(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-29
(45)【発行日】2024-09-06
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板およびそれらの製造方法、ならびに、高圧水素ガス用機器または液体水素用機器
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240830BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240830BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20240830BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20240830BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
C23G1/08
(21)【出願番号】P 2024022648
(22)【出願日】2024-02-19
【審査請求日】2024-02-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 大樹
(72)【発明者】
【氏名】韋 富高
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-002030(JP,A)
【文献】特開2022-098633(JP,A)
【文献】国際公開第2024/002728(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
C23G 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、
C:0.020~0.055%、
Si:0.15~0.85%、
Mn:4.10~8.00%、
P:0.015~0.030%、
S:0.0001~0.0020%、
Ni:10.00~15.00%、
Cr:20.00~24.00%、
Mo:1.20~3.30%、
Cu:0.05~0.25%、
Nb:0.12~0.30%、
V:0.10~0.30%、
B:0.0005~0.0050%、
N:0.20~0.39%、
Al:0.002~0.035%、
Sn:0.002~0.016%、
Co:0.06~1.00%、および、
O:0001~0.0050%、
を成分組成として含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる
成分組成を有し焼鈍および酸洗された鋼帯または鋼板であって、
表層の結晶粒界の幅に対する粒界の深さの比の平均値が1.5以下である、オーステナイト系ステンレス鋼
帯または鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量基準で、W:0.02~1.20%を含み、下記関係式(1)~(3)を満足する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯または鋼板。
(1)式
0.80≦Nb/V≦1.20
(2)式
1.00≦10×C/N≦1.80
(3)式
1.5×Sn+B≧0.0080
上記式中の元素記号は質量百分率であらわす各元素の含有量を示す。
【請求項3】
請求項1または2に記載の成分組成を有する合金を溶製し、連続鋳造して鋼片とする工程と、
前記鋼片を熱間圧延し、熱延合金板とする工程と、
前記熱延合金板を冷間圧延し、冷延合金板とする工程と、
前記冷延合金板を最終焼鈍し、表面を酸洗仕上げする工程を含
み、
表層の結晶粒界の幅に対する粒界の深さの比の平均値を1.5以下とする、オーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項
