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特許7546349エンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-29
(45)【発行日】2024-09-06
(54)【発明の名称】エンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240830BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240830BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240830BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240830BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240830BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D8/06 B
C21D9/00 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019211225
(22)【出願日】2019-11-22
(65)【公開番号】P2021080544
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-10-28
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(72)【発明者】
【氏名】東城 雅之
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
(72)【発明者】
【氏名】天藤 雅之
(72)【発明者】
【氏名】札軒 富美夫
(72)【発明者】
【氏名】前田 智之
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-031516(JP,A)
【文献】特開平11-335791(JP,A)
【文献】特開平10-121209(JP,A)
【文献】特開2009-270172(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/06-1/10
C21D 9/00-9/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.15~0.75%、
Si:0.05~1.84%、
Mn:0.01~2.00%、
Ni:0.01~1.82%、
Cr:10.59~15.00%、
Mo:0.50~2.76%、
Cu:0.01~2.00%、
N:0.010~0.150%を含有し、
0.20≦C+N≦0.80を満たし、
残部がFeおよび不純物であり、
表面の一部または全部に、表面から深さ方向0.5mmまでの範囲に表面硬化層を有し、
前記表面硬化層における炭窒化物サイズが1.0μm以下であり、前記表面硬化層におけるCrの炭窒化物量が0.50mass%以下であり、前記表面硬化層のHV硬さが500HV以上であり、バルクのHV硬さが350HV以下であることを特徴とするエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%で、更に、
C:0.15~0.45%、
Cr:12.00~15.00%、
Mo:1.00~3.00%、
0.20≦C+N≦0.50であることを特徴とする請求項1に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
さらに質量%で、
Al:0.005~0.080%
を含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
さらに質量%で、
Nb:0.05~0.30%、
Ti:0.05~0.21%、
V:0.05~0.23%、
W:0.05~0.24%、
B:0.0005~0.0020%、
Ca:0.0005~0.0030%からなる群のうち、少なくとも1種以上を含有することを特徴とする請求項1~請求項3の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
さらに質量%で、
Co:0.01~0.080%、
Mg:0.0005~0.0025%、
Ga:0.0005~0.0028%、
Sn:0.001~0.015%、
Sb:0.0010~0.030%、
Ta:0.01~0.040%、
Zr:0.01~0.08%、
REM:0.001~0.008%からなる群のうち、
少なくとも1種以上を含有することを特徴とする請求項1~請求項4の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
