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  • 特許-電波吸収シート 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-29
(45)【発行日】2024-09-06
(54)【発明の名称】電波吸収シート
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20240830BHJP
   C01B 32/956 20170101ALI20240830BHJP
【FI】
H05K9/00 M
C01B32/956
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022198190
(22)【出願日】2022-12-12
(65)【公開番号】P2024084031
(43)【公開日】2024-06-24
【審査請求日】2024-05-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100173473
【弁理士】
【氏名又は名称】高井良 克己
(72)【発明者】
【氏名】蔵前 雅規
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 敬太
(72)【発明者】
【氏名】江口 修太
(72)【発明者】
【氏名】濁沼 大成
【審査官】五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/062051(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
C01B 32/956
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機物からなる基材と、前記基材中に担持された炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末とを含む電波吸収シートであって、該電波吸収シート表面におけるCu-Kαを線源としたX線回折において、2θ=34.4~35°に現れる4H-SiCに由来するピーク強度I4Hを、2θ=35~36°に現れる6H-SiCに由来するピーク強度I6Hで除した値I4H/I6Hが0.1以上であり、前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末の平均粒径が40μm以下であり、かつ前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末の、前記電波吸収シートに対する体積比が、20%以上50%以下であることを特徴とする、電波吸収シート。
【請求項2】
前記電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□以上であることを特徴とする、請求項1記載の電波吸収シート。
【請求項3】
前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末の平均粒径が2μm以上40μm以下であることを特徴とする、請求項1又は2記載の電波吸収シート。
【請求項4】
前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末におけるAlの含有量が、0.1mass%以上0.2mass%以下であり、かつFeの含有量が、0.1mass%以上0.3mass%以下であることを特徴とする、請求項1又は2記載の電波吸収シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波吸収シートに関する。
【背景技術】
【0002】
通信の高度化に伴い3~80GHzの電波を活用した機器の普及が広がっている。例えば、2020年から国内で商用サービスとして活用され始めた第五世代通信システム(5G)では、sub6である3~5GHzやミリ波帯の28~40GHz付近の周波数帯の活用が進んでいる。また、自動車においては、自動運転システムの高度化に伴い、24GHz付近の周波数を活用した準ミリ波レーダー、76~79GHz付近の周波数を活用したミリ波レーダーの普及が広がっている。一方で、このような機器の内外部においての電磁波干渉問題も顕在化している。そのため、電波干渉が問題となる周波数で機能する電波吸収シートが活用されている。