1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板からなる、高圧水素ガス用機器または液体水素用機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧水素ガス用機器、または液体水素用機器などに使用されるオーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板に関するものである。本明細書中で数値の範囲を表す「x~y」は「x以上y以下」を意味し、境界値を含む。質量の単位「t」は1000kgを表す。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化の問題が顕著化し、多くの議論が行われた結果、水素エネルギーの利用促進が強力に進められている。高圧水素ガス用の機器では、実用化が本格的に進んでおり、この過程で使用材料の特性評価が精力的に行われ、高強度を特徴とするステンレス鋼が提案されている。
【0003】
たとえば、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトとして、既存鋼の特性把握、使用環境の拡大を図った例(NEDO 平成25年度~平成29年度成果報告書)がある。そこでは、SUS316、SUH660、海外規格品であるXM-19(ASME SA-240/UNS S20910、商品名:Nitronic50相当材)が高圧水素ガス環境で使用できる材料として認定されている。
【0004】
また、特許文献1~4には、Mnを添加することで窒素の含有量を高め、Nb、Vを含有するオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。いずれも、化学組成の最適化、結晶粒径の制御などで高圧水素ガス環境での高強度を達成している。
【0005】
実際の構造物では、溶接による製造が必須であり、これについても提案がされている。たとえば、特許文献5では、ガスタングステン溶接が可能な材料が提案されている。このように実用化のための提案が材料分野でも進んでおり、今後もこの傾向は拡大していくものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2004/083476号
【文献】国際公開第2004/083477号
【文献】国際公開第2004/110695号
【文献】特開平09-137255号公報
【文献】特開2016-074976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来技術には以下の問題があった。
すなわち、一般的なステンレス鋼帯や鋼板は、溶解-精錬-連続鋳造したスラブを熱間圧延した帯や板に固溶化熱処理を施した後、酸洗を行ったものが提供される。つまり、表面状態としては、酸洗後の状態で構造物を製造するために使用されるのが一般的である。したがって、この表面仕上げでの特性が重要である。しかしながら、高圧水素ガス環境の特性評価として行われる低歪速度引張試験(SSRT:Slow Strain Rate Technique)では、丸棒試験片や機械加工により板状試験片を使って評価している。さらなる高機能化、安定化のためには、酸洗仕上げを施した表面を有する試験片での評価が有効である。しかしながら、これまでこの様な検討は行われていない。
【0008】
それゆえ、本発明では、高圧水素ガス環境、液体水素環境で使用される材料について、量産工程で製造される表面仕上げにおいて、水素による脆性挙動を抑制・改善することで高機能化・安定化できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を有利に解決する本発明にかかるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量基準で、C:0.020~0.055%、Si:0.15~0.85%、Mn:4.10~8.00%、P:0.015~0.030%、S:0.0001~0.0020%、Ni:10.00~15.00%、Cr:20.00~24.00%、Mo:1.20~3.30%、Cu:0.05~0.25%、Nb:0.12~0.30%、V:0.10~0.30%、B:0.0005~0.0050%、N:0.20~0.39%、Al:0.002~0.035%、Sn:0.002~0.016%、Co:0.06~1.00%、および、O:0001~0.0050%、を成分組成として含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0010】
なお、本発明にかかるオーステナイト系ステンレス鋼は、前記成分組成が、さらに、質量基準で、W:0.02~1.20%を含み、下記関係式(1)~(3)を満足することがより好ましい課題解決手段になる。
(1)式