請求項1~請求項5の何れか一項に記載の化学組成を有する鋼を熱間圧延した後、
制御焼鈍と、圧縮率が60%以上の鍛造と、表面硬化処理と、を行うことにより、
表面の一部または全部に、表面から深さ方向0.5mmまでの範囲に表面硬化層を有し、
前記表面硬化層における炭窒化物サイズが1.0μm以下であり、前記表面硬化層におけるCrの炭窒化物量が0.50mass%以下であり、前記表面硬化層のHV硬さが500HV以上であり、バルクのHV硬さが350HV以下であるエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼を製造する、請求項1~5の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料噴射装置は、燃料をプランジャの摺動によって加圧して、内燃機関に噴射する役割を担う。燃料噴射装置は、燃料を加圧する際に高圧となり、圧力変動に伴う応力負荷による疲労が懸念されるため、強度が求められる。また、プランジャの摺動による摩耗が懸念されるため、耐摩耗性も求められる。そのため、従来の燃料噴射装置部品には、高強度かつ耐摩耗性に優れたSUS420J2やSUS440C等のマルテンサイト系ステンレス鋼が使用されてきた。
【0003】
一方、燃料噴射装置には燃料が供給されるため、燃料に対する耐食性も求められる。そこで、燃料噴射装置に適用されるマルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させるため、様々な技術が検討されてきた。例えば、燃料噴射弁のたたき摩耗により露出した新生面からの耐ガソリン-アルコール混合燃料腐食や耐EGR排ガス腐食に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼である燃料噴射装置の部品が提案されたり、Cu、Moの添加により耐食性を向上させ、粗悪燃料に含まれる蟻酸、酢酸等の有機酸による腐食摩耗を低減したマルテンサイト系ステンレス鋼が提案されている。(特許文献1、特許文献2)
【0004】
また、材料表面の結晶粒度、N量、炭窒化物析出量を制御し、高硬度、高靭性かつ耐食性に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼も提案されている。(特許文献3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3125162号公報
【文献】特開2015-40307号公報
【文献】特許第3471576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
燃料噴射装置は前記記載の背景があるなかで、さらに近年の世界的な環境規制及び自動車の燃費改善ニーズの高まりから、エンジン燃料の直噴化が進み、使用環境もより高圧になることが予想されている。それに伴い、燃料噴射装置を構成する部品の耐久性、及び溶接部の特性低下が懸念され、正確な燃料噴射制御を阻害することが想定される。そのため、高圧環境においても、正確な燃料噴射制御特性を実現可能なエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼の提供が必要とされる。
【0007】
しかし、特許文献1および特許文献2に記載されたマルテンサイト系ステンレス鋼は、高硬度であり、加工性が不十分であるため、圧縮率の高い加工を行うことが容易ではなかった。そのため、燃料噴射装置を製造する際に、細かな部品を部位毎に加工し、それらを溶接して燃料噴射装置を製造する必要があった。このようにして製造した燃料噴射装置では、溶接部が多く、溶接部の耐食性の低下及び疲労により、正確な燃料噴射制御ができなくなる虞があった。また、特許文献3に記載されたマルテンサイト系ステンレス鋼は、建築、建材等の構造用材料向けであり、粗悪燃料や排ガス等に対する耐食性は不十分であった。
【0008】
本発明は、上述した事情に鑑み、超精密加工性に優れ、さらに耐腐食性及び耐摩耗性に優れたエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々の検討を行った結果、制御焼鈍による相変態を活用することにより、ステンレス鋼の鍛造時の超精密加工性を向上させることを知見した。また、鍛造後の摺動摩耗懸念部に表面硬化処理を施すことにより表面層を高硬度化し、さらにMo等の成分設計や表層部の炭窒化物制御により、例えば粗悪燃料に対する耐食性及び耐摩耗性に優れるエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼を得ることを見出した。
【0010】
本発明は下記の構成を有する。
(1) 質量%で、
C:0.15~0.75%、
Si:0.05~1.84%、
Mn:0.01~2.00%、