【0003】
電波吸収シートは、金属などの導電性を有する基材の上に取り付けるか、あるいは電波吸収シートの裏面に金属などの導電性を有する層を設けることで機能し、電波吸収シート表面で反射する表面反射波に対して、電波吸収シート内部を通過し裏面側の導電物で全反射され、電波吸収シート表面から放射される二次反射波の位相が半波長ずれ、表面反射波と二次反射波が打ち消し合うことで電波吸収性を示すものである。電波吸収シートは、軟質樹脂を基材として、そこに電波吸収効果を発生させるためのフィラーが担持されている構造を持ち、構成する基材の材料定数(誘電率、透磁率)と基材の厚みを制御することで、特定の周波数で電波吸収の共振ピークを狙うものである。基材の材料定数は、構成する基材材質やフィラー添加量などによって調整するため、フィラーの添加量は必要範囲内に制御する。代表的な実例としては、ゴムやエラストマーなどの可撓性のある樹脂を基材とし、フィラーとしてカルボニル鉄粉やスピネルフェライト粉を添加したものがある。
【0004】
近年、電子機器の小型化が進んでいる。そのため、電波吸収シートは狭いスペースに設置されることになり、電波吸収シートの厚みを1mm以下にすることが求められている。加えて、近年では電子機器の軽量化が求められており、電波吸収シートもより軽量なものが好ましい。樹脂基材の比重は材料の種類によって大きくは変わらないが、損失材の比重は材料によって大きく異なる。そのため、フィラーの添加量にも依るが、軽量化という観点では損失材には、カルボニル鉄やソフトフェライトよりも比重の軽い炭素系材料もしくは炭化ケイ素を選択することが好ましい。また、3~80GHzの電波を活用した機器に対応する電波吸収シートを考えた場合、マイクロ波~ミリ波帯域で大きな透磁率が望みにくい磁性フィラーを損失材として使用するよりも、非磁性の導電物を樹脂基材中に担持させて電気的な損失を与えた方が、電波吸収シートの設計自由度としても高くなる。コスト面含めた実用的な非磁性の導電フィラーという点から考えても、炭素系材料もしくは炭化ケイ素を損失材として選択することが好ましい。
【0005】
また、電波吸収シートは、電子回路周辺に配置されるため、電波吸収シートが取り付け部から脱落した場合、電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□を下回るものであると、電波吸収シートが回路と接触して回路のショートを起こす危険性がある。しかしながら、炭素系材料の損失材を使用した場合、優れた電波吸収量を発現させるに必要な量を添加した電波吸収シートは、表面抵抗が1010Ω/□を下回る。これを解決するため、シート表面にPETフィルムなどの絶縁層を取り付けることが考えられるが、絶縁層の材質によっては耐熱性や難燃性の低下をもたらすだけでなく、製造コストUPにも繋がる。また、炭素系材料は粉末の凝集力が高いため、一般的には基材樹脂へ均質に分散させることが難しく、製造ばらつきが大きくなる。炭素系材料の損失材を使用した電波吸収シートにおいて、損失材の分散バラつきが小さくなるようにするためには特殊な装置や工程を必要とすることが多く、製造コストの観点からも好ましくない。
【0006】
一方、炭化ケイ素を損失材とした場合、優れる電波吸収量を発現させるに必要な量を添加した電波吸収シートは、表面抵抗が1010Ω/□を上回る。また、高価な炭化ケイ素繊維を使用する場合を例外とすると、工業的に使用するものは粒子状の安価な炭化ケイ素であり、樹脂基材への分散も容易である。そのため、軽量かつ絶縁性の高い電波吸収シートを作製するには、損失材に炭化ケイ素粉末を使用することが好ましい。損失材に炭化ケイ素粉末を使用した電波吸収シートとしては、特許文献1に記載のものがある。
【0007】