0.80≦Nb/V≦1.20
(2)式
1.00≦10×C/N≦1.80
(3)式
1.5×Sn+B≧0.0080
上記式中の元素記号は質量百分率であらわす各元素の含有量を示す。
【0011】
上記課題を有利に解決する本発明にかかるオーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板は、上記いずれかの成分組成を有する鋼帯または鋼板であって、焼鈍および酸洗後の表層の結晶粒界の幅に対する粒界の深さの比が1.5以下であることを特徴とする。
【0012】
上記課題を有利に解決する本発明にかかるオーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板の製造方法は、上記いずれかの成分組成を有する合金を溶製し、連続鋳造して鋼片とする工程と、前記鋼片を熱間圧延し、熱延合金板とする工程と、前記熱延合金板を冷間圧延し、冷延合金板とする工程と、前記冷延合金板を最終焼鈍し、表面を酸洗仕上げする工程を含むことを特徴とする。
【0013】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる高圧水素ガス用機器または液体水素用機器は、上記オーステナイト系ステンレス鋼帯または鋼板からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
この発明のオーステナイト系ステンレス鋼は酸洗後の粒界の深さが浅く、高圧水素ガス環境、液体水素環境で使用される材料について、量産工程で製造される表面仕上げにおいて、水素による脆性挙動を抑制・改善することができる。したがって、本発明によれば、オーステナイト系ステンレス鋼を高機能化・安定化することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明を開発するに至った経緯について説明する。発明者らは、主として焼鈍-酸洗により形成される表面状態に着目し、焼鈍時の酸化被膜の形成と脱スケール挙動と素材の耐食性の関係に着目して鋭意研究を重ねた。
【0016】
まず、SUS304Lについて、酸洗仕上げとした板厚2mmの板材から、圧延方向に対し垂直方向に板状試験片を採取し低歪速度引張試験に供した。試験片については、次の2種を用意した。
(1)両面に酸洗仕上げした状態が残存し、板厚部分は機械仕上げで表面粗さRa1.6とした後、湿式研磨紙♯1000で平滑に仕上げたもの、
(2)両面を機械加工により仕上げ、酸洗仕上げした表面を除去し、全面を機械仕上げで表面粗さRa1.6とした後、湿式研磨紙♯1000で平滑に仕上げたもの。
【0017】
大気および70MPaの高圧水素環境下のそれぞれで、いずれも歪速度3×10-5/sとして試験し、それぞれの試験片の伸びの挙動により比較した。その結果、酸洗仕上げの表面を有する材料の破断絞り値の低下が顕著で、かつバラツキが大きいことがわかった。これより、酸洗後の表面状態をより平滑にすることは重要であり、かつバラツキを小さくした安定化にも寄与するものと考えた。そこで、酸洗後の表面をより平滑とするように鋭意検討を進めることとした。
【0018】
発明者らは、焼鈍‐酸洗後の表面状態をより平滑にするために、12%Ni-21%Cr-5%Mn-1%Mo-0.3%N-0.03%C鋼について、化学組成と酸洗後の粗さの関係を鋭意調査した。その結果、いくつかの元素について、より平滑となる効果が確認された。つまり、低歪速度引張試験において、バラツキが改善され、よい厳しい条件での使用が可能となるものと考えられる。
【0019】
その効果として特徴的であったのは、SnやBの効果であり、添加により酸洗後の粒界がやや広がり、酸洗粒界の形態を切り欠き状から改善していることを確認した。Bについては、添加量を多くすると熱間加工性に劣化、溶接割れを誘発するため添加量が限定される。これに対し、Snの方がより添加量を多くできるので有効性が高いとを考えられる。
【0020】
これら以外の元素では、CrやSiでも効果が確認された。これら元素は酸化スケールの形成に関係する元素であり、加熱初期に均一にスケールを形成、脱スケール後の表面の平滑性を高めたものと考える。
【0021】
他の元素として、NiやCr、Mo、W、Coにおいても効果が認められた。酸洗工程は、スケールが除去された後も板表面は酸液中にあり、一部溶解が進行する。ここでの溶解を抑制すると考えられる元素である。特にWは平滑性を確保するのに有効であったが、これは、酸化スケール直下に形成される濃度変調部、いわゆる脱クロム層部分に効果的に濃縮していたものと推定した。
