(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】腕時計部品、腕時計、及び腕時計部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
G04B 39/00 20060101AFI20240829BHJP
G04B 15/14 20060101ALI20240829BHJP
G04B 17/06 20060101ALI20240829BHJP
G04B 19/06 20060101ALI20240829BHJP
G04B 19/12 20060101ALI20240829BHJP
G04B 31/008 20060101ALI20240829BHJP
G04B 29/02 20060101ALI20240829BHJP
G04B 37/00 20060101ALI20240829BHJP
【FI】
G04B39/00 K
G04B15/14 A
G04B17/06 Z
G04B19/06 G
G04B19/12 A
G04B31/008
G04B29/02 B
G04B37/00 P
(21)【出願番号】P 2021556039
(86)(22)【出願日】2020-11-04
(86)【国際出願番号】 JP2020041218
(87)【国際公開番号】W WO2021095605
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2023-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019204353
(32)【優先日】2019-11-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000240477
【氏名又は名称】Orbray株式会社
(72)【発明者】
【氏名】内海 秀太
(72)【発明者】
【氏名】柴田 進
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平6-62914(JP,A)
【文献】国際公開第2018/100024(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/043432(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/155381(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00 - 99/00
C30B 29/00 - 29/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド結晶から成り、
輪郭の少なくとも一部が、ピッチ330μm以上420μm以下で配列された円弧又は楕円弧で形成されている腕時計部品。
【請求項2】
前記腕時計部品の厚みが0.3mm以上3.0mm以下である請求項1に記載の腕時計部品。
【請求項3】
前記腕時計部品の表面粗さRaが0.1μm以下である請求項1又は2に記載の腕時計部品。
【請求項4】
結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さない請求項1~3の何れかに記載の腕時計部品。
【請求項5】
前記腕時計部品の面方向に於ける結晶面が(100)である請求項1~4の何れかに記載の腕時計部品。
【請求項6】
請求項1~5の何れかの腕時計部品を備えた、腕時計。
【請求項7】
平面方向の形状が方形状、円形状、又はオリフラ面が設けられた円形状であり、前記方形状の場合は1辺の長さが10.0mm以上、前記円形状の場合は直径が0.4インチ以上であるダイヤモンド結晶を用意し、
前記ダイヤモンド結晶にレーザによる打ち抜き加工を施して、ピッチ330μm以上420μm以下で円弧又は楕円弧を配列させて輪郭の少なくとも一部を形成して、腕時計部品を前記ダイヤモンド結晶から抜き出し、
前記ダイヤモンド結晶から抜き出した前記腕時計部品に研磨を施して、腕時計部品を製造する、腕時計部品の製造方法。
【請求項8】
前記1辺の長さが、10.0mm以上203.2mm以下か、または前記直径が0.4インチ以上8インチ以下である請求項7に記載の腕時計部品の製造方法。
【請求項9】
前記研磨後の前記腕時計部品の厚みを0.3mm以上3.0mm以下とする請求項7又は8に記載の腕時計部品の製造方法。
