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特許7546848酸化型グルタチオンポリスルフィドの分析方法、酸化型グルタチオン
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-30
(45)【発行日】2024-09-09
(54)【発明の名称】酸化型グルタチオンポリスルフィドの分析方法、酸化型グルタチオン
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/00 20060101AFI20240902BHJP
   C07C 323/25 20060101ALI20240902BHJP
   C07C 319/26 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
G01N33/00 D
C07C323/25
C07C319/26
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019239945
(22)【出願日】2019-12-27
(65)【公開番号】P2021066722
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-12-27
(31)【優先権主張番号】16/655,553
(32)【優先日】2019-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年1月2日にウェブサイトのアドレス:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231718308553?via%3Dihubにて発表
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】519125209
【氏名又は名称】バイオ・アクセラレーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093861
【弁理士】
【氏名又は名称】大賀 眞司
(72)【発明者】
【氏名】赤池 孝章
【審査官】水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-112367(JP,A)
【文献】特開平05-255235(JP,A)
【文献】国際公開第2017/057768(WO,A1)
【文献】Nature Communications,2017年,1-15,DOI:10.1038/s41467-017-01311-y
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内で過硫化物シンターゼによって生成された、酸化型グルタチオンポリスルフィドに結合した、
チロシン、及び/又は、下記N-Iodoacetyltyramine (HPE-IAM)
【化1】
であるヒドロキシ化合物を検出して、
当該酸化型グルタチオンポリスルフィドを定性又は定量分析する酸化型グルタチオンポリスルフィドの分析方法。
【請求項2】
生体内で過硫化物シンターゼによって生成された、酸化型グルタチオンポリスルフィドに、チロシン、及び/又は、下記N-Iodoacetyltyramine (HPE-IAM)
【化2】
であるヒドロキシ化合物を作用させて、当該酸化型グルタチオンポリスルフィドの加水分解を抑制する、酸化型グルタチオンポリスルフィドの安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化型グルタチオンポリスルフィドの分析方法、および酸化型グルタチオンポリスルフィドの安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
システインヒドロポリスルフィド(CysSSH)などの反応性硫黄種/活性硫黄種(RSS)の生理学的重要性は、近年ますます認識されている。例えば、下記非特許文献には、次のことが記載されている。
【0003】
システインハイドロパースルフィド(CysSSH)は、さまざまな生物で大量に発生するが、その生合成と生理学的機能についてはほとんど知られていない。大腸菌および哺乳動物細胞のシステイン含有タンパク質では広範な過硫化物の形成が明らかであり、硫化水素に関連する化学反応を含む翻訳後プロセスから生じると考えられている。
【0004】
