(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-29
(45)【発行日】2024-09-06
(54)【発明の名称】電界変形エラストマーの製造方法及び駆動方法
(51)【国際特許分類】
C08L 101/12 20060101AFI20240830BHJP
C08L 83/05 20060101ALI20240830BHJP
C08K 5/101 20060101ALI20240830BHJP
C08K 5/107 20060101ALI20240830BHJP
C08J 3/24 20060101ALI20240830BHJP
【FI】
C08L101/12
C08L83/05
C08K5/101
C08K5/107
C08J3/24 Z CFH
(21)【出願番号】P 2020027869
(22)【出願日】2020-02-21
【審査請求日】2023-02-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物名 第66回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集 発行所 応用物理学会 発行日 平成31年2月25日 〔刊行物等〕 刊行物名 2019年日本液晶学会討論会 予稿集 発行所 日本液晶学会 発行日 令和1年8月19日 〔刊行物等〕 集会名 イノベーションジャパン2019 (東京都江東区青海1-2-33 東京ビッグサイト) 開催日 令和1年8月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】597040902
【氏名又は名称】学校法人東京工芸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109553
【氏名又は名称】工藤 一郎
(72)【発明者】
【氏名】平岡 一幸
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-131496(JP,A)
【文献】特開2018-070857(JP,A)
【文献】特開2003-205496(JP,A)
【文献】特開平09-203887(JP,A)
【文献】特表2018-509639(JP,A)
【文献】特開2007-045759(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0049768(US,A1)
【文献】特開2016-047880(JP,A)
【文献】特開2016-044290(JP,A)
【文献】平岡一幸,アニソメトリック型メソゲンを用いた液晶エラストマーのフレクソエレクトリック効果,繊維学会予稿集,74巻、第1号,日本,一般社団法人繊維学会,2019年06月05日,ROMBUNNO.1P161
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
C08G 77/00-77/62
C08J 3/00-3/28
C09K 19/00-19/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性構造材として機能させるためのバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーと共有結合するくさび型液晶分子と、バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子との反応を揮発性溶媒中で開始させて反応構造体を得る反応開始ステップと、
反応開始後前記揮発性溶媒が完全に揮発する前に、前記反応構造体に引張応力を印加して広がり変形を与える広がり変形付与ステップと、
を有し、
前記反応構造体を、広がり変形して架橋して分極している状態にする電界変形エラストマーの製造方法。
【請求項2】
広がり変形付与ステップの後に残りの揮発性溶媒を揮発させて広がり変形の引張応力を印加されているくさび型液晶分子の配列を固定する固定ステップをさらに有する請求項
1に記載の電界変形エラストマーの製造方法。
【請求項3】
弾性構造材として機能させるためのバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーと共有結合するバナナ型液晶分子と、バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子との反応を揮発性溶媒中で開始させて反応構造体を得る反応開始ステップと、
反応開始後前記揮発性溶媒が完全に揮発する前に、前記反応構造体に引張応力を印加して曲がり変形を与える曲がり変形付与ステップと、
を有し、
前記反応構造体を、曲がり変形して架橋して分極している状態にする電界変形エラストマーの製造方法。
