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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-29
(45)【発行日】2024-09-06
(54)【発明の名称】燃料電池用ガス拡散層
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20240830BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20240830BHJP
   H01M 8/0245 20160101ALI20240830BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240830BHJP
【FI】
H01M4/86 B
H01M4/86 M
H01M4/88 H
H01M4/86 H
H01M8/0245
H01M8/10 101
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2022529423
(86)(22)【出願日】2020-11-05
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-01-23
(86)【国際出願番号】 EP2020081095
(87)【国際公開番号】W WO2021099129
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-05-19
(31)【優先権主張番号】102019131343.0
(32)【優先日】2019-11-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】501479868
【氏名又は名称】カール・フロイデンベルク・カーゲー
【氏名又は名称原語表記】Carl Freudenberg KG
【住所又は居所原語表記】Hoehnerweg 2-4, D-69469 Weinheim, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100134315
【弁理士】
【氏名又は名称】永島 秀郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】アヒム ボック
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ クライン
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ ラコウスキー
(72)【発明者】
【氏名】ハネス バルシュ
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-238376(JP,A)
【文献】特開2007-323874(JP,A)
【文献】特開2016-015216(JP,A)
【文献】特開2009-245871(JP,A)
【文献】特開2006-120506(JP,A)
【文献】特表2002-524831(JP,A)
【文献】国際公開第2011/100602(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第110112425(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池用ガス拡散層であって、前記ガス拡散層は、
a)面状の導電性繊維材料と、
b)前記繊維材料の1つの面上のマイクロポーラス層と
を含み、前記ガス拡散層のマイクロポーラス層は、その底面(x,y平面)に対して、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示し、前記ガス拡散層は20%~80%の全空隙率を有し、且つ孔形成剤の使用に起因する最終的なマイクロポーラス層中の細孔の体積割合は、最終的なマイクロポーラス層中の細孔の総体積に対して0~70体積%である、ガス拡散層。
【請求項2】
燃料電池のカソード側用である、請求項1に記載のガス拡散層。
【請求項3】
前記マイクロポーラス層は、位置に応じて単調に変化する連続的または段階的な特性勾配を示す、請求項1記載のガス拡散層。
【請求項4】
前記マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる領域を、少なくとも2つ有する、請求項1記載のガス拡散層。
【請求項5】
前記マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる領域を、少なくとも3つ有する、請求項1記載のガス拡散層。
【請求項6】
前記マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる、横方向に隣接するストリップを、少なくとも2つ有する、請求項3記載のガス拡散層。
【請求項7】
前記マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる、横方向に隣接するストリップを、少なくとも3つ有する、請求項3記載のガス拡散層。
【請求項8】
個々の各ストリップは、その特性に関して実質的に均質であり、ここで、実質的に均質とは、意図的に勾配を生じさせない場合に、製造に起因して発生するような特性のばらつきのみが生じることを意味する、請求項6記載のガス拡散層。
【請求項9】
勾配を示す前記特性が乾燥拡散長である、請求項1記載のガス拡散層。
【請求項10】
前記特性勾配が、カソードのガス入口からカソードのガス出口に向かう方向に乾燥拡散長が低下することを含む、燃料電池用のカソード側用の請求項1記載のガス拡散層。
【請求項11】
燃料電池用ガス拡散層の製造方法であって、前記ガス拡散層は、面状の導電性繊維材料a)と、前記繊維材料の1つの面上のマイクロポーラス層b)とを含み、前記マイクロポーラス層は、前記ガス拡散層のマイクロポーラス層の底面(x,y平面)に対して、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す、燃料電池用ガス拡散層の製造方法において、
i)面状の導電性繊維材料a)を提供し、
ii)ステップi)で提供された前記繊維材料を、マイクロポーラス層を形成するための前駆体で被覆し、その際、前記被覆時に前記前駆体の組成を変化させて勾配を生じさせ、
iii)ステップii)で得られた被覆された前記繊維材料を熱的な後処理に供し、
前記ガス拡散層は20%~80%の範囲の全空隙率を有し、且つステップii)で使用される前記前駆体は、少なくとも1つの孔形成剤を含み、且つ前記孔形成剤の使用に起因する最終的なマイクロポーラス層中の細孔の体積割合は、最終的なマイクロポーラス層中の細孔の総体積に対して0~70体積%である、
前記方法。
【請求項12】
前記被覆時に前記前駆体の組成を、前記マイクロポーラス層が前記ガス拡散層のマイクロポーラス層の底面(x,y平面)に対して少なくとも1つの単調な特性勾配を示すように変化させる、請求項11記載の方法。
【請求項13】
ステップii)で使用される前記前駆体は、少なくとも1つの含フッ素ポリマー、および少なくとも1つの炭素材料を含む、請求項11または12記載の方法。
【請求項14】