【請求項10】
前記研磨後の前記腕時計部品の表面粗さRaを0.1μm以下とする請求項7~9の何れかに記載の腕時計部品の製造方法。
【請求項11】
結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さない前記ダイヤモンド結晶を用意するか、又は前記結晶境界、前記黒点、前記結晶欠陥、前記加工変質部の何れも有さない前記ダイヤモンド結晶の部分から前記腕時計部品を抜き出す請求項7~10の何れかに記載の腕時計部品の製造方法。
【請求項12】
前記ダイヤモンド結晶の面方向に於ける結晶面が(100)である請求項7~11の何れかに記載の腕時計部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腕時計部品、腕時計、及び腕時計部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腕時計(特に機械式腕時計)用のムーブメント部品を、ダイヤモンド結晶製とする特許が出願されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
トゥールビヨンに代表される機械式の腕時計では、特にムーブメント部品を腕時計の外部から目視可能な構造(スケルトン化)とする事で、腕時計の使用者にムーブメント部品の見た目の楽しさと、高級感、及び装飾性を提供している。従って、ムーブメント部品をダイヤモンド結晶製とする事で、腕時計により一層の高級感と装飾性を加える事が期待されている。
【0004】
またムーブメント部品以外として、腕時計の保護用部品である保護カバーをダイヤモンド結晶製とする特許も出願されている(例えば、特許文献2参照)。この様にムーブメント部品だけでなく、保護カバー(特許文献2では、保護ガラスと記載)と云った外装品をダイヤモンド結晶製とする事で、腕時計に更なる高級感と装飾性を付加している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】欧州特許第2037335号明細書
【文献】特開2012-150099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ダイヤモンド結晶はモース硬度が高い為にひっかき傷に強い。しかし衝撃力に対する靱性は、宝石の中ではルビー結晶やサファイア結晶の方が高く、これらに比べるとダイヤモンドは靭性が低い為、外部からの衝撃力には弱い。従って使用者が腕時計を何処かにぶつけたり、誤って落としたりして、腕時計の外部から衝撃力が加わると、ダイヤモンド結晶製の腕時計用部品には、ひびや割れ、又はチッピング(chipping)や欠けが入ってしまうおそれがある。
【0007】
この様な懸念から、例えばサファイア結晶は、保護カバー用途等で既に腕時計用途で実用化されているものの、ダイヤモンド結晶の腕時計用途への実用化はサファイア結晶等に比べると進んでいない。
【0008】
更にダイヤモンド結晶は宝石の中で最高硬度を有する材料なので、腕時計用のムーブメント部品と云った精密部品の成形加工は、他の宝石に比べて困難であった。この点も、ダイヤモンド結晶の腕時計用途への実用化が進んでいない一因であった。
【0009】
本発明は前記課題に鑑みてなされたものであり、ダイヤモンド結晶製でありながら外部からの衝撃力に強く、成形加工が容易で、装飾性が付加できる腕時計用の部品(腕時計部品)と、その腕時計部品の製造方法、及びその腕時計部品を備えた腕時計の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題は、以下の本発明により達成される。即ち、本発明の腕時計部品は、ダイヤモンド結晶から成り、輪郭の少なくとも一部が、ピッチ330μm以上420μm以下で配列された円弧又は楕円弧で形成されている事を特徴とする。
【0011】
また、本発明の腕時計は、前記腕時計部品を備えた事を特徴とする。
【0012】
