(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】鋼材、鋼部品、および鋼部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240829BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20240829BHJP
C21D 9/32 20060101ALI20240829BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20240829BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240829BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C21D8/00 A
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2021204418
(22)【出願日】2021-12-16
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】井尻 佑太
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-185123(JP,A)
【文献】特開2014-198877(JP,A)
【文献】特開2013-112827(JP,A)
【文献】特開2001-073072(JP,A)
【文献】国際公開第2020/138458(WO,A1)
【文献】特開2012-201933(JP,A)
【文献】特開2015-189987(JP,A)
【文献】特開2015-218359(JP,A)
【文献】特開2001-330062(JP,A)
【文献】国際公開第2013/065718(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第111850412(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108866311(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 1/06
C21D 9/00 - 9/44
C21D 7/00 - 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼材であって、
最表面から深さ200μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、
最表面から、深さ100μm以上200μm以下の位置までの範囲において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、
最表面から深さ150μmの位置において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、かつN濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm
2以上10個/μm
2以下である鋼材。
【請求項2】
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼材であって、
組織がフェライトとパーライトの混合組織からなり、内部硬さがビッカース硬さで200HV以下である鋼材。
【請求項3】
Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項1又は2に記載の鋼材。
【請求項4】
V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項1~3のいずれかに記載の鋼材。
【請求項5】
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼部品であって、
最表面から深さ100μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、
最表面において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、
最表面において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、N濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm
2以上10個/μm
2以下である鋼部品。
【請求項6】
Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項5に記載の鋼部品。
【請求項7】
V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項5又は6に記載の鋼部品。
【請求項8】
請求項5に記載の鋼部品を製造する方法であって、
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼片を、
冷却速度測定条件として、900℃以下800℃以上の加熱温度で30分以上1時間以下保持し、その後、大気下で、前記加熱温度から300℃まで空冷したときに、平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に、粗成型加工する工程と、
850℃以上950℃以下の第1温度に加熱し、該第1温度で0.5時間以上2時間以下保持し、次いで、650℃以上700℃以下の第2温度まで降温してから、該第2温度で3.5時間以上5時間以下保持し、その後に室温まで空冷または炉冷する2段焼きならし処理工程と、
切削加工工程と、
切削加工後に、900℃以上950℃以下の温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上1.2%以下の雰囲気で、2時間以上7時間以下保持する第1工程、第1工程と同じ温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上0.7%以下の雰囲気で、2時間以上4時間以下保持する第2工程、および、800℃以上900℃以下の温度かつ第2工程と同じ炭素当量CpであってNH
3量が6%以上12%以下の雰囲気で、4時間以上6時間以下保持する第3工程を含む浸炭窒化処理工程と、
浸炭窒化処理後に、油焼入れを行い、その後に焼戻しを行う工程と
を含む、鋼部品の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の鋼部品を製造する方法であって、
前記鋼片は、Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項8に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項10】
請求項7に記載の鋼部品を製造する方法であって、
前記鋼片は、V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する請求項8又は9に記載の鋼部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼材、鋼部品、および鋼部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばギアなどの機械構造用の部品の製造方法の一つとして、低炭素鋼(肌焼き鋼)に浸炭処理や浸炭窒化処理などの表面硬化処理を施して表層を硬化する方法がある。浸炭窒化処理を行うと、窒素が侵入した表層部にCrNやMnSiN2などといった窒化物が析出し、表層の硬度や疲労特性が向上する。
【0003】