原核生物および哺乳類のシステイニル-tRNAシンテターゼ(CARS)によって触媒される反応である基質L-システインからの効果的なCysSSH合成が存在する。マウスおよびヒト細胞のミトコンドリアCARSをコードする遺伝子の標的破壊は、CARSが内因性のCysSSH産生に重要な役割を果たしていることを示し、これらの酵素がin vivoで主要なシステイン過硫酸合成酵素として機能することを示唆している。CARSは、同時翻訳システイン多硫化も触媒し、ミトコンドリアの生合成と生体エネルギーの調節に関与している。したがって、CARS依存性過硫化物産生の調査は、生理学的および病態生理学的条件における異常な酸化還元シグナル伝達を明らかにし、酸化ストレスおよびミトコンドリア機能障害に基づいた治療標的を示唆する可能性がある(下記非特許文献)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】NATURE COMMUNICATIONS|8: 1177,Cysteinyl-tRNA synthetasegoverns cysteine polysulfidation and mitochondrial bioenergetics,27 October 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者は、RSS代謝プロファイリングを使用して、活性硫黄メタボロミクス分析を確立した。これにより、原核生物と真核生物の両方で内生的および遍在的に生成されるかなりの量のRSSが明らかになった。
【0007】
しかしながら、活性硫黄種である、これらのポリスルフィドの化学的性質は、その反応性または複雑なレドックス活性特性のため、完全には理解され、また、解明されていない。なぜなら、内因系ポリスルフィドは、その化学活性のために、極めて被分解性が高く、パースルフィドを検出すること自体が極めて困難であった。
【0008】
そこで、この発明は、RSSを分解されないようにして、これを分析できるようにするための、RSSの安定化を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明は、ポリスルフィドの加水分解を抑制するためのヒドロキシ化合物、および、ポリスルフィドにヒドロキシ化合物を作用させて、前記ポリスルフィドの加水分解を抑制する方法であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、RSSを分解されないようにして、これを分析できるようにするための、RSSの安定化が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】ポリスルフィドの安定化のために有効な分子種(化合物)の例である。
図1B】その他の例である。
図2A】ポリスルフィドが加水分解を受けて、分解されることを説明する化学反応である。
図2B】この反応に関連する化合物の分子構造である。
図3】ポリスルフィの還元型と酸化型とを示す。
図4A】還元型スルフィドの例を示す。
図4B】さらに、他の例を示す。
図4C】酸化型ポリスルフィドの例を示す。
図4D】さらに、他の例を示す。
図5A】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図5B】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図5C】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図5D】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図5E】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図5F】アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図の一つである。
図6A】アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図の一つある。
図6B】アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図の一つある。
図6C】アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図の一つある。
図6D】アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図の一つある。
図6E】アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図の一つある。
図6F】ヒドロキシフェニル含有化合物の例である。
図7A】ジメドンによって誘発されるGS-SS-SG不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。
