(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-28
(45)【発行日】2024-09-05
(54)【発明の名称】タングステンシート及び放射線防護服
(51)【国際特許分類】
G21F 3/00 20060101AFI20240829BHJP
G21F 1/08 20060101ALI20240829BHJP
G21F 3/02 20060101ALI20240829BHJP
G21F 1/10 20060101ALI20240829BHJP
【FI】
G21F3/00 G
G21F1/08
G21F3/02 A
G21F1/10
(21)【出願番号】P 2023159170
(22)【出願日】2023-09-22
(62)【分割の表示】P 2018109719の分割
【原出願日】2018-06-07
【審査請求日】2023-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】596168199
【氏名又は名称】松林工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】吉田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】嶋津 太輔
(72)【発明者】
【氏名】児玉 吉弘
(72)【発明者】
【氏名】小山 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】田畑 邦男
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-513251(JP,A)
【文献】特開2006-077197(JP,A)
【文献】特開2013-122398(JP,A)
【文献】特開2019-211397(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 1/00-7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン層を有するタングステンシートであって、
前記タングステン層は、バインダ樹脂と、前記バインダ樹脂に含まれる複数のタングステン粒子とを有し、
前記タングステン層におけるタングステンの組成量は、70重量%以上であり、
前記複数のタングステン粒
子は、平均粒径を所定値a[μm]とする
と、前記所定値aは、1μmより大きく且つ15μm未満の範囲内の値であ
り、
前記バインダ樹脂は、アクリル酸エステルによって構成された水溶性の熱可塑性樹脂からなる、
タングステンシート。
【請求項2】
前記所定値aは、5μm以上10μm以下の範囲内の値である、
請求項1に記載のタングステンシート。
【請求項3】
前記所定値aは、9μm±10%である、
請求項
1に記載のタングステンシート。
【請求項4】
前記タングステンシートは、布のように折り曲げたり丸めたりしても割れたり欠けたりしないゴム弾性を有する、
請求項1~3のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項5】
前記複数のタングステン粒子は、前記複数のタングステン粒子同士が接触した状態で前記バインダ樹脂内に存在している、
請求項1~4のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項6】
前記タングステンシートの厚さは、0.8mm以下である、
請求項1~5のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項7】
さらに、第1基材層と第2基材層とを備え、
前記タングステン層は、前記第1基材層と前記第2基材層とに挟まれている、
請求項1~6のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項8】
さらに、第1基材層を備え、
前記タングステン層は、前記第1基材層の表面に形成されている、
請求項1~6のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項9】
前記タングステンシートは、所定値以上のX線遮蔽率を有する放射線防護シートである、
請求項1~8のいずれか1項に記載のタングステンシート。
【請求項10】
請求項9に記載のタングステンシートを用いた、
放射線防護服。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステンシート及びタングステンシートを用いた放射線防護服に関する。
【背景技術】
【0002】
医療用の放射線治療現場又は原子力発電等では、核物資等から放射線(X線及びγ線等)が放出される。このため、放射線が放射される環境では、放射線防護のために、放射線を遮蔽する材料で構成された放射線防護部材が用いられている。
【0003】