例えば特許文献1には、転動疲労寿命の安定性に優れた鋼材および浸炭鋼部品、ならびにそれらの製造方法が示されている。前記鋼材は、所定の成分組成を有し、かつ所定の条件で測定して求められるCr偏析率が2.0以下、すなわち、前記鋼材の圧延方向に垂直な任意の切断面において前記鋼材の外周部から中心までの線上で、90°ごとに合計4箇所と、前記鋼材の圧延方向に平行な任意の切断面において前記鋼材の直径の1/4位置の線上で、前記鋼材の中心を起点として90°ごとに長さ5mmに渡って合計4箇所の、各測定位置において、EPMAを用いてCr濃度の線分析を行なってCr濃度の最低値[Cr]min、最大値[Cr]maxを求めて[Cr]max/[Cr]minを算出して求めた、合計8箇所の平均であるCr偏析率が2.0以下であることが示されている。
【0004】
特許文献2には、耐摩耗性、スポーリング、ピッティングといった面疲れ特性に優れた浸炭窒化軸受用鋼が示されている。前記浸炭窒化軸受用鋼は、所定の成分組成を有し、かつSi+Cr量が1.8~2.8%の範囲であり、また、浸炭窒化もしくは浸炭浸窒後焼入焼戻しによる表面硬化層を有し、表面から0.1mmまでのC+N量が1.0~2.0%の範囲であることが示されている。
【0005】
更に特許文献3には、耐結晶粒粗大化特性と冷間加工性に優れた軟化焼鈍の省略可能な肌焼用鋼が示されている。前記肌焼用鋼は、所定の成分組成を有し、かつ横断面内におけるビッカース硬さの平均値が180以下で、且つビッカース硬さバラツキの標準偏差の最大値が5以下であることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-150066号公報
【文献】特開平10-060586号公報
【文献】特開2006-265704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、疲労特性を向上させた鋼部品、加工性を向上させた鋼材について、それぞれ成分組成等を規定することで実現させた技術は示されている。しかし、製造工程において部品形状に容易に加工でき、かつ浸炭窒化後に高い表層硬さを確実に確保できる鋼材と、該鋼材を部品形状に成形した鋼部品は実現しえなかった。本発明は、該事情に鑑みてなされたものであって、部品形状への加工性に優れ、かつ浸炭窒化後に、高い表層硬さを確実に確保できる鋼材と、該鋼材を部品形状に成形した、高い表層硬さを有する鋼部品、および該部品の製造方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様1は、
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼材であって、
最表面から深さ200μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、
最表面から、深さ100μm以上200μm以下の位置までの範囲において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、
最表面から深さ150μmの位置において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、かつN濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm2以上10個/μm2以下である鋼材である。
【0009】
本発明の態様2は、
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼材であって、
組織がフェライトとパーライトの混合組織からなり、内部硬さがビッカース硬さで200HV以下である鋼材である。
【0010】
本発明の態様3は、
Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様1又は2に記載の鋼材である。
【0011】
本発明の態様4は、
V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様1~3のいずれかに記載の鋼材である。
【0012】
本発明の態様5は、
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼部品であって、
最表面から深さ100μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、
最表面において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、
最表面において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、N濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm2以上10個/μm2以下である鋼部品である。
【0013】
本発明の態様6は、
Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様5に記載の鋼部品である。
【0014】
本発明の態様7は、
V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様5又は6に記載の鋼部品である。
【0015】
本発明の態様8は、
態様5に記載の鋼部品を製造する方法であって、
C:0.15質量%以上0.30質量%以下、
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下、
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下、
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下、
P:0質量%超0.05質量%以下、
S:0質量%超0.05質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下、
N:0質量%超0.050質量%以下、および
O:0質量%超0.005質量%以下
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなる鋼片を、
冷却速度測定条件として、900℃以下800℃以上の加熱温度で30分以上1時間以下保持し、その後、大気下で、前記加熱温度から300℃まで空冷したときに、平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に、粗成型加工する工程と、
850℃以上950℃以下の第1温度に加熱し、該第1温度で0.5時間以上2時間以下保持し、次いで、650℃以上700℃以下の第2温度まで降温してから、該第2温度で3.5時間以上5時間以下保持し、その後に室温まで空冷または炉冷する2段焼きならし処理工程と、
切削加工工程と、
切削加工後に、900℃以上950℃以下の温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上1.2%以下の雰囲気で、2時間以上7時間以下保持する第1工程、第1工程と同じ温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上0.7%以下の雰囲気で、2時間以上4時間以下保持する第2工程、および、800℃以上900℃以下の温度かつ第2工程と同じ炭素当量CpであってNH3量が6%以上12%以下の雰囲気で、4時間以上6時間以下保持する第3工程を含む浸炭窒化処理工程と、
浸炭窒化処理後に、油焼入れを行い、その後に焼戻しを行う工程と
を含む、鋼部品の製造方法である。
【0016】
本発明の態様9は、
態様6に記載の鋼部品を製造する方法であって、
前記鋼片は、Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様8に記載の鋼部品の製造方法である。
【0017】
本発明の態様10は、
態様7に記載の鋼部品を製造する方法であって、
