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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】鋼材の錆除去方法
(51)【国際特許分類】
   B24C 1/00 20060101AFI20240829BHJP
   B24C 11/00 20060101ALI20240829BHJP
   B24C 5/04 20060101ALI20240829BHJP
   B24C 1/06 20060101ALI20240829BHJP
   E01D 22/00 20060101ALI20240829BHJP
   E04G 23/02 20060101ALN20240829BHJP
【FI】
B24C1/00 C
B24C11/00 G
B24C5/04 Z
B24C11/00 Z
B24C1/06
B24C5/04 A
E01D22/00 Z
E04G23/02 Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2023500528
(86)(22)【出願日】2021-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2021039900
(87)【国際公開番号】W WO2022176278
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2021026477
(32)【優先日】2021-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505398963
【氏名又は名称】西日本高速道路株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595089972
【氏名又は名称】株式会社富士技建
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】518114406
【氏名又は名称】池田工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000132161
【氏名又は名称】株式会社スギノマシン
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(72)【発明者】
【氏名】浅野 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】西山 晶造
(72)【発明者】
【氏名】貝沼 重信
(72)【発明者】
【氏名】池田 龍哉
(72)【発明者】
【氏名】荒川 武彦
【審査官】山村 和人
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-247058(JP,A)
【文献】特開2015-182058(JP,A)
【文献】特開2001-46957(JP,A)
【文献】特開平5-50202(JP,A)
【文献】特開平7-24735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 1/00 - 11/00
E01D 22/00
E04G 23/02
B08B 3/00 - 3/14
B08B 7/00 - 7/04
B05D 1/00 - 7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異常錆に加えて腐食性物質を有する耐候性鋼材から異常錆を除去する方法であって、
耐候性鋼材の表面にアブレシブウォータージェット処理を適用して腐食性物質と共に異常錆を含む錆部分を除去することを特徴とする方法。
【請求項2】
アブレシブウォータージェット処理は、研削材を含む超高圧水をノズル開口部から噴射して対象物としての耐候性鋼材に当てる処理(但し、研削材が方解石またはシラスの場合を除く)であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ノズルから耐候性鋼材に向かって噴射する超高圧水のノズル開口部における吐出圧は、150~250MPaであることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ノズル開口部と耐候性鋼材との間の距離は、40~400mmであることを特徴とする請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
水と共に研削材を150~700g/分の供給量でノズルに供給する請求項2~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
研削材は、ふるいの目開きで80~1400μmの範囲の粒度を有することを特徴とする請求項2~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
研削材は、#30~#120で市販されている粒度を有する研削材であることを特徴とする請求項2~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
耐候性鋼材は、構造物を構成することを特徴とする請求項2~7のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
耐候性鋼材に対してノズルを移動させながら連続的にアブレシブウォータージェット処理を実施することを特徴とする請求項2~7および請求項9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
耐候性鋼材は、橋梁、プラント構造物または鉄塔を構成することを特徴とする請求項1~7、請求項9および請求項10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
錆部分は、腐食性物質としての塩分を含むことを特徴とする請求項1~7および請求項9~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
錆を除去することによって耐候性鋼材の素地調整することを特徴とする請求項1~7および請求項9~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
アブレシブウォータージェット処理用のノズルは、研削材を含む水が流れて対象物に向かってジェットを噴射する開口部を有し、ノズルの先端部分において開口部に隣接する内側空間がノズルの上流部から開口部に向かって広がる構造を有することを特徴とする請求項2~7および請求項9~13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
内側空間は、円錐台形状を有することを特徴とする請求項14に記載の方法。
【請求項17】
アブレシブウォータージェット処理後に耐候性鋼材の表面に残留している塩分量を、アブレシブウォータージェット処理前の塩分の約1/10~1/20に減少させることを特徴とする請求項2~7および請求項9~16のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材、特に耐候性鋼材の構造物の鋼材から錆を除去する方法およびその方法を用いる、鋼材の素地調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁等の構造物に鋼材、例えば耐候性鋼材が使用されている。耐候性鋼材には、使用環境下においてその表面に緻密かつ安定な保護性錆が形成され、それ以降の錆の成長が抑制されるので塗装する必要がないと言われてきた。
【0003】
しかしながら、例えば海浜に近い場所で耐候性鋼材の構造物を使用すると、飛来塩分等の水溶性の腐食性物質の影響によって層状で剥離性の異常錆が鋼材の表面に形成される。これを更に放置しておくと、異常錆が表面に沿って若しくは板厚方向へ進行し、それによって鋼材の板厚の減少に到り、構造物の強度に影響を及ぼす可能性がある。従って、鋼材から異常錆を除去して早期に補修または補強する必要がある。
【0004】