前記繊維材料は、マイクロポーラス層を形成するための前駆体の横方向に隣接する少なくとも2つのストリップで被覆されている、請求項11から13までのいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
請求項1から10までのいずれか1項に定義されたガス拡散層を少なくとも1つ含む、燃料電池。
【請求項16】
電極面での電流密度のばらつきが低減された燃料電池を製造するための、請求項1から10までのいずれか1項に定義された、または請求項11から14までのいずれか1項に定義された方法によって得ることができるガス拡散層の使用。
【請求項17】
カソード側の電極面での電流密度のばらつきが低減された燃料電池を製造するための、請求項1から10までのいずれか1項に定義された、または請求項11から14までのいずれか1項に定義された方法によって得ることができるガス拡散層の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の背景
本発明は、燃料電池用ガス拡散層、該ガス拡散層を含む燃料電池、および該ガス拡散層の使用に関する。
【0002】
燃料電池は、燃料である特に水素と酸素との化学反応による水の生成を利用して電気エネルギーを発生させるものである。水素-酸素燃料電池では、水素または水素を含む混合ガスがアノードに供給され、そこで電気化学的酸化が生じて電子が放出される(H→2H+2e)。プロトンは、反応チャンバ同士を気密的に隔て、電気的に絶縁した膜を介して、アノードチャンバからカソードチャンバに輸送される。アノードに供給された電子は、外部導体回路を経由してカソードに供給される。カソードには、酸素または酸素を含む混合ガスが供給され、電子が受容されて酸素の還元が行われる。このとき生成される酸素アニオンが、膜を介して輸送されたプロトンと反応して水が生成される(1/2O+2H+2e→HO)。
【0003】
多くの用途、特に自動車のパワートレインには、60%までの効率を達成する低温プロトン交換膜燃料電池(PEMFC, proton exchange membrane fuel cells、高分子電解質型膜燃料電池とも呼ばれる)が使用されている。PEMFCの中核となるのは、プロトン(またはオキソニウムイオンH)および水のみを透過させ、一般には大気中の酸素である酸化剤と還元剤とを空間的に分離する高分子電解質膜(PEM)である。膜を介した可能な限り良好なプロトン輸送を保証するために、通常は湿潤膜が使用される。気密性、電気絶縁性でかつプロトン伝導性の膜のアノード側およびカソード側に触媒層が施与されており、この触媒層は、電極を形成するとともに、通常は触媒活性金属として白金を含有する。この触媒層で、実際の酸化還元反応や電荷分離が行われる。触媒層には、電子およびプロトンを同時に伝導できなければならないことに加え、反応ガスの供給や、カソード反応で生成された水の排出が可能でなければならないといった、特別な要求が課せられている。膜と触媒層とが1つのユニットを形成しており、これはCCM(catalyst coated membrane、触媒コート膜)とも呼ばれる。CCMの両側にはガス拡散層(GDL)が存在し、これはセル構造を安定させるとともに、反応ガス、水、熱、および電気の輸送および分配機能を担っている。膜、電極、およびガス拡散層は、膜電極接合体(MEA)を形成している。
【0004】
CCMに代わるものとしてガス拡散電極(GDE)が存在し、その場合には、電極材料が膜ではなくGDLに施与されている。欧州特許出願公開第2228857号明細書には、ポリテトラフルオロエチレンを含む少なくとも2つのガス拡散層を有するガス拡散電極を備えた高温燃料電池用膜電極ユニットであって、ガス拡散層が異なるポリテトラフルオロエチレン濃度を有する、膜電極ユニットが記載されている。よってこのGDEは、作動媒体の通過方向に、すなわちその厚みに関して、または底面に対して垂直に(すなわちz軸方向に)PTFE濃度勾配を示す。
【0005】
膜電極ユニットが1つしかないシングルセルでは、MEAの両側に分流板が配置されており、この分流板は、電極にプロセスガスを供給するためのチャネルと、通常はさらに放熱のための内部冷却チャネルとを備えている。しかし、燃料電池は通常は、シングルセルではなく、多数の膜電極ユニットをスタック状に配置し、それらを直列に接続して電気出力を足し合わせたものからなる。その場合、2つの膜電極ユニットの間には、通常は1枚の分流板(いわゆるバイポーラプレート)のみが配置されている。このバイポーラプレートの表面および裏面は構造化されており、それぞれ一方の面に隣接するカソードおよびもう一方の面に隣接するアノードにプロセスガスを供給するためのチャネルと、通常はさらに内部冷却チャネルとを備えている。積層された膜電極ユニット間の電気的接続を確立するために、分流板あるいはバイポーラプレートは導電性材料からなる。
【0006】
分流板の主な役割は、MEAへの反応ガスの均一な供給、および反応生成物、すなわち水素-酸素燃料電池の場合にはカソード反応時に生成される水の排出である。このため、分流板は、供給と排出との間に片側が開放されたチャネル構造、いわゆる流れ場を有する。流れ場は、隣接するGDLに反応ガスの巨視的な分配を提供し、GDLは、膜の触媒活性領域への微視的な分配を担っている。流れ場はさらに、ガス状や液状の生成水を排出する役割も果たしている。流れ場は、ウェブおよびチャネルで形成され、その配置は、特徴的なパターンを形成している。通常のウェブ幅およびチャネル幅は、それぞれ約0.2~1.5mmの範囲にある。現在、PEMFCでは主に4つの流れ場パターン、すなわち、直線的なチャネルを有する平行型流れ場、蛇行型流れ場、途切れたチャネルを有する交互嵌合型流れ場、および小ポスト型流れ場が採用されている。流れ場の設計に際しては、プロセスガスの供給に加えて、凝縮物の連続的な排出が重要な基準となる。流れ場内では、流れ場の流入と流出との圧力差に基づいて対流による物質輸送が支配的となる。アノードとカソードでは、プロセスガスの供給や反応生成物の排出に関する要求が異なる。例えば、アノード側では、供給された水素は実質的にプロトンに変換され、膜を通じてカソードに移動する。アノード反応中にプロセス水が生成されることはないが、カソードから膜を通じて水がアノードに達することはある。カソード側では、還元反応により大量の水が生成され、分流板のチャネル構造を通じてこれを排出する必要がある。そのため、カソードおよびアノード用の分流板、あるいはバイポーラプレートの両面は、通常、異なる流れ場を有する。
【0007】
分流板あるいはバイポーラプレートと触媒層との間には、それぞれガス拡散層が存在しており、これは燃料電池の機能や性能にとって極めて重要な役割を果たしている:
- 電極反応で消費および生成されるすべてのプロセス成分は、ガス拡散層を通じて輸送され、分流板/バイポーラプレートのマクロ構造から触媒層のミクロ構造まで均一に分配される必要がある。これには、アノードへの水素の輸送、カソードへの酸素の輸送、ならびにアノードから分流板/バイポーラプレートのチャネルへのガス状および液状の水の輸送が含まれる。その際、一方では、細孔の過度のフラッディングによってガス輸送が妨げられることがあってはならず、他方ではMEAが乾燥することがあってはならない。
- ハーフセル反応で生成および消費された電子は、できるだけ電圧の損失を少なくして分流板に伝導させる必要がある。これは、導電性の高い材料を使用することで実現される。