前記鋼片は、V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上を、更に含有する態様8又は9に記載の鋼部品の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、部品形状への加工性に優れ、かつ浸炭窒化後に、高い表層硬さを確実に確保できる鋼材と、該鋼材を部品形状に成形した、高い表層硬さを有する鋼部品、および該部品の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】半価幅と、浸炭窒化処理鋼材の最表面から深さ150μmの位置におけるビッカース硬さの関係を示す図である。
【
図2】鋼材のサイズ(円柱型試験片の直径)と平均冷却速度の関係を示す図である。
【
図3】実施例におけるNo.2の2段焼きならしの2段目の保持時間と内部硬さの関係を示す図である。
【
図4】実施例におけるNo.1の2段焼きならしの2段目の保持時間と内部硬さの関係を示す図である。
【
図5】Mn含有量と浸炭窒化処理鋼材の表層硬さの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
従来、製造工程において部品形状に容易に加工でき、かつ浸炭窒化後に高い表層硬さを確実に確保できる鋼材と、該鋼材を部品形状に成形した鋼部品は実現しえなかった。その理由として例えば、鋼材や鋼部品のサイズが大きく、かつ浸炭窒化処理により母相中のCrやMnの量が低下することで、浸炭窒化後の焼入れ時に焼入れ不良が生じ、高い表層硬さが得られないことが考えられる。焼入れ性を確保するため、合金成分を増量することが考えられるが、鋼材の組織としてベイナイトが生成しやすくなり、また混粒化による結晶粒粗大化が生じ、鋼材の内部硬さが上昇して、切削性などの加工性の低下や焼きならし処理の長時間化などといった製造性の低下が生じうる。
【0021】
そこで本発明者らは、加工性や製造性を低下させることなく、高い表層硬さの鋼材と鋼部品を得ること、例えば浸炭窒化後の焼入れで冷却速度が低めであっても浸炭窒化処理後の鋼材または鋼部品の表層部の焼入れ不良(硬度低下)発生が抑制されて、加工性と表層焼入れ性に優れた浸炭窒化処理用鋼材(「肌焼き用鋼材」、「浸炭窒化処理前の鋼材」ともいう)と、表層硬さの高い、浸炭窒化処理鋼材(「肌焼き鋼材」ともいう)および鋼部品(肌焼き鋼部品)とを実現すべく、鋭意検討を重ねた。
【0022】
その結果、所定の成分組成、特にSi量およびCr量を一定範囲内とすると共に、浸炭窒化後の表層組織の焼入れ性確保には、窒化物として単体では析出しないMnを増量することが有効であることと、一方で、Mnが過剰に含まれるとベイナイト組織の生成量が増え、焼きならし処理の長時間化を招くため、製造可能な範囲でMn量を調整すればよいことをまず見いだした。更に、この様に化学成分組成を調整すると共に、製造工程で、特に2段焼きならしを行うことで、所望の組織を有し、内部硬さがビッカース硬さで200HV以下であって、部品形状への加工性に優れ、かつ浸炭窒化を施した後には、高い表層硬さを確実に確保できる鋼材(浸炭窒化処理用鋼材)が得られること、該鋼材に少なくとも浸炭窒化処理を施すことで、表層硬さの高い浸炭窒化処理後の鋼材(浸炭窒化処理鋼材)と、該浸炭窒化後の鋼材を部品形状に加工して得られる、表層硬さの高い鋼部品が得られることを見出した。更には、該鋼部品を容易に実現することできる製造方法も見出した。
【0023】
以下では、本実施形態に係る鋼材、鋼部品、および鋼部品の製造方法について順に説明する。
【0024】
[鋼材]
以下、鋼材の化学成分組成について説明するが、該化学成分組成は、鋼部品、鋼部品と鋼材の製造に用いる鋼片の化学成分組成でもある。
(化学成分組成)
C:0.15質量%以上0.30質量%以下
Cは、鋼部品の芯部硬さを確保するために有効な元素である。そのためにC量を0.15質量%以上とする。C量は、好ましくは0.16質量%以上、より好ましくは0.17質量%以上である。しかしながら、C量が0.30質量%を超えると鋼材の被削性、冷間鍛造性が悪化し、更には鋼部品の靱性が劣化する。そのためにC量を0.30質量%以下とする。C量は、好ましくは0.24質量%以下、より好ましくは0.23質量%以下である。
【0025】
Si:0.36質量%以上1.00質量%以下
Siは、マトリックスの固溶強化、焼入れ性および焼戻し軟化抵抗性の向上に有効な元素である。そのためにSi量を0.36質量%以上とする。Si量は、好ましくは0.38質量%以上、より好ましくは0.40質量%以上である。しかしながら、Si量が多くなり過ぎると鋼材の被削性、冷間鍛造性が著しく低下する。そのためにSi量は1.00質量%以下とする。Si量は、好ましくは0.70質量%以下、より好ましくは0.60質量%以下である。
【0026】
Mn:0.40質量%以上1.50質量%以下
Mnは、マトリックスの固溶強化に有効である他、焼入れ性の向上に大きく寄与する。浸炭窒化時にSiと複合窒化物を形成するが、Crよりも母相に残存する割合が大きいため、焼入れ性に影響する度合いが大きい元素である。そのためにMn量を0.40質量%以上とする。Mn量は、好ましくは0.70質量%以上、より好ましくは1.00質量%以上である。しかしながら、Mn量が多くなり過ぎると、ベイナイト組織の生成や結晶粒粗大化により、鋼材の被削性、冷間鍛造性が低下する。また、浸炭後に残留オーステナイトが過剰に発生し、部品の強度が低下しやすくなる。そのためにMn量を1.50質量%以下とする。
【0027】
Cr:1.20質量%以上1.90質量%以下
Crは、焼入れ性を向上させ、浸炭窒化等の表面硬化処理により表面硬化層内に炭化物、窒化物、炭窒化物などの析出物を形成し、転動疲労寿命の向上に寄与する元素である。更にCrは、転動疲労寿命の安定性に大きく寄与する元素でもある。そのためにCr量を1.20質量%以上とする。Cr量は、好ましくは1.30質量%以上、より好ましくは1.35質量%以上である。しかし、Cr量が多くなり過ぎると、鋼材の被削性や冷間鍛造性が低下し、更に粗大な析出物が析出して転動疲労寿命、および転動疲労寿命の安定性を低下させる。また、浸炭時に表層に酸化層を形成するため、炭素や窒素の侵入を阻害するおそれがある。さらに、焼入れ性の向上のために多量に添加してもほとんどが窒化物となるため、浸炭窒化後の焼入れで必要な焼き入れ性の向上に寄与しにくい。そのためにCr量を1.90質量%以下とする。Cr量は例えば1.70質量%以下、更には1.60質量%以下とすることができる。
【0028】
Mo:0.30質量%以上0.80質量%以下
Moは、焼入れ性を著しく向上させ、衝撃強度の向上に有効な元素である。そのためにMo量を0.30質量%以上とする。Mo量は、好ましくは0.35質量%以上、より好ましくは0.40質量%以上である。しかしながら、Mo量が多くなり過ぎると被削性が低下し、コストが増加する。そのためにMo量を0.80質量%以下とする。Mo量は、好ましくは0.55質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下である。
【0029】
P:0質量%超0.05質量%以下
Pは、不可避的に不純物として含有する元素であり、粒界に偏析し、加工性を低下させる。そのためにP量を0.05質量%以下とする。P量は、好ましくは0.04質量%以下、より好ましくは0.03質量%以下に抑える。しかしながら、P量を0質量%にすることは実質的に困難であり、過度の低減は製鋼コストの増大を招く。よってP量の下限は0.001質量%程度でありうる。
【0030】
S:0質量%超0.05質量%以下
Sは、不可避的に不純物として含有する元素であり、S量が多くなり過ぎるとMnSとして析出し、微細なクラックの起点となり耐摩耗性を低下させる。そのためにS量を0.05質量%以下とする。S量は、好ましくは0.04質量%以下、より好ましくは0.03質量%以下に抑える。しかしながら、S量を0質量%にすることは実質的に困難であり、過度の低減は製鋼コストの増大を招く。よってS量の下限は0.001質量%程度でありうる。
【0031】
Al:0.005質量%以上0.2質量%以下