また、飛来塩分は鋼材の表面の異常錆に付着するだけではなく、層状に形成された異常錆の内部にも侵入することが知られている。異常錆の内部に侵入した塩分は更なる異常錆の形成をもたらし得るので、異常錆の除去に加えて、塩分等の腐食性物質を除去するのが望ましい。
【0005】
これらを考慮して、耐候性鋼材の表面に形成された異常錆および侵入した塩分を除去して素地調整し、その後、必要に応じて防錆することによって構造物を周辺環境から保護する、耐候性鋼材の構造物を補修することが行われている。
【0006】
異常錆が形成された耐候性鋼材の構造物の鋼材の素地調整方法が種々提案されている。例えば、(1)機械的に(例えばハンマー、サンダー等により)錆を落とし、(2)次に、水洗して塩分を除去し、(3)その後、ブラスト処理して錆を除去する素地調整方法が実施されている(下記非特許文献1参照)。この素地調整方法は、3つの異なる操作が必要であり、必ずしも簡便な方法ではない。
【0007】
別の方法として、例えば、最初に湿潤ブラスト処理の後に乾燥し、その後、レーザービームを照射することにより金属構造物の表面を素地調整する方法が提案されている(下記特許文献1参照)。この素地調整方法は、レーザービームを照射する操作が必要であり、このような操作は必ずしも簡便なものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2020-128572号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】後藤宏明他,耐候性鋼材の塗装による補修方法の検討,材料と環境,2010年,第59号,第10-17頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように種々の素地調整方法が提案され、また、実施されているが、これらの方法は、必ずしも満足できるものではなく、鋼材、例えば耐候性鋼材により形成された構造物、例えば橋梁の補修に際して用いる素地調整方法において、更に改善をもたらす方法を開発することが期待されている。
【0011】
特に、飛来塩分等の腐食性物質により表面に錆が形成された鋼材構造物を補修する場合のように、鋼材の厚さの減損をできるだけ抑制しつつ、錆を除去するに際して、錆部分に残存する塩分を適正に除去する新たな方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の要旨において、本発明は、鋼材から錆を除去する方法を提供し、この方法は、錆を有する鋼材の表面に、アブレシブウォータージェット処理(Abrasive Water Jet Treatment:以下、「AWT」とも呼ぶ)を適用して錆部分及び塩分等の腐食性物質(存在する場合)を除去することを特徴とする。この方法によって、鋼材から錆、例えば異常錆を除去して鋼材を素地調整することができ、その後、必要に応じてその後に鋼材を処理でき、例えば鋼材表面に塗装を施すことができる。本発明の錆を除去する方法は、その方法を適用する鋼材部分に存在する錆の少なくとも一部分を、好ましくは大半を、より好ましくは実質的に全部を除去できる。
【0013】
尚、アブレシブウォータージェット処理は、研削材を含む超高圧水(即ち、アブレシブウォータージェット)を対象物(例えば鋼材)に当てる処理であって、これによって、高速で水および研削材をノズルから噴射して対象物に衝突させてその表面に存在する錆を除去できる。錆に加えて、鋼材の表面に塩分等の腐食性物質が存在する場合、そのような腐食性物質も併せて除去できる。従って、本発明は、錆に加えて腐食性物質(例えば塩分)を更に有する錆部分を有する鋼材から、腐食性物質(例えば錆の内部に侵入した塩分)を除去する方法をも提供する。尚、研削材を含む水流は超高圧で吐出されることによって加温されるが、腐食性物質が水溶性であって、その溶解性(例えば溶解速度、溶解度等)が高圧で正の温度依存性を有する場合には、加温された水流への腐食性物質の溶解が促進されることがある。このことは腐食性物質の除去に寄与できる。
【0014】
本発明において、「錆」とは、鋼材が腐食することによって生成する腐食生成物を意味する。より具体的には、鋼材の使用環境下で生成する、鋼材の構成元素(特に鉄)と酸素とから形成される酸化物(土木・建築分野等で呼ばれるいわゆる「錆」)を意味し、鋼材と使用環境に存在する空気(酸素)、水分等との反応によって生成する。本発明において対象とする錆は特に限定されるものではなく、鋼材由来の酸化物、通常鉄の酸化物(例えば、赤錆、黒錆等)が含まれる。また、形成される錆の性質に基づいて分類される保護性錆、異常錆等も対象に含まれるが、本発明の主たる目的のひとつは、使用されている鋼材の性質に悪影響を与え得る錆、例えば異常錆を除去することである。尚、本明細書において、保護性錆とは、鋼材表面に連続的に生成した緻密な錆を意味し、腐食の原因となる酸素、水から鋼材表面を保護して錆の進展を制御する。また、異常錆とは、鋼材の厚さの減少をもたらし得る錆を意味し、例えば層状、うろこ状の錆である。
【0015】
従って、本発明の方法が特に好適であるのは、鋼材に生成した錆を放置しておくと、生成した錆が鋼材内部に進行したり、更に鋼材が減損して、その結果、鋼材により構成された構造物の機能に悪影響が生じ得る場合である。この場合、鋼材から錆を除去して構造物を補修する必要がある。例えば、鋼材、例えば耐候性鋼材に形成された異常錆を除去する場合に好適である。「鋼材」とは、「鋼」と一般に呼ばれている、炭素を含む鉄の合金でできた部材を意味する。
【0016】
鋼材は、鋼でできた部材であれば、特に限定されるものではなく、「鋼」として、例えば、普通鋼、耐候性鋼、ステンレス鋼を例示でき、その中には「SS(一般構造用圧延鋼材)」、「SM(溶接構造用圧延鋼材)」、「SMA(溶接構造用耐候性圧延鋼材)」と呼ばれるものが含まれる。鋼材は、例えば種々の構造用鋼材(例えばH型鋼、I形鋼、T形鋼、平型鋼、山形鋼、溝形鋼)、パイプ、線材、板材、ボルト、ナット、フランジ、継手等であってよい。
【0017】
尚、本発明において、構造物は特に限定されるものではなく、鋼材、例えば普通鋼、耐候性鋼等の鋼材で構成されたものであればよい。具体的には、そのような構造物には、橋梁、プラント構造物、鉄塔等が含まれる。本発明の方法において、処理する鋼材は、そのような構造物の少なくとも一部分を構成するものであってよく、そのような構造物から取り外した鋼材であってもよい。そのような部分は、構造物の例えば柱、梁、床、天井等の要素またはその一部分であってもよい。1つの態様では、構造物を現地で直接AWTしてよく、別の態様では、構造物から鋼材を取り外してAWTして、その後、構造物に取り付けてよい。
【0018】
本発明の方法において、「錆部分」とは、錆を含む部分を意味する。この部分は、その実質的に全部が除去すべき錆から構成されていてもよいが、通常、除去すべき錆に加えて、他の成分を含んでいてもよい。そのような他の成分としては、除去すべき錆と一緒にその周辺部分に存在する成分(例えば錆と一緒に鋼材に付着している成分)を例示でき、そのような成分は、錆と一緒に除去され得る。例えば、鋼材に付着している塗料成分(塗膜の形態であってよい)、塵埃、油脂、土壌、塩分または塩類(例えば海水由来の塩、凍結防止剤由来の塩、融雪剤由来の塩等)等がそのような成分に含まれ、また、少量、例えば微量の鋼材成分も一緒に除去され得る。塩分(または塩類)としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム等を例示できる。このような塩分の存在は、一般的には、含まれている塩素量(例えば塩素イオン量)または表面塩類濃度(JIS Z 0313 5.1)を測定することによって確認でき、また、定量できる。
【0019】
アブレシブウォータージエットは、従来、鋼材配管のような硬質対象物を切断するために適用されているが、鋼材表面に生じた錆、例えば異常錆、従って、それを含む錆部分を除去して、その結果、素地調整する方法にアブレシブウォータージエットを適用できることは知られていない。
【0020】