- 反応時に発生する熱は、分流板で冷却手段に放出する必要があるため、GDLの材料には十分な熱伝導性も求められる。
- さらにGDLは、マクロ構造化分流板と触媒層との間の機械的な補償体としても機能しなければならない。そのためには、部品の公差を補償し、圧縮圧力を分散させなければならない。GDLは、燃料電池において高負荷に曝されている非常に薄い膜の機械的な保護も兼ねている。
【0008】
要求される特性に基づき、GDLは典型的に、通常はフッ素系ポリマー(例えば、PTFE)で疎水化仕上げが施された炭素繊維の基材からなる。ガスや液状の水の輸送特性を最適化するために、GDLは一般に、マイクロポーラス層(MPL)で面状に被覆されている。MPLは通常、バインダーとしての含フッ素ポリマー(例えば、PTFE)と、多孔質で導電性の炭素材料(例えば、カーボンブラックまたはグラファイト粉末)とからなる。GDLの繊維基材の細孔が通常10~30μmの直径を有するのに対し、MPLの孔径は、通常は0.05~1μmの範囲にある。電極の孔径は10~100nmの範囲にあるため、MPLは、基材のマクロ孔から電極のミクロ孔への移行を生じさせる。現在、GDLの炭素繊維基材として、以下の3つの材料が使用されている:
- 炭素繊維織物:製造には、例えば、酸化はされているが未炭化であるポリアクリロニトリル繊維から構成された糸が使用され、これは、製織後に炭化あるいは黒鉛化される。
- 炭素繊維紙:製造のために、例えばPAN繊維を炭化させ、破砕して繊維片とし、溶解させ、製紙と同様にスクリーン処理(漉き処理)してレイドウェブ繊維を製造する。紙を安定化させるために、例えばフェノール樹脂などのバインダーが使用される。
- 炭素繊維不織布:製造のために、酸化ポリアクリロニトリルから構成されるドライレイド処理し、カーディング処理し、ウォータージェットで強化し、その後に厚さ調整して炭化させた不織布を使用することができる。導電性不織布およびその製造方法は、例えば、国際公開第02/31841号に記載されている。
【0009】
先行技術から知られているGDLは、可能な限り均質な層および部分構造体からなる。繊維構造体に加え、疎水化仕上げおよびMPL被覆も、これまでのところ、意図的に生成された特性勾配を示していない。
【0010】
さらに、燃料電池の運転では、分流板の流れ場にプロセスガスを供給してから流れ場から反応生成物を排出するまでの間に、流れる作動媒体の化学組成(酸素含有量、水素含有量、全ての水の含有量)や運転パラメータ(温度、圧力、ガス状および液状の水の含有量)について大きな差が生じることが問題である。これらのパラメータの多くは、流れ場の設計で指定された具体的な流れの推移に関してのみならず、作動物質の供給と排出との間の直接的な接続に関しても勾配を示す。これらの勾配は、GDLにおいて電極まで続いている。これらは、各電極の入口と出口との間で電流密度分布に勾配をもたらすため、燃料電池の性能に大きな影響を与える。ここで、性能を決定づけるのは特に燃料電池のカソード側(空気側)の勾配であるが、アノード側でも、水素分布が勾配を示し、また水が膜を通過し、それに伴って勾配が発生し得る。以下では、この勾配の発生をカソードの状況について説明する:
カソード入口:
濃度=最大
圧力=最大
温度=最小
ガスの湿分含有量=最小
液状の水の蓄積量=最小
カソード出口:
濃度=最小
圧力=最小
温度=最大
ガスの湿分含有量=最大
液状の水の蓄積量=最大
【0011】
燃料電池の運転中にこのような勾配が発生するのを低減する試みはすでに行われている。そのアプローチの1つが、分流板/バイポーラプレートの設計である。例えば、流れ場の設計(例えば、アノードガスおよびカソードガスのクロスフローおよびカウンターフロー)により、勾配の発生を最小限に抑える試みがなされてきた。
【0012】
国際公開第2015150533号には、作動媒体の圧力損失が減少し、面全体での作動媒体の可能な限り均一な圧力分布が実現されるように水力断面が最適化された燃料電池用バイポーラプレートが記載されている。そのために、2つの分配領域と1つの活性領域とを含む3つの領域に分割されたバイポーラプレートが使用される。その際、第1の分配領域は、バイポーラプレートの活性領域に作動媒体を供給する役割を果たし、第2の分配領域は、活性領域から作動媒体を排出する役割を果たす。また、バイポーラプレートには、両分配領域の作動媒体メインポートを互いに接続するチャネルが設けられている。さらに、分配領域は、少なくとも1つのオーバーラップ部を有し、そこでは、チャネルは互いに流体連通して交差することはない。カソードガスメインポートは、そこから出発してカソードチャネルが燃料電池の少なくとも分配領域にわたって直線的に延び、第1のオーバーラップ部においてアノードガスメインポートから出発するアノードチャネルとカソードチャネルとが互いに交差して0°より大きく90°より小さい角度を成すように配置されている。国際公開第2015150533号に記載された燃料電池も、その特性に関して改善の余地がある。
【0013】
独国特許出願公開第102005022484号明細書には、互いに作動的に接続された少なくとも2つの機能領域を有し、第1の領域が多孔質構造を有し、第2の領域が安定化ゾーンとして設計されているガス拡散層が記載されている。GDLが、例えば勾配の形で漸進的な構造を有していてもよいことが、実施例によるサポートなしにごく一般的に記載されている。例えば、GDLは、曲げ剛性、引張弾性率、または詳細には示されていない他の機械的特性に関して、異なる空間方向に勾配があることを特徴とする均一な材料からなる場合がある。この文献には、GDLがMPLで被覆されており、このMPLが、x-y平面において連続的または段階的な特性勾配を示し、この勾配が位置に応じて単調に変化する(すなわち、常に増加するかまたは常に減少し、その際、部分領域において一定のままであってもよいが、局所的な極小や極大を有しない)ことは、特に記載されていない。
【0014】
米国特許出願公開第2010/0255407号明細書には、ガス拡散層と、触媒層と、ガス拡散層と触媒層との界面に設けられた撥水性材料とを含む燃料電池用電極が記載されている。具体的にこれは、リン酸含浸電解質膜を有するPEM型燃料電池の特定の実施形態である。撥水性材料は、リン酸が触媒層への一様な酸素の流入を阻害するのを防ぐためのものである。これは、ガス拡散層から離れて延びる第1の方向(すなわちz方向)には連続した濃度勾配を示し、第1の方向に対して垂直な第2の方向(すなわちx,y平面内)には不連続な濃度勾配を示す。GDLと触媒層との間の撥水性材料は、記載されている電極の本質的な特徴であり、これは、さらに追加で存在してもよいMPLには相当しない。また、撥水性材料は、GDLと触媒層との界面において表面方向に不連続な勾配を示すことが肝要である。このため、撥水性材料は、例えば、GDL上にドット状に配置されていてよく、ドットは、表面方向に放射状の濃度勾配を示す。この文献にも、x,y平面において連続的または段階的な単調な特性勾配を示すMPLでGDLを被覆することは記載されていない。
【0015】