Alは、鋼材の脱酸作用を有すると共に、Nと結合して窒化物を形成し、結晶粒を微細化して転動疲労寿命の向上に寄与する元素である。そのためにAl量を0.005質量%以上とする。Al量は、好ましくは0.010質量%以上、より好ましくは0.015質量%以上である。しかしながら、0.2質量%を超えるAlが含まれていてもこの効果は飽和するため、Al量を0.2質量%以下とした。Al量は、好ましくは0.1質量%以下、より好ましくは0.050質量%以下である。
【0032】
N:0質量%超0.050質量%以下
Nは、Alと窒化物を形成し、該窒化物によりオーステナイト結晶粒の成長が抑制され、結晶粒が微細化することで、転動疲労寿命の向上に寄与する元素である。そのためにN量は、0質量%超、好ましくは0.0010質量%以上、より好ましくは0.0015質量%以上、更に好ましくは0.0020質量%以上とする。しかしながら、N量が多くなり過ぎると、AlやTiの粗大な窒化物が生成し、微細なクラックの起点となる。そのためにN量を0.050質量%以下とする。N量は、好ましくは0.040質量%以下、より好ましくは0.020質量%以下とする。
【0033】
O:0質量%超0.005質量%以下
Oは、Al、Siと結合して酸化物系介在物を生成して、転動疲労寿命に悪影響を及ぼし、更には冷間加工性にも悪影響を及ぼす元素である。そのためにO量を0.005質量%以下とする。O量は、好ましくは0.004質量%以下、より好ましくは0.003質量%以下である。しかしながら、O量を0質量%にすることは実質的に困難であり、過度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのためにO量の下限は、0.0001質量%程度でありうる。
【0034】
残部はFe及び不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。なお、例えば、P、SおよびOのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0035】
本実施形態に係る鋼材、鋼部品、およびこれらの製造に用いる鋼片は、化学成分組成において、以上に述べた元素を含んでいればよい。下記に述べる選択元素は、含まれていなくてもよいが、上記元素と共に必要に応じて含有させることにより、焼入れ性等の更なる向上に寄与する。以下、選択元素について説明する。
【0036】
Cu:0質量%超1.0質量%以下、Ni:0質量%超1.0質量%以下、およびB:0質量%超0.0050質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上
Cu、NiおよびBは、いずれも母相の焼入れ性向上元素として作用し、硬さを高めて転動疲労特性の更なる向上に寄与する元素である。これらの効果を有効に発揮させるため、Cu、Niはそれぞれ、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.01質量%以上、更に好ましくは0.02質量%以上、より更に好ましくは0.03質量%以上含有させる。またB量は、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.0001質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、より更に好ましくは0.0010質量%以上である。一方、鋼材の製造性の劣化を抑制する観点から、Cu、Niの含有量はそれぞれ、1.0質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましく、0.15質量%以下であることが更に好ましい。また、上記観点から、Bの含有量は、好ましくは0.0050質量%以下、より好ましくは0.0040質量%以下、さらに好ましくは0.0030質量%以下である。これらの元素は、いずれかが単独で含まれていてもよいし、2種以上が含まれていてもよい。
【0037】
V:0質量%超0.50質量%以下、およびNb:0質量%超0.10質量%以下よりなる群から選ばれる1種以上
VとNbは、CとNの1以上と結合し炭窒化物を形成することで、分散強化や結晶粒微細化といった効果を発揮し、転動疲労寿命を向上させる元素である。これらの効果を有効に発揮させるには、V、Nbはそれぞれ、好ましくは0質量%超含有させるのがよい。ただし、過剰に含まれる場合、析出する炭窒化物が粗大になり破壊の起点となるため、かえって転動疲労寿命を悪化させる。したがって、V量の上限は0.50質量%、Nb量の上限は0.10質量%とする。これらの元素は、いずれかが単独で含まれていてもよいし、2種が含まれていてもよい。
【0038】
(鋼組織と特性)
鋼部品の製造では、切削、圧延、鍛造などの加工が1回以上施されるが、本明細書では、最終回の加工が施される前の鋼を鋼材といい、該鋼材に最終回の加工が施されて、製品の形状となったものを鋼部品という。また前記鋼材には、後述する2段焼きならしを行って得られる浸炭窒化処理前の鋼材(浸炭窒化処理用鋼材)と、該鋼材に浸炭窒化処理を施して得られる浸炭窒化処理鋼材が挙げられ、これらの鋼材は、下記に詳述の通り組織と特性が異なる。鋼部品は、浸炭窒化処理鋼材を加工して得られ、その組織、特性は、下記に説明する通り、測定位置を除き、浸炭窒化処理鋼材の組織、特性と実質同じである。
【0039】
以下では、浸炭窒化処理前の鋼材の組織から順に説明する。なお、以下の鋼組織の説明では、そのような組織を有することにより各種の特性を向上できるメカニズムについて説明している場合がある。これらは本発明者らが現時点で得られている知見により考えたメカニズムであるが、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに留意されたい。
【0040】
[浸炭窒化処理前の鋼材の鋼組織と特性]
浸炭窒化処理前の鋼材(浸炭窒化処理用鋼材)は、組織がフェライトとパーライトの混合組織からなり、内部硬さがビッカース硬さで200HV以下である。
【0041】
本実施形態では、加工性向上の観点から、MnやMoの含有量を一定以下に抑え、かつ焼きならし時間を一定以上確保することによって、浸炭窒化処理前の鋼材の組織における、ベイナイト組織の割合を抑え、フェライトとパーライトの混合組織とし、内部硬さがビッカース硬さで200HV以下に抑える。これによって、部品形状とするための例えば切削工程において、切削性を高め、切削加工時間の増加や工具摩耗の増加を抑制することができる。上記内部硬さは、好ましくは180HV以下である。なお、内部硬さは鋼材の直径D/4部のビッカース硬さとする。
【0042】
[浸炭窒化処理鋼材の鋼組織と特性]
次に、前記浸炭窒化処理用鋼材に浸炭窒化を施して得られる浸炭窒化処理鋼材の、鋼組織と特性について説明する。浸炭窒化処理鋼材は、最表面から深さ200μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、最表面から深さ100μmの位置から200μmの位置までの範囲において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、最表面から深さ150μmの位置において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、かつN濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm2以上10個/μm2以下である。以下、各要件について説明する。
【0043】
(最表面から深さ200μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイト)
(最表面から、深さ100μm以上200μm以下の位置までの範囲において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上)