本発明は、別の要旨において、アブレシブウォータージェット処理(即ち、AWT)を適用して錆、例えば異常錆を有する鋼材から錆を除去するに際して用いる、アブレシブウォータージェット処理に好適なノズルを提供する。そのノズルは、研削材を含む水が通過する整流部および研削材を含む水を対象物としての鋼材に向かって噴射する開口部、ならびに整流部の下流端部と開口部との間に位置する空間部分としての遷移部を有して成り、遷移部は、整流部の下流端部から開口部に向かって広がる構造(即ち、広がり構造)を有することを特徴とする。広がる構造は、ノズルの長手方向軸に対して垂直な遷移部の断面が開口部に向かって大きくなる構造であってよい。例えば、空間部分は、ノズルの長手方向軸に沿った断面において、開口部に向かって広がるテーパー形状を有してよい。従って、空間部分の形状は実質的に円錐台形状であってよい。
【0021】
詳しくは、遷移部の広がり構造とは、ノズルにおいて水が流れる方向(即ち、ノズルの長手方向)に沿って整流部の下流端部から開口部まで延在する空間をノズルが有し、この空間は、ノズルの長手方向に対して垂直な断面が、長手方向に沿って、かつ、開口部に向かって大きくなる構造を意味する。そのような断面は、円形であるのが特に好ましいが、別の形状、例えば三角形、四角形のような多角形(好ましくは正多角形)、楕円形等であってよく、相似的に大きくなるが好ましい。そのような空間の構造は、例えば円錐台構造、角錐台構造等であってよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の鋼材から錆を除去する方法によれば、AWTによって、鋼材から錆部分を除去するに際して、錆を除去した鋼材素地を得ることができる。これに加えて、錆部分に存在する塩分等の腐食性物質が存在する場合には、これを可及的に除去した、鋼材素地を得ることができる。従って、本発明の錆の除去方法によって錆部分を除去した鋼材を、その後、必要に応じて、塗装、防錆等の次の処理を実施できる。換言すれば、本発明の錆の除去方法は、その方法を含む、構造物の鋼材の素地調整方法である。
【0023】
尚、本明細書にて説明するように、AWTを鋼材に適用すると、錆部分を好都合に除去できる。別の態様では、AWTは、錆または錆部分の除去に加えて、あるいはその代わりに、錆部分に加えて、あるいはその代わりに塗膜を表面に有する部材、例えば鋼材から錆部分または/および塗膜を除去、例えば剥離するために適用することができる。この態様では、鋼材に錆または錆部分が存在しても、あるいは存在しなくてもよい。従って、本発明は、錆部分および/または塗膜を有する鋼材にAWTをすることによって、錆部分および/または塗膜を除去する方法、従って、それによって鋼材を素地調整する方法をも提供する。錆部分および/または塗膜を除去して鋼材を素地調整した後に、必要に応じて、再塗装等の次の処理を実施できる。
【0024】
また、本発明のアブレシブウォータージェット処理に好適なノズル、即ち、本発明のAWT用ノズルにおいて、その先端部分に遷移部分としての空間が広がり構造を有することによって、AWTによって開口部から噴射される研削材を含んだ超高圧水が広がり、それによって、衝突する対象物の領域が広くなる。その結果、そのような広がり構造を有さない、アブレシブジェットノズル(即ち、ストレートなノズル)と比較して、鋼材厚さの減損を出来る限り、好ましくは許容範囲内に、例えば十分許容範囲内に抑制しながらも、対象物の比較的広い領域に研削材を含んだ超高圧水が衝突するため、その領域の錆部分を効率的に除去でき、従って、効率的に素地調整を実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、本発明の方法で使用できる研削材の粒度分布を示す表1である。
図2図2は、本発明の方法で使用できる研削材の粒度分布を示す表2である。
図3図3は、本発明の方法で使用できる研削材の粒度分布を示すグラフである。
図4図4は、AWTにより錆を除去する本発明の方法において用いることができるノズルの1つの態様を模式的に断面図にて示す。
図5図5は、AWTにより錆を除去する本発明の方法において用いるのに好適なノズル(後述の「拡大ノズル」に相当)の1つの態様を模式的に断面図にて示す。
図6図6は、実施例1の操作条件およびその結果を示す表3を示す。
図7図7は、実施例2の操作条件およびその結果を示す表4を示す。
図8図8は、実施例2の操作条件およびその結果を示す表5を示す。
図9図9は、実施例3の操作条件およびその結果を示す表6を示す。
図10図10は、実施例4の操作条件およびその結果を示す表7を示す。
図11図11は、実施例4における、AWT前およびAWT後の鋼材表面の拡大写真を示す。
図12図12は、実施例4における、AWT前およびAWT後の鋼材表面の酸素(O)および鉄(Fe)のSEM/EDX写真(図12(a)はAWT前、図12(b)はAWT後)を示す。
図13図13は、実施例5のAWT後の鋼材表面の塩濃度の測定結果を示す表8を示す。
図14図14(a)および図14(b)は、実施例6における、AWT前およびAWT後の鋼材断面の拡大写真を示す(図14(b)は300倍に拡大)。
図15図15は、実施例6における、AWT前およびAWT後の鋼材断面についてのSEM/EDX写真(図15(a))、ならびにAWT前およびAWT後の鋼材断面の鉄(Fe)についてのSEM/EDX写真(図15(b))を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書において、素地調整とは、鋼材の表面に存在する錆を含む錆部分を除去して、鋼材の鋼材表面を露出させることを意味する。必要に応じて、露出した鋼材表面に所定の処置を施すことができる。そのような処置は、例えば種々の塗料による防錆、塗装、金属溶射等であってよい。
【0027】
アブレシブウォータージェットは、研削材を含む水を超高圧でノズルから対象物に向かって噴射することによって切断する手段として一般的に知られ、これを利用して種々の対象物を切断するために広く使用されている。本発明の方法では、アブレシブウォータージェットを適用するが、その目的は、鋼材を切断しないことは勿論であるが、適用にあたって、減損する鋼材肉厚を可及的に最小限にしながらも、鋼材の錆を除去することであるため、アブレシブウォータージェットの適用条件を目的に合わせて好適に選択する必要がある。本明細書の開示に基づけば、そのような適用条件の選択は当業者には容易である。
【0028】
具体的には、本発明において適用するアブレシブウォータージェットは、鋼材の厚さの減損(即ち、研削剤を含んだ超高圧水によって削られる鋼材の厚さ)を最小限にし、好ましくは実質的にゼロとなるようにしつつ、鋼材表面に形成された錆部分を除去できるように、アブレシブウォータージェット処理に影響を与え得るパラメーターの好適な範囲を別途選択するのが好ましい。そのようなパラメーターとしては、研削材の材料の種類、研削材粒子の粒度分布、開口部から噴射する水の量、それに含まれる研削材の量、ノズルと対象物との間の距離、噴射する水の圧力等を挙げることができ、これらの条件を種々変えて、対象物から錆を除去した結果を評価することによって、適切なAWTの条件を選択することができる。これは、AWTを錆の除去に好適に適用できることを想到することによって初めて可能となるものである。
【0029】
本発明に基づいてAWTを実施すると、処理される鋼材表面が研削され、噴射された研削材および水が衝突する鋼材の領域において、鋼材の表面から錆を除去して素地の表面が粗面化され、素地調整できる。処理した後の鋼材表面は、通常、鋼材本来のグレー(灰色)~銀白色のザラザラ面、即ち、マット状になり、目視で認識できる。このAWT後の処理表面は、素地調整された表面であり、必要に応じて次の処理(例えば塗装)を実施できる。この粗面化の程度は、鋼材の機能の観点から適度であるのが好ましい。例えば橋梁のような構造体の鋼材を素地調整し、その後に塗装する場合、一般的なブラスト処理により形成される素地の粗面化の判断基準では、Ra(輪郭曲線の算術平均高さ:JIS B 0601 4.2.1)は8μm以上であることが一般的に特に好ましいと言われている。また、RzJIS(十点平均粗さ:JIS B 0601 付属書JA)は25~80μmであるのが一般的に特に好ましいと言われている。本発明に基づいてAWTを実施すると、このような粗面化を達成できる。
