(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-30
(45)【発行日】2024-09-09
(54)【発明の名称】冷間圧延マルテンサイト鋼及びその冷間圧延マルテンサイト鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240902BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240902BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/60
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2021573436
(86)(22)【出願日】2020-06-05
(86)【国際出願番号】 IB2020055319
(87)【国際公開番号】W WO2020250098
(87)【国際公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-01-20
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2019/054901
(32)【優先日】2019-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IB
(73)【特許権者】
【識別番号】515214729
【氏名又は名称】アルセロールミタル
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】シエベントリット,マチュー
(72)【発明者】
【氏名】ロイスト,バンサン
(72)【発明者】
【氏名】エスノー,オレリー
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-508069(JP,A)
【文献】特開2011-214120(JP,A)
【文献】特開2014-025130(JP,A)
【文献】特開2016-222969(JP,A)
【文献】特表2018-524475(JP,A)
【文献】国際公開第2015/088514(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/092733(WO,A1)
【文献】特開2012-077377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間圧延マルテンサイト鋼板であって、重量パーセントで表される以下の元素、すなわち、
0.3%≦C≦0.4%、
0.5%≦Mn≦1%、
0.2%≦Si≦0.6%、
0.1%≦Cr≦1%、
0.01%≦Al≦1%、
0.01%≦Mo≦0.5%、
0.001%≦Ti≦0.1%、
0%≦S≦0.09%、
0%≦P≦0.09%、
0%≦N≦0.09%、
を含み、以下の任意元素、すなわち、
0%≦Nb≦0.1%、
0%≦V≦0.1%、
0%≦Ni≦1%、
0%≦Cu≦1%、
0%≦B≦0.05%、
0.001%≦Ca≦0.01%、
0%≦Sn≦0.1%、
0%≦Pb≦0.1%、
0%≦Sb≦0.1%、
の1種以上を含むことができ、残余の組成は鉄及び加工により生ずる不可避の不純物から構成され、前記
冷間圧延マルテンサイト鋼
板の微細組織は、面積百分率により、少なくとも95%のマルテンサイトと、1~5%の間の累積量のフェライト及びベイナイトと、0~2%の間の任意の量の残留オーステナイトとを含む、冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項2】
前記組成が、0.3%~0.38%の炭素を含む、請求項1に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項3】
前記組成が、0.3%~0.36%の炭素を含む、請求項1又は2に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項4】
前記組成が、0.01%~0.5%のアルミニウムを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項5】
前記組成が、0.5%~0.9%のマンガンを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項6】
前記組成が、0.3%~0.9%のクロムを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項7】
マルテンサイトの量が96%~99%の間である、請求項1~6のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項8】