しかしながら、損失材に炭化ケイ素粉末を使用した電波吸収シートにおいて、炭化ケイ素粉末の結晶構造および不純物含有量によって、得られる電波吸収シートの電波吸収性が大きく左右されることは知られていなかった。炭化ケイ素粉末の導電性が電波吸収シートの誘電率に影響を与え、その誘電率を制御する、つまり、炭化ケイ素粉末の結晶構造、不純物含有量、粒径および添加量を制御することによって所望の電波吸収シートが得られると考えられる。特許文献1では、炭化ケイ素の粒径と添加量のみを規定しているのみであり、結晶構造と不純物含有量については触れていない。また特許文献1では、純度の高い緑色の炭化ケイ素粉末(具体例として、昭和電工製:グリーンデンシック)を使用した実施例を開示している。炭化ケイ素の主な結晶構造は正四面体を最小構造としたものであり、その正四面体の積層構造によって4H型と6H型の結晶構造が主として存在する。この結晶構造の違いによって、半導体の特性であるキャリア移動度には差異がある。6H型と比較すると4H型はキャリア移動度が高く、電波吸収シートの誘電率実部ε’と誘電率虚部ε”を用いて表す、電波吸収性能に関連する誘電正接tanδ(=ε”/ε’)が高くなる。しかし、グリーンデンシックの結晶構造は6H型が主であるため、誘電正接tanδが低く、電波吸収シートの性能が低いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4113812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、軽量性および高絶縁性をもたらす炭化ケイ素粉末を使用した電波吸収シートにおいて、準ミリ波からミリ波の帯域において優れたノイズ減衰効果を得ることができる電波吸収シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく本発明者は鋭意研究を行い、以下の知見を得た。すなわち、基材に担持させる誘電損失材として、軽量性および高絶縁性をもたらす炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末を採用し、かつ、炭化ケイ素(SiC)として、X線回折データが所定の条件内であるものを採用することによって、カルボニル鉄やソフトフェライトを損失フィラーとした電波吸収シートよりも軽量化でき、また、炭素系材料を損失フィラーとした電波吸収シートに比べ、シート表面にPETフィルムなどの絶縁層を取り付けなくても電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□を上回り、基材中への炭化ケイ素粉末の樹脂基材中への均質分散も容易となるため、製造バラツキの抑制による電波吸収性の安定化が図れる。また、従来知られていた炭化ケイ素を損失フィラーとした電波吸収シートに比べて、薄型化が可能となり、電波吸収性を向上させることができる。
【0011】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]有機物からなる基材と、前記基材中に担持された炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末とを含む電波吸収シートであって、該電波吸収シート表面におけるCu-Kαを線源としたX線回折において、2θ=34.4~35°に現れる4H-SiCに由来するピーク強度I4Hを、2θ=35~36°に現れる6H-SiCに由来するピーク強度I6Hで除した値I4H/I6Hが0.1以上であることを特徴とする、電波吸収シート。
【0012】
[2]前記電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□以上であることを特徴とする、上記[1]記載の電波吸収シート。
【0013】
[3]前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末の平均粒径が2μm以上40μm以下であることを特徴とする、上記[1]又は[2]記載の電波吸収シート。
【0014】
[4]前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末の、前記電波吸収シートに対する体積比が、20%以上50%以下であることを特徴とする、上記[1]~[3]のいずれか記載の電波吸収シート。
【0015】
[5]前記炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末におけるAlの含有量が、0.1mass%以上0.2mass%以下であり、かつFeの含有量が、0.1mass%以上0.3mass%以下であることを特徴とする、上記[1]~[4]のいずれか記載の電波吸収シート。
【発明の効果】
【0016】