中国特許出願公開第110112425号明細書には、入口と出口との間の主ガス流方向に勾配を示すチャネルに沿って繊維材料の疎水性を示すガス拡散層を含むPEM燃料電池が記載されている。疎水化には、好ましくはPTFEが用いられる。この場合、繊維材料自体が疎水化される。この文献には、x,y平面に単調な特性勾配を示すMPLを追加の層として有するGDLの使用については記載されていない。
【0016】
現在、上記のような複雑な特性プロファイルに関して改善されたPEM燃料電池が求められている。本発明は、作動媒体の供給と排出との間の化学組成および/または運転パラメータに関する勾配に起因する欠点を低減または回避するという課題に基づいている。提供される燃料電池は、特に活性面での電流密度のばらつきが可能な限り少ないことが特徴であることが望ましい。
【0017】
驚くべきことに、この課題は、燃料電池用ガス拡散層であって、少なくとも1つの特性勾配を示し、それによってGDLを通る作動媒体の分配が改善されるガス拡散層によって解決されることが見出された。GDLの特性を、ハーフセル反応の環境条件によって決まる作動媒体の勾配に狙いどおりに適合させることで、燃料電池の性能を大幅に向上させることができる。特に、活性面での電流密度のばらつきを低減することができる。
【0018】
発明の概要
本発明の第1の主題は、燃料電池用ガス拡散層であって、ガス拡散層は、
a)面状の導電性繊維材料と、
b)繊維材料の1つの面上のマイクロポーラス層と
を含み、ガス拡散層は、その底面(x,y平面)に対して、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す、ガス拡散層である。
【0019】
好ましい実施形態において、少なくともマイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性勾配を示す。
【0020】
本発明のさらなる主題は、燃料電池用ガス拡散層の製造方法であって、ガス拡散層は、面状の導電性繊維材料a)と、繊維材料の1つの面上のマイクロポーラス層b)とを含み、マイクロポーラス層は、ガス拡散層の底面(x,y平面)に対して、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す、燃料電池用ガス拡散層の製造方法において、
i)面状の導電性繊維材料a)を提供し、
ii)ステップi)で提供された繊維材料を、マイクロポーラス層を形成するための前駆体で被覆し、その際、被覆時に前駆体の組成を変化させて勾配を生じさせ、
iii)ステップii)で得られた被覆された繊維材料を熱的な後処理に供する、方法である。
【0021】
本発明のさらなる主題は、前述および以下に定義する少なくとも1つのガス拡散層を含む燃料電池である。
【0022】
本発明のさらなる主題は、電極面、特にカソード側での電流密度のばらつきが低減された燃料電池を製造するための、前述および以下に定義するガス拡散層の使用である。
【0023】
発明の詳細な説明
本発明による燃料電池は、以下の利点を有する:
- 本発明によるガス拡散層が示す少なくとも1つの特性勾配により、GDLの特性を、各燃料ハーフセルの運転条件に狙いどおりに適合させることができる。GDLは、作動物質の分配に関する特性の改善を特徴とする。特に、GDLを通じた異なる輸送プロセスを互いに独立して制御することが可能である。例えば、液状の水の輸送とガス状の水の輸送とを別個に調整することができる。また、GDLを通じたカソードへの酸素の輸送も狙い通りに制御することができる。
- 本発明によるガス拡散層は、簡易かつ安価に製造することができる。
- 本発明によるガス拡散層を用いることで、得られる燃料電池において、活性領域での電流密度のばらつきを低減することができる。
【0024】
ガス拡散層(GDL)
本発明により使用されるGDLは、実質的に二次元的で平面的な広がりを有するが、それに対して厚みが小さい面状の構造体である。本発明によるガス拡散層は、通常は、触媒層を有する隣接する膜の底面と、隣接する分流板の底面とに実質的に対応する底面を有する。ガス拡散層の底面の形状は、例えば、多角形(n≧3のn角形、例えば、三角形、四角形、五角形、六角形など)、円形、円形セグメント状(例えば、半円形)、楕円形、または楕円セグメント状であってよい。好ましくは、底面は、矩形または円形である。本発明では、GDLを記述するために直交座標系が用いられ、GDLの底面は、x軸およびy軸から広がる平面(x,y平面とも呼ばれる)内にある。これに直交するz軸は、材料の厚さを表すのに用いられる。繊維複合材料の通常の記述によれば、x軸は、縦方向(machine direction, MD)であり、y軸は、横方向(cross machine direction, CMD)とも表現される。z軸の方向では、物質輸送は、実質的に分流板と膜との間で行われる。
【0025】
本発明によれば、ガス拡散層は、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す。つまり、ガス拡散層の少なくとも1つの特性は、位置に依存する。特性勾配は、空間的に1方向、2方向、または3方向すべてに及ぶことができる。特性勾配はそれぞれ、空間的に1方向に全長にわたって広がることも、特定の区間にわたって広がることも可能である。特性変化は、段階的(すなわち、本発明によるガス拡散層は、少なくとも1つの特性に関して異質性を示す)であってもよいし、連続的(すなわち、本発明によるガス拡散層は、少なくとも1つの特性に関して不均質性を示す)であってもよい。段階的な特性変化は、通常、勾配を示す特性に対して少なくとも2段階、好ましくは少なくとも3段階、特に少なくとも4段階を有する。面状の繊維材料a)だけでなく、マイクロポーラス層b)も、またその双方とも、少なくとも1つの特性勾配を示すことができる。
【0026】
好ましくは、少なくともマイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性勾配を示す。好ましくは、本発明による燃料電池の少なくともカソード側ガス拡散層は、GDLの底面(x,y平面)に対して特性勾配を示すMPLを有する。GDLの底面(x,y平面)に対して特性勾配を示すMPLを用いることで、燃料電池のより均一な電流密度分布が得られることが判明した。特定の実施形態では、マイクロポーラス層のみが1つ以上の特性勾配を示す。
【0027】
好ましくは、ガス拡散層(すなわち、面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b))は、位置に応じて単調に変化する少なくとも1つの特性勾配を示す。単調な特性変化とは、位置座標の値が増加するにつれて、特性変化を表す関数値が常に増加または常に減少することを意味する。その際、特性変化を表す関数値が、位置座標のグラフにおいて1つの部分範囲や複数の部分範囲にわたって同じままであっても構わない。ただしこの関数値は、局所的な極小や極大を有しない。
【0028】
好ましくは、ガス拡散層(すなわち、面状の繊維材料a)のみ、またはマイクロポーラス層b)のみ、または面状の繊維材料a)およびマイクロポーラス層b))は、位置に応じて単調に変化する特性勾配のみを示す。
【0029】
好ましくは、少なくともマイクロポーラス層b)は、位置に応じて単調に変化する少なくとも1つの特性勾配を示す。特定の実施形態では、マイクロポーラス層のみが、位置に応じて単調に変化する少なくとも1つの特性勾配を示す。さらなる特定の実施形態では、マイクロポーラス層は、位置に応じて単調に変化する特性勾配のみを示す。具体的には、マイクロポーラス層は、特性勾配を1つのみ示し、この1つの特性勾配は、位置に応じて単調に変化する。