図7B】ジメドンによって誘発されるGS-SS-SG不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。
図7C】ジメドンによって誘発されるGS-SS-SG不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。
図7D】ジメドンによって誘発されるGS-SS-SG不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
発明者は、最初に、チロシンとβ-(4-ヒドロキシフェニル)エチルヨードアセトアミド(HPE-IAM)等のヒドロキシフェニル含有誘導体が、CysSSH関連の低分子量種で形成された多様なポリスルフィド残基に安定化効果があることを解明した。
【0013】
例えば、グルタチオンポリスルフィド(酸化型グルタチオン三硫化物および酸化型グルタチオン四硫化物)の分解に対する保護効果は、多硫化物のアルカリ加水分解に対する、チロシンおよびHPE-IAMのヒドロキシフェニル残基により引き起こされる。
【0014】
ポリスルフィドの加水分解は、ポリスルフィドに作用するヒドロキシルアニオンによってトリガーされ、ポリスルフィドにヘテロリシス切断をもたらして、ポリスルフィドをチオレートとスルフェン酸に分解する。加水分解はアルキル化試薬(IAMなど)とジメドンによって促進される。
【0015】
チロシンはアルカリ性pHで起こる求電子的分解を防ぐ。チロシン、HPE-IAMのヒドロキシフェニル部分によって誘発されるポリスルフィドの安定化は、ポリスルフィドの化学的性質の理解を大幅に改善し、臨床検体を含むあらゆる種類の生体サンプルにうまく適用できる場合、活性硫黄メタボロミクス分析に役立つ。
【0016】
チロシン、HPE-IAMは、ポリスルフィドの安定化のための分子種の例示であって、安定化剤は、R-OHとして一般化される。Rは脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、脂環式炭化水素、複素環式化合物等、ヒドロキシ基がポリスルフィドの多硫部分の安定化を達成できるものであれば、特に限定されなければならないものではない。OH基は、アルコール系OHであっても、フェノール系OHでもよい。ポリスルフィドの安定化のために有効な分子種(化合物)は、チロシン、HPE-IAMを含み、例えば、図1A図1Bに示すものであってよい。又は、これら化合物の誘導体であってもよい。OH基は一つでも複数でもよい。
【0017】
図2Aは、ポリスルフィドが加水分解を受けて、分解されることを説明する化学反応であって、ポリスルフィドと求電子試薬、または、ジメドンとの反応の概略図を示す。図2Aに示すように、GS-SS-SGの分解プロセスは、アルカリ誘導加水分解によって開始され、その結果、チオレートおよびスルフェニル部分が生成される。
【0018】
特定の硫黄残基、例えば、GSSS-SGの「-SS-」は、その隣接硫黄がヒドロキシル化(OH-付加)されてGSS-OHが除外される場合、求電子剤によって切断され、求電子アルキル化によってGSS-E付加物を生成し、最終的には、加水分解を伴う求電子性ポリスルフィドの分解を引き起こす。注目すべきこととして、HPE-IAMなどの求電子性IAMを含むアルキル化剤でさえ、そのHPEヒドロキシル部分がアルカリ加水分解を阻害するように機能的に活性である限り、強力なポリスルフィド安定化効果を持つ。HPE-IAM、IAM等のアルキル化剤は、ハロゲン(ヨウ素)が-SH(還元型S)に作用して、-S-AM(-HPE)を形成する。HPE-IAMのヒドロキシル基が-Sn-(n:2以上の整数):酸化型イオウの加水分解を抑制する。もう1つの興味深い点は、この分解には、例えば、チオレドキシンとチオレドキシンレダクターゼによって媒介されることが判明しているような、標準的な内因性還元反応の影響を受ける通常の酸化還元プロセスが含まれない。
【0019】
ポリ硫黄残基のヒドロキシル化はチロシンとHPE-IAMによって拮抗され、このヒドロキシル化はROSと内因性に発現する反作用還元システムによって媒介される酸化還元依存性反応とは完全に異なる。
【0020】
チオレート部分は、MBBやNEMなどの強力な求電子試薬によって急速にアルキル化される。スルフェニル部分は、他のチオール化合物、または、スルフェン酸プローブのジメドンと反応する。したがって、求電子試薬とジメドンは、ポリスルフィドのアルカリ加水分解の平衡にシフトを引き起こし、ポリスルフィドの分解を促進する。図2Bに、図2Aの反応に関連する化合物の分子構造を示す。
【0021】