従来、放射線を遮蔽する材料として鉛が用いられていた。鉛を用いた放射線防護部材としては、シート状の放射線防護シートが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、鉛フリーの観点から、鉛の代わりにタングステンを用いた放射線防護シートが検討されている。具体的には、タングステン粒子によって構成されたタングステンシートが検討されている。
【0006】
しかしながら、タングステンシートにおいてタングステンの組成量(タングステン比率)を高くすると、薄くて柔軟性を有するタングステンシートを得ることが難しくなる。
【0007】
本発明は、タングステンの組成量が高くても、薄くて柔軟性を有するタングステンシート等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るタングステンシートの一態様は、タングステン層を有するタングステンシートであって、前記タングステン層は、バインダ樹脂と、前記バインダ樹脂に分散されたタングステン粒子とを有し、前記タングステン層におけるタングステンの組成量は、70重量%以上であり、前記複数のタングステン粒子の各々は、平均粒径を所定値a[μm]とするタングステン粒子であり、前記所定値aは、1μmより大きく且つ15μm未満の範囲内の値である。
【0009】
また、本発明に係る放射線防護服の一態様は、上記のタングステンシートを用いたものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、タングステンの組成量が高くても、薄くて柔軟性を有するタングステンシートを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施の形態に係るタングステンシートの斜視図である。
【
図2】実施の形態に係るタングステンシートの断面の一部を模式的に示す図である。
【
図3】実施の形態に係るタングステンシートの製造方法において、混合溶液を作製する工程を説明するための図である。
【
図4】実施の形態に係るタングステンシートの製造方法において、混合溶液を乾燥させてタングステンシートを作製する工程を説明するための図である。
【
図5】タングステンシートにおけるタングステン層の厚さとX線遮蔽率との関係を示す図である。
【
図6】タングステンの組成量が95重量%の場合における、タングステンシートの厚みとタングステン層におけるタングステン粒子の量とX線遮蔽率との測定結果を示す図である。
【
図7】X線管電圧110KeV時のX線透過率とシート面積当りのタングステン粒子の重量との関係を示す図である。
【
図8】平均粒径φが15μmのタングステン粒子を用いて作製したタングステンシートの断面の一部を模式的に示す図である。
【
図9】平均粒径φが1μmのタングステン粒子を用いて作製したタングステンシートの断面の一部を模式的に示す図である。
【
図10】水とタングステン粉末とが入ったメスシリンダを一日放置したときの様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。したがって、以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態等は、一例であって本発明を限定する主旨ではない。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。なお、各図は模式図であり、必ずしも厳密に図示されたものではない。
【0013】
(実施の形態)
まず、実施の形態に係るタングステンシート1の構成について、
図1及び
図2を用いて説明する。
図1は、実施の形態に係るタングステンシート1の斜視図である。
図2は、同タングステンシートの断面の一部を模式的に示す図である。
【0014】
図1に示すように、タングステンシート1は、タングステン層10を有する薄いシート状のシート部材である。本実施の形態におけるタングステンシート1は、柔軟性を有するとともに弾性変形可能なゴム弾性を有する。したがって、
図1に示すように、タングステンシート1は、布のように折り曲げたり丸めたりすることができる。つまり、タングステンシート1を折り曲げたり丸めたりしたとしても、タングステンシート1は、割れたり欠けたりせず、破損しない。
【0015】
図2に示すように、タングステン層10は、バインダ樹脂11と、バインダ樹脂11に含まれる複数のタングステン粒子12とを有する。複数のタングステン粒子12は、タングステンシート1の全体にわたってバインダ樹脂11内に均等に分散されているとよい。
【0016】
バインダ樹脂11は、複数のタングステン粒子12を結着させるための結合剤である。バインダ樹脂11としては、熱可塑性樹脂を用いることができる。具体的には、バインダ樹脂11は、アクリル酸エステルやアクリル酸ニトリル等のアクリル樹脂を用いることができる。なお、バインダ樹脂11は、アクリル樹脂に限るものではなく、ウレタン樹脂又はエポキシ樹脂等、水溶性の熱可塑性樹脂であれば種々の材料を用いることができる。