Ni:0.01~1.82%、
Cr:10.59~15.00%、
Mo:0.50~2.76%、
Cu:0.01~2.00%、
N:0.010~0.150%を含有し、
0.20≦C+N≦0.80を満たし、
残部がFeおよび不純物であり、
表面の一部または全部に、表面から深さ方向0.5mmまでの範囲に表面硬化層を有し、
前記表面硬化層における炭窒化物サイズが1.0μm以下であり、前記表面硬化層におけるCrの炭窒化物量が0.50mass%以下であり、前記表面硬化層のHV硬さが500HV以上であり、バルクのHV硬さが350HV以下であることを特徴とするエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(2) 質量%で、更に、
C:0.15~0.45%、
Cr:12.00~15.00%、
Mo:1.00~3.00%、
0.20≦C+N≦0.50であることを特徴とする(1)に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(3) さらに質量%で、
Al:0.005~0.080%を含有することを特徴とする(1)又は(2)に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(4) さらに質量%で、
Nb:0.05~0.30%、
Ti:0.05~0.21%、
V:0.05~0.23%、
W:0.05~0.24%、
B:0.0005~0.0020%、
Ca:0.0005~0.0030%からなる群のうち、少なくとも1種以上を含有することを特徴とする請求項1~請求項3の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(5) さらに質量%で、
Co:0.01~0.080%、
Mg:0.0005~0.0025%、
Ga:0.0005~0.0028%、
Sn:0.001~0.015%、
Sb:0.0010~0.030%、
Ta:0.01~0.040%、
Zr:0.01~0.08%、
REM:0.001~0.008%からなる群のうち、
少なくとも1種以上を含有することを特徴とする(1)~(4)の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(6) (1)~(5)の何れか一項に記載の化学組成を有する鋼を熱間圧延した後、
制御焼鈍と、圧縮率が60%以上の鍛造と、表面硬化処理と、を行う(1)~(5)の何れか一項に記載のエンジン向け燃料系部品用マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本願発明によれば、超精密加工性に優れ、さらに耐食性及び耐摩耗性に優れたエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本実施形態のエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼の限定理由について説明する。まず、本発明に係るエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼(以下、単にステンレス鋼と記載する場合がある)について説明する。
なお、本発明において特に注記が無い場合は、元素含有量は質量%を意味する。
【0013】
Cはマトリックスに固溶し、表面硬化処理後の硬度を高めるために必要な主要成分であり、表面硬化処理後の硬度を確保するために0.15%以上含有する。しかしながら、0.75%を超えて含有すると鍛造性が劣化し、さらに粒界に粗大な炭窒化物が析出し、耐食性が劣化する。そのため、C含有量の上限を0.75%以下とする。C含有量の好ましい上限は0.45%以下である。
【0014】
Siは脱酸のために0.05%以上含有する。しかしながら2.00%を超えて含有すると制御焼鈍後の硬度が高くなり、鍛造性が劣化する。そのため、Si含有量の上限を2.00%以下とする。Si含有量の好ましい上限は0.50%以下である。
【0015】
Mnは脱酸のため、また、焼入れ性向上のため、0.01%以上含有する。しかしながら2.00%を超えて含有すると、制御抵抗が増大し、鍛造性が劣化する。そのため、Mn含有量の上限を2.00%以下とする。好ましいMn含有量の下限は、0.20%以上であり、好ましい上限は1.00%以下である。
【0016】
Niは靭性を高め、耐遅れ破壊性を高めるために0.01%以上含有する。しかしながら2.00%を超えて含有すると、制御抵抗が増大し、鍛造性が劣化する。そのため、Ni含有量の上限を2.00%以下とする。Ni含有量の好ましい下限は0.20%以上であり、好ましい上限は1.50%以下である。
【0017】