RSSは、多くの種で豊富に内生的に生成されることがよく知られている。発明者は、タンパク質の生合成中の翻訳プロセスだけでなく、基質のシステインから過硫化物や多硫化物を生成する特定の酵素として、主に、多機能性を持つシステイン過硫化物シンターゼの新しいファミリー、すなわちシステイニル-tRNAシンテターゼ(CARS)を発見した。この発見に関連して非常に重要なのは、CARS(CARS2)のミトコンドリアアイソフォームが生体内で形成されるほとんどのRSSに関与する主要な酵素であり、ミトコンドリアの生体エネルギー、すなわち硫黄呼吸に寄与する。
【0022】
発明者は、これらの硫化物代謝経路を調査するために、最初に、反応性硫黄メタボロミクス分析を開発した。これは、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)を利用し、β-(4-ヒドロキシフェニル)エチルヨードアセトアミド(HPE-IAM)によるRSSのトラップまたは誘導体化と組み合わせることによるものである。このアプローチの特異性は、HPE-IAMとさまざまなRSSおよびポリスルフィドとの化学反応の選択性に依存している。したがって、HPE-IAMなどのOH基を有する化合物を使用することが有効である。
【0023】
これにより、ポリスルフィドの求電子分解を最小限に抑えることができるが、さまざまなヒドロポリスルフィドのスルフヒドリルの特定の求核置換が可能になる。この結果、硫黄メタボロミクス分析を通じてRSSの特定の検出と定量が保証される。
【0024】
しかし、図2Bに示すように、モノブロモビマン(MBB)やN-エチルマレイミド(NEM)などの過酷な求電子剤は、ポリスルフィドの硫黄残基への求核攻撃に関与する可能性があり、これが広範囲のポリスルフィド分解につながる。実際、このプロセスはポリスルフィドのアルカリ誘起加水分解によって開始され、結果としてポリスルフィドからチオレート残基が生成され、MBBおよびNEMによって容易にアルキル化されるが、HPE-IAMにはこれが認められなかった。
【0025】
また、図2Aに示すように、ジメドンがチオールまたはポリチオール部分のスルフェニルと反応する際のアルカリ加水分解平衡のシフトによって引き起こされる、このポリスルフィド分解をジメドンが促進する。したがって、独自の硫化物化学の正確な理解が得られない限り、特定のメタボロミクス分析は、多くの生物系に豊富に含まれるRSSおよび反応性ポリスルフィドの分析には適用できない。
【0026】
たとえば、最も深刻な問題の1つは、NEMとMBBなどの過酷な試薬と硫化水素(H2S)との付加物が、NEM/MBBと、低分子量であるシステインおよびタンパク質システイニルに結合したポリスルフィドとの反応で頻繁に観察されたことである。
【0027】
これらの付加物は、MBB/NEMを使用したさまざまなサンプルの処理中に人為的に生成される可能性が高い。CARSは翻訳または同時翻訳プロセス中にすべてのCys含有タンパク質のポリスルフィド化を誘導できることが分かっているため、これらの求電子試薬の反応性に関係なく、求電子化合物を使用したメタボロミクス分析において、そのような人工的なビスモノスルフィドアルキル付加物(RSR)の形成が最も深刻な問題あると考えられる。
【0028】
この困難さは、HPE-IAMを使用して、人為的な劣化とR-S-Rの形成を最小限に抑えることができる場合でも存在する。発明者は、この技術的な問題を克服するために、LCタンデム質量分析(LC-MS / MS)と組み合わせたHPE-IAMトラッピングを使用して、新しい機構的アプローチを検討した。
【0029】
発明者は、HPE-IAMによる比較的選択的なRSSトラップの実証に加えて、HPE-IAM自体がポリスルフィドを安定化できることを発見した。実際、発明者は、ポリスルフィドを含む反応混合物にチロシンを添加すると、チロシンが強力なポリスルフィド維持効果を発揮することが分かった。この効果は、チロシンとHPE-IAMの類似の化学構造(ヒドロキシフェニル基)に起因する可能性が高い。
【0030】
チロシンのポリスルフィド安定化効果およびHPE-IAMなどの関連するヒドロキシフェニル含有化合物は、多くのタンパク質における広範なタンパク質ポリスルフィド化の維持の分子メカニズムのより良い理解に重要な意味を持っている。
【0031】
さらに、発明者は、初めて、チロシンによって生理学的に調節される、アルカリ加水分解および求電子分解によって典型的に特徴づけられた、ポリスルフィドのユニークな化学的性質を解明することができた。したがって、発明者は、最も正確で理想的な反応性硫黄メタボロームの開発に成功した。
【0032】
ポリスルフィドには、図3に示すように、還元型と酸化型があり、R-(S)-SH(n=1,2,・・・・)が還元型であり、R-(S)-R(n=2,3,・・・・)が酸化型である。還元型ポリスルフィド(チオール化合物)がLC-MSMS分析されるようにするための疎水性付加とポリスルフィド安定化のために、既述のヒドロキシ化合物であって、還元型ポリスルフィドのチオール基に結合し、そして、安定化することができるものがよい。この化合物として、例えば、既述のHPE-IAMが好適である。
