(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステム
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20240829BHJP
C12M 3/02 20060101ALI20240829BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240829BHJP
C12N 5/00 20060101ALI20240829BHJP
G16B 40/00 20190101ALI20240829BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20240829BHJP
A61K 35/34 20150101ALN20240829BHJP
【FI】
C12M1/34 D
C12M3/02
C12M3/00 A
C12N5/00
G16B40/00
A61L27/38 300
A61K35/34
(21)【出願番号】P 2020165841
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-06-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野口 枝莉
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-320226(JP,A)
【文献】特開2010-226991(JP,A)
【文献】国際公開第2019/163304(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/039683(WO,A1)
【文献】特開2019-004795(JP,A)
【文献】特開2012-147713(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/00
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステムであって、
パラメータに基づいて細胞懸濁液を播種する播種部、
パラメータに基づいて播種された細胞懸濁液に関する情報を取得する測定部、
測定部により取得された情報から、播種された細胞懸濁液の分布を算出する解析部
、
パラメータと解析部からの情報とに基づき、パラメータの過不足を抽出する学習部
、および
学習部によって抽出されたパラメータの過不足に基づいてパラメータを更新する更新部を備え、
播種部は、更新されたパラメータに基づいて細胞懸濁液を播種することを繰り返すように構成されている、
前記システム。
【請求項2】
抽出されたパラメータの過不足、および/または更新されたパラメータに関する情報を出力する出力部をさらに備える、請求項
1に記載のシステム。
【請求項3】
パラメータが、播種における、細胞懸濁液の粘度、細胞懸濁液の形状、播種速度、播種距離、播種位置、播種量の少なくとも1つを含む、請求項
1または2のいずれ
かに記載のシステム。
【請求項4】
情報が、播種された細胞懸濁液の密度に関する情報を含む、請求項1~
3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項5】
情報が、細胞懸濁液が播種された培養基材上の被覆材料に関する情報を含む、請求項1~
4のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項6】
最適なパラメータを機械学習できるように構成されている、請求項1~
5のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項7】
細胞が、筋芽細胞である、請求項1~
6のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項8】
細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステムであって、
パラメータに基づいて播種された細胞懸濁液に関する情報を取得する測定部、
測定部により取得された情報から、播種された細胞懸濁液の分布を算出する解析部、および
パラメータと解析部からの情報とに基づき、パラメータの過不足を抽出する学習部を備え、
パラメータが、播種における、細胞懸濁液の粘度、細胞懸濁液の形状、播種速度、播種距離、播種位置、播種量の少なくとも1つを含む、
前記システム。
【請求項9】
パラメータの過不足が、細胞懸濁液の播種条件と、かかる播種条件で播種された細胞懸濁液の分布状態とから抽出された、播種条件の過不足である、請求項8に記載のシステム。
【請求項10】