フェライト及びベイナイトの前記累積量が、1%~4%の間である、請求項1~7のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板であって、1700MPa以上の最大引張強さ、及び1500MPa以上の降伏強さを有する、冷間圧延マルテンサイト鋼板。
【請求項10】
以下の連続工程を含む冷間圧延マルテンサイト鋼板の製造方法。
- 請求項1~6のいずれか一項に記載の化学組成を
有する半製品を提供する工程、
- 前記
半製品を1000℃~1280℃の間の温度に再加熱する工程、
- オーステナイトの範囲で前記
半製品を圧延し、ここで、熱間圧延仕上げ温度はAc3~Ac3+100℃の間である、熱間圧延鋼板を得る工程、
- 少なくとも20℃/秒の冷却速度で前記
熱間圧延鋼板を650℃未満の巻取り温度まで冷却する工程;及び前記熱間圧延
鋼板を巻取る工程、
- 前記熱間圧延
鋼板を室温まで冷却する工程、
- 前記熱間圧延鋼板にスケール除去処理を施す、任意の工程、
- 前記熱間圧延鋼板を焼鈍することができる、任意の工程、
- 前記熱間圧延鋼板にスケール除去処理を施す、任意の工程、
- 35~90%の間の圧下率で前記熱間圧延鋼板を冷間圧延し、冷間圧延鋼板を得る工程、
- 次いで、前記冷間圧延鋼板を2段階加熱で加熱する工程であって、
○ 前記冷間圧延鋼板を加熱する第1段階は室温から始まり、少なくとも10℃/秒の加熱速度HR1で550~750℃の間の温度HT1まで行われ、
○ 加熱の第2段階はHT1から始まり、1℃/秒~50℃/秒の間の加熱速度HR2でAc3~Ac3+100℃の間の温度Tsoakまで行われ、それが10~500秒間保持される、2段階加熱で加熱する工程、
- 次いで、前記冷間圧延鋼板を2段階冷却で冷却する工程であって、
○ 前記冷間圧延鋼板を冷却する第1段階はTsoakから始まり、30℃/秒~150℃/秒の間の冷却速度CR1で630℃~750℃の間の温度T1まで行われ、
○ 冷却の第2段階はT1から始まり、少なくとも50℃/秒の冷却速度CR2でMs-10~20℃の間の温度T2まで行われる、2段階冷却で冷却する工程、
- 次いで、前記冷間圧延鋼板を少なくとも1℃/秒の速度で、150~300℃の間の焼き戻し温度Ttemperまで再加熱し、それが100~600秒間保持される工程、
- 次いで、少なくとも1℃/秒の冷却速度で室温まで冷却し、請求項1~6のいずれか一項に記載の冷間圧延マルテンサイト鋼板を得る工程。
【請求項11】
前記巻取り温度が475℃~625℃の間である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
TsoakがAc3+10℃~Ac3+100℃の間である、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
CR1が30℃/秒~120℃/秒の間である、請求項10~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
T1が640℃~725℃の間である、請求項10~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
CR2が少なくとも100℃/秒である、請求項10~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
T2がMs-50℃~20℃の間である、請求項10~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
Ttemperが200℃~300℃の間である、請求項10~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
車両の構造部品を製造するための、請求項1~9のいずれか一項により得ることができる鋼板の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車産業に適した冷間圧延マルテンサイト鋼の製造方法に関し、特に引張強さが1700MPa以上のマルテンサイト鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品は、2つの矛盾する必要性、すなわち、成形の容易さ及び強度を満足することが要求され、さらに近年では地球環境への配慮から自動車には燃費向上という3つ目の要求も求められている。このように、今や自動車部品は、複雑な自動車組立体への適合の容易さの基準に適合させるために、高い成形性を有する材料で作らなければならず、同時に、燃料効率を改善するために自動車の重量を減少させながら、自動車の耐衝突性及び耐久性のために強度を改善しなければならない。
【0003】