また、本発明の腕時計部品の製造方法は、平面方向の形状が方形状、円形状、又はオリフラ面が設けられた円形状であり、方形状の場合は1辺の長さが10.0mm以上、円形状の場合は直径が0.4インチ以上であるダイヤモンド結晶を用意し、ダイヤモンド結晶にレーザによる打ち抜き加工を施して、ピッチ330μm以上420μm以下で円弧又は楕円弧を配列させて輪郭の少なくとも一部を形成して、腕時計部品をダイヤモンド結晶から抜き出し、ダイヤモンド結晶から抜き出した腕時計部品に研磨を施して、腕時計部品を製造する事を特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る腕時計部品及び腕時計部品の製造方法に依れば、腕時計に備えられる腕時計部品の輪郭の少なくとも一部を、配列された複数の円弧又は楕円弧で形成する事で、輪郭の少なくとも一部が複数のアーチ形で形成される。アーチ形は角部や折れ曲がり部が無い為、腕時計の外部から衝撃力が加わっても、衝撃力が分散され一点に集中しない為、ダイヤモンド結晶製であっても、ひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0014】
更に個々の円弧や楕円弧には、腕時計部品を構成するダイヤモンド結晶内部から圧縮力が加わっている為、腕時計部品の外部から加わる衝撃力に対して耐性を有する。従ってこの点でもひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0015】
更にピッチを330μm以上420μm以下と細かく設定する事で、腕時計部品の外部からの衝撃力を複数のアーチ形で分散させる事も出来る為、より一層腕時計部品のひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けを防止出来る。
【0016】
また、円弧又は楕円弧のピッチを330μm以上420μm以下と設定する事で、円弧や楕円弧の存在を、腕時計の使用者が肉眼で識別不可能となる。従って、レーザの打ち抜き加工部をそのまま腕時計部品の輪郭の少なくとも一部としても、肉眼による見た目の美観が損なわれない。よって、腕時計部品の見た目の装飾性に配慮する事が出来る。
【0017】
またレーザによる打ち抜き加工後に、再度輪郭を整える別加工を設ける必要も無い為、腕時計部品の成形加工が容易化される。
【0018】
また本発明に係る腕時計に依れば、前記効果を有する腕時計部品を備えた腕時計が実現可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(a) 本発明の実施形態に係る、機械式腕時計用のムーブメント部品の一例を示す正面図である。(b)
図1(a)の右側面図である。
【
図2】(a)
図1の円A部分の拡大図である。(b)
図2(a)の斜視図である。
【
図3】(a)
図2(a)の変更形態を示す部分拡大図である。(b)
図3(a)の斜視図である。
【
図4】(a)
図2(a)の別の変更形態を示す部分拡大図である。(b)
図4(a)の斜視図である。
【
図6】(a)
図2(a)の更に別の変更形態を示す部分拡大図である。(b)
図6(a)の斜視図である。
【
図8】(a)
図1のムーブメント部品の母材となるダイヤモンド結晶の一例を示す正面図である。(b)
図8(a)の右側面図である。
【
図9】(a)
図8(a)の変更形態を示す正面図である。(b)
図8(a)の別の変更形態を示す正面図である。
【
図10】本発明の実施例に係る、機械式腕時計用のムーブメント部品の輪郭部分の一部を拡大したSEM観察像である。
【
図11】本発明の別の実施例に係る、機械式腕時計用のムーブメント部品の輪郭部分の一部を拡大したSEM観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本実施の形態の第一の特徴は、ダイヤモンド結晶から成り、輪郭の少なくとも一部が、ピッチ330μm以上420μm以下で配列された円弧又は楕円弧で輪郭が形成されている腕時計部品である。
【0021】
本実施の形態の第二の特徴は、平面方向の形状が方形状、円形状、又はオリフラ面が設けられた円形状であり、方形状の場合は1辺の長さが10.0mm以上、円形状の場合は直径が0.4インチ以上であるダイヤモンド結晶を用意し、ダイヤモンド結晶にレーザによる打ち抜き加工を施して、ピッチ330μm以上420μm以下で円弧又は楕円弧を配列させて輪郭の少なくとも一部を形成して、腕時計部品をダイヤモンド結晶から抜き出し、ダイヤモンド結晶から抜き出した腕時計部品に研磨を施して、腕時計部品を製造する、腕時計部品の製造方法である。
【0022】
これらの構成及び製造方法に依れば、腕時計に備えられる腕時計部品の輪郭の少なくとも一部を、配列された複数の円弧又は楕円弧で形成する事で、輪郭の少なくとも一部が複数のアーチ形で形成されsる。アーチ形は角部や折れ曲がり部が無い為、腕時計の外部から衝撃力が加わっても、衝撃力が分散され一点に集中しない為、ダイヤモンド結晶製であっても、ひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0023】