ポリスルフィドへの疎水性の付加によって逆相HPLC分離が可能になる。HPE-IAMを標識化することによって、内部標準物質として利用することができる。HPE-IAMにおいて、“I”を他のハロゲン元素、Cl、F、Brに代えてもよい。ベンゼン環に結合したOHは、オルト、又は、メタの位置に結合してもよい。ベンゼン環を、脂肪族鎖状炭化水素、または、脂肪族環状炭化水素に代えてもよい。ベンゼンをナフタレン、アントラセン等多環式芳香族化合物に代えてもよい。また、ベンゼンを複素環式化合物に代えてもよい。また、HPE-IAMを誘導体化してもよい。
【0033】
図4A、4Bに還元型スルフィドの例を示し、さらに、図4C、4Dに酸化型ポリスルフィドの例を示す。
【0034】
材料
IAM、MBB、硫化水素ナトリウム(NaHS)、還元型グルタチオン(GSH)、L-チロシン、グリセロール、およびスクロースは、ナカライテスク(京都、日本)から入手された。NEM、ヨウ素、メタノール、エタノール、4-アセトアミドフェノール、およびジメドンは、富士フイルム和光純薬株式会社(大阪、日本)から購入された。HPE-IAMはMolecular Biosciences(米国コロラド州ボールダー)から購入された。Na2 34Sは同仁堂研究所(熊本、日本)から入手された。
【0035】
酸化型グルタチオン三硫化物/四硫化物の合成(GS-S-SG / GSSS-SG)
GSH(20 mM)は、20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.4)中のヨウ素(20 mM)の存在下、室温で15分間、20 mM NaHSと反応された。GS-S-SGおよびGS-SS-SGの精製のために、反応混合物を逆相カラム(YMC-Triart C18カラム、50x内径2.0mm、YMC、京都、日本))で高性能LC(Prominence; Shimadzu Corporation、Kyoto、Japan)にかけた。同位体標識GS-34S-SGおよびGS-34S34S-SGは、GSHをNa32SHではなくNa2 34Sと反応させることにより合成された。
【0036】
In vitroポリスルフィド安定性アッセイ
0.01%ギ酸(FA)に溶解したGS-S-SGまたはGS-SS-SGを等量の200mMリン酸バッファー(図5A-5Fに示されているpHに調整)に加え、これを、摂氏37度で暗所で、図2に示されている試薬を使用して、インキュベートした。未分解のGS-S-SGまたはGS-SS-SGは、以下で説明するように、液体クロマトグラフィーエレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(LC-ESI-MS / MS)を使用して定量された。
【0037】
図5A-5Fは、夫々、アルキル化試薬とアルカリ性pHによって誘導されるGS-SS-SGの不安定性を示す特性図である。100 mMリン酸緩衝液中の10μMGS-SS-SG(図5A-5C)または1μMGS-SS-SG(図5D-5F)が、示された時間の間、pH7.0(図5A、5D)、pH 7.5(図5B、5E)、又は、pH 8.0(図5C、5F)で、HPE-IAM、IAM、NEM、MBB、又は、チロシン(Tyr)(各1 mM)の存在下または非存在下で、摂氏37度でインキュベートされた。グラフは、LC-ESI-MS/MSで定量化された無傷のGS-SS-SG濃度の平均値±標準偏差を示す。図5A-5Cおよび図5D-5F、それぞれ1回および3回の測定、統計的有意性は、Tukey検定による2因子ANOVAによって決定された(*P<0.05(対コントロール)。
【0038】
GS-S-SGおよびGS-SS-SGの定量化
LC-MS/MS分析用の反応混合物が1%FAで5倍に希釈され、そして、内部標準(100nM、最終濃度)として等量の200nM同位体標識GS-34S-SGおよびGS-34S34S-SGと混合され、続いて、Nexera UHPLCシステム(島津製作所)に結合したトリプル四重極質量分析計LCMS-8050(島津製作所)を使用して、LC-ESI-MS/MSによるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの定量が実行された。
【0039】
サンプルはYMC-Triart C18カラム(内径50 x 2.0mm)を備えたNexera UHPLCシステムにかけられ、40°Cで0.2 ml / minの流量で0.1%FAの存在下、移動相のメタノール勾配(0~90%、15分)を使用して溶出された。GS-S-SGおよびGS-SS-SGは、多重反応モニタリング(MRM)を使用して検出された。