【0022】
以下に、本発明の一実施形態にかかるオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成の限定理由について、説明する。以下の説明では、特に断らない限り、成分組成を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.020~0.055%
Cはオーステナイト相を安定化させるために有効な元素であり、耐食性に有害なσ相の析出を抑制する。さらに強度を確保するためにも重要な元素であり、低温での使用を想定する場合、必須な元素である。このため、少なくとも0.020%の添加は必要である。しかしながら、過度に含むと溶接、固溶化熱処理時の冷却時などにCr炭化物の析出が容易となり、耐食性を劣化させる。そのため上限を0.055%とする。含有量の好ましい下限は0.025%で、より好ましい下限は0.030%である。好ましい上限は0.052%で、より好ましい上限は0.050%である。
【0024】
Si:0.15~0.85%
Siは、脱酸作用を有する重要な元素であり、耐酸化性に寄与し、酸洗後の表面を平滑にする効果がある。このため、すくなくとも0.15%の添加は必要である。しかしながら、MnやNを含有するオーステナイト系ステンレス鋼においては、Siを過剰に含有すると冷間圧延時に表面割れを生じさせる。さらに、Siは耐食性を劣化させるσ相の析出を促進させる元素でもある。このため、Siの含有量の上限は0.85%とした。含有量の好ましい下限は0.20%で、より好ましい下限は0.25%である。好ましい上限は0.70%で、より好ましい上限は0.60%である。
【0025】
Mn:4.10~8.00%
Mnは脱酸剤として添加される元素であり、オーステナイト相を安定にし、Nの溶解度を高める作用がある。そして、炭窒化物の生成を抑制し耐食性確保、低温における強度確保に寄与する。このためMnは添加するせる必要がある。しかしながら、過度な添加はσ相の析出を促進し耐食性を低下させる。さらにMnSを形成し、孔食の起点となり耐食性を劣化させる。従って Mnの含有量は4.10~8.00%の範囲とした。含有量の好ましい下限は4.20%で、より好ましい下限は4.40%である。好ましい上限は7.70%で、より好ましい上限は7.40%である。
【0026】
P:0.015~0.030%
Pは不純物として鋼中に不可避的に混入する元素である。結晶粒界に偏析し熱間加工性を悪くすることため、できる限り低減することが必要である。しかしながら過度の低減はコスト増大を招くため、0.015~0.030%の範囲とした。好ましい上限は、0.025%で、より好ましい上限は0.020%である。
【0027】
S:0.0001~0.0020%
Sは、鋼中に不可避的に混入する不純物元素であり、熱間加工性を低下させ、硫化物を形成して孔食の起点となるため耐食性に有害に作用する。そのためS含有量は極力少ない方が良く、上限値は0.0020%とする。ただしSは溶融時の湯の流動性を高めることから溶接を行う場合には必要な元素でもある。溶接性を確保するためには、0.0001%以上含有することが好ましい。含有量の好ましい下限は0.0002%で、より好ましい下限は0.0003%どぇある。好ましい上限は0.0015%で、より好ましい上限は0.0010%である。
【0028】
Ni:10.00~15.00%
Niはオーステナイト相を安定化する元素であり、σ相などの金属間化合物の析出を抑制し、耐孔食性および耐全面腐食性を向上させる。これにより、酸洗後の表面平滑性を良化させる重要な元素である。このため、10.00%以上の添加が必要である。しかしながらNiの含有量が15.0%を上回ると、コスト増を招く。よってNiの含有量は10.00~15.00%野範囲とした。含有量の好ましい下限は10.50%で、より好ましい下限は11.00%を超える添加である。好ましい上限は14.50%で、より好ましい上限は14.00%である。
【0029】
Cr:20.00~24.00%