更に、個々の円弧や楕円弧には、腕時計部品を構成するダイヤモンド結晶内部から圧縮力が加わっている為、腕時計部品の外部から加わる衝撃力に対して耐性を有する。従って、この点でもひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0024】
更にピッチを330μm以上420μm以下と細かく設定する事で、腕時計部品の外部からの衝撃力を複数のアーチ形で分散させる事も出来る為、より一層腕時計部品のひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けを防止出来る。
【0025】
円弧又は楕円弧のピッチを330μm以上420μm以下と設定する事で、円弧や楕円弧の存在を、腕時計の使用者が肉眼で識別不可能となる。従って、レーザの打ち抜き加工部をそのまま腕時計部品の輪郭の少なくとも一部としても、肉眼による見た目の美観が損なわれない。よって、腕時計部品の見た目の装飾性に配慮する事が出来る。
【0026】
またレーザによる打ち抜き加工後に、再度輪郭を整える別加工を設ける必要も無い為、腕時計部品の成形加工が容易化される。
【0027】
本実施の形態の第三の特徴は、ダイヤモンド結晶が平面方向の形状が方形状の場合は1辺の長さが10.0mm以上203.2mm以下か、またはダイヤモンド結晶が円形状又はオリフラ面が設けられた円形状の場合は直径が0.4インチ以上8インチ以下である腕時計部品の製造方法である。
【0028】
この製造方法に依れば、前記効果に加えて、大型のダイヤモンド結晶を腕時計部品の母材として用意出来るので、大きな腕時計部品を製造する事が可能となる。
【0029】
なお本発明に於いてダイヤモンド結晶とは、単結晶、多結晶、又は単結晶と多結晶の中間構造を有する結晶の何れかを指す。
【0030】
本実施の形態の第四の特徴は、厚みが0.3mm以上3.0mm以下である腕時計部品である。
【0031】
本実施の形態の第五の特徴は、腕時計部品の厚みを0.3mm以上3.0mm以下とする腕時計部品の製造方法である。
【0032】
これらの構成及び製造方法に依れば、ダイヤモンド結晶製でありながら自立した腕時計部品を形成する事が出来る。
【0033】
ここで本発明における自立した腕時計部品とは、自らの形状を保持できるだけでなく、ハンドリングに不都合が生じない程度の強度を有する腕時計部品を指す。このような強度を有して剛性を確保し、亀裂や断裂又はクラックの発生を防止するとの観点から、厚みは0.3mm以上である事が好ましい。
【0034】
またダイヤモンド結晶は極めて硬い材料なので、腕時計部品形成時の成形加工の容易性等を考慮すると、自立した腕時計部品としての厚みの上限は3.0mm以下が好ましい。
【0035】
本実施の形態の第六の特徴は、表面粗さRaが0.1μm以下である腕時計部品である。
【0036】
本実施の形態の第七の特徴は、腕時計部品の表面粗さRaを0.1μm以下とする腕時計部品の製造方法である。
【0037】
これらの構成及び製造方法に依れば、Raを0.1μm以下と設定する事により、腕時計部品表面での光の散乱が防止され、光沢がぼやける事無く輝きを有する。従って、腕時計部品の美観や高級感、装飾性が向上する。
【0038】
本実施の形態の第八の特徴は、結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さない腕時計部品である。
【0039】
本実施の形態の第九の特徴は、結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さないダイヤモンド結晶を用意するか、又は結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さないダイヤモンド結晶の部分から腕時計部品を抜き出す、腕時計部品の製造方法である。
【0040】
これらの構成及び製造方法に依れば、形成された腕時計部品が結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部を有さない為、腕時計部品の美観が向上する。
【0041】
なお本発明に於いて結晶欠陥とは、双晶、転位、歪みを指す。