【0030】
本発明の錆の除去方法は、鋼材の素地調整方法であるとも言え、このような特に好ましい表面粗度と同等またはそれに近い粗面化を達成できる。例えば、本発明の素地調整方法の好ましい態様では、好ましくは少なくとも8μmのRaを達成でき、また、好ましくは25~80μmのRzJISを達成できる。
【0031】
以下、鋼材についてAWTを実施した試験結果をも勘案して、鋼材から錆を除去するAWTの操作条件等についてより詳細に説明するが、そのような条件は、種々の耐候性鋼材を含む種々の鋼材から錆を除去する場合に適用できる。例えば、耐候性鋼材に生じた異常錆を除去する場合も含めて、種々の鋼材からAWTにより錆部分を除去して素地調整する場合、一般的には以下に説明する条件を適用すると、鋼材の厚さの減損を出来る限り最小限にしつつ、鋼材表面に形成された錆部分を除去できる。通常、そのような条件でAWTを実施すると、錆部分に存在する塩分のような腐食性物質が存在する場合、そのような物質の除去も併せて行うことができる。
【0032】
尚、本発明に基づいてAWTを鋼材に適用する前に、錆を除去すべき鋼材の状況に応じて、前処理を実施してよい。具体的には、鋼材表面の付着物、例えば土壌、塵芥、塗料、塗膜等を可能な範囲で予め除去する処理、例えば水洗、ブラスト処理、手作業(例えば塗膜剥離、粗い錆の除去等)等を実施してもよい。後述の実施例からも明らかなように、AWT前に鋼材に対して前処理を実施しない場合でも、鋼材表面の錆部分を有効に除去できる場合が多い。即ち、1つの態様では、処理すべき鋼材にAWTを直接実施してもよい。
【0033】
本明細書において、アブレシブウォータージェット処理(AWT)とは、ウォータージェットに用いる水が研削材を含み、水と研削材とを小さい開口部を通して高速で対象物(例えば鋼材表面に形成された錆が存在する領域)に向かって噴射して衝突させる操作を意味する。研削材としては、切断に用いられるアブレシブウォータージェットに使用される研磨材を同様に使用してよい。例えば珪砂、ガーネット、アルミナ、炭化ケイ素等の粒状物、スチールグリット及びスチールショット、ガラスビーズ、ジルコンビーズ等を研削材として使用できる。本発明の鋼材、特に耐候性鋼材からの錆の除去には、ガーネットが特に好適である。
【0034】
また、研削材(「研磨材」とも呼ばれる)は通常粒状の形態であり、その粒度または粒度分布は、当該技術分野では例えば「#+数値」で表される。この数値は、大きくなるほど、研削材が細かい粒を含むことを意味し、研削材は、「#+数値」の呼び名で通常市販されている。種々の実験を重ねた結果、本発明において鋼材の錆を除去するには、一般的には研削材の粒度分布が#30~#120の公称粒度を有するのが特に好ましいことが分かった。具体的には、例えば#36、#30-60、#80および#120の公称粒度で市販されている研削材(例えばガーネット製)が好適である。
【0035】
上述の市販の研削材は、例えばGMA社(GMAガーネットグループ)から市販されている。その粒度分布の状況を図1図3に示す。図1に示す表1において、「ふるい目開き」は、研削材に含まれている粒子の目開きで示す粒径の分布幅であると考えることができ、また、研削材に含まれる粒子の85質量%が「累積残留質量分率が85%を超える該当ふるい目開き」を有するふるいより目開きが大きいふるい上に残留することを意味する。
【0036】
図2の表には、#36、#30-60、#80および#120の公称粒度でGMA社から市販されている研削材の粒度分布測定結果を示し、その結果を粒度曲線としてグラフにて図3に示す。図3のグラフでは、横軸は目開きを示し、縦軸はふるい上に残留する粒子の質量割合を累積的に示す。尚、表中のふるい目開きの数値(μm)はGMA社から提供されている数値である。
【0037】
これらの結果に基づいて、使用するのが特に望ましい研削材の粒度は、ふるいの目開きで表すと、好ましくは80~1400μm、より好ましくは90~1190μm、特に好ましくは710~125μm、例えば600~150μmの範囲である。特に望ましい研削材の粒度は、その少なくとも85質量%の粒子が好ましくは100~500μm、より好ましくは125~425μm、例えば150~300μmの範囲内の目開きを通過できない。このような範囲外の粒度分布を有する研削材であっても、操作条件を適宜選択することによって錆を除去できる。しかしながら、その条件は、一般的に採用し易いものではなかったり、あるいは、一般的に採用し易い条件を採用すると、錆を除去する効果が必ずしも十分でない場合が生じ得る。
【0038】
噴射する水の量は、研削材との混合物状態にて研削材が水中で実質的に均一に分散し、また、鋼材から錆を除去できる限り、特に限定されるものではないが、一般的には10~15L/分の量を適用できる。同様に、研削材の供給量は、鋼材から錆を除去できる限り、特に限定されるものではないが、一般的には100~800g/分、好ましくは150g/分~700g/分であってよい。過度に研削すると、鋼材の実質的な減肉をもたらすので、研削深さ(即ち、鋼材をその表面から削り取る長さ)を可及的に小さくするのが好ましい。この研削深さは、その最大値、即ち、最大研削深さを尺度として考えた場合、研削材の供給量は、特に200~600g/分が好ましく、例えば200g/分または300g/分であってよい。このような範囲より多く供給しても、供給量に見合う錆の除去効果が必ずしも得られるとは限らず、また、そのような範囲より小さい供給量は錆部分の研削量が、従って、錆の除去が不十分となり得る。
【0039】
AWTにおける最大研削深さは、上述のように過度に大きい場合、AWTによって鋼材の肉厚が減少して鋼材の機能に影響を与え得る。一般的には、研削材の供給量を大きくすると、最大研削深さが大きくなる傾向がある。ここで、最大研削深さは、AWT後の鋼材の表面に沿ったラインの最大深さである。本明細書では、例えばミリング加工により平坦化した表面を有する鋼材のテストパネルを準備し、これをAWTした後、鋼材の表面で10mmのライン11本を無作為に選択し、各ラインについて3D測定レーザー顕微鏡を用いて測定した最大深さの上位5つの平均値を最大研削深さとしてAWTの効果を評価している。尚、テストパネルのAWT前のミリング加工した平坦化表面の位置をベースラインとして予め測定しておき、AWT後のテストパネルの表面の凹凸状況を測定してベースラインからの偏差を研削深さとして求め、その最大値を最大研削深さとする。
【0040】
AWTのジェットとして噴射する、研削材を含む水の吐出圧力は、150~250MPaであってよく、通常、180~230MPaであることが好ましい。尚、ポンプから研削材と共に水を噴射するノズル開口部までの配管等圧力損失をポンプの吐出圧から差し引いた圧力を、本明細書では「吐出圧力(または吐出圧)」と呼ぶ。このような範囲より吐出圧を大きくしても、より大きい吐出圧に見合う錆の除去効果が必ずしも得られるとは限らず、また、そのような範囲より小さい吐出圧は錆の除去が不十分となり得る。
【0041】
ノズル開口部と対象物としての鋼材との間の距離(「スタンドオフ(Stand Off)距離」または「投射距離」とも呼ぶ)が短くなると、対象物の研削の程度が大きくなる傾向にあり、および/またはノズルが処理できる鋼材の領域が狭くなる傾向がある。逆に、この距離が大きくなると、対象物の研削の程度が小さくなる傾向にあり、および/またはノズルが処理できる、鋼材の領域が広くなる傾向がある。
【0042】
対象物の研削の程度は、上述の「最大研削深さ」を指標として判断でき、投射距離が小さ過ぎると、AWTによる鋼材の厚さの減損、即ち、減肉が過度になる。AWTに際して、ノズルが処理できる鋼材の領域は、錆を除去できる領域の面積、即ち、施工範囲を意味し、投射距離が大き過ぎると、研削材による錆の除去が不十分になる可能性がある。これらを考慮して、適切なスタンドオフ距離を選択するのが好ましい。この距離は、一般的には70~400mm、好ましくは100~300mm、より好ましくは150~250mm、例えば200mmであってよい。
【0043】
AWTは、水および研削材を噴射するノズルを対象としての鋼材から所定の投射距離だけ離れた状態で鋼材に対して実質的に平行に(投射距離を一定に維持しながら)連続的にまたは断続的に移動しながら、即ち、スキャンしながら水および研削材を噴射することによって実施できる。