軽量性および高絶縁性をもたらす炭化ケイ素粉末を使用した電波吸収シートにおいて、準ミリ波からミリ波の帯域において優れたノイズ減衰効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】電波吸収シートのX線回折測定チャートの例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0019】
(電波吸収シート)
本発明の電波吸収シートは、有機物からなる基材と、前記基材中に担持された炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末とを含み、電波吸収シート表面におけるCu-Kαを線源としたX線回折において、2θ=34.4~35°に現れる4H-SiCに由来するピーク強度I4Hを、2θ=35~36°に現れる6H-SiCに由来するピーク強度I6Hで除した値I4H/I6Hが0.1以上であることを特徴とする。
【0020】
[基材]
基材を構成する有機物は、特に指定されないが、一般的に電波吸収シートには可撓性や切断加工性が求められるため、ゴムやエラストマーであることが好ましい。その中でも、シリコーン樹脂およびアクリル樹脂は耐冷熱性と絶縁耐性に優れており、電波吸収シートでの使用実績も多いため、基材樹脂として特に好ましい。樹脂原料の形態については特に制限されるものはなく、ミラブル状でも液体状のものでも何れのものも使用できる。ここでは、原料として液体状のシリコーン樹脂を使用した実施について一例を述べる。
【0021】
液状シリコーンは、市販されている一般工業用途のものが使用できる。シリコーンは液型でいうと一液型と二液型が存在し、硬化型でいうと縮合反応型と付加反応型が存在するが、本発明では何れのものも適用できる。縮合反応型は硬化に時間を要するが、付加反応型は加熱工程を設けることで比較的短時間での硬化が期待できるため、生産性を考えると付加反応型を使用する方が好ましい。液状シリコーンは、粘度が低すぎるとシート成型時の保型性が悪くなり、粘度が高すぎると粉末フィラーの均質分散が難しくなるため、1Pa・s以上10Pa・s以下の粘度のものが好ましい。
【0022】
[粉末]
本発明の電波吸収シートは、誘電損失材としての粉末を、基材中に担持された状態で含む。誘電損失材としての粉末は、炭化ケイ素(SiC)を主体とした粉末(以下、「炭化ケイ素粉末」ともいう。)を含む。本発明は、6H型に対する4H型の含有割合I4H/I6Hが高い炭化ケイ素粉末を損失フィラーとして使用する。炭化ケイ素の結晶構造は主に正四面体を最小構造としたものであり、その正四面体の積層構造によって4H型と6H型が主に存在するが、純度の高い緑色タイプの炭化ケイ素は6H構造が支配的であり、4H型の割合が少ない。本発明では、純度の低い黒色タイプの炭化ケイ素を使用するが、この場合は4H型と6H型が混在し、4H型の割合が多くなる。電波吸収シートに含まれる炭化ケイ素粉末は、該電波吸収シート表面におけるCu-Kαを線源としたX線回折によって識別することができる。本発明でのX線回折の測定条件は次の通りである。
【0023】
〈装置〉
メーカー:リガク
装置名:全自動水平型多目的強力X線回折装置SmartLab(9kW)
管球:Cu
〈光学系条件〉
CBO選択スリット:BB
入射平行スリット(Soller/PSC):5.0deg
長手制限スリット(IS長手):10.0mm
受光光学素子(PSA):無し
受光平行スリット(Soller):5.0deg
〈測定条件〉
スキャン軸:2θ/θ、モード:連続、範囲指定:絶対
スピード計数時間:3.0degree/min
スキャン:20degreeから80degree
データ収集間隔:0.01degree
IS:1/2degree、
受光スリットRS1:8.0mm
受光スリットRS2:13.0mm
アッテネータ:Open
【0024】
測定データの解析手順は次の通りである。リガク製の統合粉末X線解析ソフトウェアPDXLを用いて、得られたデータのバックグラウンドの影響を除外するために、回折強度データyobsからbkgを引いた値yobs-bkgを用いた。2θ=34.4~35°の範囲で、yobs-bkgの最大値から最小値を引いた値を4H-SiCに由来するピーク強度I4Hとする。同様に、2θ=35~36°の範囲で、yobs-bkgの最大値から最小値を引いた値を6H-SiCに由来するピーク強度I6Hとする。本発明では、I4HをI6Hで除した値I4H/I6Hが0.1以上であり、好ましくは0.2以上である。また、上限値は特に限定されないが、0.5以下が好ましい。
