する方法として、例えばHiguchiのフラクタル次元(Higuchi fractal dimension)や、Omega-complexityを利用してもよい。
【0085】
サンプルエントロピー以外に実現可能な複雑性の指標の一例として、相関次元を以下に説明する。相関次元は、確率論的なサンプルエントロピーとは異なり、決定論的な複雑性を実現する。
m次元ベクトル生成処理部803が生成するxm i={xi,xi+1,…,xi+m-1} xm j={xj,xj+1,…,xj+m-1}に対して、xm iを中心とした半径εの球内に入る確率を以下の式(5)とする。
【0086】
【数4】
【0087】
【0088】
【0089】
その他の決定論的な複雑性を表する指標としては、最大リアプノフ指数などがある。
【0090】
【0091】
(3)瞳孔径因果性演算処理部305は、瞳孔径データ列の、左右の因果性を数値化するため、移動エントロピーを演算した。因果性に関連する他の量として、瞳孔径データ列の左右相互の同期性の尺度を演算する方法は移動エントロピーに限られない。移動エントロピーの他にも、左右の瞳孔径時系列の相互相関係数や相互情報量によって評価してもよい。移動エントロピーとは異なり、相互相関係数や相互情報量を用いる場合、左から右、右から左といった方向性はなくなるが、図7にて示したように、左から右、右から左といった方向性を有する移動エントロピーに対して平均値を演算しているので、相互相関係数や相互情報量を採用したとしても特に問題にはならない。
【0092】
移動エントロピー以外に時系列間の因果性を見る指標としては、グレンジャー因果(Granger causality)がある。
また、因果性の代わりに、xiとyiの時系列間の同期の程度を評価しても良い。その場合の指標としては、相互情報量や相関係数などがある。相関係数Rについて、具体的に記載すると、以下の式(6)になる。
【0093】
【数5】
【0094】
【0095】
(4)本発明の第一の実施形態では、分類器308を用いて被験者または患者102の精神疾患の罹患率を推定する精神疾患推定装置101を開示した。
本発明の第二の実施形態では、回帰器502を用いて被験者または患者102の精神疾患の重症度を推定する精神疾患推定装置501を開示した。
いずれの精神疾患推定装置も、学習アルゴリズムを用いて精神疾患のパラメータ(罹患率または重症度)を推定する、という点においては共通する。
【0096】
分類器308と回帰器502は、瞳孔径平均演算処理部304が出力する瞳孔径平均値と、瞳孔径因果性演算処理部305が出力する瞳孔径因果性と、瞳孔径複雑性演算処理部306が出力する瞳孔径複雑性に基づいて、被験者または患者102の複数の精神疾患における罹患率または重症度を出力する精神疾患推定処理部という上位概念で括ることができる。
【0097】
(5)本発明に係る精神疾患推定装置は、交感神経系と副交感神経系の挙動が、瞳孔径に影響することを利用している。そして、交感神経系と副交感神経系の挙動によって推定できる現象は、精神疾患に留まらない。
瞳孔径は人間の注意、覚醒機能を反映すると考えられている。自動車等の運転では、不注意による事故が問題となる。そこで、瞳孔径指標から、ドライバーの気が散っている状態や、覚醒が低下するなどして、運転に集中できていない状態を判別できる可能性が考えられる。
【0098】
そこで、自動車の運転席の天井、サンバイザーの周縁部分に眼球運動計測装置103を設置し、ドライバーの集中力が低下している状態、及び覚醒が低下している状態を推定する精神疾患推定装置101を、眼球運動計測装置103に接続する。自動車に精神疾患推定装置101を設けることで、ドライバーが眠気に襲われるより以前の状況から、早期に危険を知らせるアラームを鳴動させることが可能になる。
【0099】
すなわち、本発明に係る精神疾患推定装置が推定する現象は、精神疾患に限られない。したがって、本発明に係る精神疾患推定装置は、精神疾患のみならず、被験者または患者102の集中力が低下している状態、及び覚醒が低下している状態をも推定可能な、精神神経活動推定装置という上位概念で言い換えることが可能である。
【0100】
本発明の実施形態では、精神疾患推定装置を開示した。
精神疾患推定装置101及び精神疾患推定装置501は、被験者または患者102の瞳孔径データ列から、瞳孔径平均値、瞳孔径因果性、瞳孔径複雑性の3つのスカラ値を算出して、学習アルゴリズムに基づく分類器308または回帰器502に投入する。これにより精神疾患推定装置101及び精神疾患推定装置501は、被験者または患者102の精神疾患罹患可能性、あるいは精神疾患の重症度を、極めて客観的に推定することが可能になる。
【0101】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、他の変形例、応用例を含む。
【符号の説明】
【0102】
101…精神疾患推定装置、102…患者、103…眼球運動計測装置、104…顎台、201…バス、202…CPU、203…ROM、204…RAM、205…表示部、206…操作部、207…不揮発性ストレージ、208…NIC、301…左右瞳孔径データファイル、302…サンプル数規定処理部、303…LPF、304…瞳孔径平均演算処理部、305…瞳孔径因果性演算処理部、306…瞳孔径複雑性演算処理部、307…特徴ベクトル演算処理部、308…分類器、309…近似関数パラメータ、310…入出力制御部、401…学習器、402…左右瞳孔径データファイル、403…教師データ、501…精神疾患推定装置、502…回帰器、503…近似関数パラメータ、601…学習器、602…教師データ、701…右瞳孔径データ、702…左瞳孔径データ、703…第一平均値演算処理部、704…データ細分化処理部、705…右epoch、706…左epoch、707…スイッチ、708…サンプルエントロピー演算処理部、709…第二平均値演算処理部、710…左右移動エントロピー演算処理部、711…右左移動エントロピー演算処理部、712…第三平均値演算処理部、801…Zスコア化処理部、802…正規化epoch、803…m次元ベクトル生成処理部、804…m+1次元ベクトル生成処理部、805a、805b…ノルム演算処理部、806a、806b…コンパレータ、807…閾値r、808a、808b…確率演算処理部、809…除算器、810…対数演算処理部、811…乗算器、812…負値、901…ビン幅調整処理部、902…正規化右epoch、903…正規化左epoch、904a、904b…遅延ベクトル生成処理部、905…遅延ベクトル設定値、906…右遅延ベクトル、907…左遅延ベクトル、908a、908b…同時確率演算処理部、909a、909b…付加同時確率演算処理部、910…第一除算器、911…第二除算器、912…第三除算器、913…対数演算処理部、914…乗算器、915…総和演算処理部
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