そのため、材料の強度を上げることにより、自動車に使われる材料の量を減らすために、精力的な研究開発努力が払われている。逆に、鋼板の強度の増加は成形性を低下させるので、高強度及び高成形性を併せ持つ材料の開発が必要である。
【0004】
高強度及び高成形性鋼板の分野における以前の研究開発は、高強度及び高成形性鋼板を製造するためのいくつかの方法をもたらし、そのいくつかは、本発明を疑う余地なく理解するために本明細書に列挙される。
【0005】
WO2017/065371号の鋼板は、材料鋼板を3~60秒間、Ac3変換点以上に急速に加熱する工程、材料鋼板を維持する工程(材料鋼板は、0.08~0.30重量%のC、0.01~2.0重量%のSi、0.30~3.0重量%のMn、0.05重量%以下のP及び0.05重量%以下のSを含み、残余はFe及びその他の不可避の不純物である。)、加熱鋼板を水又は油で100℃/秒以上で急速に冷却する工程、加熱及び維持時間を含む3~60秒間500℃~A1変換点まで急速に焼き戻す工程から製造される。しかし、WO2017/065371号の鋼は、1700MPaの引張強さを持ちながら、22%の穴広げ率を提供できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、以下、
- 1700MPa以上、好ましくは1750MPaを超える最大引張強さ、
- 1500MPa以上、好ましくは1550MPaを超える降伏強さ、
- 少なくとも22%、好ましくは25%を超える穴広げ率、
を同時に有する冷間圧延マルテンサイト鋼板を利用可能にすることにより、これらの問題を解決することにある。
【0008】
好ましくは、このような鋼は、良好な溶接性及び被覆性と共に成形にも、圧延にも良好な適合性を有することができる。
【0009】
本発明の別の目的は、製造パラメータの変動に関して安定である一方で、従来の産業用途に適合するこれらの板の製造方法を利用可能にすることでもある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記の目的及び他の利点は、本発明の好ましい実施形態を詳細に記述することにより、より明らかになるだろう。
【0011】
冷間圧延マルテンサイト鋼の化学組成は次の元素から構成される。
【0012】
本発明の鋼中には炭素が0.3%~0.4%の間存在する。炭素は、マルテンサイトなどの低温変態相を生成させて本発明の鋼の強度を高めるために必要な元素である。このため、炭素は2つの重要な役割を果たし、その一つは強度を高めることである。しかし、炭素含有量が0.3%未満であると、本発明の鋼に引張強さを付与することはできない。一方、炭素含有量が0.4%を超えると、鋼は不十分なスポット溶接性を示し、その自動車部品への用途が制限される。本発明の好ましい含有量は、0.3%~0.38%の間、より好ましくは0.3%~0.36%の間に保つことができる。
【0013】
本発明の鋼のマンガン含有量は0.5~1%の間である。この元素はガンマジニアスである。マンガンは固溶強化を提供し、フェライト変態温度を抑制し、フェライト変態速度を低下させ、したがってマルテンサイトの形成を助ける。少なくとも0.5%の量が、マルテンサイトの形成を補助するだけでなく、強度を付与するために必要である。しかし、マンガン含有量が1%を超えると、焼鈍後の冷却中にマルテンサイトへのオーステナイトの変態を遅らせるなどの悪影響を生じる。1%を超えるマンガン含有量は、凝固時に鋼中に過度に偏析して、材料内部の均質性が損なわれ、熱間加工工程中に表面割れを起こすことがある。マンガンの存在の好ましい限度は0.5~0.9%の間、より好ましくは0.6~0.8%の間である。
【0014】
本発明の鋼のケイ素含有量は0.2~0.6%の間である。ケイ素は固溶強化により強度を増すことに寄与する元素である。ケイ素は、焼鈍後の冷却時に炭化物の析出を遅らせることができる成分であり、したがってケイ素はマルテンサイトの生成を促進する。しかし、ケイ素はフェライト形成剤でもあり、Ac3変態点も上昇させ、焼鈍温度をより高い温度範囲に押し上げる。これがケイ素の含有量が最大0.6%に保たれる理由である。0.6%を超えるケイ素含有量は脆化を調整することがあり、さらにケイ素は被覆性も損なう。ケイ素の存在の好ましい限度は0.2~0.5%の間、より好ましくは0.25~0.45%の間である。
【0015】
本発明の鋼の複合コイルのクロム含有量は0.1%~1%の間である。クロムは、固溶強化により鋼に強度を与える必須元素であり、強度を付与するためには最低0.1%が必要であるが、1%を超えて使用すると鋼の表面仕上げを損なう。クロムの存在のための好ましい限度は0.3~0.9%の間、より好ましくは0.4~0.8%の間である。
【0016】