【0042】
本実施の形態の第十の特徴は、面方向に於ける結晶面が(100)である腕時計部品である。
【0043】
本実施の形態の第十一の特徴は、ダイヤモンド結晶の面方向に於ける結晶面が(100)である腕時計部品の製造方法である。
【0044】
これらの構成及び製造方法に依れば、腕時計部品の仕上げ面の結晶面を(100)とする事で、仕上げ面に加工変質部が形成される事が抑制される。また結晶面に加工変質部が形成されたとしても加工変質部の除去が容易となり、腕時計部品の美観を向上させる事が出来る。
【0045】
本実施の形態の第十二の特徴は、前記何れかの腕時計部品を備えた、腕時計である。
【0046】
この構成に依れば、前記効果を有する腕時計部品を備えた腕時計が実現可能となる。
【0047】
以下、
図1~
図9を参照して本発明の実施形態に係る腕時計部品とその製造方法、及び同腕時計部品を備えた腕時計を説明する。
【0048】
本発明に係る腕時計部品は、文字盤保護用部品である保護カバーや、機械式腕時計用のムーブメント部品を含む。ムーブメント部品としては、トゥールビヨンと云った複雑機構用途の部品も含む。具体的な腕時計部品として、トゥールビヨン用ムーブメント部品、軸受(bearing)、アンクル(anchor)、ひげゼンマイ(hair spring)、バランススプリング(balance spring)、底板(bottom plate)、ブリッジ(bridge)、レバー(lever)、てん輪(wheel)、パレットアセンブリ(pallet assembly)、プレート(plate)、文字盤(dial)が挙げられる。
【0049】
図1では本実施形態の一例として、ケージ(cage)の上部デッキ(upper deck)部品を示す。本実施形態の腕時計部品1はダイヤモンド結晶から成り、その輪郭の全部又は少なくとも一部が、配列された円弧又は楕円弧で形成されている。
図1に於ける輪郭の一部(円A部分)の部分拡大図を、
図2に示す。なお
図2~
図7に於けるハッチングは、腕時計部品1の外観に現れる表面を表しており、断面を示しているわけでは無い。
【0050】
腕時計部品を形成するダイヤモンド結晶は、単結晶や多結晶、それらの中間構造を有する結晶等が挙げられる。しかし単結晶は透明性が高く、腕時計部品の美観や高級感、装飾性を損なわないとの点で、最も好ましい。
【0051】
更に、腕時計部品1を形成するダイヤモンド結晶には、結晶境界、黒点、転位や双晶や歪み等の結晶欠陥、チッピング、ひび、割れ、クラック、欠け、加工変質部の何れも有さないものとする。形成された腕時計部品1が結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部を有さない事で、腕時計部品1の美観が向上する。加工変質部とは、機械研磨を施したダイヤモンド結晶の主面とその近傍の厚み部分に、機械加工に伴って発生する原子の乱れた結晶部分であり、転位を含む結晶の変質部である。なお加工変質部等の有無は、例えばシンクロトロンX線トポグラフィ法により測定すれば良い。
【0052】
前記加工変質部は機械研磨加工に起因して発生するので、機械研磨加工後のダイヤモンド結晶の主面(即ち、腕時計部品1の結晶面4)にCMP(Chemical Mechanical Polishing)を施して、主面上から加工変質部を除去する。腕時計部品1を形成するダイヤモンド結晶は、カラーダイヤモンドでも良い。
【0053】
腕時計部品1の面方向に於ける結晶面4は(100)であり、腕時計部品1の仕上げ面でもある。腕時計部品1がダイヤモンド単結晶で成る場合、結晶面4の面方位は、(111),(110),(100)の何れでも良く、これら面方位に限定されない。但し、結晶面4を(100)に設定する事により、半導体素子や半導体デバイス形成用のダイヤモンド基板が転用可能となり、腕時計部品1の母材となるダイヤモンド結晶の生産性向上が図れる。
【0054】
更に(100)を結晶面4とする事により、仕上げ面に加工変質部が形成される事が抑制される。また、結晶面4に加工変質部が形成されたとしても、(100)を結晶面4とすると(100)を貫通して加工変質部が形成される事が確認された。従って、加工変質部が主面表面に露出する為、CMPにより容易に除去が可能となり、腕時計部品1の美観を向上させる事が出来る。以上から、機械研磨により腕時計部品1の整形,整厚,仕上げ研磨まで行っても良いが、機械研磨では加工変質部が結晶面4に入るおそれがある為、CMPを仕上げ工程とする事が望ましい。