【0017】
本実施の形態では、バインダ樹脂11として、アクリル酸エステルを用いている。このように、バインダ樹脂11としてアクリル酸エステルを用いることで、柔軟性及びゴム弾性を有するタングステンシート1を容易に作製することができる。
【0018】
このように構成されるタングステンシート1は、例えば、放射線を遮蔽できる放射線防護シートとして用いることができる。この場合、タングステンシート1は、放射線を吸収したり散乱したりすることで放射線を遮蔽する。
【0019】
タングステンシート1を放射線防護シートとして用いる場合、タングステン層10におけるタングステン(W)の組成量は、高い方がよい。したがって、本実施の形態では、タングステン層10におけるタングステンの組成量(タングステン含有比率)は、70重量%以上としている。より放射線を遮蔽するとの観点では、タングステン層10におけるタングステンの組成量は、さらに高い方がよく、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上である。本実施の形態において、タングステン層10におけるタングステンの組成量は、95重量%である。
【0020】
このように、本実施の形態におけるタングステンシート1では、タングステン比率が高くなっており、タングステン層10内においてタングステンが高密度で存在している。したがって、タングステン層10ではタングステン粒子12が密集して存在している。好ましくは、タングステン粒子12は、バインダ樹脂11内で最密充填されているとよい。
【0021】
タングステン粒子12は、純タングステン(純度99.99質量%以上)によって構成されている。バインダ樹脂11内に分散されたタングステン粒子12(タングステン粉末)の平均粒径は、1μmよりも大きく、15μm未満であるとよく、好ましくは3μm以上12μm以下であり、より好ましくは5μm以上10μm以下であり、特に、9μm±10%であるとよい。本実施の形態において、バインダ樹脂11内に分散されたタングステン粒子12の平均粒径φは、9μmである。タングステン粒子12は、例えば、三酸化タングステン粉を水素雰囲気下で水素還元することによって得ることができる。
【0022】
なお、本明細書において、タングステン粒子12(タングステン粉末)の平均粒径とは、例えばレーザー回折・散乱方式での粒度分布測定機により求めた粒径のメジアン値である。タングステン粉末については一般的にフィッシャー法(FSSS)により求められることが多いが、この方法での測定値とは必ずしも一致しない。したがって、
図1に示すように、タングステン層10内に分散された複数のタングステン粒子12については、各々の粒径が全て一致しているとは限らない。また、タングステン粒子12の形状も不定形であり、球状に限るものではない。つまり、
図1において、タングステン粒子12は模式的に示されている。このことについては、後述の
図8及び
図9でも同様である。
【0023】
本実施の形態におけるタングステンシート1は、3層構造であり、タングステン層10の他に、さらに、第1基材層21と第2基材層22とを有する。タングステン層10は、第1基材層21と第2基材層22とに挟まれている。具体的には、第1基材層21の上にタングステン層10が形成され、タングステン層10の上に第2基材層22が形成されている。
【0024】
第1基材層21及び第2基材層22としては、例えば、織物(織布)や不織布等の布帛、紙又は樹脂膜等の柔軟性を有するシート材を用いることができる。なお、第1基材層21と第2基材層22とは同じ材料であってもよいし、異なる材料であってもよい。本実施の形態では、第1基材層21と第2基材層22とは、いずれも織物を用いている。また、第1基材層21の厚さt1と第2基材層22の厚さt2は、タングステン層10の厚さtWよりも薄い方がよいが、これに限らない。
【0025】
タングステンシート1は、全領域においてほぼ一定の厚さであり、タングステンシート1の表面全体は平坦面である。タングステンシート1の厚さtは、1.0mm以下であり、好ましくは0.1mm以上0.8mm以下であるとよい。タングステンシート1の厚さtは、より好ましくは0.5mm以下であり、さらに、0.3mm以下であるとよい。
【0026】
なお、本実施の形態におけるタングステンシート1は、厚さtが0.5mmである。この場合、タングステン層10の厚さtWは、0.45mであり、第1基材層21の厚さt1は、0.025mmであり、第2基材層22の厚さt2は、0.025mmである。
【0027】
このように構成されるタングステンシート1は、放射線防護性能に優れていながらも折り曲げても割れたり欠けたりせずに破損することがない。したがって、タングステンシート1は、放射線防護シートとして、放射線防護服等の衣服に用いることができる。
【0028】
次に、本実施の形態に係るタングステンシート1の製造方法について、