【0025】
炭化ケイ素粉末の平均粒径は2μm以上のものが好ましく、3μm以上のものがより好ましく、40μm以下のものが好ましく、20μm以下のものがより好ましい。平均粒径が2μmよりも小さくなると粉末の流動性や分散性が悪くなり、製造性が悪化する。一方、平均粒径が40μmよりも大きくなると、成膜後のシート表面の凹凸も大きくなる。
【0026】
本明細書において、炭化ケイ素粉末の「平均粒径」は、次の手順で求める。まず、電波吸収シートの断面をイオンミリング研磨した後、走査型電子顕微鏡にて反射電子像を撮影する。撮影倍率は、測定精度を高めるためにも、粉末粒径に合せて500倍~4000倍とし、粉末粒径が2μmのように小さいものが主体である場合は4000倍がよく、粉末粒径が40μmのように大きいものが主体である場合は500倍がよい。次に、撮影した画像において、各炭化ケイ素粉末の最大径をその粉末の粒径とし、撮影視野における全ての炭化ケイ素粉末の粒径の平均値を、その電波吸収シートに含まれる炭化ケイ素粉末の「平均粒径」と定義する。なお、撮影画像端部に差し掛かる粉末や、撮影画像上で粉末粒径(最大径)が0.1μm未満のものについては測定対象から除去する。
【0027】
炭化ケイ素粉末の添加量については粉末の平均粒径、設計する電波吸収シートの共振周波数および電波吸収シートの厚みによって変わるが、電波吸収シートに対する体積比として20%以上50%以下であると、準ミリ波帯~ミリ波帯で電波吸収量の共振周波数を調整することができる。また、添加量が50%を超えると、ドクターブレード成型のような湿式法でシートを製造する場合、成型後のシートの熱処理工程において収縮が大きくなり、シート表面に亀裂が生じやすくなる。また、得られる電波吸収シートの可撓性も乏しくなる。但し、電波吸収シートの製造過程で不都合がなく、得られる電波吸収シートの可撓性も不要である場合には、炭化ケイ素粉末の添加量は50%を超えても構わない。
【0028】
本明細書において、炭化ケイ素粉末の「添加量」は、次の手順で求める。上述した炭化ケイ素粉末の「平均粒径」を求める際に使用した反射電子像を用い、炭化ケイ素粉末と有機物からなる基材の像の色を二値化処理することで、炭化ケイ素粉末と基材の切り分けを行う。切り分けが終了したら、炭化ケイ素粉末の面積率を求め、これを炭化ケイ素粉末の「添加量(電波吸収シートに対する体積比)」と定義する。尚、二値化処理する際は、炭化ケイ素粉末と基材との境界が明瞭となるように適宜設定を行うことができる。また、炭化ケイ素粉末以外の添加物が1種類以上存在する場合も同様に、多値化処理することで切り分けを行い、炭化ケイ素粉末および添加物の面積率を求めることで、各々の「添加量」を求めることができる。
【0029】
炭化ケイ素粉末としては、工業的に使用できる炭化ケイ素粉末を使用することができる。工業的に使用できる炭化ケイ素粉末としては研削・研磨用途のものであるが、純度の高い緑色タイプと、それよりは純度の低い黒色タイプがある。黒色タイプは緑色タイプに比べて不純物元素であるAl、Feの含有量が高いことが特徴である。一般的には、黒色タイプはAlが0.1~0.2mass%、Feが0.1~0.3mass%含まれ、緑色タイプはAlが0.01~0.1mass%、Feが0.02~0.03mass%含まれる。本発明では、炭化ケイ素粉末として純度の低い黒色タイプの炭化ケイ素粉末を損失フィラーとして使用することが好ましい。炭化ケイ素の不純物元素であるAl、Feの含有量を識別することも可能である。この場合、例えば電波吸収シートの研磨面(イオンミリング面など)において、炭化ケイ素粉末のEPMA(WDS:波長分散型X線分光法)による表面分析によってAl、Fe含有量を検出することが可能である。
【0030】