(最表面から深さ150μmの位置において、硬さがビッカース硬さで600HV以上)
部品の転動疲労寿命を長寿命化するには、はく離起点となる異物噛みこみ時の圧痕の発生を抑制する必要があり、そのためには浸炭窒化処理鋼材の組織を、焼戻しマルテンサイト組織とし、製造された鋼部品の最表面となる位置において、硬さを向上させることが重要である。なお本実施形態では、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時に鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定、すなわち鋼部品の最表面となる位置が、鋼材の最表面から深さ約150μmの位置であると想定して、上記最表面から一定深さでの組織等を規定している。
【0044】
本実施形態では、マルテンサイト組織の量の指標となる(211)面におけるX線回折ピークの半価幅を5.5°以上とする。
図1は、本発明者らが、後述する実施例の結果を用い、上記半価幅と、浸炭窒化処理鋼材の最表面から深さ150μmの位置におけるビッカース硬さの関係を整理した結果である。
図1中の点線は最小二乗法で算出した近似線を示す。この
図1から、最表面から深さ150μmの位置におけるビッカース硬さ600HV以上を達成するには、上記半価幅を5.5°以上とする必要があることがわかる。前記半価幅は、例えば6.0°以上であることが好ましい。一方、半価幅の上限は、例えば7.5°程度でありうる。本実施形態は、残留オーステナイト以外の組織が焼戻しマルテンサイトであることが好ましく、焼戻しマルテンサイトは、全組織に占める面積率で30%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上である。なお焼戻しマルテンサイトの面積率は、例えば全組織から残留オーステナイトの割合(体積%)を差し引いて求めることができる。最表面から深さ150μmの位置におけるビッカース硬さは、好ましくは700HV以上である。本実施形態では、最表面から150μm深さ位置の硬さが600HV以上であることを、浸炭窒化処理鋼材の表層硬さが高いと評価する。また、焼入れ処理を行って上記表層硬さを達成した場合、「表層焼入れ性に優れている」ともいえる。
【0045】
浸炭窒化処理鋼材の組織において、残留オーステナイトは、増加するほど疲労進行時に加工誘起変態が起こしマルテンサイト組織の割合を増加させて寿命を向上させるため、一定量以上にする必要がある。よって、最表面から、深さ100μm以上200μm以下の位置までの範囲において、残留オーステナイト組織の割合は10体積%以上とする。前記残留オーステナイト組織の割合は、好ましくは20体積%以上である。ただし、残留オーステナイトの過剰な増加は硬さの低下を招くため、70体積%以下とする。前記残留オーステナイト組織の割合は、好ましくは50体積%以下である。
【0046】
(最表面から深さ150μmの位置において、C濃度が0.5~0.9質量%、かつN濃度が0.4~1.20質量%)
焼き入れ後のマルテンサイト組織の硬さの向上や析出物の析出による疲労特性向上のため、浸炭、浸炭窒化処理により、鋼部品の表面部にはある程度以上のC濃度及びN濃度が必要となる。よって上記C濃度は0.5質量%以上とした。上記C濃度は好ましくは0.6質量%以上である。またN濃度は0.4質量%以上とした。上記N濃度は好ましくは0.5質量%以上である。一方、C濃度やN濃度が過剰になると、残留オーステナイト組織が過剰になり、硬さの低下を招く。よって、最表面から深さ150μm位置の鋼材のC濃度を0.9質量%以下、N濃度を1.20質量%以下とした。C濃度は好ましくは0.8質量%以下、N濃度は好ましくは1.0質量%以下である。
【0047】
(最表面から深さ150μmの位置において、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm2以上10個/μm2以下)
上記炭化物、窒化物、炭窒化物は、以下に示すような炭化物形成元素と炭素が結合した全ての炭化物、窒化物形成元素と窒素が結合した全ての窒化物、これらが複合した炭窒化物を意味する。以下、これらを総称して「析出物」という。
炭化物[(Fe,Cr)3C、(Fe,Cr)7C3、Mo2C、VC等]
窒化物[(Cr,V,Al、Mn、Si)N,等]
炭窒化物[(Fe,Cr)3(C,N)、(Fe,Cr)7(C,N)3、Mo2(C,N)、V(C,N)等]
【0048】
転動疲労特性の向上の観点から、鋼材の表層部には一定以上の析出物を析出させる必要がある。ただし、粗大な析出物が生成すると、き裂発生の起点となることや、CrやMnなどの合金成分が過剰に析出した場合に母相の合金量が低下して焼入れ性が低下し、硬さの低下を招くおそれがある。よって、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径を0.1μm以上1.0μm以下、円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の合計面積率を5%以上かつ個数密度を0.1個/μm2以上10個/μm2以下とする。前記析出物の合計面積率は好ましくは10%以上である。前記析出物の合計面積率の上限は、例えば、過剰な析出により焼き入れ性が低下することを抑制する観点から15%程度である。
【0049】
[鋼部品の鋼組織と特性]
鋼部品の鋼組織と特性は、
最表面から深さ100μmの位置までの範囲において、組織が焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトからなり、
最表面において、残留オーステナイト組織の割合が10体積%以上70体積%以下、かつ(211)面におけるX線回折ピークの半価幅が5.5°以上であり、
最表面において、硬さがビッカース硬さで600HV以上であり、C濃度が0.5質量%以上0.9質量%以下、N濃度が0.4質量%以上1.20質量%以下であり、更に、炭化物、窒化物および炭窒化物の平均円相当直径が0.1μm以上1.0μm以下であり、円相当直径0.1μm以上1.0μm以下の炭化物、窒化物、および炭窒化物の面積率が5%以上かつ個数密度が0.1個/μm2以上10個/μm2以下である。
【0050】
本実施形態では、上述の通り、鋼部品の最表面となる位置が、鋼材の最表面から深さ約150μmの位置であると想定する。浸炭窒化処理鋼材と鋼部品は、製造工程において、切削加工等の部品形状の加工の有無で異なるが、該加工が鋼組織と特性に及ぼす影響は小さい。よって、鋼部品の鋼組織と特性は、鋼組織と特性の測定箇所が浸炭窒化処理鋼材と異なるのみで、鋼組織と特性の規定、好ましい範囲などは、上述の浸炭窒化処理鋼材と同じである。
【0051】
本発明では、大型の鋼部品を製造する場合であっても、高い表層硬さと製造時の優れた加工性とを兼備できる。前記「大型」とは、例えば棒鋼などの円柱状鋼材の場合に、直径が20mm以上であることをいう。また本発明において、鋼部品は、例えばギア等の部品形状に加工されている点で浸炭窒化処理鋼材と異なる。部品形状への加工では、浸炭窒化処理鋼材の表面が切削されて、例えば、浸炭窒化処理鋼材の最表面から深さ約150μm位置が、鋼部品の最表面となりうる。
【0052】
[鋼部品の製造方法]
本発明で規定する鋼部品の製造方法は、前記化学成分組成を有する鋼片を、
冷却速度測定条件として、900℃以下800℃以上の加熱温度で30分以上1時間以下保持し、その後、大気下で、前記加熱温度から300℃まで空冷したときに、平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に、粗成型加工する工程と、
850℃以上950℃以下の第1温度に加熱し、該第1温度で0.5時間以上2時間以下保持し、次いで、650℃以上700℃以下の第2温度まで降温してから、該第2温度で3.5時間以上5時間以下保持し、その後に室温まで空冷または炉冷する2段焼きならし処理工程と、
切削加工工程と、