図3及び
図4を用いて説明する。
図3は、実施の形態に係るタングステンシート1の製造方法において、混合溶液13を作製する工程を説明するための図である。
図4は、実施の形態に係るタングステンシート1の製造方法において、混合溶液13を乾燥させてタングステンシート1を作製する工程を説明するための図である。
【0029】
まず、
図3に示すように、バインダ樹脂11である水溶性の熱可塑性樹脂と水と助剤とを含む熱可塑性樹脂溶液11Aを用意し、この熱可塑性樹脂溶液11Aに無数のタングステン粒子12からなるタングステン粉末12Aを投入して混練し、所定の液粘度に調整されたペースト状の混合溶液13(ペースト液)を作製する。
【0030】
なお、混合溶液13の作製手順は、これに限るものではなく、先にタングステン粉末12Aを水分散させ、その後、水分散させたタングステン粉末12Aに水溶性の熱可塑性樹脂と助剤とを混合して混錬することによって混合溶液13を作製してもよい。
【0031】
本実施の形態における混合溶液13では、熱可塑性樹脂溶液11Aとして、水溶性の熱可塑性樹脂のアクリル酸エステルと水と助剤とによって構成されたエマルジョンを用い、タングステン粉末12Aとして、平均粒径φが9μmのタングステン粒子12を用いた。この場合、成形後のタングステン層10のタングステンの組成量が95重量%となるように、混合溶液13の固形分を85重量%とした。なお、熱可塑性樹脂溶液11Aに含まれる助剤として、混合溶液13の粘度を調整する粘度調整剤を用いた。また、混合溶液13には、その他に硬化剤又は架橋剤等の添加剤が含まれていてもよい。
【0032】
このように構成される混合溶液13は、熱可塑性樹脂溶液11Aにタングステン粉末12Aが分散されたディスパージョンである。また、混合溶液13の液粘度は、2000~50000mPa・sであるとよい。この範囲の液粘度に調整することによって、混合溶液13内に多量のタングステン粒子12を均一に分散させることができる。これにより、混合溶液13を乾燥させたときに、バインダ樹脂11内に均一且つ密な状態でタングステン粒子12を存在させることができる。つまり、薄くて高密度のタングステン層10を形成することができる。
【0033】
混合溶液13を作製した後は、
図4に示すように、第1基材層21と第2基材層22との間に混合溶液13を挟み込み、混合溶液13を挟み込んだ第1基材層21と第2基材層22との積層体を第1ローラ110と第2ローラ120とで圧着し、熱風乾燥炉130で加熱乾燥させる。
【0034】
具体的には、まず、供給ローラ等によって原反ロール(不図示)から第1基材層21及び第2基材層22を移送し、移送される下側の第1基材層21の上面に混合溶液13を供給するとともに、供給した混合溶液13の上から第2基材層22を重ね合わせて、混合溶液13を挟み込んだ状態の第1基材層21及び第2基材層22を、第1ローラ110と第2ローラ120とで圧着しながら移送する。本実施の形態では、第1基材層21及び第2基材層22として織物を用いている。
【0035】
圧着された第1基材層21と混合溶液13と第2基材層22との積層体は、熱風乾燥炉130に移送されて、熱風乾燥炉130で熱風乾燥される。これにより、第1基材層21と第2基材層22との間に挟まれた混合溶液13が乾燥して、第1基材層21と第2基材層22との間にタングステン層10が成形される。このようにして、第1基材層21と第2基材層22との間に密着されたタングステン層10を有するタングステンシート1を作製することができる。なお、第1基材層21と混合溶液13と第2基材層22との積層体を乾燥させるときの乾燥条件は、一例として、乾燥温度(熱風乾燥炉130の温度)が125℃で、乾燥時間が数分程度である。
【0036】
次に、このようにして作製されたタングステンシート1におけるタングステン層10の厚さt
WとX線遮蔽率との関係について、
図5を用いて説明する。
図5は、タングステンシート1におけるタングステン層の厚さt
WとX線遮蔽率との関係を示す図である。
図5において、四角印(■)、三角印(▲)及び丸印(●)はそれぞれ、タングステン層10におけるタングステンの組成量を、75重量%、85重量%、95重量%としたときのタングステン層の厚みt
WとX線遮蔽率との実測値を示している。また、一点鎖線、破線及び実線は、それぞれ、四角印(■)、三角印(▲)及び丸印(●)の近似曲線である。近似曲線は、例えば最小二乗法により算出することができる。
【0037】
各タングステンシート1におけるX線遮蔽率の測定は、「JIS T 61331-1 診断用X線に対する防護用具-第1部:材料の減弱特性の決定方法」に準じて行った。また、タングステンシート1は、三層構造であり、第1基材層21の厚さt1及び第2基材層22の厚さt2は、0.04mmとし、タングステン粒子12の平均粒径φは9μmとした。
【0038】
なお、タングステンの組成量が95重量%の場合については、タングステンシート1の厚みtとタングステン層10におけるタングステン粒子12の量(タングステン量)とX線遮蔽率との測定結果を