アルミニウムの含有量は本発明では0.01%~1%の間である。アルミニウムは、溶鋼中に存在する酸素を除去して、酸素が凝固過程で気相を形成するのを防止する。アルミニウムはまた、窒素を鋼中に固定して窒化アルミニウムを形成し、結晶粒のサイズを減少させる。アルミニウム含有量が1%を超えて高くなると、Ac3点が上昇して高温となり、生産性が低下する。アルミニウムの存在の好ましい限度は0.01~0.5%の間である。
【0017】
本発明の鋼にチタンを0.001%~0.1%の間添加する。チタンは鋳造製品の凝固中に現れる窒化チタンを形成する。成形性に悪影響を及ぼす粗大な窒化チタンの生成を避けるように、チタンの量は0.1%に制限される。この場合、0.001%未満のチタン含有量であれば、本発明の鋼に何らの効果を及ぼさない。
【0018】
モリブデンは、本発明の鋼の0.01%~0.5%を構成する必須元素である。モリブデンは、硬化性及び硬度を改善するのに有効な役割を果たし、ベイナイトの出現を遅らせるため、特に少なくとも0.01%の量で添加した場合、マルテンサイトの形成を促進する。また、モリブデンは熱間圧延後の冷却時にフェライト及びパーライト微細組織の形成を容易にもし、このフェライト及びパーライト微細組織が冷間圧延を容易にする。しかし、モリブデンの添加は、合金元素の添加コストを過度に増大させるため、経済的理由からその含有量は0.5%に制限される。モリブデンの好ましい限度は0.1~0.3%の間である
【0019】
硫黄は必須元素ではないが、鋼中に不純物として含まれている可能性があり、また本発明の観点から硫黄含有量は可能な限り低いことが好ましいが、製造コストの観点からは0.09%以下が好ましい。さらに、より多量の硫黄が鋼中に存在する場合には、それは特にマンガンと結合して硫化物を形成し、本発明に対するその有益な影響を減少させる。
【0020】
本発明の鋼のリン成分は0%~0.09%の間であり、特に結晶粒界に偏析したり、マンガンと共に共偏析したりする傾向があるため、リンはスポット溶接性及び熱間延性を低下させる。これらの理由により、その含有量は0.09%に制限され、好ましくは0.06%未満である。
【0021】
材料の老化を回避し、鋼の機械的性質に悪影響を及ぼす凝固中の窒化アルミニウムの析出を最小限に抑えるために、窒素は0.09%に制限される。
【0022】
ニオブは、本発明の鋼中に0%~0.1%の間存在し、炭窒化物を形成し、析出硬化により本発明の鋼の強度を付与するのに適している。ニオブはまた、炭窒化物としてのその析出を通じて、及び加熱過程で再結晶を遅らせることによって、微細組織の構成要素のサイズに影響を及ぼす。したがって、保持温度の終了時に、及びその結果として、完全な焼鈍後に形成されるより微細な微細組織は、製品の硬化につながる。しかし、その影響の飽和効果が観察されるので、0.1%を超えるニオブ含有量は経済的に興味をひかない。これは、追加の量のニオブが製品のいかなる強度向上をもたらさないことを意味する。
【0023】
バナジウムは炭化物又は炭窒化物を形成して鋼の強度を高めるのに有効であり、経済的観点から上限は0.1%である。
【0024】
ニッケルは、本発明の鋼の強度を高め、その靭性を改善するために、0%~1%の量で任意元素として添加することができる。このような効果を得るためには、最低0.01%が好ましい。しかし、その含有量が1%を超えると、ニッケルは延性劣化を引き起こす。
【0025】
銅は、本発明の鋼の強度を高め、その耐腐食性を改善するために、0%~1%の量で任意元素として添加することができる。このような効果を得るためには、最低0.01%が好ましい。しかし、その含有量が1%を超える場合、表面形態を劣化させる可能性がある。
【0026】
ホウ素は、本発明の鋼の任意元素であり、0%~0.05%の間で存在し得る。ホウ素は、窒化ホウ素を形成し、少なくとも0.0001%の量で添加すると、本発明の鋼にさらなる強度を付与する。
【0027】
本発明の鋼にカルシウムを0.001%~0.01%の間で添加することができる。カルシウムは、特に介在物処理の間、任意元素として本発明の鋼に添加される。カルシウムは、球状型の悪影響を及ぼす硫黄内容物と結合することにより、硫黄の悪影響を遅らせることにより、鋼の精練に寄与する。
【0028】
Sn、Pb又はSbのような他の元素は、Sn≦0.1%、Pb≦0.1%及びSb≦0.1%の割合で個別に又は組み合わせて添加することができる。指示された最大含有量レベルまで、これらの元素は凝固中に結晶粒を微細化することを可能にする。鋼の組成の残余は、鋼及び加工から生じる不可避の不純物からなる。
【0029】
以下にマルテンサイト鋼板の微細組織を詳細に説明する。全てのパーセントは面積分率である。
【0030】