【0055】
結晶面4を含む腕時計部品1の外観に現れる表面の表面粗さRaは、0.1μm以下とする。その表面粗さRa=0.1μm以下を実現する為に、CMPによる鏡面研磨が施される。Raの測定は、表面粗さ測定機で行えば良い。Raを0.1μm以下と設定する事により、腕時計部品1表面での光の散乱が防止されるので、光沢がぼやける事無く輝きを有する。従って、腕時計部品1の美観や高級感、装飾性が向上する。
【0056】
次に
図2を参照して、腕時計部品1の輪郭の少なくとも一部を形成する円弧2に付いて説明する。輪郭に沿って設定されるピッチP1は、隣どうしの円弧2,2の同一箇所間の間隔を表す。また円弧2の直径は、約330μm以上420μmである。複数の円弧2が輪郭に沿って配列されて、腕時計部品1の輪郭の少なくとも一部を形成している。その円弧2どうしのピッチP1は330μm以上420μm以下である。
【0057】
なお、腕時計部品1の輪郭を形成する円弧は
図3に示す様に楕円弧3に変更しても良い。輪郭に沿って設定されるピッチP2は、隣どうしの楕円弧3,3の同一箇所間の間隔を表す。また楕円弧3の長径は約330μm以上420μm、短径は約280μm以上300μm以下である。
更に複数の楕円弧3が輪郭に沿って配列されて、腕時計部品1の輪郭の少なくとも一部を形成している。その楕円弧3どうしのピッチP2は330μm以上420μm以下である。
【0058】
腕時計に備えられる腕時計部品1の輪郭の少なくとも一部を、配列された複数の円弧2又は楕円弧3で形成する事で、輪郭の少なくとも一部が複数のアーチ形で形成される。アーチ形は角部や折れ曲がり部が無い為、腕時計の外部から衝撃力が加わっても、衝撃力が分散され一点に集中しない為、腕時計部品1がダイヤモンド結晶製であっても、ひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0059】
更に、個々の円弧2や楕円弧3には、腕時計部品1を構成するダイヤモンド結晶内部から圧縮力が加わっている為、腕時計部品1の外部から加わる衝撃力に対して耐性を有する。従ってこの点でもひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けが防止される。
【0060】
更にピッチP1又はP2を、330μm以上420μm以下と細かく設定する事で、腕時計部品1の外部から衝撃力が加わっても、その衝撃力を複数のアーチ形で分散させる事も出来る。依ってより一層腕時計部品1でのひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けの発生を防止出来る。
【0061】
円弧2又は楕円弧3を配列させる輪郭箇所は、腕時計部品に於いて相対的に薄い箇所の輪郭や、鋭角で成形された輪郭など、外部の衝撃力に対し強度と靱性が不足する箇所が望ましい。
【0062】
更にピッチP1又はP2を330μm以上420μm以下の範囲内と設定する事で、円弧2や楕円弧3の存在を、腕時計の使用者が肉眼で識別不可能となる。従って、後述するレーザの打ち抜き加工部をそのまま腕時計部品1の輪郭の少なくとも一部としても、肉眼による見た目の美観が損なわれない。よって、腕時計部品1の見た目の装飾性に配慮する事が出来る。
【0063】
またレーザによる打ち抜き加工後に、再度輪郭を整える別加工を設ける必要も無い為、腕時計部品1の成形加工が容易化される。
【0064】
腕時計部品1の厚みtは任意に設定可能であるが、0.3mm以上3.0mm以下と設定する事で、ダイヤモンド結晶製でありながら自立した腕時計部品を形成する事が出来る。ここで自立した腕時計部品とは、自らの形状を保持できるだけでなく、ハンドリングに不都合が生じない程度の強度を有する腕時計部品を指す。このような強度を有して剛性を確保し、亀裂や断裂又はクラックの発生を防止するとの観点から、厚みtは0.3mm以上である事が好ましい。
【0065】
またダイヤモンド結晶は極めて硬い材料なので、腕時計部品形成時の成形加工の容易性等を考慮すると、自立した腕時計部品としての厚みtの上限は3.0mm以下が好ましい。従って、腕時計部品1の厚みtは0.3mm以上3.0mm以下の範囲内に設定される。
【0066】