【請求項4】
曲がり変形付与ステップの後に残りの揮発性溶媒を揮発させて曲がり変形の引張応力を印加されているバナナ型液晶分子の配列を固定する固定ステップをさらに有する請求項
3に記載の電界変形エラストマーの製造方法。
【請求項5】
請求項
1から請求項
4のいずれか一に記載の電界変形エラストマーの製造方法によって製造された電界変形エラストマーの駆動方法であって、
上記製造された電界変形エラストマーにエネルギーを付与するエネルギー付与ステップと、
電界変形エラストマーに電界を印加する電界印加ステップと、
を有する電界変形エラストマーの駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界に応答し変形するエラストマーに関する。
【背景技術】
【0002】
電界に応答し変形するエラストマーとして液晶エラストマーがある。液晶エラストマーは、液晶の性質とエラスマーの性質とを併せ持っており、ゴムのような弾性を有する個体でありながら、液晶の性質である電界応答性をも有している。このような特徴的な性質を有することから、人工筋肉やアクチュエータなどへの応用が期待されている。また、透明かつ柔軟な電極をフィルム状の液晶エラストマーの両面にコーティングすることでフィルム状ディスプレイの材料としても注目されている。
【0003】
液晶エラストマーをより広汎に応用可能とするためには、より広い温度範囲においても電界に応答して変形することが求められている。本発明者はこの要請に応じて、等方相の温度領域において電界に応答して変形する液晶エラストマーを実現した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、液晶特有の性質として「フレクソエレクトリック効果」というものがある。これは、液晶分子がネマチック液晶相において曲がり変形(bend)や広がり変形(spray)することで分極が発生する現象である。ネマチック液晶相は流動性を有するため、これらの変形とそれにより生じる分極を固定化することができず、従来はフレクソエレクトリック効果による分極現象を機能として利用することが困難であった。
【0006】
そこで、本発明では、ネマチック液晶相を有する液晶高分子を、曲がり変形や広がり変形させつつ架橋することにより、フレクソエレクトリック効果を固定化して巨視的な分極を発現させ、その分極の電界応答による変形を利用し得る液晶エラストマーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明において、以下の電界変形エラストマーなどを提供する。すなわち、第一の発明として、分極した有機高分子をその分極方向を過半の有機高分子にてそろえて固定又は半固定された状態で含み、印加電界で変形をする電界変形エラストマーを提供する。
【0008】
また、第二の発明として、前記有機高分子は、構造材として機能させるためのポリマーであるバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーに側鎖として共有結合するとともに、前記ポリマーと非相溶性である分極有機分子と、前記バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子と、からなる第一の発明に記載の電界変形エラストマーを提供する。
【0009】
また、第三の発明として、前記分極有機分子は、液晶分子である第二の発明に記載の電界変形エラストマーを提供する。
【0010】
また、第四の発明として、前記分極有機分子は、加えられる応力によって分極方向の整列が可能な分子形状である第二の発明又は第三の発明に記載の電界変形エラストマーを提供する。
【0011】
また、第五の発明として、前記整列は、スメクチックA相と、等方相の相転移の間に相当するネマチック相にて現れる整列である第三の発明に従属する第四の発明に記載の電界変形エラストマーを提供する。
【0012】
また、第六の発明として、前記液晶分子はメソゲン又は/及びメソゲン骨格を有する液晶分子である第三の発明又は、第三の発明に従属する第四の発明又は第五の発明に記載の電界変形エラストマーを提供する。
【0013】
また、第七の発明として、弾性構造材として機能させるためのバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーと共有結合するくさび型液晶分子と、バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子との反応を揮発性溶媒中で開始させて反応構造体を得る反応開始ステップと、反応開始後前記揮発性溶媒が完全に揮発する前に、前記反応構造体に引張応力を印加して広がり変形を与える広がり変形付与ステップと、を有する電界変形エラストマーの製造方法を提供する。
【0014】