マルテンサイトは面積分率で微細組織の少なくとも95%を構成する。本発明のマルテンサイトは、フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの両方を含むことができる。しかし、フレッシュマルテンサイトは任意の微細成分であり、これは鋼中で0~4%の間、好ましく0~2%の間、さらに良好には0%に等しい量に限定することが好ましい。焼鈍後の冷却中にフレッシュマルテンサイトが生成することがある。焼鈍後、特にMs温度未満、特にMs-10℃~20℃の間で冷却の第2段階中に生じるマルテンサイトから焼き戻しマルテンサイトが形成される。このようなマルテンサイトは150℃~300℃の間の焼き戻し温度Temperで保持中に焼き戻される。本発明のマルテンサイトはこのような鋼に延性及び強度を付与する。好ましくは、マルテンサイトの含有量は96%~99%の間、より好ましくは97%~99%の間である。
【0031】
フェライト及びベイナイトの累積量は微細組織の1%~5%の間に相当する。ベイナイト及びフェライトの累積的存在は、5%までは本発明に悪影響を及ぼさないが、5%を超えると機械的特性に悪影響を及ぼす可能性がある。したがって、フェライト及びベイナイトの累積的存在の好ましい限度は1%~4%の間、より好ましくは1%~3%の間に保たれる。
【0032】
焼き戻し前の再加熱中にベイナイトが生じる。好ましい実施形態において、本発明の鋼は1~3%のベイナイトを含む。ベイナイトは鋼に成形性を付与できるが、あまりに多量で存在すると、鋼の引張強さに悪影響を及ぼすことがある。
【0033】
フェライトは、焼鈍後の冷却の第1段階中に生じることがあるが、微細組織成分としては必要ではない。フェライト生成はできるだけ少なく、好ましくは2%未満に保たなければならず、又は1%未満にすら保たなければならない。
【0034】
残留オーステナイトは、鋼中に0%~2%の間で存在することができる任意の微細組織である。
【0035】
上記の微細組織に加えて、冷間圧延マルテンサイト鋼板の微細組織はパーライト及びセメンタイトのような微細組織成分を含まない。
【0036】
本発明の鋼は、任意の適切な方法により製造することができる。しかし、非限定的な例として、詳細に記載される本発明に従った方法を用いることが好ましい。
【0037】
このような好ましい方法は、本発明によるプライム鋼の化学組成を有する鋼の半製品の鋳造物を提供することからなる。鋳造は、インゴット又は薄いスラブ若しくは薄いストリップの形態で連続的に行うことができる。すなわち、厚さは、スラブの場合の約220mmから細いストリップの場合の数十ミリメートルまでの範囲である。
【0038】
例えば、本発明の化学組成を有するスラブは連続鋳造によって製造され、ここで、スラブは、中心偏析を回避し、かつ局所炭素対公称炭素の比率を1.10未満に保つことを保証するために、連続鋳造方法の間に任意に直接軽圧下を受けた。連続鋳造方法によって提供されるスラブは、連続鋳造の後、高温で直接使用することができ、又は最初に室温まで冷却され、次いで熱間圧延のために再加熱することができる。
【0039】
熱間圧延を受けるスラブの温度は、少なくとも1000℃でなければならず、1280℃未満でなければならない。スラブの温度が1280℃より低い場合、圧延機に過大な荷重が加わり、さらに仕上げ圧延中に鋼の温度がフェライト変態温度まで低下することがあり、これにより鋼は組織に変態フェライトが含まれる状態で圧延される。したがって、Ac3~Ac3+100℃の温度範囲で熱間圧延が完了するようにスラブの温度を十分高くする必要がある。1280℃を超える温度での再加熱は、工業的に費用がかかるため避けなければならない。
【0040】
次いで、この方法で得られた板を、650℃未満でなければならない巻取り温度まで少なくとも20℃/秒の冷却速度で冷却する。好ましくは、冷却速度は200℃/秒以下である。
【0041】
次いで、熱間圧延鋼板を、楕円化を回避するために650℃未満、好ましくはスケール形成を回避するため475℃~625℃の間の巻取り温度で巻き取り、このような巻取り温度のさらに好ましい範囲は、500℃~625℃の間である。次いで、巻取られた熱間圧延鋼板を室温まで冷却してから、任意の、ホットバンド焼鈍に供する。
【0042】
熱間圧延鋼板は、任意の、ホットバンド焼鈍の前に熱間圧延中に形成されたスケールを除去するために、任意の、スケール除去工程に供することができる。次いで、熱間圧延板に任意のホットバンド焼鈍を施すことができる。好ましい実施形態では、このようなホットバンド焼鈍は、400℃~750℃の間の温度で、好ましくは少なくとも12時間かつ96時間以内で行われ、熱間圧延された微細組織を部分的に変態させ、したがって場合により微細組織の均質性を失うことを避けるために、温度は好ましくは750℃未満に留まる。その後、この熱間圧延鋼板の、任意の、スケール除去工程は、例えば、このような板の酸洗により行うことができる。
【0043】
次にこの熱間圧延鋼板に冷間圧延を施し、圧下率35~90%の間の冷間圧延鋼板を得る。
【0044】