尚、本発明の電波吸収シートは基材中に、炭化ケイ素粉末以外にも、誘電損失材として炭化ケイ素粉末以外の粉末をさらに含んでもよい。また、本発明の電波吸収シートは基材中に、誘電損失材以外にも、必要に応じて電波吸収性や表面抵抗値を低下させない、または基材樹脂の硬化特性などに影響を与えない範囲の中で難燃剤、材料定数調整剤、熱伝導率向上剤、増量剤、可塑剤、分散剤、酸化防止剤等の添加物を加えてもよい。これらの添加物の種類は制限することは特になく、1種類のみの添加でも構わないし、2種類以上の添加でも構わない。添加物の一例を述べると、材料定数調整剤としては、アルミニウム粉末、銅粉末、銀粉末などの導電性粉末が挙げられる。また、難燃剤であれば環境負荷物質とならないものが好ましく、水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムなどの水酸系化合物やメラミンシアヌレートなどの窒素系化合物が挙げられる。また、必要に応じて、難燃助剤である赤リンも添加することが可能である。材料定数の調整や増量剤、熱伝導率向上剤としての機能を目的に、基材中に酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、球状黒鉛粉末、スピネルフェライト、六方晶フェライト、鉄系磁性合金(カルボニル鉄、FeSiAl、FeSi、FeSiCr、Fe基非晶質合金、Fe基ナノ結晶合金)、アルミニウム合金および炭酸カルシウムの粉末いずれか1種類以上を添加することができる。
【0031】
前記添加物が粉末状である場合、添加物の平均粒径は特に限定されないが、例えば、2μm以上のものが好ましく、3μm以上のものがより好ましく、40μm以下のものが好ましく、20μm以下のものがより好ましい。平均粒径が2μmよりも小さくなると粉末の流動性や分散性が悪くなり、製造性が悪化する。一方、平均粒径が40μmよりも大きくなると、成膜後のシート表面の凹凸も大きくなる。
【0032】
前記添加物が粉末状である場合、基材中に含む全粉末成分の添加量については粉末の平均粒径、設計する電波吸収シートの共振周波数および電波吸収シートの厚みによって変わるが、電波吸収シートに対する体積比として20%以上50%以下であると、準ミリ波帯~ミリ波帯で電波吸収量の共振周波数を調整することができる。また、添加量が50%を超えると、ドクターブレード成型のような湿式法でシートを製造する場合、成型後のシートの熱処理工程において収縮が大きくなり、シート表面に亀裂が生じやすくなる。また、得られる電波吸収シートの可撓性も乏しくなる。但し、電波吸収シートの製造過程で不都合がなく、得られる電波吸収シートの可撓性も不要である場合には、炭化ケイ素粉末の添加量は50%を超えても構わない。
【0033】
次に、基材となる有機物(原料樹脂)と炭化ケイ素粉末等の粉末成分を混ぜ合わせる混練工程について述べる。原料樹脂が液状シリコーンゴムであれば、遊星撹拌機によって炭化ケイ素粉末と混ぜることができる。もし、原料樹脂がミラブルシリコーンゴムであれば、加圧ニーダあるいはオープンロールで混練を行えばよい。この際、混練での材料の発熱によって加硫が進まないよう100℃以下に冷却させながら行うことが好ましい。また、後述する成型方法にて、塗工方式であるドクターブレード成型を使用する場合、混練物にトルエンやメチルエチルケトンなど、原料樹脂の溶解性の良い有機溶剤を溶媒として添加し、ドクターブレード成型が可能となるように混練物の粘度調整を行ってもよい。
【0034】
得られた混練物をシート化する成型については、圧縮成型、押出成形、圧延成型、カレンダーロール成型およびドクターブレード成型といった何れの方法でも達成できる。一例として圧縮成型の場合を説明すると、成型後の電波吸収シートが所定の厚みになるように彫が形成された金型に混練材料を投入し、シリコーンの加硫が進む温度120~200℃、5~30分間の圧縮成型を行う。
【0035】
電波吸収シートの表面抵抗は1010Ω/□以上であることが好ましく、1011Ω/□以上であることがより好ましい。電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□以上であれば、十分に高い絶縁性が得られ、例えば、電波吸収シートが取り付け部から脱落した場合でも電波吸収シートが回路と接触して回路のショートを起こす危険性を低減させることができる。
【0036】
電波吸収シートの厚みは0.15mm以上1mm以下であることが好ましい。シートの厚みが0.15mmを下回るとハンドリングできる強度が得られない。また、厚みが1mmを上回ると電子機器の薄型化・小型化に対応できなくなる。電波吸収シートの場合は、基材の比誘電率によるが、厚みが0.15mm以上1mm以下の範囲内であると、準ミリ波帯~ミリ波帯で電波吸収量の共振周波数を調整することができる。