【0030】
ガス拡散層は、成分a)として、少なくとも1つの面状の導電性繊維材料を含む。好ましくは、成分a)は、不織布、紙、織物、およびそれらの組み合わせから選択される繊維材料を含む。適切な基材は、それ自体が導電性を示す繊維材料、または炭素粒子や金属粒子などの導電性添加物を加えて導電性を持たせたものである。基材として適しているのは、原則として、炭素繊維、ガラス繊維、有機ポリマーの繊維、例えば、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルケトン、およびそれらの混合物である。繊維材料a)に含まれる繊維は、好ましくは、炭素繊維(カーボン繊維、カーボンファイバー)を含むかまたはそれからなる。このような繊維材料は、特に有利には、GDLに対するガス拡散性、液状の水の透過性、電気伝導性および熱伝導性の要件を満たしている。
【0031】
炭素繊維は通常の方法で製造することができ、好ましくはポリアクリロニトリル繊維(PAN繊維)が出発材料として使用される。PAN繊維は、重合に使用されるモノマーの総重量に対して好ましくは少なくとも90重量%のアクリロニトリルを含むモノマー組成物のラジカル重合によって製造される。得られたポリマー溶液を、例えば湿式紡糸や凝固によってフィラメントとし、まとめて紐状物にする。このPAN前駆体を、高温下で炭素繊維に変換する前に、通常は酸素を含む雰囲気中で180~300℃程度の高温で酸化環化(略して酸化ともいう)に供する。その際に生じる化学的架橋により、繊維の寸法安定性が向上する。その後、炭素繊維への実際の熱分解は、少なくとも1200℃の温度で行われる。この熱分解には、目的とする繊維材料の形状に応じて、原繊維を使用することも、すでに面状の繊維材料を使用することもできる。熱分解時の温度によって、炭化と黒鉛化とに区別される。炭化とは、不活性ガス雰囲気下に約1200~1500℃で処理することであり、揮発性生成物が分解される。黒鉛化、すなわち不活性ガス下で約2000~3000℃に加熱すると、いわゆる高弾性繊維やグラファイト繊維が得られる。これらの繊維は、純度が高く、軽量で高強度であり、電気および熱の伝導性が非常に高い。
【0032】
繊維材料a)は、好ましくは、炭素繊維織物、炭素繊維紙、および炭素繊維不織布から選択される。
【0033】
炭素繊維織物の場合には、経糸と緯糸の2系統の糸を交錯させることで面状の繊維材料が製造される。テキスタイルと同様に、繊維の束は、柔軟に、しかし分離できないように互いに結合されている。炭素繊維織物の製造には、好ましくは、酸化はされているが未炭化または未黒鉛化であるPAN繊維が使用される。面状の繊維材料に導電性を付与するための炭化や黒鉛化は、製織の後に行われる。
【0034】
冒頭で述べたように、炭素繊維紙の製造には、一般的にPAN繊維を酸化させたものが使用される。これらは、自体公知の方法で破砕されて繊維片とされ、スラリー化され、製紙と同様にスクリーン処理(漉き処理)によりレイドウェブ繊維が製造され、乾燥される。好ましい実施形態では、紙にさらに少なくとも1つのバインダーが導入される。適切なバインダーは、例えば、フェノール樹脂、フラン樹脂、ポリイミド樹脂などである。バインダーを導入するには、紙にバインダーを含浸させ、次いで必要に応じてバインダーを硬化させればよい。含浸および硬化後、炭素繊維紙は再び炭化/黒鉛化に供され、バインダーも導電性を向上させた化合物に変換される。さらなる適切な実施形態では、充填された炭素繊維紙が、繊維材料a)を提供するために使用される。製造は、まずは前述のように行われるが、ただし、バインダーを導入して炭化/黒鉛化する代わりに、ポリマーバインダー中の炭素材料から構成されるフィラーを、まだ湿った紙の中に導入する。特に、これには炭素-PTFEフィラーが使用される。このフィラーにより熱伝導性および電気伝導性が向上し、炭化/黒鉛化を省略することができる。
【0035】
炭素繊維不織布の製造には、非酸化または酸化PAN繊維を使用することができる。これらを、第1のステップにて乾燥状態で積層してウェブとし(カーディング処理)、次いでこれを強化して不織布とすることができる。これは、例えば水流交絡によって行うことができ、これにより炭素繊維は配向し、絡み合い、機械的に安定化される。必要に応じて、強化された不織布の厚さを所望の値に較正することができる。非酸化PAN繊維をベースとする不織布は、ウェブの積層および強化後にまず高温で酸素雰囲気下にて酸化に供され、次いで不活性ガス雰囲気下で炭化/黒鉛化に供される。酸化PAN繊維をベースとする不織布は、ウェブの積層および強化後に炭化/黒鉛化にのみ供される。任意に、少なくとも1つのバインダーを不織布に追加で導入し、これを必要に応じて次いで硬化させてもよい。適切なバインダーは、炭素繊維紙に関して挙げられたもの、特にフェノール樹脂である。バインダーの導入は、例えば、炭化/黒鉛化の後に行うことができ、得られた含浸不織布を、次いで再び炭化/黒鉛化処理することができる。
【0036】
特定の実施形態では、面状の導電性繊維材料a)は、少なくとも1つの炭素繊維不織布を含む。これらは特に、圧縮弾性があり、例えばロール・ツー・ロールプロセスなどで容易に大規模に製造できるため有利である。
【0037】
繊維材料a)は、通常は繊維複合材料であり、これは、
a1)炭素繊維、
a2)任意に、少なくとも1つのポリマーバインダーおよび/またはその熱分解生成物、
a3)任意に、a2)とは異なる少なくとも1つのさらなる添加剤
を含む。
【0038】
ガス拡散層に含まれる繊維材料a)は、通常の添加剤a3)を含むことができる。これらは、好ましくは、疎水化剤、導電性向上添加剤、界面活性物質、およびそれらの混合物から選択される。
【0039】
GDLを通じた輸送プロセスや界面での輸送プロセスを改善するためには、繊維材料a)の疎水性を高めることが有利な場合がある。適切な疎水化剤は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などの含フッ素ポリマーである。好ましくは、疎水化剤としてPTFEが使用される。繊維材料は、通常の含浸プロセスによって疎水化剤で仕上げることができる。このために、PTFE分散液を浸漬浴中に施与し、溶媒を蒸発させ、処理された繊維材料を通常は少なくとも300℃の高温で焼成することができる。
【0040】
好ましくは、繊維材料a)は、繊維材料a)の総重量に対して3~40重量%の疎水化剤含有量を有する。特定の実施形態において、繊維材料は、繊維材料a)の総重量に対して3~40重量%のPTFE含有量を有する。
【0041】
電気伝導性および熱伝導性を向上させるために、繊維材料a)を、少なくとも1つの伝導性向上添加剤で処理することができる。適切な伝導性向上添加剤は、例えば、金属粒子、炭素粒子などである。好ましくは、伝導性向上添加剤は、カーボンブラック、グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー、およびそれらの混合物から選択される。少なくとも1つの伝導性向上添加剤による繊維材料a)の処理は、例えば、疎水化剤、特にPTFE分散液と共に行うことができる。多くの場合、繊維材料a)は、伝導性向上添加剤なしでも、使用される炭素繊維により良好な電気伝導性および熱伝導性を有する。