学習部によって抽出されたパラメータの過不足に基づいてパラメータを更新する更新部、および/または、抽出されたパラメータの過不足および/または更新されたパラメータに関する情報を出力する出力部をさらに備える、請求項8または9に記載のシステム。
【請求項11】
パラメータ、および/または更新されたパラメータに基づいて細胞懸濁液を播種する播種部をさらに含む、請求項8~10のいずれか一項に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の利用が試みられている(非特許文献1)。
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(非特許文献2)。
【0003】
特許文献1には、シート状細胞培養物の製造工程においてシート化状態を判定するためのシステムが記載されている。かかるシステムは、シート形成細胞をシート化培養する培養容器を収納する収納部、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部、および前記測定部によって得られた結果を解析して接着率を算出する解析部を含み、シート形成の進捗度合いをシート形成細胞の接着率から判断することが記載されている。
【0004】
特許文献2には、シート状細胞培養物の製造工程において、細胞を均一に播種するために用いることが出来るシステムが記載されている。かかるシステムは、シート状細胞培養物を培養する培養容器を収納する収納部、液体培地中の細胞分布を計測するための1または2以上のセンサーを有するセンサー部および前記センサー部において計測された値に基づき、細胞分布の均一性を解析する解析部を含み、収容容器を回転させることで、播種された細胞を均一化することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-152189
【文献】特開2012-147713
【0006】
【文献】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012 Feb;1(2):136-41
【文献】Sawa et al., Surg Today. 2012 Jan;42(2):181-4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまでのシステムは、シート状細胞培養物のシート化状態を播種された細胞懸濁液の状態を観察し、播種された細胞懸濁液を撹拌するなどしていたが、これにより、システム構成が複雑になる、コンタミネーションのリスクがあるといった問題が生じていた。したがって、本発明の目的は、細胞懸濁液の播種を最適化するための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上述した問題を解決するために鋭意検討した結果、細胞懸濁液の播種を最適なパラメータに基づいて行うことで、播種された細胞懸濁液の分布を均一化できることを見出した。そして、このような知見に基づきさらに研究を重ねた結果、細胞懸濁液のパラメータと、播種された細胞懸濁液の状態とを関連させることで、パラメータを最適化できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、以下に関する。
[1]細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステムであって、パラメータに基づいて播種された細胞懸濁液に関する情報を取得する測定部、測定部により取得された情報から、播種された細胞懸濁液の分布を算出する解析部、およびパラメータと解析部からの情報とに基づき、パラメータの過不足を抽出する学習部を備える前記システム。
[2]学習部によって抽出されたパラメータの過不足に基づいてパラメータを更新する更新部をさらに備える、[1]に記載のシステム。
[3]抽出されたパラメータの過不足、および/または更新されたパラメータに関する情報を出力する出力部をさらに備える、[1]または[2]に記載のシステム。
[4]パラメータが、播種における、細胞懸濁液の粘度、細胞懸濁液の形状、播種速度、播種距離、播種位置、播種量の少なくとも1つを含む、[1]~[3]のいずれか一項に記載のシステム。
[5]情報が、播種された細胞懸濁液の密度に関する情報を含む、[1]~[4]のいずれか一項に記載のシステム。
【0010】
[6]情報が、細胞懸濁液が播種された培養基材上の被覆材料に関する情報を含む、[1]~[5]のいずれか一項に記載のシステム。
[7]パラメータ、および/または更新されたパラメータに基づいて細胞懸濁液を播種する播種部をさらに含む、[1]~[6]のいずれか一項に記載のシステム。
[8]最適なパラメータを機械学習できるように構成されている、[1]~[7]のいずれか一項に記載のシステム。