【0037】
電波吸収シートは何らかの対象物に貼付けして使用されるため、シートの裏面に粘着層などを取り付けてもよい。また、電波吸収シートの貼り付け対象物が導電物でないところの場合は、電波吸収シートの裏面に金属などの導電層を取り付けることができる。導電層の材質に特段の制限は無いが、一般的には金属系が用いられる。金属の種類としては、真鍮、銅、鉄、ニッケル、ステンレス、アルミニウム等が挙げられる。また、導電層は金属単体から成るものでなく、例えばフィルム上にアルミニウムを蒸着成膜したようなものも使用することができる。導電層の厚みは、電波吸収シートに入射した電波を反射させることができ、且つ可撓性に優れていることを考慮して設定すればよく、具体的には10nm以上300μm以下、特に50nm以上100μm以下であることが好ましい。導電層の厚みが10nm以下を下回ると、電波吸収シートに入射した電波が導電層を透過し、導電層での反射量が低下してしまう。一方、導電層の厚みが300μmよりも大きくなると、電波吸収シートの総厚が厚くなってしまうことに加え、シートの可撓性も失われてしまう。
【0038】
本発明のシートは、遠方界で使用する電波吸収シートを想定して記載しているが、近傍界向けのノイズ抑制シートとしても使用することも可能である。本発明のシートでは、炭化ケイ素粉末を損失材として使用しており、電気的・誘電的な損失によって電界ノイズを抑制する近傍界ノイズ抑制シートとして作用する。本発明の基材構成のシートであると、誘電率実部ε’、誘電率虚部ε”とした場合のエネルギー損失の度合いを表す指標となる誘電正接tanδ(=ε”/ε’)が0.2を超えるものが得られ、実用的なノイズ抑制シートとなる。加えて、炭化ケイ素粉末は100~350W/mKという高い熱伝導率を有するため、本発明の基材構成のシートであると、熱伝導率が0.5W/mKを超えるものを得ることが可能であり、ノイズ抑制と熱伝導性を兼ね備えたシートとして適用することもできる。
【実施例
【0039】
以下、本発明を76.5GHzで反射減衰量が最大となる電波吸収シートについての実施例に従って説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
〈電波吸収シートの作製〉
電波吸収シートの作製は、ドクターブレード成型法を採用した。塗工液としては、シリコーン樹脂、炭化ケイ素粉末および溶媒となるトルエンを遊星撹拌機にて混合したものを使用した。この塗工液をドクターブレード成型にてPETフィルム上に成型後、トルエンの除去とシリコーン樹脂の硬化の目的で熱処理を行い、所定の厚みになるように電波吸収シートを作製した。前記炭化ケイ素粉末はI4H/I6Hの異なるものを適宜使用し、実施例1~14および比較例1~13とした。また、前記炭化ケイ素粉末の平均粒径、添加量、Al含有量、Fe含有量については表1に記載した通りであった。尚、シートの厚みは、平均粒径と添加量を定めた一水準内で電波吸収量が最も良好となるような膜厚とした。
【0041】
〈特性評価〉
『X線回折測定から算出されるI4H/I6H
測定条件および解析手順は、実施形態に記載した通りとし、その結果を表1に示した。実施例1、比較例8、比較例11における電波吸収シートのX線回折測定チャートの例を図1に示す。
【0042】
『誘電率実部ε’、誘電率虚部ε”および誘電正接tanδ』
[ベクトルネットワークアナライザ]
メーカー:KEYSIGHT TECHNOLOGY
装置名:Vector Network Analyzer M9374A(60~90GHz)
[装置治具]
メーカー:キーコム
装置名: Sパラメータ法 フリースペースタイプ 比誘電率測定システムDPS24
[ソフトウェア]
メーカー:KEYSIGHT TECHNOLOGY
ソフト名:VNA Soft Front Panel
[ソフトウェア]
メーカー:キーコム
ソフト名:Sパラメータ方式 誘電率透磁率測定プログラム
[測定条件]
周波数範囲:60~90GHz
データ数:1601
Port Power(Port1):2dBm
Bandwidth:1kHz
タイムドメイン法を用い試料近傍以外の反射波、散乱波の影響を除去する。