また、第八の発明として、広がり変形付与ステップの後に残りの揮発性溶媒を揮発させて広がり変形の引張応力を印加されているくさび型液晶分子の配列を固定する固定ステップをさらに有する第七の発明に記載の電界変形エラストマーの製造方法を提供する。
【0015】
また、第九の発明として、弾性構造材として機能させるためのバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーと共有結合するバナナ型液晶分子と、バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子との反応を揮発性溶媒中で開始させて反応構造体を得る反応開始ステップと、反応開始後前記揮発性溶媒が完全に揮発する前に、前記反応構造体に引張応力を印加して曲がり変形を与える曲がり変形付与ステップと、を有する電界変形エラストマーの製造方法を提供する。
【0016】
また、第十の発明として、曲がり変形付与ステップの後に残りの揮発性溶媒を揮発させて曲がり変形の引張応力を印加されているバナナ型液晶分子の配列を固定する固定ステップをさらに有する第九の発明に記載の電界変形エラストマーの製造方法を提供する。
【0017】
また、第十一の発明として、第七の発明から第十の発明のいずれか一に記載の電界変形エラストマーの製造方法によって製造された電界変形エラストマーの駆動方法であって、上記製造された電界変形エラストマーにエネルギーを付与するエネルギー付与ステップと、電界変形エラストマーに電界を印加する電界印加ステップと、を有する電界変形エラストマーの駆動方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
以上のような構成の本発明によって、フレクソエレクトリック効果を固定化して巨視的な分極を発現させ、その分極の電界応答による変形を利用し得る電界変形エラストマーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】液晶エラストマーの構造を簡易に示した概念図
【
図3】くさび型の液晶分子の場合のフレクソエレクトリック効果を説明する概念図
【
図4】バナナ型の液晶分子の場合のフレクソエレクトリック効果を説明する概念図
【
図5】バックボーンポリマー、液晶分子、クロスリンカー分子として例示した各分子を用いて液晶エラストマーを合成する態様を示す図
【
図6】広がり変形を与えながら得た液晶エラストマーの一例を示す概念図
【
図7】電界変形エラストマーの製造方法として好ましい一態様を示すフロー図
【
図9】電界変形エラストマーの駆動方法を示すフロー図
【
図10】電界応答による変形を観察するための観察用セルの概念図
【
図11】広がり変形した試料の電界印加による曲がり変形の観測結果を示す概念図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、図を用いて本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明はこれら実施の形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
<実施形態>
<構成>
【0021】
図1を用いて電界変形エラストマーとなり得るものの代表例として、液晶エラストマーについて概説する。液晶エラストマーは、電界応答性を付与する液晶分子をエラスマーに結合させた物質である。なお、本発明に係る電界変形エラストマーは液晶エラストマーに限らず、電界応答性を付与し得る分子などをエラストマーと結合させることで構成されるエラストマーであって、電界応答により変形するエラストマーがひろく含まれる。なお、以下の説明においては、主に液晶分子を結合させた液晶エラストマーを電界変形エラストマーとして説明する。
【0022】
図1に示すように、液晶エラストマーは図中の左側に示すエラストマーと、図中の右側で示される液晶分子とが化学的に結合したものである。エラストマーは、一般的には架橋された高分子であり弾性を有する。
【0023】
液晶とは、ある種の分子において結晶と液体の中間的な状態として現れる状態であり、図示するように、分子が配向秩序を全くもたない等方相(a)に対して、配向秩序をもちつつ三次元的な位置秩序がないネマチック相(b)や層構造を有するスメクチック相(c、d)を液晶相という。
図13は、より立体的に示した概念図であり、等方相(a)、ネマチック相(b)、スメクチックA相(c)、結晶(d)を示している。
【0024】
図2は、液晶高分子の構造を簡易に示した概念図である。液晶高分子は大別すると主鎖型と、側鎖型がある。主鎖型液晶高分子は、
図2(a)に示すようにメソゲン又はメソゲン基と呼ばれる棒状もしくは板状の剛直なグループ(芳香環等)を骨格に導入したメソゲン骨格を有する液晶分子0201を、主鎖0202に直列的に取り込んだ構造をとる。側鎖型液晶高分子は、