切削加工後に、900℃以上950℃以下の温度かつCp:0.5%以上1.2%以下の雰囲気で、2時間以上7時間以下保持する第1工程、第1工程と同じ温度かつCp:0.5%以上0.7%以下の雰囲気で、2時間以上4時間以下保持する第2工程、および、800℃以上900℃以下の温度かつ第2工程と同じCpであってNH3量が6%以上12%以下の雰囲気で、4時間以上6時間以下保持する第3工程を含む浸炭窒化処理工程と、
浸炭窒化処理後に、油焼入れを行い、その後に焼戻しを行う工程と
を含む。以下、各工程について説明する。
【0053】
[粗成型加工工程]
前記化学成分組成を有する鋼片を、冷却速度測定条件として、900℃以下800℃以上の加熱温度で30分以上1時間以下保持し、その後、大気下で、前記加熱温度から300℃まで空冷したときに、平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に、粗成型加工する。本実施形態では、上記測定条件により求めた平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に粗成型加工した粗成型加工材を用いれば、後述する浸炭窒化処理と油焼入れを行ったときの表層硬さの低下を抑制することができる。
【0054】
前記平均冷却速度を達成するような形状に粗成型加工するとは、前記平均冷却速度が0.39℃/s以上となるように、粗成型加工材の厚さや直径などを調整して加工、例えば、熱間、冷間での、圧延、鍛造等を行うことが挙げられる。加工を行うにあたり、例えば、後述する実施例に示す表3と
図2の様な、鋼材のサイズと上記測定条件での平均冷却速度の関係をあらかじめ把握しておくことが挙げられる。
図2中の点線は最小二乗法で算出した近似線を示す。
【0055】
前記平均冷却速度は、加熱炉から取り出した時の温度から300℃までの温度の低下度合いを平均して求められる。後述する実施例に記載の方法で測定してもよいし、平均冷却速度=(冷却開始温度-冷却終了温度)/冷却時間の式(ただし、冷却開始温度は900℃以下800℃以上の加熱温度、冷却終了温度は300℃)から求めてもよい。
【0056】
上記冷却速度測定条件での平均冷却速度が0.39℃/sを下回る場合、上述の通り、成分組成を制御した場合であっても、浸炭窒化処理と油焼入れを行った後の表層硬さが低下しうる。本実施形態の製造方法では、上記平均冷却速度を確保できるサイズの粗成型加工材を、浸炭窒化処理等に供する必要がある。
【0057】
前記鋼片の製造条件は特に問わず、通常行われる条件で製造すればよい。例えば、転炉等で溶製し鋳造して、上記化学成分組成の鋳片を得た後、例えば分塊圧延、棒鋼圧延などの圧延を行って得ることができる。
【0058】
必要に応じて、上記粗成型加工後であって、下記の2段焼きならし前に、例えば1200~1300℃で1~2時間加熱後に空冷する溶体化処理と、900~1000℃で1~2時間加熱後に空冷する焼きなましを行ってもよい。
【0059】
[2段焼きならし工程]
粗成型加工材に対して、1段目の加熱として850℃以上950℃以下の温度(第1温度)で0.5時間以上2時間以下保持し、次いで、650℃以上700℃以下の温度(第2温度)まで降温し、2段目の加熱として、前記第2温度で3.5時間以上5時間以下保持し、その後に、室温まで空冷または炉冷する、2段焼きならしを行う。
【0060】
上記1段目の加熱では、鋼材全体がオーステナイト領域(A3点)以上となり、かつ結晶粒が粗大化しないような温度、時間で保持する必要があり、その観点から、温度を850℃以上950℃以下とし、保持時間を0.5時間以上2時間以下とする。また、上記2段目の加熱では、組織をフェライト+パーライト化しながら均質化させるために、A1点直下の温度域で保持する必要があり、その観点から、650℃以上700℃以下の温度で3.5時間以上5時間以下保持する。前記2段目の加熱における焼きならし時間が短すぎると、ベイナイト組織の割合が増加し硬さが上昇して切削加工時間の増加や工具摩耗の増加を招く。2段目の加熱における保持時間は、好ましくは4.0時間以上である。
【0061】
本実施形態では、上記2段焼きならし工程を経ることで、粗成型加工材の組織中のベイナイト組織を低減して硬さを低下させ、鍛造性や切削性の低下を抑制し、この工程後に行われる加工を容易に行うことができる。部品形成への加工のための粗成型を行った後に、この焼きならし処理を実施することによって、硬さを低減でき、その後、例えば切削加工を容易に行うことができる。なお、製造コストの観点から各段階の保持時間は上記範囲で少ないほど望ましい。なお本明細書において、「保持」とは、温度、雰囲気の条件が一定である他、温度、雰囲気の条件の少なくとも一つが、規定する範囲内で変動する場合も含まれる。
【0062】
本実施形態に係る浸炭窒化処理用鋼材は、この2段焼きならし工程を行って得られる鋼材である。
【0063】
必要に応じて、前記2段焼きならし後であって、下記の切削加工工程の前に、冷間鍛造、温間鍛造、熱間鍛造などの、鍛造加工工程を設けてもよい。本実施形態に係る浸炭窒化処理用鋼材は、加工性に優れているため、この鍛造加工工程において良好に鍛造することができる。
【0064】
[切削加工工程]
上記2段焼きならしを行った後に、部品形状とするために、切削加工を行う。切削加工は一般に行われている方法で行うことができる。本実施形態の製造方法によれば、上記2段焼きならしを行うことによって、粗成型加工材の組織中のベイナイト組織が低減され、所望のフェライトとパーライトの混合組織が得られて、内部硬さが抑制されているため、良好に切削することができる。すなわち、上記2段焼きならし工程を行って得られる浸炭窒化処理用鋼材は、この切削加工工程で良好に切削することができる。
【0065】
[浸炭窒化処理工程]
切削加工後に、900℃以上950℃以下の温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上1.2%以下の雰囲気で、2時間以上7時間以下保持する第1工程、第1工程と同じ温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上0.7%以下の雰囲気で、2時間以上4時間以下保持する第2工程、および、800℃以上900℃以下の温度かつ第2工程と同じ炭素当量CpであってNH3量が6%以上12%以下の雰囲気で、4時間以上6時間以下保持する第3工程を含む浸炭窒化処理を行う。
【0066】
なお、上記炭素当量Cp(%)は以下の式で導出することができる。
Cp=(熱処理炉内中の一酸化炭素の存在割合)2×(鋼片の表面炭素量)/{(各温度における平衡定数)×(熱処理炉内中の二酸化炭素の存在割合)}
上記式において、熱処理炉内中の一酸化炭素と熱処理炉内中の二酸化炭素の各存在割合の単位は体積%、鋼片の表面炭素量の単位は質量%である。
【0067】
上記条件で浸炭窒化を行い、かつ後述の通り焼入れを行うことにより、鋼部品で規定する量の残留オーステナイト(残留γ)と析出物の形態の両方を実現でき、その結果、硬さを保持しつつ転動疲労特性に優れる鋼部品を提供することができる。なお、上記「NH3量」とは、炉内に導入しているベースガス(RXガス)の量に対する割合を示しており、流量計にて調整することができる。
【0068】
[焼入れ・焼戻し工程]
浸炭窒化処理後に、例えば100~140℃で油焼入れを行い、その後に焼戻しを行う。焼戻しは、例えば150~200℃で行えばよい。前記油焼入れと焼戻しを行って、本実施形態に係る浸炭窒化処理鋼材が得られる。
【0069】
本実施形態の鋼部品の製造方法では、上記工程以外に、仕上げ加工工程、部品成型のための冷間鍛造や熱間鍛造うちの1以上の工程が含まれうる。上記仕上げ加工等により、製品の形状に加工されて、鋼部品が得られる。
【実施例】
【0070】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0071】
〔鋼材の製造〕