その後、冷間圧延鋼板は、必要な機械的特性及び微細組織を本発明の鋼に付与するように加熱処理される。
【0045】
次に、冷間圧延鋼板は2段階加熱処理で加熱され、加熱の第1段階は室温から始まり、冷間圧延鋼板は少なくとも10℃/秒の加熱速度HR1で、550℃~750℃の間の範囲の温度HT1まで加熱される。好ましい実施形態では、加熱のこのような第1段階の加熱速度HR1は、少なくとも15℃/秒、より好ましくは少なくとも18℃/秒である。このような第1段階に好ましいHT1温度は575℃~725℃の間である。
【0046】
加熱の第2段階では、冷間圧延鋼板はHT1から、Ac3~Ac3+100℃の間、好ましくはAc3+10℃~Ac3+100℃の間の焼鈍温度Tsoakまで、1℃/秒~50℃/秒の間の加熱速度HR2で加熱される。好ましい実施形態では、加熱の第2段階の加熱速度HR2は、1℃/秒~25℃/秒の間、より好ましくは1℃/秒~20℃/秒の間であり、ここで、以下の式を用いることによって、鋼板のAc3が計算される。
Ac3=910-203[C]^(1/2)-15.2[Ni]+44.7[Si]+104[V]+31.5[Mo]+13.1[W]-30[Mn]-11[Cr]-20[Cu]+700[P]+400[Al]+120[As]+400[Ti]
式中、元素含量は冷間圧延鋼板の重量百分率で表される。
【0047】
冷間圧延鋼板をTsoakで10秒~500秒間保持し完全再結晶及び、強加工硬化初期組織のオーステナイトへの完全変態を確実にする。
【0048】
次に、冷間圧延鋼板は2段階冷却処理で冷却され、冷却の第1段階はTsoakから始まり、冷間圧延鋼板は30℃/秒~150℃/秒の間の冷却速度CR1で、630℃~750℃の範囲の温度T1まで冷却される。好ましい実施形態では、このような冷却の第1段階の冷却速度CR1は、30℃/秒~120℃/秒の間である。このような第1段階の好ましいT1温度は640℃~725℃の間である。
【0049】
冷却の第2段階では、冷間圧延鋼板は、少なくとも50℃/秒の冷却速度CR2で、T1からMs-10℃~20℃の温度T2まで冷却される。好ましい実施形態では、冷却の第2段階の冷却速度CR2は、少なくとも100℃/秒、より好ましくは少なくとも150℃/秒である。このような第2段階の好ましいT2温度はMs-50℃~20℃の間である。
【0050】
以下の式を用いて、鋼板のMsが計算される。
Ms=545-601.2*(1-EXP(-0.868[C]))-34.4[Mn]-13.7[Si]-9.2[Cr]-17.3[Ni]-15.4[Mo]+10.8[V]+4.7[Co]-1.4[Al]-16.3[Cu]-361[Nb]-2.44[Ti]-3448[B]
【0051】
その後、冷間圧延鋼板は、100秒間及び600秒間の加熱速度が少なくとも1℃/秒、好ましくは少なくとも2℃/秒、及び少なくとも5℃/秒で、150~300℃の焼き戻し温度Ttemperまで再加熱される。焼き戻しのための好ましい温度範囲は200℃~300℃の間であり、Ttemperで保持するための好ましい持続時間は200秒~500秒の間である。
【0052】
次いで、この冷間圧延鋼板を室温まで冷却し、冷間圧延マルテンサイト鋼を得る。
【0053】
本発明の冷間圧延マルテンサイト鋼板は、その耐食性を改善するために、任意に、亜鉛若しくは亜鉛の合金、又はアルミニウム若しくはアルミニウムの合金で被覆することができる。
【実施例】
【0054】
ここに示される以下の試験、実施例、具象表現した例示及び表は、本来は非制限的であり、例示のみの目的で考慮されなければならず、本発明の有利な特徴を示す。
【0055】
組成の異なる鋼でできた鋼板を表1にまとめ、ここでは、それぞれ表2に規定されているように、プロセスパラメータに従って鋼板を製造する。その後、表3に試験例中に得られた鋼板の微細組織をまとめ、表4に得られた特性の評価結果をまとめた。
【0056】
【0057】
表2
表2は、冷間圧延マルテンサイト鋼となるために必要な機械的特性を表1の鋼に付与するために、冷間圧延鋼板に実施された熱間圧延及び焼鈍のプロセスパラメータをまとめた。
【0058】
表2は次の通りである。
【0059】
【0060】
表3は、本発明の鋼及び参考鋼の両方の微細組織を面積分率に関し決定するために、走査型電子顕微鏡のような異なる顕微鏡に関する標準に従って行われた試験の結果を例示したものである。結果は本明細書に明記される。
【0061】
【0062】
表4
前記標準に従って実施された種々の機械的試験の結果をまとめた。試験は、JIS-Z2241に従い、最大引張強さ及び降伏強さを試験する。穴広げを評価するために、穴広げと呼ばれる試験を適用する。この試験では、試料にパンチで10mmの穴を開け、変形させ、変形後に穴の直径を測定し、HER%=100*(Df-Di)/Diを計算する。
【0063】