Crは耐孔食性をはじめ、耐すきま腐食性や耐粒界腐食性を向上させるだけでなく、耐全面腐食性を向上させ酸洗後の表面を平滑にする効果がある。さらに、酸化スケールの生成を均一化することでも、酸洗後の表面平滑性を良化させるために不可欠な元素である。しかし、過度なCrの添加はσ相の析出を促進し、かえって耐食性を劣化させる。このためCrの含有量は20.00~24.00%の範囲とした。含有量の好ましい下限は20.20%で、より好ましい下限は20.50%である。好ましい上限は23.50%で、より好ましい上限は23.00%である。
【0030】
Mo:1.20~3.30%
Moは、Cr等と同様に耐孔食性、耐すきま腐食性を向上させるだけでなく、耐全面腐食性を向上させ酸洗後の表面を平滑にする効果がある。このため、本実施形態では不可欠な元素である。ただしMoを過度に含有するとσ相の析出を大きく促進させ、耐食性を劣化させる。さらに、コストの増大を招く。このためMoの含有量は1.20~3.30%の範囲とする。含有量の好ましい下限は1.40%で、より好ましい下限は1.60%である。好ましい上限は3.20%で、より好ましい上限は3.10%である。
【0031】
Cu:0.05~0.25%
Cuはオーステナイト相を安定化させることで低温での組織安定性に寄与する大切な元素である。その効果を得るためには0.05%以上含有させる必要がある。しかしながら、過剰の添加はコスト増と熱間加工性を劣化させるため上限は0.25%とする。よって、その含有量を0.05~0.25%の範囲とした。含有量の好ましい下限は0.06%で、より好ましい下限は0.07%である。好ましい上限は0.23%で、より好ましい上限は0.21%である。
【0032】
Nb:0.12~0.30%
Nbは、窒化物、炭化物などの析出物を形成し、さらに固溶強化により強度を確保するため有用である。このため、少なくとも0.12%の添加は必要である。しかしながら、0.30%を超えての添加は、過剰な析出物を形成し、溶接ビードの割れが生じる様になる。そのため、0.12~0.30%の範囲とする。好ましい下限は、0.14%であり、より好ましい下限は0.16%である。好ましい上限は0.27%であり、より好ましい上限は0.25%である。
【0033】
V:0.10~0.30%
Vは、Nbと同様に窒化物、炭化物などの析出物を形成し、さらに固溶強化により強度を確保するため有用である。このため、少なくとも0.10%の添加は必要である。しかしながら、0.30%を超えての添加は、過剰な析出物を形成し、溶接ビードの割れが生じる様になる。そのため、0.10~0.30%の範囲とする。好ましい下限は、0.12であり、より好ましい下限は0.15%である。好ましい上限は0.28%で、より好ましい上限は0.25%である。
【0034】
B:0.0005~0.0050%
Bは、ごく微量の添加で熱間加工性を良化させる効果があり、さらに、本実施形態では、酸洗後の粒界の幅を広げ、粒界の切り欠き形状をより緩やかにする効果を有する重要な元素である。このためには、少なくとも0.0005%以上の含有が必要である。しかしながら、Bを過剰に含有すると熱間加工性の劣化を招き、さらに溶接性も劣化し、溶接ビードの割れが生じるようになる。従って上限は0.0050%とする。含有量の好ましい下限は0.0008%で、より好ましい下限は0.0012%である。好ましい上限は0.0045%で、より好ましい上限は0.0035%である。
【0035】
N:0.20~0.39%
Nはオーステナイト相を安定化する元素であり、σ相の析出を抑制させる効果も有する。またCrやMoと同様に耐孔食性および耐隙間腐食性を大きく向上させ、さらにCと同様に、強度を確保するために重要な元素である。このため、少なくとも0.20%の添加は必要である。しかしながら、過剰な添加は炭窒化物、窒化物の析出を促進し、耐食性の低下を招くことになる。従って0.39%を越えてはならない。含有量の好ましい下限は0.24%で、より好ましい下限は0.27%である。好ましい上限は0.37%で、より好ましい上限は0.34%である。
【0036】
Al:0.002~0.035%
Alは脱酸作用を有する重要な元素である。また、AlはCaO-SiO2-Al2O3-MgO系スラグの共存下で、脱酸により脱硫を促す。さらにAlは、精錬におけるBの歩留を安定化させるために重要な元素である。しかし、過剰に含有する場合、酸化スケールが過剰となり酸洗が難しくなり、溶接時の欠陥発生を助長する。従ってAlの含有量は、0.002~0.035%の範囲とした。含有量の好ましい下限は0.003%で、より好ましい下限は0.004%である。好ましい上限は0.032%で、より好ましい上限は0.029%である。