タイムゲートスパン:0.5ns
[測定方法]
作製したシートを装置に固定した状態で、誘電率実部ε’および誘電率虚部ε”を測定し、ε”をε’で除した値を誘電正接tanδ=ε”/ε’とし、周波数76.5GHzにおける結果を表1に示した。
【0043】
『電波吸収量』
[装置]
メーカー:KEYSIGHT TECHNOLOGY
装置名:Vector Network Analyzer M9374A(60~90GHz)
および
メーカー:キーコム
装置名:レンズアンテナ方式 斜入射タイプ 反射減衰量測定装置LAF―26.5A
[ソフトウェア]
メーカー:KEYSIGHT TECHNOLOGY
ソフト名:VNA Soft Front Panel
および
メーカー:キーコム
ソフト名:フリースペースタイプ電波吸収量測定プログラム
[測定条件]
周波数範囲:60~90GHz
データ数:1601
Port Power(Port1):2dBm
Bandwidth:1kHz
タイムドメイン法を用い試料近傍以外の反射波、散乱波の影響を除去する。
タイムゲートスパン:0.5ns
[測定方法]
作製したシートの裏面に粘着層として両面テープを用い、反射減衰量測定装置の金属台に貼り合わせた状態で電波吸収量を測定し、周波数76.5GHzにおける結果を表1に示した。なお、表1の結果判定においては、電波吸収量が10dB以上の場合をOK、10dB未満の場合をNGとした。
【0044】
『表面抵抗』
[装置]
メーカー:シムコジャパン
装置名:表面抵抗計ST-4
[測定方法]
作製したシートの表面に表面抵抗計ST-4を置いた状態で測定し、測定した表面抵抗は10Ω/□で表され、その結果を表1に示した。なお、表1の結果判定においては、1010Ω/□以上のものをOK、1010Ω/□未満のものをNGとした。
【0045】
『シート外観』
シートの表面状態を目視と触診で判断し、その結果を表1に示した。なお、表1の結果判定においては、表面に亀裂や凹凸が発生していない滑らかな状態のものをOK、亀裂や凹凸が発生したものをNGとした。
【0046】
『総合判定』
上記の電波吸収量、表面抵抗率、シート外観の3項目の判定が全てOKのものを総合判定OK、それ以外のものを総合判定NGとし、表1に示した。
【0047】
〈結果〉
実施例1~14および比較例1~13の結果を表1に示す。
【0048】
・実施例1~12
炭化ケイ素粉末の平均粒径と添加量が本実施形態の範囲内の電波吸収シートである。I4H/I6Hはすべて0.2を超えており、電波吸収量は10dBを超えていた。また、表面抵抗も1010Ω/□を超えており、シート表面も滑らかなものであった。
【0049】
・実施例13、14
炭化ケイ素粉末の平均粒径と添加量が本実施形態の範囲内の電波吸収シートである。I4H/I6Hはすべて0.1以上0.2未満であり、電波吸収量は10dBを超えていた。また、表面抵抗も1010Ω/□を超えており、シート表面も滑らかなものであった。
【0050】
・比較例1、3、5、6
炭化ケイ素粉末の添加量が本実施形態の範囲よりも少ない電波吸収シートである。I4H/I6Hはすべて0.2を超えているが、誘電正接は0.2を下回り、電波吸収量は10dBよりも小さかった。
【0051】
・比較例2、4
炭化ケイ素粉末の添加量が本実施形態の範囲よりも多い電波吸収シートである。成型後のシートの熱処理工程において収縮が大きくなり、シート表面に亀裂が生じた。
【0052】
・比較例7
炭化ケイ素粉末の平均粒径が本実施形態の範囲よりも大きい電波吸収シートである。成型後のシート表面に凹凸が生じた。
【0053】
・比較例8~13
4H/I6Hが本発明範囲よりも低い電波吸収シートである。I4H/I6Hはすべて0.1を下回り、電波吸収量は10dBよりも小さかった。また、比較例10および比較例13は、炭化ケイ素粉末の添加量が本実施形態の範囲よりも多すぎるため、成型後のシートの熱処理工程において収縮が大きくなり、シート表面に亀裂が生じた。
【0054】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の電波吸収シートは、電子機器に装着され、これらの電子機器内で発生する電波を吸収する電磁波ノイズ対策部材として特に有効であり、従来品に比べて軽量、薄型、高絶縁である電波吸収シートであるので、産業上有用である。
図1