【0040】
GS-SS-SGの分解生成物の分析
GS-SS-SG(10μM)は、1mMのチロシンの有無にかかわらず、アルキル化試薬(MBB、HPE-IAM、またはNEMなど)(それぞれ1mM)と、100 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)中、暗所で1時間、37℃において、処理された。
【0041】
反応サンプルは1%FAで5倍に希釈された後、内部標準50 nM(最終濃度)として、等量の100 nM同位体標識HPE-IAM、NEM、またはMBB付加物と混合された。
【0042】
上記のように、YMC-Triart C18カラム(内径50 x 2.0mm)を備えたLCMS-8050 Nexera UHPLCシステム(Shimadzu)によるLC-ESI-MS/MSにより、各アルキル化試薬付加物は定量された。
【0043】
H2S(ビス-S付加物)、二硫化水素(ビス-SS付加物)、チオ硫酸塩(HS2O3付加物)、GSH(GS付加物)、GSH過硫化物(GSS付加物)、GSH三硫化物(GSSS付加物)、酸化GSH(GSSG)およびGS-S-SGがMRMの使用によって検出された。
【0044】
硫黄代謝物の細胞培養分析
HEK293T細胞は、10%ウシ胎児血清(FBS)および1%ペニシリン-ストレプトマイシンを添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)で培養された。内因性GS-SS-SGを増加させるために、HEK293T細胞が、FBSを含まないDMEM中の0.2mM GS-SS-SGで摂氏37度で3時間処理された。
【0045】
細胞を氷冷PBSで2回洗浄した後、1mM HPE-IAMまたは1mM MBBを含む氷冷メタノールで抽出した。遠心分離(14,000 xg、5分、摂氏4度)後、2mMチロシンの存在下、又は、非存在下、上清を、HPE-IAMまたはMBB(各2mM)を含む等量の200mMリン酸バッファー(pH7.5または8.0)と混合して、暗所で37°Cで30、60、90分間インキュベートした。反応サンプルは、既知量の同位体標識内部標準を含む1%FAで10倍に希釈され、上記のLC-MS/MS分析に適用された。
【0046】
統計分析
Tukey検定またはスチューデントt検定を使用した2因子分散分析(ANOVA)は、GraphPad Prism 5.0(GraphPad Software、CA、USA)の多重比較に使用された。P <0.05は、統計的有意性のレベルとして受け入れられた。
【0047】
図6A-6Fは、アルキル化試薬によって引き起こされるGS-S-SGおよびGS-SS-SGの不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。100mMリン酸緩衝液中の1μMGS-S-SG(図6A、6B)またはGS-SS-SG(図6C、6D)をpH7.5(図6A、6C)またはpH8.0(図6B、6D)で示された時間インキュベートした(37°C、HPE-IAM、IAM、NEM、MBB、またはチロシン(Tyr)(各1 mM)の有りと無しのそれぞれの条件において)。グラフは、LC-ESI-MS/MSを介して定量された、無傷のGS-S-SGまたはGS-SS-SG濃度の平均値±標準偏差を示す。各値は、3回の測定から取得された。統計的有意性は、スチューデントのt検定によって決定された(P <0.05)。
【0048】
図6Eは、GS-SS-GS安定性への影響の観点から、チロシンおよびヒドロキシル部分を含むさまざまな化合物の用量依存プロファイルである。GS-SS-SG(10μM)を0.25、1、5、10 mM、IAM、HPE-IAM、チロシン、またはその他のヒドロキシフェニル含有化合物(4-アセトアミドフェノール、グリセロール、スクロース、メタノール、またはエタノール)とインキュベートした(37°Cで90分間、100 mMリン酸バッファー(pH 8.0))。統計的有意性は、スチューデントのt検定によって決定されました(*P <0.05(90分でのコントロールとの対比)。図6Fは使用される化学物質の分子構造を示す。
【0049】
図7A図7Dは、ジメドンによって誘発されるGS-SS-SG不安定性に対するチロシンの保護効果を示す特性図である。10μMGS-SS-SGを、指定濃度のジメドンと1 mM IAM(図7A、7B)またはチロシン(Tyr)(図7C、7D)とともにpH 7.5(図7A、7C)またはpH8.0(図7B、7D)の100mMリン酸緩衝液中、37°Cで指定された時間、インキュベートした。グラフは、LC-ESI-MS/MSで定量化された無傷のGS-SS-SG濃度の平均値±標準偏差を示す。各値は、3回の測定から取得された。統計的有意性は、スチューデントのt検定によって決定された(* P <0.05)。