【0037】
Sn:0.002~0.016%
Snは、極微量の添加でも耐食性を向上させる効果があり、さらに、本実施形態では、酸洗後の粒界の幅を広げ、粒界の切り欠き形状をより緩やかにする効果を有する重要な元素である。このためには、少なくとも0.002%以上の含有が必要である。しかしながら、Snを一定量以上に含有すると熱間加工性の劣化を招くことになる。従って上限は0.016%とする。含有量の好ましい下限は0.006%で、より好ましい下限は0.008%である。好ましい上限は0.015%で、より好ましい上限は0.014%である。
【0038】
Co:0.06~1.00%
Coはオーステナイト相の安定化に寄与し、低温での強度、靭性確保にも寄与する有用な元素である。さらに、Coは酸洗後の表面を平滑にする効果も有する。このためには、少なくとも0.06%以上の添加を必要とする。逆に、1.00%を超えるとコストが高くなりすぎてしまう。このため0.06~1.00%の範囲と定めた。好ましい下限は、0.08%であり、より好ましい下限は0.10%である。より好ましい上限は0.80%で、より好ましい上限は0.60%である。
【0039】
O:0001~0.0050%
Oは、鋼中に不可避的に混入する不純物元素であり、SiやMn、Alと非金属介在物を形成し、鋼の清浄度を低下させ、欠陥の原因となる。しかしながら、過度の脱酸はコストの増大を招くため、Oの含有量は0.0001~0.005%の範囲とする。好ましい上限は、0.0040%で、より好ましい上限は0.0030%である。
【0040】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、上記必須元素以外に下記の任意元素を含有すること、および、上記成分組成が下記関係式を満足することが好ましい。各関係式中の元素記号は質量百分率であらわす各元素の含有量を示す。
【0041】
W:0.02~1.20%
Wは、CrやMoと同様に耐孔食性、耐すきま腐食性を向上させるだけでなく、耐全面腐食性を向上させ酸洗後の表面を平滑にする効果がある。このため、本実施形態では、添加することが好ましい。ただしWを過度に含有するとσ相の析出を大きく促進させ、耐食性を劣化させるおそれがある。さらに、コストの増大を招くおそれがある。このためWの含有量は0.02~1.2%の範囲とすることが好ましい。含有量のより好ましい下限は0.04%で、さらに好ましい下限は0.06%である。より好ましい上限は、1.00%で、さらに好ましい上限は0.8%である。
【0042】
(1)式:0.80≦Nb/V≦1.20
室温、低温での強度を確保するためにNbおよびVの両方を添加しているが、ぞれぞれの元素が窒化物、炭化物、炭窒化物などを形成する。いずれか片方の元素が多い場合、その元素の析出物が主体となってしまう。そうすると、あるサイズに結晶粒径を制御したい場合、狙いとする熱処理温度を都度変える必要がある。一方、(1)式を満足するように制御することで結晶粒径制御の安定性を高めることができる。熱処理温度を一定とすることは、酸洗後の表面状態、つまり平滑さを安定させることにつながるため大切な指標であり、(1)式の範囲に制御することが好ましい。比Nb/Vのより好ましい下限は、0.83であり、さらに好ましい下限は0.86である。比Nb/Vのより好ましい上限は、1.17であり、さらに好ましい上限は1.14である。
【0043】
(2)式:1.00≦10×C/N≦1.80
室温、低温での強度を確保するためにCおよびNの両方を添加しているが、ぞれぞれの元素が窒化物、炭化物、炭窒化物を形成する。いずれか片方の元素が多い場合、その元素の析出物が主体となってしまい、あるサイズに結晶粒径を制御したい場合、狙いとする熱処理温度を都度変える必要がある。一方、(2)式を満足する様に制御することで結晶粒径制御の安定性を高めることができる。熱処理温度を一定とすることは、酸洗後の表面状態、つまり平滑さを安定させることにつながるため大切な指標であり、(2)式の範囲に制御することが好ましい。比10×C/Nのより好ましい下限は、1.05で、さらに好ましい下限は1.10である。比10×C/Nのより好ましい上限は、1.75であり、さらに好ましい上限は1.70である。
【0044】
(3)式:1.5×Sn+B≧0.0080