図6に示す。
【0039】
この結果、
図5の一点鎖線で示すように、タングステン層10におけるタングステンの組成量が75重量%の場合には、タングステン層10の厚さを約1.12mm以上にすることで、目標とする80重量%のX線遮蔽率を得ることができる。
【0040】
また、
図5の破線で示すように、タングステン層10におけるタングステンの組成量が85重量%の場合には、タングステン層10の厚さを約0.68mm以上にすることで、目標とする80重量%のX線遮蔽率を得ることができる。
【0041】
また、
図5の実線で示すように、タングステン層10におけるタングステンの組成量が95重量%の場合には、タングステン層10の厚さを約0.46mm以上にすることで、目標とする80重量%のX線遮蔽率を得ることができる。この場合、
図6に示すように、タングステン層10に含まれるタングステン粒子12の量は、3000g/m
2以上となっている。つまり、タングステン層10に含まれるタングステン粒子12の量を3000g/m
2以上にすることで、X線遮蔽率が80重量%以上のタングステンシート1を得ることができる。
【0042】
さらに、タングステン粒子の量(タングステン量)とX線透過率との関係について実験を行ったところ、
図7に示す結果が得られた。
図7は、遮蔽率X線管電圧110KeV時のX線透過率とシート面積当りのタングステン粒子の重量との関係を示す図である。
【0043】
図7に示すように、タングステン粒子の重量とX線透過率とは比例関係になっていることが分かった。したがって、タングステン粒子の重量とX線遮蔽率とについても比例関係になる。したがって、タングステン層10に含まれるタングステン粒子12の量を調整することによって、所望のX線遮蔽率を有するタングステンシート1を容易に作製することができる。
【0044】
次に、本実施の形態に係るタングステンシート1の特徴について、本発明に至った経緯を含めて説明する。
【0045】
従来、放射線防護シートには、放射線遮蔽材料として鉛が用いられていたが、本発明者らは、鉛に代替する放射線遮蔽材料としてタングステンを用いて放射線防護シートを作製することを検討した。具体的には、タングステン粒子をバインダ樹脂で結着させたタングステン層を有するタングステンシートを作製することを検討した。
【0046】
このようなタングステンシートを用いて高い放射線防護性能を有する放射線防護シートを得るには、タングステン層におけるタングステンの組成量を高くするとよい。
【0047】
しかしながら、タングステン層におけるタングステンの組成量を高くしようとしてタングステン粒子の粒径を大きくしたりタングステン粒子の量を増やしたりしたりして実際にタングステンシートを作製してみたところ、タングステン粒子の粒径サイズによっては、薄くて柔軟性を有するタングステンシートを得ることが難しいことが分かった。
【0048】
具体的には、
図8に示すように、平均粒径φが15μmと比較的に粒径サイズが大きなタングステン粒子12Xを用いてタングステンの組成量が70重量%以上のタングステン層10Xを有するタングステンシート1Xを作製した場合、得られたタングステンシート1Xは、柔軟性を有しておらず、曲げたときに割れてしまった。これは、タングステンの組成量が70重量%以上のタングステン層10Xは金属質になっており、タングステン粒子12Xとバインダ樹脂11との接触部分が少ないために、タングステン層10Xが脆くなったからであると考えられる。
【0049】
しかも、平均粒径が大きなタングステン粒子12Xを用いてタングステンの組成量が70重量%以上のタングステン層10Xを成形すると、タングステン粒子12Xの平均粒径が大きいために、タングステンシート1X(タングステン層10X)の厚みが厚くなってしまい、薄いタングステンシートを得ることが難しかった。
【0050】
一方、
図9に示すように、平均粒径φが1μmと比較的に粒径サイズが小さなタングステン粒子12Yを用いてタングステンの組成量が70重量%以上のタングステン層10Yを有するタングステンシート1Yを作製した場合、タングステン粒子12Yがバインダ樹脂11内で密な状態で存在せずに、バインダ樹脂11がタングステン粒子12Y同士の間に入り込みすぎる状態になってしまうことが判明した。つまり、タングステン粒子12Yとバインダ樹脂11との絡みが多すぎる状態になってしまうことが分かった。
【0051】
この原因を調べるために、平均粒径φが1μm、9μm、15μmのタングステン粒子について、タングステン粒子(タングステン粉末)と水とが入ったメスシリンダを混合して一日放置する実験を行った。
図10は、その実験結果を模式的に示している。なお、
図10では、メスシリンダ内にタングステン粒子が存在する領域(タングステン粒子存在領域12R)を散点状のハッチングで示している。
【0052】