Crは母材の耐食性を得るために10.00%以上含有する。しかしながら15.00%を超えて含有するとδフェライトが存在するようになる。δフェライトが存在すると結晶粒界にCr炭窒化物が析出しやすくなり、析出するとその周辺部でCr濃度が低下し、逆に耐食性を低下させる。そのため、Cr含有量の上限を15.00%以下とする。好ましいCr含有量の好ましい下限は12.00%以上であり、好ましい上限は15.00%以下である。
【0018】
Moは母材の耐食性を向上させるために0.50%以上含有する。しかしながら、3.00%を超えて含有するとδフェライトが生成し、却って耐食性が低下する。そのため、Mo含有量の上限を3.00%以下とする。Mo含有量の好ましい下限は1.00%以上であり、好ましい上限は3.00%以下である。
【0019】
Cuは耐食性を向上させるために0.01%以上含有する。しかしながら、2.00%を超えて含有すると靭性及び熱間加工性が劣化する。そのため、Cu含有量の上限を2.00%以下とする。Cu含有量の好ましい下限は0.10%以上であり、好ましい上限は1.00%以下である。
【0020】
Nはマトリックスの硬度を向上させるため、また、耐食性を向上させるために0.010%以上含有する。しかしながら0.150%を超えて含有すると、鋳造時に気泡が発生し、製造性が著しく劣化する。そのため、N含有量の上限を0.150%以下に制限する。N含有量の好ましい下限は0.010%以上であり、好ましい上限は0.120%以下である。
【0021】
表面硬化処理後の強度を確保するため、C量とN量の合計量であるC+Nは少なくとも0.20%以上とする。しかしながらC+Nが0.80%を超えると、鍛造前に制御焼鈍を行っても硬度が低下せず、さらに冷却中に粒界に炭窒化物が多量に生成することによって、鍛造性が低下する。そのためC+Nの上限を0.80%以下とする。C+Nの好ましい下限は0.20%以上であり、好ましい上限は0.50%以下である。
【0022】
本発明に係るステンレス鋼は、上述した元素以外は、Fe及び不純物からなる。代表的な不純物としては、P、S、Oなどが挙げられ、これらの含有量は特に限定しないが、それぞれ以下の含有量に制限することが好ましい。
【0023】
Pは不可避的不純物元素であり、P含有量が0.030%を超えると靭性や耐食性が劣化するため、P含有量を0.030%以下に制限することが好ましい。なお、P含有量は少ない方が好ましく、より好ましいP含有量は0.027%以下である。
【0024】
Sは不可避的不純物元素であり、S含有量が0.0020%を超えると熱間加工性や耐食性が劣化するため、S含有量を0.0020%以下に制限することが好ましい。なお、S含有量は少ない方が好ましく、より好ましいS含有量は0.0012%以下である。
【0025】
Oは不可避的不純物元素であり、O含有量が0.010%を超えると鍛造性が劣化するため、O含有量を0.010%以下に制限することが好ましい。なお、O含有量は少ない方が好ましく、より好ましいO含有量は0.006%以下である。
【0026】
また、上述した元素のうち、C:0.15~0.45%、Cr:12.00~15.00%、Mo:1.00~3.00%、0.20≦C+N≦0.50を満たすことにより、本発明に係るステンレス鋼の耐食性をより向上させることができる。
【0027】
さらに、本発明に係るステンレス鋼は、以下に示すAl、Nb、Ti、V、W、B、Ca、Co、Mg、Ga、Sn、Sb、Ta、Zr、REMは、選択的に含有してもよく、含有しなくてもよい。なお、含有しない場合のそれぞれの元素の下限は、0%以上である。以下、それぞれの元素について説明する。
【0028】
Alは脱酸剤として有効な元素であり、必要に応じて0.005%以上含有してもよい。しかしながら0.080%を超えて含有すると酸化物量が増加し、鍛造性が低下する。そのため、Al含有量の上限を0.080%以下とする。Al含有量の好ましい下限は0.010%以上であり、好ましい上限は0.050%以下である。
【0029】
Nb、Ti、V、Wは微細な炭窒化物を形成し、粒界に生成するCr炭窒化物を抑制し、耐食性及び靭性を向上させる。そのため、必要に応じていずれか1種以上を、0.05%以上含有してもよい。しかしながら、いずれか1種でも0.50%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、かえって靭性が劣化する。そのため、それぞれの元素の含有量の上限を0.50%以下とする。それぞれの元素の含有量の好ましい下限は0.10%以上であり、それぞれの好ましい上限は0.30%以下である。
【0030】
Bは粒界のP偏析を抑制し、靭性を更に向上させるため、必要に応じて0.0005%以上含有してもよい。しかしながら0.0050%を超えると粗大なホウ化物を形成し、靭性が劣化する。そのため、B含有量の上限を0.0050%以下とする。好ましいB含有量の下限は0.0010%以上であり、好ましい上限は0.0040%以下である。
【0031】