[9]細胞が、筋芽細胞である、[1]~[8]のいずれか一項に記載のシステム。
[10][1]~[9]のいずれか一項に記載のシステムで製造されたシート状細胞培養物。
[11]シート状細胞培養物の適用により改善される疾患を処置する方法であって、[1]~[9]のいずれか一項に記載のシステムにより製造されたシート状細胞培養物を、それを必要とする対象に適用するステップを含む、前記方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、細胞懸濁液の播種に関するパラメータを最適化して、播種された細胞懸濁液の分布を均一化することができる。また、本発明によれば、細胞懸濁液の播種に関するパラメータの過不足を抽出することができ、作業者間における播種作業のばらつきを低減することができる。さらに、本発明によれば、パラメータの過不足に基づいて、細胞懸濁液の播種に関するパラメータを更新し、播種された細胞懸濁液の分布をより均一化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明のシステムの一態様におけるフロー図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、細胞懸濁液の播種を最適化するためのシステムであって、パラメータに基づいて播種された細胞懸濁液に関する情報を取得する測定部、測定部により取得された情報から、播種された細胞懸濁液の分布を算出する解析部、およびパラメータと解析部からの情報とに基づき、パラメータの過不足を抽出する学習部を備える前記システムに関する。
【0014】
本発明において、「細胞」とは、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたものであってもよい。シート状細胞培養物を形成し得る細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)(筋芽細胞は、筋衛星細胞を含む)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。本明細書においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞または心筋細胞などが好ましく、とくに好ましくは骨格筋芽細胞またはiPS細胞由来の心筋細胞である。本発明において細胞は、好ましくは骨格筋芽細胞などの骨格筋組織中のCD56陽性細胞または骨髄、脂肪組織、末梢血由来の間葉系幹細胞が挙げられる。
【0015】
本発明において、「細胞懸濁液」とは、細胞が懸濁された液体媒体をいう。液体媒体としては、細胞の操作に通常使用する任意の媒体、限定されずに、例えば、生理食塩水、リンゲル液、ハンクス平衡塩液などの平衡塩液、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)、液体培地などを用いることができる。
【0016】
本発明において、「シート状細胞培養物」とは、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層(多層)体、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。
【0017】
シート状細胞培養物は、既知の任意の方法(例えば、特許文献1、特許文献2、特開2010-081829、特開2011-110368など参照)で製造することができる。シート状細胞培養物の製造方法は、典型的には、細胞(細胞懸濁液)を培養基材上に播種するステップ、播種した細胞をシート化するステップ、形成されたシート状細胞培養物を培養基材から剥離するステップを含むが、これに限定されない。これら各ステップは、シート状細胞培養物の製造に適した既知の任意の手法で行うことができる。本発明は、シート状細胞培養物を製造するステップを含んでもよく、その場合、シート状細胞培養物を製造するステップは、上記システムを使用してシート状細胞培養物を製造することを含んでもよい。
【0018】
本発明において、「播種された細胞懸濁液の分布」とは、培養基材上の播種された細胞懸濁液の分布、また、播種された細胞懸濁液中の細胞の密度分布などをいう。すなわち、播種された細胞懸濁液が、培養基材上の特定の位置に集中している場合は、かかる位置における細胞の密度は、細胞懸濁液が存在していない位置における細胞の密度より高くなる。したがって、本発明において、播種された細胞懸濁液の分布を算出するとは、播種された細胞の密度分布を算出することを含む。
【0019】