【0044】
断続的にスキャンする場合、所定の鋼材領域に対して所定時間噴射してAWTを実施することによって錆を除去した後、噴射していない鋼材領域(好ましくはAWTを実施した鋼材領域に隣接する領域)に対して噴射してAWTを実施する。噴射時間が長くなると、最大研削深さが大きくなる傾向があり、また、短くなると、錆の除去が不十分になり易い傾向にあることを考慮して、噴射時間を適切に選択できる。通常30秒~3分、例えば1~2分の噴射時間で実施すれば、鋼材の錆を実質的に除去できる。
【0045】
連続的にスキャンする場合、鋼材に対してノズルを所定の速度で連続的に移動することにより実施する。移動速度が小さくなると、最大研削深さが大きくなる傾向があり、また、大きくなると、錆の除去が不十分になり易い傾向にあることを考慮して、噴射時間を適切に選択できる。通常ノズルを0.5~5m/分、好ましくは1~3m/分の移動速度でノズルを連続的に移動して錆を除去すれば、鋼材の錆を実質的に除去できる。
【0046】
図4に、本発明のAWTよる錆の除去方法に使用できるノズルの先端部分10の断面図(水の流れ方向に沿った断面図)を模式的に示す。ノズルには水および研削材が供給され、これらの混合物であるジェットがノズルの開口部から対象物としての鋼材に向かって噴射される。図示した態様では、ノズルの先端部分10に供給された水12および研削材14が、ノズル合流部11で乱流状態の混合物となり、ノズル先端部分10の整流部16を通過した後、これらの混合物がジェット18として対象物24としての鋼材に向かって開口部20から噴射される。
【0047】
図示するように、ノズルの先端部分10の内側空間22は、ノズルの上流部から開口部20に向かって直管状の構造を有する。図示した態様では、内側空間22は整流部分16の延長部分として存在する。このようなノズルは、一般的にはアブレシブウォータージェットを用いて対象物を切断する場合に使用されるものであってよい。但し、このノズルを使用する場合は、鋼材を切断するのではなく、鋼材に形成された錆を除去する操作条件を採用する必要がある。
【0048】
図5に、本発明の錆の除去方法に適用するAWTに好適なノズルの先端部分10の断面図(水の流れ方向に沿った断面図)を、図4と同様に、模式的に示す。図示した態様では、ノズルに供給された水12および研削材14が、ノズル合流部11で乱流状態になり、ノズル先端部分10の整流部16を通過した後、これらの混合物がジェット18として開口部20からとして噴射される。
【0049】
図示するように、ノズルの先端部分10の開口部20に隣接する遷移空間としての内側空間22は、ノズルの上流側から開口部20に向かって広がる構造を有する。図示した態様では、整流部16の最下流端部と開口部20との間の空間部分22が水の流れ方向に沿って広がる形状、好ましくは円錐形状(厳密には円錐台形状)の空間を有する。このような内部空間22を有することによって、開口部20から噴射されるジェットは、開口部を経て(破線で示すように)広がった形状で対象物24としての鋼材に衝突して、そこに形成された錆部分を除去する。尚、このような広がった形状は、上述のように種々の形状のいずれかの適当な形状であってよく、また、内側空間22は相似的に広がる構造であるのが好ましい。例えば、内部空間22は、整流部16の最下流端部にて直径が2mmであり、開口部20の直径が5mmであり、内部空間22の軸方向長さが8mmであってよい。
【0050】
広がり構造の空間部分22を有するこのような先端部分10を有する本発明のノズル(「拡大ノズル」とも呼ぶ)を用いると、上述のように開口部から噴射されるジェットが広がって対象物に衝突するので、AWTによって処理される領域が拡がってより広い領域を処理できる、および/または広がることによって混合物のジェットが対象物に衝突する際の衝撃が緩和されるので過度な研削を回避できるので、結果的に効率的な錆除去を達成できる。
【0051】
尚、このようなノズルを単独で用いてもよいが、AWTによる処理面積を増やすために、複数のノズルを一緒に用いてもよい。例えばノズルの開口部20が所定間隔で離間して直線状に並んだ構造、開口端部20が所定間隔で面状に並んだ構造(例えば正三角形、正方形、正六角形等の頂点に開口部が位置する構造)を採用できる。
【0052】
AWTの具体的な装置としては、上述のノズルを配置した手持ち式の高圧水噴射ガンを用いることができる。高圧水噴射ガンは高圧水12と研削材14の混合物を噴射するものであり、高圧水噴射ガンを持った作業者が、対象物に対して噴射しながらガンを連続的または断続的に移動させて錆を除去できる。別の態様では、高圧水噴射ガンを移動装置(例えばタイヤ、レールなどで移動する台座等)に取り付け、対象物に対して一定のstand-off距離で噴射しながらガンを連続的または断続的に移動させて錆を除去できる。高圧水12は高圧ポンプ等から高圧ホースを介して供給し、研削材14は研削材供給装置等から研削材チューブを介して供給する。作業現場の状況に応じて、これらの装置を含めて、AWTに必要な種々の機器等の位置関係は適宜設定する。
【0053】
尚、錆の除去に必要な吐出圧は高圧であるため、安全性の確保が重要である。安全性を確保するための構成としては、例えば、高圧水噴射ガンの先端に物理的に距離を保つためのガイド(近づくとぶつかってそれ以上進めない枠など)または距離センサを配置して、ノズルの開口部と対象物との間に障害物等の噴射に際して危険をもたらし得るものの存在を事前に確認できるようにしてもよい。また、そのようなものが存在する場合には、例えば高圧ホースの途中に予め設けたバルブ(例えばエア駆動式超高圧水制御バルブまたは電磁バルブ)を閉鎖することによって、噴射できないように構成してよい。
【0054】
錆部分に塩分のような腐食性物質が含まれている鋼材から、本発明のAWTによって鋼材から錆を除去して素地調整する際、腐食性物質が錆部分に存在する場合、そのような腐食性物質も追加的に除去できることが分かった。従来の素地調整では、錆部分に含まれる腐食性物質の除去は容易ではなかったが、AWTを適用するだけで、腐食性物質の除去が可能になった。
【0055】
好ましい態様では、AWTを適用して錆を除去する場合、素地調整した鋼材の表面に残留している塩分量は、処理前の表面の塩分量の約1/10~1/20に減少していることが分かった。これは、AWTを適用する鋼材部分の未処理部と処理部をSEM/EDX解析することによって確認できる。従来、鋼材の表面の錆部分に含まれる塩分の除去は容易ではなかったが、本発明に基づいて鋼材に研磨材と水との混合物を噴射することによって容易に塩分を除去できる。
【0056】
尚、本発明に基づいて錆を除去した鋼材表面には多少の研削材が残留し得る。研削材の残留は、従来から実施されているブラスト処理においても生じている。この残留量は、AWTを適用する場合、従来の残留量と比較すると、大幅に減少する。例えば、研削材の残留量は、約1/2~1/3に減少することが分かった。
【0057】
以下、実施例によって本発明の態様を更に詳細に説明するが、本発明は、そのような態様に限定されるものではない。
【実施例
【0058】
<実施例1>実際の橋梁の鋼材からの、AWTによる錆の除去
(a)構造物からの鋼材の入手
耐候性鋼材(SMA400AW)にて架設された橋梁(海岸から約5km離れて位置し、架橋後20年以上経過)に発生した異常錆に関してAWTの効果を確認するため、その橋梁の異常錆が発生しているプレートを取り外した(安全性への影響はない、橋梁管理者の了解済み)。プレートのサイズは510mm×120mm(厚さ6mm、腐食による減肉で薄い部分は厚さが4mm程度であり、その上に層状錆や薄い錆がランダムに存在している)で両側には橋梁へボルトで固定するための穴が設けられていた。
【0059】
(b)試験体の準備
プレートの中央部から試験体を60mm×120mmに切り出して6枚の試験体を準備した。
【0060】
(c)AWT
試験体の処理面を上向きにして水平に固定した。AWTは、AWTノズルを一軸(水平方向)移動装置に固定し、AWTノズルを定速で水平移動しながら、その下方に位置する試験体の処理面に向かって鉛直方向下向きにジェットを噴射して実施した。