図10に示すように、タングステン粒子の平均粒径φが9μmの場合は、タングステン粒子はメスシリンダの下方に凝集して沈降し、タングステン粒子存在領域12Rは、メスシリンダの下方に存在していた。なお、平均粒径φが10μmのタングステン粒子についても同様の実験を行ったところ、タングステン粒子の平均粒径φが9μmの場合と同様の結果が得られた。
【0053】
一方、タングステン粒子の平均粒径φが15μmの場合は、タングステン粒子がメスシリンダの下方に凝集して沈降せず、平均粒径φが9μmのタングステン粒子の場合と比べて、メスシリンダ内のタングステン粒子存在領域12Rが広くなった。これは、タングステン粒子の粒径サイズが大きくなったために、タングステン粒子を含む溶液がエマルジョン状態にならなかったから等の理由が考えられる。
【0054】
また、タングステン粒子の平均粒径φが1μmの場合も、タングステン粒子がメスシリンダの下方に凝集して沈降せず、平均粒径φが9μmのタングステン粒子と比べて、メスシリンダ内のタングステン粒子存在領域12Rが広くなった。この場合、タングステン粒子存在領域12Rにおいて、タングステン粒子が溶液中に浮遊している状態になっていることが観察された。このように、タングステン粒子の粒径サイズが小さいにも関わらずタングステン粒子が溶液中に広範囲にわたって分布する理由は、タングステン粒子の粒径サイズが小さいために、タングステン粒子があまり沈降せずに溶液中に浮遊しているからであると考えられる。
【0055】
この実験結果により、平均粒径φが小さいタングステン粒子によって構成された混合溶液13を用いてタングステン層を成形すると、
図9に示すように、タングステン粒子12Yとバインダ樹脂11との絡みが多すぎる状態となり、タングステン粒子12Yがバインダ樹脂11内で密に存在しない状態で分布してしまうのではないかと推測される。この結果、平均粒径φが小さいタングステン粒子を用いて所定値以上のX線遮蔽率を有するタングステンシートにするには、タングステンシートの厚みを厚くせざるを得なくなる。
【0056】
以上のように、本願発明者の検討結果によれば、タングステン粒子と水溶性の熱可塑性樹脂との混合溶液によってタングステンの組成量が高いタングステン層を成形する場合には、タングステン粒子の粒径は大きすぎても小さすぎても薄くて柔軟性を有するタングステンシートを得ることができないことが分かった。つまり、タングステンの組成量が高いタングステン層であるにも関わらず薄くて柔軟性を有するタングステンシートを得るには、タングステン粒子の粒径サイズを適切に選択する必要があることが分かった。
【0057】
具体的には、本願発明者らの実験及び検討によれば、タングステン層10におけるタングステンの組成量が70%以上の場合には、タングステン層10における複数のタングステン粒子12の平均粒径が1μmを下回ると、タングステン層10の厚みが急激に厚くなってしまい、薄いタングステンシート1を得ることが難しくなることが分かった。一方、タングステン層10における複数のタングステン粒子12の平均粒径が15μmを上回ると、タングステン層10が脆くなって柔軟性を有するタングステンシート1を得ることが難しくなることが分かった。
【0058】
そこで、本実施の形態に係るタングステンシート1では、タングステン層10における複数のタングステン粒子12の平均粒径を、1μmよりも大きく、15μm未満としている。
【0059】
この構成により、タングステン層10におけるタングステンの組成量が70%以上であっても、薄くて柔軟性を有するタングステンシート1を得ることができる。
【0060】
また、本実施の形態に係るタングステンシート1において、タングステン層10におけるタングステンの組成量は、80重量%以上、より好ましくは、90重量%以上であるとよい。
【0061】
同じ厚さのタングステンシートであれば、タングステン層10におけるタングステンの組成量が高ければ高いほど、X線遮蔽率を高くすることができる。その一方で、タングステン層10におけるタングステンの組成量が高くなると、タングステン層10が金属質になってしまい、薄くて柔軟性を有するタングステンシートを得にくくなるが、複数のタングステン粒子12の平均粒径を1μm~15μm以下にすることで、薄くて柔軟性を有するタングステンシート1を容易に得ることができる。
【0062】
特に、タングステンの組成量(タングステン含有比率)が90重量%以上の高密度のタングステンシート1は、薄くて柔軟性に富み、かつ、高いX線遮蔽率を確保することができるので、稼動域の大きい防護服等の生地としての利用が可能になる。
【0063】
この場合、複数のタングステン粒子12の平均粒径は、5μm以上10μm以下であるとよい。本願発明者らの実験によれば、タングステン粒子12の平均粒径φを5μm以上10μm以下にすることで、タングステンがより高密度で薄いタングステン層10を容易に成形することができることが分かった。つまり、これまでは、タングステンの組成量(含有比率)を高くしてタングステンを高密度にすると、薄くて柔軟性を有するタングステンシートを作製することは困難であると考えられていたが、本願発明者らの実験により、タングステン粒子12の平均粒径φを一定の範囲に絞ることで、タングステンの組成量が高くても、薄いタングステンシートが得られることが分かった。