Caは熱間加工性を向上させる有用な元素であり、必要に応じて0.0005%以上含有してもよい。しかしながら0.0050%を超えると靭性が劣化する。そのため、Ca含有量の上限を0.0050%以下とする。
【0032】
Coは焼入れ性向上、また耐摩耗性向上のために必要に応じて0.01%以上含有してもよい。しかしながら、0.50%を超えると靭性が劣化する。そのため、Co含有量の上限を0.50%以下とする。
【0033】
Mgは脱酸を強化するのに有用な元素であり、必要に応じて0.0005%以上含有する。しかしながら、0.0050%を越えると熱間加工性が劣化する。そのため、Mg含有量の上限を0.0050%以下とする。
【0034】
Gaは冷間加工性向上のために必要に応じて0.0005%以上含有してもよい。しかしながら、0.0050%を超えると鍛造性が劣化する。そのため、Ga含有量の上限を0.0050%以下とする。
【0035】
Snは耐食性向上のために必要に応じて0.001%以上含有してもよい。しかしながら、Sn含有量が0.500%を超えると、耐食性向上効果が飽和するばかりか、熱間加工性及び鍛造性が劣化する。そのため、Sn含有量の上限を0.500%以下とする。
【0036】
Sbは耐食性向上のために必要に応じて0.0010%以上含有してもよい。しかしながら、Sb含有量が0.5000%を超えると、Sbの偏析によって耐食性が劣化する。そのため、Sb含有量の上限を0.5000%以下とする。
【0037】
Taは耐摩耗性及び耐食性を向上させるために必要に応じて0.01%以上含有してもよい。しかしながら、0.50%を超えると靭性が劣化する。そのため、Ta含有量の上限を0.50%以下とする。
【0038】
ZrはCr炭窒化物の生成を抑制するため、必要に応じて0.01%以上含有してもよい。しかしながら、0.50%を超えると、粗大な炭窒化物に起因して耐食性が劣化する。そのため、Zr含有量の上限を0.50%以下とする。
【0039】
REMは脱酸に有効であり、また熱間加工性を改善するため必要に応じて0.001%以上含有してもよい。しかしながら、0.100%を超えると、かえって熱間加工性が悪くなる。そのため、REM含有量の上限を0.100%以下とする。
なお、REMとはCe、La、PrまたはNd等の希土類金属であり、原子番号57~71までの元素である。「REMの含有量」とは、これらの全REM元素の含有量の合計値を意味する。全含有量が上記範囲内であれば、REM元素の種類が1種類であっても2種類以上であっても、同様な効果が得られる。
【0040】
本発明に係るステンレス鋼のバルクのHV硬さは、350HV以下とする。好ましくは、300HV以下である。バルクのHV硬さとは、表面硬化層以外のステンレス鋼の硬さである。バルクのHV硬さが350HV超であると、本発明に係るステンレス鋼に対して、例えば圧縮率が60%以上の強鍛造を行って高圧ポンプ等のエンジン向け燃料系部品に精密加工する際に割れが発生したり、金型寿命が低下する。そのため、本発明に係るステンレス鋼のバルクのHV硬さは350HV以下であることが好ましい。この場合は、圧縮率が60%以上の鍛造が可能となる。バルクのHV硬さは好ましくは300HV以下である。この場合は、圧縮率が70%以上の鍛造が可能となる。
【0041】
なお、ここでいう圧縮率とは、据え込み加工時の高さ減少率のことを指し、e:圧縮率(%)、h:鍛造前の試料高さ、h:鍛造後の試料高さとしたとき、下記式(1)で表される。
【0042】
e=(1-h/h)×100 ・・・ (1)
【0043】
本発明に係るステンレス鋼のバルクの組織は、フェライトが主体の組織になる。フェライト組織中には、炭窒化物が含まれていてもよい。
【0044】
また、本発明に係るステンレス鋼において、一部または全部の領域に形成された表面硬化層のHV硬さは、500HV以上とする。なお、本明細書において表面硬化層とは、表面硬化処理が施された領域の、表面から深さ方向0.5mmまでの範囲のことを意味する。燃料噴射装置には例えば、プランジャや、プランジャと接する部品等のように、繰り返しの摺動により摩耗が懸念される部位がある。当該部位のHV硬さが500HV未満であると、摩耗により寸法が変化し、正確な燃料噴射制御が行えなくなる。そのため、本発明に係るステンレス鋼の表面硬化層のHV硬さは500HV以上とする。好ましくは550HV以上とする。
【0045】
本発明に係るステンレス鋼において、表面硬化層の炭窒化物サイズは1.0μm以下とする。より好ましくは0.5μm以下である。なお、ここでいう炭窒化物サイズとは、炭窒化物の円相当直径を意味する。
表面硬化層の炭窒化物サイズが1.0μmを超えると、仕上げ切削により目標形状へと加工を施す際に、表面粗さが劣化し、仕上げ切削時に目標の寸法精度が満足できなくなる。これにより、正確な燃料噴射制御が行えなくなる。
【0046】