【0061】
以下のAWT条件を採用した:
・ノズル:図4に示す直管状ノズル(開口部口径:2mm、「従来ノズル」とも呼ぶ)
株式会社スギノマシン製(商品名:標準ノズル 型式:ABN-020-50)
・ノズル吐出圧:230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#30-60
・研削材供給量:200g/分、400g/分、600g/分
・投射距離(stand off距離):100mm、200mm、300mm
・ノズル軸方向移動速度:1m/分
【0062】
(d)鋼材表面の除錆の状況確認、鋼材表面の残留塩分量の分析
AWT前の処理面は、茶褐色の錆部分で一面覆われていたが、AWTを適用した処理部分(長さ:70~90mm、幅:10~30mmの長方形部分)のみ銀白色マット状の鋼材本来の表面が露出していることが目視により確認できた。即ち、AWTにより錆および塗膜のような他の成分を含む錆部分を十分に除去できたことが確認できた。この露出面は、いわゆるザラザラ面であり、錆部分を除去した後に、必要な場合には次の処理、例えば塗装等に適することも確認できた。
【0063】
また、処理部分について、これらの部分の表面をSEM/EDXにて元素分析して表面のCl(At%、原子%)の残留状態を残留塩分量として測定した。その結果、残留塩分量は、個体差があるものの、AWTの適用は、最も低い場合では約0.1~0.2原子%またはそれ以下の非常に小さい結果をもたらし得ることが分かった。
【0064】
尚、この測定の条件は下記の通りであった:
・低真空高感度走査型電子顕微鏡SEMEDXを使用
・解像度:3.5nm(30kV)、加速電圧:15kV
・元素分析:Fe、O、Al、Si,Cl(EDXによる)
・倍率:50×、100×、300×、500×
【0065】
<実施例2>鋼材のAWTによる表面の研削深さおよび粗度等の検討
(a)試験体の準備
150mm×150mm(厚さ6mm)のサイズを有する一般構造用圧延鋼材(SS400)および70mm×70mm(厚さ6mm)のサイズを有する溶接構造用圧延鋼材(SM490A)の試験体を準備した。
【0066】
(b)テストパネルの前処理
[SM試験体について]
試験体自体が持っている表面形状の影響を無くすため、前処理として対象とする面に切削(フライス)処理(切削径:50mm、切削速度215m/分、1分あたりの回転数:1369回転、ブレード材質:サーメット)を施したものを準備した。
【0067】
(c)AWT
上記実施例1と同様にAWTを下記の条件にて実施した:
【0068】
[SS試験体について]
・ノズル:従来ノズル(実施例1と同じ)
・ノズル吐出圧:180MPa、230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#30-60
・研削材供給量:200g/分、400g/分、600g/分
・投射距離(stand off距離):100mm、200mm、300mm
・ノズル軸方向移動速度:1m/分(試験体の中央を長さ方向1パスで処理)
【0069】
[SM試験体について]
・ノズル:従来ノズル(実施例1と同じ)
拡大ノズル(先に例示の寸法を有するノズル、後述の表5のサンプルNo.A-13~24についてのみ)
・ノズル吐出圧:180MPa、230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#30-60、#80、#120
・研削材供給量:200g/分、600g/分
・投射距離:100mm、300mm
・ノズル軸方向移動速度:1m/分(試験体の中央を長さ方向1パスで処理)
【0070】
(d)処理領域の幅、研削深さ、最大研削深さおよび表面粗度の測定
SS鋼材の処理面の処理領域の幅および最大研削深さを測定した。処理領域幅(Wa)は、目視によってマット状領域の幅をノギスにて測定した。また、研削による深さは、試験体の処理領域の中央部分をダイヤルデプスゲージにて測定した(基準面はAWT前の試験体表面)。測定した深さの平均値を「研削深さ」とした。
【0071】
SM鋼材に関して、試験体の処理領域の中央部分70mm×25mmの範囲を設定し、レーザー顕微鏡を用いて、試験体表面に対して垂直方向に0.0213μmの分解能で測定した。最大研削深さは、同じ間隔で引いた11本の表面形状のマッピンググラフから最大深さを計測し、そのうち、上位5本の最大深さの平均値を試験体の「最大研削深さ」とした。加えて、3Dレーザー顕微鏡(スポット径:0.2μm、移動分解能:0.01μm)を用いて表面粗度(RaおよびRzjis)の測定を実施した(測定ピッチ:2.0μm、測定長さ:10mm)。Raは各試験体の測定線11本の算術平均値を採用し、Rzjisは10点平均粗さを採用した。また、SEM/EDXにより処理表面に残留する元素(O、Si、Al)の量(原子%)を測定した。
【0072】
尚、比較のため、SM鋼材の試験体をエアーブラスト処理(従来のエアーブラスト処理条件を採用)のみ実施し、その最大研削深さ、処理領域幅、表面粗度および残留元素量を測定した。このエアーブラストの研削材供給量は、15700g/分であった(図8の表5のブラスト1~3参照)。
【0073】
<実施例3>錆を形成した鋼材のAWTによる塩除去の検討
(a)試験体の準備
150mm×70mm(厚さ6mm)のサイズを有する溶接構造用圧延鋼材(SM490A)の試験体を準備した。
【0074】
(b)試験体の前処理
試験体の処理対象とする面全体にエアーブラスト処理(研削材:ガーネット、研削材投射圧力:0.7MPa、投射距離:300mm、研削材供給量:15700g/分)を施して処理対象面を粗面化した。
【0075】
(c)錆の形成
試験体を3.5質量%のNaCl水溶液に浸した後に、室内環境(室温)にて1日放置して試験体表面に錆を発生させた。
【0076】
(d)AWT
上記実施例1と同様に、錆を表面に有するSM鋼材に対してAWTを下記の条件にて実施した:
・ノズル:従来ノズル(実施例1と同じ、後述の表6のサンプルNo.8-1および8-2について)
拡大ノズル(上述の拡大ノズル、後述の表6のサンプルNo.B-14、B-18およびB-22について)
・ノズル吐出圧:230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#30-60、#80、#120
・研削材供給量:600g/分
・投射距離(stand off距離):100mm、200mm
・ノズル軸方向移動速度:1m/分
【0077】
(e)表面の塩残量(塩分量)の測定
AWTを実施する前後に鋼材について、実施例1と同様に、AWTの前後の鋼材の表面に存在する塩素量(At%)を塩分量として測定した。
【0078】
上述の実施例1~3の結果を、AWT条件と共に図6~9の表3~6に示す。これらの結果に基づいて、本発明のAWTを適用する錆の除去方法に関して次のことが言える:
【0079】
(1)塩分の除去について
錆を形成したSM鋼材を用いた実施例3の結果から分かるように、AWTを適用した後の鋼材表面の塩分量は0.03~0.08At%であり、AWTの適用後と適用前とを比較すると、適用後では、適用前の1/10~1/60程度に減少した塩分量(Cl At%)となっている。
【0080】
実施例1では、実際に錆が発生した試験体にAWTを適用している。SEM/EDX分析では表面解析しかできないため、AWT適用前の定量的な数値を計測できない。測定部位により測定結果に差はあるが、最も低い値は塩量が0.1At%以下であり、錆を形成したSM鋼材を用いた実施例3の試験結果と同程度の結果が確認された。
【0081】
これらの結果を考慮すると、実際に錆が発生した試験体では処理前の測定結果がないため比較は出来ないが、実施例3で示したように1/10~1/60程度の減衰を確認できているため、本発明のAWTの適用は、塩の除去に有効な方法であると判断できる。従って、本発明は、鋼材の錆部分に含まれる塩分の除去方法でもある。
【0082】
(2)処理効率