(3)式は酸洗により形成される粒界を最適とする指標であり、SnとBの総添加量を一定以上とすることでより優れた特性が得られる。つまり、(3)式左辺の値を0.0080以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.0085以上であり、さらに好ましくは0.0090以上である。
【0045】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分以外の残部が、Feおよび不可避的不純物からなる。ここで、上記不可避的不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際、種々の要因によって不可避的に混入してくる成分であり、かつ、本発明の作用効果に悪影響を及ぼさない範囲で含有を許容されるものを意味する。
【0046】
次に、本発明の他の実施形態にかかるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0047】
上記成分組成を有する合金の溶製に関しては特に限定するものではない。以下の製造方法によることが好ましい。まず、ステンレス鋼屑、Ni合金屑、鉄屑やフェロクロム、フェロニッケル、純ニッケル、メタリッククロムなどの原料を電気炉で溶解する。その後、AOD炉あるいはVOD炉において、酸素ガスおよびアルゴンガスを吹精して脱炭精錬すると共に、生石灰、蛍石、Al源、Si源等を投入して脱硫、脱酸処理する。この処理におけるスラグ組成は、CaO-Al2O3-SiO2-MgO-F 系に調整するのが好ましい。また、同時に脱硫を効率的よく進行させるために、スラグは質量比でCaO/Al2O3≧2、CaO/SiO2≧3を満たすものとするのが好ましい。また、AOD炉やVOD炉の耐火物は、マグクロやドロマイトとするのが望ましい。上記AOD炉等による精錬後、LF工程で成分調整、温度調整を行った後、連続鋳造してスラブを製造するのが好ましい。連続鋳造工程では、特にその様式は垂直式と呼ばれる、鋳造後凝固完了までに装置内に曲げ加工しないものが好ましい。その理由は、析出物の分布をより板厚方向にシンメトリーとすることである。
【0048】
本実施形態では、その後、スラブを熱間圧延し、必要に応じて冷間圧延を行い製品とする。この様な方法で、厚板や熱延帯や板、冷延帯や板とする。熱間圧延により製造した熱延合金板を固溶化熱処理の後、冷間圧延を施し冷延合金板とし、その冷延合金板を最終焼鈍、酸洗工程を経て製品とすることが好ましい。本実施形態にかかるオーステナイト系ステンレス鋼帯および鋼板は、酸洗を施したままで、高圧水素ガス環境、液体水素環境で使用される材料に必要な、水素による脆性挙動を抑制・改善できる。したがって、研磨などの平滑化処理を施すことなく高圧水素ガス用機器または液体水素用機器に使用することができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例によってさらに本発明を詳細に説明する。ただし本発明はその趣旨を超えない限り、これらの例に限定されるものではない。まず、鉄屑、ステンレス鋼屑、フェロクロムなどの原料を、60t容量の電気炉で溶解した。その後、AOD工程において、酸素およびアルゴンを吹精し、脱炭精錬した。その後、生石灰、蛍石、Al源、Si源を投入して脱硫、脱酸を行った。その後、垂直型連続鋳造機にて鋳造しスラブを得た。試料No.1~22の化学組成は表1に示す通りであった。なお、これらにおいてC、S、N以外の化学成分は、蛍光X線分析により分析を行った。またNは不活性ガス-インパルス加熱溶融法、C、Sは酸素気流中燃焼-赤外線吸収法により分析した。Snについてはよう化物抽出原子吸光法にて分析した。なお、表中の「-」は意図的な添加を行っていないことを示すものである。
【0050】
【0051】
その後、上記スラブを、常法に従って熱間圧延し、板厚8.0mmの熱延合金板を得た。続いて、この熱延合金板を固溶化熱処理の後、冷間圧延を施し、最終焼鈍、酸洗工程を経て、板厚が2.0mmの冷延帯を得た。最終焼鈍は1150℃で1minの保持の後、水冷を施し、酸洗を行った。酸洗は、硫酸溶液による電解酸洗後、硝酸と弗酸の混合溶液に浸漬して行った。
【0052】
その後、(1)結晶粒径の評価、(2)粒界の形態、(3)室温での引張試験、(4)室温での低歪速度引張試験、(5)-80℃での低歪速度引張試験を行った。(3)~(5)における供試材の表面は、(i)酸洗まま、(ii)酸洗後、機械仕上げにて表面粗さRa1.6以下とした後、湿式研磨紙♯1000で平滑に仕上げた2種について試験を行った。側面の処理は前述と同じである。