また、表面硬化層の炭窒化物量の上限は0.50mass%以下とする。表面硬化層中の炭窒化物量が0.50mass%超であると、表層部に未固溶炭窒化物が多く存在し、耐食性が不十分となる。表面硬化層の炭化物以外の組織は、マルテンサイト組織であることが好ましい。
【0047】
また、本発明に係るステンレス鋼は、蟻酸等の有機酸を含む粗悪燃料中での使用を想定しており、該環境下でも寸法精度を維持できる耐食性が必要である。そのため、本発明に係るステンレス鋼は、粗悪燃料中での使用を模擬した下記条件での質量の減少量(腐食減量)が、1.78×10-2g/mh以下であることが好ましい。粗悪燃料中での使用を模擬した条件は、25℃、3%蟻酸溶液中に試料を10時間浸漬する条件である。このときの腐食減量が1.78×10-2g/mhを超えると、粗悪燃料中での耐食性が不十分となり、正確な燃料噴射制御が行えなくなる。なお、腐食減量は、0.89×10-2g/mh以下であることがより好ましい。
【0048】
次に、本発明に係るステンレス鋼の製造方法について説明する。本発明に係るステンレス鋼は、例えば、鋳造した丸鋳片に対して熱間の棒鋼圧延を行い、制御焼鈍を行った後、強鍛造及び表面硬化処理することによって製造する。
【0049】
制御焼鈍後のステンレス鋼は、フェライトと炭窒化物の組織を有するものとなる。その後、表面硬化処理を行うことによって表面を焼入れしてマルテンサイト変態させる。従って、表面硬化層は、マルテンサイトと炭窒化物の組織を有するものとなる。
以下、本実施形態のステンレス鋼の製造方法について詳細に説明する。
【0050】
まず、真空溶解にて溶製したφ180mmの丸鋳片をφ50mmになるまで熱間の棒鋼圧延を行い、例えば1000℃で熱間圧延を終了して棒鋼を得る。その後、この棒鋼に対して制御焼鈍を行う。熱間圧延ままの棒鋼の金属組織は硬質なマルテンサイト組織であり、HV硬さが500HV以上であるため、強鍛造を行うことが困難である。そのため、熱間圧延終了後に、棒鋼の軟質化を目的とした制御焼鈍を行う。この制御焼鈍によって、硬質なマルテンサイト組織をフェライト組織に相変態させて、鋼材の硬度を低下させる。
【0051】
制御焼鈍は、まず、棒鋼中のマルテンサイト組織をオーステナイト組織に相変態させるために、棒鋼をAc1点以上の750~1050℃の温度範囲で0.5~50時間保定する。次に、オーステナイト組織をフェライト組織に相変態させるために、Ac1点直下の650~740℃まで炉冷し、当該温度域で0.5~50時間保定した後、500~600℃まで炉冷して、その後空冷を行うことによって実施する。なお、Ac1点は、フェライト組織とオーステナイト組織の変態温度であり、変態点測定(フォーマスター)試験で熱処理時の変態による膨張、収縮を検出することで実験的に求めることができる。
【0052】
次に、制御焼鈍後の棒鋼に対して、圧縮率が60%以上の鍛造(強鍛造)を行って目的の形状に加工する。目的の形状に加工する方法の一例として、プレス鍛造を複数回行うことが挙げられる。この場合は、単工程の金型を複数個並べ、送り装置によって連続的にプレス鍛造を行い、目的形状に成形していくとよい。棒鋼の制御焼鈍時の焼鈍ムラによっては、強鍛造時に割れが発生する場合があるため、連続的に行っているプレス鍛造の途中で、600~800℃の温度範囲で1~20分程度の焼鈍を行い、その後、再びプレス鍛造を行うとよい。また、圧縮率が60%以上の、一回の鍛造によって目的の形状としてもよい。
【0053】
強鍛造後のステンレス鋼の、摺動摩耗懸念部の強度確保のため、表面から深さ方向0.5mmにかけて表面硬化処理を施す。表面硬化処理は高周波誘導加熱、直接通電加熱等様々あるが、部品形状に合わせて必要部分に加熱コイルを配置できる高周波誘導加熱を行うことが好ましい。高周波誘導加熱を行う場合は、摺動摩耗懸念部に対応する部分に加熱コイルを配置し、850~1100℃の温度範囲まで100℃/s以上で昇温し、0~5秒保持した後、100℃/s以上で冷却する。なお、0秒保持とは、目的温度に達した瞬間に急冷を行うことをいう。これらの温度範囲、昇温速度及び冷却速度は、ステンレス鋼の表面における温度範囲、昇温速度及び冷却速度である。
【0054】
以上説明した本発明によれば、圧縮率60%以上の強鍛造においても割れの発生のない超精密加工性を有し、更に腐食減量が少なく耐食性に優れ、かつ耐摩耗性にも優れたエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。
また、本発明に係るエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼は、エンジン向け燃料系部品を製造する際に部品点数を削減することができ、コストダウンにも寄与する。
また、本発明に係るエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼は、超精密加工性を有しているため、エンジン向け燃料系部品を製造する際に溶接部の少ないエンジン向け燃料系部品を製造することができる。