図2(b)に示すように液晶分子0203の一方の端が主鎖0204と結合している。そして、液晶エラストマーは、上述した液晶高分子の主鎖どうしを架橋分子により結び付けた(架橋結合)構造となっている。
【0025】
図2に示したように、側鎖型液晶高分子の方が主鎖型液晶高分子より、主鎖による液晶高分子の拘束の度合いが低いため、側鎖型の液晶エラストマーの方が主鎖型の液晶エラストマーよりも液晶分子の分子運動性に優れ、変動磁場や電場などの外的刺激に対する応答性が高い。本発明における液晶エラストマーも側鎖型の液晶エラストマーであることが好ましい。
【0026】
本発明の液晶エラストマーは、分極した有機高分子をその分極方向を過半の有機高分子にてそろえて固定又は半固定された状態で含み、印加電界で変形をするものである。
【0027】
有機高分子は、液晶エラストマーを構成する基本的な要素としての高分子を意味し、主鎖(バックボーンポリマー)と、主鎖や側鎖に結合している液晶分子(分極有機分子)及び主鎖間を架橋する架橋分子(クロスリンカー分子)とからなる。そして、このような有機高分子が重合、架橋結合することで液晶エラストマーが形成される。
【0028】
また、有機高分子の分極は、有機高分子を構成する所定の部分が電荷をもつことで全体として電気双極子モーメントを持つことを言う。例えば、液晶分子が異方的な形状を有することにより、その液晶分子は大きな電気双極子モーメントを持つ場合がある。異方的な形状としては、くさび型の液晶分子やバナナ型の液晶分子が知られている。
【0029】
図3は、くさび型の液晶分子がネマチック相にある場合のフレクソエレクトリック効果を説明する概念図である。
図3(a)に示すように、個々のくさび型の液晶分子0301は図中の矢印で示すように電気双極子モーメント0302を持っている(分極している)。そして、通常の状態では、向きを互い違いにして各々の液晶高分子が配列するため、個々の電気双極子モーメントが互いに打ち消し合い全体としての分極はほとんど発現しない。
【0030】
しかし、
図3(b)に示すように、広がり変形することで、各々の液晶高分子の電気双曲子モーメントがそろうように配列する。このように各々の液晶高分子の分極方向がそろって配列すると、各々の液晶高分子の電気双極子モーメントは互いに打ち消し合うことなく、全体としての分極0303が発現する。
【0031】
図4は、バナナ型の液晶分子の場合のフレクソエレクトリック効果を説明する概念図である。
図4(a)に示すように、個々のバナナ型の液晶分子0401は図中の矢印で示すように電気双極子モーメント0402を持っている。そして、通常の状態では、向きを互い違いにして各々の液晶高分子が配列するため、個々の電気双極子モーメントが互いに打ち消し合い全体としての分極はほとんど発現しない。
【0032】
しかし、
図4(b)に示すように、曲がり変形することで、各々の液晶高分子の電気双曲子モーメントがそろうように配列する。このように各々の液晶高分子の分極方向がそろって配列すると、各々の液晶高分子の電気双極子モーメントは互いに打ち消し合うことなく、全体としての分極0403が発現する。
【0033】
このように、分子形状がくさび型やバナナ型の液晶分子は、加えられる応力によって分極方向の整列が可能となる。くさび型の液晶分子の代表的なものとして、コレステリック液晶分子があり、これは3つのイス型六員環と1つの五員環とが繋がったステロイド骨格を有する化合物である。なお、さらに環式化合物が結合した多環化合物であってもよい。また、バナナ型の液晶分子は、2つのメソゲン基が同一線上にないような仕方で、半剛直基を通して連結され、屈曲又はバナナ状に湾曲した分子構造を有する液晶分子である。
【0034】
従来の液晶エラストマーでは、上述したような広がり変形や曲がり変形により液晶分子の過半が分極方向がそろうように配列するが、広がり変形や曲がり変形させる力が働かなくなると、
図3(a)や
図4(a)で示すように、各々の液晶分子の分極方向が打ち消し合うようになり、全体としての分極は生じない。
【0035】
これに対して、本発明は、
図3(b)や
図4(b)で示したような、巨視的な分極が固定化される。そして、このような特性を示す液晶エラストマーに電界を印加することにより変形をさせることができる。巨視的な分極の固定化は、広がり変形や曲がり変形させつつ架橋反応させて液晶エラストマーを製造することにより実現することができる。
【0036】
本発明に係る電界変形エラストマーを構成する有機高分子は、バックボーンポリマーと、分極有機分子と、クロスリンカー分子と、からなる。
【0037】