【0050】
pH 7.5(図7A、7C)またはpH 8.0(B)の100 mMリン酸緩衝液中に、示された濃度のジメドンおよび1 mM IAM(図7A、7B)またはチロシン(Tyr)(図7C、7D)とともに10μMGS-SS-SGをインキュベートした(摂氏37度で指定された時間)。グラフは平均値±標準偏差を示し、LC-ESI-MS/MSで定量化された無傷のGS-SS-SG濃度を示す。各値は、3回の測定から取得された。統計的有意性は、スチューデントのt検定によって決定された(*P <0.05。)
【0051】
結果
ポリスルフィドの安定性を判断するために、ポリスルフィド種のモデルとして、さまざまな条件および異なるアルキル化試薬の有無で、酸化型グルタチオンテトラスルフィド(GS-SS-SG)の分解速度を分析した。MSベースの技術を活用することで、アーチファクトのないサンプル中の無傷のGSSS-SGを直接かつ絶対的に定量化できた。pH7.0、7.5、または8.0で37°Cで90分間インキュベートすると、GS-SS-SGの量(10μM、初期濃度)がそれぞれ入力の50%、60%、または30%に減少した(図2A図2B、および、図2C)。
【0052】
IAMはpH 7.0とpH 7.5の両方でGS-SS-SGの分解速度を大幅に変更しなかったのに対し、pH 7.0と7.5でHPE-IAMの存在下でGS-SS-SGの安定性が向上されることが確認できた。ただし、NEMまたはMBBとのインキュベーションでは、GS-SS-SGが不安定になった。また、pH 7.0でHPE-IAM、NEM、またはMBBとインキュベートした後、GS-SS-SGの生成物を分析した。
【0053】
GS-SS-SGはHPE-IAMの存在下では比較的安定であるが、NEMやMBBのような他の反応性の高い求電子剤で処理すると不安定になり、容易に減衰することが示された。このプロファイルは、GSSS-SGとHPE-IAMの反応混合物にGS-SS-SG以外の主要な化合物が見つからなかったという知見によって強く支持されている。
【0054】
一方、MBBはポリスルフィドのGSSおよびGSSS-MBB付加物への開裂を引き起こし、NEMで同様であるが非常に広範な断片化が明らかになり、GS-SS-SGの最小の分解生成物、すなわちH2SおよびGSH付加物(NEM-SNEMおよびGS-NEM)を生成する。
【0055】
さらに、硫黄メタボロームのin vivoモデルであるHEK293T細胞を用いた細胞培養試験によれば、GS-SS-SGに由来するさまざまなポリスルフィド誘導体量のプロファイルの変化が明らかとなった。
【0056】
この代謝プロファイリングは、アルカリ誘発GS-SS-SGの崩壊が、H2Sの各付加物などのGS-SS-SGの分解生成物、H2S(ビス-S)、GS-、夫々の付加物、およびGSS付加物、およびポリスルフィドから間接的に誘導されるCysSS付加物など、の著しい増加によって証明されるように、HPE-IAMよりもMBBにより大きく促進されることをさらに支持した。
【0057】
また、pH8.0でのインキュベーションにより、おそらく高pH環境での加水分解が原因でGS-SS-SGが急速に劣化することがわかった。HPE-IAMを含む、調べたすべてのアルキル化試薬は、弱アルカリ条件下で異なる程度にGS-SS-SG分解に対する追加の強化効果を示した。これらの結果は、いくつかのアルキル化試薬がポリスルフィド種の定量化を混乱させる可能性があることを確認し、そして、ポリスルフィド種の絶対濃度の過小評価につながる深刻な技術的困難性、そして、また、特に、pH8.0の高pHバッファーを使用する場合、最も典型的にはH2Sである、人工的な硫化物生成物の誤った決定を示唆する。
【0058】
GS-SS-SGに対するアルキル化試薬の相対濃度は、より低いモル比で見つかった速度論と比較した場合(図5A、5B、および5C)、分解速度の重要な要因のようであり、アルキル化試薬のGS-SS-SGに対する過剰モル比がGS-SS-SGの分解能をIAMに付与するか、NEMまたはMBBによって引き起こされるGS-SS-SGの分解(図5D、5E、および5F)を促進する。
【0059】
図5Aおよび5Bに示すように、より低いモル比でGS-SS-SGの分解を防ぐHPE-IAMでさえ、過剰に投与するとGS-SS-SGの不安定性を誘発しました(図5Dおよび5E)。
【0060】