以上の様な、ダイヤモンド結晶から製造された腕時計部品1が腕時計に備えられる。この腕時計に依れば、前記効果を有する腕時計部品1を備えた腕時計が実現可能となる。また腕時計の構造を、ムーブメント部品が腕時計外部から目視可能とする事で、腕時計の使用者に見た目の楽しさと、美観や高級感、及び装飾性を付加出来る。従って、ムーブメント部品をダイヤモンド結晶製とする事で、腕時計に一層の高級感と装飾性を加える事が可能となる。
【0067】
またムーブメント部品以外として、保護カバーと云った外観で目視可能な外装品をダイヤモンド結晶製とする事で、腕時計に更なる高級感と装飾性を付加可能となる。更に外装品がダイヤモンド製であっても、その外装品を本発明に係る腕時計部品とする事で、腕時計外部からの衝撃力に強く、ひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けの発生を防止出来る。よってダイヤモンド結晶の腕時計用途への実用化促進が期待される。
【0068】
次に腕時計部品1の製造方法を説明する。最初に
図8に示すようなダイヤモンド結晶を用意する。
図8のダイヤモンド結晶は、腕時計部品1の母材となり、その外観形状は板形状である。
【0069】
またダイヤモンド結晶の平面方向の形状は、
図8の様な方形状や、
図9(a)の様な円形状、又は
図9(b)の様なオリフラ(オリエンテーションフラット)面が設けられた円形状の何れかとすれば良い。方形状としては、正方形や長方形が挙げられる。なお、
図9のような平板状の基板を母材に用いる事で、半導体用のダイヤモンド結晶製基板をそのまま腕時計部品1の母材に転用する事が可能となり、腕時計部品1の生産性を向上させる事が出来る。
【0070】
方形状の場合は1辺の長さLが10.0mm以上203.2mm以下、円形状の場合は直径φが0.4インチ以上8インチ以下であるダイヤモンド結晶を用意する。方形状が長方形の場合、短辺の長さを少なくとも10.0mm以上且つ長辺未満と設定すると共に、長辺の上限値は203.2mmと設定する。この様な数値範囲に長さ又は直径を設定する事により、大型のダイヤモンド結晶を腕時計部品1の母材として用意出来るので、大きな腕時計部品1を製造する事が可能となる。なおダイヤモンド結晶の厚みTは、腕時計部品1の厚みtに研磨代を加えた所望の値とする。
【0071】
ダイヤモンド結晶の製造方法は、下地基板にダイヤモンド結晶基板を用い、ダイヤモンド結晶をホモエピタキシャル成長させる方法が挙げられる。他にはサファイア基板や酸化マグネシウム(MgO)基板を下地基板として用い、その下地基板上にヘテロエピタキシャル成長法によりダイヤモンド結晶を形成する製造方法が挙げられる。また成長方法の具体例としては、パルスレーザ蒸着(PLD:Pulsed Laser Deposition)法や、化学気相蒸着法(CVD:Chemical Vapor Deposition)法、マイクロ波プラズマCVD等の気相成長法が挙げられる。又は、国際公開公報WO2015/046294号記載の方法(ダイヤモンド製の柱の先端に、ダイヤモンド単結晶の核を配置後、コアレッセンスさせてダイヤモンド単結晶を製造する方法)を利用しても良い。
【0072】
用意したダイヤモンド結晶に、次にレーザの連続照射による打ち抜き加工を施して、前記円弧2又は楕円弧3を配列させて輪郭の少なくとも一部を形成して、腕時計部品1をダイヤモンド結晶から抜き出す。
【0073】
レーザ照射に当たっては、予め結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さないダイヤモンド結晶を用意するか、又は結晶境界、黒点、結晶欠陥、加工変質部の何れも有さないダイヤモンド結晶の部分を選定し、その部分から前記腕時計部品1を抜き出す様にレーザを照射する。
【0074】
レーザで腕時計部品1を抜き出す際は、レーザを一定時間間隔で照射すると共に、ダイヤモンド結晶もステージによりレーザの照射間隔と同期させて一定間隔、腕時計部品1の輪郭形状に沿ってスライドさせる事で、輪郭に沿って前記微細な円弧又は楕円弧を配列させると共に、間隔(ピッチP1又はP2)を空けて連続して形成する。詳述すると、CAD/CAEに図面データを読み込み、その図面データの腕時計部品1の輪郭線に沿ってレーザを照射させていく。又はダイヤモンド結晶を固定させると共に、レーザ出射側を輪郭形状に沿って移動させつつ照射する事で、円弧2又は楕円弧3を配列させて前記間隔を空けて連続して形成しても良い。
【0075】