バックボーンポリマーは、構造材として機能させるためのポリマーである。すなわち、電界変形エラストマーの構造における主鎖を構成する。例えば、ポリメチルヒドロキシシロキサン(polymethyl hidrosiloxane)などを用いることができる。このようなバックボーンポリマーは、シロキサン結合(Si-O-Si)により重合し高分子を構成する。
【0038】
分極有機分子は、バックボーンポリマーに側鎖として共有結合し、ポリマーと非相溶性である。分極有機分子は、分極を発現する有機分子である。代表的な分極有機分子として液晶分子を挙げることができる。液晶分子には、ネマチック相、コレステリック相、スメクチック相(A相でもC相でも両者でもよい)のいずれか一以上を呈するコレステロール誘導体モノマー(undecylenic acid cholesteryl ester)を用いることができる。
【0039】
相溶性とは、高分子どうしの混ざり具合を表現する場合に用いられる言葉であり、双方の高分子どうしが均一に混じり合っている状態を相溶性が高い状態であるという。非相溶性であるということは、ポリマーと液晶分子とが均一に混じり合いにくく、相互の分離やいずれかの凝集などが生じ得る状態であるということを示す。
【0040】
また、液晶分子は、バックボーンポリマーに側鎖として共有結合するが、例えば、バックボーンポリマーを構成するポリシロキサンのケイ素(Si)と共有結合する。
【0041】
クロスリンカー分子は、バックボーンポリマー間を架橋する分子である。例えば、二官能性のエノイルオキシフェニル(undecylenic acid 4-undec-10-enoyloxy-phenyl ester(以下、U10という))を用いることができる。
【0042】
図5は、上記においてバックボーンポリマー、液晶分子、クロスリンカー分子として例示した各分子を用いて液晶エラストマーを合成する態様を示す図である。図示するように、(1)バックボーンポリマー、(2)液晶分子(コレステロール誘導体モノマー)、(3)クロスリンカー分子、をトルエン溶媒に溶かし、ヒドロシリル反応により(4)側鎖型液晶エラストマーを得ることができる。
【0043】
また、(5)に示すように、コレステロール誘導体モノマーは、エステル基(-coo-)による極性がある。そして、電気双極子モーメント(Dipole moment)Piを持ち、広がり変形において分極P=ΣPi が生じる。なお、後述する試験により得た液晶エラストマーについて半経験的分子軌道法を用いて計算した結果、1.1debyeの電気双極子モーメントの存在が確認できた。また、(4)に示すように、液晶分子はバックボーンポリマーのケイ素(Si)と結合し、クロスリンカー分子は、バックボーンポリマーのケイ素(Si)と結合し架橋している。
【0044】
ここで、分極が固定又は半固定され、印加電界で変形する液晶エラストマーを製造するための特徴的なプロセスは、反応を開始してから溶媒が揮発して脱溶媒に至る前において、反応により生成する構造体である反応構造体に引張応力を印加して広がり変形を与えることである。上述したように、くさび型液晶分子は広がり変形が与えられると、各々のくさび型液晶分子の分極方向がそろう。そして、広がり変形が与えられた状態で架橋反応が進行することで、そろった状態の各々のくさび型液晶分子が固定化される。そのため全体的な分極が固定化される。
【0045】
図6は、広がり変形を与えながら得た液晶エラストマーの一例を示す概念図である。この液晶エラストマーは、ある程度反応が進んでフィルム状となった反応構造体の両端を引張った状態で溶媒がほぼ揮発しきるまで反応を進めたものである。また、液晶分子として用いたコレストロール誘導体は、くさび型の分子形状を有する。
【0046】
図6(a)は、スメクチックA相の温度領域(40℃~120℃)での液晶エラストマーの態様を示す概念図であり、
図6(b)は、等方相の温度領域(120℃~)での液晶エラストマーの態様を示している。
【0047】
図6(a)に示すスメクチックA相の温度領域においては、図中の楕円で囲んだ液晶エラストマーの固定端においても層構造が維持されており、広がり変形を与えても各々の液晶分子の分極方向がそろうことはなく巨視的な分極は発現せず、電界を印加しても変形は生じない。
【0048】
図6(b)に示す等方相の温度領域では、層構造は失われているものの液晶分子の配向秩序は残っておりネマチック相にて現れる液晶分子の整列が存在していると考えられる。そのため、この固定端付近を拡大して表した
図6(c)に示されるように、この固定端ではくさび型液晶分子が広がり変形が誘起され、フレクソエレクトリック効果により各々の液晶分子の電気双極子モーメントPがそろった状態が、架橋結合により固定化され巨視的な分極が発現していると考えられる。
<製造方法>
【0049】