【0042】
好ましくは、繊維材料a)は、繊維材料a)の総重量に対して0~40重量%の伝導性向上添加剤の含有量を有する。繊維材料a)が伝導性向上添加剤を含む場合、繊維材料a)の総重量に対して好ましくは0.1~40重量%、特に好ましくは0.5~30重量%の量で有する。
【0043】
繊維材料a)は、好ましくは50~500μm、特に好ましくは100~400μmの範囲の厚さを有する。この厚さは、繊維材料a)の非圧縮状態、すなわちGDLが燃料電池に組み込まれる前の状態に関するものである。
【0044】
繊維材料a)は、好ましくは10~90%、特に好ましくは20~85%の範囲の空隙率を有する。繊維材料の空隙率は、繊維密度が既知であれば、測定された厚さと、測定された目付から算出することができる。したがって、炭素の繊維密度が1.8g/cmの場合、空隙率[%]=[(1.8-目付/厚さ)/1.8]×100となる。さらに、ガス拡散層の密度をヘリウム密度測定により、比細孔容積を水銀ポロシメトリーにより測定することが可能である。その場合、空隙率は以下のように算出される:空隙率[%]=比細孔容積/(比細孔容積+1/He密度)×100%]。
【0045】
繊維材料a)の平均孔径は、好ましくは5~60μm、特に好ましくは8~50μm、特に10~40μmの範囲にある。平均孔径は、水銀ポロシメトリーにより測定することができる。
【0046】
本発明によるガス拡散層は、面状の導電性繊維材料a)と、繊維材料a)の1つの面上のマイクロポーラス層(MPL)b)とをベースとする2層状の層複合体からなる。
【0047】
マクロポーラス繊維材料a)とは対照的に、MPLは、通常は1マイクロメートルを明らかに下回る、好ましくは最大で900nm、特に好ましくは最大で500nm、特に最大で300nmの孔径を有するマイクロポーラス状である。MPL b)の平均孔径は、好ましくは5~200nm、特に好ましくは10~100nmの範囲にある。平均孔径の測定は、この場合にも水銀ポロシメトリーによって行うことができる。この平均孔径は、特にMPLにおいて伝導性粒子としてカーボンブラックを使用した場合に適用される。MPLにおいて伝導性粒子としてグラファイトを使用することにより、または孔形成剤を使用することにより、MPLの細孔を著しく大きくすることもできる。その場合、組成にもよるが、平均孔径は、例えば1μmより大きい。異なる伝導性粒子を使用した場合、孔径は二峰性または多峰性の分布曲線になり得る。例えば、カーボンブラックとグラファイトとの混合物を使用する場合、2つの細孔ピーク(カーボンブラックおよびグラファイトのピーク)を有する孔径分布が得られる。
【0048】
MPLは、ポリマーバインダーのマトリックス中に伝導性炭素粒子、好ましくはカーボンブラックまたはグラファイトを含む。好ましいバインダーは、先に述べた含フッ素ポリマー、特にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)である。
【0049】
マイクロポーラス層b)は、好ましくは10~100μm、特に好ましくは20~50μmの範囲の厚さを有する。この厚さは、マイクロポーラス層b)の非圧縮状態、すなわちGDLが燃料電池に組み込まれる前の状態に関するものである。
【0050】
MPLの存在は、燃料電池の水収支に大きな影響を与える。PTFEの含有量が高く、MPLの細孔が小さいため、MPLが液状の水に対するバリアとして機能することにより、GDLおよび電極のフラッディングが妨げられ、ガス状反応物の触媒への物質輸送が促進される。本発明によるガス拡散層において、マイクロポーラス層がGDLのその底面(x,y平面)に対して特性勾配を示す場合に有利であり得ることが判明した。
【0051】
本発明によるガス拡散層は、好ましくは80~1000μm、特に好ましくは100~500μmの範囲の厚さ(繊維材料a)とMPL b)との合計厚さ)を有する。この厚さは、GDLの非圧縮状態、すなわちGDLが燃料電池に組み込まれる前の状態に関するものである。
【0052】
さらに、ガス拡散層は、好ましくは高い全空隙率を有する。これは、好ましくは、先に述べたヘリウム密度測定および水銀ポロシメトリーによって測定した場合に20%~80%の範囲にある。
【0053】
特性勾配
前述のとおり、面状の繊維材料a)だけでなく、マイクロポーラス層b)も、またその双方とも、少なくとも1つの特性勾配を示すことができる。
【0054】
勾配を示す特性は、原則として、以下のものから選択される:
- 面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の化学組成
- 面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の機械的特性
- 面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の輸送特性
- それらの組み合わせ
【0055】
勾配を示し得る面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の化学的特性としては、例えば、疎水化剤、炭素粒子などの含有量が挙げられる。これには、具体的には、PTFE、カーボンブラック、グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー、およびそれらの混合物の含有量が挙げられる。
【0056】
勾配を示し得る面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の機械的特性としては、例えば、密度、目付、空隙率、および平均孔径が挙げられる。
【0057】
g/m単位での密度の測定は、前述したようにヘリウム密度測定によって行うことができる。
【0058】
g/m単位での目付の測定は、ISO 9073-1またはEN 29073-1:1992に準拠して行うことができる。
【0059】
GDLの空隙率は、例えば水銀ポロシメトリー法や窒素BET法などの公知の各種測定方法によって求めることができる。
【0060】
機械的特性に勾配を生じさせるには、例えば、マイクロポーラス層の少なくとも1つの材料に関してその組成を変化させることにより、マイクロポーラス層の圧縮挙動に勾配を付与することが可能である。これにより、電極との接合性も変化する。あるいは、ウォータージェットによる不織布強化の際に材料の幅にわたって勾配を生じさせることで、機械的特性に勾配を付与することも可能である。これは、機械的特性や水の輸送に影響を与える。
【0061】
勾配を示し得る面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の輸送特性としては、以下のものが挙げられる:
- 面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)のガス透過性
- 面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)の液体透過性
- 材料面を通るガス拡散層の電気抵抗
- 材料面を通るガス拡散層の熱抵抗
- 乾燥拡散長
【0062】