播種された細胞の密度分布が不均一な場合、製造されるシート状細胞培養物にムラが生じる。ここでいうムラとはシート状細胞培養物において厚みの違う部位(厚みが不均一な部位)があることを意味し、このような部位がシート状細胞培養物に散在しているとシート剥離から使用までの間に厚みの不均一(ムラ)のためにシート状細胞培養物に破れや破損が生じる可能性がある。したがって、シート状細胞培養物を製造するにあたり、播種された細胞懸濁液(細胞)の密度分布を均一にして、このようなムラの発生を避ける必要がある。
【0020】
本発明において、培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる被覆材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(登録商標))、これらを本発明のシステムに使用することができる。
【0021】
本発明において、「パラメータ」とは、細胞懸濁液の播種に関するパラメータをいう。パラメータとしては、細胞懸濁液の播種における、細胞懸濁液の粘度(播種粘度)、細胞懸濁液の形状(播種形状)、播種速度、播種距離、播種位置、播種量などが挙げられる。
本発明において、「更新されたパラメータ」とは、更新部により推定された最適値に基づき更新されたパラメータをいう。本発明において、単に「パラメータ」という場合、現在の(例えば、最初の)細胞懸濁液の播種に関するパラメータと、更新された(例えば、2回目以降の)細胞懸濁液の播種に関するパラメータとの両方を含む場合がある。
【0022】
細胞懸濁液の粘度が最適値より高い場合、播種された細胞懸濁液が培養基材上で拡がり難く、逆に粘度が最適値より低い場合、播種された細胞懸濁液が拡がり易い。播種された細胞懸濁液の形状が最適値と異なる場合、例えば、播種された細胞懸濁液の形状が液滴である場合、細胞懸濁液が培養基材上で拡がり難い。すなわち、播種された細胞懸濁液が液滴状になるとは、複数の液滴が間隙を置いて播種されることになり、培養基材上に最初に落下(接着)した液滴(細胞)の上に、別の液滴(細胞)が重なってシート化されることで不均一化が起こる。また、液滴状の細胞懸濁液が弾丸のように培養基材上に落下することで培養基材上に被覆された被覆材料を破損させてしまう。
【0023】
逆に、播種された細胞懸濁液の形状が柱状である場合、すなわち、播種に使用する器具の先端から培養基材に掛けて細胞懸濁液が液滴ではなく、液滴が連続的に繋がった柱状を形成する場合、細胞懸濁液が培養基材上で重なることなく一体的に拡がり、また、細胞懸濁液に間隙が生じないことで培養基材上の被覆材料を破損させるリスクが低くなる。細胞懸濁液の播種速度が最適値より速い場合、播種された細胞懸濁液が培養基材上で波模様(凹凸形状)を形成して分布が不均一になり、逆に播種速度が最適値より遅い場合、培養基材上に細胞が先に接着し、かかる細胞に対して遅れて播種された細胞が接着して分布が不均一になる。
【0024】
播種に使用する器具の先端と培養基材との距離(播種距離)が最適値より大きい場合、播種された細胞懸濁液が液滴になり易く、播種距離が最適値より小さい場合、播種された細胞懸濁液が液滴になり難く、柱状を形成し易い。播種距離がゼロである場合、すなわち、播種に使用する器具の先端が培養基材に接触する場合は、器具が破損したり、培養基材上に被覆された被覆材料を破損させたりするリスクが生じる。
【0025】
播種に使用する器具の先端と培養基材との位置関係(播種位置)が最適値に近い場合、播種された細胞懸濁液の密度が均一になり、逆に播種位置が最適値から遠い場合、播種された細胞懸濁液の密度が均一になる。例えば、播種位置が培養基材の中央に近い場合、播種された細胞懸濁液が培養基材の中央から放射状に均一に拡がり、逆に播種位置が培養基材の中央から遠い場合、例えば、培養に使用するシャーレなどの縁部に近い場合、播種された細胞懸濁液が放射状に拡がらず、縁部で反射した細胞懸濁液が波模様(凹凸形状)を形成する。播種された細胞懸濁液の量(播種量)が最適値より少ない場合、細胞懸濁液が培養基材上で拡がり難く、逆に播種量が最適値より多い場合、播種された細胞懸濁液が拡がり易い。播種量の最適値は、例えば、培養基材の面積に基づいて設定することもできる。
【0026】
本発明において、「パラメータに基づいて播種された細胞懸濁液」とは、上記のような細胞懸濁液の播種粘度、播種形状、播種速度、播種距離、播種位置、播種量などのパラメータを予め設定し、かかるパラメータ(および/または更新されたパラメータ)に基づいて、作業者または装置により播種された細胞懸濁液をいう。
【0027】
本発明において、「播種部」とは、パラメータに基づき細胞懸濁液(細胞)を播種する部分をいう。播種部は、細胞懸濁液を播種できるものであればとくに限定されず、例えばピペット、シリンジ等の作業者が手動で操作できる器具でもよいし、市販の播種システム等の自動化された装置であってもよい。ピペットの例としては具体的には、ピペットの用量が2~50mL、好ましくは5~25mL、例えば2mL、5mL、10mL、25mL、および50mLのいずれかである場合がある。少量上限は2~60mL、好ましくは5~25mL、1mL用量あたりのピペットの高さは5.0mm~75mm、好ましくは8.8mm~33.8mmのものが好適に使用されるがこれらに限定されない。