表1に示す成分組成の鋼を、VIF炉または転炉により溶製し、鋼塊法によりインゴットを得た。なお、表1および表2において、下線を付した数値は、本発明の範囲から外れていることを示している。
【0072】
【0073】
得られたインゴットを1200℃以上1300℃以下で60分以上加熱した後、熱間圧延または熱間鍛造を施し、その後放冷した。次いで、800℃以上1000℃以下に加熱してから、熱間圧延または熱間鍛造を施し、鋼材として、直径45mmの棒鋼を作製した。
【0074】
上記棒鋼の長さ方向に、厚さ10mm程度切断し、円盤状サンプルを得た。該円盤状サンプルを、電気炉にて850℃~950℃の温度域で0.5時間~2時間加熱保持(1段目の加熱保持)した後、650℃~700℃の温度域まで降温し、該温度域で3.5時間~5時間加熱保持(2段目の加熱保持)する、2段焼きならし処理を行って、浸炭窒化処理前の円盤状鋼材を得た。
【0075】
〔浸炭窒化処理前の鋼材の評価〕
(浸炭窒化処理前の鋼材の組織の観察)
前記円盤状鋼材を埋め込んで研磨した後、ナイタール液で腐食を行い、円盤状鋼材の側面(曲面)の最表面と円盤状鋼材の直径/4部の組織をそれぞれ倍率100倍と400倍で観察し、ベイナイト組織となっているか、フェライト+パーライト組織となっているかを判別した。その結果、No.1と2の、円盤状鋼材の側面(曲面)の最表面と円盤状鋼材の直径/4部の組織はいずれも、フェライト+パーライト組織であった。なお、No.4とNo.7については、Mnの含有量及び他の合金元素量が同等以下であることから、No.1~2と同様に、フェライト+パーライト組織であると考えられる。一方、No.3とNo.5~6については、MoもしくはCrの含有量がNo.1および2より多いため、フェライト+パーライト組織とするためには2段焼きならしにおける2段目の加熱保持時間を、規定する範囲内で、上記No.1および2よりも長くしなければならない可能性がある。
【0076】
(浸炭窒化処理前の鋼材の硬さ(内部硬さ)の測定)
前記鋼材を埋め込んで研磨した後、JIS Z 2244に準拠して、内部硬さとして、鋼材の直径(D)/4部のビッカース硬さを測定した。そして内部硬さが200HV以下の場合を、加工性に優れると評価した。その結果、No.1と2の、鋼材の直径(D)/4部のビッカース硬さはいずれも176HVであった。
【0077】
2段焼きならしの条件とMn量が、2段焼きならし後の内部硬さに及ぼす影響について評価した。No.1とNo.2のそれぞれの鋼片を用い、上記2段焼きならし処理における2段目の650℃での保持時間を変更し、得られた浸炭窒化処理前の鋼材の、組織と内部硬さを上記の通り求めた。その結果を、No.2(Mn量1.20%)については
図3、No.1(Mn量1.45%)については
図4に示す。
図3、
図4の結果から、No.2(Mn量1.20%)では、200HV以下とするための2段焼きならしの2段目の最低保持時間は2.5時間であり、No.1(Mn量1.45%)では、200HV以下とするための2段焼きならしの2段目の最低保持時間は3.5時間であることがわかる。またこれら
図3と
図4の結果から、Mn量が増えるほど、ベイナイトが生成しやすくなり、焼きならし時の保持時間を長くする必要があり、Mn量が0.40質量%以上1.50質量%以下の範囲で、かつ他の成分がNo.1~2もしくはNo.7と同等である場合、ビッカース硬さで200HV以下の内部硬さを達成し、加工性に優れた鋼材を確実に得るには、2段焼きならしの2段目の保持時間を3.5時間(hr)以上とするのがよいことがわかる。なお、No.4とNo.7の鋼材はいずれもNo.1および2よりもMn量が少なく、他の合金成分も同等以下であるため、内部硬さを抑えるための2段焼きならしの2段目の保持時間は、2時間(hr)以下で足りると推定される。一方、No.3とNo.5~6については、MoもしくはCrの含有量がNo.1~2より多いため、内部硬さを抑えるためには2段焼きならしの2段目の保持時間を、規定する範囲内で、上記No.1および2よりも長くしなければならない可能性がある。
【0078】
〔浸炭窒化処理鋼材の製造〕
上記棒鋼から、直径12mm×長さ36mmの円柱型試験片と、直径26mm×長さ52mmの円柱型試験片のそれぞれを、加工により得た。本実施例では、部品が大型化することで冷却速度が遅くなり、焼入れ性が悪くなる状態を模擬するため、直径が12mmの円柱型試験片と、この試験片よりも直径の大きい直径26mmの円柱型試験片を用意した。
【0079】
上記各円柱型試験片を用いて、第1工程で、900℃以上950℃以下の温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上1.2%以下の雰囲気にて、2時間以上7時間以下保持し、第2工程で、第1工程と同じ温度かつ炭素当量Cp:0.5%以上0.7%以下の雰囲気で、2時間以上4時間以下保持した後、第3工程で、800℃以上880℃以下の温度かつ第2工程と同濃度の炭素当量Cpであって、NH3量が6%以上12%以下の雰囲気で、4時間以上6時間以下保持して浸炭窒化処理を行った。その後、140℃で油焼入れを行い、160℃で2時間保持する焼戻しを行い、浸炭窒化処理鋼材を得た。なお、上記Cp値は前述した式で導出することができるが、実操業上では一酸化炭素分圧は常に一定となるように調整し、二酸化炭素分圧を変動させることで炭素当量Cpの値を狙いの値となるように制御した。また、上記NH3量は、炉内に導入しているベースガス(RXガス)の量に対する割合を示しており、流量計にて調整した。
【0080】
〔浸炭窒化処理鋼材の評価〕
(表層領域の炭素量と窒素量の測定)
日本電子データム製の電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X-ray Micro Analyzer:EPMA 商品名「JXA-8500F」)を用いて、円柱型試験片の側面の最表面から中心軸の方向へ深さ3.0mm程度までを10μmピッチで線分析を行って、炭素量と窒素量を測定した。そして、最表面から深さ130μmの位置から170μmの位置までの計5点の濃度の平均値を、最表面から深さ150μmの位置の濃度とした。なお本実施形態では前述の通り、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時、鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定している。よって、上記測定した炭素量と窒素量は、鋼部品の最表面の炭素量と窒素量でもある。
【0081】
(表層領域の析出物の形態の評価)
直径12mmの円柱型試験片の側面の最表面から中心軸の方向へ深さ150μmの位置を観察できるように、前記鋼材を樹脂に埋め込んだ埋め込み材を、ピクラル液で腐食した後、走査型電子顕微鏡(SEM)で、倍率10000倍にて上記位置を観察した。観察は、3視野(1視野サイズは12.0μm×8.6μm)で行った。そして、そのうちの1視野の顕微鏡写真1枚を使用し、粒子解析ソフト(SUMITOMO METAL TECHNOLOGY製、商品名:「粒子解析III for Windows. Version3.00」)を用いて、炭化物、窒化物、および炭窒化物の平均円相当直径(「平均粒径」ともいう)(μm)、円相当直径が0.1~1.0μmの炭化物、窒化物、および炭窒化物の、全組織に占める割合である合計面積率(%)、円相当直径が0.1~1.0μmの炭化物、窒化物、および炭窒化物の個数密度(個/μm2)を測定した。平均円相当直径を求めるにあたり、円相当直径が0.01μm以上の炭化物、窒化物、および炭窒化物を対象とした。
【0082】