処理効率(即ち、AWTを適用して錆を除去できる領域(処理領域)に関する効率)について、同一の時間(ノズル移動速度に対応)における処理面積(処理領域の幅Waに対応)は向上していると判断できる。実施例2では、stand off距離が100mmから300mmに増加すると処理領域幅Waが増加する傾向が確認されている。例えばWaが21.5mmから46mmに増加(即ち、約2倍に増加)している。このような結果に基づくと、stand off距離が長いほど、処理効率は良くなり、試験した範囲内では、300mmであるときに最も処理効率が高い。
【0083】
また、stand off距離についても、100mmから300mmに増加すると、最大研削深さが、例えば497mmから199mmへと1/2以下に低下するため、stand off距離が長いほど、最大研削深さが小さくなり、試験した範囲内では、stand off距離が300mmのであるときに最大研削深さが、従って、減肉量が最も少なくなると言える。
【0084】
この結果から、錆の層が厚く塩の残留量が多いと想定される場合には、stand off距離を小さくすることによって最大研削深さを増加させて、塩と共に錆をより効果的に除去できる。研削材の供給量を増加する場合も同様である。
【0085】
(3)処理表面の粗さ
AWTを適用した鋼材の表面粗さについては、一般的な尺度として用いられるRa:8μm以上およびRZJIS:25~80μmと比較する。実施例2(その2)の表5に示す結果に基づいて、stand off距離と研削材種類の条件を固定して研削材の供給量を少なくすると、RaおよびRZJISは共に増加する傾向にある。また、stand off距離が増加すると、RaおよびRZJISは共に増加する傾向にある。研削材の種類については、より細かい研削材を使用すると、RaおよびRZJISは共に低下する傾向にある。
【0086】
これらのことから、処理効率の面で優れているstand off距離300mmにて処理を行う場合を想定し、実施例2の表5(その2)のサンプルNo.A-15、A-19およびA-23の結果を比較すると、例えば、研削材の種類を#80、研削材の供給量を200g/分の条件で拡大ノズルを用いてAWTを適用するサンプルNo.A-19の条件が本発明の方法の1つの好ましい態様であり、RaおよびRZJISの両方が一般的な尺度を達成し得る好適な条件であると判断できる。
【0087】
AWTによって、錆部分が形成された鋼材表面から錆部分を簡便に効率的に除去できること、錆部分に塩分が含まれる場合には、それも一緒に有効に除去できること、更に、AWTは拡大ノズルを用いることによってAWTを効率的に実施できることが、上記実施例およびそれに先立つ説明によって既に明らかになった。このことをより詳細に検討するため、以下の実施例4~実施例6にて説明するように、実際の構造物における鋼材に対してAWTを更に実施した。これらについて、図10図15を参照しつつ、その結果も含めて以下に説明する。
【0088】
<実施例4>実際の橋梁の鋼材からの、AWTによる錆の除去
(a)構造物からの鋼材の入手
処理対象の鋼材のプレートは、実施例1と同じ橋梁から入手した同様のものであった。但し、プレートのサイズは1260mm×120mmであった。
【0089】
(b)試験体の準備
プレートの中央部から試験体を60mm×60mmに切り出して27枚の試験体を準備した。
【0090】
(c)AWT
以下の条件にて実施例1と同様にAWTした:
・ノズル:実施例3と同じ拡大ノズル
・ノズル吐出圧:180MPa、230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#30-60
・研削材供給量:200g/分、400g/分、600g/分
・投射距離(stand off距離):100mm、200mm、300mm
・ノズル軸方向移動速度:1m/分
【0091】
(d)処理領域の表面の観察および幅の測定
SMA鋼材の試験体の中央部分3mm×4mmの範囲について、上述の処理面の処理領域の幅の目視による測定(実施例2と同様)に加えて、SEM/EDXにより鋼材の処理表面に残留する元素(O、Si、Al、Cl)の量を測定した。尚、比較のため、処理前の鋼材について、表面に残留する元素量も測定した。この測定結果を、図10の表7に示す。
【0092】
尚、顕微鏡観察およびSEM/EDX測定の条件は下記の通りであった:
・低真空高感度走査型電子顕微鏡SEMEDXを使用
・解像度:3.5nm(30kV)、加速電圧:15kV
・元素分析:Fe、O、Al、Si,Cl(EDXによる)
・倍率:50×、100×、300×、500×
【0093】
(e)鋼材の処理領域の観察
AWT前の処理面は、茶褐色の錆部分で一面覆われていたが、AWTを適用した処理部分のみ銀白色マット状の鋼材本来の表面が露出していることが目視により確認できた。即ち、AWTにより錆および塗膜のような他の成分を含む錆部分を十分に除去できたことが確認できた。この露出面は、いわゆるザラザラ面であり、錆部分を除去した後に、必要な場合には次の処理、例えば塗装等に適することも確認できた。
【0094】
(f)鋼材の処理領域の顕微鏡写真
AWT前の鋼材の表面の顕微鏡写真(50倍拡大時)を図11(a)に示す。AWT後の鋼材の表面の顕微鏡写真(50倍拡大時)を図11(b)に示す。これらの写真は、グレースケールで表示しているので色調は分かり難いが、処理前の写真には、茶褐色の錆部分が試験体の全表面に存在する。AWT後には、微細な凹凸を有する、いわゆるザラザラした金属(銀白)色の鋼材表面が観察された。
【0095】
尚、図11(a)および(b)の写真において、色調の濃淡は、表面の凹凸に対応し、淡色部分はその箇所が相対的に高いことを意味し、濃色部分はその箇所が相対的に低いことを意味する。理解を容易にするために、写真の下側に濃淡と高さの関係を示す色調スケールを示す。従って、淡色な部分は山部分に相当し、濃色な部分は谷部分に相当する。
【0096】
図11(a)の処理前では、自然に発生した錆部分が全面を覆っているのに対して。図11(b)の処理後では、AWTにより細かな凹凸が全面に形成されており、素地調整された表面状態になっている。即ち、特別な前処理をすることなく、AWTによって錆部分が除去されて素地調整されていることが分かる。
【0097】
尚、素地調整とは、塗装すべき鋼材の表面に種々の目的(例えば防食等)の塗膜が良好に付着するよう,鋼材表面のミルスケール,さび等の塗膜の付着に支障となる物質を除去し,また,表面に適切な粗さを与えることを意味する。素地調整を行って適切な粗さを与えられた鋼材表面は、特有のザラザラした表面が形成され、鋼材が本来持つ金属(銀白)色を呈する。
【0098】
(g)鋼材の処理領域のSEM/EDX写真
AWT前の鋼材の表面の酸素(O)および鉄(F)に関するSEM/EDX写真(50倍拡大時)を図12(a)に示す。比較のため、AWT後の鋼材の表面のSEM/EDX写真(50倍拡大時)を図12(b)に示す。尚、実際の写真としてはカラー着色されたものが得られるが、その写真をグレースケールで表示しているので色調は分かり難い。図12(a)および図12(b)のSEM/EDX写真において、白っぽく淡色で表示されている箇所が所定の元素(写真の左上に表示)が存在する領域である。
【0099】
これらの写真において、色調は、表面の所定の元素(酸素または鉄)の量の多少に対応し、淡色部分はその箇所における所定の元素が多いことを意味し、濃色部分はその箇所における所定の元素が少ないことを意味する。理解を容易にするために、写真の下側に濃淡と量との関係を示す色調スケールを示す。最も淡色な部分では所定の元素のみが存在し、最も濃色な部分では所定の元素が存在しない。
【0100】
AWT前の図12(a)において、酸素(O)および鉄(Fe)は、鋼材表面の全体にわたって均一に存在していることが分る。即ち、酸素の存在領域と鉄の存在領域が異なること、従って、これらは鉄の酸化物として存在していること、即ち、鋼材の表面に錆部分が存在していることが分る。
【0101】