【0028】
本発明において、「測定部」とは、播種された細胞懸濁液に関する情報を取得(測定)するための部分をいう。「播種された細胞懸濁液に関する情報」とは、上記のようなパラメータに基づいて播種された細胞懸濁液の培養基材上における密度に関する情報を含む。かかる密度は、培養基材上における播種された細胞懸濁液の面積、位置、輝度などの情報から算出することができる。また、播種された細胞懸濁液に関する情報は、細胞懸濁液が播種された培養基材上の被覆材料に関する情報をさらに含むことができる。測定部は、限定されず、例えば撮像装置、透過光検出器、濁度計、色相色差計など、培養基材上に播種された細胞や、培養基材上の被覆材料を検出できる装置を含むことができる。データの汎用性や処理の多様性などの観点から、測定部が撮像部を含み、播種された細胞懸濁液に関する情報が画像データとして取得されることが好ましい。また、一態様において、播種された細胞懸濁液に関する情報は、培養基材上に接着した細胞に関する情報を含んでもよい。播種された細胞懸濁液に関する情報は、公知の装置と方法を用いて取得することができる(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0029】
本発明において、「解析部」とは、測定部からの情報を受け取り、播種された細胞懸濁液の分布や、培養基材上の被覆材料の状態を算出する部分である。すなわち、解析部は、測定部で測定された、細胞懸濁液の培養基材上における密度から、培養基材上における播種された細胞懸濁液(細胞、接着細胞を含む)の分布状態を解析することができる。一態様において、解析部は、培養基材上の被覆材料の情報から、被覆材料が剥離状態を解析することができる。一態様において、解析部は、測定部からの情報を予め設定された閾値(例えば、細胞の密度、被覆材料の密度)と比較し、その比較結果によって分布の均一性(バラつき)や剥離状態について判断することもできる。
【0030】
本発明において、「学習部」とは、パラメータと解析部からの情報とに基づき、パラメータの過不足を抽出する部分をいう。すなわち、学習部は、細胞懸濁液の播種条件(すなわち、入力パラメータ)と、かかる播種条件で播種された細胞懸濁液の分布状態(均一性)とから、播種条件の過不足を抽出することができる。例えば、播種された細胞懸濁液が放射状に均一に拡がっていない場合は、培養基材の中心と播種位置とのズレ(過不足)を抽出することができる。また、例えば、培養基材上の播種位置で細胞が重なっている(密度が高い)場合、被覆材料が剥離している場合は、細胞懸濁液の播種形状や播種距離のズレを抽出することができる。同様に、例えば、細胞懸濁液が培養基材上で波模様を形成している場合は、播種速度のズレ、細胞懸濁液が培養基材上で拡がり方やその面積から、播種粘度や播種量のズレを抽出することができる。
本発明のシステムは、一態様において、抽出されたパラメータの過不足を出力して作業者または装置に伝えることで、播種作業(パラメータ)の過不足を認識させて是正(更新)を促すこと、すなわち、細胞懸濁液の播種を最適化することができる。
【0031】
本発明において、「更新部」とは、学習部によって抽出されたパラメータの過不足に基づいてパラメータを更新する部分である。更新部は、学習部からのパラメータの過不足に関連する情報を受け取って最適値を推定し、かかる推定された最適値とパラメータとを比較することで、パラメータを最適値に近づくように更新することができる。例えば、播種された細胞懸濁液が放射状に均一に拡がっていない場合は、不均一な位置と播種位置とが近づくようにパラメータを更新することができる。また、例えば、播種された細胞懸濁液を回収して、不均一な位置に再播種させるようにパラメータを更新することもできる。
本発明のシステムは、更新(是正)されたパラメータ(推定された最適値)を出力して作業者または装置に伝えることで、細胞懸濁液の播種作業を最適化することができる。
【0032】
本発明のシステムは、現在の細胞懸濁液の播種に関するパラメータに基づいて播種された細胞懸濁液に関する情報を取得し、播種された細胞懸濁液の分布を算出し、パラメータと解析部からの情報とに基づいてパラメータの過不足を抽出し、パラメータを更新し、更新されたパラメータに基づいて細胞懸濁液を播種し、かかる播種された細胞懸濁液に関する情報を取得するというフローを繰り返すことで、より適切な最適値を機械学習し、更新パラメータをより適切な最適値に近づけていくこと、すなわち、細胞懸濁液の播種を最適化することもできる。