材料面に対して垂直な方向のガス透過性は、ガーレー測定により求めることができ、Gurley Precision Instruments社製自動ガーレーデンソメーターを使用することができる。測定では、一定の圧力差で、100cmの空気が、流動試料面積6.42cmのGDL試料を垂直に流れて通るまでの時間を秒単位で求める。ガーレーによる透気度の測定は、ISO 5636-5に記載されている。
【0063】
l/ms単位でのガス透過性の測定は、テキスタイル面状構造体の透気度測定に関するDIN EN ISO 9237:1995-12に準拠して実施することも可能である。
【0064】
液体、特に液状の水に対する材料面に対して垂直な方向での透過性(「層厚方向(through-plane)での」液体-水の透過性)は、いわゆる「ろ過セル」を用いて、または「Penn State」法により求めることができる(参考文献a~cを参照):[a] I. S. Hussaini and C. Y. Wang, “Measurement of relative permeability of fuel cell diffusion media,” Journal of Power Sources, vol. 195, pp. 3830-3840, 2010; [b] J. D. Sole, “Investigation of water transport parameters and processes in the gas diffusion layer of PEMFCs,” Virginia Polytechnic Institute, 2008; [c] J. Benziger, J. Nehlsen, D. Blackwell, T. Brennan, and J. Itescu, “Water flow in the gas diffusion layer of PEM fuel cells,” Journal of Membrane Science, vol. 261, pp. 98-106, 2005。
【0065】
面を通る(層厚方向での(through-plane, TP))電気抵抗の測定には、擬4端子法と呼ばれる文献公知の方法を用いることができる。この方法では、MPLの抵抗を別個に測定することはできない。
【0066】
面を通る(層厚方向での(through-plane, TP))熱抵抗の測定には、ヒートフロー法またはレーザーフラッシュ法という公知の2つの試験方法を用いることができる。
【0067】
乾燥拡散長は、ガス分子が面状の繊維材料a)および/またはマイクロポーラス層b)を通って進む距離の実際の長さをμm単位で表したものである。据置型ウィッケカレンバッハセルによって決定される。
【0068】
好ましい実施形態では、マイクロポーラス層(MPL)は、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す。MPLは、その底面に対して、すなわち上面図において、あるいはx,y平面において少なくとも1つの特性勾配を示す。適切な場合、MPLはさらに、その底面に対して垂直な方向、すなわちz軸の方向に特性勾配を示すことができる。
【0069】
好ましくは、マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる不連続な領域を、少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、特に少なくとも4つ、殊に少なくとも5つ、さらに殊に少なくとも6つ有する。本実施形態では、領域間の特性変化は段階的である。個々の領域はすべて、1つの同じ特性、または(異なる特性が複数存在する場合には)複数の同じ特性に関して異なっていてもよい。これは好ましいことである。しかし、2つ以上の領域が異なる特性に関して異なることも可能である。特定の実施形態では、マイクロポーラス層は、不連続な領域を、少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、特に少なくとも4つ、殊に少なくとも5つ、さらに殊に少なくとも6つ有し、そのすべてが1つの同じ特性に関して異なっている。
【0070】
特定の実施形態において、個々の各領域は、その特性に関して実質的に均質である。ここで、実質的に均質とは、ある領域内では、意図的に勾配を生じさせない場合にも(例えば製造に起因して)発生するような特性のばらつきのみが生じることを意味する。
【0071】
代替的な実施形態では、マイクロポーラス層は、少なくとも1つの連続的な特性勾配を示す。
【0072】
好ましくは、マイクロポーラス層は、少なくとも1つの特性が異なる、横方向に隣接するストリップを、少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、特に少なくとも4つ有する。特定の実施形態では、マイクロポーラス層は、横方向に隣接するストリップを、少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、特に少なくとも4つ有し、これらはすべて、1つの同じ特性に関して異なっている。特に、個々の各ストリップは、その特性に関して実質的に均質である。
【0073】
好ましくは、勾配を示すマイクロポーラス層の特性は、以下のものから選択される:
- ガーレーによるガス透過性、および
- 乾燥拡散長
【0074】
ガス拡散層の製造方法
本発明のさらなる主題は、燃料電池用ガス拡散層の製造方法であって、ガス拡散層は、面状の導電性繊維材料a)と、繊維材料の1つの面上のマイクロポーラス層b)とを含み、マイクロポーラス層は、ガス拡散層の底面(x,y平面)に対して、少なくとも1つの化学的および/または物理的特性に関して少なくとも1つの特性勾配を示す、燃料電池用ガス拡散層の製造方法において、
i)面状の導電性繊維材料a)を提供し、
ii)ステップi)で提供された繊維材料を、マイクロポーラス層を形成するための前駆体で被覆し、その際、被覆時に前駆体の組成を変化させて勾配を生じさせ、
iii)ステップii)で得られた被覆された繊維材料を熱的な後処理に供する、方法である。
【0075】
ステップi)で使用される適切でかつ好ましい繊維材料a)に関しては、先行する実施形態を全面的に参照されたい。
【0076】
ステップb)で使用される前駆体は、好ましくは、少なくとも1つの含フッ素ポリマー、少なくとも1つの炭素材料、および任意に少なくとも1つの孔形成剤を含む。含フッ素ポリマーは、好ましくは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)およびテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)から選択される。好ましくは、PTFEが使用される。好ましいのは、カーボンブラック、グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー、およびそれらの混合物から選択される炭素材料である。好ましくは、カーボンブラックまたはグラファイトが使用される。特定の実施形態において、ステップb)で使用される前駆体は、少なくとも1つの孔形成剤を含む。適切な孔形成剤は、市販のプラスチック粒子であり、例えばポリメチルメタクリレート(PMMA)製の粒子である。適切な粒子径は、10~100μmの範囲にある。
【0077】
好ましくは、孔形成剤の使用に起因する最終的なマイクロポーラス層中の細孔の体積割合は、最終的なマイクロポーラス層中の細孔の総体積に対して0~70体積%である。