【0053】
(1)結晶粒径
圧延方向に対し垂直断面を観察できるよう埋没試料を作製、エッチングにより組織を現出させ、JIS G0551に準拠して結晶粒度番号(G.S.N.)を決定した。
【0054】
(2)粒界の形態
酸洗した材料は表層の粒界が優先的に腐食されるため切り欠き状となる。この粒界の形態を評価するため、レーザー顕微鏡にて酸洗後の表面の断面プロファイルを測定した。それぞれの試料において50箇所の粒界の幅と深さを測定し、評価の指標として粒界の深さ/粒界の幅を求めた。この値が小さいほど切り欠き形状が改善されていることを示す。(粒界の深さ)/(粒界の幅)の平均値が0.8以下を◎、1.5以下を〇、それ以外を×として評価を行った。
【0055】
(3)室温(RT)での引張試験
板厚2mmとした冷延帯から、圧延方向に対し垂直方向に板状試験片を採取し試験を行った。引張試験はJIS Z2241に従って行い、試験片はJIS13B号を用いた。前述の(i)酸洗まま、(ii)平滑化処理のそれぞれについて試験を行い、引張強度のバラツキが±3%未満であるものを◎、-3%以上、-5%未満であるのものを〇、 -5%以上、-7%未満であるのものを△、-7%以上であるのものを×とした。しかしながら、室温での試験データについては、(i)酸洗まま、(ii)平滑化処理の間で差は無く、全てのもので◎の評価であった。また、引張強度が低いと当該用途に使用できない。その閾値は、引張強さで690MPaとし、これ以上の値となったものは〇、ならないものを×とした。この中でも800MPaを越えるものは◎とした。
【0056】
(4)室温(RT)での低歪速度引張試験
板厚2mmとした冷延帯から、圧延方向に対し垂直方向に板状試験片を採取し、室温で85MPaの高圧水素環境下で試験を行った。初期ひずみ速度は3×10-5/sとした。試験は、(ii)平滑化処理について5試験数実施し、その後(i)酸洗ままについて5試験数実施した。(ii)の結果と比較して、(i)の結果を表2に整理した指標で評価し優劣を判定した。
【0057】
【0058】
(5)-80℃での低歪速度引張試験
(4)と同じように試験を行うが、試験温度が異なり、-80℃で85MPaの高圧水素環境下で試験を行った。評価方法も表2と同じとした。
【0059】
以上の試験結果を表3にまとめて示す。試験片は、1150℃×1minの熱処理を施している。発明例(No.1~15)は粒界形状に優れており、低温での低歪速度引張試験結果が優れている。表3の結晶粒径(G.S.N.)をみると、(1)式および(2)式を満足しているものは、概ねGSNで7.0~8.0の範囲に入っている。これがSSRT試験結果の安定化に寄与している。さらに、(3)式を満足しているものは、表面がより平滑でSSRT試験結果がより安定する傾向にある。
【0060】
【産業上の利用可能性】
【0061】
かくして、本発明は、実際に使用する環境、状態を想定した評価方法の開発とこれによる評価結果をもとに見出したオーステナイト系ステンレス鋼を提供するので、高圧化を目指す動きが顕著化している高圧水素ガス環境での材料特性の高性能化、安定化に寄与する。同じく大量貯留・運搬の実用化が行われている液体水素環境での材料特性の高性能化、安定化に寄与する。特に、焼鈍-酸洗工程を踏まえたオーステナイト系ステンレス鋼板や鋼帯の特性を高性能化し、安定化することに寄与する。したがって、産業上有用である。
【要約】
【課題】高圧水素ガス環境、液体水素環境で使用される材料を高機能化・安定化できる技術を提供する。
【解決手段】C:0.020~0.055%、Si:0.15~0.85%、Mn:4.10~8.00%、P:0.015~0.030%、S:0.0001~0.0020%、Ni:10.00~15.00%、Cr:20.00~24.00%、Mo:1.20~3.30%、Cu:0.05~0.25%、Nb:0.12~0.30%、V:0.10~0.30%、B:0.0005~0.0050%、N:0.20~0.39%、Al:0.002~0.035%、Sn:0.002~0.016%、Co:0.06~1.00%、および、O:0001~0.0050%、を成分組成として含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼である。
【選択図】なし