【0064】
特に、タングステンの組成量が90重量%を超えると(例えば95%重量)、薄いタングステンシートを作製することは極めて困難であったが、本願発明者らが鋭意検討した結果、タングステン粒子12の平均粒径を5μm以上10μm以下にすることで、タングステンの組成量が90重量%を超えていても、薄くて柔軟性を有するタングステンシート1を作製できることを見出した。
【0065】
さらに、複数のタングステン粒子12の平均粒径は、9μm±10%であるとよい。本願発明者らの実験によれば、平均粒径φが9μmのタングステン粒子12を用いてタングステン層を形成することで、タングステンが高密度で且つ最も薄くて柔軟性を有するタングステン層10を成形することができることが分かった。また、タングステン粒子12の平均粒径φが多少ばらついても同様の効果が得られることも分かった。したがって、複数のタングステン粒子12の平均粒径を±10%にすることで、タングステン層10におけるタングステンの組成量が90重量%以上であっても、薄くて柔軟性を有するタングステンシート1を容易に作製することができた。
【0066】
また、本実施の形態におけるタングステンシート1は、例えば80%以上のX線遮蔽率を得ることができるので、放射線防護シートとして用いることができる。
【0067】
また、放射線防護シートであるタングステンシート1は、X線検査技師等が着用する防護エプロン(重装エプロン)等の放射線防護服等の衣服に適用することができる。例えば、タングステンシート1を衣服に用いる場合、タングステンシート1は薄い方がよい。この場合、タングステンシート1の厚さtとしては、0.8mm以下であるとよく、より好ましくは0.5mm以下である。したがって、平均粒径が1μm~15μm以下のタングステン粒子12を用いることで、衣服に適した厚さtが0.5mm以下の薄いタングステンシート1を得ることができる。具体的には、0.25mm鉛相当量の防護エプロンであれば、タングステンシート1の厚さは0.5mm以下であるとよい。
【0068】
また、本実施の形態におけるタングステンシート1は、放射線防護シートとして用いられるだけではなく、耐熱シート又は防音シートとして用いられてもよい。つまり、タングステンシート1は、放射線防護用途だけではなく、耐熱用途、防音用途や遮音用途、又は、制振用途等の種々の用途に利用することができる。
【0069】
(変形例)
以上、本発明に係るタングステンシートについて、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではない。
【0070】
例えば、上記実施の形態では、タングステンシート1は、タングステン層10が第1基材層21と第2基材層22とに挟まれた3層構造であったが、これに限らない。具体的には、第1基材層21及び第2基材層22のいずれか一方のみとタングステン層10とで構成された2層構造のタングステンシートであってもよい。例えば、タングステンシートは、第1基材層21と、第1基材層21の表面に形成されたタングステン層10とによって構成されていてもよい。
【0071】
さらに、タングステンシートは、タングステン層10のみの単層で構成されていてもよい。この場合、タングステン層10のみを成形することでタングステンシートを作製してもよいが、第1基材層21の上にタングステン層10を成形し、その後、第1基材層21を剥がすことで、タングステン層10のみを有するタングステンシートを作製してもよい。この場合、第1基材層21は離型シートとして用いることができる。
【0072】
また、上記実施の形態において、タングステンシート1は、放射線防護服等の衣服に用いる場合について説明したが、衣服以外のその他の製品に用いてもよい。例えば、タングステンシート1は、手袋又はネックガード等の人が身に着ける物品に用いてもよい。また、タングステンシート1は、人が身に着ける物品以外の種々の物品に用いてもよい。
【0073】
その他、上記の実施の形態に対して当業者が思いつく各種変形を施して得られる形態、又は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で上記の実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0074】
1、1X、1Y タングステンシート
10、10X、10Y タングステン層
11 バインダ樹脂
11A 熱可塑性樹脂溶液
12、12X、12Y タングステン粒子
12A タングステン粉末
12R タングステン粒子存在領域
13 混合溶液
21 第1基材層
22 第2基材層
110 第1ローラ
120 第2ローラ
130 熱風乾燥炉