規定する浸炭窒化条件では、炭化物はほぼ析出せず窒化物が主となるため、析出物量はN量に比例する。N量は、異なるサイズの鋼材間で大きな違いはなく、また析出物のサイズは、浸炭窒化処理の段階で決まり、冷却速度の違い、すなわち鋼材のサイズにより、上記析出物の測定値に大きな相違が生じるとも考えられないため、析出物の形態に関しては直径12mmの試験片のデータのみ採取した。なお前述の通り、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時、鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定している。よって、上記測定した析出物の平均円相当直径、合計面積率および個数密度はそれぞれ、鋼部品の最表面の平均円相当直径、合計面積率および個数密度でもある。
【0083】
(表層領域の組織の観察)
前記円柱型試験片の直径方向が観察できるように埋め込んで研磨した後、ナイタール液で腐食してから、鋼材の最表面部と直径/4部の組織を、それぞれ倍率100倍と400倍で観察した。その結果を、焼戻しマルテンサイトをM、残留オーステナイトをγ、フェライトをFとして表2に示す。前述の通り、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時、鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定している。よって、上記組織の観察結果は、鋼部品の最表面から深さ100μmの位置までの範囲における組織の観察結果でもある。最表面部と直径/4部の組織がいずれも表2に示す通りの組織であったことから、最表面から深さ200μmの位置までの範囲においても、表2に示す組織であるといえる。
【0084】
(表層領域の残留オーステナイト量、半価幅の測定)
前記円柱型試験片の側面の最表面から中心軸の方向へ深さ0μm(最表面)、10μm、25μm、50μm、100μmの各5点について、電解研磨を行い、X線測定装置(株式会社リガク製、製品名「AutoMATE」)を用いて、残留オーステナイト量と半価幅の測定を行った。測定条件はスリット径がφ1.0、電圧40kV、電流40mA、測定角度119~138°、照射時間180秒とし、上記各5点の平均値を、浸炭窒化処理鋼材の最表面から深さ100μmまでの値として算出した。なお前述の通り、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時、鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定して、最表面から、深さ100μm以上200μm以下の位置までの範囲の残留オーステナイト量、半価幅の値を求めることとし、本実施例では、浸炭窒化処理鋼材の最表面から深さ100μmまでの範囲の残留オーステナイト量と半価幅を求めている。よって、上記測定した残留オーステナイト量と半価幅は、鋼部品の最表面の残留オーステナイト量と半価幅の値でもある。
【0085】
(表層硬さの測定)
表層浸炭窒化層の観察が行えるように浸炭窒化処理鋼材を切断して得られた試験片を、樹脂に埋め込み研磨を行った。そして、JIS Z 2244に準拠して、試験片の最表面から深さ150μm位置のビッカース硬さと、最表面から3.0mm深さまでの0.1mmごとの硬さ分布を測定した。前述の通り、浸炭窒化処理鋼材を鋼部品に加工時、鋼材の表面研磨量が約150μmであると想定しており、上記測定した硬さの値は、鋼部品の最表面の硬さでもある。
【0086】
本発明では、部品での実用に供する鋼材として、表層硬さ600HV以上及び半価幅5.5°以上を満たすものを合格とする。なお、これらの特性は、浸炭窒化条件、特に浸炭窒化のC量やN量の影響を特に受けるため、浸炭窒化処理を行い更に焼入れ・焼戻しを行った後の表面性状の影響はほとんど受けない。本実施例では、直径12mmの円柱型試験片と、直径26mmの円柱型試験片の双方の測定結果を対比し、鋼材が大型化して冷却速度が遅くなる例として、直径26mmの円柱型試験片が、所望の表層硬さを達成している場合、表層硬さが高いと評価した。これらの結果を表2に示す。
【0087】
【0088】
これらの結果を考察する。No.1~4は、本実施形態に係るMnを含む化学成分組成を満たしており、サイズが大きく冷却速度が比較的遅い試験片(直径26mmの円柱型試験片であって、所定の冷却速度測定条件で冷却時の平均冷却速度が0.39℃/s)の場合でも、表層硬さは600HV以上、かつ半価幅5.5°以上を達成できた。これに対して、No.5は、Mn量は規定する範囲内にあるが、Cr量が過剰であるため、目標とする表層硬さと半価幅に至らなかった。またNo.6およびNo.7はMn量が不足して、目標とする表層硬さと半価幅に至らなかった。
【0089】
〔平均冷却速度の測定〕
上記棒鋼から直径6mm×18mm、直径12mm×36mm、直径18mm×45mm、直径26mm×52mmの各円柱型試験片を加工して得た。そして各円柱型試験片において、熱電対挿入用の直径5mmの穴を試験片中心に開け、試験片に銀メッキ加工を施した。熱電対先端をかしめて、加工穴に挿入して固定した後、大気炉に試験片を投入し、冷却速度測定条件として、840℃×30minで保持した。保持後に炉から取り出し、300℃まで大気中で放冷(空冷)したときの試験片の温度を区間:0.1秒ごとに測定し、840℃から300℃まで降温した時の平均冷却速度を算出した。その結果を
図2と表3に示す。
【0090】
【0091】
上記表3と
図2に示す通り、鋼材のサイズが大きくなるほど平均冷却速度は低下している。このことは、サイズの大きい鋼材では、平均冷却速度が遅く、焼入不良になりやすいことを示している。
【0092】
本実施形態では、規定の成分組成を満たす鋼片を、冷却速度測定条件として、900℃以下800℃以上の加熱温度で30分以上1時間以下保持し、その後、大気下で、前記加熱温度から300℃まで空冷したときに、平均冷却速度が0.39℃/s以上となるような形状に粗成型加工すれば、浸炭窒化し、油焼入れ・焼戻しを行った後の表層硬さの低下を抑制できることが分かった。なお本発明者らが別途検討を行ったところ、本実施形態に係る成分組成を満たす、直径40mm×80mm(推定冷却速度:0.09℃/s)の鋼材を用いて、浸炭窒化焼入れ後に表層硬さを測定したが、目標の表層硬さを達成できなかった。このことから、本実施形態では、鋼部品の製造において、本実施形態に係る成分組成を満たし、上記冷却速度測定条件で求めた平均冷却速度が0.39℃/s以上を達成できる粗成型加工材を対象に、その後の工程を実施する必要があるといえる。なお、上記実施例では、前記表3に示す通り冷却速度測定条件で冷却時の平均冷却速度が規定範囲内にある、直径12mmと直径26mmの円柱型試験片を用いている。
【0093】
Mn以外の成分組成範囲がほぼ同じであるNo.1,2,4とNo.7を用いて、Mn含有量と、浸炭窒化処理後の直径26mmの円柱型試験片の表層硬さとの関係を整理した。その結果を
図5に示す。
図5中の点線は最小二乗法で算出した近似線を示す。
図5の結果から、Mn含有量が高いほど、サイズが大きく冷却速度の比較的遅い鋼材で発生する浸炭窒化後の表層硬さの低下、即ち、焼入不良が改善される。例えば、No.7のサンプルは直径12mmの試験片ではビッカース硬さが780HVであり、表層硬さが高かったが、直径26mmに大型化した鋼材の場合、ビッカース硬さが542HVに低下した。一方、規定する成分組成、特にMn量が一定以上であるNo.1~4の何れのサンプルも、直径12mmの試験片に加えて、直径26mmの試験片でもビッカース硬さは600HV以上であり、鋼材のサイズに関係なく高い表層硬さを達成できた。なお、表層硬さには、Mn量の他に、浸炭窒化後の侵入N量と残留γ量が影響すると考えられるが、本実施形態で求める600HV以上の表層硬さのレベルでは、本実施形態に係る範囲であれば、それらの影響は、Mnよりも影響は小さいと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本実施形態に係る鋼材と鋼部品は、例えば、各種産業用機械に使用される歯車部品やシャフトなどの転動部品と該部品用の鋼材、特に浸炭窒化処理を施して用いられる、転がり接触型のギア等を含む機械構造用部品と該部品用の鋼材として利用可能であるが、これに限定されない。