図7は、上述した電界変形エラストマーの製造方法として好ましい一態様を示すフロー図である。この電界変形エラストマーの製造方法は、反応開始ステップ0701と、変形付与ステップ0702と、固定ステップ00703と、を有する。なお、反応開始ステップと変形付与ステップのみを行うことによっても本発明に係る電界変形エラストマーの製造は可能である。
【0050】
まず、反応開始ステップ0701は、弾性構造材として機能させるためのバックボーンポリマーと、前記バックボーンポリマーと共有結合するくさび型液晶分子と、バックボーンポリマー間を架橋する分子であるクロスリンカー分子との反応を揮発性溶媒中で開始させて反応構造体を得るステップである。バックボーンポリマー、くさび型液晶分子及びクロスリンカー分子は上述した通りである。
【0051】
揮発性溶媒は、とくに限定するものではないが、例えばトルエン、キシレン、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、ブタノール、イソプロパノール(IPA)などを用いることができる。
【0052】
反応開始ステップでは、例えば、バックボーンポリマーとしてポリメチルヒドロキシシロキサン(polymethyl hidrosiloxane : 2.0mmol)と、メソゲンを含むくさび型液晶分子としてコレステロール誘導体モノマー(undecylenic acid cholesteryl ester : 1.6mmol)と、クロスリンカー分子として二官能性のエノイルオキシフェニル(U10 : 2mmol)を、揮発性溶媒であるトルエンに溶かし、白金触媒を用いてヒドロシリル化反応させ反応構造体を得る。
【0053】
変形付与ステップ0702は、反応開始後前記揮発性溶媒が完全に揮発する前(本例であれば、40℃で4時間経過頃)に、前記反応構造体に引張応力を印加して広がり変形を与える。例えば、反応構造体を薄い切片に形成し、その切片の対向する端縁のそれぞれを粘着テープなどで把持するとともに、それぞれの端縁が互いに離反する方向に応力を印加する。本例では室温(25℃)で一軸延伸(59.2mN/mm2、12時間程度)した。
【0054】
図8は、変形付与ステップを説明するための概念図である。
図8(a)に示すように、引張応力印加前の反応構造体の切片0801の両端縁を把持し802、それぞれの端縁が離反する方向に引張応力を印加する0803。このような引張応力の印加により、
図8(b)に示すように、反応構造体の切片0801は、端縁を除き引き延ばされ細くなる。その結果、切片の端縁領域に広がり変形が生じる。そして、反応が進むことで、クロスリンカー分子によりバックボーンポリマー間が架橋されエラストマーとしての弾性が付与されるとともに、広がり変形が生じている部分においてくさび型液晶分子の分極方向がそろえられた状態でくさび型液晶分子の配列の固定化が進んでいく。
【0055】
このようなステップにより得られる電界変形エラストマーの広がり変形した部分は、等方相温度領域において分極が発現し、電界に応答して変形する。
【0056】
さらに、上記の2つのステップに加え、固定ステップ0703を経ることにより、上記のくさび型液晶分子の分極方向がそろった配列が固定される。すなわち、変形付与ステップの後に残りの揮発性溶媒を揮発させて広がり変形の引張応力を印加されているくさび型液晶分子の配列を固定する固定ステップを設ける。室温で一週間程度(4日から8日程度)放置することにより、脱溶媒と反応が完了し、電界変形エラストマーの製造がより完全なものとなる。
【0057】
この電界変形エラストマーの製造方法は、バナナ型液晶分子を用いる場合にも適用でき、上記各ステップにおけるくさび型液晶分子をバナナ型液晶分子に代え、広がり変形に代えて曲がり変形を与える応力を印加(曲がり変形付与ステップ)しつつ反応を進行させることで、バナナ型液晶分子の分極方向がそろった配列が固定した電界変動エラストマーを製造することができる。さらに固定ステップを有することが好ましいことも同様である。
<駆動方法>
【0058】
また、上述した製造方法により製造された電界変形エラストマーを駆動する駆動方法を提供することもできる。
図9は、電界変形エラストマーの駆動方法を示すフロー図である。
図9に示すように、この駆動方法は、エネルギー付与ステップ0901と、電界印加ステップ0902と、を有する。
【0059】
エネルギー付与ステップ0901は、製造された電界変形エラストマーにエネルギーを付与するステップである。付与するエネルギーは、製造された電界変形エラストマーを構成する分極有機分子の運動性を高めて電界に反応しやすくなる状態とするために必要なエネルギーである。例えば、くさび型分子形状を持つコレステリック誘導体モノマーを用いて液晶エラストマーを製造する場合には、概ね120℃以上となるように加熱などをする。このようにエネルギーを付与することで、広がり変形によるフレクソエレクトリック効果による分極によい電界応答性が発現する。バナナ型分子形状を持つ液晶分子を用いた電界変形エラストマーの場合も、同様にエネルギーを付与する。