また、本発明に係るエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼は、耐食性及び耐摩耗性に優れるため、プランジャ、プランジャと接する部品や高圧ポンプ等のエンジン向け燃料系部品に好適に用いられる。
【実施例
【0055】
次に本発明の実施例について説明する。
まず、表1A~表2Bに示す成分の鋼を100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの丸鋳片に鋳造した。この丸鋳片をφ50mmになるまで熱間の棒鋼圧延を行い、1000℃で熱間圧延を終了した。その後、後工程でプレスによる強鍛造を行うため、制御焼鈍を行った。なお、表1A~表1Dは本発明鋼の化学組成であり、表2A及び表2Bは比較鋼の化学組成である。
【0056】
【表1A】
【0057】
【表1B】
【0058】
【表1C】
【0059】
【表1D】
【0060】
【表2A】
【0061】
【表2B】
【0062】
制御焼鈍はAc1点以上の750~1050℃の温度範囲で0.5~50時間保定した後、Ac1点直下の680℃まで炉冷し、680℃で0.5~50時間保定した後さらに、600℃まで炉冷して、その後空冷を行った。
【0063】
上記制御焼鈍を行った後、鍛造時の割れの原因となる棒鋼表面の疵をピーリング加工により取り除き、該棒鋼より目的形状へのプレス鍛造を行った。プレス鍛造は単工程の金型を複数個並べ、送り装置によって連続的に行い、目的形状に成形した。このとき、連続的に行っているプレス鍛造の途中で、600~800℃の温度範囲で1~20分程度の焼鈍を行い、その後、再び鍛造を行い、目的形状へ近づけていった。この時、下記式(1)で表される圧縮率が70%のプレス鍛造を行っても割れが発生しなかったものを◎、70%未満60%以上のプレス鍛造を行っても割れが発生しなかったものを○、プレス鍛造時に割れが発生したものを×とし、超精密加工性(鍛造性)を評価した。
なお、下記式(1)中のe、h、hはそれぞれ、e:圧縮率、h:鍛造前の試料高さ、h:鍛造後の試料高さ、である。
【0064】
e=(1-h/h)×100 ・・・ (1)
【0065】
鍛造後のステンレス鋼について表面硬化処理を行った。本実施例では、表面硬化処理として高周波誘導加熱を行った。摺動摩耗懸念部に対応する部分に加熱コイルを配置し、850~1100℃の温度範囲まで100℃/s以上で昇温し、0~5秒保持した後、100℃/s以上で冷却した。
【0066】
表面硬化処理後の各試料について表面硬化処理を行った領域の、表層部の炭窒化物サイズ、炭窒化物量、表層部のHV硬さ及びバルクのHV硬さを測定した。
【0067】
炭窒化物サイズは電子顕微鏡を用いて、倍率5000倍、視野数10で観察された炭窒化物の直径を測定した。炭窒化物の平均直径が0.5μm以下のものを◎、0.5μmを超え1.0μm以下のものを○、1.0μmを越えるものを×とした。
【0068】
表層部における炭窒化物量は、非金属介在物の電解抽出残渣分析によるCr残渣量より評価した。Cr残渣量が、0.50mass%以下のものを○、0.50mass%を超えるものを×とした。
【0069】
表層部のHV硬さは、荷重1kgfの条件で表面から深さ方向0.3mm部のHV硬さを測定した。HV硬さが550HV以上のものを◎、500HV以上、550HV未満のものを〇、500HV未満のものを×とした。
また、バルクのHV硬さは、表面から深さ方向0.8mmにおけるHV硬さを測定した。
【0070】
表面硬化処理後の寸法精度(変動)は腐食減量によって評価した。25℃、3%蟻酸溶液中に試料を10時間浸漬した後の、試料の質量を測定して減少量(腐食減量)を算出した。腐食減量が.0.89×10-2g/mh以下のものを◎、0.89×10-2g/mhを超え、1.78×10-2g/mh以下のものを○、1.78×10-2g/mhを超えるものを×と評価した。
【0071】
以上の方法により測定したステンレス鋼における、表層部の炭窒化物サイズ、表層部の炭窒化物量、表層部のHV硬さ及び腐食減量を表3A、表3B及び4に示す。なお、表3A、表3Bは本発明鋼の評価結果であり、表4は比較鋼の評価結果である。
【0072】
【表3A】
【0073】
【表3B】
【0074】
【表4】
【0075】
表3A及び表3Bを見ると、本発明鋼No.1~48はいずれも鍛造性が良好であり、表層部の炭窒化物量が0.50mass%以下、炭窒化物サイズが1.0μm以下であり、さらに表層部のHV硬さが500HV以上であった。また、寸法精度(変動)においても、腐食減量が1.78×10-2g/mh以下と良好であった。なお、バルク(表面から深さ0.8mm位置)のHV硬さは、試験No.1~48のいずれも350HV以下であり、超精密加工性(鍛造性)が◎と評価されたものは、バルクのHV硬さが300HV以下であった。