【0033】
本発明のシステムは、播種された細胞懸濁液の分布を算出、および/またはパラメータの過不足を抽出するプロセッサを少なくとも含むが、さらに、記憶部、入力部、出力部、制御部などをさらに含んでもよい。記憶部は、パラメータ、測定部からの情報、算出された分布に関する情報、抽出された過不足に関する情報、システムを作動させるためのプログラム等を保存する部分であり、種々の電子記憶媒体、例えば、半導体メモリ、ハードディスク等を含むことができる。
【0034】
入力部は、播種を行う作業者、システムの操作者、または外部のシステムが、パラメータやプログラムを入力する部分であり、種々の入力インターフェース、例えば、電気や光等の信号を他のシステムから受け取る手段(電線、光ファイバー、コネクタ、無線通信装置等)、ボタン、キーボード、タッチパネル等を含むことができる。出力部は、パラメータ、測定部からの情報、算出された分布に関する情報、抽出された過不足などに関する情報に基づき、所定の信号を発する部分であり、種々の出力インターフェース、例えば、電気や光等の信号を他のシステムから受け取る手段(電線、光ファイバー、コネクタ、無線通信装置等)、モニタ、プリンタ、表示灯、ブザー、音声合成装置等を含むことができる。入力部および出力部を一体化してもよく、このために汎用コンピュータを利用してもよい。
【0035】
制御部は、パラメータ情報、算出された分布に関する情報、抽出された過不足に関する情報、システムを作動させるためのプログラムに基づいて、播種部、出力部、システムなどを制御する信号を送る部分であり、信号発生回路等を含む。すなわち、制御部は、パラメータ情報に基づいて、播種部の細胞懸濁液の播種作業を制御することができる。また、制御部は、算出された分布に関する情報、抽出された過不足に関する情報に基づいて、出力部に所定の信号(例えば、画像信号)を出力させることができる。さらに、制御部は、プログラムに基づいて、測定部、解析部、学習部、更新部、出力部、播種部などを制御することができる。
以上のように、本発明のシステムの構成要素は、所定の目的を達成することができる範囲で様々な様式で配置することができ、必要に応じて測定部、解析部、学習部、更新部、出力部、入力部、播種部などを組み合わせたり、一体化したりすることもできる。
【0036】
本発明は、上記のシステムで製造されたシート状細胞培養物に関する。
本発明は、シート状細胞培養物の適用により改善される疾患を処置する方法であって、上記のシステムにより製造されたシート状細胞培養物を、それを必要とする対象に適用するステップを含む、前記方法に関する。
【0037】
以下に、本発明のシステムを図面を参照してより詳細に説明するが、これは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれに限定されるものではない。
一態様において、本発明における細胞懸濁液の播種の最適化は、
図1に示されたフロー図に基づいて動作することができる。
【0038】
図1は、本発明のシステムの一態様におけるフロー図を示す。図示されるように、本発明のシステムは、起動(開始)されると、パラメータを確認し、パラメータに基づいて播種部を制御して播種操作を実行させる。次に、測定部を制御して、播種された細胞懸濁液に関する情報の取得を実行させ、解析部を制御して、播種された細胞懸濁液の分布の算出を実行させる。
【0039】
次に、学習部を制御して、播種された細胞懸濁液の分布状態(均一性)を判断してパラメータの過不足の抽出を実行させ、過不足がない場合(Noの場合)、細胞懸濁液の播種が最適に行われたと判断してシステムを終了する。また、過不足がある場合(Yesの場合)、更新部を制御して、パラメータの更新を実行させる。そして、更新されたパラメータを確認し、更新されたパラメータに基づいて播種部を制御して播種操作を実行させる。これを繰り返すことで、細胞懸濁液の播種の最適化が行われる。
【0040】
以上、本発明によれば、細胞懸濁液の播種に関するパラメータを最適化して、播種された細胞懸濁液の分布を均一化することができる。また、本発明によれば、細胞懸濁液の播種に関するパラメータの過不足を抽出することができ、作業者間における播種作業のばらつきを低減することができる。さらに、本発明によれば、パラメータの過不足に基づいて、細胞懸濁液の播種に関するパラメータを更新し、播種された細胞懸濁液の分布をより均一化することができる。
【0041】
以上、本発明のシステムの一態様を説明したが、上記以外の様々な態様が可能であることを理解されたい。したがって、上記の態様を、本発明の思想を逸脱しない範囲で改変した種々の態様もまた本発明の範囲に包含され、かかる改変は当業者にとって理解可能である。