また、GS-SS-SGのアルカリ加水分解および求電子的劣化に関して、GS-SS-SGの安定性に対する酸素、光、および温度の影響を確認した。これらの結果は、その安定性が、溶液中の酸素含有量または60分間の光(少なくとも、通常の室内照明、約500 lx)のいずれによっても、それほど影響を受けないことを示している。
【0061】
対照的に、ポリスルフィドは温度を最大50°Cまで上げると非常に不安定になった。PE-IAMはβ-ヒドロキシフェニルエチル(HPE)基を持つIAMの誘導体であるため、GS-SS-SGの安定性に対するHPE-IAM(保護)とIAM(分解)の異なる効果は、上記のように、この特定のHPEグループに起因する可能性がある。したがって、類似のグループを持つアミノ酸であるチロシンがポリスルフィドを安定化できる。
【0062】
予想どおり、pH7.0、7.5、8.0の1mMチロシンの存在下で、GS-SS-SG(図2)および酸化GSH三硫化物(GS-S-SG)の遅延分解が観察され、これはチロシンがポリスルフィド種の安定剤として機能することを示している。
【0063】
より重要な結果は、外因性のチロシンの導入により、GS-S-SGおよびGS-SS-SGのpH7.5および8.0でのアルキル化試薬、さらには自動分解によっても引き起こされた分解が改善されたことであり、これは、ポリスルフィドの定量化のための効率的な保護剤としてチロシン等を利用する利益を強く裏付けている。
【0064】
図6Eに示すように、GS-SS-GS安定性への影響という観点から、チロシンの用量依存プロファイルを調べ、これは、チロシンによる非常に優れた用量依存的安定化を明らかにしている。特に、10mMの高濃度のチロシンは、GS-SS-SGのアルカリ加水分解をほぼ完全に阻害し、このヒドロキシフェニル含有化合物のこのような強力なポリスルフィド安定化活性を確認した。そして、細胞で形成されたGS-SS-SGが外因的に加えられたチロシンによって著しく安定化されたことが分かった。in vitro無細胞分析と同様に、チロシンはアルカリ性および求電子性(HPE-IAMおよびMBBの両方)により加速されるGS-SS-SG分解を著しく抑制できた。
【0065】
さらに、ヒドロキシル部分を含むさまざまな化合物のGS-SS-SGに対する安定化効果もテストした(図6Eおよび6F)。チロシンに類似したさまざまなフェノール性またはアルコール性ヒドロキシル物質で、明確で強力な分解抑制効果が明らになった。したがって、ポリスルフィド保護効果は、pH依存的に形成されるヒドロキシアニオンと直接競合することによって生じるのではなく、イオン形態に解離することなくアルコール又はフェノール(OH)残基によって引き起こされると結論付けるのが合理的である。
【0066】
スルフェン酸(-SOH)と反応するジメドンの存在下でのGS-SS-SGの安定性を評価した。図7A図7Dに示すように、ジメドンは、特にpH8.0で、濃度依存的にGS-SS-SGを不安定化した。この結果は、ジメドンがGS-SS-SGのアルカリ加水分解を促進することを示しており、これは反応平衡を前進させることによるものである。実際、IAMとジメドンの両方が存在すると、GS-SS-SGの分解が促進された。さらに、チロシンはpH7.5とpH8.0の両方でGS-SS-SGのジメドン依存性分解を防止することを観察された。その結果、ポリスルフィド安定化特性が確認された。したがって、実施例は、チロシンがアルキル化試薬とジメドンによって引き起こされるGS-SS-SGの分解を防ぐことができることを示唆しており、これはチロシンがヒドロキシルアニオン(OH-)によるポリスルフィドの加水分解を阻害できることを示している。
【0067】
なお、ポリスルフィドのヒドロキシ化合物による安定化において、ポリスルフィドとヒドロキシ化合物の濃度比(モル比)は、ポリスルフィド:ヒドロキシ化合物=1:5~15でよい。ヒドロキシ化合物が少ないと、多硫化部分の保護機能が十分でなく、反対に、ヒドロキシ化合物が多いとポリスルフィドの分析に影響を与える虞がある。
【0068】
既述のとおり、HPE-IAMのようなポリスルフィドをアルキル化しながら、ヒドロキシ基がポリスルフィドを安定化させるアルキル化剤と、その他のヒドロキシ化合物のように、ポリスルフィドに添加されて、そのヒドロキシ基がポリスルフィドを安定化するような添加剤とがある。アルキル化剤と添加剤と併用されてポリスルフィドを安定化することは有効である。またさらに、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(トリス(Tris)緩衝液)も、ヒドロキシ基を有するため、ポリスルフィド保護成分として有効である。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
図7A
図7B
図7C
図7D