【0076】
また、表1A~表1Dにおいて、C:0.15~0.45%、Cr:12.00~15.00%、Mo:1.00~3.00%、0.20≦C+N≦0.50を満足する試料No.1~4、6、7、9~11、13~17、19、20、23、24、26、27、29~34、36、38~41、43~45、47は、表3A及び表3Bにおいて、腐食減量が0.89×10-2g/mh以下となっている。
【0077】
表2A及び表2Bの比較鋼No.49~75はいずれかの元素が規定範囲外であったため、鍛造性、表層部の炭窒化物量、炭窒化物サイズ、腐食減量、HV硬さのいずれかが規定する条件を満足しなかった。なお、鍛造性の評価においてに割れが発生した比較鋼においては、バルクのHV硬さが、いずれも350HV超であった。
【0078】
表4の試験No.49はCr含有量が少なく、No.53はMo含有量が少なく、No.54はMo含有量が多く、No.69はSb含有量が多かったため、いずれにおいても、腐食減量が多くなった例である。
【0079】
No.50は、Cr含有量が多かったため、炭窒化物サイズが大きくなり、また、Cr残渣量が多くなり、腐食減量が多くなった例である。
【0080】
No.51はMn含有量が多く、No.52はSi含有量が多く、No.55はNi含有量が多く、No.56はCu含有量が多く、No.59はN含有量が多く、No.62~68はそれぞれAl、Nb、W、Ti、V、B、Ca含有量が多く、No.70~74はそれぞれMg、REM、Sn、Co、Ta含有量が多かったため、いずれにおいても強鍛造時に割れが発生した例である。
【0081】
No.57はC含有量が少なく、また、C+Nが低く、No.61はC+Nが低かったため、いずれにおいても表層部の硬さが低くなった例である。
【0082】
No.58はC含有量が多く、また、C+Nが高く、No.60はC+Nが高かったため、いずれにおいても、炭窒化物サイズが大きくなり、Cr残渣量が多くなり、強鍛造時に割れが発生し、腐食減量が多くなった例である。
【0083】
No.75はGa及びZr含有量が多かったため、炭窒化物サイズが大きくなり、強鍛造時に割れが発生した例である。
【0084】
次に、制御焼鈍の条件を変更した例について説明する。
本発明鋼(試料No.2、3、4,6,7,13、14,19、20)に対して、制御焼鈍として、Ac1点以上の750~1050℃の温度範囲で0.5~50時間保定した後、Ac1点直下の680℃まで炉冷し、680℃で保定なしとし、さらに、600℃まで炉冷して、その後空冷を行った。
【0085】
更に、表3A、表3B及び表4の場合と同様にして、鍛造時の割れの原因となる棒鋼表面の疵をピーリング加工により取り除き、該棒鋼より目的形状へのプレス鍛造を行った。
【0086】
更に、プレス鍛造後のステンレス鋼について表面硬化処理を行った。表面硬化処理として高周波誘導加熱を行った。摺動摩耗懸念部に対応する部分に加熱コイルを配置し、850~1100℃の温度範囲まで100℃/s以上で昇温し、0~5秒保持した後、100℃/s以上で冷却した。
【0087】
以上の方法により製造したステンレス鋼における、表層部の炭窒化物サイズ、表層部の炭窒化物量、表層部のHV硬さ及び腐食減量を表5に示す。
【0088】
表5に示すように、試験No.76~84のいずれの鋼もバルクのHV硬さが350HVを超えており、鍛造性が不良であった。これは、制御焼鈍において、Ac1点直下の680℃まで炉冷した後に、680℃で保定なしのまま、600℃まで炉冷してから空冷を行ったためと推測される。
【0089】
次に、表面硬化処理を行わなかった例について説明する。
本発明鋼(試料No.2、3、20)に対して、制御焼鈍として、Ac1点以上の750~900℃の温度範囲で0.5~50時間保定した後、Ac1点直下の680℃まで炉冷し、680℃で0.5~50時間保定し、さらに、600℃まで炉冷して、その後空冷を行った。
【0090】
更に、表3A、表3B及び表4の場合と同様にして、鍛造時の割れの原因となる棒鋼表面の疵をピーリング加工により取り除き、該棒鋼より目的形状へのプレス鍛造を行った。表面硬化処理は実施しなかった。
【0091】
表5の試験No,85~87に示すように、表面硬化処理を行わなかった例では、鍛造性は良好であったが、表面のHV硬さが十分ではなく、腐食減量も大きかった。
【0092】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0093】
以上の実施例より、本発明は、強鍛造においても超精密加工性を有し、その後の表層部の焼入れ処理により表面硬化層を形成し、使用時の腐食摩耗を抑制したエンジン向け燃料系部品用ステンレス鋼を提供することが可能であるため、産業極めて有用である。