【0060】
電界印加ステップ0902は、上記エネルギー付与ステップにてエネルギーを付与された電界変形エラストマーに電界を印加するステップである。エネルギー付与ステップにより電界変形エラストマーに分極が発現する。この電界変形エラストマーに電界を印加することにより、電界応答変形をもたらすことができる。電界応答変形する電界変形エラストマーは、アクチュエータや人工筋肉などの様々な分野での応用が期待される。
<試験>
【0061】
これまで説明してきた電界変形エラストマーについて、その代表的なものである液晶エラストマーを合成し、試験に供した。その結果を以下に示す。
【0062】
バックボーンポリマーとしてポリメチルヒドロキシシロキサン(polymethyl hidrosiloxane : 2.0mmol)を、メソゲンを含む液晶分子としてコレステロール誘導体モノマー(undecylenic acid cholesteryl ester : 1.6mmol)を、クロスリンカー分子として二官能性のエノイルオキシフェニル(U10 : 2mmol)を、トルエン溶媒に溶かしヒドロシリル化反応させ、反応完了前に合成物を取り出し(40℃、4時間)、さらに室温(25℃)で一軸延伸(59.2mN/mm2、12時間)しながら反応を続けることにより配向試料(巾2.3mm、長8.5mm、厚0.6mm)を得た。脱溶媒と反応を完了するために室温で1週間程度放置後、測定に供した。試料の相系列は[g 33 SmA*120 I (in oC)]であった。この試料を用いて、分子配列を検討するためのX線回析と、電界応答変形の測定を行った。
【0063】
電界誘起変形は、
図10に示すような2枚のITO ガラス間にシリコーンオイルを満たした観察用セルに、試料(電界変形エラストマー:図は厚み方向を描いている。)片端をカプトンテープで固定して観察を行った。ITO ガラス間隔はシリコーンゴムスペーサー(厚さ1 mm)を用いて制御し、CCD 付顕微鏡観察システムを用いて形状変化を記録した(対物レンズ倍率:10 倍)。CCD 付顕微鏡観察システムから得た画像から、形状変化を評価した。
【0064】
コレステロール誘導体モノマーの分子長軸方向の電気双極子モーメントは、半経験的分子軌道法により分子構造の最適化を行った後に求めた。計算にはソフトウェアパッケージGaussian 09 Revision E.01 のPM6 法を用いた。
<結果と考察>
【0065】
図11は、広がり変形した試料の電界印加による曲がり変形の観測結果を示す概念図である。図示するように、広がり変形した試料(一軸変形した試料の末端部)を110℃程度から150℃程度の温度領域において±1 kV/mm の電界印加により±0.15 mm 程度のx方向の曲り変形が目視で観測された。電界方向により変形方向が反転するので極性のある電界応答であると考えられる。
【0066】
図12は、電子顕微鏡観察の結果を示す図である。試料末端部の広がり変形を確認するため、偏光顕微鏡観察を行った。試料末端部を、クロスニコル下で観察し、光軸方向を確認したところ広がりによる11度程度の光軸の変化が確認され、X線回折においても広がり変形による分子長軸の変化を確認した。
【0067】
上述のように広がり変形した液晶エラストマーにおいて、極性のある変形が前記加熱温度帯で確認された。さらに静電気の発生が観測された。極性のある変形ならびに静電気発生の原因として分極の発生が考えられる。今回用いたメソゲンであるコレステロール誘導体は
図5に示すようにくさび型の分子形状を持つため、広がり変形下のフレクソエレクトリック効果により、
図6(c)に示したように分極が発生したと考えられる。
【0068】
分極発生のためには分子長軸上に電気双極子モーメントの存在が必須なので、半経験的分子軌道法を用いて計算した結果、
図5に示したようにメソゲン末端から主鎖方向に向けて、1.1debye程度の電気双極子モーメントが存在することがわかった。この双極子モーメントが広がり変形により
図6(c)に示したように揃うため巨視的な分極になると考えられる。この分極の方向は、観察された電界誘起変形の極性方向と一致した。
【0069】
また、上述の温度領域においては、S=0.1~0.2 の配向秩序パラメータが残っていることからネマチック状態であると考えられる。そのためフレクソエレクトリック効果による分極が発生したと考えられる。
<効果>
【0070】
本発明の液晶エラストマーによれば、フレクソエレクトリック効果を固定化して巨視的な分極を発現させ、その分極の電界応答による変形を利用し得る液晶エラストマーを提供することができる。
【符号の説明】
【0071】
0201 液晶分子
0202 主鎖
0203 液晶分子
0204 主鎖