図12(b)において、酸素(O)の存在を示す非常に小さい淡色部分が鋼材の表面に点在していることが分かる。また、鉄(Fe)は、鋼材の表面全体にわたって分布していることが分る。尚、図示しないが、アルミニウム(Al)についても、同様にSEM/EDX写真を撮影したところ、酸素が点在する箇所に、アルミニウムが点在することがわかった。即ち、酸素とアルミニウムが同じ個所に存在することを意味し、このことは、AWTに用いた研削材であるガーネットに由来するもの(主として酸化アルミニウム)であることが分かった。
【0102】
従って、AWT後では、鋼材の表面には、その全体にわたって鉄が露出し、微量の酸化アルミニウムが点在していることが分かり、酸素が存在しない、即ち、鉄の酸化物である錆部分が存在しないことが分かる。よって、SEM/EDX観察によっても、AWTによって、鋼材の表面から錆部分を除去できることが分かる。
【0103】
また、SEM/EDX観察によって、塩素(Cl)の存在について確認した。図10の表7に示すように、処理前の鋼材表面には約2原子%(At%)で存在していた塩素が、処理後には最大でも0.07原子%(At%)となっている。このことは、AWTによって、鋼材の表面の錆部分に含まれる塩素、従って、塩分を除去できる、例えば1/10以下、好ましくは1/20以下、より好ましくは1/40以下に減らせることが分かる。
【0104】
<実施例5>錆が発生している橋梁の現地でのAWTの検討(特に塩分の除去)
(a)AWTの現場での実施
耐候性鋼材(SMA400AW)にて架設された箱桁橋梁の垂直ウェブ面の異常錆(層状の剥離錆)が発生している箇所を、前処理を実施せずに、アブレシブハンドガンを用いて直接AWTして、AWTによる錆および塩分の除去効果を確認した。尚、アブレシブハンドガンは、図5に示すノズルを有し、研削材を混合した水のジェットを噴射するハンディタイプのAWT用のウォータージェットガンである。
【0105】
具体的には、作業員がアブレシブハンドガンを両手で保持し、アブレシブハンドガンの先端ノズルより噴出する、研削材を含む水のジェット流を耐候性鋼材の所定箇所に衝突させて、その表面に形成された錆部分を現場でAWTした。尚、一部の箇所については、AWTを2回実施した。
【0106】
AWT条件
・ノズル:拡大ノズル(実施例3と同じ)
・ノズル吐出圧:230MPa
・研削材(GMA社ガーネット):#80
・研削材供給量:600g/分
・投射距離(stand off距離):約300mm
【0107】
(b)処理領域の塩類濃度の測定
異常錆の発生したAWT対象面を目視で観察したところ、茶褐色の錆部分はきれいに除去され、鋼材の銀白色表面が露出していた。また、AWT前およびAWT後における処理表面に存在する塩類濃度を測定した。測定は、JIS Z 0313(素地調整用ブラスト処理面の試験及び評価方法 5.1表面付着塩類)に基づいて実施した。
【0108】
その結果を、図13の表8に示す。具体的には、AWT前の測定位置1および2における平均値(311mg/m)が、AWT後の測定位置4~9の平均値(23mg/m)に(即ち、約1/15に)減少した。即ち、AWTによって塩類が90%以上減少したことが分る。尚、目視によると、AWT後には、鋼材の表面は銀白色のザラザラしたマット状の粗面であった。
【0109】
<実施例6>実際の橋梁の鋼材からの、AWTによる錆の除去(特に処理断面解析)
実施例4においてAWTした鋼材の試験体の断面の状況を、その顕微鏡写真のSEM/EDX分析により観察した。
【0110】
(a)断面状況の観察のための試験体のテストピースの準備
AWT前の試験体およびAWT後の試験体を所定箇所にて切断し、所定の切断箇所を、充填材としてのフェノール樹脂を用いて熱間埋込してテストピースを作成した。
【0111】
断面の写真を図14(a)に示す。上側の写真は、AWT前の顕微鏡写真であり、下側の写真はAWT後の写真である。写真において、白色(または淡色)領域は鋼材本体の領域であり、黒色(または濃色)領域は充填材の領域である。上側の写真では、白色領域と黒色領域との間に薄い灰色(または中間濃色)領域が存在するが、この領域が異常錆に由来する部分に対応する。そのような灰色領域は、下側の写真では存在しない。即ち、AWTによって異常錆部分が除去されていることが分る。
【0112】
図14(b)の写真は、図14(a)の写真の一部分を拡大したもの(300倍拡大)であり、左側の写真がAWT前の写真で、右側の写真がAWT後の写真である。処理前の写真では、上側の黒色(または濃色)の充填材領域と下側の灰白色(または淡色)の鋼材領域との間に、灰色(または中間濃色)の異常錆部分の領域が存在する。処理後の写真では、上側の濃色の充填材領域と淡色の鋼材領域とが隣接して存在し、その間には別の領域が存在しない。即ち、AWTによって異常錆部分が除去されていることが分る。
【0113】
図14(a)および図14(b)の断面のSEM/EDX分析結果を、酸素(O)について図15(a)に、また、鉄(Fe)について図15(b)に示す。尚、いずれの元素についても、左側は処理前の断面の結果であり、右側は処理後の断面の結果である。
【0114】
AWT前の状態では、図15(a)左側写真から分かるように、酸素(O)は、中間の白色(または淡色)領域に多量に存在し、その上側の濃色領域には相対的には少量で存在し、他方、下側の濃色領域には実質的に存在しない。また、図15(b)左側写真から分かるように、鉄(Fe)は、下側の淡色領域に多量に存在し、上側の黒色領域には存在せず、中間の灰色(または濃色)領域には、ある程度の量で存在する。これらの結果から、図15(b)の写真の下側領域(Feが多量に存在する領域)は鋼材部分に対応し、上側領域(少量の酸素が存在し、Feが存在しない)は充填材部分に対応し、図15(b)左側写真の中間領域(OおよびFeが存在する)は錆部分に対応することが分かる。
【0115】
AWT後の状態では、酸素(O)に関する図15(a)右側写真において、下側の黒色領域は、処理前(図15(a)左側写真)の下側領域のカラーマッピングの色と同じ着色であり、酸素(O)が存在しない領域である。即ち、下側の領域は、鋼材部分に対応する。上側の領域は、処理前の上側領域のカラーマッピングの色と同じ着色であり、フェノール樹脂に由来する酸素を含む充填材部分に対応する。これらの領域の間には、(処理前と処理後を比較すると分かるように、)処理前には存在した、酸素が存在する白色の中間領域が存在しないことが分る。
【0116】
AWT後の状態では、鉄(Fe)に関するについ図15(b)右側写真において、下側の淡色領域は、処理前の下側領域のカラーマッピングの色と同じ着色である。即ち、下側の領域は、鋼材部分に対応する。上側の黒色領域は、処理前の上側領域のカラーマッピングの色と同じ着色である。即ち、上側の領域は、充填材部分に対応する。処理前と処理後を比較すると、処理前には存在した鉄が存在する、中間の灰色(または濃色)領域、即ち、錆部分が存在しないことが分る。
【0117】
これらの結果から、AWT前に存在する中間領域は鉄および酸素を含む、即ち、錆部分であること、そして、AWTによって錆部分が実質的に除去されることが分る。
【0118】
AWT前の状態において、図14(b)、図15(a)および図15(b)の錆部分が存在する領域(中間領域)を比較すると、これらの領域は実質的に同じ形状を有することが分る。このことからも、鋼材部分、錆部分および充填材部分が存在するという上述の説明の妥当性が分かる。また、AWT後の状態において、上側領域と下側領域との境界は、いずれの写真においても実質的に同じ形状を有し、錆部分が除去されていることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の錆の除去方法は、鋼材の表面に形成された異常錆および塩等の腐食生成物を除去するのに、簡便かつ有用な方法であり、さらに、AWJを適用した鋼材表面の表面粗さはブラスト工法と同程度となり、鋼材で形成された橋梁のような構造物の補修に際して、素地調整するのに好適である。
【符号の説明】
【0120】
10 ノズル先端部分
11 ノズル合流部
12 水
14 研削材
16 整流部
18 ジェット
20 開口部
22 空間部分
24 対象物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図10
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