【0078】
好ましくは、繊維材料a)は、マイクロポーラス層を形成するための異なる組成の前駆体の横方向に隣接する少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、特に少なくとも4つのストリップで被覆される。MPLの施与は、様々な様式で行うことができる。非連続的な製造ではしばしば、吹付け法、スクリーン印刷法、またはマイヤーバー法が用いられるのに対して、連続的な被覆では、好ましくは、ドクターブレードプロセス、スロットダイプロセス、およびグラビアロールプロセスが用いられる。ここで、MPLの層厚および浸透深さは、被覆プロセスパラメータに加え、被覆剤の粘度にも影響され得る。最後に、例えば乾燥炉や焼成炉で再度熱処理を行う。この場合、まず100~200℃の温度で乾燥させ、次いで300~500℃の温度で焼成することができる。
【0079】
燃料電池
本発明のさらなる主題は、先に定義した、または先に定義した方法によって得ることができるガス拡散層を少なくとも1つ含む、燃料電池である。
【0080】
原理的には、本発明によるガス拡散層は、従来のすべてのタイプの燃料電池に適しており、特に低温プロトン交換膜燃料電池(PEMFC)に適している。燃料電池の構造についての前述の実施形態が全面的に参照される。
【0081】
輸送プロセスを、ガス拡散層によって、燃料電池を流れる作動媒体の勾配および/または燃料電池の運転パラメータに狙いどおりに適合させることができることが、本発明の利点である。このため、ガス拡散層の少なくとも1つの特性勾配は、通常は、燃料電池を流れる作動媒体の少なくとも1つの特性勾配および/または燃料電池の運転パラメータに対応する。
【図面の簡単な説明】
【0082】
図1】実施例1で製造が説明されたGDL材料の上面図である。
図2】実施例2により求めた、本発明による特性勾配を示すMPLを有する膜電極ユニットのカソードにおける電流密度分布(円形)と、本発明によらない特性勾配を示さない膜電極ユニットのカソードにおける電流密度分布(四角形)を示す図である。
【0083】
図1は、実施例1で製造が説明されたGDL材料の上面図を示す。DIN A3形式の繊維不織布(29.7×42cm、ここで、mdは縦方向を表す)上で、長手方向で、横方向に隣接する4つのストリップに4つの異なるMPLペースト(ペースト1~4)をそれぞれ7~8cmの幅で施与した。乾燥および焼成した材料から、274.8×96.5mmの形式のガス拡散層を長辺が縦方向に直交するように打ち抜いた。図1に、3つの選択的な打ち抜き位置(GDL1~3)を示す。得られたGDLは、x軸方向に特性勾配を示し、その際、GDL1は、それぞれ特性の異なるストリップを4つ有し、GDL2および3は、特性の異なるストリップをそれぞれ3つ有する。
【0084】
図2は、実施例2により求めた、本発明による特性勾配を示すMPLを有する膜電極ユニットのカソードにおける電流密度分布(円形)と、本発明によらない特性勾配を示さない膜電極ユニットのカソードにおける電流密度分布(四角形)を示す。
【0085】
以下の実施例は、本発明を何ら限定することなく説明するためのものである。
【0086】
実施例
実施例1:
x方向に特性勾配を示すガス拡散層の製造
厚さ0.145mm、目付60g/m、1MPaでの圧縮時の抵抗(層厚方向)6.6mΩcmの市販の導電性繊維不織布から、DIN A3形式(29.7×42cm)のシートをGDLロールの長手方向(縦方向、md)に打ち抜き、個別に被覆を施した。特性勾配を示すマイクロポーラス層を形成するために、繊維不織布の長手方向で、横方向に隣接する4つのストリップにMPLペーストをそれぞれ7~8cmの幅で施与した(図1参照)。これらのペーストは、表1による組成を有していた。その製造のために、PTFE、各種炭素、および孔形成剤としてプラスチック粒子を蒸留水に分散させ、ブレード塗布により繊維不織布に施与した。その後、これらのシートを160℃で乾燥させ、400℃で焼成した。得られたMPL負荷は、ストリップによって15~22g/mとなった。
【0087】
【表1】
【0088】
得られたシートから、274.8×96.5mmの形式のガス拡散層を、長辺が縦方向に直交するように打ち抜いた。図1に、3つの選択的な打ち抜き位置を示す。得られたGDLは、x軸方向に特性勾配を示し、その際、GDL1は、それぞれ特性の異なるストリップを4つ有し、GDL2および3は、特性の異なるストリップをそれぞれ3つ有する。
【0089】
後述する燃料電池を製造するために、GDLを、x方向(長辺)が、分流板への作動物質の供給と排出との間の直接的な接続の方向となるように設置する。よって、直線的なチャネルを有する分流板では、GDLの長辺はガスチャネルと平行になる。しかし、流れ場の設計が異なっても、燃料電池のカソード側(空気側)では、供給されたOリッチ燃料が、まずペースト1で構造化されたMPLに接触し、排出されたOリーン燃料が、ペースト4で構造化されたMPLに接触する。
【0090】
図1によるGDL1について、ISO 5636-5に準拠して、Gurley Precision Instruments社製ガーレーデンソメーターを用いて、材料面に対して垂直な方向のガーレーガス透過性を4つの各ストリップについて測定した。結果を表2に示す。
【0091】
図1によるGDL1についてさらに、据置型ウィッケカレンバッハセルを用いて、乾燥拡散長を4つの各ストリップについて測定した。結果を同様に表2に示す。
【0092】
【表2】
【0093】
実施例2:
電流密度分布の測定
電流密度分布をその場で測定するために、一方では、本発明による膜電極ユニット(MEA)を使用し、そのカソードは、ガス拡散層(GDL)に基づき、そのマイクロポーラス層(MPL)は、横方向に隣接する4つのストリップから構成される繊維不織布の長手方向に特性勾配を示すものであった(実施例1のGDL1)。アノードとして、MPLが特性勾配を示さない従来のGDLを使用した。その製造には、実施例1のMPLペースト4を用いた。比較のために、アノードおよびカソードが、本発明によるMEAのアノードに類似する本発明によらないGDL(特性勾配なし)を有するMEAを使用した。
【0094】
試験系では、水素および酸素をそれぞれ1.5barの圧力でMEAに供給し、測定装置に入る前の両ガスの相対湿度(RH)は、それぞれ95%であり、燃料電池の運転温度は、74℃(カソード出口の冷却手段温度)であった。水素の過剰供給量λは1.2であり、Oの過剰量λは2.0であった。カソードの電流密度分布を、カソード入口とカソード出口との間のガスの主な流れ方向に22個の測定箇所、およびガスの主な流れ方向に対して垂直な方向に9個の測定箇所(合計198個の測定点)を有する測定箇所マトリックスで測定し、測定した電流密度の平均値は1.8A/cmであった。
【0095】
図2は、本発明によるMEAのカソードにおいて測定された電流密度分布(円形記号を有する曲線)および本発明によらないMEAのカソードにおいて測定された電流密度分布(四角形記号の曲線)を示す。これらの曲線は、ガスの主な流れ方向の各測定箇所1~22について、ガスの主な流れ方向に対して垂直な9つの測定箇所の平均値を示している。本発明によるGDLは、比較GDLよりも電流密度分布が均一であることがわかる。
図1
図2