本発明では、腕時計部品1の輪郭の全部又は少なくとも一部を、円弧2又は楕円弧3の形成のみで形成し、且つダイヤモンド結晶から所望の形状で腕時計部品を抜き出すので、円弧2間又は楕円弧3間には隙間が無いように、打ち抜き間隔を設定する。従って、円弧2又は楕円弧3どうしが部分的に重なっても良い。
【0076】
なおピッチ(P1又はP2)が330μm未満では、ビッチが微小過ぎてレーザの打ち込み回数が過多となり、腕時計部品1の量産性が低下してしまい、好ましくない。一方、ピッチが420μmを超えると、各円弧2又は各楕円弧3が個別に形成されるだけで連結せず、ダイヤモンド結晶から腕時計部品を抜き出せなくなる可能性が生じる為、やはり好ましくない。
【0077】
また腕時計部品1の母材となるダイヤモンド結晶の面方向に於ける結晶面は、腕時計部品1の結晶面4となるので(100)が最も好ましい。
【0078】
本実施形態に係るレーザ出射条件は、次の通りである。ダイヤモンド結晶の熱影響を抑制するため、パルスレーザの使用が好ましく、波長はダイヤモンド結晶での吸収が高いと共に、熱影響の抑制される短波長がより好ましい。このような特性を満たすレーザとして、例えばNd:YAGレーザが挙げられ、波長は532nm又は355nm、出力は数百mW~数Wとする。
【0079】
ダイヤモンド結晶から抜き出した腕時計部品1に、次に機械研磨及びCMPによる鏡面研磨を施して、腕時計部品1の製造を完了する。鏡面研磨後の腕時計部品1の厚みtは0.3mm以上3.0mm以下とする。また、鏡面研磨後の腕時計部品1の結晶面4を含む外観に現れる表面粗さRaは0.1μm以下とする。
【0080】
更に必要により、円弧2間に形成される凸部2aの先端を平面研磨盤等で研磨して、
図4と
図5又は
図6と
図7に示すように先端を平坦な凸部2b又は丸めた凸部2cに成形する。こうする事で、腕時計部品1の外部から衝撃力が加わった時の先端のひびや割れ、チッピングや欠けが防止される。また、楕円弧3間に形成される凸部3aの先端も、同様に研磨しても良い。
【実施例】
【0081】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。最初に機械式腕時計用のムーブメント部品の母材として、平面方向の形状が10mm角の正方形で厚さが0.6mmの、無色のダイヤモンド単結晶平板を2枚、マイクロ波プラズマCVDを使用したヘテロエピタキシャル成長法により用意した。なお各ダイヤモンド単結晶平板の主面の面方位は、(100)とした。更に、各ダイヤモンド単結晶平板には、結晶境界、黒点、転位や双晶や歪み等の結晶欠陥、チッピング、ひび、割れ、クラック、欠け、加工変質部の何れも有していない事を確認した。
【0082】
そのダイヤモンド単結晶平板に、レーザを連続照射して打ち抜き加工を施し、円弧を重なる様に配列させて腕時計部品の輪郭を形成し、
図1の外形形状を有する腕時計部品1をムーブメント部品としてダイヤモンド単結晶平板から抜き出した。使用するレーザはNd:YAGレーザで、波長は355nm、出力は数Wと適宜設定した。
【0083】
ダイヤモンド単結晶平板から抜き出した腕時計部品1に、次に機械研磨及びCMPによる鏡面研磨を施して、腕時計部品1の厚みtを0.5mm、表面粗さRaを0.1μmとした。
【0084】
図10に本実施例に係る、機械式腕時計用のムーブメント部品の輪郭部分の一部を拡大したSEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)観察像を示す。また
図11には別の実施例に係るムーブメント部品の輪郭部分の一部を拡大したSEM観察像を示す。
図10及び
図11に於いて、グレー部分が腕時計部品1であり、黒部分が空間を示す。
図10及び
図11より、腕時計部品1の輪郭が連続配列された複数の円弧によって形成されている事が確認された。各円弧間のピッチは、
図10及び
図11でどちらも約357μmであった。
【0085】
作製した腕時計部品1に、衝撃試験として外部から衝撃力を加えても、ひびや割れ、クラック、又はチッピングや欠けがが入らない事が確認された。
【符号の説明】
【0086】
1 腕時計部品
2 腕時計部品の輪郭の一部を形成する円弧
2a、2b、2c 円弧間の凸部
3 腕時計部品の輪郭の一部を形成する楕円弧
3a 楕円弧間の凸部
4 腕時計部品の仕上げ面である結晶面
L ダイヤモンド結晶の1辺の長さ
P1 円弧間のピッチ
P2 楕円弧間のピッチ
t 腕時計部品の厚み
T ダイヤモンド結晶の厚み
φ ダイヤモンド結晶の直径